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零下の夜の霊

/零下の夜の霊

零下の()の霊 

作:十条


 ポケモン達の暮らす山あいの集落。
 冬は寒かったけれど、食べ物も水も豊富で、争いごともなく、平穏な毎日だった。
 ――何年か前から、失踪者が相次ぐようになるまでは。

 零下まで冷え込む冬の夜。その怪異は吹雪と共に現れ、ポケモンを氷漬けにしてどこかへ連れ去ってしまうのだという。
 狙われるのは決まって若く美しい雄のポケモンばかり。
 去年の冬もひとり、村一番の人気者だったチラチーノの若者、マオが忽然と消えてしまった。
 我こそは彼を射止めんとすり寄っていた雌たちが悲しみに暮れていたのも記憶に新しい。



 時の巡るのは早いもので、今年もまた、吹きつける北風の寒い季節がやってきた。
「木の実の蓄えは……少し足りないかしら。アンタも進化したばかりだし、たくさん食べなきゃいけないからね」
 一匹の雌のニャオニクスが、食料の備蓄庫である木のうろを覗き込んでいる。
 その背中は、まだどこか寂しそうだ。
「ボクはいいよ。シロネちゃんの方がいっぱい働いてるし……」
「何言ってんのよ、クロ」
 シロネはくるりと向き直って、詰め寄ってきた。
 腰に手を当てて、ずい、と顔を近づけてくる。
「アンタにはこれから立派に成長して、アタシと一緒に仕事してもらうんだから」
 この秋、ボクはようやくニャスパーから進化したばかりだ。
 まだ姉と同じ目線で話すことに慣れない。そのせいだろうか。近くで見つめ合うと、妙に緊張する。
 ずっと一緒に育ってきた姉弟なのに、変な心地だ。
「……アンタもいいオトコになったじゃない」
「えっ」
 突然褒められて、ドキリとした。
「し、シロネちゃんっ? ぼ、ボクたち、姉弟だよね? そういうのは、あの――」
 慌てて肩を押し返すと、シロネはくすくすと笑った。
「あははっ、なに照れてんのよ。アンタが大人になっても、アタシの可愛い弟ってことには変わりないわ」
 からかわれていたことに気づいて、顔が熱くなる。
 進化して体が大きくなっても、やっぱりシロネちゃんには敵わない。

「でもね、クロア」
 悪戯っぽく笑っていたシロネが、真剣な顔つきになる。
 ボクの名前をちゃんと呼ぶのは決まって真面目な話をするときだ。
「アンタが男前になったのは本当。だから心配なの。アンタも狙われやしないかって」
 シロネが言っているのは、ここ数年、噂になっている冬の夜の怪異のことだ。
 去年失踪したマオに、シロネが密かに想いを寄せていたことも知っている。
「アンタまでいなくなったら、アタシ……」
 近頃は元気を取り戻していたけれど、この季節になると思い出してしまうのも無理はない。
 ボクだって、もう子供じゃないんだ。
 だから、今度はボクがシロネちゃんを支えてあげないと。
「ボクはいなくなったりしないよ。ずっとシロネちゃんの側にいる」
「……ありがと。そうしてくれると嬉しいわ」
 シロネはボクの肩に手を置いて、ふっと微笑む。
 守りたい、この笑顔。
「アンタが攫われそうになっても、アタシが守ってあげられるからね」
「そっち!?」
「進化したからってチョーシ乗ってんじゃないの。まだニャオニクスとしてはヒヨッコでしょ、アンタは」
 彼女の言う通りだ。
 ニャオニクスになれば何でもできる気になっていたけれど、シロネは何年も前に進化しているわけで。
「ほら、木の実を採りに行くわよ。暗くなる前に帰らないといけないんだから」
「ま、待ってよ、シロネちゃん」
 ボクたちの関係はしばらく変わりそうになかった。



