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陽と月の古本店 ~別れの悲しみ、出会いの喜び~

/陽と月の古本店 ~別れの悲しみ、出会いの喜び~

writer is 双牙連刃

久々の陽月古本店にございます。しばらくぶり故結構迷走しておりますが、お楽しみ頂ければ幸いにございます。



 現在朝7時半……週に一度、月曜の朝に俺はこの時間に店の前の掃き掃除をする事にしている。何のことは無い、祖父ちゃん達の頃からこれは伝統であり、これから一週間が始まるという区切りのようなものだ。
そう言えば、月夜を拾ったのもこの朝の掃除をしている時だった。まぁ、こんな事でもしてなかったら朝のこの時間にそもそも外に居る事も無いんだが。
とまぁなんで外に居たのかという理由を並べてみた訳だが、俺は隣で腕組みをしながら一緒に固まっている月夜と共にあるものを見ている。……うちは何時からポケモンが行き倒れるスポットになったんだろうか?

「……陽平、一応聞くが……どうする? これ」
「どうするって言ってもなぁ……見て見ぬ振りをしたいところだけど、営業妨害以外の何者でもないしな?」

 そう、今我が店の前にはまたポケモンが行き倒れている。正直勘弁願いたいものだが。
これが手頃な小動物クラスのポケモンなら俺もそう困りはしない。が、流石にそれが猛獣クラスともなると話は別だ。俺と同じくらいの大きさでミュウツーである月夜は抱えてなんとか家まで運べたが、流石に図体がデカ過ぎる。俺が抱えてどうこうというのは不可能だ。

「君がどうするかに寄っては、私がテレポートで何処にでも送る事は可能だよ?」
「あそっか、その手が使えれば搬送って心配は無いか……でもこういうのってまずは何処に連絡するべきなんだ? 警察? それともポケモンセンターか?」
「見た限りやほんの軽く思念を読み取った感じ、相当疲弊しているからポケモンセンターが妥当なところじゃないかな? 飛ぼうと思えば行けるよ」
「あそこはあまり気が進まんが……事情が事情だしな。よし月夜、頼む」
「了解した。っと、戸締りだけはしてと……よし、行くぞ」

 なんかだんだん月夜が家庭的になったなと感じるのは俺だけだろうか? 俺としては助かるからいいんだけどさ。
で、瞬きをした瞬間には俺達はポケモンセンターにって寸法だ。一度月夜自身が行った事があって、範囲的には月夜の能力の届く範囲なら移動可能って事になるらしいが便利だよなこれ。

「きゃあ!? あ、あれ? あなたは……」
「あ、すいませんお騒がせしてしまって。ただ、急用がありまして」
「急用、ですか? もしかして、その……」
「えぇ、ウインディの事です」

 ウインディ、確か伝説ポケモンって呼ばれてるポケモンで、相当優秀なポケモン……らしい。

『お見事。ただ、彼は少々厄介事を抱えているようだがね』

 厄介事? なんだそれ?

『まだはっきりとは分からないが、どうやら彼があそこで行き倒れていたのには仔細があるようだ。治療が済んだら聞いてみるとするが、大前提として一つだけ』

 ……言わなくていい。なんとなく、お前の反応で分かった。全く、俺はただの古本屋の店長だって言うのに、どうしてこうも厄介事が舞い込んでくるかな?
とにかくまずはこのウインディを診てもらうのが先決だな。疲弊してるらしいが、折角ここまで連れてきたんだから元気になってくれよ? じゃないと目覚めが悪い。



 そんな事があってしまったお陰で、うちは急遽店を休みにする事になってしまった。しょうがなくテレポートで一瞬店に戻り、臨時休業の札を出して戻った。そうじゃないと、恐らくウインディが助かっても俺の目覚めは悪いままだろうからな。
あんなポケモンが町中を彷徨いてるのもおかしいし、それが行き倒れるなんてどう考えても普通じゃない。となると、予想出来る事はそこまで多くない。そのくらいの推理なら俺にだって出来るさ。
その推理から月夜がさっき言おうとした事を予想すると多分、『このウインディのトレーナーを探すのは無駄だ』だろうな。その結論に至るまでがどうであれ。
それがなんでかは、これから月夜に聞いてもらうさ。どうやら治療も終わったようだし。

「沖宮さん、お待たせしました! ウインディ、元気になりましたよ」
「良かった。やっぱり行き倒れの原因は疲弊で?」
「どうやらそうみたいです。栄養失調の兆しも出ていたんで、恐らく三日は何も食べていなかったのではないでしょうか?」
『ふむ、三日もあの目立つポケモンが放浪していれば行き倒れる以前に保護なり捕獲されているだろう。それがされてないという事は、このウインディが彷徨っていたのは昨日の夜からで、それ以前から食事を摂っていなかったという事だろうな』

 なるほどね。流石本の虫、その辺の推理小説なんかを読み漁ってるだけあって、そういう推理もお手の物ってか? まぁ、これは事件なんて言う程のものじゃないけどな。
ともあれ、治療が終わって眠ってるこいつをどうするかね? 月夜に事情を聞いて貰うにしても、起きてくれないと話が進まないぞ。

『むっ!? くっ』
「!? どうした、月夜!?」
『眠っている彼の意識にアクセスしようとしたんだが、強烈な感情の奔流に弾かれた。これは、テレパスでの盗み見は無理そうだ』
「お前はそんな事しようとして……大丈夫なのか?」
『ある意味、強制的なハッキングを仕掛けようとした私の落ち度だからな、ダメージを受けなかっただけ良しとすべきなんだろう。済まない、心配させたか?』
「いきなり苦しいような声出したら誰でも心配するっての……大丈夫ならいいけどさ」

 ……あ、しまった。周りの様子を気にしないで月夜に話しかけちゃったよ。ま、まぁジョーイさんしか居なかったからまだ救いはあるけど。

「あ、あのー沖宮さん? もしかして、そのミュウツーの子は……」
「あ、あははは、いやその、特殊な感じのあれでしてね? いや、そもそもミュウツーって時点で色々あれですけど」
『バレたついでだ、専門家の意見も聞いておこうか』
「!? や、やっぱり、これはテレパシー? そういう事が出来るポケモンが希に居るとは聞いた事があるけど……」

 またこいつは、なんでそうペラペラバラすかね!? また厄介事が増えたじゃないか! 畜生めぇ!
仕方無い、いつも通り開き直るしかないな。なってしまった以上、確かに専門家に意見を聞けるのは悪くない。そもそも、俺達だけじゃ出来る事は少ないしな。

