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魂の島

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魂の島 

作:COM


この儚くも美しき世界

前<竜の島

19:死者の島 [#7o2cDDi] 


 各島々の連絡船も元通り復旧し、荒れ果てていた竜の島の港は奇麗に整備され、大勢の多種多様なポケモン達が竜の島へと足を踏み入れた。
 島民達との交流とこれから先の事を島民一丸となって話し合い、そして結局話し合いの結果、ベンケが暫定的にこの島の指導者として皆を導く事を半ば折れた形で受けれいた。

「某は一度島を捨てた身、そのような者が島を治めては……」
「関係無いでしょうよ。もうこの島は竜の支配する島ではなく、多種多様なポケモン達が住む島なんですから。他人の痛みを理解できるドラゴンが統治してくれる方が皆も安心できますよ」

 移り住んだ者達、元々この島に住んでいた人達、皆がそう声を大にしてベンケに伝えた。
 後ろめたい気持ちもあったが、それでもベンケにもこの島を大事に思う気持ちは当然ある。
 だからこそ最後には受け入れたのだろう。



 第十九話 死者の島



 竜の島の今後の問題も何とか解決し、全ての憂いが取り除かれた今、シルバがやるべきことは一つとなった。

「ありがとう皆。お前達がいなければ俺は旅を続けられなかったかもしれない。こんなに笑顔が溢れる世界に出来なかったかもしれない。お前達が俺がどれだけ言おうと信念を貫いてついてきてくれたお陰だ」
「じゃあさ、お礼の代わりに皆からお願いしたい事が一つあるんだ!」

 ようやく晴れた気持ちの下、シルバは子供達に改めて礼を言うと、子供達は示しを合わせていたのかニコニコとお互いの顔を見合わせる。
 何事かとシルバが待っていると子供達は皆で声を揃えて言った。

「この旅が終わったら、今度は一緒に観光しよう!」

 子供達の笑顔はとても無邪気なものだった。
 本当は子供達はこれをずっと言いたかったのだろう。
 それを見てシルバは笑顔で快諾した。
 残る石板は一枚。
 そしてその石板のある島は既に分かっており、後は何も気にせずただ取りに向かうだけだ。
 と言いたい所だったが、まだ一つ懸念点が残っている。

「カゲ、聞こえているなら姿を見せてくれ」
「ほう。島の復興を優先したからてっきり諦めたものかと思っていたが、きちんと覚えていたんだな」

 シルバが宙に向かって言葉を発すると、シルバの目の前の地面から影が伸びるようにして立ち登り、そしていつものカゲの姿へと変わる。

「憂いはもう無くなった。最後の石板、集める必要があるのならお前の協力が必要なんだったな。この数ヶ月の間、お前は本当に何もしなかった。だから信じよう」
「成程、一応俺を試しているつもりだったのか。なら残念だが見当外れだ。信用も何も、俺はそもそもお前と違ってこの世界に干渉できない。触れられないんだ」

 そう言ってカゲは手をシルバの肩へと伸ばしたが、その手はシルバの肩を貫通しており、そのまま触れられた感覚すらないまま輪郭の無いカゲの手はシルバをすり抜けて元通りになった。

「お前は一体何者なんだ? あいつ等神と同じ存在なのか?」
「いいや。ずっと言っているだろう? ただの傍観者だ。……いや、そろそろ名乗りを変えるべきか。もう傍観は出来ないからな。俺はただの監視者だ。ただ一人、お前のな」
「……それで俺の行動を監視してなんになる? 何が目的なんだ?」
「お前の旅を見届ける。ただそれだけだ。続けるんだろう? 旅を」
「ああ」

 カゲの存在はあまりにも現実離れしていた。
 その存在の曖昧さや不明瞭な容姿、言動の端々に神達と同じものを感じシルバは訊ねたが、やはり彼も答えない。
 カゲはただシルバに問い掛け、シルバが首を縦に振ると笑ったように見えた。
 島の中心にいたシルバ達はカゲの先導の下、港付近まで移動し、そこで一度立ち止まった。

「知っていると思うが、不帰の島はその名の通り誰も帰ってこないから不帰の島だ。当然船も出ていない」
「ああ。竜の島の侵攻等と違って誰も帰ってきていないから船を出さなくなったというのは聞いた」
「正確には違う。不帰の島の本島の名は『魂の島』。死者のみが行く事の出来る島だ」

 その言葉を聞いてシルバは少々驚いた表情を見せた。
 死者のみが行くことができるという事実にではなく、その島には死者がいるという事がシルバには心臓を逸らせるほどの驚きだったのだ。

「意味は分かるな? つまり島に行って帰ってくるためには一度ここで疑似的に死ぬ必要がある。言い換えるならば幽体離脱というものだ」
「帰ってこれるのか?」
「無事ならな。不帰の島はゴーストタイプのポケモン達が住んでいる。彼等はこの世とあの世の狭間に近い所に生きている。死者の魂を糧にする者や、天に還し次の命へ導く者、多種多様だがまあせいぜい魂を食われんようにな。霊体である以上腕力は意味を成さない。自我を強く持つ事。それだけが不帰の島で無事でいる方法だ」
「なら俺一人で行くべきだな。お前達には危険すぎる……と言っても聞かなさそうな表情だな」
「当然! ここまで来たんだもん! 最後まで付き合うよ!」
「俺は遠慮したいなー……なんて」
「コイズさん、もしかしてお化けが苦手なんですか?」
「違う! 断じて違う! まだ死にたくないだけだ!」
「じゃあなんで震えてんの?」

 カゲの説明を聞いてシルバは一人で行くことを決断したが、当然のようにニコニコとした表情を見せる子供達を見て先に折れた。
 しかし以外にもコイズは随分と青褪めた表情でカゲやシルバの話を聞いている。
 実はなんでも怖い話などもかなり苦手らしく、分かりやすい作り話ですら避けているらしい。

「じゃあコイズは待ってて!」
「は!? 絶対に嫌だよ! 何でここまで来て俺だけ置いてけぼりなんだよ!」
「でも、怖いんじゃないの?」
「怖くねーよ! 自分も……幽霊になるんなら何ともないだろ!!」
「よく聞こえなかったけどよーするに怖いんだね。オレはちょっとワクワクしてる」
「魂ってどうなってるのか気になるよね」

 意外な弱点を露見させたコイズに皆がそれぞれの思う所を話して笑い合っていたが、結局コイズも付いてくるという事で話が纏まった。

「悪い。カゲ、続きを話してくれ」
「構わんよ。石板があるのは不帰の島の中央にある"輪廻転生の塔"の頂上だ。島に着いたらそこへ向かえ。ただし、島には普通の死者もいる。お前達が聖者であることがバレないように気を付けろ。死者は生に固執する」
「まさか、島から誰も帰ってこないのは……」
「君の想像通りだ。皆死者に魂だけを連れ去られた。だから誰も帰ってこない」
「ヒィィ!!」

 石板の在処を教えてもらい、そのままカゲは説明を続けていたが、当に近寄った者が誰も生きて帰ってこなかったことを聞いてコイズが完全に怯えていた。

「……聞きたい事はいくつかある。何故それを知っているのかとかな。だがそんなことはどうでもいい。一つだけ聞きたい。そこにいる死者とは話せるのか?」
「話せる。だが出来る事なら避けるべきだ。お前達が死者ではない事を悟られるリスクしかない」

 カゲの言葉を聞いたシルバは返答できずにいた。
 死んだ者と話すことができるという事実は今のシルバにとってとても悩ましいものだった。
 シルバに様々な想いを託し亡くなっていった者達、シルバと敵対しその命を散らしていった者達。
 彼等へ聞きたい事は今のシルバならば山ほどある。
 とはいえ同時に彼等亡くなった者達の話を聞いて、恨みの一つでも抱かれていたらと考えると聞く事が急に恐ろしくなってしまう。
 既にシルバの思考は話すべきか話さないべきかを考えることで一杯になっていた。

「どうするのも勝手だが、不帰の島ではお前は非力な存在だ。連れて行くのなら子供達の安全を第一に考えてやるんだな」
「非力? 何故だ?」
「当然だろう? 霊体同士ならば想いの力が強い方が勝る。何もお前達の目的や意識が弱いと言っているわけではなく、恨みや憎しみの生み出すエネルギーの力を甘く見ない事だな」
「分かった。不帰の島へ向かおう」

 カゲの言葉に気付いたシルバは小さく頷き、最後に念のために子供達にも確認を取ってからカゲに不帰の島へと向かう為に必要な手順を聞いた。
 するとカゲは今一度自分の手をシルバの胴体を薙ぐ様に振り、干渉できない事を見せる。

「見ての通り俺はお前達に干渉できない。だが少しだけ自分の存在を強く意識すれば……こういうことができる」

 そう言うとカゲの腕は黒い炎のような輪郭の無いシルエットから色こそ真っ黒なままだが、シルバのようにしっかりとしたゾロアークの腕になる。
 その腕でシルバの胸をトンと軽く押すと、シルバの身体は宙に放り出されたような感覚に包まれた。

「ど、どうしたのシルバ!? 大丈夫!?」
「別に何ともないぞ。何をそんなに焦っている」

 特に外傷も無ければ痛みも無かったため何とも思っていなかったのだが、急に慌てだしたアカラの声を聞いてシルバがそちらの方へ目を向けると、そこに自分が倒れているという不思議な光景を目にした。

「どうなっているんだ? 何故あそこにも俺がいるんだ?」
「どれほど具体的に実体を想像しても俺が干渉できるのは霊体まで。まあつまり俺がお前の身体から霊体だけを押し出しただけだ」
「えっ!? シルバに何かしたの!?」
「肉体から霊体を押し出した。君達には見えていないがシルバはそこにいる」

 慌てるアカラにカゲが宙を指して何をしたのかを説明した。
 アカラもその指差した先を見るが当然そこには何も見えない。
 逆にシルバからは自分が指差されているのが分かるが、アカラが見ている場所は自分ではなくよく分からずにそちらの方向を見ているだけなのだという事が分かる。

「こんな力があるならいくらでも自由に干渉できただろう。何故今までそうしなかった?」
「それが俺の目的ではない。それにこの能力はただ押し出すだけだ。自分の肉体に触れればすぐにでも元に戻れる。試してみろ」

 シルバはそう言われ歩いて近寄ろうとしたが、明らかに自分の歩こうとしている足の動きと移動する速度が合っていない。
 どうも向かおうとした方向に対して意識が向くらしく、その意識がどれほど具体的かで速度や移動する方向が決まるようだ。
 慣れない移動方法に少々戸惑いつつ、ふわりふわりと浮いていたシルバはそのままぶつかるように自分の肉体に触れ、倒れていた肉体が意識を取り戻した。

「起きた!! 大丈夫!? 何が起きてたの!?」
「そうか、アカラには俺が倒れていただけにしか見えていないのか」

 一応シルバは自分に起きた事を子供達に説明し、特に危害を加えられたわけではない事を伝えた。
 それでようやくアカラ達も安心したのか、全員が心の準備ができてからカゲに霊体だけを押し出してもらうことになった。
 今度は子供達から順に行い、倒れた肉体はシルバが受け止めその場にそっと寝かせる。
 そうして子供達全員の霊体を押し出した後、肉体をそこに小さな小屋を生成してから寝かせ、最後にシルバ自身もカゲに押し出してもらった。

「これで全員不帰の島へ行く準備ができたな。念のために説明しておくが、いくらただ押し出されただけだと言っても肉体にも限界がある。あまり日数が経ち過ぎれば本当に死んでしまうことだけは頭に入れておけ」
「具体的にはどれぐらいの期間だ?」
「人による。お前達がどれほどしっかりと自我を保てるか次第だ。自分を見失えば見失う程肉体も呼応するように衰弱する」
「ねえねえシルバ! それなら早く行こうよ! 空を飛べるって楽しいよ!」

 最後にカゲは肉体と霊体が分離している上での懸念点を伝えてシルバ達を見送ったが、既に子供達はその霊体の感覚を楽しんでいるようだった。
 子供の方が順応力が高いのかシルバが移動するよりも速い速度で自由自在に移動しており、元々空を飛び慣れているツチカを先頭にして皆で飛ぶ感覚の練度をメキメキと上げていた。
 船よりも速い速度で海の上を渡ってゆき、その後ろを少しずつ慣れながらシルバが追いかけてゆく。
 だんだんとその感覚が走る感覚とは違うという事を理解できたシルバも子供達の速度に追いつくことができた。




 海の上を飛ぶこと数十分、子供達は既に随分と慣れており、高速で飛行するシルバと遊びを織り交ぜた飛行で並走できる速度で飛んでいる。
 早々している内に島へと辿り着いたらしく、着岸できるような場所の無い荒れた海岸へと辿り着いた。
 沢山の朽ち果てた船の残骸が座礁しており、骨のような物も見つかる。
 その様子は不気味そのもので、楽しそうに飛んでいた子供達もシルバの傍へと近寄って静かに移動するようになった。
 その中でも特にコイズは強がってはいるものの、相当怯えているのが警戒の仕方で分かる。
 霊体同士であるため触れられる皆はシルバに掴まる形で移動してゆき、足元に見えた廃墟へと一度降りることにした。
 不帰の島には勿論港はない。
 だが廃墟は存在するため誰かが住んでいたことはあるのだろう。
 しかし廃墟内を見る限りそれは途方もない程前のようで、既に遺跡のような残骸だけが残っているのみだ。

「なんだか……淋しい所だね」
「ゴーストタイプのポケモン達もこの有様を見る限り、町は作っていないようだな。カゲの言っていた通り接触は可能な限り避けるべきだろう」
「そうだね。ポケモンによっちゃ何されるか分かんないしね」
「ああ。……ん? 誰だ? 今の声は」

 アカラの言葉にシルバが気を引き締めるためにも言葉を返したが、その声に対して聞き慣れない声が言葉を返した。
 シルバが振り返るとそこには小さな紫色の風船のようなポケモンがおり、シルバが振り返った瞬間に驚かしてみせた。

「ばぁ」
「ぎゃあぁぁぁぁ!! 言ってる傍から出たぁぁぁ!!」
「落ち着けコイズ。君はこの島の住人だな。何故襲わなかった?」

 そのポケモンはコイズの反応を見てケラケラと笑ってみせた後、特に驚く様子を見せなかったシルバに対して少々不満そうな表情を見せながら質問に答えた。

「そりゃあ僕はフワンテだからね。水先案内が僕のお仕事でヒトモシみたいに食べる事が仕事じゃないもん」
「仕事? 無差別に霊体を襲うわけじゃないのか?」
「種族次第ってところかな。僕達はこの島にやってきたポケモン達を"輪廻転生の塔"の頂上まで連れて行って、ご褒美をもらう為に行動してるってぐらい。いつかは立派なフワライドになってどんなポケモンでも無理矢理運ぶのが夢さ」
「やっぱりヤバい奴じゃんかぁぁぁ!!」

 そのフワンテは怯えるコイズを見てクスクスと笑い、自らシバノと名乗った。
 この島の事についてはチャミの遺した手記にも詳しい情報は載っていなかったため、シルバとしては現地の者に協力を仰げるのならば正に渡りに船となる。

「いや丁度良い。俺達は"輪廻転生の塔"に行きたい。道案内を頼めるか?」
「お? ホント? 大抵の人ってまだ死にたくないって言って逃げるんだけどね。もう死んでるのに。君達みたいに自分から転生したいって言う人達は珍しいね。いいよ。案内する」

 シルバがシバノに案内を頼むと嬉しそうにその場でくるりと回ってみせた。
 怯えるコイズを無理矢理引っ張りつつシバノを後をついて行ったが、その道中シバノは色々とこの島の事を教えてくれた。
 なんでもこの島は元々、大勢の多種多様なポケモンが住んでいた島だったらしい。
 様々な思想や様々な生活様式、様々な理念を持つポケモン達で構成されたこの島は初めの内はとても繁栄し、世界で最も栄えた地となった。
 しかしその栄華も長くは続かず、多種多様な思想は初めの内は互いを高め合う良い起爆剤となったのだが、世界が安定し始めた頃には思想のばらつきは対立を生み出す元となり、次第に思想によって派閥が分かれ、世界最大の内戦となったそうだ。
 数百年にもわたる長い長い戦争は次第に全ての種族と思想を衰退させてゆき、それでも尚自分達だけが正義だと信じたまま、既に何が原因でその戦争が始まったのかも分からず戦い続けた。

「そんなある日、あの塔が世界の中心に急に現れたんだって。途端に世界中の人々は病に倒れ、生き残ったポケモンは一人も居なくなり、代わりに怨念や塔から降りてきた死者を運ぶポケモン達の意志が魂と混ざり合って僕達が生まれたんだって」
「ということはあの塔だけは初めからあったわけではないのか」
「うん、そう聞いてる。あの塔には死を司る神様がいるんだ。いつまでも戦いを止めず、徒に世界中に死と憎悪を振り撒いた島民達は皆一度その魂を回収されて、世界中にもう一度生み直された。それがこの世界の始まりなんだって教えてもらった」
「教えてもらったというのは誰にだ?」
「神様。魂を連れて行くとご褒美に知識を授けてくれるんだ。その知識で僕達は少しずつ育っていけるの」

 シバノがそう語る塔がシルバ達の視界の先に現れ、その存在感を示している。
 無機質な石造りの塔には外壁のあちこちに薄靄が立ち込めており、非常に視界が悪い。
 しかし天まで届きそうなほど伸びるその塔には、不気味さと同時にある種の神聖さを感じさせる。
 その光景に感嘆の息を漏らしたのはシルバだけであり、他の子供達はコイズほどではないにしろその見た目に怯えていた。

「そういえば他の死者は逃げると言っていたが、どうやって逃げるんだ? 別の島にでも行くのか?」
「ううん。どんな魂も最後にはこの島に流れ着く。魂は長くそのままであり続けると、少しずつ生まれ変わる準備を始めるんだ」
「生まれ変わる準備というのは?」
「少しずつ自分を忘れていくんだ。特に自分の人生に満足している人の方が早い気がする。楽しい記憶って案外覚えててもぼんやりとするものだからね」
「楽しんだ人の方が自分の事を忘れちゃうのが早いの? なんだかやだなぁ……」

 シバノの言葉を聞いてアカラが少しだけ不満そうに言葉を漏らした。
 確かにいい人生を歩んだ者の方が先に消えてゆくのは何処か理不尽さのような物を感じる。

「それは多分、あれを見てないから言えるんだよ。ちょっとだけ寄り道するけど離れないようについてきてね」

 アカラの言葉を肯定するでも否定するでもなく、シバノはそう言って進んでいた方向から少しだけ横の方へ逸れた。
 その後をついて行くと、シバノの向かった先には一つ小さな廃墟があり、そこは初めにシルバ達がいた廃墟とは違い色んなポケモンが溢れている。

