大会は終了しました。このプラグインは外して頂いて構いません。
ご参加ありがとうございました。
結果発表
官能部門エントリー作品一覧
それは、忘れようもない夏の、始まりの記憶。
◆
その日は朝からずっとどんより灰色の夜空から降り注ぐ雨が止むことなく続く、いかにも6月らしい憂鬱な日だったよ。種族柄水が苦手だから尚更にだ。
僻地での仕事を終えた我がトレーナー氏が夜遅くの最終列車に揺られている間も、家路に続く田舎駅のホームに降りたった時も、屋根を打つ雨音がモンスターボール越しにさえただひたすら煩わしかったもんだ。
駅のホーム下に設置された円筒状の建物――ポケモンジムを防衛していた
「お疲れさん」
トレーナー氏に労いの言葉で送られて、最後まで粘っていたラッキーが疲れ果てた笑顔を浮かべたまま転送機の向こうに消えた。向こうさんも十分に勤めは果たした後だったので、文句はなかったんだろう。
「それじゃ頼むぞ、
選ばれるのはいつも通りだったから予想はついていたものの、この夜のように雨の夜にジム配備を任される時はげんなり気分になる。とはいえ、ポケモンとして託された仕事を拒否する余地はない。
赤が消えて
岩石の装甲に覆われた土色の腰をジムの席に落ち着け、俺、ドサイドンの哩峰はその夜のジム防衛任務に就いたってわけだ。
◆
トレーナーたちの間で、赤・青・黄の三チームに分かれての陣取り勝負が流行りだしたのは、もう数年前の話だったか。
各所に設置された〝ポケモンジム〟を防衛する他チームのポケモンを倒して奪い取り、長時間防衛することでスポンサーからジムに贈られる賞金を防衛ポケモンのトレーナーが、その他賞品をジムを訪れた同色チームのトレーナーが受け取る権利を得る仕組みになってるんだわな。
ジムを奪い取るには防衛ポケモンを倒さんといかんわけだが、当時まだまだ駆け出しだったうちのトレーナー氏はずっと他の人が空けてくれた青チームジムに俺たちを入れてもらうばかりでな、6体しか配備できないルールに泣かされることも少なくなかったんだよ。去年の年末にようやく進化させた虎の子のコメットパンチ使いメタグロスを相棒に育てて、ようやくくたびれたジムなら自分で崩せるようになった頃だったんだ。
当然、少しでもジムに残れる時間が長ければ賞金も多く貰えるってもんで、耐久性能が高く長時間配備に堪える忍耐力を持つポケモンがジム配備には向きなわけで。ハピナスやラッキーなどが人気になってるけど、うちのトレーナー氏ときたら不運なのかラッキー嬢との出会いに恵まれとらん。代わりに硬い岩の装甲を持つ俺様がサイドン時代からジム置き要員にされてたんだ。シンオウの石により進化したことで、トレーナー氏の期待も高まってた。それでも相手の襲撃隊が強くてあっさりやられてばかりで、まだまだ鍛え方が足りないんだろうな、って思ってた。
それで、置かれるなり陥落するような人通りの多い都会のジムを避けて、終電が過ぎれば訪れる者も少ない田舎の駅ジムを選んで落としたってわけだ。ウザい雨も敵の足を滞らせる役に立ってくれると思えばありがたいもんだった。
この夜こそは夜明けまで防衛して、大量の賞金をトレーナー氏に持ち帰ってやる――意気込みを胸に俺は、人気ない深夜の駅で雨音の喧噪を聞き続けたんだ。
◆
さっき、俺がその晩トレーナー氏とともに乗ってきた列車を〝最終列車〟と呼んだが、それは上りの最終便ってことだ。しばらく後に高架を震わせた下り便が、この駅の正真正銘の終電だった。
夜遅くまで都会で働いていた人たちが、疲れ果てた顔を列なして改札を抜けてくる。みんな早く家に帰りたかったのだろう。ジムなどには目もくれず、足早にそれぞれの家路へと散っていった。
たったひとりを除いては。
「良かった、まだ一体しか置かれてない……ゲッ!?」
駅の灯りに煌めく長いブロンド。すらりと高い背丈にカイスの実をふたつ抱えたような胸元が印象的な色白そばかす顔の人間は、ジムのゲートをくぐって俺を見るなり蒼い視線を尖らせた。
「り、リホーニオ!? 最悪……っ!」
りほう……にお?
