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騎士の誓い

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 この町全体を一望できる、大きな丘の上。
 一仕事を終えた俺はそこに腰を降ろし、夕陽に照らされた町の様子をじっと眺める。
 普段と何ら変わることなくポケモンたちが暮らす、活気に溢れた町の姿。その景色を見て思わず俺は、フッと安堵の息を漏らしていた。

 ――この町を。そして、みんなの未来を守りたい――

 心の底から、思った。それがこの町の騎士団に所属する誇り高き騎士の使命であり――そしてネギガナイトという種族の、本来持ち合わせている本能なのであろう。
 しかし、それだけではない。ただ強さだけを追い求めて、騎士の誇りなど何も考えずに横暴に振る舞っていた俺がここまで来れたのは、間違いなくアイツのお陰だ。アイツがいなければ、そもそも騎士を続けていたかさえ怪しい。
 俺は起き上がると、そのまま右羽に持っていたネギを夕陽に向かって掲げる。上空は、あまりにも美しい黄昏に染まりきっていた。ここまで目を奪われる絶景の夕焼けは生まれて初めて……だと思ったが、少しの間を置き俺はクスッと笑ってしまう。そうだ、初めてじゃない。これほどの鮮やかな夕焼けを見るのは、今回が2回目だ。


 アイツと初めて出会った時も、これくらい綺麗な夕焼け空だった――




 騎士の誓い
 作:からとり




 ●


 自分の強大な力を誇示したい。

 俺が騎士団の砦に赴き、入隊試験を受けた理由はただそれだけだった。他に騎士団を志望していた連中は、愛するこの町を守りたいだの、騎士の教えを学び成長したいだの――最もらしいことばかり口走っていたが、俺は内心馬鹿馬鹿しいと思っていた。いくら口先で善玉ぶったところで、強くなければその町とやらも守れるわけがない。騎士として名を馳せることもなく、ひっそりと討ち死にしてその生涯を終える。そんな上辺だけの貧弱な連中は、実技試験の一騎打ちで俺が一瞬で成敗してやった。
 誰にも文句を言わせない強さを見せつけ、俺は正式に騎士団の一員となった。騎士となった後も、俺は太く逞しい自慢のネギで町を襲ってくる敵襲をバッサバッサと薙ぎ払った。瞬く間に、「騎士団の新米エース 暴君のカモネギ」として、俺は騎士団の中でも一目置かれる存在となった。ただその通り名は俺の強さを讃えるだけのものではなく――騎士団の厄介者、といった意味も含まれていた。
 他の騎士たちとまともに話もせず、意思疎通もしない。戦場では作戦を無視して一匹でただただ敵を薙ぎ払う。おまけに騎士の務めである、町で暮らすポケモンたちの警備や手助けには一切参加しない。この時の俺は、自分の強さだけに酔いしれていて傲慢であった。だがそれに気づくことはなく、俺への悪評はただの弱者の遠吠えとしか受け止めていなかったのだ。


 ●    〇


「その大きく立派なネギ……お主、相当な実力者と見た。是非、拙者と戦ってほしいでござる!」
 いつものように町の警備をすっぽかし、町を一望できる大きな丘の上に寝そべり、鮮やかな夕暮れに染まる空をぼんやりと退屈そうに眺めていた時。聞きなれない声が背後から投げかけられた。気だるそうに起き上がった俺は、その声の主に振り返る。
 そこにいたのは俺と同じく戦いにネギを愛用する、かるがもポケモンのカモネギ――ではあったが、その容姿に俺は強い違和感を覚えた。全体的に俺よりも薄い体色をしていたし、その身体もどこか貧弱そうだ。そして何より、その細っちくてすぐに折れてしまいそうな小さく短いネギ。一目見ただけで全く力強さを感じないそのカモネギを、俺は正直見下していた。
 それでも少しは退屈凌ぎになるかもしれない。それに、本当のカモネギの強さというものを、コイツに誇示してやることも悪くない。力の差を見せつけるべく、俺は奴に向けてネギを構えた。一瞬で、終わらせてやる。



