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願い

/願い

by座布団

この小説には官能表現が含まれています。
+作者が会社でいう使えない新人レベル+処女作なのでこんなもん見たくないという人は電光石火で逃げてください。






あなたの願いはなんですか?



お金が欲しいですか?


病気が治ってほしいですか?


子供が欲しいですか?





僕の願いは



どんなに惨めでもどんなに汚くても



なるべく長く生きること



生きなければいけない


父さん母さんの命と引き換えに延長された命


何が何でも生きなければ


それだけが僕の願い・・・


父さん母さんの願い・・・


願い


ここは何処だろう 体全体が冷たい、何かを掴もうと必死に手を動かすが、掴んだそれは手の隙間から逃げていく、体が沈んでいく 見えるのは水の色と光、太陽の光だろう。おそらくここは水中だ 
苦しい、息が出来ない もがけばもがくほど苦しくなる 嗚呼 僕は死ぬのか・・・
この状況の中で 死ぬ という事だけが冷静に考えられる。
さらに意識も遠くなり体がまったく動かない。もう、どうでもよくなってきた、苦しみから開放されるならいっそのこと早く死んでしまいたい、そう思うと頭の中で今まで過ごしてきた日々が写真のように思い出される。
楽しかった事 つらかった事 家族との思い出 友達との思い出
死が真近に迫るとこうも生きていた事が幸せに感じられる。
死んだら何処に行くのだろう、天国や地獄は本当にあるのだろうか
そんな事を考えていると薄れる視界の前に二つの影が見える。二つの影の前脚だと思われるものが伸びてきて僕の体を包んだ、その瞬間僕はの視界は真っ暗に染まった。




死んだのだろうか?周りはどこを見ても闇、その闇の中で声が聞こえる。「私たちの分まで・・・生きろ」
父さんと母さんの声が重なり聞こえてきた。そして、そこで僕の意識は完全に途絶えた。


「わぁぁぁぁ!」
近所に迷惑がかかると思うほどの大声をあげて僕は飛び起きた。シャワーでも浴びたのではないかと思うくらい汗だくになっていた。もちろん僕が使っているベッドも同じような状況だ。
「はぁはぁ・・・」
どうにか呼吸を整えようと何度か深呼吸を繰り返す。少し落ち着いたところで自分の黒い毛が汗で体にくっついて水に濡れた時とは違う不快感がある事に気がついた。
またあの夢だ、一週間の内に必ず一回は見てしまう夢 
5年前のあの事故


僕がまだイーブイだった頃だ。家族で湖に出かけていたらしい、たぶんキャンプだ、家族との楽しい時間に僕もはしゃいでいたことだろう。僕ははしゃぎすぎたのだろうか、それとも父さん母さんに泳げるところを見せたかったのだろうか、何にしろぼくは湖で溺れた。
溺れた僕を父さんと母さんは二匹(ふたり)で助けに来た、その結果僕は生き残り二匹(ふたり)は死んだ。
僕は二日経って病院でようやく目が覚めた。そして両親の死を聞いて気絶したらしい。
幼かった僕にはショックが大き過ぎたのだろう、その時は両親が死んだという現実を受け入れたくなかっただけかもしれない。 
起きた時ぼくはショックのせいで出かけた日から病院で目を覚ました時までの記憶がない。
次の日からは多少精神が不安定だったが、たいした怪我もないので退院できることになった。
丁度、見舞いに来てくれていた父さんの弟、つまりは僕にとってのおじさんが一緒に暮らそうと言ってくれた。しかし、なぜだか僕はそれを断った。意識していなくてもしばらくは一人にしてほしかったのだと思う。おじさんもそれを分かってくれたらしく同意してくれた。
おじさんは僕を家に届け帰る間際、いつでもきていいからと言ってくれた。辺りは既に暗くなっていた。
家に入るといつもと違う空気に心臓が止まるかと思った。いつもなら暖かいはずの家の空気が氷のような冷たさを僕の肌にぶつけてくる。僕は一目散に布団に包まった。寒くて死んでしまいそうだった。いや、むしろ死んでしまいたい そもそも僕が溺れなければ二匹(ふたり)は死ななかった、何故、僕は死ななかったのだろうか、死んでしまおうか、危ない考えばかり浮かんできた。精神的に疲れていたのだろう考えてる内に眠りについていた。その日からあの夢を見るようになった。生きろ 生きろ、呪文のように僕に言ってくる両親、ピンポイントであの場面だけが夢に出てくる。どうにかならないかと家族の写真をほとんど捨てたり病院にまで通った。
とにかく忘れたかった、家族との思い出を
結局は何をしても無意味だった。しかし、夢のおかげでどうにか自分で自分を殺めることはなかった。
それから、3年後には夢にまで出てくる両親の愛情のせいか僕は父さんと同じブラッキーに進化していた。
別に何になってもよかったのだが、朝起きて体に違和感があったので鏡を見てみると茶色だった体毛は黒に変わりイーブイのふわふわした毛とは違いサラサラした毛並みになっていた。もも、肩、額には月を表すような円状の黄色い毛がはえている。目なんかは血を塗ったかのような赤色をしていて恐いが(自分で言うのもあれだが)なんとなく優しそうな雰囲気がある。尻尾はイーブイの尻尾を縦に少し伸ばしたような感じで真ん中辺りは黄色い毛が尻尾を一周していた。耳は尻尾を少し小さくしたようなものが二つ付いていた。体なんかは三倍くらい大きくなり昨日までの自分とはまったく違う姿になっていた。


それから2年経ち今の状況だ、もう進化もしたし自殺願望もない。今は父さん母さんの願いどうり生きている。なのに未だにあの夢を見る、何故だろうか
考えても答えは見つかるはずもない。とりあえず汗でべたべたなこの体をどうにかしよう。そう思い寝起きの重たい体を持ち上げるととりあえずバスルームに向かった。扉などは四足歩行のポケモンでも開けやすいような作りになっている。この家のものはほとんど四足歩行用のものになっている、そのおかげで不自由はない。コックをねじるとシャーという心地よい音と共に勢いよく水が飛び出してきた。少し触れてみると浴びたら風邪を引きそうなくらい冷たい。今度は温度を調節し水ではなくお湯に変えた、丁度よい温度になったところでシャワーのヘッドの部分を右脚で持った。持つといっても四足歩行用の物なのでヘッドの上にさらに穴が開いている、そこに前脚をいれるので差し込むと言った方が正しいだろう。壁にもたれかかりながらお湯を浴びる。本物のシャワーを浴びて今までしていた不快感がどんどん消えてゆきとても気持ちよかった。
突然ふと、5年前のことを思い出した。
一匹(ひとり)で生活を始めた時、水が恐くなった。トラウマというやつだろう。父さん、母さんの命を奪った 水 3日間は触れられなかった。それでも基本的欲求には逆らえない。欲求不満が我慢の限界に達した時トラウマなんて言ってられなくなった。体が大きくなった今の自分でも飲めないような量の水を一気に飲んだ。その結果、容量を超した分の水は出てしまったけど・・・
とりあえず、触れて飲めるようにはなった。しかし、全身を濡らすにはまだ抵抗がありしばらくは風呂に入らなかった。
1週間くらい経つとクサイハナに負けないくらい酷い臭いが体からしてきた。自分の臭いで具合が悪くなるほどだった。しかたがないので風呂に入った。最初はまた溺れるのではないか、という恐怖に駆られたが入ってしまえば今までの疲れが一気に抜けていくような感じがした。心まで洗い流されるそんな錯覚まで覚えた。それが不味かった、あまりの心地良さに寝てしまっていた。起きた時お湯は既に水に変わっていた。あまりの寒さに一瞬気を失いそうになった。急いで風呂から出たものの、やはり次の日から風邪を引いた。
「はぁ~」
ため息が出てくる。思い出してしまったのはさっきの夢のせいだろう。どっちかというと思い出したくない思い出のひとつだった。
何故かは分からないが僕と水はとても相性が悪いらしい。
気が付くと既に汗は全て流れていた。
また悪いことが起きない内に出よう。もたれかかった状態から座りなおしコックに前脚が届く所までよった。左脚でコックを元の場所に戻すと、シャワ-から出ていたお湯は止まる。多少水が雫となって落ちるが気にしない。ヘッドの穴から右脚を抜いてそのまま軽く放り投げた。いちいち壁にかけるのは面倒くさい。
バスルームから出るとあらかじめ用意していたタオルで体を拭く。これが以外に厄介な作業だ。顔、胸、腹、前脚、後ろ脚、尻尾、この部位は口や前脚を使えば何とか拭ける。しかし、背中には体の構造上、口や前脚を使ってもどうしても届かない。そこでタオルを床に敷きその上に自分が仰向けにねっころがり体をもぞもぞ動かす。なんとも恥ずかしい、誰かに見られたら顔で火炎放射が撃てるかもしれない。タオルも四足歩行専用のものを早く開発してくれ。
そう思いながらもとりあえずサッパリした。タオルを洗濯籠にぶち込んだあと自分の部屋に戻り時計を見てみると丁度9時を回ったところだった。大声を上げたのがあまり早い時間ではなくてよかった。寝ていたらあの声で誰か必ず起きていたに違いない。いや、逆にみんなが起きている時間帯なので誰かに聞かれたかもしれない、そう考えるととても恥ずかしい。誰も聞いてなかったことを願おう・・・。


あれから一時間が経った。暇だ、それしか言えない。
特にすることもないのでベッドの上でボーっとしていた。これ以上このままだと暇で死んでしまいそうだ。あまり外には出たくないがこの際しかたがない。とりあえず暇潰しにはなるだろう。ベッドからおりるとベッドの隣に放り投げてあったカバンの紐を前脚で器用に持ち上げて首にかけた。このカバンも四足歩行用に工夫された作りだ。とりあえず中に財布だけ入れた。自分の部屋を出てリビングに出る。まず目に入るのが馬鹿に綺麗テーブルだ。結構大きい、僕が生まれた時に買ったらしい。三匹(さんにん)で食事ができるようにと。今の僕には辛いだけだが・・・
テーブルの上には写真が飾ってある。左にエーフィ、右にブラッキー、真ん中にイーブイ、イーブイは僕だ。エーフィは母さん、ブラッキーは父さん。みんな幸せそうに微笑んでいる。この写真だけは捨てられなかった。僕は家族との思い出を忘れようとした。でも心のどこかで忘れたくないという気持ちがあったのだろう。その気持ちの表れがこの写真だろう。
「行ってきます。」
動かない笑顔にそう一言いうと僕は足早に玄関に向かった。


外にでるとドアにしっかり鍵をかける。鍵がきちんとかかっているか2、3回前後に揺らし確認した。ガチャガチャと音がするだけで開く気配はない。よし、と独り言を言い首にぶら下げているカバンの中に鍵を入れ繁華街の方に向かって歩き出した。空を見上げると厚い雲に覆われていて今にも泣き出しそうだった。この街は治安が悪く、戸締りをしっかりしないと危ない。盗み、強姦、喧嘩、器物破損などは日常茶飯事で酷いときには殺人(ポケ)なんかも起きる。警察は流石に殺人(ポケ)の時は動く、しかし、その他のことでは現行犯でない限りまったく相手にしてくれない。被害にあった人(ポケ)の気持ちを少しでも考えているのだろうか。絶対考えてないだろう。高い給料をもらって役立たずなんてものすごく腹が立つ。まあ、そのおかげで僕は仕事が無くても金や食べ物には苦労しないが。
両親が残してくれたお金はあったのだが使いたくなかった。だから、この街のルールがあるならそのルールに従えばいい、お金や食べ物が底を尽きそうになったら人(ポケ)の物を取る。こんなことしてたら警察のこと悪く言えないか。元はと言えば取る方が悪いのだから・・・。
父さん、母さんが夢に今だに出てくるのは僕がこんな事をしているせいかもしれない。
そんなことを考えて歩いていると、人(ポケ)の数が段々多くなってきた。いよいよ繁華街だ、季節が春の今、建物や電柱などは花を思わせる綺麗な装飾がほどこしてある。
「おい、お前どこ見てあるいてんだ?殺すぞ」
「ああ?おめえからぶつかって来たんだろゴミ野郎」
綺麗な装飾に似合わない汚い言葉をぶつけ合う二匹(ふたり)が出てきた。最初に喧嘩を売ったのがスリムな体型に黄色のとげとげした毛。僕と同じイーブイの進化系、雷ポケモンのサンダースとかいうやつだ。もう一方はサンダースとは正反対のがっちりとした体で茶色の毛、頭には角らしき物二つ付いている。ケンタロスだろう。まあ、喧嘩なんてよくあることだ。
ぶつかったなら互いに謝ればそれで済む事だ。なのにこの街の奴等はそれが出来ない。なんて馬鹿なんだ。
それと、僕から言わせればどっちもゴミ野郎だから死んで欲しい。そう思っていると取っ組み合いが始まりコンクリートの道にも赤い花が咲き始めた。両方そのまま死ねば一番いい、でもその内二匹(ふたり)とも飽きて帰るだろう。周りも誰も止めないし、むしろ知らん振りだ。僕も関わるのは面倒くさいのでその場を後にした。


さてだいぶ中心のほうに来た、お店も沢山ある流石繁華街だ。でも、店の外に品物を出している店は見たところ一つもない。あたりまえだ、ここでそんなことしていたら品物はあっという間に消えうせる。多分、自分も同じ事をするだろうけど・・・
しばらく中心地をぶらついていたが僕の興味をひくような店は見当たらなかった。空を見るとさっきより暗くなっていておお泣きしそうになっていた。帰らないとマズイかもしれない。まあ、本来の目的である 暇つぶし にはなったことだし帰るとしよう。そう思い今まで来た道を戻り始めた瞬間 グぅーー といきなり、アニメでも使えそうな効果音が聞こえてきた。音の根源が僕のお腹だということに気づくまであまり時間はかからなかった。そういえば朝から何も食べていない。そう思うと空腹がいきなり襲ってくる。むしろ、今まで空腹を感じてなかったのがが不思議だ。何か少しでも食べてくればよかった。そういえば今何時だろう。空が曇っているせいで大体の時間も分からない。なんで時計ぐらい持って来なかったのだろうか。自分の間抜けな行動にため息が出てくる。クスクスクス、不意に息を殺した笑い声が聞こえてきた。不思議に思い辺りを見回すと何匹(なんにん)かがこちらを見て笑っている。多分さっきの音が聞こえたのだろう。そんなに大きな音だったろうか。自分の顔があつくなるのを感じて急ぎ足になった。


