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魔女先生は恋のキューピッド

/魔女先生は恋のキューピッド

魔女先生は恋のキューピッド 

Written by March Hare

キャラクター紹介 

マチルダ(マフォクシー):教師二年目で中等科三年六組の担任。担当教科は国語と遠隔特殊技。妄想家。

ライズ(ニンフィア):品行方正成績優秀容姿端麗と三拍子揃ったみんなのアイドル。
キャス(キルリア):大人しい性格。女の子より可愛いと密かな評判があったりなかったり。
フォール(ニャオニクス):いつも周りに女子生徒を侍らせている。少しワルっぽいやんちゃな子。

ディーヌ(レパルダス):強気な女の子。
アイナ(ハーデリア)&セリリ(ポポッコ):ディーヌのとりまき。
ヤンレン(ヒヤッキー)&ミツ(モココ)&ロッコ(コジョンド):ライズのファン。



プロローグ:朝のHR 


 朝の職員会議を終え、職員室から教室へと廊下を歩く。ほぼ円形をしたこの学園の外周にあたる四階の廊下からは、吹き抜けになった中央ホールがよく見える。エレベータのある中央の円柱を噴水や花壇が取り巻いていて、ホールというよりは中庭といった趣に近い。その外周をぐるりと囲む通路を、学生寮のある区画から、陸上を歩くポケモンは中央のエレベータや螺旋階段へと、水中を泳ぐポケモンは外周の立体水路の方へと流れ、空を飛べるポケモンは各階の円の内側へと開いた入り口から次々と入ってゆく。中等部から高等部、その上の錬成部に至るまで、総勢二千二百名の在席するこの学園の朝は活気に満ち溢れている。
 時刻は八時十五分。昨年この学園に赴任したマチルダは、今年から中等部のクラスを担任として受け持つことになった。ホームルームの始まる八時三十分まで職員室を出ない教師も多いが、生徒との自由な交流の時間を持ちたいと考えているマチルダは、いつも少し早い時間に生徒と共に教室に入ることにしている。
「おはようございます、マチルダ先生」
 中等部の教室がある二階へと降りる階段に差し掛かったところで、後ろから声をかけられた。凛と透き通ったその声はまだ少年のものでありながら聞く者を虜にし、平伏させるような高貴さを備えている。
「あら、ライズくん。おはよう」
 振り向いてニンフィアの少年の姿を認めたとき、心がときめかなかったと言えば嘘になる。いや。私はもう教師となったのだから、いけない。しかしながら彼の容姿も所作も、誰もが憧れる王子様を絵に描いたような美しさで、大人の女でさえも惑わされかねない。
「何か四階に用事でもあったの?」
 だから極めて平静に、先生と生徒という関係を意識して微笑みかけた。
「生徒会室に呼ばれていたんです。風紀委員にならないかって、高等部の先輩から誘われていまして」
 ライズはマチルダのクラスの生徒の一匹で、容姿端麗に加えて品行方正、成績優秀、誰も異を唱えることのできないほどの優等生だ。中等部三年のライズが生徒会に入ることができるのは来年からだが、年も明けていないうちから声がかかっているとはさすがの一言である。
「ライズくんなら未来の風紀委員長としても申し分ないわね。先生が保証するわ」
「先生までそんな……僕なんかよりフォール君の方が人気もありますし」
「何も人気が全てではないのよ。それを言っちゃうと風紀委員会が容姿淡麗な生徒ばかり集めるのも逆に風紀が乱れないかと先生は心配しているのだけど……」
 マチルダがまだこの学園の生徒だった頃、学園のアイドルとして持て(はや)されていた生徒が風紀委員長を務め、以来慣例的に風紀委員は容姿淡麗な生徒が務めるようになった。マチルダが学園を卒業し教師となった今でもその慣習は続いている。
 他愛のない会話を続けながら階段を降り、二階の廊下へと差し掛かった。内装は白を貴重とした清潔感のある石作りで、両側には立体水路が通り、円形のところどころが露出して渡り廊下になっており、飛行タイプのポケモンが次々と舞い降りている。一階から階段を登ってくる中等部の生徒達と合流すると、次々と挨拶の声が飛んでくる。やはり生徒はこうでなくてはならない。元気いっぱいで、素直で。高等部や錬成部に上がってもこういった純粋さを残している学生は少ないが、いい意味で童心を忘れてほしくないとマチルダは思う。
 笑顔で生徒達に挨拶を返しながら、六組の教室へと足を踏み入れた。水陸混合のクラスでは教室後方にプール席があるが、六組は陸生のポケモンだけなので教壇の周りにしか水路はない。
「おはよう、みんな」
「おはよ、先生……ってライズ、先生と一緒に登校かよ?」
 廊下側の窓枠に腰掛けて女子生徒と雑談していたニャオニクスが、並んで教室に入ったライズとマチルダの姿を見て首を傾げた。ニャオニクスを取り囲んでいたトリミアン、チャオブー、ラッキーの三匹の女子生徒も、ひそひそと互いに耳打ちする。
「途中でたまたま一緒になっただけだよ。風紀委員の先輩に呼ばれて生徒会室にいたんだ」
「なーんだ。まァオマエが朝から呼び出し食らうようなことするわけないもんな」
「ええ。ライズくんに限ってそんなことはないわ、フォールくん。で、君はどこに腰掛けているのかな?」
「窓」
「前にもそんなところに座らないようにって言ったでしょう」
「べつに壊れないじゃん?」
「行儀を良くしなさいと言っているの」
 手を翳し、サイコキネシスでフォールの体を持ち上げた。マフォクシーのマチルダはこの学園では国語と遠隔特殊技の教科を担当している。迅速にサイコキネシスを展開しつつ、しかし生徒を傷つけないように操ることなどお手の物だ。
「わわわっ、先生、校内で技は禁止って――」
「先生は必要があれば使っていいことになっているのよ。はい、ちゃんと椅子に座りなさい」
 廊下側の席にすとんと座らせてサイコキネシスを解いた。三匹の女子がまた何やらひそひそ話を始めるが、
「先生ひどくない?」「フォールはああやって座ってるのがかっこいいのに」「ねー」
 生徒達の間でも地獄耳と名高いマチルダの耳には丸聞こえだ。
「レミィさん、ヒルダさん、ナーシスさん。聞こえているわよ」
「ひっ……」
「ごめんなさーい」
 トリミアンのレミィの謝り方にはまるで反省の色が見えないが、大したことではないので許しておく。叱るときは叱らなければならないが、あまり小さなことにまで目くじらを立てるものではない。チャオブーのヒルダは頬を膨らませていて、ラッキーのナーシスはそれなりに反省している、というよりは怒られてしまったことを後悔している様子だった。
 彼女たちをやんわりと諭したあと教壇ヘ上り、クラス名簿を置く。中央の一番前の席に座っていたキルリアの少女――のような少年が顔を上げた。
「おはよう、キャスくん」
「おはようございます」
「どうしたの? 元気ないみたいね」
「ちょっと寝不足なだけ……大丈夫」
「そう? まだ一進化の成長期なんだし、きちんと寝ないとダメよ?」
「はい……」
 キルリアのキャスは大人しい子なのだが、目立たないかというとそうでもない。
「あれ? キャス、昨日は僕より先に寝てなかった?」
「夜中に目が覚めてさ。それから眠れなくて」
 キャスはライズのルームメイトで、二匹はとても仲が良い。皆が憧れる学年一の優等生のルームメイトとなると、いい意味でも悪い意味でも注目はされるだろう。
 そうこうするうちに時計の針が八時三十分を差し、中央塔の鐘が鳴り響いた。
 鐘の鳴り終わりと同時に、ヒヤッキーのヤンレンがぎりぎり駆け込んできた。
「セーーーーフ!」
「ヤンレンさん、廊下は走ってはいけないとあれほど言ったでしょう」
「でも、歩いてたら遅刻だったもん」
「走らなくても間に合う時間に寮を出なさい。いいからさっさと席につく」
「はぁい……」
 全員揃ったところで、朝のホームルームを開始する。
「皆さん、おはようございます」
 おはようございますー、と、てんでバラバラの挨拶がクラスから返ってくる。教壇の目の前の席のキャスが小さな声で、窓際の中央の席にいるライズは優雅に、ヤンレンがライズの後の席に向かいながら元気良く挨拶したのがマチルダの目には印象的だった。そしてフォールは相変わらず無視か。
「もう来年から高等部に上がるみんなにはいちいちやり直しとは言わないけれど、挨拶はしっかりね」
「なんでオレを見て言うんだよ」
「別に、フォール君だけが挨拶をしていないというわけではないのよ。たまたま先生の目に留まったのを運が悪かったと思いなさい。それが嫌なら明日からはきちんとね」
「へいへい」
「どーせ先生もフォールのこと好きなんでしょー?」
「えっ」
 フォールの取り巻きの一匹、トリミアンのレミィにからかわれて、一瞬言葉に詰まってしまう。少しやんちゃで、斜に構えた態度のフォールは確かに女子に人気があり、男の子としては魅力的ではあるのだけど、マチルダは先生の立場だし、断じて、全くそんなことはない。
「まさかぁ。先生の本命はライズ君って噂よ」
「ちょ、ディーヌさん!?」
 レパルダスのディーヌが更にとんでもないことを言いだして、ライズが戸惑っている。この状況は、良くない。マチルダがまだ二年目の若い教師だからって、たとえ冗談でも生徒との良からぬ関係を仄めかすようなことを許してはならない。
「こら、ライズくんが困っているじゃないの。先生は先生、生徒は生徒なの。恋愛は生徒同士でするものでしょう。そして健全にね?」
 フォールは冷やかしをむしろ楽しむかのようににやにやと笑っている。そんな小憎らしい顔も可愛く思える。それがマチルダの本心だが、先生が生徒を可愛いと思うのは当たり前だ、なんて言っても状況が状況だけに変に勘繰られると厄介だ。
「オレはマチルダ先生みたいな美人ならオッケーだけどな。大人のみりきっつーかさ?」
「それを言うならみりょくよ、魅力。君が大人の魅力を語るにはまだまだ早いわ」
「ちぇっ、振られちまった」
「あのね……」
 クラスにどっと笑いが起こる。
 もしかして、フォールは助けてくれたのか。中等部の子供のくせにこんな気遣いができるなんて、モテるのも納得だ。
「――はい! まずは先生からの連絡よ。少し気が早いけど、みんなは来年度から高等部に上がって生徒会役員に立候補できるようになるわ。もう高等部の先輩たちから声が掛かっている子もいるみたいだけれど……立候補を考えているひとは、わからないことがあったら聞きに来なさいね」
 すでに誘われている生徒がいることに驚いたのか、教室内がざわめいた。すかさずフォールに尋ねる女子生徒と、否定するフォール。ライズに違いないと噂する者もいるが、こちらは誰も本人に尋ねようとはしない。ライズの場合、クラス内だけでなく学年中、高等部にまでファンがいるとの噂があり、女子にとっては憧れはしても気軽に声をかけられる存在ではないのだとか。男子もライズには一目置いていて、対等な物言いができるのはこのクラスではキャスとフォールくらいのものだ。ライズ本人と事情を知っているらしいキャスが一瞬だけ目配せをしたことに気づいた生徒はいただろうか。
「静かに。それじゃ、何かみんなに連絡があるひと?」
 教室を見渡すと、こちらをじっと見ていたり周りを見回したり、俯いたりと生徒それぞれの反応を見せる。
「何もないみたいね。じゃあ一限まで自由! まだホームルームが終わってないクラスもあるからあまりうるさくしないようにね」
 ライズをはじめ、数匹の生徒が高等科の教科書をまとめて、教室を後にする。この学園には教科ごとに飛び級制度があり、上の学年の授業を受けて単位を取得することができる。それができるのは特別優秀な生徒だけ。ほとんど全ての教科で高等科の授業を受けているライズは、そんじょそこらの学年トップではなく、数年に一度の超優等生なのだ。
「先生またライズ様ばっかり見てた」
 ライズがいなくなったあと、話しかけてきたのは遅刻寸前に登校してきたヒヤッキーのヤンレンとコジョンドのロッコ、それからモココのミツだった。
「たまたまです! 先生の前を通って行くんだもの、見ない方が不自然でしょう?」
「先生も入ればいいのに」
「入るってあなた達のアレ? 何だったかしら」
「……ライズ様を影から見守る会」
 ミツがぼそっとつぶやく。クラスではキャスと同じかそれ以上に無口な子だが、密かにライズFC(ファンクラブ)に入っているあたりきっちり女子生徒らしいところもあるみたいだ。
「影から、は要らない。ミツ。それじゃ根暗の集まりみたい。わたしはライズ様を守るためにいる」
 ロッコもそれなりに真面目な生徒だ。バトルスキルに関してはかなりの才能があって高等科への飛び級が許されているが、勉強の方は努力している割にはぱっとしない成績である。
「ライズ様FCの正式名称は『ライズ様を大々的にかつ密やかに応援する会』だよ!」
 そしてヒヤッキーのヤンレンは要領の良い子で、度々チャイムと同時に教室に走り込んではくるものの遅刻はゼロ。たまに授業中に居眠りをしていたりする割には成績も上位をキープしている。
「ずいぶんと長い名前ね……それって先生も入れるの?」
「もちろん! ライズ様の担任の先生が来てくれたらみんなすっごく喜んでくれると思う!」
「先生、入るの?」
「生徒には知ることができない情報も得られる……先生が入ってくれたら百人力だ」
「いいえ、遠慮しておくわ。先生が生徒の個人情報を晒すわけにもいかないし……あなた達も、あまり限度を超えてライズくんを追いかけないようにね?」
 残念がる三匹の様子に少し後ろ髪を引かれたが、さすがに立場を弁えなくてはならない。かつての自分が錬成部の学生でありながら高等部の子のファンクラブに入っていたなどとは、絶対に知られるわけにはいかない。
 そうこうしているうちに、一限の始まりを告げる鐘が鳴り響いた。
「はーい席について。授業始めるわよー」
 私は温かく見守るだけ。そこはもう入ってはいけない領域なのだから。

