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陽と月の古本店 ~優しい心はミュウツーを変える?~

/陽と月の古本店 ~優しい心はミュウツーを変える?~

writer is 双牙連刃

はい、陽月古本店第三話でございます。日々を送る中で変わっていく心、それは陽平、月夜に何をもたらして行くのか…。
こっちもまだまだ話を構想中。どこまで行くのやら…。

前話へはこちら



 俺は現在、寝泊りしてる家の方でちゃぶ台を用意し、それに頬杖をついてる状態だ。
この状況で何処を見ているかと言うと……ずばり、俺がいつもは立っている筈の台所。そこでいつもとは大分違う様子の奴を見ているのだよ。
へっぴり腰で両腕を軽く曲げ、もの凄く集中している面持ちで念動中の包丁で人参の皮を剥いている、本来はこちらで飯はまだかと本を読みながら寛いでいるあいつをな。
今日、月夜の奴は生まれて初めての炊事に挑戦しているのだ。因みに、作っているのは結構初級料理のカレーである。
しかし、初めてで緊張しているであろう奴を見るのは新鮮だ。いつも何かにつけ余裕があるように振舞うし、実際何をするにしても有り余る程の力がある月夜がこういう状況に陥いる事象はそんなに多くないだろうな。

「おーい、料理ってのはそんなに緊張してやるもんじゃないぞ?」
「わ、分かってはいるんだが、勝手に力が入ってしまうんだ! えと、次は……」

 月夜の横に浮いている料理本のページがぱらりと捲れ、次の行程を示す。……こうして思うと、こいつは念で複数の物を動かすのを当然のようにやってみせるけど、マジで便利だよなぁ。腕が何本もあるのと変わらない訳だし。
……おや、いつもならここで月夜から「普通のポケモンでは、念で複数の事象を精密に動かす事は難しいんだぞ」、なんて自慢げなお言葉が来るはずなんだが今回はそれも無しか。それはそれで詰まらんな。
ま、自分からやりたいと言った事くらい真面目にやるわな。願わくば、どうにかして胃に送り込める程度の料理には仕上がってもらいたいもんだ。

「よし、これで食材の準備は終了……。次は鍋を用意して食材を煮込むんだな……」
「肉を炒めるのを忘れるなよー。普通に煮るだけだとアク取りが面倒になるぞ」
「えぁ? あ、そうか……なるほど」

 驚く程に素直だ。普段からこうだと俺も楽なんだがなぁ。ま、料理については俺に一日の長がある。奴も、自分の知らない事にはビックリするほど素直になるから、別に意地っ張りって訳でもないんよな。
普段は意地も張るし結構プライドも高いんだが、こういう一面もある。素のこいつはどっちなんだろ? ……どっちもか。表裏があるって言うほどでも無いし。
ん? なんかジーパンのポケットが震えだした。入ってるのは……あぁ、携帯か。スマホ全盛期の現在でも、所謂ガラケーと呼ばれてるこれを使ってる理由は……特に無く、単に機種変更が面倒なだけだ。
電話じゃなくてメールか。あ、実里さんだ。……おや、明日警察署に来ないかと来たか。そう言えば、月夜の奴をここに置いておく為の保護書を受け取りに行かなきゃならんかったな。
明日ならそれの説明を実里さんがしてくれると。ほぅ、そりゃ楽そうだ。明日は水曜か、店の定休日だし行くって返しておこう。
おぉ、送って数十秒でお待ちしてます! って返ってきた。実里さんメール打つの早っ。
これでとりあえず、明日やることは出来たな。無かったら月夜の奴に退屈凌ぎに付き合わされてただろうし、助かったか。

「よ、よし! これで後は食材に火が通って、味が馴染めば完成だ!」
「おー、ご苦労さん」
「はぁ……よく君はこれをすらすらと出来るものだな。自分でやってみて改めて感心させられたよ」
「慣れだよ慣れ。お前だって、やる気があってやればそれなりになるさ」
「確かにこれは、少々慣れが必要そうだ。これからも時々台所を使っても?」
「食べれる物作るんならな」
「ど、努力はする」

 殊勝な答えだ。流石に飯の度に胃腸薬を用意しなきゃならなくなるのは勘弁だし、こいつが飯を作れるようになると俺が楽になるのは確か。それをこっちで止めてしまうのは俺にも月夜にもメリットが無い事だもんな。
そうだ、月夜が一段落したところでさっきの電話で決めた事を話しておくか。

「月夜、明日は警察署行くからな」
「ん? あぁ、前に言ってた保護書とやらを貰いに行くのだな」
「おぅ。どうやら実里さんが案内してくれるらしいから、そう掛からないで手続きも終わると思うぞ」
「なら……終わったら少し外を見て回りたいんだが、いいだろうか」

 おや、珍しい。いつもはトレーナーの相手が面倒だからってあまり外に長く居たがらないんだが、どういう風の吹き回しだ?

