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鮫肌にフリルエプロン

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※注・官能作品です。獣姦、ポケ♀×ポケ♀、器具を使ったプレイなどの性表現の他、ポケモンに服を着せる描写などがあります。


大晦日 [#0XkMxJZ] 


 ○

 年の瀬を祝う街の喧騒は遠く、波止場に打ち寄せる潮騒と、夜空を覆い尽くす暗雲を重苦しくうねらせている風の音ばかりが絶え間なく響く。
 三方に聳え立つブロック塀で寒風を辛うじて防ぎ、コンクリート敷きの床から凍みる底冷えで黒鉄色の鱗を苛まれながら、私は星なき闇夜を虚ろに見上げていた。
 しくじった。
 バカをやった。
 足止めを喰らわされた理由が寒波によるものだってことは分かってたんだから、大人しくポケモンセンターで待ってりゃ良かったんだ。
 向こう3日も次の便がないからって、閉じこもりっ放しじゃ退屈に堪えられそうにないからと、職員の目をかいくぐってふらふらと散歩に出かけたのが運の尽き。人目につかない年末の波止場を軽く巡って、海でも眺めて気を紛らわしたらすぐ戻るつもりだったのに。多少の寒さなんざ、進化して強くなった今なら平気の平左と高をくくっていたのだったが。
 ……ちなみに当方、ガブリアスである。何で二重弱点を軽視していいと思ったんだ私。
 吹き荒ぶ寒風は、それをヤバいと感じる神経を真っ先に凍りつかせた。知らないうちに足はどんどん重くなっていき、戻ろうと踵を返した頃にはもうポケモンセンターへ辿り着く体力は残っていなかった。朦朧とする意識に鞭を打って、どうにか風を遮れる場所に身を寄せたものの、冷気は防ぐ術もなく刻一刻と身体を蝕んでいく。
 っていうかここ、ゴミ捨て場だろ。
 ヤブクロンの一匹でもいりゃ助かる目もあったかもだが、生憎と廃材は残さず回収済みの空っぽ。次に廃材が入るのは恐らく港が動き出す正月明け。やってきた人たちは不法投棄された巨大な生ゴミを見て腰を抜かすって寸法な訳だ。……笑えねぇよ。ますます寒くなって霰が降るぞ。
 今頃ポケモンセンターは大騒ぎになってんだろうな。私の気紛れでとんだ大迷惑をかけちまった。大目玉を喰らって済むのなら御の字だが、捜索隊に見つけて貰うのを願う他ない。
 途方に暮れて仰いだ視線が、小さな煌めきを捕らえた。
 星明かりが閉ざされた筈の曇天に、白く小さく光る無数の粒子。
 灯台のサーチライトに照らされたそれらは、寒風に乗って踊りながら、密度を増して降り注いでくる。
 何てこった。
 それは紛れもなく、死の天使が羽ばたき散らした羽毛の群。
 ……などと詩的な表現で語っては見たが、要するに何の変哲もない、単にマジで雪が降ってきただけの話だ。
 …………うん、終わた。死ぬわ、私。
 ただでさえ凍えて動けないところに降雪に見舞われた以上、限界までの時間は致命的に縮まること必至。いや最早必死。今すぐ捜索隊に見つけて貰わないとまず助からん。しかも雪霞に覆われたら、発見されることも難しくなる。生ゴミなどと笑えんギャグを思わなきゃよかった。交代してくれる仲間もいやしない。
 嫌だなぁ。寄りにも寄って、雪に埋もれて死ぬことになろうとは。
 幼い日の忌まわしい記憶を、思い起こさざるを得なくなるから。

 ○

 ある遠くの地方にある、砂塵吹き荒れる灼熱の荒野で、私は生まれた。
 フカマルは通常鉛色の鱗を持つが、私はいわゆる色違いって奴で、光沢のある明るい空色の鮫肌を持っていた。そのため同族からは、怪物のように忌み嫌われた。気温の下がる夜は、身を寄せ合う相手に恵まれず辛い思いをした。
 それでも身体能力の素質には恵まれていたし、フカマル族自体が荒野のポケモンとしては上位の存在だったから、それなりに気ままに暮らせてはいたのだ。……あの時までは。
 突然、遙か東方の雪山を住処にしているはずの樹氷ポケモン、ユキカブリたちが、寒波を伴い大挙して荒野に押し寄せたのである。
 氷と草を併せ持つポケモンたちの襲撃に、多くが地面タイプである荒野のポケモンたちは悉く追い散らされ、逃げ損なったものは虐殺された。取り分けドラゴンとの複合である我らフカマル族の立場はどん底へと転落した。
 なお悪いことに、フカマルとユキカブリは同じ怪獣タマゴグループ。侵略者たちにとって冷気を浴びせるだけで容易く捕らえられる雑魚鮫は、劣情の捌け口として格好の玩具となった。
 凍らされて身動きを取れなくされたまま、雄は搾り取られ、雌は……犯された。
 色違いのせいで目立つ私は、何度も執拗に襲われた。為す術もなかった。
 仲間も、当然恋ポケもいなかったから、私という乙女にとってそれは尊ぶべき初めてとなった。……だから雪は嫌いだ。今これ以上鮮明に思い出すぐらいなら、このまま意識を止めた方がマシだ。
 散々嬲りものにされながら、それでも生き延びることができたのは鮫肌に生まれたおかげだろう。ひと通り弄ばれた後は、それ以上手を出して怪我をするのを嫌ったのかすぐに解放されていたのである。砂隠れの同胞たちは悲惨なもので、降りしきる霰の中隠れることすら叶わず、辱め尽くされた果てにヤり殺されたという。
 陵辱の証は、避けようもなく産まされた。
 フカマルの卵は、然るべき設置をしないと孵化しない。設置できなかった卵は、親が食って供養するという風習がある。*1北の海岸沿いにある丘陵地まで避難する最中、設置する余裕などなかったので、その都度風習に従った。酷く酸っぱかったのは、あるいは涙の味だったか。
 ようやくユキカブリの勢力圏から抜け出した頃には、身も心もボロボロになっていた。最後に産んだ卵はせめて、と孵るように設置したものの、今度はキャモメの襲撃を受けてたちまち食い荒らされた。絶望と屈辱に苛まれながら彷徨っていたある日、私はトレーナーに拾われた。
 その後で知ったところによると、東の雪山でユキカブリを乱獲した人間たちが、選別余りを荒野に捨てたのがあの襲撃の原因だったらしい。住んでた山にリリースしやがれ不良トレーナーども。
 また、荒野の地面ポケモンたちが減ったことでマグマッグたちが勢力を増やし、やがてユキカブリを荒野から駆逐してくれたそうだ。それもまた天の配剤か。
 人間たちの不作法は批判するべきだが、ユキカブリたちもキャモメも生きるために肌や肉を求めただけのこと。すべては野生の理。誰も恨むには当たらない。ただただ、自分の弱さが憎らしいばかりだった。強くなりたかった。もう何も奪われないで済む力が欲しかった。
 私を拾ったトレーナーは重い病苦を煩っていたらしく、治療のための医学を求めて地方を越える旅を繰り返していた。共に連れ立つ日々の中、私は遮二無二身体を鍛え、技を磨き、力を発揮する場を求めた。日々薬漬けで入院することも多かったトレーナーだったが腕は確かで、私は青かった鱗を黒鉄色にまで進化させて強くなった。
 けれどその強さは、私一匹を守るためのものでしかなくて。
 もし、誰かを守るための強さを求め磨いていたら、何か違っていたんだろうか……?
 気づいた時には、トレーナーの持病はもう手の施しようもないほど症状が悪化してしまっていた。
 私の鱗が伝承の通りに不治の病に効けば良かったのに、実際には精々強壮剤程度の効果しかないらしくて。こんな鮫肌に覆われたヒレと研ぎ澄ました爪をどれだけ振り回しても、あの人を捕らえた死を断ち切ることは叶わなくて。
 結局、悲劇的な結末を迎えて、私はまた独りになり、このゴミ捨て場で雪に埋もれかけてる。

 ――生きてるってのは、自分の道を謳歌できることをいうもんだ。病院のベッドに縛られて確定した死を待つだけ、なんて、それでも生きていられる奴もいるんだろうが、俺は御免だ……。

 亡くなったトレーナーが遺した言葉だ。もっとも、誰だって自分の思う通りに生きられるもんじゃないのだから、長年闘病に苦しんできたあの人の無い物ねだりだと言われればそうなんだろうが。
 仮にその言葉が正しいなら、私はもう死んでるってことだろうか。
 とっくの昔に死んでいたのかもしれない。生まれてすらいなかったのかも。脳裏を巡る走馬燈に、生きていたといえる思い出が浮かばない。いまここにマッチがあって擦っても、幸せなイメージが浮かぶ自信すらない。
 ……冗談じゃない。
 こんな惨めな死など、こんな惨めな一生など、真っ平だ。
 私は、まだ、生きて…………っ!!
「ヤ、アァァァ…………ッ!」
 言葉すら紡げない、叫びとすら言い難い呻きが、なけなしの体力を振り絞って放った悪足掻き。雪に遮られて、きっと誰にも届くまい。
 まぁ、天罰なんだろうな。都合良く追憶からスッ飛ばしたが、道から外れたことも色々とやらかした。どんな経緯があったにしろ、免罪を主張する気はない。
 ごめんな。
 誰にともなしに、心の中で謝罪したのが、私の最期の――