事案? 事件? いいえ、事故です 


 自由なこの国においても学園内での先生と生徒との恋愛はご法度だし、いくらライズが美しくても、フォールが凛々しくても、キャスが可愛くても、自分が手を出そうとは思わない。思春期の彼らは同じ年頃の少年少女達の中にあってこそ、輝くのだから。
 ライズFCも何かと危うい存在だと思う。誰かが抜け駆けしてアタックして、振られたりしても、ライズが気の迷いから付き合っちゃったりなんかしたりしても、一悶着ありそうで。フォールはもう何匹かとオトナな関係になっていたりなんかして。先生の立場としてはあまり勧められないが、想像するとつい頬が緩んでしまう。
 キャスはどうなのだろう。強気の女の子にぐいぐい引っ張って行かれそうな気はする。守ってあげたいオーラの塊みたいな子だし。
 ――なんて、浮ついた気持ちで生徒を眺めていたせいで、きちんと内面を見ることができていなかったのかもしれない。
 ある日の放課後のこと。置き忘れた名簿を取りに教室に戻ったところ、誰もいないはずの教室に女子生徒が三匹残っていた。
 声をかけようかと思ったが、掃除用具入れの前で何やら不穏なやり取りをしていたので、隠れて様子を伺うことにした。
 レパルダスのディーヌ、ハーデリアのアイヌ、ポポッコのセリリ。クラスでは仲良しグループを作っている噂好きの女子三匹組だ。
「だ、出してよぉ……お願い……」
 が、その三匹ではない声がもう一つ。くぐもった声だ。まさか、掃除用具入れの中から……?
 見れば、ホウキやチリトリが外に出され、用具入れの扉を大型ポケモン用の巨大机が塞いでいる。三匹はその前で黒い笑みを浮かべながら、中に閉じ込めた誰かと話しているらしかった。
「何よ、あんたが悪いんじゃない。ちょっと可愛い顔してるからって贔屓されて……おまけにライズ様のルームメイトですって? 許せないわ!」
「そんなこと言ったってぇ……」
「へへん、ディーヌを怒らせるからだよー」
「そこでしっかり反省したら出してくれるかもね?」
 ライズのルームメイト――閉じ込められているのはキャスか。
 最近元気がなかった。ただの寝不足だなんて言っていたけれど、こういうことだったんだ。前からこんないじめを受けていたのかもしれない。どうして気がつかなかったのか。
「ほんとにお願いだよぉ。ト、トイレに行かせて……」
「はぁ? そんなこと言って逃げる気でしょ。ま、本当だとしても中等部三年にもなって女子三匹の前でおもらしなんてしたら面白いわね」
「そ、そうね! みものだわ!」
「ディーヌ、それはちょっとやりすぎじゃ……」
「何よセリリ。あんたはあたしとキャス、どっちの味方なわけ?」
「そこまでよ」
 見抜けなかったことに後悔するのは後だ。これ以上は黙って見ていられない。
 マチルダが教室に踏み入ると、三匹の表情が凍りついた。
「せ、先生……っ」
「こ、これはその、ディ、ディーヌが」
「言い訳は聞きたくないわ。すぐにキャスを出してあげなさい」
 ディーヌの忠犬といった立場のアイナはリーダー格のディーヌに同調しただけだろうし、セリリに至っては普段の彼女の振る舞いからはいじめに参加しているなんて考えられなかったが、三匹で寄って集ってキャスに嫌がらせをしていたのは事実なのだ。最終的にディーヌに従うと決めたのは本人達なのだから、看過できるものではない。
 用具入れの前の机が退けられ、ディーヌが扉を開けた。
「ふぇえ……先生……っ」
 崩れ落ちるように中から出てきたキャスは目に涙をいっぱい溜めて、股を押さえてぺたんと座り込んでしまった。上目遣いでこちらを見上げるあられもない姿に、マチルダはつい目を奪われてしまった。これはイケナイ。非常によろしくない。特に中等部の子供に見せて良いものではない。いや、先生だからって見ていいのか。もっと良くないことなのではないか。
 三匹もキャスの姿に見入っていた。頬を染めている三匹を目にして、ようやく我に返った。一瞬でもキャスがそのままおもらしをしてしまう光景を思い描いた自分が腹立たしい。これでは彼女たちと同じではないか。先生失格だ。
「こら。見惚れている場合ではないでしょう。ディーヌさん、責任を持ってキャスくんをトイレに連れて行ってあげなさい」
「は、はい」
 鍛えられたおかげで、平静を装うのだけは慣れていた。だが、あくまで装いに過ぎない。平静を保つこととは別だ。胸の高鳴りを抑えられていないからといって、心ここにあらずといった様子の当事者に任せるのは単なる逃げの選択肢だった。つまり状況判断を誤った。
「背中に乗りなさいよ、ほらっ」
「ちょ、そんな動かさないでぇ……だ、だめっ、ディーヌさんっ……」
 ディーヌはキャスの肩のあたりを銜えて立たせ、脚の間に首を入れて半ば強引に背に乗せた。キャスの反応がなんというか、あまりに扇情的で、注意の言葉も出てこなかった。ディーヌが二、三歩歩いたところで、ついにキャスは限界を迎えてしまった。
「ひぅう……ぁああっ……」
「え、ちょっと、嘘でしょ!?」
 ディーヌに跨ったキャスの下半身から大量の水が溢れ出してその背中を濡らし、濃紫の毛並みを伝ってポタポタと床に流れ落ちていく。ディーヌは事態に面食らってしばらく動けず、キャスは恥ずかしさのあまり泣き出してしまっていた。
「ぁああうぅ……ひっ、く、ご、ごめ、なさ……」
 アイナはあちゃー、と伏せって目を覆っていた。セリリは口を半開きにして、放心状態のままその光景を見つめている。
 マチルダはというと、声こそ出さなかったものの、セリリよりも酷かった。まず自分の顔がにやけていることに気づいて慌てて口元を押さえた。大丈夫だ。みんなキャスに気を取られていて、見られてはいない。でも、私は十四歳の子供を相手に何を喜んでいるのか。食い入るようにキャスのおもらしの様子を見つめていた。これではただの変態教師ではないか。
 冷静に。冷静に対処しなければ。
「キャスくん……気にしないで。仕方ないわよ」
 マチルダはキャスを優しく抱きかかえてディーヌの背から降ろした。誰も何も言えずに虚空を見つめている中で、キャスのすすり泣きだけが響いている。
 担任を受け持って一年目でこんな現場に出くわすなんて、ついていない。ベテランの教師ならこんなときどう対応するのだろう。とにかく、キャスの誇りをこれ以上傷つけることだけは避けなければならない。
「あなたたち三匹は今日のところは帰りなさい。後のことは先生に任せて。あなたたちへの処分は明日までに考えておくわ」
 三匹は無言で顔を見合わせて、それから俯いた。
「ごめんなさい」
「……ごめんなさい」
 セリリがまず謝って、アイナがそれに続いた。ディーヌは唇を噛みしめて、謝罪の言葉を口にしようとはしなかった。
「謝るのは先生じゃなくて、キャスくんにでしょう。それと、このことは絶対に誰にも言わないように。もしも――」
 語気を強めて三匹の視線を集め、木の杖を向けて言い放った。
「このことが誰かから少しでも先生の耳に入るようなことがあったら、そのときはわかっているわね?」
 三匹は恐怖に打ち震えた様子で、かくかくと首を縦に振った。これだけ怖がらせておけば、キャスの名誉は守られるだろう。
「ディーヌさん、そこに立ってじっとして」
 いくら彼女たちが口を閉ざしても、ディーヌはをびしょ濡れのまま帰らせたらどんな噂が立つかわからない。それにいくら悪いことをしたからといって、事態の半分はマチルダの責任でもあるし、そのままにしておくのはあまりに可哀想だ。居合わせたのが炎タイプの自分だったのは幸いだった。
「少し熱いけど我慢しなさい」
 ディーヌを火傷させないくらいの低温になるよう炎の力を抑え、風の強さはそのままで、熱風を放つ。力のコントロールが難しいが、仮にも遠隔特殊技の扱いを教える立場のポケモンだ。レパルダスのような毛足の短いポケモンの体を乾かすくらいなら朝飯前だった。
「……これで良し、と。帰ってじっくり反省することね」

         ▼

 三匹を帰らせ、夕方の教室にはキャスとマチルダだけが残った。どんな言葉をかければ良いのだろう。泣き止んだものの、キャスは目を真っ赤にはらして座り込んだまま俯いている。その座り方がまた、正座を崩して脚を開いた形で、股回りの衣や腿が濡れているとくるのだから、もうマチルダを殺しに来ているとしか思えない。
「キャスくん……えっと、で、できれば足を閉じて……ああ、もう何を言っているのかしら私は」
 直視できない。見たい。見ている場合じゃない。目を逸らしたくない。
 ――そうじゃなくて。
 どんな言葉も届かないなら。
 抱きしめたい。いや、違う。抱きしめてあげたい。べつに、他意はなくて、私は先生なのだから、いけないことなんてこれっぽっちも考えていないし。温もりで包み込んであげるくらいしか、思いつかないんだもの。生徒のためでもあって、おまけに自分もそうしたいのなら、何の問題があるというのか。
「キャスくん」
「せ……先生……?」
 彼を抱き上げて近くの席に座り、自分の膝の上に乗せた。そうしてぎゅっと抱き締めた。キャスの体は温かくて、少し震えていた。清潔感のある髪の香りが鼻腔をくすぐった。その上に密着した下半身は湿っていて――これで変な気持ちになるなと言う方が無理だ。理性が吹き飛びそうになった。
「先生っ……」
 キャスが力を込めてしがみついてきた。ああ、だめだ。こんな状態でそんなことをされたら。
 気がついたらキャスのお尻に手を回して、彼の体を自分のお腹に押しつけていた。そう、抱きしめているだけだ。私はべつに、変なことは何もしていない。
「ひぁ……んぅっ……せん、せ……ぼ、ボク……何か、変な……ぁあん……」
 マチルダの膝の上に座ったキャスが腿にきゅっと力を込めて、マチルダのお腹を挟み込んできた。私は変なことは何も。何も――
 ゆっくりと、控えめではあるが、キャスはかくかくと腰を動かし始めて、まだ成長途上の控えめなアレが固くなっているのが衣を通して感じられた。
「今は甘えていいのよ……」
 もう止められなかった。体の間に手を入れてスカート状の衣を(めく)ってあげた。その下の緑の肌には体毛がほとんどなく、キャスの小さな分身が可愛らしく顔をのぞかせている。そうしてそれは、マチルダの毛の中に(うず)まってしまった。
「ぁあん……せ、せんせ……そんな、ボク、おしっこ……漏らしちゃったのに……いけない、のに……やだ、どうして……何だか、ぁんっ、き、気持ちが……いい、です……っ……!」
 反応からして、そっちの方はまるで経験がないみたいだ。性器や射精について知識だけは授業で習ったとしても、感覚までは教えることはできない。キャスの腰の動きがだんだん激しくなる。マチルダのお腹の体毛の中で擦れる感覚はキャスにとって未知の不思議な感覚なのだ。初めて味わったその抗えない快感をキャスが狂ったように求めるのは必然だった。
「ぁ、ああっ、せ、先生っ……だめ、は、ひ、ひぁ、ぁ……ま、また、おしっこ、漏れちゃうよぉっ……は、離れ、なくちゃ……いけないのにっ……せんせぇっ……は、離れたくないよぉ……」
「このまましちゃってもいいのよ……? それにキャスくん、それはおしっこじゃなくて――」
「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ひぁぅ、ああああ……っ!!」
 キャスは大きく仰け反って絶頂を迎え、マチルダのお腹に精液を吐き出した。初めてだからか、かなりの量と勢いで、本当におしっこかと思ったくらいだった。
「せんせぇ……ふぅ、はぁ、はぁ……」
 ぐったりとしたキャスの体を支えながら、紅潮した顔にキスしそうになり、すんでのところで踏みとどまった。
 ――私は何をしているのか。
「ごめん、なさい……先生……またしちゃった……」
 謝るべきはキャスの方ではなく、マチルダの方だ。生徒に悪戯するなんて。
 公に知れたら間違いなく職を失うことになる。だいいち、人道的に許されることなのかこれは。
「先生がいいって言ったんだから、いいのよ」
 罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、キャスを床に下ろしてそっと立たせて、肩に手を置いた。キャスは白く染まったマチルダのお腹を見て驚き、数秒の間視線を宙に泳がせた。知識はあるのだから、自分の体に起こった現象にはすぐに合点がいったようだった。はっとしてお腹の前に手を当てたあと、ばつが悪そうに視線を逸らしてしまった。
「今日は帰ってゆっくり休みなさい。また何かあったらすぐ先生に言うのよ」
 敢えてそこには触れなかった。キャスだけではなく、マチルダもその事実からは目を背けたかったのだ。いじめに遭っておもらしをしてしまった生徒を慰めるために抱きしめただけ。これはその結果起こってしまった事故にすぎない。
「……はい。先生、ありがとう」
 キャスが踵を返して教室を去ってゆくのを、マチルダは放心したまま眺めていた。

マチルダ、猛省。 


 学園から歩いて十分ほどのところに、教員寮がある。学生寮とは違い教員全体の半分も入っていないが、隣国からこの学園に留学しそのまま教師となったマチルダには国内に拠点もないので、ここに住んでいる。個室は学生の頃二匹で入っていた部屋よりも広いし、独り身にはなかなか住み良い環境だ。
 キャスを帰したあと、誰かに見つかる前に後始末をして、他の先生たちに動揺を悟られないようすぐに帰宅した。
 鞄をソファに放ってベッドに突っ込み、しばらくはそのまま動けなかった。どうしてあんなことをしてしまったのか。明日からどんな顔をしてキャスに会えばいい? 第一、キャスがライズに話したらお終いだ。解雇は免れない。他の先生の耳に入ったら、もう会うことすらできなくなる。
『先生、ありがとう』
 でも、キャスは別れ際にマチルダにありがとう、と言った。少なくとも恨まれてはいない。あれが初めての経験だったのなら、正しくは理解していないのかもしれない。だって、あれは事故みたいなものだ。虐めの現場を見つけて、それを咎めた。泣いていた被害生徒を慰めようと、抱きしめてあげた。多分キャスは、ずっと我慢していたおしっこを漏らした直後で、敏感になっていて。いくつかの偶然が重なって起こってしまった。
「私は……間違ってなんて、ない」
 生徒のためを思ってしたことが裏目に出たんだ。それだけだ。
 考えたって仕方ない。あれは起こってしまったことなのだから。今からできる最善を尽くそう。
 まずはディーヌ達のこと。廊下や水路の清掃、ホールの植物の手入れなどをさせるのが学園の懲罰の慣例だが、一応の手続きを通すための理由が必要だ。どこまでを明らかにし、どこからを隠すか。いじめがあった事実まで隠蔽してしまうわけにはいかないが、キャスの名誉は守らなくてはならない。それと、キャスのアフターケアが必要かもしれない。ライズに昨日のキャスの様子がどうだったか聞いてみるべきか。
 ともかく、まず先生が前向きにならなくては生徒も立ち直れない。このまま丸く解決して、二度とこんなことが起こらないように。
 思い直して立ち上がった。
 まずは夕食の準備をしなくちゃ。

         ▼

「お帰り、キャス。遅かったじゃない」
「ただいま……」
 最近度々帰宅が遅くなることはあったけれど、今日のキャスは明らかに様子が変だった。嫌なことがあった、というよりは、心ここにあらずといった放心状態。何やら未知の体験でもしてしまったのか。
 キャスは鞄を放ってベッドにそのまま突っ込んだ。真面目なキャスらしくない行動にライズは面食らって、どう声をかけていいものかわからなかった。しばらく無視する形で勉強していたが、次第に無言の気まずさに耐えきれなくなってきた。
「放課後に何かあったの? アイナさんに呼び出されていたみたいだけど」
 意を決して尋ねてみても、なかなか言葉が返ってこない。間というには長すぎる十数秒を置いて、キャスが転がって仰向けになった。
「何でもないよ……ライズには関係ないことだから、心配しないで」
「そう言われてもさ。僕は君のルームメイトだし、気になるじゃない」
 この言葉に、キャスの表情が変わった。跳ね起きるように体を起こして、ライズを睨みつける。怒りとも悔しさともつかない、泣きそうな顔で。
「ルームメイトだから、何なのさ! ボクなんてどうせ……」
「キャス……?」
 初めてのことで戸惑っていた。キャスからこんな感情を向けられるのは。今まで喧嘩の一つもしないでうまくやってきたというのに。ライズはキャスに隠し事もしていないし、自分を飾ったりもしていなかった。心に氷柱を撃ち込まれたみたいだった。
 僕だけだったのか。気づいていないだけで、君は僕に合わせてくれていただけなの?
「……ごめん。心配してくれてるのに」
「や。誰にでも話したくないことってあるよね。それを無理に聞こうとして……僕が間違ってた。ごめんね」
 今まで一度もぶつからなかったのがかえって不自然だったんだ。それに、自分の胸に手を当てて考えれば、ライズだって全てをさらけ出しているわけじゃない。誰にも言えないような秘事もあるのだ。こんなこと、キャスにだって言えない。ルームメイトだからこそ、キャスだからこそ、言えない。
「そろそろ夕食の時間だね。食堂に行こっか?」
「今日はいらない。体調が悪いから寝てるって寮母さんに伝えておいて」
「そう……無理はしないでね」
 それでも、キャスの身に何かがあったことは間違いないのだ。このまま無視なんて、できない。
 キャスのルームメイトとして、彼が同じように思ってくれているかどうかはわからないけど、()()として――僕は、真実を突き止めたい。

         ▼

 灯りを消して、ベッドの中。
 今日は疲れたからもう寝よう。明日は明日の仕事をしなくちゃいけないから。
 ――目を閉じると脳裏に浮かぶ。
『ぁああうぅ……ひっ、く、ご、ごめ、なさ……』
 キャスの泣き声。恥ずかしそうな顔。腿を伝う雫。
『せん、せ……ぼ、ボク……何か、変な……』
 キャスを抱いたときの温もり。マチルダを求める小さな体。まだ何も知らない男の子。
「は……んぁ……」
 自分が何をしているのかわからなかった。
 嘘。わかっている。認めたくない。自分がこんな、こと。
『せんせぇっ……は、離れたくないよぉ……』
「ん、ふ……ぁ、く……」
 自分で自分を抱いて。
 下半身の熱を抑えられず。そこへ伸びた手はもう、言うことを聞かない。
「キャス……くん……ぁ、んん……っ! はぁ、ふぅ……はぁ、はぁ……」
 生徒を欲情の対象になんて。
 そんな風に見てない。私は。違うの。あれはたまたま、あんな場面を見てしまったから。
 私は、そう。先生だから。生徒を、守らなくちゃ。
 間違ったことはしていない。どんな国だって、表現の自由が保証されていなくたって、表に出さない思想を取り締まることはできない。思想は自由だ。妄想することは罪じゃない。実行に移さなければ。
 私は――間違ってなんて……
 

思わぬカフェデート? 


