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響き、紡ぐ

/響き、紡ぐ


長くないですよー、エロくないですよー。
それでも良ければ、読んでもいい………読んで頂けると有難いです。


響き、紡ぐ 

ふわふわと雪の舞い降りる冬の空。そんな天気の中、辺りの空気を大きく震わせ、貨物専用の飛行機が近くを通り過ぎていく。一日ほぼ一便程度のあの空港で飛行機の着陸をお目にかかれるとは珍しい。
が、今僕らが歩いているのはその空港でも、空港のある町でもない。その街の先、人の身長と同じくらい高い草が生い茂る道だ。そのただでさえ面倒くさい道を、ある場所に向かって歩いている。気分はまさに、この雪……を振らせている空模様そのもの。
草をかき分ける音に混ざって、上の方から軽い調子の鼻歌が聞こえてくる。紛れもなく僕の連れのグレイシアだ。その鼻歌を聞いていると僕だけ気分がさらに重くなる。

「ねえ、チェイル。その歌止めてくれないかな。それでなくても気が滅入ってるんだから…」
「え~。だって、雪なんかボク達の地方じゃろくに降らないし、此処に来る度雪が降ってるわけでもないんだもん。降ってる時くらい良いじゃないか。それに、半分はご主人の八つ当たりでしょ。そんなに草掻き分けんのが嫌なら一緒に上歩けばいいのにさ」

…どーせ僕はそんな細い道一本歩くこと出来ないほどバランス感覚無いですよー。…くそ。
…というか、これから向かう場所が分かっていて何で鼻歌なんか歌っていられるんだよ君は。僕よりもチェイルの方が深い関係だっていうのに。この親不幸者。…まぁ、たったあれだけの時間じゃ親孝行も不幸もありゃしないか。
そうこう考えているうちに最後の草むらを抜け切る。ひとまずこれで、さっきよりは落ち着く事が出来るだろう。……帰り道に戻って来るまではだけど。
チェイルも木の板の道を歩き終わり、降りてくる。いささか不満足そうな顔をしているが、しっかりと僕の隣に付いてくる。雪が降ってる分、多少の我慢は出来るのだろう。そう考えると建物に入る時に不貞腐れるんじゃないかとも思ってしまう。頼むからそういう面倒くさい事はしないでほしい。
また気が滅入って、溜息を一つ。その息はすぐに白い(もや)へと変わり、目の前を白く染め、またすぐに消え去る。白の消えた先には、周りの風景とは釣り合わない様な、石で出来た高い塔が現れる。完全に人の手によって作られた塔が。
塔の入り口まで近づくと、立ち止まってその塔を見上げる。ここからじゃ塔の屋上は灰色の雲に吸い込まれているかのように、見ることはできない。視線を元に戻すと、その塔の入口をくぐり、中へと進む。
バサバサと、髪に乗った雪を片手で払い落とす。チェイルも身体を揺さぶり、身体の水気をとばす。と、その水が数滴顔に飛んできた。グシグシと、手で水を拭きながらチェイルを横目で睨む。殺気を感じたのか、チェイルは今更ながら僕から少しだけ離れた。
塔の中は外見以上に広く、大きな石が幾つも並んでいる。人は少なく、その空気はシンと静まり返っていて、重苦しい。そして石にはそれぞれ文字が書かれていた。どれもこれも一目で名前だと分かるような文字が。
僕の地方ではロストタワーと呼ばれる場所と同じ建物。建物の規模は違えど空気や感じは一遍も違いはしない。
入り口のすぐ横にある螺旋階段を上り始める。僕らの目的地は3階。塔の大きさが大きさなだけあり、一階層上るだけでもそれなりの時間と体力を使う。さっきまで横にいたはずのチェイルは既に僕の数段上を上っている。それでも疲れた様子を見せないのが、僅かながら悔しい。
ひとしきり階段を上り終えるとチェイルがこちらを向いて立ち止まる。あいつが待っているということは……同業者がいるかな。
こんな魂の安置場にもポケモン達は住処を作る。それはある人々を集めるひとつの理由。また、その人々が同業者の人々を呼んでくるから二階から上は騒がしいことがある。上に着くと、案の定。石と石の間に立つ人間が二人。更にそこから少し離れた場所でなにやら大きな響いてくる。それこそ、石が壊れてしまうのではないかと思うほどの轟音が…。
その程度では壊れはしないような石だと分かっていても、此処がどういう場所か考えられるのなら、もう少し静かに戦ってもらいたいものだ。とばっちりまで食らった試しがあるのだから、此処でのバトルは禁止にしてもらいたいのが本音なんだけれど。
階段と階段の直線通路が空いていたのは幸いと言うべきか。運の悪いときは上ってくると、バトルが激しすぎて身動きが出来ず、終わるまで待たされたこともあった。攻撃が飛んで来ない事だけ気に掛けながら、階段へと足を運ぶ。けれど、その心配は本当に心配のまま、階段の前まで来ることが出来た。
登ってきた階段と正反対の位置に作られた三階への階段を上り始める。二階まで上ってきた階段に比べ、少しだけ螺旋の角度が急になっている。此処の螺旋階段は塔の壁に沿って取り付けられている。よって、上に行けば行くほど大きさが小さくなるこの塔では、階段の螺旋が一階ごとに急になり、階の広さも小さくなっていくという訳だ。
…と、説明できるほどにこの塔の構造を理解していても、階段を上る度に疲れは蓄積される。やっぱり、数歩先にいても疲れていなさそうなチェイルが羨ましい…。どうでもいいけど、この塔を上る度、何処かの誰かみたいにダッシュでこの螺旋階段を駆け上がるなんてことが本当に出来るのかと疑いたくなる。