「はいここまで。これ以上近付くと多分、あいつらにバレちゃうから」
「なに……あれ……」

 シバノがシルバ達にそう言って制止した場所から見えた町の光景は、アカラすら絶句するほどの光景が広がっていた。
 どす黒いものが溢れ出る化物のような姿のポケモン達がお互いに殴り合い、その黒い何かをまき散らし合う。
 それだけではなく、迷い込んだであろうまだ普通の見た目のポケモンを捕まえて、その黒に染まったポケモン達が歓喜の声を上げながら目を潰し、身体を思い思いに削り取ってゆく。
 ただ隅の方で泣き叫ぶ者、誰彼構わず殴りかかる者、只管に逃げ惑う者……。
 それは地獄という名が相応しい景色だ。

「死んでもその事実を受け入れられなかった人達。自分だ死んだことが信じられなくて、自分よりも幸せそうな人が死んでも尚許せなくて、負の感情に心が支配されちゃった人達。最近誰だったっけ? なんか凄く悪い人があそこに連れ去られてさ、今もずっと皆から憎しみを与えられ続けてるんじゃないかな?」
「ヒドウとベイン……だろうな」
「ああ! そうそう。ヒドウって言ってた気がする。もう今は自分の名前も思い出せなくなってるだろうけど、憎しみとか恐怖みたいな負の感情ってなかなか忘れられないんだ。今もお互いに憎しみをぶつけあっているはずだよ」
「シルバ……。俺が言うのもなんだけど、早くここを離れよう。ここは怖いんじゃなくて嫌だ。凄く寒気がする」

 シルバもその光景を直視できないほどの惨状を目の当たりにし、離れたいと最初に言いだしたのはコイズだった。
 先程までの怯えた様子とは違い、明確な嫌悪感を示して身体を震わせながらシルバに懇願した。
 子供達には堪えるその光景を見せつけられ、急いでその場を離れはしたものの、流石にこの島に来た時ほどの明るさは保てなくなっていた。

「あれが満足できなかった人達の末路。負の感情に囚われて、自分の存在を忘れるまでああして……最後には残った魂を他のゴーストポケモンに食べられるだけだろうね」
「シバノさんは……ずっとああいう光景を見てきたんですか?」
「そりゃあもう! 数えきれないよ。馬鹿だよねぇ。君達みたいにさ、未練なんて捨てて生まれ変われば、今の事は覚えてなくてもまた別の人生が歩めるってのにさ。死んだことを認めきれず、お互い死んでるのに殺した相手の事を恨んで憎んで、最後はお互い何者かも忘れてただ憎しみだけをぶつけ合う。楽しい事なんか何一つないのに」

 ツチカが思わずシバノに訊ねたが、シバノは特に気にすらしていない様子で言葉を返した。
 曰くシバノもああなった魂には決して近寄らないそうだ。
 負の感情の持つエネルギーは恐ろしく、転生させるために連れて行こうと触れれば逆にシバノのようなゴーストタイプのポケモンの精神すら汚染するほどの脅威だという。
 故にあの地獄の仲間入りを果たした者に待つのは、憎しみを忘れるほどの長い時間を自我すら失ったまま繰り返し、最後にはその魂も死者の魂を食料とするポケモンに食べられるだけしかない。

「食べられた人達は……どうなってしまうの?」
「負の感情はこの世界にあんまりいらないものだからね。神様の所へは還らないよ。消費されて消えるだけ。新しい命はまた神様が生み出してくれるから、知識として蓄積されないんだ」
「輪廻の輪から離れるということか」
「おっ? 詳しいね。神様がそんな風に言ってたことあるよ」

 シュイロンの質問にシバノが淡々と答える。
 その言葉を聞いてシルバは思い出したことを口にしていた。
 シバノが反応した通り、その言葉はシルバが記憶の中で神から聞かされていた言葉だと覚えていた。
 誰がシルバにその言葉を投げかけたのかを思い出そうとしても上手く思いだすことができない。
 覚えている限りでは、シルバととても親しかったような気がするが、その相手はやはりあの巨大な影の姿でしか思い出すことができず、いまいち決定だとはならない。
 もうほとんどの記憶を取り戻しているシルバにとって、その繋がりそうで繋がらない記憶もシルバをもやもやとした気持ちにさせる原因となっていた。

「さて、着いたよ。ここが"輪廻転生の塔"の入り口。頂上にはちゃんと中を通っていかないといけないんだ」

 シルバが思い出そうと必死に考えている内に、彼等は塔の麓まで辿り着いていた。
 塔の入り口は非常に大きく、ホエルオーが通ってもすんなりと通れるほどの幅と高さを有している。
 そして塔の内壁には螺旋階段が延々と続いており、それ以外には光を取り入れる小窓以外に何一つ無い。
 シルバ達が中へと進んだ瞬間、いままで霊体故にふわふわと浮き続けていた身体が急にストンと地面に降りたせいで皆その場に倒れこむ形となった。

「あ、ごめん。言い忘れてたけどこの塔は自力で登っていかないといけないんだ。どういうわけだか幽霊なのに元々の移動方法でしか移動できなくなるよ」
「そう言うことはもうちょっと早く行ってほしいよ」
「むぎゅう」

 なんでもその塔の内部は不思議な空間になっており、霊体だろうが関係なく床や壁などに触れることができる。
 魚のようなポケモンの場合はまるで大気が水中と同じように泳げるようになり、彼等も自身の元々の移動方法で進んでゆかなければならなくなるらしい。
 気を取り直してシルバ達はその無限に続くような螺旋階段を登ってゆく。
 いつものように子供達はシルバの髪束の中へと格納され、シルバの速度で飛ぶように登ってゆくが、時折シバノを待つために足を止める。

「ひゃー! 速いね! 今までこんなに早く登る人初めて見たよ」
「そいつはどうも。出来るならシバノも連れて行ってやりたいが、生憎触ることができないからな。すまない」
「一応僕からならシルバに触れられるけど、そんな速度で登られちゃあ僕の手が千切れちゃうからね。寧ろ時々待ってくれてありがとうね」

 シバノはシルバの速さに仰天し、そんな声を漏らしたがシルバとしては協力者であるシバノを一人登らせることを申し訳なく感じていた。
 死者の案内役であるシバノは霊体であるシルバや他の幽霊達が見えるし触れることもできる。
 その能力があれば小さな子供程度であれば捕まえて無理矢理連れて行く事も出来るが、大人が相手では振り払われるか寧ろ引っ張り回されるのがオチである。
 シルバに掴まってゆっくりと登ってゆくことも提案したが、寧ろ登ってゆくシルバの速度を傍から見ていた方が面白いとのことで今のまま登ってゆくことになった。
 塔を登り始めてから小一時間ほど経っただろうか。
 シバノに合わせて進んでいたため時々休んでいたとはいえ、流石に長い長い螺旋階段を上り続けてシルバも疲弊しないはずはない。
 ところがどういうわけだかシルバは息が乱れるどころか走ってすらいないほど呼吸すら穏やかだった。
 そう言った部分は霊体のままで、延々続く階段を相手にしてもシルバのような元々身体能力の高いポケモンでなくても疲れを知らずに登れるそうだ。
 とはいえ変わり映えのしない螺旋階段を上り続けるのは案外精神的に滅入る。
 過去にも世界樹を登った事があったが、その時でも流石に少しずつ景色が変わっていたためまだ登っている感覚があったが、この塔は今だ天井が見えず、足元もとうの昔に遠く下の方に見えるだけになっているせいで登っているのかが分からなくなってくる。

「流石に長いな……外景からも高い事は分かっていたが、疲れもしないと尚更終わりが見えないのが辛い」
「ああー。他の人も言ってたよ。よく分からなくなるって。でもこれだけのペースで登り続ける人は初めて見たから多分もう暫くもしない内に頂上が見えてくると思うよ」
「だといいが……。ん? あれは……」

 途中途中で精神が擦り減らないようにシバノや子供達と会話をしながら休憩をし、登り続けていたシルバ達だったが、シルバ達の登ってゆく階段の先に見覚えのある姿が見えた。

「ベインか。どうしたんだ? こんな所で立ち止まって」

 シルバが声を掛けたのはベインだった。
 声を掛けられるとは思っていなかったのか、小窓から遠くの景色を眺めていたベインはシルバの存在に気が付くと酷く驚いていた。

「まさか……シルバとその連れの子供達ですか!? まさかあなた達まで死んだのですか!?」
「あー……えっと……」
「おっ? 何々? お知り合い? 今日は色々と珍しい事が立て続けに起きるね」

 ベインはシルバ達が死んでいた事実に驚いたようだが、当然シルバ達は石板を取りに来ただけであるため正確には死んではいない。
 しかしカゲから島民には生きている事を悟られるなと言われているため、ベインへの返答に困ってしまう。
 シバノとしてもやはりそう言った事は滅多に起きない事らしく、興味津々のためあまり事実を述べたくはないが、他の幽霊やポケモンが見ているわけでもないため事情を説明した。

「まさかカゲが言っていたことは本当だったとは……。まあ、もう今となっては関係ありませんけどね」
「つまり、シルバと君達は生きてて、この塔の頂上にいる神様から石板を貰いに来た。そしてこの方は亡くなってて、一応生前はお知り合いだったと……尚更面白い状況になったね」
「楽観的な性格で助かるよ。しかし俺も驚いた。まさかベインがここにいるとはな。てっきりあの地獄に巻き込まれたかと思ったが……」
「"巻き込まれる"ですか……本当につくづくお優しい方ですね」

 シルバ達の目的を打ち明けても特にシバノは目の色を変えず、そのままクスクスと笑うだけでシルバ達を眺めていた。
 同じようにベインの方も特に態度は変えず、少々自棄気味な言葉で受け答えをする。

「シルバさん。目指しているのは頂上でしょう? ならこんな所で油を売っている暇などあるのですか?」
「まあ一応期限はあるが、急いでいるわけでもない。お前と少し話すぐらい訳ない」
「……なら少し登りながら話しましょうか。僕も退屈していた所ですし」

 シルバの言葉を聞くとベインは初めて見せる柔らかな笑顔を見せてスッと立ち上がった。
 ベインは暫くの間は他愛のない話をしながらシルバや子供達へ嫌味を含んだ言葉を投げかけていたが、その話を聞いている内にベインは少しずつ自分の話をし始めた。

「シルバさん。何故僕がここにいるのか訊ねましたね」
「ああ。お前の事だからてっきりヒドウを守ろうとしてあいつらに巻き込まれたか、他の奴等から恨みを買ったかと思っていたが……気を悪くしたならすまない」
「謝られるほど奇麗な道を歩んでいるとは思っていませんよ。ただ……僕は何もかもが恐ろしくなっただけです」

 そう言ってベインは自分のことを自虐しながら話す。
 ベイン自身も、自分がやった事は到底許されるような事ではない事を理解していた。
 それでも尚彼がそうなった理由は、彼の出生にある。
 ベインは生まれつき身体が他のナックラーよりも二回りも小さかった。
 そのせいでドラゴンとして生まれたにも拘わらず、竜の島では散々な扱いを受けた。
 かといってベインは他の非ドラゴン達に受け入れられたかというとそうでもなく、双方から迫害されるという憂き目にあったのだ。
 家族からも見放され、誰にも頼る事の出来なかったベインはその島の中で一人孤独に生きるしかなかった。

「その時、私を救ってくれたのはヒドウ様でした」

 ヒドウは力も弱く体格も小さかったベインを介抱し、『弱者が笑って暮らせる世界を作る』という彼の言葉を信じたのだという。
 誰にも助けて貰えなかったベインにとってヒドウは神にも等しい存在だった。
 だがそれはベインにとってであり、ヒドウにとっても大切な息子のような存在ではなかった。
 ヒドウの掲げたベインにとって崇高な世界のために、彼の目となり腕となり悪逆の限りを尽くしたことはベイン自身が理解していた。
 だがそれは彼にとっても一つの復讐であり、同じドラゴンでありながら自分を虐げた者達に屈辱を与えたいという感情もあっての行動。
 だからこそ、自分自身もヒドウと同じく裁かれる覚悟をしていた。

「なのに……結局ヒドウ様は僕もただの駒でしかなかった。僕にとってヒドウ様は唯一僕のこの苦しみを理解してくれる人だと思っていたのに……全ては利用するための演技でしかなかったのだと、死んだ後に知りましたよ」

 そう口にしたベインは涙を流しながら、語った。
 試作品のブースト薬の副作用で死んだベインは死して尚、ヒドウの行いを咎めることはなかった。
 不帰の島へと呼ばれているような感覚に囚われながらもヒドウのために何かできる事はないのかと彼の周りに居続け、彼の周りにいた恨みを持つ死者達を退けていたという。
 だが拷問を受けた際、ヒドウは自分の計画を全てぶちまけた。
 全てはヒドウだけが支配し、全ての手中に収めるための計画で、彼のために集った者達は最後には殺すつもりだったことも語られた。
 その言葉だけでもベインには十分に堪えただろうに、ヒドウは止めにベインが最も聞きたくなかった言葉も放っていた。

「ベインほど使い道に困った奴はいない。参謀面しているがやっている事は全部ただのお使い。もっとましなフライゴンを仲間にすればこうはならなかっただろうに。あんなゴミを拾ってやったのが間違いだった」

 その言葉を聞いた瞬間、ベインの中にあった世界は崩れ去った。
 ヒドウだけはベインを救ってくれたのだと信じていたその幻想は見事に砕け散り、残ったのは徒に大勢の人々を殺した大虐殺の大罪人の汚名だけ。
 ベインを恨んでいた死者達ですら、彼の心境を考えると同情する者すら現れるほどだった。

「それが恐ろしかった。信じた人に裏切られ続けていたこと、そのために多くの人々をこの手にかけた事、そして……まさかその人達が僕を赦すとは思えなかった」
「お前の最後を俺は見たからこそ思う。……確かに犯した罪は重い。だがあの結末、そしてヒドウの言葉の真実は、辛かっただろうと思える。お前にももっと別の出会いがあればそうはならなかった可能性の方が大きい。そう考えればお前も犠牲者だ」
「だからですよ。僕を犠牲者として捉えるあなた達が恐ろしいんです。例えどう言葉を取り繕おうと僕は大罪人でしかない。なのにあなた達は自分達で僕をそうして蔑んだのに今になって憐れむ。他に出会いがあっても僕は結局変わらなかった。虐げられる存在から変わることは決してなかったはずだというのに、あなた達は"赦す"と言う。自分達の罪を棚に上げて、忘れてもらうために僕の罪を見ない振りをしようとしているとしか思えない。だから恐ろしくなって……逃げ出して……。ここで考えていたんですよ。あなた達のいう赦しと、ヒドウ様の……いえ、ヒドウの思惑を。僕にはもう、誰も信用することができないから、一人になりたかっただけなんです」

 ベインの言葉は悲痛な叫びそのものだった。
 彼が弱者となったその理由は確かに竜の島がずっと持つ確執にある。
 その島の悪習が彼をヒドウの右腕として暗躍させたのも事実だが、ならシルバの言う通り彼と出会った人物が別の優しさを持つ者ならば変わったかと言われれば、変わったのはベインだけであり、その根底は変わっていない。
 それはベインの言う通り、罪の帳消しとも捉えることができる。
 だがシルバ達はそれを知らない。
 島の外から来たシルバ達にとって、その確執を知ったのは島へ訪れる少し前だ。

「こんな形ではあるが、知ることができた。それに今、竜の島は生まれ変わろうとしている。それがお前の望む形かは分からないが、少なくとも二度とお前と同じような思いをする者を生み出させないと誓おう」
「……知っていますよ。あなたが大敵だった竜の島のために奔走したことも、他の島との断たれていた繋がりも今一度結び直したことも。ずっと見ていましたからね」
「だったら」
「別にそれについて礼を言うつもりはありません。ただ私はもう一度だけ誰かを信じたかった。……あなたは私の期待を裏切るようなことはしなかった。それはとても嬉しかったですよ。でも全ての人があなたのように太陽のように輝けるわけではない。あなたが見えていない場所で、また私のような者が生まれるでしょう。それはどうするおつもりですか?」
「じゃあさ、みんなで協力すればいいじゃん! オレ達みたいに!」

 ベインの問いかけに対して答えたのはいつの間にかシルバの髪束から出てきていたヤブキだった。
 そのあっけらかんとした言葉にベインは一瞬言葉を失っていたが、子供達は次々と髪束から出てきてベインの元へと歩み寄った。

「僕達も皆、色んな辛いことを経験したよ。勿論ベインさんみたいなことじゃないから同じ思いは分からないけど」
「でも私達は皆で助け合うことが大事なんだと知りました。お陰で鳥の島の人達もまた一つになってくれましたし、他の島々でもそれは不可能な事ではないはずなんです」
「オレも孤児だったけどさ、みんなで助け合って笑い合って生きていくことが大事なんだ。だから俺は皆を笑顔に出来る物作りの職人になりたいんだ!」
「ヴォイドさん達もこれからの世界のために歩みだそうとしてるしな。閉鎖的になってもいい事なんかないってよく分かったし」
「魚の島だって正直不便な島だぜ? でも今はそれを逆に皆で強みに変えようとしてる。それも色んな人達が知恵を出し合えたお陰だし、お互いの本音をぶつけ合えたからなんだ」
「竜の島もシルバさんの言った通り変わろうとしています。もう種族の差別など生まれないような島になってくれると僕は信じていますよ。僕のお父さんがかつてそういった差別を受けたからこそ、もう差別を生みたくない。と」

 口々に子供達は自分達の感じた思いを剥き身の言葉でベインに伝えた。
 その言葉はシルバが言うよりもしっかりと伝わっただろう。
 だからこそシルバは言葉を続けた。

「俺にとっての太陽はこの子達だ。これなら、何処でも照らし出せるさ」

 そう言ってシルバは子供達の頭を撫でてにっこりと笑ってみせた。
 シルバにつられるようにして子供達も笑顔を見せ、ベインに手を差し出す。

「だからさ、竜の島の皆を信じてあげて!」
「卑怯でしょう……シルバさん。子供達を使うのは」
「卑怯なもんか。俺もこの子達に何度も救われた。誰かを救ってくれるのは同じように別の誰かなんだ。その手を繋ぎ合える奴を増やせば、せめて俯く必要はなくなるはずだ」

 シルバと子供達の言葉を聞いて、ベインはただ流れる涙を拭うしかできなかった。
 それでもベインはその伸ばされたアカラの手を取り、声にならない声でみんなに伝えていただろう。

「ありがとう」と……。

20:旅の終わりへ 


 ベインとの和解の後、子供達はベインにみな引っ付いて彼も上へと連れて行こうとしていた。
 頂上まで辿り着けば既に死人となっているベインは生まれ変わり、別の誰かとしてまた生を歩むことになるだろう。
 だからこそベインは躊躇していた。