 翌朝、中等部男子寮の寮母さんからキャスが体調不良で欠席すると連絡があった。マチルダも正直出勤したい気分ではなかったが、教師が簡単に休むわけにもいかない。
「おはよう。みんな揃ってるー? 出席取るわよ!」
 その日はきっかり朝のホームルームが始まる時刻に教室に入った。ディーヌ、アイナ、セリリの三匹はきちんと出席しているが、マチルダと目を合わせようとはしない。加害者の側の生徒には同情はできないけれど、あんなことがあった次の日なのだから仕方ない。他の生徒は普段通りで、彼女達も言いつけを守って昨日のことは黙っているようだ。
 そもそもマチルダが落ち込むのは筋違いだし、するべきことは後悔ではなく反省だ。できることをしようと決めたのだ。今日は今日の仕事をしっかりやらなくては始まらない。
 誰かに悟られることもなく、マチルダは普段通りに出席を取り終えた。
「それじゃ何か連絡のある人」
「はい」
 窓際の席からの声は、凛と透き通った――今はそんなことはどうでもいい。ライズが遠慮がちに前足を挙げていた。
「ライズくん、どうぞ」
「あ、えーと……連絡というか、先生に相談したいことがあります。個人的なお話なのでホームルームが始まる前にと思ったのですが、今日は先生かいらっしゃらなかったので……」
 ライズの突然の言葉に、教室がざわめいた。冗談半分とはいえ、マチルダがこの美少年と先生と生徒以上の関係になっているなどという不埒な噂がある中で、個人的に相談ときた。
 口笛などを吹いて冷やかしている男子生徒や笑っている女子生徒はいいが、剣呑な表情でライズを見たモココのミツなどは、噂を本気にしかねない。それなりの勢力を抱えるFCを敵に回すのは例え教師の立場でも避けたいところである。ライズは気にもかけていないのか、少しは自分の魅力と影響力を自覚してほしいものだ――なんて、大の大人が十四歳の男の子に責任転嫁とは恥ずかしい。妙な噂を立てることになったとしても、生徒の悩みには真摯に応えてあげなければならない。
「静かに! ライズくん、それは皆の前では言いづらいこと?」
「……はい。できれば放課後に、二匹でお話を聞いてほしいです」
 注意したばかりなので今度は誰も騒がなかったが、この言葉で誤解した生徒は一匹や二匹ではなかった。ライズの真剣な表情を見てそれを冷やかすなんて、一言叱りつけても良いくらいだが、ここで怒ると余計に誤解を広めてしまう。
「わかったわ。放課後職員室にいらっしゃい」
 ライズにはこちらからも相談したいことがある。というか、恐らくライズの相談というのもキャスのことだ。正直、話すのが怖くはある。キャスが全てを話してしまっていたら、糾弾されるのはマチルダの方だ。ライズはマチルダを汚らわしいと思うだろうか。事実を知ったら、もう二度と先生として見てくれないかもしれない。真偽を尋ねられたら、何と答えれば良いのだろう。マチルダが嘘をついたら、キャスを裏切ることになる。教師が被害生徒の味方でなくなったら、それこそお終いだ。キャスは絶望するしかなくなる。ライズに、そしてキャス本人に嫌われても、マチルダは最後までキャスの味方でいなければならない。
「ああ、そうだわ。先生からも連絡。ディーヌさん、アイナさん、セリリさん。次の休み時間に職員室に来なさい」
 思い出したように最後に付け加えたのは、事を大きくしないための作戦だった。聡いライズにはこの三匹の呼び出しで、大方の事情が見えてしまったかもしれない。どちらにしても放課後に話すのだから問題にはならないが、果たしてどこまでキャスから聞いているのか。
 ライズと話すのが怖くて、その日は普段よりもずっとずっと長く感じた。

         ▼

 この学園には、カフェテリアが三つ。中等部、高等部の生徒が主に利用する食堂と、休日に利用されることの多い軽食やデザートの充実したカフェ、それから錬成部の学生や教師に人気の、少し値段は高めだが学園内施設にしては小洒落た雰囲気のカフェレストランがある。
 まだ日も落ちる前のカフェレストラン『World Between』にはまだポケモンの姿は少なく、中等部の生徒などは一匹もいない。そんなところにライズを連れて来るのは悪い意味で目立ってしまいかねないものの、一階ホールから続く廊下の奥まった場所にあるし、誰にも聞かれないという意味ではここが一番いい。
 マチルダは外からは見えない入り口から一番遠い席で、ライズと向き合っていた。
「それで、ライズくん。話というのはキャスくんのことよね?」
 例によって平静を装っていたが、ライズの返答を聞くまでのほんの僅かな間が長い一日の数倍にも感じられた。
「やっぱり、先生は何か事情をご存知なんですね。よかった」
 ライズの言葉の意味するところは、マチルダがキャスの事情を何か知っていて、ライズは知らないということだ。
 この瞬間、肩の重荷が一気に下りたみたいだった。思わず安堵のため息をついて、誤魔化すためにすぐに紅茶を口にした。
「先生、昨日の放課後、キャスに何があったんですか? 昨日の夕食も食べなかったし、今朝もベッドから出てきませんでした。事情を聞いても教えてくれないし、こんなこと今までなかったから、僕、心配で……」
 しかし問題はこれからだ。キャスが気を病んでいるのは虐められていたことなのか、女子生徒と先生の前でお漏らしをしてしまったことなのか、あるいはマチルダとの一件か。
「キャスくんが話す気にならないことなら、聞かない方がいいんじゃないかしら?」
「そうかもしれませんけど……確か昨日の放課後、アイナさんがキャスに声をかけていたのを見ました。それで今日、ディーヌさんやセリリさんと一緒に懲罰を受けていたじゃないですか。彼女たちがキャスに何かしたんですか」
 ライズをごまかすことはできそうにない。少なくとも虐めがあった事実は隠すことはできないだろう。
「察しがいいわね。ディーヌさんが主導してキャスに嫌がらせをしていたみたい。一度や二度ではなかったそうよ。先生が見つけたのが昨日だったってわけ」
「やっぱり……でも、どうしてキャスが? ディーヌさんの肩を持つわけじゃないですけど、理由もなく弱者を虐めるようなひとには見えませんし」
 周りに関心がなさそうでいて、クラスメイトのことをしっかり見ている。それでも、男の子は女の子よりもそういった面では成長が遅いし、ライズも複雑な乙女心まで察することはできないのかもしれない。
「ごめんね。先生は、言わない方がライズくんのためでもあると思うの」
「どうしてですか? 聞いたことは誰にも言いません! もちろんキャス本人にも……! だから、お願いします」
 普段感情的になることのないライズが必死の表情で懇願している。彼の中でキャスはマチルダの考えている以上に大切な友達だったのだと、その様子から痛いほど伝わってきた。大人の女の目線で、偉そうにまだまだ子供だなんて見ていたけれど、マチルダだって年頃の男の子同士の友情は理解していなかったのだ。
「本当のことを言えば、ライズくんが傷つくかもしれない。それでも?」
「構いません。それってつまり僕に関係があるってことでしょ? キャスばかり傷ついて僕は何も知らないままなんて、自分が傷つくよりもっと耐えられない」
 ライズは唇を噛み締めて、射抜くような視線をマチルダに向けた。ライズにこんな顔をさせる子がファンの女の子達にに妬みを買ってしまうのも仕方ないと、納得しそうになる。先生としてそれではいけないのだが。
「わかったわ」
 真実を知ったところで、ライズがキャスを嫌いになったり軽蔑したりすることは絶対にないと信じられる。マチルダがキャスを慰めて、あんなことになってしまったのはさすがに言えなかったが。保身の気持ちを捨てきれずにいる自分が少し嫌になりつつも、ディーヌがライズに好意を寄せていたこと、ライズといつも仲良くしているルームメイトのキャスが妬まれてターゲットにされたこと、閉じ込められた末にお漏らしをしてしまったことを話した。
「ディーヌさんが僕を? こ、困ります……とてもそんな風には」
「ディーヌさんだけじゃないわ。クラスの女子の五、六匹はライズくんのファンだって話よ。ファンクラブがあるのは知ってる?」
「や、なんとなく……そんな雰囲気はありましたけど。ヤンレンさんとかミツさんとかが何故か僕のことを"様"付けで呼んだりしますし。でも冗談めかして言っているだけかもしれないって思って、あまり気にしてはいませんでした」
 ライズの言葉は早口で感情が入っておらず、ショックを隠し切れない様子だった。
「……先生、僕はどうすればいいですか? 僕のせいでキャスがひどい目に遭わされるなんて……」
「君のせいじゃないわ。悪いのはディーヌさん達とクラスの問題に気づかなかった先生。それと、この世の不条理ってものかしらね」
「不条理……それって、僕にはどうしようもないこと?」
「そうね、もしできることがあるなら……」
 いつもは大人びた彼が子供らしく大人に助けを求める、そんなライズを見ながら、マチルダはヤンレン達ライズFCの顔を思い出していた。もし先生が入ってくれたら皆喜ぶって。それは許されないことだけれど、何もマチルダが入らなくても本人と仲良くなれるに越したことはないではないか。
「キャスくんだけじゃなくて、ファンの女の子達みんなと仲良くしてあげる、というのはどうかしら?」

新たな恋の雫 


 キャスのアフターケアをライズに一任するつもりでいたのだが、昨日のライズの様子では彼に頼むのは酷だった。今日もまたキャスが休んでいたら、担任として寮に訪問するつもりでいた。
「あら、キャスくんおはよう。もう大丈夫なの?」
 果たして、キャスはいつも通り登校してきていた。大丈夫とはつまりあの事件その他諸々の精神的ショックのことだが、具体的に何が、と言わなければ、体調不良で休んだことになっているので、他の生徒が聞いても勘繰られることはない。
「はい。お陰さまで、今日からは安心して学園生活が送れます」
 キャスの笑顔はどこかぎこちなかったものの、気持ちは嘘ではないようだった。最後のアレはキャスにとっても消し去りたい記憶なのかもしれない。それならばマチルダも、甘えておこうと思う。あれはキャスと二匹だけの秘密にしておこう。もとより、バレれば即、解雇は免れないのだから、マチルダには他に選択肢はない。
「先生は先生として当然のことをしただけよ。彼女たちも反省して罰を受けているしね。君にとっては、学園の懲罰だけじゃ許せないかしら?」
「いいえ。罰とか復讐とか考えるくらいなら、ボクにしただけ誰かに親切にしてあげてほしいです。そうすれば帳尻が合うでしょ?」
 悪意を向けられても返す悪意を持たず。天使みたいな少年とはまさに彼のことだ。あのライズが感情的になるのも頷ける。この笑顔をどうして汚すことができようか。
「ボクはキルリアだから……ディーヌさん達が本当に反省しているって、わかりますから」
 きっと昨日一日、じっくり考えて出した結論なんだ。今日登校してきて、それが間違っていなかったと知ったから、こんなにも清々しく振る舞えるのだろう。
「君って子は……また抱きしめたくなっちゃうわね」
「……ぅ」
 つい口にしてしまってから、墓穴を掘ったと後悔した。せっかく触れないようにしていたのに、思い出させてしまうなんて。
 キャスは頬を染めて俯いて、それきり黙りこくってしまった。
「先生、キャス君と何の話? ライズ様のこと?」
 近ごろマチルダからライズの情報を引き出そうと躍起になっているFCの面々が教壇の周りに集まってきた。
「ヤンレンさん、今日は早いのね」
「だって昨日、錬成部の先輩に聞いたんです! ワルビーで先生とライズ様がデートしてたって……」
「ちょっと、それは誤解……」
 ワルビーとはWorld Betweenの略称で、女子学生の間ではそう呼ばれることが多い。
 キャスが怪訝な顔でマチルダを見上げた。まずい。二股だと思われたらどうしよう。
 ――そうじゃなくて。そもそも生徒と先生の関係だし。特別なことは何もないし。健全だし――とは、キャスの前では自信を持って言えないけど。
 忘れていた。ライズFCの会員には高等部や錬成部の生徒もいるのだ。あのときWorld Betweenには数匹の学生が出入りしていたし、その中に会員がいたのだろう。
「あのね、先生みたいなのと噂を立てられちゃライズくんの方が可哀想よ。十近くも年が離れているのだから」
「でも、ライズ様大人びてるし、私達みたいな同年代に興味ないのかもってみんな……」
 ヤンレンは冗談半分だったが、ミツは本気で心配しているのか表情が沈んでいて、首の綿毛に顔の下半分をうずめている。
「ライズくんに聞いてみればいいんじゃないかしら」
「ライズ様はわたしたちみたいな地味な女子とは話してくれない」
「べつにそんなつもりはないんだけど……僕、ロッコさんが地味とか思ったことないし」
 いつもはキャス相手が半分、他は男子生徒とばかり話しているライズが珍しく会話に入ってきた。幸いキャスの席の近くということもあって、不自然さもない。
「う、嘘」
「ライズ様が……私達に話しかけてくれるなんて……」
「きゃー! これって奇跡? 早く学校に来てよかった!」
 ロッコは照れて両手で顔を隠し、ミツは頬を染めてライズに見惚れている。ヤンレンに至っては飛び跳ねて喜んでいた。
「大袈裟だな……同じ中等部三年生なのにそこまで言われるとちょっと恥ずかしいよ」
 昨日のマチルダの助言を受け止めて、ファンの子たちとも仲良くする努力を始めたらしい。行動が早いのは良いことだ。さすがは優等生である。
「そ、それでライズ様っ! マチルダ先生とどんな関係なのっ」
 ヤンレンが大声でいきなり変な質問を飛ばすものだから、教室で談笑していた生徒の視線までもこちらに集めてしまった。ま、誤解がこれで解けると思えば問題はない。
「どんな関係って……先生は先生だよ?」
「昨日、先生とワルビーでデートしてたっていうのは?」
「で、デート?」
 ライズはマチルダに戸惑いの視線を投げかけてきた。説明しても埒が明かないので、肩をすくめて見せるしかない。
「昨日は相談に乗ってもらってただけで……ってどうしてヤンレンさんがそれを?」
「ライズ様を見守る会の先輩が見たって言ってたの。でも、ライズ様がそう言うならやっぱりただの噂だよね!」
「当たり前じゃない。それに僕なんかと噂立てられたら先生に迷惑っていうか、先生だって彼氏くらいいるだろうし」
 グサッ。
 いや、いたこともありますとも。錬成部の学生の頃に三週間だけ。相手は卒業間近の年上のツンベアーで、初めて自分を好きになってくれたひとが現れたと思ったのに、彼が卒業後に遊びのつもりだったと知ったときはショックだった。思い出したくないことを思い出した。
「先生、どうしたの?」
 マチルダの心中を頭のツノで察してか、キャスが慰めの声をかけてくれた。昔は昔。今はこんなに心優しい生徒に恵まれているのだから、幸せ者よ。
「大丈夫。少し昔のことを思い出していただけよ。心配してくれてありがとね」
 何はともあれ、ライズ本人が否定したことで誤解は解けたようだ。ライズへと楽しそうに話す三匹を見ていると、昨日のライズへの助言は正しかったのだと、生徒達の関係を良い方向に導くことができたのだと実感する。
 ディーヌ達がしっかり反省して、できれば仲直りもしてほしいと願う。キャスにライズ以外の友達ができるきっかけにもなれば万々歳だ。
 そうしているうちに、今日も始業の鐘が鳴る。
「はーいみんな着席ー! 出席取るわよー」