さっきサンダースとケンタロスが喧嘩をしていた所までようやく戻ってきた。思った通り二匹(ふたり)はもういなかった。ただし地面を赤い花で汚していった。
お腹と背中がくっつきそう、この表現が今の僕に一番合っている。そのくらい空腹だ本当に早く帰ろう。そう考えている時に限ってトラブルが起こる。
「やめてください!」
心に響くまさしくそんな声だった。とても綺麗なソプラノの声、綺麗過ぎて思わず声のした方を見てしまった。それがいけなかった。見えたのは二匹(ふたり)のポケモンとその二匹(ふたり)に囲まれるように壁に背中をついているポケモン。囲んでるチンピラの説明を細かくするのは面倒くさい見た所グラエナとヘルガーだろう。あの声の持ち主はあの二匹(ふたり)ではない。二匹(ふたり)に囲まれているポケモンだろう。細い体、サラサラした薄紫色の毛、二又にわかれている尻尾、綺麗な瑠璃色の瞳、大きな耳、額には宝石のようなものがくっついている。また僕と同じイーブイの進化系、太陽ポケモンのエーフィだ。声と見た目で判断すると牝性(じょせい)だろう。見た者を虜にする、それはまさに彼牝(かのじょ)にピッタリの言葉だった。彼牝(かのじょ)を見たら誰でもかわいいと思うだろう僕も思ってしまった。
「おいおい、お嬢ちゃんいいだろ少しくらい?減るもんじゃないし」
「悪いようにはしねーよ」
それにしてもあの二匹(ふたり)の声は汚い声だ。おまけに台詞も汚い。
「いや!やめて!」
今度は体に触り始めた行動も汚い。エーフィは当然嫌がる。
「ククク、いい声だ」
「ヤり甲斐がありそうだな」
お気の毒だろうけど僕には関係ない。助けて何の得があるのだろうか?助けたとしてもありがとうございます。はい、さよならだろう。もし困っている人(ポケ)が大富豪関係でお礼に莫大なお金がもらえるなら、みんな争って助けるだろう。生憎、治安が悪いこの街にそんな奴は居ない。それはみんなが知っている。だから誰も助けてくれる奴なんかはいない。僕も例外ではない。今はとにかくお腹がすいてるんだ。かまっている暇なんか無い。
歩き出そうとしてもう一度見てみた。グラエナとヘルガーは笑っている。エーフィは・・・
泣いている。
しかも、目が合ってしまった。その目は僕に助けを求めている。気づくとそこに居るのは僕だけだった。そりゃ僕に助けを求めるはずだ。でも、他の奴らと同じく僕も得の無いことには関わりたくない。
「やめて!たすけて!」
「あんまり暴れんなよ俺達は悪タイプだぜ」
ヘルガーはそう言うと前脚をエーフィの首にあて体重を前にかける。壁と前脚に挟まれて息が出来なくなるエーフィ。エスパータイプのエーフィは悪タイプとの相性が悪い。抵抗しようにもエスパータイプの技は悪タイプの前では無力化されてしまう。しかも相手が悪タイプ二匹(ふたり)ではどんなにもがいたとしても無意味だ。仮に直接攻撃が出来たとしても牝性(じょせい)が牡(おとこ)に力で勝つなど相当鍛えなければ無理だろう。
「うぅ・・・いゃぁ・・・」
苦しそうなエーフィの泣き顔をみて相変わらずヘルガーとグラエナは笑みを浮かべている。悪趣味な奴らだ。さて、こんなもの何時までも見ていると気分が悪くなる。帰ろうそう思って脚を動かす。しかし、脚は自分の家の方向ではなく三匹(さんにん)の方向に向かっていた。自分でも何をしているのか訳が分からない。家に帰りたいという考えとは裏腹にどんどん近づいていく。
そういえば父さんはものすごく正義感が強いポケモンだったらしい。これは遺伝というやつなのだろうか?そんな所まで似なくていいのだが。似てしまったものは仕方が無い。今この状況を何とかするには助けるしかないらしい。近くで寄りよくみると二匹(ふたり)ともいい歳をしたおっさんだ。仕事しろよ。
「なんだガキ?あんまりジロジロみんなよ」
近づいてくる僕にグラエナが気づいたらしい。顔だけをこちらに向けてきた。
「牝性(じょせい)相手に牡(おとこ)二匹(ふたり)がかりですか?」
軽く挑発してみる。
「ふん、お前に関係ないだろ」
軽く流された。ヘルガーなんかは僕の存在なんかまったく気にせずにエーフィのことを苦しめている。流石おっさんだこの程度の挑発には乗らない精神力を持っている。やっぱり生きてる時間が違う。
今度は強行手段に出た。技の元になる要素を体の内側から体外に放出して丁度おでこ、黄色い円状の毛がある所に悪タイプの要素を溜める。溜まったそれをすばやく圧縮して技が当たった時により大きい衝撃を与えられる大きさにする。自分と同じタイプの要素を操ることは容易だ。だから、威力や技の出も早い。
これで準備完了だ。狙いはまったく警戒心のないヘルガーだ。溜めていた悪の波動を撃つ。それはヘルガーの体に当たると小さな爆発と黒い小さな波をたてた。それと同時に今まで笑っていたヘルガーの顔が歪み吹き飛ばされた。ヘルガーは壁に沿って吹き飛び何回か回ると別の壁に打ち付けられようやく止まった。エーフィはヘルガーがいきなりいなくなったので一瞬何が起こったのか分からないという表情だった。ヘルガーも僕と同じ悪タイプなので直接的ダメージは少ないだろう。しかし、間接的ダメージは多少与えられたようだ。だが、本当の狙いはダメージを与える事じゃない。
「ガキが!やってくれたな」
グラエナがこちらを向いて凄い顔で迫ってきた。正直、少し恐い。
「テメエやりやがったな!殺してやる!殺す!殺す!殺す!」
起き上がったヘルガーはもう 殺す しか言えなくなってる。完全に頭に血が上った二匹(ふたり)は今まで襲っていたエーフィの事も忘れて僕の方にゆっくり向かってくる。これが狙いだ。悪の波動を撃った後こうなる事を予想してすぐにゴーストタイプの要素を体内で製造、体外に放出、形成を行っていた。そのおかげでもう技を出す準備は出来ている。
近づいてくる二匹(ふたり)に怪しい光を放つ。この光には見た者を混乱させる効果がある。冷静さが欠けていて僕の事しか見えてない二匹(ふたり)が避けれるはずも無く。もろにその光を見てしまった。
「クソがきぁぁぁ!」
「あああああ!、目が!目がぁぁぁぁ!」
上手くいった。二匹(ふたり)はのた打ち回っている。あとはエーフィを回収するだけだ。
「ほら!今の内に逃げるぞ!」
壁にもたれかかっているエーフィに近寄り声をかけた。
「うぁ、あぁ」
逃げるチャンスだというのにエーフィはまったく動こうとしない。それどころかうめき声まで上げている。まさかと思った。
最悪だ。
そのまさかは大当たり彼牝(かのじょ)も混乱していた。折角助けてやってるのだから僕がやってる事ぐらい察してくれ。そう文句もいいたくなる。でも、あの精神状態で察しろと言うのも少し無理があるか。
「糞ガキがぁぁぁぁぁ!!」
振り返るとグラエナはフラフラした足取りながらも確実にこちらに近づいてくる。相当頭にキテいるらしくさっきと同じ台詞を吐いた。凄い執念だ。僕みたいなガキにここまでやられた悔しさか。ただたんに負けず嫌いなのかは知らないがここまでくると精神年齢は僕よりガキだ。でも、今の状況は結構不味い。今のあいつなら本気で僕を殺すだろう。戦うにもお荷物がいる。
仕方が無い。僕はエーフィの首の後ろを咥えて走り出した。
「きゃ!」
彼牝(かのじょ)は軽く悲鳴を上げる。そんな事には構ってられない。今は僕が彼牝(かのじょ)の全体重を支えていて引きずってるような状態だ。首が折れそうだ。牝性(じょせい)に言うのは失礼だろうが正直、重たい。
「ほあ!あひうごかへよ!」
首を咥えているので上手く喋れない。「ほら!脚動かせよ!」と言いたかった。
しかし、彼牝(かのじょ)は僕の言いたい事が分かったらしい。ふらつきながらも必死に地面を蹴り始めた。首が格段に楽になった。今の言葉が分かるくらいなら何で怪しい光は回避出来ないんだよ。そっちの方が楽だったのに。心の中でまた文句を言う。後ろの方から何か怒鳴っている声が聞こえるが、何を言っているのかもうわからなかった。


「ハァハァハァハァ・・・」
安全な所まで来た時には完全に息が上がっていた。脚、顎、首が痺れてる。喉が渇いた。体全体が暑い。思わず座り込んでしまった。朝折角シャワーを浴びたのに元に戻ってしまった。気づくと中心地の方に戻ってきてしまったようだ。
彼牝(かのじょ)はというと息が上がってない。ほとんど僕が運んだから当たり前だ。混乱も走ってる内に解けたようだ。
「あの・・・あ、ありがとうございます」
顔をこちらに向けて僕のことを心配しながらお礼を言ってくるエーフィ。
「ああ、はいはいどういたしまして」
僕は素っ気無く返事をした。どうせこのあと、はい、さよならだ。なんでこんなに必死になって助けたんだろう。馬鹿だな僕。
「少し休みませんか?私お礼に何かおごります」
「ふぇ?」
予想していたのと違う答えだったので驚いて変な声が出てしまった。まさかこの街で何かお礼をしてくれるポケモンがいることに驚いた。
「いいよお礼なんて別に、それより早く帰ったほ・・・」
グぅーー
またお腹が鳴った。空腹だった事をまた忘れていた。エーフィが微笑んでいる。今度は顔だけが暑くなるのを感じた。
「フフフ、やっぱりお腹すいてますね」
「な、なんで分かったの?」
顔が暑いがとりあえず理由を聞いてみる。心を読まれたか?
「走ってる時ずうっとお腹が鳴ってましたから」
さらに顔が暑くなる。ほんとに顔から火炎放射が撃てそうだ。
「ほら、あそこに丁度喫茶店がありますから。あそこに行きましょう」
彼牝(かのじょ)の前脚が指した先には本当に小さな喫茶店らしき物があった。このまま何も食べないと本当に倒れてしまいそうだ。この際、仕方がない。あそこで少しでも何か食べよう。
「分かった。ありがとう」
「いえ、お礼を言うのはこちらです」
礼を言うと彼牝(かのじょ)はまた微笑んでくれた。ようやくさめかけた顔がまた暑くなるのを感じた。


店の前まで来るととにかく看板が目立った。前に置いてある看板には綺麗な絵がチョークで描かれていた。左上にソルロック、右上にルナトーン、左下にエーフィ、右下にブラッキー。その真ん中にSun&Moonと書かれている。太陽と月か。なるほど、だから月と太陽に関係してるポケモンなのか。シャレてるというべきかベタというべきか・・・
どっちにしろこの天気では太陽も月も雲に隠れて見えない。そういえばいつの間にか曇っている暗さではなく日が沈み夜に変わる暗さになっていた。本当に時計を持って来ればよかった。
「どうしました?入りましょうよ」
声をかけられて自分が店の前で立ち止まっていた事に気づいた。
「う、うん」
それだけ言うと僕達はSun&Moonに入っていった。

中に入ると結構シャレた店だった。店の名前の通りに太陽や月を思わせる装飾が施してある。天井からはいくつか飾りがぶら下がっている。それが照明を反射して本当の月、太陽に見える仕掛けだ。席の構成は丸テーブルが三つとカウンター席が五つ位あるだけのシンプルな作りだった。本当に小さな店だ。客は僕達だけだ。
「いらっしゃいませー」
カウンターの方から営業スマイルのサーナイトが出てきた。ウェイトレスだろうか。あの優しそうな綺麗な声からすると牝性(じょせい)のようだ。逆に牡性(だんせい)のサーナイトは珍しい。
店に来る全ての人(ポケ)にあの感情のない笑顔を見せるのだろうか。
「この笑顔は、お客様への感謝の心ですよ」
は?いきなりサーナイトは僕の心の疑問に答えてきた。別に口に出して言っていないはずだ。
エーフィは何がなんだか分かってない。
「感情ポケモンの進化系ですから」
ああ、心を読んだのか。サーナイトは相変わらずの笑顔だが、その静かな声には殺気が混じっている。買うつもりのない 怒り という物を買ってしまったようだ。本日二回目のピンチ。
「あ、あのご、ごめんなさい」
心の底から謝罪した。あの殺気は本当に殺意がこもっている。
「いいえ、気にしないでください。分かってくだされば結構です。では案内しますね」
どうにか機嫌を直してくれたようだ。声は静かで優しい声に戻っていた。表面だけの謝罪だったらおそらくこの場で死んでいただろう。僕達に背を向け丸テーブルに案内してくれた。何でも自分で決め付けてしまうのは僕の悪い癖だ。
「どうしたんですか?いきなり謝ったりして」
「いや、なんでもないよ」
テーブルに向かう途中で聞かれたが、エーフィには関係の無いことなのでとりあえず誤魔化しておいた。牝性(じょせい)は怒らすと恐いと改めて分かった。


「こちらになりますね」
そう言ってサーナイトは二匹(ふたり)分椅子を腰掛やすいように少し引いてくれた。なんて気の利く人(ポケ)だろう。床にカバンを置いてから、僕達は椅子に前脚をそえて体重を前に掛ける。そこから後脚で一気に床を蹴る。飛び乗ったような感じだ。そうじゃないと椅子には腰掛けられない。僕は椅子に仰向けのような体制で乗り腰の部分を椅子に座らせる。それから脚を伸ばして背もたれに寄りかかるようにする。エーフィも同じような格好で座った。何故か僕とは違い優雅に見える。これも彼牝(かのじょ)の魅力のせいだろう。
「ご注文が決まりましたら呼んでくださいね」
そう言うとサーナイトはカウンターの奥の方へと消えていった。
とりあえず何か注文しよう。そう思いテーブルの左端にある。両面にメニューがかいてある一枚の紙を取ろうとする。しかし、もちろん僕にとって取りずらい。前両脚を使い挟んで持ち上げようとするが滑って上手く挟めない。この事にも気を使って欲しかった。
不意にメニューの紙がひょいと持ち上げられた。見るとそれは宙に浮いていた。一瞬ビックリしたが彼牝(かのじょ)がエスパータイプだと思い出してすぐに落ち着いた。メニューは僕の目の前に鳥ポケモンの羽根のような軽さで置かれた。
「フフフ、どうぞ」
「あ、ありがとう」
この笑顔は本当に僕の寿命を縮めるような気がする。
「君は見なくていいの?」
「はい、私は大体分かりますので」
これもエスパータイプの力だろうか。
「何回かここに来たことがありますから」
違かった。僕は何にしようか。特にこれがいいという物はない。
「僕は君と同じやつでいいや」
これが一番手っ取り早い。
「あら、そうですか」
彼牝(かのじょ)は最初から何を頼むのか決めていたらしい。先ほどのウェイトレスを呼ぶとミルクティーと紅茶のシフォンケーキをそれぞれ二つ頼んだ。
またサーナイトはカウンターの奥に入っていった。
それを見て彼牝(かのじょ)が口を開いた。
「本当にありがとうございました」
そう言い頭を下げてきた。
「あんまり一匹(ひとり)で出歩かないほうがいいよ」
この街で牝(おんな)一匹(ひとり)で歩くのは襲ってくれと言ってるものだ。とりあえず忠告しておいた。
「ええ・・・」
少し彼牝(かのじょ)は一瞬少し悲しそうな顔をした。何か触れてはいけない物に触れてしまったのだろうか。
「そういえばお名前を聞いていませんでした」
元の笑顔に戻った彼牝(かのじょ)は呟いた。あ、そういえばそうだ。ここまで来てようやく気づいた。人(ポケ)の名前を聞くならまず自分から。なんて言うのは馬鹿らしい。
「僕の名前は アポロ だよ」
あの夜空に輝く月に行った機械から取った名前らしい。詳しい事は分からないが、父さん、母さんから貰った名前。父さん、母さんからの贈り物。思い出すのは今はやめておこう。
「かわいい名前ですね」
かわいい?自分の名前をかわいいと言った人(ポケ)は今までで初めてだ。彼牝(彼女)の顔を見ると本当にそう思ってるらしい。そんな笑顔をまた向けてきた。顔が暑い。早く慣れなければ精神的にもたない。
「私は ソルナ といいます」
どうゆう意味の名前かは分からない。
「よろしくお願いしますね」
「よろしく」
よろしく?返答して自分でもよく分からなかった。ソルナはこの後も僕と会うつもりなのだろうか。
「待った、また僕と会うつもりなの?」
「当たり前じゃないですか折角出会えたのですから・・・」
最後の方は声が小さくなり顔もみるみる赤くなっていく。僕もそれを見ていたら顔が暑くなっていくのが分かった
「そ、そういえば歳はいくつですか?」
恥ずかしかったのかソルナは話を変えた。これは僕にもありがたい。
「17だけど・・・」
「わ、私18です!」
何故か声が大きくなっている。
ソルナはもっと大人(ポケ)の牝性(じょせい)かと思ったが、歳を聞き以外に近い事が分かっので、
「じゃあさ、敬語やめない?歳もソルナの方が上だし二つしかはなれてないでしょ」
「そうですが・・・」
僕自身敬語で話すのが嫌いだったし聞くのも好きではない。歳も近いし友達になるなら丁度いい。
「ね、折角出会えたんだから気軽にさ」
「そうで・・・そうだね折角会えたんだからね」
「じゃあ改めて、よろしくねソルナ」
「うん、よろしくアポロ君」
二匹(ふたり)ともまたほのかに顔が暑くなるのを感じていた。