「ご主じ~ん、早く~~。いつものことだけど遅いってばぁ~」
「五月蝿い…。『いつも』は余計だっての…」

変な考えを(めぐ)らしている間にチェイルは目的の階に到着していたようで、さっきよりも上の方から声をかけてくる。上に行ってから遅いって言うのなら横で一緒に上がってくればいいだろと、加えて言ってやろうかと思ったが…この状況、出来るだけ声は出したくない。
また数秒遅れてチェイルに追いつく。やっと来たという顔のチェイルが横にいて、さすがにイラッときた。その体勢のまま、後ろ首を鷲摑みにして目の前まで持ち上げてくる。僕の行動と表情に、目の前のこいつの体は硬直する。引きつった笑みをこっちに向けながら。

「お~ま~え~なぁ~~…。いい加減、自分の勝手であーだこーだ言うなっつうの。言うならもっとしっかり気にしてろってんだよ…」
「アハ…ハ…御免ね…。でも、そんなに怒らなくても…」

…あんまり反省していない様子。…あっそう、あっそうですか。なら覚悟しろよこんにゃろう。その態度をとったことを後悔させてやる。
いまだに僕の顔色を苦笑いのまま(うかが)っているチェイルの下から、何もしていない方の手を忍び寄せ、脇腹を掴む。途端、チェイルが耳や尻尾を逆立たせる。更に、苦笑いをしている顔からは、見る見る余裕が失われていく。
恐々とした声でもう一度謝罪を口にする。それに対しての僕の行動を確認するや、長い耳飾が思い切り揺れる程、首を横に振る。勿論、そんなの無視して、脇腹を掴んでいる指をワサワサと動かし始める。

「くひっ!……く…きゅふ…んぅぅ………あはははははは!!やぁっ、やめてぇ~!あひゃひゃひゃひゃ!く、くひゅ……くしゅぐ…たいぃっ!かんびゅはははは……、勘…弁…してぇぇっ!!はっ、ひいっ……ひ、ひきっ…れきらい…からぁっ!」

暫く耐えた後に、大笑いをし始めた。まぁ、弱点をくすぐってやってんだから当然なんだけど。必死に藻掻いて逃げようとするが、脚が空を掻いても何も起こらず、笑いに紛れた言葉は最早何を意味しているのか分からない……と思う。…たとえ分かったとしても問答無用。止めるつもりはこれっぽっちもない。

「きゃはははははっ!!ひっ、くっ…へはは!も、もうっ…ぐるひっ!ゆるひ…てぇ!!はっ!へっ…!……ひは…はっ…。ご…めんな、さひぃぃ!!か……はっ…、もぅ……ひゃ……め……」

まさに、息絶え絶えというのはこういう事を言うのだろう。などと思いながら、目に涙を滲ませながら苦しそうに暴れているチェイルを『くすぐり地獄』から解放してやる。暴れるので体力を使ったのか。はたまた、もう意識が飛びかけているのか。どちらでもいいが、目の前の奴は力なく俺に吊るされ続けている。荒い呼吸が命の有無だけは知らせてくれている。こんな所でこいつの命奪えば何に呪われてもおかしくないから、そんな事するつもりは無かったんだけれども、ほんっっっの少しやり過ぎたかも知れない…。
チェイルを床に置いて、頬を二三度突いてみる。うっすらと開いた目の中にある藍色の瞳が、じろりと、恨めしそうに僕の方へ動く。