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 それから数日は何事もなく過ぎていった。
 FCの一員ながらヤンレンたちとは距離を置いていたディーヌも一緒に会話に加わるようになった。聞くところによるとライズから呼び出されてキャスへの仕打ちを糾弾され、FCの脱退も考えたそうだが、それでは本末転倒だとヤンレンたちに諭されたそうだ。ライズとしては複雑な気分だろうが、元はといえばライズを慕う気持ちが発端だったのもあって、なかなか邪険にはできない。それに、ルームメイトを妬むという歪んだ方向へ発展することなく、最初からまっすぐにライズに近づこうと努力すれば良かったのだと、今のディーヌは気づいているはずだ。
 アイナは相変わらずディーヌについて回っているが、まだライズを避けている節がある。セリリは二匹とは距離を置いて、いつも何かに思い悩んでいるように見えた。三匹の中でも、最も重く受け止めているのはセリリだろう。教師の一存で許す許さないを決めるものではないが、そろそろ声をかけてやってもいいかもしれない。
 そう考えていた矢先だった。
 キャスが放課後、セリリに呼び出されたというのだ。それを伝えてくれたのはディーヌだが、詳しい事情は何も知らないという。ただ、悪いことをするつもりはないのは確かだと念を押していた。キルリアのキャスに嘘をついてもバレないわけがないと。
 とはいえ、悪意が見えても断れない性格の男の子だ。さすがに気にならないといえば嘘になる。二匹に気づかれないよう先回りして見守ることにした。
 一階ホールから正門へと通じる扉をくぐると、街へ出る白い石畳と、その片端には海へと抜ける水路が続く。この時間はまだ教師は帰らないし、基本的に夜に外出許可が降りることはないから、誰もいない。ディーヌによると、セリリがキャスを呼び出したのはこの場所らしい。
 マチルダは両サイドに並ぶ樹の影に隠れ、二匹を待った。
 果たして、セリリはすぐに現れた。妙にそわそわしていて、時計塔の方を見てしきりに時間を気にしている。
 遅れてキャスがやってきたとき、マチルダの胸にも緊張が走った。なんとなく、そうではないかとは思っていたが。
「キャス君……本当に来てくれたんだ。あたし、何度もひどいことをしたのに」
「だって、今日は違うんでしょ? 大事な話って?」
「……こんなこと言っても許されないって、わかってる。あたしがディーヌに逆らえなかったほんとの理由は……ううん、逆らえなかったなんて、醜い言い訳だよね。一緒になってキャス君を虐めてたんだから。あたしってとんでもない自分勝手。どんなことでもいいからキャス君に近づきたいって……そう、思って……」
「えっと……話が見えないんだけど。セリリさんはライズとは関係なく、ボクが嫌いだったってこと、なのかな」
「違うのキャス君。あたし、前からずっとキャス君が好きだったから! でも、ディーヌがキャス君を妬んで悪口ばかり言うようになって。言い出せなくて、あんな……ごめんなさい。ちゃんと伝えたかったの。ちゃんともう一度謝って、それで……」
 マチルダにはちょっとわからないが、好きな子を虐めたくなる心理というのがあるらしい。あの事件のとき、セリリのキャスを見る目が他の二匹とは違っているように感じたのはそういうわけだったのか。
「嘘、だよね……? こんなボクなんか……何の魅力もないボクを好きだなんて」
「そんなことないよ」
 セリリはキャスに近づいて手を取った。セリリの表情は真剣そのもので、キャスは予想もしない展開にたじろぐばかりだ。
「じょ、冗談はやめてよ。またボクを騙してからかうつもりじゃないの?」
「違う。違うの。これがあたしの正直な気持ちだから、信じて。キャス君にあたしを許してほしいなんて言わない。でも、償わせてほしいの。今まであたしがしたことの何倍も、キャス君を助けるから。召使いだと思ってくれたら、それでいいの」
「ちょ、ちょっと強引じゃないかな……? ボクはまだ、セリリさんが怖くて……」
 自分をいじめていたグループの一匹が突然、自分を好きだと告白してきた。キャスにとってはあまりに予想外の展開で、簡単に受け入れられるものではない。
「やっぱり迷惑かな。そうだよね。一切口をきかないでって言うなら、そうする。あたしのしたことを考えたら、キャス君に嫌われて当然だもの」
「でも……セリリさんの気持ちが嘘じゃないってことは、わかっちゃうんだよね」
 キャスは自分のツノを指さして、困ったような笑みを浮かべた。
「だから、えっと……と、友達がほしいなって……ボク、ライズしか友達いないから……なんでもしてくれるっていうなら、ボクと友達になって」
「……ありがとう。キャス君……こんな、こんなにやさ……優しい男の子に……っ……あたしはなんてことを……!」
 セリリはその場で泣き崩れた。頭の花は萎み、羽ばたきも止めて、キャスの足元に落下した。キャスはしばらく呆然とその様子を眺めていたけれど、恐る恐る跪いて、耳元で何か囁いた。いかな地獄耳と名高いマチルダでも内容を聞き取ることはできなかった。
 二匹が一緒に学内へと戻っていったところを見るに、二匹の間で和解と、もしかしたらそれ以上の何かが始まったのかもしれない。
「若いっていいわね……はぁ」
 私もまだまだ若いんだけど。
 生徒達の様子を見て、とうに過ぎ去ってしまった青春の日々を思ってしまうのは教師の性か。
 何はともあれ、キャスがあの経験から道を踏み外すことなく、このまま健全に学園生活を送れることを祈ろうと思う。

         ▼

 縁とは不思議なもので、月替わりの席替えでキャスとセリリは窓際の後列で隣席になった。ライズは教壇に近い前から二番目の席で、隣はロッコ、その前がアイナで、キャスのいた教壇の目の前の席にはフォールがやってきた。キャスはセリリと健全な恋の芽を育み、前の席の美少年達はマチルダの目の保養に。完璧だ。いや、べつにマチルダが操作してはいないのだが。公正なくじ引きの結果なので、これは運命というやつだろう。
「うえー一番前とかマジかよ。ついてねえ。なあライズ?」
「僕はべつにどこでもいいんだけど」
「まじか。じゃあ替わってくれよ! 一番前よりはマシ――いてっ」
 勝手なことを言うフォールの頭を木の杖でポカリと叩いた。
「先生の目の前で不正の相談とはいい度胸ね、フォールくん?」
「いきなり叩くことはねーだろ! なあアイナさん、見たろ今の。マチルダ先生ひどくない?」
「私に言われても……」
「フォール。たとえ先生が許してもわたしが許さない。せっかくライズ様が隣の席になったのに」
「ひどい言われようだぜ……隣がオレじゃ不満か? ずいぶん好かれてんじゃん、ライズ()?」
「きみに様づけで呼ばれると変な気分になるから、やめてよ……」
 ライズは恥ずかしそうにフォールから顔を背けた。ライズを注視していたロッコと目を合わせて、気まずそうに微笑んだ。
「フォールが嫌とは言ってない。ライズ様を守るのがわたしの役目だから。ね?」
「ありがと。ロッコさんが隣にいてくれて頼もしいよ」
「ちょっとー!」
 廊下側の後ろの席から、ヤンレンが両手を上げて大きな声を上げた。
「ライズ様を独り占めなんてずるい! ロッコそこ替われー!」
「ヤンレンさん、大声出さないの。来月また挑戦しなさい」
 それにしてもまた一波乱ありそうな席順になってしまったものだ。

妄想と幻想と理想 


 マチルダのクラスで平穏に日々が過ぎることはもうないのかもしれない。
 席替えの週明け、終業後、皆が帰ってからキャスが相談を持ちかけてきた。
「キャスくん、どうしたの? また誰かに何かされたの?」
「ううん、それは大丈夫。セリリが守ってくれるし」
 これだけ情勢が変化してしまえば、同じようなことにはもうならないだろう。キャスの相談は全く別のことだった。
「えっと……その……」
 キャスは言いづらそうに視線を逸らしていて、両手を前に下ろしてスカート状の衣をきゅっと握りしめている。
「なあに? 先生にできることだったら任せなさい」
「……せ、先生にまた……あ、甘え、たい……です……」
 胸に十万ボルトを撃ち込まれたみたいだった。ドクン、と鼓動が高まるのを感じた。キャスの物欲しそうな上目遣いに庇護欲がそそられて。頭がくらくらする。抱いてあげたい。また、あのときみたいに。
「そ、それは……」
 わからないなりに言葉を選んでいるが、キャスの要求はつまりそういうことだ。キャスを性に目覚めさせてしまったのはマチルダだ。男の子の事情は詳しくは知らないけれど、二匹でルームシェアしている寮では一匹でするのもままならないだろう。時間が経てばまたそういう気持ちになるのも致し方ない。それに、一切経験のなかったキャスが、マチルダをその対象と考えるのは当たり前だった。
「……だ、だめ……?」
 できることなら。してあげたい。もっとすごいことだって。少し地味だけど、やっぱり滅多にいない美少年だし。可愛い生徒だし。向こうから求めてきているのだし。
「先生も人間(ポケモン)だから、そういう気持ちになっちゃうこともあるのよ。あのときは本当に先生が悪かったわ。先生の気持ちを言えば、またしてあげたいのだけれど、本当はいけないことなの。だから……」
 先にマチルダの方から手を出してしまった手前、間違っても衝動を抑えろとか我慢しろなんて言えない。未だにあの放課後の出来事を、あられもないキャスの姿を独りベッドの中で思い出して妄想に耽っている自分が後ろめたくて、指導なんてできやしない。
「……セリリさんにお願いしなさい?」
「セリリに……?」
「そう、ああいうことは先生と生徒ではなくて、本当は恋人同士ですることなの」
「恋、人……って、先生どうしてそれをっ!?」
 一部始終を見ていたから。などと言えるわけもなく。こうして考えると生徒に隠し事ばかりしている。
「見ていればわかるわ。きっとみんな知っているんじゃないかしら」
 それどころか中等部のカップルをそそのかして大人の階段を上らせるなんて、日に日に真っ当な教師から離れていく。まだ二年目なのに。
「うー……でも」
「キャスくん。それは恥ずかしいことではないのよ。だから、ね……今回だけよ」
 私って本当にバカだ。きっぱりと拒否しないといけない立場なのに。誘惑に勝てない。意志が弱すぎてお話にならない。
 キャスの前に跪いて髪を掬うように、頬に手を当てた。
「マチルダせんせ……」
「もっとイイコト、教えてあげる」
 ああ、もう普通の先生には戻れない。
 ――私は初めから普通じゃなかったのかもしれない。

         ▼

「今回だけよ」
 とは言ったものの、さすがに教室では場所が悪い。放課後とはいえまだ校舎に残っている生徒もいるし、誰かに見つかるわけにはいかない。
「鍵のかけられるところがいいわね……ちょっと待っていてくれるかしら」
「はい……」
 マチルダが管理できる部屋は、射撃場の用具室くらいのものだ。他の教官に怪しまれるリスクはあるが、放課後に滅多なことで用具室に用事なんてある者はいない。
 訓練場で待ち合わせをし、周囲に目を配りながら、誰にも見られていないことを確認してキャスを連れ込んだ。
「さて……どうしようかしら。全部先生に任せてくれる? それともしてほしいコトがあるなら聞いてあげるわよ」
「が、我慢の限界、なので……せ、先生に抱っこしてもらって……したい……です」
 キャスは恥ずかしそうに前を押さえていて、あの放課後を思い出させた。泣きながらおもらしをしていた男の子が今は自分からマチルダに甘えてきている。しかし様子がおかしいというか、我慢しているって……?
「キャスくん、もしかして」
「お、おしっこ……」
「あー……そういうことね」
 キャスにとっては、おもらしをしたこととその直後の体験は切っても切れないのだ。ディーヌの背中の上でおもらしをしてしまったことで変な気持ちになっていたところを、マチルダが抱いてしまったから。
 キャスがそれを必要なことだと感じたとしても不思議はない。
「しょうがないわね。来なさい。目一杯甘えさせてあげる」
 腕を広げてキャスを誘った。こんな自分でも彼の目に魅力的に映っているだろうか。
「先生っ……!」
 キャスは待ちきれないと言わんばかりにマチルダの胸に飛び込んできた。あのときと同じ清潔感のある香りが鼻をくすくった。物欲しそうなキャスの目がマチルダを見上げてくる。
 キャスのお尻に手を回して、抱き上げた。
「ぁん……っ」
 キャスはセクシーな声を漏らして身を捩り、そのままぴたりと体をくっつけてきた。
「はぁ……あったかい……先生……ほんとに、いいの?」
「ふーん……キャスくんはこのまま先生の胸でおしっこしちゃうんだ? 悪い子ね」
 少しいじめてみたくなって、わざと意地悪を言った。それに、キャスが普通のことだと思い込む前に正してあげないといけない。
「や、やっぱりだめ、ですか……?」
「冗談よ。キャスくんが可愛いから許してあげる。でもね、本当はおしっこはしなくていいのよ?」
「え……? でも、ボク……」
 キャスが申し訳なさそうな顔をした。理解はしてくれたみたいだ。
「あのとき……女の子の背中の上でおもらししちゃって……恥ずかしかったけど、なんだかいけないことしてるって思ったら……背筋がゾクゾクしたの……そのあと、先生に抱っこされたら、気持ちよくなって……」
「えーと……」
「ボク、やっぱり悪い子なのかな……」
 悪いのはマチルダだ。マチルダにはキャスを性に目覚めさせてしまった責任がある。特に初めての経験は今後のキャスの性生活に影響を与える可能性が高い。
「キャスくんは何も悪くないわ。思春期ってそういうものだから」
 何がきっかけで、何に興味を持つかなんてひとそれぞれだ。多感な年頃の男の子があんな目に遭ったら、おもらしと性感とを結びつけてしまうのも致し方ない。
 キャスを抱いたまま正座をして、膝の上に座らせた。
「んっ……せんせ、ごめんなさい……ふぁ……ぁ」
 キャスが熱い吐息を漏らして、しょわぁぁぁぁ、とおしっこをしはじめた。マチルダの胸に抱きついて甘えながらお漏らしをする姿は赤ん坊みたいで、淫靡ながら可愛らしい。十四歳の生徒を膝にまたがらせておしっこをさせているなんて、教師として以前に大人の女として失格だが、もうどうでも良くなってきた。
「ぁ、ぁ……きもち……ぃい……よぉ……」
 マチルダのお腹の毛並みに埋められたキャスの性器が、放尿しながら大きく硬くなってくるのがわかった。やっぱりこの子、おもらししながら感じちゃってる。
「いい子ね、キャスくん……先生のお胸で、もっと気持ちよくなって……」
 マチルダはキャスを抱き寄せて、足を伸ばして仰向けに寝転がった。
「ひぁ、先生……?」
 性器が大きくなると同時にキャスのおしっこも止まっていた。男の子は勃起するとおしっこが出しにくくなるとか、聞いたことがある。
「お口でしてあげる。もっとこっちへ来て、胸の上に跨がって?」
「せ、先生の口で……?」
「そうよ。これは普通の子たちもすることだから、遠慮しないで」
 お漏らしプレイに比べたらフェラチオなんて、珍しいものじゃない。
「そ、そうなんだ……」
 胸の上に跨がったキャスの可愛らしい突起を、優しく包み込むように持って、先端を咥えこんだ。
「わ、わぁぁ……っ……せ、先生のお口に……っ……」
「む……先生に……ん、任せて……」
 胸の上に跨っているキャスは頬を染めて、恥ずかしそうに身を硬くしている。その姿を、可愛らしい性器を銜えて股の間から見上げる視点は、犯罪的だ。いや実際、ここがランナベールでなければ犯罪そのものだし。
 禁じられているものほど、手を出したくなる。
「んぁ、ぁ、ぁぁぁんっ……」
「はむ、ん、んんっ!?」
 口の中に出されたのは、温かくてさらさふらした水だった。口から溢れそうになってマチルダは慌てて嚥下したが、勢いは止まらない。
「ぁあん……せんせぇ……」
 途中で止まっていたおしっこを、キャスは躊躇いもなくマチルダの口の中でしている。口でしてあげる、という意図が間違って伝わってしまったらしい。しかしされてしまったものは飲むしかない。こんなに可愛い男の子のおしっこなら悪くはないか、なんて思ってしまう自分がちょっと気持ち悪いけど、そもそも生徒を相手にこんなことをしているのだから今更何を気に病むことがあるというのか。
 味はおいしいとは言えないけど、このシチュエーションだけで味覚なんて麻痺してしまったみたいだ。
「ふぁ、ぁぁ……あ……ぁふぅ……」
 恍惚としたキャスの表情を見ると、また間違いを教えてしまったことなんてどうでもよくなった。こんな未知の体験をさせてもらったことが嬉しくさえ思えてくる。
 いずれはキャスとその相手のセリリが、お互いの望むところを満たす形を見つけるだろうし、今は禁忌という名の快楽を味わっていたい。
「ん……キャスくんったら……先生のお口の中でおしっこしなさいとは言わなかったわよ?」
「えっ……で、でもみんな普通にって……」
「それはこれから先生がすることよ。こうして――」
「ひぁ……っ、ぁぁっ!」
 おしっこをしたばかりの蛇口の先端をちろちろと舐めてあげると、キャスは体を震わせて反応した。根本から舌を巻きつけるように這わせて、裏側をつつっと舐め上げた。
「ふぁぁあ……っ、で、出ちゃいそぉ……ぁああん……っ」
「ひぅ……ん、いいのよ、キャスくん……ほら、私にもっと甘えなさい……?」
 吐息を吹きかけただけで、身を反らすほどに感じてくれている。そうして咥えなおすと、キャスはマチルダの肩に両手をついて、自ら弱々しく腰を振りはじめた。
「ぁ、ぁあん……体が、勝手に……ふぁ……!」
 口から外れないようにキャスの体を支えてあげながら、先端を舌先でつついて、さっきよりも激しく尿道を刺激した。とろとろと溢れだしてくる液も増えてきて、いよいよ絶頂を迎えるのが近そうだ。
「ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ……だ、だめ、っ、もう……!」
 これが最後とばかり、ちゅぅぅ、と吸い上げた。
「ぁあっ、ぁ、あぁぁあぁ~っ……!!」
 口の中で、キャスの小さな性器が爆発したみたいだった。はじめは一度に飛び出してきて、それからとくん、とくんと断続的に。
 ほんのり甘くて苦い味と、乱れたキャスから発せられる匂いが混じりあって、マチルダの心をひどく興奮させた。
 キャスくんも若いのだし、このまま連戦――もっとイイコトまでできちゃうかも?
 精液を嚥下しながらそんなことを考えていて、呆然と虚空を見つめるキャスを目にして我に返り、自制心でどうにか欲求を押し留める。
 ああ。
 本当に私はなんてことをしてしまったのだろう――