「別にこれと言った理由は無いが、自分の暮らしている場所がどのような場所なのか知りたくなったというだけだよ」
「ほーん……まぁ、散歩って事で別に構わんが?」
「うん、感謝する」

 俺もたまにはゆっくり外を散歩するのもいいだろう。普段はずっと本に囲まれて生活して、出ても買い物してすぐ帰ってくるからな。
提案を受諾されて上機嫌なのか、月夜は尻尾を揺らしながらカレーの様子を見に行った。香りからして、そろそろ出来てるかな。
味見をして……ふむ、とりあえず食べられる物にはなったようだ。皿に飯が盛られて、それにカレーが掛けられて持ってこられた。
見た目も……若干野菜がゴロゴロした大きさだが、悪くはなさそうだ。これで芯まで火が通ってれば大丈夫だろう。
んじゃ、何やら緊張した面持ちでこれを作った奴がこっちを見てきてるんで食べてみるか。
……ふむ、大丈夫そうだ。まぁカレーなら問題は無いと思ってたが。

「悪くない。合格だな」
「本当か!?」
「じゃなきゃ俺が作り直すのに無言で台所に向かってるところだ」

 うぉぉ、めっちゃ笑ってる。そんなに嬉しい事だったのか?
……なんとなく、俺も分からなくもない、か。子供の頃、始めてカレー作って家族に美味しいって言われたのが嬉しかったのは、今でも覚えてるしな。
そういやそれからだったか、もっと色々作ってみたいって思うようになったのは。何時からか、レシピとか見なくてもある程度の料理は作れるようにはなったけど、あの頃は熱心に料理の本とか読んでたっけな。

「……まぁ、カレーはまだ序の口だ。俺程度に作れるようになりたいなら、色々挑戦してみることだな」
「ふふん、いずれ君よりも美味しいものを作れるようになってみせるさ」

 負けず嫌いというかなんというか。その時が来るかは分からないが、それを待ってみるのも面白いかもしれないな。
自分が作ったカレーを美味そうな顔をして食べるこいつを見てると、少しだけ……もっとガキだった頃の自分を見ているような気がした。
親父達は今頃何してるかな。元気だろうけど、その内顔見せにでも行くとするか。
あぁ、前に俺は俺の家族と疎遠だって言ったが、それの原因は主に俺にある。なんて言うか、会い難いんだよ。俺だけでこの店を継ぐ事になって、もろもろ受け取っちゃったから。
まぁ、それは別にその内でいい。行く時はどうせ月夜もついて来るだろうし、紹介も面倒だしな。

「どうかしたのか? まさか、火が通ってないものでもあっただろうか?」
「え? あぁいや、少し考え事してただけだ。気にするなよ」

 止めていた手をまた動かして、カレーを食べる。月夜が不思議そうにこっちを見てるが、黙々と食べる事で答えってしておこう。



 戸締りよし。朝から出掛けるのは結構久々かもしれないな。

「……陽平、何故君は休みになるとその姿になるんだい?」
「ん? いいだろ別に。軽くて動き易いし」

 そりゃあ甚平にサンダルって言うのは今の時代ではあまり着られないもんかもしれないが、俺は嫌いじゃない。ジーパンにTシャツでももちろんいいが、あまり俺はジーパンが好きじゃない。
故に仕事着にしてるが、休日はこっちを着てる訳だ。古臭いだのおかしいだのとは言わせない。これは昔からある文化着だ。……って事にしておこう。

「まぁ、君がそれを好んで着てるならいいか。そういえば、ここから警察署というのは遠いのかい?」
「ま、歩いて30分ってところだな。この時間なら人もそう居ないし、楽に行けるだろうさ」