「聞こえた……見つけたっ! こっちだよ、そこのゴミ捨て場! 急いでっ!!」

 彼方から飛んできた声をセンサーに捕らえて、沈みかけた意識が再浮上する。
 白い雪を掻き分けて飛んできたのは、ヒメリ色をした小さな影。
 デリバードにも見えるが、旬は一週間ほど過ぎたはず……いや、それにしてももっと小さい、か。
 何者だって構うものか。反応を返して、生きていることをアピールせねば。
 といっても、声も出せない。ヒレも上がらない。
 どうにか出来たのは、息吹の湯気を白く吹き上げることぐらいだったが。
「よし、まだ生きてるねっ! 大丈夫、助けはくるよガブリアスさん。ほら、これを食べて!!」
 小さな影が顔の側に寄り添う。ヒメリの香りが鼻孔をくすぐる。
 技の力を回復してどうにかなるものなのかとも思えたが、僅かにでも体力の足しになるならマシか。促されるままに私は、口元に押しつけられた果肉にかぶりついた
「…………ブッ!?」
 酸っぱぁぁぁぁっ!?
 何だ、コレ!?
 香りと触感からヒメリかと思ったのに、違う、これ……ナナシじゃねぇか!?……って、いやいやいいんだよナナシで!凍結治療の木の実だ。今の私に一番有効な薬だ! 酸味が苦手とか言ってられるか。我慢して租借し嚥下する。
 感覚が戻ってきたセンサーが、近づいてくる金属の軋みを捕らえた。
「セフィナさん、彼女をこちらへ!」
「うん! 頑張って、ガブリアスさん。アタシのトレーナーは車椅子だから、貴方を抱え上げることが出来ないの! 引っ張ってあげるから、立ち上がって自分で彼にドラゴンダイブして!!」
 人間にドラゴンダイブはヤバいだろ、とツッコんでいる余裕なんぞない。ナナシが効いて辛うじて動かせるようになった身体を奮い立たせ、セフィナと呼ばれたヒメリ色の影に導かれるままに歩き出す。
 雪が顔にかかりまともに前が見えなかったが、行く手に大きな熱源があることはセンサーで判る。
「さぁ!」
「飛び込んで!!」
 飛び込むというより崩れ落ちるような有様だったが、ともかく私は柔らかな温もりに抱き留められた。
 即座に厚い布地の束を肩に掛けられ、雪と寒風から遮られる。
 助かった……!
 実感とともに全身の感覚が回復してきて、そこで私はようやく――
 降雪の中、車椅子の上で上着をすべて脱いで上半身裸になった老紳士の胸に抱かれているという、自分の状況に気がついた。
「…………っ!?」
 これはマズい。いや、裸の異性に抱かれていることを問題視しているのではない。
「だ……め、わたし、さめはだ……っ!?」
 体温を取り戻そうとする筋肉の戦慄きは、もう抑えたくても止まらない。車椅子が揺すられる度に、私の鱗が命の恩人の肌に鑢をかけていく……!?
「いいから、僕にしっかり抱きついて」
「で、も……!?」
「今は、君は自分を回復させることだけを考えなさい」
 深いほうれい線を柔らかく緩ませた笑顔が、何の躊躇もなく私の首筋に擦り寄せられる。触れ合った部分がたちまち真っ赤に染まったが、老人は一層激しく私の凍えた身体を摩擦した。伝わる温もりは余りに心地よく、振り払うことなど出来るはずもなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……ありがとう、ございます…………」
 精一杯の謝意を伝えた私の頭に、ボア生地のストールがかけられる。
 ヒメリの香りが、ストール越しに優しく撫でるのを感じた。
「もう大丈夫だよ。よく頑張ったね、ガブリアスさん」
 囁きかけてくれたセフィナさんは、ヒメリ色のデリバード風ポンチョに身を包んだ小さな草色の竜、アップリューだった。

 ○

 スカビオと名乗った白髪にオリーブ色の瞳の老トレーナーは、やっぱりポケモンセンターから色違いのガブリアスが失踪したという報告を受けて、私を捜索してくれていたらしい。よくこんな港の僻地まで車椅子を回してきてくれたものだ。
「まぁ、ひたすら人が来そうにない裏道を順に選んでいったら案の定だったわけで」
「それにしたってアタシが声を聞き捉えなかったらガラルヒヒダルマに進化するところだったわよ。何でこんな夜に脱走なんかしたのよ。ドラゴンに冷気は天敵よ。自殺する気だったの!?」
 私についての詳しい事情までは聞かされていなかったようだ。改めて謝罪とお礼を述べた後、簡潔に身の上を語る。
「脱走や自殺なんて本当に考えていなかったんです……一年前にトレーナーを亡くして、ようやく入る施設が決まったんですが、そこは転送装置とかないらしく船で行くしかない場所で。なのにその船便が海面の凍結で出せなくなってて、復旧するのは正月明けなんだそうで……。何日も独りで閉じ込められたままでいると考えたら、亡くした人のことばかり思い出しそうで寂しくなって、それでつい、ほんの気晴らしのつもりだったんですが……ご迷惑をおかけしました」
「そうですか……セフィナさんに貴女の声が届いたのも、ひょっとしたらトレーナーさんが届けてくれたのかもしれませんね」
「はい……そう思います」
 いい意味でも悪い意味でも、あの人は私を突き放して鍛えるタイプだったから。まだ来んな、ってところか。
「あの、そろそろ離していただいても。裸のままでは貴方もお寒いでしょう」
 大分身体も暖まったので降ろして貰おうと声をかけたが、スカビオさんは意外に筋肉質な腕で更に強く私の鮫肌を抱き寄せた。
「僕は平気ですから、もっと暖まっていなさいよ」
「……いや、いい加減離してあげてよ、スカビオさん」
 とセフィナさんが、つり上がった黄色い眼を座らせる。

「少なくとも、下腹の黄色い所を撫で回している手は、さっさと離しなさいな」

「え、あ、いや、これはお腹を暖めていただけで、決してやましいつもりがあったわけでは……!?」
「…………」
 まぁ、理には叶っているのだろうし、実際暖められたけど、指先の動きには多分にいかがわしいものを感じたのも確かだった。とはいえだとしても、かけた迷惑を思えば不問に付してあげるべきだろう。悔しいことに巧かったし。……だから振り払うことが出来ないほど心地よかったんだってば。
 すっかり熱を取り戻した脚で立ち上がり、背中にかけられていたコートとシャツをスカビオさんに返す。ストールだけは、ポケモンセンターまで戻る間にまた凍えるわけにもいかないからと私の肩に残された。
 と、スカビオさんは自分のベルトを腰から引き抜き、ストールを私の胸前で重ねて腰をベルトで締める。
「え?」
 戸惑っているうちに、スカビオさんは内側にしたストールの端を私の下腹に当てがい、内股を撫で回しながら、
「真面目にやらんかいっ!」
「グエッ!?」
 飛び上がって羽を畳んだセフィナさんが、Gの力をスカビオさんの白髪頭に叩き込んだ。
「ほんっとゴメンね、この脳天バカがスケベジジィで。でも、腕はアタシが保証するから」
「はぁ……?」
 何の腕かは知らないが取り敢えず身を任せると、スカビオさんは股に通したストールの端を尻尾に回して結びつける。
「一丁上がりです」
「あら……いいですね、これ」
 私はストールを巻き付けるというより、着込むような格好にされていた。ボア生地が鱗に密着してとても暖かいし、動きやすい。
「スカビオさん、ポケモン専門のファッションデザイナーなの。アタシの着ているのもスカビオさんのお手製よ」
 鮫肌で荒らしてしまったスカビオさんの肌に軟膏を塗りながら、セフィナさんはデリバード風ポンチョの裾を揺らす。なるほど、いい腕のようだ。
「思っていた通りだ。とてもよく似合っていますよガブリアスさん。何より……」
 節くれ立った指先が、ストールに覆われた私の下腹にまたしても伸びる。
「ストール越しなら、鮫肌でも平気で触れられグギャッ!?」
 再度Gの力を炸裂させたセフィナさんが、スカビオさんの頭上で肩を竦めた。
「ガブリアスさん、さすがにもうコイツブン殴っていいよ!」
「いえ、防御を2度も削ったところを更に殴ったりしたらトドメ刺しちゃいそうですし……」

 ○

「スカビオさんありがとうございます! まったくもう、この仔は……っ!?」
「すみませんすみません本当に申し訳ありませんでしたぁぁっ!!」
「余り叱らないであげてください。寂しがりが出ちゃっただけのようなので」
 スカビオさんが取りなしてくれたが、私としちゃひたすらジョーイさんとラッキーたちに平身低頭する他ない。何はともあれ、無事に戻れてひと安心だ。
「この仔についてジョーイさんにご相談があるのですが、まずは治療を」
「あ、その前にストールを返さなきゃ」
 腰を締めているベルトを外して貰おうと、スカビオさんに留め金の方を向けて。
 ふと、ポケモンセンターのガラス戸に写った自分の姿が目に入った。
 ……え、これが、私!?
 ミントグリーンにオレンジと菫色で複雑な模様が描かれた布地が、肩から胸前で合わさって褌状に下ろされた着付けは、まるでどこかの民族衣装のようで、一瞬黒い肌の人間の少女がそこに立っているみたいで。
 我が姿ながら余りに可愛らしく、一瞬見蕩れちまった。
 返さなきゃいけない物だし、治療のためにもさっさと脱ぐべきなのは分かっちゃいるが、素敵過ぎて名残惜しいな……と考えている間にも、腰のベルトと尻尾を留めていた結び目が解かれ、服に見えたそれは魔法のように一枚の布地へと戻ってスカビオさんの手に収まった。変な話だが、いつも通りの裸に戻っただけなのに、何だか妙に気恥ずかしいし心許ない。
 モンスターボールに入れられ、治療器にかけられながら、さっきスカビオさんが言っていたジョーイさんとの相談って何だろう、と思った。私について、と言っていたな。
 ポケモンセンターに返されたらすぐお別れかと思っていたけど、もう少しお話とかできるんだろうか……?
「……ガブリアスさん、起きてください。治療は終わりましたよ」
 目を開けると、私の肩を揺らすラッキーがいた。いつの間にかうたた寝をしてしまっていたようだ。
「ジョーイさんが呼んでいるので、ロビーの方へ行ってください」
 促されるままに治療室を出ると、ジョーイさんの隣にスカビオさんも待っていた。
 朗らかに頬を崩した彼がジョーイさんに頷くと、ジョーイさんは私に、
「ガブリアスさん、貴女に脱走の罰を与えます」
 と、微かに笑みを含んだ表情で言いやがった。
 罰は当然と覚悟していたのに、この冗談めかした雰囲気は何なのかと首を傾げていると、更に驚くべき通達が告げられる。

