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隔離病棟の夏休み 一日目

/隔離病棟の夏休み 一日目

作者333氏



あと、いろいろ注意書き
※この作品の世界観は前の話と異なり、人間が住む世界とほぼ同じような世界にポケモンが住んでいる、という話です。
※全てがポケモンの世界ですが、会話をスムーズにするために『人』などの代名詞を用いることがあります。
※今回の話は中盤近くまでエロほぼ一切無し(あっても抱擁程度)、後半でも微々たるものです(接吻程度)。ほぼ健全です。ご了承ください。
※一話一話が長いので一度に連続で投稿します。しかし更新は遅し


隔離病棟の夏休み

は、はじめまして…僕、ゼニガメの…アス…っていいます…
カントー校(カントー地方にあるポケモンの学校)の中学一年で…えっと…
とにかく、今から始まるのは、僕が、ある女の子と出会った物語です。

僕が、その子とであった初めのきっかけは、僕とその子をつなぐ絆ともなった僕の家庭教師、サーナイトのセレ姉さん。
僕の両親は遅くまで働きに行っているので、僕の夕食を作ってくれたり、世話をしてくれるのはセレ姉さん。ある意味、休日もろくに顔を合わせない両親よりも信頼できるかもしれない…。
そんな彼女が僕に持ちかけてきたある話
「ねぇ、アス。街の外れにある隔離病院って知ってる?」
「隔離病院? うん、知ってる。」
街の外れの隔離病院の話だった。隔離病院といえば、伝染病など、他のポケモンにうつる病気をもつポケモンを隔離して入院させる施設。僕の街の外れにある。僕も知ってるけど、入ったことなんてない。というか、許可がないと入れない。
「それが、どうかしたの?」
「うん…あの施設にね、一匹のメスピカチュウが入院しているの。あなたと同級生。」
「へぇっ…」
入院…ということは、その子、伝染病で病院入りしてるのかな。…それで…?
「その子が、どうかしたの?」
セレ姉さんはうなずいて答えた。
「彼女、病気だから学校に行けなくてね。勉強は私が教えてるんだけど、隔離されてるから友達はいないの。ねぇ、寂しがっているから、そこに入れる許可をちゃんととって…友達になってくれない? その子と。」
「友達に?」
突然のお願いにちょっと戸惑う僕。
「隔離病棟にいるんでしょう? 病気は、うつらないの?」
「あぁ、それは大丈夫。あの子の病気は哺乳類動物型のポケモンにしかうつらない病気だから。…ほら、明日は学校お休みだから…会いにいけるでしょう。」
なるほど…うつるかどうか心配だったけど、それなら会うことはできるんだ。
明日か…僕の両親は明日、出張とかでいない。だから、行くのは問題ない。
でも…僕でいいのかな…恥ずかしいけど、僕、ちょっと弱気っぽいところがある。僕で大丈夫かな。
「ねぇ、僕なんかが友達になれるの? その子と…」
「うん、その子、とっても素直な子だから、素直なあなたともすぐ仲良くなれると思うの。…お願い…どうかな?」
…病気の子の友達になってあげる…はじめてのチャレンジに戸惑った僕、うまくできるか正直心配だ。その子がどんな子かも分からないし…でも、
「うん、会いに行く。」
やってみなきゃわからない。僕は承諾した。
僕がOKを出すと、セレ姉さんは嬉しそうに言った。
「そう! 良かった! あの子もきっと喜ぶよ! じゃぁ、明日、よろしくね。」

次の日、学校はお休みだ。僕は朝からセレ姉さんと一緒にその病院に出かけた。
「ほら、ついたよ。」
そこは、寂れた病院だった。話によると、先生や看護婦さんは、病気に強い鋼や毒タイプのポケモンばかりだそうだ。
「こんなところに…?」
「えぇ。」
…こんな小さいところに入りきりなんて…もし僕がその立場なら…ちょっと怖い気がした。
僕は病院の中に招き入れられた。
さすが隔離病院だけあって、簡単には病室に入れてもらえないみたい。下手に入ると病気が感染することもあるからだって。
「アス、ここだよ、この子の部屋。」
僕が連れてこられたのは、一つの病室の前。
その子の部屋に出入りするには、ちゃんと消毒してからじゃないとだめだって。それに、前も言ったとおり哺乳類動物型のポケモンは病気がうつるから立ち入り禁止。僕とセレ姉さんはセーフだけど、たとえばニャースとかピッピは入れない。
「…その子、中に一人ぼっちなの?」
「そう…この中に入るのは、看護婦さんやお医者さんくらい。私はあの子に勉強を教えるために入れてもらえるけど…」
そうか…だから、友達はいないんだ。