         ▼

 おもしろくない。最近そんな風に感じるようになったのはどうしてだろう。
 技の扱いをはじめとした戦闘技術を含む高いレベルの学校教育を受けられる全寮制のこの学園に、ライズ・クレスターニは中等部二年から編入で留学してきた。
 飛び級で高等部の授業を受けているライズは、このまま順調にいけば錬成部まで上がることなく卒業することも夢ではないと言われている。クラスメイトにも、高等部の先輩方にも好かれているし、学業も問題なく、皆が自分には一目置いている。何も悩むことなんてないはずなのに。
「ライズ様、どうかした? 体調が悪いならわたしが医務室に連れて行く」
 苦手とする、と言っても学年では三位なのだが、数学の授業は皆と同じ中等部三年の過程を受けている。その授業中に少し考えごとをしていただけなのに、ロッコに小声で心配されてしまった。
「大丈夫だよ。少し考えごとしてただけ」
「ライズ様でもそんなこと、あるの」
 FCの女の子たちはライズを神様か何かと思っている節があるが、皆と同じ中等部三年の生徒なんだ。とはいえ普段は上の空で授業を聞いていないなんてことはまずなかったから、心配されるのも無理はないのかもしれない。
 ロッコのお陰で我に返って助かった。あのまま先生に当てられたりしたら失態を晒すところだった。
「――今日はここまで。次回までに宿題をやっておくように」
 授業が終わって昼休みになるや否や、案の定ヤンレンとミツ、それからディーヌがライズ達のところに集まってきた。
「ロッコまたライズ様にちょっかい出してたでしょ! ずるいずるいずーるーいー!」
「違う。わたしはライズ様が調子悪そうだったから心配してただけ」
「ヤンレン、あんたうるさいわよ。ライズ君を気遣うのが先じゃないの?」
「そーよそーよディーヌの言う通りよ」
 ディーヌに続いて、前の席のアイナがヤンレンを糾弾した。そういえばディーヌは"ライズ様"とは呼ばない。FCに入っていても、そう呼ばなくてはならないということではないらしい。できれば他の皆にも様付けはやめてほしいものだ。出自は皆に明かしていないが、故郷では騎士の家の跡取りとして大事にされ、同じ年頃の友人でさえも対等には付き合ってくれなかった。だからせめてこの学園では皆と対等な友人関係を築きたいと思っていたのに。
「女子ってやつはなんでこうもうるせーんだろうなあ。ライズ、お前も疲れてるときくらいは上手く逃げろよ。オレみたいにさ」
 フォールは友人というほど仲が良いわけでもないが、少なくともライズを対等に扱ってくれる。しかし誰もが彼みたいには自信家ではいられない。
「フォールぅ、お昼一緒に食べよ?」
 そこへトリミアンのレミィ、チャオブーのヒルダ、ラッキーのナーシスのフォール取り巻き三匹組がやってきた。こうなるとライズの席の周りは女子生徒だらけだ。この席になってからは日常の光景と化しているが。
「これ以上増えるとライズ様のストレスになるから、三匹を連れて早く食堂にでも行って」
「へいへい。ロッコ、お前まるでライズの付き人だな。お前ら、行くぞ」
 フォール達が教室を去ると、ロッコの物言いにまたヤンレンとミツとディーヌ、それに便乗してアイナが文句を言い始めた。そんな様子にも慣れ、事態の収め方もわかってはきたのだが、今はあまり積極的に彼女たちに関わる気分になれなかった。
 フォール達の後に続き、キャスとセリリが一緒に教室を出て行くのが見えた。何がそんなに嬉しいのか、最近のキャスはよく笑うようになった。寮に帰ってきても楽しそうで、何かいいことでもあったのかと聞くとセリリのことばかり。虐められてたって聞いてたのに、何がどうしてこうなったのかさっぱりわからない。ディーヌとアイナに尋ねてみようかとは何度か思ったのだが、彼女たちもあれからセリリのことを話題にもしないから、どうにも聞きづらい。
「ライズ様? おーい。聞いてるー?」
「え……あ、ああ……ごめんね、ヤンレンさん」
「お昼一緒に行こって話してたんだけど」
「ライズ様……本当に大丈夫?」
 ミツにも心配されてしまった。ヤンレンは鈍感なのか。ライズにとっては勘が鋭い相手よりもずっと都合は良いのだけど。
「ごめん、ちょっとトイレに……」
 逃げる口実は何でも良かった。男子トイレなら絶対に誰もついてこられないから一匹になれる。
 一匹になりたいなんて言ったらそれこそ余計に心配されちゃうから、一匹で気持ちを落ち着けて、それからいつも通りに彼女たちと昼食にして、いつも通りの午後を過ごそう。
 ああ、それにしても。
 キャスとセリリの横顔が脳裏から離れない。

         ▼

 ミツ達はひとまずライズの帰りを待つことにしたものの、ライズの様子がおかしいのは明らかだった。
「ライズ君、トイレ我慢してただけなんじゃない?」
「バカ! 私達のアイドル、ライズ様はトイレなんてしない!」
「バカはあんたでしょーが」
「へへーんだ、私の方がディーヌより成績良いもんね!」
 以前はあまり交流のなかったディーヌが、ライズが女子生徒と話してくれるようになってからミツ達と一緒にいるようになった。ついでにアイナもディーヌにくっついてくるので、どうせならアイナもFCに入ってしまえばいいのに、とミツは思う。
「成績はこの際関係ないでしょ! 今どきそんなの流行らないわよ。アイドルだって私たちと同じポケモンなんだから、出るもんは出るでしょーが」
「あーあー聞きたくなーい! 誰よこんな下品な女をファンクラブに入れたの!」
「なっ……誰が下品ですって!」
 ディーヌが激昂してヤンレンに飛びかかった。が、ヤンレンはひらりと身を躱して距離を取りつつ、両手を前に突き出してディーヌを宥めにかかった。
「ちょ、ちょっとタンマタンマ、悪かったって! 冗談よ冗談! この通り!」
 一瞬ディーヌをひるませて、そのまま土下座に移行する。恥も外聞もない見事な防御手段だ。これには怒っているディーヌも馬鹿らしくなったのか、フン、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
「ヤンレンは子供だから仕方ない。そんなだからライズ様に相手にされない」
「なによぉロッコまで……ちょっとくらい夢見たっていいじゃない。どうせ手の届かない存在なんだから……ミツもそう思うでしょ?」
「そうだね……誰もライズ様の横には並べないからFCなんだもんね」
 しかし、ミツのような地味な生徒ならともかく、ヤンレンはこれで男子に告白された経験もあるし、女の子として魅力がないわけじゃないのだ。悲観することもないのではないか。ロッコはロッコで実技ではライズと同じ高等部の授業を受けているし、その上今月は隣の席になった。今一番近くにいるのはロッコかもしれない。
「前から思ってたけどあんた達ってほんとピュアっていうか乙女っていうかガキっていうか……大人の女から見たらバカバカしいわ」
「そういうディーヌもFC入ってんじゃん! 同じ三年なのにその上から目線、むかつく!」
「私がライズ様を大々的にかつ密やかに応援する会に入ったのは、高等部のお姉様方と語り合うためよ。だからあんた達とはつるんでなかったでしょ」
 ディーヌは少し前まで、アイヌとセリリを連れて別のグループを作っていた。ディーヌはどちらかというと自己主張の強いタイプだったのにあるときから大人しくなった。セリリが離れてしまったのと、ライズが積極的にミツ達と話してくれるようになったのも同じ時期だ。今もディーヌにとってはライズだけが目的で、ミツ達三匹のことはどうでもいいのかもしれない。
「へぇ。それで、お姉様はどんな話をするわけ?」

         ▼

 お弁当を持って教室へやってくると、いつものライズのファンの子たちが談笑していた。ただ、当のライズがいないのと、ディーヌを中心に輪になって、声をひそめているのは珍しい光景だ。
「――像してみなさいよ、ライズ君が――してるところ……」
「キャーキャー! さすが高等部のお姉様……! 私たちとは想像力が違うー!」
「ヤンレン、うるさい」
「あっ……せ、先生」
 最初にマチルダに気づいたのはミツだった。次々とこちらを振り向く四匹は顔を見合わせて、何か恥ずかしいことを隠しているようだ。
「女の子たちの秘密のお話かしら?」
「そ、そそそそうなんです! おおおおお、大人の話……」
 断片的に聞こえた会話と彼女達の様子を見るに、ライズをダシにイケナイ妄想をふくらませていたらしい。まったくこの子たちときたら。
「あら。先生にも聞かせてくれる? 先生はあなた達よりずっと大人の女だと思うけれど?」
「先生はだめ。本当にライズ様が危ない」
 ロッコの言葉にドキリとした。まるで見透かされているみたいだった。
「失礼ね。先生は生徒をそんな目で見たり……しないわ」
 キャスのことが頭に浮かんで、きっぱりとは否定できなかった。ああ。一度ならず二度までも。一度目は事故みたいなものだと言い訳がきくが、二度目はキャスから頼まれたとはいえ、口でしてしまったのだからどうあっても言い逃れは出来ない。彼女達に言われるまでもなく、もしもライズが相手だったら、なんて想像したことは一度や二度ではない。
「お待たせ――あ、先生」
「らっ――ライズ君!?」
 ライズのことを考えていた矢先に当の本人が背後から現れたものだから、さすがにマチルダも驚きを隠せなかった。生徒の前で恥ずかしい。情けない。
「どうしたんですか急に……みんなもなんだか顔が赤くない?」
「な、なんでもないよ! さ、お昼食べに行こ?」
 ヤンレンがミツとロッコの背中を押して、三匹はせかせかと教室を出てゆく。有耶無耶にしてしまおうという意図は見え見えだが、ライズもわざわざ追及するつもりはないらしい。
「では先生、また」
 ライズは軽く会釈をして、ディーヌ、アイナと共に先行する三匹について行った。
 それにしても、一体何を話していたのやら。
 思想は個人の自由だけれども、例えば妄想が度を過ぎてストーカー行為に走ったり、ライズを寄ってたかって手篭めにしてしまうなんてことがあると教育的指導をせざるを得なくなる。これ以上風紀の乱れたクラスにするわけにはいかない。
 ――って、私が一番乱してるんじゃ……?
「はぁ……」
 ダメ教師。エロ教師。変態教師。ダメだダメだ。こんな教師が担任なのだからクラス風紀が乱れるのも当たり前だ。
 今度という今度こそ心を改めなくては。

         ▼

 マチルダ先生の助言に従ってファンの女の子たちに声をかけ、一緒に過ごすようになってから、ライズを取り巻く環境は大きく変わった。
「ただいまー」
「おかえり。キャス。今日も遅かったね」
「ちょっとカフェで話し込んじゃって」
 キャスの浮かれた顔を見ていたら、前のような心配は必要ないことはわかる。
「セリリさんと?」
「あ……うん」
 ディーヌやアイナはもうキャスに興味をなくしてしまったみたいで、もう妬まれてもいないし、これ以上何かされることはないだろう。そもそもディーヌ達とキャスはお互いに避けている節があるし、ライズが何もしなくても大丈夫だったのではないか。セリリとキャスが仲睦まじくしているのがおかしいんだ。
 ――おもしろくない。
「そう」
「なんか素っ気ない感じ。ライズ、疲れてる?」
 なんて言いながら、キャスはライズのリボンの触覚をたくし上げて、ぴたりと頬に手を当てた。帰ってきたばかりのキャスの手は冷たくて気持ち良い。
「ちょっと熱くない?」
「キャスの手が冷たいだけだよ」
「そっかな?」
「ち、近いって……」
 顔が。赤い瞳が。こんなに近くで見つめ合っていると余計に調子がおかしくなる。
「あ、ごめん」
 キャスはライズから離れ、自分の机に鞄を置いて、椅子に腰掛けた。
 その様子を見ながら、なんだか立場が逆転してしまったみたいだ、と思った。
 キャスには僕しかいないと思っていたのに。
「ライズ、最近色んな女の子たちと仲良くして()()()()からさ。それで疲れちゃったんじゃないかと思って」
 仲良くしているのではなく、してあげている。キャスには感情が見えているのだから、ライズがそんなつもりはなかったとしても、それが無意識下でのライズの真実なのだ。
「変わったよね。ライズ、ここのところ急に人間(ポケモン)味を帯びてきたっていうかさ。前は物語の中の人みたいだったもん」
 僕が変わった? 変わったのはきみの方じゃないか。キャス。きみは前よりも感情が豊かになった。よく喋るようになった。前はもっと引っ込み思案だったのに、今はこうして自分から僕のことを気にかけたりなんかして。
「でも、どうして急に?」
 きみのために。
 僕がきみとばかり仲良くするから、ファンの子たちの嫉妬を買って。虐められて。みんなとも仲良くしておけば二度とあんなことは起こらないから。
「きみが……ううん、きみと同じ、かな」
「ボクと同じ?」
「全然女の子なんかに興味なさそうだったのに、セリリさんといい感じになっててさ」
「う……それは、ね」
 キャスが口ごもって、下を向いた。キャスにも何か隠したいことがあるのだろう。
 マチルダ先生に話を聞いた限りでは、今のキャスとセリリの関係はありえない。それに、同い年のキャスが今は何故か、少し年上に感じられる。立場が逆転したように感じるのは、そういうことだ。ライズの方が大人びていて、キャスは中等部三年にしては、純粋無垢な少年だった。まさか、既にそういう関係なのか。学内でどうやって? 彼女を男子寮に呼ぶことはもちろん、ライズ達男子生徒が女子寮に入ることもできない。いや。何を考えているんだ僕は。
「えと……つまり、ライズも女の子に興味が出てきた、とか……そういうこと?」
「まあね……」
 考えてみれば中等部の男子なら、ルームメイトと好みのタイプや気になる女子生徒の話くらいするものだと聞く。キャスとは今までその手の話をしたことがないし、お互いにしようとも思わなかった。こうしてキャスと女の子の話をしていると不思議な心地がする。
「嘘。何か隠してるでしょ?」
 適当に理由を作ろうとしたものの、キルリアを騙すのは至難の業だ。感情まで塗り替えるほどの演技力があればまた話は別かもしれないが。
「……キャスだって隠してるよね。お互いさまってことにしない?」
「わかった。ルームメイトでもプライベートは守りたいもんね」
 プライベート、か。ライズのはそういうことではないんだけど。キャスのためだってことを知られたくないだけ。
 どうしてこんなにも悲しくなるのだろう。
 会話が途切れたのを機会に、キャスは鞄からノートを取り出して、机に向かう。
 キャスの後ろ姿を眺めていると、胸が苦しい。
 本当に、最近の僕はどこか変だ――

