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隔離病棟の夏休み 四日目

/隔離病棟の夏休み 四日目

作者:333氏

4日目 嫉妬



四日目の朝。水曜日。ルキは昨日早く眠ったためか、珍しく早起きした。
…しかし、早起きの理由は別にあるらしい。セレ姉さんが言ってた。
「ルキ、今日はファス先生が来てくれるそうだよ。」
ルキの代わりに僕が尋ねた。
「ファス先生…って誰?」
ルキの看護をしている際にそんな人の名前は聞いた事がない。セレ姉さんが説明してくれた。
「ファス先生は有名なカウンセラーの先生でね、時々ルキのところへ来てくれるの。シャワーズの先生なんだけど…」
(ここで鋭い人は『哺乳類動物型っぽいイーブイの進化系がルキの部屋へ入って大丈夫か』と思うでしょうが、『イーブイはシャワーズに進化するとき両生類動物型になる』と解釈していただきます)
僕は今度はルキに尋ねた。



「その先生、どんな人?」
ルキはなんだか嬉しそうに答えた。
「とっても明るくて、優しい先生だよ。」
ルキがそう言ってるならいい先生だろう。でも、僕は初めて会うことになる。どんな先生なのかな…?



午後十一時、勉強が終わり、ちょうどモモンの植木鉢に水をあげていたときだった。
「こんにちは~!」
誰か入ってきた。
「あ! ファス先生!」
そのファス先生、という人(ポケモン)がやってきた。
シャワーズのカウンセラーの先生。普通長身が多いシャワーズの中では背は低いほうのようだ。
「ルキちゃん! 久しぶり! 元気だった?」
「お久しぶりです。」
ファス先生、とっても明るい人のようだ。ルキもつられて明るく返事をする。ファス先生はすぐ僕のほうを見て言った。
「あ、君がアス君だね。セレさんから話は聞いてるよ。あたしの事は、セレさんから聞いてるかしら?」
「ううん…まだ。」
「そう、なぁんだ。ま、いっか。」
ファス先生は椅子に座る。ちょうどルキの真横にある椅子だ。僕が普段座っている椅子だけど、今回はあえて、もう少し遠いところにある椅子に座ることにした。



それから僕は専ら話の聞き手にまわった。
ファス先生と一緒にいるときは、ルキもけっこう喋る。なかなか見られない光景だ。あんまり口数を増やせない僕は会話に参加できない。
しまいに僕はじっと黙ってしまった。二人は話に夢中だ。
「…………」
なんだか寂しい気分になった。ファス先生といるほうが、ルキも楽しそうに見える。やっぱり、女の子の話は女の人のほうがわかるのかな。
二人は昼食も挟んで、午後1時まで話し続けていた。時々しか会えないだけあって、まだまだ話すことはあるんだろう。
僕はジャマだと思ってそっと病室から抜け出た。



僕は近所の公園に来ていた。公園と言っても遊具はない、芝生とベンチ3つがあるだけの広場だ。だから子供はほとんど来ない。静かな場所だから、僕も一人でくつろげる場所だ。
時計がないから今何時か分からない。でも今頃もルキは、楽しそうに話しているんだろうなぁ……
ルキは僕といるときより、ずっと楽しそうにしていた。むしろ、僕といた時間は本当に楽しかったんだろうか…。



どれぐらい経ったのか分からないほど時間が過ぎた。何をしていたわけじゃない。ただ、ぼうっとしていた。
その間、いろいろなことを考えていた。ルキと過ごした3日間。ルキは楽しそうだったけど、どうだったのかな?
……………………
「アス、やっぱりここにいた。」
誰かが僕の名前を呼んだ。声ですぐ分かる、セレ姉さんだ。
「アス、どうしたの? 私にも声かけないで外へいっちゃうなんて。」
あ、そうだ、セレ姉さんに断らないで外に来ちゃったんだ。
「ごめんなさい…言うの忘れてちゃって…」
「そう、忘れただけ?」
「え? う、うん。」
「なら良かったけど…。」
なら良かった? ってどういう意味?