僕はその部屋に入れてもらった。
その部屋は、とっても簡素で寂しかった。
窓はあるけど、開かないようになってる。部屋の空気を入れ替えることはできるみたいだけど、それも外に病気がもれないように特殊な機器で行うことになっているみたい。
家具はほとんどない。あるのはただ、本棚とか、食事用の小さい机とか…あと、ベッドが一つ。そこに、ピカチュウがいた。上体だけ起こして本を読んでいる。
「ルキ、昨日話したお友達、連れてきたよ。」
そのピカチュウはルキというらしい。セレ姉さんがそのピカチュウを呼ぶと、ピカチュウは顔を上げてこちらを向いた。
ルキとはじめて目が合う。ルキは元気が無い声で僕に向かって言った。
「あ…はじめまして…」
「はじめまして。」
僕はちょっとドキドキしながら返事をした。
…なんでドキドキしてるか…だって?
だって…ルキ…
す ご く か わ い い か ら
澄んだキレイな目、ちょっと高い鼻、薄めの唇。僕のタイプだった。ただ、やはり病人らしくずいぶん痩せている。顔色もあんまりよくない。健康体だったら、もっともっと美人のはずだ。とにかく、僕は一発でルキに惚れてしまった…。
「ルキ…で、いいんだよね。僕、アスっていいます。」
「アス…よろしく。」
ルキは僕に向かって微笑んで見せた。またその笑顔がかわいい…。だけど、なんだか寂しそうな笑顔だった。
「ルキ…はぁ…」
「じゃ、私はちょっとお医者さんと話してくるから、二人でいてね。」
「えっ!?」
セレ姉さんは病室を出て行ってしまった。
僕とルキで二人きり。何を話したらいいか分からずお互い困ってしまう。
「えっと…ルキ…ちゃん? …うぅん…何て呼べばいいかな?」
「ルキ、でいいよ。」
「そう。ルキ…えっと…」
何を話したらいいか分からない。僕が戸惑っていると、ルキから話しかけてくれた。
「…こっちに座って。」
ルキはベッドの横の椅子を指差したので、僕はその椅子に座る。
「ルキ…えっと、何を話せばいいかな…えっと、僕のこと、セレ姉さんから聞いた?」
「…うん。先生(セレ)からいろいろ聞いたよ。」
「セレ姉さんとはどんな関係なの?」
ルキはじっと下を向いて言った。
「…わたしって、ほら、外に出られないでしょう。学校にも行けないの。だから学校で習うような勉強は…みんなとは別だけど…先生から習って、みんなと同じくらいやってるよ。」
「そうなんだ……でも、学校に行ってない…友達もいないんだ…」
ルキは寂しそうな顔をした。一瞬(しまった!)と思ってしまった。ルキはしょんぼりして言った。
「……学校に…わたしも行きたいよ。それに、外にも行きたい…。でもね、もう、物心ついたときはここにいたの。おとうさんもおかあさんも、小さいうちに死んじゃって…。だから、この病院の中のことしか知らないの。外には、出たことがない…。」
「そうなんだ…」
しゅんとしてしまった。気まずくなった僕は話を切り替える。
「じゃ、じゃぁさ、僕が学校の話とか、外の話もしてあげる。」
ルキは顔を上げた。
「…本当?」
「うん、いろいろ、聞きたいでしょ。ルキが知らないこと、いろいろ教えてあげるよ。」
ルキはにこっと笑ってくれた。
「…ありがとう。聞かせて。」
ルキに頼まれて、僕は普段の生活の話や、学校の話、そのほかのいろいろな話をしてあげた。僕は一生懸命話したからか、ルキはそれをすごく楽しそうに聞いてくれる。
外のことを知らないルキにとって、僕の話はとても興味があることなんだって。