 なんせ、まだ朝8時だからな。昨日の晩飯の後、追加で来たメールで朝10時くらいまでに来てくれるとありがたいなんてメールが来たからこんな朝にしてみた訳だ。
それじゃあって事で歩き出して、朝の商店街へと進んでいく。この時間ならまだ開店準備をしてる店ばかりだし、変に声を掛けられる心配も無い。
それにしても、朝からきちんと外で日光を浴びるのは気持ち良い。毎日朝は朝飯作って店の準備、大体家と店を移動するだけだったからなぁ。

『天気も良いし、風も心地良いな』
「まったくだ。たまにはこうして日の光を浴びないと、体の調子も悪くなるらしいしな」

 月夜も心地良さそうな顔をしながらついて来る。ここが町中じゃなければ、軽く一飛びしてきそうだな。

『お望みなら、君を連れて少々の空の旅へ出ようか?』
「ふむ……悪くないかもな。でも、目立つんじゃないか?」
『私をなんだと思ってるんだい? こういう事も……自在に出来るんだよ』

 !? 月夜が俺に触れたかと思ったら、一瞬で周りの景色が変わった。
いつもは見上げていたビルなんかが真下に小さく見える。……普段はそうそう力を使わないから忘れてたが、こいつはミュウツー、力は飛び抜けてたんだった。

「瞬時にこの高さまで上がってしまえば、そんなに目立つ事も無いだろう?」
「そりゃあな……だが、俺達が突然消えた事については?」
「テレポートを使えるポケモンはそれなりに居るものだよ。そんなポケモンが居るんだし、そこまで騒ぎにはならないんじゃないかい?」
「まぁ……言われると分からんでもないが。っていうか、お前に触れてないのになんで俺は浮いてるんだ?」
「さっき君に触れた時に、私の念で君の体を包ませてもらった。そうしておけば、触れていなくても私から一定の距離離れるような事が無ければ私の力の庇護下に置けるのさ」

 高度何メートルかは分からないが、地上からそこまでの距離を一瞬で飛び、おまけにそんな事まで出来ると。本当にポケモン離れした力だな……。
すっと手を伸ばしてきた月夜の手を取り、空の旅が始まる。
これが……空を飛ぶポケモンが感じる風、そして景色か。
空の青に包まれて、雲の海を泳ぐように進んでいく。月夜がゆっくりと飛んでいるからか、緩やかな風に包まれながら進んでいくのが驚く程に心地良い。

「……心地良いな。前にこうして飛んだ時は、風をゆっくりと感じる余裕なんて無かったからなお心地良く感じるよ」
「店の前に倒れる前って事か?」
「あぁ。研究所を破壊して、追っ手を振り切る為にあの時に出せた全力を以てして飛んだ。始めて見る世界や空に怯えながら、ただ闇雲に」

 始めて見る世界に、か。

「なぁ、月夜。お前って……生まれて何年経つんだ?」
「……研究所に居た時間を合わせれば、3年、かな。ただ、その研究所では私は試験体用のカプセルから一度も出された事が無いから、本当に『生まれた』と言えるのは、君と出会う前の数日と、それからの君との日々の分だけという事になるよ」
「そう、だったのか」

 流暢に話したり、受け答えをする様子からはそんな事全く感じなかった。だから、俺も今までなんの疑問にも思わなかった。
そうか、こいつはまだ世界を知り始めたばかりだったのか。だから知識にも、なんにでも積極的に触れようとしてたのかもしれないな。

「研究所で何も知らずに生きてきた時間を、今は惜しく感じている。もっと早く、生まれた時に知りたかったよ。世界はこうも美しく、温かいという事を……」
「月夜?」
「知っていれば、私はあの研究所を破壊する事なく抜け出していた。誰の事も、傷付ける事もなく」

 不意に月夜は止まり、俺を見る。どうしたんだ?

「陽平、君は……私を恐ろしいと感じはしないのかい?」
「急にどうしたんだよ?」

 なんだか妙に寂しそうな顔だ。今にも、泣き出しそうな……。

「……時折、思い出すんだ。あの研究所で、研究員が私に語りかけてきた言葉を」
「……なんて、言われたんだ?」
「全てを……破壊しろ。目に映るもの全てを滅ぼせ。世界すら壊す程に、自分の力を行使しろ……」

 な……いや、こいつから聞かされた、月夜が生み出された理由を考えれば分からなくもない発言なのか?
でも、そんな事を生まれた時から言われたとしたら、性格なんかが歪んで……! そうか、それが狙いの発言だったのか。

