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鳥の島

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鳥の島 

作:COM


この儚くも美しき世界

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4:臆病な凶暴竜 [#8JCvkz9] 


 シルバの足元から声を掛けてきたその鳥ポケモンから敵意や悪意は感じ取れず、そのポケモンは純粋にアカラの事を心配しているようだった。

「大丈夫だ。あまりこういった人の多い街に出た事がなかったから視線が怖くなっただけだ」
「視線……そうですよね。申し訳ないです。悪いのは私達鳥ポケモンの方なのに……」
「君は何か悪い事をしたのか」
「えっ?」
「もし自分を他の悪意を持つ者と一緒に捉えているのなら止めた方がいい。その考え方はただの破滅思考だ」
「破滅思考……? ってどういう意味ですか?」
「他の人がやった悪いことを自分があたかもやったかのように考えるな。お前は自分の正しいと思った心に従って行動し、自分の考えに背いていなければいいだけだ。子供がそんななんでも背負い込むような考え方をするべきではない。と言ったつもりだ」

 見るからにその鳥ポケモン、ポッポはシルバの淡々とした喋り方と難しい言葉に色々と状況が掴めなくなったのか、不思議そうに首を傾げる。
 シルバとしてもきちんと説明ができていないままその場を去りたくはなかったが、かと言って怯え切ったアカラをこのままにするわけにもいかず、必死に言葉を探し思考を巡らせていた。

「あの……もしよかったら私の家へ来ませんか? 家でしたら他の人の視線もありませんし、落ち着けるかと思いますので」
「近いのか?」
「はい。すぐそこが私と母の家です」

 そう言ってそのポッポは宙を舞い、シルバの腕にすみませんと断りを入れてから留まらせてもらい、羽をスッとまっすぐ伸ばして家の方向を指し示した。



 第四話 臆病な凶暴竜



 一刻も早くアカラを安静にしてやりたかったシルバはポッポの提案を受け入れ、すぐにその場を移動した。

「ただいま帰りました」
「失礼させてもらう」

 そのポッポに連れられて部屋の中へと入ってゆく。
 部屋の造りは鳥ポケモンが住みやすくするために天井までも中の構造もとにかく広い空間になっており、天井にも大きな入り口とそれを開閉するための両開きの扉が紐で繋がった状態で開いているのが見え、シルバの頭の高さよりも上に止まり木がいくつも伸びている。
 しかし地面にも色々と置いてあり、明らかに鳥ポケモンだけが住むことを想定されてその家が造られていないのは明白であり、最近も来客があったのか中央に置かれた机や椅子も奇麗に手入れされており、お菓子が一杯の茶菓子入れも見える。

「お帰りツチカ。あら? そちらの方は?」
「俺はシルバ、こっちはアカラという。先程ツチカに招かれた者だ」
「お母さん。この子、凄く怯えてるの。少し休ませてあげられない?」
「あら大変。全然大丈夫よ。そっちにソファがあるから休ませてあげて」

 ツチカと呼ばれたそのポッポを彼女の母のピジョンが迎え入れた。
 シルバの腕の中で小さくなって震えているアカラを見てツチカの母は、ツチカ同様心配した様子ですぐに壁の方にある来客用のソファを示してそこに横にさせるように促す。
 敵意を感じ取れなかったため、シルバはツチカの母に一つ礼を言ってからすぐにアカラをそこに移してソファの前に座り込んだ。

「大丈夫かアカラ」
「うん……。ごめんねシルバ。無茶なこと言って……」

 ソファに体を預けていたアカラはシルバの手をしっかりと握っていた。
 暫くするとそのシルバの手を握るアカラの手の力もようやく力が抜け、震えていた身体も収まって話せるようになるとアカラはゆっくりと喋り始める。

「仕方がない。だが今回の件で考えたが、やはりアカラは島に帰るべきだ」
「嫌……だけど……。そうかもしれない」
「島、ってことは、もしかしてお二人は別の島からいらしたんですか?」


 シルバがアカラの身を案じ、島に帰るよう促すと最初こそは驚きを見せていたが、少しの間色々考えたのか視線を遠くに逸らした後、しっかりそりる場の目を見て答えた。
 その会話をシルバの肩に留まって聞いていたツチカがアカラに訊ねる。
 アカラもツチカには敵意が無い事を感じ取ったのか、力強く頷いた後自分達が何故島を出てきたのかを話し始めた。
 その言葉の一つ一つを聞く度にツチカは様々な表情を見せ、心底アカラの言葉にその不思議な出来事と冒険の始まりを聞いて感動していたようだ。
 ツチカは興味津々といった様子でアカラの話を聞いており、ツチカが楽しそうに聞いている内にアカラも大分落ち着いたのか、起き上がってツチカに対して身振り手振りを加え、多少の脚色を加えて話してゆく。
 そして全部話し終わり、次の石板を求めてこの島へと旅立った事を聞くとツチカは御伽噺でも聞いたかのように嬉しそうに羽で拍手をし、少しばかり遠い世界に思いを馳せていた。

「そうだったんですね! いいなぁ、凄いなぁ。私も色んな島を旅してこの目で見てみたいです!」
「……僕も最初はそう思ってた。でも僕の島もそうだったけど、この島の人達も大変な事になっちゃってるし、旅をするのは……」
「でもお二人が島の問題も解決してしまったんでしょう? それにその石板が竜の軍勢の狙いだというのであれば、シルバさんがその石板を持って行ってくれればこの島もきっと元に戻ってくれるはずです!」
「そっか……。そっか! そうだよね! そうだよ! シルバ! この島の問題も僕達で解決しちゃおう!」

 興奮冷めやらぬツチカは嬉しそうにアカラに伝え、アカラもそれを聞いて元気が出たのかピョコピョコと小さく跳ねながらツチカとその考えを妙案のように二人で相談する。

「そうなるのか。一応急ぐ旅ではないが、この先も全ての島の問題を解決する余裕があるかは分からんぞ」
「『自分の正しいと思った心に従って行動し、自分の考えに背いていなければいい』ですよね? 私は出来ればこの島のおかしくなってしまった現状も、アカラさんみたいに苦しんでいる子達も助けたいんです!」

 アカラの元気が出たのは良かったが、明らかにツチカの妙案を聞いて先程までの帰ろうかというアカラの考えは吹き飛んでいるようにしか見えなかったため、アカラに対してそう呟く。
 それを聞いてツチカが返事をしているが、話を聞く限りだとまるでツチカまで旅に同行するように聞こえるため、シルバは少し言葉に迷った。

「そうは言ったが……。まあいい。それなら助けるつもりで一つ教えてほしい。この島で俺やアカラに協力してくれて、"陽光還る頂"への行き方を知っているポケモンを知らないか?」
「知っていますよ」

 一応駄目元でシルバはツチカに聞いたが、どうやらツチカはそんな都合の良い味方を知っているらしく、あっという間にシルバの目標が達成することとなる。
 アカラも嬉しそうにようやくピンと耳を立ててツチカの話を聞く姿勢でワクワクして言葉の続きを待つ。

「私です!」
「大丈夫なのか?」
「勿論! 私は色んな事を覚えるのが大好きなんです! この島で行われていた神事は勿論のこと、情報誌や書物の知識としては他の知識の事も覚えています。そして私の小さな夢は実際に色んな島に行って、この目で色んな知識を体験してみたいんです!」
「やはりついてくる気だな」
「なんで! いいじゃん! "旅は道連れ世は笑え"でしょ!?」
「"旅は道連れ世は情け"ですよ。若輩ではありますが、蓄えた知識は使ってこそ価値があるはずです! お願いします!」
「そうは言われてもそれを決めるのは俺じゃなく、ツチカの母だろう」
「そうですね……もしシルバさんがご迷惑でないのであれば、是非この子の見聞を広げてあげて下さい」
「なら、そうするか」

 ツチカとアカラは既に意気投合しており、シルバとツチカの母親が許可するととても嬉しそうに二人で喜んでいた。
 二人で楽しそうに喜んでいる隙に、念のためシルバはツチカの母親に本当に大丈夫なのか聞いてみたが、ツチカの母親も申し訳ないとは頭を下げたが旅に出ること自体は特に心配には感じていないようだ。
 なんでもツチカはもっと小さい時から世界というものに興味を持っており、いつか島々を巡ることを夢見ていたという。
 しかしシルバの冒険は決して楽でもなければ安全でもなく、この先も何が起こるのかは予想できない事を伝えたが、その意思は頑として変わる気配はなかった。

「こんな時代、例え何処にいても危険であることには変わりません。事実夫は竜の軍勢との戦いの中で命を落としました。『平和になったらのんびり暮らそう』あの人はいつもそう言っていましたが、結局その平和が訪れることはありませんでした。だから私はあの子に後悔してほしくないのです。やらないまま後悔して死んでほしくないのです」
「強いな。あんたもツチカも……アカラも」

 ツチカの母の揺るぎない決心を聞いて、シルバも腹が決まったのか誰に言うでもなく呟くようにそう言った。
 その後はツチカの旅の準備をアカラが一緒に進めてゆき、必要な物を纏めたらそれをアカラがひょいと背負おうとした。
 流石に元々アカラも荷物を持っており、その上でツチカが飛ぶのの邪魔にならないようにと荷物を持てば多少なりとも負担になるためツチカは断ったのだが、荷物の量を見る限りとてもツチカの身体の大きさでその荷物を背負って飛ぶのはきついように見える。
 そこでシルバはツチカの荷物を受け取り、その荷物をどうするのか見ていると髪束の中にズッと入れ、まるで何事もなかったかのように手だけを髪束から出す。

「えっ!? その髪の毛ってどうなってるの?」
「ん? 中は柔らかい毛だから思いっきり引き抜こうとしたりしない限りはどう振り回しても中身が出てくることはないぞ」
「そういう意味じゃなくて!」

 不思議なシルバの髪束の性能をもう一度見せるためにか、単にアカラも荷物を自分で持ちたくなかったからか、アカラの背負っていた荷物もシルバに渡すと軽くはないはずの荷物はズズッと髪束の中に埋もれてゆき、入れる前と後とで全く差が無くなってしまう。
 暫く当然のようにそんな芸当を見せるシルバにアカラとツチカはぽかんとしていたが、ほぼ本能的にそれをやっていたシルバも同様に何が不思議なのか理解できていない様子だった。

「因みに……その髪束の中に間違って私みたいな小さいポケモンが入ってしまった場合はどうなります?」
「入り方と出方を覚えておけば小さいポケモンなら担がずに搬送できるぞ」
「覚えてなかったら?」
「俺が探すしかないな」

 シルバの返答を聞いてその不思議な髪束に思わず飛び込もうか身体がうずうずしていたアカラとツチカは、最悪記憶を無くしているシルバが自分達を探し当てられない事を危惧して飛び込むのは止め、中に腕を突っ込むだけにすることにした。
 不思議空間の髪束はそれこそ不思議な感触で、柔らかいのにしっかりと存在しているのが分かり、触れているはずなのに何処まで続いているのかも分からない感触に陥り、恐ろしくなってすぐに腕を引っ込めてきちんと自分の腕が繋がっているのを確認するほどだった。
 暫くはそうやって遊んでいたが、元々活動的なアカラがこの島に来てから殆ど眠ってばっかりだったせいで流石に動きたい衝動が強くなってきたのか、部屋の中をウロウロとし始める。
 いくら鳥ポケモンの部屋が広いとはいえ、動き回るには限界がある上、他人の家であるためアカラも比較的大人しくしている。
 というよりも元々家では家事の手伝いをしていたため家に居ると何かをしないと気が済まない様子だ。
 その日も宿に続けて宿泊する予定だったため、このままだとアカラが勝手に動き出しそうだったので明日、改めて迎えに来ることをツチカとツチカの母に伝えて家を後にする。
 が、外に出れば待っているのはアカラが恐怖を覚えた敵意の視線が、ゾロアークと小柄なザングースというこの島でなら目立つ組み合わせであるため当然視線が降り注ぐ。
 宿に戻ってもまたアカラを苦しませるだけだと考え、気晴らしも兼ねてアカラを連れてさっさと街を抜け、近くの雑木林の方へと移動し、そこでアカラを下ろして二人で散歩でもすることにした。
 街道は鳥ポケモン達が多いためアカラが嫌がるので、必然的に海岸沿いのあまり人の来ない静かな場所となったため、このような場所となった。

「ごめんねシルバ。何度も何度も」
「構わん。それを覚悟の上でついてくると決めたのはアカラで、それでもいいと決めたのは俺だ」

 シルバの返事を聞いて少しだけ元気を失っていたアカラは小さく頷いてから失っていた分の元気も取り戻したのか、少しだけ元気に走り回り始めた。
 パタパタと走っては落ちている枝や木の実に気を取られて足を止め、それらを拾ってシルバの元に持ってきてはまた走ってゆく。
 見ている限りでは本当に女の子というよりは男の子だが、集めてくる物は奇麗な木の実だったり、可愛らしい形をした枝だったりと女の子らしく、気丈に振る舞うために少々活動的になっているのがシルバにもひしひしと伝わってきた。
 そうしてパタパタと走り回っていたのだが、何処かの草むらの中を覗き込んだ時にいつもなら何かを手にして戻ってくるのだがそこでは逆にシルバをその場に呼んできた。

「みてみてシルバ! こんなところで沢山の人達が眠ってるよ? 大丈夫なのかな?」
「何処だ」

 眠っていると聞き、シルバは万が一の事を考えて急いでアカラの元へ駆けつけた。
 しかしその指の先には死体が転がっていたわけではなく、本当にすやすやと寝息を立てながら気持ち良さそうに眠る一団の姿がある。
 一瞬、何故そんなところで彼等が眠っているのかシルバには理解できなかったが、その眠るポケモン達の中にシルバにも見覚えのあるポケモンの姿があり、静かに戦闘態勢を取った。
 眠るポケモン達の中に、以前獣の島を襲ったポケモン達の内の一人だったクリムガンの姿が見えたからだ。