「まだ僕は生まれ変わるわけにはいかないんですよ! 謝罪していない人達が沢山います!」
「もういいって! どうせみんな覚えてなんかいられないんだ。生きていたならやりようもあったかもしれないが、折角無事だったのにお前まであんな風になってもらいたくないだけだよ! 諦めて生まれ変わりな!」
「嫌です! あと単純に自分が無くなるというのが怖いです!」
「あ、よかった。怖がりなの俺だけじゃなかった」
「正直サクーッと生まれ変わった方がいいよ。下手に生まれ変わるのが怖いって言ってウロウロしてて食べられた魂とかも見た事あるから」

 色々と思う所はあったが、ベインの中で最も大きかった感情は贖罪だろう。
 多少の気恥ずかしさもあって色々と言葉にして抵抗してはいたが、子供達とシバノに押されるだけでも昇っていく程度には抵抗する気はなさそうだ。
 なにより、誰かに心から慕われたことが嬉しかったのかもしれない。



 第二十話 旅の終わりへ



 その場に残ることを諦めたのかベインはシルバ達と共に頂上を目指して歩くようになり、心中の思いを打ち明けていた。
 ベインがこの場に残ろうとしていた最大の理由は、自分が殺めた人々があの地獄のような場所に囚われていないかという思いだったらしい。
 彼の謝罪で救われる人がいるのならとも考えていたようだが、シバノにあそこへ巻き込まれた時点でもう抜け出す事の方が難しいと言われたことで諦めがついたのかもしれない。

「そう言えばどうしてベインさんはこの島に留まっていたんですか?」
「どうしてと聞かれても答えることは難しいですね。なんとなくここにいなければいけないと思ってしまうからとしか答えられません」
「あ、そうか。このベインって人以外は生きてるんだったね。だったら分からないかもしれないけれど、この島にはなんでもそういう魂を惹きつける引力みたいなものがあるみたいでね、どれだけ意志の強い人でも最後にはこの島にやってくるんだ」

 ツチカがベインに何故この島を離れないのかを訊ねたが、どうもシバノが死者達から聞いた話だと、どうしてもこの島に行かなければならないという強い使命感のような物を感じるようになるらしい。
 辿り着けばそれは次第にこの島を離れたくないという思いに変わり、最終的にはこの塔を登るかシバノのような案内人に導かれて塔の頂上まで送り届けられることになる。
 死者が長い年月を経れば蘇ると言うような事も無く、生まれ変わるまでの期間が変わる事と自我を少しずつ失ってゆくことぐらいしか差がない。
 その上死者の魂を食料にしているポケモン達や府の感情に囚われている者達に巻き込まれることを考慮するのであれば、シバノの言う通りすぐにでも頂上まで行くのが最も賢明だろう。
 登る速度自体は随分とゆっくりになったものの、疲れない身体で皆で登っていたためか気が付けば既に天井が見えていた。
 その階段のあと数十周を登りきれば、天井まで届いた段の先へと行ける。

「そういえばベインって何に生まれ変わりたいんだ?」

 不意にアインが訊ねた。
 ベインには今まで生まれ変わるという考えが無かったためか、その質問を受けて少しだけ真剣な表情をして考え込む。
 何に生まれ変われるかも分からなければ記憶も持ち越せないとはっきりと断言されていたとしても、やはりなりたいものというのは変わらない。
 次に想いを馳せることも自分を見直すいい機会になるのかもしれない。

「そうですね。少し考えましたが、やはり僕は生まれ変わっても今の自分のような存在がいいです」
「今の自分のような存在って?」
「"弱者"ですよ。結局僕は周りの人々に踊らされた弱者でしかなかった。だからこそ多くの人々を傷付けた大罪人にもなってしまった。……ですが、もしもまた同じような弱い者の立場として生まれたとしても、あなた達のような人々に出会えたのなら……きっと今とは違う楽しい人生を送れるでしょう。カゲに聞いた限りでは石板を集めることで幻の島に行くことができると聞きました。幻の島にはこの世界を自由にコントロールできるようになる者があり、その石板がそこへ行くための鍵となると言っていましたからね。そこにあなた達が辿り着けば、必ず良い世界を作り出してくれるでしょうから……そんな世界を待っていますよ」

 そう言ってベインは微笑んだ。

「弱者ではないさ。死んだ後にはなったかもしれないが、お前は自分の弱さを認められた。それは最大の強さだ。今度はお前が守ってやれる立場になるさ。この子達みたいにな」

 ベインの言葉を聞いてシルバはどうしてもそう伝えずにはいられなかった。
 旅を通して、シルバも強さという言葉の意味を理解できた。
 確かにシルバは強い。
 しかしそんなシルバをずっと支えてくれたのは彼の旅に同行してくれた者達だ。
 だからこそシルバはそう口にしたのだろう。
 それを聞いてベインは嬉しそうに笑い、シルバもその笑顔に笑い返した。
 暫くはそうして楽しく歩いていたが、日が傾き、塔の内部は暗く視界も悪くなってきたため、子供達が滑落しないようにするためにも今一度シルバの髪束の中へと戻ってもらった。
 シバノは先導役として慣れているのか、おにびを使って火を灯し、シルバ達の足元を照らし登れるようにしてくれる。
 とはいえ流石にあまり時間を掛け過ぎればシルバ達も死者の仲間入りを果たしてしまう可能性があるため、ベインとシバノに事情を説明して少しだけ駆け足で登ってゆくことにした。
 それから暫くとしない内にシルバ達は頂上までの最後の一回転まで登り切ったため、頂上に着く寸前で子供達を髪束の外へと出して皆で頂上へ登り切った。

「すごーい! お星さまが一杯輝いてるよ!」

 頂上からの光景は絶景としか形容ができない素晴らしいものだった。
 塔を包んでいた不気味な靄は頂上には見当たらず、代わりに満天の星空と夜闇の中でも灯りを必要としないほどの月光がシルバ達を照らして迎えている。

「神様ー! 亡くなった方を一人と神様に御用があるって人達、連れて来ましたよー」

 シバノがそう塔の中央へ向かって叫んだ。
 シルバ達としてはもう少し景色を楽しみたい所だったが、シバノにとってはここへ来ることは仕事の一環のようなもののためあまり感慨はないのだろう。
 そのまま少し待っているとシバノの言葉に応えるように周囲の闇が霧のように塔の中央へ集まってゆき、赤い眼光を輝かせる黒い姿を形作った。

「ご苦労だったねシバノ。さあ、死者はこちらへ。新たな命へと導こう」
「これで……本当にお別れですね皆さん。散々迷惑を掛けた私とこれほど話してくれてありがとうございました」
「またね!」

 現れた神の元へ歩みだそうとしていたベインに、アカラはそう言って手を振った。
 他意はなかっただろう。
 ただ、『また何処かで会えたらいい』ぐらいの軽い気持ちだったはずだ。
 それでもベインにはそれがとても嬉しかった。
 嬉しそうに笑ったベインはそのまま少しずつ全身を輝かせてゆき、神から伸びた無数の黒い触手に導かれるようにして月明かりの中へと還っていった。
 そしてその触手はそのままシバノへと伸びてゆき、一瞬だけ淡い光を放つとすぐに本体へと戻ってゆく。

「死者は還った。ここからは私とシルバ、そして君達と私、そしてこの世界の全てを巻き込む話となる。シバノも聞いて行きなさい」
「本当ですか! やったー!」

 目の前で奇跡を見せたその神はそれすらも当然の事のように終わらせると、シルバ達の方を向き直してそう語った。
 シバノはいつもと違う体験ができることにただ喜んでいたようだったが、子供達は様々な思いを心に浮かべていたようだ。
 既に鳥の島や岩の島で出会った事のある子供達はただ心を躍らせていただけだったが、初めて出会う子供達は神に出会うという事そのものにかなり緊張している。
 当然といえば当然だが、これ以上に貴重な経験はないだろう。

「久し振りだなシルバ。遂にここまで訪れたということは、もう私の名も思い出した事だろう」
「ああ、あんたがクロムだな」
「そうだ。名で呼ばれるのも久し振りだ」

 シルバがそう言い、その黒い神の名を呼ぶと少しだけ微笑んだように見えた。
 クロムがその触手を大きく広げ、夜の闇と星々を受けると不明瞭だった姿は少しずつ形を得てゆく。
 次第に触手は大きな翼となり、胴体は灰色に、口元や伸びた脚の爪先は星々のように黄金に輝く。
 そうしてその黒い姿だった神はギラティナへと姿を変えた。

「本来我々はこの姿を現すことができない。この世界との繋がりが薄いのでね。しかし君が私の名を知っている事でその繋がりも多少は密になる」
「……分からない。俺はあんたの姿を見た事がないはずなのに。とても懐かしい気持ちになる」
「忘れてしまっているだけだ。そして君に石板を渡せば君は思い出す。だからこそ私から君に試練を与える」

 そう言うとクロムの足元の影が幾つか伸びてゆき、それが沸き上がってきたかと思うと見覚えのある姿へと形を変えた。

「チャミ……?」

 そこにあったのはチャミの姿だった。
 それだけではない。
 アギトやレイドの姿もそこに蘇っていた。
 しかし皆その肉体の殆どが黒く塗りつぶされており、シルバへ尋常ではないほどの殺意を見せた。

「許せない」

 シルバが言葉を発するよりも先にチャミはシルバへと飛び掛かった。
 その攻撃をシルバは右腕で防いだが、牙はしっかりとシルバの腕に食い込んでいる。

「待て! お前は本当にチャミなのか!?」
「そうよ。あなたのせいで私は死んだ。あの時あなたが守ってくれなかったから」

 何とか押し返したシルバがその黒く染まったチャミに問いかけると、チャミは言葉を返す。
 その瞳に宿るのは恐怖すら覚えるほどの憎しみや悲しみ。

「そのせいで私はこうなった! あなた達だけのうのうと生きているのが許せないのよ!」
「僕を助けてくれると言ったのに!」
「お前に協力なんかしなければ俺はあんな目に遭わなかった!」

 口々に黒い姿となった三人がシルバに恨みをぶちまける。
 そしてその恨みの籠った瞳でシルバを睨み付けたまま、それぞれがシルバへと攻撃を仕掛けてきた。
 いきなりの攻撃にシルバは当然驚愕したが、それ以上に彼等の向ける瞳があの時シバノに見せられた地獄のような街にいた人々と同じ目をしている事が信じられなかった。
 シルバの後ろには子供達がいるため、攻撃を躱すわけにもいかずその全てを防ぎ、押し返すぐらいしかできない。
 否、本当は反撃して動きを制するぐらいはできたはずだが、シルバにはそれすらできないほど彼等との衝撃的な再会が動揺を招いたのだろう。

「違う! 聞いてくれお前ら!」
「聞いてどうなる。僕を殺したくせに! 友達になってくれるって言ったのに!」

 そう言いながらアギトは強靭な尾での薙ぎ払いを繰り出し、シルバはそれを姿勢を低く構えて上へと受け流す。

「あんな破壊工作、その後の島の賑わいを見られれば一瞬でバレる! そんなその場しのぎをさせた結果だろうに!」

 姿勢を低くしたために躱すことができなくなったシルバにレイドの放った無数のかまいたちが貫いてゆき、シルバの身体を傷付ける。

「石板を敵も探している事なんて十分に分かっていたはずなのに、何故あの時あなたは警戒を解いたの!?」

 子供達には怪我をさせまいと腕をしっかりと構えて防御していたが、攻撃で僅かに緩んだ腕をチャミから伸びてきたツルが巻き取り、シルバの身体を手前に引っ張り出した。
 それは到底以前のチャミが出せたような力ではなく、同様にアギトやレイドの攻撃も全力で防御していなければ大怪我をさせられていただろう。
 子供達の下から引き剥がされ、後方への攻撃に警戒したが彼等が怒りの矛先を向けているのはどうやらシルバだけのようだった。

「分かっている! お前達を死なせてしまったのは俺の責任だ! だが何もそんな風になってまで他人を傷付ける必要はないだろう!?」
「違う! 私達が憎いのはお前だけだ! ママにまで見え透いた嘘を吐いたお前が憎いだけだ!」

 シルバの言葉など聞く耳を持たず、巻き付けたツルでシルバの腕をギリギリと音が鳴るまで締め付けてゆく。
 押し負けまいとシルバも腕を引くが、力は完全に拮抗している。

「……聞いていたのか。すまない。俺には言い出すことができなかった」
「言い出すことができなかった? 違う! あなたは私の死を認めたくなかっただけよ!」

 怒りを顕にして反論したチャミの言葉を聞いて、シルバの心臓は一つ大きく跳ねた。
 それは正しくシルバがあの時口には出さなかったものの、ミールに伝えようとしなかった本当の理由だったからだ。
 目の前でチャミを失ったのにも拘らず、それでもシルバはまだ何処かでチャミがふらりとシルバ達の元に戻ってきてくれるような気がした。
 だからこそシルバは岩の島を訪れた時、チャミの墓を訪れず、同じように鳥の島でもアギト達の墓を訪れなかった。

「……そうだな。俺はお前達を死なせてしまった事を、殺してしまった事を今になって後悔している。あの時はそれが正しかったと判断したのに、その判断を下したことを今になって迷っているんだ」
「そうよ! それが分かったのなら今すぐ私達の怒りを受けなさい!」
「『私達の怒り』じゃない。『俺自身の後悔』だ」

 そう言って脱力したシルバはチャミのツルに引かれ、左右で待ち構えていたレイドとアギトの攻撃をもろに受けて吹き飛んだ。
 しかしその攻撃は先程までのシルバを苦しめていた攻撃とは桁外れに威力が無く、軽く後ろに数歩下がる程度のものでしかない。

「……よく気が付いたわね」
「簡単な話だ。俺の目の前に現れたお前達の口にした言葉は全部、俺が思い悩んでそれでも口にしなかった言葉だ。竜の島で島民達に言われて、分かったつもりになっていた俺の未練と後悔だ」

 シルバが口にした途端、目の前にいたチャミ達はうっすらと微笑み、そして初めから何もなかったかのようにまたただの影に戻っていった。

「な、なにがあったの? シルバ。急に真剣な表情になってたけど……」
「なんでもない。俺の中にあった俺自身が許せない事と向き合わされただけだ」

 黒い姿の三人が消え去った時、後ろからアカラの声が聞こえた。
 どうやら先程までの三人はシルバ自身にしか見えておらず、受けた攻撃も何もかもがシルバにだけ見えていた幻覚の中で展開されたものだ。
 他の子供達も急にシルバが険しい表情をしたまま立ち尽くしたせいで心配していたようだが、シルバがそう言って軽く微笑んでみせ、安心させた。

「これが試練か? だったらなんてことはないな」
「いいや。君は頭で自分自身の後悔を理解したまでだ。まだ心の中では納得していない。それを気付かせるための前座だ」
「つまり後悔をするなと? そんなのは無茶だ」
「当然だな。後悔の無い選択ではなかった。それでもお前は選択し、前に進むと決めた。皆が見ているのはお前の選択ではない。その後どう進もうとするかだ。お前が過去を見ようとすれば世界は歩みを止める。例えお前自身が認めなかったとしても、お前は世界を救った救世主であり、世界を導く指導者となる。道を誤る事だけは出来ないのだ」

 クロムが言い放った言葉はシルバにとっても分かっていた事だった。
 しかし竜の島の一件を経て、子供達が未来へ歩みだそうと背中を押してくれたが、シルバにはまだ沢山の後悔が残ったままとなっていた。
 理解したつもりではあったが、心から納得するにはまだ早すぎるほどの時間しか経っていない。
 今のままシルバの最後の感情である悲しみを返せば、シルバの心が崩壊する。
 故にその後悔を払拭するまでは渡すことができないというものがクロムがシルバに与えた試練だった。

「お前の中の後悔をお前自身が許すことができたなら、今一度お前の下に現れよう。それまでは自分と向き合うといい」

 クロムはそう言い残すとその姿を今一度闇の中へと溶かして消えた。

「さて……こればかりは俺自身がどうにかするしかないな」
「ちょっとちょっと! シルバと神様だけで納得しないでよ! 何があったの?」

 塔の端の方に座り込み、独り言を呟いたシルバにアカラが言葉を投げかけた。
 シルバは先程までのクロムとのやり取りを子供達に伝え、この試練が越えられなければ石板は手に入らない事も伝えた。

「そっか、てことは今度はシルバがシルバ自身を許さないと。ベインさんみたいにさ」
「あいつの場合は許したというよりは根負けして俺達に託した感じだったけどな」

 そう言って子供達はシルバの傍に座り、一緒に考えようと言った。
 ベインの後悔は託せる者がいて、その人達を信頼することができたからこそ解決できたようなものだ。
 シルバの抱える問題とは少々毛色が違い、そもそもの行動に自身の倫理観の相違が無い。
 自分が間違った事をしていると理解していたからこそ、ベインはすぐに納得することができたが、シルバの選択は誰かを傷付けるために取った選択ではないため、どちらを取っていたとしても少なからず一つの正解を導き出していただろう。
 故に解決するのが難しい。

「そもそもシルバと君達ってどういう事をしてきたのさ」
「あ、そっか。シバノは知らないもんね。よーし……!」
「待ってくれアカラ。俺が説明してみたい」

 シバノの疑問に答えるためにアカラが腕をぐるんぐるんと回して気合を入れていたが、シルバがそれを止めた。
 今までシルバは自分の旅を振り返ってこなかった。
 常に他の誰かに旅の内容を語ったのはアカラ達であり、自分の口で自分の旅を纏めた事はなかった。
 自分の取った選択が間違いではなかったと納得するためにも、自分の口から話すことが重要だと感じ、シルバはアカラにそう切り出したのだろう。
 シルバの表情を見て、それを悟ったのかアカラはにっこりと笑ってシルバの横に座り直し、アカラもシルバの言葉に期待を膨らませながら待っている様子だ。