セレ姉さんは僕の隣に腰掛けた。
「セレ姉さん、どうして、僕の場所が分かったの?」
「あなた、悩んでいるときはいつでもここに来るから。」
あ、そうか。
「アス、悩んでるのね。」
「うん…」
うん、と答えたけど、驚いた。セレ姉さんにはお見通しらしい。
「ルキとファス先生のことでしょう。」
「う、うん。」
また当たりだ。さすがセレ姉さん、僕の考えていることはほとんど分かってしまう。
「アス、嫉妬してる?」
「えっ…?」
これにはちょっと迷った。嫉妬? 嫉妬とは違うんだけどなぁ。なんだか…ルキと楽しそうに話しているファス先生がうらやましい。あれ? やっぱり嫉妬?
「う~ん…よく分かんない…」
「そう、やっぱりそうだと思った。…ルキには黙って出てきたんでしょう。」
「う、うん。」
「ルキ、あなたがいないことに気づいて、すごく心配してたよ。」
「………………そう。」
素っ気無く答えたけど、でもちょっと驚いた。
「…………アス…ルキ、本当に心配してたよ。ひょっとしたら、自分が嫌われたんじゃないかって。泣き止んでくれないの…アス、帰ってあげてよ。」
「う…うん…。」
僕は病院に向かおうとして立ち上がり、歩き出したけど…やっぱり足を止めた。
「セレ姉さん…」
僕は背後のセレ姉さんに尋ねた。
「…セレ姉さんやファス先生じゃ、慰められなかった?」
「? 急に何を…?」
僕はなんだか沈んでいた。
「…セレ姉さんや、ファス先生が慰められなかったのに、僕なんかに無理じゃないかな……」
「どうしたの、急に…」
「だって……プロのカウンセラーのファス先生にも出来なかったことが…僕にはできないよぉ…」
僕はその場(芝生)に座り込んだ。
ファス先生は、ルキとあんなに楽しそうにしていた。やっぱり、ルキはファス先生のほうが好きなんじゃないかな…。だから、慰めるならファス先生のほうが…
突然、セレ姉さんは僕の肩に手を置いた。
「?」
セレ姉さんが後ろから、僕に話しかける。
「どうしたの? 急に自信無くしちゃって…大丈夫よ。あなたには、あなたが思っている以上の力があるから。」
「…? ……??」
「確かに、ファス先生はプロのカウンセラーだけど、でも、人に元気をあげるのにプロもなにもないのよ。ひょっとしたら、あなたのほうが上手かも。」
「…そうかなぁ…でも、ファス先生と話してるとき、ルキはあんなに楽しそうに…」
「…確かに、ルキはファス先生と話している時は楽しそうね。ファス先生、話をしていて面白い先生だもの。でもね…あなたには、ファス先生に勝っているものがあるのよ。」
勝っているもの? 何だろ?
「包容力よ。」
「包容力…」
そういえば前、僕を選んだ理由は「包容力があるから」ってセレ姉さんは言ってた。
「そう…ルキはあなたを少しも疑っていない、信じてる。それは、アスに包容力があるからこそなのよ。」
「……」
「心配いらないよ。これは、あなたにだけ出来ることだから。」
「………」



僕は病院に帰ってきた。
ファス先生も僕を探していたらしい。セレ姉さんが電話で、僕を見つけたことを連絡していた。
セレ姉さんが病院の外で携帯電話を使っている間に、僕はルキのところへ。
僕がルキの部屋に入ってみると、中にはクラさんとルキがいた。
ルキはベッドで横になって泣いていた。クラさんはそれを必死に慰めている。
ルキはすぐ僕に気づいた。
「アス!!」
「あ、ルキ、ごめん、急に飛び出しちゃって…」
ルキはバッと起き上がって、危うくベッドから落ちてしまうところだった。僕はすぐに駆け寄った。
「アス…なんで…なんで出ていっちゃったの…」
ルキはずいぶん泣いたらしく、顔を真っ赤にしている。それでもまだ、いっぱい涙を零していた。
「ゴメン、ルキ。心配したよね…」
「……わたし……アスに嫌われちゃったって思った……ごめんね……ずっとアスのこと無視してて……」
「気にしないでよ。ルキ、話に夢中になってだだけじゃない。」
僕はもうちょっとルキに歩み寄った。そうしたら、何か言おうとする前に、ルキが抱きついてきた。
「……………」
ルキは自由がきかない手を必死に伸ばして僕に抱きついて泣いている、
ルキは想像以上に悲しんでいた。僕がいなくなったら、そんなに悲しいのかな…



こんなにひどく泣いてるルキを見たのははじめてだったけど、もっと驚く光景に遭遇した。
それはルキを泣き止ませたあとの話だ。
僕はルキと三時からリハビリを一緒にする約束をして、いったん休みを入れようとナースステーションへ向かった。
と、ナースステーションの中から泣き声が聞こえる。
「?」
そっと中に入ってみると、中にはセレ姉さんと、セレ姉さんに泣きつくファス先生の姿が。
その様子を見て驚いた。あの根から明るそうなファス先生が泣いてるなんて…
「…やっぱり、あたしには才能ないのよ…」
「ファス、ルキは特別な子だから…」
ファス先生がなぜか泣いている。なぜだか分からないけど…
僕はなんだか入りづらくて、気づかれないうちにステーション外へ出、ただただじっと外で待っていた。



