ポケモン小説wiki
鬱な書き手と水玉の出会い

/鬱な書き手と水玉の出会い

       「鬱な書き手と水玉の出会い」         作者かまぼこ

                  注:人×ポケ描写があります。


 太陽が、山の向こうにその身を隠そうとしている中、男はただ一人、清流の音が響き渡る
古びた橋の上で、欄干に頬杖をつき、沈み行く夕日を眺めていた。
「はぁ……」
 男はため息をつくと、片手に持っている一冊の本に目をやった。
 本のタイトルは『泡沫のアリア』。
 声を失った一匹のアシレーヌが、周りの者達に支えられて自分を取り戻していく物語。
 それは幼い頃からずっと、暇さえあれば持ち歩いて読む程に大好きだった本で、
彼が物書きを目指すきっかけとなった作品であった。
「泡沫……か」
 男は一人呟く。
 自分の目指した夢は、まさに泡のように儚く消え去った。

 男は失意のどん底にあった。
 少し前から、様々なことが出来なくなっていった自分。
 その原因を知ったとき、男は人生そのものが真っ暗になっていく感覚を味わった。
 可能性というものがことごとく消滅し、その先には絶望しかなかった。
 合点のいったこともあったが、もう自分はかつてのような日々を過ごす事は
出来ないのだろう。そして、自分の好きだったものも、この手に戻ることは無い。
 そう思うと、いっそこの橋から……などと考えてしまう。
「物書きの出来ない作家なんて……」
 幼い頃から、本が好きだった。家にあった様々な本を読みあさっては、
物語を空想夢想し、自分なりに物語を綴ったりもした。
 そんな人生だったから、彼が物書きになろうとしたのは、自然な流れであろう。
 書き方の教室に通い、テクニックを身に付け、多数の物書きサイトに登録して、様々な作品を書いてきた。
 努力が報われたかのように、賞賛のコメントを貰ったこともあったし、もちろんいいことばかりではなく、
人気が出ず酷評されたりしたこともあった。
 しかし、男はただ純粋に書くことが楽しかったのだ。
 才能は無いかもしれないが、沢山の作品を書きたかった。多くの人たちに感動を、楽しさを与えたかった。
 それらが、男の物書きを支えていた。
 しかしそれも過去の話。
 もう夢は断たれ、これまでの努力も全てが無駄になり、自分の「好き」が全て失われた今、
最早自分は生きている価値などない。
 男はそのまま欄干に足をかけて、その身を宙に躍らせようとした。
 こんな自分は不要だ。そう……不要なのだ。
 そう思った瞬間、行動しようとした体が意に反して急停止した。
「くっ……!」
 男は歯噛みした。
 なぜ体が止まってしまったのか。
 自分の夢はもう叶わないというのに、何故躊躇ってしまうのだ?
 その理由は簡単だ。
 男は、まだ物書きでありたかったからだ。
 まだまだ、沢山の作品を書いていたかったからだ。
 このままで、終わりたくは無いのだ。
 だが現実は物語のように優しくは無い。自分はこの本のアシレーヌのように支えてくれる者も、
好いてくれる者も存在しない。
 終わりたくは無いが、今の自分には……。
 もう――。
「……!」
 男は、なんとか躊躇いを振り切ろうと、目を見開き思い切り欄干を蹴って跳躍した。
 足の下には、透明度の高い水面。
 これで最後だ。あばよ……。
 心の中で自分に別れを告げて、男は重力に身を任せ脱力した。
 どぶん。
 男の体が川の水面を叩くと同時に、冷たい水の感触が全身を包んでいく。
 何もかもどうでもいい。こんな俺は生きている価値などはないのだ。
 流されながらも、全てに絶望した男は、その手に持っている本だけは手放さなかった。
 そのまま男の意識は体ごと川底に沈んでいきながらも、これでよかったんだと思えた。

