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風来坊

/風来坊

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風来坊
作:からとり





 むかし むかし あるところに各地を旅する、一匹のゲッコウガがおりました。
 そのゲッコウガの風貌は一風変わっており、頭部には大きな三度笠を。そして身体にはヒラヒラとなびく縞合羽を纏っておりました。
 そして彼の隣には、細長い身体をしなやかに震わせながら共に歩むオオタチがおりました。彼らは虹色の神様が暮らすという幻の黄金郷を探し求め、旅を続けていました。

 これはそんな旅の道中。風来坊のゲッコウガと相棒のオオタチが立ち寄った、ある集落でのおはなしです。




「……ハラへったなぁ。最後にご飯食べたの……いつだっけ? オイラもうひっくりがえりそうだよ……。」
 純白の雪が微かに降り始めた、自然豊かな森の奥を歩みながら消え入るような声でオオタチは呟きました。2匹はこの付近にあるという、ポケモンたちの小さな集落で休息を取ろうとしていましたが、どうやら道に迷ってしまったようです。既に持ち合わせていた食料も底をついてしまい、周囲を見渡してもきのみのなる木すら見つけることが出来ませんでした。
「駄目だ。オイラ腹が減りすぎて、もう死にそう……。」
 そして限界を迎えたのかオオタチは歩みを止めて、その場で倒れこんでしまいました。隣にいたゲッコウガは介抱するように彼を抱きかかえましたが、食料もない状態では手の打ちようもありません。猛吹雪が来る前に、何としても集落を見つけなければいけません。
「……そこのお方! どうされたのですか!?」
 そんな絶望的な状況下でしたが――運のいいことに彼らの前に、1匹の救世主が現れたのです。彼らが探していた集落で暮らしているというライチュウの娘が、持っていたきのみを2匹に分け与えてくれて。そして、そのまま集落まで案内をしてくれたのです。




「いやあ……一時はどうなることかと。家にまで招いて食事までいただけて……オイラたちを助けてくれて、本当にありがとうございます。お嬢さん」
「……かたじけない」
 暮らすポケモンは100匹にも満たないという、深き森の中にある小さな集落。その1匹であったライチュウの娘の家まで招かれ、ご馳走までいただいたゲッコウガとオオタチは彼女に感謝の言葉を口にします。
「こんな小さな集落に来る旅のお方なんて珍しいものですから……驚きましたが、元気になられたようで何よりです」
「しかしまあ、ここまで至り尽くせりしていただいた以上このままお暇することは出来ません。オイラたちに何かできることはありませんか?」
「何かできることですか……? い、いえそのようなことは……」
 オオタチの好意に、ライチュウは少しだけ考え込んだような仕草を見せましたが、その後ハッとしたような表情をして口ごもってしまいました。
「まあまあ、お嬢さん。オイラたちはただの旅の者ではない。幻の黄金郷を探し求め各地を旅する風来坊よ。これまで旅の途中で幾度と困難を乗り越えてきたし、困っているポケモンたちを助けたりもしたんだ。力になれることもあるかもしれねえよ。な、ゲッコウガ?」
 ライチュウが何か隠していると察したオオタチは、彼女を安心させるように語りかけ、ゲッコウガもオオタチの言葉に深く頷きました。
「そうですね……あなた方であれば、お話してもよいかもしれませんね……」
 力強い2匹の姿に、この方々ならばもしかして……ライチュウは藁にもすがるような思いで、風来坊たちにこの集落で起きている事件について語りだしました。