「船便が復旧する来年1月3日まで、スカビオさんのお家で彼のお世話を務めなさい」

「……は? え? ええぇっ!?」
 聴覚センサーの不調を疑うような話だった。どこが罰かとツッコみたくなるようなありがたい申し出ではあるんだが、美味い話過ぎて余りに信じられん。
「い……いいんですかそんなの!? 正直許可が下りるとは思えないんですけど!?」
 失礼と知りながらも警戒すら含まざるを得なかった私の問いに、ジョーイは至って穏やかに応えた。
「スカビオさんはこの町の名士でね。三年前に引退するまで、ポケモンジムのリーダーをやっていたの。専門タイプはドラゴン。貴女を任せるには丁度いいわ」
「元ジムリーダー!? はぁ、なるほど……」
 だから多少の無理も通るというわけか。私を見つけだすことが出来たのも、ドラゴンの専門家として培われた感覚によるものだと思えば納得だ。
「また寂しくなって脱走騒ぎを起こされることを考えたら、信頼できる人に預かって頂いた方が安心できるというものよ」
 それを言われると、身を縮めるしかない。
「アタシからもお願い。是非来てちょうだい」
 車椅子に据えられた黄緑色のフレンドボールの中から、セフィナさんが声を上げた。
「今はアタシの他に家電用のロトムとポリゴンでスカビオさんのお世話をしてるんだけどね、足の不自由な人だから大変なわけよ。三日間だけでも手伝ってくれると助かるわ。ただ、さっきの通り手癖の悪さには辟易されちゃうかもだけど」
 命を救われた上にこれだけの厚遇だ。煮られようが焼かれようが文句を言える筋はない……好きに食われる気もないが。
「勿論、願ってもないことです。この罰、ありがたく受けさせて頂きます」
 しおらしく下げた頭に、オリーブ色の瞳が暖かな微笑みをかけた。
「よろしくお願いしますね、ガブリアスさん」

 ○

「へぇ~、ガブリアスさんのボールってネストボールなんだ」
「まだ若い頃にゲットされましたから。ボールの色、アップリューさんのと似てます、ね」
「あ、アタシのことはセフィナって呼んでいいよ。短い間とはいえ一緒に暮らすんだもの。ガブリアスさんには呼び名はないの?」
「私のトレーナー、ポケモンに名前を付けない人だったんです。色フカ、色ガバ、色ガブって進化ごとに呼ばれてました」
 とか話を弾ませている内に、車椅子はスカビオ邸へと進む。今押しているのは私で、またあのストール服を着させて貰っていた。お陰で雪もへっちゃらだ。さっきまではセフィナさんが小さな体で押していた。アップリューは見た目に反してなかなかにパワフルだ。
「見えてきましたよ。丘の上の小さな一軒家が、僕の屋敷です」
「小さいでしょ? ジムリやってた頃はもっと大きい所に住んでたんだけどね。引退してからは手持ちもアタシ以外手放しちゃったし、アレぐらいの家でいいだろって」
「素敵なお家だと思いますよ」
 お世辞を抜きにしても、内外装共に小綺麗に整えられた可愛い家だった。セフィナさんが日頃から手入れを欠かしていないのだろう。
「リア、鍵を開けて」
《かしこまりロト。ただいまロト!》
 スカビオさんの懐から飛び出したのは、クリアグリーンのケース入りスマホロトム。真鍮のドアノブに張り付くと、クラシカルな木目調の扉が硬い音を立てて開く。
「イオただいま。臨時住人を連れてきましたよ」
《お帰りなさいポ。いらっしゃいポリ。よろしくポ》
 と、リビングの液晶TVから赤と青の角張った姿が礼儀正しく頭を下げた。リアが直接機器に憑依して操るロトムで、イオはプログラムに干渉して操作するポリゴンらしい。こちらこそよろしくお願いします。
「よいしょっと」
 小雪のかかったポンチョを脱ぎ捨てたセフィナさんの姿を見て、私は思わず目を丸くした。
「あれ、その羽……!?」
「あ、気づいてませんでした? 彼女もなんですよ」
 ヒメリ色のデリバードポンチョをすっぽりと被っていたせいで錯覚していた。アップリューなら普通はヒメリと同じ紅色であるはずのセフィナさんの頭や羽を覆う表皮は、手足と同じ草色をしていた。彼女も私同様、色違いだったのだ。
「美味しくなさそうでしょ?」
「いえ、そんなことは」
「うわ、食べちゃう気だ」
 たちまち小さな部屋の中が、賑やかな笑いで満たされる。
 誰かと一緒に居るというのは、こんなにも心休まることだっただろうか。
「それじゃ、頂いてもよろしくて?」
 爪を伸ばして草色の顎を捕らえ、強引に顔を寄せる。ヒメリの香りのする息吹が鼻孔を間近で撫でた。
「あら、積極的なのね」
「どうせ遅かれ早かれ、夜遊びを迫るつもりだったんでしょう?」
「えー、何を根拠に言うかなー」
 台詞が棒な時点で、トボケてる感が丸出しだぞこら。
「スカビオさんの手癖の悪さを示唆はしたのに、スカビオさんに対しては私に手を出さないよう釘を刺しはしなかった。手を出されることは承知していろということですよね。言った当人からのも含めて。色事で受け身に回されるの、私嫌いなんですよ。ヤるなら攻めさせて貰います」
 幼い日にユキカブリたちから受けた陵辱のため、雄に対し怯えがちだった私に、亡きトレーナーは厳しかった。厳しく私を鍛えてくれた。

 ――尻を向けるのは、また犯して欲しいからか? もう犯されたくねぇなら牙を剥け。犯られる前に犯れ。雌だからって相手に好きにさせんな。主導権はお前が握れ、色フカ……。

 重い病に冒されながらも、激し過ぎる気性を持つアグレッシヴな人だった。お陰で私も無事に立ち直り、しとめた雄に鮫肌を擦り付けて無理矢理勃たせ、相手がベソを掻くのも構わず跨がって腰を……いやいや勿論、大恩あるセフィナさんやスカビオさんに強引な真似をする気は毛頭ないが。だから唇を寸止めにしているわけで。
「いいよ。お手並み拝見」
 お許しが出た。ならもう遠慮はなしだ。
 そのまま唇を重ね、狭い口腔に舌をねじ挿れる。
「む……ぐっ!?」
 舌を踊らせて攻略を試みるも、思わぬ反撃にすぐ唇を離してしまった。
「す、酸っぱ……!?」
「もうお終い? 口ほどにもないとはこのことかしら?」
 舌なめずりしたセフィナさんが、小悪魔な笑みを浮かべる。
「甘く見たわね。知らなかった? アップリューは酸っぱいリンゴを食べて進化するのよ。唾液には強酸の成分が多量に含まれてる。酸味が苦手な寂しがりには堪えられないでしょう。今度はこっちのターンよ。地面は草に弱いってことを思い知らせてあげるわ!」
 いやドラゴンだから草は等倍だけど、どっちにせよドラゴン同士、攻めに回られたら不利なのは間違いない。
「くっ、香りは甘そうだったのに……!?」
「そりゃセフィナさん自身は陽気で甘い物が好物ですからねぇ。カジッチュ時代もうっかりするとすぐタルップルに進化しようとするから、切った酸っぱいリンゴにオッカの実の甘煮をたっぷりかけて与えたぐらいで」
「ジジィ少し黙れ」
 いいこと聞いた。
 甘辛いオッカは好みなので是非煮物をリンゴ抜きで頂きたいが、それ以上に、スカビオさんが語った何気ない思い出とも取れる話に妙な動揺を見せたセフィナさんの反応が多弁に答えを教えてくれている。
「へぇ……つまり、アップリューが酸っぱいリンゴを食べて唾液が酸っぱくなるということは、甘い物が好物なセフィナさんは、実際甘い所もちゃんとある、と」
「ギク」
 ならばターンを譲る気はない。
「そこと見たぁっ!」
 飛びかかって尻尾の皮を捕らえ、剥いた下腹に顔を埋める。案の定、芳醇な香りが鼻孔を満たした。
「大正解~。存分に召し上がれ」
「だから黙れって言ったのにゃああああっ!?」
 蜜壺に舌を這わすと、たちまちセフィナさんがそこの味わい同様に甘い喘ぎを上げる。
「ひゃん、だめぇ、はぅあ、あぁぁぁぁ……」
 もがいて抵抗したのも最初のうちだけ。やがて快楽に押し負けたのかセフィナさんは脱力し身体を開いた。抱えたままだと鮫肌で傷つけかねないので、テーブルクロスの上に草色の背を横たわらせる。
「ふふ、リンゴジュースを啜るなら食卓の上が妥当でしょ」
「ひゃうう、舌までザラザラぁ……そんなの挿れられふみゃあぁぁっ!?」
「そう言う貴女の内側もイボでザラザラじゃないですか。小さいのに随分とよく伸びる蜜壺ですこと」
「イボ地帯の奥の縦ヒダがまたキくんですよ」
「アンタ黙らんにも程があるでひゃああああぁぁっ!?」
 お、本当に奥の縦スジが舌に刺さる。スカビオさんがセフィナさんの内部構造に精通していることに関しては考えたら負けか……物知りって意味の精通ってこの字で良かったっけ?*2
 奥深くまで舌をねじ入れ、唇の鮫肌で入口の可愛い芽を擽った。それが、トドメとなった。
「イギィィィィィィッ!?」
 急所への効果抜群の一撃に、セフィナさんは草色の尻尾と羽を戦慄かせて果てた。こんな小さな身体のどこに入っていたのかと思えるほど昏々と溢れ出る愛蜜に口を付けて飲み干す。
「御馳走様でした。ふふ、セカイイチを思わせるような甘味でしたよ」
「僕にも少し頂けますかね」
 いかんいかん、ホストをほったらかしにしてゲストが勝手に楽しんじまった。
 蜜壺を回し飲みさせてもいいんだが、イき疲れてテーブル上で瀕死になってるセフィナさんを更に舐めさせるのも気の毒だし、スカビオさんはセフィナさんの味など飲み慣れているだろう。
 ならば、ゲストとして正しい振る舞いはひとつ。
 まだ蜜が残る口腔を開き、スカビオさんの顔前へ差し出す。
 白い髭に覆われた唇が、私のそれに重なった。
 彼の舌が私の口腔で踊り、蜜の残滓を舐め取る。牙や鮫肌で傷つけてしまわないよう躱しつつ、私も自らの舌を彼の舌や唇に絡みつけて反撃した。
 だが、巧い。実に老獪な舌捌きだ。的確に心地よいところを攻めてくる。このまま口づけていたら、快楽に溺れてしまいそうに……っ!?
「……御馳走様。貴女の唇も、美味しかったですよ」
 ……いつの間にか唇は離されていた。
 陶然と息を喘がせる私を、スカビオさんは愉しそうに眺めながら、
「続きは、寝室の方で」
 と誘ったのだった。