俺の名前は哩峰だが? におって何だ? っていうかこのトレーナーらしい女、初対面なのになんで俺の名前を知ってる?
女の反応に首を傾げながらも、とりあえず俺を見て最悪と怯んだのであれば敵チームなのだろうと身構えたが、返ってきたのは苦笑い。
「あ~、警戒しなくていいわよ。私も
味方だったと判明したが、この時点での印象は最悪である。何かうちのトレーナー氏の判断に文句でも? と不愉快な気分になった。ま、落ち着いて考えればうちのヘッポコのこと、余所から見て何か問題があったとしてもおかしくはないんだが。
「まったくもう、どうすりゃいいっていうのよ!? ハイテイラーじゃ格闘で被るし、ピクシーでも鋼で被る。ミローティックでも草で、ドリフツェッペリでも氷で。アムファロスでも地面で被っちゃう。こんなことならピンシアでも育てておくんだったかしら……!?」
早口でまくし立てられたが、何を言っているのかまるでわからずポカンとなるしかなかった。ピクシーだけニックネームで呼ばないのは、他のトレーナーから交換されてきたポケモンだからだろうか、とか思っていた。*1
「う~ん……そうだ、カッパローレスならなんとかなるかな? 君に決めたっ!」
放り出された青いスーパーボールが開き、閃光とともに中から飛び出すポケモン。
「は~い!」
雨夜の陰鬱な雰囲気にまるで似つかわしくない朗らかな声を平たく広い嘴から上げたのは、盆のような形をした葉っぱの髪に、淡黄色のふさふさとした体毛に覆われた寸胴な身体を持ち、細目の腕を振り回して軽やかに踊るルンパッパ。カッパローレス――河童というのはそいつのことだろうとすぐ解った。
「頼むわよ。この仔のこと、守ってあげてね!」
「はい、レイラー!」
守るって何なんだよ。シンオウの石進化であるドサイドンの俺が、ルンパッパなんてしょぼいポケモンに何を守られなきゃいけないんだ? と苦々しく鼻を鳴らした俺を余所に、レイラーと呼ばれた女トレーナーは駅から去っていった。
レイラー氏を見送ったルンパッパは、俺の隣の席に小柄な身体をちょこんと座らせた。いや、小柄と言っても俺と比べての話であって、ポケモンとしてはルンパッパも割と大きめの部類に入るのだろうが。とにかくそのルンパッパから青臭い草の匂いが漂ってきて。
臭いはずのその匂いにくすぐったい芳香を感じとって、ようやく相手が雌だと気づいた。
◆
間断なく続く雨音を伴奏に、陽気な鼻歌が弾んで響く。
ジム入り以来ルンパッパはずっと、リズミカルに身体を揺らしながら上機嫌に歌い続けていやがったんだ。正直耳障りで目障りで、雨のウザさが倍増し状態だった。
「楽しそうだな、あんた」
「当たり前じゃない。こんな素敵な雨が降ってるんだから!」
語りかけたことで歌声は止まったが、こうも同意不能なことを言われたのでは余計神経に障る。
「あたしたちルンパッパは、みんな雨が大好きなの。レイラーの故郷では、ルンパッパの体質のことを〝雨の悦び〟って呼んでるぐらいなのよ」
「知るかよ。っていうか体質って何のこった?」
「あなたは随分不機嫌なのね?」
「それこそ当ったり前だろうが! そっちは雨なんざ平気なんだろうけどな、こっちは雨との相性が最悪なんだよ! あんたのトレーナーさんにも出会い頭に『最悪』とか同情されるし、ほんと最悪な夜だぜったく……」
クサっていた気持ちを吐き散らかすと、ルンパッパはクスリと笑った。
「あなたへの同情だけで、最悪って言ったんじゃないと思うけど?」
「あん?」
「レイラーの方こそ災難だったのよ。自軍のジムの一番手があなただったことが」
雨よりキツく身に沁みた台詞に、俺はケッと毒づいた。
「鍛えが足らんことぐらい分かってんだよ! しゃあねぇだろこっちのトレーナーはまだまだレベル不足なんだから。それでも頑張ってジム崩してんだから勘弁してやってくれよ!?」