たっぷり2時間くらい話し続けてお昼になった。
「失礼します。」
看護婦のクチートさんが昼食を運んできた。
昼食といっても僕が普通に食べる昼食の20分の1もない。
看護婦さんと同時にちょうどセレ姉さんが帰ってきたので、ルキが昼食を食べる間、僕らは消毒して病院を出、街の方に戻って外食した。
外食時、僕は気になったことがあったから、セレ姉さんに話を聞いてみた。
「ねぇ、セレ姉さん…ルキには、友達がいないの?」
「えぇ。…普通のポケモンは、あの子に近づけられないから…かわいそうよね…でも、仕方が無いの。」
「仕方が無い…」
「私は、6年前からあの子に勉強を教えてる。それだけじゃなくて、話し相手になったり、頼みを聞いてあげたりしてるの。」
「頼み? たとえば?」
「本が欲しい、っていうのがほとんどかな。だけど、あの子、頼み事をあんまりしてこないの。」
「? なにそれ? 何で? 遠慮深い子なの?」
「ううん…欲が無いのよ…」
「欲…」
「…こんな事、あの子に言っちゃダメよ。」
セレ姉さんは僕に顔を近づけて、話を始めた。
「…あの子の詳しい症状を教えて無かったわね。今、説明する。」
セレ姉さんは、ルキの病気の症状なんかについていろいろ説明してくれた。

①全身の運動神経が著しく鈍り、体の自由がきかない。普通のポケモンの50パーセント以下しか運動できない。体にもうまく力が入らない。
②バランス感覚が狂い、自力で立っていることができない。支えられて何とか立てる。この症状はリハビリである程度何とかなる。ルキも自主的に実施中
③体に疲労感が溜まりやすくなり、すぐに疲れる。睡眠時間が長くなる。
④ポケモンとしての能力も鈍る。ルキの場合は電撃がほとんど使えない。
⑤まれに呼吸器官の発作が起こる。ルキの場合はあまり酷くないが、突然命に関わる発作が起こる可能性も十分にある。
⑥病気の症状ではないが、病気の症状により鬱状態になることが多く、食欲、物欲など欲がなくなる。
⑦知能的障害・成長に関する障害はない
●感染力が強い病気で、空気感染する。定期的に注射することで⑤の発作を抑える薬がある。ルキもそれを使っている。ただしその薬には頭痛、吐き気などの副作用がある。
●衛生的な面からも、入浴は行ったほうが良い。体を温めるほうが症状が緩和する。ただし転倒などの危険があるので付き添いが必要。
その症状を聞けば聞くほどルキがかわいそうになった…
でもそれとは別に、僕の中にはある疑問が。
「あの…セレ姉さん…なんで、僕はルキに会っていいの?」
「え…それは、あなたは病気がうつらないから…」
それは分かってるんだけど…
「…他に、友達になりそうな人はいなかったの?」
僕が抱いていた疑問だ。ルキの様子では、僕以外に、あの部屋に招かれた子はいないみたいだった。
つまり僕は選ばれた。なんでセレ姉さんは僕を選んだんだろう? それが気になっていた。他に、彼女の友達になりそうな人はいなかったのかな?
「………うん。まぁ…いなかった…というか…。」
「…そうなんだ…」
いろんなところで家庭教師をしているセレ姉さんなのに、ルキの友達になれるのが僕しかいないなんて…ちょっと変なの。

昼食を食べ終え、僕達は病院に戻った。ルキは僕が帰ってきたのを見て喜んだ。
「あ…アス、戻ってきてくれたんだ…嬉しい…もう来てくれないかと思った…。」
「そんな、もっともっと話したいことはいっぱいあるんだから…」
セレ姉さんが僕の言葉を遮った。
「じゃぁ、私は、またお医者さんと話があるから、二人でいてね。ルキ、今日のリハビリ、アスとやってね。」
「はい。」
そう言ったきり、セレ姉さんは出て行ってしまった。

いろんな話をルキにしているうちに、時計が午後2時を指した。
「…アス、さっき先生が言ってたリハビリ…ゴメン…つきあってくれる?」
「うん、もちろん。」
「…ごめんね。」
ルキは申し訳なさそうな顔をした。
「気にしないでよ。」
今、いろいろな言葉をかけると、かえって彼女に気を使わせてしまう。僕はただ、その一言を明るく彼女にかけた。彼女も、ホッとした様子だ。