 ○

 清潔そうなシーツをかけられた、独り、あるいはセフィナさんとふたりで使ってるはずの割には大きめなベッド。おいおい一体何頭のドラゴンをここに上げてきたのやら。
 枕から手の届きそうな範囲に、ノートパソコンが据えられた小卓と、後で是非中身を見せて欲しい本の数々。下の方にはティッシュボックスとか、あと正視するのが恥ずかしい長モノもしまわれていた。
 パッと見片づけられてはいたが、精査するとその気で入ったのでなけりゃ悲鳴を上げるところな内装だった。男のプライベートルームなんだからこれぐらい当たり前か。
 スカビオさんは自力で車椅子から立ち上がった。まったく立てないわけではないようだったがやっぱり足下は覚束ない様子で、倒れないように支えながらベッドに横たえる。
 上着を脱がしていると、さっきまでテーブルでノビていたセフィナさんが飛んできて手伝ってくれた。楽しそうな脱がしっぷりを見ると、弄んでしまったことに関しては気にしていないようだ。
 先刻私を暖めてくれた逞しい胸板が露わになる。天を突いて勃ったふたつの肉芽が、私とセフィナさんの痴態、あるいは私との口づけで昂っていることを証明していた。乳首でコレなら、ズボンの中身はどうなっているのか期待は高まるが、もう少し後のお楽しみだ。
 乳首を咥えて舌先で転がし、しっとりと湿らせた所に鮫肌を優しく擦りつける。
「むふ……っ」
 快感で弛んだ唇を再び奪う。さっきはセフィナさんの蜜を舐めさせてあげたが、今度はこっちから攻め立て、決してペースを握らせない。その間にも乳首への愛撫を続け、ふたりで鼓動を高め合っていく。
 と、彼の指先が、腹に巻いたストールを繊細に爪弾いた。
「あ……ん」
 下腹から尻尾の付け根へと滑らかに撫で降ろされ、布地の奥で熱いものが滲む。ストールを濡らしてしまったが、私のせいじゃない。家主の指の仕業だ。後でリアにウォッシュロトムとして頑張って貰おう。
 ここに至っては、いよいよ準備は整った。
 スカビオさんのベルトは私の腰でストールを留めているので、ズボンはホックを外すだけ。
 チャックの金具に爪をかけて引き下ろすと、現れた深緑のトランクスをじっと覗き込むセフィナさんの視線に気づいた。
 手伝うでもなく、邪魔するでもなく、何故だか真剣な面持ちを浮かべて、スカビオさんの股間を見つめている。
 パートナーとして、嫉妬とか色々思うところもあるのだろうか?
 とはいえここまでやらかしておいて、今更手を引く余地も余裕もない。私の秘部も我慢が限界なのだ。
 ズボン諸共トランクスを引き下ろし、まろび出た彼の隆々とした…………

「……って、あら!?」

 困惑に捕らわれた目で、もう一度そこを見直す。
 しかし何度見ても、頭髪と同じく白く縮れた陰毛の下から出てきたのは、想像に反してまったく弛緩しきった男のソレだった。
 勃ちさえすればさぞ立派だったであろうが、小竜は静かに寝息を立てるだけ。
 何故? どうして?
 セフィナさんとのちちくりあいや私の愛撫が、まったく前戯になってなかった?
 まさか意外にもメスポケモンへの興味がまったくない人だったとか?
 んなバカな。
 じゃあさんざっぱら私の股座を撫で回してきたあの手はなんだ。セフィナさんの膣内構造を知ってたのはどういうわけだ。乳首だってギンギンにおっ勃ってたろうが。
 上半身があれだけドスケベだったのに、下半身がまるっきり反応してないなんて、どっかおかしいとしか……下半身!?
「やっぱ、駄目?」
「残念ながら、ご覧の通りです……」
 興奮から一転、揃って落胆の溜息を吐いたふたりの様子で、推測は確信に変わった。
「もしかして、あの、車椅子なのは、悪いのは足腰じゃなくて……?」
 恐る恐る訊ねた私に、スカビオさんは頷いた。
「察しの通り、脊髄です。三年前に怪我で痛めました。以来、僕のモノはまったく感覚がありません」
 やっぱり……! いわゆる、下半身不随って奴か……。
「済みませんね、事前に断っていなくて。貴女を誘えばいい刺激になって調子が戻るかと期待していたので……」
 自然な流れで触れ合った方が効果が高いから黙っていたわけか。事情があったなら仕方ない。
「え、でも、怪我で脊髄が麻痺してるなら、脳天にポカスカGの力を落としてたのって危険だったんじゃありませんか!?」
「いやほら、逆方向から同じ衝撃を与えたら治るってよく言うじゃない」
「それ漫画とかの話では? っていうか背中へのダメージの逆が頭というのも違う気がするんですが」
「家電だって叩けば治るものだし」
《治らないポリ! 壊れるだけポ!!》
《乱暴反対ロト!!》
 ノートパソコンとスマホのスピーカーがけたたましい声を轟かせた。家電ポケモンも大変だな。
「そんなわけで、こっちへのサービスは受けられません。代わりに背中を揉んでいただけると有り難いのですが」
「あ、はい。喜んで」
 身体を起こしたスカビオさんを、腰を支えてひっくり返す。
「…………!!」
 胸板同様、逞しく盛り上がった背筋の下に、赤黒い傷跡が大きく広がっていた。
「酷いですね……一体何があったんですか?」
 問いへの応えは、重苦しい沈黙。
 ややあって、何か感情を押し殺したように苦しげにセフィナさんが吐き捨てた。
「…………ごめん。怪我した時のことは、あまり触れられたくない話題だから」
「あ、こちらこそ不躾に訊いたりして済みません……」
 俯せになったスカビオさんの背中をシーツで覆う。私が直接揉もうものなら、爪や鮫肌で傷つけかねないからだ。
 傷跡のすぐ上辺りに跨がり、爪を丸めた甲を肩口に押し当て、体重をかけて揉みほぐす。
「あぁ……気持ちいいですね。脇腹の辺りも膝で揉んで欲しいのですが」
「こうですか?」
 シーツ越しにスカビオさんの脇に膝で乗り、サイホーンレーサーみたいな騎乗姿勢の状態で、腰を振って踏みつける。勿論その間、肩や背筋にも爪で揉捏を加えていく。
「うぅ……っ」
「傷跡の近くですが大丈夫ですか?」
「いえ、いい感じです。ありがとうございます。続けてください」
 悦んでくれているようで何よりだが、しかしスカビオさんはこれで気持ちよくなっても、私は潤った尻をひたすら降り続けるばかりで、欲求不満が蓄積してしまうのがどうにも……。
 と、尻の後ろでストールの結び目が解かれるのを感じた。
 複雑に身体に巻かれているストールだが、秘部に関しては結び目ひとつ解くだけで容易く露出でき、急な催しでも安心な作りになっている。解いても前垂れで正面からは隠せているので無防備にはなりにくいのもポイント……なのだが、スカビオさんの上で膝立ちの四つん這いになって腰を高く上げている体勢じゃ、ストールが露の緒を引いてはらりと落ちたソコは蕩けた秘穴が後ろから丸見えの状態だ。
 勿論、スカビオさんは私の下で俯せになって踏まれているので、尻尾の後ろまで手を届かせられはしない。誰が結び目を解いたかなど、確かめるまでもない。
「あれだけ盛り上がったところで肩透かし喰らっちゃ、疼いて疼いてしかたないよねぇ。アタシが慰み者にし(なぐさめ)てあ・げ・る♪」
 ……今何か、セフィナさんの声が不穏当に響いたのは気のせいか?
 怖気を感じて振り返ると、何やら禍々しい形状をした巨大な槍のような物体を羽で抱えたセフィナさんが、黄色い視線を爛々と光らせていた。
「な!? なななな、何ですかその馬鹿デカい代物はっ!?」
「スカビオさんお手製ディルド、Ver.バクガメスよっ!!」
「は!? バ、バクガメスのってそんなのなんですか? 彼らの頭より大きいように見えるんですけど!?」
「あ、それ、昔ジムにいた雄の仔から直に型どりして作った奴なので、実際にその大きさですよ」
「マジですか……!?」
 ヤバい。スカビオさんの解説を聞いて、不覚にも背筋がそそった。
「お~溢れてる溢れてる。後ろの口は正直ねぇ」
「違うモノまで漏らしそうなんですけど!? やめてくださいマッサージ中ですよ!?」
「やぁ、ブルブル震えてくるのが効きますねぇ。ちなみに僕の上で何を漏らされてもご褒美ですからお構いなく」
 しまった。マッサージ相手は変態だった。
「まぁそう怯えなさんな。アタシでも愛用してるぐらいなんだから、ガブリアスの体格なら全然平気でしょ」
「……貴女の身体より確実に大きいですよねソレ。よく伸びるとは思ったけど、アップリューの身体ってどうなってるの……!?」
「フッ、アップリューを舐めないでよ!」
「さっき美味しく頂きました」
「舐めてばっかいないでよっ!? こう見えてもドラゴンタマゴグループ、カジッチュ時代から実物の方とセフレしてたんだから。優しく挿れてくれりゃどれだけ大きくたって受け入れられるものよ」
 体長だけでも十倍差あるだろそれ。体格差プレイ凄ぇな。
「いやまず貴女が優しく挿れてくれる保証が見えませんし!? むしろ殺気めいた気配すら漂わせてませんか!?」
「へぇ、殺気を向けられる心当たりがないとでも?」
「……やっぱしっかり根に持ってますね貴女!?」
「当ったり前でしょ!? 大体アンタ色事は攻めるのが主義って言ってたじゃない。泣き言ばっか言ってないで、この仔にも精一杯腰を振って応戦して見せなさいよ!」
「ディルド相手じゃ攻めたってどうにもならないじゃないですかぁ!?」
「やっかましい! 罰としてここに来ている自分の立場を忘れたか!? 大人しくお仕置きを受けんかい!!」
 魔法の杖宜しく、セフィナさんが巨大ディルドを振りかざす。
「リア、セットアーップ!!」
 スマートフォンの端子からオレンジの閃光が飛び出し、ディルドへと吸い込まれる。
 赤々と光を漲らせたソレは、いかにも炎ポケモンのモノらしく熱い湯気を立てて脈動し始めた。
「武士の情け、冷たいままのディルドで抉るのは勘弁してあげる」
 過去のトラウマがあるからその心遣いはマジで有り難い。……今後は火傷のトラウマに上書きされかねんが。
「はわわわわ……」
「思い知れ、こんな事になったのは全部アンタのせいだバッキャロォォォォーーっ!!」
 巨槍を構え、咆哮を上げてセフィナさんは私の尻へと突撃した。……まさか舐め倒したことをそこまで恨まれてたとは。
「あぎゃはああぁぁぁぁあぁ~~っ!?」
 歪な亀頭が一撃で最奥まで貫き通し、私はスカビオさんの背で意識を爆散させられた。
 三者三様に気持ちいい思いを味わえたということで、めでたしめでたしと言うべきか。