 ……ねぇ、大丈夫?
 ……無事なら、返事して。
 自分が何者かもわからなくなりそうな闇の中から、誰かの声が響く。
 男の混濁した意識を、その声が徐々に覚醒に導き、意識がハッキリしてきた所で、
男は目を見開いた。
「よかった……気が付いたのね?」
 どう見ても人間ではないつぶらな瞳が、男の顔を見下ろしていた。
 その生物は、男が意識を取り戻したことを確認すると、てこてこと、
足早に近くの石のそばまで行くと、石の上に置いてあった籠の中から
雑草らしきものを取り出して、男の元まで歩み寄ると、その草を男の口に
ねじ込んだ。
「……ウッ!?」
 その味と苦味に、男は吐き気を催し、一気に立ち上あがると、川に胃袋の中身を
全て吐瀉した。
「……なんだ……コレ……」
 嘔吐きながらも、男は声を出した。今までに感じたことが無いくらい不味いし苦い。
「……何を食べさせたんだお前!」
「何よ……『復活草』に決まってるじゃない。死に掛けている相手には、コレが一番効くのよ?」
 声を荒げると、その生物は顔を顰めさせて不満そうに答えた。
 周囲を見回すと、そこは飛び込んだ橋から殆ど離れていない河原だった。
 日は既に落ち、橋の街灯の明かりがその生物の姿を浮かび上がらせていた。
 その生物は、一言で言えば青いタマゴだった。
 水玉模様のあるタマゴ型の胴体に小さい手足がつき、さらに紐の様な尻尾の先端には
淡く光るゴムボールのような球体が付いていた。
 そして頭頂部からは、特徴的な長い耳が真上に伸びている。
 男は思い出す。
 たしか、川に生息するポケモンで、その長い耳が水中でレーダーの役割を果たすという、
水ウサギポケモン、「マリルリ」だったか。
 何故か左側の耳は丸められたままだったが、男は青い生物――マリルリを睨めつけて、
「何で……俺を助けた」
「何でって……人間が川に沈んでいるなんて、普通じゃないもの」
 マリルリは川に住むポケモンだ。確かに川に住むポケモン達からすれば、
水中に人間がいるなど、普通の事ではないのだろう。
 だが、正直放っておいて欲しかった。
 もう少しでこの人生からおさらばできたというのに、余計なことをしてくれたものだ。
「川底の岩にひっかかったままうごかなくて……何があったの?」
「お前には関係ない……」
 どうせポケモンに言ったところで理解なんかできないだろう。
 それにこれは、自分にしか解らない問題なのだから。
「あっそ。じゃあこれ返してあーげない!」
 マリルリは、背後から水に濡れた一冊の本を取り出して、そう告げた。
『泡沫のアリア』。あの本は、入水を試みようとしたときに持っていた
大切なものだった。
「あ……返せ」
 男は思わず立ち上がって、マリルリから本を取り返そうとした。
 しかし、何故取り返そうと思ったのか、男にはわからなかった。
 確かに大切なものではあった。しかし、今の自分には既に不要のものだ。
 夢を断たれた今となっては。
「冗談よ。はい、もうこんなことしないでね」
 そういってマリルリは男に本を返そうとした。
 だが、
「いらないよ……」
「大事なものなんでしょ? なんでいらないの?」
 マリルリが尋ねてきた。
「……俺にはもう必要ないからだ」
「でも、こんな大事そうな本……」
 その本は、比較的厚みのあるハードカバーの本だった。その重厚さから、
マリルリは「大事なもの」であると考えたのだろう。
 そう。もう必要は無いのだ。こんな自分には、もう……。
「いいんだよ……もう」
 マリルリに背を向け、男は告げた。
 これ以上干渉して欲しくは無いから、男は歩き始めた。
 入水が失敗した今、また別の方法を考えなくてはならない。
「でも……どうして泣いてるの?」
「え……」
 言われて、男はその指を目にもっていくと、確かに下瞼が濡れていた。
 水に入ったことが原因ではない熱い水が、己の目に溢れていた。
 いつの間に……言われるまで気が付かなかったのと、涙顔を見られた事で、
男は気恥ずかしくなって顔を俯けた。
「ね、何があったの?」
 ただ溺れていただけじゃないみたいだし、と付け加えると、マリルリは本を石の上に置いた。
 男は色々と聞いてくるこのマリルリに辟易した。
 だがこのマリルリの目は真剣だった。それどころか哀れむような目を向けてくる。
 それに泣き顔まで見られてしまっては、もう隠し通すことはできないだろう。
 仕方が無い。
 まぁ、いいか。知りたいのなら話してやろう。
 今の自分の状況を。
 己の背負っているもの。それは呪縛だ。
 それをポケモンに聞かせても、意味などないし、心も晴れることは無い。
 しかし、今は無性に誰かに話したい気分だった。
 いや、もしかしたら誰かに救って欲しかったのかもしれない。救いの手を差し伸べてもらい
たかったのかもしれない。だから男は、そのマリルリの望みに応えてやった。
「それは……」
 それは――。
「……俺が、病気だからさ」
 男は、河原の石に腰を下ろす。水に濡れた衣服の感触が不快だった。


