ポケモン小説wiki
電光花火

/電光花火

作者:カラスバ

電光花火 


「ごめんな。楽しみにしてたのに」
「ううん、いいの。仕事の方が大切だもの……」
 ゼブライカの俺が曳く荷車の背に乗るフローゼルの妻が、沈んだ声で答える。町を出てから、何度同じようなやり取りを繰り返しただろうか。その言葉とは裏腹に、妻のつややかな橙色の毛並みはくすんでいるようにすら見える。大きな祭りを控え盛り上がる町、アルピフェズーを背にして道を行く足取りは重い。
 アルピフェズーの祭りと言えば、最後に打ち上げられる花火だ。その名は山を越え海を越え、隣の大陸で話題に上がることさえある。3日間に渡り開催される祭りの盛大なことは言うまでもない。町に入れないほど混雑することさえも名物として楽しまれるほどで、妻も俺もこの時期にアルピフェズーを訪れることをずっと楽しみにしていたのだった。そんなこともあって、俺達は今年の祭りに参加すべく予定を組んだ。だが祭りが始まろうという時に、急な仕事が入って町を離れなければならなくなったのだ。
 道は町を見渡せる丘を縦断している。既に賑わいは遠い。振り返っても辛うじて町を彩る装飾の色が分かるだけ。草原に吹くのんきな風が、失意の心をからかって逃げていく。山裾に広がる果てしない緑の平原は、いつもなら心の躍る美しい風景だが、今日に限っては祭りにあぶれた者達を余計惨めにするだけだ。

 それからも言葉数少ない旅路が続いた。すれ違った旅人は、祭りの町を目前にして陽気な笑顔を見せる。妻はそれを精一杯作った苦笑いで見送っていた。
 しばらく進んで、丘を下って町が見えなくなったあたりで俺達は休憩をとった。すぐ側に小川が流れている。俺は荷車を外して早速清流に足を踏み入れる。水浴びをして太陽に照りつけられた頭を冷やすと、疲れが汗と一緒に引っ込んだ。祭りを逃してしまったことは残念だが、急な仕事が入ってしまった以上割り切るしかない。俺に商人としての仕事を与えてくれた恩人が、どうしても急ぎで頼みたい用事があると頼んできたのだ。過ぎたことは仕方がない。冷たい水が暑さで乱れた体の電流をピリリと引き締める。
 一方妻はというと、荷車の陰に腰を下ろしてぐったりとした様子で座っている。彼女の怠そうにため息をつく姿はそろそろ見飽きてきた。
「水、浴びてこないのか」
 妻はゆっくりと首を横に振る。いつもなら子供のように真っ先に水に飛び込んでいたはずなのだが、口を衝くのは愚痴ばかり。
「さっきのひと達楽しそうだったね」
 何か言いたげな表情。口では気にしていないと言っても、全く割り切れていないようだ。いい加減立ち直ってもらわないと、こっちまで重たい雰囲気に飲み込まれそうだ。
「なあ、いつまでも気にしていたって仕方ないだろ? また来年行けばいいじゃないか」
 祭りに行くと決めた時の喜びようや、町が近づき抑えきれなくなった期待を話す妻を思い出せば、これだけ落胆するのも頷ける。しかし、いつまでもこんな様子でいてもらってはこれからの旅路が不安で仕方がない。そんな俺の心配を知らないのか、妻は不平そうな顔を崩さない。
「ほら、この時期ならどっかの祭りに行けるかもしれないだろ。元気出せよ。子供みたいにぐずぐずするなって」
 妻の尻尾が緊張した。口元に小さく牙が覗く。不意に首をもたげて俺を見た妻の目は、普段の彼女のものではなく反抗期の子供のそれだった。
「知ったようなことばかり言って。もう分かったから、話さないで!」
 突然妻が吠え立てるように言うので思わず体がビクンと跳ねる。雷に撃たれたようだった。そして、なんとかしてあげようと放った言葉への暴力的な迎撃。反射的に怒りが噴き上がってくる。
「な、なんだよ。ひとが心配しているのに! 俺だって楽しみにしてたのは一緒なんだよ!」
「押し付けがましいのよ。放っといてくれたっていいじゃない!」
 激流が俺たちを飲み込んでいた。鬣の先から電気がほとばしる様子が聞こえてくる。妻も毛を逆立てて、浮袋はパンパンに膨らませている。
「じゃあひとりで勝手に行けよ、小さな荷物も運べないくせに!」
「いいわ、あんたなんか荷車ごと川に流されればいいのよ!」
 辺りはあっという間に怒りで満ちる。僅か数日前の、祭りを楽しみにしていた時間は記憶の彼方に飛んでいった。妻はぷいと顔を背ける。俺も慣れない作業に少々手間取りながらも荷車を曳く用意をして、すぐに出発した。冷ましたはずの体は以前に増して火照り、不快な電気が纏わりつく。荷物など捨てて思いっきり駆け出したくなる衝動を抑えて、今度は上りになった道を歩く。今は無心で歩いていないと、どんな感情が吹き出すか分からなかった。