「始まりは、何もない森の中だった」




 シルバの旅は記憶と感情を取り戻す旅であり、同時に告げられた世界を救う旅でもあった。
 初めの内は間接的にではあったが、シルバの言動が元となって島の中の問題を解決することも多々あったが、その全ては自分のためではない。
 今になって思えば、記憶は無くともシルバには初めから誰かのために行動する節があったのだろう。
 そうして獣の島の議論を止めさせてアカラと共に旅に出ることを決意し、チャミと出会って色々とシルバには無い知識を貸してもらい、旅に出る。
 鳥の島ではまだ感情の薄いシルバや子供達をその持ち前の明るさで支えてくれ、そのお陰で岩の島までの間、世界の危機をあまり気にすることなく旅をさせてくれたのだろう。
 そこで出会ったツチカは幼いながらに今でもチャミの代わりに知識の面で役に立とうとしてくれている。
 虫の島で成り行きとはいえ島を救うことになり、ここからシルバの冒険はチャミとツチカにより英雄の冒険譚として書き綴られ、多くの人の心を動かす事となった。
 同時にヤブキやゆりかご園のような目に見えにくい問題と直面したり、竜の軍にも戦うために行動していない者達がいる事を知り、戦いにかける想いも変わる。
 岩の島でシルバにとっての最大の後悔を迎える事となった。
 敵対している竜の島の者達をも守ろうとしたことが原因で、結果レイドとチャミの二人を失い、シルバへ多大なプレッシャーを与えたのは言うまでもない。
 ヴォイドやアインの情報の隔離と探求心の対立は決して岩の島だけが抱える問題ではない。
 この先、島々が交流してゆくことになれば何れ邪な考えを持つ者も必ず現れる。
 その時にするべきことはどのようにしてその真実と向き合い、全員で解決できるように動けるかだろう。
 魚の島はそれこそ島外からの攻撃を全く寄せ付けない場所であったにも拘らず、その内側は他の島とは比べ物にならないほど複雑な事情を抱えていた。
 いくつものすれ違いが同じ島民であったはずの心を引き離し、島の中で対立を生み出す結果となった。
 コイズはそのうねりに巻き込まれた一人だったが、健全な心を持っていたからこそその淀みのような対立を嫌っていた。
 しかしそれが逃げ出すことができないと分かった時、シルバと共に立ち向かう勇気も持っている。
 そして全ての元凶となった竜の島とその侵攻部隊。
 その全ては一人の傲慢な思考の持ち主と、その島にあった偏見が生み出した一人の化物だった。
 歪な正義感がヒドウという男を助長し、全てを我が物にせんと世界を巻き込み、結果多くの悲劇を生み出した。
 ドラゴやシュイロンはそのうねりの中で己に出来る戦いをし、シルバの来訪という切欠を全力で掴み取ろうと立ち上がったのだ。

「ビックリするぐらいの大冒険じゃないか! こんなに色々聞いたのは初めてだよ!」

 夜闇はいつの間にか昇っていた朝日によって照らし出されており、星々を塗り潰して美しい陽射しを世界中に届けている。
 陽の光に照らされたシバノはシルバの口から語られた何時間もの物語を、最後まで退屈そうにもせずに聞いていた。
 それどころかシルバの話を聞いてシバノはこれ以上ない程に目を輝かせてその続きを聞きたそうに見つめている。

「俺はただ焦っていたんだろう。俺の選択が多くの死を招いたように感じていたが、例え俺が選択しなかったとしても世界は動こうとしていた。今になって思えば、俺はただその最後の一押しをしたにすぎなかったんだ。石板を手に入れれば、俺達は終焉を迎えようとしているこの世界を救うことができる幻の島へと行くことができるらしい」
「凄い凄い! てことはその幻の島っていうのが最後の目的地なんでしょ!? いいなぁ僕もそんな経験してみたかったよ」
「なら一緒に来ればいいじゃないか。別にシバノ達みたいなゴーストタイプのポケモンはこの島を出られないわけじゃないんだろ?」

 自分の今までの旅を振り返り、ようやく自分の心の整理ができたシルバはまるで当然かのようにシバノを誘った。
 それは初めてシルバが自分から旅へ誘った言葉であり、この旅に持っていたシルバの焦りが無くなった証拠でもあるのだろう。

「え、そりゃ僕は島の外に出れるけど……。ついて行っていいの?」
「俺は構わない。この島ではシバノにかなり世話になったからな。それがシバノにとってのお礼になるんならついてくればいい。生憎俺は話に出てきたチャミのような気の利いた事はあまりできないがな」

 そう言ってシルバは笑ってみせた。
 少しだけ遠慮気味に口にしていたシバノは次第に嬉しそうな表情になり、アカラ達の方へヒュンと飛んでいった。

『俺はチャミのようにはなれない。だが、俺には俺のやり方でみんなを笑顔にしてやることぐらい……できるみたいだ』

 シルバは嬉しそうにするシバノや子供達を見てそう考え、一人静かに微笑んだ。
 するとシルバ達の後方から射していた陽の光が大きな影に遮られ、周囲よりも少しだけ暗くなった。
 振り返った先には今一度姿を現したクロムが立っており、シルバ達を見下ろしている。

「後悔を乗り越えられたようだな」
「成程、そういうことか」
「そうだ、失った物を取り戻すことは出来ない。同じようにいなくなった者の代わりになれる者などいない。お前はそれに気付かない振りをして失った者の代わりになろうと焦っていた」
「簡単に言ってくれるな。正直まだ今でもチャミのようになりたいと思っている」
「だがもうそれは自分を同じにしようとしているのではなく、そうなりたいという理想だろう?」
「ああ、彼女の笑顔と明るさに何度も救われた。だから今度は俺がそうありたい。俺なりのやり方でな」
「それでいい。試練を乗り越えた。シルバ、石板を受け取りたまえ」

 そう言うとクロムの胸元が光り輝き、小さな光る石板をシルバの手元へと送り出す。
 そこに眠る感情はこれまで何度もシルバの胸を突き刺し続けた悲しみ。
 石板に触れればそれにまつわる記憶が蘇る事となる。
 だからこそシルバは今一度覚悟を決め、石板を手に取った。



――白い空間の中をシルバはまっすぐに歩いてゆく。
 その場所は既に見覚えがあり、竜の島にあった祭壇が本来の姿を見せている状態なのだとはっきりと理解できる。
 空間には何も無いわけではなく、周囲全てに等間隔でギリシャ神話に出て来そうな美しい白い柱が立ち並んでいる。

「我々の呼び出しに答えてくれてありがとう。シルバ」
「私こそあなた方神々に選んでいただき光栄です」

 柱の間の一つに光が注ぎ、それが一瞬にしてアルセウスの姿となる。

「我々は世界を創り、時を創り、命を創った」
「しかし君達の住む世界を創った我々は、君達の世界に干渉することができない。触れれば壊れてしまうのだ」

 同じようにアルセウスの現れた柱の左右にあった柱の間に淡い青と赤の光が注ぎ、ディアルガとパルキアへと姿を変える。
 神々と呼ばれるポケモン達が一瞬にして現れ、その姿を顕現している以上、この空間はシルバ達の住む世界とは違う空間へ一時的に繋がるための場所だったのだろう。
 柱の間に次々と神々が現れ、シルバへと語り掛けてゆく。

「故に我々は介入できない。しかし世界の行く末をただ見守れるほど我々は安心できないのだ」
「悠久の時を生きる私達にとってあなた達の一生はあまりにも短い」
「だからこそ知識を文化を想いを継いで次代へ繋ぐ。その想いの行く先がたとえ安寧の世界でも破滅の世界でも」

 ホウオウ、ルギア、クレセリアが現れ、何もなかった空間に様々な光景が映し出される。
 それは幾星霜もの時の流れであり、その中に生きる人々の記録であり、大小様々な戦乱の光景。
 起こりうるであろう幸せな日々と悲しみの日々が天を覆い、鬩ぎ合うようにその記憶が映し出されて混ざり合い、白の空間に色を付けてゆく。

「承知しております。だからこそ私があなた方の言う調停、世界がどう変わってゆくのかを知るための目安となることを自ら名乗り出ました。必ず、神々の望む真の平和を約束してみせます」

 尚も増えてゆく神々を前にシルバは決して臆さず、己の掲げる想いを打ち明ける。
 自らの胸に手を当てて跪き、忠誠と信心を誓ってみせるとシルバの後ろ側の景色が黒く染まってゆく。

「命は儚く脆い。そしてその世界を回すのは我々ではなくシルバ、君達世界に生きる者達だ。故にその儚くも美しい世界を君達に託す」
「クロム様、私に託していただきありがとうございます」

 そこにはクロムの姿があり、慈愛と悲哀の視線を同時にシルバへと注ぐ。
 つまりシルバがこの使命に名乗り出て、それを託したのがクロムだったのだ。

「今から君の記憶と感情を全て封印し、石板へと移す。心すら持たない君がこの世界で何を感じ、何を成し、鍵を集めたのかをその石板を通して見定めさせてもらう。世界の終焉は近い。必要なのは破滅の終焉か、幸福な終焉か。その答えを幻の島にて待つ。良き旅を……」



 今までずっと断片的だった記憶が一繋がりになり、シルバの旅の始まりの日の記憶を遂に思い出させた。
 しかし、シルバはそれを思い出して狼狽する。

「違う……どういうことだ!? この世界を終わらせないための旅じゃなかったのか!?」
「言えば君は旅を止めた。例え君が旅を途中で投げ出そうと、終えようと……。もう間もなくこの世界は終焉を迎える。必要なのは次の世界のために君達がどう歩むことができるのか、その答えだ」
「ど、どうしたのシルバ?」
「何でもない。アカラ、大丈夫だ、少しだけ驚いただけだ」

 シルバは思わず口にした。
 間接的ではあるが、『この世界が消え去ってしまう』と。
 子供達はその事実に気が付かなかったが、シルバが今まで見せた事の無い動揺を見せた事に驚いたようだ。

「だったら……俺は何のためにこの世界を旅したんだ!! 今ようやく世界は前を向いて歩き出せたというのに!!」
「言葉のままだ。君が旅をして鍵を集めたのは次の世界のためだ。その鍵が次の世界を破滅の世界へと導くのか、幸福な世界へと導くのか……。それを判断するのはもう君でも我々でもない。この世界がそれを紡いでくれる」

 呆然とするシルバにクロムが告げたのはあまりにも悲しい事実だった。
 全ての島がようやく自分達の問題を解決し、ようやくこれからどの島も協力し合って生きて行こうと決められたからこそシルバは残りの石板を集め、この世界を終わらせないようにしたつもりだった。
 しかしその全ては何の意味も無く、シルバがたとえこのまま旅を続けようと旅を放棄しようとこの世界は消えて無くなる。
 子供達との約束や死んでいった者達の想い、これから先を見据えて動き始めた世界中の人々を思うと感情が堰を切って溢れ、シルバの頬を濡らした。
 あまりの不条理と無力感に苛まれ、シルバはただ力無く膝を折るしかなかった。

「この事実を知れば君は必ず挫折する。だからこそ全ての憂いを取り除かなければ"悲しみ"を渡すことは出来なかった。……君にこの命を託した私が最後まで君を待った理由だ。分かってくれ」
「同情しているつもりなのか? あんたはずっと見ていただけだろ!? 俺が、俺達が! あいつ等がどんな想いで……! どんな想いで命を散らしていったと思っているんだ!!」

 怒りと悲しみがぐちゃぐちゃに混ざり合い、シルバは泣きながら地面を叩きつけるしか出来なくなる。
 シルバの言葉にクロムが言葉を返す事はなかった。
 ただ静かにシルバを悲哀に満ちた目で見つめるだけだ。

「えっと……クロム様。別に次の世界になっても、みんながいなくなっちゃうわけじゃないんだよね?」
「そうだ。変わるのは世界の在り方だけだ。君が集めた鍵が新たな世界の意志を紡ぎ、新たな世界を形作ってくれる。悲しみの無い幸福な世界を望んだのならばその通りになる」
「だったらさ、大丈夫だよシルバ。きっとまた一緒に冒険できる。皆で今度は楽しく冒険しよう!」
「なら俺のせいで死んでいった奴等に何と言えばいい? 次の世界に行くこともできず、こんな世界で散っていった奴等を置いていくのは……あの地獄に置いていくようなものだ……」

 アカラがシルバを心配して声を掛け、同じように他の子供達もシルバに寄り添った。
 後悔を乗り越えたつもりだったが、シルバには沢山の人々の無念の思いが今だ忘れられずにいた。
 シルバが最も後悔していたのは間違いなくチャミの死だ。
 彼女を死なせてしまったのはシルバのせいだと思い込んでおり、だからこそ彼女がこの場にいない事がシルバにとって一番許せなかった。

「……仕方あるまい。本来はあまり使うべきではないが、シルバ。本人からその想いを聞きなさい」
「本人……? どういう……」

 クロムがそう言ったかと思うとシルバの前に一人の光が舞い降りた。
 光は少しずつ形を成してゆき、シルバ達にはとても見覚えのある背恰好の光の塊になる。

「まさか……チャミなのか?」
「えっーと。お久し振りね。シルバ、アカラちゃん、ツチカちゃん、ヤブキ、アインくん。それと初めましての子達」

 そう言ってその光は少しだけ戸惑った様子を見せ、微笑んでからその尻尾をパタパタと手のように振る。
 それを見てシルバは声も出さずにしっかりとチャミを抱きしめた。
 あの時のシルバは分からなかったが、きっとシルバは信頼以上の感情を抱いていたのだろう。

「すまなかった……! あの時俺が」
「気にしてないわよそんなこと。私だって覚悟の上で旅をしていたんだから。ただ、まさかこんなに大きな子供がいたとは私の目もまだまだ節穴だったわね。ほら! 皆の英雄がいつまでもめそめそしてちゃダメでしょ!?」
「ああ……そうだな。でも俺はそれでもお前を守ってやれたはずだったんだ」
「でも、だって、の話をしてどうするの! 岩の島でのことまでなら私は見てたわ。だからこそ、あなたが自分で決断して、岩の島の人々を立ち上がらせた時、私はとても安心したわ。シルバは本当に凄い人になってくれたんだって。だからもう特に気にすることもなくなったのよ? それなのに今になってまた私や子供達を心配させてどうするのよ」
「だ、だが……」
「過去は過去! どんな人でも迷わずに生きて行くなんてできないの。それをみんな分かってて、あなたがそれを気取らせないように真っ直ぐ進んでゆくからみんな迷いを振り切れる。あなたはそんな人になれていたのよ? 私達は大丈夫。シルバやアカラちゃん達に思いを託せたから安心して還ることができたの。きっといい世界を見せてね」
「本当に……みんなは強いな」
「何言ってるの! あなたがどんな時でも必ずまっすぐ進んでいたから私達も信じて進めたの! お互い様よ」
「そうか、俺はそうなれていたのか」

 最後にそう言ったシルバの表情はとても穏やかで、浮かべた涙と小さな笑顔が全てを物語っていた。
 それを見てチャミはそっとシルバの唇に自分の唇を重ねる。
 触れ合えているわけではない。
 ただそういう風に見えるだけだが、それでも二人にとってはそれで十分だった。
 そうしている内にチャミの身体を形作っていた光が少しずつ散ってゆき、朝日の中へと溶けてゆく。

「それじゃ、あの時は言えなかったけれどこれで本当にさよならよ。ありがとうシルバ。今度はあなたと二人で旅がしたいなー。なんてね」
「ああ、何時か一緒に世界を見て回ろう」

 一際眩しく輝き、そして消えていった。

「未練はなくなったか?」
「ああ、俺は迷っている場合じゃない。もう、俺の後ろには子供達や沢山の人々がいる。必ずこの世界を次の世界に継いで見せる」

 クロムの問いかけにシルバが答えると、クロムはただ小さく頷き、同じようにその姿を今一度影の中へと溶かし、消えていった。




 覚悟を新たにしたシルバと子供達は塔を後にした。
 霊体であるため落ちても怪我をしない事を利用し、帰りは一気に落ちていったがコイズがあまりの恐怖に放心したのは言うまでもない。

「改めてシバノ。俺達の旅はあと少しで終わる。少しの間かもしれないが一緒に来るか?」
「何言ってるのシルバ! この旅が終わったら、今度は皆で旅をするんだよ! だからシバノも一緒じゃないと駄目!」
「そっか……そうだね。僕も旅がしてみたい。みんなと旅をするなら仲良くなっておかないとね! よろしくね!」
「頼むからこれ以上は驚かさないでくれよ……もう生きた心地がしない……」
「あれれ? コイズ君、他のみんなと違って死んじゃってるっぽい?」
「嘘!? ヤダ!! 嘘だって言って!!」
「嘘だよーん!」

 そう言ってシバノはコイズをからかった後、シルバ達と共に竜の島まで飛んでいった。
 コイズは心底嫌がっていたようだが、シバノはどうやらコイズの事が気に入ったらしく、わざわざ彼に掴まって空を引っ張られていったほどだ。
 初めは抵抗していたが、どう足掻いてもくっ付いてくるため観念したのか途中からは普通に飛ぶようになっていた。
 そして竜の島まで戻ってきたシルバ達はそれぞれ自分の肉体へと戻ったのだが、先程までと感覚が違うせいで色々と戸惑ってしまう。
 時間にしておおよそ一日ほど空を飛ぶ感覚に慣れていたため、手始めに自分の眠っていたスペースから一人ずつ地面まで落下し、歩き出すまでに少々時間が掛かった。
 空が飛べなくなって一番悔しそうにしていたのは意外にもアインだった。
 ダンゴロである彼は例え進化してもその体重から空を飛ぶことは難しいだろう。

「もう少しだけ空を飛んでいたかったなぁ」
「何を言っているんだアイン。お前は御祖父さんを越える科学者になるんだろう? だったら自分が空を飛べる装置を作れるようになればいい」
「そっか……そうだよね!! よし! 一杯勉強して必ずもう一度空を飛ぶぞ!」

 アインの素朴な願望を聞いてシルバがアインが最も得意とするであろうと事を教えると、彼は素直に喜んでいた。
 まだ子供の彼には祖父から教えてもらった知識しかないが、彼の好奇心と探求心ならばすぐにでも立派な科学者となるだろう。

「あ、そうだ! シルバー! オレもまだシルバにブワーって物を出す方法教えてもらってないからな! 教えてくれよ!」
「残念だがそれは俺も教える術がない。でもヤブキだって柔軟な発想力があるんだ。自分なりのやり方でどんな物でも作れるようになることだ」
「えー……あのブワーっていうのがいいのに」
「ならそれこそアインと協力して作ってみればいい。そんな凄い道具をな」
「アインと一緒にか! アインはあんな凄い町に住んでたんだからそんな技術もあるかもな! ならシルバよりもっと凄い物を一瞬でブワーってしてみせるぞ!」

 今だシルバとの口約束を忘れていなかったヤブキもここぞとばかりに言ったが、勿論あれはシルバ自身もよく分かっていない能力のため教えようがない。
 あの時はただはぐらかすか無理だと言い切る事しか出来なかったが、これまでの出会いやシルバの感情、そして経験からヤブキでも納得できるような答えを示してやることができた。
 ヤブキもアインとなら出来ると思えたのか、二人で仲良く将来の話に花を咲かせ始めた。
 そこには沢山の笑顔と子供達の笑い声が響く、誰が見ても思わず微笑むような光景が広がっている。
 そしてその中にはシルバの姿もあり、同じように楽しそうに笑い合っている。
 笑うことすらできなかったシルバは旅の果てに全ての感情を取り戻し、その旅の始まりと目的を知り、そして悲しみの果てに心の底から笑うことができた。

幻の島 

21:この儚くも美しき… 


 笑い合うシルバ達のすぐ傍に黒い炎のような影が沸き立ち、カゲへと姿を変える。
 それに気付いたシルバがカゲへと視線を送った。

「どうやら無事に戻ってきたようだな。石板も手に入れたようだ」

 そう言うとカゲの表情は笑っているように見える形状になり、シルバ達の元へ歩み寄るとシルバの足元の地面から何かを拾うような仕草をする。
 するとカゲはその手を今一度しっかりと実体化させ、手の上に石板を出現させた。