「へぇ、お話書くのが好きなの?」
 マリルリが目を輝かせて興味心身に訊いてきた。右耳をこちらに向けて小刻みに動かして、
話を聞こうとしている。
「好き……だった」
「今は違うの?」
「今でも好きだよ……でも、出来なくなったんだ」
 男の異変は、数ヶ月前の事だった。
 彼は多数の趣味を持っていたが、その一つである工作作業をしていたとき、
急に違和感に襲われた。
「ん……?」
 楽しくないのだ。
 あれだけ夢中になっていたことに、集中できなくなっている。
 飽きたのだろうか……とも思えたが、それにしては興味感心はあった。
 違和感を感じつつも、そういう時もある、とその時は特に気にしなかった。
 しかし時が経つにつれだんだんと作ることへの意欲が失われていき、その趣味はできなくなった。
 面倒くさい、というわけでもなかった。だが、出来なくなった。
 それから、症状は徐々に進行していった。
 気分転換に外に出ても世界がモノクロに見え、周囲の雑音が嫌でも耳に入り、不快感が増した。
 電車で遠くに出かけてみても、楽しめたはずの移動工程が、楽しくない。
 ゲームがまともにプレイできなくなり、楽しめなくなった。
 またある時、体が動かなくなった。ベッドから起きられなくなり、食欲もなくなった。
 マンガやテレビを見ても、笑えなくなり、感情が失われた。
 そしてとうとう、本が読めなくなった。
 本を開いてみても、文字が何か別の言語の羅列に見えて読むことが出来ない。
 その意味不明の膨大な情報が脳内に入ることを拒み、本を開くことすら出来なくなった。
 読めたとしても、文字を目で追うだけになって、内容が頭に入らない。イメージ出来ない。
 そして当然、一番の趣味であった物書きも、書こうとしても書けなくなり、ストーリーを
思い浮かべることも、プロットを練る事も、不可能となった。
 さすがにこれは普通ではないと、数日前に病院を受診し、検査を受けた。
 その結果、男は鬱病の症状が出ていると、医師から告げられたのである。
「ウツ……? って何ソレ」
 意味が解らないのか、マリルリが聞いてきた。
「鬱病ってのは……何もやる気がおきなくなって、最悪動けなくなったり、
本気で死にたくなったりする……らしい」
「ふーん」
 現に自分は、こんな自分が嫌になって入水に走ったのだから。
 薬も処方され、これ以上悪化することはないだろうが、自分から「好き」が次々と
失われていく感覚は、耐え難い苦痛であった。
「笑っちゃうよな……作品が書けない作者なんてさ……」
 男は自嘲の笑みを浮かべた。
 特に、一番の趣味であった物書きを喪失したことは、最も辛いことだった。
 あれだけ好きで作品を執筆してきたのに、それが全く出来なくなったのだから。
 物書きの出来ない書き手など、もう終わっている。
 まともに考えることの出来ない者に、物書きが勤まるはずがないという思いが、
彼の夢に止めを刺していた。
 自分にはもう書くことは出来ないのだと思うと、苦しかった。
 どうにかして書こうと無理をして筆を取ったが、思考力が下がっているせいかどうしても
書けないし、思い浮かばない。
 書きたいとは思うが、書けない。そのせいで意欲も無くなる。悪循環だった。
 すると、マリルリが口を開いた。
「じゃあ、治せばいいじゃない」
 マリルリの言葉に男は顔を顰める。全く気軽に言ってくれるものだ――。
「病気なら休んで治したほうがいいわよ。そうすれば書けるようになるでしょう?」
「そう簡単に治るもんじゃないんだよ……」
「……」
 そういうとマリルリは言葉に窮したのか黙ってしまった。
 鬱の治療は、長い期間を必要とするから、いつ治るかはわからない。
 もしかしたら、一生書けないままということもありうる。
「そんなの……嫌だよ……書けないなら……死んだほうがマシだ……」
「だから、死のうとしてたってワケ?」
 男は俯いたまま首肯した。
「バッカみたい。だったら尚更その病気と向き合えばいいのに。死ぬ必要なんかないじゃない」
 男はカッとなって思わず殴りつけたくなったが、そんな気力もなかったのでやめた。
 やはりコイツにとって、自分の病気や悩みなどは他人事なのだ。
 男は嘆息し、再び俯いた。その様子を見てマリルリは、流石に言い過ぎたかと思いつつ、
「まぁ治せるものは治しながら、あとは……慣れていくしかないんじゃない?」
「慣れろったって……」
 確かに治したいと、治さなければと思う。鬱病という鎖から脱出できない限り、
執筆はできないのだから。
 だがそれでは何時になったら執筆が出来るようになるのか。
 鬱病の回復を待つのも一つの手ではある。しかし時間をかけてしまえば、
それこそ本当に書けなくなってしまうような気がする。
 作者生命が終わるかもしれないと言うのに、ぐずぐずしてなどいられない。
 書きたいことはある。できるならすぐにでも書きたいくらいだ。
 しかし、今の自分は書くことが出来ない。
 一体どうしたらいい。
 考えるが、鬱症状のせいなのか頭が働かない。男は頭を抱えた。
「俺は……書かなきゃいけないんだよ……なのに……」
 これも、鬱病患者の特有の思考なのだが、男はまだそのことに気づいていない。
「書かなきゃいけないって……強制じゃないなら無理しなくてもよくない?」
 自分はプロなわけではないし、別に締め切りに追われているわけではない。
 自分のペースでやるというのは、執筆の基本でもある。
「焦っても仕方ないでしょ。病気なら、やっぱり治さないと」
 やはりそれ以外に無いのか……時間をかけて治していくしか方法が無いのか。
「そうねぇ、あとは少しでも病気を良くしながら、何か対策を考えるとか?」
 対策と言っても、医者から貰った薬くらいだ。
 鬱病状態での執筆と言う話は聞いたことが無いし、他に方法があるかどうかは
解らないが、言われて見れば、そんな方法を探してみてからでも遅くは無いだろう。
 少なくとも、現状のまま執筆を続けられるようになれば、まだ違うのかもしれない。
「やれること、まだあるじゃない。死ぬ必要なんかないのよ?」
「……」
 確かに、やれることはあるのかもしれない。
 多少遠回りではあるが、鬱でも執筆する方法を探す価値はあるのかもしれないし、
投薬しながら出来なくなったことを少しずつ練習をしていくと言う方法もありかもしれない。
 自分は焦り過ぎていた。
(死のうと判断するには早すぎたのか……?)
 そう考えると、自分は何て浅はかな行動に走ったのだろうかと、さっきとは
別の意味で気恥ずかしくなる。
「だから、ホラ」
 言いながら、マリルリは濡れた本を手渡すと、男の背中を軽く叩いて、
「希望はあるんだから。元気出しなさいよ。私でよければ、力になってあげるから」
「……」
 書きたいことはある。書けなくなっても、書く方法はきっとある。
 今からでも遅くは無い。家に帰って対策を調べよう。必ず役に立つものがあるはずだ。
「……自信は無いけど、やってみるよ」
 マリルリの言葉に僅かに勇気付けられた男は、そう言うと、立ち上がった。
「頑張ってね。ええと……人間さん」
「シュウイチ……迷惑かけたな」
「ふふ……アマリよ……もうバカなことするんじゃないわよ?」
 お互いに名前を名乗ってから、男――シュウイチはマリルり――アマリの言葉に頷くと、
川の土手を駆け上がっていった。
 執筆を続けるために。