 山の方から真っ黒な雲がやって来ている。すぐにでも雨が降り出しそうな様子だ。道は山と山の間、ちょうど谷になっているところへ向かっている。既にアルピフェズーは景色の向こうに行ってしまった。今日の目的地は街道沿いの町。夕方までには着く予定ではあるが、空模様がそれをすんなり許してくれるかどうかが不安ではある。
 あんなことがあった後だが結局、妻は荷車の一番後ろにちょこんと座っている。売り言葉に買い言葉でああ言ったはいいが、別れたらどうにもならないことくらいは本能に近い深さで知っている。数々の困難がある旅路では、どちらかが欠けてもうまくいかなくなってしまう。一度踏み出したが最後、別れることなどできないのだ。それだけに、妻との間の堅い沈黙の壁がもどかしい。今から引き返して祭りに行けば元に戻れそうな気もするが、そんなことをしては仕事に間に合わなくなってしまう。
 不意に異様にじめじめとした風が吹いた。雨のにおいがして、悪い予感が背筋を撫でる。間髪を入れずに頭に何かが落ちる感触がする。降り始めてしまったか。ぱらぱらと雨音の聞こえだした道を、雷になる前に少しでも進もうと俺は足を速める。加速で荷車の荷物がごそごそと音を立てた。様子を見に振り返れば、妻はこちらに背を向けて何かに期待するように空を見上げている。俺は無言のまま前を向き、再びやや乱暴に速度を上げた。
 雨音は次第に強くなり、遠くで雷雲が唸り始めた。荷物に掛けた布に水が溜まりかけている。仕方ないが、雨宿りする場所を探さないといけないようだ。今行く道は川沿いの段丘を走っている。しばらく山側を見ながら行くと、小さな洞窟が見つかった。俺はそこに駆け込んだ。
 岩肌に開いた小さな裂け目に、荷車は少しばかりの余裕を残して入った。意外に広い。ゼブライカの俺でも頭の上にはまだ大きな空間を感じる。洞窟の奥を見れば何歩か先で終わりになっているようだ。もしかしたら同じように雨に降られた通行人が、雨宿りのために掘ったのかもしれない。俺は一息ついて、荷車の方を見遣る。妻は荷台に溜まった水を払って、それからは何も言わずにじっと外を見つめていた。洞窟の中には雨音と雷鳴だけ。暗くてはっきりとは見えないが、自然の音に耳を傾ける妻の表情は穏やかだ。まるで、雨と会話しているかのよう。何か声でも掛けてみようかと思っていたが、俺には向けないだろうその表情を見て、認めたくない悔しい気持ちから逃れようと俺もまたそっぽを向く。