「……こういう事なんです。それで、こいつもこう言ってますし、良ければ相談に乗ってもらえませんか?」
「は、あ、はい。私でお力になれるならですけど」
『早速だが、このウインディのトレーナー登録情報は追えないだろうか? 確かポケモンセンターは、ある程度のトレーナーとそのポケモンの情報を記録している筈だが』
「えぇ、確かに。とはいえ、トレーナーカードの情報と、そのトレーナーが所持しているボールに登録されているポケモンくらいまでだけど」
『まずはそれで十分だ。そこから、最近ここを利用したトレーナーで、ウインディを連れている者をピックアップしてほしい』

 なんでそんな事を? ひょっとして月夜の奴、さっきので何か見えたのか?
……ビンゴだな。困ったような顔をしたって事は、言い難い事らしいな。それならそれで、今は聞かないでおくとするか。

『……陽平、最近妙に寛容というか、私の扱いに手馴れてきていないかい?』

 誰の所為だと思ってるんだ。予想以上に長く一緒に暮らしてる所為で、慣れたくなくても勝手に慣れるっての。
とかなんとか思ってる間に、ジョーイさんの検索が終わったみたいだな。どれ……ん? なんでかジョーイさんの顔が悲しげだぞ?

「該当者は一人。ですが……そのトレーナーは……」
『間違い無いな、感情の奔流の中で見えたのはこのトレーナーだ。そして、やはりか』
「やはりって、ジョーイさんも月夜も一体何を?」
『これを見れば分かるだろう。やるせないが、な』

 ジョーイさんも頷いてくれたから、そっとパソコンのディスプレイを覗いた。!? まさか、これって?

「トレーナー登録が、解除されてる?」
『そうだ。それも昨日の夜、恐らくという事にはなるが……このウインディが彷徨う事になった時刻に、だ』
「それが指し示す意味は、分かっていても……」

 ジョーイさん、凄く辛そうだな。無理も無いか、俺達なんかよりずっとポケモンの傍に居たんだからな。そのポケモンが辛い目に遭えば、心も痛むだろ。
とにかく事情は分かった。が、それをこいつにどうやって知らせるかが問題なんだよな。登録が解除されてる以上、こいつは……捨てられたって事なんだよな。

「どうするかな? このウインディ」
「そうですね……保護という形でポケモンセンターで預かる事は出来ますけど、この子がそれを受け入れるかが問題ですね」
『今の彼には難しいかもしれないな。彼の精神状態は今非常に不安定だ、そこにトレーナーから捨てられたなんて伝えるとどうなるか分からんぞ』
「そうだよなぁ……いや、ちょっと待てよ? 俺達が見つけた時点でもう彷徨ってたんだよな? って事は、帰るところが無くてそうなってたんだろ? ひょっとして、もうその事自体は分かってるんじゃないか? こいつ」

 いや、納得みたいな顔しないでくれないだろうか月夜とジョーイさん。それが分かってもあんまり状況は好転してないからね?
でもそうだよな、捨てられて行き場が無いから行き倒れたんだろうし、それをどうにかしないと問題の解決にはならないって事だよな。
悩んでる間にウインディが目を覚ましたみたいだな。やれやれ、どうするか?

「あ、ウインディ君目が覚めたみたいですね」
「ですね。んじゃあ月夜、とりあえず頼む」
『やってみるか……彼がどうしたいか、まずは聞いてみよう』

 月夜がウインディに話し掛け始めた事だし、それをまずは待つとしよう。その後はその結果次第だな。
でもトレーナーも居ないとなると、相当話は拗れるぞこれ? 受け入れ先みたいの探さないとならないだろうし。

『むぅ、これは参ったな』
「どうした?」
『自暴自棄という奴だ、もう僕なんてどうなったっていいとしか言わない。このままでは、どうしようも無いぞ?』
「そうなるか……参るなぁ」
「うーん、こういう場合はメンタルケアが必要になりますね。でも、今は請け負ってくれるトレーナーやレンジャーも居ませんし……」

 あ、これそういう流れですねやっぱり。言いだしっぺの法則というかなんというか、知ってる奴がやった方がいいって奴でしょ? 俺だってそれくらい分かりますよ。
月夜の方をチラッと見ると、腕組みしながらちょっと笑ってる。どうするかは予想済み、か。

「それなら、これも俺の家の前に行き倒れてた縁ですかね……とりあえず様子を見てみて、大丈夫そうなら俺が預かるのも視野に入れましょうか」
「大丈夫でしょうか?」
「多分大丈夫ですよ。自棄になって暴れても」
『この通り。押さえ込むのは造作も無いよ』

 という訳です。ウインディは月夜の念力でいきなり持ち上げられたから驚いて足をパタパタさせてます。
うーん、こっちから一方的に話掛けてもいいが、向こうさんの意見が聞けないのは不便だな。月夜はその辺なんとか出来ないもんかね?

「月夜、ウインディの言ってる事を俺達も分かるようには出来ないか?」
『難しい注文をしてくるね君は。ふむ……いや、なんとか出来るかな』

 月夜が自分の頭に指を置いたかと思ったら、今度は逆の手の指を俺のでこに置いた。なんなんだこれ?

『お、降ろして……』
「ん!? なんだぁ!?」
「こ、これは!?」
『簡単に言えば、私の感覚で捉えたウインディの言葉をダイレクトに君達に送っている。触れていないと難しいが、これで今はなんとか出来るだろう。ジョーイ殿には尻尾で失礼』

 それもまた凄い事してるな。触れてないとって事は、月夜でも難しい能力なのかね?
まぁそれは今はいいや。今大事なのはウインディの言葉が分かるって事だもんな。よし、とりあえずコミュニケーションを取ってみますかね。

「あー、名前が分からんからとりあえずウインディって呼ばせてもらうぞ? 俺の言ってる事は分かるか?」
『……変な奴、僕に話しかけても喋れる訳無いのに』
「変な奴で悪かったね……」
『!? え、な!?』
『先に説明すれば良かったか。今、私が聞いている君の言葉をこの二人にも聞かせている。一時的にだが、会話する事も可能だよ』

 おぉ、月夜の説明に目を見開いて驚いてる。そりゃあ、普通は喋れん者と喋れるって言われれば驚くわな。

『ほ、本当に、僕の言ってる事……分かるの?』
「え、えぇ……ポケモンの言葉が分かるって、とっても不思議な感じだけど」
「まずは初めましてだな。俺は沖宮陽平、お前が行き倒れてた古本屋の店主だよ。で、こいつがミュウツーの月夜。俺の助手だ」
『行き倒れ……そうか、僕は……』

 どうやら何があったかを思い出したみたいだな。これで事情は聞けるだろうが、流石にこのままここで続けるのは不味いか。

「分かった、何があったかを聞きたいところだが、このままここでって言うのも不味そうだし移動するか」
「あ、それもそうですね。そろそろ休んでいるトレーナーの皆さんも来てしまうでしょうし……分かりました、こちらへどうぞ」
『ふむ、了解だ』
『……降ろして。もう、僕は……』
「はいはいそういうしみったれた愚痴も聞いてやるから、月夜、強制連行」
『言われずとも』

 という事で、ジョーイさんが通してくれた部屋に入った。ん、これといって特には何もない部屋かな?