 シュウイチは帰宅すると、濡れた服を着替えてから、執筆を続けるための対策を
調べ始めた。
 自分と似たような状態になってしまった書き手のブログやSNSを漁り、情報を探した。
 極めて限定的な状況であるから、探してもなかなか出てこなかったし、内容も殆ど頭に
入らなかったが、気になる記事を見つけては、それらに目を通していった。
 技術不足。
 知識不足……。
 意欲低下。
 思考低下……。
 好みの問題……。
 ネガティブなキーワードばかりが目に入ってくる。
 どれもこれも在り得る話だが、何かが違う。今の自分に該当するものではない。
 思考低下は現に症状としてあるが、書きたいという意欲はあるし、
設計図も大まかながら頭の中にある。しかし、書くことが出来ない。
 次に、部屋にある書き方の参考書を開く。書いてない。技術に関する話だから当然だ。
 好きな本を読んでみるが、やっぱり解らないし、ネット小説に至っては文字が頭に入らない。
 どうしたらいい? 今の自分には何が足りない? 何が出来ない?
 自分について考えると言うことの難しさに精神を疲れさせながらも、シュウイチは出来る限り
自身で答えを求めたが、これ、というものが見つからない。
 次に、物書きたちが集まるインターネットチャットを開いてみる。
 そこは、作者達が楽しそうに意見交換を行い、好きな事柄について語っている。
「楽しそうだな……」
 思わず呟いてしまうが、今の自分はこの輪には加われない。
 物語が書けないから。
 作品が読めないから。
 自分がこんなに苦しんでいるのに、画面の中の作者達は楽しそうに語る。
 正直、羨ましい。
 この人たちはなぜこんなに書けるのだろう?
 魔法のごとくポンポンと構想が瞬時に思い浮かぶのだろう?
 こっちはこんなに苦しいのに。書くことが出来ないのに。
 何も思い浮かばないのに。
 嫉妬の感情さえ浮かんでくる。
 同時に、自分はこの作者達よりも劣っている人間なのだと言う劣等感さえ出てくる。
 ここはダメだ。
 そう思って、シュウイチはチャット画面を閉じた。
 やはりずっとこのままか。やはり対策など無いのか……とついマイナスな思考に陥ってしまう。
 元から自己肯定感が非常に低く、常に負の想像ばかりが頭に浮かぶためだ。
 そこでふと、シュウイチは自分の過去を振り返ってみた。
 そいうえば、こんな考えに陥るようになったのはいつからだったか。

 幼稚園時代と小学生時代? 違う。中学生時代……そういえば嫌な先生がいて、この頃から大人に
対し不信感が強まった……少し出来ないことがあると「バカだね」と体育教師から罵られた。
 ここから、スポーツの楽しさというものが理解できなくなった。
 高校時代。変に正義感が強かったから、不良グループと対立した。
 当時からポケモンを持っていなかった自分に対して、ポケモンを出してきて攻撃されそうになった。
 上履きを切り裂かれた。椅子に画鋲を置かれた。机にゴミを入れられた。
 合ったこともない人間からも嫌われた。自分の態度が気に入らなかったらしい。
 内気そうな生徒からもいじめを受けた。原因は『自分と同じ趣味を持っているから』で、
その理由が『シュウイチを見ていると昔の嫌な自分を思い出すから』だった。
 部活の部長と方向性で対立し、強制退部となった。
 ああそうだ……とシュウイチは思い出す。
 コレが原因で、他人を信じられなくなっていったんだっけ……。
 これらに限らず、こうした衝突は数多くあった。
 それには少なからず、自分の性格も関係しているのだろう……と今になって思う。
 自分は普通に振舞っていたつもりだった。それが、相手を傷つけ敵意を抱かせることになっていたとは。
 これまで色々と上手く行かなかった理由も、わかったような気がした。
「……悪いのは俺だったんだ」
 人と交流する上で、当たり前のことが出来ない。いわゆる「空気を読む」ことが出来ないから、
大学に入ってからも、頻度は少ないがそれでも他人と衝突するようなことはあった。
「空気読めよ」とネットスラングのようなことを面と向かって言われた。
 まさかリアルで聞くことになるとは思わなかった。
 その言葉は、都合の良いように相手を動かそうとする言葉にしか思えなかったから、
それを言った男に猛反発したことも。だから、サークルでも仲良くすることが出来ず、
学生時代は友達も作れなかった。
 就いた仕事も時折ミスをするし、少し前に、上司と意見が対立してしまったこともあった。
 おそらくはこれが発症の決定打となったのだろう。
「だから俺は、人間嫌いになって……その結果がこの鬱病か」
 そのせいで、物書きが出来なくなった……自分の大事なものを次々に失うことになった。
 過去の行いが巡り巡って、鬱病と言う形で現れていると考えると、シュウイチは嘆息した。

 ダメだ。ネガティブなことしか浮かんでこない。まぁ人間不信になりマイナス思考が今の
自分を形作っているのはわかったが、執筆にはあまり関係が無い。今探しているものとは違う。
「ん……あまり……?」
 シュウイチは口に出した。
 そういえば、さっき自分を救ってくれたあのマリルリも、そんな名前だったな――。
 さっき助けてもらった時は、お礼らしいこともできなかった。
 そう考えていると、シュウイチは違和感に気づく。
「アイツ……なんで名前があるんだ……?」
 野生のポケモンであれば、ニックネーム、すなわち名前があることはない。
 あるとすれば、誰かが勝手に命名したか、それとも……。
「……」
 もしかしたら、かなり複雑な事情を抱えているのかもしれない。
 だがそうであったとしても、助けてくれた相手であることには変わりは無いのだ。
 明日、おいしい木の実でも持っていってやろう。そしてその時に改めてまたお礼を言おう。
 そう思ってから、シュウイチは再びネットで対策を探した。