 始まりは、今から4年ほど前の話です。
 この集落で暮らしていたフライゴンの青年が病によって、集落のポケモンたちに見守られながら若くしてその生涯を閉じました。仕事熱心で、明るく朗らかな笑みを浮かべる彼はこの集落でも大変な人気者で、集落のみんなは悲しみに暮れました。そんな彼が、息を引き取る直前にある名を口にしたのです。”おユキ”……と。
 “おユキ”というのは……私が生まれるよりもずっと過去の、この集落では昔話として伝えられていた名です。詳しいことは今となっては分かりませんが、集落を追放されて追われていたそうで、いつか必ず復讐をすると……言い残してこの地を去っていったようです。
 正直集落のみんなも忘れかけていたそんな名を、フライゴンは最後に呟いたことで。もしかしたら”おユキ”の亡霊が今になって蘇り、この集落のポケモンたちに呪いをかけようとしているのではないかと、みんなが疑心暗鬼になりました。そして、ふと周りを見渡すと……茂みの中に、いたんです。一目見ただけで身震いしそうな、真っ白な冷たい霊が。
 その時は集落中がパニックになりましたが、何とかみんなの力でその霊を追い払ったんです。ですが、それから毎年この集落では”おユキ”の呪いが起こるんです。冬の吹雪の晩に……必ず若い雄が行方不明になってしまって。3年前はストライク、一昨年はグライオン。そして去年はライ……ボルト…………が。


 冷静に事件のあらましを風来坊たちに話していたライチュウは、ライボルトの名を出したところで言葉に詰まりました。身体はガタガタと震え、その瞳からは流れるように涙がポツンポツンと落ちてきます。実は去年行方不明になったライボルトは、ライチュウと恋仲であったそうで、この家で共に幸せな日々を過ごしていたのです。
「辛えこと思い出させてごめんな、お嬢さん。でもそこまで詳しく話してくれたから状況はわかったよ。オイラたちに任せてくれ。ライボルトも、他の行方不明になったポケモンたちも必ず見つけ出してやるからさ」
 ライチュウの未だに震える身体を、オオタチはその短い手で優しくゆすります。そしてゲッコウガは、早くもおユキに会うための準備を進めるのでした。




「ひええ! 寒いなあ……本当にここにおユキが来ればいいんだけど……まあ、でもゲッコウガなら大丈夫だろ。若くて、強くて容姿も整っている理想的な雄だしな」
「……容姿は余計でござる」
 夜の帳が下りた集落は猛烈な吹雪に襲われ、暮らすポケモンたちはみんな自分の家に籠っていた頃。今年も若い雄がそろそろ行方不明になってしまうのではと囁かれている中、ゲッコウガとオオタチはこの外で激しい吹雪に晒されながら、おユキが出てくるのを待ち構えていました。
「なあところでゲッコウガ。さっきのコフーライの仔が話していたこと……どう思うよ?」
 それは夕暮れ時、吹雪が吹き荒れる直前のこと。2匹がおユキと会うための準備を整え終えたタイミングでコフーライの仔が彼らに近寄ってきたのです。そこで聞いた話に、オオタチは引っかかっているようです。
「……わからぬ。だが、それを確かめるためにも今はおユキ自身に会わねばならぬ……んんっ!?」
 ゲッコウガが言い終える前に、2匹の目の前に突然吹雪の渦巻きのようなものが現れました。目も思わず閉じてしまいそうな勢いでしたが、ゲッコウガは三度笠の下から何とか目を凝らしてその渦上から出てくる影を見据えます。徐々に近づいてくるその影は、より鮮明になっていき――真っ白な冷たい霊が、姿を現しました。刹那――おユキと思わしきユキメノコの霊は、ゲッコウガ目掛けて氷のいぶきを吹きかけました。あまりに一瞬の、荒々しい氷の冷気は凄まじいもので、当たれば間違いなく対象をおぞましい氷塊へと姿を変えてしまうでしょう。
 おユキが氷のいぶきを吹き終えた後。そこにゲッコウガの姿は、ありませんでした。そして動揺している様子を見せるおユキの背後に、現れる蒼い影。瞬時に氷のいぶきを見切ったゲッコウガは、サッとおユキの背に回るとそのまま両手でおユキを捕らえます。
「お主がおユキだな……お主に聞きたいことが……!?」
 捕らえたはずのおユキの感触が、スッと消えました。霊であるおユキにとっては、この程度の拘束から抜け出すことは、とても簡単なことだったのです。逃げられた形となったゲッコウガでしたが、その両手には氷の霊とは思えないようなぬくもりが、ずっと残り続けていました。その確かなぬくもりを感じて立ち尽くしていたゲッコウガに、オオタチは駆け寄ります。
「逃げられちまったか……お前にしては珍しいな。まあでも、後は任せな。ここからは、オイラの出番だ」