「残りの石板の欠片を渡してくれ。それで元の石板へと復元しよう」
「そんなことができるのか?」
「出来るとも。そして幻の島へ向かうこともな」

 シルバの問いに対してカゲは頷いて答え、そのまま残りの石板を渡すよう催促した。
 石板の欠片は変わらずアカラがリュックに入れていたため、そこから全ての欠片を取り出し、カゲへと渡す。
 全ての欠片を受け取るとカゲはその石板に意識を集中させ、薄く輝いたかと思うとその石板の欠片を全て宙に浮かせる。
 そしてまるで元の形へと戻っていくかのように集まってゆき、欠片が互いに接触すると断面が消え、完全な一枚の石板に変化した。
 その石板には今まで巡った島々が描かれており、その中心には石板が破片でなくなった今なら分かるように一つの小さな島が描かれている。



 第二十一話 この儚くも美しき…



「これが石板の本来の姿。この世界を現す地図そのものであり、幻の島にある扉を開くための鍵となる」

 そう言って完全な一枚の石板として復元された石板をシルバへと手渡した。
 石板は片手では収まらないぐらいの大きさであるためアカラが持つには少々大きすぎるため、そのままシルバが預かる事となる。
 カゲが石板と幻の島について更に説明を加えたが、その石板はこの世界を現す地図でもあるという。
 その石板が復元された今、中央にあった砕けてよく分からなくなっていた幻の島も奇麗に記されており、その幻の島へと行くことができるようになる羅針盤のような役割も果たすのだと言った。
 幻の島は誰もがその名を知りながらその実態を知らない島として有名で、幾人もの冒険者が存在を確かめようと旅に出た。
 しかし幻の島はその名の通り誰の目にも触れる事はなく、島の輪郭が確認できる距離まで近付くと決まって濃い霧が立ち込める。
 そして霧の中をどれほどまっすぐ進んだとしても気が付けば島を通過しているか、元の進んできた方向へと反転して戻されているのだ。

「既に知っていると思うが、幻の島にはこの世界を終わらせ、次の世界へと導くための場所がある。その場所を開くための鍵ともなるのが石板だ。覚悟ができたのなら案内しよう」
「案内するのか?」
「石板を集め終わった今、俺はもう傍観者でも監視者でもない。幻の島への案内人だ」
「ころころと名乗りが変わるな」
「今に分かる」

 シルバの皮肉にも特に声色を変えずに答え、そのままカゲはシルバ達を引き連れて港ではなく海岸の方へ歩き出した。
 海岸に辿り着くとシルバに小舟を一隻作り出すように指示し、その船にシルバと子供達、カゲが乗り込むとそのまま海へと進んでゆく。
 石板を一旦船の前辺りに置いていたのだが、海に出てから数分ほどするとその石板が淡く発光し始め、海の上に一筋の光の道を引く。

「その光を辿って行け。それで幻の島へと入れる」

 そうカゲが告げたため、子供達が少しでも光が見やすいようにと船の先端部分にしっかりと押さえつけた。
 小舟だったせいもあり開場を進むこと数時間、快晴だったはずなのにも拘らず急に霧が出てきた。

「凄いですね……さっきまで普通に周りの景色が見えていたのに、殆ど視界が無い状態に……」

 船が進むこと数十分ほど、霧が出てき始めてから殆ど何も見えなくなるまでに然程時間は掛からなかった。
 ツチカもその様子に驚いて思わず言葉に出していたが、その様子は正に五里霧中。
 少しずつ光の強さを増してゆく石板があっても何も見えないほどだ。
 果たして進んでいるのかどうかすら分からないほどの景色の中、シルバはただ船を進め続けると先程までの霧が嘘のように晴れてゆく。

「島だ、島が出てきたぞ!」

 コイズがそう言って船の先を指差す。
 そこには島全体に薄靄のかかった不思議な雰囲気の島があった。
 そのまま真っ直ぐに船を進めてゆき、岸に船を着けると石板の明かりはまた淡い光に戻り、小さく光の線を伸ばしている。

「さて、行くか」
「ここが幻の島でいいのか?」
「そうだ。後は石板の光を辿って島の中央へと向かうだけだ」

 シルバがカゲに訊ねると、知っているとでも言わんばかりにそう答えた。
 島の様子はこれまで巡ったどの島とも違い、言葉に言い表せないような感覚に陥る。
 初めて来るため当然新鮮味や好奇心と言ったものの方が強いのだが、何処か懐かしさのような既視感を感じる。
 うっすらと掛かる靄と鬱蒼と茂る木々のせいで視界はそれほど良好ではないのに、様々な景色が自然と視界に飛び込んでくる。

「なんだか不思議な島だね。誰も居ないのかな?」
「この島には誰も居ない。ただ一人の神を除いて」
「神、とは今向かっているこの石板の場所にいる存在か?」
「そうだ。彼がただ一人この島にいる」
「一人だけってなんだか淋しいですね」
「淋しいなどとは感じないだろう。そう感じるほどの短い期間ではない。悠久の時をこの場所で一人で過ごしているからな」

 皆の質問にカゲが答えてゆきながら、歩を進めてゆく。
 すると木々の合間に少しだけ開けた空間が現れた。
 大きな木の下に石造りの大きな扉があり、その脇には丸い穴の開いた台座のような物が立っている。
 その空間に辿り着くと石板は発光を止め、元のただの石板に戻った。

「ここが島の中央、最後の試練の場だ」
「えっ? もう!?」
「道中本当に何にもなかったな」

 カゲはそう言い、その台座を指差した。
 これまでの大変だった冒険と違い、あっという間に目的地に辿り着いてしまったこともあって子供達は皆逆の意味で驚いていたが、シルバが石板をはめようとした時、その石板はひとりでに動き出し、カゲの手元へと納まった。

「何のつもりだ?」
「何の事はない。最後の試練を与えるのは……俺だという事だ」

 シルバの問いに対してカゲがそう答えると、自らの炎のような身体を更に大きく揺らめかせ、石板を持っていない方の手をスッと伸ばした。

「うぅ……! なにこれ……!?」
「アカラ! 皆もどうした!? 一体何が……!」

 カゲの瞳が怪しく紫色に輝き、倒れ伏す子供達を睨み付けている事に気が付き殴りかかったが、その腕はなににも触れずに空を割く。
 カゲには攻撃が当たらない事を見てすぐに子供達の状態を確認したが、どう見ても普通ではない。

「子供達に何をした!?」
「言ったはずだ。最後の試練だと」
「これが試練だと!? ふざけるな!」
「ふざけてなどいない。選べ、お前が救うのはどちらだ? 子供達の命か、世界の命運か」
「どういうことだ!?」
「お前が俺から石板を受け取れば子供達は死ぬ。しかし子供達を助ければこの石板は今一度砕かれ、これまでのお前の取り戻した感情と記憶の全てを失い、今一度集め直さねばならなくなる。集め直すことを選んだのならば、次は世界が消え失せるまでの七日間が期限となる。それまでに集め直せなければ……世界は廻る事無く消え失せる。今一度問おうシルバよ。お前が選ぶのは世界の終焉か? それとも子供達の命か?」

 子供達はその場で身動きすら取ることができずに苦しんでいる。
 もしも石板を手に入れ、次の世界を作ることを選べば子供達は間違いなく死に至る。
 かといってもしも石板をもう一度集め直すとなれば、次の期限は七日間しかない。
 一年近く掛かったこの旅がたった七日で終わるはずがない。
 子供達の命を救うことは同時に世界の終焉を意味する。

「俺は……それでも……!」
「シルバ……。僕達の事はいいから……! 世界を守って」

 迷いながら答えを口にしようとしていたシルバにアカラが声を掛けてきた。
 どれほどの苦しみかはシルバには想像できない。
 それでもアカラは苦しみで顔を歪めながらも必死に笑顔を作ってシルバにそう告げた。
 その表情を見て、シルバは決意してアカラに微笑みかけた。

「分かった。今度は皆で世界を守ろう。カゲ、子供達を救ってくれ」
「それが答えで構わないか?」
「ああ、これが俺の答えだ」
「ダメ……! シルバ!」

 シルバは覚悟を決めてカゲにそう言った。
 アカラは何とかしてシルバを止めようと手を伸ばしていたが、アカラの手はシルバには届かない。
 しかしシルバはその手をそっと両手で握りしめ、微笑んだ。

「俺がどれだけお前達に助けて貰ったと思ってるんだ。お前達無くして俺はここまで来ることは出来なかった。だから大丈夫だ。きっと七日間で世界を救ってみせるさ。少しだけ約束が早くなったが、もう一度世界を旅しよう」

 シルバがそう言い切ると、激しい炸裂音と共に石板が砕け散る音が響いた。
 砕けた石板はまた欠片となり、カゲの足元へと落ちてゆく。
 そして子供達を蝕んでいた苦しみはフッと消えた。

「シルバ! なんで!? やっとここまで来たのに!」

 立ち上がったアカラはすぐにシルバを掴み、涙を流しながら訴えた。

「世界を救うためにお前達が死んだのなら意味が無い。そう思ったからだ」
「えっ!? なんで!? シルバ……記憶が無くなったんじゃ……?」

 アカラの頭を撫でながら、シルバがにっこりと笑ってさも当然のように答えた。
 記憶を失ったはずのシルバが返事をしたためアカラも驚いてシルバの顔を覗き込んだが、そこには先程までのシルバと変わらない笑顔があった。

「流石だ。お前ならそう答えてくれると信じていた」
「当たり前だ。天秤にかけるまでも無い。で、俺の記憶はいつ無くなるんだ?」
「無くならんよ。その選択こそが最後の試練だ。お前が世界を救うために子供達の命を犠牲にしたのならば、本当に世界は消え去っていただろう。子供達よ、その台座に手をかざせ」

 カゲはそう言い、台座を指差した。
 起き上がった子供達は皆の無事を確認し合い、それぞれ台座へと向かう。
 アカラから順番に台座に触れると触れた子供の居た島にあった石板と同じ物が出現し、台座へと納まってゆく。
 そうして全員が台座に触れると今一度台座の中で石板が完成し、岩の扉が音を立てて開いた。

「カゲ……お前は幻の島の神だったのか?」
「いいや。今に分かる事だ。先へ行こう」

 シルバはカゲこそがこの島の神なのではと考えたが、カゲはそれを否定して歩き出す。
 シルバと子供達もその後を追いかけてゆき、扉の中へと入ると下りの階段が現れた。
 下ってゆく内にその階段の天井はどんどん低くなってゆき、シルバでは屈まなければ歩けないほどになった。
 そしてその先には小さな光が二つ灯された壁が現れ、その中央には一つ小さな扉がある。

「ここに、その神が居るのか……」

 シルバが口にするとその扉はまるでシルバ達を迎え入れるかのように静かに開いた。
 小さな扉を潜り抜け、その扉の向こうの空間に出ると、そこはまるで白一色で作られたかのような空間が広がっており、いつもシルバが記憶の中で見ていた神達と邂逅していた空間を彷彿とさせる。
 次第にその光は薄れてゆき、空間はただの小さな部屋であることを明かし、光り輝いていたその光は一つの形を成してシルバ達の前に現れた。

「白銀の……ゾロアーク? なんだろう、まるでシルバみたいに見える……」

 アカラがそう言った視線の先には美しい白銀の毛並みを持つ一人のゾロアークが眠っている。
 頭の先から爪の先まで全てが目を奪われるような白銀で、光を浴びればキラキラと輝くほどに美しい。
 そしてその美しい体毛はその全てが長く伸びており、まるでシルクのソファのように横たわるゾロアークの背中を支えている。
 初めて見たはずの子供達にはその姿がシルバと同じにしか見えず、思わずシルバの顔を覗き込んだが、シルバは驚愕とも呆然とも取れる表情を浮かべてそのゾロアークを見つめていた。

「どうだった? シルバ。世界は楽しかったか?」

 不意にその白銀のゾロアークは言葉を発した。
 ゆっくりと目を開き、シルバを見つめるその姿を見て、シルバはゆっくりと頷いた。

「カゲ。今まで色々とありがとう。お陰でシルバは良い旅ができたようだ」
「それが俺に与えた役割だろう。それを全うしただけだ」

 そのゾロアークは続けてカゲの方を見てそう言うと、カゲもその言葉に応える。
 ゾロアークが静かに一つ瞬きをするとカゲの姿はゆっくりと消えてゆき、霧散した。

「さて……シルバ、良い"鍵"を集めてきたな。これならば彼等も納得してくれるだろう」
「ああ、俺自身何度も助けてもらった」
「次はこの子達がこの子達自身を、そして苦しんでいる誰かを守ってくれる。きっと沢山の幸せと笑顔に満ちた世界となる」
「ああ……そうだな」
「お疲れ様。シルバ」

 シルバとその白銀のゾロアークはそう言って言葉を交わすと手を伸ばし、お互いの手を繋いだ。
 すると次はシルバの姿がどんどん消えてゆき、カゲと同じように霧散した。

「ダメ!! 待って!! 何でシルバを消しちゃうの!!」
「落ち着きなさいアカラ。シルバならここにいる。少しばかり君達と旅した姿とは違うかもしれないがね」

 そう言ってシルバが目の前で消え失せ、取り乱したアカラを見つめ、自分自身を指差した。

「どういう……こと?」
「あの"シルバ"は私が作り出した幻影だ。だが個としての人格を持ち、敢えて記憶と感情を持たせなかっただけで、その記憶の全てはきちんと私が記憶している」
「なんで……なんで消しちゃったの?」
「あちらの姿の方が君達には馴染み深いかもしれないが、今の私の力では少々骨が折れるのでね。君達がここに辿り着き、使命を遂げた以上私自身が君達と話すべきだと考えたからだ」

 そう言って白銀のゾロアークは自分自身がシルバであると子供達に告げた。
 幻影として旅していた"シルバ"の記憶は同じように白銀のシルバが全て受け継いでおり、きちんと子供達と共に旅をしたことも覚えている。

「まさか……貴方がシルバなんですか?」
「流石はツチカだな。賢い子だ」

 まだ状況が呑み込めていない中、ツチカが訪ねるとシルバはうっすらと微笑んだ。
 ツチカ自身も口にはしたものの、その事実を認められてはいないのか、何処か遠くを見つめている。

「すまないな。全ては神達に納得してもらい、君達が幸せに生きて行ける世界を創る必要があったからなのだ。そのために石板を集めるという目的を持たせ、そしてシルバを支えてくれる子供達、次の時代を担う"鍵"を集める必要があった」
「ぼ、僕達に何をするつもりなの?」
「フフフ。何もしないさ。寧ろあるべき姿になるだけだ。君達には神々に納得させるためとはいえ、随分と辛い目に遭わせてしまった。申し訳ない」
「まさか……僕達もシルバの幻影なの?」
「いいや。しかし……何と言えばいいか説明が難しいね」
「後の説明は私がしよう。シルバは休んでいるといい」

 シルバとアカラが会話をしているとシルバの後ろに影が伸び、そこからクロムの姿が現れた。

「すまない。助かるよ。少々世界が綻んでしまった。元に戻すことに集中しよう」
「世界が……?」
「今シルバが口にした通りだ。この世界の全ては……彼の幻影が生み出した物だ」

 シルバがクロムへ礼を言うとシルバは今一度瞼を閉じた。
 何も無い空間に、一つの命が発生した。
 後にアルセウスと呼ばれる存在になったその命は世界を創造し、数多の神々を生み出す。
 時が流れ、空間が生まれ、空と大地と海が生まれる。
 その中に生命が生み出されると、生命に魂が宿り、感情と思考と思想を与えられ、巡る太陽と月、昼と夜を重ねて何不自由なく暮らしていた。
 世界には幸せだけが満ち、不幸や悪意など存在しない完璧な世界を生み出した。
 しかし、それでも神々はその世界に一抹の不安を抱えていた。
 悠久の時を生きる神々は自分達の生み出した世界に干渉するわけにはいかない。
 彼等の一挙一動が世界に多大な影響を与えてしまうからだ。
 故に見守るしかできなかった神々の不安は現実のものとなってしまった。
 限りある命の交代、隣人の死が人々に死という恐怖を与えてしまったのだ。
 輪廻転生を繰り返す命の環の中を離れる事はないという神々の意志よりも、自分という存在の中で何かを成したいという思想が生まれた事により、自身の喪失が恐怖となり、人々へ伝播しだした。
 しかし死は必ず訪れる絶対運命であり、その死から恐怖を取り除くことは出来ない。
 世界に干渉することのできない神々はどうすればその恐怖を取り除けるのか考えあぐねた結果、一人の人物に焦点を当てた。

「それが当時最も勇知に長け、人々を纏め上げていた一人のゾロアーク、名をシルバと言った」

 死を司る神であるクロムは世界の狭間からシルバ達の生きる世界を見て、その中で最も神の立てた計画に適していると考えたシルバに声を掛けた。
 自身の幻影の能力を使い、世界全てをシルバの幻影で上書きし、その世界で神々の望む世界を作り出すまでの間、神々の理想の世界を創り続けてほしいと願ったのだ。

「我々では出来ぬ……。しかしこの宿命をお前は本当に背負うことに躊躇いなど無いと申すか……」
「ありません。私が貴方方の御力になれるというのならば、例えどんな宿命であろうと有難い事です」

 そう言ってシルバは神々が理想の世界を作り出すための礎となり、その身に有り余る永劫の命と世界を包み込むほどの幻影の能力を授けられた。
 神々の望む世界を木の一本、砂の一粒に至るまで細微に作り出し、そしてそこに生きる人々を全て幻影で包み込んだ。
 悲しみの無い完璧な世界では誰もが笑って暮らし、死を輪廻と享受し安らかに朽ちてゆく神々の望む理想の世界だった。
 シルバが世界を思い描いている間に神々は世界を本当に理想の世界を実現するために話し合ったが、ついぞその理想の世界は作られぬまま幾億年という日々が過ぎた。

「シルバって……一体何時から生きているの?」
「もう正確な時間は私も覚えていない。この世界が生まれてすぐぐらいだったとは思うが……故に神々が理想の世界を体現するよりも先にシルバに限界が訪れた」
「し、死なないのにか!?」
「死なない。しかしシルバ自身は元々そういう風には創られていない。ほんの短い時間を行きて死んでゆくようにしか作られていない肉体と精神で、シルバは今の今までずっと耐えてくれた。だがもうシルバの精神が持たないのだ。白変した身体を見ればわかる通り、既に肉体は精神の影響を受け全てが銀の体毛と化した。それほどもの間シルバは文句の一つも言わずにただ世界を想像し続けてくれたのだ」
「そんなに……」
「だからこそ私は訴えた。『たった一人のポケモンに全てを任せて何時まで理想を追い求め続けるのだ!?』とな。死を司るからこそそこで生まれる恐怖と悲しみをよく知っている。それは何も全てが悪いものではない。受け入れ、乗り越えた先にある想いはより強固なものとなる。良くも悪くもな……。私の一言のお陰で他の神々も考え直してくれた」