 翌日、シュウイチは近くの八百屋でいくつかの木の実を購入してから、昨日アマリに
助けてもらった河原に赴いた。
 結局、対策らしいものは特に見つからなかったが、あのマリルリの事が気になっていた。
 昨日と変わらず川は穏やかな様子で、水の流れる音がシュウイチの心を落ち着かせて
くれた。
 シュウイチは首を左右に動かして、アマリの姿を探す。
 すると、草叢の向こうにぴょこんと突き出ている青く細長いものが見えた
 間違いない。マリルリの耳だ。
 別の個体かもしれないという不安はあったが、シュウイチは草叢を掻き分けて
近付き、声をかけた。
「アマリ……?」
 聞こえなかったのかそのマリルリは後ろを向いたまま反応しなかった。
 ただじっと、川の流れを見つめている。
 右耳を丸め、左の耳だけが川のほうを向いていて、小刻みに動いていた。
 おかしいな……と感じつつも、今度は左側面から声をかけてみる。
「おーい、アマリだろ……?」
 やはり反応は無かった。
 どうしたのだろうと思って、今度は思い切ってマリルリの頭に触れた。
「っ!!」
 その瞬間、マリルリは体をびくりと震わせて、振り返りつつ、
驚いた様子でその場から飛び退り身構えた。
「あ……昨日の……」
 シュウイチと目があうと、マリルリはそういって警戒を解いた。
「アマリ……?」
 その言葉に、シュウイチは間違いなくアマリであることがわかって安堵したと同時に、
その様子のおかしさにも気づいていた。
 彼が長年物書きをやっていた経験から身に付いた観察眼……分析力ともいっていい。
 マリルリはその長い耳がレーダーとなるほど聴覚の良いポケモンだ。
 だというのに、近付いて触れられるまで気付かないとは、普通ではない。
「アマリ……お前」
「えへへ……やっぱり、わかっちゃう?」
 そういってアマリは悲しげな笑みを浮かべるのだ。
 おそらくシュウイチ以上に深刻な問題に直面していることを、少しでも誤魔化すために。

「わたし、左の耳が聞こえないの」
 河原の岩に腰掛け、持ってきたオレンの実を僅かに齧ってから、アマリはそう告げた。
「笑っちゃうでしょ……? 耳の聞こえないマリルリなんて。こんな耳、ただの飾りよね……」
 自嘲するアマリ。その姿はまるで昨日の自分のようだった。
 耳が機能しなければ、マリルリは食べ物も捕れないし、さっきのように敵が近付いていることにも
気付くことができず、日常の生活に深刻な影響が出るし、当然バトルだってまともには出来なくなる。
「それで、さっきは何をやってたんだ?」
「練習。少しでも、耳が良くなるかもって、時々こうやって左耳を使う訓練をしてるの。
全然良くはならないんだけどね……」
 アマリは苦笑した。
 しかし自分でリハビリをしようという心がけは尊敬する。彼女は意志が強いポケモンなのだろう。
「お前、トレーナーがいたのか?」
 シュウイチが訊くと、アマリは頷いた。
「ずっと前にね……でもいらないって言われたの。弱かったから……元々わたしは「余り」なんだって」
 アマリ――余り。そういうネーミングの由来を知って、シュウイチは渋面を作る。
 彼女が不要とされた理由に大体察しがついたからだ。
「それでも使ってくれてたけど、バトルが出来なくなったから……役に立てなくなっちゃったから……」
 言いながらアマリは丸めた左耳を撫でるようにして触れた。
 よく見れば、左耳には無数の傷跡が残っているのがわかった。
「『出来なくなった』……?」
「うん……」
 アマリは、また木の実を一齧りして、告げる。
 あるとき、アマリはバトルに出された。
 その時の対戦相手は、異形の赤い三日月の翼を持ったポケモンだったという。
「赤い三日月……」
 その言葉に、シュウイチは脳内で覚えている限り該当するポケモンを探すと、
一つの答えが浮かんだ。ポケモンが登場する作品も執筆していたから、
ポケモンの知識もある程度なら身についている。
 メガシンカしたボーマンダか――
「そのポケモンと戦って“ハイパーボイス”を……」
「そうか……わかった」
 シュウイチは話を打ち切った。その言葉で、あとは大体何があったか想像がついた。
 おそらく、メガボーマンダの『スカイスキン』――ノーマルタイプの技が飛行
タイプとなる特性によって、飛行タイプとなったハイパーボイスをもろに受け、
アマリは左耳にダメージを負ったのだ。
 フェアリータイプを持つマリルリなら、有利に戦えると判断しての事だろう。
 聴力が良いポケモンに、強力な音技を当てればどうなるか。それも飛行技と化したものを
その耳に受けたのだ。バトル中の事故であろうが、それで、彼女は――。
「それから……バトルがまともに出来なくなって……」
「捨て……られた?」
 アマリは頷く。そして、ポケモンセンターでも治しきれなかったことを付け加えて。
 聴力を片方失った彼女は、バトルでもまともに戦うことが出来なくなり、トレーナーから
見捨てられたのだろう。
 酷い話だ。バトルに出したトレーナーの責任なのに、それを取らずに捨ててしまうとは。
 そのトレーナーにとっては、彼女は本当に余りでしかなかったのだ。
 バトル脳のトレーナーの酷さはよく耳にするが、これほど無責任だとは。
「……わたし片方聞こえないから、どうしても不自由なことがいっぱいあって……
誰とも仲良くできなくって……」
「そうだったのか……」
 ハンデを背負った彼女は、劣っているものは淘汰される野生社会で受け入れてもらえなかったのであろう。
 捨てられてからずっと一人ぼっちでいると、彼女は告げた。
 望まぬ傷が、望まぬ不幸を呼び寄せて、彼女の今を形作っている。
 アマリは、自分以上に苦しんでいる。
 そんな彼女に、勝手に死にたがった自分は助けてもらい、元気付けて貰ったのだ。
 傲慢かもしれないが、少なくともその苦しさを軽減してあげたい、と思えた。