リハビリってどこでやるんだろう? と思ったら、ちゃんとそれ専用の、小さい体育館のような施設が存在した。
もちろん、一人ひとりに一部屋ずつあるものなのでそれほどは広くない。けど、天井はガラス張りになっていて日が入る。清清しい場所だった。
彼女は右手を手すりに、左手を僕の肩にかけて歩く練習をした。何度もふらつきながら、それでも、頑張って歩くルキ。
まるで幼児が歩く練習をしているようだったけど、一生懸命な顔を見ると笑うことはできない。
そうだ、彼女は必死なんだ。歩くことに、僕が当たり前にできることに…。
そんなことをぼうっと考えながら手伝いをしていると、ルキが突然バランスを崩した。
「きゃぁ!」
「うわっ!」
バタンッ!!
二人で倒れてしまう。僕は別に倒れそうではなかったけど、彼女が地面に倒れないように僕がわざと下になった。
「…うぅぅ…」
「ご、ゴメン…うっ…」
ルキは必死に起き上がろうとしている。でも、体に力を入れるのが苦手な彼女は起き上がれず、自分で起き上がることが出来ない。
「ルキ、落ち着いて、起き上がるの、手伝ってあげるから!」
「あっ、うん…」
ルキはおとなしくなる。僕は彼女と向かい合って下にいる状態だから、まずは彼女の背中に手を回し、彼女を支えながらゆっくり右に回り、彼女の下から抜け出た。これでお互い、並んで横になる。そのあと僕は起き上がって、彼女を起こしてあげた。
ルキは泣きそうな顔をして僕に謝った。
「ご、ごめん…わたし…わたし…」
こんな状態で言葉をかけてもあまり効果は無い。僕はルキの背中に手を当て、優しくなでてあげた。ルキはちょっと、落ち着いたようだ。
今回のことでよく分かった。彼女は人と接触する機会がないために、感情も育ちきっていない。恐怖心を制限する精神を持っていないんだ。幼児のように。
まぁ、今日見た限りでは…性格は素直で真面目で少しくらいじゃ屈しない。なかなか芯はあるみたいだけど…だけど、やっぱり苦労を紛らわせる、どうして苦痛に対して助けがいる、甘えたいところはあるはずだ。
じゃぁどうすればいいか? 考えた末に編み出した答えは、『彼女は人との接触に慣れておらず、恐怖心も感じやすい。それに彼女は人の数倍もの苦労や苦痛を背負っている。支えになるつもりで、思い切り甘えさせてあげたほうがいいかもしれない。』
(以上の意見をセレ姉さんに言ったら、『あの子には叱りが必要なところはないからそれでいい』と言われた。)
彼女は疲れた、と言い出した。疲れやすいのも病気の症状だったっけ。こういう時は無理はせずに、この日のリハビリはおしまい。部屋に戻ってもう一度休ませてあげよう…
ルキは少しシャワーを浴びたい、と言った。なかなか綺麗好きらしい。もちろん、シャワーにも立ち会ってあげる。
シャワールームも、トイレの隣に個室で準備されている。寂れた病院だけどけっこう機能してるみたい。
ルキは、とりあえずお湯の入っていない浴槽でシャワーを浴びることにした。僕はその隣で肩を貸してあげている。僕はどんなに濡れても平気だから良かった。
(異性のシャワーに付き合う、というのは人間の間の話だったら信じられないようなことだけど、ポケモン間ではそんなに破廉恥なことではない。)
ルキは温かいシャワーを浴び始めた。
彼女の顔はだんだん火照ってきて、頬がやや、血色を帯びてくる。シャワーは気持ちよさそうだ。
「…いつもは看護婦さんに手伝ってもらってるんだけど…ごめんね、アス、」
「気にしないで。僕で手伝えることがあったら…」
ルキはけっこう長めにシャワーを浴びた。
長いシャワータイムが終わり、ルキは身体を拭いた。ちょっと顔色が良くなったルキはますます可愛らしい。