「……本来ならそれで、彼らが思い描いた『破壊』のミュウツーが生まれる筈だったんだろうな。でも、私は怖かったよ」
「怖かった?」
「破壊という意味は知っていた。彼らが機械使って、生まれたばかりの私に彼らの望む知識が与えられていたから。でも、私はそれを理解出来なかった。理解、したくなかった」

 遠くを見つめる月夜の目には、明らかに悲しみが称えられてた。深い、心の深い部分にある何かが溢れているように。

「私が最初に抱いた疑問は、『何故そんな事をしなければいけないか』。知識を、言葉を与えられる度に私の中の疑問は大きくなり、いつしか疑問は、それらの知識への拒絶へと形を変えていった」

 ……研究員達の誤算だったんだろうな。生まれたばかりのこいつにある筈の物が無くて、無い筈の物を持っていた事は。

「もう嫌だ、私は何も壊したくなんかない。そう思いながら過ごしていて、突き付けられた現実は……そう感じる私に価値は無いという言葉だった。それを聞いて私の拒絶は……力という形で弾けた」
「そして、その力が自分の居た研究所を破壊した、か」
「恐ろしいだろ? 私は、私を拒絶するもの全てを壊してしまう。壊す事が出来てしまう。壊したくないと願っていたのに」

 まったく……なんでいきなりこんな打ち明け話を始めたのか知らないが、あまり重い話を投げかけないで欲しいもんだ。こちとら、お前を作った研究員とやらとは違って普通な考えしかない一般人なんだから。
ふむ、この状態でも俺の意思で少しは動けるみたいだな。そんなら、月夜の背の方に近付いて、その背に俺の背をくっ付ける。

「んな難しい話して俺に何を言わせたいんだよ」
「……」
「俺の知ってる妙なミュウツーは、なんでも知りたがって、妙に人懐こくて、毎日を楽しそうに暮らしてる。ちょこっと笑いながらな」
「!」
「破壊だかなんだか知らないが、人様に迷惑な事をしようとしたら拳骨作って思いっきり叱りつけるだけだ。それをするのに、怖いともなんとも思わないな」

 触れていた背が離れて、代わりに腕組みしていた俺の腕の肩の辺りに月夜の手が触れ、少しだけ重みがもたれ掛かってきた。
昔を思い出して不安になったのかは知らないが、そんなのは俺の知った事じゃないし、考えるような事でもない。
月夜が出て行かないなら一緒に暮らしてても別に構わないし、行きたいところを見つけたのならそこに行くんでも構わない。
ただ、一言言うなら……俺がこいつを怖がる事だけは多分今後も無いって事だけだ。

「気は済んだか?」
「……うん」
「まぁ、なんだ、昔を思い出すなとは言わない。けど、気にするな。俺は、『今』のお前しか知らないんだから」
「君は、それでいいのかい?」
「いいんだよ。今俺の近くに居るのは今のお前なんだ。それが分かってるんだから何か問題あるか?」

 腕組みを頭を抱えるようなものに変えると、月夜の腕は俺の胸の前に巻かれた。甘えたくなったのかはしらないが、やれやれだ。
巻いた腕時計を見ると、そろそろ針は9時を刺そうとしてる。ちょっと寄り道が過ぎたかな?

「満足したんならそろそろ戻るぞ。この景色はちょっと惜しいが」
「また、いつでも来れるさ。いつでも、な」

 何やら今の一言が意味深にも聞こえたが、ここでは聞き流すとしよう。なんか意味を聞くと溜息が出そうな気がする。
月夜の手を取ると、今度は空の上から消える前の通り……の外れに居た。まぁ、通りの真ん中に転移したらそりゃ目立つからな。
月夜の表情もいつも通りに戻ったし、気は本当に済んだみたいだな。まったく、いきなり空の上でなんの話をするのかと思った。
まぁでも、周りに何も無い場所で話したかったって言うのもあったのかもしれないな。余計なものが無いから、話に集中出来たのは確かだし。



『ここが警察署か……なかなか大きいな』
「そりゃあな。よし、行くぞ」

 今までここのお世話になった事が無いから遠巻きに眺めるだけだったが、いざ入る事になると少し緊張するな。
中は……役所みたいに色々受付は分かれてるみたいだな。俺が行く事になる受付は何処かいなっと。

