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隔離病棟の夏休み 三日目

/隔離病棟の夏休み 三日目

作者:333氏

三日目「花」



ルキと会って三日目の朝。火曜日。
昨日と同じく、ルキが起きる前にセレ姉さんと病院で待ち合わせ。
僕はセレ姉さんに、前々から気になっていたことを話した。
「ねぇ、ルキの部屋って、女の子の部屋にしては殺風景だと思うんだけど、どうかなぁ?」
これは本当に気になっていた。女の子の部屋なんて見たことは無いけど、でもいくらなんでも物がなさすぎる。
セレ姉さんも確かにそうだと言った。
「そうねぇ…アス、何か考えがあるの?」
「…うん。」
僕にはルキの部屋を飾るある考えがあった。



その日の朝のうち、僕は病院を抜けて近所の森へと入った。
ここの森は環境がいいため、いろいろな種類の植物がある。もちろん、木の実もだ。
僕は森の中を歩き回って、モモンの実が三つ生っているのを見つけた。
「これがいいかな…」
僕の考えは、何か木の実をルキの部屋へ持っていって育てるというもの。そういう植物があったほうが、まだ部屋の雰囲気が良くなるはずだ。モモンの実はきれいな花をつける。これにしよう。



僕はモモンの実を一つ取って、それから家にしまってあった小さな植木鉢をひとつ、森の土をほどよく詰めて持っていった。
植物系ポケモンに病気がうつらないのと同じく植物にも病気はうつらないし、中に入れて病原菌がついた植物や土もよく消毒すればまた外に出すことが出来る。(病原菌の感染力は弱い。だから植物内に取り込まれた病原菌もすぐに死滅する。)
僕はセレ姉さんと病院の人に許可を得て、モモンの実をルキの部屋で育てることにしたんだ。



僕が病院へ向かう途中、学校のクラスメートのワニノコの男の子と出会った。
「あ、アスじゃん。なぁなぁ、今日一緒に遊べない?」
一緒に? うん、遊びたいけど…ルキの手伝いがあるから無理かな。
「ごめん…ちょっとね…。」
「なぁんだ、なんか用事でもあんの?」
「うん、実はね…」
セレ姉さんの話だと、ルキのことは秘密にしなくてもいいらしい。ただ、新しい友達を連れてくるのは、もうちょっと待ったほうがいいって…
僕は、ルキのことを話した。
「へぇ~っ!? 病気の女の子を!?」
「うん、そうなんだ。」
「ええ~っ? 病気の奴の世話? ずいぶん面倒なことやってるんだなぁ。」



そのなんとなく、なんとなく発された「面倒なこと」という言葉が、僕をかなり傷つけた。





面倒なこと? 





助けが必要な人を助けることが、面倒なこと?





それは、絶対にやらなければならないことじゃないのかな…?





面倒で済ましていいことじゃない…





僕はそう思ったけど、でも、別にワニノコに突っかかることもなく、その後別に何事も無く、その子と別れた。
でも、その言葉が、とても気になった。
これは、面倒なことなのかな? いや、絶対そんなわけない! でも、他の人から見ると、面倒なことなのかな?
僕はルキを助けることは面倒なんて絶対に思わない。…僕がそんな性格だから、セレ姉さんは僕を選んだのかな…?
………普通の人にとって、これは、面倒なこと……なのかな…



僕が病院に戻ると、ルキはもう起きていた。
「あ、おはようアス。」
ルキは相変わらずにっこりとあいさつしてくれた。次にルキは僕が持っているモモンと植木鉢に気づく。
「あれ…アス、それ何?」
「ん? あぁ、これね、ルキと一緒に育てようかなぁって思って。」
ルキは興味津々の様子だ。
「へぇっ。…植物を、育てるの? …わたし、はじめてだなぁ。」
ルキは初めてなんだ。なるほど。
僕は植木鉢に入れた土に浅い穴を掘って、そこにモモンを植えた。ルキはただそれを見ていただけだけど、なんだかワクワク楽しそうだった。
ルキの楽しそうな顔を見ていると、僕は充実感に満たされる。やってよかったと思う。決して面倒じゃない。うん、どんなに少なくとも、僕にとっては…。