「鍛え方とかそういう問題じゃないのよ」
「? どういう問題だよ?」
怪訝に向けた角先に返ってきた彼女の言葉で、俺は盛大に面食らう羽目になる。
「あなた――ドサイドンっていうポケモン自体が、ジムの先頭に置くにはあまりにも向いてないってこと」
「……はぁ!?」
想像外の話を当たり前のように言われて、俺は憤然と立ち上がった。
「なわけあるかよ!? 見ろよこの硬い岩の重装甲を! 守備力がものを言うジム防衛戦に、俺様が向いていないはずがないだろうが!?」
「確かに、あなたのその装甲は硬くて立派だわ」
「だ、だろ? だったらなんで……?」
「でもね」
嘴を横に振って、ルンパッパは答えた。
「その硬さを帳消しにしてしまうほどに、ドサイドンは相性の弱点が多過ぎる」
「ぐ……っ!?」
痛いところを突かれて言葉に詰まった俺に、ルンパッパは続けた。
「草と水に二重弱点。他にも格闘、鋼、氷に地面。そういう攻撃ばかり受けてきたんじゃなくて?」
「べ、別に弱点ばっか食らうわけじゃねぇよ。相手が電気ポケモンだったこともあるぜ? 炎や岩にだって強いんだしよ……?」
「そういう相手と当たるのは、2番手以降の時だけでしょ? その相手が前衛のポケモンを倒してきた後に」
「…………っ!?」
言われた通り、そもそもこれまでうちのトレーナーは空きジムに入れさせてもらってきてたから、俺はいつも後衛ばかりだった。電気ポケモンと当たるのなんて、ひとつ前がギャラドスだったときぐらいだ。
「その利点は、最前衛の1番手では意味がないわ。攻撃側が配備ポケモンを見て自由に自分のポケモンを選べるジム戦では、弱点をつける技が使えるポケモンをいくらでも出せちゃうの。しかもあなたの弱点は、ハピナスやピクシーといったジム配備の常連ポケモンと被っちゃってる。だから続けて配備しちゃうとまとめてやられちゃうことを警戒して配備できないのよ。虫単タイプだったら相性もいいんでしょうけど、カイロスぐらいしか強い仔はいないし、生憎うちのパーティでは育てていなくてね」
「……すまん、寝てた」
「もうちょっと頑張りなさいよ」
もちろん寝たというのは冗談だが。それにしてもよくあれだけ喋れたもんだ。普段からレイラーさんに厳しく躾られていたんだろうな。きっちり覚えてる俺も誉めてくれ。
どうやらレイラーさんが散々言っていた『被る』というのも、弱点のことだったとようやくそこで合点が行った。ピクシーで鋼で被る――確かにそうだ。目星がついたのは格闘弱点のハイテイラーがハピナスかラッキー、草弱点のミロ某がミロカロス、育てておくんだったと後悔していたピンシアとやらがカイロスなんだろうってぐらいだったが。
しかし種族そのものを貶されて、俺も黙っているわけにはいかなかった。
「フン、弱点を突かれたからって何だってんだ! 要は耐えられりゃいいんだろ耐えられりゃ! 悪ぃが後衛に仕事をさせる気はねぇ。攻撃なんざ全部この俺が凌いでやるぜ!!」
ま、何ら根拠があるわけでもない。単なる強がりだった。細かいことを考えるのも面倒だったし。
虚勢への報いはすぐにきた。
「これでも?」
「はひゃっ!?」
ガッツポーズを決めていたガラ空きの腋を、唐突に葉っぱの手でくすぐられた。
「な、何をす……あぴゃああぁっ!?」
「ほらほら、効果抜群でしょ?」
情け容赦ない葉っぱの責め苦が、更に敏感な場所へと延びていく。
ひと溜まりもなくひっくり返った俺の腹に、
「えいっ!」
平たい嘴から泡がプワッと吹き出されて転がった。
「ほえぁああああああぁぁっ!?」
巧みに直撃を避けている分、痺れるようなくすぐったさが俺を襲った。
ルンパッパはすっかり調子に乗ったらしく、どこまでもとんでもないところへまでも浸食していく。
「わ、わかった! わひゃったかららめらめああああぁぁああああ~~っ!?」
……これ以上の回想は勘弁してくれ。