「本来は保護されたポケモンを一時的に預かる為の部屋なんですけど、ここなら特に邪魔されずに話しても大丈夫ですよ」
「助かります。あ、ジョーイさん、受付は大丈夫で?」
「これから内線で事情を話すんで、恐らく大丈夫です。一度関係した以上、私も顛末が気になりますから」
『と、言いつつ、ポケモンと話せるという珍事に内心興味深々というところかな』

 こら月夜、俺以外の人の思考をぺいぺい読むんじゃない。相手に迷惑だろうが。現にジョーイさん恥かしそうにしてるし。
まぁそれは流しておこう。落ち着いて話せるようになったんだし、じっくり行くとするか。

「それじゃあ、そうだな……お前の事聞かせてくれよ。名前は?」
『名前……ウインディ』
「いや、それは種族の名だろ? こう呼ばれてたって言うのは無いのか?」
『進化する前は、ずっとガーディって呼ばれてた』
「連れているポケモンに呼び名を決めているトレーナーの方も確かに居ますけど、多くのトレーナーはそのまま種族名で呼んでいます。きっと、この子のトレーナーも……」

 そういう事か……まぁ、俺も月夜と会ったすぐ辺りは名前を決めずに居たもんな。それにとやかく言うつもりは無いがね。
しかしここで会話がストップしては元もこうも無い。名前がダメなら他の切り口から行くだけだ。

「そんなら、どうして俺の店の前に倒れるような事になったのか、理由を聞いてもいいか?」
『……何処に行けばいいか分からなくて、ずっと歩いてる内に目の前が真っ暗になった。その後はここに居たから分からない』
「なるほどね……何処に行けばいいのか、か」
『僕は……弱いから邪魔、なんだって……それで、アキノリが、もう、要らないって……』

 アキノリ、それがこいつの元トレーナーの名前か。実際に目の前に居たら、一発拳骨でも喰らわしてやってるところだな。
確かにトレーナーにとっては戦力にならないポケモンは除外したいのかもしれない。けど、ポケモン側からしたらそれはトレーナーの我が儘だ。こいつらは何も、戦う為に生まれた訳じゃないんだからな。

『皆に出ていけって言われて、追い出されて、僕は……僕、は……うっ、うぅぅぅ……』
「……トレーナーが別れたポケモンには何度も会った事がありましたけど、そのポケモン達がどう思ってるか、どう感じているかを知ったのは、これが始めてです……こんなにも、トレーナーとの繋がりを感じてくれていて、こんなにも……辛く、悲しく感じていたんですね……」
『ポケモンも意思を持ち、今を生きている者の一人だ。そこには感じる心があるし、命がある。……言葉の壁という物が、それを分かり合うのを難しくしているがね』

 月夜の一言に、少々胸に来るものがあった。もし月夜と出会った時、俺と月夜が話せていなかったら……俺は月夜と今、こうして同じ時間を過ごしていただろうか? こいつの事を、今くらい分かってやれていただろうか?
きっと、出来なかったと思う。お互いに言葉が分かって、意思の疎通が取れたからこそ、俺達の関係は成り立ったんだと思う。そう考えると、月夜が喋れた事はとても大切な事だったんだと改めて思う。
涙を流し始めたウインディを、ジョーイさんが優しく撫でてる。こいつもトレーナーと話せたら、分かり合えたら、こんな風になる以外の選択肢もあったのかもしれないな。そう思うと、なんだかやりきれなく思う。

「……なぁ、今もまだ……そのアキノリって奴と一緒に居たかった、居たいと思ってるのか?」
『ぐすっ、分からない……要らないって言われて、追い出されて、凄く辛くて……もう一度アキノリに会いたいか、上手く考えられない』
「そっか。まぁ、そりゃあそうだろうな」
『……君が決めた答えなら、私も異論は無いよ。寧ろ、ここでこのウインディを見捨てるのは君らしくないしな』

 相変わらず先読みが上手い事で。ま、そう言わなくても納得させるつもりだったけどな。
前足で涙を拭うウインディに近付いて、そっと頭に手を乗せた。おぉ、思ったより温かくてちょっと驚いた。流石炎タイプってところか?

「なぁ、お前さ。うちに来ないか?」
『え?』
「沖宮さん?」
「どうするかはお前次第だ。けど、このままどうにも出来ないままで居るよりは、こうやって話が出来る奴のところに居るのも悪くないんじゃないか?」
『因みにこの陽平の家に居るのは私だけだ。そこまで広くはないが、君一匹なら増えても問題は無いよ』
「っていうか古本屋が主体の建物の居住スペースに広さを求めるなっての」

 っと、ついジョーイさんやウインディが居るのを忘れて普段のノリで月夜と話してしまった。その様子にジョーイさんはクスクス笑ってるし、ウインディは泣き止んでキョトンとしてた。
一つ咳払いして、立ち膝の形でウインディに手を差し伸べた。来るか来ないか、それを選ぶのはこいつだ。
顔に不安だって書かれてるみたいに不安そうな顔してるな。なんか、よっぽど苦労してたんだろうなぁこいつ。

『で、でも僕弱くて、相手と戦うの怖くて……』
「さっきも言ったけど、俺は古本屋……で分かるかな? 本は分かるよな? それを売る店の店主さ。ポケモンバトルなんて興味無いし、やらせる気も無いよ」
『変に挑んでくる輩が居たら、私があしらってやるさ。君が戦うのを望まないなら、それならそれで構わないよ』
『本当に……いいの?』
「あぁ。言い方は悪いかもしれないが、もうそのアキノリって奴は居ない。そいつに従うんじゃなく、君は君の生き方を選んでいいんだよ」

 また零れた涙を必死に拭って、ウインディは俺の方を向いた。こういう時は笑い掛けてやるのがいいんだろうけど、俺ってばよく目が笑ってないって言われるんだよなぁ。なんて言うか、目だけ真顔って言うんだろうか?
けど、今回のウインディにはそれでも多少誠意は見せれたかな? 怯えられてないっぽいから、多分大丈夫だろう。