「ちょ、ちょっと!? この人達が竜の軍の人達だって決まったわけじゃないんだよ!」
「そうなのか?」
「そうだよ! というか獣の島にだってドラゴンタイプのポケモンは居たよ! 住人とそうじゃない竜の軍勢のポケモンがいるんだから!」

 戦闘態勢をとったシルバの腕にアカラは急いで掴みかかってその手を引っ込めさせた。
 シルバは一応警戒したままそのポケモン達の様子を見ていたが、明らかに警戒しておらず今もすやすやと眠っている。

「ねぇねぇ大丈夫? こんなところで眠ってたら風邪ひいちゃうよ?」
「う~ん……お仕事? ピャッ!?」

 いつの間にかアカラがその眠っているポケモンの内の一人を揺すって起こしたらしく、起き上がったその黒いポケモンはシルバよりも大きな図体とは思えない可愛らしい悲鳴を上げて小さく縮こまった。
 不思議に思ったアカラがそのままその縮こまったポケモンに声を掛けて、何もしない事を説明するとようやくおどおどとした様子で二人と向き合ってふわりと少しだけ地面から浮く。

「えっと……その……。初めまして。ぼ、僕はアギトっていいます」
「アギトさん? 初めまして! 僕はアカラ! こっちはシルバだよ!」
「シ、シルバ!? どうしよう……殺されちゃう……!」

 自己紹介をした時点でアギトと名乗ったそのサザンドラは、また縮こまってもさして大きさの変わらない大きな体を小さくしてシルバの姿に怯えていた。
 それを見てアカラはまた慌ててシルバの方を見たが、シルバは特に戦闘態勢も取っておらず普通にその場に立っている。

「そんなことしないよ!? ねえシルバ?」
「まあ確かにそんなことはしない。だが一つ聞かせてほしい。何故俺の名を知っている。獣の島の住人か?」
「えっと、えっと……。ごめんなさい。僕、じゃなくて僕達は竜の島奇襲工作部隊"竜の牙"一番隊の兵士なんです」

 シルバの質問にアギトが何故か素直に答えた事によって、アギトがシルバを恐れている理由も何故シルバの事を知っているのかも合点がいく。
 つまり彼はその様子からはとても想像もできないが、今世界中を脅かしている竜の軍勢の一人であり、その一団がそこに眠っていることになる。
 無論それを聞いてシルバはより警戒は強めたが、アギトのその反応は振りではなく本当に怯えていることは雰囲気で何となく分かったため戦闘態勢は取らなかった。

「成程。なら何故その竜の軍の兵士がこんなところで眠っているんだ?」
「ぼ、僕達は石板を奪取するための作戦に駆り出されたんです」
「え~っと……。アギトさんは竜の軍の人なんだよね? 僕が言うのもどうかと思うけど、そんなに作戦の事を相手に言っちゃっていいの?」
「あ、あっ! そっか。二人はえっと二人は竜の軍の人じゃないから本当は喋っちゃ駄目だったんだ……。どうしよう……」

 思わずアカラが指摘してしまうほどアギトは何でも聞かれれば素直に答えてゆく。
 本人も指摘されてようやく気が付いたのか、左右から伸びる首でそれ以上喋らないようにぎゅっと自分の口を押える。
 その様子を見て流石のアカラも何とも言えない表情でシルバの方を見つめるが、シルバとしてはアギトから殺気らしきものは感じなかったので特には何もする気はなく、アカラと目を合わせて首を横に振る。

「シルバは多分、駄目だって言うんだろうけど、僕はアギトさんは悪い人ではないと思うからちゃんとお話しをしてみたいんだけど……。ダメ?」
「駄目だと言いたいところだが、俺も個人的に竜の軍に所属してる奴等とは一度話してみたいとは考えていた。本当はドラゴに聞いてみたい所だったが、彼でも特に問題は無いだろう」

 アカラとしてはシルバからのその返事は思いもしなかったのか、少し反応が遅れてからゆっくりと笑顔になってゆく。
 そしてアカラがアギトの方へ向き直すと、アギトは少しだけビクッとしてアカラの方を向いた。

「ねえアギトさん。アギトさんは竜の軍の為に戦いたいの?」
「えっ? ぼ、僕は……できれば戦いたくない。怖いし、痛いし、みんなが沢山悲しむし……」
「なら止めればいい。戦わなければならない理由が無いのなら他の島へ亡命でもすればいい」

 アカラの質問に驚いた表情を見せるアギトは、少し考えた後悲しげな表情を浮かべて戦いたくない理由を教えた。
 それに対してまたしてもアギトを驚かせたのはシルバがそう答えた事だった。
 アギトが伝聞で聞いている限りではシルバは既に十名以上の命を奪い、多くの兵士を再起不能にした恐るべき戦士だと聞いていたため、自分も見つかれば問答無用で殺されるのではないかと考えていたらしい。
 だが、今目の前にいるシルバは特に戦う素振りも見せずアギトの話に耳を傾け、彼なりの解決策を提示してくれている。
 だからこそアギトは彼に聞いてみたくなった。

「シ、シルバさんは、戦いたいの?」
「戦う必要がなければ戦わない。始めから俺の目的は石板を集めることであり、竜の軍勢と戦う事ではない。単に目的が同じである以上、衝突は避けられないというだけだ」
「そ、その……。僕は戦いたくないんだ。でも僕が戦いから逃げたら、他の誰かが僕と同じ目に遭わないといけなくなっちゃう……から……。だから僕が戦ってる」
「知らない誰かのために自分が戦うのはただの自滅願望だ。単に相手に自分を勝手に重ねて護らなければならないと責任を感じて戦っているだけだ。嫌なら逃げろ。それが出来なければ自分を擦り減らして死ぬしかない」
「分かってる……。分かってるけれど……僕達みたいな想いをするのは……僕達だけでいいんだ。ここにいるみんなは戦えなかったり、戦いたくないと言ったポケモン達だから僕達が戦いたくないと言って逃げれば、僕達は裏切り者として命を狙われるし、僕達が死んだら補充される人員から次の戦いたくない人達が引っ張り出されるだけなんだ……」
「そんな……。竜の軍の人達までそんな目に遭ってるなんて……。シルバ! どうにかして助けてあげられない?」
「無茶を言うな。アギトもそうだが、あくまで自分の意思で竜の軍に所属している。優しさにつけこんで逃げられないのをいいことに戦っている相手まで俺がどうこうすることは出来ない。決めるのは本人だ」

 ぽつぽつと話してゆくアギトの目は何処か遠くを見つめており、六つの瞳全てに涙を溜めて悲しんでいた。
 そのアギトの言葉には優しさが垣間見えるからこそシルバとしても救いたいと考えはしたが、シルバが言う通り本人が自分の意思で望んで残っている以上、他人が多少言葉を投げたぐらいでは意思は揺らがない。
 シルバなりの解決策を考えている内にアカラがシルバにどうにか助けられないか訊ねたが、あくまで彼等は敵でありどんな理由があったとしても他人を苦しめてまで自分の意思を貫く者に手を差し伸べられるほどシルバは万能でもなければお人好しでもない。
 その上、例え逃げたとしても殺されるというのであればシルバの言う通り、自分の意思で軍を抜ければただ殺されるポケモンの数をいたずらに増やすだけとなる。

「じゃあさ。僕達と一緒に冒険しようよ!」
「えっ!?」

 暗い雰囲気の漂う中、アカラの突拍子も無い提案が沈黙を引き裂くように告げられた。
 シルバは特に何も言わずにただアカラの方を見つめ、アギトは心底驚いた表情でアカラを見つめる。
 普通に考えればそんな表情になるのも当然だろう。
 アギト達は敵であると明確に分かっているのに、アカラはあろうことか仲間に引き入れようというのだから大胆という言葉すら似合わないほど突拍子も無い提案である。

「だって、アギトさんは戦いたくないんでしょ? シルバも戦いたくない。 そして二人共石板を探してて、シルバは一度ドラゴさんだったっけ? その人に石板を渡してるんだから、最終的に竜の島にも向かわないといけないのならそこできちんと話してから返してもらってもいいんじゃないの?」
「……確かにそれは考えもしなかったな」
「ほ、本当に大丈夫なの?」
「ああ。どうせその石板は恐らく俺が取りに行かなければ意味がないし、全ての島に散らばっているらしい。事実ドラゴには交渉材料として石板を渡したこともあるし、アカラの言う通り最終的にはお前達の故郷でもある竜の島にも行かなければならない。何故お前達のトップが石板を必要としているのか俺には分からないが、実際に集められるのは俺だけである以上、扱えるのも俺だけだと考えるのが妥当だ。それとは別として俺が絶対にしなければならない事としては石板に触れることと最終的に揃った石板を持って"幻の島"へ行くことだけだ。その間は誰が持っていても構わない。アカラの言う通り一応の利害は一致している」
「そっか……そっか! 戦わなくてもいいんだ……よかったぁ」

 シルバの解釈は詭弁すれすれだ。
 第一にシルバが言うように何故その竜の軍のトップが石板の事を知っており、集めているのかの目的も分かっていないのに渡すことはリスクでしかなく、もしも石板を使い物にできなくすることが目的であれば海に投げ捨てればそれで終わりだ。
 もし石板を所持していたとしても、軍を総動員してまで強奪を図ろうとする者がとても交渉に応じるとは思えない。
 更に言えばもしも最後に訪れるのが竜の島となった場合、とてもではないが残りの石板を潔く渡すことは無いだろうし、最悪の場合は敵の本拠地での殺し合いとなる。
 しかしそういった様々なリスクを見積もったとしても、シルバとしては今目の前にいるアカラとそして初めて笑顔を見せたアギトの事を優先してやりたかった。
 一先ず敵意が無い事、そしてシルバ達とアギト達には戦う理由もなく、戦いたくもない事をきちんと再確認してから、アギトは様々な竜の軍に関する彼の知りうる内情を打ち明けていく。
 その内容は鳥の島で起きているこの差別社会よりも凄惨なもので、既に島民の全てがたった一人のボスゴドラ、竜の軍元帥であるヒドウの手に掌握されているとのことだった。
 彼はまず軍内部で反抗的な態度を取る者の家族を彼しか知らない場所に監禁し、逆らえば見せしめにその家族を痛めつけ、殺さないようにして服従させているとのことだった。
 島に住むドラゴンタイプはただそれというだけで力の無い子供や老人、女性はほぼ全員が監禁されており、その場所が何処なのかすら誰一人として把握できていない。
 男は全員が兵士として駆り出され、島民でドラゴンタイプ以外のポケモンは既に皆殺しにされており、ヒドウという男一人がその全ての兵士の手綱を握ることが実現している状況である。
 無論、アギトのように戦いには不向きな者であったり、戦うことに肯定的ではない者も強制的に徴用され、戦うことを義務付けられているとのことだった。

「だから僕や、みんなは今回みたいに守りの固い島を攻撃する際の強襲用兼使い捨ての駒として戦わされるんだ……」
「そんな酷い事を平気でするなんて許せない! シルバ! そのヒドウって人、コテンパンにしちゃってよ!」
「そいつはここにはいない。今できることは一刻でも早く石板を集めて竜の島の住人達を解放してやることぐらいだ」
「本当に……本当に助けてくれるんだね! みんなの事を……! ありがとう!」

 アカラは憤りを見せてシルバを軽く揺すってお願いするが、シルバの言う通りこの場にそのヒドウと呼ばれた男は居ない。
 しかしシルバはアギトに必ず救ってみせると約束し、アギトはそれを聞いて安堵の表情を見せて涙を流しながら何度も頭を下げた。
 結局その後もアギトは自分達の今後の予定や今回どうやって上陸したのかという、恐らく話してはならない内容までシルバ達に明かしていく。
 上陸方法はこの島の者に伝えれば警備をより一層強固なものにできるため、シルバは是非聞きたかったが、方法は聞くまでもなくただ近くの島から泳いできたというものだった。
 というのも船や空を飛んでくる物体の監視ばかりに囚われていたため、鳥ポケモン達の島付近への警戒は非常に疎かになっていたことが原因で、ポケモンが一人二人泳いできたり潜水してきても全く警戒していなかったらしい。
 事前にそれを調べておき、泳ぎが得意なポケモン達で強襲部隊を編成して島に海から近付き、全く警戒されていない崖を登って島へ侵入したのである。
 本来ならばこの島には鳥ポケモン以外にも様々なポケモンがおり、岸壁の見回りもかなり強固だったのだが、勝手に鳥ポケモンとそれ以外のポケモンとで格差が生まれ、岸壁の警護を行っていたポケモンすら蔑ろにするようになり誰もが非協力的になったのが原因でのこような作戦すらうまくいったのだという。

「その仲違いは竜の島からの妨害工作だったのか?」
「ううん。計算外だったって。参謀の人が言ってた。鳥ポケモン達が勝手に傲慢になって自滅したから作戦を考えるのが楽になったって」
「……そうなると、この島を治めていると聞いたその三鳥に会ってきちんと進言しないとまずそうだな」
「さっすがシルバ! 僕もこの島の雰囲気は嫌だ。鳥ポケモン達はみんな嫌な視線で見てくるし、他のポケモンは目も合わせようとしないし、奴隷まがいの暴力を受けてる人がいるなんてやっぱりおかしいもん!」
「シルバさん。僕からもお願いします。話を聞くだけでも竜の島の現状を思い出します。みんなを助けてあげて下さい」
「分かった。その代わりこの先もお前達には協力してもらうからな」