 気を紛らわせようとしばらく洞窟の奥を見渡していた。すると、突如響く大地の砕けるような音。地面が揺れる。内臓をかき混ぜるような爆音が轟き、聴力を失った。近くに雷が落ちたのだとすぐに分かった。轟音と地震はすぐに収まった。洞窟は大丈夫だった。入り口の方を見ると、身を屈めていた妻が起き上がっている。特に被害は無かったようだと分かり、ひとまず安心する。だが次の瞬間、真横の岩の壁からバチバチと電気のほとばしる音が聞こえてきた。
「何だ!」
 俺の声が洞窟にこだまする。見れば、岩肌から火の粉のように電気が零れている。初めは静電気のように岩の表面で光っていたそれは、突如爆発的に光量を増し、小さな雷となって俺に向かって飛んで来る。思わず叫んだ。その雷は容赦なく俺を襲い、電撃技で撃たれたときのような衝撃が体に走る。突然のことに驚き力が抜け倒れそうになるが、なんとか踏ん張る。すると、こちらに駆け寄る妻の姿が見えた。
「大丈夫なの!」
 妻と目が合ってどきりとする。妻はフローゼル。電撃には弱い。
「バカ、危ないからあっちへ行け!」
 妻は足を止めた。しかし立ち止まったままじっと動かない。きりりと締まり潤んだ目がこっちを見つめている。
「お前……」
 横腹にびりびりという刺激が続いている。しかし、それは大して気にならなかった。俺自身の体質もあってもともと電気のダメージは少ない。だが何よりも、妻の眼差しが俺の心を吸い付ける。
 前触れなく、溢れ出していた電撃が止まる。洞窟内は途端に暗くなった。張り詰めていた緊張が緩み、俺の体は地に倒れ伏す。妻が何かを叫び、駆け寄って来た。
「痛いっ」
 俺の体に触れると、電気が妻の手先を襲う。
「心配するな。ちょっと驚いただけだから」
「怪我は……無いみたいね」
 妻が俺の横腹を見ながら言った。手が近づく度に弱い電気が彼女に向かって飛んでいく。
「雷の電気みたいだ。ちょっと離れててくれ。電気を逃がすから」
 重たい体でゆっくりと立ち上がり、壁に向かって電撃を放つ。
 閃光は岩に吸い込まれていった。見たことがない光沢を持った岩だ。恐らく特殊な地質で、それ故に電気をよく通したのだろう。再び電気を放つと、一瞬洞窟の中を光が満たす。そうやって何度も繰り返していると、突如歓声が響いた。
「見て、きれい!」
 妻の方を振り向くと、薄い光の中で白い歯がきらりと光った。きれい? 何のことだろうか。とぼけていると、妻はとびっきりの笑顔を見せる。
「もう一回やって! それで洞窟の天井を見て」
 言われるままにもう一回電撃を放つ。岩盤に吸い込まれるまでの僅かな間に、光が溢れる。
「あっ」
 声が漏れた。洞窟内を飛ぶ光は、反射する度に八方に散る。それが次々と連なって、数多の輝く点が天井いっぱいを満たすのだ。
「ね、綺麗でしょ……」
「ああ、凄いやこれは」
 続けてビリビリと光を放つ。飛び散る煌めきが幾重にも重なる。これはまるで。
「花火、みたいね」
 花火という言葉がドキリとさせる。だが俺の目に映ったその表情が、張りかけた緊張の糸をすぐに解してくれた。そして全く同じことを考えていたのに気づいて、思わずクスッと笑ってしまう。結局俺達は似た者同士らしかった。
「ちょっと、今馬鹿にしたでしょ?」
「してないよ、してない」
 ムキになる妻の姿に可愛らしさを感じながら、気づけばいつも通りの関係に戻っている。ふっと肩の荷が下りた。
「もうちょっとやろうか?」
「うん。お願い」
 既に入り込んできた電気は全て放出していた。だが、もう少しこうしていたいという気持ちに従うことにする。妻は放たれる電気の影響を受けないぎりぎりの所まで寄ってくる。俺達は、偶然見つけた小さな花火大会を少しの間堪能した。

 雨は上がっていた。橙色に染まり始めた空の下、次の町へ向かうため俺達は準備をしていた。洞窟から荷車を出し、荷物の無事を確認したのでいよいよ出発だ。妻と目を合わせ、荷車の装具を俺の体に付けてくれと伝える。彼女は俺の隣に走り寄ると静かに言う。
「ごめんね。私のせいで」
 やや沈んだ声。俺は首を下ろして妻に頬ずりする。彼女も両手を添えて、やり返してくる。
「俺も悪かった。心配してくれてありがとう」
 顔を離せばいつもの笑顔があった。
「あんたと一緒に来れてよかった」
「ああ、俺もだ」
 妻は慣れた手つきで手早く俺に装具を取り付け、荷車に飛び乗る。
「さ、行こっ」
 軽やかな掛け声を合図に、荷車は走り出す。

 雨上がりの道は水溜りに鮮やかな夕焼けを映す。草木に滴る水玉が絶妙な飾り付けになって、平凡な街道を賑やかにする。その景色は祭りの町にも劣らない、美しくて楽しいものだった。






あとがき

とっても読みづらい作品にしてしまって大変申し訳なく思っています(´・ω・`)
前回から全く成長していませんね……。
レベルの高い大会の中、まだまだ実力が足りないことを痛感させられました。今夏は読書と執筆に明け暮れたいと思います。

これからも拙い作品を投下することになると思いますが、読んで頂けるなら幸いです。
読んで下さった方、ありがとうございました。また貴重な一票を投じてくださった方の、その票を励みに頑張りたいと思います。


コメントはありません。 Comments/電光花火 ?

お名前:

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2014-08-06 (水) 22:58:21
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.