『一緒に、行っていい?』
「あぁ。君がそう選ぶのなら」
『ふふっ、今日からは三人での寝起きか。陽平と二人きりも悪くはなかったが、賑やかになるのも悪くないな』
「……なんだか、呆気に取られちゃいました。トレーナーとお別れしたポケモンって、普通は他人に懐くのに凄く時間が掛かる筈なんですけど」
「これも懐いたって言うのとは少し違いますけどね。でも、月夜が居てくれたお陰で話が出来たって言うのが、やっぱり大きいですよ」

 なんだ? 素直に褒めたら照れてるよ月夜の奴。そういや今まであまり褒めた事は無かったっけな。まぁ、居候を褒める気なんて無かったからなぁ。
さて、でもどうするかな? ここから家まで帰るのは月夜の力があればそう難しくはない。けど、それでパッと移動っていうのも味気ない気がする。折角店を休みにしてるんだし、今日はのんびりしてもいいだろう。

「そう言えば……お前、何にも食べてないんだっけ?」
「あ、いえ、さっきポケモンフードにはなりますけど、少しは食べさせてあげてます」
『所謂栄養食って奴だな。味はまぁ、察する程度だろう』
「そうか。なら、美味い物でも食いに行くか。店を休んだ以上、今日急いでする事なんか無いしな」
『それなら君の作る食事でも事足りるように思うけどね。ま、たまには外食もいいんじゃないかな』

 月夜の承諾も得たし、軽くブラつくとしますか。まずは沈んだ気分の払拭からだな。

『あ、あの……』
「ん? 心配するなって。気分転換に少し町を歩こうってだけさ」
「え、あの、沖宮さん? モンスターボールは……」
「俺、ボールなんて持ってないですよ。月夜だって入ってませんし」
『ボールで拘束するだけが、ポケモンと人が共に暮らす為の手段ではないさ。大事なのは、互いの事を理解する事。そうだろう?』
「ボールはそれまで一緒に居る為の手段、か?」

 俺が当てて喜んでらっしゃるようですよ。……いや、これもひょっとして、俺が月夜の考え方に似てきたからとか? ま、まさかなぁ?

「という訳で、お前が望まないならボールに入れるつもりは無いよ。どうする?」
『ボール……入りたく、ない……』
「ならこのままだな」
『あぁ、問題無いさ。何かあれば私が蹴散らしてやれば済む事だし』
「って事で、早速何処か行くか! あ、ジョーイさんすいません、なんだかこっちで勝手に話を進めてしまって」
「いえ、大丈夫です。寧ろ、ウインディ君が出会ったのが沖宮さんで良かったなって、今は思ってますから。この子の事、どうかよろしくお願いします」

 流石、ポケモンセンターの顔って感じだな。ほんの少し接したポケモンの為にここまで気持ちの篭った言葉を言えるって、かなり凄い事だよ。
あ、何か手続きとか要るのかと思って確認したら、この事を知ってるのはジョーイさんだけだから特にそういうのは無いそうだ。手間が掛からなくて良かったぞ。
という訳で、ポケモンセンターのフロントは極力人目を惹かないように足早に突破して外に出た。言ってみれば病み上がりのウインディには辛いかと思ったけど、割と歩いたりする分にはもう大丈夫らしい。

『うっ、眩し……』
「今まで蛍光灯の下だったからな。にしても、良い天気だなぁ」

 何故俺がまだウインディの言葉を聞こえるか、それは無論月夜がいつもの首巻き付きフォームになっているからである。コツを掴んだのか、触れてれば出来るようになったようだ。この分だと、そう掛からないで触れてないでも出来るようになりそうだ。

『それはそれで詰まらないけどな』
「だから思考を読むなと言うに。さて、お前……ウインディ……んー、不便だな? なんか名前決めるか」
『名前?』
「そ。呼ぶ時にウインディとかお前だとなんか余所余所しいし、あってもいいだろ」
『私の時は三日も掛かったのに……』

 月夜がむくれたようだが、ここは捨て置こう。が、月夜の時がそうだったように俺は他者の名前を決めるのが得意ではない。インスピレーションが沸かないと閃きすらしないのだ。
が、こいつについては割と話してる内にこんなのどうかなーって言うのはあったりする。恐らく月夜には安直だと言われるだろうけど。

「で、候補としてなんだが……橙虎(トウコ)なんてどうだ? 悪くないと思うんだが」
『橙虎……?』
『橙色の虎だから、か? 沖宮橙虎……なんだか女性的じゃないか響きが?』
「そ、そうか? いやまぁ、言われたらそうかも」

 っていうかなんで苗字までセットなんですか月夜さん。いや、月夜も勝手にフルネームは沖宮月夜だって言ってるけども。
あ、でもなんかウインディ的にはヒットしたっぽい。不思議そうな顔してるけど、その目は輝いてるように見える。

『名前……僕の、名前……!』
「あぁ、お前さえ良ければだけどな」
『橙虎……うん、僕は橙虎!』
『ふむ、当事者である橙虎が気に入ったのならいいんだろうな。今から私もそう呼ぶとしようか』

 おっと、よっぽど嬉しかったのか、橙虎は俺に擦り寄ってきた。このサイズのポケモンにじゃれつかれると俺の体が耐えられんが、そこまで橙虎もする気は無いようだ。
それじゃあ呼び名も決まったし、予定通り飯でも食いに行きますか。最近はポケモンと一緒に食事OKっていうところもあるらしいし、探せば一軒くらいこの町でも見つかるだろ。



 飯も食べて、俺達は今ちょっと足を動かして町の中にある河川敷まで来ていた。いや、軽く食べ過ぎた所為で腹が重いから運動がてらにな。
なんせ普段外食なんてしないもんだから注文した料理の量なんて気にしてなくてだ、予想よりも多めに頼んでしまったのが不味かった。
まぁ、月夜と橙虎と分けて食べたからなんとか残すような勿体無い事にはならなかったが。こうして食休みの時間を取りたくなってしまった訳だよ。

「全く、幾ら慣れていないとは言え頼み過ぎだよ君も。味は悪くなかったけれど」
「反省してるって。でも、たまにはあんな感じで思いきり手間の掛からない食事を楽しむのも悪くないよな」
『どれも凄く美味しかったよ! あんな美味しい物始めて食べたよ、僕』