 そこにあったのはシルバと世界を取り巻く途方も無い世界の物語。
 この世界の全てはシルバが描いてくれた理想により成り立っており、彼が寸分の狂いなく全てを想像し続けてくれたからこそ世界があった。
 だからこそシルバの思考に綻びが生まれる事は許されない。
 しかし、神々の予想を超えて遥かに長くの間シルバは世界を想像し続けてくれたが、それでも限界は訪れた。
 シルバの思い描く世界が少しずつ綻び始め、神々の理想の行き届いていない世界が入り交じるようになってしまった。
 それ自体は特に問題はなかったのだが、神々はまた人々が死の恐怖を覚える事を恐れたのだ。
 そこで時折シルバと言葉を交わしていた唯一の友であったクロムは他の神々に訴えかけ、新たな世界の在り方を掲示した。
 それこそが死を恐れるのではなく、乗り越えらえるよう支え合える世界へと変えること。
 そのためにシルバは世界を結びつける"鍵"となる存在を探し出し、たとえどんな世界になったとしても人々が希望を胸に生き続けられるように出来る存在を見つけ出すことを前提に、クロムの提案を許可した。

「ありがとうクロム。ここからは私が話そう」
「大丈夫なのか? シルバよ」
「大丈夫だ。元の世界に全て修復した。こちらの世界の方が想像しやすくて助かる」

 目を開いたシルバがそう言い、クロムから説明役を代わりに申し出た。

「私は君達、"鍵"となる強い心を持つ子供達を探すために世界を神々が想像する、恐怖と憎悪に包まれた世界へと一時的に作り替える許可を貰い、その世界で私の分身、君達にとって馴染み深い"シルバ"を生み出した」
「じゃあ、初めから僕達を探すために旅をしていたの?」
「そういうことになる。だが、君達の意志は紛れも無く君達が決めたものだ。私の意志は介在していない。この怒りや悲しみが溢れる世界で、それでも互いに笑いあえる世界を目指す者達を集め、世界を必ず希望に満ちた世界へと導いて行ける存在を集めることができた時、私の使命は終わる」
「シルバも……いなくなっちゃうの……?」
「いや、いなくなるのは私だけだ。この世界で死んでいった者達は皆眠りに就いている。私の一存で彼等を死なせるわけにはいかないのでね。チャミやアギトやレイド、それに他のポケモン達も皆幻影が解ければ何事も無かったように目覚め、それぞれの本来の思想に戻る。大人達には次の代を探すための役者として協力してもらっていたのでね。ヒドウやベインには謝らねばなるまい」
「みんなが生きていてくれるのは嬉しい。けど、シルバはどうなるの? きっと忘れちゃうだけでまた何処かで会えるんだよね?」
「私はもう君達とは違う存在になってしまっている。君達と時を共にするにはあまりに君達の時間は短い。それに現実に干渉するような幻影を使えるゾロアークもこの世には存在しない。目が覚めればシルバという存在は夢だったと思うさ」
「嫌だよ……嫌だ! 約束したのに! 一緒にまた世界を旅しようって!!」

 シルバの言葉を聞いて、アカラは泣きながらシルバに抱きついた。
 長く伸びたシルバの白銀の体毛の中でアカラはポコポコとシルバを叩きながら、ずっと嫌だ嫌だと叫んでいた。
 そんなアカラの頭をシルバはそっと撫で、あやすように話し出した。

「勿論その言葉に嘘はない。あの時の私は間違いなく君達ももう一度、この平和になった世界を、君達の生まれ故郷をゆっくり見て回りたいと思ったさ」
「じゃあなんで!!」
「存在してはならないからだ。私の存在は意図しなくても君達の世界を脅かしてしまう。今だって君達は私の創り出した幻影の世界を本物だと認識している。それほどまでに私の能力は強力過ぎるのだ。分かってくれ」
「私も……嫌です」

 シルバの言葉を否定したのはツチカだった。
 その目には大粒の涙が蓄えられており、いくつもの川を作って流れ落ちてゆく。
 ツチカだけではない。
 他の子供達も沢山の涙を浮かべ、そしてアカラと同じようにシルバに抱きつく。
 静かな洞窟の中には子供達の鳴き声だけが響き渡る。

「アカラ、君はとても強い子だ。だがその強さは同時に自分を殺した強さでもある。目が覚めたら両親や祖父母と幸せに生きなさい。必ずその強さを真っ直ぐないいものにしてくれるだろう」
「やだよ……シルバぁ!」
「ツチカ、君は思慮深く他人を気遣える優しさを持っている。だが同時に責任感を感じすぎる所もある。チャミに正しい優しさや知識を学びなさい。そうすれば君も一流の記者となれるだろう」
「シルバさんもいてくれたからなんですよ!」
「ヤブキ、君はどんな時も好奇心と勇気を忘れなかった。だが少々遠慮も覚えるべきだ。しかし君の好奇心と発想力は必ず世界をより良いものに変えてくれる。これからも沢山の事柄に興味を持ちなさい」
「シルバにもっと教えてもらいたいんだよ!」
「アイン、君の探究心は閉ざされた世界すら繋ぎ合わせてくれる。だがあの町で起きた悲劇を実現させないために必要なのは物事を深く理解することだ。君ならば望むような科学者になれる。忘れずに知識を研鑽し、他者との協調を大事にしなさい」
「もっと沢山シルバと世界を見たかったのに!」
「コイズ、君はとても素直でどんな状況に置かれても意志を曲げない強さを持っている。それは必ず世界に議論の場を生み出す良い一石となる。だが同時に世界を混乱させかねない。より深く世界を知り、自分の意見というものをより明確にすれば、世界が誤った方向へ進む事も無くなるだろう」
「俺だってもっとシルバに甘えたかったのに!」
「シュイロン、君は偉大な父や母に育てられ、その名に恥じぬ強さを見せてくれた。だが無謀と勇気は違う。自分を大切にし、周囲にいる人々を大切にすれば必ずお互いを助け合える良き協力者が沢山見つかるはずだ。一人で出来ない事は皆で解決しなさい」
「僕にもシルバさんがまだ必要です!」
「そしてシバノ、折角世界を見せてやると言ったのにこうなってしまってすまない。これからの世界、君の純粋な好奇心とその瞳で是非この子達と世界を見てくれ。必ず君のような純粋さが世界には必要になる。好奇心を忘れるな」
「僕だって……シルバに言われたから世界を見たいと思ったのに!」

 子供達一人一人の頭を撫でながらシルバは優しく語り掛けるように口にする。
 その言葉は諭す親の言葉のようであり、同時に別れの言葉のようでもある。
 このまま手を放してしまえば二度と会えなくなる。
 それだけは分かるからこそ、子供達は誰一人としてシルバの長く伸びた体毛から決して手を離さない。

「これは困ってしまったね。動こうにも動けない」
「嫌だ! シルバが一緒に冒険してくれるっていうまで絶対に動かない!」

 微笑みながら話すシルバに対して子供達はより必死になってしがみつく。
 また何度か子供達の頭を撫でるとシルバは心配そうに覗き込んでいたクロムの方を向いた。

「クロム。悪いが一つだけ我儘を聞いてもらってもいいか?」
「君の頼みを我々が断ることは出来ない。何を望む?」
「幻影を解いた後、この子達と共に生きたい。それでも構わないか?」
「君がそれでいいというのならいいだろう。だが、まだ苦しみが続くことになる」
「構わない。この子達との旅は楽しかった。今度は世界を想像するのではなく、一人のポケモンとして世界を旅すれば、この生も苦ではないだろう」
「了解した。他の神々には私から話そう」
「そういうことだ。すまないが君達は一旦外に出ていてくれ。クロムと色々としなければならない事がある」
「本当に……一緒に旅をしてくれるの?」
「約束したからな。だから少しだけ外で待っていてくれ」
「うん!」

 そう言ってシルバは立ち上がり、子供達をその空間の出口まで導いてやった。
 一人ずつ入り口をくぐって出てゆき、小さく手を振ってから入り口を閉じた。

「よかったのか?シルバ。最後の最後であのような嘘を吐いて」
「嘘ではないさ。私も今の世界に少々興味が湧いた。あの子たちの創り出す世界というものを視てみたい。……まあ、私はあの子達と共に歩むことは叶わないがな」
「理解していたか……。君はあまりにも永くの時を行き過ぎた。今更ただのポケモンに戻ることは出来ない。残された道は新たな神の座へと招き入れるか、理の中へその命を還すかだけだ。どうするつもりだ?」
「この先の世界、観測者が必要になるだろう。そうでなければ神々は安心しない。その役を買ってでよう」
「いいのか? 君の精神はとうの昔に限界を越えている。今ならばまだ理の中に還り、記憶も全て新たとなった身でならばあの子供達と共に歩むこともできる」
「新しい私ではあの子達には意味が無い。それに私も今のままでなければ意味が無いのだ。あなた方に頼めばいつでも還れる。ならば私もこれからの世界を楽しんでみたい。答えは変わらないよ」
「分かった。シルバ……良き旅を……」
「ああ、良き旅を」

 シルバは子供達にたった一つ嘘を吐いた。
 子供達はこの空間の外へ出たその瞬間から眠りに就き、この場所での会話の全てを忘れているだろう。
 はたまた覚えていたとしてもそれは夢。
 目が覚めれば不思議な体験をしたとしか覚えていない。
 シルバの描いていた世界は理想郷だっただろう。
 だがそれは同時にたった一つの不安が世界に生まれるだけで消え去る、美しくも儚い神々の望んだ理想郷。
 悲しみも苦しみも不安も怒りも後悔もない、完全な世界でしか成し得ない泡沫の世界。
 世界には沢山の想いがあり、皆それぞれの想いを胸に掲げて生きて行く。
 時にぶつかり合い、時に励まし合って生きて行くその生き様は儚さとも美しさとも程遠いものだ。

「己の意志で歩むからこそ我々は強く美しくなる。これは決して神には理解できない感情だ」
「だが君はその歩みを止める。それでいいのか?」
「歩みを止めるわけではない。ただ愛おしい世界を私は傍から見守り、彼等と神々を結び付ける役割へと変わるだけだ」

 シルバは最後にクロムに言葉を返すと永く続けていた思考を止めた。
 シルバの居た小さな空間が形を失い、虚空へ解けてゆく。
 それを皮切りにしたように、シルバを中心に少しずつ世界が解けるように散ってゆき、舞い上がる。
 世界から幻影のヴェールが静かに消えてゆき、シルバの描いた理想の世界は夢幻と混ざり合い、長い夢の彼方に溶けてゆく。
 飛沫が水面へと向かうように空へ無数の光となって散り、そして代わりに真実の光が泡沫の塵を掻き消しながら降り注ぎ始める。
 シルバの頭上には本物の太陽が照り、シルバの姿を眩しく照らし出す。
 長い白銀の体毛を掻き揚げるように風が吹き抜け、若芽の芽吹きを感じさせる青々とした香りが鼻腔をくすぐる。
 そしてシルバはそのシルバの想像上ではない草原に身体を預け、若草が自分の身体を受け止めかさりと軋む音を耳にしながら横になった。
 まるでシルバが初めてアカラと出会った日のように。
 何処とも知れない森の真ん中にある、小さな草原で五体を全て投げ出し、天を仰ぐ。

「この世界はかくも美しく、そして愛おしい。さあ、目覚めの時だ」




「……カラ。アカラ。アカラ! 起きなさい! いつまで寝てるの!?」
「待ってお母さん。あと五分だけ……」
「今日は早いって分かってたのに夜更かしするからでしょ? 早くご飯を食べなさい!」

 そう言ってアカラは寝ぼけ眼を擦りながら母親に無理矢理起こされた。
 大きな欠伸をしながら起き上がり、顔を洗って朝食を食べる頃には随分と元気になったようだ。

「ねえねえ、お父さんは?」
「もう出掛けてますよ。今日はなんたって竜の自警団の獣の島駐屯所の竣工日ですからね」
「そうだった! てことはまたみんなに会えるかな?」
「会えるわよ。きちんとご飯を食べて出掛ければね」

 アカラは彼女の母親にそう訊ねた。
 父親は竜の自警団と呼ばれる、自治組織に所属している一兵士だ。
 格式高い竜の島の騎士達が、その戦力と理念を各島々に浸透させてくれたおかげで島々に支部ができ、島毎の大小様々ないざこざを解決してくれている。
 そんな竜の自警団の最後の支部となる獣の島支部が今日ようやく完成するため、アカラは招待されていたのだ。
 急いで朝食を詰め込み、出掛けるための準備を進めてゆくが、どうもまだ迎えまでは時間があるらしく少しだけ暇な時間ができた。
 ただ何もせずに待つにはあまりにも退屈で、そのままでは眠ってしまいそうだったということもあり、アカラは時間潰しに何かできないかと考えた。

「ねえおばあちゃん。クレヨン何処に行ったか知らない?」
「あらあら、道具入れにしまってなかったかしら」
「道具入れ? ありがと!」

 一枚の大きな画用紙を手にアカラは祖母から聞いた通り道具入れを探し、クレヨンを取り出してその画用紙に絵を描き始めた。
 草原や沢山のポケモン達が稚拙ながらもよく特徴を捉えて描きこまれてゆく。
 その上に白と赤で小さく自分自身を描き、茶色のクレヨンへ持ち替える。
 次に緑と黄色を取り出して書き込んでゆき、並べて紺と橙の小さな丸を描いてゆく。
 水色のクレヨンで絵を描き、それに纏わりつくように黒い線が伸び、そしてその先に紫色の丸が描かれた。
 アカラのもう一方の空いている方に橙色で絵の中のアカラと同じぐらいの大きさの絵が描きこまれると、その後ろに大きなオレンジ色の絵が書き込まれ、囲むように長い緑の絵が描きこまれる。
 青と紫で大きな瓢箪のような物が描かれ、その横に更に黒で大きな絵が描きこまれ、

「なんだ? アカラって絵なんか描いてたっけ?」
「ううん。たまたま。今朝見た夢の内容がさ、とっても楽しかったから描いてたの」

 完成まであと僅かといったところで、アカラの友達の子供達が迎えに来ていた。
 普段から活発で、少々腕白な所のあるアカラはよく少年と間違われる少女だ。
 故に友達から見てもアカラが絵を描いている様は不思議な光景そのものだっただろう。

「これはどんな内容なの? 草原で日向ぼっこ?」
「そう! これがね僕。周りにいるのはツチカとヤブキとアインとコイズとシュイロンとシバノ。それに自警団の仲良しのチャミさんに、ドラゴさんにアギトさんにレイドさん。みんなでね、このゾロアークと一緒に楽しく日向ぼっこしてたんだ」
「ゾロアーク? どれがだ?」
「これだよ! ここに描いてるでしょ?」
「これがゾロアーク!? お前なぁ、ゾロアークを描きたいんなら白じゃなくて黒だろ?」
「違うよ! その夢の中のゾロアークはね! 真っ白だったの!」
「白いゾロアークなんていないよ!」
「いたもん!」

 そう言ってアカラと友達は少々口論を始めてしまったが、その絵の中には中央に白のクレヨンでゾロアークが描かれていた。
 周りにいるアカラや沢山のポケモン達と楽しそうに笑顔を浮かべ、日向ぼっこをする絵。
 アカラの見た、とても楽しかったような気がする夢の中の景色。

「こら! 何やってるの! もうすぐ開会式なんだからもう行かないと間に合わないわよ!」
「あ、アカラのお母さん! すみませんすぐに行きます! ほらアカラ! もうゾロアークが何色でもいいからさっさと行くぞ!」
「よくないもん! 本当だって言ってるのに!」
「じゃあ何処にいるんだよ! 何て名前なんだ? その白いゾロアーク」
「えっと……。分かんない。夢の中で聞いたような気がするんだけど……」
「ああもういいや! 早く行こう! パレードに遅れちゃうぞ!」
「待ってよー!」

 半ば強引に引っ張り出すように友人に手を引かれ、アカラは自分の家を後にした。
 向かうは新たに作られたばかりの港町の傍の竜の自警団駐屯所。
 そこを目指してアカラと友人達はかけっこの様に走ってゆく。
 部屋に残されたままのアカラの絵は、開け放たれた窓から吹き抜ける風が紙をカサカサと鳴らすが、クレヨンが重りとなってくれていたおかげで飛びはしなかった。
 そんな絵を懐かしむように撫でる、白い手が一つ。
 子供達の絵を一つずつ美しい爪で軽くなぞり、最後に白いゾロアークの絵に触れる。

「ああもう! またクレヨンも出しっぱなしで出て行ってる! 踏んで折れたら泣くのは自分でしょうに!」

 部屋の外まで風のせいでクレヨンが転がっていたのか、廊下からそんなアカラの母親の怒った声が聞こえた。
 クレヨンを手にしたままつかつかと部屋に入ってきたアカラの母親は、一瞬言葉を失った。
 目の前に陽の光と同じ美しい色の髪をたなびかせる純白のポケモンがいたからだ。

「えっ? ……えっ!?」

 自分の目を疑い、瞬きをしたその一瞬でその白いポケモンは消え失せ、ただ風に音を鳴らす絵とクレヨンだけがそこにある。

「気のせいかしら?」

 不思議そうに首を傾げながら、風で転がったクレヨンを集め、箱へと戻してゆき、きちんと道具箱へとしまい込まれた。
 その後、アカラの母親はそのアカラの描いた絵を見て、少し不思議な点に気が付いた。
 絵そのものは何処からどう見てもアカラの描いた物なのだが、その絵の中央より少し下付近に、子供の字とは思えないほど奇麗な字でこう描きこまれていた。






「これからも、君達と共に」

22:この美しく愛おしい世界 


 彼女達の冒険は……いや、私と私が彼女達へ世界を託すまでの物語はもう終わった。
 これから先の世界を知るのは彼女達だけであり、私は彼女達の歩んだ奇跡をただ忘れずに記憶してゆくだけだ。
 何百年か何千年か、はたまたまた何億年もの間か……。
 何にしろこれから先また永い間、今度はこの世界を傍観者として眺め、その世界で起きた細微なことまでも記憶し、少しでも神々の不安を取り除いてゆくために報告し続けなければならない。
 あらゆる人々の生活を一つ一つに至るまで想像していた頃に比べれば随分と簡単な仕事だ。
 この精神が朽ち果てるまで、今一度この身を神々へと捧げよう。
 これはそんな私の、最初の記憶。
 私が世界を託すために捻じ曲げてしまった彼等の思想の本当の在処を映し出す記録でもある。
 この世界は神々の思う程、儚くも無ければ美しくもない。
 悲しみや苦しみを乗り越え、足掻く様は正に醜いものだ。
 だが、其の醜さが私は愛おしい。
 何度地に這いつくばろうと立ち上がれる強さを持つ者が、真に美しい存在だと、少なくとも私は思う。
 今一度謳わせてもらおう。