僕がルキを支えながら部屋に戻ったら、もう夕方だ。部屋ではセレ姉さんが待っていた。
「二人とも、夕食、できたよ。」
セレ姉さんが僕の分も夕食を作ってきてくれた。僕の分は普通な量だけど、やっぱりルキの分は少ない。
午後6時。セレ姉さんは他の子の家庭教師で出かけていった。
それで、夕食は僕とルキで二人きり。
ルキは黙って夕食をとっていた。なんだか、表情が暗い。そもそも、今日一日彼女と過ごして、彼女の「楽しそうな顔」は一度も見なかった。
たしかに、僕の話に興味を持って「喜んでくれる、嬉しそうな顔」はしてくれた。でも、「楽しそう」ではなかった。どこか、寂しそう、暗いような感情が、彼女の顔には隠れている気がした。
「……………」
「……………」
話が全くはずまない。
「………ねぇ、ルキ…」
つい話しかけてしまう。
「?」
ルキは顔を上げて僕の顔を見た。
「ルキ…大丈夫?」
「??」
「あっ…いや、なんだか元気、ないなぁ…って…思っ…て………」
かなりデリカシーの無いことを言い出してしまい後悔する僕。ルキはちょっと沈んだ表情をして、ぼそっと言った。
「…元気…」
「?」
ルキが食器を置いて話し始めた。
「…元気…でないの…」
「??」
ルキは悲しそうだった。
「………………何か…希望…とか…やる気…とか…出ないんだ…」
「……………? ど、どういう意味?」
ルキは急に、我慢できなくなったかのように話し始めた。
「…お願い、聞いて………正直…わたし、この先どうなるかわかんなくって…それで…なんか、もう、どうでもよくって…」
「…そう…なんだ……??」
なんだか、自分とは全く関係のない話にさえ聞こえてしまった。ルキの状況は、僕には実感が持てないほど深刻なんだ。
ルキは泣いているようだった。
「…アス………わたし…ね……もう、何のために生きてるのか分からなくて……いろんな人に迷惑かけてるし……自分が、いつ死ぬかも分からないんだよ…」
『自分が、いつ死ぬかも分からないんだよ』その言葉を聞いた瞬間、心臓が止まりそうな衝撃を受けた。
生きているものはいつかは死ぬ、そんな事は僕だって知ってる。でも、そんなこと考えたことも無かった。
「ルキ、し…死ぬのが怖い…?」
また、うっかりとんでもない質問をしてしまう。ルキは急に顔を上げた。ルキは無理やり笑みを浮かべている。
「…ううん、怖くない。」
「…えっ!?」
意外な答えだった。もし僕がルキの状況だったら…想像もできないけど、でも、それでも想像してみたら……怖い…いつ自分が死ぬか分からない、一ヶ月後かもしれない、一週間後かもしれない、いや、明日…それもと、ひょっとしたら一時間後…病気が悪くなって、死ぬかも…怖い、怖い……でも、ルキは怖くない、って…
「怖くないの?」
ルキはもう必死になって、僕に話した。
「…うん…慣れたの…アス…わたしにはね……もう……どうせ、思い残すことも…後悔することもないし……生きる…目的…も、ないし………だからなの………怖くない……死んで、失うものはないから……」
「………………」
僕はそれにどう答えたらいいのか分からなかった。
ルキは急に
「…あっ…ごめん…つい、こんな話しちゃって…」
申し訳なさそうに言った。僕もふっと我にかえったように返事した。
「…えっ、あ、いや…こっちこそ…僕がはじめちゃった話だし…ル、ルキ大丈夫? ゴメン、傷ついた?」
ルキは首を振った。
「…ううん、大丈夫………こっちこそ、嫌な話しちゃって、ゴメン……けっこうストレス溜まってるのかな、わたし…」
ストレスが溜まっているどころではない。何か、もう耐えられないようなものでいっぱいなんだ。ルキはひょっとしたら、その、今まで溜まっていたものを僕に打ち明けたのかもしれない…誰かに、ずっとずっと打ち明けたいのを我慢していたのかな…
ともかく、僕とルキはそのまま、黙って夕食を食べ続けた。黙ってはいるけど、でも、なんだか怖くて心臓のドキドキがとまらない。
何が怖いのか分からない。死ぬことを考えるのが怖いのか…それとも…ルキが…この先どうなるのか分からなくて怖いのか…
夕食を食べ終わって、僕はサッと立ち上がった。
「…ごめん、ちょっとトイレ行ってくる。」
「えっ? ア、アス…」
ルキの返事を待つ前に僕はルキの病室から出た。
つい怖くてルキの病室を出ちゃった…とにかくセレ姉さんにこの話をしたい…!!
今の時間は…7時15分をちょっとすぎている。セレ姉さんはもう家庭教師の仕事から帰ってきているはずだ。
「セレ姉さん!!」
ナースステーションに飛び込む僕。中にはセレ姉さんと看護婦のクチートのお姉さんがいた。
僕があわてて入ってきたのでセレ姉さんは驚いた様子だ。
「ど、どうしたの? ルキに何かあった!?」
僕は必死に興奮を抑えて、なんとかセレ姉さんに、今あった出来事を話した。
「…っていうわけで…僕、どうしたらいいか分からなくて…」
僕は泣きたくなってしまった。そんな僕を、セレ姉さんは優しく抱きしめてくれる。
子供の落ち着かせ方は誰よりも知っている、セレ姉さんらしい対応だった。
確かに、セレ姉さんの胸に抱かれて、緊張が少しずつ緩和していく。
「………………。」
「………アス、落ち着いた?」
「…………うん…。」
セレ姉さんはゆっくり僕を放して僕の目をじっと見た。
「いい、アス、これから私がいう事を、良く聞いて。」
「…………うん…」
「……信じたくは無いだろうけど…ルキの話は、本音でしょう。おそらく、私に言うにも申し訳なくて、打ち明けられなくて…でも、アス、あなたはルキに近い年齢だから…ルキも生まれてはじめての…安心感…みたいなのができて、喋れたことだと思うの。」
改めて、ショックを受ける。ルキの精神は、僕が思っている以上にきつい状態のようだ。
「………………。」
セレは真っ直ぐに僕を向いて、僕の目をしっかり見て言った。
「…アス、分かってあげて。あの子のこと…怒らないでね。…怖いだろうけど、ちゃんと聞いてあげて……あの子、自分の心の内を聞いてくれる人を求めてるのよ…。……あの子は…自由に生きられないから希望が持てない、良い行き先が見えないからやる気も出ない、やり残す事もないから後悔も失う物もない、目的もない…。思えば、絶望するのは当たり前なのよね……。でも、障害のせいで幸福の無いあの子の気持ちは、障害のない幸福な私達には、完全には分からない…。…だから、あんなことを言ったことも、許してあげて…。あの子にとっては、どうしても打ち明けたかったことなのよ……」
「………………。」
も、もちろんそれは、仕方がない。彼女の心境、境遇を考えれば…。
彼女を許す気はあるけど、でもショックで何もいえない。会話が途切れたけど、セレ姉さんが間をおいて話を続けた。
「ただ…ね…あの子の言葉の中には一つだけ、本音じゃないものがあるの。」
「…? 何? その言葉って…?」
「…『死ぬのが怖くない』…」
『死ぬのが怖くない』僕が特にショックを受けた言葉だった。
「…あれは…本音じゃないの?」
セレ姉さんはうなずいた。
「…えぇ。おそらく…だけど。…あの子、本当は死ぬのが怖いのよ、きっと。」
「…えっ?」
死ぬのが怖い? でも、彼女は怖くないって…
「…ルキは、確かに怖くないって言ってたわね。でもね、あれは嘘よ。本当は、怖いのよ。怖くて怖くてたまらない。精神がおかしくなりそうなくらい…。…自分が、生きている意味が分からない。もし、自分がそのまま死んだら、自分は何の意味も無い存在のまま終わる。その、惨めな終わりがいつ来るかも分からないのよ。」
「じゃぁ、何で…」
「もう、怖くて、怖くて、でも、その恐怖心からは逃れられない。しまいには、生きることさえ辛く感じる。死ぬのも怖いけど、生きているのも怖いのよ。ルキは…」
「………………」
どうしても恐怖心から逃れられないルキ。可愛そうだ…
「…ルキ……」
「………アス、私があなたにルキに会うよう頼んだのは、あなたなら、ルキを守れると思ったから…」
「…?? 何それ…どういう意味…?」
「友達になれそうな子ならいくらでも知っている。でも、あなたを選んだの…。…あの子が、恐怖心から逃れる方法はない。でも、恐怖心から守ってくれる存在がいれば、彼女の心は軽くなる。その、守ってくれる存在になり得るような子を…私は家庭教師をしながら探していたの。そして、私が選んだのが…アス、あなたなのよ。」
「…僕が…彼女を……?? なぜ?」
「…あの子が気軽に話を出来る相手は、今は二人しかいない。私と、それからこちらの看護婦さん。紹介するわね、名前はクラさん、ルキについている看護婦さんよ。」
さっきから何度か顔を合わせている、あの若いクチートの看護婦さんだ。僕が看護婦さんに目をやると、看護婦さんは黙って会釈した。
「…私と、クラさんと、あとお医者さんとも話はするんだけど…お医者さんとは、やっぱり『医者と患者』という関係以上にはならない。かかりつけのお医者さん、けっこうお年だから…」
ルキの掛かりつけ、ニドキングのお医者さん。なんか堅いイメージがあるし、確かに仲良くなれるタイプじゃないかも…
「…私や、クラさんでは、やっぱりどうしても年齢の隔たりがあるのよね…。だから、あの子と本当の友達になれる子が必要だった。…私の理想では、異性の子が良かったの。でも、女の子とも仲良くできる、本当の人の気持ちや、心の痛みが分かる、純粋な子…それがアナタなのよ。」
「僕が……」
「…そう。あなたにしか出来ない。」
セレ姉さんは僕の手をとった。
「お願い、アス。ルキと本当の友達になってあげて。そして、あの子を救ってあげて…。」
「…………はい…。」