 ここは集落の北の山奥に、ひっそりとたたずむ洞穴。
 誰にも見つかることがないであろう場所に、おユキの住処はありました。そして住処の奥にはキラキラと輝いて見える氷塊が3体、立派に飾られておりました。
 ゲッコウガから逃げ出したおユキは住処に戻り、これまで凍らせてきた若い雄の氷塊を磨いていました。丁寧に磨きながらも、その表情はどこか上の空のよう。今までかわされたこともなかった氷のいぶきをスッと避けて、何かを訴えかけようとしたゲッコウガの姿が、いつまでたっても脳裏から離れないようでした。忘れようと首を振る仕草をしても、心は自らの身体を溶かしてしまいそうなほどに昂っていました。どこか懐かしいその感覚を、おユキは必死に振り払おうとしていました。
そんな時、外の吹き荒れた吹雪の音とはまた異なる足音が洞穴内に響き渡りました。おユキがその足音の元へ振り返ると、先ほどまでおユキの脳内を支配していたあのゲッコウガの姿がありました。
「どうして……この場所が……?」
「さっきあんたが残してきた匂いから、この場所を探ったのさ。霊であろうが、吹雪が吹き荒れようが関係ねえ。超嗅覚のオオタチと呼ばれてる。オイラのハナを見くびっちゃいけねえよ」
 ゲッコウガの隣にいた、オオタチが胸を張るように言いました。この吹雪の中ですから、身体はガクガクと震えているようでしたが、それでも何とか気力を保っておユキに立ち向かいます。
「まあ、オイラの仕事はここまでだ……後は、ゲッコウガ。お前に任せた」
 オオタチの言葉に頷いたゲッコウガは、ゆっくりとした足取りでおユキに近づきます。
「やめて……これ以上近づくなら、また氷のいぶきをぶつけるよ」
 そんな警告にも、ゲッコウガは臆することもなく。しっかりとおユキの目を見据えて、おユキに近づきます。
「来ないで!」
 おユキから吹き出された氷のいぶきに対して、ゲッコウガは先ほどのように避けることはしませんでした。直撃を受けたゲッコウガは徐々に凍り付いて足取りが重くなっていきますが、それでも止まることはありません。三度笠に手をやりながら、おユキの目を見たまま一歩一歩ゆっくりと距離を縮めていきます。
「世に生を得るはことを為すにあり……拙者は成し遂げないといけないのだ。お主の呪いを、全て溶かさねばならぬのだ!」
 自らを奮い立たせるように。そしておユキに訴えかけるように。身体がボロボロになろうとも、ゲッコウガは鋭い眼光を見せたまま叫びます。
「……なんで、よけないの! あなたなら、私のいぶきくらいかわせるでしょ。凍らされたポケモンたちを助けたいなら、さっさと私を倒しなさいよ!」
 そんなゲッコウガの姿に圧倒されながらも、おユキも声を荒げます。何故正面からいぶきを受け止めるのか。そして、何故目をずっと見据えてくるのか。おユキは、ゲッコウガのその行動が、どうしても理解できませんでした。
「拙者が救いたいのは、お主に凍らされたポケモンだけでない……お主自身の苦しんでいるその心も、救いたいのだ……だからお主と、真正面から向き合いたい」
「な……んで!? 私みたいな、心も持たない極悪な亡霊なんかを……」
「……心を持たない極悪な亡霊が、あのフライゴンのことで泣くわけがないでござろう。お主は……温かな心を持っている……立派に生きているポケモンでござるよ!」
 ゲッコウガたちがコフーライの仔から聞いていたのは――フライゴンが亡くなった瞬間――茂みから顔を覗かせていた真っ白な霊が、哀しそうな顔をして涙を流していた姿だったのです。
 気がつくとゲッコウガを襲っていた氷のいぶきは止んでいました。そしておユキは自らゲッコウガの元へと近づき、凍りかけていた身体を少しずつ溶かし始めました。
「……かたじけない。この氷のいぶきも、威力を弱めていたのでござろう? やっぱり、お主は優しいのでござるな……」
 力ない笑みを浮かべながらおユキを想いやるゲッコウガの姿に、おユキは何かを思い出したように、ボロボロと涙を流し続けました。