 この橙虎の発言通り、今までは食べさせられてポケモンフードばかりだったらしい。月夜曰く、それだけでも与えたポケモンに必要な栄養は摂取出来るように作られているらしいから、与えておけば問題は無いらしいが……俺は嫌だね。食べる楽しみも知らない生活なんて。
って事で、俺の家に来ると橙虎が決めた以上、これからは俺か月夜の手料理が主な食事になるぞって事は伝えた。ポケモンフード以外を与えるって言われたのが驚きだったのか、妙にオロオロしてたっけな。
しかし……このウインディの毛皮というかなんというか……橙虎が良いって言うから橙虎の体を枕代わりにさせてもらってるんだが、寝心地は上々だ。これが布団の中だったらもう恐らく夢の中へと船を漕ぎ始めてるだろう。

『……なんだか、短い時間で色々変わっちゃったから変な感じ。アキノリと一緒に居た昨日の夜まではこんなに温かい感じ、受けた事無いんだもん』
「そう、なのか?」
『うん……アキノリはね、ポケモンマスターとかチャンピオンって言うのになりたいんだって。その為には、手持ちっていうポケモンは皆強くなきゃいけないんだって……』
「ポケモンマスター、か。果たして、橙虎に聞いたような仕打ちをした者がなっていいものなのか私は疑問で仕方が無いがね」

 全くもって月夜と同意見だぜ。ポケモンを大事にしない奴がマスターなんて名乗るなんて、お笑いにも程がある。それがまかり通るようなのがチャンピオンやポケモンマスターって称号なら、そんなものにどれだけの価値があるのやら。
ま、目指してない俺がどう感じても、目指してる奴からしたら凄い偉業なんだろうけどな。けど、それに対して犠牲になってるものを蔑ろにしてるのはあんまりじゃないか?

『アキノリ……』
「やっぱり、もう一度会いたいか?」
『うん、うぅん……ごめん、なんだか上手く言えないよ。けど、こうやって陽平と話してるみたいにアキノリと話せたらどうなるのかなって、そう思ったの』
「これまで旅をしてきた者を弱いというだけで捨てるような奴と話せたところで、とも思ってしまうがね」
『最初からそうじゃなかったんだよ。会った時は優しくて、一緒に頑張ろうって言ってくれたんだよ。けど、旅を続ける内にだんだんアキノリはどうやったら相手に勝てるかとか、相手を倒せるかって事しか言わなくなって、僕はそれが怖くなっちゃって、それで……』
「戦えなくなったのか……」

 なるほどね、夢を追い掛ける事よりも目先の勝利に集中するようになっていったのか。まぁ、結局相手に勝てないって事はそれ以上旅を続けられないって事に繋がるんだろうし大事な事なのかもしれないけどさ……。
伏せった橙虎の頭に腕を伸ばして、そっと撫でてやった。話した感じからして、橙虎は優しい奴だ。だからこそ、戦いに勝つ事のみに固執していくトレーナーを見て怖く、悲しくなっていったんだろうな。それは確かに勝負では邪魔になる事なのかもしれない。しれないけど……。
あー、ダメだ、考えれば考えるだけそのアキノリって奴に拳骨一発喰らわしてやりたくなる。強さってのはそんなに大事なものなのか? こんな優しい奴の内面全てを否定してまで追い求めないとならないものなのか?

「……君がそう感じ、考えられるからこそ、橙虎の内面を理解してやれるのさ。それに、普通のトレーナーはこうして自分の傍に居てくれる存在と話す事が出来ない。本当に感じる事が出来ない限り、強さ以外のポケモンの大事さを理解する事は難しいものだよ」
「そうなのかな……」
『陽平は、凄くあったかいね。こうやって話してると、本当に僕の言ってる事を真剣に聞いてくれてるって分かるよ。それが、今は嬉しい』

 嬉しい、か。まぁ、今まで言いたい事も伝わらないような状況にあったんだからそう感じるのかもな。
……よし! あんまりだらだらしてないで、そろそろ家に帰るか。橙虎も早く慣れておいてもらった方がいいだろうし、このまま橙虎枕で寛いでたら本当に夢の中に飛び込みそうだし。

「ま、いつまでになるかは橙虎次第だが、こうして話も聞いてやれるしな。そろそろこれからのお前の寝床になる場所へ行くとするか」
『僕の寝床?』
「つまりは俺達の家って事。川の流れる音を聞きながら寛いでるのも悪くないけどな」
「確かにずっとここに居るという訳にもいかないし、そろそろ帰り足になるんでいいだろう。送るかい? それとも、歩きで?」
「折角だ、急ぐ事もあるまいし、歩こう。俺も外に居る時くらい動かないと」

 体を起こして、橙虎にも立ち上がるよう促した。幾ら普段は店番で店に居る事が多いとは言え、自分の今の家までの道順くらいは分かってるさ。
で、立ち上がった俺の首にはいつも通り月夜が軽く抱きつくような状態になると。荷物とか持ってなかったら最近は本当にこればっかりなんだよ、注目引くから微妙に困るんだけどなぁ。

「とかなんとか思いながらも何も言わないのが君の優しいところだな」
「言わなくても勝手に知られるから言わないだけだっつの」
『何? 何の話?』
「あんまり橙虎は気にしなくていいぞ……こいつが勝手に俺の考えを読み取ってるって話をしてるだけだから」

 うんざりしたような顔をしつつ、足を前に動かし始める。それから離れないように橙虎もついて来たし、そう急がずに歩いていこうか。
しっかし……やっぱりちょっと注目引き過ぎるかな? ただでさえ月夜で視線を引く中、更にウインディの橙虎が追加された訳だからな。目立つなって言うのが無茶な相談になってしまった。

『な、なんかこうやって普通に人がいっぱい居るところで歩くのって変な感じ。やっぱり僕、ボールに入ってた方がいいのかな?』
「入りたくないんだろ? これはその内慣れるだろうし、そんなに気にする事無いさ」
「あれ? 陽平さん?」

 っと? あら、仕事中の実里さんとばったりとは、これまた偶然とは言え面白い時に出会したもんだな。

「こんにちは、実里さん」
「こんにちは! って……月夜ちゃんはともかく、そのウインディどうしたんですか?」
「まぁ、説明するとちょっと長いんですけどね?」

 聞かせて欲しそうだったから、今朝から今までの事をざっくりと説明した。考えてみると、変な問題が起こる前にこういうのは警察にも言っておくべきだよな。
俺の話を実里さんは仕事モードの顔で聞いてる。警察としても、捨てられたポケモンが町中をウロウロしてるのは危険と判断したかな?