 すると、そこまで考えた時、シュウイチはあることに気づいた。
 自分はどうしてこんなにも、アマリの事を考えている?
 野生のポケモンだし、放っておくこともできたハズ。
 なのに今は彼女の事が気になって心配で仕方が無い。
 そんな不自由な身で捨てられ可哀想に……と思っている。
 彼女がもし自分だったら、精神が耐えられないかもしれない。
 そこでシュウイチはハッとした。
 自分は鬱病になってから、書けなくなり、読めなくなり、考えられなくなっている。
 にもかかわらず、アマリの事をここまで考えることができるし、言葉が頭に浮かんでくる。
 これは一体何なのだ――?
 もし、彼女が『自分だったら』――?
 そう思った時、
 脳内がスッとクリアになって思考回路が安定しだし、心にずっと灯っていた
イエローランプがグリーンへと変わる。
 彼女の事を思うこと。
 書けない原因。
 集中できない理由。
 それらが脳内で統合されて、答えを導いた。
「感情移入……?」
 病気が酷くなってから、物語の人物になりきって読んだり書いたりすることを
していなかったように思える。
 常に客観的に読むことだけを意識していたせいなのか、いまいち物語に入り込めなかった。
 客観視は確かに物語を書く上で必要ではある。
 だが、それだけでは書けない。書けたとしても、面白味のないものになってしまう。
 昨日入水したときに持っていた本だって、登場人物のアシレーヌに、多くのキヤラクターたちに
自分を投影して読んだから、あれだけ感動し、大のお気に入りになったのではないか。
 執筆にしたって、自分が主人公になりきって筆を進めていたから、多くの作品を書けたのではないか。
 登場人物の心理をイメージ出来たのではないか。
 他人の気持ちを思えないから、今まで人と衝突ばかりしてきたのではないのか。
「そうか……」
 そうだ。
 自分は、感情移入が不足していたのである。
 他人の気持ちになることを、していなかったのだ。
 そしてそれがわかったのは、彼女と出会ったからだ。
 絶望していた自分を導いてくれた彼女の存在だ。
 だから、不自由さに苦しんでいる彼女の力になってやりたかった。
 元から持っていた強い正義感が、シュウイチの心を突き動かす。
 シュウイチは迷わず告げた。
「な、アマリ……よかったら、俺と一緒に来ないか?」
「え? でも……」
「俺と一緒にいれば、不自由さがちょっとでも軽くなるんじゃないかって思ってさ……」
 彼女は一度捨てられた身である。当然、人間に対する不信感や抵抗感はあるだろう。
 それに自分は自ら死のうとした意志の弱い人間だ。
 だが、自分が引き取ればこれ以上不幸なことにはなるまい。
 彼女の事を思えば、これが一番の方法だと思えた。
「……」
 まだ迷っている様子のアマリに、シュウイチは笑顔で手を差し伸べた。
「ありがとうなアマリ……お前のおかげで、やっとわかったよ」
「な……何が?」
「書けない原因だよ。昨日出会ってから、俺はお前の事を考えてたんだ。
苦労しただろうな……捨てられて悲しかったよな。不自由で辛かったよな」
 言うとシュウイチは、おもむろにアマリの腕を握って引き寄せると、右腕で
彼女の体を抱えるようにした。
「わかったんだ……俺は、誰の気持ちにもなりきれていなかったんだ」
 これまでの辛い経験も。
 他人の気持ちがよく解らないばかりに、失敗を繰り返してきた。
 だからもう、失敗したくは無い。
 今目の前で困っている彼女を放っては置けない。
「出来ないことは無理しなくいていいんだ。一緒にいよう」
 そのシュウイチの言葉から数秒後に、アマリは「……優しいね」と笑顔を浮かべた。
 その目は潤み、尻尾も淡く発光して揺れ動き、彼女の心が大きく動いたことを示していた。
 きっと、優しい言葉を今までかけてもらったことが無かったのだろう。
「ありがとシュウイチ……」
 アマリは潤んだ瞳を腕で拭うと、シュウイチの腕を抱きしめるようにして、
体を摺り寄せてきた。
 そんな彼女の顎下を撫でるように優しく擦ってやると、気持ちがいいのか
彼女は目を閉じて、シュウイチの手の動きに身を任せた。
「いいよ……シュウイチとなら、一緒にいても」
 そういうと、アマリはシュウイチに顔を寄せ、自らの口をシュウイチの口に重ね、
彼の口を塞ぐようにした。信頼と愛情を証明する行為だった。
 彼女の体は汚れているのか雑巾のような香りがしたが、構わない。
 シュウイチの心は久しぶりに幸福な感情に包まれていた。