しばらくしてソルナが頼んでくれた。ミルクティーとシフォンケーキをサーナイトが運んできてくれた。流石二足歩行のポケモンだ。おぼんにそれぞれ乗せて、手で持ちしっかりとした足取りでテーブルまできて器用に注文した物を目の前に置いていく。僕達には出来ない芸当だ。彼牝(かのじょ)らにとってはごく普通の事かもしれないが、僕達にとって不可能とも言うべき事だ。これが出来たらどんなに楽な事だろうか。想像しては何時も羨ましくなる。
「では、ごゆっくり」
作業を終えたサーナイトはまたまたカウンターの奥に消えていった。
目の前に置かれたミルクティーからはとてもいい香りがする。どれだけ上手く入れたらこんな良い香りがするのだろうか。香りだけで満足してしまいそうだ。前を見るとソルナはもうミルクティーを飲み始めていた。
マグカップは四足歩行用で二足歩行のポケモンが本来持つ所が脚がやっと入るくらいの穴になっている。大体この前脚を 差し込む という形が多くの道具に使われているみたいだ。同じ道具でも色々なポケモンに合わせた大きさがある。
僕もソルナと同じように前脚を差込みティーカップを口に運んでいく。香りを楽しみつつその栗色の温かな液体が喉を通った瞬間、今まで飲んだ飲み物がみんな惨めに思えてきた。甘くてもサッパリした味わい、紅茶にマッチして後味に残るミルクの風味。それでいて紅茶本来の香りが口の中に広がる。
「お、おいしい・・・」
思わず声を漏らしてしまった。こんな美味いものは初めて飲んだ。香り、甘さ、ミルクの量。全てにおいて完璧だ。僕みたいな素人でも一級品だと分かる。
「このお店の物は全部凄く美味しいんだよ」
ソルナが何故か得意げに言った。見るともう彼牝(かのじょ)は回りにまんべんなく生クリームが塗られたケーキに取り掛かっていた。フォークに開いている穴に前脚を差し込んで・・・ない。
フォークが独りでに動きケーキを一口台に切る。それを刺して彼牝(かのじょ)の口に運んでいく。
「おいひ~~」
彼牝(かのじょ)は両前脚を自分の頬に当てて満面の笑みで感激の声を上げた。
目の前でそんな物を見せられたらたまったもんじゃない。早速フォークな穴に前脚を差込みケーキを切ろうとした。しかし、上手く切れない。サイズが若干大きく力が伝わらないのだろうか。それとも不器用なだけか。僕もエーフィになればよかった。そうすればESP(超能力)を使い何不便のない生活が出来ているだろう。しかし、過ぎた時間は戻ってこない。それは誰よりも分かっているつもりだ。
少々形が崩れたが味に問題は無いだろう。てこずりながらも何とか切れた。ソルナいわく美味しいケーキを刺して口に運ぶ。
「美味い!」
自分で押さえ切れない声を上げてしまった。情景反射みたいなものだ(普通はありえない)。あまりにも美味し過ぎる。あんなに沢山生クリームが塗ってあるのに味がしつこくない。かと言って薄ぼけている訳でもない。スポンジもフワフワだ。ミルクティーと同じく本当に丁度いい味だ。
冷静になると大声を出した事が恥ずかしい。ソルナを見るともちろんこちらを見て微笑んでいる。他に客がいなくて良かった。確実に変な目で見られていただろう。
思わず声を出してしまうくらい美味しいケーキとミルクティーは当然あっという間に僕の腹の中に納まった。とりあえず用が無くなったフォークとティーカップはテーブルに置く。朝から何も食べている腹がこれで満足できるわけはないが、流石におごってもらっている立場、しかも牝性(じょせい)に おかわり を要求するのはあまりにも図々し過ぎる。恋人(ポケ)だったら確実に恋が冷める気がする。
あれ・・・僕達は恋人(ポケ)同士ではなかった。まったく何を考えているんだろうか・・・
頭を切り替えよう。満足ではないが空腹は随分ましになった。家に帰れば何かしら食べるものはある。もう少し話したら帰ろう。じゃないといろんな意味で危ない・・・
「ね、美味しかったでしょ」
ソルナが感想を聞いてきた。
考え中だった僕は一瞬反応が遅れた。
「あ、うん凄く美味しかったよ」
「全部レナさんが作ってるんだよ」
レナさん?誰だろうか彼牝(かのじょ)のペースで話を進められても分からない。
それはそうとこんな美味しい店なのに僕達以外誰もいないなんて不思議だ。時計は・・・カウンターの所に太陽と月の装飾がしてある時計がある。ここまでこだわるのか。まあ店にあってるからいいセンスなのだろう。時間は19時を回ったところだ。そんなに遅い時間帯でもない。
「お口に合いましたか?」
「わぁっ!」
「きゃ!」
どこから現れたのだろうか。音も気配も無く現れたサーナイトのウェイトレスはまるで暗殺者のようだ。
勿論僕達はビックリした。また声が出てしまった。
「そんなに驚かなくても」
普通は驚く。
「驚くに決まってるじゃないですかレナさん」
少し怒り気味の口調でソルナはウェイトレスに言った。この人(ポケ)が レナ さんらしい。
「フフフ、ごめんなさいね」
手を口に当てて子供のような悪戯な笑みを向けてきた。とても上品な笑い方だ。こんな笑顔を向けられたら牡(おとこ)はみんな赤面するだろう。しかし、何故か僕はそうはならなかった。こんなに魅力的なのに何故だろうか。
「もう」
ソルナが頬を膨らます。その顔はレナに向けられているというのに自分の顔が熱くなる。さっきからどうもおかしい。
「そちらの方は?」
レナの言葉でソルナの視線がこちらに向く。
「あ、この方はアポロ君です」
レナとの会話で存在を忘れていたらしい。それだけの事で僕の心の中にほんの少し怒りがこみ上げた。本当に頭か心がどうかしてしまったらしい。
だがそんな馬鹿らしいちっぽけな怒りはすぐに消えた。
「アポロさんお口に合いましたか?」
相変わらずの笑顔で繰り返し聞いてきた。
「凄く美味しかったですよ」
「それはよかった」
これは本当の感想だ。お世辞などではない。
「私はレナといいます宜しくどうぞ」
「こちらこそ宜しくお願いします」
自己紹介し合うとレナは握手を求めてきた。それに応じるために 手 ではなく前脚を出す。当然ながら脚は一方的にレナの手に握られるような形になる。なんだか気恥ずかしくてソルナに助けをもとめるべく視線を向けると何故か不満そうな顔をしている。
「ど、どうしたの?」
「なんでもない!」
何にか気に障ることをしただろうか。まったく心当たりが無い。
僕の前脚を放したレナは僕達を見て何故か微笑んでいる。
今日は知り合いになる人(ポケ)が多いな。
レナとも親しくなった事だしソルナの事は置いといて質問してみた。
「こんなに美味しいのに誰もお客がいないなんて変だと思うんですが近くで何かあったんですか?」
「いいえ、わざと目立たない所にあるんですよこの店は」
どういう事だろうか。確実に人(ポケ)が集まる味だ。
「私独りしか居ないのであまりにお客様に来られても手が回らないんですよ」
独りか、理由は分かるがそれで生活できるのだろうか。
「生活出来るんですか?」
「そこはまあ平気です」
失礼な質問だ。レナは嫌な顔一つもしないで答えてくれた。
「ちょこちょこ色々な国の王様やお金持ちに紅茶を入れてくれと呼ばれるんですよ」
「王さ・・・」
「レナさんそんな凄いことを・・・」
僕だけではなく機嫌が直ったソルナも驚いている。
「紅茶を入れるだけですからそこまで凄い事ではないと」
十分凄い。それはレナ、彼女も分かっているだろう。僕の心を読んで怒ったのもそこらへんのプライドだろう。
「まあ、他にもっと凄い事をしてるんですけど」
「何をやっているのですか?」
「それは秘密です」
ものすごく気になる。だが彼女が秘密と言った事に手を出すと嫌な予感がする。これ以上深入りするのはやめておこう。
「この店では見つけてくれたお客様と親しくくなれればいいというのが本音です」
よく分からないが、なんか色々と凄いポケモンだ。


それから三人(二匹とひとり)でしばらく雑談に夢中になってしまった。レナはどこからか椅子を持ってきて座っている。時計を見て気がつくと、かれこれ1時間以上ここにいる。流石にそろそろ帰らないと家の事も心配だ。
「僕はそろそろ帰るね」
「あら?もうお帰りになられるのですか?」
「結構遅い時間だし、家も心配なので」
レナは折角親しくなった者ともっと話したいのだろう。そこら辺は子供のようだ。
「そうですか。また来てくださいね」
「はい、必ず」
そう言うとレナは満足したのかまた笑顔になった。
「アポロ君、帰っちゃうなら電話番号教えて」
椅子から降りようとした僕にソルナが慌てて声をかけてきた。
「うん、いいよ」
断る理由も特に無い。折角できた 友達 だ・・・
僕の返答を聞きソルナは床に置いてあったカバンからメモ帳とペンをESP(超能力)を器用に使い出した。それはソルナの目の前に浮遊している。メモ帳の表紙がめくられ白紙のページ
僕が番号を言うのに合わせて浮いているペンが独りでに動き、同じく浮いているメモ帳に書き込んでいく。
「ありがとう」
書き終えると同時にペンとメモ帳はソルナによりカバンへと戻されていった。
今度こそ椅子から降りた。
話に夢中になり過ぎて忘れていたが、そういえばソルナはおごってくれると言っていた。しかし、よく考えるとお礼と言っても牝性(じょせい)におごってもらうなど最低なのではないだろうか。しかも、自分はおかわりまで希望してたような気がする。いや、気ではなく完全に希望していた。
ここにきて恥ずかしくなってきた。ソルナには悪いが自分で払おう。
「あの、会計はいくらですか?」
「えーと、ケーキとミルクティーで―――」
「アポロ君、私がおごるって言ったでしょ!?」
レナが計算終える前にソルナの明らかに不機嫌な声が僕をそちらに振り向かせた。何事だろうか。
ソレナは耳を垂れて頬を少し膨らませ、悲しそうな潤んだ目で僕を見ていた。そこまで怒る事では無いような気がするのだが・・・
正直これを見て可愛いと思ってしまった僕は変態だと言われても否定する事ができないだろう。
これではさっきのおっさん達とあまり変わらないんじゃないか?
自分の紳士心か牡(おとこ)のプライドか何かは、牝性(じょせい)にお金を払わせるのは最低だと思い。行動で現れた、それが逆にお礼をしたいというソルナの気持ちを裏切る最低の行動になってしまった。普通ならそこで小さな小さな口論が生まれるだけだろう。しかし、今日友達になった相手にこんなに簡単に裏切られてしまった。その悲しみや怒りがソルナの声を荒げたのだろう。
牝性(じょせい)を怒らせるこの時点で僕には紳士しての資格は無い気がしてきた。
「わ、私は助けてくれたアポロ君にお礼をしようと思っただけなのに!・・・」
この展開には少しレナも驚いてるようだ。目を少し開いて僕とソルナを交互に見ている。
「あわわわわ、ソルナごめんごめん!」
僕自身もうパニックだ。今にもソルナが泣き出しそうだ。徹底的に謝るしかない。あれ?さっきも牝性(じょせい)に謝ったような気がする・・・そんな事はどうでもいい
「ごめん、ソルナの気持ち考えてなかった・・・」
ソルナは相変わらず頬を膨らませて涙をこらえている。普段も彼牝(かのじょ)は喜怒哀楽が激しいのだろうか。僕の体からは変な汗が出てき始めた。
「だから、えと、その・・・」
何を言ったらいいのかパニックで分からなくなってしまった。僕も泣き出したい。
「ソルナさん、アポロ君にも悪気があったわけじゃないし許してあげては?」
そこで助け船を出してくれたのはレナだ。彼女は先ほどの笑顔に戻っていた。この問いに対してソルナは鼻を少しすするだけだった。
「でもアポロさん、牝の子(おんなのこ)を怒らすのは牡の子(おとこのこ)としてどうかと思いますよ」
「うっ・・・」
即効で船から降ろされた。ついでに胸に何かを刺された。今の今気にしてた事を笑顔で言われたら、たまったもんじゃない。本当に泣きそうになってきた。
「じゃあ、こうしましょう」
何かを思いついたのだろうか。レナの考える事はろくな事ではなさそうだ。僕も少し鼻をすすった。
「失礼ですね・・・まあいいでしょう。今日は御代はいりません」
「「え!?」」
二匹(ふたり)同時に驚きの声を上げてしまった。あと、また心を読まれてしまった。しかし、さっきのような怒りは感じられなかった。
「そ、そんなの駄目ですよ」
「いえいえ、お友達ですから」
僕の否定も友達という言葉で簡単に弾かれてしまった。
「ただし、条件があります」
「条件・・・?」
嫌な予感しかしない。
「アポロ君はソルナさんを家の近く、安全な所までまで送ること」
「「は?」」
また二匹(ふたり)で声を上げてしまった。
「は?じゃないですよ牝の子(おんなのこ)一匹(ひとり)で夜道を歩くなんて危ないですから」
「そ、そんな」
今のおかしくなってる僕にそれは試練と言ってもいい過酷なものに感じた。
「それならいいですよね?ソルナさん」
既に僕に選択権は無いらしい。しかも、ソルナはコクリと首を縦に振って同意してしまった。その顔は少しだけ嬉しそうな顔になっていた。
「決まりですね、あ、ちょっと待っててください」
そう言うとレナはカウンターの奥から一本の水色の棒のような物を持ってきた。
「外は雨が降ってるので傘です」
ついに空が泣き出したらしい。少しパラパラと音が聞こえる。話しに夢中になっていてまったく気がつかなかったがレナは気づいていたようだ。
「御免なさい、傘は二足歩行用でこれ一本しかないんですよ。二匹(ふたり)で一緒に使ってください」
その言葉は僕の試練をさらに難しくした。また、どんどん顔が熱くなっていく。ソルナを見るとうつむいてしまっている。レナは絶対わざと傘を一本持ってきたのだろう。さっきの笑顔とは違い、まるでカップルを見たときのようにニヤついている。
ソルナは椅子の上から降りてレナから傘を受け取った。傘は二足歩行用の手で持つ物なので持つと言ってもESP(超能力)で宙に浮かしていると言った方が正しいだろう。
「では、またのおこしをお待ちしております」
友達でも、お客には最後はしっかりした礼儀をする。そこは流石と言ってもいいのだが今の僕にそんな事をされても聞く余裕すらなかった。


店のドアを押して開けるとかなりの量の雨が降っていた。既に道路は水浸しで、所々道路のくぼみには水溜りができていた。
雨にあたるのは嫌いだ。あたってしまうえばシャワーなどと違って毛がかなりべたつく。何より風邪なんかをひいては困る。
「行こうか・・・」
僕が言うとソルナはウンと頷き傘をESP(超能力)で広げた。傘は広がると畳んでいた時とはまた違い鮮やかに見えた。この傘や店の物だけ見てもレナの家具などに対するセンスは相当なものだろう。