「とまぁ、そんな感じでこいつは俺が引き取る事になりまして」
「そうですか……良かったね、君。陽平さんみたいな優しい人が見つけてくれて」

 ははっ、実里さんに撫でられて橙虎の奴固まってるよ。暴れるような事はこいつの気質からして無いだろうし、そのままで大丈夫だろ。
一頻り撫でて、実里さんは橙虎から俺に視点を戻した。さて、なんて言われるかな?

「本当はこういう事案は警察で取り扱うべきですけど……ポケモンセンターで確認まで出来てるなら、このウインディは陽平さんに譲渡された扱いで大丈夫ですね」
「そう言って頂けて有難いですよ。これから何か手続きをって言われるかと思いました」
「これで陽平さんがトレーナーカードを持ってなかったら話は変わってましたけどね。でも無責任な話ですよ、大型のポケモンを町に離すなんて。一つ間違えば火事が発生する事だって考えられたのに」

 確かにな。正直、もし橙虎が自棄になって辺りに炎でも撒き散らしながら暴れたりしてたら、町にどんな被害が出てたか分かったもんじゃない。橙虎の性格がその辺は功を奏したな。
実際、そういう事故もあるらしい。無責任なトレーナーが別れたポケモンが人を襲ったとか、町とか物を壊したっていうのはな。そんな事すれば一発でトレーナーライセンス停止、もっと悪ければ剥奪になるそうだ。

「とは言え、この子が行き倒れて陽平さんのお店の前に居たとなると、元トレーナーの方を探すのも難しいですね」
「そりゃあそうなりますよね、やっぱり」
『まぁ、本格的に何かをやらかしていたとするなら、ポケモンセンターに情報が残っているから調べられるがね。確か……オハマ アキノリ。それがフルネームだった筈だぞ』
「ふむふむなるほど……情報提供して貰ったのは有難いけど、私の独断で何かするのは難しいかな……」

 そもそも橙虎は保護されてるし、そのアキノリって奴が何か悪さでもしない限りどうにも出来ないだろうな。あれ? 俺軽くやっちゃった系?
す、過ぎた事を言っても仕方無いよな。あ、実里さんは町の巡回中だったようだからそっちの仕事に戻るらしい。引き止めたの、少し悪かったかな。

『相変わらず、実里はなかなか正義感もある良い巡査だな』
「だな。悪かったよ橙虎、ちょっと驚かせたか?」
『だ、大丈夫。あれって、ケーサツって言う人でしょ? 悪い人を捕まえる』
「そ。うちの店に来てくれるお客の一人でな、あんな感じで話す程度は仲も良いって言えるかな」

 警察関係者である実里さんに事情も話せたし、当面の問題は恐らくこれで無いだろう。まぁ、俺の勝手な予想だけどさ。
それじゃあまた歩き出すか。もう店までそう遠くないし、これ以上何も無いだろ。
とか思いながら店の前まで来たんだが……なんだ? 店の前に人が居る。一緒に、何かポケモンも居るみたいだ。

『! あれは……』
「どうした、月夜」
『あ、アキ……ノリ?』

 ……はい? んな!? あいつが!?
いや、確かによく見るとポケモンセンターで見た写真の顔と合致するな。でもまたなんでここに?
あ、奴と一緒に居るポケモンがこっち向いた。で、俺達の方を確認してアキノリって奴の方を向いて鳴いてる。
どうやら奴の方も俺達に気付いたようだ。さて、どう反応してくるかな?

「ようやく見つけた……ウインディ、戻れ」
「おいおいちょっと待てよ。俺の事は無視か?」
「なんだお前? !? な、ミュウツー!?」
「戻れって言われても、こいつは俺がここで倒れてるのを見つけて、ポケモンセンターで介抱して貰って帰ってきたところだ。不仕付けに戻れって言われてはいそうですかじゃ済まないだろ」

 やれやれ、俺の言葉は耳に入ってないようだな。どう見ても、視線は月夜に行ってる。

「ミュウツーか……始めて見たが、そんなポケモンが居れば……」
「おい、聞いてるのか?」
「……そこの奴、俺とバトルしろ。そして、俺が勝ったらそのミュウツーを寄越せ」

 ……えーっと、これは俺、キレていいのかな? なんなのこいつ、馬鹿? そんないきなりな提案受ける訳無いだろ。
思わず額に手を当てちゃったよ。なんかもう、理解が出来ん。とりあえず考えを整理して……よし。

「あのな、なんなんだお前? ウインディにいきなり戻れって言ってみたり俺の連れを寄越せって言ってきたり」
「俺はそのウインディのトレーナーだ。それに戻れって言って何が間違ってる? それに俺には強いポケモンが必要なんだ。ミュウツーはそこらに居るトレーナーが連れていても価値を引き出せるポケモンじゃない、だから俺に寄越せと言った」
『……ここまで救いようが無いと逆に清々しいくらいだな』
「全くだ……」
『う、うぅ……陽平……』

 橙虎が泣きそうな顔しながら俺を見上げてた。どうしたらいいか分からなくて、だろうな。やれやれだ。
どうやら月夜も呆れ果てはしたが、こいつと戦りあう気になったようだ。俺から離れて、いつもの腕組みポーズで俺の前に移動した。
意見は一致したな。こいつには少々なんて言わずにがっつりお灸を据えてやらねばならんようだ。

「いいよ、そのバトル受けてやる。但し、このバトルにお前は何を賭けるんだ?」
「は? どういう意味だ?」
「言われた通りこっちはこいつ、ミュウツーを賭けてやるよ。それに見合った対価を、お前は出せるのかって事」
「対価? そんな物決めてなんになる? どうせ俺が勝つ。万に一つ、俺が負けたら望む物をくれてやる」

 あぁもういい、喋る事聞いてるだけでイライラしてくる。そりゃあ橙虎も一緒に居るのが嫌になるのも納得だわ。捨てられたの、寧ろ幸運だったんじゃねぇかな?

「はぁー……その言葉、覚えたからな。月夜、好きにやっていいぞ」
「ふん、指示も出せないのか屑め。トリミアン! あ」

 うわ、一緒に居たポケモンをけしかけようとしたんだろうが、指示を出す前に月夜がトリミアンって呼ばれた奴を地面に叩き伏せてた。 あれ、なんかちょっとキレてる?