「か…は…、ぜぇ…ぜぇ…、死ぬかと…思ったん…だけどぉ…?この…バカ…主人…め…。はぁ…ひぃ……ふぅっ」
「反省もせずに反論する君が悪いんでしょうが。殺す気なんてさらさらないし。程々息も整ったならさっさと行くよ?はい、立った立った」
「………鬼ぃ…悪魔ぁ…人でなしぃぃ…」
「何とでも言ってなさい、負け犬君」

既に怒りの冷めた僕は、ブツブツと文句を言うチェイルをあしらい、先へと足を運ぶ。
大体、塔の真ん中。其処に置かれている石の前で足を止める。後からチェイルの追いつき、同じく止まる。そして、僕のズボンの裾を引っ張ってくる。さっきので忘れかけていた事を思い出して、ポケットからライターと緑色の棒の入った箱を取り出し、箱の中身を数本渡す。その棒の先に火を付けると、辺りには独特のにおいが漂いだし、そのにおいを嗅ぐと、石の前に棒の束を置いて帰ってきた。そして座ったまま目を閉じ、石に向かって頭を下げる。掌を合わせて、僕も続く。
目の前の石に刻まれた“リンカ”という文字。この石の下に眠っているのは母さんのパートナー。…そして、僕の隣にいるチェイルの母親であるブースターだ。
もう亡くなってからどれぐらい経つのだろうか。今のチェイルと同じく、明るくて元気が良かった。僕が小さかった頃はよく遊んでもらったらしい。その反面、病弱で、寝込む事も少なくなかった。チェイルをその身に宿してからそれは尚酷くなり、不運にも、チェイルが孵って(生まれて)から二週間ばかりでこの世を去ってしまった。病名は覚えていないが、決して死ぬような病気じゃなかった気がする。
そんな訳で、チェイルには母親の記憶は無いに等しい。本人曰く、触れた時の温もりや感覚は残っているらしいけれど、親との思い出といえる物がそれだけというのは流石に寂しいと思う。
閉じていた目を開けて、両手を下ろす。同じ様に頭を上げたチェイルはさっきまでの元気が嘘のような顔をしている。後ろから声をかけるが、もう暫く此処にいさせてという返事が返ってきた。静かに同意だけを言って、僕は次の階段に足を進めた。
三階を後にして四階へ。その一番小さな部屋を通り抜け、四階から屋上へと上って行くと、気温が少しずつ下がっていく。風の音もはっきりしてくる。気付けば、自分の吐く息も真っ白に戻ってしまっていた。
屋上まで上ると、この塔に入った時に空を覆っていた分厚い雲は眼下に広がり、強い風によってその上澄みは流されている。塔の縁からその雲を覗けば吸い込まれてしまいそうで、この高い塔にどれだけの魂と思いが刻み込まれているかを感じさせてくれているようだった。
塔の縁から離れ、中央にある、数段しかない階段を上る。其処には、更に上から垂れ下がった一本の紐と、それに繋がった大きな鐘が提げられている。これが他の地方との一番の違いだ。
安らぎの鐘…………と僕が呼んでいるだけで、実際の名前は未だに僕には分からない。なにせ、塔の管理をしている人間は普段塔にはいないのだから。聞く機会に恵まれない訳である。まあ、中でバトルを許してる以上、管理者がいない程度どうということはないけど…。
この鐘の音は、この塔に眠る者たちの魂に安息を与えると言われていて、此処に訪れた人はほぼ必ず鳴らしに上がってくる。ちょっと不謹慎ではあると思うが、鳴らすと魂が喜ぶなんて言われ方もされている程だ。どんな言い方であれ、死者の魂は生者、生者は死者の魂、間接的にではあるけど、それぞれを感じることの出来る大切な物だと僕は思う。
一度、鐘自体を見上げてから紐に手をかける。毎度のことだが、引くときに何を思って引くべきなのかと悩んでしまう。そしていつも何も考えずに引いてしまって、後で言葉を付け加えるような、何とも情けない鳴らし方をしてしまうのである。今回も例外なく、気付いたら鐘の音は、薄い雲の残る、橙が消えかけた紫色の空に吸い込まれていっていた。ほんとに情けなくなってくる…。
こんな塔の上で木霊が聞こえる訳もなく、あっという間に静寂に戻る。あっさりしているがこれだけだ。何回も鳴らす人もいるけど、そんなに音をたて続ける気にはなれない。こういう場所は静かであるべきだと思うから…。……バトルしてたら意味ないけど。
大きく一回呼吸をし、吐いた靄が完全に消えてから鐘に背を向けた。直後、視界に何かが映る。ちょうど階段付近に座っている形で。…どうやらポケモンのようだけど、姿を見るに此処の住民じゃない。しかし、一匹だけで、近くにトレーナの姿は見えない。加え、野生ではこんな所まで塔の外からは間違いなく来るはずがない。
とりあえず、動く気配すら見せないそれに、此方から確認のために近づく。赤の体毛。額と首にはクリーム色で柔らかそうな飾り毛。首のは体に似合わず、でっかい。ゆっくりと左右に動いている同じ色の尻尾も、大きくて柔らかそうだ。顔に対して耳も大きめ。……大きいものづくしだな。
とまあ、近づいた結果、こんな場所には絶対いるはずのないポケモン――ブースターが僕の足元にいるわけなんだが……。何でこのブースター、僕の顔を見て微笑んでんだろ…。ちょっと気味が悪い。
どうでもいいが、普通の大きさに比べ、一回りばかり小さい。大きいものづくしだと感じたのはそのせいのようである。
上を向いたままなのもどうか思ったので、その場にしゃがみ込んでから、その少々不気味なブースターに問いかけてみる。