あっという間にモモンを植えた僕は、その植木鉢を、ルキの手が届いてかつ日光が当たる机の上に置いた。
ルキは僕にモモンに水をあげたいと言った。僕は「泡」が使えるのでそれでモモンに優しく水を与える。
ルキはモモンの実を嬉しそうに眺めている。僕もその様子を眺めて思わず笑顔になってしまう。もちろん、僕らの様子を見ているセレ姉さんもだ。
「さぁさぁ、二人とも、モモンの実も植えたことだし、手を洗ってきて。勉強はじめるよ。」
そうだ、勉強しなきゃだった。…でもルキと一緒なら、勉強だって苦にならない。
「はい。」
僕らはモモンの実の植木鉢を隣に置き、勉強をはじめた。



勉強が終わった後、昼食までの時間にも、ルキはじっとモモンの植木鉢を眺めていた。
「…楽しみだなぁ。どんな苗になるのかなぁ…。」
ルキは嬉しそうだ。
「ルキ、ねぇ……」
僕は植木鉢に夢中のルキに話しかけてみた。
「? なに?」
「ルキ…こんなこというのは失礼かもしれないけど、この部屋って…なんだか殺風景じゃないかな?」
「…そう?」
あ、そうだ。ルキは生まれてからずっとこの部屋に閉じこもったままなんだった…。殺風景と派手の区別なんて分からないよね。
「…ごめんごめん。こういうのも個性的でいいよね。」
僕はなんとか誤魔化した。
ルキには悪いこと言っちゃったなぁ…表を知らないルキに、派手を要求なんて無理だ。…
「ルキ…ごめんね。」
「え? 何が?」
ルキはぽかんとした表情で僕を見返した。
悪い言い方をすれば、鈍いということだろう。いや、競う相手もいないんだから当たり前だけどね。
…ルキに足りないものがまた見つかった。自分を良く装う術だ。ルキは自分の見た目なんて気にしない。見せる相手がいないからだ。
でも、無理にそんなことをルキに要求する気もない。
僕がぼうっと考えていると、ルキがとつぜん言った。
「ねぇアス、…綺麗な花、咲くといいね。」
僕ははっと我にかえり、それから答えた。
「う、うん、そうだね。でも…」
僕の頭の中にある考えが浮かんだ。それを言うべきか、言わないほうがいいか…悩んだけど…僕は余計なこととは思いつつも、言った。
「僕、どんなに地味な花でも、誰にも見られないような小さな花でも、咲いてくれると嬉しい。それが、咲きづらいような環境で育った完全じゃない花でもね。…ううん、ひょっとすると、逆にそういうものが…どんなに派手で綺麗な花よりも…美しいんだと思う。」
これは本当に余計なことかもしれない。そう、これはルキの事を言っているんだ。
最近の女の子はやたら容姿にこだわるけど、でも、そういう子よりも…どんな境遇でも、自分を装うような力が無くても、それでも一生懸命生きる女の子のほうが、僕はずっと好きだ。
ルキはクスクスと笑いながら言った。
「ふふ…それ、わたしのこと言ってるの?」
! 
気づいちゃった。そうか、ルキは本をたくさん読んでいるから、そういう遠まわしな表現なんてすぐ分かっちゃうんだ。参ったなぁ…
「アス、なにしょんぼりしてるの? …気にしてるの? 気にしないでよ。嬉しかったよ。わたしのこと、そんな風に言ってくれるなんて。」
僕は恥ずかしくって、情けなくて、顔を伏せてしまった。