『屑、だと?』
「くのはど、う……?」
『陽平の事を屑と言ったな? こいつ』

 トリミアンを一撃の元に粉砕した尻尾を対象から降ろして、月夜は仁王立ちしてらっしゃる。うん、そりゃあ俺も屑なんて言われてカチンと来たが、どうやら俺より月夜がカチンと来てしまったらしい。
一応宥めておいた方がいいか? いや、後でいいか。

「どうした? 次は?」
「な、あ、ぅ……くっ、バンギラス!」

 おぉ、なんかデカくてごついのが出てきたな。けど、明らかに出てすぐに月夜のプレッシャーに気圧されてるぞ。
後ろに居る俺でも分かる、月夜さんの逆鱗が刺激された所為で現在おっそろしいくらい強烈な気配を放ってらっしゃいますよ。これは……ご愁傷様と言わざるないな。

『屑は……』
「バンギラスやれ! ギガインパクトだ!」
『貴様だろうがぁっ!』

 月夜の放つプレッシャーを押しのけて腕を振り下ろそうとしたバンギラスは、次の一瞬には月夜の一撃をボディにダイレクトで叩き込まれてた。うわ、当たった部分が凹んでるのがはっきり分かるし。
一体何を使ったんだ? あ、バンギラスそのまま倒れた。

『ポケモンに罪は無い。だがこいつだけは許さん、その傲慢な鼻先へし折ってくれる!』
「馬鹿にそのまま危害を加える事は無いっぽいな……ならいいや、そのまま好きにしてくれ」
「ば、バンギラスが一撃だと!? ふ、巫山戯るな!」
「巫山戯てなんかいないさ。相手の強さも知らずに喧嘩売ったお前が悪いんだろ?」

 自分の連れているポケモンが2体も一撃でやられてようやく焦りだしたみたいだな。が、そんなもの知らんよ。月夜に火を点けた自分を呪え。

「て、テッカニン出ろ! スピードで撹乱してシザークロスだ!」

 出して即効で指示を出す作戦に切り替えたか。うぉ、セミっぽい奴が出てきた。と思ったら消えた。な、なんだ?
月夜はそれにも動じる様子は無い。あ、腕だけは組んでる待機状態から解いたみたいだな。
次の瞬間、月夜の腕が動いたと思ったらその先にさっきのセミ、テッカニンの姿があった。どうやってるかは知らないけど、どうやら月夜が捕まえたみたいだな。

『下らん……落ちろ』

 捕らえてた腕を下に降ると、その振りに合わせてテッカニンは地面に叩きつけられた。酷いくらいワンサイドゲームだな。
が、まだテッカニンは動こうとしてるみたいだ。それをチラッと確認して、その上に月夜は尻尾を叩きつけた。あぁー、ご臨終です。

『ふぅぅ……失礼だな? 別に命は取ってないぞ?』
「ん、落ち着いてきたか」

 まぁ、三匹もポケモンをノせば多少なりとも落ち着いてくるわな。一撃で打ちのめせるとは、あいも変わらず最強街道真っしぐらだな。
さて、どうするかな? これだけ一方的に倒されれば心は大分揺さぶられてるだろうが、話を聞く状態にあるかね? 試してみるか。

「どうする? もう分かっただろ。お前じゃどうやってもこいつには勝てない、諦めてくれないか?」
「ぐ、くっ……」
「俺からの要求は一つだ。なんのつもりでこのウインディの前に現れたか知らないが、一方的に別れた翌日にこれまた一方的に戻れは無いだろ。ほとぼりが冷めるまで、こいつとこの店に近付くな。じゃないと、今度は俺が……ブチ切れる」

 普段から俺は結構穏やかに過ごしてる方だよ? その俺をここまでキレさせるんだから大したもんだよ。こんなに腹に来たのは何時ぶりだろうな?
睨みつけてやったら明らかに怯えた様子を見せた。恐らく歳は18前後だろう、いきがってるガキに舐められてたら一店舗の店主なんてやってられないって。

「くそぉ! やれ、エンブオー!」
「はぁ……月夜、頼む」
『相手は、どうやら炎タイプのようだな。橙虎の後釜かもしれないな』
『僕の、代わり……』

 ん? 何かが俺の足に触れた。見てみると、それは橙虎の前足だった。どうしたんだ?

『陽平、お願い。あのポケモンには、僕が戦いたい』
「橙虎……? でも、いいのか?」
『うん、負けちゃうかもしれないけど、でも……確かめたいんだ。アキノリが選んだ、僕の代わりがどんなポケモンか』

 そう言われると、俺としても橙虎にやらせてやりたいかな。月夜の方を見ると、どうやらそれに同意してくれたらしい。引いて俺の後ろに来た。

「? なんのつもりだ」
「なんのつもりも何も、その……豚? っぽいポケモンの相手はこいつがする。お前がこいつを捨ててメンバーに入れたポケモン、それがどんな奴か知りたいんだろうさ」
『橙虎、心配しなくても後には私も控えている。好きなようにやるといい』
『ありがとう、月夜。陽平も。……行くよ!』

 考えてみれば、橙虎もこいつアキノリとここまで旅をしてきたポケモンではあるんだ。話していた経緯からして、メンタル的に戦えなくなっただけで戦う力はある筈なんだよな。どれくらいかは知らないけど。
おぉ、橙虎が俺の前に来て構えたんだが、なかなかどうして様になってるじゃないか。気迫も十分、後は戦えるかだな。

「馬鹿にして……エンブオー、岩石封じ!」
「よく見ていけよ、橙虎」

 言われるまでもないように、橙虎は降ってきた岩を避けた。避けられる、つまりはそれだけの動きが出来るって事だ。

『なるほど、橙虎の最も秀でている能力は素早さか』
「素早さ?」
『単に走るのが速いだけでなく、鋭敏に気配を察知し逸早く行動に移る為のスタンスを構築する。誰よりも速く、相手の動きの先を行く。素早さとは聞こえは単純だが、戦闘においてこれほど役立つ能力は無いよ』
「く、くそっ、やっぱりエンブオーじゃウインディの素早さに追いつけないか」

 なーるほど、橙虎からあのエンブオーに乗り換えようとしたが、実際は橙虎の素早さにエンブオーの能力は釣り合わなかった。だからこそ、こいつはここに橙虎を探しに来たって訳だ。

「捨てて始めて理解したってところか? ウインディ……橙虎の能力の高さを」
「うっ……」
『故に、戦えないけど能力が高いウインディと別のポケモンとを番いにし、強力で従順、そんなポケモンを得ようと考えて今ここに居るらしいな』
『アキノリ……』
「あぁそうさ。そいつの能力は高い、俺がそう育てたんだからな! けどそいつはバトルに出しても戦わなくなった。言う事は聞かないし、こっちを苛つく目で見てくる! でも、その力は必要だ」
「だからこの能力を受け継いだポケモンを産ませて、それを自分のものにしようと考えた、か」