「と、届かないよ……」
 高い位置に成った木の実を取ろうと、念力を飛ばす。
 耳を立ててサイコパワーを全開にしても、少し木の実が揺れるくらいで、落ちてきそうにない。
 後ろではたくさんの木の実を抱えたシロネが見守っていた。
 ちらりと視線を送って助けを求めてみる。
「そんな顔してもダメ。もうちょっと頑張りなさいよ。アタシを守りたいんでしょ?」
 今日のシロネは少し厳しかった。
 でも、これはボクの成長を願ってのことだ。すぐに頼ってるようじゃ、シロネを守るなんてできっこない。
「わ、わかった……でも……くしゅんっ!」
 冷たい風が吹いてきて、くしゃみが出てしまった。
 日が傾いて一気に冷え込んだ気がする。
 どうも、今年の冬は気温の下がるのが早いみたいだ。
「さ、寒いよ、シロネちゃん」
「ほんと、しょうがない子ね……わかったわよ」
 シロネはやれやれといった様子で、肩をすくめた。
「その木の実を採ったら帰りましょ。ほら、あと一息!」
「……うん!」
 それから奮起して、サイコパワーを集中させてはみたものの。
「えぇいっ……! うおおおおおおおおおーっ……!!」
 ぐらぐらと揺れる木の実。
「もうすぐ落ちそうよ!」
 シロネに励まされて最後の力を振り絞ったが、あと一歩のところで力尽きてしまう。
「はぁ、はぁ、はぁ……も、もう無理だよぉ……」
「……仕方ないわね」
 ぽろり、と木の実が落ちてきて、地面にぶつかる直前で止まった。
 見かねたシロネが自分で念力を使ったのだ。
 つくづく情けない。
「夜になったら危ないでしょ。アンタみたいな可愛い男の子、絶対狙われるんだから」
 気づかないうちに、辺りは薄暗くなっていた。
 ここ数年、冬の夜に失踪したのは決まって雄ばかりだ。
 怪異の正体は恐ろしい雌のポケモンで、若くて綺麗な雄のポケモンを連れ去ってしまう……と噂されている。
 噂がどこまで本当かはわからないけれど、実際に失踪者が出ている以上、用心するに越したことはない。
「でも、今日は頑張ったじゃない。アンタのサイコパワーも少しは強くなったかもね」
「そ、そうだといいけど……」
 噂の怪異への恐怖よりも、まだまだシロネを守れそうにないことが、ちょっぴり悔しかった。



 昨晩はひどく疲れて、寝床に入ってすぐに寝入ってしまった。

 そのままぐっすり眠れるか……と思いきや、朝が来ても体は重いまま。
 頭もぼーっとしてなかなか起き上がれない。
「クロ、いつまで寝てるの? 朝ごはんの用意、とっくにできてるわよ」
 二匹が住んでいるのは、茅葺き小屋のような小さな家。
 狭い家だから、すぐ近くでシロネの声が聞こえる。
「う、うーん……」
「ん……? 顔が赤いわよ。具合でも悪いんじゃない……?」
 覗き込んできたシロネが、手を伸ばしてくる。
 ボクのおでこに手を当てた途端、シロネの顔色が変わった。
「すごい熱じゃないの!」
「頭が重いよ……。風邪、かなぁ……?」
「もしかしなくても、昨日アタシが無理させたせいよね」
 あれはボクを鍛えるためにやってくれたことだ。
 ボクだって望んでたことだし。
「シロネちゃんは悪くないよ……」
「……ごめんなさい。あとはアタシに任せて、クロはゆっくり休んでて」
 彼女を守ると決めて早々、風邪でダウンするなんて。
 つくづく運がないというか、間が悪いというか。
 けれど、こればかりは焦っても仕方がない。
 まずは風邪を治すことに専念して、シロネちゃんを守るのはそれからだ……。



 ボクの小さな決意とは裏腹に、熱は上がる一方だった。
 病は気からなんて言うけど、気だけじゃどうにもならないことだってある。
 ふと目を開けると、世界がぐるぐる回って、上も下も、自分が寝ているのか立っているのかもわからない。
 射し込む西日のおかげで、辛うじて今の時間がわかるくらいだ。
「……お医者さんを呼んで来るから、待ってて」
 目を開けるのも億劫な中で、シロネの声が聞こえる。
「え……? やだ、シロネちゃん……ボク、ひとりじゃ……」
「少しの辛抱だから。ね?」
 シロネは冷たい水に浸した布を取り替えて、頭を撫でてくれた。
「シロネ……ちゃん……」
 朦朧とする意識の中、彼女の名を呼ぶので精一杯だったけれど。
 彼女に撫でてもらうと、安心して眠れるような、そんな気がした。