とにかく、葉っぱと泡による陵辱は、俺がずぶ濡れのドライオーガズムという破局を迎えるまで延々と続けられた。
◆
「ゴメン、ちょっとやり過ぎた?」
「ちょっとで済むかああああっ!!」
抗議の声にも怯えが混じる有様で、俺は涙目になりながら席の端に身体を寄せて震えていた。
モチベーションも当然ダダ下がりだ。早く敵軍のお迎えがきて、この恐ろしい雌から俺を解放してくれんもんか、とまで考え出す始末だった。
「とにかく、葉っぱや泡で撫でる程度でもそれですもの、攻撃なんか受けたら敵うわけないって解ったでしょ。あなたのトレーナーさんには、他にジム配備に回せそうなポケモンはいないの?」
「まだレベルが低いからな。集中して育ててるメタグロスがいるけど、あいつはジム攻略用員だから……」
「それ絶対役目交代してもらった方がいいって! 攻撃性能はあなたの方が多くの相手に対応できるし、防衛では二重弱点がなくて耐性の多いメタグロスの方が断然有利だもの。戻ったらトレーナーさんと相談した方がいいわよ」
「そうする……」
今後もジム配備を任されて、またこのルンパッパみたいな奴に酷い目に遭わされることを考えたら、もう2度とジムには回すなと猛抗議しておくのが賢明だ、と、その時は真剣に頷くしかなかった。
「ようよう、見せつけてくれてんじゃねーかお前ら」
激しさを増す雨だれの向こうから待ち望んだ救いの手が、もとい、襲撃者が現れた。
黄緑のレインコートをずぶ濡れにして被った無精髭の中年男。こんな風体で深夜に出歩いていたらジュンサーさんの目に留まれば間違いなく職務質問されそうなガラの悪い奴だった。まぁ、夜にジム落としするような奴なんてどこのチームもそんなもんなんだろう。襟首に見えたチーム章はサンダーのマーク――
何を『見せつけられた』と思ったのやらその時も今もさっぱりだが、とにかくさっさと帰してくれるんなら、水技でも草技でも何でもいいからどうぞ浴びせかけてくれよ、とやけっぱちでジムのフィールドに立った。
「行けっ!」
と男が投げたモンスターボールから飛び出したのは、やや紫がかった太い手足を緑色の甲羅から生やしたカメックス。よく見る赤茶の甲羅に水色の手足ではない色違いだった。いるよな、何かと色違いの手持ちを自慢したがるトレーナー。
たちまち甲羅の大砲が水柱を吹いた。ハイドロポンプをタメなしでぶっ放されたかと思ったが、まぁ単なる水鉄砲だったんだろう。
「任せて!」
ルンパッパの声が通りすぎたので、あー、もう俺やられたんだなと解った。やる気なんざもうあるのかないのか判んねぇ有様だったが、本当の本当に気力が尽き果てたら転送機がトレーナーのところまで帰してくれるシステムになってんだから、まだ俺のどこかにプライドみたいなもんが燻ってたんだろうな。まぁ、それももう泡の一発でも食らうというか触れただけで消し飛びそうな儚いもんだったが。
「ぐあぁぁっ!?」
上がったのはカメックスの悲鳴。雨音を切り裂いて葉っぱカッターの唸る音が聞こえていた。ルンパッパ嬢が奮闘していたんだ。草と水を併せ持つルンパッパは、単水タイプには相性で絶対有利だからな。水撃と葉っぱが交錯する余波で俺までとどめを刺されそうだったが。
「く……っ、戻れっ!」
溜まらず中年男はカメックスに帰還を命じ、違うポケモンを出した。
「早く、今のうちに!」
微かに振り向いて、ルンパッパが俺に声をかけた。
今のうちにどうするのかは、すぐに判った。ジムに据えられた転送機が、俺の前に芳しい香りを放つひと房を送ってきたんだ。丸い実の粒がたわわに実ったズリの実。しかも普通の赤い奴じゃねぇ。淡く金色がかった、金ズリと言われている一級品。誰もが飛びつくジム配備のスタミナ回復薬だ。ルンパッパの様子から見ても、転送機を動かして送ってくれたのはレイラーさんだったんだろう。うちのトレーナー氏はあの時間だととっくに寝てたはずだし。
