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隔離病棟の夏休み 五日目

/隔離病棟の夏休み 五日目

作者:333氏


五日目 狂気

もうルキと出会って五日になる。なんだか、何年も前からずっと一緒にいるような気分だ。
だけど、僕はルキについて、まだまだ知らないことがたくさんある。彼女の過去、今の本当の気持ち、自分のこれからをどう思うか…
僕は、ルキの明るい振る舞いに、彼女の希望を感じでいた。
でも、本当は、ルキの心の闇は僕が思っていたよりもずっと深いものだった。


五日目、木曜日。この日はルキは憂鬱そうだった。
「…どうしたの?」
僕が聞いてみても、ただ首を振って
「うん…」
と、答えるだけだった。
しかも、セレ姉さんの表情も暗い。授業のときも、なんだか不安そうな顔をしている。
「?」
わけがわからない。僕は授業のあと、ナースステーションで、思い切ってセレ姉さんに聞いてみた。
「ねぇ、セレ姉さん、どうかしたの?」
椅子に腰掛け背を向けているセレ姉さんは無言だ。無視したんじゃない、何か考え事をして僕の質問が聞こえないんだ。
「ねぇ、セレ姉さん、セレ姉さんってば!!」
僕が大声で呼んで、ようやく気がつくセレ姉さん。
「あっ…アス、どうしたの?」
「ねぇセレ姉さん、なんかルキもセレ姉さんも変だよ。どうかしたの?」
セレ姉さんは相変わらず不安そうな顔で言った。
「…うん………アス、ルキが二週間に一回、発作を抑える薬を投与するの、知ってるでしょう。」
それは確か教えてもらった。
「うん。」
「それが今日なの。」
「…うん。」
まだ話がわからない。
「それでね、その薬って、とっても副作用が強いって話したでしょう。」
「……うん。」
…なるほど…
「ルキ、その副作用が苦手なのよ。」
「………そうなんだ。」
僕は、副作用については知っていたけど、具体的にどんな風になるのか聞いたことが無かった。セレ姉さんはそれについて、説明してくれた。
「…その薬の作用は、呼吸器官の急な発作を抑えるもの。副作用は、頭痛と吐き気。ルキみたいな体が小さいポケモンには、それが強いの。しかも、ルキはまだ子供でしょう。その苦しさに耐えるのが大変なの。とってもストレスが溜まって…」
セレ姉さんは続けた。
「アスも分かってるわよね。あの子は生まれた時から病気と戦ってるんだけど、それと一緒に、ストレスとも戦ってるの。生まれた時から、ずっとあの部屋にいるから…」
そういえば、ずっとあの病室にいるんだ、ルキ。生まれた時から…。なんだか怖い。ずっと監禁されているようだ。
「…あの子は、ストレスを発散しないで、溜め込むタイプなの…。溜め込んで、我慢する。一人でずっと、耐えているの…。だけど、それには限界がある……」
限界? 限界になったらどうなるの?
「限界になると…ストレスを発散したくて、八つ当たりしたり、騒いだりしたくなるの。」
「ええっ!」
あの大人しいルキが八つ当たりするところなんてとても想像出来なかった。僕が驚いたからか、セレ姉さんは
「…仕方がないのよ。精神的にも肉体的にもストレスを受けて、我慢しろっていうほうが無理でしょう。」
確かに…。ルキの場合は、普通の人には想像できないくらいの苦痛なんだった。
外へは出られない、リハビリもサボらずやらなきゃならない、おまけに頭痛に吐き気、正常でいろというほうが無理だ。


午後のリハビリ。セレ姉さんから『ルキに無理させないで』と言われたけど、ルキはリハビリをやると言った。
ルキは相変わらず、一生懸命バランスを取りながら歩く練習をする。僕はその背後で支えてあげている。
ルキの憂鬱そうな顔は、リハビリのときにも変わらなかった。
「………………」
「ルキ、大丈夫?」
「………………」
返事は来なかったけど、別に無視したわけじゃないみたい、やっぱり聞こえてないみたいだ。…気が滅入っていて、僕の話が聞こえないらしい。
僕は無言で彼女のリハビリを手伝い続けた。

午後5時になった。薬を注射する時間だ。
クラさんが来て、手際よく準備を整えている。ルキもセレ姉さんも、じっとその様子を眺めている。
別に、ルキは注射が怖いわけではないらしい。というか、注射は慣れていて平気なのだそうだ。でも、怖いのは副作用。
僕は注射が苦手なので、ルキが薬を投与するときは目を背けていた。
「…はい、済みましたよ。」
注射が終わった。僕がルキのほうを向くと、ルキは青ざめている。でも、特に変わった様子はない…。
ルキの腕を見た。クラさんが止血をしている。さすがにプロだ。完璧といっていいほどしっかりとした治療。
ちなみに、注射のあとは綺麗に消すことが出来るみたいだ。ルキは二週間に一回、薬を打っているけれど、その腕に注射針のあとは全くない。
ルキは注射した跡をガーゼで押さえている。特に変わった様子はないけど、ルキに薬が効いてくるのは30分後。薬が回ったらルキは…大丈夫なんだろうか…