 それからどれだけの時間、眠っただろう。
 汗びっしょりで目を覚ましたときには、外はすっかり暗くなっていた。
 まだ体は重いけれど、いくらか熱が下がって、意識がはっきりしている。
「シロネちゃん……」
 隣で寝ているはずのシロネを呼んでみるが、返事はない。
 体を起こしてシロネの寝床を見ると、もぬけの空だった。
「いないの……?」
 少し前の記憶を思い起こす。
 あのときは頭がうまく働いていなかったけれど、シロネは、医者を呼んでくると言っていた。
 この集落には医者は一人しかいない。
 癒やしの能力と薬草の知識を持つタブンネのメビーが住むのは、峠を一つ越えた先だ。
 夕方に出たならとっくに戻っているはずで、こんな夜更けになっても帰らないのはおかしい。
 ひどく心細くもあったが、それよりもシロネの身が心配だ。
 冬の夜の怪異。若くて綺麗な雄しか狙われない、なんて、噂はあるけれど。
 シロネが雌のポケモンだから安全だとは言い切れない。
「うぅ……シロネちゃん……」
 ビュゥ、と風が吹いて、窓がガタガタと揺れた。
 窓の外を見ると、まだ冬の初めなのに、雪が降っていた。
 おまけに風も強くて、吹雪というには大げさかもしれないけれど、噂の怪異が現れる条件は揃っている。

 絶対に外に出ちゃダメだ。
 シロネちゃんは心配だけど、もしもボクがさらわれてしまったら……。

 もしかしたら、別の用事で出ているだけかもしれないし。
 このまま待っていた方がいい。

 そうして迷っているうち、少しずつ、風も雪も強くなってきた。
「シロネちゃん……大丈夫かな……?」
 もしもシロネちゃんがさらわれていたら?
 そうでなくともこの天気だ。シロネちゃんがもし途中で倒れたりなんかしてたら。
 すぐに助けないと、間に合わなくなるかもしれない。

 時間が経つほど、不安が大きくなる。

 そうだ。
 噂なんかよりも目の前の現実を見よう。
 この悪天候の中、シロネが夜半まで帰っていないのだ。

 探しに行かなきゃ。
 シロネを守りたいなら。
 我が身可愛さに怖いなんて、言っていられない。

「シロネちゃんに叱られるかな……」

 もしもシロネの身に何かあったら。
 このまま帰ってこなかったら。
 叱られることすら、二度とできないんだから。

「……行こう」
 意を決して扉を開けると、凍えるような冷たい風が吹き込んできた。



 暗くて寒くて、風の音と自分の足音以外は聞こえない、静かな夜道。
 白い雪の積もる林の中を、夜目を光らせて歩く。
 大粒の雪と一緒に横殴りの風が吹き付けてくるけれど、視界を遮るほどではない。
 足下に気をつけて歩いていれば大丈夫だ。
 どこかで倒れていないか、目を凝らしてシロネの姿を探しながら、ゆっくりと歩く。
 集落には夜行性のポケモンもいるけれど、さすがにあの噂のせいか、ポケモンの影はひとつも見かけなかった。
「シロネちゃーん!」
 彼女の名を呼んでみても、反応はない。
 けれど、ここで諦めるわけにはいかないのだ。
「あっ! シロ――」
 峠を半ばまで登ったところで、道端に佇むポケモンの後ろ姿を目にした。
 白い体を見て、シロネかと思ったが、大きさも形もぜんぜん違う。
「シロネちゃん……じゃないよね」
 一見、直立二足歩行のポケモンだが、よく見ると浮いているし、足がない。
 白い体の中心には赤い帯のようなものが巻かれていて、体はゆらゆらと風に揺れている。
 集落では見たことのないポケモンだ。
 でも、誰かがいるだけで今は心強い。
「あのっ! この辺でニャオニクスの女の子、見てないですか? ボクより三つくらい年上の……」
 近づいて声をかけたその瞬間、そのポケモンの姿がふっと闇に消えた。
「あれ……?」
 刹那、ぞわりとした震えが背筋を走った。
 吹雪の寒さとも違うし、高熱による悪寒でもない。
「うふふ……可愛い子……」
「うわあっ!?」
 囁き声は、耳元から。
 今にも消え入りそうな声なのに、まるで脳内に直接語りかけられたかと思うくらい、はっきりと聞こえた。
 生気のない雌の声だった。