俺も現金なもので、大好物を目にするなり跳ね起きてむしゃぶりついた。硬い表皮を齧り、旨辛い果肉を啜り、渋味のある種を噛み砕いて味わううちに、身体も気力も見る見る溢れて漲っていく。
交代で現れたペリッパーの緑色をした翼に打たれてルンパッパが倒された時には、俺はすっかり完全回復していた。
「く、くそっ! こんな夜遅くにジムを回復するため起きているなんて……ならばこうだっ」
そんな夜遅くにジムを落とすために出歩いている自分のことは棚に上げて男が次に出してきたのは、男の着ているレインコートの色にも似た黄緑の痩身に、白い花びらを頭に飾るロズレイド。ロゼリアが俺同様にシンオウの石で進化した強力な草ポケモンだ。両腕に開かれた花は紫と黒。どうもあの中年男、色違いマニアだったらしい。カメックスの甲羅、ペリッパーの羽といい、色の傾向にも拘りがあったんだろうな。
「まずは葉っぱカッターでドサイドンを蹴散らし、溜め込んだパワーでルンパッパにヘドロ爆弾をかませ! 奴らに回復の隙を与えるな!!」
草と毒を併せ持つポケモンを使うことで、俺たち両方にまとめて対応しようとしたらしい、が、
「ナメんじゃねぇよオラアッ!!」
金ズリが余りに美味かったもんでテンション上がっちまって、帰りたかった気分なんてどっか行っちまってよ。気合いとともに掌の孔をロズレイドに向けて、吹き出した泥をぶっかけた。
ロズレイドは毒を持っている分、俺の地面技に対する防御性能は草ポケモンとしては高くない。と言っても葉っぱカッターは葉っぱカッターなので、
「どぐああっ!」
俺が切り刻まれる運命は変わらんわけだが。それでも俺も腐ってもドサイドン、それなりのダメージを与えることには成功した。
「負けるな、パワーは溜まっている! そのままルンパッパも押し切れ!!」
毒花が放つ瘴気がルンパッパを襲う。だが、俺が粘った分だけルンパッパにゆとりが生まれ、反対にロズレイドの余裕は確実に削られていた。
「冷凍ビームっ!」
ルンパッパが打ち放つ凍気を帯びた光線が、ロズレイドの草の身体を凍てつかせる。俺の泥かけで受けたダメージと併せて限界を迎えたロズレイドは倒れ、中年男の手にしたボールへと戻っていった。次のポケモンが用意されている隙に、レイラーさんが送ってくれた金ズリで俺たちは回復する。
ルンパッパの相性弱点は毒の他に虫と飛行。毒には地面技が、虫と飛行には岩技が有効。それらを持つ俺を意識する限りルンパッパへの攻撃は制限され、無理に両方対応しようとすれば隙が多くなって回復のチャンスが増えるって寸法なわけだ。結果的に、俺の方もルンパッパの存在で相手の選択肢を狭めさせることで〝守られていた〟ってことになる。
「なるほどね……そうくるなら、こうするまでだ!」
一旦開始線まで引き、手持ちの治療を終えた中年男は、まずカメックスを俺に繰り出した。
当然、ろくに何もできず倒されるしかなかったんだが、ルンパッパへの対応を計っている間に俺が回復してしまえば元の木阿弥。まだまだ余裕はある……って思ったんだが。
しかし俺を倒した中年男は、前に進むことなくカメックスを戻して開始線に戻った。
「!?」
そしてすぐさま開始線を越えて、ロズレイドを繰り出してきた。こうされては、俺が再度戦わなければならん。
「一番手への、集中攻撃!? そんな……っ!?」
ルンパッパが嘴を震わせた。これでは彼女との連携が取れず、回復する暇が作れんってことだ。
葉っぱカッターの猛攻が、水鉄砲で洗われたままの俺に突き刺さる。
「ガアアアアアッ!?」
泥かけでの反撃も、今度はこっちの余裕がない。再びのダウン。相手は、またも開始線へ。
最悪の弱点攻撃を連発で浴び、気力が悲鳴を上げていた。歯の間に微かに残った金ズリの香りが恋しかったよ。満たされる前にまた墜とされたら、今度こそ転送機にオチるであろうところまで俺は追いつめられていた。