開いた傘は勿論僕には持つことが出来ない。ソルナがESP(超能力)を使い二匹(ふたり)とも雨があたらないようにしてくれていた。普通こうゆうことは牡(おとこ)である僕がやるべき事の筈だ。
しかし、体の構造上出来ないものは出来ないのだ。
ソルナが無言で歩き出したので僕も慌ててついて行く。濡れた道路に出ると冷たくて湿った嫌な感覚が四足全体に伝わってきた。いつもならもっと嫌に感じるだろう。しかし、今は気まずさの方が水に濡れる脚より勝っている。
とにかく気まずい。ソルナの方を見ても下を向いたままで歩き、喋ってくれるどころか僕の方を見てくれすらしない。
雨が降っているのと夜は特に危ないため一人も出歩いてる人(ポケ)に会わない。それがさらに気まずくする。
自分が歩くたびにピチャピチャする音と、雨が道路に叩きつけられる音、傘にをうつ雨の音が妙に大きく聞こえる。というよりその音以外何も聞こえない。


 
しばらく歩いたがまだこの状況だ。いい加減どうにかしたい。
ソルナはさっきの事をまだ怒っているのだろう。だとしたら許して貰わなくてはこの先 友達 としても関係が崩れそうだ。
「ソルナ・・・」
多分今にも消えそうな声しか出ていないだろう。それでもソルナはその声に反応して立ち止まってくれた。僕もそれに合わせて立ち止まる。
音がさっきより大きく聞こえる気がする。
「ソルナ、あのさっきは―――」
「ごめんなさい」
今僕が言おうとしていたことが何故かソルナの口から出てきた。下を向いていた顔は僕の方に向いていた。
「私なんであんなに怒ったのか自分でも分からないの、私のこと嫌になったでしょ?本当にごめんなさい・・・」
そこまで言うと我慢していたのか泣き出してしまった。
「ま、まってソルナ、謝るのは僕の方だよ!ソルナの気持ち考えないで変なことしたりして・・・ごめんね、本当にごめん」
さっきの自分の軽率な行動に改めてあきれる。
「わ、私のこと嫌いになった?」
もう一回、心配なのだろう念を押して聞いてきた。
「嫌いになるわけ無いよ」
嫌いになるわけ無い当たり前だ。そもそもソルナを嫌いになる理由が無い。ソルナを怒らせたのも元は僕のせいなのだから。
「よかった・・・アポロ君は私の初めての友達だから嫌われたらどうしようと思って・・・うっうっ・・・」
ソルナはそう言い終えると同時に声を出して泣き始めてしまった。それと一緒に今まで雨から僕達を守ってくれていた傘がパサリ、と地面に落ちた。精神が不安定になりESP(超能力)のコントロールが出来なくなったのだろう。問題はその後だ・・・
「わぁ!」
思わず悲鳴を上げてしまった。ソルナが突然僕の胸の辺りに抱きつき顔を僕の体に押し付けてきたのだ。そこでソルナは子供のように泣いている。そうなれば当然僕の鼻先には彼牝(かのじょ)の頭がくる。鼻から息を吸えば嫌でも彼牝(かのじょ)の匂いを嗅いでしまう。
「うっ―――」
僕の頭を狂わせるような香り。麻薬のような甘い誘惑。このまま犯してしまいたい、彼牝(かのじょ)を僕の物にしてしまいたい。そんな危ない衝動に駆られる。しかし、それは麻薬と同じで後に後悔するだけになる。
自分の理性ほど戦うのが厄介な相手はいない。
ほんの少しの時間、僕にはとてつもなく長く感じた時間、ソルナは僕の胸で泣き続けた。
「あ、ご、ごめんなさい私・・・」
自分がした事に今気づいたのだろう。恥ずかしいのを隠すためかソルナはすぐに傘を拾い上げた。
「う、うん大丈夫」
そう言ったものの実際大丈夫なはずが無い。自分の理性と戦うのに相当な精神力を削られた。自分でも勝てたのが不思議なくらいだ。
それにしても、僕が初めての友達と言う言葉がどうも引っかかる。聞きたくないけど聞かなければ分からない
「行こうアポロ君」
いろいろ考えているとソルナがまた歩き始めた。またそれについて行く。ソルナの顔は泣いてスッキリしたらしく笑顔だった。そのせいでまた僕の精神が削られた。
「ソルナ」
「なぁに?」
ピチャピチャと音をたてて歩きながら僕は意を決して聞いてみた。
「僕が初めての友達だってどういう事?」
「・・・・・・・・」
ソルナはまた黙ってしまった。歩みも遅くなる。どうやら地雷を踏んだらしい。時間が戻せる力があるなら、その力を使いたとえ自分の寿命が減るとしても今すぐにでも使いたい。しかし、そんな力を僕が持ってるはずが無い。過ぎた時間は取り戻せないのだ。また悪い状況に後戻りじゃないか。僕の馬鹿。
「私、ポケモンと関わるのが苦手なの」
しかし、以外にもソルナは少し悲しい顔をしただけで答えはあっさり返ってきた。
「小さい頃に両親を殺されたんだ・・・」
「っ!ごめん・・・」
僕にとってこの返答は最悪だ。命が無くなっても時間を戻したい。自分の深入りする癖が恨めしく思えてくる。
「大丈夫。私はその日からポケモンが苦手と言うより恐くなってしまった・・・だってお父さん、お母さんの命を奪ったのはポケモンという私達と同じ生き物でしたから・・・」
その感覚は僕にも分かる。自分から何か大切なものを奪った存在は恐くなるだろう。
「今まで他人(ポケ)と関わる事を避けていたの。でも、アポロ君には何故か親しくできた。アポロ君が助けてくれて他人(ポケ)の見かたが変わったんだと思う。だからアポロ君が初めての友達なの」
「なん―――うん、話してくれてありがとう」
両親が何故殺されたのかその疑問が口から出かけて何とか飲み込んだ。それを聞いてしまったらソルナは二度と僕に会ってくれないだろう。そんな気がした。
「友達だもん」
「うん、レナさんもね」
「あ、そうだったね」
結局初めての友達はレナのような気がしたのだが黙っておこう。今の会話をレナが聞いていたら多分怒っただろう。


心がほぼ完全に打ち解けた僕達は、歩き繁華街から少し離れた十字路まで来た。
「ここまででいいよ」
ソルナが不意に止まった。
「いいの?」
「すぐ家だから」
どうやらこの近くにソルナの家があるらしい。静かで良さそうな場所だ。いまだに雨は降っている。
「はい、どうぞ傘」
ソルナのESP(超能力)により僕に傘がよってきた。おいおい僕の脚じゃ持てないよ。ソルナはそれを察してくれない。
「いや、ソルナが濡れちゃう、それに僕には持てないんだ」
「あ、そっか・・・」
「それに雨に濡れるのも嫌いじゃないから」
そんなわけない、濡れる自体嫌いだ。まあ、さっきのでお互いもう濡れてるが。ソルナに気を使わせないため考えた嘘だ。傘はまたソルナの方へ戻っていった。
「分かった、じゃあ少し目を瞑って」
ベタな展開だなと思った。まあ、流石にそれは無いか。それにこれなら理由を聞いてみてもよさそうだ。我ながら変な癖だ。
「なんで?」
「いいから早く」
さっきの質問には答えてくれたのになんでこの質問には答えてくれないのだろうか。これ以上追求しても無駄だろう。仕方が無いので言われるままに目を瞑った。
すると唇に何か甘くて暖かい、心地の良いマシュマロのようなふわりとした何かが触れた。ほんの一瞬だ。その瞬間僕の五感はほんの少しの間だが全て奪われた。五感が戻り気絶しても可笑しくなかったことに気がついた。それは唇から離れても柔らかい感覚と微かな甘みがまだ残っていた。
「ソ、ソルナ何を!・・・」
動揺した、動揺するに決まっている。
「ふふ、お礼だよ」
そう言ったソルナは傘とともに闇へ消えていった。その顔は笑顔だったと思う。動揺し過ぎて細かい表情は分からなかった。どっちの方角に行ったのかも覚えていない。
口付けされたのだ。
思い出すと体温がみるみる上がるのが分かる。
雨は嫌いだ。しかし、今、この雨は僕の体温を冷やしてくれるのに丁度いいかもしれない。


それからどの位経ったろうか。金縛りになったかのように今だに動けないでいる。
とっくに体は冷めている。むしろ寒くなってきた。
ソルナには言わなかったが僕にとっても彼牝(かのじょ)は初めての友達と言ってもいい。両親の死んだ後は大切な者との繋がりが、また断ち切られるのが恐くて他人(ポケ)との関わりを自分から先に全て断ち切った。もう、友達がどんな種族だったのかも覚えていない。
そんな初めての友達にいきなり口付けをされたのだ。頭の中がぐちゃぐちゃになる。
親しくなり過ぎれば別れは必ず辛いものになる。それだけは身をもって分かっているのだ。後々そんな思いをしない為にはソルナとの繋がりを早く断ち切ることだ。今なら少し辛い思いをするだけで済む筈だ。
しかし、そんな事をしたら逆にソルナが傷つくに決まっている。彼牝(かのじょ)は僕に友達以上の好意を持っているかもしれないのだ。さっきの口付けでそれは大体分かる。今、彼牝(かのじょ)を突き放したら、それこそ立ち直れなくなるだろう。
それに、僕は本当にソルナを突き放せるか?本当に少し辛い思いをするだけで済むのだろうか?傷つくのは本当にソルナだけか?
自問の数々で頭が痛くなってきた。いや、体は寒いが顔だけが火照っている。これは熱の症状だろう。頭痛は自問のせいではなく風邪のせいだ。



気づくと雨はさらに強さを増し、殴りつけるように僕や道路に当たっていた。
雨に当たり過ぎたようだ。目の前が少し霞んできた。頭痛のせいで頭がクラクラする。吐き気までしてきた。
「うっ・・・」
たまらず呻いてしまった。でも、ここで呻いてるだけでは症状が重くなるだけだ。
ひとまず家に帰る為に震えて覚束ない脚に鞭を入れて動かした。一目見ただけでは酔っ払いに見えるかもしれない。それでも必死に脚を動かして元来た道を戻り始めた。

 
道は時間とは違い戻れるのだ。こんな訳の分からない事に改めて感謝した。


家に着いたとき一番苦戦したのはドアを開ける時だ。鍵は当然前脚では掴めたとしても回せるほど器用ではない。そうすると使うのは当然口だ。口を使うと頭も当然動く。そのせいで痛い頭にさらに痛みが走る。
何とか鍵を開けるとドアの取っ手に前脚をつけて体重をかける。ゆっくりとドアが開き体重をかけた勢いでビショビショの体でそのまま家に入りドアがゆっくり閉まるのを確認する。その間に咥えていた鍵をカバンに落とすように入れる。具合が悪いとこんな短い時間も我慢ができない。
ようやくドアが閉じるのを確認して電気も点けずに部屋に向かう。床には僕の足跡が綺麗に残る。
リビング入るとやっぱり目に入るのは綺麗なテーブルと写真だ。
「う―――ただいま・・・」
喋れば今にも食べたもの吐き出しそうだ。しかし、父さん、母さんに無事に帰ってきた事を報告しなければならない。それが父さん、母さんに僕ができる唯一の事かもしれないのだ。
次にキッチンに行く。もう空腹だろうが何だろうが食べ物を口に入れたいとは思わない。それでもなにか食べなければ風邪は治らないだろう。使い慣れた冷蔵庫の前に止まり重たい体を無理やり後脚だけで支える。前脚の先っぽ、二足歩行のポケモンでいう手の部分を冷蔵庫の取っ手に掛けて引く。同時に冷気が僕の冷えた体をさらに包む。今の僕には相当辛い。適当に両前脚を冷蔵庫に突っ込み、適当に木の実を挟み持ってきた。形、色、匂い、今の状態でそんな物を気にしている暇は無く、嫌がる口を無理やりこじ開けて実を入れる。味なんて分からない。分かるのは吐き気と頭痛だけだった。


どうにか食べ終えたが、リビングのテーブルには行かずその場で食べた為、床は僕から落ちた水と果汁で酷い状況になっていた。
掃除をしなければならない。
まあ、それは風邪が治ったらでいい。今はさっさと寝るとしよう。
自分の部屋に向かう為にリビングを通る。その際にもう一度写真に お休み を言い自分の部屋にすぐに入った。
椅子に座った時のように前脚をそえて体重を前に掛けてから後脚で床を蹴る。
ベッドに乗ると自分の首にカバンがかかってる事に今頃気がついた。それを器用に前脚で外してから痛い頭は動かしたくないので後脚で端の方に蹴り飛ばした。
毛布が朝のままで残っている。それを口で剥いで中に仰向けで入った。
暖かい。過剰な幸福感に満たされるのを全身で感じた。外は月明かりも見えない土砂降りの雨が降り続いている音がする。
精神的疲労、肉体的疲労、二つともピークに達していた。今日は暇つぶしのつもりだったのだが、色々あり過ぎた。そして、やっぱり僕と水との相性が最悪な事を思い知らされてしまった。そのまま、すぐに僕は夢の中に落ちていた。


また、あの夢だ。しかし、何かが違う。水の中だというのに息ができる。いつもは朦朧とする意識も何故かしっかりしている。そして、何よりこれが夢だと分かるのだ。
いつものように二匹(ふたり)の前脚が伸びてきて僕を掴む。ここでも僕は意識が途切れずに父さん、母さんの顔をしっかり見れていた。
写真と変わらない二匹(ふたり)の顔。ようやく会えたというのに特別な感情はまったく出てこない。これも夢のせいだろうか。
それからまた、お決まりの台詞が聞こえてくる。


私たちの分まで―――生きろ

水中では喋れないだろう。しかし、ESP(超能力)を使い、水をもっと大きく振動させて声に乗せれば、聞こえるくらいにはなる。ブラッキーの父さんでも少しはESP(超能力)を使える。
だから、お決まりの台詞も口の動きが加われば違う所があることに気づく。一瞬だけ口は動いているが声が聞こえない部分があるのだ。
それは、僕が思い出せないだけなのか。ESP(超能力)が上手く使えなかったのか。そんな事は分からない。でも、何故か最後は二匹(ふたり)共僕に微笑んでいた。これから死ぬというのに恐くは無いのだろうか。それとも僕を助けただけでもう満足なのだろうか。何にしろ僕の夢の中の意識は途切れていた。



「ん・・・」
目を焼くような光で目が覚めた。重たい目を薄く開けると。カーテンが開いていて太陽が丁度目の前にあるのが辛うじて分かる。あんなに酷かった熱はもう下がっていた。しっかり朝まで寝ていたらしい。何だったのだろうかあの夢は。あの二匹(ふたり)には本当に言いたい事があったのかもしれない。ただ生きるのではなく何か別のことが・・・
しかし、覚めてしまった夢は今すぐには見れないだろう。
朝に弱い僕だが、今日は不思議と眠くないまあ、起きるのには普通は丁度いい時間だろう。

体を起こしてベッドから降りて酷い状態になった体をスッキリさせる為シャワーを浴びに行く。当然、写真には おはよう を言った。
シャワーを浴び終えた後には朝ごはんを食べる為に、昨日と同じように冷蔵庫から木の実を取り出して今度はテーブルに咥えて運んだ。冷蔵庫を開けた時にオボンの実が無くなっていた。昨日食べたのがたまたま体力が回復するオボンだったから、風邪が治ったらしい。それは運が良かったと言うしかない。相変わらず床は酷いままだが・・・