さて、するべきことが分かったところで、これからどうするか…
セレ姉さんの判断で、まずはセレ姉さんがルキの病室へと向かった。
セレ姉さんがナースステーションに戻ってくるまで僕は待機。
ルキをほったらかしでここに来てしまったので、ショックを受けてないか、怒ってないか…生きた心地もしない。
落ち着かずにそわそわしていたら、クラさんがお茶を出してくれた。
「…どうぞ。」
「あっ、ありがとうございます…。」
看護婦のクラさん。年は…僕より6~7歳くらい上かな? …いや20歳にはなってないかな。
口数はとても少ないみたい。ただ、看護婦さんらしく、気が利いて優しそう。
それから、とっても冷静のようだ。僕がナースステーションに飛び込んでもあまり動じず、落ち着いて、話を聞く体制になっていた。さすが看護婦さん。突然の事態には慣れている。
クラさんにだって、これからいろいろお世話になることがあるはず。クラさん、これからよろしくお願いします。
さて、クラさんの気遣いにちょっともじもじしながら、なおもセレ姉さんを待つ。
セレ姉さんが戻ってきたのはそれから30分ほどたった後。
戻ってきたセレ姉さんにすぐ飛びつく僕。
「セ、セレ姉さん! ど、どうだったの!!?」
セレ姉さんはまたすぐに僕を落ち着かせた。(落ち着かせかたはもちろん…)
「フゥー…。」
僕がほどよく落ち着いたところで、セレ姉さんは話をはじめる。
「…アス、よく聞いて、…確かに、急に病室を出ちゃって彼女が困惑したのは確かだったわ。」
や、やっぱり…ゴメンねルキ…
「心配そうな顔してるわね。大丈夫、あの子にはよく説明したから。…あなたもどうすればいいのか分からなかったのよね。ルキも理解してくれたから大丈夫。」
「そう…良かった。…それで?」
「…あなたの推測のとおりよ。そう、あの子、限界だったみたい。誰か、自分の気持ちを打ち明ける相手が欲しかったみたいだった。私も気づかなかった……でも、やっぱりあなたに打ち明けただけ、スッキリできたみたいよ。あなたも、黙って聞き手にまわってあげてよかったわ。」
「そ、そう…。なら良かったけど…」
「……どう? ルキを…助けてあげられる?」
…今回のことで、正直心配になった。ルキの話を聞いて怖くなり、逃げ出してしまいそうになった自分が情けない。
もう、こんなことはしない。ルキのため、ルキのために…
「…僕、やります!! ルキを…守ってみせます!!!!」