 ○

「これでもね、頑張って随分回復したのよ。三年前に怪我した頃は、立つどころかお通じも垂れ流すしかできない状態で、毎日おむつを替えなきゃいけなかったんだから」
 壮絶なベッドバトルも互いに満足してノーサイド。既に寝息を立てているスカビオさんの傍らで、女子会ピロートークの最中である。
「上半身の凄く逞しい筋肉も、リハビリに取り組んできた故だったんですね」
「うん。甲斐あってどうにか自力で立ち上がれるようにはなったしおむつも使わなくて良くなったんだけど、男の部分はいまだ麻痺したまま……。ジムリやってた頃は、ジムやファッションスタジオで務めてたポケモンを雄雌問わずベッドで鳴かせてきたハーレム王が哀れなものよ。ま、年齢のせいもあるんでしょうけどね」
「壮絶な武勇伝ですねぇ……で、スカビオさんってお幾つなんですか?」
「来年……っていうか、」
《零時をお知らせしますロ》
 スマホからリアが時報を告げる。日付が変わり、月が変わり、年も変わった。
「……今年で還暦よ。半月後の6月末で60歳」
「それはおめでとうございます……あ、あけましておめでとうございます」
「あけおめ」
 60か……。逞しい胸板から想像するよりイっちゃいるが、男として枯れるにはまだ早すぎる年齢だな。
「竿で繋がってた仔も多かったもんでねぇ。ディルドだけじゃ満足させきれなかったみたい。それでもお世話が必要だった頃はまだ他にも仲間が手を貸してくれてたけど、ジムの仕事ももうないからってどんどん離れていって、今じゃアタシと家電ポケたちだけ」
「セフィナさんは、どうして他の方のように出て行かなかったんです?」
「ん~、どうしてだろ?」
 粉雪が踊る新年の窓辺を見上げながら、セフィナさんは数瞬考え込んで呟く。
[誘いはあったんだけどねぇ。もうリアやイオに任せてもどうにか生きていけるぐらいにはなってるし。でもアタシまで引退したらドラゴンジムやファッションスタジオの名残もなくなっちゃうなって思ってたら、引き時逃しちゃった」
「なるほど……」
 なんだかんだ言って、優しいんだ、セフィナさんも。
 彼女だって氷2重弱点なのに、この雪の中飛び回って私を見つけだして、ナナシの実を運んでくれるぐらいなんだからな。
「ねぇ、セフィナさん」
「ん?」

「私、三日と言わず、ずっとここに居着いちゃ駄目ですかね?」

 ……一瞬、草色の表皮の下が険しく陰ったように見えたが、気のせいだったか。
 こちらを見上げたセフィナさんの表情には皮肉っぽい笑みしか見えなかった。
「……快楽堕ち、かな?」
「そんなんじゃなくて!?」
 堕ちていないとは言い難いが。
「一年前に死んだ私のトレーナー、自殺……だったんです。ずっと重い病気を患ってたんですが、もう回復の見込みがないと知って、自らの意志で終わりを選びました」
「率直に言わせて貰えば、身勝手ね。余りにも無責任に思えるわ。持ちポケである貴女の行き先が決まるまで一年近くもかかったんでしょう?」
「そうなんですよ。本当に自分勝手で我が儘な人でした」
 その評価でいい。
 同情などされるより、好き勝手に生きて死んだと罵られることを、あの人は誉め言葉と受け取るだろうから。
「その我が儘を許してしまったのは、周囲の私たちのいたらなさです。例え病室のベッドに縛られたままでも、一日でも、一刻でも、一瞬でも長く生きていたいという我が儘を、私たちはあの人に抱かせてあげられませんでした。だから、もし次の機会があったら、トレーナーにそんな幸せをあげられるよう尽くしたいって、昨年中ずっと思っていたんです。ポケモンだけの施設に送られることになって諦めかけていましたが……」
「だから都合良く障害を持ってたスカビオさんに尽くすことで、過去の失敗を帳消しにしたいってか?」
「いけないでしょうか?」
 棘を含んだ返しを、怯むことなく鮫肌で受け止める。
 スカビオさんの寝息だけが闇に響くことしばし、やがてセフィナさんがすまし顔で口を開いた。
「ま、いい悪いはアタシの決めることじゃないわね。明日スカビオさんに相談してみれば? 先に言った通り、アタシとしちゃ大助かりの大歓迎よ。……お楽しみの相手もできるわけだし、ね」
「あら、私を舐めポケ扱いにするおつもりで?」
「舐めてばっかいるなっつってんでしょ!? ディルドのお気に入りは他にもたくさんあるんだからね。日替わりで毎晩ぶち込んであげるから覚悟なさい!」
「ふふ、お手柔らかに」
「そっちもね!」
 差し出した爪に、草色の羽が軽快な音を立てて打ち合わされる。
 ぶつかり合った末に、私たちは解り合ったのだ。

 ……とこの時は思った。
 私だけが何も解っていなかったのだと思い知るまでには、まだかなりの月日を要することになる。

 ○

 罰を受けている私からの身勝手な申し入れだし、さすがに揉めるだろうな、と思っていたんだが。
「はい。お引き受けします。ありがとうございます。……許可降りましたよ。ガブリアスさんは、今日から僕の持ちポケになるそうです」
 スマホロトム連絡一本で全部済んじまった。元ジムリーダーの権威すげー。
「ちょっと気味悪いぐらいあっさり話が進みましたね? なんかどこかから『いちいち揉めたら面倒だから展開巻け』って天の声が降りたみたいな……」
「願いが通ったんだからそういうこと言わないの! 良かったね。今夜のディルド何にする?」
「そっちこそそういうことやたらに言わないでください! 祝杯として頂きますよ!?」
 冗談のぶつけ合いで冬の空気が暖まったところで、TVが点灯し、イオがダイアログを開く。
《新しい家族を登録するポリ。名前を入力するポ》
「あ、そうよね。アタシたち皆名前呼びなのに、一頭だけ『ガブリアスさん』はないわよね」
「僕が名付け親になってもいいでしょうか?」
 スカビオさんのオリーブ色の瞳に見つめられ、私は。