実を食べ終えて薄暗なっていたのでまた雲が出たのかと思いふと、窓のそとを見てみると朝だというのに何故か辺りは闇に包まれ始めていた。曇っているのではない。不思議に思い窓に近づいて外を見てみると星が出ていた。
は?
訳が分からない。今は朝だぞ。しかも、まだ早い時間帯だ。さっき朝日も確認し・・・あれ、そういえば僕の部屋からは朝日は見えない筈だ。見えるのはオレンジ色の夕日だけ・・・
「まさか・・・」
そのまさかだ。時計を見てみると今の時間は7時。夜の7時、19時だ。
いくら疲れていても、僕が朝に弱いにしても、こんな時間まで寝ていた自分に呆れるしかなかった。
一日を睡眠だけで過ごしてしまったのだ。
それに、寝ぼけていたのか。起きてから1時間ほど経っているのに何で今まで気づかなかったのだろうか。
「はぁ~~・・・」
自分自身が情けなくて溜息が出てきた。と言うより溜息しか出てこない。
昨日の疲れがまだ残っているが、色々な意味でもっと疲れたような気がする。まだ寝るには相当早いだろうがもう寝よう・・・
起きたばかりの体をまた、自分のベッドがある部屋に向けた。
「お休み・・・」
昨日とはまた別の意味で力がこもっていない声で写真に告げると。汚れた床の掃除も忘れて、よたよたした足取りで部屋に入り昨日と同じようにベッドに潜り込んだ。ベッドは僕の汗や雨の水で冷たくなっていた。気持ちが悪い。部屋もなんとなく暑いので脚を伸ばし窓を開ける。少し嫌だがこれで準備は万端だ。今度は夢の聞き取れなかった台詞も聞き取れればいいなと思いながら目を瞑った。

あれから目を瞑ったものの、なかなか眠れない。あんなに長い時間寝ていたら当たり前だ。もう、時間の感覚が狂うほど暇な時間を過ごした。これでまた寝ようとしている自分が逆に凄く思えてくる。
そして、もう一つ眠れない理由がある。ソルナだ。目を瞑ると瞼の裏にソルナの姿が映し出されてしまう。笑顔、泣き顔、怒ったときの顔。今日だけで色々な表情を見せられた。それら全てが繰り返し幾度も幾度も思い出されるのだ。
そして、何よりあの口付けだ。抱きついてくるのは友達だから、まだあるかもしれない(かなり危なかったが・・・)。しかし、口付けはどうだろうか。友達でも、好意を持っていたとしても、あれはいきなり過ぎる。冷静になった今の頭で考えると顔面からオーバーヒートでも撃てそうだ。
「くそっ・・・」
ついに毛布を後脚で蹴り飛ばして上半身を起こした。
窓から見えるのは昨日の雨からすると考えられないくらい綺麗な月。その月明かりが僕を照らしている。それに反応して黄色い模様も月のように光りだす。
「ソルナ・・・」
彼牝(かのじょ)の名前を呟いた。体が火照っている。それと同時に僕の前脚は無意識に牡の象徴に向かっていく。少しモノに触れるとそれに反応してムクムクと硬さと大きさが増す。
ソルナの姿を思い浮かべながら今度は両前脚で物を挟み上下に抜いていく。
「っん・・・」
無意識に声が出てしまう。呼吸も荒くなる。それに合わせるかのかのようにモノの先端からは透明な液が溢れ出てくる。その液のせいで滑りが良くなりモノを抜くスピードが上がる。
「はぁはぁ、ソルナぁ」
此処には居ない彼牝(かのじょ)の名前を喘ぎながら呼ぶ。モノからはグチュグチュと音がしてき出した。
「ん・・・ソルナ、ソルナぁ」
もう、自分が制御できない。窓が開いてる事なんてとうに忘れている。今の頭の中には彼牝(かのじょ)の姿しか浮かんでこない。
今度は体を曲げて自分の口をモノに持っていく。モノを咥えると全体を包み込むような快楽が頭を支配した。
「んあぁぁぁぁ」
ソルナにこうして貰いたい。しかし、彼牝(かのじょ)はいないのだ。ソルナにこうして貰っている事を想像しながら、この我慢できない欲求を早く吐き出す為にモノを一気に音を発てて吸い上げる。
「っ!んんん――――」
快楽が爆発したと思うとモノを通り煮えたぎる欲の塊が一気に口に入ってきた。正直言って不味い。それをベッドを汚さないように音を発てて飲み込んでいく。
飲み終えると口の中から喉の奥まで変な感じがした。それと同時に嬉しい睡魔に襲われてベッドに仰向けになる。
「はぁはぁ・・・」
相変わらず息は荒い。それでもようやく目を閉じた。
ソルナは僕に好意を持ってるかもしれない。しかし、それは予想にすぎない。そうではなくて僕が彼牝(かのじょ)に一目惚れしてしまったのだ。
目の色、毛の色、耳の形、おでこの宝石、体の形、声、あの笑顔。とにかく全てだ。ソルナという存在に恋をして夢中になってしまったのだ。
彼牝(かのじょ)は僕にとって太陽、いやそれ以上に輝いている存在になってしまっていた。
これからどう接すればいいのだろか。ソルナの事をおかずにまでしてしまった。今、彼牝(かのじょ)に会ったら一目散で逃げるか、気絶できる自信がある。牡(おとこ)なら当たって砕けろかもしれないが果たして僕にそんな根性はあるのだろうか。
そんな事を考えているうちにやっと瞼が重くなってきた。しかし、気がついた。窓が開いていた事に。慌てて窓を閉めたが聞かれていたら意味が無いだろう。
色々な不安で眠りについたのはもう少し後になってからだった。


音がする。これは電話の音?
その音のせいで闇の中の意識は現実に戻された。闇だからっていつも光の世界に出たい訳じゃない。今は闇の奥底でそっとしといて欲しかったんだけど。
「ん・・・」
昨日と同じような起き方のような気がする。意識はまだ半分は闇、というより夢の中だ。目をうっすら開けて窓の外を見ると今度こそ太陽は見えない。少し安心した。
音の根源、電話がプルルル、プルルルとリズミカルに電子音を発している。
「うるさいな・・・」
鳴り止みそうに無いので仕方なく重たい体をベッドから起こしてリビングに向かう。眠い時は何時もは気にならない音でもかなり耳障りだ。
あんなに寝たのにまだ眠気が覚めないのは僕が本来は夜行性だからか、それとも僕だけの特性なのか。どっちにしろ何時間寝れば眠くなくなるのだろうか自分に問いたくなる。
電話は木でできたこれまたおしゃれなアンティークの物入れの上に置かれている。それは僕の部屋を出てから見て右側の隅に置かれている。壁を沿って少し左を見れば玄関に続く廊下とリビングの境目がある。物入れの中は生活に必要な物が整理されずに詰め込まれている。本当に必要になった時に毎回困る。なんか僕は本当にだらしない奴に思えてきた。
後脚で立ち左脚を物入れに掛けて右脚で受話器の上についている穴に前脚を入れて上に持ち上げる。
ようやく電話が鳴り終わりそれを耳に当てて第一声を発する。
「はい・・・もしもし・・・」
声には力がこもっていない、というかやる気が無い。さっさと済ませてまた眠りにつきたい。喋りながらも欠伸が出そうだ。
『あれ?、もしかしてアポロ君寝てた?』
その声を聞いた瞬間眠気が覚めた。いや、飛んだと言った方が正しいだろう。一瞬にして彼牝(かのじょ)の事が目の前に浮かび危うく受話器を落としそうになった。みるみる体が熱くなる。頭が真っ白になりそうだった。
『アポロくーん?』
「ソ、ソッ、ソルナ!?」
『そ、そうだよ どうしたの?そんなに驚いて』
「い、いやなんでもないよ!」
動揺が隠し切れない、隠しきれるわけが無い。一目惚れしてしまったポケモン、ソルナからいきなりの電話がかかってきたのだ。そして、昨日の自分の行為を思い出して喉に再び違和感を覚えた。
『随分お寝坊さんだね ねえ、今日は暇?』
寝坊?
「え? い、一応やることはないけど・・・」
『会える?』
予定を聞く所から次に来る質問の予想はできていた。だからこそ今日は会えない、と嘘を吐かなければならなかったのかもしれない。それは分かっていた。分かっていたが・・・
「う、うん」
しかし、口から出たのは確定を意味する二語だった。なんでこんなに意思が弱いのだろうか。
『じゃあ、この前の喫茶店で待ってるからね』
「わかった・・・」
最後の ね の後には♪が付きそうなくらな生き生きした声だった。プツリという音と共にもうソルナの声は聞こえなくなった。受話器を戻して前脚を床につける。
どうしよう・・・
とりあえず約束してしまった事は仕方が無いから行くしかないだろう。しかし、精神が持つ自信がない。本当に気絶してしまうか。それとも理性が抑えられなくて・・・
ふと口に前脚を当てると少し湿っていた。脚を見ると少し白いものがくっついている。
「うっ!」
まだ乾いていなかったのだろう。急いで前脚で顔を擦る。気づかずに行ってたらどうなっていた事か。
部屋に戻りカバンを取りリビングに戻る。時計を見るともう11時30分だった。お寝坊さん の意味が分かった。
「行ってきます」
どうにか守って欲しい。そんな願いも込めて写真に挨拶をした。玄関に向かう途中で綺麗足跡を見つけた。
勿論僕のだ。掃除しなくちゃいけない事を今頃思い出した。帰ってきたらやればいい。それよりも今は精神力を高めることだ。そうして僕は戦場に向かうのだった。


精神力を高めると言っても何をすれば高まるのかまったく分からない。まあ、格闘タイプでもエスパータイプでもない僕にそれを分かれと言う方が無理があるのだが、店に着くまでに何かをしていなければ気がどうにかしてしまいそうだ。
でも、結局は何かを考えていたらいつの間にか店の前に着いていた。
最初入るのをためらったが、入らなかった所で約束は消えない。寧ろ悪いほうへと傾く。
時間からするとソルナはもう店の中だろう。しかし、電話番号を教えていたことすら忘れていた今の精神で大丈夫なのだろうか。なんかもうおじいちゃんになった気分だ。
だが、例えおじいちゃんでも牡(おとこ)は牡だ。今こそ意地を見せ付ける時だ。半分はヤケクソの自分を止める気もなくOPENという看板が吊るされているドア、Sun&Moonに突入した。

やはりソルナはもう来ていた。この前と同じテーブルでレナと何かを話していたらしくレナも椅子に腰掛けていた。
第一の感想 もっと心の準備が出来てから入ればよかった ソルナの顔がまともに見れない。俯いていて茶色の床しか目に入らない。顔が熱い。動けない。
「いらっしゃいませ」
「アポロ君おそーい」
「・・・」
なんかもう動けないというより動きたくない。動いたら壊れてしまいそうだ。
「アポロ君どうしたの?そんな所で動かないで」
流石に不審に思ったのだろう。ソルナが心配そうに声を掛けてきた。君のせいだよ・・・などと言いたかったがそんな事言ったところで謎の発言だ。
ふと、背中を押された。
「ひゃあ!」
突然だったので自分でも驚くほどの変な声が出てしまった。慌てて振り返るとそこにはレナの姿があった。
「こちらですよ」
相変わらずの笑顔だった。それよりいつの間に移動したのだろうか、風のような早業だ。
背中を押された事によりようやく動き出した体は錆びついたゼンマイ仕掛けの人形のような動きだ。油でも注したら少しは動きが良くなるかもしれない。ここまできたら仕方が無い、床しか見ていないが確実にソルナの所に向かって行く。動くたびに体からギチギチと音が聴こえてきそうだ。
後からはレナの気配が着いて来る。流石にこの距離からなら気配くらいは分かる。それともただ単に隠してないだけか。いや、今は別に隠す必要も無い。どうにかソルナから逃げ出そうとしてよく分からない思考回路にエンジンがかかっている。そして、昨日の記憶にまた連れ戻されるのだ。
「大丈夫ですよアポロさん、ちゃんと拭き取れてますよ」
不意に小声で言われたそれはしなやかに、それでいて鋭く僕の心臓を突いた。顔が心臓が爆発しそうだ。レナの方を振り向くとやはり悪戯な笑みを浮かべていた。他人(ポケ)しかも異性に一番に見られたくない所をこんなに簡単に指摘されれば恥ずかしさも倍増だ。僕を殺す気だろうか?
「ほ、ほっといてください・・・」
声を殺して今出来る最大のにらめつけをしてやったがやはり今の顔ではあせっているようにしか見えない。いや、実際あせっている。
「フフフ、そんな顔をしたって可愛いだけですよ」
「心を読まないでください。怒りますよ」
「もう怒ってますよ。しかも、お顔が真っ赤ですよ」
。相手の気を落とさせる言葉をタイミング良く・・・ タイミング悪く投げかける事でさらに落ち込ませてくる。何だかこの人(ポケモン)は苦手では無いが恐ろしい。
恥ずかし過ぎてレナから目を逸らし正面を向いた。しかし、そこにはソルナが待ち構えていた。
「アポロ君大丈夫?・・・」
「あ、うん」
もう駄目かと一瞬本当にそう思った。しかし、自分の口からは驚くほどすんなりと返事ができた。心配させてはいけない。どこかでそんな声が聞こえたような気がする。それにより冷静さを取り戻したみたいだ。自分がソルナを意識し過ぎていた事にようやく気がついた。自分の気持ちを伝えることなどまだ先でいい。いいタイミングが訪れたらそのときにやればいい。それまでは気軽に待つとしよう、今はこの時間を二匹(ふたり)で楽しめばいいのだ。
実際はいいタイミングほど気持ちを伝えるのが難しいのだが、今はこの考えで落ち着いたみたいだ。
「どうぞ」
レナが椅子を引いて座りやすいようにしてくれた。
「ど う も!」
「アポロさんも牡の仔(おとこのこ)らしいところがあるんですね」
床にカバンを置き椅子に飛び乗り少しは怒りを込めて礼を言ったが話がかみ合わない。そもそも僕は元から牡(おとこ)だ。
「 心配させちゃいけない と思ったじゃないですか。それにあんな事まで・・・」
確かに聞こえたがどうやらあれが自分の気持ちだとは言われるまで何故か気づかなかった。てっきり父さんが言ったのかとそうすらも思った。そこまではいい、その後の発言だ。レナは あんな事まで と言っていた。僕の考えはレナに全部筒抜けになっているのだ。本当に勘弁してほしい。この前の事をまだ根に持っているのだろうか? 
「だから心を読まないでください・・・この前の事怒ってるんですか?」
「いいえもう怒っていませんよ。私はそんな牝(おんな)じゃありませんから それと残念ながら私は別に心を覗いている訳ではありません。キルリアが感情ポケモンと呼ばれているように進化系の私も 感情 を感じ取っているんですよ。まあ分かることは大体の部分だけなんですけどね。そんな事よりソルナさんが話しに着いて来れていませんよ二匹(ふたり)でごゆっくりどうぞ」
「それは・・・あれ?」
心を読んでるのとあまり変わらないじゃないか、しかもほとんど完璧に と文句を言ってやりたかったが。レナは既に消えていた。本当に消えた。早すぎる。探し出して問い詰めてやりたい所だったがソルナを見ると不機嫌と読み取れる表情をしていたのでやめた。自分でこの時間を楽しめばいいと決めたのにレナを相手にしていたらキリが無い。
「随分たのしそうだね」
ソルナの声にも明らかな不満がこもっていた。楽しくはないのだが。
「いや、全然楽しくなかったよ。寧ろ疲れた」
「・・・まさか心でも読まれた?」
「・・・うん」
「やっぱり」
ソルナも経験した事があるらしい。少し苦笑している。
「で、何を読まれたの?」
「っ!・・・秘密」
そこは聞いて欲しくないレッドゾーンだ
「もしかして恥ずかしいことだったりして?」
「あたり」
「え・・・」
仕方が無いので答えた末、何を想像したのかソルナの顔が赤くなっていく。それにつれて僕も顔が熱くなっていく。多分考えていることは同じだから・・・
「まあそんなことより、今日はどうしたの?」
「あ、その事なんだけどえっと・・・そ、その・・・」
赤い顔が言葉を繋げる毎に更に赤くなる。この場面で恥ずかしそうにするということは僕に何かをして貰いたい。もしくはしたいという事だろうか?ここまで探ると本当に変態に思えてくる。
「あのね・・・」
ソルナが決心して何かを言いかけたとき。目の前に何かが置かれた。
「どうぞレナのスペシャルスパゲティです」
「わぁ!」
「きゃあ!」
再び突然現れたレナに驚きひっくり返りそうになってしまった。それはいいのだがなんてタイミングが悪いのだろう。ソルナが何か言いかけた時を見計らったように現れた。
「二匹(ふたり)共驚き方がこの前と同じですよ」
「いきなり出てくる方が悪いんですよ」
レナはなんとも楽しそうだがこちらの心臓には悪い。ソルナに関してはレナが現れた事により完璧に話すタイミングが失われたらしく。溜息をついている。
「あら?お邪魔でしたか?」
「ええ、邪魔です」
「そ、ソルナ!?」
本当にタイミングが悪かっただけかそれともワザとなのかも分からない状況の中でソルナが本当に怒った。僕も驚いたがレナの方がもっと驚いているだろう。今回は目の前にいるアポロではなく彼女自身が怒りの矛先なのだ。普段はあまり開かないと思われる目を大きく開けてパチクリさせている。
「あっ!・・・、レナさんご、ごめんなさい」
「いいえ、謝るのは私の方ですよソルナさん 少し調子に乗りすぎました。ごめんなさい」
ソルナはテーブルに打ちきそうなくらいの勢いで頭を下げた。自分でも何を言ってるのか分かっていなかったらしい。ただ感情が前に出てしまった。多分そんな所だろう。対するレナはワザとやっていたみたいだ。何故だか頭を下げるその動作も華麗に見える。まあお互いに謝罪をしたし問題解決、という訳には行かないみたいだ。空気が重い。とりあえず何か空気を換えるネタがないかと探すと、目の前にはレナが作ったであろうミルク色のスパゲッティがあった。
「このスパゲティはレナさんが作ったんですか?」
「あ、はい。アポロさんはどうせ朝食を召し上がっていないとソルナさんが言っていたので」
「ソルナ、どうせは酷いよ」
「でも食べてないでしょ?」
「そうだけどさ」
「ならいいじゃない、せっかくレナさんが作ってくれたんだから」
「そうだね」
段々空気が換わっていく。あと一息だと思った時にレナが持ってきてくれた皿が三つあることに気がついた。
「1つ多くないですか?」
「私だって食べますよ」
「他のお客さんが来るんじゃないですか?」
「大丈夫です。今日はもうお店を閉めましたから」
ドアを見ると看板の OPEN という文字がこちらを向いていた。いつの間にやったのだろうか。
「それとも私がご一緒してはいけない理由でも?」
「アポロ君、みんなで一緒に食べたほうが美味しいよ それにレナさんはアポロ君の為に作ってくれたんだよ それなのに?」
レナとソルナに妙な連帯感が出来てきた。いかにも楽しそうな顔で僕に色々言ってくる。空気を良くしよう奮闘しているのは僕なのだが。的にされているのも僕だ。
「お邪魔でしたら私は・・・」
「ち、違うよ別にそんなつもりじゃ・・・」
ワザとだと分かっていてもここまで言われればそれなりにあせってしまう。二匹(ふたり)はたのしそうだが。
「じゃあみんなで食べよ」
「うん」
最初からそのつもりだったが。かなり長引いてしまった。でも、空気の換気という目的が果たされただけでもいい結果になっただろう。