僕は勇気を出してルキの部屋へと戻った。
ルキは、怒っていないか…悲しんでいないかな…
ルキはそっぽを向いて眠っていた。一瞬ドッキリしてしまったが、よかった。ただ壁側を向いていただけだった。ちゃんとこっちを向いてくれる。でも…
「アス…よかった…来てくれたんだ…」
ルキは目にいっぱい涙を浮かべていた。
「ル、ルキどうしたの!?」
「アス…ごめんね…怒ってない?」
怒ってないか? 怒ってるわけないよ。僕は正直にそういった。
「怒ってないよ。」
「そう…」
僕があっさり言ったから、ルキはちょっとホッとしたようだった。でも、まだ目に溜まった涙を必死にぬぐっていた。
「…ルキ…」
「…アス…わたし……あの…そのぉ……」
「ルキ、どうしたの? なにが悲しいの?」
「…わたし、怖かったの…」
「怖かった?」
ルキはまた涙目になりながら言った。
「…わたし…怖い……なんか…真っ暗闇に一人でいるみたい…っていうのかな…良く分からない…でも…怖かったの。ひとりぼっちでいるみたいで…」
…『死ぬのが怖い』んだ…セレ姉さんが言ってたことにあてはまる。
「アス…お願い…そばにいて…守ってほしいの…」
「…えっ!? そ、それはもちろん。」
そういう意思を伝えようとちょっと焦って答える僕。
ルキは頭をかかえていた。
「……わたし、怖いよ…アス…お願い…助けて…なんか分からないけど、怖いの……私も希望が、生きる目的が…欲しいよぉ…」
「ルキ…」
僕は何か声をかけようとルキに近づいた。すると僕が話をする前にルキに抱きつかれてしまった。
「アス…わたしのそばにいて…あなたが近くにいれば、怖くない気がする…アスがいてくれれば…わたし、大丈夫な気がする…お願い…」
ルキは自由にうごかない腕を一生懸命伸ばして僕に抱きついた。
ルキに抱きつかれて心臓が信じられないほど高鳴った。どうすればいいか分からなかった。僕はふと、セレ姉さんならどうするだろうと考え…
僕は無言で、ルキを抱きしめてあげた。
「アス……ありがとう………わたし……………嬉しい……………」