 俺の予想通り、一瞬で奴との勝負はついた。ただ1つ、予想と反していたのは――勝者は俺ではなく、奴であったということ。
 いつものように自慢のネギで、重みのある辻斬りを連続で繰り出した。相手に攻撃を仕掛ける暇も与えず、最終的に追い詰めたところで強烈な一撃をぶつけてそのままノックアウト。毎回お決まりの、俺の必勝パターンだ。
 そんな俺の辻斬りを、奴はいともたやすくヒラリヒラリとかわしていく。風を切る程の威力なのに、奴は全く怯むことなく。むしろ余裕のある笑みを浮かべていた。その表情を見てムキになった俺はひたすらにネギをぶん回す。気がついた時には、奴の姿は俺の視界から消えていた。
 ――直後、背中に走る激痛で俺は倒れ込んだ。いつの間にか奴は俺の背後を取り、鋭い一振りを俺に浴びせていたのだ。あんなに貧弱そうなネギの一撃を受けただけなのに、俺は立ち上がることが出来ず、勝敗は決した。奴は俺の急所を、的確に突いてきたのだ。



「いい勝負だったでござる」
 勝負がついたところで、奴は倒れ込んでいる俺にオレンのみを差し出してきた。いらぬお世話だと抵抗したが、無理やり口に放り込まれた。そして俺が少し落ち着いてきたところで、右羽を差し出してきた。振り払ってそのまま立ち去るはずだったが、邪念を一切感じさせない奴の屈託のない笑顔を見て、ついつい無意識にその右羽を取ってしまった。何だか、調子を狂わせる奴だ。
 奴の名前を聞いた。奴は”九郎”と名乗った。しかし、九郎は名前以外の記憶を失っていた。目が覚めたら、この町の浜辺に倒れていたのだという。先ほどから奇妙な話し方をしていると思ったが、もしかするとコイツは異国の地から流れついたのかもしれない。そこまで話したところで、今度は九郎が俺の名前を聞いてきた。一瞬俺自身の名前を忘れかけていたが、何とか思い出した名を九郎に伝えていた。
「ふむ、ガラハ殿か。何だか、貫録のある良い名前でござるな」
 ガラハ――俺がその名で呼ばれたのは、とても久しかった。そもそも俺に名前を聞いてくる奴はほとんどいなかったし、暴君やら何やらと言えばすぐに俺だということが伝わっていたから、名前を呼ばれなくても特に不自由はなかった。
 ついつい流れのまま、九郎に俺の名前まで教えてしまったが、まあいい。どうせコイツと関わるのはこれが最後。もう二度と、会うこともないのだからな。


「そうだ、ガラハ殿。騎士団の砦がこの辺りにあると聞いたのでござるが、その場所を知らぬでござるか? 拙者、騎士団に入りたいのでござる」
 ……大いに俺と関係があった。九郎は、騎士団への入隊を希望していた。
 俺は九郎に、騎士を志す理由を尋ねた。どうやら記憶を失い目覚めた時、すぐに見かけたのが敵襲と戦っていた騎士団の姿だったそうだ。遠目からその雄姿を眺めているだけで、魂に炎がついたかのように身体中が燃えたぎり、騎士になって戦うことしか考えられなくなった――九郎は、目を輝かせて俺に熱く語っていた。
 先ほどの戦いで九郎が見せた華麗な動きに、抜群のネギさばき。そして、騎士への熱い思い入れ――もしかすると、九郎は記憶を失う前にも、名声高いファイターだったのかも知れない。


 ●   〇


 やはりというか、至極当然とでもいうべきか。
 九郎はあっさり入隊試験を突破して、正式に騎士団の仲間入りを果たした。
 騎士団の中でも、九郎のその軽やかな動きと的確な攻撃は輝きを放っており、すぐさま戦場でもエースとして活躍した。それでいて、俺とは違って誰に対しても友好的で、騎士の務めも立派に果たす。町で暮らすポケモン達にも決して驕ることなく優しく接し、あっという間にみんなから愛される騎士となった。
 それにも関わらず、九郎はいつも俺の姿を見かけるとすぐに近づき、声を掛けてくるのだ。