「あ、陽平さーん」

 声のした方を向くと、実里さんが居た。んだが……おや、私服だ。

「来てくれたんですね。すいません、急にメールなんかしちゃって」
「いえ、こっちとしても来なきゃいけない理由がありましたから。でも、制服じゃないって事は実里さん、仕事じゃないんですか?」
「実は今日、非番なんです。あ、でもちゃんと案内はしますから安心してください」

 それはいいんだが……なんでわざわざ非番の日に呼び出したんだ? 仕事が休みなら休んでた方がいいと思うんだが?
とりあえず月夜を家に置いておく為の手続きを済ませる為に受付へ行く事に。へぇ、ポケモン課なんてあるのか。

「正式には、ポケットモンスター犯罪取締課って長い名前なんですよ。私もここの所属です」
「そうだったんですか。なるほど、それなら手続きの説明もお手の物って事ですね」
「もちろんです!」

 元々受付に居た人に一声掛けて、申請書らしき物を実里さんが受け取ってる。こういうのって顔パスの知り合いが居ると楽だよなぁ。
ふむ、この申請書を書くのと、ポケモン保護者のライセンスみたいのの発行費が必要になるのか。千円ならまだ安い方か。
ん? ライセンスなんて言うなら何かテストみたいな事はしなくていいのか?

「書けました? えっと、次はこの紙の質問事項に答案を書いていってください」
「あ、やっぱりあるんですねテスト」
「一般教養程度の事なんで、陽平さんならきっと大丈夫ですよ!」

 その自信は何処から来るんだい実里さん。俺、まだそんなにポケモンの事知ってる訳じゃないんだが。

『分からないところは私が教えよう。見た限りでは、大丈夫そうだが』

 そりゃありがたい。そんなら、ちゃかちゃかとやりますかね。
えっとなになに? ポケモンを公共の施設に連れて入らなければならない場合、何に留意する必要があるか。ねぇ? 器物損壊とか糞害とかの迷惑行為、それに商品の無断盗用とかか?
ふむ、まぁこんくらいならなんとかなりそうだな。そんじゃどんどんサラサラサラッと。
……おいおい、なんか最後の方はポケモンの簡易的な治療法とかポケモンバトルになった際の相手トレーナーへのマナーまで答えさせられたぞ? いやまぁ、ポケモンを連れるっていうのはそういうリスクへの対応も必要って事か。

「……」
「ん、実里さん? 口開けて固まってますけど、どうかしました?」
「い、いえ! なんでもないです!」
『……どうやら、君が答えるべきだったのは紙の上三分の一程度までだったようだぞ? ついでに言うと、後半まで答えるのは警察で公式認定されたポケモントレーナーになる場合だけらしい』

 おうふ、そうだったのか。ならもっと早く止めて欲しかったんだがな? 後半の問題は結構悩んだぞ。
どうやら答案用紙はチェックの為に回収されるようだ。そりゃそうだよな。

「はぁ~、私もかなり悩んだ問題をスラスラ解いちゃうなんて……陽平さん、何かポケモン関係の資格を取る為に勉強してたりなさってたんですか?」
「いえ、そんなのは全然。強いていえば、こいつに文句を言われながら生活するのもあれなんで、予備知識程度にポケモン関係の本を読んだ程度ですね」
『それでそこまでの知識が付くのも大した能力だと思うよ、私は』

 そうか? 何回か同じ内容を読んでれば大体覚えると思うけどな。お前みたいに読んだ本の内容を一発で覚える方が断然とんでもないっての。
この辺も、やっぱり頭の出来の違いなんだろうなぁ。学生時分なら、喉から手が出るほど欲しい力だよ、月夜の読書理解力は。
っと、どうやらチェックが終わったらしい。んで俺は合格っと。ふぅ、これで無事に保護書とやらが受け取れるな。

「あ、陽平さん。トレーナー検定の方もパスしてるみたいですけどどうします? 発行費はプラスで千円掛かりますけど、トレーナーとして登録しておけばポケモンセンターなんかの設備もトレーナー同様に使えるようになりますけど」
「そうなんですか?」