3度目に俺に差し向けられたのはペリッパー。俺の攻撃が地面技の泥かけと見て、岩技は撃ってこないと思ったんだろう。もう翼で打つだけでも俺を倒せると思って、その勢いでルンパッパまで倒す気だったんだろうな。
打つ手を持ってはいたんだ、ストーンエッジを。だが、このままじゃ撃つ力が漲る前に倒されてしまってもおかしくはなかった。
結局、このまま帰されるしかないのか。報酬なんてまだ僅かしか溜まってない事実を思うと、トレーナー氏の落胆が目に浮かんで悔しかった。
ペリッパーが口を開く。嘴に立ち上る水気。ハイドロポンプの体勢。
ダメか、やっぱりドサイドンが一番手だったなんて最悪だったわね……なんて、レイラーさんの声が聞こえるようで、一層悔しくなった。
だって、俺だって。
俺だって、任されてここに立っているって言うのに――ってさ。
「うぐおおおおおおっ!!」
限界を超えた気力を振り絞り、俺はストーンエッジを射出した。
風を唸らせてカッ飛んだ岩の刃は、ハイドロポンプ噴出寸前だったペリッパーの下嘴へと突き刺さった。
「何っ!?」
「ごぱぁっ!?」
衝撃で仰け反り、先端が天を向いた嘴から、周囲の雨だれと逆らうように水柱が噴出する。反動で真下へと加速したペリッパーは、そのままバトルフィールドに墜落し失神した。
再度攻撃に転じようと、中年男がボールを振り上げた時には、既に俺は転送されてきた金ズリを頬張っていた。
「こっから先は……通しやしねえぇぇぇぇっ!!」
ニックネームが表す小山の如く仁王立ちになって、俺は中年男を睨みつけ咆哮した。
もちろん、こんな防衛はいつまでも続けられるもんじゃない。ただでさえ紙一重からの回復だったし、今はまだ余裕があるがいずれは満杯になった腹が木の実を受け付けなくなる。そこまで粘られたら後はやられる一方だ。
――だが。
「あ~くそっ! やめだやめ! こうもしぶとく回復されてやってられるか!!」
男の忍耐が尽きる方が早かった。高架の下とはいえ、ジメジメと肌を刺す湿気はやっぱ人間にとっても耐え難かったんだろう。
「今夜は諦めだ! 帰るぞ!!」
ボールを懐にしまった黄緑色の後ろ姿が、雨霞の中に消えていく。
あれほど耳障りだった雨音が、なぜだか祝福の快哉であるかのように心地よく聞こえたもんだったよ。
ふと。
硬い感触が、しかし柔らかく暖かく頬に触れた。
「カッコ良かったよ、ドサイドン君」
振り返るとすぐ近くにあったルンパッパの顔に、何をされたのか悟って。
濡れて冷たいはずの身体が、熱く火照った。
◆
その晩はもう訪れる者もなく、ルンパッパも疲れたのか歌ったり踊ったりもせず、ふたりだけの静かな時間が続いた。
雨はやや勢いを緩め、しとしとと穏やかな音を立てながら降り続いていた。
それよりずっと大きく響き続ける音がやたらと気になって、雨音どころじゃなかったが。……自分の心音だよ。
参ったわ。嘴を頬に押し当てられただけでこんなんになっちまうなんて。
だって種族も違うのに。ただたまたまジムで席を隣にしただけの関係なのに。お互い名前だって知らない……と考えて、あれ、そういや知ってたっけ。と俺は彼女の名前を呟いてみた。
「カッパ、ローレス……?」
「?」
きょとんとした眼差しに、急に馴れ馴れしく呼ぶなんて失礼だったかと慌てて言い繕った。
「い、いや、レイラーさんがあんたのことそう呼んでたからよ……?」
しどろもどろになりながらなんとか言葉を吐き出すと、クスクスと笑い声が転がった。
「それ、あたしの名前じゃないんだけど?」
「え、そうなのか?」
「うん。カッパローレスっていうのは、レイラーの故郷の言葉でルンパッパの事なのよ」
どうやらレイラーさんが色々言ってた名前も、あれ全部彼女の故郷でのポケモンたちの種族名だったらしい。ピクシーだけは、呼び名は変わらんからそのままだったわけだ。