■■■

 おユキは長い間、1匹でした。
 お母さんはいましたが、物心ついた頃には既に亡くなってしまいました。
 お母さんに教わったことは、1匹でも生きていく術と……あとは、集落を追放された過去の出来事についてでした。お母さんの代わりに集落で暮らす奴らに復讐するのだと、最後に言い残してお母さんはそのまま消えていきました。その時に先祖代々受け継がれた”おユキ”という名を、襲来したのです。
 そのような環境ではありましたが、おユキ自身は復讐に興味を持つことはありませんでした。面倒ごとに巻き込まれずに、この自然豊かな自然の四季を眺めて静かに暮らすだけでも――おユキにとっては、十分満足だったのです。

 そんな日々が大きく変わったのは5年ほど前でした。
 おユキがフラッと住処の周辺を探索していたところ、偶然倒れていたフライゴンの青年を見つけたのです。あまりにも突然な遭遇におユキは若干動揺しながらも、彼の元へと駆け寄りました。まだ息はあるようでしたが、このまま放置していれば夜の吹雪に凍え死んでしまいそうでした。おユキはどうしても彼を見過ごすことが出来ず、自分の住処へと運びこみつきっきりで看病をしたのです。
 おユキの懸命な看病の結果、無事フライゴンの青年は目を覚ましました。目覚めた直後は、流石におユキの姿を見て慌てふためいた様子でしたが、助けてくれたことを理解するとすぐに冷静さを取り戻し、感謝の言葉をおユキに伝えました。フライゴンが万全に回復するまで、しばらくの間2匹はおユキの住処で共に時を過ごしました。
 彼女がおユキと名乗った時、集落出身であるフライゴンは流石に驚きましたが恐怖を抱くことは全くありませんでした。日々を共にするうちに、彼女の献身的な優しさにどんどん心を惹かれていったのです。そしておユキも同様に、集落で暮らしているフライゴンに憎しみを抱くことはありませんでした。自分を恐れずに気兼ねなく接してくれる彼に、いつしか恋心のような感情を抱き始めていたのです。

 今の仕事がひと段落したら、またここに戻ってくるよ。勿論、君のことは集落のみんなには黙っておくから……。
 すっかり元気を取り戻したフライゴンは、おユキにそう約束をかわして集落へと帰っていきました。彼が去った後の静かな住処を見て、おユキは胸を抑えるような。何だか息苦しい感情を初めて抱きました。でも、すぐに帰ってきてくれる……その言葉を信じ続けて、おユキは再び1匹での日々を過ごしていきました。
 四季が一巡りした頃になっても、フライゴンはおユキの元に戻ってくることはありませんでした。もしかしてあの約束は嘘だったのかもしれない……あるいは、すっかり忘れてしまっているのか。様々な不安がおユキの脳裏によぎります。それでも彼女はとにかく彼にもう一度会いたい気持ちの方が強かったのです。そしてあの日、おユキは何かに導かれるかのように、はじめて集落へと下りていきました。何やら騒がしい集落を茂みから覗いた時。そこには初めて恋したフライゴンが、息絶える瞬間だったのです。あまりの衝撃に何も考えられず、その場でボロボロと涙を流し続けたおユキが我に返ったのは、集落のポケモンたちから浴びせられた憎悪の塊による攻撃でした。失意のまま集落を立ち去ったおユキは、そのまま心を自らの身体のように、冷たく固く閉ざしていったのです。
 それでもおユキはどうしても、あのフライゴンの青年の温もりを忘れることが出来ませんでした。もう一度、あの温もりを手に入れたかったおユキは1年後――集落で暮らしていた若いストライクの雄を氷漬けにして、そのまま住処へと持ち去ったのです。私は1匹ではないと、一瞬だけ満足した気持ちを得たのですが……すぐにそれはまやかしであることに、彼女は気づいていました。それでも、それを認めたくなかった彼女は、冬を迎えるたびに次から次へと、若い雄を見つけては氷塊へと姿を変えては住処に持ち帰りました。