 うーん、それならそれで便利かもしれないな。月夜を置いておけるようになるんならどっちでもいいし。

「それじゃあ、トレーナーの方でお願いします。持ってて損は無さそうですから」
「はい! じゃあ、お支払いはここでお願いします」

 っと、そうだな。実里さんに渡しても困られるか。
それじゃあ二千円を渡してと。ん? なんだ証明写真も必要になるのか。けどこれは後でもいいみたいだな。
またここに提出に来なきゃならないのかと思ったら、証明書に写真を入れるのはポケモンセンターでも可能だそうな。へぇ、結構便利なんだな。
金も渡して、これでこっちから何かしらのアクションをしなければならないのは終わりらしい。後は待って、証明書を受け取れば完了だ。

「……これならやっぱり、陽平さんにお願いした方がいいかな……」
「ん? 何か言いました実里さん」
「あ、えっと実は……ちょっと相談があるんです。陽平さんと、月夜ちゃんに」
「俺と……」
『一時的にテレパスの回線を開かせて貰うが、私にもか?』
「ふわ!? 月夜ちゃんの声が頭の中に!?」

 あ、そりゃ驚くよなやっぱり。いきなりそんな事されれば驚いて当然だ。
バッと口を押さえて、実里さんは周りの人達にペコペコとお辞儀をしてる。……どうやら不審には映ったが、言及してくる奴は居ないようだ。

「び、ビックリしたぁ……陽平さん、もしかして……月夜ちゃんと一緒に外に居る時はそうやってお話してたんですか?」
「まぁ、俺も声を落としてですがね」
『驚かせてすまなかったな。で、相談と言うのは?』
「あ、うん。それなんだけど……あ、カードが出来たみたいですね。先に外に出ましょうか」

 ん? あぁ本当だ。これがポケモン保護書……というかトレーナーカードか。ま、身分証明書代わりにはなるだろ。
うん、写真が入るであろうところは空白だ。隅の方には……なんだ? 見た事無いマークが入ってるな。
実里さんに聞くと、そのマークがどうやら警察公認である証らしい。一般のカードを見た事無いから分からないが、実里さんのを見せてもらったら入ってたからそうなんだろう。
銀色の羽を広げた鳥みたいな、そんなマーク。割とお洒落じゃないか? 嫌いじゃないぞこういうの。
いつまでもカードを見てないで、警察署から出るか。ふむ、財布に入る大きさっていうのは持ち運びやすくていい。どうやら保護書の方はA4の紙らしいから持ち運びにはかさ張るな。
さて、外に出てきた訳だが、実里さんのお願いとは何かね。

『それでは、話してもらおうか。願いとは?』
「……実は、この子の事なんです」

 そう言うと、実里さんは腰についてる何かを取り出した。ふむ、モンスターボールだな。
それを投げると、中から光が飛び出す。最近は(月夜がするバトルで)見慣れたが、やっぱり不思議だな。

『ふむ、レントラーか』
「そうなの。この子が今の私のパートナーなんだけど……」

 出されたレントラーは軽く辺りの様子を確認して、異常が無いと分かったのか実里さんの近くでお座りをした。

「……特に問題がありそうには見えないですが?」
「いやその……問題があるのは私の方と言うかなんというか……」

 なんか妙に歯切れが悪いな。問題があるのは実里さん? どういう事だ?
詳しく話を聞いてみると、どうやら実里さんはこれまで小型のポケモンとしかパートナーとして仕事をして来なかったらしい。それが、転勤というか本格的な勤続地がここになり、本格的なパートナーとしてこいつが渡されたと。
もちろん固定のパートナーって事は、これからこのレントラーは実里さんと一緒に行動する事になる。が、実里さんはこのレントラークラスの大きさのポケモンに慣れていない。つまり……。

「『これから一緒に暮らすに当たって何をどうしたらいいか分からないと』」
「うぅ、そういう事なんです~。どうすればいいんですか~」

 ……実里さんって、結構新米の警察官だったんだな。まぁ、ベテランではないなぁとは思ってたけど。
しかし、そういう問題になると俺もいかんともし難い。なんせ、月夜は人と変わらない生活が出来てる訳だから、普通のポケモンとは生活の様子が違うんだよ。
だから相談されても正直戸惑うんだよなぁ。

『ふむ……実里、君はポケモンと生活した事自体はあるんだな?』
「え? うん、ガーディだったけど」
『なら基本的にはそれと変わらないよ。どうやら彼は、気性も穏やかなようだし』