Lines in the Sand 


 ファンクラブのメンバーにとってライズは完璧な存在で、自分たちとは違う世界に生きる存在だった。憧れの対象にはなっても、それは神聖で犯しがたく、触れ得ざる者であった。
 つい最近までは。
「今日こそ行くよ! ライズ様を見に!」
 近くで接するようになると、ライズ様も同じポケモンだということをよく知った。雌雄の違いはあれど、ロッコ達と同じように暮らし、生活しているってこと。
「ほ、ほんとにやるの? やめようよ……」
 ディーヌから色々な話を聞くにつれ、ヤンレンが良からぬことを考え始めた。ライズ様のトイレを覗こうというのだ。以前まではライズ様がトイレに入るところなんて想像したくない、見たくないって言っていたのに。高等部のお姉様方はそういう現実から目を逸らす憧れからは卒業して、もっと人前で口にはできないような妄想を繰り広げているらしい。
「ライズ様のおしっこならきっとフローラルの香り……」
「そこまでいくとただの変態」
「変態上等! 私はどこまでもライズ様を追いかける!」
 最近のヤンレンには手がつけられない。ミツやロッコの言うことをまるで聞かないし、頼みの綱のディーヌは問題を避けて、この件には関わりたくないと逃げてしまった。
「だいたいロッコもミツもなんだかんだ言いながらついてきてるじゃない?」
「私はヤンレンを止めようと……」
 ミツも言い訳がましくヤンレンを諭してはいるが、心の底では興味があるみたいだし。
「わたしはヤンレンの魔の手からライズ様を守るために来てる」
 もっともらしいことを言う自分も、興味がないかといえば嘘になる。高等部の実戦演習で、ポケモンとして戦う姿を見ているのは自分だけ。今も隣の席で、いつでも気遣うことができる。憧れているだけだったライズが今はこんなに近くにいる。いよいよ本気で好きになってしまったみたいだ。
 男子トイレと女子トイレは隣接しているから、前で立ち止まることに不自然はない。問題はここからだ。
「さっきの休み時間、ライズ様に『間違えて大型ポケモン用の買っちゃった♪ てへ♪』ってジュースをたくさんあげたから、来るはず……」
「ヤ、ヤンレンそれ、間接キス……」
「へへーん、ライズ様ちゃんと飲んでくれたよ?」
「定例会で報告して吊るされてもらう」
「やめてよ。そんなことしたら一緒にライズ様のトイレ覗いたって報告してやるんだからね」
「だからわたしはライズ様を守るために……」
 それにしても、だ。ここからどうやって進入するというのか。
「今更ダメダメ。実はここのトイレ、向こうの窓をつたって男子トイレまで行けるんだよね」
「向こう側って……鳥ポケモンとか、一階のホールから見えちゃうんじゃ……」
「大丈夫! あっちにあるのは滅多に使われない用具室だし、鳥ポケモンも短い休み時間に外側まで飛んでこないよ……たぶん」
 ちょっと覗いてみてダメそうだったら諦めればいい。そうするうちにヤンレンの頭が冷えてくれれば良いのだが。
「あ、ライズ様きたよ! 急いで急いで……」
 ヤンレンに背中を押され、三匹は女子トイレの方へと入る。並ぶ個室はそれぞれ大きさが違い、小型のポケモンから大型のポケモンまで対応している。四足歩行や不定形のポケモン用のものは簡素な作りで、二足歩行用は椅子のような形をしている。男子トイレに入ったことはないが、恐らく対称な造りをしているはずだ。ライズ様が使うと思われる小型ポケモン用の個室は、窓際から二つ目。しかも、こんなときに限って都合良く誰もいないのは神様の悪戯か。ヤンレンは一目散に駆けて、奥の窓から顔を出した。
「空には誰もいない……よし!」
 ヤンレンは窓から飛び出し、器用に壁をつたって、隣の窓からそっと男子トイレの中を覗きこんだ。二重の意味で危ない。二階とはいえ、落ちたらどうするのか。だいたいバレたらお終いだし。窓から顔を出して彼女の様子を見守るロッコとミツも同罪であることは間違いないし。
 ヤンレンが無言で手招きしようとして、その手を止めた。頭を引っ込めて、窓の下に身を隠す。ライズ様が入ってきたのか。
 しばらくヤンレンは動かなかった。途中で頬を染めたり身を捩ったりして、何度か落ちそうになっていたので冷や冷やした。
 やがてトイレを流す音が聞こえて、ヤンレンの企みが失敗に終わったことを知る。
 安心した。残念だなんてこれっぽっちも思っていない。断じて。
 女子トイレの窓まで戻ってきたヤンレンをミツと二匹で引っ張って、中に引き入れた。全く世話の焼ける。どうやって入って、どこに隠れて覗くかも考えていなかったのだから失敗して当たり前だ。
「ヤンレン、見てて怖かったよ……落ちるかと思った……」
「無計画すぎる」
 ミツとロッコの呆れた物言いにも、ヤンレンはめげることはなかった。それどころか興奮した様子で、手をぶんぶん振って騒ぎ出した。
「音! 音が聞こえちゃった……! 見えなかったけど! ライズ様の! ライズ様ぁ……!」
「うるさい。廊下まで聞こえる」
 今トイレを出たばかりのライズ様の耳に入ったらどうするのか。
 それにしてもけしからん。羨ましくなどないが、ヤンレンの企みが半分くらい成功してしまったことになる。これで調子に乗らなければ良いのだが、いよいよ越えてはいけないラインの向こう側に踏み出してしまいそうだ。既に線の上ギリギリ、あるいは越えてしまっているのかもしれないが。
 ヤンレンの様子から想像するだけでも、またライズの見方が変わってしまう。次の授業は数学だ。ライズ様の隣で余計なことを考えてしまう。ああもう。ヤンレンが悪い。ヤンレンに余計な価値観の変化を促したディーヌも。元はといえば高等部のお姉様方のせいか。
 このままではライズをただの憧れの男子生徒として見れなくなってしまいそうだ。

         ▼

 前の休み時間、気のせいか、女子トイレの中から僕の名前を呼ぶ声が聞こえたような。
 女子トイレに入っていくいつもの三匹組を見かけたから、トイレの中で秘密の噂話でもしていたのかもしれない。
 四限の数学の授業中、隣の席についたロッコが、いつになくライズとの距離を意識していたのも気になる。昼休みになっても、いつもは一直線にライズのところに集まってくるヤンレンとミツがこちらを見ているだけで、なかなか近づいてこない。ディーヌにいたっては完全に無視を決め込んでいる。
「ロッコさん、さっき何かあったの?」
「ヤンレンが……いや。言えない」
 ロッコの様子から察するに、ヤンレンが何か問題を起こしたのかもしれない。ふとヤンレンの方を見ると、ミツと何か相談していた。
「そっか……ちょっと心配だな」
「ライズ様」
「ん――わわっ!?」
 ファサリ、と首に軽い毛布でも掛けられたみたいな感覚。遅れてコジョンドの前足の体毛だと気づいた。ロッコが屈んでライズの首に手を回してきたのだ。
 そうして耳打ちされる。
「ヤンレンがライズ様のトイレを覗こうとしていた。さっきは失敗したけど、まだ何か考えてる」
 ロッコの口から語られたのは衝撃的な内容だった。以前ならショックを受けていたかもしれない。そんなこともありそうだと冷静に捉えている今の自分が不思議だった。昨日の夜、キャスとあんな話をしたせいか。彼女達もライズももう完全な子供ではないのだ。十四、五歳の三年生なら、そういうことに興味を持つのも当然だ。ライズにはまだわからない。急に大人びたキャスの心がわからない。
「そう……教えてくれてありがとう」
「ロッコぉぉぉ! 何ライズ様とくっついてんの!!」
 ライズとロッコが顔をくっつけて話しているのを見かねて、ヤンレンが猛ダッシュしてきた。
「べつに変なことはされてないから、許してあげて? ヤンレンさん」
「らじゃー! ライズ様に言われたら仕方ないなー。ロッコ、ライズ様に感謝だよ!」
「わたしはずっとライズ様が生まれてきてくれたことに感謝してる」
 ロッコ。あまり感情を面に出さないけど、実は一番ライズのことを本気で想ってくれているのは彼女なのかもしれない。
 しかし、ヤンレンへの裏切りにもなり得る告げ口は、捻くれた見方になるけれども、抜け駆けを目的にヤンレンの好感度を下げる手段とも考えられる。
「ヤンレンさん」
 ライズがヤンレンの名を呼ぶと、ロッコが緊張した面持ちになった。
 心配しなくても、糾弾するつもりはライズにはない。べつに見られたところで今更彼女達への見方が変わったりはしないし。
「僕にしてほしいことがあるなら言ってね。こうしてみんな友達になったんだしさ」
「と、友達! 私たちがライズ様の友達! ほんとに? いいの? なんでもしてくれる?」
「や、なんでもとは言ってないけど」
「ライズ様……私も友達……?」
「当たり前じゃない。ミツさんもいつも一緒にいるし」
「わたしは確認するまでもなく、ライズ様の友達とは違う。今までもこれからも、卒業しても、わたしはライズ様の護衛」
 ライズは学園では自分の家の話をしたことがない。キャスにも伝えたことはない。それなのに、ロッコはライズが護衛をつけられるような家柄の出だとまるで知っているかのような口ぶりだ。
「あはは……気持ちは嬉しいけど、ロッコさんのことも僕は友達だと思ってるよ?」
「ロッコ、最近ライズ様に近づきすぎ! 今もそうやってしれっと隣に立ってるし!」
「席が隣だから勝手にこうなった」
「うー……」
 ヤンレンの指摘もあながち間違いではなく、ロッコとは他の二匹よりも交流が深いとライズも思う。あまり考えずに成り行きに任せていたが、キャスのように妬まれてロッコが仲間はずれにされたり、嫌がらせを受けるところなんて想像したくない。できるだけ平等に接してあげないと。
「ヤンレンさん、ヤキモチはだめだよ?」
 おもむろにヤンレンの隣に近づいて、リボンの触角をするりと彼女の腕に巻きつけた。
「らっ――ライズ様……!?」
「ロッコさんが羨ましいんでしょ? いいよ、肩を抱くくらい好きにしてくれても」
「ウソ……やだ、ほんと? ほんと!?」
「うん。だって、友達じゃない」
「キャーーーー!」
 ヤンレンは跳び上がって喜んで、ライズに抱きついてきた。
「えっ、ちょっ、ヤンレンさんっ」
 そこまでしていいとは言ってない。ロッコみたいにちょっと触れ合うくらいなら気にしないんだけど。二年間同じ部屋で暮らしているキャスとだって、ここまでのスキンシップは取ったことがない。
 ロッコとミツ、そしてクラスメイト達が唖然とする中、ヤンレンは勢いのままにライズを抱き上げた。抱きしめられて、なぜか匂いまで嗅がれた。
「やっぱりライズ様、お花の香りがするぅ」
「ちょっとっ、や、やめてよ、さすがに……」
 抱き上げられたまま、キャスと目が合った。キャスは微笑ましい光景を見るかのように優しい目をしていた。違うんだ。キャス。僕は喜んでなんていない。
 キャスはセリリと手を繋いで、教室を出て行ってしまう。待ってよ。ねえ。キャス。助けて。
「今すぐ離して。ライズ様が嫌がってる」
 割り込んできたのはロッコだった。ヤンレンの腕の中からひったくるように、けれどライズが痛くないように優しい手つきで、後ろから抱きかかえてくれた。
 いよいよミツが堪忍袋の緒を切らしたか、直後にヤンレンに電磁波を叩き込んだ。
「ちょわっ、ライ、ズさ……まぁあ! しびびびびび、れるぅ……」
 バタリとその場に倒れたヤンレンは、体を痙攣させながらも幸せそうな表情をしていた。
「こら。校内で技を使うのは校則違反よ!」
 タイミング悪く現れたマチルダ先生は、第一声でミツを叱ったものの、ライズを抱くロッコに目を留めてキョトンとしていた。
「ライズくん……何があったのか説明してくれる?」

         ▼

 昼休み、いつものように教室に戻る途中で廊下を歩いていると、電磁波が放たれる独特の音が聞こえた。六組の方だった。足を早めて教室に入ると、麻痺して倒れるヤンレンと、その前に立つミツの姿。この二匹が喧嘩とは珍しいものだ、と思ったが、すぐ近くではロッコがライズを抱きかかえていて――これはライズを巡って一悶着あったと見える。
 ライズに聞くところによると、友好の証として少しくらいのスキンシップなら遠慮しなくても構わないと告げたところ、調子に乗ったヤンレンがライズを抱きしめた。担任教師の権限を持ってしても許されざることを――じゃなくて。見かねたミツが電磁波を放ち、ロッコがライズを守った、ということらしい。
「事情はだいたい把握したわ。ライズくんも災難ね。先生、余計なことを言ったかしらね……」
「いえ……先生は何も悪くありません」
 ライズがファンの子たちと仲良くすることでこんなことになるとは予想外だった。とはいえ、キャスの件は丸く収まったし、ライズにも友達が増えた。こんなものはちょっとした日常の諍いで、校則違反を起こしたとは言っても大した問題ではない。
「ミツさん。学園の規定に従って、今日と明日の二日間、ホールの清掃員さんを手伝いなさい。それとも、ヤンレンさんに重大な過失があるのなら、二匹で折半することも許そうかしらね」
「元はと言えば僕が原因ですから……僕も手伝います」
「っ……? ライズ様が罰を受けるなんて間違っている。わたしが代わる」
「え、えと……ヤンレンはともかく、二匹(ふたり)とも悪くないから……」
 まったく、素晴らしい友情だこと。
「いいわ。今日一日、ミツさんとヤンレンさんに罰を命じます。本当は他の人が手伝ったら罰にならないからいけないのだけれど、ライズくんとロッコさんは手伝いたいならご自由にってことで」
 四匹が、正確には体がしびれて動けないヤンレンを除く三匹が顔を見合わせて、ライズは天使のような笑顔でミツに頷いた。ああ、その笑顔を私も向けられたい。ライズがキャスとばかり仲良くしていた頃はマチルダの入る余地もあったのに、最近はライズは生徒でマチルダは先生なのだと、その境界をはっきりと感じるようになった。
 やっぱり、余計なことを言ったのかもしれない。
「それとミツさん。ヤンレンさんを保健室に連れて行ってあげなさい――というのは少し無茶かしらね」
 ヤンレンの体をサイコキネシスで持ち上げ、ミツを先に行かせてついて行くことにした。ライズとロッコも同伴するつもりのようだ。
 マチルダの個人的な気持ちはどうあれ、ライズの周りの状況は良い方向に向かっている。
 親友とはいえ寮でも学校でもずっと一緒、共依存的な関係にあったライズとキャスが、いい意味で自立したということだ。
 それに、ライズにもそろそろ恋の一つや二つ経験してほしい。中等部三年の男の子にしてはちょっと異性への興味が薄すぎて、心配していたのだ。これを機会に彼が変わってくれれば、あと三年もすればマチルダとも。
 いけないいけない。生徒をそういう目で見ないようにって誓ったのに。風紀を乱すな私。表沙汰にできない問題をこれ以上起こすわけにはいかないのだから。

         ▼

 放課後、清掃員にヤンレンとミツはホールのホウキ掛けを、ロッコとライズは廊下の雑巾掛けを頼まれた。一仕事終えると日はすっかり傾いていた。天井のない一階ホールは、中央エレベータの円柱や二階から上を取り巻く円形校舎がこの学園らしい様相を呈しているものの、夕日に照らされた花壇や噴水を見ているとなかなか趣のある中庭だ。
「疲れたぁ……なんで被害者の私までやんなきゃいけないのぉ」
「ライズ様にとってはヤンレンも加害者。それに何も悪くないライズ様が手伝ってくれているのにヤンレンが文句を言うなんて論外」
「ロッコは厳しいなー、もう」
 ライズは円形通路のベンチに体を横たえていて、三匹は向かいのベンチに腰掛けている。こんな時間までクラスメイトと過ごしたのは初めてだ。手伝いを申し出たのも、これまでもこの先もライズが罰を受けることなんてないし、何かの思い出になるかもしれないと思ったからだ。たまにはキャスより遅く帰って、キャスに迎えられたいという気持ちもあったけれど。
「みんな……ありがとう。私のために……」
 ミツに言われて思い出した。元はミツの校則違反が原因で罰を受けたんだった。でも、みんな一生懸命掃除をしている間は忘れていた。
「お礼はいいから食堂でジュースでも買ってきてよー」
「ヤンレンは違うでしょ……! でも、ライズ様とロッコには買ってあげようかな……」
「あ、それいいね! 私も一緒に買いに行く!」
 ヤンレンは急に元気になって、ぴょこんとベンチから立ち上がった。
「私とミツで買ってくるから、ロッコとライズ様は――あ、やっぱりロッコも一緒に行こ!」
「わたしはライズ様を護」
「ダメーーッ! ライズ様と二匹きりになんてさせない! なんかここ雰囲気いいし!」
 ヤンレンの物言いはあんまりだが、錬成部の生徒がたまに通るくらいでほとんど生徒のいない時間に、雌雄が二匹でベンチに座っていたらカップルにしか見えないだろう。周りからの目を意識すると、本当にそんな気持ちになってしまったりするし。
「僕も行ったほうがいいかな?」
「ライズ様はいいの! ここで待ってて!」
 ヤンレンはそう言うと、ミツとロッコの手を引いて走って行ってしまった。
 一匹になると色々考える。三匹は三匹ともライズのファンだと言ってくれて。ヤンレンはちょっと変態的だったり、ロッコは献身的すぎたり、ミツは何を考えているかよくわからなくて怖かったりもするけれど、みんな魅力ある女の子たちだ。
 クラスの男子生徒に羨ましがられたりもする。ライズはどの女の子が好みなのかって聞かれたこともある。
 わからない。ごめん。僕には本当に、わからないんだ。
 ごまかしでもなく、そう答えるしかなかった。そんな感情を抱いたことなんて一度もない。ライズだって思春期の男子として、性的な欲求がないわけではないのだ。でも、誰かを抱きたいとか抱かれたいとか、包み込んでほしいとか、考えたこともなくて。
 怖がっているだけなのか。僕は、違うのかもしれないって。
 試すこともせずに。
 少なくともヤンレンはそういうことに興味があるみたいだし。ロッコやミツだって、ライズを好きでいてくれることには違いないのだから。
 ねえ。教えてよ。恋って何。愛って何。欲って――何が違うのさ?