三十分後、ファス先生が何食わない顔で出てきた。もう帰るようだ。
ナースステーションの前にいた僕に気づいたファス先生。
「あ、あなた、アス君ね。ごめんね、さっきはルキちゃん独占しちゃって。」
「…う、うん。いや、それは大丈夫…」
ファス先生はかがんで、僕と目線を合わせた。
「ルキちゃん、どう?」
「? う、うん。もう泣き止んだよ。」
「そう、良かった…。」
ファス先生はなんだか落ち込み気味で言った。
「…あなた、ルキちゃんと仲、いいよね。」
「…う、うん。そうだね。」
ファス先生はため息をついた。
「…いいなぁ。」
「? ??」
僕にはそのいいなぁの意味が分からなかった。
「あなたには、ルキを泣き止ませる力がある。プロのあたしにもできない事なのに…すごいなぁ…」
「う、うん…」
どう答えたらいいか分からない。ファス先生が続けた。
「…ごめんね、カウンセラーなのに、ダメだよね。嫉妬したりして。…でも、うらやましいんだ。アス君みたいに、誰とでも友達になれる人。ルキは、あたしのこと、友達みたいに思ってくれてる。でもダメなの…あたしからすると、やっぱり『教え子』なの…それ以上になれない。悲しいなぁ……。」
「??」
「あの子、本当にあなたを慕っているから、…頑張って。」
ファス先生はそれだけ言って帰ろうとした。
「ま、待って。」
僕はどうしても気になっている事があってファス先生を呼び止めた。ファス先生は振り返る。
「?」
「ファス先生、どうしてさっき泣いてたの?」
「あ。見られちゃったか。」
ファス先生は笑いながら言った。
「あの子を励ませなかったのが悔しくてね…。あなたに嫉妬したからかもね。」
「嫉妬?」
「ふふ…セレさんにも言われたでしょう。…あなたのほうが、あたしよりずっと大事なのよ、ルキにとっては。」
そういうと、ファス先生は帰っていった。



僕はルキの部屋に戻り、リハビリ、シャワーといつもの日程につきあった。
僕はルキのシャワーに付き添いながら、何気なく聞いた。
「ねぇルキ、もしも…もしもだけど…僕がもうここに来なくなったら……悲しい?」
「!? ど、どうしたの? 急に…」
それまで気持ちよさそうにシャワーを浴びていたルキは、急に僕のほうを振り返った。もしも、と言ったけど、ルキは本当に僕が来なくなるのかと思ったらしい。
「あ! いやいや、もちろん僕は毎日来るよ。でも、もしも…もしもだから。」
「あ、うん…そっか…」
ルキはうつむいて言った。
「寂しい。…嫌だよ…アスと離れるのは、絶対いや。…わたし、アスと出会って…こんなに幸せになったの、生まれて初めてなの…本当だよ? …アスに会うまでは……ただ…自分はこのまま、ただ意味も無く生きて、ただ意味も無いまま死ぬんだとばかり考えていたの……ねぇ、アス…」
ルキは急に僕の腕をつかんだ。
「絶対…絶対…離れないで…お願い……もし、アスがいなかったら、わたし、寂しくって寂しくって死んじゃうよ…」
「そんな、そんなこと言わないでよ…」
「ううん、大げさな事じゃない。本当だよ…今…わたしにとっては、アスが全てなんだから…」
僕が、ルキの全て…? 
「そ、そんなに僕の事を…??」
「…うん……………………」
しばらく、沈黙が続いた。
少しして、ルキはシャワーを止めた。
「…ごめん、ちょっと興奮しちゃって…心配しないで。大丈夫。アスがそばにいてくれたら。」
「そ、そう…なら良かった。」
ルキの様子は『ちょっと興奮しちゃった』どころではなかった。本当に、僕がいないと死んでしまいそうな勢いというか、そんな感じがした。



ルキと共に夕食を食べ終え、夜になった。
ルキが二日に一度の定期健診を受けている間、僕はルキとの日記をつける。これは、セレ姉さんに提出するものだ。
僕は正直に、今日、僕が思ったことを書いた。
ファス姉さんがうらやましかったこと、逆に、ファス姉さんが僕をうらやましがっていたこと。そして、ルキは本当に僕の事を大事に思っていること。
…書いてみて気づいた。ファス姉さんは、その、『僕がいないと死んじゃう』というくらいの気持ちに、嫉妬したのかもしれない、と。
僕はなにげなく、昨日のページを開いた。そうだ、ルキは『とても美しい花』『病気でボロボロになって今にも枯れてしまいそうな花』『支えが無くては生きていられない、可愛そうな花』だ、なんてことを昨日、書いていたじゃないか。
そうだ…ルキにとって、僕は綺麗な花を咲かせるための大事な支えなんだ。僕がいなければ、ルキは元気を無くしてしまう。死の恐怖に耐える壊れそうな精神を、支えるのが僕の役目。どうしてそんな簡単なことに気づかなかったんだろう。
まだまだ夏休みは長い。この日記には、この先どんなページができるんだろう?



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↓旧コメント

自分もよく嫉妬してます -- 7火薬 (2007-11-10 00:44:06)
333氏最高!!文章濃くて濃くて 見入ってしまいます(笑) やっぱり純粋な物語はこのくらい濃くないと・・・ -- 眞 (2008-05-25 19:21:01)


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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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