 数秒間の口付けの後、シュウイチとアマリは河原を離れ、
 彼の住んでいる木々に囲まれた小さな古民家に向かった。
 彼女は住処だった草叢から持ち出した風呂敷包みを床に置くと、
真っ先に部屋においてある彼のベッドに飛び乗って、その感触を味わっていた。
「ふわふわ……これが人間の寝床……」
 うっとりとした様子で、アマリは二、三度布団の上を転がる。
 その言葉から察するに、彼女は人間のベッドで寝たことが無いのだろう。
 ここからも、元のトレーナーとの仲が知れた。
「おいおい、汚れたままでやんないでくれよ」
 そういうと、シュウイチはタオルを用意して、アマリを風呂場に連れて行き、
悪臭を放つその体を洗ってやろうとした。
 服を脱いで腰にタオルを巻いてから、シャワーでお湯をかけ体毛を濡らし、ボディ用シャンプーを
彼女の背中に擦り込むようにしてやると、みるみる体が白い泡に包まれた。
「痛くないか?」
「うん、大丈夫。いい香りね」
 くんくんと小さな鼻を動かして、その香りを堪能する。
 その間にもシュウイチは手を動かして、アマリの体を洗っていく。
 結構汚れがあるのか、灰色に濁った泡が溢れてくる。
「ねぇ、本当にこんな私でいいの? 私弱いポケモンなのよ?」
 今更な質問に、シュウイチは笑顔を浮かべた。
「別にバトルをさせる気は無いさ。お前が少しでも幸せになれればそれでいいんだ」
「じゃあ、シュウイチは私がいると幸せなの?」
「そうだね。幸せかな」
 ずっと一人だったから、自分を認めてくれる相手がいるのは嬉しい。
 こんな気持ちは久方ぶりだ。
「ね、さっきのキス、どうだった?」
「ん?」
 もちろん、自分を信頼してくれた上での行為だったのだろうから、悪い気はしない。
 とはいえ、驚かなかったと言えばウソになる。まさかポケモンから急に口付けされるなど
思ってもいなかったから。
「嬉しかったけど……でもな、ああいうのは本気で好きな相手にやるもんだぞ? 
あんまり軽々しくやるもんじゃ――」
「え? 私はシュウイチの事本気で好きよ?」
 シュウイチの言葉を遮って、アマリが振り返りながら告げる。
「は……?」
「だから、好き……愛してるの」
 そういうと、アマリは目線を少し下げて、シュウイチの泡まみれの手を取った。
「一緒にいようって言ってくれて、凄く嬉しかったの……あんな言葉、初めてだったから。
シュウイチってホントはきっとすごい優しい人間なんだって思うの。だからあれこれ考えて、
そんな病気になっちゃったんだって……私思うよ」
 自分が優しい? そんなはずは無い。今まで他人の事を考えれなかったのだから。
 自分は冷酷な人間だ。
「他人の事考えられなかったら、お話なんて書けないよ。だから、シュウイチは優しいのよ」
「そうなのか……?」
 自分ではよく解らない。作品作りで登場人物の心理を考えることはあっても、現実の
人間関係の心理は別物だから。
「だから……私も協力する。あなたが元気になるように……」
 そう告げると、アマリは再びシュウイチに口と重ねた。
 優しい言葉に、シュウイチの心が飽和寸前になりそうだった。
 アマリはグイグイと顔を押し付けてくる。シュウイチの体が押され、
後ろに倒れそうになったとき、アマリの足がタオルの上から彼の腰にある物体を
軽く踏みつけた。
「ぐっ!」
 咄嗟に身をよじって離れようとしたが、シュウイチの体はアマリの腕によって
しっかりと押さえつけられ、離れることは叶わなかった。
 おそらく、アマリは『力持ち』の特性を持っているのだろうが、
それにしても凄い力だった。自分より小さな体のクセに、倍以上はある自分の体の
動きを完全に奪ってしまっているのだから。
 シュウイチはまだ自由だった腕を動かしてアマリをどうにか引き剥がそうとしたが、
それでも彼女の体を動かすことが出来ない。
 その間にも、アマリはぐりぐりとタオルの上からやさしく分身体を踏んでくる。
「おい……何を……してるのかなぁ?」
 苦しみながらも問うと、アマリは口を離してんふふと笑った。
「もう……そんなこと決まってるじゃない。シュウイチが元気になるコトよ」
「何を元気に……それに俺は別にお前とは――」
「言ったでしょう。私はシュウイチが好きなの……好きな相手とすることって
言ったら、コレしかないでしょ……」
 いいつつ、アマリはシュウイチの腰に巻かれていたタオルを一気に引き剥がし、
もう一人の自分が露になってしまう。思わず手で隠したが、遅かった。
「おっ……おい……?」
 明らかに様子がおかしかった。
 彼女はふぅふぅと呼吸を荒くし、目はうつろになってシュウイチを愛しげに
見つめている。さっきまでの彼女とは全く違っていた。
「せっかく……ここまでしたのに……おっきくならないね」
 そんなストレートな物言いに、シュウイチは驚いた。まさか彼女がこんなことを
口にするとは思ってもいなかった。
 病気を患ってからというもの、そういうことには全然興奮しなくなったし、
興味も失せていた。それに、アマリはポケモンなのだから、そんなことになるわけがない。
「どうしたんだ!? おかしいぞお前!」
 彼女の豹変に、シュウイチは声を大きくした。
「だって……前のマスターは手持ちにこうやって貰って、嬉しそうにしてたよ?」
「はァ!?」
 前のマスター、当然アマリのトレーナーだった人間のことだろう。そして、彼女を捨てた張本人だ。
「一寸待て……前のトレーナーは、そんなことをしてたのか?」
 その言葉に、アマリは静かに頷いた。
「うん……マスターは一番の相棒だった雌のリザードンと毎晩こうしてた……。
マスターもリザードンも、とっても気持ちよさそうだった……愛し合うって、こういう
ことなんでしょう?」
 確かに間違いでもないが、彼女はトレーナーのそうした面を目の当たりにしたから、