朝は食べていないしお腹も減っている。なのに食べられない。理由は簡単だ。フォークが使えない。
四足歩行のポケモンが扱い易いように出来ていて持てる事は持てるのだが、その後のパスタをフォークで巻く動作が出来ない。体の構造上できなくて当たり前だ。高級レストラン、または貴族でもない限り食べ方を気にする必要はないが、これだけはどんな事をしても食べられそうにない。レナは手があるので器用にフォークを使いこなせる。ソルナは体の造り自体は僕と変わらないが念動力であらゆる物を器用に動かせる。今も勿論使っている。僕にも多少は使いこなせるがここまで器用には出来ない。巻かないでそのまま口に運ぶ事は可能だがそれでは垂れている所が体に当たり食事どころではなくなる。
「お口に合いませんでしたか?」
レナが少し悲しそうな顔を僕に向けてきた。自分が作ったものが他人(ポケ)の口合わないのは多分辛いことなのだろう。料理などした事の無い僕には分からないが。
「いいえ・・・食べたくても食べられないんです」
「ごめんなさい、もう少し考えて作るべきでした。使いやすい道具がないか探してきます」
理由が分かってくれたらしくレナが席から立ち上がった。また消えるのかと思ったが。ソルナの方に近づき何か耳元で囁いた。それと同時にソルナの顔がみるみる赤くなっていく。生憎、読唇術なんて物は使いこなせないので僕に内緒で何を言っているのかが気になる。その内レナはカウンターの奥に歩いていってしまった。
お腹は減っているが待つしかないだろう。すると、今までスパゲティをソルナの口に運んでいたフォークがいきなり今度は僕の手というより脚をつけていないスパゲティを巻き始めた。それは巻き終えると僕の目の前に浮遊した。
「口開けて」
「え?」
「食べられないんでしょ」
「そうだけど、今レナさんが・・・」
「食べさせてあげるから・・・」
顔が真っ赤だがどうやら食い下がる気は無いらしい。彼牝(かのじょ)から直接食べさせて貰える訳ではないがフォークはソルナが操っている。僕も恥ずかしくておかしくなりそうだ。
「はやく口開けてよ」
「うん」
どの位口を開けたのか分からない。ソルナが前脚を少し前に出すと口の中に普段とは違う感覚が感じられた。美味しいのだと思うが細かい味などまったく分からない。その後もそれが続き気がつくと目の前の皿の上には何も残っていなかった。
「美味しかった?」
「う、うん」
実際味などあまり分からなかった。感じるのは体全体の暑さと満腹感。僕もそうだがソルナも相変わらず赤面している。この短期間の間に高血圧にでもなりそうな気がする。
「ごめんなさい 探したけど見つかりませんでした・・・」
そこにまたもやタイミングを見計らったように実に無念とでも言いたげなレナが戻ってきた。その目に映っているのは恐らく硬直したポケモン二匹(ふたり)と黒い方の口元で浮いているフォーク。
「あら、また邪魔してしまいましたか?」
「いや、これは、その・・・」
なんとも楽しそうなレナに言い訳することも出来ない。タイミングを計ったとしても無くても、誰がどう見たってアレな状況だ。
「レナさんのバカぁ・・・」
目の前で俯きながら呟くソルナに僕もかなり近い気持ちだ。フォークはソルナの方に戻り凄い勢いでスパゲティを口に運んでいた。レナも座ってまた食べ始めた。
「美味しいですね」
「知りません!」
そこの答えは普通いうなら 知りません ではなく 分かりません ではないだろうか。その前に美味しいか不味いかなのかも知れないのだが。
それともソルナの怒り方からすると僕にとって食べにくいスパゲティを出したのも、ソルナの動きを指示したのもレナの仕業だろうか?
いや、ソルナに耳打ちしていた所からその事は明白だ。他人(ポケ)の幸せを協力するのか、それとも恋路を邪魔するのか。色々な所が本当に謎のポケモンだ。
「私の事知りたいですか?」
「ひゃぁぁっ!遠慮します」
自分の焦る気持ちは何とか出来たのだがまだ戦闘は終わっていないらしい。それをソルナは苦笑にも怒りにもとれる顔で見ていた。

「ソルナさん、アポロさんに何か言いたい事があったのでは?」
綺麗に空になった3つの皿を重ねながら思い出したかのようにレナが言った。チャンスを消した貴女が言えるのか、と問いてやりたかったがそんな事口にしたら後々が恐ろしい。
そもそも心・・・感情を感じ取る彼牝(かのじょ)を前にしてこんな事を思ってしまった時点で危険(?)なのだ。
しかし、レナは運良くこちらの事など気にしていない様子で重なった皿を持って立ち上がった。
「まあ、邪魔したのは私なんですけどね」
一応その事は分かっているみたいだ。今度は邪魔しないという様子でカウンターの奥に皿がカチャカチャ擦れる音と共に消えていった。
「で、レナさんが言う通りさっきの続きを聞きたいんだけど」
「うん・・・」
レナに続いて話のチャンスを作ったが、先ほど同様赤面してモジモジしている。この姿がなんとも可愛い。駄目だ、また可笑しくなり始めてきた。
「あのね、夕飯作ってもいい?・・・かな」
変態的な考えをしている間にソルナの口から出てきた言葉はあまり理解できなかった。
「どうゆう事?」
「だから、アポロ君の家に行って夕飯を作ってもいいかな・・・?」
そこまで言うともう何も話したく無いと言うように俯いてしまった。
確かに理解は出来た。出来たが・・・おいおいおいおい、急展開過ぎて流石に僕的にもそれには無理がある。今はレナも居るし自分の気持ちに整理がついていてギリギリだが大丈夫だ(多分)。しかし、二匹(ふたり)きりになったらそれはどうなることだろうか。仮にも牡(おとこ)の僕に欲が無いわけでも無い。寧ろ今までの行動や考えを見る限り欲の塊に思えてくる。それはそれで悲しい。
先ほどのスパゲティの時もそうだが、また店に入る前と同じような気持ちになってきた。
「駄目・・・だよね」
その言葉で自問の世界から戻された。見るとソルナは今にも雫が零れ落ちそうな位目を潤ませていた。まだ何も言っていないのだがもしかしたら僕の表情から否定と思われたのかもしれない。そもそも自分でもどんな表情をしていたのか鏡などが無いと分からないのだ。
彼牝(かのじょ)は感情表現が激しいというよりも、ただ恐ろしいほど純粋なのかも知れない。会うのはまだ2回目だ。そんな事を今の段階で決め付けるのも可笑しいと思うのだが、まあ、一目惚れする方もどうかと。
「えっと、そんな顔しないでよ別にいいんだけどさ・・・」
「え?いいの?」
「うん」
嬉しさと不安の2つの考えがあったがこれ以上ソルナを悲しませないようにした。これが牡(おとこ)の仕事(?)だ。どっちかというと不安を凄い無理やり押し込んだような感じだが、多分これしか方法は無い。ソルナは以外だったらしく驚きか喜びかは分からないがさっきのレナのように目を大きく見開いていた。
「ただし・・・」
「ただし?」
ソルナの顔が少し強張る
「僕の家結構汚いよ」
その台詞を言ってから少しして強張った顔のソルナが満面の笑みになりいきなり吹きだした。
「な、なんだよ」
「あははは、だって、あんな真剣な顔したからもっと重要な事かと思ったのに家が汚いって」
「重要でしょ?」
「どこが重要?」
気を使ったつもりなのだが少しずれていたようだ。何だか恥ずかしくて思わず唸ってしまう。
ただ、ソルナが喜んでくれただけでも結果オーライとしておこう。
「どうしたんですかそんなに笑って」
「きゃぁ!」
「・・・」
またいきなり出てきた。驚いたが声はどうにか出さずに済んだ。まったく何がしたいんだろうか。
「あら?アポロさんはもう驚かないようで」
驚かす為だけに来たのだろうか。
「何回も同じ事をされれば嫌でも学習しますよ」
僕は僕で何で無駄な意地を張っているのだろうか。そんな性格ではないはずだが。
「フフフ、でも背中の毛がお立ちになってますよ」
「えっ?」
少し痛いくらいに首を回して背中を見るとレナの言う通り見事に毛が立っている。まさに雷にでも撃たれたかのように体は驚いた事を表している。
「ち、違いますこれは―」
「これは?」
「うっ・・・」
悪戯っぽい笑みをレナだけではなくソルナまでもが向けてくる。
意地を張った事により自分を追い詰める羽目になってしまった。自業自得ではないと思うのだが何故僕がこんなに恥をかかなければいけないのだろう。
「お耳が垂れてますよ」
「はは、その顔可愛い」
もう嫌だ。驚かされたソルナまでも加勢してしまった。実に楽しそうに・・・ん?かわいい?
僕は体は丈夫なのだが心の耐久性には色々な意味で自信が無い。
「で、先ほどはどんなお話を?」
そこまで僕の事をいじっておきながら話の変更が早い。これはこれで悲しい。
「あ、そうそうアポロ君たら―――」
この後、恥ずかしさを上塗りされたのは言うまでもない。


そもそも昼食の後に夕食の話をした時点で話がよく分からない。またこの前のような雑談が続いた後レナが訊いてきた。
「夕食の準備をするならならそろそろお帰りになられた方がいいのでは?」
「あ、もうこんな時間 泣いてないでそろそろ行こうアポロ君」
泣いてる?彼牝(かのじょ)達のせいで涙目になっているのは確かだ。
と言うより僕の家に来るのにソルナが話を進めているのも変な気がするのだが、もう突っ込む気にもなれない。
「分かった。じゃあお昼ご飯の値段は―」
「ああ、あれはメニューに載ってないからタダです」
何でそうなるのか。この前も何だかんだで結局はタダだった。ここまでして貰うのも気が引ける。
「それは流石に悪いですよ。この前もそんな感じだったじゃないですか」
「そうですよレナさん。私達そんなに貧乏じゃないですよ」
「いえいえ、載ってないものには値段も何もありませんですから。そもそも私が勝手にお出ししただけの事」
世界がレナみたいな生き物ばかりで構成されていたらきっと戦争などは起こらないだろう。そんな印象を持たざるおえない台詞だった。性格が完璧過ぎる。
「それにこれからお楽しみがありますから」
「楽しみ?」
「おっと、これはトップシークレットです」
そう言うと腰を曲げて僕の目の高さで指を一本立てて口の前においた。おまけにウィンク。別に楽しむのはかまわないが、お金と楽しみの関係性が見当たらず、はあ と答えるしかなかった。
どうやら引き下がる気は無いらしい。こっちが引き下がらなければ酷い目に合いそうだ。ソルナに目で合図すると彼牝(かのじょ)も察していたらしく頷いてくれた。
「分かりました。有り難うございます。でも次はきちんと払わせてくださいよ」
「そんなに遠慮しなくていいじゃないですか」
何でこっちが頼む立場になっているのかカオスな状況だ。レナは楽しそうに笑っているが僕達は苦笑するしかなかった。
「じゃあ、そろそろ帰りますね」
「また来てくださいね」
デジャブな気がする。椅子から降りてカバンを首に掛けた所で思い出した。
「ソルナ、そういえば借りた傘は?」
「アポロさんがいらっしゃる前にもう受け取っていますよ」
「あ、そうですか」
丁度カバンを掛け終わったソルナに変わってレナが答えてくれた。
「お二匹(ふたり)の愛の香りがしますよ」
「レナさん!!」
「レナさん!!」
「冗談ですよ」
その変態的思考はどこから出てくるのだろうか。腕を体に巻きつけて自分に抱きつくような格好をしているレナに思わず声が重なってしまった。
「あ、ソルナさんちょっと来て下さい渡したい物があります」
急に真剣な顔になったレナ。ふざけてる時とのギャップが激しい。
「僕はどうすれば?」
「ごめんなさい。外で待ってて下さいませんか?牝(おんな)の話ということで」
「分かりました」
ここまで言われたら出るしかないだろう。別に構わないが、外に向かおうとした時にレナが見せた不敵な笑みだけが気になった。

空は晴天暑いくらいだ。
「お待たせ」
しばらくしてソルナが出てきた。何故か満面の笑み。
「行こうか」
「うん」
今日の空はまるで彼牝(かのじょ)の笑顔を表しているみたいだ。