「…こんにちは。何か用かな?」
「別に用はないよ。ただ君を見てるだけ」

話せないことはないらしいけど、見てるだけって…。本当に何なんだこいつ。
以降話は続かず、代わりに沈黙が空間に留まる。その間も目の前のブースターは、僕の方を向いて微笑んでいる。ニヤついてるんじゃないだけマシなんだろうけど、不気味…というか怖い。引かずにいられない…。
だが、どうあれ害を加えるような素振りも見せないので、気の紛らわしを兼ねて触ることを試みた。しかし、いくら頭に手を近づけても、身動きひとつどころか瞬きすらもしない。と、その頭に触れようとした瞬間に異変が起こった。触ったのに感覚がない。…いや、正確には触れなかったのである。ものも見事に、触ろうとした手はブースターの頭をすり抜けて、あたかも僕の腕がブースターの頭に入り込んでいるような図ができあがっている。
無論、思考が停止する。その場で何度も同じ行動をして、同じ結果を繰り返す。やがて、少しばかり思考が戻ったのか、触れなかった手を元に戻し、その手を見てからブースターに視線を向ける。合いも変わらず微笑み顔。のまま、床に消えていった。………え?

「いつまでそうやって固まってるの?」
「うわわわわあぁぁぁぁ!!?」

突然後ろからブースターの声。今度こそ驚き、転がるように逃げる。が、階段の存在を忘れたせいで、階段で本当に転がり落ちた。数段しかなかったのは幸いだったな。
痛みに顔を歪ませながら、ひっくり返った世界の階段に目をやる。驚いた顔でブースターがこっちを覗いていた。追ってくる気配はなく、叫ぶ。

「ちょっとー、大丈夫ー?」
「…それが脅かした奴の言う台詞かっ…いてて」

痛みのせいで、さっきまでの恐ろしさは無くなったらしい。自分でも、反射的に言葉が出ていることに感心するほどだ。
あちこち痛くて、何処を押さえたらいいのか分からないまま起き上がる。いくら僕がバランス感覚が無いとはいえ、階段を転がり落ちるのなんか、これが最初で最後であってほしいと切に願う。
大きな怪我は無いようで、足も――この状況をそう言うかは知らないが、大丈夫そうである。立ち上がり、服の埃を払ってから、未だ階段の上にいて追ってこないブースターの方を向く。さっきまでの微笑みは消え、呆れ顔が其処にはあった。…誰のせいだよ、誰の。釈然としない気持ちもあるが、相手がアレではどうしようもない。抗議しても受け流されそうだし、ましてや物理的な方法は効くわけが無い。
取り敢えずはその気持ちを追いやり、そのブースターの横に座る。そして、もう一度だけ手を伸ばすが、やはり気持ちの悪いほどにすり抜ける。それに対し、ブースターは僕の手が自身にすり抜けたまま、ジト目を此方に向けてきた。いや、暗くなくてもすこし怖いんですけど…。

「…そんなに信じられないの?」
「当たり前でしょ。すぐに信じろって方が無理だよ」
「おっちょこちょいだけじゃなくて、頭固いのも変わってないね、君」
「余計なお世話……はい?変わってない?」