 この島の現状は結局、竜の島からの妨害ではなく内部崩壊である以上、そのすれ違いを埋める方法は彼等に自身の間違いに気付いてもらう他無い。
 アカラの事、そして昼に会ったツチカやその母親の事を考えると多少面倒であったとしてもやるべきだとシルバも考えたため快諾した。
 そして三人で力強くお互いに目を見合わせ、頷いた。

「あ、そうだ! ねえアギトさん」
「ん? どうしたの?」
「僕達とお友達になってよ!」

 アカラは屈託の無い笑顔を見せて右手をスッと差し出した。
 アギトはそれがあまりにも意外だったのか少しの間戸惑い、何度も照れながら右の首をスッとアカラの手の前へと伸ばす。

「ありがとう。アカラちゃん。そうだ! 折角だったらみんなともお友達になってよ! シルバさんも!」

 右の首をそのままアカラの手に絡めるようにし、何度か小さく絡めた手を上下に動かしてしっかりと握手を交わし、アギトは思い付いたように二人にそう言った。
 アカラはにっこりと笑顔で返事をし、シルバも構わないと返事をしたため、まだ後ろでぐっすりと眠っていた兵士達を一人ずつ起こしてゆく。
 初めこそは起きたポケモン達はシルバの姿を見ると最初のアギトと同じように怯えた反応を示し、アギトの後ろに隠れようとしたが、アギトが事情を説明すると少しずつアギトの後ろから出てきてシルバとアカラに手だけで触れるように握手を交わしてゆく。
 そうやってその場にいたみんなと握手を交わし終わると、シルバが見守る中でアカラとアギト達はいつの間にか仲良くなったのか楽しそうに遊んでいた。
 彼等は皆次第におどおどとしなくなり、何人かはシルバにも小さな声で遊ぼうと誘う者も現れたほどだ。
 しかし、シルバとしては彼等とどのようにして遊べばいいのか分からず、話を聞いてやるくらいならできる。と返事をし、彼等が普段どんなことを考えているのかを小さく頷きながら聞くことに専念した。
 アカラはアギト達や他の兵士達にも小さな花の冠を作ってあげたり、一緒に追いかけっこをして遊んだりしてこの島に来てからようやく十分に遊ぶことができたようだ。

「シルバさんはアカラちゃんと遊んであげないんですか?」
「……俺にはアカラの為にしてやりたいということは分かる。だが、何をすればアカラが喜ぶのかは分からない。心が飛び跳ねる感覚というのが分からないからな。だからどうやって遊んでやればいいのか分からない。多分加減ができないし、記憶も無いから何かを教えてやることもできない」
「そうだったんですね……ごめんなさい」
「謝る事じゃない。寧ろ謝らなければいけないのは俺だ。俺がぶっきらぼうに見えることも、恐ろしい存在のように見えることも分かっている。だが、今の俺にはどうしようもできない。何故笑うのかも何故怒るのかも……何故泣くのかも分からない。理解できない。だから俺はただ理屈とそいつの為になるようにという考えでしか話せない」

 シルバが言葉を淡々と語る間も、アギトの表情は刻一刻と変わってゆく。
 不思議そうな表情を見せ、申し訳なさそうな表情を見せ、そして悲しそうな表情を見せる。

「はい。これ、アカラちゃんが作って僕にくれたものですけれど、是非シルバさんにも」
「ありがとう」

 アカラを遠目から見守るシルバの頭の上に、アギトはそう言って小さな花の冠を乗せた。
 シルバはそれを手に取ってまじまじと見つめ、もう一度頭に乗せた後、アギトの目を見て礼を言う。
 お礼の言葉を聞いてアギトは嬉しそうに微笑み、シルバの横からふんわりと浮かび上がる。

「僕にはきちんとシルバさんが笑っているのが分かりましたよ。素敵な笑顔です」

 アカラの元へと飛んでいく前に振り返って、アギトは満面の笑みでシルバにそう告げた。
 "笑う"というその行動や感情は今もまだ分からない。
 だが、シルバは自分の顔を触り、全く変化していない表情を確かめて、ぽつりと呟いた。

「笑顔……か……」


5:心の痛み 

 その日はそのまま日が暮れるまで遊び、アカラもアギト達もへとへとになっても笑い合っていた。
 アギト達の言っていた通り、多少町から離れているとはいえこんな目立つ岸壁で遊んでいても鳥達の監視にバレることはなく、シルバが本当に警戒していた相手が現れることは結局あり得なかった。
 暮れる夕日を背にしてアギト達と手を振って別れた後、早々にシルバの腕の中で眠ってしまったアカラを突き刺さる視線の中を抜けて泊まっていた宿まで戻り、そのままアカラをベッドに下ろす。
 その後は既に戻っていたチャミとお互いの今日の収穫を報告し合うことになり、まずはチャミから報告した。
 竜の軍勢の目的は石板でほぼ間違いない事、そして現状獣の島への侵攻は止み、それが原因で鳥の島への攻撃は一層激しい物になるだろうという事。
 ありがたい情報ではあるものの、両手放しで喜ぶわけにもいかないのが現状であり、同時にアギト達の存在がどうしてもシルバには気がかりになった。



 第五話 心の痛み



 次にシルバからの報告をチャミに伝えてゆく。
 まずは協力者としてツチカが明日、目的地までの道案内を買って出た事を伝え、同時に今後も旅に同行するメンバーとなった事を伝えると流石にチャミも驚きを隠せない様子だった。

「ちょっとちょっと何を考えてるのよ! アカラちゃんだけでも今日散々な目に遭ったんでしょ? それなのにこれから先、言いたくはないけれどお荷物を増やすなんて何を考えてるの!?」
「荷物ではない。ツチカはアカラと年が近いし、いい話相手にもなれる。俺では出来ない役だ」
「はぁ~……私の苦労も考えてよ……」
「ツチカは大人しく聡明な子だ。知識欲に溢れ、世界を元々旅したいと考えていた子供ならばそれなりに君の手助けにもなってくれるだろう」
「そういう話じゃなくて! 私の本業はジャーナリスト! ツアーガイドじゃないの! あんまり勝手にそういうことを決められても私のアシスタントとして誤魔化しきれなくなるのよ!」
「それについてだが一つ方法がある。一旦ツチカを俺の髪束の中に避難させて、移動し終わったら出したらいい」
「……そんなことできるの?」
「できる。今もアカラとツチカの荷物が入っている。この通り」

 呆れるチャミにシルバはそう言いながら髪束の中からするりとリュックサックを二つ取り出してチャミの前に並べる。
 チャミが唖然としたままその荷物をツルで手に取ってみたが、重量は重たくはないもののそれなりにあり、これを二つもいれていたのであれば少しは髪の状態が変わりそうなものだが外見では全くもって差が無く、今目の前で見せられた光景のはずなのにあまりにも現実味が無い。
 暫く何処か遠くの世界を見つめていたが、我を取り戻したチャミは咳払いをしてツチカの件に関してはどうしようもなさそうであればシルバの案で行くことに決めた。
 一先ずはそれでツチカの件は不問とすることにし、そのまま話を続けてゆく。
 次に話したのはこの島の防衛状況に致命的な穴があることを、念のためアギトの名前を出さずに説明してゆく。
 明日にでもできればそのことをこの島を治めていると聞いたファイヤーのホムラ、サンダーのイカヅチ、フリーザーのフブキ全員、若しくは誰か一人だけでも伝え、現状の愚かな防衛態勢や傲慢極まりない考え方を改めてもらおうと伝える。

「それについてはあまり賛成できないわ。それこそ今三鳥の人達は天狗になってるし、よりにもよって獣の島からやって来た人達に指摘されれば余計に反発されるだけよ。最悪いちゃもんを吹っ掛けられるかもね」
「ならどうする? 岸壁下から容易に敵が上がってくるのは分かっていて、鳥ポケモン達にそれを伝える気のある島民は居ない。このままでは最悪壊滅することとなる。俺にとってはどうでもいい事でもアカラやツチカには大問題だ」
「せめて伝えようとするなら交戦しだした時、援護をしてからそのことを伝えた方がいいと思うわ。そうでもしなければスパイ疑惑をかけられておしまいよ」
「なら交戦後にしよう。聞き流されると困る内容だからな」

 否定するチャミに情報の重要性を伝えるが、チャミの言う通り伝えたところで理解を示してくれる鳥ポケモンは現状少ないだろう。
 そこで戦闘後、その情報のお重要度が高まった時に島民に伝えることにし、それまでは口外しない方がいいだろうという結論に至った。
 最後にアカラやツチカ以外に今後もシルバと行動を共にしてくれる協力者が現れた事を告げると、チャミはまた渋い顔をしてみせる。
 アギト達であることは伏せたまま、所謂自警団のようなものとして説明し、行動を共にするかもしれないとだけ伝えるとチャミも納得してくれたようだ。
 シルバからの報告を聞いてチャミは明日"世界樹"の頂である"陽光還る頂"へまず向かい、そこで案内者であるツチカに付き従う従者ということで同行する形にしようと話す。
 そういった意味で言えばツチカはまだ子供であるため不安な所だが、既に鳥ポケモンであるというだけで差別されている現状、子供だろうが当然のように奴隷のように扱っているのだそうだ。
 嫌な島の雰囲気が初めてシルバ達に味方した形にはなるが、現状をよく思っていないツチカには少しばかり酷な仕事となるだろう。
 頂上でシルバが石板を手に入れたらすぐに"世界樹"を降りるが、もしその際竜の軍から島民への攻撃が行われているようであればその援護を行い、交戦後にシルバがアギト達に教えてもらった情報を伝え、きちんと互いを尊重し合っていた頃に戻ってもらうことを目標とする。
 とはいえ最後の目的はもし攻撃が行われなければ恐らく鳥ポケモン達は誰も聞く耳を持たないため、状況次第となる。
 チャミは今回も単独行動を行うのかと思われたが、既にこの島での目的はほぼ達成できていたため明日はシルバ達に同行し、シルバ達の旅を記して冒険譚風に仕上げた情報にし、今後少しでもシルバ達が旅を続けやすいようにするとのことだった。
 そうして明日の予定の確認も済んだため、二人もその日はもう休み、明日に備えることにした。




 翌日、アカラ達は早めに宿を後にし、表通りの市場で食料の買い足しを行ってからツチカの家へと向かう。
 この日も結局刺さるような視線は拭えなかったため、試験も兼ねてアカラはシルバの髪束の中へと避難することにしたため、視線に苦しめられることはなかったがもしもこの不思議な髪束の中で場所を忘れられたらどうしようかと違う意味でひやひやしていた。
 チャミも髪束の構造が不思議で仕方がなかったようだが、あまり道草を食っている時間も無いためうずうずしつつもそのままツチカの家に辿り着く。

「シルバさんおはようございます。あれ? アカラさんは? それにそちらの方は」
「おはようツチカ! それとこっちのキレーな人はチャミさんだよ! ジャーナリストで僕達の協力者!」
「あらお世辞でも嬉しいわ。ご紹介に預かったチャミよ。色々と大変かもしれないけれどよろしくね、ツチカちゃん」

 チャミの声が聞こえたからか、シルバの髪束の中から元気にアカラがダグトリオのように飛び出した。
 奇麗な人とアカラに紹介されて、満更でもない感じでツルを器用にプラプラと揺らしながらチャミはツチカに挨拶し、にっこりとほほ笑む。
 アカラが髪束から登場したことでツチカは入った事に対する驚きと多少の羨望を抱きつつも、初対面であるチャミに礼儀正しく挨拶を返した。
 ツチカの母がお茶を淹れてくれたため、小休憩を挟みつつツチカにも改めて今日の予定を話し、念のためツチカの母親にも了承を得ることにしたが、変わらずツチカの母親は快諾してくれた。
 全員がお茶を飲み干すとまた移動するための準備を始め、一度入った事で既に慣れたのか水にでも飛び込むような勢いでアカラがシルバの髪束へとダイブし、カサッという音と共に髪束の中へと消えてゆく。

「ねえやっぱり私も気になるわ。一体その髪どうなってるの?」
「ただの髪束だ。ゾロアークの特徴なのだろう?」
「それは分かるけれど……。ねえ私もちょっと尻尾を入れてみていい?」
「構わん」

 好奇心が勝ったのかチャミがシルバに許可を得て尻尾を髪束の中に真横から入れてゆく。
 カサカサという乾いた物が擦れる軽快な音と共に尻尾がずんずんと髪束の中に消えてゆき、何故だか一メートル近くも髪束の中に入っても先端が逆側から出てこない。
 少々恐怖を覚えつつもそのままカサカサと進めてゆくと、少ししてから何故か尻尾の先が髪留めの傍から下方向に向かって出てきた。

「なんで!?」
「さあ」
「ねえ……シルバ、今更だけど、僕生きて出られるよね?」
「入ったんだから出られるだろう」
「飛び込んだからどれ位潜ったのか分からないんだけど大丈夫?」
「……多分」
「今の間は何!?」