 振り向く間もなく、すぅっ、と白い手に抱きすくめられる。
「あたたかい……けれど……わたしには……すこし、熱いわ……」
 首筋に冷たい息が吹き掛けられる。
 それだけで全身が震え上がって、ボクはその場にぺたんと座り込んでしまった。
 恐る恐る見上げると、目の前に彼女が佇んでいた。
 骸骨のような形にくりぬかれた白い布、とでも言うべきか。その下に黒い顔があって、不気味な青い瞳がふたつ、輝いていた。
 胴体や腕は風に舞う布のようで、それがまた生物味のなさを際立たせている。
「もっと……あなたの可愛い顔をよく見せて……」
 ボクを覗き込む彼女の瞳には感情がない。まるでモノを見るような目だ。
 いつものボクなら、恐怖のあまり泣き出していたかもしれない。
 でも、今は。
 シロネちゃんを見つけなきゃいけないんだ。
 怖がっている場合じゃない。
「……わたしが怖くないの……?」
「怖い、けど……それより、教えてください。ニャオニクスの女の子を見ませんでしたか?」
 彼女が何者であろうと。
 たとえ悪者でも、今は頼るしかない。
「…………」
 白く不気味なそのポケモンは不思議そうに首を傾げて、しばらく黙り込んでいた。

「夕方からずっと帰ってこないんです! もしもこんな雪の中、倒れてたら」
「……わたし、女の子には興味ないの……」
「そんなこと言わずに、お願い!」
「綺麗な男の子が好き……とくに……恐怖に怯える顔が……ね……」
 まるで会話が噛み合っていない。
 だめだ。こんなわけのわからないポケモンは放っておいて、ひとりで探しに行こう。
 頭ではそう思っているのに。
 腰が抜けてしまったのか、座り込んだままの足が動かない。
「わたしからは……逃げられないわ……」
「くそっ……なんで……」
 なんで、ボクには逃げ出す力さえないんだ。
 こんなにもシロネちゃんを助けたいと思っているのに。
「わたし、あなたのこと気に入ったの……だから、あなたを凍らせて……わたしの側に置いておくの。可愛くて綺麗なまま、ずっと……」
 噛み合わない会話の中で、そのとき、ようやく理解した。
 噂の怪異の正体が、目の前の彼女なのだと。
 シロネのことで頭がいっぱいで、気がつかなかった。
「わかったよ。ボクを好きにしてもいいよ。でも、シロネちゃんの無事を確かめるまでは……待ってほしいんだ」
 自然と口をついて出た言葉に、自分で驚いた。
 今はシロネの身を案じる気持ちが、恐怖を上回っていた。
「……いいわ……可愛い男の子の頼みだもの……ひとつくらいは……聞いてあげる……」
「ほんと!?」
 ようやく話が通じたことが嬉しくて、叫んでしまった。
 噛み合わないとは思っていたが、全く話ができないわけではないのだ。