午後、ぼくらは昼食を食べ終えてリハビリを行っていた。
リハビリを手伝う。それはかなり身体の接触を伴う。ルキの身体の感触がもろに伝わってくるんだ。
ただ、ルキの身体に触れて感じることが一つある。
ルキの身体は、女の子にしては痩せている。その痩せかたは、やはり普通ではない。ほっそりしているどころか、身体に骨っぽさを感じるくらいだ。
脂質も筋肉もほとんどない。そう…栄養が少し足りない幼児みたいだ。
ルキの肩をつかんであげた。ルキの腕を見ると、異常なまでに細い。下手すると簡単に折れてしまいそうなくらい……。
「…アス?」
「…ん? 何?」
「どうして涙ぐんでるの?」
「えっ…」
僕の目には、知らない間に涙が溜まっていた。なんだか、胸の中に悲しさがこみ上げてきたんだ…
「…アス?」
「…ううん…なんでもない…ちょっとね。」
こんな事ルキに言う必要はない。でも、僕自身にとっては、ちっとも「ちょっと」じゃない…



リハビリが終わって、僕はルキのシャワーに付き添う前にセレ姉さんのいるナースステーションへと向かった。
もうダメだ…こらえられない…ルキの事を考えると…
ルキは、花にたとえれば、病気でボロボロになって今にも枯れてしまいそうな花だ。そんな花、普通の人なら見向きもしない。
僕はそんなの嫌だ!! 枯れそうな花でも、大事にしてあげたい。きっと息を吹き返すんだ。だって、その花は一生懸命生きようとしているんだから!!!
…僕は、そんな気持ちを全部セレ姉さんにぶつけた。そして大声で泣いた。
「アス…大丈夫よ……あの子は、ちゃんと、必死に自分で治ろうとしているのよ。」
「うん…だけど…だけどぉ……」
僕はなぜか、涙が止まらなかった。何でだか分からない。何で悲しいのか分からない。だけど、悲しかった。ルキのことが…ひたすら悲しかった…
「…ウッ……ウッ……」
「……………………」
その悲しみの原因は僕自身にも、セレ姉さんにも、誰にも分からなかった。
「…アス……分かった。悲しいなら、思い切り泣いて…。あなたのしている事は、間違っていない。大丈夫。そういう、枯れそうな花にも目をやる心を持つ人が、一番なのよ………」
僕も、どうにもならなくて、ただただ泣いた。心の整理がつくまで…。



30分ほど泣き続けてしまった。だけど、そのお陰で落ち着いて、心新たにルキとやっていけそうな気がする。
ルキのシャワーに付き添う約束、してたんだっけ。心を落ち着かせて、手伝ってあげないと!



ルキは相変わらず気持ちよさそうにシャワーを浴びる。その姿は、まるで水をもらって元気を取り戻した花のようだ。
そう、ルキは花…装った綺麗さはないけど、でも、それでもとても美しい花だ。だけど、病気を持ってしまい、萎れそう。元気もない。支えが無くては生きていられない、可愛そうな花。それでも、頑張って生きる、生きようとする花。それがルキだ。
花の可憐さだけを求める人は、病気になった花なんて見向きもしない。見た目が可憐で、きれいなものだけを選ぶ。
そういう人が、増えている。事実、この病院に勤めている人だって減っているそうだ。
でも、僕は…例え見向きもされない花でも、大事にしたい。また、蘇る手伝いをしたい。セレ姉さんや、クラさんや、この病院の人たちだって同じのはずだ。



今日はルキも疲れたらしく、シャワーの後、すぐに眠ってしまった。おそらく夕食まで眠り続けるんだろう。僕も疲れてうとうとしてしまう。
…ルキ…すぐに疲れやすくても、それでもリハビリは欠かさず頑張る、絶対病気には屈しない芯が強い子だ。
……絶対屈しない心を持っているんだ、支えがあれば、いくらでも立ち上がるチャンスがある。僕も、その支えになりたい。



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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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