 結局アカラが不安で若干パニックになったため、家を出る前に一旦髪束から救出し、流石に反省したのかシュンとしたままのアカラを髪束の中へと収納し、今度こそ"世界樹"を目指して家を出た。
 町を行く際はツチカにはシルバの肩に留まってもらい、あくまでツチカの移動用の道具のように振る舞うことにし、チャミはかなり腰の低い態度でツチカにインタビューを行うジャーナリストの体で移動してゆく。
 そうすると不思議な事に、一度はシルバ達の方へと視線が向くが、肩にツチカが止まっていることを見るとその視線はあっという間に和らいでいく。
 鳥ポケモンという存在がこの島でどれほど大きい力になっているのかをシルバ自身も体感しつつ、尚更このままでいいはずがないとも考えながら、町を通り抜けてゆく。
 世界樹へと続く街道は流石に整備が行き届いており、ところどころに建つ高い展望台からは鳥ポケモン達が監視の目を光らせている。
 道が開け世界樹までの道が真っ直ぐに向かうようになり、改めて上を見るとその巨大すぎる存在にただ感心するしかできなくなる。
 サイズ感がどうしても掴めず、近付いているはずなのだが世界樹の幅がそれほど変わっていないようにしか見えない。
 首が痛くなるほどそれを見上げながら歩く事数時間、ようやく世界樹の麓まで辿り着いた。

「当然ですが"陽光還る頂"は世界樹の頂上にあります。ホムラ様達のようなお強い鳥ポケモンならばひとっ飛びで頂上まで辿り着けるのでしょうけれど、私や普通の鳥ポケモン達、そして空を飛べないポケモンは世界樹に絡みついたあの蔦を登っていきます」
「あれが蔓なのか、樹が大きければ蔓もサイズ感がおかしくなるのか」

 ツチカの指差した先にはカビゴンが寝転がってもまだ余裕で通れる幅の街道よりもさらに太い蔓が螺旋階段のように世界樹に絡みついており、それらの周りには木の上であることを忘れるほど当然のように物見櫓や松明が建てられており、樹というよりは一つの巨大な塔のようになっている。

「嘘でしょー……これを登るの? とてもじゃないけれど、私の体力じゃ無理よ」
「なら髪束に入ればいい。多分問題なく運べるだろ」
「遠慮したいところだけれどその不思議空間に入らないと多分私の体力が持たないのよねぇ……。分かったわ、私も入らせてもらうことにするわ」

 チャミが頂上までの高さを見て狼狽すると、シルバが自分の髪を指差してそう提案した。
 既に一度不思議な体験をしているためできれば避けたかったが、それを避ければ何時間も掛けてこの樹を自力で登る羽目になるため一つ小さなため息を吐いてから髪束の中へと消えていった。
 シルバよりも長い身体がその空間の何処に収まっているのか不思議で仕方なかったが、流石にサイズアップしたシルバの髪束を見る限り限界はあることも見て取れる。

「ツチカはどうする? この高さなら俺が全力疾走で登っても何時間かかるか分からんから全力で走るつもりだが、髪束に潜っておかなくてもいいか?」
「そうさせていただきたいところですが、その前に検問で先に私の存在を示しておいた方がいいでしょう。それに髪束の中を確認でもされたら面倒な事になりそうですし、検問から大分離れるまでは普通に上りましょう」

 シルバの提案に対してツチカがツルが地面に届いている所を羽で指して示す。
 蔓の麓にはエアームドやピジョットのような大型で屈強な鳥ポケモンが睨みを利かせており、普通のポケモンならば暴れようものならあっという間に袋叩き似合うだろう。
 世界樹へと続くその検問にはシルバ達以外にも何名かポケモンがおり、短くはあるものの検問の列を作っている。
 ツチカと共にその検問の様子を覗いていたが、どうやら世界樹へ上る正当な理由と鳥ポケモンであることが必須条件となっているようだ。

「ツチカどうする? 流石に噂になっているような石板を回収に来たなんて言うわけにもいかない。それにあの感じだと俺に発言権があるようには見えない」
「その点はご心配なく。以前世界樹には御祈願で一度参らせてもらっているので、その時と同じ理由で大丈夫なはずです」
「御祈願?」

 シルバはツチカに耳打ちすると、ツチカからは意外な返事が返ってきた。
 なんでも世界樹はその荘厳さからか途中の太い枝の上にも幾つも社が建っており、様々な神を祀っているらしい。
 社毎に祀っている伝説のポケモンが違い、それぞれのポケモンに祈願することでその願いを叶えてもらうための神聖な場所でもあるそうだ。
 そのため以前ツチカは父親の無事を祈願しに行ったが、残念ながらその願いは叶う事はなかった。

「止まれ! 貴様等は何の用でこの世界樹へ来た?」
「ツチカと申します。母の容態が優れないため、御祈願をしに参りました。このポケモンが私の止まり木役です」
「ほう……母の為に祈願とは殊勝な心掛けだな。いいだろう。通れ」
「ありがとうございます。さあ、進んでください」

 ツチカやシルバよりも大きなポケモン達が舐め回すようにシルバ達を睨み付ける中、ツチカは怯むことなく堂々と答える。
 勿論ツチカは恐れていないわけではなく、必死に耐えているだけであるため、シルバの肩を掴む足は小刻みに震えていた。
 検問に立っていた兵士はツチカを見た後、シルバを睨み付けたが特に何も言わずにシルバ達を通してくれた。
 というのもシルバの瞳には感情が無く、鞭打ちされたポケモン達と見分けがつきにくい表情だったため、ここではシルバの感情の無さが役に立ったようだ。
 表情一つ変えず一言も発さずにシルバは真っ直ぐに進んでゆき、太すぎる蔓の上をツチカに負担をかけない速度で普通に上ってゆく。
 太い樹の幹を多少早歩きで一回りするだけでも数十分は余裕で掛かるが、二回りもする頃には既に地上からは大分離れており、監視の目はそれほど厳しくなくなっていたため、シルバはツチカに話しかけた。

「ツチカ。そろそろ大丈夫だろう。ここからは俺の速度で登ってゆく」
「分かりました。でも無理はなさらないでくださいね」
「分かっている」

 ツチカが髪の中に潜り込み、念のために軽く髪束を揺らしても誰も落ちてこない事を確認するとシルバは体を捻じり、腕や足をしっかりと伸ばしてから疾風のように山のような蔓の坂道を駆け登り始める。
 シルバの全力疾走でも一周に十数分は掛かるものの、その速度は明らかに先程までとは段違いに早くなっていた。

「みんな大丈夫か?」
「一応大丈夫! すっごい早いってのだけは何となく分かるぐらい!」

 念のためシルバは髪束の中にいる皆に声を掛けたが、少々驚きを含んでいるものの元気そのものなアカラの声が聞こえたため、そのままの速度を維持してどんどん登ってゆく。
 シルバの速度で登り始めてからおおよそ一時間経った頃、既に周囲の木よりも高く見えるのは世界樹から伸びた枝とは思えない太さの枝だけとなり、頭の上に広がっていた距離感の掴めない頂上付近の葉の塊は流石にかなり近づいていた。
 この調子で登ってゆけばあと一時間もしない頃には着くだろうと考え、シルバは一度その途中で走るのを止めた。

「みんな、折角だ。頂上に着く前にこの景色も見ておきたいだろう。顔だけ出してみな」

 シルバの声に呼ばれるようにアカラ達の顔がダグトリオのように髪束から生えてくる。
 高さもあり、吹き抜ける風がごうごうと音を立てる中、涼しい顔をして立つシルバとは裏腹にアカラは単純に感動を前面に出したキラキラとした瞳でその光景を見つめ、ツチカは少しだけ興奮した様子で今にも飛び出しそうになりながらそこ光景に感嘆の息を漏らし、チャミはひたすらのその高さに恐れおののいていた。

「待って待って待って! 高い! 落ちたらどうするのよ!?」
「落ちやしないさ。落ちたら流石に俺でもどうしようもないが」
「そういうこと言わないで! せめて助けてやるって言って!」
「善処する」
「凄い……。シルバ! ここでどれ位登ってきたところなの?」
「多分おおよそ中腹ぐらいだ。あと半分登る」
「この倍の高さになるの!? 絶対嫌~~っ!!」
「嫌なら顔を引っ込めるか、ここから自分で下っていくかだな」
「私も……いつかこんな場所まで飛べるのかな……」
「飛べるさ。そのための羽だ」

 早々に首を引っ込めてシルバの髪束の中で震えるチャミを余所目に、チャミよりも遥かに小さなアカラとツチカはその光景に様々な想いを馳せているようだ。
 少しの間その光景を二人に眺めさせた後、再び顔を引っ込めさせて残りの距離をまた疾風の如き速さで駆け上っていった。
 頂上付近に近づくと流石に蔓の幅も狭くなり、世界樹から伸びる枝の数も増えてきたため思うように走れず、当初の予定よりも多少時間が取られる形となる。
 しかし残りを登り始めてから二時間弱で遂にその世界樹の頂へと辿り着き、雲と同じ高さに広がる枝の上にシルバの顔が現れ、ゆっくりと上まで登りきった。
 周囲の光景は眼前に広がる靄のかかったような雲と世界樹の葉の足場が続く場所と、空の青さと遮る物の無い太陽の姿だけが広がっており、そこがどれほど高いのかを教えてくれる。

「ここが頂上か。お前達も見るといい」

 シルバの声を聞いて髪束の中から三人の顔が飛び出したが、その顔はすぐに髪束の中へと埋まってゆく。
 足元は薄靄がかかって分かりにくくなっているので高さに慄いたわけではなく、単純にその気温の低さに身が思わず縮こまったのだ。
 シルバの吐く息すらも白くなるほどそこは寒く、本来ならば酸素も薄くなっているせいで呼吸すらままならないだろうが、世界樹の葉が放出する酸素のお陰か呼吸には何の問題も無かった。

「ここがホムラ様達が見ていた景色なんですね……荘厳ですね」
「シルバはこんなに寒いところ平気なの?」
「走り続けてたから体が温まってる。寒さは感じるが耐えられないほどではない。それよりも出すのは顔だけにしろよ。足元は何処が抜けるか分からないからな」
「ヤバイ……顔だけ凍えて動けなくなりそう……。石板を見つけたらまた呼んで。多分そうしないと私眠っちゃいそう……」

 シルバの髪束からアカラが出てこようとしていたため、すぐにアカラの動きを手で制止してシルバは伝えた。
 今シルバが立っている場所も葉の上ではなく、丈夫な事を何度か踏んで確認した枝の上であるため、一歩間違えば突き抜けて落ちていくことになるだろう。
 それを伝えるとアカラも素直に顔だけを出してその普通では見ることのできない不思議な光景を目に焼き付ける。

「そういえば何でそのホムラさん達だったっけ? その人達も石板を見たんでしょ? どうやって木に登ったの?」
「忘れたのか? 彼等はそもそも鳥ポケモンだ」
「あ、そっか。歩く場所を探す必要がないんだ」

 アカラの素朴な疑問に対して、シルバは答えを言いながら進んでもいい場所を慎重に探って枝葉の上を進んでゆく。
 薄靄がかかっているせいで足元の視界は非常に悪く、歩くのは困難を極めたが一歩ずつ確認しては歩いていき、何かが落ちていないかを慎重に探る。
 そうしていく内、遂に太陽の光を何かが反射しているのが見えた。

「これか。チャミ、見つけたぞ」
「ホント? 石板ってどんな物なの……ってそれ透けてるじゃない!? どうやって持ってるの?」

 シルバはその光を反射していた石板を手にしたが、チャミが驚いた通りその石板は透けており、向こう側の景色を映している。
 輪郭すらなく、その石板はまるで地面に射した光が形作ったかのように揺らいでいるようにすら見えるため、ホムラが掴むことができないと言っていたのにも納得ができる。
 しかし何故かシルバはその実体の無い欠片を普通に持ち上げており、色んな方向から手を動かしてまじまじと観察していた。

「そういえばそうだな。普通に手にしたが何故手に取れたんだ」
「石板に触れたんだよね? シルバ、何か新しい記憶は蘇った?」
「そういえばそれも無いな。恐らくこの石板を手にしてここに待っている奴に会わなければならないんだろう」
「嘘でしょ!? それが本当なら日が暮れるまでここで待ちぼうけになるわよ!?」
「あ、そっか。陽が落ちる時に此処に戻ってきているように見えてたんだっけ?」
「陽が落ちるとその欠片が見えなくなるともホムラ様が語っていたはずですので、本当に待つしかなさそうですね」
「えー……あと何時間待つのー?」
「仕方がないだろう。相手は太陽だ。融通など利かん」

 各々が思う所を口々に呟き、チャミがまた深いため息をついて髪束の中へと引っ込もうとした時、シルバはおもむろにその石板を太陽にかざしてみた。
 すると石板が太陽の光を受けて光り輝き、次第にその輪郭を確かにしてゆく。
 あっという間に石板は実体の無い光の塊から一度シルバが見た事のある石板とほぼ同じ形状へと姿を変えていた。

「意外だな。まさか光に当てるだけでいいのか」
「石板になったの? あれ? てことは記憶は?」
「まだだ。つまり結局は待ちぼうけだ」
『いいえ。その必要はありませんよ』

 石板の姿がしっかりとした実体を持ったが、それでも記憶がよみがえってこない事をシルバはアカラに伝えたつもりだったが、聞いたこともない荘厳で柔らかな声がシルバの言葉に答えた。
 手にした石板を太陽からずらしてそちらを見ていると、太陽の輪郭が燃え上がって剥がれてゆき、大きく両翼を広げてゆく。
 その炎はそのまま羽ばたいてシルバの方へと向かってゆき、世界樹の上に降り立った。

「懐かしいわねシルバ。あなたは私の事を知らないでしょうけれど」

 降り立ったその炎は今もなお燃え続けているが周囲の温度は一切変わらず、降り立った場所も一切燃えていない。
 太陽のように眩しいはずのその姿はアカラ達でも直視することができるほど柔らかな光と暖かさを与えてくれる。
 その姿はまさに太陽そのものだった。

「あんたも俺の事を知っているのか」
「知っています。忘れようとしても忘れることは出来ません。貴方への感謝も貴方の苦しみも……」
「俺は苦しんでなどいない」
「そうでしょうね。これはあくまで私の知る記憶。あなたの知り得ない記憶。だとしても私達は貴方にその枷を交わしたことを忘れた事などありません。今はただ受け取りなさい。貴方の一部を……」