「ニャオニクスの女の子なら……少し先で、うずくまっていたのを見たわ……」



 噂の怪異――種族はユキメノコ、名はレイというらしい――についてゆくと、峠の道から少し逸れたところで、大きな木の根元にもたれかかっているシロネを発見した。
「シロネちゃん!」
 しかし顔は青ざめていて、呼びかけにも反応しない。
 一瞬、最悪の事態を思い浮かべてしまったが、肩を揺するとまだ体がわずかに温かかった。
「シロネちゃん! 目を覚ましてよ!」
 どうしてこんなところで倒れているんだ。
 一体何があったというのか。
「……そのまま放っておくと……その子、死んでしまうわよ……」
 レイが感情のない声でささやく。
「ど、どうすれば……!?」
「温めればいいんじゃないかしら……? わたしは、凍らせることしかできないけど……ふふふ……」
「笑ってる場合じゃないよ!」
 こんなに寒い中で眠ってしまったら危険なのは、ボクでもわかる。
 でも、温めると言ったって。
 ここまで来たら家に戻るより、医者のメビーのところへ連れて行く方がいいかな。
「待ってて、シロネちゃん……今度はボクが、助けるから……」
 シロネの体を持ち上げようとしたが、重くて持ち上がらない。
 こんなときこそ、念力をうまく使えれば。
 シロネちゃんと一緒にあんなに練習したじゃないか。
「くうぅっ……! 持ち上がれえぇっ……!」
 耳をピンと立てて、サイコパワーを全開にする。
 自分が風邪を引いていたことも忘れるくらい、力を振り絞った。

 そうするうち、ついにシロネの体が青い光に包まれて、ふわりと浮き上がった。
「やったっ……!」
「……ひとつくらい……のつもり、だったのだけど……」
 後ろでレイが何やら呟いていたが、そのときはよくわからなかった。



 それから、医者のメビーのもとへシロネを送り届けた。
 夜中にメビーを叩き起こすことになってしまったが、命に別状はなかった。
「低体温症……と、彼女、随分と疲れが溜まっていたようだね」
 メビーによれば、シロネももともと具合が悪くて、峠を越える途中で倒れ込んでしまった可能性が高いという。
 そのまま夜になって悪天候になり、吹雪に巻き込まれてしまったらしい。
「シロネちゃん、必死にボクを看病してくれて……ううん、その前から、ずっと……」
「今回は君が彼女を助けたんだ。風邪なのに無理をして、ね。私としては、ふたりとも褒められたものではないけど……」
 お互いに無茶をしすぎだ、とメビーはボクを諭した。
「それと……ここらじゃ見ないポケモンだけど、君は?」
 そう。結局、レイはメビーのところまでついてきた。
 ボクを逃がさないために。
「わたしは……この子を連れて帰るの……」
「は?」
 メビーはポカンとした顔で固まった。
 が。すぐに何かを察して、一歩後ずさった。
「き、君は……もしや……!」
「ボクの友達なんだ! ユキメノコのレイっていうの!」
 ボクは咄嗟にレイを庇っていた。
 どうしてなのか自分でもわからないけど。
「ともだち……?」
 レイはまたしても、知らない言葉でも聞いたかのように首を傾げている。
 失踪事件の犯人は彼女かもしれない。
 それでも、シロネを助けるのを手伝ってくれたのは事実だ。
「ボクひとりの力じゃ、ここまでシロネちゃんを運べなかったもん……手伝ってくれてた、よね……?」
 ゴーストタイプのポケモンにも、サイコパワーを操れる者は多いという。
 火事場の馬鹿力、という言葉はあるけれど、自分の念力が突然強くなったわけじゃない。
 あのとき、レイも手を貸してくれていたんだ。
「……あなたの笑った顔も……好き……かも……」
 レイは質問には答えず、ボクの顔をまっすぐ見つめて微笑んだ。
 わずかではあったが、初めて彼女の顔に、感情らしき何かが見えた……気がする。
「いいわ……もう少しだけ、待ってあげる」
 レイは音もなく近寄ってきて、冷たい手でボクの頬を撫でた。
「あなたはもう……わたしのものだから……ふふふ……」
 そうしてまた、あの不気味な笑いを浮かべて。
 そのまま溶けるように、夜の闇に消えてしまった。

「クロア君……彼女って……やっぱり……」
 言葉を失って二匹を見守っていたメビーが、ようやく口を開いた。

「ううん。悪いひとじゃないよ。ボクはそう思う」
 頬に残る彼女の冷たい感触は、熱で火照った体に心地よかった。



 翌朝。シロネは無事に目を覚まし、ボクの風邪もメビーの薬草のおかげでかなり良くなっていた。
 メビーの勧めで次の日も大事を取って泊めてもらうことになり、二匹が家に帰ってきたのはあの夜から三日目の昼だった。