家に他人(ポケ)を入れたのは何年ぶりだろうか。両親が死んでからの十数年間この空間に自分以外の生命が全く立ち入らなかったのだ。
今考えると何とも不思議な感覚に囚われる。
「た、大変!」
僕の家なのに鍵を開けたとたんに先に入っていったソルナが叫んだ。僕的には彼牝(かのじょ)のペースに合わせる方が大変なのだが、ただ事では無いみたいだ。僕も家に飛び込んだ。
「どうしたの?」
「あれ泥棒じゃない?」
泥棒という単語に一瞬不安が頭の中を駆けた。確かに彼牝(かのじょ)の視線の先にはくっきりと何者かの足跡が、茶色の廊下に残っていた。
確かにこの街でこんな光景を見たら誰でもそう思うだろう。ただ、この足跡が誰の物か分かるから安心した。
「それ僕の足跡だよ」
「えっ?そうなの?」
「ほら、一昨日分かれた後に土砂降りだったでしょ。あの時濡れちゃってさ」
僕の家は汚いと最初に言っておいたが、なんとなく恥ずかしい。他人(ポケ)を招く事になるんだったらやっぱり掃除をしておけば良かったと心底思った。
「あのキスした時だね。やっぱり私が家まで送った方が良かったかも」
「いや、家まで送ってもらったらレナさんに殺されそうだし、それに・・・キ、キス!?」
突然すぎて反応が遅れた僕を見て、対する彼牝(かのじょ)は何とも嬉しそうに笑っている。
「変なこと言わないでよ」
「そお?別に変じゃないと思うけど。それでどんな味だった?」
「あ、味?何の?」
「私の味」
よくもまあそんな言葉が次々に出てくるものだ。思わず硬直してしまった。
彼牝(かのじょ)はそんな事を口にして恥ずかしくないのだろうか。僕は本当に顔が爆発しそうな位恥ずかしい。
それでも僕の前脚は接吻の感触を思い出しているかのように無意識に口に当てられていた。
「アポロ君のは甘かったよ」
「いい加減にしてよ・・・凄い恥ずかしい・・・」
「はは、ごめんごめん。じゃあ、おじゃましまーす」
既に家の中に入っているのだが、遠慮なんて言葉は彼牝(かのじょ)の辞書には無いらしい。
僕より先にリビングに向かって行った。だが、今はそんな事をグダグダ咎めている場合じゃないとさっきの彼牝(かのじょ)の台詞が僕の事を引っ張った。
危険過ぎる。キスという単語を耳にしてようやく状況の危険度が理解できた。
そもそも、気づくのが遅すぎるのだ。接吻した相手をなんの特別な感情もなく家に入れている。そこから既にカオスな状況だ。
いや、確かに特別な感情は持っていた。何度も言うが僕だって牡(おとこ)だ。綺麗な牝性(じょせい)、しかも、思いを寄せている相手と二匹(ふたり)きりになったら欲だって出てくる。
それでも断れなかったのはやはり彼牝(かのじょ)の泣き顔のせいだ。僕の心の弱さでもあるのだが・・・。
だが、今危険なのは僕では無い。でも、僕なのである。昨日、処理はしたから僕の欲はそこそこ抑えられる筈だ。我慢出来なくてソルナを襲ってしまうなどという最悪の結果にはならないだろう。
そう、危ないのはソルナ。彼牝(かのじょ)の料理だ。放っておけば睡眠薬か何か、とりあえず得体の知れない何かを入れられる可能性があるかも知れない。
料理を作ってくれるソルナには悪いが見張らせて貰う必要があるみたいだ。
しかし、何故に予想が薬なのだろうか。それは、多分そういう事を若干期待しているマゾヒストな自分がいるからかだろう。
自虐的に笑いがこぼれてしまう。
「アポロくーん。ちょっと来てー」
リビングから声が聞こえて八ッと我に返った。考えているこの間にも何か入れられてしまったかもしれない。
急いでリビングに行くとそこにソルナの姿は無かった。代わりにソルナの首に掛けてあったカバンがテーブルのど真ん中にこれまた遠慮なく置いてある。
電気をつけるとオレンジ色の部屋が見慣れた無色に変わった。
「こっちこっち」
声をした方を見るとソルナがキッチンから顔だけ出している。既に場所を見つけたみたいだ。
仕方が無いのでソルナのカバンの横にカバンを置いてキッチンに入った。
「何?」
「何これ?凄いベトベトするんだけど」
質問を質問で返されてしまった。ソルナは右前脚を持ち上げて露骨に嫌そうな顔をしている。
確かに一部の床だけが地味に輝いている。そう、そこは僕がオボンの実を食べた場所だ。
「それ、オボンの実の果汁」
「オ、オボン?何したらこうなる訳?」
「まあ色々あったんだよ」
「汚いってこうゆう事?」
「こうゆう事も含まれる」
そう返答するとソルナは右脚を下ろして苦笑した。流石に嫌だったのだろうか。
だから最初にも汚いと言ったじゃないか。でもやっぱり恥ずかしい。
「それでもう一つ」
まだ何かあるらしい。ただ、今度は非常に言いにくそうな困った顔をしている。
「あのさ、買い物するの忘れちゃったから・・・だから・・・その・・・アポロ君の家にある食材使ってもいい?」
「え?」
一瞬意味を理解出来なかった。というより理解したくなかった。
「ご、ごめん。そんな事したらアポロ君困るよね」
そう言うとまた悲しそうな顔をしてしまう。
悲しいのは今夜食べ物が無くなってしまう恐れがある僕の方なのだが、その顔にはどうしても勝てない。
「い、いいよ使っても」
「えっ?本当?」
「うん、これから買いに行くのも面倒だし、それに折角何かご馳走してくれるんだったらそれ位の事は・・・」
「ありがとう!」
満面の笑みになるソルナ。もしかしたら僕は、泣き顔に弱いのではなく。この笑顔が見たくてあまり自分の感情を彼牝(かのじょ)に見せられないのかもしれない。
買い物なんて言葉をすっかり忘れていた僕にも責任はあるのだけれども、まさかこんな事になるとは思わなかった。
例え、食材を買ってくるにしても「じゃあ、アポロ君行ってきてー」なんて言われそうな気がする。
「じゃあ、後は任せといて」
「僕は何か手伝わなくていいの?」
「うん、大丈夫」
僕の家なのだがやっぱり主導権はソルナにあるらしい。
まあ、料理なんてした事のない僕が手伝ったって役には立たないだろう。
おとなしくリビングに戻って二つのカバンを床に降ろす。それから、椅子に飛び乗ってキッチンの方を向いた。
さて、此処からが問題だ。


いきなり食器棚が開いてビックリした。そこから皿が飛び出して行きみるみるソルナの前に重ねられた。
「うゎ・・・埃だらけ」
当たり前だ両親が死んでから自分で料理した事など無い。皿など飾り物に等しいだろう。
今度は捻っても無いのにいきなり蛇口から水が出てきて柱を作った。ソルナはエスパータイプだ。ESP(超能力)を使い色々操れるのだ。
その他にも包丁や何やらを 勝手に 次々に洗い。ガス栓も見つけたらしく料理に取り掛かった。
で、かれこれ1時間位経ったが、残念な事に(?)ソルナの行動に怪しい点は見られない。
木の実、皿、包丁、フライパン、調味料は宙を舞い。何とも神秘的だ。まるで魔法の世界なのだが、唯一悲しい点は予想通り多分、調理している量を考えると冷蔵庫の中身は空っぽだという事だ。
兎にも角にも調理終了らしい。5年の間使ってなかった調味料は大丈夫なのだったのだろうか?。
先ほど洗った皿にどんどんと料理が盛られていく。流石に運ぶのを手伝おうとしたが。皿は見事に空中に浮いていたのでやめた。
ソルナがテーブルに向かう度に、皿も一緒に付いてくる。
だが、皿の量が多すぎたのだろうか。彼牝(かのじょ)の足取りはしっかりしているが、逆に皿はフラフラと今にもひっくり返りそうだ。
「だ、大丈夫?」
「へ、平気」
どう見ても平気ではなさそうだ。やっぱり手伝ったほうが良かったかもしれない。
「よい、しょっ!」
ソルナの掛け声と共に皿がテーブルの上に結構な高さから 落ちた 。
それと同時に左頬に痛みともとれる感覚が走り思わず目を瞑ってしまった。
「熱っ!!」
「うわっ!ごめん」
どうやら出来たての何かが飛んできたらしい。
驚いたし、相当熱い。火傷になってしまったかもしれない。
しかし、その後の感覚にはもっと驚いた。頬にさっきとは別の感覚が走った。
それは暖かくて軟らかい。僕の頬を下から上に何度も這うように動く。
別に恐れる必要は無いのだが、恐る恐る硬く閉ざした目を開けるとソルナの顔がくっ付きそうな位の距離で隣にあった。
いや、彼牝(かのじょ)の舌は僕の頬にくっ付いていた。
後脚を伸ばし、前脚だけを僕が座っている椅子に掛けてそれで丁度、顔が同じ位の高さに来ていた。しかし、目だけを動かしてよく見てみると微かに後脚が震えていて、丁度では無く若干無理をして背伸びをしていることが分かった。
「ソ、ソルナ?」
「・・・」
償いのつもりなのだろうか。無言で僕の頬を舐め続けるソルナの舌はある意味、火傷よりも熱い。
しかも、頬だけではなく体全体も。
「もう大丈夫だから」
「ごめんね・・・」
だから大丈夫だって と言ってやると何故か残念そうな顔をしたが、どうにか止めてくれた。
何も言わなかったらずうっと舐め続けられたかもしれない。それはそれで嬉しいのだが。
「あ、スプーンとフォーク出してなかった」
美味しそうな匂いと湯気を立てる皿があるが、確かにテーブルの上に銀色の鉄の棒の姿は無かった。
「僕が持ってくるよ」
「駄目。アポロ君は座ってて」
僕の家だし流石にこれ位の事はやりたかったのだが、それすら許してくれないらしい。キッチンに向かうソルナの後姿を見て思わず溜息が出てしまった。


そういえば、前脚(手)を洗ってない事に気がついた。いつもなら面倒くさくて洗わなない。寧ろ自分で作ったのなら犬食いでも構わないのだが、他人(ポケ)が作ってくれた料理をそんな失礼な食べ方をするほど僕は常識知らずではない。
そもそも自分では料理など出来ない。
椅子から降りてソルナと同じようにキッチンに向かう。行ったら行ったで「座ってて言ったでしょ」とか言われそうだ。
「あっ!座っててって言ったでしょ」
予想通りだった。食器棚の中を探っていたソルナがこっちを向いた。
「前脚(手)を洗いにきただけだよ」
そう言って蛇口を捻り前脚(手)を洗う。前脚(手)を振って雫を飛ばすとサッパリした。
リビングに戻ろうと振り返るとソルナが焦った様子だった。まだスプーンとフォークが見つからないらしい。
「あった?」
「・・・」
目に見えている結果を訊いても彼牝(かのじょ)は無言で探し続ける。意地でも見つけたいらしい。
僕の中のソルナのイメージが段々、崩れ始めてきた。まあ、そんな個人(ポケ)的な事など別に構わないのだが。
しばらく経って見ていてもまだ見つからない。
ESP(超能力)を使って、同じ引き出しを繰り返し開けたり閉めたりしている。自分でも何処にあるのか忘れてたが、やっぱり記憶の片隅に母さんとの思い出は生きているものなのだ。
確か、食器棚の凄い端の方の分かりにくい引き出しの中にあった筈だ。いつも使っていた母さんでも、たまに忘れる位分かりにくかった。ソルナに見つけられる筈が無い。
食器棚に近づくとソルナはやはり嫌そうな顔をした。
それを無視して食器棚の右の本当に端っこの小さな空間、ちょっとした出っ張りに前脚を掛けて引いてやると。ようやく目的の物が姿を現した。
中には本当に必要な分だけ入っている。それでも、いっぱいいっぱいなのだ。まさに、隠し部屋と言っても良いだろう。
「はい、あったよ」
「えっ!」
場所を教えてやると、とてつもなく驚いた顔をされた。まあ、あれだけ探して無い物がこんな簡単に見つけられてしまえば驚くだろう。
「むぅー・・・じゃあコレ洗ったら行く」
やっぱり不機嫌になってしまっただろうか。プリンのように頬を膨らませている。この表情もカワイイ・・・
リビングに戻って椅子に座ると直ぐに後からエーフィがやって来た。何だろうかこの懐かしい感覚は。まるで・・・母・・・さん?
いや、違う。そんな事はありえない。彼牝(かのじょ)はソルナだ。
何を今更、母さんは死んだ。さっきの食器棚の思い出のせいだろうか。
そういえば、父さんは手伝いをしなくて母さんにしょっちゅうしばかれていた記憶がある。
体に悪寒が走ったのも、今の僕も父さんと同じでソルナの手伝いなんて全くしていないからだ。
「はい、どうぞ」
母さん、じゃなくてソルナのESP(超能力)によりスプーンとフォークが目の前に置かれた。もう一組も僕の向かい側に置かれた。
「水持ってくる」
その位は本当にやりたいのだが、何故か慌ててカバンを咥えたソルナはまたキッチンに行った。
水を持ってくるだけなのに随分と時間が掛かったような気がする。
今度はカバンもまとめてESP(超能力)で運んでいる。
あ、僕だったら、コップを持つことは出来るが運ぶ事は出来ないか。
「さ、食べよう」
カバンを床に置いて僕の向かい側に座るなりフォークを浮かばせて笑顔で食べ始めたソルナ。どうやら変な物は入っていないみたいだ。でも一つだけ気になることが。
「ねえ、ソルナ。」
「ふぁい?」
「調味料、腐ってなかった?」
「ん・・・腐ってたよ」
「は?」
口の中に入ってた物を飲み込むとまさかの言葉が出てきた。変な物が入っていた。まさかのポイズンクッキングだ。
ソルナ食べちゃったよ。
「でも、大丈夫。腐ってない塩と醤油しか使ってないから」
「あ、あぁ、それなら良かった。で。腐ってた調味料は?」
「冷蔵庫に戻しておいた」
ひとまず安心した。毒は捨ててくれれば有難かったのだが、何もしてない僕がそれ以上言っても何だか父さんの二の舞になりそうだ。
それもそれで嬉しいような気が・・・。これも遺伝だろうか?そのせいにしてしまいたい。
「食べないの?」
気がついたら、食べるのを中断したソルナが心配そうな表情を見せる。
「ごめんごめん」
「フフフ。もしかして、また食べさせて欲しいの?」
ソルナが操るスプーンとフォークが僕の目の前で回っている。
「ち、違うよ!」
「ほんとぉ~?」
「本当だよ!!!」
「そんなに照れなくていいのに」
照れると言うより恥ずかしい。食べさせて貰っても嬉しい・・・
何だか自分のイメージすら壊れ始めてきた。ソルナはまた食べ始める。
そろそろ食べないとソルナに全部食べられてしまいそうな気がする。
料理は僕の為なのか、刺したり掬ったりするだけの仕様になっている。有難い。
そういう所も母さんに似ている。はて、僕はこんなにマザコンだったろうか。確かに両親の事は大好きだったが・・・。
そんな事考えても仕方が無いか。ソルナはもう一皿食べ終えそうだ。
「いただきます」