おかしな事を言い出したブースターのせいでどうでもいい会話が止まる。それは本当にどうでもいいんだけど、…変わってない?今会ったばかりで変わってないってどういうことだ?
さっきからの変な事尽くしに、頭の理解が追いつかない。僕はこの幽霊に会ったことがあるのか。そんなことはない。体の痛みがそれは確かだと言っている。だとすれば、前に僕が此処に来た時に勝手に見られてたか。…それも低い。この場所で今みたいな失敗はしたことがない。…と思う。そもそも見ただけじゃ頭固いのも分かんないだろうし。…なら、何だ?
あーでも、こーでも、そーでもない。等と一人で頭の中身と苦闘していると、横から何やら聞こえてくる。しかし、思考回路は止まらない。また何かしら聞こえるが、思考の渦に飲み込まれる。それでもまだ聞こえ続けているけれど、思考のノイズが見事にそれを掻き…

「ねえってばあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

消せなかった…。

「な、何さ…うぅ、耳痛い…」
「君が悪いっ!何一人で考え込んでんの!?」
「いや、何処かで会ったかなって…」
「…酷いなぁ。それが育ての親に言う台詞?」
「……僕、人間ですけど…」

すっかり調子を崩され、言葉遣いがおかしくなる。…駄目だ。さっきの大声のせいもあって、頭も痛くなってきた。僅かな思考すら働きそうにない。
それでも僕は人間だ。それだけは間違えようがない。どんなことがあろうと僕の親は人間で、ポケモンに育てられたことなんかない。…あれ?実の親と育ての親が違ったら一緒か?
…もはや思考が明確に機能してないことだけは本当によく分かる。そして、ブースターが呆れ過ぎて溜息ついているのも分かる。この状態で溜息つかれても困るんだけど…。

「…ほんとに私が分からないの?」
「というか、ポケモンに育てられた覚えもないんだけど」
「じゃあ、半分育ての親」
「………ナニソレ」
「ああぁぁぁっっもうっ!これ見て思い出せなかったら呪ってやるんだからっ!」

幽霊だからって、それはあんまりじゃないのかな。と思いつつ、凄い剣幕で突き出された左前脚に目をやる。オレンジの毛がいっぱいの中に、それっぽくないものが見える。……ポケモン用の腕輪?しかも何処かで見たことがあるような。…あれ?これ、僕の作った腕輪…。

あ。

頭の痛みが引き、思考が正常になっていく。ようやく理解できた。このブースターが誰で、僕のことを知っていて、なぜこんなに怒るのかも。まあ、怒りたくもなるかな。完全に悪いのは僕なのだから。ただし…。

「あのさ、一つ言っていい?」
「何よ!?」
「他人と接しないからかもしれないけど、口下手に拍車がかかりすぎだよ、リンカ。最初からこうすればいいのに」
「う、煩いなぁ!私を忘れる君が悪いんでしょ!?それに死んでも腕輪付けてるなんて……ちょっと恥ずかしいし…」

確かに会ってすぐに思い出さずに、怖がられて無視されて会った事無いなんて言われれば、かなりの人が怒るだろう。だから、リンカの口下手まで忘れていた僕が悪いのは間違いない。でも、“遊び相手”を“育ての親”と言うのは、もはや口下手のレベルじゃあないよ。そんな変な言い方すれば誰も分からないと思うんだけど。それに半分なんて言われても、育ての親を半分には出来ないって…。
本来ならば、「何で!?」だとか、「会えて嬉しいよ!」なんて言う場面なんだろうけど、まったく持ってそんな言葉をかける気が起きない。取り敢えず、現状が「ドンマイ」の状況なのだから。
それは置いとくとして、別の意味の「何で」がやっと整理の終わった頭の中に浮上してきた。

「そういえばさ、何の為に僕に会いに来たの?驚かせに来ただけ?」
「う~ん。それも少しあるかな?」
「……否定しないんだ、其処は」
「まあね」

というか、出来れば否定してほしかったんですけど。せっかく会っても、それが理由に含まれてると聞いただけで、尚再開の感動というものが薄れていく。…この状況で感動も何もあったもんじゃないか。そもそもリンカに感動の二文字は当てはまらないような気さえする。記憶が定かじゃないので、あくまで気がするだけなのかもしれないが…。