 ――俺がお前に名前なんぞつけても仕方ねぇよ。どうせ先なんざ長くねぇ。んなこたぁ俺はとっくに覚悟してるしお前も覚悟してろ。名前で呼ばれたいなら次のトレーナーにでもつけて貰え。それまでお前はただの色フカだ……。

「お任せします。あの人もそれを望んでいました」
 追憶に心を馳せながら想いを託すと、深くシワの寄った唇が私の新たな名前を告げる。

「じゃあ、『ラターシュ』で」

「ラターシュ……」
 故郷の言葉に近い響きだった。
 私の生まれた広野がどこの地方だかスカビオさんに教えた覚えはないが、ポケモンセンターから私の過去についてどれぐらい聞いているのだろうか……?
「ちょっと、ラ・ターシュっていったら、スカビオさんが飲み損なったってボヤいてたワインの銘柄じゃない」
「果実酒は好物なもので」
 呆れの混じったセフィナさんの指摘とスカビオさんの脳天気な笑いで由来は明らかになった。ワインなのか私は。
「どうでしょうか?」
「素敵な名前ですね。ありがとうございます。今日から私は、ラターシュです!」
《了解ポ。『ラターシュ』種族名ガブリアス、登録完了ポリ。これからも宜しくポ!》
「はい!」
 新年1月1日、私はスカビオさん所有のラターシュとなった。

 ○

「ところで、他の方の名前はどんな由来なんですか?」
「イオとリアは、それぞれゲットした時に憑いていた機種名の一部から取りました。どちらも乗り換えを重ねたので今の機種ではありませんが。セフィナさんは……ちょっと恥ずかしいんですが、実は僕の初恋の人の名前でして」
「ほお?」
「何ソレアタシも初耳!? ねぇねぇ元の『セフィナ』さんってどんな女性だったの聞かせなさいよ!?」
《リア、録音準備は出来てるポか?》
《バッチリロト。洗いざらい白状するロ!》
「べ、別に話せるようなエピソードとかありませんからね!?」

 ○

睦月 


 ○

 鏡の中に、お姫様がいた。
 レースで覆われた淡いグリーンのチュチュスカートを腰にふわりと広げ、ワンピースとなった胸布の両横には、可愛らしい桜色のリボン飾りと翼の如く優雅に波打つフリル。
 首元には薔薇のペンダントトップを吊したビーズのネックレスを二重に巻き、左の二の腕から生えている突起には色とりどりの宝石が銀の鎖で留められていた。額を飾る金細工のカチューシャにもクリスタルが列を成してティアラのように輝いている。
 童話の中から飛び出してきたようなそんなお洒落な姿に身を包むのは、黒光りする鱗に覆われた色違いのガブリアス。つまるところ何とこの私なのだ。
 さすがファッションデザイナー。スカビオさんは私に着せる服をすぐに仕立ててくれた。一見着付けが面倒そうなドレスに見えるが、実はエプロン仕立てとなっており首の後ろと背中の真ん中で結んでいるだけなので、着るのは私の爪じゃ難しいけど脱ぐのは軽く爪をかけて結び目を解くだけ。背ビレも尻尾も服の邪魔になってない。
 左のセンサーにも長く緒を引くリボン飾りが結ばれていて、踊る度に優雅にたなびく。ドレス同様に淡いグリーンだが、私につけられたラターシュという名前が葡萄酒(ワイン)由来だということを考えると、ひょっとしたら葡萄の果肉色をイメージしているのかもしれない。白ワインって白というより果肉の淡い緑色だし。
「可っ愛い! とても似合ってるよラターシュ!!」
「ありがとうございます。そういうセフィナさんも凄く可愛らしいですよ」
「えへへ……」
 と照れ笑いを浮かべるセフィナさんの服も、デリバード姿と打って変わって私のとよく似た緑基調のチュチュワンピース。上半身は緑と白のストライプで、背中側で蝶結びにした腰紐を銀の留め具で締めている。首には宝石がはめられたペンダントトップを吊した金の鎖のネックレス。頭の表皮を飾るのは緑地にピンクの薔薇模様のスカーフと、さながら花の妖精といった出で立ちだ。
 年が明けて半月ほどが経った今日は、程良い晴天に要項も朗らかな小春日和。スカビオさんに連れられて近くの植物園へお出かけ撮影会の予定になっていた。
「準備いいですか? 出発しますよ」
「はぁい!」
 身を翻した勢いで、チュチュスカートが捲れ上がり、太股の脚線美とその付け根に結ばれた緑の紐が窓からの日差しに曝される。
 セフィナさんは体格上ノーパンだが、私の場合鮫肌や股の突起で破けないようスカートに硬めの素材を使っているため、デリケートゾーンの衣ズレを防ぐためにスキャンティを着用していた。濃緑色のレースに金の刺繍が施されており、尻尾の後ろで結ぶタイプである。
 それを、
《頂きロト!!》
 飛来したリアが、逃すことなくポケファインダーで激写した。
《グフフ、ドレスも下着もいい宣伝になるロトからこういう写真も大切ロト!》
「……別に普段裸なんだからパンチラを撮られたって構わないんですけど、何故か猛烈に不愉快に感じるのはどうしてなんですかね?」

 ○

 車椅子をタクシーのトランクに格納し、一路植物園のある郊外へ。
 流れ行く冬枯れの景色を眺めながら、皆今日の楽しみに話題の花を咲かせていた。
「今日行く植物園には大きな温室があってね。冬でも寒くないし、一年中いろんな地方の草木や花が楽しめるの! 屋外の公園も緑が一杯で、春になったら一面色とりどりの花だらけ! 水路もあるから、夏には水遊びもできるんだよっ!!」
 既に幾度となく通っているというセフィナさんは子供のようにはしゃいでいた。私も彼女も揃って寒さは苦手なので温室というだけでもありがたい。
「お昼は園内のレストランでパスタ料理でも頂きましょう。今の季節ですとスープパスタですかね」
「楽しみですねぇ。私、マトマソース味がいいです!」
 私も相槌を弾ませた時、ふと運転手が怪訝な声を上げた。
「あれ、妙にジュンサーさんが慌ただしいですね。何かあったんでしょうか?」
 言い終える間も待たず、サイレンをけたたましく鳴らした白バイが車列を勢いよく追い越して行く。私たちの進行方向へ小さくなっていく影が、妙に気になった。
「確かに……剣呑ですね。リア、何かニュースは入っていませんか?」
《検索中……ゲッ!? た、大変ロト!?》
 検索アイコンが一周するよりも早く、リアが素っ頓狂な声をあげる。
《ほんの一時間前、行き先の植物園で、複数の暴力組織が衝突したロト!》
「何ですって……!?」
 緊迫に転じた雰囲気の中、声を強ばらせたスカビオさんに、リアは情報の続きを伝えた。
《既に現地に居合わせたトレーナーたちが対処して抗争は鎮圧され、ジュンサー隊が後処理を行っているロトが……植物園は大いに被害を受けたロト。温室は壊され、公園の花壇も荒らされて、復旧までしばらく閉園になるそうロト》
「酷い……!? 何てことを……!?」
 絶句したセフィナさんの頭を撫でて宥めながら、スカビオさんは深く息を吐く。
「僕らが巻き込まれなかったことを何よりと思いましょう。運転手さん、目的地の変更をお願いします。駅前のショッピングモールへ」
 薄情なようだが、収拾はもうついてるらしいし、車椅子の老人と寒さに弱いドラゴン2頭がのこのこ行ったところで邪魔にしかならんだろうしな。災いには近寄らんのが正解か。
「いやはや、最近物騒になりましたねぇ」
 ステアリングを切りながら、運転手さんが話を投げてきた。
「一昨年の暮れ頃でしたか、それまで近隣のならず者たちを押さえていた大きな組織が、首領が突然殺されたとかで崩壊したんだそうで。統率を失って小規模に分裂した悪党どもが好き勝手に暴れ回っとるんですよ。崩壊以前にやってたような大規模な悪事はなくなった反面、小競り合いやケチな犯罪が増えて、市民の被害が相次いでるんですわ」
 一年前まで悪名を轟かせていた悪の組織の首領が死亡したという所までは、私もよく知っていた。ちょうどその頃に私はトレーナーを亡くして世間の話題から外れたため、その後については聞かされていなかったが。
「……迷惑な奴らですね。率いていた首領が死んだなら、解散して悪事から足を洗えばいいものを」
 忌々しさを込めて私が吐き捨てると、スカビオさんは静かに頭を振った。
「部下や手下ならそうする道もあったのでしょうが、多くは力で押さえつけられていただけの下位組織でしょうからね。首領に殉じる義理など最初からなかったでしょう」
「結局のところ、どっかの馬鹿がその組織の首領をブチ殺しさえしなけりゃこんな騒動にはなってないわけよね。どんな事情があったのか知らないけど、一番憎ったらしいのはソイツだわ!」
 憤慨して荒ぶるセフィナさんに、私は特に相づちも打たず窓の外を眺めた。
 まぁ、そういうことになるんだろうな。
 どこの馬鹿だ、その迷惑者は。
「あ、見えてきましたよ。あそこですね?」
 何体ものフワライドがのぼりを吊す、華やかに彩られた大きな建物を指し示す。
 悪党どもの馬鹿騒ぎなど、三年前に負傷引退したスカビオさんには何の関係もない。これ以上いちいち掘り下げて語ることもないだろう。
「まさかこっちにも変な輩が現れないでしょうね!?」
 警戒は怠るべきではないにしろ、もし何かあった時はジュンサーさんや他の若いトレーナーに任せればいい。私らは気軽に今日を楽しむのが役割というものだ。