「ガラハ殿のそのパワーと、そしてストイックさに惹かれたのでござるよ」
 みんなから好かれているのに、何でわざわざ誰も来ない俺に近寄るんだ。俺の言葉に、九郎は無垢な笑顔で当然のように答えた。ああ本当に、調子の狂う奴だ。そう思ったが、引き離すのも面倒だったので、好きにしろと伝えた。こうして、いつも一匹鴨だった俺の隣には、九郎がいることが多くなった。飯の時間にも、帰路に着くときも。隣には九郎がいた。

 実践訓練の相手も、いつも九郎だった。相変わらずアイツのスピードと、的確に急所を突く攻撃に俺は成す術もなくやられていた。そして倒れ込んだ俺に対して、いつでも九郎は笑みを浮かべて右羽を差し出してくる。本気で悔しかった俺は、徹底的に九郎の動きや攻撃のパターンを研究した。アイツに勝利するための戦略を何度も練った。これまで作戦など一切考えてこなかった俺だったが、何としても九郎に勝ちたい。いつも笑っているアイツの悔し気な顔を見たい。その一心が、俺を突き動かしていた。

 惜しい戦いが続いた後も、決して諦めることなく粘り強く作戦を練り直し――ついにその時が訪れた。九郎の避けた動きを見計らい、俺は強烈なネギの辻斬りを浴びせた。まともに一撃を受けた九郎は、倒れ込みすぐには起き上がれなかった。ようやく俺は、九郎に勝利することができた。
 初めて勝者となった俺は、倒れている九郎に対して左羽を差し出した。悔しそうな顔をするに違いないと確信していた俺の思惑に反して、九郎はいつもの笑みで俺の左羽を取った。本当に、おかしな奴だな――そう思いながらも、九郎の変わらぬ暖かな笑顔に釣られて、俺も思わずクスッと笑っていた。


 ●  〇


「ガラハ殿に見てもらいものがある、拙者についてきて欲しいでござる」
 俺が九郎に初めて勝ってから数週間後、九郎はそう言って俺をとある場所まで連れてきた。
 騎士団の裏手にあるこの場所は、食料としても戦闘の手助けにもなるきのみを育てるための農場であった。九郎は農場の端まで歩き、ポツンと1つだけ顔を出した芽を右羽で示した。
「実は新しいネギを育てることにしたのでござる。今愛用しているネギの根っこを少しだけ取り出して、そこからこの土地にあった肥料や材料をブレンドしたのでござるよ。勿論、この間ガラハ殿にいただいたネギの根っこの一部も、入っているでござる」
 どうやら俺に負けたことがきっかけで、九郎は武器であるネギを改良することを考えたのだそうだ。身軽に扱える元々のネギの長所はそのままに、この地方で戦っていくにあたり、基礎的なパワーを取り入れたいのだと。そういえば、この間俺がネギを手入れした際に取り除いた一部の根っこを、九郎が哀願の瞳で欲しがっていたので渡したのだが、なるほど。そういうことだったか。まあ、九郎に使われる分には嫌な気はしないけど。
「しかし、何で俺をここに連れてきて、わざわざ報告したんだ?」
 俺がその疑問を口にすると、九郎はいつになく真剣な顔つきになっていた。
「根っこをくれたガラハ殿への感謝の気持ちを伝えるのは勿論でござるが、何よりカモネギ族にとってのネギは、命そのものでござる。だからこそ、その想いを一番共感してもらえる……お主に伝えたかったのでござるよ」
 詳細を深くは語らなかった九郎であったが、何となく俺には察しがついていた。戦闘スタイルも性格も大きく異なる俺と九郎だが、根はやはり同じカモネギ。生まれた時からずっと運命を共にした、半身ともいえるネギを変えることにどれだけの葛藤が九郎にあったのだろうか。勿論今のネギを捨て去るという訳でもないし、新たに生まれるであろう相棒となるネギも、今のネギを受け継いだものだ。傍から見れば、そこまで悩むことでもないかもしれないが、カモネギだからこそ感じるものもある。俺には九郎の複雑な心情が、理解できた。
 そして、俺がここでするべきことも――多くを語ることではない。口にはせずに、ただ九郎の決意を共に胸に刻むのだ。俺は九郎と日が暮れるまで、後の九郎の相棒になるであろうそのネギの芽を眺めていた。