 どうやら月夜は軽くレントラーと話をしてたようだ。それで、このレントラーがどんな奴なのか少しは把握したと。

『そうだな……まずは、彼の名を決めてやったらどうだ?』
「名前を?」
『君が呼ぶ、彼だけの名だ。お互いにパートナーであるのだから、必要なものだと私は思うよ。彼も、それを望んでいるし』
「そう、なの? あなた、私に名前を付けて欲しいの?」

 疑問を投げ掛けた実里さんにレントラーは擦り寄った。流石はポケモン、通訳はばっちりだな。

『どうやらレントラーの方も実里が初めての本格的なパートナーらしい。それまで、コリンクやルクシオの時にパートナーだった者も居るには居たようだがな』
「なるほどねぇ」

 立ち膝の状態で実里さんはレントラーをじっと見つめてる。レントラーも、真っ直ぐに実里さんを見つめてる。……警察署の前からは少しだけど移動してるから多分問題は無いだろう。
しかし、俺が月夜の名前を付けてやった時とは大違いの真剣な現場だ。まぁ、俺の場合は居候に名前を付けるだったが、実里さんはこれから一緒に行動するパートナーに付けるんだからそりゃ真剣か。

「雷星……あなたの名前は、雷の星って書いて雷星。呼ぶ時はきっとライって呼ぶと思うけど、どうかな?」
『レントラーの星型の尻尾から取ったのか? 安直と言えなくもないが……いいんじゃないか?』
「変に凝った名前にするよりずっといいだろ。どうやら、呼ばれる事になる当事者もそれでよさそうだし」
「ちょ、ちょっと、あはは、くすぐったいよライ~」

 嬉しそうに実里さんの頬を舐める様子からして、喜んでるんだよな。いいんじゃないか?
実里さんも、大きいから身構えてただけみたいだし、こうなったらもう大丈夫だろう。ポケモンと暮らしてた事があるならその辺の知識はあるだろうし。
って訳であっさりと問題解決。……俺、何もしてない気もするが気にしないでおこう。

『ふむ、パートナーとして人と暮らす、か』
「なんだ? トレーナーのポケモンにでもなりたくなったか? 何時でも好きな奴の所に行っていいぞ」
『ふん、そんな事を言っても、まだまだ君の家からも店からも出て行ってはやらないよ』

 そう言って、するりと月夜の尻尾が俺の足に巻きついてきた。まったく、こいつも物好きだな本当に。鄙びた古本屋なんかを気に入るんだから。



 さて、保護書……ではなくなったけど、用が済んだら何をするかは決まってたから、それに沿って今は月夜と散歩に出てる訳だ。
まぁ、そのまま実里さんと雷星もついて来てるんだがな。出したままにしてるのは、親密度を上げる為だろ、多分。

『陽平陽平、あそこはなんなんだ? 大きくてなかなか歴史のありそうな建物だが』
「ん? あれはこの町の役所だよ。詳しくは知らんが、なんか重要な建物らしくてそのまま使われてるんだ」

 こんな感じで、月夜は何かあるごとに俺に質問をしてくる。それ自体は別にいいんだが、如何せん答えられない事柄の方が多い。俺だってそんなにこの町やこの町の歴史に詳しい訳じゃないんだよ。
しかも何故か腕を組まされてるし。理由は、月夜の奴がぐいぐい引っ張ってくるからなんだが。
頼むから普通に歩かせてくれ。っていうか俺も浮いてる、地面スレスレを浮いてるから。足を動かしてなんとかごまかしてるが。

「月夜、そんな急がなくてもこの町は無くならないぞ」
『町は無くならなくても、時間は有限なんだ。楽しめる時には楽しみたいじゃないか』

 一理ある。が、流石に月夜も落ち着いたのか、とりあえず地に足がつくようになった。

「……陽平さん、月夜ちゃんはまだ居候なんですか?」
「え? はい、そうですよ。とりあえず、今日で家に置いておくのが法に触れる事は無くなりましたけど」
「なんだか、勿体無いです。そんなに仲が良いんだから、居候なんて言わずにパートナーにしちゃえばいいんじゃないですか?」

 月夜をパートナーに、か。まぁ、最近はどっちでもよくなってきてるところはあるんだよ。こいつも家の事を手伝ってくれるようになってきたし。
が……どうしても、何処かで踏みとどまっちゃうんだよな。自分でもなんでか分からない。けど、一緒に居てくれってこっちから言う気にはならないんだよ。
だから、居たきゃ居ろ、何処かに行きたきゃ行けなんて言ってるんだよ。