「でも実際、ただ君に会いに出てきただけ。今日はここのヒトモシ達も余裕があったしね」
「ヒトモシ?…余裕?何のことさ」
「…このカタブツ。君の目に映るだけのエネルギーを分けて貰ったの。彼らが持ってるの、生き物の生命エネルギーだから、霊体の可視化とか実体化には効率がいいって訳」
「…で、今日はヒトモシ達がそのエネルギーをリンカに分け与えることが出来るだけの余裕があったと」
「そゆこと。向こうもせっかく集めたものだからね。そう毎回は分けてくれないのよ」

なるほど。それで僕に会いにきて、ついでに驚かしたわけか。…後半納得いかないんだけどなぁ。まぁ、元の元気な性格に加え、病弱な体を失ったせいで、こっちにも拍車が……掛かり過ぎたのかな…。そう思い、頭を掻く。それを見たリンカは、表情にまた不満を浮かべた。言いたいことがあるのに、言わない時の僕の癖がバレてるのを忘れてた。
僕が頭から手を離すと同時に、リンカの表情が、やれやれと言わんばかりの呆れ顔に変わる。相変わらず追求しないのはリンカらしい。…いや、ちょっと違うのかな。

「何が違うって?」
「………ユーレイって便利だねー。人の考えを覗く事もできるんだからさー。どーせ僕が『わざわざそんな事してまで僕に会いに来るような奴だったかなー』って思ってんのもバレてんだろーねー」
「……急に嫌な喋り方するわね。こっちは来る度に私に鐘鳴らしてくれてた事を感謝してるっていうのに。っていうか、何で君がそんな反応になるわけ?」

前言半撤回。少し性格が変わってはいるけど、こいつはこいつだ。人の考えは覗けるようになっても、自分の考えの深さは全く進歩していない。良い意味では助けられた事もあったけど、今同様、人の考えや雰囲気を読まない発言・行動はマイナスの効果の方が大きすぎる。おまけに自覚無しで、訂正のしようもない。…死んだ相手を訂正する気はないから、これは違うのかな?
ああ、せっかく会ったというのに、話せば話すほど変な方へと落ち着いていく…。いや、落ち着いてないけど。そもそも、脅かそうと考えること自体がおかしいのであって…。…ユーレイは人を脅かすもんだっけ、そういえば。…等とまた変な思考回路が回りだし、数分後に大声で打ち止められる羽目になった。

「もうっ、考え覗かなきゃいいんでしょ。結構楽しいのに」
「そのせいで、リンカの言う感謝の気持ちは伝わってこないんだけど…」
「あーはいはいわかりましたー。…でもさっき言ったことはホントだよ?」

さっきからの僕の反応に、言いたい事がちゃんと伝わっているか心配になったのか、少しだけ真剣になった声で付け足す。今更真剣みを帯びた話をされても…とは思うのだけれど、わざわざ会いに来てくれたその気持ちにきっと嘘はない。実際、脅かす目的だけなら、会うことも話すことも無くていいのだし。
しっかりと伝わってるよ。という意味も込め、撫でるつもりでリンカの頭に手を伸ばし、手はリンカをすり抜けた。触れないことを忘れて起こした行動は、両方にしばらくの呆れた沈黙を作り出し、その後、リンカに笑いを与えた。つられて僕も笑い出す。
もう完全に日が沈み、紫を僅かに残すだけとなった黒い空の下。不釣り合いな笑い声二つが響いては、吐き出す白い靄と共に、その空へと消えていく。こんな場所で、こんな時間に不謹慎なんだろうけど、なんか楽しかった。笑っていて。そう思わせてくれたことは、リンカに感謝だ。
やがて、笑い声も収まりかけた頃。階段のほうからすっかり忘れていた声が響いてくる。チェイルが主のいない(・・・・・)墓参りを終えて、登ってきているんだろう。…すごく今更だけど、墓参りなんだよね、これ。雰囲気なんか、もう遥か彼方だけど。
でも、いくら触れられないとはいえ、見えているリンカに会うことができるんだから、チェイルは喜ぶだろう。どんな顔をするのかと、リンカの方を向いて少しだけはにかむ。が、しかし。

「さ~てと。伝えたい事伝えたし、十分楽しんだからそろそろ帰ろっと」
「………は?」

まさにその一言しか出なかった。実の息子に会えるというのがわかってない…ことはないだろう。そこまでバカだった記憶もない。でもなんでわざわざ今帰る?
焦って、階段とリンカを交互に何度も見る。チェイルは声こそ聞こえるものの、姿はまだ現さないし、リンカも呑気に伸びなんかして帰る気満々である。あたふたするだけで、ひき留めるだけの時間稼ぎも浮かばない。それでもどうにか簡単な言葉が口をついて出てきた。