         ▼

 ヤンレンがまた良からぬことを企んでいるのは一目瞭然だった。
「今度こそちゃんと見る! 見せてもらう!」
「やめようよぉ……罰を受けたばかりだし……もしバレたら……」
「ライズ様に嫌われるだけじゃ済まない」
 時間も時間で冷え込んできたところにヤンレンが買ったのはアイスティーだった。未だに諦めていないらしい。それどころか、ライズ様がトイレに行くときに何かと理由をつけてついて行くという。
 拒否されたらそれまでだからまた別の手段を考えると。
 なんというか、いつの時代も変態がエロを求めるパワーというのは恐ろしいものだ。
「ライズ様~! 買ってきたよ!」
 もう知らない。ライズ様がヤンレンに襲われそうになったら止めればいい。
「ありがと……ってこれ、前足で持たないと飲めないタイプのカップ……」
「そだよ! 私が飲ませてあげる!」
「ヤンレン……調子のりすぎ……ごめんなさいライズ様、止められなくて」
 ミツは本当に申し訳なさそうにしているが、ロッコはこれをチャンスだと捉えた。
 あわよくば自分もライズ様に飲ませてあげようなんて。
「もうヤンレンさんったら……仕方ないな。昼間あんなこともされちゃったし今更だよね……じゃ、お願いしよっかな……恥ずかしいな」
 驚いた。ライズも変われば変わるものだ。以前はあんなに遠い存在だったのに、こんなことを許すなんて。
 ヤンレンは大袈裟に喜んでジュースをこぼしそうになりつつもライズの隣に座って、カップを口へと持っていく。むむ。ずるい。
「ヤンレン下手。わたしが代わる」
「下手じゃないしー。私、ここに入る前は弟や妹の世話をしてたんだからね!」
 などと言いながらライズの頭を撫でて、紅茶を飲ませている。これは許されない。
「わかった。言い直す。わたしもライズ様に紅茶を飲ませてあげたい」
 遠回しな表現では伝わらないと思い、ストレートに告げると、ヤンレンとミツが目を丸くした。
 たしかに普段ロッコはこんなことを口にするキャラではないが、風体など気にしてこの機会を逃してなるものか。
 ヤンレンは意外にもあっさりとカップをロッコに手渡した。ライズは驚きもせず、微笑んでくれた。これはもしかして、ライズもロッコに飲ませてもらうことを望んでいるのではないか。なんて勘違いをしそうになる。
「栄誉に感謝」
「や、ロッコさん大げさだって……」
 夢のような時間を過ごしながら、日が暮れていった。

         ▼

 ヤンレンとロッコが交互にライズに紅茶を飲ませて、頭や背中を撫でたりして楽しそうにしているのを、ミツは眺めているだけだった。
 ライズのことは好きだけれども。ちょっとベタベタしすぎなんじゃないか。ライズは本当に迷惑に感じていないのだろうか。
「そろそろ寮の門限だし、帰る?」
「まだ一時間あるよ? もう少しゆっくりお話しよ?」
「うーん……そう?」
 ライズが首を傾げながらも、おもむろに立ち上がった。
「どうしたのライズ様? おしっこ?」
「そ、そういう聞き方はやめてくれないかな……子供じゃないんだから」
「ごっめーん。私達待ってるから、行ってきてー」
「もう……」
 ライズが背を向けて歩き出す。その瞬間を待っていたかのように、ヤンレンが手をワキワキさせて立ち上がった。
「ライズ様っ!」
「えっ……わわ――っ!?」
 驚くべき俊敏な身のこなしでライズに追いついて、ヤンレンは背中からライズを抱き上げた。何かするとは思っていたが、まさかこんなに強引な手に出るとは予想外だった。
「ライズ様……あのねっ! なんでもしてくれるって言ったよね?」
「や、だからなんでもとは言ってないけど……ちょっと、離して……!」
「だーめ。ライズ様がおしっこしてるところ、見せてほしいんだー」
「え!? ヤ、ヤンレンさん、何を……?」
 言った。言ってしまった。本人に直接。なんという無茶を。そんなのドン引きされるに決まっている。ヤンレンを止める前に、同類だと思われたくないという感情が湧いてきて、ミツは黙って一歩後ずさった。
「いいでしょ? 誰にも見つからない場所、知ってるから!」
「は、離してよ! わかった、わかったから……」
 え?
 うそ?
「ほんと? やたー! うひひひひひ。ほんとに見せてくれるんだよね? それじゃ、こっちに来て――」
 あり得ない。あのライズ様がそんなことを許すなんて。
 一体何があったというのか。
 考えてみればここのところずっとライズ様はおかしくなかったか。
 笑顔の中にもときどき憂いを湛えていて。
「ミツはいいの?」
「私、は……」
 行かない。これ以上は見ていられない。
 ロッコもついていくつもり?
 どうしよう。こっそり覗くだけならまだしも、合意が成立するなんて。
 ミツの頭では理解できない。
 ライズ様――一体どうしてしまったの?

         ▼

 訓練所の倉庫の裏。清掃員も立ち入らないのか、背丈の高い草がぼうぼうに生えたところがあった。
 ヤンレンに導かれるままのライズに続いて、ロッコもここまでついてきた。
 ライズ様をヤンレンと二匹にするわけにはいかない。護らなくては。
 そんな口実もあったが、実際には興味があった。ヤンレンの申し出にライズが頷いたということは、ライズも実は見られたいとか思っていたりするのかもしれない。あまりに近くで見ていたから気がつかなかったけれど。
 でも、ライズがそういう男の子なら、目は逸らしたくない。ロッコはとうの昔から、ライズに出会ったときから決めている。ライズがどんなポケモンでも、実は極悪人だったとしても、全てを受け入れるって。
「じ……実はね、ライズ様……私、今日の休み時間にライズ様の――」
「知ってる。気づいてた」
 ロッコから聞いたとは言わなかった。ライズの優しさは本物だ。ヤンレンの頼みを聞いたのも、なにか考えがあってのことだったりするのか。
「ねえ、ヤンレンさん。代わりと言ってはなんだけど、僕からもひとつお願いしていい?」
「な、ななんでも聞く! ライズ様のお願いを断るわけないじゃん!」
「じゃあ、教えてほしいんだ。ヤンレンさんが僕のそういうところを見たいって思うのはどうして? 僕が好きだから? でもそうだとしたら、ミツさんは違ったのかな。それとも、こういうことって、子供にはまだわからないから? ミツさんはまだ子供で、ヤンレンさんとロッコさんは大人だから?」
「ええと……む、難しいことはわかんないけど! ライズ様も私たちと同じポケモンで、おしっこもするんだって思ったら……なんか、見たくなった!」
「それは恋なのかな? 愛? それとも欲? ヤンレンさんは僕のこと好き?」
「うーん……ライズ様を好きなのは間違いない! 好きじゃなかったら想像もしないし、見たいなんて思わないもん」
 ライズが最近悩んでいたこと。なんとなく合点がいった。こんなに大人びてるように見えて、そういう話にはまるで疎かったんだ。そこだけが取り残されたまま心が大人になってしまって、わからなくなっていた。興味の方向がゆがんでいるにしても、年相応に性的なことに興味を持っているヤンレンよりもずっと、その意味では子供だったんだ。
「そっか……」
「ライズ様の頼みって、それだけ? じゃあ約束通り――」
「ライズ様。嫌なら嫌とはっきり言うべき。ヤンレンにそこまで尽くす義理なんてない」
 ヤンレンの言いなりになるライズを見ていられなくて、思わず横槍を入れた。
「ロッコさん……僕、わからないんだよね。ヤンレンさんもロッコさんも、それからミツさんも……素晴らしい友達だと思うんだ。でも、好きとか、恋とか愛とか、わからなくて。こういうことって試してみたら何かわかるのかなって思って」
「好きという気持ちがわからなくても――」
 訊いて良いものかどうか。でも、ライズ自身が今ヤンレンに訊いたことだ。自分のことに言及するとき、敢えて言わなかったということは。
「――欲は、ある?」
 よもやライズにこんなことを訊く日がやってこようとは。
 ライズと結ばれる相手が自分でないことはずっと前から予感している。きっとFCの誰でもない。ライズの隣に相応しい女の子なんて、今ロッコの知る範囲においては一人もいない。だから、自分を好きになってほしいなんて思っていない。ライズが恋愛感情をわからないと言っても、驚きはしなかった。
「……たぶん、人並みには」
「てことは……ら、ライズ様も……ひ、ひとりえっちとかするの?」
「や、ルームメイトがいたらできないでしょ……? 寝てる間に勝手にってことは……あるけどさ……」
「む……夢精ってやつだよね! うおおおおおおお! ライズ様の――」
「ヤンレン。声が大きい」
 誰かに見られたら一巻の終わりだというのに。ヤンレンの暴走を止めるという意味では、やっぱりついてきて良かった。
「こうしよう。ライズ様はヤンレンの変態性欲に応える代わりに、わたしがライズ様のしてほしいことをする」
「僕のしてほしいこと……? 一匹でもしたことないからわかんないよ……でも、そういうときの夢といえば――」
 ライズの表情が固まった。何かに気づいたみたいだった。ロッコたち雌と同じように雄も性的な夢を見るのだろう。そんな夢を見たときに、おねしょみたいに勝手に出てしまうというのは、なんというかある意味で哺乳類型ポケモンの雌の月のものよりも不便そうだ。
「ライズ様?」
「――あ、ああ、ごめん……やっぱり、わかんないや……」
「わかった。わたしも知識はあるから、わたしに任せてくれればいい」
 ライズの表情は険しい。少し悲しそうで。単に我慢しているというだけではなさそうだ。
「じゃ、そういうことで! 今度こそ!」
 ヤンレンが目を妖しく輝かせて、ライズの下半身を見つめている。女子寮に帰ったら本気でキツいお灸を据えておこう。
「ん……誰も、いないよね……?」
 ライズは尻尾をピンと立てて、後ろ向きに歩いて草むらの中に下半身を隠れさせた。
「あーんそれじゃ見えなーい。こっち来て、横向いてー」
「え、で、でもそれはさすがに恥ずかしい……かな……」
「いいからそのまましてしまえばいい。誰かが来る前に」
 ヤンレンは一度言うことを聞いてしまったらどこまでも調子に乗るタイプだ。これ以上彼女のわがままを聞くわけにはいかない。ただでさえとんでもない状況になっているというのに。
「んぁ……ふ…………んん……」
 が、ライズが目の前でおしっこをしようとしている姿を見て、ヤンレンをただの変態だと罵った自分を恥じた。まさかこんなにも淫靡で官能的だなんて。あのライズが。犯しがたい存在だと思っていた王子様が。ああ。
「んぁ……あれ、おかしいな……」
 が、様子が変だ。身を捩ったり体勢を変えたりして、思い悩んでいる。
「だめみたい……こんな場所だし……見られてると変に緊張して」
「えー? じゃあ限界まで我慢して――」
「待っていたら寮の門限に間に合わない。三匹仲良くまた懲罰」
「そんなぁ……」
 どうしよう。諦めてもらうか。でも、ヤンレンのことだ。どうせまた同じことをするに決まっている。ここで終わらせておく方がいい。
 ロッコだって興味はあるし。目の前でここまで見せられて、途中で帰るなんて。
「ライズ様。わたしが補助する」
「え? ちょ、ロッコさん……ぁう……っ」
 ライズの腰に手を回して、下腹部から後足の付け根あたりを撫でてあげた。
「力抜いて。大丈夫。怖くない」
「ロッコ、さん……ふぁっ……あぁん……」
「わー……なんかロッコの手つきエロい! ずるい! 私もやる!」
「ヤンレンは乱暴だからだめ。わたしがライズ様を気持ちよくお漏らしさせる。ヤンレンはそれを見る。ライズ様への約束も果たせて、一石二鳥」
「そ、そうだけどっ! でも、ライズ様とそんなにくっついて……はわわ……いいなあ……」
 ライズの足から力が抜けて、その場にぺたんとへたり込みそうになった。下半身はロッコが下に後足を入れて支えているから、お尻を少し上に突き出す姿勢になる。
「どう? したくなってきた?」
「んぁっ、ぁっ、ぁっ、ふ、ぁ……っ! だ、だめ、もう……そんなこと、されたら……」
「そ、そろそろ出ちゃう?」
「や、やぁっ……! ヤンレンさん、後ろから見ないでぇっ……ふぁ、ぁああぁぁぁ……」
 ロッコの手に温かい感覚が広がった。ふるふると震えながら、ライズは我慢していたおしっこを一気に放出した。
「きゃー! ライズ様が! ライズ様のおしっこ! わ、私にかかってる、これ? ライズ様の中から……きゃーーー!」
 ライズの真後ろから覗きこんでいたヤンレンの顔にまともに浴びせかけられている。ヤンレンはその場に座り込んだまま狂ったように喜んでいて、ライズは恥ずかしさのあまり動けないようだった。
「よしよし、ライズ様。よくできた」
 使っていない方の手で、涙ぐむライズの頭を撫でてあげた。この時ばかりは、ライズも素直に従ってくれた。

「ふぇっ……ぇ……こ、これでいいの……?」
 やがておしっこが止まると、ライズは恐る恐る立ち上がって、潤んだ目でヤンレンを見た。
「バッチリだよぉ……覗くだけで良かったのに……ここまでしてもらえるなんて……はぁ……ライズ様……」
 ヤンレンは放心状態で座り込んだまま、熱っぽい視線をライズに向けていた。ロッコはムチのように右手を振るって、長い毛が吸い込んだ水を飛ばしながら、左手はライズの背中を撫でていた。
「ロッコさん……ありがと……」
「わたしは感謝されるようなことは何もしていない。ライズ様のためにするのは、これから」
「えぇ……? 僕、まだ何かされるの……?」
 ロッコに散々愛撫されて、股の間からはっきりとその形を見せるピンクの突起を、前足の先端でつついた。
「ひぁうっ……! ろ、ロッコさんっ……?」
「じっとしてて。綺麗にしてあげる」
 ライズのお腹の下に潜り込んで、その綺麗なピンク色をした性器に口をつけた。
「ぁあっ……!? そ、そんなところ……ひぁ、ああっ……さ、さっきより強……だ、だめっ、今、敏感なんだからっ……ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、はぁっ……!」
 花のような香りと、少し甘いようなしょっぱいような味がした。知識はあると言ったものの経験なんてないから、チロチロと先端を舐めてみたり、舌を巻きつけてみたり。試行錯誤を重ねるうち、ライズがどうすれば悦ぶかがわかってきた。
「ひぁむ……んっ……どう? 気持ち……ん、……いい……?」
「くぁぁっ……や……ぁあんっ……! だ、だめ、もう……腰が……ぁあっ……砕けそう……っ」
 ライズが後ろ足ががくがくと震えている。ちゃんと気持ちよくなってくれているみたいだ。ロッコも幸せな気分になっていた。ライズの温もりを感じる。震える体も細やかな毛触りの体毛も、縋るように絡みついてくるリボンの触角も、いつもとは違う可愛らしい声も。全てがたまらなく愛おしい。
「わわわ……こ、こんなの見れるなんて……」
 ヤンレンの声はどこか遠い。この世界に、自分とライズしかいないみたいで。
「ぁっ、んぁっ、ぁあぅ……」
 ライズが自分から腰を動かしはじめたので、離してしまわないようにしっかりとライズの腰を捕まえた。先端に舌を這わせながら、甘噛みすると、ライズはこれまでにないくらい、びくんと体を大きく跳ねさせた。
「ぁ、ぁあああああ~っ……!!」
 口の中に温かい液体が吐き出された。苦くてほんの少し甘い、不思議な味がした。
「ん……っ」
 ぐったりとしたライズの体を支えながら、ゆっくりと嚥下した。最後に先端を吸ってあげると、またぴくんとライズの体が跳ねた。
「これで綺麗になった。ライズ様は最初から綺麗だけど」
「はぁ、はぁ……」
 ライズの下から這い出して、ぐったりとしたライズの背中を撫でた。ヤンレンも近くに座り込んで、二匹でライズの頭を撫でたり、リボンの触角を触ったりして、今目の前で起こったこと、体験したことの余韻に浸っていた。
 その闇は稲妻のような声に切り裂かれることとなる。
「あなた達! 何をしているの!」
 胸が凍りついたような心地で振り返ると、マチルダ先生とミツの姿が、そこにあった。