『……私も、陽平が望まないのに一緒に居たいと望む事は無いよ。あくまで私は陽平に救われ、そのまま居座っているだけだ。迷惑なのは承知してる』
「月夜? どうした急に?」
『実里と雷星、1人と一匹を見て思ったんだよ。君達は確かに協力しあうパートナーという間柄を作ろうとしているのが分かる。でも、私は……』

 ……そこで念は止まった。目を閉じて、何か考えてるみたいだ。

『……パートナーという居場所を望んでいるのか、分からないんだ』
「え……月夜ちゃんは、陽平さんと一緒に居たいと思ってないの?」
『断じてそんな事は無い。陽平と一緒に居るのは楽しい、安心出来る。今、どんな場所よりも居心地の良い場所だと言っても過言じゃない』
「ならどうして……」
『……済まない、上手く言えないんだ。心の何処かで、何かが噛み合っていなくて』

 なんだ、月夜もそんな状態だったのか。似た者同士というか何というか……俺も月夜も煮え切らないもんだな。
そんな事を言った後に何故身を寄せてくる? しかも俯かれたら、離れろとも言えんではないか。
とりあえず……自由な手で頭でも撫でてやるか。こういう時無下に扱うといつまでもこのままだって事は今までで十分理解したからな。
おや、むっとした顔したかと思ったら徐ろに実里さんが雷星に抱きついた。嫉妬? 嫉妬なのかこれは?
いきなりだったから雷星も驚いてる。が、少しして実里さんに頬を擦り寄せ始めた。……ああいう関係も、悪くないんだろうなきっと。
さーて、そろそろ周りの視線が気になりだしたことだし、実里さんを促して移動するとしますか。

「実里さん、雷星とスキンシップを図るのはいいですけど、そういうのはもう少し人目の無いところでやりましょうか」
「……だって、陽平さんと月夜ちゃん見てたら羨ましくなったんですもん」
「いや、そう言われましても」

 苦笑いする俺を実里さんはジト目で見てくる。参ったなぁ……羨ましく思われる要素あったか今?
そりゃあ俺も最近月夜に甘いかなーって自覚はあるが、それにはまだ居候であるって線引きがあってだな。家の為に働き出した居候を少しは認めたって程度のもんだ。多分。
はぁ……もういいや。とりあえず、珍しく昼飯時に出掛けてる事だし外食でもするか。うーん、何処かにポケモンも普通に入れる店なんかあったかな? じゃないと月夜の奴がぐずるだろうなぁ。
ま、もし無かったら適当に何か買って食べればいいか。っていうか、いい加減実里さんに機嫌を直して貰わないと動きようが無いぞ本当。


~後書き!~
段々と家事等を手伝い始めた月夜と、それを認め始めた陽平。心の距離は近付いてるはずですが、何かが邪魔をして居候って関係は止められない。
……煮え切らない関係っていうのは書いてて非常に難しいんですよね、複雑な心境ってどう表現すればいいんでしょ?
とにかくこの話もまだ走り始めたばかり。これからもお付き合い頂ければ幸いです!

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  • 新作キターーーー!!!!!!!!!
    ―― 2013-07-10 (水) 19:26:54
  • 3話目キター!!
    面白いです。実里さんにもパートナーができて続きが気になります。
    執筆頑張ってください!応援してます!
    ――196 ? 2013-07-10 (水) 22:49:18
  • >>07-10の名無しさん
    新作を喜んで頂けると嬉しいですね。ありがとうございます!

    >>196さん
    実里はサブキャラのメイン? 的な立ち位置なのでパートナーを登場させてみたのです。多分警察的な活躍が出来る…はず!
    応援感謝です! ありがとうございます!
    ――双牙連刃 2013-07-11 (木) 08:03:48
  • 3話目...やはり更新がなくとも双牙連刃さんの文章力は落ちてませんね 
    とても楽しく読ませてもらいました これからも頑張ってください
    ――ポケモン小説 ? 2013-07-11 (木) 21:01:51
  • >>ポケモン小説さん
    文章力、落ちていませんでしょうか? その日その日によって変わってしまうので自分でも怪しいんですよね。
    お楽しみ頂けたのなら何よりです。ありがとうございます。
    ――双牙連刃 2013-07-12 (金) 22:20:31
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Last-modified: 2013-07-10 (水) 00:00:00
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