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陽と月の古本店 〜破れた流れの先で〜

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writer is 双牙連刃

1人の男は目指した、自らが望む世界を。
1人の男は届いた筈だった、望まれぬ奇蹟に。
1人の男は阻まれた、変わらぬ明日を願う者に。
そして、孤独な男は……。

今作には一部、ポケモンPt原作の設定及び登場人物が登場致しますのでご注意下さい。
それでも構わないと仰って頂けましたら、↓より開始となりますので、お楽しみ頂けましたら幸いです……。



 俺は去年まで、所謂ガラケーと呼ばれている携帯電話を使っていた。が、そのガラケーこと先代の携帯は、今はもう居ない……。
 何があったかと言えば、まぁ簡単に言えば壊れた。夜中に寝惚けた橙虎に踏まれるという壮絶な最期を遂げたのだ。
 やらかした橙虎は半泣きで謝ってその後半日くらい落ち込んでたが、臨終間際は既に電池が充電状態から脱したら1時間保たないくらいガタが来てた事だし、良い機会だって事で買い替え、現在俺の相棒はスマートフォンに無事進化を果たしたのだった。因みに待ち受けはデフォルトのを使ってたんだが、現在は正月に撮った1人と2匹の集合写真になっている。と言うか、強制的に変えられている。
 スマホに変えた事に後悔は無い。ガラケー時代にはパソコンでしか確認出来なかった株価の変動をリアルタイムで空き時間に確認出来るようになったり、各種アプリケーションをインストールする事で機能を拡張出来る等、携帯電話もここまで便利になったのかと驚かされた。……我ながら、古臭い人間だよなぁ。
 まぁ、アプリについては俺よりも月夜の料理レシピ検索に使われる事が多いんだけどな。物覚えがすこぶる良いが故に、俺よりも月夜の方がスマホを有用に使ってるし。

「とは言え、私的に言えば料理雑誌を読んで作る方が好ましくはあるけどね」
「さいですか……そういや、なんかピンポイントで作りたい物がある時だっけな? お前がスマホ使うのって」
「うむ。その点で言えばスマホに利があるな」

 とまぁ、益々生活が人臭くなった月夜は、今日も今日とて店内の本を物色しては読んでる。橙虎は俺が居るカウンターの横で欠伸をしながら横になるのが日課だ。日に3回くらいは散歩に出るようにしてるけど、店番中はどうしても退屈にさせちゃうんだよな。
 店の方は相変わらず、月夜が普通に喋れる程度には退屈してる。まぁ、大体の収益は図書館への本の納品が主だし、たまに目当ての古書を見つけて何冊も買っていくような奇特な客も居たりで、それなりに商売もしてるけどな。

「こんにちはー」
「っと、いらっしゃいませ」

 そんな店にも、最近は常連と呼べる客が居る。ま、実里さんなんだが。今日は非番なのか、私服でのご来店だな。
 今ではすっかり顔馴染みで、実はスマホを買う時にも世話になったりもしてる。数あるスマホの中からオススメを聞いたり、な。まぁ、交換条件として、俺がスマホに登録した連絡先第1号は実里さんになったんだがね。

「えーっと……月夜ちゃん、料理の本なんかあるかな? 出来れば煮物の」
「ふむ? それなら……うん、この辺りだな」

 と、こんな風に月夜が喋れる事を知ってる事もあり、何か入り用の本がある場合はああして月夜に聞いたりしてる。しかし煮物か……何か作るのかな?

「珍しいですね、実里さんが料理の本をお探しとは」
「もー、私だって料理くらいしますよぅ。ま、まぁ、月夜ちゃんや陽平さん程じゃないですけど……」
『今回の場合、実里の実家から何故か大量の大根が送られてきて、どう消費するか途方に暮れたからだけどな』
「ちょっ、ライったらバラさないでよー」

 来店の理由が、ここでなら相棒の雷星と喋れるって言うのがあるのは……言わずもがなだろうさ。
 で、大根の美味しい消費の仕方に話が移る。大根かぁ……煮物ならブリ大根にイカ大根、それにおでんが美味しいところだが、焼き魚に合わせて大根下ろしも捨て難いところだよな。
 色々知って、尚且つ仲が良くなった事もあり、実里さんと雷星は客以上に友人として接してもいるかな。当然来客である事は前提だから、話し方はあくまで丁寧にだけどな。

『大根かぁ。あ、この前のあれも美味しかったよね。大根の餡掛けだったっけ』
「えっ! 何それ橙虎ちゃん?」
「あぁ、あれな。そう言えば橙虎、大分気に入ってたな」
『うん! ねぇ陽平、また今度作って欲しいなぁ』
「ふむ、私もあのとろみの加減がまた見たいしな、良いんじゃないか?」
「まぁそこまで手間じゃないし、構わんぞ」

 そこまで言って、新たな期待の視線が二つある事に気付く。……大根の提供元が実里さんになったのは、流れ的に察して頂けるだろう。
 そんな話の最中だった。店の入り口の方から、ガタンと大きな音がした。なんだ一体?