 そんな深く氷漬けにされたおユキの心を再び溶かしたのは――最後の最後までおユキと真正面から向き合った、風来坊のゲッコウガだったのでした。

□□□



 翌日。快晴の青空の元、ゲッコウガとオオタチは無事に集落へと戻ってきました。そして彼らの後ろには、行方不明になっていたストライク、グライオン、ライボルトの姿がありました。長い間おユキの手によって氷漬けにされていた彼らでしたが、一種の呪いのようなものでもあったため彼女自身がその氷を溶かすことで、無事に元の姿に戻ることが出来たのです。
 行方不明になっていたはずの彼らを見かけた集落のポケモンたちは、最初は信じられないといった表情を浮かべて、自らの頬っぺたをつねる者もいたほどでした。それでもそれが紛れもなく事実であることがわかると――集落のポケモンたちは一堂に集まって感動の再開を果たすのでした。
「信じられません……もう一度ライボルトに会えるなんて。本当にあなた方には、何とお礼を言ったらいいか……」
「いいってことよ。お嬢さんにはオイラたちも助けられているんだからさ! 空白だった時間の分これから2匹で、幸せに暮らしなよ!」
 感極まりながら頭を下げるライチュウに、オオタチは満面の笑みでそう答えました。そして集落では行方不明となったポケモンたちの無事と、勇敢な風来坊たちを祝うための宴が、夜まで盛大に続けられたのでした。