 ● 〇


 敵襲を迎え撃つ戦場でも、俺の隣には九郎の姿があった。事前にある程度は作戦の打ち合わせを九郎とするのだが、いざ戦場に立つと俺たちは言葉を交わさない。以心伝心。動きや鼓動だけでお互いにするべきことは分かるのだ。俺の力強いネギの薙ぎ払いに、九郎の素早い立ち回りでのネギの一撃。俺たちは騎士団最強のカモネギコンビとして、騎士団や町のポケモンたちに讃えられ、そして敵からは厄介者として恐れられた。
「ふぅー。今回もいっちょあがりか。九郎、お疲れ! そういや、見切りの反応が一瞬遅れてたけど、お前らしくなかったな」
「すまぬ。でも、流石ガラハ殿。拙者の遅れをカバーして対応してくれて、かたじけない」
「いやいや、俺もいつもお前に助けられてばっかりだしな。何よりみんなが無事で町も守れたことだし、本当に良かった良かった!」
 お互いに勝利を讃え合い、そして笑い合う。
 今回も無事に町を守り切り、騎士団の仲間を失うこともなく敵襲を追い払うことができた。それだけで、俺は嬉しさのあまり安堵の息を漏らした。


 九郎と一緒に過ごしていくうちに、ただ力の強さだけを追い求めていた俺の価値観に変化が生まれていた。これまで力もなく、ただ足を引っ張るだけと思い込んでいた騎士の仲間は、実は周りのサポートに長けていたり、癒しを与えてくれていたりしていた事実も。九郎の勧めで騎士団の仲間と話をするようになって、ようやく俺はそのことに気がつくようになった。愚か者は自身であったと気づいた俺は、騎士団のみんなの前で頭を下げた。許してもらえるかどうか、正直怖かったのだが。
「もういいのよ。ガラハが変わっていったこと、もうみんな分かってるんだから」
 みんなが笑って俺を許してくれた。以降、俺は自分のことだけではなく、他の仲間との連携を大事にして、戦場全体の状況も冷静に見極められるようになった。


 無事に町を守り凱旋した俺たちの足元に、駆け寄るこいぬのポケモンが一匹。
「ガラハ兄ちゃんと九郎兄ちゃん、お疲れ様! 兄ちゃんたちのコンビは、やっぱり最高だね!」
 無邪気な笑顔のワンパチが、そう言って俺たちに話しかけてきた。昔は名を呼ばれるどころか、怖がられて町のポケモンたちにも避けられていた節もあったのだが今は違った。騎士の務めである警備であったり、手助けを通じて俺は町のポケモンたちとも信頼し合い関係性を築くことができた。
「ボクも、兄ちゃんたちみたいに将来は騎士団に入って、町を守るんだ!」
「そうか。頑張れよ。そのためには、強くならなきゃな」
 元気いっぱいのワンパチの頭を、左羽で撫でる。
 いつしか俺は、こんな純粋な仔の笑顔を、そして未来を守っていきたいと強く思えるようになった。


 騎士にとって強さはもちろん大切だ。それは今でも変わることなく、ずっと俺の信念として持っている。
 ただその強さは……自分を誇示するためではなく、町を、みんなを守るために持つものなのだ。正しい騎士として成長できたのは、間違いなく九郎のお陰だ。
 もうすぐ九郎の育てている、新しいネギも収穫の時を迎えるはずだ。新たな相棒を手にして、九郎は騎士としてどのような進化を遂げるのだろうか。俺も負けてはいられない。
 これからも俺と九郎は切磋琢磨して騎士として成長し合い、大切な仲間とこの町を守っていく――ずっと、ずっと一緒にな――