 暖かな太陽はそう語ると僅かに輝きを増しながら、シルバの持つ石板を僅かに光り輝かせる。
 そうした次の瞬間、シルバの視界が白に塗り潰されてゆくような感覚に包まれてゆく。



――巨大な影の一つが歩み出て自分を包み込むように優しく撫でる。
 包み込まれているはずなのにその感触も熱も感じられず、しかし触れられていると理解できる。

「君に訪れる苦しみを我々は理解することができない。君にしか分からず、君では計り知れない苦しみだ」
「ならば耐えてみせましょう。それが貴方方への信心であり、私の愛する者達への寵愛となります」

 大きな憂いを含む声が何処かからかそれとも自分の中へ直接なのか、一つ一つの音まで染み入るように響き渡る。
 自分の胸に手を当てて片膝を着き、瞼を閉じて信愛を行動と言葉で示す。
 自分の言葉を最後に静寂が訪れ、目の前に立つ者が白一色の空間でも確かに存在していると分かる光を一つ作り、自分の中へと溶け込ませる。

「調和と平定は今この瞬間より訪れた。願わくばこの世界に終焉の訪れぬことを望むばかりだが……それは……」



 最後の言葉はうまく聞き取れず、巨大な影が何かを伝えようとしたところで途切れた。
 二つ目の記憶を取り戻したことでシルバは一つの事実に事に気が付く。
 最後にシルバに語り掛けたのは、獣の島で出会った光と大きさこそ違うもののよく似た姿をしていた。
 四本の剣のような脚が地面に突き立ち、後光のような装飾が腰元から伸びた荘厳という言葉を形にしたような姿だったことをシルバは思い出す。
 そして今回シルバを包み込んだような感覚を与えた者は、今目の前にいる揺らぐ炎が姿を成したような大きな鳥の姿だった。

「あれはつまりお前達か。俺の事を知っているのなら教えてくれ。俺は一体何者で、お前達は一体何者なんだ」
「それを私の口から答えることは出来ません。全ては導かれるままに流れてゆき、貴方が辿り着くべき場所でその全てが分かる……。私から貴方へ伝えられることはそれだけ……。行きなさいシルバよ。世界のうねりは大きくなっています。それを乗り越え、無事に"鍵"を集めなさい……」

 シルバの質問にその炎は明確には答えなかった。
 そしてその言葉を最後に炎は両翼を大きく広げたかと思うと眩しい程に煌めきながら羽ばたき、空高くへと舞い上がってゆく。
 舞い上がった炎が太陽とその輪郭を重ねると炎の輪郭は羽ばたくのを止め、まるで始めからそうであったかのようにただ燦燦と煌めく太陽へと姿を戻した。

「凄い……あれがシルバが会ってたシルバの知り合いなんだ……。なんだか想像してたレベルと全然違うや……」
「あの御姿、恐らく文献にも名前が記されていないこの島の護り神、ホウオウ様ですね。シルバさんに付いて来てよかった……」
「シルバ……あなた一体何者なの? 何故神話にしか記されていないようなポケモンと知り合いなの!?」
「俺も分からない。寧ろ教えて欲しいぐらいだが、あいつらは教えられないとしか答えない。結局、自分が何者なのか知るにはこの旅を終える必要があるようだ」

 少しの間アカラとツチカの二人は目の前で繰り広げられた出来事にただただ感動し、感嘆の息を漏らしていた。
 そしてツチカが言った通りシルバが今まで出会っていたポケモンは神話にしか記されていない、誰も出会った事のない伝説のポケモンと思われるポケモン達である。
 チャミが驚くのも当然であり、そして同時にシルバの問いにその伝説のポケモン達は決して答えてはくれない以上、シルバにも知る由はない。
 太陽へと帰った炎を見送った後、シルバは手元に残った実体を持つ石板の破片を見つめ、分からない事を考えても仕方がないと考えたのかすぐに髪束の中へと仕舞い込んできた道を戻り始める。

「嫌な予感がして来てみれば……。獣風情がこの神聖なる場所に何の用で踏み込んだ!」

 しかし、その行く手を阻むようにもう一人の炎の鳥が行く手を阻むように羽ばたき、シルバを鋭く睨み付けている。
 シルバを睨み付けるのはホムラ。以前にこの頂上まで確認しに来ていた本人である。
 ホムラは明らかにシルバの姿を見た時点で軽蔑した態度をとって憤慨しており、今にも襲い掛かりそうな剣幕だ。

「ホウオウから石板を受け取るためだ。俺は石板を集め、この世界の終焉を防がなければならないらしいからな」
「石板……? 貴様……! やはり貴様が奴等を呼び寄せたのか!!」

 シルバの言葉を聞き、ホムラは更に激昂して火の粉を舞わせるほど燃え盛る炎の翼の温度を上げ、激しく羽ばたいた。
 そしてシルバが次に口を開くよりも先にホムラは炎を激しく燃え上がらせながらシルバの方へ攻撃を仕掛けた。
 豪炎の塊のようになったホムラが突進してきたが、シルバはそれを高く飛んで躱し、しっかりと同じ場所へと着地する。

「話を聞く気すらなさそうだな。お前ら全員引っ込んでろ」
「シ、シルバ! 絶対に変なことしちゃダメだよ!? 相手はこの島を治めてる人なんだから!」
「分かってる。一先ず冷静になってもらうだけだ」

 シルバの言葉を聞いてツチカとチャミはすぐに引っ込み、アカラは念のためにシルバに確認してから髪束の中へと引っ込む。
 シルバ一人であれば先程の攻撃も避けるまでもなく受け止めることもできただろう。
 だが足場が非常に不安定な上、奇襲ということもあって今激しく動けばアカラ達が振り落とされる危険性があったため、あまり大きく動かずに攻撃を回避する方法を取らざるを得なかった。
 全員がしっかりと戻ったことを確認すると戦闘態勢を取り直し、通過したホムラの方へと向き直す。
 ホムラの方も外したことに気付いているのか火球のように炎を纏ったまま反転し、またしてもシルバの方へ飛び込んできた。

「お前が何のことを言っているか俺には分からんが、答える気があるのなら教えてほしいものだ」

 突っ込んでくるホムラを再び大きく飛んで躱しながらシルバはホムラへ言葉を投げかける。
 シルバがいた足元の霧を吹き飛ばし、炎でまだ青い葉を焦がしながら突っ切ったホムラはまた反転しようとしていたが、その前に一度動きを止めてシルバを鋭く睨み付ける。

「とぼけるつもりか? 貴様のせいで今村は竜の軍の奴等に奇襲されているというのに!」
「何? それが本当なら今すぐ俺を連れて下へ降りろ」
「ふざけるな! 誰が貴様のような下等な存在を……!」
「一つ言葉を付け加えるならば、お前のその傲慢さがその奇襲を許したことになる。俺とここで油を売っている暇があるならいくらでも相手をしてやるが、それどころの話ではない筈だろう」
「貴様らなんぞに頼らずとも!」
「頼らなかったとしても利用することは出来たはずだ。地上の警備を疎かにし、空にのみ注意を払ったお前達の傲慢さが今回の結果の答えだ。二度は聞かん。答えろ、俺を連れて降りるのか、この島がお前達の傲慢さで滅びるのをここで油を売りながら待つのか。どちらだ」
「……っ! 貴様、後で必ず後悔させる!」
「勝手にさせればいい。生憎俺は後悔というものが理解できないがな」

 理不尽極まりない怒りを顕にするホムラに対して、シルバは淡々と事実のみを語ってゆく。
 その中でシルバとしても予想していなかった竜の軍の襲撃、想像したくはないがアギトが村への攻撃を開始したかもしれないという情報を聞いて、シルバの胸に鋭い痛みが走る。
 それは確かに今まで感じた事のないものだったからか、シルバの口調は変わらないもののその言葉の話す速度は明らかに早くなっていた。
 ホムラも眉間にしわを寄せてシルバの手厳しい正論を聞いていたが、確かに今シルバと無駄な戦いを行ったとしてもただ戦力を一人分こちらに割いているだけとなるため、苛立ちを見せつけた後にシルバ達の前に背中を向けて降りた。




 時は遡りシルバ達がまだ世界樹を登っていた頃、町の外れの草むらでシルバ達の帰りを待っていたアギトの一団は念のためバレないようにずっと息を潜めていた。
 当初の目的では石板を入手する方法が判明した時点で島民から強奪、それが難しいようであれば人質を取って石板との交換条件にして入手する手筈だったが、既にアギト達の目的は石板を持って戻ってきたシルバ達を追うという体で共に逃亡、以降はシルバの旅を補助するための諜報や船が出ていない場合背中に乗せて島間を飛行して移動するという作戦に変わっていたため、島民に見つからない事だけを警戒している状態となる。
 元々アギトの一団は島の中でも群を抜いた臆病な者達の集まりでもあるため、聞き耳を立てるのも息を潜めて待つのも図体の割には案外得意なため、みな主人を待つ犬のように静かに、しかしワクワクを隠せない様子で待ち続けていた。

「何処にいるのかと思えばこんな茂みの中とは……。良かったですね、島の警備が甘くて」

 そんな隠れ伏すアギト達の背中から声が聞こえた。
 その声にアギト達は心当たりがあり、そして心当たりがあったからこそ彼等は今だけはそのポケモンに会いたくなかった。
 恐る恐るアギトが振り返ると、そこには余裕をたっぷりと含んだ様子のフライゴンが澄ました顔で立っている。
 フライゴンは同じ種の中で見てもかなり小柄であり、シルバよりも僅かに身長が低いぐらいだが、その目はシルバとは比にならないほど冷たく一切笑っていない。
 だがアギトに掛けた声はとても優しく、何処か好感すら持てるほどでとても恐ろしい存在には見えないが、それでも彼はアギトの事を知っており、そしてアギトは彼の姿を見た瞬間から呼吸が乱れるほどに恐れていた。

「ベ、ベイン……さん」
「良かったですね。漸く皆さんのお仕事の時間ですよ。アギト隊長」

 ベインと呼ばれたフライゴンは後ろ手に組み、とてもにこやかな笑顔でアギトにそう告げた。
 名前を呼んだだけでアギトは体の震えが収まらななくなり、冷や汗が首を伝って落ちてゆく。
 しかしそれはアギトだけではなく、周囲に居たアギトの仲間、否アギトの部下達も同様にその笑顔を見た時点で震えが止まらなくなっていた。
 だがその内の二人がアギトとベインの間に立ち塞がり、震える身体を必死に抑えながら腕を構える。

「アギトさん、僕達が時間を稼ぎます! だから今の内に……っ!?」
「どの口が仰っているのか分かりませんが、誰がどうやって僕を止めると?」

 アギトとベインの間に居たオノンドとガバイトが何かをアギトへの言葉を言い切る前に自分の喉元を押さえながらその場に倒れ伏す。
 いつの間に振り抜いたのかすら分からないほどの攻撃により二人の喉はぱっくりと切り裂かれており、吹き出す血を必死に押さえようとしながらただビクンビクンと震え、そして血の海を作って動かなくなってしまう。
 ベインの尻尾の先に僅かに付いた血を拭き取りながらベインは既に答えることの出来なくなった遺体に冷たい視線を向けながら呟き、そしてその目のままアギトの瞳を見つめる。

「貴方がたが先日何をされていたのかは僕がしっかりと把握しております。本来ならば昨夜の時点でお伺いさせていただくつもりでしたが、ヒドウ様の寛大な御心で本日きちんと仕事を果たしていただければ、皆さんの行いは不問と致してくれるとのことでした。つまり……僕が何を言いたいかはお分かりですね?」
「い……嫌だ……! 僕は……僕達はもう、ただの『アギト』なんだ! もう、誰も殺したくないんだ!」
「断っても構いませんが……。そうですね……アカラちゃんと言いましたかね? 貴方ととても仲良くなっていたあのザングース。あの子も貴方のような薄情なご友人を持たれてさぞ悲しむでしょうねぇ……?」

 今にも泣きだしそうなほどにアギトは怯え、ベインから少しでも遠ざかろうとするが、アカラの名前を聞いてその場から動くことができなくなる。
 涙を流しながら必死の怒りをベインに伝えるが、ベインは決して笑顔を絶やさない。

「……! ひ、卑怯だ! 殺すなら僕を殺せばいい!」
「誰も殺すだなんて一言も言っていませんよ。ただ、可愛らしいお耳を短くしてもっと可愛らしくしてあげたり、なんなら手足を短くしてあげて二度と一人では生きられないようにしてあげてもいいというだけですよ……貴方の返答次第でね? それに……貴方は、『アギト』はどうでもいいですが、貴方が"僕達"と呼ぶ存在は殺すには惜しい。なので貴方だけはヒドウ様のご意思もありますし、殺すわけにはいかないのですよ」
「嫌だ……誰か……。誰か……!」
「誰も助けてはくれませんよ。貴方がそうしてきたように。嬲り殺しにするのがお好きだと仰っていたではないですか。ですのでこれはお渡ししておきます。きっかり一時間後にこの島から悲鳴が聞こえ始めたのならば、それが貴方がたの返事として受け取りましょう。お忘れなく、竜の島暗殺部隊"竜の尾"に所属するのは僕だけであり、誰一人として僕の追撃から逃れた者は居ないということを……では、存分に殺戮をお楽しみください。アギト隊長」