 ようやく宴がお開きになった深夜。ゲッコウガとオオタチは、ライチュウの家に一晩泊めてもらうことになりました。昨日の壮絶な出来事と、今日の宴の疲れが残っているのか、2匹はすぐに眠りについていました。特にゲッコウガは昨日受けた氷のいぶきの影響からか、泥のように眠っていました。
 しばらくして、スッとオオタチは目を覚まします。何だか身に覚えのある匂いが近くに漂っているのを感じたのです。誰にも目のつかなそうな、家の隅っこから漂うその匂いの元へとたどり着くと……そこには、あのおユキが、じっと立っていたのです。
「私の姿を見ても、驚かないのね」
「あんたが悪いポケモンじゃないことはもうわかっているからな。勿論やっちまったことはいけねえことだが、こうして無事にさらったポケモンたちを解放してくれたんだしな」
「私のこと、集落のポケモンたちには詳しく言っていないのね」
「まあ、氷漬けにされたポケモンたちもあんまり覚えていねえみたいだしな。無事にポケモンたちが戻ってきた、その事実だけで十分だろ」
「優しいのね……」
 そういっておユキは、オオタチの隣に座りました。久しぶりに見えた、満点のお星さまを眺めながら、2匹は話を続けます。
「なんで、また集落に下りてきたの?」
「別に騒ぎを起こしたいわけじゃないのよ。もう私は、この集落にいてはいけない存在だってことも理解しているから誰にも会うつもりもない。それでも一度、彼のお墓にだけは報告しないとなって思って」
「フライゴンのか?」
 オオタチの言葉に、おユキは小さく頷きました。
「詳しいことはわかんねえし聞き出すつもりはねえけど……そのフライゴンも最後にあんたに会いたかったんじゃないかな? だから思わず名前を口ずさんだろうし、あんたも吸い寄せられるようにこの集落に来てしまったんだろう」
「そうだったら……私は、幸せ者だね」
 そういって、おユキはクスっと笑いました。
「ねえ……実は私がここに来た理由は、もう一つあるのよ?」
「ん……なんだ?」
「あのゲッコウガのこと……彼が、気になったの。この集落の出身でもない風来坊が、どうしてこの集落で起きていた事件を救おうとしたのか。何より、なんで私のことまで助けようとしたのか……」
「まあそうだな……オイラとアイツはたまたま幻の黄金郷を探し求める、という目的が一致して一緒に旅をしているんだが……まあ放っておけないやつなんだよ。救えそうな奴は、何としても救おうとするんだ。それだけだ」
「凄い……けど、何がゲッコウガをそこまでさせるの?」
 おユキの疑問に、オオタチはそう思うよなといった表情で苦笑いを浮かべましたが。やがて真剣な顔つきになって語りだしたのでした。
「アイツのシンボルでもある三度笠と縞合羽は、幼いころに共に過ごしていた友の形見らしいんだ。アイツの友はそれはそれは風来坊にあこがれていて、早いうちからあの三度笠と縞合羽を作って着ていたみたいなんだけど結局、風来坊となる前に亡くなっちまったようで……救えなかった友のためにも、アイツは縁を持った奴は救えるだけ救いたいって思ってる。単純過ぎるかもしれねえが、それを茶化す気にはならねえよ。アイツの信念は、本物だ。一緒に旅を続けてきたオイラだからわかる。それが、アイツの風来道なんだ」
「そう……なんだ。そんな壮絶な経験を、彼はしてきたんだね」
 狭い世界で生きてきたおユキにとっては、ゲッコウガの半生はとても衝撃的なものでした。それと同時に、そこまでの覚悟で旅を続けているゲッコウガに対して、何だか心を奪われるような。率直な敬意を抱いたのです。
「世に生を得るは事を成すにあり……ゲッコウガの言葉は、そのままあんたにも当てはまるだろう。あんたに何かを成し遂げるような、希望を持って毎日を過ごしてほしいってアイツは想っていただろうからさ。だから……頑張ってな。オイラも、応援するからさ」
「わかった……私もこれから、希望を持って生きていくための何かを見つけようと思う……だからさ。私の願いを、聞いて欲しいんだ」
 そういっておユキは、オオタチの耳元でその願いを、囁いたのでした。