 ●   〇





 九郎が体調を崩した。
 自己管理をしっかりしているアイツが体調を崩すなんて、珍しいこともあるもんだ。
 まあ頑張り過ぎていただろうし、たまには休めということなのだろう。
 数日後には、再び九郎は俺の隣にいて、俺と一緒に笑い合い戦場に向かう。ごく当たり前のように、俺はそう思っていた。思っていたのだ。



 その数日後に九郎を診ている医者が、俺を呼び出した。

 原因不明の極めて珍しい病気で、治る見込みはない。あと少しで、その命も――

 ……現実とは思えないような言葉が俺の胸を貫いた。治らない? あと少しで死ぬ? おかしな話だろう。友が、何をしたというのだ。むしろ、その屈託のない笑顔と優しさ、そして強さをみんなが愛していただろう。何より、俺がここまで来れたのも、確実に友のお陰なのだ。感謝してもしきれない友が、何故そんな仕打ちを受けなければならないのだ。


 藁の寝床で横になる友に、寄り添う。
「ガラハ殿……拙者は、また騎士として戦うことができるでござろうか……?」
「……当たり前だろ。九郎なら、大丈夫だ。また一緒に、2匹でコンビを組んで戦うぞ」
 めったに見ない九郎の弱った様子に、俺は当然のように笑って答える。
 その要素を見て、友はそうでござるな、といつもの優しい笑みを浮かべた。

 ずっとこの場所で友に寄り添いたかったが、翌日に敵襲が攻め込む情報が入っていた。
 作戦会議も、翌日の戦闘準備も整えなければならない。俺がこの場に留まり続けることを、友は望んでいないことは分かっていた。
「必ず町とみんなを守ってここに帰る。九郎も頑張れ」
 最後に一言、そう伝えて俺は騎士団の砦へと戻った。友の容体は心配であったが、上の空の状態で戦場に向かうことなど出来るはずもない。友のために即座に気持ちを切り替え、俺は戦場で自慢のネギを薙ぎ払った。






 何とか戦いを無事に終えると、俺は友の元へ一目散に駆けつけた。
 
 憎き病気は、しぶとかった。
 九郎のその命は、既に燃え尽き天に召されていた。


「この町のために戦い、戦場で死ぬのであれば本望でござる」
 騎士の誇りに溢れた九郎は、以前そんなことを言っていた。
 そこまでの覚悟が、友にはあった。俺自身も、戦場で命を散らすのであれば、まだ受け入れることができたのかもしれない。それが、戦場という場所の掟だ。
 だが、九郎の命は戦場ではなく、突然奪われた。あまりにも理不尽で、友の無念さを想うと――そして、二度と俺の隣に立ってくれない現実に涙が止まらなかった。

 その日は、ずっと九郎の亡骸の元を離れなかった。
 受け入れたくない現実が、涙の粒となって溢れ、目を真っ赤に染め上げていた。



 ●



 いくら悲しみに包まれようが、騎士の仕事がなくなることはない。
 喪失感を覚えながらも、九郎の守りたかった町のために。仲間のために。より一層俺は騎士の職務に精を出した。

 それから数週間後――急速に力をつけた敵対勢力が、明日この町に攻め込んでくるとの情報が伝わってきた。おそらく九郎が死んだという情報が、相手側にも伝わってきたのだろう。早急に騎士団の砦では、緊急の作戦会議が開かれた。かつてない程の緊迫感が、この戦いの難しさを物語っていた。