「チェイルに会わないで帰るの!?」

…単純明快。そして、今日一番感情的に出たセリフ。もう少し落ち着けよ。なんて突っ込む、いつもの自分がいない故の結果である。
そんな僕とは対照に、リンカは冷静らしい。何故か此方を向いて微笑んでいる。それのお陰か、幾分冷静を取り戻す。

「……リンカ?」
「確かに、チェイルは私に会いたいと思ってるのかもしれない。でも、実際私は死んでいて、現実(ここ)にはいない。ていうか、本来はこんな感じで現れるのもあんまり良くないんだよね」
「………」
「もし会ったとして、チェイルが私から離れられてなかったら、また会いたいなんて言い出したら、それが本当はあっちゃいけない思いだって、…暫く分かってもらえないと思う」

…過保護…とは言い切れないかもしれない。チェイルは確かに立派になっている。元々が元気なのもあるが、何があっても多分しょげたりめげたりはしないだろう。でもそれは、支えてくれる人がいたとか、泣いたり甘えたりできる人がいない事の上に成り立った、自分の中だけの強さだ。そこにありもしないものが、欠けていたものが加わったら、どうなるかは僕にも分からない。芯が強いチェイルだからこそ、尚更…。

「まぁ、会いたくない訳じゃないんだけどね。…だけど、まだ早いかなって、思ってさ」
「……そっか」
「うん。そんな訳だからさ、私と会ったこと言わないでよ?」
「……あんな話聞かされといて、念押されるほど僕って口軽い…?」
「さあ。少なくとも、私の一番新しい記憶では凄くお喋りだったから」

何時の話だ。と、心の中で突っ込んでおく。…うん。いつもの僕に戻ったようだ。
正直、あれだけ真面目で小難しい話を真剣にされれば、普通は言わないと思うんだけど。親からの主観と、僕からの主観の違いを考えての念押しなのかもしれないが、本当にリンカと話すと締りが悪い。あんな話の後なのに、場の雰囲気はもう元に戻ってしまっている程である。
コロコロと変えられる雰囲気に、片手で頭を抱える。その頭を元に戻すと、リンカの姿はもう半分が透けていた。時間も限界って事か。チェイルは足音が聞こえるところまで近づいてきた。
階段の方を一瞥して、もう一度僕の方を向いたリンカは、またね、と、亡くなる前と変わらない元気な笑みで言い残し、フッ…と、その場からいなくなった。…いや、もしかすると、まだその辺りにいるのかもしれないのかな。
リンカがいなくなった後の屋上は、何故か、何処か、不思議な気がした。

「お~いっ!ご主人ってばぁ!聞こえてるの~!?」
「はいはいっ、聞こえてるって~。取り敢えず上がってきな~」

階段付近から聞こえた声に、鐘の設置された段の淵から其処を覗く。ちょうど上りきってきたところらしく、僕よりも白い靄を頻繁に吐き出しているチェイルが、此方を向いていた。親指を立てた拳で、自分の後ろを指すような動きをしながら、言葉を返す。
鐘の手前まで戻ると、更に数段の階段を上ってきたチェイルが再度姿を現し、此方に駆けてくる。近づいてくる間に何やらあちらこちらと視線を動かして、何かを探しているようで、僕の下に来てからもチェイルのきょろきょろは少し続いていた。腑に落ちないような顔をして、う~ん、と言ったかと思えば、その視線を僕に向けてきた。

「ねぇご主人?ご主人以外に誰かいた?笑い声、ご主人以外にも聞こえた気がするんだけど」
「いいや?ずっと一人だったよ。第一、僕以外に誰かがいたのなら、上ってくるチェイルとすれ違わないなんて事ないと思うけど?」
「だよねぇ?じゃあ…やっぱり気のせいかなぁ?」