 はぁ……もうなんか、溜め息しか出ないな。どんだけ橙虎の気持ちを踏み躙れば気が済むんだこいつは? 世の最強を目指してるトレーナーってのはこんなのばっかりなのか?
だとしたらそんなのにどれだけの価値がある。その為に犠牲になったポケモン達にだけ涙を流させていいのか? そんなもの……俺は嫌だね。

「橙虎、お前がどんな選択をするかには俺は関与しないつもりでいた。けど、一つだけ絶対に選ばせない選択が出来た」
『陽平……』
「……お前に、二度と橙虎のトレーナーだとは、絶対に名乗らせない。橙虎、お前が悲しむ事になるとしても、お前を奴の元には戻らせない」
「なっ!?」
『……よく言った、陽平』

 奴に指差す俺の横で、橙虎は静かに一筋の涙を流した。そして、少しだけ目を閉じた後、開いたその瞳には確かな力が宿ったように感じる。

「な、なんの権利があってそんな!」
「俺は今、ポケモンセンターでも登録されてるこいつのトレーナーだ。もうこいつ、橙虎はお前のポケモンじゃない」
「なんだと!?」
「当然だろ? お前はこいつを捨てたんだ。それを俺が拾った、所有権はその時点で俺に移ってるんだ。理解したか?」

 どうやら俺の精神的な拳骨は奴に届いたらしい。自分が何を失ったのか、理解したからこそあんな泣きそうな顔をしてるんだろう。
エンブオーと呼ばれたポケモンは、奴からの指示も無く様子が変わったのを理解してか、どうすればいいか分からないようだ。
なら、終わらせよう。こんな、悲しくて下らない戦いを。

「橙虎、終わらせてくれ」
『うん。……さようなら、アキノリ』

 橙虎が駆け出し、凄まじい速さでエンブオーに向かっていった。それをエンブオーは避けられず、無防備に弾き飛ばされた。
けど、エンブオーは倒された訳じゃないらしい。立ち上がろうとしているし、そもそもボールに戻らないからな。
いや、橙虎の目的はそれじゃないようだ。エンブオーを弾き飛ばしてそのまま、アキノリって奴の前に居た。お座りの姿勢でしばらく見ていた後、余韻を残すようにして戻ってきた。言葉の届かない、あいつへの別れの挨拶……なんだろうな。

「……戻れ、エンブオー」

 吐き捨てるようにそう言って、奴はエンブオーを戻した。そしてそのまま、何も言わずに俯いて、背を向けて歩き出した。
届いたんだろうな、橙虎のさよならが。もっと、もっと早く、さよならじゃない別の言葉が届いていたとしたら、こんな結果は生まれなかったのかもしれない。

『……一緒に頑張ろうって言って、ここまで頑張ってきたんだ。それは変わらない、変わらないんだよ』
「あぁ……」

 涙を流しながら背を見送る橙虎を俺はそっと抱き寄せてた。橙虎とあいつが作り上げてきた思い出は、さっき言ったように変わらないんだ。
けど、小さな食い違いから、橙虎とあいつの道は別れた。また交差したとしても、前と同じように歩く事は出来ないだろう。

『悲しいものだな、別れとは』
「そう、だな」
『陽平、私は……君と出会えて良かったよ。そして願わくば、このような別れを迎えない事を祈りたいな……」
「あぁ、全くだ」

 楽しい思い出があるからこそ、本当に、そう思う。その思い出の最後がこんな別れじゃ……あんまりだもんな。
別れが来るのは、出会った時にもう決まってる。だからこそ、俺は楽しい思い出を残していきたい。もちろん最後まで。
これから一緒に暮らす事になる橙虎ももちろん、これまでも一緒に居た、これからも一緒に居るであろう月夜とも、な。



~後書き!~

古本店にも新たなメンバーが増え、二人の暮らしにもだんだんと変化が起こり始めます。
その変化が二人にどう影響するか、新たな同居ポケモンの橙虎は何をもたらすか……それはまた次のお話で!
では、ここまでお読み頂いた皆様、ありがとうございました! また次の作品でお会いしましょう!

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • お久しぶりです。最近またラノベが山積みになってきた196です。
    新作の投稿お疲れ様です。今回も楽しく読ませていただきました。アキノリというキャラ、なんかみたことあるなぁ、とみているとポケモンDPのシンジっぽいですね。若干廃人化してますが。
    そして、新しく加わった橙虎君? よく読んでみるとまだ性別でてないですね。ここからどうなるのか、楽しみです。
    では、改めて今回も楽しく読ませていただきました。次回作も楽しみに待ってます。執筆頑張ってください。応援してます!
    ――196 ? 2015-07-06 (月) 00:34:43
  • こんにちは、更新お疲れ様です。
    すごく楽しみにしていた古本屋さんの新作、とても楽しく読まさせて頂きました。特に最後の別れのシーンには、少しうるっと来てしまいました。でもまあきっとこういう別れを通して、トレーナーは強くなっていくんでしょうね。
    そして、そんなシリアスな感じの中、地味に月夜さんがどんどん便利になっていってますねw 家庭的で喋れて翻訳もできるミュウツーなんてなんと素晴らしいことか!! うちにも一匹欲しいですw
    まぁ何はともあれ、双牙連刃さんのさらなる新作を期待しながら応援しております。頑張ってください!
    ――赤いもふもふ ? 2015-07-06 (月) 17:54:04
  • >>196さん
    強さに魅入られて勝利を求めているという点では似ているかもしれません!(書いてる時にはチラリとも思いついてなかったですがw)まぁ、シンジの場合はそれでも自分の主力に成りうるポケモンに愛想を尽かされるような事は無かったので、アキノリより数段優秀なのは間違いないですがね。
    橙虎の性別は、確かにはっきりしてるようで実はしておりません。どっちなのかは…お楽しみに、という事でお願いします! 応援、ありがとうございます!

    >>赤いもふもふさん
    少しでも何か心に来るものがあったのなら、文章書きとしては嬉しい事です。ありがとうございます。アキノリ君もこれで成長出来ればいいのですがね…。
    そして陽平の影響かはたまた虎視眈々と陽平のそのポジションを狙ってるからか、だんだん良きパートナーが板に付いてきた月夜さんです。これであの恐れられるポケモンの一角であるミュウツーなのだからなお驚きですねw こんなミュウツー、確かに一匹居て欲しいですw
    期待に答えられる作品をこれからも作れるかは分かりませんが、できる限り頑張らせて頂きます!
    ――双牙連刃 2015-07-22 (水) 21:43:18
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Last-modified: 2015-07-05 (日) 14:34:06
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