午後8時。
ルキは眠ってしまった。すぐに疲れる体質なのも病気の特徴。
幸せそうな顔で眠るルキの傍で、僕とセレ姉さんは二人で話し合う。
「…でも、驚いた。」
セレ姉さんが言い始めた。
「ルキがこんなに早く、あなたに心を開くなんて…」
「え?」
「ルキ、あなたに本音を話したわよね。」
「うん。」
確かに、我慢できないことを話したということは本音を言ったということだ。
「まだ会って一日なのに…信じられない…」
「あ!」
確かに、まだ僕たちは会って一日だ。確かに、これだけの時間で本音を話してくれるなんて…
「ルキは、よっぽど話す相手が欲しかったのかな?」
「まぁ、それもあるけど、アス、あなたは相談とか、話とかしやすいタイプなんじゃない?」
「?」
「包容力があるってこと。」
「包容力?」
「感じてたよ。あなたには、見えない力がある。人を包み込んで、守ってあげられる。だからあなたをえらんだのよ。」
「僕…」
僕にそんな力が?? なんだか信じられない。
「あなた、初めてのとき話すのには困ったでしょうけど、でも積極的に話を始めようとしてたわよね。それ、とっても良い事だとおもう。少なくとも、話す相手に興味がある、話したいと思っている。その力にルキも魅せられて、本音を話せたんじゃないかな?」
「な、なるほど…」
良く分からなかった。けど、なんか…意識しないでそういう事をやってるのかな、僕は…?
「あなた、人を守る力が間違いなくある。あとは、ルキとより心を通い合わせるだけよ。」
「えっ…なんだか、難しそう…」
「あら、そんなことないわよ。」
セレ姉さんはルキの寝顔を見た。僕も一緒にルキを見る。初対面のときよりも、幸せそうな顔をしている。
「あなたのおかげで、ルキは幸せな気持ちになっている。ルキを惹きつける力はあるとおもうの。大丈夫。あなたならルキと心を許しあえる関係になるのも簡単よ。大丈夫。難しいことじゃないよ。ルキと親友になってあげて。ルキに幸せを分けてあげて、それがあなたの幸せにもなるように…。」
やっぱり難しかった。でも、やることはわかった。
ルキを幸せにしてあげるんだ…病がひどくて、両親にも先立たれて、今はこの上なく不幸なルキ…でも、ひとにぎりの幸せだけでも、彼女にあげられたら……僕…がんばらなきゃ…

明日から夏休みだ。僕の両親も、夏の仕事で家にいるときが少ない…ちょっと寂しいけど、でもその分、ルキと交流するために時間を割くことに決めた。

二日目へ


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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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