 ○

 多数の様々な店舗が散りばめられた大型ショッピングモールは、しかし市場というよりちょっとした屋内公園のような素敵な空間だった。店舗を繋ぐ吹き抜けの回廊の各所には、植物をモチーフにしているらしい躍動感溢れるデザインの柱やベンチが多数並び、歩いて回ったり買い物の合間に休憩するだけでも楽しんでいられそうな景観だ。
 ここでもジュンサー隊が忙しく動いていた。が、
《結論から言うト、未然に解決済みロトね。トレーナーの目を盗んでポケモンを騙して連れ去ろうとした誘拐未遂事件ロト。すぐにトレーナーが気づいて阻止し、犯人は退散したとのロト。例の暴力組織との関連が疑われてるロトよ》
「何も起こらないのが一番ですが、起こっても周囲が即座に対処できるというのも頼もしいものですねぇ」
 おかげで平時の活気がモール内を満たすのに時間はかからなかった。
 木々を模した緑色の柱の間をリボンを靡かせて駆け、大きな木の実をくり抜いたような形状の吊り下げ型ベンチにセフィナさんと寄り添って尻尾を下ろす。動作の度にリアがレンズを閃かせ、私たちをファインダーに収めていく。
 通りすがりの買い物客たちが、私たちを見つけて楽しげに目を輝かせていた。
「何あのガブリアスとアップリュー、めっちゃお洒落!」
「よく見るとどっちも色違いなんだ!? 綺麗~!」
「可愛い~! 仲良しの姉妹みたい!!」
 口々に騒ぐ観衆たちの声に、思わず苦笑が浮かぶ。
「聞きましたセフィナさん、私たち姉妹みたいに見えてるそうですよ?」
「大方、みんなラターシュの方が姉だと思ってるでしょうけどね」
「実際は私の方が妹分ですけどねぇ」
「ま、アタシとしちゃ妹だと思われた方が嬉しいけどね」
「どうしてですか?」
「若く見られてる気になれるじゃん」
「……本当はお幾つなんです?」
「ナ・イ・ショ♪」
 と、セフィナさんは意味深にウインクを決めた。追求しない方が得策だろう。
「あそぼー♪」
 と、幼稚園児ぐらいの小さな子供たちが突撃してきた。鮫肌に触れられたら怪我させてしまいかねないので、セフィナさんが上手く気を引いて、私のエプロンスカートに抱きつくように誘導する。嬉しそうにはしゃぐ無邪気な笑顔が堪らなく可愛らしかった。
 何だかまるで夢のようだ。強さを求めて戦いに明け暮れていた私に、まさかこんな穏やかなひと時が訪れるだなんて、な。

 ○

 撮影をひと通り終えたら腹ごしらえ。植物園のレストランでパスタ料理を食べる予定だったので、同じ系統のお店を探してマトマソースのスープパスタを注文した。
 紙エプロンを首に巻いてもらって衣装を保護。それでも飛沫が飛ぶのは避けられそうにないが、ポケモン用に仕立てているだけあって多少の汚れなら染みない縫製になっているのだとか。
 灼熱のマグマにも似た濃厚な朱の中に爪を突っ込み、たっぷりと汁を絡めた細長いパスタを巻き付けて、湯気を立てるそれを口へと運ぶ。コシの強いパスタは牙で噛み千切る度に口内で跳ねて痛烈な刺激を爆発させる。冬の寒さなど吹き飛ぶほどにホットな味わいだ。
「何か透明でトロっとした具が入ってますね。何でしょう?」
「冬瓜ですね。煮ると化けるんですよコレ」
「へぇ~、瓜なんだ。汁を一杯吸ってて美味しい!」
 小皿に取り分けたパスタを器用に啜ったセフィナさんが、テーブルの上で陽気に微笑む。
「でも、マトマソースって辛さだけじゃなくってちょっと渋味もありますよね。セフィナさんは苦手じゃないんですか?」
「彼女の小皿にはミツハニーシロップを混ぜであるんです。甘味で渋味を中和しているんですよ」
《ボクも実は甘いお菓子は苦手ロトが、ビターチョコと一緒ならいくらでも食べられますロ。それと同じロト》
 生意気な声を上げるリアを傍らに、スカビオさんは琥珀色をしたナナシのナシ酒(ペリー)を傾けて、
「ビターチョコなんて聞いただけで口の中が苦くなりますが、そんな時に飲む酸味の効いた果実酒がまた格別なんですよ」
 と脳天気に語った。
「そう言えば、イオも似たようなことを言っていましたよね? この前一緒にカレーを食べた時《辛いものは苦手ポが、カレーと一緒に飲むお茶は美味しいポリ》って」
《控えめなイオは渋いお茶が大好物ロト》
「皆さん好みの味はバラバラなのに、好きな味で苦手な味を打ち消せる性格なのは同じなんですね。お得で羨ましいです……」
 ……ん?
 待て……待てよ!?
「あれ、五味で4つ組み合わせが出たってことは、残るもうひとつの組み合わせって……!?」
《辛味で酸味を打ち消す組み合わせロト》
「セフィナさんを進化させた酸っぱいリンゴにも甘辛いオッカの煮物をかけていますが、あれも辛味で酸味を抑えて甘味でセフィナさんを釣るためですからね」
「そう、なんですね……」
 眼下の皿に残る朱い汁を、大好物のマトマソースをじっと見つめる。
「あ、それってラターシュの好みと苦手な味じゃない! そっか、今お得な性格が我が家に全部揃ってるんだ。じゃあせっかく辛いソースがあるんだから、スカビオさんが飲んでるペリーでももらって酸味を楽しめば……」
 その唇が閉じる前に、

 テーブル上でリンゴ酸の香りを放つ緑の器に爪をかけて引き寄せ、問答無用で唇をつけた。

「も、ぷ…………!?」
 驚愕に怯んでいる内に、舌をねじ入れて口腔内を容赦なく蹂躙。舌の裏側まで舐め回し、甘辛い食べ滓を拭い取る。
「&%$#!? むー! むーっ!? 」
 やがて溢れてきた酸っぱい果汁を、羽で叩かれるのも構わず舌を蠕動させてこっちの口腔へ運ぶ。
 唇が縮こまるような感覚に襲われる前に舌を引き抜くと、すかさず皿を取って中身を口内へ流し込み、口腔内でよく混ぜ合わせて嚥下。灼熱の辛味が酸味を焼き尽くし、後にはヒメリの爽やかな旨味だけが残った。
 フッ……勝った!
「御馳走様でした。とっても美味しいリンゴ酒(シードル)でしたよセフィナさん♪」
 濡れた口元をヒレで拭い、得意満面で勝ち誇ってやった。
「あ……、あぁ……!?」
 目を虚ろにして数瞬へたり込んでいたセフィナさんだったが、すぐに我に返ると、通常色を反転させたように草色の皮の下を真っ赤に染め、リンゴ形態へと変形して私の脳天にGの力を炸裂させた。
「アンタいきなり何すんじゃあぁぁ~っ!?」
「あ痛っ!?」
「他人目を憚りなさいよ他人目を!? 思いっきり注目されちゃったじゃないの!?」
 言われて周りを見渡すと、周囲のテーブルから好奇の視線がこちらに集中していた。私が叩かれたことで注意を集めたわけではないことは、聞こえてくる囁きにセンサーを澄ませば明らかだ。
「百合尊い……」
「こっちが御馳走様だよ……」
 うん。これは恥ずいわ。
「ご、ごめんなさい。私ったらつい調子に乗っちゃって」
「今晩覚えてなさいよ!!」
 それは楽しみ、いや怖いな。対策を練らねば。
「まぁまぁセフィナさん、デザートにワッフルを取っていますから、口と機嫌を直してくださいよ」
 スカビオさんに宥められても小さな顔をむくれさせていたセフィナさんだったが、ワッフルにつけるシロップとホイップクリームがかけ放題だと知るやたちまち飛びつき、天こ盛りにかけて幸せそうに頬張っていた。現金なものである。
 こんがり小麦色に焼いたワッフルとクリームの優しい甘味は、マトマの辛味に痺れた舌を癒すには程良い味わいだった。
 結局、心配していた悪党どもの襲撃にも直接的には逢うことなく、行き先の変更以外は大きなトラブルもなしにお出かけを満喫できた。これでいい。車椅子の老人が荒事などに関わるべきじゃない。いざとなったら私が守るが、牙を剥いて獰猛に戦う私の姿は、あまりスカビオさんには見て欲しくない気がする。衣装が傷つくのも嫌だし。平和が一番だ。