流石はポケモンだ。いい耳してるよ。でもおいそれと、あったこと全て話すわけにはいかないからなぁ。心の中で苦笑しつつ、ゴメンねっとチェイルに謝っておく。
暫くチェイルは、似つかわしくない悩み顔で唸っていたが、それも、まいっか、の一言であっさりと流したらしく、あっという間に帰る気満々で、僕に背を向け歩き出した。すぐにチェイル後を追おうとしない僕に気付くと催促すらしてくる有様…。親の心子知らずとはよく言ったものである…。
溜息一つが靄へと変わり、流されていく。頭を掻きながら、その後ろ姿について行こうとして、ふと思う。そして、振り返って見たのは其処にある大きな鐘。
首だけでなく体ごと翻し、もう一度鐘の下まで行く。そのまま、垂れ下がっている紐を力いっぱい引いて、今日二回目の鐘を打ち鳴らした。前と何も変わらず、大きな鐘の音が、星の煌めき始めた、澄んだ空へと吸い込まれていく。
完全にその音が止むのを待ってから、僕はチェイルの方へと歩き始めた。鐘の音を聞いてか、はたまたただ僕を待っていたのか。階段の手前で座っているチェイルが不思議そうな顔で僕を眺めてくる。

「珍しいこともあるね。ご主人が二回も鐘打ち鳴らすなんて」
「まね。二回目は僕の分じゃなくてチェイルの分のつもりだけど」
「…? いつもはそんな事やりもしないくせに。どうしたの?」
「別に。たまにはチェイルの分もあっていいかなって思っただけだよ。…余計なお世話だった?」

階段を下りながら、先に行くチェイルの背中に問いかける。確かに、いつもの僕の言動を見ているチェイルからすれば不可解な行動になるのかもしれない。出来るだけそれっぽい理由で飾ったつもりだけど、チェイル相手には通じなかったかな?

「う~ん……、そんな事ないけど、照れくさいっていうか、…ムズムズする。素直な“ありがとう”が言えない感じ」
「“うん”なんて言ったらまたくすぐってやろうと思ったけど、そのくらいならいいか。別にお礼が欲しかった訳じゃないし」
「鬼…。でも、普段鳴らさないボクの分なんかお母さんに届くかな?」
「さあ。届いて欲しいって思えば届くんじゃないかな?そういう為の鐘だしね」
「…だね。届いてくれるといいな…」

そう言いながら、チェイルは天井を仰ぐ。すでに鐘は三枚ほど壁の向こうだ。その上の空は更に遠い。それでも、その先を眺めるかのようにチェイルは上を向いていた。こんなチェイルを見られたのも、リンカ――ひいては、あの鐘のお陰かな。生者同士を結び付ける鎮魂用の鐘なんてあるはずがないんだけど。
チェイルに追い付き、追い越す。そして数段を下がった時。天井を仰いでいるはずのチェイルからからかい混じりの声が飛んできた。

「ご主人が鳴らしたやつなんかより早くねっ」
「…………」

足が止まる。さっきまでの気持ちはどこかに消え、イラつきが増大していく。
せっかくリンカの言葉でチェイルに対する見方が変わっていたのに、どんなことを考えようと、コイツはアイツの子で、だからこそコイツだということらしい。
ひきつった笑みで振り返る。コイツはいやに楽しそうだ。

「チェイルぅ……くすぐられ足りないみたいだなぁ……っ!」
「あはははっ!捕まえられるなら捕まえてみたら~?外にある木の板の道まで行っちゃえばボクの勝ちだもんねーっ!」
「あ゛っっ!このっ、待てっ、チェイルっっ!!」

僕が前にいるにもかかわらず、軽やかに足元をすり抜けていくチェイル。下に走っていく影を、塔の中だということを忘れて、すぐにやかましく追いかけた。
やはりあの鐘に、生者同士を結び付ける力なんかないようだった。



亡くなったポケモンたちを安置する塔。その塔の上には大きな鐘が提げられている。
鐘の音は亡くなった魂に安らぎを与え、死者と生者を結びつける橋であるのかもしれない。
そして、その音で結んだ橋は、鐘の鳴る限り、いつまでも繋がっている。

『また来るよ』

鐘の音に、その思いが込められ続ける。それを忘れる者がいなくならない限り。

だから、僕は、鐘を鳴らした。


はい、お久しゅう御座います皆様。…どちらかと言えば、始めましての方ばかりですが(汗
実に二、三年ぶりの投稿になりました。自分で言うのが嫌になります…、ほんと。

さて、作中にあえて場所は載せませんでしたが、言わずともお分かり頂けたと思います。
…え? 幽霊話は夏にでもしてろ。と?
……文章書くのに季節なんか関係ないっ! と思いますが如何なものでしょうか。

相も変わらず、やたらとへったくそな文章構成および内容表現で申し訳ありません。
それでもここまで読んで下さった方々、大変有難う御座いました!


誰も書き込まないであろうコメ欄。………の筈。


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Last-modified: 2012-12-16 (日) 00:00:00
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