 この世界は 完璧ではない。
 神々の望んだ世界とは程遠い。
 だからこそ謂おう。
 この世界は儚くなどない。



 最終話 この美しくも愛おしい世界



「やったー! 僕がいっちばーん!」
「ちっくしょー! アカラは本当に早いなー」

 粛々と祭典の準備が行われる竜の自警団、獣の島駐屯所の前にアカラ達は駆けこんできた。
 アカラはこの島の友人達と共にこの竣工式に出席する予定だったため、皆で先に遊びに来ていたのだ。
 本来ならば両親と来る予定だったのだが、父親は竣工式の手伝い、母親は別の仕事で出られなくなったため、祖父母とは後で合流することにして先に遊びに来ていた。

「あれ? まだ掛かりそうなの?」
「ああ、ちょっと船が遅れててな。悪いが少し待っていてくれ」

 駐屯所の前がやたらと慌ただしくなっており、何事かとアカラが声を掛けた所、どうやらまだ今回の竣工式の主役が到着していないらしく、仕方なく式の時間をずらそうという算段が取られている所だった。
 なんでも竜の島からの船が途中で故障したため、急いで対応策を考えている所なのだという。

「ちぇー。久し振りにチャミ達と会えると思ったのに」

 アカラはそんな報を受けて口を尖らせていたが、事故は誰にもどうしようもない。
 仕方なくアカラは他の子供達と暫くの間ブラブラとすることにしたが、いつ始まるかも分からないためあまり遠くまで遊びに行くこともできない。
 ただただその辺を少しブラブラするだけしかできなかったが、そこで思わぬサプライズがあった。

「あら? アカラちゃんじゃない! お久し振り~!」
「あれ? チャミさん? それにツチカもお久し振り! でもあれ? 船が故障してたんじゃないの?」
「お久し振りですアカラさん! 実は色々あって乗っていた人だけ先に着いたんです」
「え!? アカラってあのチャミさんと知り合いなの!?」
「そうだよ!」

 子供達でぶらぶらしていた所、後ろからチャミとツチカが現れて声を掛けてきた。
 チャミと言えばその名を知らない者はいないという程の有名な竜の自警団の広報担当であり、天真爛漫な笑顔が売りの名実共に備わった看板娘だ。
 ツチカは彼女の下で修行中の身の広報見習いで、今は二人で様々な島の情報収集や各地の情報の連絡を行っている。
 それと同時に様々な調査に出向く調査隊にも同行できるほど高い身体能力とガッツを有する腕利きの冒険作家でもある。
 元々アカラとツチカが偶々鳥の島へ旅行していた際に出会い、そこから丁度弟子入りしたばかりの時のチャミと知り合ったという形で三人は知り合っていた。

「てことは今日の主役がもう到着したってことだよね?」
「残念ながら私達じゃないわ。竜の島に着任することになったのはなんとあのドラゴ隊長でーす!」
「ドラゴさん!? スゲー!」
「ドラゴさんってことはシュイロンも来てるの!?」
「来てるわよ。ここが拠点になるから近い内に家族みんなで越してくる予定だって言ってたわ」
「やったー! シュイロンとまた遊べるー!」
「ぬか喜びさせて悪いが、シュイロンは暫くしたら一人で竜の島に戻るぞ」
「あら、ドラゴさんもご到着ね」

 チャミ達から少し遅れてドラゴとシュイロンもチャミ達の元へ合流した。
 途端にアカラの友達がみなドラゴを見て大興奮しだしてしまう。
 というのもドラゴは幾度となく様々な島で災害救助の任務を完遂させてきたため、竜の軍でも特に子供達の人気が高い兵士だったからだ。
 右目の視力を失いながらもそれでも人命を救うことを常に最優先にするドラゴは当然子供のみならず大人達からも英雄そのものである。
 即座に子供達にサイン攻めにあっている様子を傍から見ていたシュイロンは一人やる気を漲らせている。

「そういえばシュイロンは竜の自警団に入隊するんだってね。あー……そっか、てことはコイズと同じでアギトさんの所に行くつもりなのか」
「もちろん! 僕も父さんに負けないような立派な隊員になるんだ。そのためには『鬼のアギト』の訓練生になるのが一番手っ取り早いからね!」
「うへぇ。僕はアギトさんと会うなら訓練以外の時がいいなぁ」

 シュイロンは父親の人気具合を見ていつか自分も同じような、大勢の人々の憧れとなれるように常に夢を描いている。
 そういうこともあってシュイロンは次の月から『鬼のアギト』の異名で知られる、アギトの訓練部隊に入隊することになっている。
 当のアギトはというと、あまり性格自体は変わっていない。
 おどおどとした様子はないが、あまり強く言わない質でどちらかというと相手に合わせるようなの受け答えの方が多い。
 甘い物と可愛い物が大好きで、女子や子供にもそのギャップが密かな人気を誇っている。
 だが一度訓練となるとアギトは本当の意味で優しくなる。
 怠惰は訓練兵のためにならないと一切の情を捨て、兵士として災害救助や暴漢との戦闘になった時に命を落とさないようにと最高峰の訓練を受けさせてもらえる。
 先に入隊しているコイズは現在、竜の島で絶賛アギトに扱かれている真っ最中だ。

「九十八、九十九……百! はいお疲れ! 小休憩を挟んだらあともう一セットいこうか!」
「無理ぃ……死ぬぅ……!」
「マジで勘弁してください」

 アギト式のトレーニングを終えた訓練兵たちが全員その場にへたり込む中、同じトレーニングメニューをこなしたアギトは実に涼しい顔をして鬼のような一言を言い放つ。
 これでアギトが同じメニューをしていないのなら言い返す訓練兵もいただろうが、目の前で全く同じメニューをこなされては文句のつけようがない。

「うーん……。確かに手を抜いてもいいけど、そうした時に困るのは君達になるからね。そういった意味でも僕は絶対に手を抜かないよ! あと一セット終わったら模擬戦闘! それが終わったらみんなでご飯を食べよう!」
「飯までが遠すぎるぅ……!」

 全員死屍累々と言った様子で息を荒げているが、アギトは少しだけ考え込んだ後、彼等に申し訳なさそうな顔を向けて言い放った。
 とても申し訳なさそうには見えないその様子に当然根を上げそうになる者もいるが、残念なことにドラゴの訓練部隊から排出された兵士は皆どんな現場でも活躍しているためきちんと結果も残っている。
 そのためドラゴの訓練を自ら志願し、志半ばで諦める者も少なくはないが、その人気が衰える事はない。

「因みに同じ訓練兵を鍛える教官の間では『微笑む悪魔』とか言われてる」
「確かにアギトの笑顔って妙に優しいから良い得て妙ね……」

 場所を戻してアカラ達の方では、今現在絶賛コイズが今にも死にそうな声を出しているとも知らずにドラゴとチャミが口々にアギトの事を語っていた。
 それを聞いて怯む者もいるほどだが、シュイロンはそれすらも覚悟の上のようだ。

「兵士がこんな所で無駄話をして良いのかね?」
「はっ! 大変申し訳ありません! ヒドウ様!」
「はははっ! 冗談だ。楽にしてくれ」

 子供達と話していたドラゴとチャミの更に後ろから遅れてヒドウがその場に現れた。
 彼は竜の自警団の総隊長を務める身であるため、冗談で放った一言でもドラゴとチャミはすぐさまその場にまっすぐ立ち直し、見事な敬礼を見せる。
 とはいえ当然畏まる必要はないのですぐにヒドウも崩させたが、そのまま彼もその話の輪の中に入ってきた。

「おやおや、これは小さなお客様方だ。今日は竣工式を見に来てくれたのかな?」
「そうだよー!」

 ヒドウはそう言うと笑顔で子供達の前に膝を付いて話し掛け、子供達の声にうんうんと嬉しそうに頷いていたが、アカラだけはそっとドラゴの裏に隠れた。
 というのもアカラにはなんとなくヒドウが好きになれなかったからだ。

「おや、すまない。怖がらせてしまったかな?」
「何となく……嫌」
「すみませんヒドウ様。彼女も悪気があって言っているわけでは……」
「分かっておる。というよりも寧ろこういう反応の方が慣れておる……」

 アカラがヒドウを睨み付けるとヒドウはさも残念そうにしていた。
 厳つい体格と総隊長という階位もあり、周りの人々が恐縮する様からどうしても本人は子供が大好きなのだが子供からの人気が無い。
 ヒドウのちょっとした悩みだが子供は純粋故仕方がないだろう。

「そういえばヒドウ様。改めて紹介しますが私の息子で今度、訓練兵として入隊する予定のシュイロンです」
「ほう! ドラゴの息子も自警団に入ってくれるのか! 親子二代で是非とも多くの人々を護ってやってくれ! 期待しているぞ! シュイロン君」
「は、はい! 期待に応えてみせます!」

 ドラゴに説明されてシュイロンはヒドウの前に歩み出た。
 英雄と名高いドラゴの息子も自警団を目指してくれると知った事が嬉しかったのか、同じように腰を下ろしてシュイロンに手を伸ばし、しっかりと握手を交わした。
 シュイロンとしてはヒドウも父親と同じく羨望の対象であるため、そんな人から握手を求められたのがとても嬉しかったのか目をキラキラと輝かせてヒドウの言葉に答えた。

「ヒドウさんって凄い人なの?」
「ちょっとちょっと! アカラちゃん! ヒドウ様は凄いなんてもんじゃないわよ! 竜の自警団を立ち上げて各島々に部隊を配備してくれたのも、やっと全部の島に警備隊が配置されたのもヒドウ様のおかげなのよ!?」
「そうだったんだ。なんかごめんなさい」
「はっはっはっ! 構わんよ。それに凄いのは私ではないよ。私は君達実際に行動してくれる兵士達が動きやすいように事務作業をこなしているだけだ。それに今日の主役は私ではなくドラゴ、君だ」

 アカラがヒドウの様子を見て頭を下げたが、ヒドウは軽く笑い飛ばしていた。
 そしてドラゴの肩を軽く叩き、もう一つ笑う。

「ヒドウ様、この度は私を獣の島の大隊長として任命していただきありがとうございます」
「君しかいないと思ったからそうしたまでだ。そういえばレイドとベンケも乗っていたはずだか? 彼等は何処に?」
「彼等は船の修理を手伝うと言っていました。もう一つの目玉ですからね」
「あれ? ドラゴが主役ならもう始めてもいいんじゃないの?」

 ドラゴとヒドウの会話を聞いていたアカラが横から訊ねたが、それにはチャミが答えた。

「それなんだけど、実は今回島に着任するのはドラゴだけじゃないのよ。竜の島から一番遠いってこともあって、今回最新鋭の船も着艦予定だったのよ。本当はその船に乗っていたんだけれど、途中でエンジンの調子が悪くなっちゃったから先に人だけ移動させて、今は技術者達が全力で復旧作業を行っているはずよ」
「船ってあの連絡船じゃないの? 今日は風も吹いてるし大丈夫そうだけど」
「なんと! 今回作られた船は凄いわよ! なんたって完全機械の帆の無い船、蒸気船だからね! ……まあそれがいきなり故障してたんじゃあまだまだ課題も沢山あるけれどね」

 そう言ってアカラが高らかに宣言したのは今の帆船が主流となっている島々の航行をより快適に、より高速に行き来できるようにと作られた蒸気船だった。
 開発に全面協力してくれたのは岩の島の技術者や科学者達で、少しずつ世界中にそう言った技術品を広めていきたいという考えもあり、今回一隻提供したのだが、まだまだ改善の余地があるようだ。
 海上で立ち往生している船の上では動かなくなった原因を沢山の科学者と技術者達があーではないこーではないと頭を悩ませている。
 その中にはアインとヤブキの姿もあった。
 ヤブキは持ち前の丈夫な糸を使って船体に浸水箇所が無いか調べて回り、もしもあればそこを補強するために調べて回っていたが、どうも穴は開いていなさそうだ。
 アインは他の技術者達と知恵を出し合い、エンジンが止まってしまった原因を調べている。

「まさか鉄の船を漕ぐ羽目になるとはなぁ……ほぅれ! ベンケ隊! 力を合わせていっちに! いっちに!」
「いい風が出てるからなぁ……帆が無いのが悔やまれるぜ。技術者の皆は他に何か必要な物があるか? すぐに取りに行くぞ!」

 ベンケとその部下達は力仕事が特に無かったため、念のために乗せられていたオールを使って小窓から船を漕いで少しでも進めようとし、レイドは物資の運搬役を買ってでていた。
 今の所エンジンはうんともすんとも言わず、何が原因で止まっているのかも見当が付いていない。
 そのため必要な資材もよく分かっていない状態だ。

「どうするかね。海の上に浮いているだけなんて洒落にならんぞ」
「最悪の場合放棄するしか……」
「何言ってんだ! これ一隻作るのにだって滅茶苦茶資源と時間が掛かってるんだ! 俺達は科学者なんだ! 絶対に原因を特定してみせるから修理の準備をしておいてくれ!」

 アインは早々に船を諦めようとしている技術者達にぷんぷんと怒ってみせ、自分自身の誇りのためにもエンジンの状態や燃料の状態を詳しく観察してゆく。
 とはいえかれこれ数時間はそうなっているためあきらめムードになるのも仕方がないだろう。
 アインは今も岩の島に住んでおり、科学者見習いとして父親の研究を手伝っている。
 将来はどんなポケモンでも自由に動かせられる手となるマジックハンドを作るのが夢らしい。
 ヤブキの方は今は船の修理技師として住み込みで働いている。
 今は自分の特技を生かした仕事を主に扱っているが、将来はどんな建物や船でも作れる一流の建築士になるのが夢だそうだ。

「アインー! もういっそのこと帆を作ろうぜ! 修理ならこんな海のど真ん中よりも岸に着いてからの方がいい!」
「無茶言うな! 帆船じゃないんだからそもそもマストを立てる場所もないしそんな太さの木もない! 無理矢理立てたとしてもへし折れるのが目に見えてる!」
「じゃあどうすんだよ! このままじゃ日が暮れちまうぜー?」
「どうって言ったって……」

 そうこうしている内に船を風が一つ吹き抜け、途端に船全体がガタンと一つ揺れた。

「何だ今の!? おっ! エンジンが動いたぞ!」

 どうやら原因不明のエンジン停止が直ったらしく、皆一斉に船を獣の島へと向かわせるための準備に取り掛かっていた。
 原因不明のまま復旧してしまった事に科学者達はあまり納得していないのか随分と不満そうだ。
 その上、治った正体がどうにも不可解な現象で証言が一致している。

「何か白い物体が通り抜けていった」

 と見たものは口々に言っており、それは正に非科学的な現象だ。
 科学者や技術者と言った者達が揃いも揃って同じような事を言うため、心霊現象の様になってしまっているが、科学者が幽霊の存在を信じてしまえばおしまいだろうと憤慨しているわけだ。
 そのままレイドは一足先に獣の島へと発ち、先に行って島に辿り着いている者達に準備を進めるように告げに行った。




「ヒドウ様! 蒸気船の修理が先程完了しました。もう一時間もしない内に着くでしょう」
「おお、ご苦労だったなレイド。少し疲れただろう。休んでいるといい」
「ありがとうございます」
「レイドさんだー! お久し振り!」
「おう! アカラ。元気そうだな」

 ヒドウへ報告を終えたレイドもそのままその会話に混ざったが、流石に大勢集まりすぎて場がカオスになり始めていた。
 というのもアカラの友人の子供達からすれば超有名人が一堂に会しているような状況。
 先程からテンションが上がりっぱなしで振り切れているような状態になっている。
 本来の目的も竣工式で彼等の姿を網膜に焼き付けるつもりで来ていたため、直接会って話せるとなればもうそれどころの騒ぎではない。

「あーそうだ。それとヒドウ様。例の件、の調査結果。ここで報告しても問題ありませんかね?」
「ああ、構わんよ。特に聞かれて不味い話ではないし」
「そういうことなら。……例の幻の島と呼ばれていた小さな島の調査結果でしたが、特に何もありませんでしたね。本当にただの無人島です」
「ふむ……。手掛かりはなし、か。仕方あるまい。引き続き"白いポケモン"の目撃情報を追いかけるしかあるまい」
「"白いポケモン"?」
「ん? ああ、なんてこたぁないよ。今幻の島を包んでた霧が晴れてな。ようやく調査ができたんだが特に収穫なし。それと時を同じくして世界各地で謎の"白いポケモン"の目撃情報がちらほら上がりだしてな。何か関連性が無いか調べていた所だ」
「今の所、私達竜の自警団の情報網を駆使しても尻尾すらつかめていない状態。ただ一つ分かっているのは、特に危険性は無いってことぐらいね」
「正体不明なのに危なくないの?」
「ちょくちょく現れては寧ろ助けてくれる。ただその声も聞いた事が無いし、瞬きでもしようものなら消えてるっていうかなり不可思議な存在だ」
「これを言うとうちの小うるさいのに怒られるのだが、現状竜の自警団は暇を持て余していてね。平和に越した事はないが、組織立っている以上どうしても金が掛かる。何でもいいから金を作って来いとちょくちょく尻を叩かれてねぇ……」

 謎の白いポケモンが話題に上がると、それにかこつけてヒドウはやれやれと言った様子で口にした。
 なんでも竜の自警団は名の通り自警団が本業なのだが、彼等の名前が有名になったこともあって犯罪自体が随分と少なくなっていた。
 喜ばしい事態ではあるが、そうなると困るのも組織というもので、今は自警団以外の調査団や派兵という名の労働力の貸し出しなので生計を立てているのが実情である。

「あっ! やっと見つけましたよヒドウ様!! どれだけ探したと思っているんですか!!」
「あぁ……口うるさいのに見つかってしまったか」

 諦めたようにヒドウが口にしたその後ろから、見るからに怒っている様子のベインが現れるなりヒドウにマシンガンの様に言葉を浴びせかける。

「もう! こんな所で油を売っている暇はないでしょうに! 今回の竣工式の遅れを獣の島の代表方にまず謝罪。次に竣工式が終われば今後の協力体制についての会議、その後は三十件以上溜まっている調査報告からの今後の方針を決めていただかなければならないんですよ! というより、そもそも今はリハーサルをしている時間でしょう!? 他の人達も早く持ち場につきなさい!」
「いいじゃないかベイン。不測の事態だ。謝りに行くから少しは落ち着いて……」
「ヒドウ様が自分のスケジュールを常日頃から守っていないからでしょう!? 秘書の私の身にもなってください!! 行きますよ!!」
「あああっ! それじゃまた後で話そう! レイドは引き続き"白いポケモン"を追ってくれ!」

 そうして頭から煙でも出ていそうなほど捲し立てたベインにヒドウは連れ去られてゆき、嵐のように現れたベインはそのまま嵐のように去っていった。

「なんだかベインさんもヒドウさんも結構苦労してるみたいだね」
「そりゃああの二人は一番の苦労人よ。さ、私達も本来の仕事に戻りましょうかね」
「そうだな。じゃあレイド。また今度会ったら飲もう」
「次会えるのはいつになるかねぇ……。あ! その代わり飲む時はお前の奢りだぞ! 大隊長様!」
「じゃあねー! ツチカ、シュイロン! みんな!」