 ○

 可憐な衣装を纏って楽しげに戯れ合う黒鉄鱗のガブリアスと草色羽のアップリューの姿が、ノートパソコンの液晶画面に列を成して並ぶ。……いい顔してるな、私。
「皆さんお疲れさまでした。イオ、このファイルに纏めた写真はサイトにアップロード。こちらのファイルの文は雑誌社へのメールへ添付。このファイルはゴミ箱'へ。残りは保存用へお願いします」
 そっか、プロのデザイナーさんだもんな。私の写真もサイトや本に載って、色んな人に見られちゃうんだ。ちょっと恥ずかしいな……。
「ストップ」
 と、セフィナさんが制止の声をかける。
「イオ、そのファイル開いて」
 草色の羽が指し示したのは、『ゴミ箱'』フォルダに入れられようとしたファイル。
「あ、それは」
《畏まりポリ》
 スカビオさんの抵抗も虚しく、ウインドゥが開かれる。
「ゴミ箱の後ろに小さい『’』がついてますね。ダミーのゴミ箱ですか?」
「そゆこと」
「私の元トレも、他人に見られたくないファイルを隠すのに似たようなことをしてましたから……げっ!?」
 表示された画像の多くは、私たちらしき姿の下半身をローアングルから接写したもの。私のは下着がパンチラどころかパンモロに映っていたし、セフィナさんのに至っては尻尾の付け根が鮮明に見えちゃっているものすらあった。
「こっ、こんな写真いつの間に!? うわ、キスの写真まで撮られてたなんて!?」
「それを撮られたのはラターシュの責任でしょ」
 冷ややかにツッコみを入れて、セフィナさんは棘を含んだ視線をスマートフォンに向ける。
「腕を上げたわね、リア。アタシさえ撮られてた時は全然気づかなかったわよ」
 言葉の内容とは裏腹におよそ相手を誉めるような声色ではなく、スマホロトムがバイブレーションを恐怖に戦慄かせた。
《コレは全部、スカビオさんの指示ロト。ボクのせいじゃないロトよ》
「…………」
 無言無表情でタッチパッドを操作し、ファイルを閉じてゴミ箱’に放り込んだスカビオさんの様子に、セフィナさんと揃って溜息を吐く。
「……そのゴミ箱’、何が入ってるのか見せて欲しいんですけど」
「アンタがアタシを舐め回してる写真や、アタシがアンタにディルド突っ込んでる写真とかも全部保存されてるわよ」
「削除を」
「大目に見てあげて。回復に繋がるかもしれないし」
「……まぁ、お役に立てるということであれば仕方ありませんね」
「回復の暁には、ふたりがかりで搾り取ってあげましょ」
《それじゃ、この件はお咎めなしってロトで》
 いかにも安堵した様子のリアに、私とセフィナさんは堕天使の微笑みを向けた。

 ○

 リアには1日洗浄便座勤務の刑を科した。
「トイレロトムなんて、使いづらくて仕方ないんですけど!?」
 とスカビオさんが抗議の声を上げたが、盗撮の首謀者は貴方だ。その程度の罰は甘んじて受けやがれ。地方によっては便器の下でベトベターを飼ってる所もあるそうだし、別に大した問題ではあるまい。
「で、今夜のマッサージなんですけど、ちょっと趣向を変えてみたんですが」
 ベッドの上で仰向けに寝そべった私は、枕を背もたれにして上体を起こし、肩から下をシーツで覆ってスカビオさんを誘った。
「さ、どうぞ」
「なるほど、生きたマッサージチェアというわけですね。ではお言葉に甘えて」
 脇を抱えて逞しい背中を抱き寄せ、腹の上に乗せる。ヒレと内股でスカビオさんの身体を挟み断続的に揉み上げると、心地良さそうな呻きが白い髭を揺らす。
「ああぁ、いいですねぇ……。体重がかからないのも楽でいいし」
「でしょう? 恥ずかしながら私ってそこそこ重いですし、今後はマッサージはこの姿勢で行きましょうよ」
「……で、その姿勢ならシーツとスカビオさんの身体が盾になってディルドを差し込む隙間がない、と」
「あら、言われてみればそうですねぇ。リアもお仕置き中ですし、お楽しみはまた別の機会ということで」
 だってキスの仕返しに何されるか分かんないし。そうでなくたって、この半月間毎夜毎夜違う雄を知らされてきたのだ。実際には一年以上の雄日照り継続中だってのに、これ以上セフィナさんに弄ばれてたまるかっての。
「そういう甘い考えは大好物よ」
 とセフィナさんが担ぎ出してきたディルドは、全体が細くうねったアーボックの様な形状で、先端は斧のように平たく広がっていた。
「スカビオさんお手製ディルド、Ver.オンバーン! スタジオでモデルをやってたイケメン君よ!!」
「また異様なモノを……実はファッションスタジオじゃなくて秘宝館だったのでは?」
「まぁ、こっちは趣味ですから」
 趣味に付き合わされた雄竜たちの想いを想像するといろいろ濡れる。
「ちなみに解説すると、オンバーンは腰を使うのが苦手なので、雄のモノが自在に動いて雌に挿り、自ら振動して刺激するんですよ。その動作も拘ってリアルに再現してます」
 つまり、シーツやスカビオさんの防壁など掻き分けて到達される、だと……!?
「くっ、だとしても、リアがいない以上動かすことは……」
「イオ、セットアップ!」
《了解、コントロール開始ポ》
 ノートパソコンの無線インジケーターが蒼い輪講を放ち、オンバーンディルドがその身を滑らかにくねらせた。
「イオにも出来るんですか!?」
「元々オンバーンディルドで遊ぶときはイオに任せてるの。パワーではリアが憑依した方が強いけど、こういう繊細な動きがキモのディルドならむしろイオの得意分野なのよ」
《技のイオ、力のリアとお覚えくださいポ。ラターシュとのお楽しみは初めてポね。今宵は精一杯お勤めさせていただきますポリ》
 画面内で一礼する赤青の角張った姿。いつも控えめなイオの表情に妖しい影が宿る。
「はわわわわ……」
「フフフ、その体勢じゃスカビオさんが重石になって、いつも以上に逃げ場がないようね」
 しまった、一生の不覚! 策士策に溺れる……いや、元トレの教えに背いて守勢に回った当然の末路か。
「ついでにシーツの下がとっくに洪水状態なのもこのディルドがお見通しよ!」
「まさか、特性まで完全再現!?」
《いやそれ単にラターシュがいつも濡れるのが早いってだけポリ》
 ディルドの先端より鋭くツッコまれ、加熱した顔をスカビオさんの背中に隠すしかなかった。
「覚えてなさいよって言ったはずよ。逃れさせてなんてやるもんですか! それいけぇっ!!」
 シーツの下に潜り込んだ細身が蛇行しながら尻尾と内股の間を這い上がる。
「あっ、あっ、あひっ!?」
 たちまちの内に然るべき場所を的確に探り当てたそれは、急激に角度を変えて私に突き刺さった。
「あひゃぁあああぁぁぁぁあぁっ!?」
 蠕動して内壁を撫でさする絶妙な動作に、私はスカビオさんを強く抱き締めたまま全身を激しく痙攣させていともあっさりと達してしまった。
「ふぅーっ、このマッサージチェアはよく効きますねぇ」
 とスカビオさんは満足そうだったけど、やっぱり次回から従来通りのマッサージに戻そう、と心に決めつつ私は力尽きたのだった。

 ○

「……なぁ、私を恋ポケにしろよ」
 愛の言葉を囁きながら、溢れる涙が止まらない。
 激情に湧く飛沫に隠れて、相手の顔も見えやしない。
「そうしたら、死ぬまで幸せにしてやる! ただ生きてるだけで、一緒にいるだけで幸せだって、私が絶対に思わせてやる! だから……だから、こんな馬鹿なことしなくたっていいだろぉっ!?」
 血を吐くような訴えへの応えは、頭にかけられたぎこちない愛撫。
 ソイツに愛撫などされたのは、その時が最初で最後だった。
 鮫肌で掌が傷つくことも厭わぬ無遠慮な接触。手術と薬物で痛みなど麻痺していたのか、あるいはもう、身体が痛もうが傷つこうが知ったことではなかったのか。
 涙の向こうにようやく見えた顔は、少し困っているような表情を浮かべていた。

「悪いな、色ガブ。俺、そういうケはねぇんだわ」

 ○

 今のは、過去の夢だ。
 一年も前に、既に過ぎ去った日の記憶。
 ……であるはずなのに。
 目を覚ましたと思ったのに、頭にかかる掌の感触が消えない。
 変わらずに撫でつけてくる大きな力強い指は、痩せ衰えた元トレの掌ではあり得なかった。
 スカビオさんだ。
 きっと、過去の夢を見た私はうなされていたのだろう。そんな私を慰めるために、掌が傷ついてもなお。
 初めて逢った夜もそうだった。凍えた私を温めるために、寒さも痛みも耐え抜いて。
 普段は服やシーツ越しで、時々余計なところまで触ってくるのは困り物だけど、寂しがりな私が温もりを必要としている時は、鮫肌などものともせず直に触れてくれた。
 あの時のあの人も、そうだったのだろう。
 私に名前も残さない、想いさえ受け取らないその代わりに、せめて温もりだけは刻みつけてくれたのだろう。
 ちゃんと伝わってるよ。
 でも、もっと触れ合いたかったよ。
 ふと、スカビオさんの肩越しに見つめてくる、黄色い視線と目が合った。
 不敵に笑いかけると、その小さな顔も鏡に写したように不敵に笑う。
「今度はノワキの実でポッキーゲームでもしましょうか」
「あら、ノワキって細長い形とトゲトゲのイボと刺激的な成分からディルドとして大人気なのよ。辛いのが好物なら、下のお口に御馳走してあげるわよ」
 激しく火花を散らすベッド脇で、ノートパソコンからイオが悩ましげに呟いた。
《オーラルとディルドで攻めを競い合う百合ップルってどうなのポ……?》
「リアが聞いたら《最高ロト!》っていうんじゃないですかね」
 スカビオさんの言葉に、違いない、と、皆で顔を見合わせて笑い合った。

 ○

 考えなきゃいけないことは数多い。
 回想の度に目を背け続けてきた私の罪の数々についても、いずれ向き合わなきゃいけなくなる時がくるだろう。
 過去だけじゃない。未来についても考えたい。
 スカビオさんの誕生日は6月30日。まだ半年近くも先だが、それまでにどんな贈り物があげられる私になればいいのだろうか。
 ……いかん、どうにも考えがまとまらんな。いささか遊び疲れたようだ。
 幸い時間はまだまだたっぷりある。
 今はとにかく、おやすみなさい、だ。

 ●


*1 ネコザメなどに実際に見られる習性
*2 合ってるから安心しろ。

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Last-modified: 2022-12-24 (土) 19:28:43
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