 ベインは小さな錠剤の入った瓶をアギトに渡して最後に微笑み、まるで初めからそこには誰も居なかったかのように、音すら立てずにベインは消え去った。
 受け取った瓶を右の首で咥えようとするが、体が震えすぎてその小瓶を地面に落としてしまうほどアギトは体が恐怖で支配される。
 アギトが渡された小瓶の正体はブースト薬と呼ばれる錠剤。
 竜の島でヒドウの名の元生み出された破壊衝動を増幅させる危険極まりない薬品である。
 この薬品こそがアギト達が奇襲部隊である所以であり、そしてこの薬との相性が最も良かったのがアギトだった。
 しかし薬はあくまで破壊衝動を増幅させるものであって、その間の記憶を消すような代物ではない。
 破壊衝動のままに何もかもを蹂躙し尽くし破壊した後、薬の効果が切れた時、多くの者が精神を破壊され自責の念から自害する。
 だがアギトは違った。
 増幅した破壊衝動すらアギトは拒絶し、自分自身を嫌悪し、そして彼の中に別の人格が形成されてしまう。
 自らを『タイラント』と呼ぶ人格は薬を飲んだ時だけアギトに成り代わって破壊の限りを尽くし、その記憶すら乖離させてアギトとの共存を行っていたが、薬を使い続けた副作用か最近はアギトとタイラントの記憶が混ざるようになり始めていた。
 アギトの言う"僕達"はタイラントと自分の事であり、そして破壊を望みながらもアギトと記憶や考え方を共有するようになってしまったタイラントすらも自身に嫌悪感を持ち始めていた。
 だからこそ逃げ出したかったがそれももはや叶わない。

「隊長……。きっと……きっとシルバさんなら僕達の事を止めてくれます。信じましょう」

 涙で地面を濡らしながら声を殺して泣くアギトに、隊員の一人が声を掛ける。
 一人だけではない。
 誰もがシルバを信じ、アギトと全てを共にする覚悟を決めた表情でアギトを見つめていた。

『ごめんね……アカラちゃん。ごめんね……シルバさん。僕も、僕達も、みんなも……君達と旅をしたかった……』

 心の中でアカラとシルバに告げ、涙を拭いてからアギトは錠剤の入った瓶を手に取り、一錠ずつ皆に手渡していった。


6:救い 

 ホムラの背に乗って世界樹から一直線に落ちるような速度で麓の町へと向かうシルバ達。
 地面が近付くにつれ、その足元の明かりが松明ではなく燃え上がる家々であることが窺え、悲鳴や叫び声が嫌というほど聞こえてくる。
 その度にシルバの胸に何本もの針が刺さるような痛みが走るが、今はそんなことなど気にする暇などない。
 このままではツチカの母親が戦渦に巻き込まれる危険性があり、そして今戦っているのが誰なのかが分からない事がシルバにとって気になることであったことが理解できないものの、気になって仕方がなかった。
 シルバは微塵もアギト達が裏切るなどとは考えておらず、この時初めてシルバは合理的な考えを捨てていた。
 ただの竜の軍の敵であると信じて違わず、例え誰であろうと今一度追い返すのみと腹を決める。
 だがそこに居たのは歪な笑顔を浮かべ、地に濡れたポケモン達の中央で狂ったように笑いながらイカヅチ、フブキと戦うアギトの姿があった。



 第六話 救い



「イカヅチ! フブキ! 無事か!?」
「遅い! これが無事に見えるのならお前の目は節穴だ!」

 地面に降り立ったホムラは傷だらけになりながらも戦うイカヅチ達に声を掛ける。
 しかし言葉通りイカヅチの身体は既に血が滲んでおり、呼吸もかなり乱れていた。
 参戦するために飛び上がろうとするホムラの背からシルバは素早く飛び降り、髪束の中へ隠れていたアカラ達に外へ出るように促し、荷物も全てアカラ達へ渡す。

「チャミ、今すぐこいつらと一緒に避難しろ」
「あなたはどうするのよ!? まさか戦うつもりなの!?」
「いや、戦わせない。戦わせないために戦わなければいけない」
「言ってることが滅茶苦茶よ! 馬鹿なの!?」
「アギトは戦いたくないと言っていた。ならば俺が止めなければならない」
「ちょ、ちょっと!?」

 焦っていたのかシルバは伝えるべきことをほとんど伝えず、自分のすることだけをほぼ一方的にチャミに伝えて身を翻して三鳥の戦う元へと駆け寄る。
 本当はチャミも止めるべきだと分かっていたが、チャミが制止する間もなくシルバは声が届かない距離まで走り抜けてしまったため仕方なくすぐにその場から避難を始めた。
 駆け寄った先のアギトはとても同じ人物とは思えないほど張り裂けるような笑顔でイカヅチを睨み付けており、自分の血かそれとも返り血か分からないほどの血に濡れていた。
 イカヅチの身体が轟音と共に激しく明滅し稲妻をアギトへ向けて放出するが、アギトの左の首から凄まじいエネルギーを溜めてからレーザーのように放ち、二人の間で爆音と共に弾けさせる。
 二人共動けなくなったように見えたが、濛々と立ち込める煙を突き抜けて炎の柱が貫いてゆき、そのままイカヅチに命中して爆音を轟かせる。

「ぐうっ!? くそっ! この程度の事で……!」
「キヒャヒャ! どうした? その程度か? 俺をもっと楽しませろよ! すぐに片を付けるとか威張り散らしたんならよぉ!!」

 アギトとは思えない狂気を含んだ声で笑いながら言い放ち、間髪入れずに右の首から今度は青い炎のようなものを噴き出し、一体を焼き払うように薙ぐ。
 当たるまいと身体を浮かせてイカヅチは避けるが、予想通りの動きをしていたのか更に顔を歪めながらアギトは笑い、自分の口を大きく開いて一際大きなエネルギーを溜めて一気に放出する。

「危ない!」
「馬鹿が! かかりやがったな!」

 もう動くことすら難しくなっていたイカヅチを庇うためにフブキが体当たりをしてイカヅチをはじいたが、代わりにフブキがその光線をもろに受けてしまう。
 始めからアギトの狙いはフブキだったらしく、既に飛び上がる事すら難しい程の大ダメージを受けたイカヅチとフブキを見てアギトは耳に残る高い声で笑う。

「アギト……! これ以上はお前を戦わせない!」
「やっと来たかシルバ! 次はお前が俺と遊んでくれるんだよなぁ!?」

 次の攻撃を仕掛けようとしたアギトとフブキ達の間に割り込むようにシルバが立ち塞がり、拳を握りしめて攻撃を構えたアギトの右の首に殴りかかったが、アギトはその攻撃を受けてもびくともしていなかった。
 それどころかシルバの攻撃を受けてアギトはまた狂気に満ちた顔で笑い、そのまま左の首でシルバの腕に噛みつく。
 アギトの噛みつきは鍛えられているシルバの肉体には然程ダメージを与えられておらず、シルバならばいつでも振りほどくことができた。
 しかし噛みつかれているのは腕のはずなのにシルバの胸にまた痛みが閃光のように走る。

「俺はお前とは遊べない。そういうのができるのはアカラの方だ。俺ができることはただお前を止めてやることだけだ」
「だったら止めてみな! お前が俺のおもちゃにされるのが先だと思うがなぁ!」

 シルバに噛みついていた左の首がより一層力を込めて噛みつき、シルバの身体を宙へと放り投げる。
 そしてそのまま右の腕からエネルギー波を放ってシルバを撃ち抜き、爆音と共に黒煙を広がらせた。
 だがシルバもしっかりと腕をクロスさせて最小限に抑えており、そのまま落下の速度も込めた拳をアギトの首の付け根の辺りへ振り下ろす。
 鈍い打撃音が響いたが、アギトには全く聞いていないのか顔を歪すらせずに笑って見せ、右の首でその腕に噛みつき振り払う。
 シルバはくるりと身を翻して着地しアギトを見ると、既にアギトの口から青い炎のようなものが放出されており着地すると同時にシルバは飛び上がって躱す。

「お前もその程度なのか? だったら俺が全部ぶっ壊しちまうだけだぜ? キヒャヒャヒャヒャア!!」

 シルバが躱すことまで予想していたのか、既に両の首からは火炎と光線がシルバに向けて放たれており、シルバもただその攻撃を防御するしかなかった。
 爆音と共に弾けて煙の中からシルバが吹き飛んだが、シルバも然程ダメージにはなっていないのかまた奇麗に身を翻して着地する。

「アギト、何故だ。俺と共に冒険するんだろう。もう戦わないと決めたんだろう?」
「俺はアギトじゃねぇ! 俺は、今の俺達は『タイラント』だ!! 誰にも俺の破壊を邪魔することは出来ない! 誰もが俺の前に成す術無く破壊されるだけだ!! 貴様も! アカラもな!!」
「させない。それだけは例えお前だろうとさせない」

 何とか説得しようとしていたがシルバだったが、アギトの口からアカラの名前を聞いた途端、シルバの胸に全身が引き裂かれるような痛みが走り、すうと先程までの考えが消え去る。
 狂気そのものの笑顔を見せながら高笑いするアギトに対し、ただでさえ表情の無いシルバの表情が完全に消え失せた顔で瞳でシルバは見つめ返す。
 相対する二人はどちらも異様な雰囲気を纏っており、とてもではないが介入する余地など見せない。

「いい顔するじゃねぇかシルバよぉ? てめぇ今怒ってやがるな? それでいいんだよ。 俺と遊ぶ時は俺の事だけを考えなぁ!!」
「今のお前の口から聞きたい言葉ではない。必ずお前を止める」

 一瞬シルバの姿が消えたかと思うといつの間にかアギトの目の前におり、激しい打撃音と共に空間すら震わせた。
 しかし分厚い脂肪と筋肉の壁がダメージを全て伝えきらせず、大きく後ろに吹き飛ばされはしたもののアギトはただそのにやけ面を向けてくる。

「効かねぇなぁ……。いつまで手加減して俺に勝てるつもりでいるんだ? 俺はなシルバ、お前なら俺達との約束を果たしてくれると信じてるんだよ。俺だけじゃねぇ、俺の部隊の部下達もだ。俺達をこの苦しみの連鎖から解放してくれると……だから俺達は今こうして戦ってるんだろうが! それが分からねぇなら今ここでお前が死にやがれ!!」

 アギトの言葉は低く鋭く突き刺さるような恐ろしい声だった。
 だがその目には涙が流れ、血に濡れた身体を洗い流すような清らかな川を作っている。
 それにシルバが気付き、アギトの突進にすら気が付かないほど見とれている内に吹き飛ばされたとしてもシルバにはその涙が胸に焼き付き、痛みを刻み続ける。
 そして吹き飛ばされたシルバは初めて受け身も取れずに地面に体を打ち付けた。
 だが痛むのは背中でも、吹き飛ばされた時に受けた身体の全面でもなく、今も尚胸の中から全身を引き裂くような痛みが全ての思考を止めるように主張する。
 よろよろと起き上がりながらシルバは胸を押さえつける。
 目の前でまたアギトが何かを叫びながら光線を放ってくるが、シルバにはもうそれが何を言っているのか上手く聞き取れなかった。
 防ぐこともできずに光線をもろに浴び、身体を捻らせながら吹き飛んでゆく最中もシルバの中に聞こえていたのは、昨日のアギトの声だった。
 聞こえるはずの無い声が頭の中で胸の中で響き渡り、痛みを加速させては忘れさせる。
 地面に身体を投げ出したまま動かないシルバにアギトは近付いてゆき、左右の首でシルバの腕をミシミシと骨が鳴るほど噛みついて持ち上げる。

「結局お前も俺達の救いにはならねぇんだな。大口叩くだけ叩きやがって。できないんならお前が死ね。俺がお前を救ってやるよ」
「それがお前の救いなんだな」

 シルバの身体を持ち上げ涙を流しながらアギトは呟くように口にし、大きく口を開けてエネルギーを今までよりも更に溜めてゆく。
 しかしシルバは何かを理解したのかアギトと同じくぽつりと呟き、両腕に力を込めてアギトの噛みつきに対抗した。
 シルバの胸の中では何度も自分の身をバラバラに引き裂くような痛みが脈打っていたが、シルバが脱力したままだった頭を持ち上げる時には一瞬だけ時が止まったかのように痛みはおろか音すら聞こえなくなり、静かにアギトの瞳を見つめる。
 そこにあるのは狂気に満ちた瞳のはずだが、シルバにはそれが恐怖と苦しみにもがいているようにしか見えなかった。

「大丈夫だアギト。救ってやる」

 シルバがそう口にした次の瞬間、アギトが溜めていたエネルギー波は放たれずに霧散する。
 シルバの両腕に噛みついていたアギトの首を振り切り、代わりにそのまま右腕でアギトの胸を深く貫いた。
 アギトは大きく目を見開いて口をパクパクと動かしていたが、すぐにニヤリと笑って自分の胸に深く突き刺さり、腕を伝って落ちる血がシルバの体毛を赤黒く染めてゆくその手を両の首でしっかりと、しかしただ掴むだけの強さで噛みつく。

「シ、シルバ……。あり……がとよ……」

 そう言ってアギトは微笑んだかと思うとぐらりと崩れるようにシルバの視界から消えてゆく。
 噛みついていた両の首が力無く離れ、ズシンという音と共に仰向けに倒れ、シルバの深く突き刺した腕がズルリと引き抜かれる。
 その時間はほんの一瞬だったのかもしれない。
 しかしシルバには永遠にも感じれるほどその瞬間はいやに静かで、何も感じられなかった。
 胸を痛みが杭を打たれたように一瞬で突き抜けてゆき、そして何も感じなくなる。
 地に崩れ落ちたアギトは胸に開いた大きな穴から血を流し、もう動くことはなかった。