 沢山のポケモンたちに見送られながらゲッコウガとオオタチは集落を後にして、再び旅路を歩きだしました。しばらく歩みを続けて集落が見えなくなってきた頃。ゲッコウガは三度笠を手で整えながら、溜め込んでいた大きな息を吐き出しました。数日ながらも、あまりにも激動の出来事だらけであったあの集落から離れたことで、心の奥に抱いていた重圧から解放されたのでしょう。それでも一つ、ゲッコウガには気掛かりなことがありました。無意識の内に、彼はその想いを呟いていました。
「おユキ……どうかお主は、希望を見つけて幸せに生きて欲しい」
「ありがとう。大丈夫よ、幸せに生きていくから」
 その呟きに対して返ってきた言葉に、ゲッコウガは混乱したようにあたふたしました。おユキの声が聞こえた!? いや、でもそんなことは……そうこうしているうちにゲッコウガの目の前に、その声の主である真っ白な霊が姿を現しました。
「そんなに慌てふためいちゃって……せっかくの整った顔が、台無しよ」
「おユキ殿!? どうしてここに」
「決まっているでしょ。あなたとオオタチの旅に、私も仲間として加えて欲しいの。オオタチには、既にOKをもらったし」
「オオタチっ! 拙者、そんなことは一言も聞いてないでござるよ!」
「いやお前、いくら何でも動揺しすぎだろ」
普段の姿とはかけ離れたゲッコウガの様子に、若干冷めた視線をオオタチは向けていました。
「言ってなかったのは悪かったけどさ。こいつの覚悟は本気だし、十分な強さだって持ち合わせているからさ。旅は道連れ世は情けっていうし、いいんじゃねえかな」
「あなたに言われたように、私はこれから希望を持って頑張れる何かを探したい。それで今一番頑張れるのは、あなたの風来道に加わることだと思ったの。だからお願いします。よければ、どうか私を仲間に加えて下さい」
 必死に頭を下げてお願いするおユキの姿を見て、ゲッコウガは若干困惑した様子でしたが……その真摯な姿に、正式におユキを仲間に加えることを決めたのでした。
「わかったでござる! それではこれから一緒に旅を共にしよう。おユ……いや、ユキメノコ殿」
「そうだな。オイラたちの仲間になったんだし、もうおユキって名じゃなくてもいいな」
「2匹ともありがとう……精一杯、頑張る」
 心底嬉しそうに、ユキメノコは笑みを浮かべました。そしてそんな様子を見たゲッコウガが、思い出したように集落でもらった手土産の一つを、彼女に渡しました。
「これは何……? とても綺麗だけれども」
「これは傘という、雨や日光を防ぐための道具でござる。いくらユキメノコ殿が強いとはいえど、なるべく熱い光は避けた方がよいでござるし……それに、美しい傘だから、綺麗なユキメノコ殿にもお似合いでござるし……。」
 そこまで言ったところで、ハッとしたようにゲッコウガは慌てて両手で口を塞ぎ、わざとらしく首を振りました。そんな慌てふためく彼の姿を見て、オオタチとユキメノコは顔を合わせて、クスクスと笑い合いました。



 こうしてユキメノコという新たな仲間を加えた風来坊のゲッコウガたちの、幻の黄金郷を探し求める旅はこれからも続きます。
 
 
 
 


【原稿用紙(20×20行)】 30.9(枚)
【総文字数】 10162(字)※大会投稿時は 9997(字)
【行数】 177(行)
【台詞:地の文】 31:68(%)|3227:6935(字)
【漢字:かな:カナ:他】 28:59:9:1(%)|2901:6094:979:188(字)



○あとがき

 2018年頃に、和風テイストの百ポケ夜行というグッズが展開されていたのですが、そこに登場する三度笠と縞合羽を纏っているゲッコウガがいまして、いつかこのゲッコウガで1本書きたいなと思っていました。
 ただ結構時間が経ってしまってタイミングを逃した感があったのですが、最近になってポケモンユナイトで同じく三度笠と縞合羽を纏っているさすらいスタイルのゲッコウガが登場して、さらに今回の短編のお題が「らい」ということもあり、風来坊として書くならばここしかない! と思い、この作品を書き始めました。

 風来坊の設定なのですが、風来のシレンという不思議のダンジョンゲームをベースにポケモン世界に当てはめています。
 風来のシレンの主人公の姿と、三度笠と縞合羽を纏っているゲッコウガの姿がそっくりなんですよね。巷では"風来のゲッコウガ"なんて呼ばれていたりも。
 風来のシレンの相棒がイタチだったりもするので、その流れでこの作品の相棒をオオタチにしています。
 
 ユキメノコは、百ポケ夜行の和傘さしている姿があまりにも美しかったので今回登場させました。
 あとは……前回の大会で書いたゲッコウガ × ユキメノコがあまりにも個人的な性癖全開であったため、もう一度別の形でお話を書きたいということもありました。

 元ネタ知らない人は理解しづらかったり、時間と字数に追われて改めて見返すと文章が粗かったりとまあ色々とあるのですが……
 ずっと書きたいと思っていた"風来のゲッコウガ"をカタチにすることが出来たので、満足しています。

 最後になりますが読んで下さった皆様、大会主催者様。本当にありがとうございました!
 

 



 感想など、何かありましたらお気軽にどうぞ。

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Last-modified: 2022-07-18 (月) 20:24:41
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