 そう言って集まっていた皆もベインのツルの一声で雑談を止め、ドラゴとチャミは駐屯所へ、ツチカとシュイロンもその後をついて行った。

「あ、そうだ。アカラ! 今度暇があったら魂の島に行ってやれ。シバノが会いたがってたぞ!」
「ホント? だったら今度行かなくちゃ! シバノは元気そうだった?」
「旅するために滅茶苦茶勉強するぐらいにはな。あいつもその内チャミんとこの広報担当になってるかもな。じゃ、俺もこの辺で」

 そう言ってレイドもすぐに飛び去り、次の任務のために動き始めたようだ。
 残された子供達はその場で有名人達からサインを貰えたり直接会話できたりしたことで興奮冷めやらぬようだが、アカラとしては久し振りに他の島々の友人達の現状が聞けたのが嬉しかった。
 アカラは過去に一度、父親に連れられて世界中を旅している。
 その時に各島々で仲良くなったり、竜の自警団の人々経由で仲良くなったりして、以降は手紙でのやり取りや今回の様に稀に会える機会があれば遊びに行ったりしていた。
 魂の島にはその時に訪れ、現地の観光ガイドを生業にしていたシバノとはその時に仲良くなったのだ。
 シバノは今も魂の島で観光ガイドをしつつ、いずれは竜の自警団の調査隊に入ることを夢に見てお金を貯めている所だ。

「あちらに見えますのが大昔、この島を統治していた魂の神様、ギラティナ様が住まわれていたと言われる天まで届くと言われる塔です。残念ながら今は老朽化が激しいため近寄れませんが、写真撮影は大丈夫ですので是非記念に収めていってください」

 小さな魂の島ゴースト観光と書かれた旗を振るシバノはくるりくるりと身体を大きく動かして人々の注目を集め、上手く観光名所を紹介してゆく。
 魂の島は古い歴史が残る神代の生活様式が残っている島として観光地として非常に人気だ。
 長くを生きているポケモンが多い事と、どんな場所でもフワフワと飛んで行けることを利用し、島に住むゴーストタイプのポケモンの多くはガイドやバックパッカーのような仕事で生計を立てている者が多い。
 実際に島々を旅したアカラの話を聞いたシバノは他の島への興味が湧き、いつかはアカラや他の友人達と一緒に世界中を見て回り、案内できるようになりたいとも語っていた。
 ツチカとも頻繁に連絡を取っているため、チャミにもその実力が認められてスカウトされる日もそう遠くはないだろう。


――そう、この世界でもアカラ達は変わらず互いを大切にして生きている。
 いい事ではあるのだが、残念ながら特に大きな問題の起きていないこの本当の世界ではアカラ達は中々お互いに顔を合わせられる機会が無い。
 彼自身に直接接触して伝えるわけにはいかないため、この場を借りて彼には謝罪するべきだろう。
 ヒドウ、本当は彼は知略に長け、人々が幸せに生きていけるようにその能力を最大限に発揮しつつ、それを感じさせないようにのらりくらりとした調子で仕事をしている所謂苦労人だ。
 例えこの先世界が乱れようとも彼は皆が笑える世界のために持てる全ての力を使って人々を守ってくれるだろう。
 だからこそ、彼を真逆の性格にしたのは申し訳ないと思っているが、どうしても世界中に影響力のある戦士が必要だった。
 世界の繋がりや、各島々で出会った者達もこの世界でより良くなるために尽力している。
 彼等も少しだけ覗こう。
 これが私を通して視る、この世界の今。
 この先は、この世界に生きる者だけが知っていればいいのだから。


 獣の島は保有している島の総面積に対し、村の数が少ないのは特に変わっていない。
 しかし、岩の島の科学者達との協力で土地が非常に農業に適していることが分かり、農林業が非常に盛んになった。
 アカラも今は農家の手伝いをして家計を助けており、健やかな社交性を築いている。
 農業も安定しているため近々、品評会を開いてその日一年で最高の農作物を競い、多くの島からの注目を集める事を画策しているらしく、その計画のために今は島の代表六名とヒドウでその会議中だ。

「私としては食料となる植物だけではなく、花のような鑑賞性の高い物も必要だと思うのだ」
「確かにそうだな。花があれば見た目も華やかになる。他にはどんな物がいいだろうか」
「単純に花や野菜、果物だけではなく、土質や育て方を教えたり、販売するのはいかがでしょうか? 岩の島は最近緑が少ないのが問題になっておりますので喜ばれるかと」

 フレア達三人は鑑賞性の高い植物を更に品評会に追加することを提案し、テラ達はフレア達の意見を聞いてうんうんと賛同しており、ヒドウは農業そのものを売り物に出来ないかと提案する。
 島々の関係性がより密になったこともあってか、お互いに様々な意見を出し合ってより良くしようとしている。
 非常に和やかで有意義な会議なのだが、如何せん予定している時間を超過していることもあってベインがまたイライラしだしているのだが、それはまた別の話。
 鳥の島では島民の多くが空を飛ぶことができることと、地上に住んでいる者と高い場所に住んでいる者達が同じ施設を利用できることを利用した、手紙や荷物の配送が主な産業となっていた。
 竜の島のポケモン達も多く出稼ぎに来ており、簡単な荷物の搬送から手紙、果ては引っ越しまでこなしてしまう万能な運搬業として誰もが利用したことのある産業となっているため、郵便が無くならない限り廃れる事はないだろう。

「フブキ、イカヅチ。先程の蒸気船とやらの緊急依頼、無事上手くいったとの報が入った。これでますます安泰だな」
「そりゃ有難い事だが流石にそろそろ手が足りん。有名になりすぎるのもちょいと問題かもしれんな。悪いがホムラ、また求人を出しておいてくれ」
「それだけではありませんよ。手紙の仕分けや荷物の仕分けも追いついていません。集荷業の方も人手が不足している状態ですので求人をお願いしますね」

 ホムラ、フブキ、イカヅチの三名はそれぞれ村を仕切りつつ仕事もこなすという中々なハードワークを行っていたが、彼等にとっては案外嬉しい悲鳴のようだ。
 竜の自警団と同じく、船の護衛が主な仕事だった彼等は人があぶれていたため、空輸配送は彼等の天職だろう。
 当然それ以外にも竜の自警団に入って人命救助を行う者達もいるのだが、生き方はそれぞれというスタイルを大切にしている。
 虫の島は住人の多さと岩の島と連携した建築技術の発展、鳥の島と連携した運搬技術の発展で、今では完全に世界最大の都市と化している。
 巨大樹の間を幾つもの林間道が交差しており、新たに設計された自動車が往来するまでになっている。
 大都会という事もあり、この島ではいざこざがちょくちょく起きるため、竜の自警団としてはこの島は困り者でもあり食い扶持でもある。
 あらゆる流行がこの地で生み出されて世界中へ発信されてゆくため、今の若者や技術者を目指す者にとっては憧れの町でもある。
 ウルガモスシティの都長は今もメルトだが、忙しいのは特に変わっていない。

「メルトさん! この架設道路計画ですが……」
「港町の大型化計画が……」
「架設道路は私の担当じゃない! それに港町はそれこそ予算案だけ持って来てくれ!」

 合同会議が開かれるようになったものの、最終決定にはどうしてもメルトへの認可が必要になる事が多いせいで色々と計画段階の時点で話が舞い込んでくることも多い。
 今回は高架式の道路同士を更に架設式の道路で繋ぎ合わせ、更に交通の便を図ろうというものと、規模の巨大化に合わせて港町の大型化と、港町の増加の計画だ。
 勿論メルトの抱えている仕事は山ほどあるため、各町の町長たちと協力、分担しているのだが、得てしてこういった担当者等の話は全体に行き届くのに時間が掛かる。
 そして町の一角、大きな木の上の広く取られた空間にゆりかご園は健在している。
 しかしその役割は少々違う。

「はーい! 皆さん! 皆でお歌を歌いましょう!」
「はーーい!!」

 エプロンの似合うミールは今は幼稚園のゆりかご園の園長をしている。
 沢山の子供達と屈託の無い笑顔に包まれ、他の先生達と忙しくも楽しい日々を送っている。
 夕方になれば子供達は迎えに来た親に連れられて帰ってゆく。
 沢山の子供達と過ごす生活そのものは変わらないものの、そこに悲しい過去を持つ子供はもういない。
 岩の島はその名前とは似ても似つかないほど高度な科学技術を誇る世界随一の科学都市だ。
 レアメタルにも恵まれた土地であったこともあり、建物の殆どが鉄やガラス、電装などを施されたとても煌びやかな建物が多く、一度は行ってみたい町として若者達の憧れの地でもある。
 同時にその技術は高い科学力や工業技術を象徴するものでもあり、最先端の研究も行われている町でもあるため、科学者や技術者を目指す者達にとっても憧れの町だ。
 今回は満を持して登場した鋼鉄製の蒸気船の実証試験と日頃の感謝の意味も込めて竜の自警団に贈呈されたのだが、これがいきなり故障したため眠る暇すら無くなったと技術者達は絶望していた。

「狼狽えるな! どんな物にも必ず原因が存在する。百分の一のスケールでテストモデルを作成し、同じ状況をシミュレーションするぞ!」

 ヴォイドは魂の抜けている技術者や科学者達に喝を入れ、急いで原因の究明に当たっていた。
 とはいえヴォイド自身、最高傑作として贈った物がいきなり故障した事実は堪えており、彼自身影で頭を抱えていたのだが、それは決して他の者には見せないようにしていた。
 エンジンは特に細心の注意を払って制作に当たった部分でもあるため、原因すら分からないとなれば最悪の場合全て設計し直しとなるとそれまでの努力が全て水の泡になる。

「そうは言ったが……駄目だ、皆目見当がつかん。実物を見るのが手っ取り早いが今は着艦式の最中だろうし余計な不安は与えたくない……どうしたものか」

 両手で顔を押さえて撫で下ろし、設計図を見直していたが、理論上は何も問題が無いため設計図では原因は掴めない。
 何を間違ったのか悶々としている上、直った理由は原因不明の白い何かとなれば技術者としては納得がいかない。
 その上もしも量産化が視野に入れば同じような故障を幾度となく繰り返すことになる。
 どうするか悩んでいると、後ろの方から何か物が落ちる音が聞こえた。

「何だ? レンチ? こんな物ここに置いていたか?」

 落ちた物体が何かと念力で引き寄せると、それは特に何の変哲もないレンチだった。
 しかしヴォイドは自分の部屋にレンチを置いていた記憶は無いため、何故そんなものがあるのか不思議そうな顔をしながら設計図の方へと向き直したが、そこにはいつの間にか赤いペンで『異物混入』と書き記された箇所が増えている。

「どういうことだ? 書き込んだ覚えはない。だがまさか……」

 手に取ったレンチをまじまじと見つめ、目の前で起こった不思議な事を擦り合わせてゆくと、レンチが異物である可能性が高いと考えた。
 記された箇所はメンテナンス用に上部のハッチを開ければエンジンに直接触ることができる箇所。
 もしもメンテナンスの際にそこにレンチを置き忘れており、それがエンジン内に落ちて嵌り込んだと考えれば有り得ない話ではない。
 ただそうなると何故、嵌り込んでいたはずのレンチがひとりでに外れて動き出すようになったのかも分からないが、原因として考えられる理由を電話を用いて蒸気船に連絡したところ、どうやら正にこれが原因だったようだ。
 オーバーホールしなければならないほど深い場所まで滑り込んでいた欠けたレンチが出てきた事で理由は分かったが、何故直ったのか、何故ヴォイドがすぐにその原因に気が付けたのかは謎のままとなるだろう。
 魚の島は魚釣りに海水浴、スキューバダイビングに洞窟探検とレジャー満載の行楽地として非常に人気が高い。
 島民は漁師かこういったレジャー施設のガイドをする者が多く、どちらも人気が高いのだが特に人気が高いのは王宮周辺だろう。
 海中洞窟の更に先、暗い世界に一際明るく聳え立つ王宮は見るものの心を奪う。
 そしてその王宮には格式高く人々に愛されるレイン王と大臣スキームがおり、彼等の計らいで観光客のための催し物がよく開かれる。
 伝統を知ってもらいつつ、収益にも繋がるため島民からも観光客からしてもとてもありがたい計らいだ。

「レイン様、岩の島よりご連絡です。海藻類の研究を更に進めたいとのことで追加での依頼が来ております。また獣の島からの連絡で、この島に実っているヤシのみの栽培方法と野菜の栽培方法の相互交換を行いたいとのご依頼です」
「分かりました。岩の島からの依頼は財務に任せてください。獣の島からの依頼は少々長引くと思われますのでスキームさんが対応してください」
「承知致しました。すぐに取り掛からせていただきます」
「ええ、いつもご苦労様です。スキームさん」
「レイン様ほどではありませんよ。では失礼致します」

 そう言ってスキームはすぐにその場を離れ、レインは催し物のトリとなる祝詞と舞踊の準備を進めてゆく。
 スキームは相も変わらず頭の切れるレインの参謀だ。
 レインの父は既に隠居しており、政に口出しするような事は殆ど無い。
 というのもレインは先代をも凌ぐ先見性と指揮能力を持っており、スキームや先代の指導もあって既に自信と確かな実力を有しているため誰も不安に感じていなかったからだ。
 将来有望故に既に様々な事を一手に引き受けているが、そこはスキームが補っており、それを知っているからこそレインも必ず敬意を払うという良い関係を築けていた。
 竜の島は恐らく最も様変わりしているだろう。
 大小様々な村があり、その全てで多くのドラゴンタイプのポケモンとそれ以外のポケモンとが互いに協力し合って生きている。
 全部の村を統括しているのはラティオスのソニックとラティアスのブリーズだ。
 いくら平和な世界と謂えど、冒険の途中で怪我や遭難という危険な目に遭ったり、旅行客を狙った犯罪が無いわけではない。
 元々私設自警団として活動していた警備隊のヒドウ達の活躍は彼等の耳にも届いていたため、彼等からヒドウへ竜の島に本拠地を構え、巨大な組織として活動しないかと持ち掛けたことで今の竜の自警団が生まれた。
 活動の中心はやはり虫の島が基本となったが、組織としての基盤を手に入れた事で救助隊、警備隊、護衛隊、調査隊等々様々な部署を設けることができるようになり、ヒドウを筆頭として竜の自警団牽いては竜の島そのものが非常に人気になった。

「アギト教官。今日も精が出ているな」
「ソニック様! わざわざ訓練場までご足労ありがとうございます!」
「いや、実は本部に殆ど人が残っていなかったので皆何処に行ったのか聞きたかったんだ」
「恐らく大半の隊員は獣の島に出向いていると思います。ようやく全ての島に拠点ができたので、これでより人々の安全が保障されたようなものですから。偏にソニック様のお陰です」

 アギトの猛特訓もソニックが訪れた事で一時中断された。
 全員がその場でソニックに対して敬礼をしていたが、内心は泣きそうなほどソニックの登場が嬉しかっただろう。
 これで暫くの間はアギトがソニックの案内役としてついて回るため、

「それじゃみんな、悪いけど少しの間自主トレをしててね。終わったらすぐ戻ってくるから」
「イエッサー!!」

 必ずこういう事を分かっていたため一層元気な声で返事をした。
 因みにソニックがわざわざ訓練場に足を運ぶ理由は、そんな訓練兵への小さな配慮だとアギトは知らない。

「調査隊の報告だと外洋の方に未開の島が見つかったそうだ。これから先、冒険者が増える可能性が高いのでヒドウに冒険者組合の立ち上げを打診したかったんだが、居ないのなら仕方ないな」
「戻った際にヒドウに伝えておきます」

 今回ソニックが訪れた理由は新たな島の発見の報が入ったためだ。
 上陸はしていない段階だが、新たな島となれば探索のし甲斐があるため今の少々だらけ始めている竜の自警団には丁度良い刺激となるだろう。
 魂の島は元不帰の島だ。
 今は不帰はそのままだが、歴史的な遺跡が数多く残り、世の歴史ファンを魅了して帰さないという意味で帰らずの島ではある。
 島の大半が遺跡として厳重に管理されていることもあり、残念ながら住人は他の島と比べるとあまり多くはないが、住人の多くはゴーストタイプであることを利用し、遺跡の保護を行って考古学者と共に神代の歴史を紐解こうとしている。
 この島の崩れた遺跡には絵巻や伝説でのみ伝えられるポケモン達の姿が壁画に描かれており、その壁画の傍には敬う様に囲うポケモンの姿が多く描かれているため、神代の神々と呼ばれたポケモン達は地上に姿を現していたのではないのかと考察しているようだ。
 ミカルゲのカナメがこの島の唯一の村の村長であり、同時に遺跡の管理人をしているのだが、如何せん他のゴーストタイプと違い身体が石に固定されていて自由に動き回れないため口うるさく注意しているぐらいだ。

「ちょっと! そこのロープから先は立ち入り禁止! あちこちに書いてあるでしょ!」
「いいじゃんちょっとくらい」
「よくない! 一欠片の石片だって年代を特定する貴重な物なの! 傷が付いた、無くなった後じゃ遅いんだからきちんとルールを守りなさい!」

 観光客達からは少々口煩過ぎる事と金切り声で注意してくるためあまりよく思われていないが、考古学者達からはその重要性をよく理解していることもありとても感謝されている。
 しかし遺跡の歴史を学びたいという者が多かったため一部の区間は一般公開が解放されたものの、このままルールを破るような観光客が増えれば島を完全に閉鎖しなければならなくなるため、ある意味一番観光客を守ってくれている存在でもある。


 全ての島々を見て回り、シルバではそれ以上の想像をすることができなかった更に外側の世界も人々の手によって発見され始めた。
 これから先世界はどんどん広がってゆき、沢山の感動と興奮をもたらしてくれるだろう。
 だが世界はそれだけで構成されてはいない。
 この先、本当に世界が混乱を極めるようなこともあるだろう。
 だがそれでもシルバは信じている。
 彼等、彼女等がこの世界を必ず良い方へ導いてくれると……。



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最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • はじめまして。とても面白いです!
    ところでアカラの種族は何でしょうか?
    ―― 2015-01-13 (火) 19:25:54
  • >>名無しさん

    コメント返信遅れました。
    申し訳ありません!アカラの種族名のことについて書いているつもりになっていました。
    ご指摘ありがとうございます。&楽しんでくれてありがとうございます!
    ――COM 2015-01-18 (日) 14:12:22
  • 長編過ぎて読んでて楽しかったです! --
  • >>ななしさん
    いやほんと恐ろしい程の長編ですよね…
    読んでくださりありがとうございます! -- COM
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Last-modified: 2020-03-27 (金) 19:56:19
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