         ▼

「先生……! ライズ様がヤンレンとロッコに襲われちゃう……!」
 荷物をまとめて帰ろうとしていたところに、ミツが血相を変えて駆け込んできた。何事かと思い事情を聞くと、ヤンレンがいよいよ越えてはいけない一線を踏み越えたのだという。しかもライズがその誘いに乗ってしまい、ロッコとともにヤンレンについていったとか。
 ヤンレンの用意したのが、普段は誰も訪れない秘密の場所なのだという。マチルダも八年半ほどはここで学生をしていたから、中等部の生徒が見つけ出しそうな人目につかない場所の候補はいくつか思い当たる節があった。虱潰しにホールの中を探し回り、ついにその現場を見つけた。
「あなた達! 何をしているの!」
 何か大切なモノを奪われてしまったかのような、潤んだ目をしたライズが草むらに横たわっている。その傍らに身を寄せ合うように、ロッコとヤンレンがライズを撫でているところだった。
「こ、こここれはっ……あ、でも、その、ちゃんとお互いに合意――」
「ヤンレンは黙って」
 見るからに焦燥したヤンレンが何か言いかけたのを、ロッコが制した。
 ヤンレンの髪が濡れているのは、まさかこの状況で水技を使ったというわけではないだろう。それに、マチルダは大人の女だから、わかることもある。異性にとって魅力的な匂いを放つニンフィアの特性。その甘い花の香だけじゃない。女にとっては蠱惑的な、男の子特有のまったりとした香り。
「ミツさんに聞いたわ。こうして目の前にしても、信じられないのだけど……例え合意が成立したとしても、中等部の生徒がしていいことではないわね」
 ライズのあられもない姿を目にしてつい頭に血が上ってしまい、第一声はつい叱り飛ばしてしまったが、これはただ罰を与えて反省させれば良いというものではない。
「これはわたしとヤンレンが勝手にしたこと。ライズ様は悪くない」
「事後の状況だけを見れば、ライズくんが一方的にやられたと見えなくもないけれど」
 ロッコがライズを庇っているのは明白だ。ミツの話では、ライズがヤンレンの誘いに応じたというのだから、話が食い違っている。
「……場所を変えましょう。じっくり話を聞かせてもらわなくちゃね。寮には先生から連絡しておくわ」
 ここにいると、マチルダまで変な気分になってしまいそうだ。ミツもライズの香にくらくらして立ち尽くしているし、冷静に話のできる環境ではない。
 キャスのときとは根本的に問題が違う。どのように指導して良いやら、教師二年目のマチルダには見当もつかない。
 それでも、どうにかしなければならない。まずは事実を明らかにしなくては。

         ▼

 ミツを帰らせて、三匹を国語科教員室に連れてきて、話を聞くことにした。マチルダ以外の教員は既に帰ってしまっていて、部屋にはマチルダと生徒の四匹だけだ。
 ヤンレンはライズと合意の上でしたことだと言い、ロッコは全面的にヤンレンと自分が悪いと言う。ライズを騙して草むらに連れ込み、二匹で性的な悪戯をしたのだとか。
 これに対してライズは、ある程度まではロッコの主張を認めたものの、流されるままに彼女達に身を任せてしまった自分にも責はあるとのことだった。
「ミツさんの話では、ヤンレンさん、あなたが今日の三限後の休憩時間にライズくんのトイレを覗こうとしたそうじゃない」
「……はい」
「でも、それは失敗に終わった。諦めきれないあなたは、罰としての清掃が終わったあと、トイレに行こうとしたライズくんを引き止めて強引に迫った……ライズくんは押しに負けて、これを了承した。そこまではミツさんが証人だから、間違いはないわね?」
 三匹は黙って頷いた。ここまではミツの言っていた通りだ。
「そう……先生はあなたたちの友情を信じて、温情のつもりで罰を皆で受けることを許可したのよ? それがこんなことになるなんて」
 問題はこの先である。ミツの話では、ヤンレンはライズにおしっこしているところを見せろとせがんでいたらしいが、先の状況を見るにそれだけではない。どこまでの行為に及んだのか。そもそもライズが押しに負けたとか、彼女達に身を任せたというのが未だに信じられない。まずはライズに話を聞くべきではないのか。きっと彼は嘘はつかない。生徒の性格につけこむのは教師としていかがなものかと思うが、躊躇している場合ではない。
「ちょっとライズくんと二匹にしてくれるかしら」
 ロッコとヤンレンを退室させて、ライズだけを残す。
「さて……」
 マチルダを見上げるライズの目には光が灯っていない。これがあの優等生の姿だなんて信じたくなかった。
「ライズくん。君はその場の雰囲気に流されたり、自分の欲望のために行動するような子ではないわよね。どうしてヤンレンさんの誘いを受けたの?」
「買い被りはやめてください、先生。僕は自身の心を知りたいがために、ヤンレンさんやロッコさんを利用したんです」
「心を知りたい……?」
 自分のせいでキャスがいじめに遭ったから、何かできることはないか――そう相談してきたライズは、妬みの視線が今後キャスに向けられることのないよう、ファンの女の子たちと仲良くするように努めてきた。結果的には彼女達とも楽しそうに過ごしているように見えたが、実は無理をしていたというのか。
「差し支えなければ、詳しく聞かせてくれる? 先生はね、ライズくんが自分を犠牲にしているようにしか見えないのよ。君が君のためにしたことだとはとても思えないわ」
 過ぎたサービス精神が、何を頼まれても断れないところにまで彼を追い込んだのか。そうも考えた。しかし。
「僕には……わからなかったんです。好きとか、恋とか、愛とか。でも、僕も男子ですから、体は正常です。欲はあります」
 ライズの告白は、マチルダの予想だにしていないものだった。生々しくも、ライズだって一匹のポケモンで、心揺れる思春期の男の子なんだって改めて気づかされた。
「でも、その欲がどこに向いているのか……例えば、好きな異性とはキスしたいとか、抱き合いたいとか思うものなんですよね? 僕にはそれがなかったんです」
 ああ。気の多いことを自覚しているマチルダには耳の痛い言葉だ。仮にこの場でライズに誘われたら、断り切れる自身がない。だいいち、キャスと二度もあんなことをしてしまったのに、生徒同士の行為をどうして咎められようか。今もそんな葛藤の最中にある。
「そうね……先生も気になる男の子――こほん、男性とはそうしたいって思うわね」
「だから、僕のことが好きで、ちょっと変態的でも、そんな欲望に忠実なヤンレンさんなら……ヤンレンさんの欲に付き合ってあげることで、何かわかるかもしれないと思ったんです」
「……バカね。好きでもない子とそんなことしたって、君の知りたい答えは得られないわ」
「いいえ。僕は大事なことに気づきました。ヤンレンさんとロッコさんのお陰で」
「何がわかったというの。君は軽々しく女の子と遊んでいい立場じゃないでしょう? ライズ・クレスターニ君」
「僕がクレスターニ家の長男だからどうしたっていうんですか。先生まで僕を僕として見てくれないんですか?」
 表情を失っていたライズが、これには怒って抗議してきた。担任だからライズの家の事情は凡そ把握している。ライズが貴族の息子として見られるのを嫌っていることも。つい言ってはいけないことを言ってしまったが、やっとライズが感情らしい感情を見せてくれて安心した。
「悪かったわ。君がどこの生まれだろうと、それは関係なかったわね。でもね、ライズくん。先生は先生として……あくまで教師と生徒の立場として、よ? 君を愛しているわ。もちろんヤンレンさんも、ロッコさんも。だから自分の身を大事にしなさいと、そう言いたいわけ。わかる?」
「……先生のお気持ちはわかります。やっぱり……軽率な行動でした。反省しています」
「わかればよろしい。でも、一応聞いておこうかしら。君が気づいた大事なことって何? ここなら誰にも聞かれないわ。言ってご覧なさい」
 ライズは改まって唇を引き結び、真剣な眼差しになった。
「僕は――キャスのことが好きなんです」

愛のカタチ 


 あの大事件から数ヶ月が経った。
 マチルダやライズたちにとっては大事件でも、この街から、この国から見れば学園の中で起きた小さな事件にすぎない。外には日常の風景がどこまでも広がるばかりだった。
「ま、自業自得よね……」
 荷物をまとめて教員寮を出たマチルダは、これが見納めと正門の前に立った。

         ▼

 ライズがキャスを好きだと告白したとき、マチルダは己の浅ましさと罪悪感に押しつぶされてしまった。
 黙っていられなかった。誰よりも辛い葛藤を抱えていたライズの前で、乾いた笑い声が漏れるのを抑えられなかった。
 キャスにしてしまったこと。常日頃からライズやキャスやフォールのことが気になって仕方なかったこと。洗いざらい吐露してしまった。
「本当ですか、先生……? 嘘だ……キャスがそんな……嘘だと言ってください先生っ!」
 混乱したライズが大声で叫ぶので、さすがにヤンレンとロッコが扉を開けて入ってきた。
「私には先生なんて呼ばれる資格はないのよ……君の純情に比べたら、あまりに愚かで浅ましくて、自分で自分が汚らわしいわ」
「っ……ぼ、僕は……やっと自分の気持ちに気づいたばかりなのに! キャスのことを何も知らない先生が……そんなことしてたなんてっ……」
「先生……ライズ様……?」
「ライズ様、どうして泣いてる?」
 ヤンレンはわけがわからないといった様子で立ち尽くしていたが、ロッコはすぐさまライズに駆け寄った。
 ああ、この子の気持ちは誰よりも本物だ。本気でライズを愛しているんだ。
 生徒の美少年達を相手に妄想を膨らませ、日々を悶々と過ごし、ついにはその一匹に手を出してしまったマチルダの低劣な欲望とは違う。
 ヤンレンだってマチルダよりは余程まともだ。好奇心旺盛でちょっと変態的でも、やっぱりライズが好きだからできることで。
「私のせいよ、ロッコさん。私がライズくんの大切なひとを弄んでしまった。教師として、大人として……いいえ、あなた達と同じ一匹のポケモンとして、許されないことをしてしまったのよ。だから――」

         ▼

 マチルダは全てを正直に告白して、免職される心づもりでいた。
 しかし、もしマチルダがそれを理由に免職されたとあってはキャスに与える精神的ダメージが大きすぎるとライズに止められた。ロッコには、罪悪感から逃げ出すのは卑怯だと怒られた。生徒に叱られちゃお終いだ。マチルダは心に罪を背負ったまま、担任を続けることとなった。ヤンレン、ロッコ、ライズの三匹がホールで性的行為に及んだことについても、公にはしなかった。ある程度までの事情を知るミツには、その後三匹がどうにか誤魔化したらしい。
 それからライズはキャスのルームメイトではなくなり、他の生徒と交換する形で部屋を移った。キャスへの気持ちを自覚してしまった今、毎日寝食を共にするのは生殺しにも近い。キャスはセリリと上手くやっているようだから、離れて見守ることにするのだという。これにはマチルダが全面的に協力し、もっともらしい正当な理由をでっちあげたためにすぐに通った。キャスは残念がっていたものの、ライズの本心が勘繰られることはなかった。キルリアといえど向けられる好意が友情なのか愛情なのか、までのはっきりとした区別はつかないらしい。
 そして、決して届かぬ思いを抱えた子がもう一匹。ロッコはライズの本心を知っても、自分がライズのことが好きで、ライズが誰を好きになってもそれは変わらない。だからライズを応援する。と、キャスの気を引く手段をあれこれ考えているとか、なんとか。
 ヤンレンはというと、ライズが今はキャスのことが好きでも、きっと女の子も好きになれるはずだと、まだ諦めていない。
 あの事件を知らないライズのファン達は相も変わらずで、三年六組は見た目には何事もなく、平和なクラスのままだった。
 そうして迎えた中等部修了式の日。
「みんな、おはよう。中等部も今日が最後ね。式が終わって、春休みが明けたらいよいよ高等部。ここまでは普通の学校とほとんど変わらなかったけれど、この学園は高等部からが本番よ。休みに実家へ帰る子も学園に残る子も、休みボケしないように。それと――」
 マチルダはこの日まで、誰にも明かしていなかった。
「先生は今日で皆さんとお別れよ。一身上の都合で退職することになったの」
 年度を終えたのだから、もう開放されてもいいはずだ。罪は罪。職を辞めても消えるわけじゃない。でも、罪悪感だけじゃない。この数ヶ月、ライズと折しも秘密を共有する間柄になってしまってから、日に日に実感が強くなっていった。マチルダが自分を許せなかった理由。この子の笑顔だけは絶対に壊したくなかった。特別だった。その理由。

         ▼

「先生」
 日の沈みかけた黄昏時。マチルダがここに立ち寄るかどうかなんてわからないはずなのに。
 君が現れるはずもないのに。
「……ライズくん。私はもう先生ではないわ。今度こそ本当にね」
 重厚な黒鉄の門は、それを挟んで向かい合うニンフィアとマフォクシーの距離がどうしようもなく隔たってしまったことを示しているみたいだった。
「先生が退職されても、僕にとって先生は先生です」
「ありがとう。まさか君に見送られるとは思っていなかったから、嬉しいわ」
「先生にどうしても聞きたいことがあったんです」
「どうして今になって、ってところかしら。一身上の都合、じゃだめかしら」
「アイドルでもあるまいし、そんなので納得できるわけがありません。今さら逃げたくなったなんてことはありませんよね?」
「ロッコさんに卑怯者だって言われたものね。君やキャスくんに顔向けできないから逃げ出すというわけじゃないわ」
 キャスはセリリと付き合い始めてよく笑うようになり、新しいルームメイトをはじめ、友達も増えた。ライズはロッコという理解者を得て、恋は叶わなくとも純粋に、健気に生きようとしている。
「そうね……私が君にしてあげられること、キャスくんに償えることはなくなってしまったから……かしらね」
「でも、僕たちが高等部に上がったらもう担任ではなくなってしまいます。何も学園を去らなくても……」
「あら。こんなひどい先生を慰留してくれるの? 優しいわね」
「からかわないでください。本当は、まだ責任を感じているからでしょう? 責任を果たしたから、今度は自分がけじめをつける番だと」
「何でもお見通しってわけか……本当、十五歳の男の子とは思えないわ。そうね、その通りよ。これから行くあてもないし、私はきっとこれから苦労することになるわ。そう、このまま何事もなかったかのように真面目な教師を演じ続けることは、やっぱり自分が許せない」
「……変態エロ教師として残れば良かったんじゃないですか」
「っ……ライズくんも言うようになったわね。優等生のセリフとは思えないぞ?」
「ていうか先生……先生をやめたらなんだか普通のお姉さんみたいですね」
「失礼ね。今まで私をなんだと思っていたのよ?」
 ああ、せっかく最後に会えたのだから言おうと思ったのに、なかなか言えない。ライズがあの告白をするのにどれだけ勇気が必要だったか。彼に比べたらまるでちっぽけな勇気なのに。
 もう寮の門限まであまり時間もない。
「でもね、変態エロ教師として残っても、ダメなのよ。本当はけじめだけじゃない。君ならわかってくれるんじゃないかしら。もうキャスくんと一緒の部屋にはいられないって、私に頼んできた君なら」
 マチルダは踵を返し、ライズに背を向けた。これ以上話していると、未練が残るばかりだ。
「え? それって、どういう……?」












「この学園には君がいるからよ。ライズくん」


 さよならの言葉にしては、我ながらひどく不器用だった。



 -Fin-



あとがき 

まずは読んでくださった方、票を入れてくださった方、ありがとうございます!
久しぶりに大会に出たのに、途中で仕事が忙しくなり間に合わず。。。
三位という意外な結果には驚いています(・×・)

フォールのエピソードとかキャスとマチルダの二回目の×××なシーン()とかライズ×キャスのあれこれとか書きたかったのにカットすることになってしまいました・゚・(つД`)・゚・
また時間を見つけて追加エピソードを書こうと思っています(・ω・)


コメント欄 

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 非常に特徴的な文体とキャラ描写ですぐに三月兎さんだと分かりました。
    ごちそうさまでした。
    ――名無し ? 2014-11-18 (火) 00:05:18
  • 後日談と会わせてゆっくり読ませてもらいました!
    立場として越えてはいけない一線だから越えてしまいたい、マチルダさんの渦巻く欲望がよく描写されていて、周りの生徒たちとの微妙な関係もすごく楽しませてもらいました。
    最終的に退く事を選んだマチルダさんですが、納得のいく結果なのかまた少し謎なところがすごく彼女らしいというか……色々迷ったからこそ受け入れれる結末なのでしょうかね?(適当ですんません)
    後日談でもランナベールの住人たちとの関係を明らかにして、ああ凄いなぁと純粋に色んなポケモンたちの関係を濃密に繋がっていく感覚が溜まらなく好きです!
    今更ながら執筆お疲れ様でした!本編の方もラストスパートに入っていてどういった展開になっていくのか非常に楽しみです!
    ――クロフクロウ 2015-06-29 (月) 03:21:55
  • >クロフクロウさん
    感想ありがとうございます(*´∀`)
    マチルダは書いている方も楽しくて、あまり感情移入しすぎないように気をつけていました←
    逆ハーレムというわたしの趣味全開でしたが楽しんでもらえたようで、とても嬉しいです!
    本編の方もよろしくお願いします!!
    ――三月兎 2015-07-10 (金) 23:38:51
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