「アギト隊長がやられた……?」
「あいつが……シルバが殺ったんだな? あいつなら……アギト隊長が言った通り、救ってくれるんだな?」

 ふと気が付けばそこら中で破壊活動を行い、島の鳥ポケモン達と争っていたはずのアギトの部下達がアギトと同じく狂気に満ちた瞳でシルバを見つめている。
 だがその狂気に満ちた瞳の全てから涙が流れ落ちてゆき、先程までシルバを見つめていたアギトの瞳と同じ恐怖と苦しみから逃れようとする光が満ちているように見えた。
 その間もシルバはただ自分の血で真っ赤に染まった右腕を見つめ、先程まで胸の中にあったはずの痛みが感じられなくなったことを静かに確かめていた。
 次第に周囲に散っていたアギトの部下達も全員集まったのか、周囲に響いていた悲鳴は聞こえなくなり家々を焼く炎の弾ける音だけが聞こえる。
 しかしそんな束の間の静寂を掻き消すようにアギトの部下が一人シルバへ向かって走り出す。
 反応の無いシルバに向かって叫びながら鋭い爪を振り下ろすが、それをシルバは躱して代わりに元々自分の居た場所へ向かって爪を振り上げる。
 シルバの胸へと鋭い痛みが一閃し、目の前で赤い華が一瞬だけ花弁を開き、地面へと落ちてゆく。
 それを皮切りに一人、また一人とシルバへ飛び掛かり、そしてシルバが舞いでも踊るかのように躱しながら彼等を赤い華へと変えてゆく。
 その度に一瞬だけ胸を痛みが貫いてゆき、一瞬の無音をシルバの中に残して消える。
 攻撃を躱し、防ぎ、避けきれない攻撃をその身に浴びながらもシルバは彼等に救いを与えてゆく。
 シルバにはもっと考えたい事があった。
 他に方法があったのではないのか。
 説得することだってできたのではないのか。
 しかし一人首を撥ね、一人胸を貫き、一人胴から二つに切り離す度に浮かんだ考えが消えてゆく。
 胸を貫き続けた痛みにも次第に慣れ始めたのか、その感覚すら鈍くなってゆく。
 死んでゆく者達の狂気から解き放たれた顔を見る度に、シルバの思考は鈍くなっていった。
 死を招く竜巻へとアギトの部下達が次々と飛び込んでゆき、悲鳴も炎の燻ぶる音すら聞こえなくなったのは、日が暮れ、村に元々あった松明が照らし出す明かりだけが周囲を照らし出す頃となる。
 大きく肩で息をしながら、全身を朱に染めた何かが屍の山の真ん中で大きく乱れた呼吸音を響かせる。
 もうそれに立ち向かってゆく者は一人もおらず、ただその狂気としか思えぬ光景の真ん中に在る者を怯えた目で見つめるのみだった。

「ば、化け物め……」

 アギトと奮闘していたイカヅチがフブキとホムラに介抱されながら、シルバを見つめてそう言った。
 目の焦点は合っておらず、ただ荒い呼吸音を響かせ続けその場に立ち尽くすシルバはかつての"護り神"と呼ばれた姿からは程遠く、正に死を招く存在である"死神"が相応しいとさえ思わせるほどだ。

「奴は危険すぎる。今ここで焼き払うべきだ」

 身の危険を感じたホムラがそう呟いたが、聞こえていない筈のシルバはホムラたちの方を向き、正気を保っていない瞳で見ているのか見ていないのか分からない顔を彼等に見せる。
 それはあまりにも禍々しく、この島を治めるほど強い彼等ですらその顔に生命の危機を感じ、怖気が全身を駆け抜けるほど。
 恐怖に思わず身を固めている内にシルバは歩き出していたのか、足元の血溜まりをパシャッパシャッと音を立てながら近寄ってゆく。

「く……来るな! それ以上近寄ると本当に焼き払うぞ!」
「ホムラ! 待つんだ。やるなら私が先に凍らせる。被害を拡大させるべきではない」

 思わず後ずさりしながらホムラがシルバに叫んだが、フブキがよろよろと立ち上がりながらホムラにそう叫んだ。
 凍気を溜めながらシルバがどう動くのかを静かに見つめ続けたフブキだったが、シルバは歩みを止めない。
 だがそれと同時にシルバが進んでいる方向は彼等三鳥の居る場所より少しずれていることが分かった。
 ゆらりと右手を伸ばしながら歩いてゆくシルバの行く先には、怯えながらそれを見つめる小さな子供の姿。

「アカラ……」
「い、嫌……! 来ないで! こっちに来ないで!!」
「シルバ。先に血を洗い流しに行きましょう。アカラもツチカも怯えてるわ」
「チャミ……。分かった」

 血が滴り落ちる爪をアカラへと伸ばそうとしたせいでアカラが瞳に涙を浮かべながら後ずさり、小さく縮こまって震える。
 それを見てチャミが立ち塞がり、ツルで手を止めてシルバに体を洗い流すように促した。
 そのシルバの手を取るチャミの手も震えていたが、アカラ達の事を考えチャミは近くの池へシルバを連れて行った。
 陽も沈み切り、夜を告げる暗さだけが支配する森の中、異様な静けさと暗さを保つ池にシルバは全身を浸し、血を洗い流してゆく。
 入っただけで水が赤く染まってゆくほどの返り血を少しずつ洗い流してゆく内に冷静さを取り戻したのか、シルバはチャミの方を見つめて話し始める。

「チャミ、アカラとツチカは無事か? それとツチカの母親は」
「大丈夫。全員すぐに避難したし、途中から誰も追いかけてこなかった。あなたのおかげよ」
「本当にそうなのだろうか」

 チャミの言葉にシルバが聞き返す。
 その言葉の真意はチャミにはどうしても図りかねたためか、単に気の利いた言葉を返せなかったからかは分からないが、チャミはその言葉に応えることは出来ないかった。
 静かな森の中には血を洗い流す水の音だけが響き渡り、会話は続かなくなる。
 暫くもしない内にシルバは池から上がり、見覚えのある灰色の姿に戻ってチャミの方へ近寄るが、それと同時にチャミに倒れ掛かった。

「ちょ、ちょっと! どうしたのよ! ……ってなにこれ!?」
「チャミ、子供達を護ってくれてありがとう」
「それどころじゃないでしょ! なによこの怪我!! あんたこんな大怪我してるのに何も言わずに池に入ったの!?」

 倒れ掛かったシルバの身体をチャミのツルがしっかりと受け止めたが、その時に生暖かいぬるりとした感触に気付き、チャミは自分のツルを見つめた。
 そこには洗い流されたはずの血とは違う真新しい血が付いており、今も流れている。
 それに気付いたチャミは慌ててシルバの身体をツルで持ち上げ、急いで町の中へと戻り、医者の元へと連れて行った。




 数日後、気を失っていたシルバが目を覚ましたのは何処かの屋内だった。
 体中に包帯が巻き付けられており、動かそうとするだけで全身に痛みが走る。

「ここは……」
「ようやく目を覚ましたのか。ここは元々は鳥ポケモン専用の病院だよ。お前さん、四日も眠ったままだったぞ。村を救ってくれたとは聞いたが、お前さんも随分と無茶をするな」
「そうか」

 目を覚ましたのは病院であり、呟いたシルバの言葉に近くにいたヨルノズクが目を覚ましたシルバに語り掛けながら何かの注射を準備してゆく。
 話を聞く限りではここは本来は鳥ポケモン専用の病院だったらしいのだが、以外にもフブキがシルバをこの病院で看病することを許可したらしい。
 初めこそ恐怖したホムラが頑なに助けることを拒んだが、『仮にも彼はこの村を救った恩人だ。恩には恩に報いねばならん』とフブキが一蹴し、無事に手当てをしてもらえた。
 暫くは鎮痛剤を打ってもらい、軽めの食事を貰ったりして安静にしていたが、次第にアカラ達の事でちょくちょく起き上がろうとしだしたため仕方なく来てもらう事となる。

「どうやら大事無いようですねシルバ殿。初めましてになりますが、私はこの島を治めている三鳥の一人、フブキと申します」
「あんたが俺をここに入れてくれたらしいな。ありがとう」
「礼を言うのは寧ろ私の方です。最近のホムラのやり方は行き過ぎていました。この島の護り神はホウオウ様であり、ホウオウ様と同じ炎の姿を持つホムラは次第に傍若無人ともいえる振る舞いをするようになりだし……。止めようとしましたが、既にその考えは島中に広がってしまい我々だけではもうどうしようもない程になってしまいました」
「それを俺が止めたと」
「間接的にですがそういうことになります。本当ならば私やイカヅチが止めるべきだったのですが……」
「仕方ないだろう。自身を正義と信じて疑わない者ほど手の付けようのない悪党になる」
「返す言葉もありません」

 シルバとフブキがそんな会話を続けていたが、フブキが頭を下げて下を向いた時に一緒に付いて来ていたアカラの心配そうな顔が見えた。
 ベッドの位置は若干高く、アカラの身長ではギリギリ見えないため、フブキが椅子を出してその上にアカラを立たせる。
 アカラの姿が見え、シルバが上体を起こそうとしたが、先にフブキに制止されてそのままちゃんと安静にしていたが、アカラの顔はいつものような笑顔はなく、とても悲しそうな表情で耳も垂れていた。

「シルバ……」
「アカラ。すまなかった。怯えさせるつもりはなかった」
「……んで」
「どうした」
「なんで……アギトさんを……みんなを殺したの……?」

 その質問をアカラから聞いた瞬間、またシルバの胸に突き刺さるような痛みが走った。
 答えは分かっておりいつでも答えられるはずだったが、その痛みが答えを詰まらせる。

「……それが、アギト達を救う唯一の方法だったからだ」

 ようやく口にしたその言葉は、シルバ自身の胸にも突き刺さったように痛みを広げてゆく。
 悩み、苦しんだ末に一度は出したはずの結論だったのに、今一度シルバは自分の口からそれを告げても自分の思考が理解できずにいた。
 だが自分の言葉が嘘ではないということは、今でも脳裏に焼き付いたアギトの心の底からの笑顔を思い出してもはっきりと言い切れる。
 間違いなくあの瞬間、アギト達は救われていた。
 その後に訪れるであろう未だ見た事のないアギト達の代わりの事を考えれば胸が痛むが、シルバにとって救いたいのはアギトであり、その知りもしない誰かではない。
 そう割り切ることでなんとか胸の中で響き続ける痛みを抑えることができた。
 だがアカラは違う。
 純粋で無垢な彼女の中にそのような誤魔化しの感情は生まれない。
 やっと友達になることができた竜の島の軍隊の一員。
 理解し合うことは出来ないと諦めていたはずの人達と交わすことができた約束は、結局果たされることはなかった。
 本当ならアカラもシルバにもっと言いたかった。
 だが助けようとしてそれが原因で島民にもっと被害が出たり、シルバが死んだりしたのでは意味がない。
 それも十分に分かっていたが、理解したくなかった。
 どんな時でも優しく、強かったシルバをどうしても今のシルバに重ねてしまい、そうする度にシルバは自分をアカラの理想に近付けようと無理をしていることも十分に分かっていて、そしてアカラを守るためにならそれ以外の全てをかなぐり捨ててでも行う危険性も孕んでいることも分かっていた。
 自分の理想を押し付けないようにしても、シルバの優しさがアカラの望む姿を見透かし、実行しようとする。
 結局は自分のワガママが原因でシルバを傷つけているのだ、とアカラも自らの行動を悔やんだ。

「もういいかね? はっきり言って今のシルバの身体はかなり危険な状態だ。療養しなければ治るものも治らない。完治するまで無茶をしない、させないように心掛けてくれたまえ」

 結局、それ以上は言葉を続けることが出来ず、ヨルノズクの言葉でアカラはフブキに連れられて部屋を出ていった。
 聞いた話だとアカラとチャミは現在ツチカの家に泊まらせてもらっており、一先ず不自由や偏見の目で見られることはないらしい。
 それを聞いてシルバも安心したのか、あまり身体を無理に動かそうとすることはなくなった。
 そして病院でシルバが目を覚ましてから二週間後、ようやく歩けるまで回復したシルバは退院をヨルノズクに許可された代わりに、大量の薬と包帯を持たされて解放されることとなる。
 久し振りに町の表通りを歩いたシルバだったが、そこに広がっていた光景は今までの陰鬱とした活気ではなく、心の底から笑っている住人達の姿が見える。
 町の至る所にあった鳥ポケモン専用の表記は消え失せ、鳥ポケモンもそれ以外のポケモンも見るからに平等且つ対等に様々な施設を利用している。

「シ、シルバ!」

 周囲の様子を見ながらゆっくりと帰っていく途中、シルバにその後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
 振り返るとそこにはホムラの姿があり、何ともバツの悪そうな表情でシルバを見つめる。

「なんだ。俺を後悔でもさせに来たか」
「フブキから話は聞いた。すまなかった。だが、一つ聞かせろ。お前があの竜の軍の者と知り合いだったというのは本当か?」
「本当だ。あの日の前日に森に潜んでいたアギト達に出会っていた。だが、話す限りではあんなに好戦的ではなかった。それに本当はこの島を攻撃することさえもせず、亡命するはずだった」
「なら尚更お前の行動が理解できない。友だったのではないのか? 仮に奴等が嘘を吐いていたのだとしても」
「嘘など吐いていなかった。それだけは間違いない。だからこそあいつはもう人を殺したくないと泣いていた。殺してくれと泣いていた。少なくとも俺にはそう語り掛けてきた。だから殺した。アギトの望んだ平穏を与えてやることしかできなかった」
「ならば何故私を殺さない。今や私は島民達から憎まれ疎まれる存在と成り下がった。私が殺してくれと言えば貴様は殺すというのか?」
「アギトの事情は分からん。だがそれしかないというのがあいつの目から伝わった。お前は違う。自分の犯した過ちから逃げようと、自分の罪に目を瞑ろうとしているだけだ。お前を殺した所でこの島の状況は変わらない。あるべき姿を取り戻すにはお前が変わるしかない。これは俺ではどうすることもできない」
「手厳しいな。だが、フブキやアカラが言った通りだ。記憶を失っているとは聞いたが、元々は優れた指導者であったとも聞いた。だからこそお前の答えを知りたかった。私ではまた同じ過ちを繰り返すだろうからな」
「そう思うのならばそうしなければいい。最悪をイメージし、最善を尽くせるよう行動すればイメージした最悪に辿り着く事はない」