やがて、ルキが苦しみだした。頭痛がひどいあまり歯を食いしばって、頭を抱えている。時々、吐きそうな素振りも見せる。
僕はついつい
「大丈夫?」
と聞いてみる。ルキの返事はない。
「…………」
激しく唸るルキ。ますます心配になる。
「…………」
僕はただただ、何にも出来ないまま、ルキを見守っていた。

少しして、痛みのピークは治まったみたいだ。クラさんは、「辛いときは鎮痛剤をもってきます。」と言い残して、他の患者さんのところへ行ってしまった。セレ姉さんも、家庭教師の仕事があって、出かけてしまった。(二人とも、やっぱり心配そうだった。)
相変わらずルキは頭が痛いらしく手を震わせて、苦しそうだ。僕は、声をかけることができなかった…。
…と、ルキが口を開いた。
「…もういやだ…」
僕はびっくりして、ただただルキの顔を覗き込んだ。ルキの目には一杯涙が溜まっている。
「…いやだ…苦しい………もう…いやだ………」
「ルキ…」
僕はルキに言った。
「大丈夫?」
「…………」
ルキは返事をしない。
「ねぇ、ルキ、もし苦しいなら、看護婦さん呼んで鎮痛剤飲ませてもらったほうが…」
すると突然ルキが叫んだ。
「いいのっ!!!」
びっくりする僕。ルキは泣きながら言った。
「もういい! いや!」
「ル、ルキ、大丈夫?」
「もういやだ!」
「ルキ…」
「もうたくさん! いやだ! 我慢できない!」
「ど、どうしたの? ルキ…」
ルキの様子がおかしい。ルキは泣きそうになって…それとも、怒りが爆発したような感じ…とにかく、異常に感情が高ぶっている。
「…なんで…」
「??」
「なんで…わたし………こんなに、いろんな人から優しくしてもらえるの?」
「え?」
それは、ルキは一人では生きられないから…と言うのも不親切だから…
「ルキが、生きようって頑張ってるから、みんなも、ルキに生きて欲しいんだよ。」
と、答えた。ルキがそれに激しくつっかかる。
「なんで!? じゃぁ、なんでわたしに生きて欲しいの?」
「えっ!? な、何言ってるの…?」
ルキはもう泣きながら叫んだ。
「何でわたしなんかを助けようとするの? わたしを助けたらどうなるの!? わたしなんて、いろんなひとに助けてもらって、散々迷惑かけて、それで…でも、わたし…なんにも返せない……。それなのに、なんで助けようとするの!?」
「ル、ルキ…」
「わたしの病気はどんな治療をしても治らない…どうせ治らないのになんで助けようとするの!? 助けたって無駄よ! わたしなんか!!」
「な、なんでそんな事言うの…?」
「教えてよ…わたし、なんのために生きてるの? 人に迷惑かけるため? わたしのしてることなんてそのぐらいじゃない! 生きてる意味なんてないよ! わたしなんて死んだほうがましだよ!!!」
「もうやめて!!!」
僕は我慢できなくなって叫んだ。

沈黙が続いた。ルキは僕が叫んだのにびっくりしている。僕は、もう我慢できなかった。
「ルキ…生きてる意味がないなんて…なんで言うのさ…。そんな事…そんな事、絶対ないよ…。確かに…ルキはいろんな人の手を借りて生きてる…言い換えれば、いろんな人の迷惑になっている…ことになるかもしれないけどさ…でも、それに返そうなんて、無理に思わなくてもいいんだよ! いや…ルキはちゃんと返してるじゃないか…」
「何を…?」
「ルキが、頑張って生きること…。」
「??」
「ルキが生きようとすること。それが、僕や、セレ姉さんや、病院の人たちにとって、何よりも、嬉しいことだよ…。」
「…何…それ…?」
「…僕達は、何のためにルキを看護してると思う? …ルキに、生きて欲しいからなんだよ? …そう……ルキが生きていてくれることが…一番…嬉しいんだよ…。何も返さなくていいんだ…生きていてくれることが…一番…ルキに出来る事なんだから…。」
もう僕は何を言うのもためらわなくなった。
「ルキ……ルキは…もう嫌かもしれない…これ以上、我慢できないかもしれない…投げ出したいかもしれない…そう思うのは当たり前だよ。…でもね…忘れないで、ルキは一人じゃないんだよ? …辛くなったら、僕とか、セレ姉さんに言ってよ。…出来る事を…してあげるから…」
正常の僕だったらこんな事、恥ずかしくて言えない。でも、僕自身もかなり感情が高ぶっているようだ。言ってしまった。(あとで日記を見て、一人で真っ赤になることになる…)
ルキは、だいぶ大人しくなって、黙って僕の話を聞いていた。やがて僕の話が終わると、こくんと頷いた。
僕は改めて、ルキに聞いた。
「ルキ、鎮痛剤もらってこようか?」
ルキは、黙って頷いた。

夜になった。ルキは鎮痛剤で少しは楽になったみたいだけど、まだ苦しくて、夕食を食べる気が起きないらしい。
ルキはそのまま、寝ることにしたようだ。ルキは横になるとき、最後にこう言った。
「…ちょっと…心の整理がしたいの…もう眠るね…」
ルキは眠りについた。僕は、セレ姉さんにお願いして、一晩だけルキの傍にいてあげることにした。僕はルキの部屋にある来客用ソファーで横になり、ルキと一緒に眠りについた。

五日目深夜へ


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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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