 ●   〇


 作戦会議の最中、俺の元にその知らせは入った。大事な会議ではあったが、俺はみんなに承諾を取った上で、砦の裏へと飛び出して行った。

 九郎が育てていた、新しいネギが無事収穫の時を迎えた――

 九郎が亡くなってから、毎日ネギの成長を見届けてはきた。たが、収穫できるまでにはもう少しだけかかる見込みであった。それが、このタイミングで急成長を遂げたそうだ。そのネギの見栄えは、九郎が昔持っていたネギとそこまで変わっているとも思えなかった。それでも、俺には確信があった。
 俺はそのネギを左羽で触れる。触れた瞬間、そのネギから九郎の鼓動が伝わった。このネギは九郎の忘れ形見であり、そして俺の命も入った唯一無二のネギ。厳しい戦場に立ち向かうための、唯一の希望なのであると。絶対にいける。俺と九郎のこれまでの繋がりが、そう告げていた。

 俺は右羽に抱えていたかつての半身を、その場へ静かに置く。
 そして九郎の忘れ形見であるそのネギを、新たに右羽へと向かい入れた。


 ●  〇


 その後作戦会議へと戻った俺は、明日の戦いで九郎のネギを使うことをみんなに告げた。
 みんなは頭ごなしに否定しなかった。それでも、本当に大丈夫かどうか、心配をされた。
 新たなネギは、普段であれば訓練などで馴染ませた上で実践に使うのが鉄則とされていた。それをいきなりこの大事な戦いで使うなど、タブーにも近い行為だ。仲間のことを考えない、独りよがりの行動と言われても仕方ないと思えた。
 それでもみんなが心配をしても、否定をしなかったのは俺を信じてくれた……からだと思う。独りよがりではなく、これが勝利するための最善の行為であると。
 みんなの想いは、とても有難かった。だからこそ、俺は誓った。


 ――絶対に町を守り切り、みんなのことも守りきる、と――



 ● 〇



 戦いが、始まった。
 俺は騎士団の最前線に経ち――襲い掛かってくる敵襲を迎え撃つ。




 ――敵の動きが、いつもより何だか鮮明に映る

 まずは一匹。両手に鋭い刃を持つキリキザンのハサミギロチンを寸前でかわし、そのまま背後を取り背中にネギの一振り。

 急所に当たった。
 キリキザンは倒れた。





 ――急所を狙え……? わかった

 次にドサイドンが手の穴から、強大な岩石を放出させた。その岩石の動きを見極め、直撃の瞬間にネギを振り下ろす。岩石は、綺麗に真っ二つになる。動揺を隠しきれないドサイドンの隙をつき、ぶん回したネギを脇腹へと叩き込む。

 急所に当たった。
 ドサイドンは倒れた。





 ――奥底から力が湧いてくる……ああ、もう少しだ

 そして空からもう一匹。大きな翼を羽ばたかせてブレイブバードをぶつけるアーマーガア。敵の翼の軌道を見抜き、ネギを使って華麗に受け流す。その勢いのまま後ろを取り、強烈なネギの辻斬りを浴びせる。

 急所に当たった。
 アーマーガアは倒れた。





 ――ありがとう、ずっと一緒だ





 瞬間、俺は摩訶不思議な白光に包まれ――その、姿を変える。
 左羽には、みんなを守るためのネギの盾が。そして右羽には、大切な友の形見である、敵を薙ぎ払うネギの剣が。


 この一撃で、この戦いを終わらせる。
 俺の進化した姿に困惑しながらも、攻め込んできた敵の集団に対して、俺はネギの切っ先を向ける。そして勢いよく駆け出し、ネギを振り回してバッサバッサと吹き飛ばす。




 スターアサルト――伝説の騎士のみが繰り出せる、勝敗を決定づける一撃――






●〇


 この町全体を一望できる、大きな丘の上。
 一仕事を終えた俺はそこに腰を降ろし、夕陽に照らされた町の要素をじっと眺める。
 無事町を守り切り、騎士団のみんなも全員無事だ。
 今日も何ら変わることなくポケモンたちが暮らす、活気にあふれた街の姿。
 当たり前の日常であるかも知れないが、そんな日々が続くことはとても幸せなことなのだろう。その景色を見て思わず俺は、フッと安堵の息を漏らしていた。