「美味しかった~」
確かに美味しかった。美味しかったけど・・・殆どソルナしか食べていない。
僕は2皿でギブアップ。あとは全てソルナが食べてしまった。
こうして冷蔵庫の中身は跡形も無く消えた。そもそも僕よりも小さいその体の何処に入ったんだ。
「よくそんなに食べれるね」
「そう?アポロ君が食べて無いだけじゃないの?」
いや、違う。君が食べ過ぎなだけだ。
それを口にしたら本当にしばかれそうな気がしたから止めて、代わりに溜息を吐いといた。
「ねえ、この写真誰?」
丁度水を飲もうとしていた僕にソルナが訊いてきた。こんな所に置いてあったら誰でも気になるだろう。
そういえばソルナに振り回されて「ただいま」も言ってなかった。
「イーブイの頃の僕と両親だよ」
「ご両親は今何処に?」
「死んだよ」
その言葉に空気が凍る。事実だから仕方が無い事だが。
「ごめん。わ、私そんなつもりじゃ・・・」
「分かってる。気にしないで」
彼牝(かのじょ)は今日何回謝るのだろうか。コップの中の水がその小さな空間でまだ波を立てている。それを恨めしく見ることしか出来なかった。
「幼い頃、湖で溺れた僕を助けて逆に二匹(ふたり)が溺れちゃってさ」
俯いてしまうソルナ。それでも僕は話し続ける
「結局、僕達が生活に必要な物は危ない物ばっかりなんだよ。火、水、電気、まあ、他にもあるけど。その中のどれか一つでもあれば簡単にポケモンなんて殺せる。いや、父さんと母さんを殺したのは僕のせいでもあるか・・・僕が溺れなければ二匹(ふたり)共生きてる筈だしね」
俯いているソルナ。僕は自虐的に笑い、コップを持つと両親を殺した原因の一つを一気に飲み干した。
そういえば彼牝(かのじょ)も両親を失っているのだ。何を自分中心で話しているのだろうか。
「でも、もういいんだ。死んだ者は帰っては来ない・・・それに・・・今はソルナがいる」
嗚呼、僕はなんて馬鹿なんだろうか。言った後で恥ずかしくなってきた。
これじゃまるで告白だ。自分で言ったのにまったく意味が分からない。
「いや・・・その・・・つまり・・・」
慌てふためく僕。それを見て何故か椅子から降りるソルナ。呆れられてしまったのだろうか。
しかし、そうではなかった。僕の方に来て頬を舐めてくれた時の体制になる。
そして目を瞑り紅く染め上げた顔を、何かを求めるように僕に近づけてきた。
僕もそれに答えるかのように目を瞑りソルナに顔を近づける。闇の中で彼牝(かのじょ)の感触を待つ。
聞こえるのは今にも飛び出してしまいそうに動く僕の心臓の音だけ。
甘い。唇に何かが触れたと思ったら確かに甘かった。
彼牝(かのじょ)の温もり、彼牝(かのじょ)の息遣い、彼牝(かのじょ)の匂い。ソルナの全てを感じる。
短い時間だか長い時間だか分からないが、しばらくそうしてた。口を離すとお互いに息が荒い。当たり前と言えば当たり前だ。
「アポロ君・・・大好き」
「・・・僕も好きだよ」
互いに何かが吹っ切れたような気がする。気の弱い僕がよくこんな事を口に出来たな。
何だかんだで結果オーライみたいだ。それにしても何故か体が熱い。それもさっきの接吻のせいだろう。
「じゃあ、今日は泊まりという事で」
「そんな、いくらなんでも・・・」
既に椅子から前脚を下ろしたソルナの危ない発言。
ソルナが言いたい事は分かるが流石にそれでは心臓がもたない。さっき心臓が破裂しなかったのもきっと奇跡だ。
でも、それよりも彼牝(かのじょ)を汚したくない。
此処まで来てそんな事言っててもただの言い訳なのだが。
「えー!何でー!?」
「いや、そんないきなりはちょっと・・・」
「折角誘ってるのに・・・意気地無し」
「うっ!」
その言葉がストレートに心に刺さった。刺さったまま抜けない。
「うぅ・・・ごめん。」
ソルナは今度こそ機嫌が悪くなったらしい。「フン」とか何とか言ってそっぽを向いてしまった。この大量の食器も独りで片付けなくてはいけないらしい。僕には無理だろうけど、根源は僕だから仕方がないか。
泣きたくなる気持ちを抑えて椅子から降りようとした。
しかし、何故だか体が上手く動かない。気がついた時には天井を見ていた。
「痛っ!」
どうやら背中から落ちたらしい。痛みは後から襲っていた。
それよりも、何だこの痺れは。しかも体がまだ熱い。流石におかしい。風邪を拗らせただろうか。
目の前に天井ではなく怪しい笑みを浮かべたソルナの顔が現れた。
「体熱いでしょ」
「なんで・・・」
何でこの状況で笑っているのだろうか。
熱い、熱い、熱い、しかし、頭痛もないし寒くもない。これは風邪ではないみたいだ。
では、何故体が痺れて動かないのだろうか。
「薬が効いてきたみたいね」
「なっ!」
薬、最も警戒していた事だ。
それに料理に入れられる筈が無い。僕がずっと見てて怪しい点は無かった。いったい何時。
「最初は料理に入れようとしたんだけどアポロ君ずっと見てたでしょ。だから入れられなくて。だから水の中にいれたのよ。粉末の媚薬と痺れ粉」
また、水だ。もう水なんて大嫌いだ。
あのカバンを持っていった時か。何にしろ最初から僕を襲う手筈だったみたいだ。
「そ、そんなもの誰に・・・」
「なんか、レナさんがくれた」
冷静に言うソルナ。一体、レナはどんな仕事をしているのだろうか。麻薬でも売っているのか。「それにこれからお楽しみがありますから」の意味がここで分かった。
「まさか、悲しい顔したのも嘘泣き?」
「半分は嘘。さて、ベッドは何処かな・・・あった」
まんまと騙された。やっぱり襲われるらしい。
体を転がされてうつ伏せになる。首に痛みを感じると僕は咥えられて引きずられていた。
ソルナの自慢のESP(超能力)も悪タイプの僕には掛けても無効化されてしまうので直接持ち上げられている。
毛があるおかげですんなり滑るが、やっぱり若干痛い。ふと、目の前が薄暗くなったと思ったら、そこは明かりがついていない僕の部屋だった。
「ほいっ!」
そう聞こえてた瞬間世界が回っていた。背中に今度は軟らかい感触を背中に受けると見慣れた天井を見ていた。
どうやらベッドに投げられたらしい。
なんて馬鹿力だろうか。もしかしたら僕なんかよりずっと強いのではないだろうか。
次に足元が沈んだと思ったら、またソルナに覗き込まれていた。彼牝(かのじょ)の顔が紅い。
「さぁ、夜を楽しみましょう」
「く・・・ぃ、いやだよぉ・・・」
「フフフ、そんな事言ったって体は正直だよ」
そう言ってソルナが凝視してる所を見てみると、何もしていないのにモノがそそり立っていた。媚薬のせいだろう。
「そ、そんな・・・」
「いっくよー」
動けない僕の下半身に舌なめずりをしながらソルナの顔が近づいてきた。 足掻こうにも痺れた体は言うこと聞いてくれないのだ。
本当に誰か助けて・・・


「・・・っと、忘れ物」
ソルナの顔が目の前から消えたと思ったらベッドの沈みも感じなくなった。段々離れていく足音を聞いて少しばかりの安心を覚えたが、その安心も近づいてくる足音ですぐに塵と化す。
コトリと何か音が聞こえた後に先ほどよりも嬉しそうな顔をしたソルナの顔が目の前にあった。
何を忘れたのか動かない体では確認できない。寧ろそんな事を確認する前にこの状況を何とかしなければならないのだが、どっちにしろ媚薬と痺れ粉のせいで抵抗出来ないし抵抗する気も失せる。
「ひゃぁ!」
突然、後脚の裏にくすぐったいような気持ちがいいような、体に電気が走ったとでも言っておこう。とにかくじっとはしていられない感覚を受けて、牡(おとこ)として出してはいけないような声がでてしまった。
「可愛い・・・」
何事かと思い、動かない首を無理やり動かして電気の正体を確かめてみた。ソルナはその器用に動く二又の尻尾を両後脚にピッタリくっ付けていた。
「ひゃ!」
尻尾が上になぞるように動くと、また体に電気が走る。持ち上げていた首はその衝撃に耐えることが出来ず、頭は軟らかいベッドに打ち付けられた。
その行為は繰り返され、その内、肉球をグリグリ押されたり。後脚全体をくすぐるように動かすなど、エスカレートしてきた。それに加えて、何故だか電気は脚を伝って、モノの辺りに刺激を送るようになっていく。
「ん・・・ぁあ・・・」
間接的に伝わる刺激、決して絶頂に達する事は出来ないだろう。それがもどかしくて、ただ声を上げて少し動くようになった体を悶えるしかなかった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
何を思ったのかいきなりソルナが刺激を送るのをやめた。既に体からは大量の汗が噴き出していて何とも気持ちが悪かった。この間に荒くなった息を整えようとするが、媚薬のせいで全く意味が無い。
それどころか体は刺激を求めているらしく。自分の意思とは関係なく、モノが時折跳ねるように動く。
そういえば。暗くなると光る体の模様が今は光っていない。実は毒や黴菌などが入り体が異常と認識されると光らないらしい。そんな事はどうでもいいような気がするが。今、光っていないとゆう事は、体にとって媚薬と痺れ粉は毒と認識されているのだ。それならば・・・
「さてと、そろそろいいかな」
その言葉で思考は現実に戻された。僕にとっては何も良くないのだが。この状況で言っても。それはまさに口だけだ。
「あっ・・・」
モノ本体に刺激を感じて思わず声が出てしまう。前脚でモノが挟まれていた。
「よく見たら意外と大きい・・・」
この状況もそうだがその台詞のせいで、顔が今度こそ大爆発を起こしそうだ。
対するソルナはそんな事知ったこっちゃ無いと言わんばかりに。いきなり前脚を上下に動かし始めた。
「んぁ・・・ぃや・・・だ」
媚薬で更に敏感になっているそこが耐えられるはずが無い。さっきの行為で既に先走りが漏れていたらしく、グチュグチュと卑猥な音を立ている。
「あぁ・・あぁ・・・」
さっきから嫌だとは言っているものの、それは最終防衛ラインであるプライドが何とか搾り出している言葉だ。その防衛ラインすら突破されかけている。それを見透かすかのようにモノを抜くスピードは上がっていく。
「だ、駄目・・・もう出ちゃう・・・」
もう限界だった。プライドも役に立たない。寧ろプライドなんか捨ててしまおうか。この際邪魔だ。このまま快楽の波にのまれてしまいたい。
そう墜ちかけた時今まで送られていた刺激がピタリと来なくなった。
「ふぇ!?」
思わず疑問の声を上げてしまう。ここまでやっておいて何故やめてしまうのだろうか。早く快楽が欲しい。
もう羞恥心など微塵も無かった。
「最初に嫌がってたからやめたけど・・・どうする?」
「うっ・・・」
そっちからやっておいてそれは無いだろう。何処まで僕を痛めつければ気が済むのだろうか。
僕の顔を覗き込むのは、にやけているソルナ。その顔はまさに悪魔だった。
「ねえ、どうするの?やめる?」
今更やめて欲しい訳が無い。僕が黙っていると止まっていたソルナの前足がスルリと上に動いた。
「あっ!・・・」
僕を壊すのはそれだけで十分だった。
「おねがい・・・」
「何を?ちゃんと言ってくれなきゃ分かんないよ」
本当にサディストだ。絶対に分かっている。その証拠に笑顔が隠しきれていない。
「・・・よく・・・して・・・」
「何?聞こえないよ」
「気持ちよく・・・して・・・」
それを言った瞬間、心の中で何かが折れるような音がした。顔の温度が限界をこえて前身の力が抜けていく。
ソルナに屈してしまったのだ。その姿は牡(おとこ)として、とてつもなく滑稽だろう。ただ、それすらもどうでもいい。
「んー・・・まあ、これ以上苛めるのも可哀相だし・・・」
これ以上なにを言わせれば気が済むのだろうか。
「じゃあ、気持ち良くしてあげるね・・・」
耳元で囁かれた言葉に必死に頷く事しかできなかった。
ソルナは僕の足元の方に下がると前足ではなく、顔をモノに近づけてきた。
ソルナの口が開くと同時にモノは彼牝(かのじょ)の口の中に姿を隠していた。
「ふぁ・・・あぁ・・・」
熱がモノを伝って全身に流れ込む。
熱く濡れた壁に包まれ、触手のような舌が更にモノに絡み付いてくる。兎に角、気持ちがいいとしか言いようが無い。
それに加えて頭を上下に動かし始めた。当然、口も動く。
部屋全体に卑猥な音が響き渡る。今の僕にはそれすらも快楽の一部と化してしまう。
「うぁぁ・・・ソ、ソルナ、んぁ・・・もう・・・げ、限界・・・口離して・・・」
散々焦らされていた為、すぐに限界が来てしまった。それを告げるのだが全く気にしていないようだ。
それどころか、とどめの一撃と言わんばかりに音を発てる位強くモノを吸ってきた。
「っんあぁぁ!・・・」
溶岩のように熱い壁がモノ全体に密着。更には生命すら吸い取られるような吸引。
そんな攻撃に耐えられる筈が無い。腰がビクリと跳ね上がると同時に脳まで溶かされそうな快楽の波。自慰などとは比べ物にならない。
少しの間目の前が白く染まり、ソルナを捉えるのも難しかった。
彼牝(かのじょ)の口の中に欲を注ぎ込む。と言うよりは吸われていく。
「んぐ・・・ごく・・・」
「ぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
ようやく視界が戻った。モノは全てを押し出すようにビクリ、ビクリと動いていた。
それに合わせてソルナの喉が動いている。快楽の余韻に浸りながら、そんな物を飲んで嫌ではないのだろうか。そんな事を思っていた。
モノの動きがようやく静止するとソルナの口も離れて行った。僕の体は灼熱だが、さらに熱を持ったモノは外気を異常なまでに冷たく感じ取っていた。
「ふぅ・・・今度は何をしようか?」
彼牝(かのじょ)は前脚で口元を拭いていた。今の僕は既に玩具らしい。勝ち誇った笑みを浮かべている。しかし、今度は僕の番だ。
「・・・あれ?」
ソルナの笑みが少し崩れた。そして歪み、そのままふらつき僕の右隣に横向きで倒れこんでしまった。対する僕はさっきとは打って変わってしっかりとした足取りで起き上がり、彼牝(かのじょ)の紅潮した顔を覗く。
「うそ・・・なんで・・・こんな・・・」
強気な態度は消えうせ明らかに動揺していた。
「僕は体内に入った毒を汗として出すことが出来るんだよ」
「どうゆう・・・事?」
「つまり、ソルナが僕に飲ませた媚薬と痺れ薬は今、全部ソルナが吸っちゃったよ」
「あ・・・そんな・・・」
それを聞いてソルナは今にも泣き出してしまいそうな顔になった。
ブラッキーに進化してこんなにもよかったと思ったのは初めてだ。
ブラッキーは毒素が体に入ると汗として外に排出することが出来る。さっき料理に入れられた二つの薬を体は毒と判断した。
ならそれを体に留める訳がない。射精+媚薬のせいで物凄い大量の汗をかき、短時間で毒素が体から出てしまったみたいだ。
僕に密着していたソルナは空気中に出た毒素や汗ををもろに浴びたり吸ったりした。それならば先ほどの僕と同じようになって当たり前だ。
このように毒をそのまま出すので相手にも毒を浴びせることが出来る。この特性をシンクロというらしい。本来なら戦いの場で使うらしいのだが強制的にやられてしまったのだから仕方が無い。
寧ろ僕は戦いなどした事が無いし、したくも無い。
まあ、今の状況もある意味では戦いなのかもしれないが。
「さて、どうしようか?ソルナ」
さっきとは全く態度が変わって強気な僕。復讐のチャンスが到来したのだ。思わず口元が緩んでしまうのが感じられた。
ソルナは先ほどの僕のように呼吸を荒くしていた。逃げたくても逃げられない。僕が味わった屈辱を同じようにシンクロさせないと気が済まなかった。
彼牝(かのじょ)悔しそうな瞳に映っている僕はやっぱりニヤけていた。
「ご、御免なさ・・・許して・・・」
「本当はやって欲しいくせに」
想言って彼牝(かのじょ)を仰向けにして又を開かせる。
「ち、ちが・・・やぁっ!・・・」
さらに前脚で秘所を撫で上げると。切なそうに声を上げながら目をギュッと閉じて、動かない体を必死に震わせていた。
もし、本当に嫌がっていたとしても今更やめる気はさらさら無い。
今度は僕が彼牝(かのじょ)を玩具にする番だ。


私は試験に玩具にされました。
コメント・アドバイスもらえると嬉しいです。



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Last-modified: 2017-12-09 (土) 14:02:44
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