「うぅ……シロネちゃん……無事でよかったよぉ……」
 家に帰り着いた途端、シロネを助けられた実感がこみ上げてきて、少し涙ぐんでしまう。
「泣くほどのことじゃないでしょ。でも、ありがと。アンタのこと、見直したわ」
 シロネは目を覚ましてから、自分まで皆に迷惑を掛けてしまったと謝りどおしだったが、それが無理に繋がったのだとメビーに諭され、考えを改めたようだ。
「でも、もう夜には絶対に外に出ちゃダメよ! 今回は運が良かっただけなんだから!」
「うーん……」
 シロネにはレイのことは話していない。
 余計な不安を煽るべきではないからと、メビーも黙っていてくれた。

「噂のことなら、もう大丈夫だと思うけど……」
「何言ってんのよ! アンタはもう……すぐそーやってチョーシに乗るから!」


 あなたはもう、わたしのもの。
 そう言っていたレイが何を考えているのかは今もわからないけれど。



 その日の夜更け。
 またしてもゴォゴォと風の吹き荒れる、吹雪の夜。

 コンコン、とドアをノックする音に、ボクは目を覚ました。

「こんな時間に、誰……?」
 シロネはぐっすりと眠っている。
 ボクは寝床を出て、ドアを開けた。
 

「迎えに、きたわ……わたしの可愛いクロア……」


あとがき [#9lCkoof] 


覚えている方も覚えていない方もはじめましての方もこんにちは。
2011年頃に活動していた十条です。

ずっとポケモンの小説は書いていなかったのですが、
最推しのユキメノコのお話を書いていないことだけが心残りでした。

Twitterで繋がっていた古来よりの作者の方々から今回のテーマが「れい」であると知り
「冷」でも「霊」でもいけるユキメノコの話を書くならここしかないと、参加させていただきました。

あまりに好きすぎて、原作の図鑑から受ける印象をそのまま短編にしたのが今回の作品です。

マイナス50度の 冷気を 吐いて 相手を 凍らせる。胴体に 見える 部分は じつは 空洞。
マイナス50度の 息を 吹きかけ 凍らせた 獲物を 秘密の 場所に 飾っていると いわれる。
雪山で 遭難した 女性の 生まれ変わりという 言い伝えが 雪の 多い 土地に 残る。
気に入った 人間や ポケモンを 冷気で 凍らせる。 巣穴に 持って帰って 飾るのだ。
雪山で 遭難した 女性の 魂が 氷柱に 乗り移った。 男性の 魂が 好物。
雪山登山に 来た 山男を 氷漬けにし 棲家に 持ち帰る。 美男子 しか 狙われない。
ひどい 吹雪の 晩に 人里に 下りてくると いう。 ノックされても ドアを 開けては いけないぞ。

最新作までの原作図鑑より。

好きすぎると逆に自分のオリジナリティを出せないもんですね。
二次創作って難しい……。

何はともあれ、最後にやり残していたユキメノコの作品を数年越しに書くことができて僕は満足です。

サイト管理人にして大会主催者のrootさんをはじめ、
今も大会を盛り上げている参加者の方々、
そして読者の方々、本当にありがとうございました。



・頂いた感想

この流れ……お約束! と思いながら読み進めていくとレイちゃんとクロアくんの会話がかわいくて美味しかったです。
レイちゃんの反応から過去に凍らせた雄は口だけで中身がダメダメだったと推測でき、そんな雄と比較されたクロアくんを心から好いてしまうレイちゃんの純潔なサイコパス感が好きです。後の展開が凍らされても心から愛されても美味しいのが良いと思います。
さらっとシロネちゃんとクロアくん二匹とも凍らせようとしているところも大変良いです。


図鑑の設定そのままにキャラクターを作った結果、レイは見事なサイコパスになってしまいました。
そんなサイコパスなところもユキメノコの魅力なので、1人でも共感していただける人がいて嬉しいです。
投票と感想、ありがとうございました!

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Last-modified: 2019-06-16 (日) 19:25:36
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