 ――この町を。そして、みんなの未来を守りたい――


 俺の本心、そしてそれが九郎の、願いだ。
 俺は起き上がると、そのまま右羽に持っていた、九郎の忘れ形見でもあるネギを夕陽に向かって掲げる。

 志半ばで倒れたお前のために、俺が出来ることはただ一つ
 1日でも長く、立派な騎士としてこの町を、そしてみんなを守っていくことだ


 初めて友と出会った時と同じ、鮮やかな夕陽に向かって――俺は誓った。





 これからもお前と共に、俺は騎士の道を歩んでいく





【原稿用紙(20×20行)】 34.8(枚)
【総文字数】 9272(字)
【行数】 311(行)
【台詞:地の文】 9:90(%)|911:8361(字)
【漢字:かな:カナ:他】 35:57:4:2(%)|3272:5347:396:257(字)



○あとがき

 からとりです。今回は23作品! 圧巻で凄い!!
 皆様の多彩で素晴らしい作品を読めて、本当に楽しい時間を過ごさせていただきました。
 そんな中で4票いただくことができ、本当に嬉しく思います。

 今回はテーマ「かた」ということで、「カタルシス」を感じられる作品を書きたいなと漠然ながら思っていました。
 ただ、具体的なお話は全く思いつかず……そんな中、エントリー当日に、とあるプロ野球選手の記事を読みました。
 詳しい内容は割愛しますが、野球人の命ともいえるグローブに関するエピソードで、私自身とても感銘を受けました。
 そこから影響を受け、カモネギ族にとっては命ともいえる「長ネギ」を主軸として、お話を組み立てていきました。
 ガラハと九郎、同じカモネギでも戦闘スタイルも性格も対照的ですが、惹かれ合って成長していく姿は私自身も書いていて楽しかったです。
 使ったテーマは「形見」ですが、読み終えた後に「カタルシス」のような感情も抱いていただけたのであれば、とても嬉しく思います。
 

〇コメント返信

・王道主人公前回の物語という感じでした。擦れた人間が心を磨いて輝く物語はいいものですね。
 (2020/07/18(土) 12:39) さん

 書いている途中はあまり王道を意識していなかったのですが、完成後に改めて読むとむっちゃ王道ですねw
 やっぱり、私は王道ものが大好きみたいです。
 最初は厄介者だった存在が、最終的に輝く姿はやっぱり見ていて気持ちが良いですよね。
 
 
・変化し成長していく物語、いいですね。
 (2020/07/18(土) 21:06) さん

 いいですよね!
 きっかけ一つで、徐々に変わっていく姿はやはり見ていても心を打たれますね。
 

・こういう王道ものはダメですね…涙腺が脆くなってる…
 (2020/07/18(土) 22:20) さん

 そこまで感銘を受けていただけるとは……凄く嬉しいです!


・ヤダ、カモネギカッコいい
 (2020/07/18(土) 23:01) さん

 ヤッター!
 カモネギカッコいいですよね、原種もリージョンフォームも両方文句なしのイケメンだと思っています。
   


最後になりますが読んで下さった皆様、投票して下さった皆様、そして主催者様。
本当にありがとうございました。
 



 感想、意見、アドバイス等、何かありましたらお気軽にどうぞ。

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  • 急所に当たった、がここまでカタルシスを感じる表現になりますとは(?)
    素晴らしく熱い作品で、こういうのは素敵ですよねって……楽しく読ませていただきました! -- [[特ルリ]] &epoch{1602511495,comment_date};
  • 「急所に当たった」この一撃一撃にガラハの想いが込められていますので、
    そのように感じていただけたのはとても嬉しいです。
    熱いお話、いいですよねえ……私も書いていて、とても楽しかったです。

    コメントありがとうございました! -- からとり
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Last-modified: 2020-07-19 (日) 20:20:20
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