愛されることを誤解しているのかもしれない。
 それにしてもなんというトレーナーだ。相棒を愛していることは良い事だし、
酷いトレーナーとも言い切れない人間だったことは良かったが、まさか手持ちと
そんな関係になっている人間がいるとは……彼女が捨てられたのも、別の理由があるのかもしれない。
「確かにそれもお互いに好きな証拠だろうけどな……それだけが愛することじゃないぞ?」
 愛といっても色々な形がある。互いに体の関係だけが愛とは言い切れない。
 それを彼女に教える必要があるな……と、シュウイチは思った。
「でも、シュウイチのコト考えると……ドキドキして、体が熱くなって……、
私もよくわからないけど……こうしたくなっちゃうの!」
 するとアマリは隠しているシュウイチの腕を力任せにどかすと、彼の証を両の手で擦り
始めたのである。
「ちょ……よせ」
「大きくなって……元気になってね」
 抗議も空しく、アマリは一心不乱に証を擦り続ける。更に自らの口と舌を使って必死に舐め、
時には丸めた耳を使って、刺激を与え続ける。
 強引にそんなことをされたものだから、シュウイチのそれは段々と進化を遂げ、
やがて力強い最終進化形態となった。
「やった……シュウイチ、元気になったね」
 叱ろうとしたが、何故か彼女の行為を受け入れている自分がいる。
 拒んでいたはずなのに、彼女のされるがままになっている。
 それは多分、自分が彼女を受け入れようとしているからだろう。
 まさか彼女にこんな一面があったとは。出会ってまだほんの少しだと言うのに、
こうして愛を求め合うのは早過ぎる気がするが、これもまた本来の彼女なのだろう。
 そう考えると、こんな彼女も愛おしく思えてくる。
「すごい……シュウイチぃ……」
 そういってじゅるりとよだれを啜りながら、彼女は体を横にすると、短い両足を
思い切り開いて、そこにある小さなスリットを自らの手で左右に開き、綺麗な色の花を開花させた。
 もう受け入れ準備は万端のようで、桃の花は露に濡れている。
「お前……そういうのはなぁ……」
 その辺は、ちゃんとした理由が欲しかったし、ちゃんとステップを踏んでからにしたい。
 尚も抗議しようとするシュウイチに向かって、アマリは声を大きくした。
「私はあなたが好きなの! あの優しい言葉だけで十分なの! だから、しましょう?」
 狼狽しながらも、シュウイチは理解していた。
 彼女は愛されなかった。だからこそ、こうして自分に愛を求めているのだと。
「シュウイチの愛が欲しいの」
 そういえばあの『泡沫のアリア』のアシレーヌも、最終的には声を取り戻し、
支えてくれた人間の男と結ばれ、幸せな家庭を築いたというラストで終わっている。
 やはり愛がなければ、思いやることが出来なければ、誰かを救うことは出来ないのだろう。
「わかった」
 シュウイチは決心した。ならば全力の愛をもって、彼女を救おう。
 引き取ると決めた以上、自分が色んな形で彼女を愛していかないといけない。
 だから当然、こういう形のものもあると。
 シュウイチは腰を沈めると、彼女の花に自分の象徴を近づけて、ゆっくりと密着させ、
その内部に滑り込ませる。
 彼女の温もりが全身に伝わり、その心地よさに意識が奪われそうになりながらも、
しっかりと自分を保ち進入させていった。
 やがてわずかな抵抗感と同時にビッと音がして、アマリが顔を歪めてその目に涙を浮かべた。
「……っ!」
「大丈夫か……」
「うん……でも、愛してくれて嬉しいからいいよ……」
 涙目で笑みを浮かべる彼女もまた、愛おしい。
「動くよ……」
 シュウイチは腰を前後に振り始めると、まだ痛むのかアマリは歯を食いしばってそれに耐える。
 流石に可哀想になって、シュウイチは速度を緩める。
「痛いなら……やめよっか?」
「いいの……あっ……最後まで……ん……やって」
 喘ぎ声を混ぜつつも、彼女は続行を許可した。罪悪感を感じつつも、シュウイチはゆっくりと
腰を動かし続けた。
「ん……ぁん……あぁ……」
 やがて苦痛の声が消えて、喘ぎが段々と大きくなっていく。
 彼女も気持ちよくなってきているのか、同時に締め付けが強くなってくる。
 シュウイチは再び動かす速度を上げていくと、彼もそろそろ限界を迎えそうになる。
「そろそろ……限界だ……」
「あっ……いいよ……中に出してほしい……うっ…なぁあ」
「アマリィ……!」
 彼女がそんな甘い声を出したとたん、シュウイチは一気に思いをアマリへと解き放った。
 久しぶりだったこともあり、大量の愛の証が洪水となって彼女に注ぎ込まれる。
 それと同時にアマリも達したのか、体をビクンビクンと痙攣させながらも、空ろな瞳で
シュウイチを愛しげに見つめていた。
 頭がぼんやりする中、シュウイチは本当に彼女を愛してしまったことを悟るのだった。
 だが後悔は無い。彼女のためなら、何だってしよう。
 絶望しかけていた自分を救ってくれたのだから、今度は自分が彼女を救うのだ。
 だから精一杯、彼女を愛していこう……あの物語のように。
                                          おわり。


 リハビリの為にかなり久しぶりに短編を書いて見ましたが、うまく纏められませんねどうも。
 自分も現在シュウイチのような状態にあるため執筆が出来ないし、他の作品を読むことすら
出来なくなってしまっています。そのせいかすごい鬱な内容になってしまいました。
 鬱状態でも執筆する方法何かないかなぁ……。

感想などお待ちしています↓


トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2018-12-17 (月) 21:00:33
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.