 ホムラの問いに対してシルバは変わらない淡々とした口調で答える。
 思わずホムラが愚痴を零した様に確かにシルバの言葉は手厳しい。
 甘えや理想が一切無い現実的な言葉。
 だからこそその言葉はホムラの胸に深く響き、どんな言葉よりも優しかった。

 『まだ変われる』

 その言葉にはそんな文字は一つも登場しない。
 だがホムラにはきちんとそういった意味として伝わり、どうあるべきかをシルバなりに考えた末に伝えてくれていることも十分に分かった。
 だからこそ謝りたかったが、ホムラは背を向けて歩き出したシルバを止めず、ただ静かに頭を下げた。
 間違いを認めたくなかったからではなく、今度はあるべき姿を自分で考え、しっかりと答えとしてシルバに見せたかったからだ。
 暫くの間はホムラは肩身の狭い思いをし続けることになるだろうが、それでもいいという覚悟の表れでもあったのだろう。
 そうしてその場を去ったシルバはそのままアカラ達の待つツチカの家へと赴いた。

「シルバ! もう大丈夫なの?」
「出歩いても構わないとのことだったが、間違っても激しい運動はするなと再三言われた。暫くは戦えそうにもない」
「ごめんなさい! シルバがみんなの為に戦ってくれたって分かってるのに、僕はシルバの事を……!」
「それでいい。俺はお前との約束を守れなかった。ただそれだけだ」

 部屋へ入ると皆がシルバを出迎え、ただ一様にシルバの無事に安心し、同時にまだ包帯まみれの身体を見て心配した。
 アカラは真っ先に襲撃の日の事をシルバに謝ったが、シルバは今度こそしっかりとアカラの頭を撫でながら言葉を返す。

「それと……これからの事だが、俺がきちんとまた旅を続けられるようになるまでに考えておいてほしい。これから先、もっと竜の島からの攻撃も激しくなるだろうし、島の内情がどうなっているのかも把握できていない。この先も同じような事が続いたとしても、俺ではアカラやツチカ、そしてチャミ、お前達に迷惑を掛けるだけだ。だからそれでも俺と旅を続けるのか、島へ帰るのか決めてほしい。そしてもし、島へ帰ると決めたのなら……。すまないがチャミ、それだけはお前の力を借りたい」
「ちょっとちょっと……。何を言ってるよの。私達迷惑なんてしてないわよ?」
「本当はあの日の前日の時点でお前にも伝えるべきか悩んだ。すまない。前日の時点で俺とアカラはアギト達、竜の軍の兵士と接触していた。この事実は既に島民全員が知る所となった以上、ジャーナリストであるお前の仕事に確実に支障を与える。だからここまでで十分だ。後は俺一人でもどうにかする」
「シ、シルバさん……。私はまだ貴方と出会ってからそれほど日も経っていませんし、あまり深く話したこともありませんが、それでもその結論はあんまりだと思います。何もかも自分で背負い込んで破滅への道を突き進んでいるようにしか感じられません……。あの日の私の父のように……」
「僕だって嫌だ。これ以上シルバを追い詰めたら、それこそシルバがおかしくなっちゃう。僕がシルバについて行きたいって言ったのは、シルバに笑ってほしいからだから……。せめてシルバが笑ってくれるあでは傍に居たい」
「私も願い下げよ。所詮噂は噂。それにその竜の一団が壊滅した以上、所詮は法螺話で済む問題よ。確かに私はあなた達の言っていた事は信じていなかったけれど、あんな光景を見せられたら本当に世界の為に旅してるんだって理解できる。私にしか出来ない事があるなら最後まで付き合うわよ」
「……今はそれでもいい。だが時間が経てば考えも変わる。どうせあと数日は療養しなければならない。それまでの間考えて、最後に答えを出してくれ」

 シルバにしては珍しくかなり弱気な言葉を投げかけてきたが、アカラ達の意思は揺らがなかった。
 その日は結局、シルバはそれだけを伝えるとツチカの家を出てゆき、その足でそのままアギト達と戦った場所まで赴いた。
 既にかなりの時間が経っていることもあり、燃やされた家々も大量の死体も血痕も、何一つ残っておらずただの賑わいを取り戻した街道となっている。

「ここにあった遺体は何処に運ばれたか知っているか」
「ああ、それなら近くの墓に埋められてるよ。そこを曲がった先の町外れの場所」
「そうか。ありがとう」

 その場に居た一人の若者にシルバは声を掛け、遺体がただ捨てられたわけではない事を知る。
 なんでもイカヅチの一存で全ての遺体をきちんと葬ったそうだ。
 シルバはそのままアギト達の遺体が眠っていると聞いた場所まで向かおうとしたが、包帯まみれの目立つ姿ではすぐにそれがシルバであることが周囲の人にも分かるため、間接的にでもシルバに命を救ってもらった者達がシルバに声を掛け、感謝を伝えたことで何度を足を止める羽目になる。
 そうこうしながら歩く事数十分、ようやく町外れの名も無い墓の前まで辿り着いた。
 一つずつに簡易的にでも十字架が並んでいるのかと思われたが、少し大きめの墓石が一枚立っており、そこには『竜の島の戦士、ここに眠る』とだけ書かれていた。
 名前も知らない相手であれば当然でもあるが、シルバはその墓石に刻まれた文字を見てまた胸に痛みが走る。
 彼等が本当は戦うことを嫌がっていたと知る者は何処にもおらず、その名前を知る者もいない。
 シルバとアカラだけが本当の彼等の姿を知っており、そして約束を守ることができなかったことを思うとまたシルバの胸により深い痛みが走り抜ける。

「後悔でもしているつもりか? 痛む心は持てど、まやかしの共感しかできぬくせに……」

 墓石を見つめていたシルバの後ろから聞き覚えの無い声が聞こえる。
 振り返るシルバのその視線の先にいたのは間違いなくこの島の者ではないが、竜の島の者でないことも理解できる。
 確かにそこに立っているはずなのだが、その姿は炎のように揺らめき、影のように黒と濃い紫の炎のようなもので構成されており、目と思われる場所には代わりに赤い色が二つ塗り潰すように開いている。
 その上その揺らめく黒い炎はどう見てもシルバと同じ、ゾロアークの姿を成している。

「お前は何者だ?」
「私は何者でもない。この世の何処にも存在せず、この世の何処にでも在る。言うなれば影、私はこの世界の影だ」
「答えになっていない。お前は何者でこの島の者なのか聞いている」
「フフフ。哲学的な話は今のお前には無理だったな。ならばカゲとでも名乗っておこう。それと私はこの島の住人ではないが、お前が思っている竜の島の住人でもない」
「そうか」

 揺らめく黒い炎は自らをカゲと名乗り、口元に手を当てて少し笑ってみせる。
 見た目こそ不気味ではあるもののカゲには敵意や殺意は感じられず、言葉に嘘も感じられなかったためシルバは彼から意識を逸らしてまた墓石を見つめた。
 しかしふとそこでシルバはあることに疑問を抱き、カゲがいた方へ向き直すが、既にそこに彼の姿はなかった。

「私を探しているならここだ」

 カゲの声が何故か先程まで向いていた墓石の方から聞こえ、再びそちらへ向き直すといつの間にか墓石の上にカゲが腰掛け、シルバを見下ろしている。
 その動作を行うにはあまりにも動きが速すぎる上に、そんな気配はシルバでさえ感じ取ることができなかった。

「何故俺の事を知っている」
「お前の補助役、といった所だからな。私はお前と違ってただこの世界とお前をただ見ているだけだ」
「補助役……。何に対する補助だ?」
「安易に破滅を選ばないようにするための補助。今回で言うならば、お前が今後も一人で旅を続けるなどと宣うから出てきた、といったところだ」
「無理だと?」
「無理だ。お前の行動は一見合理的に見えるが非合理的だ。全てを効率良く行うのであれば始めからアカラなんぞを旅に同行させなければよかった」
「あの子のおかげでここまで来た。ならばあの子の思いに応えるのは当然だ」
「本当にそうか? もう既に二度、お前はあの子を悲しませている。なのにあの子の為にと無い知恵を働かせてアカラが元気でいられるようにしている。お前の行動は全てアカラにとって自分がどうある必要があるのか、という意味では合理的な行動だ。だがそこにお前の考えとそれに基づく合理性はない」
「俺は俺の為に行動している」
「なら何故敵を殺したことを悔やむ? それだけじゃない。この島でお前に立ち塞がった奴等を全て薙ぎ払って進むのが最も合理的だ。どうせ同じ島に二度用はない。殺して進もうが無駄に事を荒立てないどころかわざわざ関係の無い島の問題にまで首を突っ込んで解決へ導こうが結果は同じだ」
「船がなければ島々を移動できない。それだけでも島民を敵に回さない事は大事だ」
「なら良い事を教えてやろう。ゾロアークという種族は幻影を操り、敵の目を欺くことができる。だがお前の使う幻影は欺くための道具ではない。実体を持ち、この世界をお前の好きなように変えることができる」
「何? どうやってそんなことを……」
「生み出したい幻影を強くイメージしろ。そうすればその通りに世界は形を変える。無論、お前がイメージできないものは生み出せないし、ましてや死んだ者を生き返らせるなんてことも不可能だ」

 自らを補助役と言ったカゲはその言葉通りとでも言うべきか、シルバに幻影の使い方を教えながらシルバの目の前で手の上に花を咲かせ、それを花束にしてシルバに投げつけてみせたが花束はシルバに触れることなく突き抜けて消えた。
 半信半疑ながらシルバはカゲが言った通り精神を集中させ、目の前の地面に花が咲くようにイメージしてみる。
 するとイメージした通りに芽が出て早送りの映像を流すように伸びてゆき、赤い花が一輪花開く。
 その姿は比喩でもなんでもなく、本当にイメージと同じ速度、同じ造形の花がイメージしたままに花開き、カゲが投げた幻影の花束とは違って本当にシルバの手で摘み取ることができた。

「小舟でも見てからそれをイメージすれば今後は一人でも島々を渡れる。これでお前の言う合理性は崩れた。どうするつもりだ?」

 目の前で起きた事、自らが手に入れた能力をまざまざと見せつけられたせいでシルバが今まで考えていたはずの合理的だと思っていた考えは、確かにカゲの言う通り崩れ去った。
 そのせいでシルバはカゲに返す言葉を失う。
 何故ならその能力を得てもなお、カゲに返す言葉を探そうとした時に、"どうすればアカラと旅を続ける理由になるか"を無意識に探そうとしていたからだ。
 自分の為に最も効率良く動いていたと考えていたシルバにとってそれは最も衝撃的だった。
 シルバの目的は石板を集め、この世界の終焉を防ぐことであり、そのためには確かに他の者の協力は必要ない。
 そこでシルバは何故協力してくれるものが必要なのかを考え始めてしまい、今にも混乱しそうになっていた。

「難しく考えるな。私が言ったのは本当に合理的にお前が動いていたのならば、という喩え話だ。忘れるな、お前は自分を合理的に動く機械のようなものだと考えているのかもしれんが、お前にはただ揺れる心が、感情が失われているだけだ。無い物は別の何かで補わなければお前は本当にただの心無い化物になるぞ?」

 思わずよろめくシルバを見てカゲは目元まで笑わせてから口を押えて笑い、シルバにそう告げた。
 アカラの為に行動していることが間違いではないと、答えではないが諭すように教えられ、ようやくシルバなりの答えが纏まった事をカゲに伝えようとしたが、既にそこにカゲの姿は無くなっていた。
 そして代わりとでもいうように、墓石の前には先程カゲがシルバに投げた物とよく似た花束が一つ献花されている。
 カゲの登場によりシルバの中にあった様々な想いや、自分の考えていなかった感情についてを一気に投げかけられたせいで、一時はかなり混乱したものの、カゲのおかげでその色々な想いもある程度は自分なりに答えを出せたのか、シルバは自分の手を見て一つ意識を集中させる。
 そして同じように小さな花束を手の上に出現させ、それをアギト達の眠る墓石に供えた。

「『無い物は別の何かで補わなければ』か……。その通りだな」

 シルバは一つ小さく呟く。
 それは自分に言い聞かせるというよりは決心に近い言葉だ。
 しかしそのおかげかずっとシルバの胸の中で主張し続けていた小さな痛みはいつの間にか和らぎ、痛むのを止めていた。



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最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • はじめまして。とても面白いです!
    ところでアカラの種族は何でしょうか?
    ―― 2015-01-13 (火) 19:25:54
  • >>名無しさん

    コメント返信遅れました。
    申し訳ありません!アカラの種族名のことについて書いているつもりになっていました。
    ご指摘ありがとうございます。&楽しんでくれてありがとうございます!
    ――COM 2015-01-18 (日) 14:12:22
  • 長編過ぎて読んでて楽しかったです! --
  • >>ななしさん
    いやほんと恐ろしい程の長編ですよね…
    読んでくださりありがとうございます! -- COM
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Last-modified: 2019-09-06 (金) 23:01:37
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