これはこの時じゃなくて後で確かめて知ったんだが、やっぱハイテイラーってのがハピナスでミロ某はミロカロス、ピンシアがカイロスってのも予想通りで、氷弱点のはフワライドで、地面弱点のはデンリュウのことだったらしい。一番驚いたのは、実は〝レイラー〟ってのもあの金髪トレーナーさんの名前じゃなく、やっぱり彼女の故郷の言葉で〝先生〟って意味だったって知ったときだったがな。
「まぁ、実際カッパローレスから取って〝パロレス〟って名前だから、結局あんまり変わらないんだけどね~」
「…………」
流れで本当に彼女の名前を知ってしまった。……と、そこではたと気づく。
「ん? ってことは、リホーニオってのも?」
「うん。ドサイドンって意味よ」
「そっか。……いや、何の偶然なんだろうな。うちのトレーナーがそっちの言葉なんて知ってたとは思えんのだが」
「?」
首を傾げたルンパッパ――パロレスに、俺は照れ臭さ一杯になりながら打ち明けた。
「俺の名前、哩峰ってんだよ」
「そうなんだ…………」
再びの沈黙。
雨音はいまや、鼓動を主旋律とする甘い恋歌の伴奏のように奏でられていた。
名前を教え合い、もうただ隣り合っただけの知らない仲じゃない。どちらも向こうさんの種族名に近い名前だったなんて偶然の符合が、距離が近づいたように思えて嬉しくて。
「なぁ、パロレス」
「なに? 哩峰」
応えとともに吐き出された吐息は、余りにも濃密に芳しくて、どうしようもなく俺は、
「キスの続き……していいか?」
「いいよ」
席の上にもたれたパロレスへと覆い被さり、嘴に唇を重ねた。
硬く滑らかな嘴をこじ開け、しっとりと舌を絡ませ合う。
蕩けるような甘い唾液を口内一杯に味わいながら、放漫な胴に指を這わせる。
くすぐったげに捩られる身体を下へ下へと愛撫の手を伸ばし、やがて足の間に密やかに咲いた雌花を探り当てた。
そこはもうすっかり熱い蜜が溢れていて、指先からグチャグチャに溶けてしまいそうだった。
溜まらず、俺の下腹から猛り狂ったドリルがそそり勃つ。
貪欲にうねる先端を蜜の滴る花弁にあてがい、瞳を見つめて最後の確認。頷かれたのを合図に、腰を突き込んでドリルで彼女を深々と穿った。
ビクビクと暴れ踊る両足をガッシリと抱えて、奥へ奥へ、根本までドリルを埋没させる。
結合部からこんこんと溢れる蜜に俺の股ぐらはビッショリと水浸しで、草の花弁と襞とが絡みついて効果は抜群だった。
一瞬で決壊しそうになった堤をギリギリで持ちこたえて息を整えると、もっと深く彼女を味わうべく腰を律動させた。
草襞とドリルの節とが擦れ合う強烈な悦楽に酔いしれながら上へ下へと彼女の膣中を弄る。
ある場所を突いた刹那、喘ぎとともに彼女の足がビクンと跳ねた。
ここぞとばかりに、俺はそこへ向けてドリルを激しく突き立てる。貫く毎に鳴動は強まり、やがて彼女は俺の腕の中で戦慄く身体を仰け反らせ、悲鳴のような悶え声を上げて達した。
やった。俺のドリルで、彼女をヨがらせてやった……! 脳裏から背筋を駆け抜けた雄の悦びを俺は放出し、彼女の秘奥の雨受け皿へと注いで、満たしていった。
「悪ぃな。つい夢中になって、外に射精せなかった」
ねっとりと溢れ出る快楽の証を拭いながら、俺はパロレスに頭を下げた。
「気にしないで。タマゴなんてできないんだし。あたしも夢中にさせてもらったんだから」
陶然と微笑んだ顔を俺の胸に擦り寄せるパロレス。
「そっか。……ありがとよ」
俺も微笑みを返し、もう一度彼女の嘴に、深く深く口づけた。
◆
……ところでよ、こうしてこっ恥ずかしい思い出を話していて、ふと気になったんだが。
ジムに配備されて行きずりの相手と過ごしているうちに、トレーナーや仲間と離れている寂しさから互いを求め合った末に一線を越えちまうって、他の奴も割とヤってたりするんじゃないんかね?
俺とパロレスはタマゴのできない関係だったけど、もし勢い余ってデキちまった場合、みんなどうしてんだろう?
…………そういや俺は、ジムのポケストップにアイテムと一緒に置かれていたタマゴから生まれたサイホーンだったってトレーナー氏に聞いてんだが……。
やっぱ深く考えるのやめよ。なんかこの話、やたらと闇が深そうだ。
◆
いつの間にか雨は止んでいた。
静謐の中、時を刻むごとに鎮まっていく互いの吐息が、やけに寂しかった。
いずれ朝になり始発の時間が迫れば、訪れた鉄道客に含まれるジム攻略トレーナーが俺たちに襲いかかることは分かり切っていた。返り討ちなどできる余力は――一発ヤっちまった事もあって――欠片も残っちゃいなかった。もうレイラーさん……じゃなかったパロレスの
ただひとつ……戻されたら、パロレスとはもう会う機会はないだろうって点を除けばだったが。
帰ったら俺は、トレーナー氏に心得違いを訴えんといけなかった。放っておいたら俺自身が痛い目を見続ける羽目になるし、他のトレーナーも迷惑がかかる。またパロレスと同席するなんて低い可能性のために、ジム配備役を続けるなんて選択肢はなかった。
レイドバトルとかでふたりのトレーナーが同席したとしても、得意不得意が大きく違うからこそジムで並んで有効だった俺たちが、同じ相手と肩を並べて戦う機会なんて考えにくい。対戦で俺相手にパロレスが出されるケースならありえたが、そんなことになったらまず間違いなく鎧袖一触で俺がボコられる。うちのトレーナー氏が余程のバカでもない限り、パロレスが出てきたら俺は引っ込められるだろう。
ならば預かり屋でシッポリ……なんて、タマゴグループが違うのにそんな望みはない。
こんなにも深く繋がり合ったのに、一夜の夢で終わっちまうのか。上がった雨粒が日差しに曝され、地面に染み込んで消えていくように、俺たちの絆も一晩きりで消えちまうのか……?
「なぁ……」
「ねぇ」
名残惜しさに縋るようにかけた声は、向こうからの声に抱き留められた。
「あのね……お祭りがあるの」
「祭り?」
「うん」
盆型の髪陰で潤む黒曜石の瞳を、俺の視線へと向けてパロレスは言った。
「来月の半ば頃からなんだけど、あたしたちルンパッパの故郷で大きなお祭りが開かれるのよ。花火の木が実をつける5年に1度の収穫祭。世界中から大勢のポケモンを招き入れて、毎日木の実採り競争をして、作った花火を打ち上げて山車と一緒に行進したりするの。他にもダンスや球技の大会とかもあって、夏が終わるまでみんなで楽しく過ごすのよ」
穏やかに咲いた笑顔の花から、葉っぱの手が俺に差し伸べられた。
「あなたにも、きて欲しいの。一緒にお祭りを楽しみたい。トレーナーさんに相談してくれる、哩峰?」
差し伸べれた手を、俺は、
「あぁ、絶対行くぜ、パロレス!」
岩の掌で、しっかりと掴み取った。
瞬間、始発より早い夏の朝日が、俺とパロレスに降り注いだ。
雨粒のように消えていったのは、別れの不安と俺たちを隔てる壁の方だった。交わした約束がふたりの絆を繋いでくれると信じられたから。
程なくして訪れた早朝組トレーナーの猛攻に、俺とパロレスとは呆気なく引き裂かれたが、もう何の心残りもなかった。
◆
翌月、遠い山の向こうの高原で再会した俺とパロレスが、祭りの賑わいの中で幸せな夏を過ごしたことは、まぁ、語るまでもあるまいよ。
~fin~