『な、何?』
「何かがもたれかかったような音だったが……」
「もたれかかったったって……とりあえず見てみるか」

 確認しなけりゃ埒も明かない。仮におかしな奴であれば、ウチには異様に強いセキュリティと快速のセキュリティのツーガードが揃ってる。更には警察である実里さんまで居る事だし、セキュリティ面での不安は無い。一つ、何があったか確認してやるか。
 店の入り口を開けて、少し視点を下げて俺は目を見開く事になった。……うちの店前の行き倒れリストに、まさかの追加がされる事になろうとはな。

「うっ……」
「ひ、人!? って、この人は確か……バトウさん?」
「ぇと……知ってる人なんですか?」
「あぁ、間違い無い。以前この店に来て、バトウと名乗った男だな」

 月夜からの確証も得たし、間違い無さそうだな。なんか髪の色は違うし妙な服着てるが……とにかくこのままにしておく訳には行かないな。
 月夜に家の方までバトウさんを飛ばしてもらって、店前に臨時休業の看板を掛ける。実里さんには一度帰って貰おうかと思ったけど、行き倒れなんて事件かもしれないって事で家まで上がってもらう事にした。けどまた行き倒れなんて、何があったんだ?
 客用の布団を敷いて横にならせると、少しうなされているのか、汗を掻いてるようだった。

「熱は無いようだが……衰弱しているようだな。それに、心が乱れていて読み取れそうに無い」
「そうか……困ったな、救急車とか呼んだ方がいいのか?」
「事情は聞きたいところですけど、そうですね。まずは意識を取り戻してくれないと……」
『待て。意識、戻ったようだぞ?』

 雷星の声でバトウさんの方を見ると、確かに薄っすらと目を開けてた。これなら、命に別状は無さそうか?

「此処、は……?」
「気付かれて良かった。覚えてらっしゃるか分かりませんが……」
「君、は……確か、古本店の?」
「覚えて頂いてて光栄です。バトウさん」
「バトウ……? いやそうか、私が、そう名乗ったんだったな」

 うん、話しながら意識もはっきりしてきたみたいだな。

「済まない……水を、貰えないだろうか」
「水ですね。少し……っと、助かる月夜」

 先読みで水を用意してくれてた月夜からコップを受け取って、バトウさんに少しづつ飲ませる。一気に飲ませたら噎せるだろうしな。
 一息つけたからか、バトウさんから深い溜息が吐かれた。さっき衰弱してるって月夜が言ってたし、何か食べれそうな物……うん、お粥でも用意するか。

「少し待ってて下さいね。今粥を用意するんで」
「いや、そこまで世話になる訳には……」
「貴方、陽平さんのお店の前で行き倒れていたんですよ? まだ無理は出来ないと思います」
「なんだって? 私が、行き倒れていた……?」
「詳しく事情を聞きたいところですが、今は陽平さんの厚意を受けても良いでしょう。陽平さん、行き倒れ介護のスペシャリストですから」
「そんな者になった覚えは無いんですけどねぇ?」

 店の前を占拠されると商売にならなくなるからであって……なんて、三度もこうして面倒を看てて言う事でも無いか。我ながら面倒見の良い事だよ。
 白飯の粥って言うのも寂しいから、卵を一つ落として味噌を溶かす。そう言えば、俺が風邪を引いた時に月夜が作ってくれた粥、美味かったなぁ。
 よし完成。あ、ネギでも散らせば良かったかな? いやまぁ、いっか。

「さ、どうぞ。まだ熱いからゆっくり食べて下さい」
「感謝する……これは、美味い」
「あはは、お口に合って何より」

 と、和やかな雰囲気の中、響くクゥって小さな音が。恥ずかしがってるって事は、実里さんの腹の虫だな。
 そうだな、少し早いが昼飯にするか。昨日買い出しはして食材はある事だし。



 用意した昼食は綺麗に無くなり、皿洗いも終わってようやく落ち着いたところだ。バトウさんも、どうやらある程度自分に何があったかを整理出来たらしいし、これから話を聞こうかってところだ。

「では、まずは自己紹介をさせてもらいますね。私は時雨実里と申します。本日は非番になりますが、警察組織に籍を置いています」
「警察……なるほど、これも采配という事か」
「采配? どう言う事ですか?」
「警察関係者ならば、私の事は知っているだろう。覚悟はしている、捕らえるならば好きにしてくれ」

 えーっと……妙に落ち着いた様子で、バトウさんはそう言った後に静かに目を閉じた。その様子に俺は月夜や実里さんと顔を見合わせちゃったよ。

「あの……捕らえるも何も、私はとりあえずバトウさん? が陽平さんのお店の前に倒れてた理由を知りたいだけなんですが……」
「それに、行き倒れてただけで逮捕されるなんて話、聞いた事ありませんよ?」
「……君達は、本当に分からない、のか?」

 そもそも何の事だって気分だぞ。けどこの分だと、大分薄ら暗い部分があるんだろうなぁ。

『やれやれ……やはり私が出るしかないか』
「へっ? な、何この声?」
『ん? 実里、陽平、下がれ!』
「えっ? おいおいどうしたよ?」
『ほほぅ、あの時戯れに近付いた時もそうだが、なるほど出来る者達だな』

 月夜達ポケモンチームが突然風呂場の方を警戒し始めた。あれっ、この声は確か……。そうだ、初めてバトウさんに会った日の夜、風呂場で聞いた声!
 気付くと、風呂場の鏡から何かがぬるりって感じで出てくるところだった。こいつは!?

『ふむ、ここに現界するのは源九郎と花代が存命な頃以来か』
「なっ、な……」
『はっはっは。久しいな、陽平。と言っても、お前は私の事など覚えてはいないだろうがな』

 鏡から現れたのは、多分ポケモンだ。けど、なんで其奴が俺や爺ちゃん婆ちゃんの名前を知ってるんだ?

「お前か、ギラティナよ」
『……此処に捨てれば、まぁ助けられるだろうとは思ったが、なかなか壮健なようだな、悪党』
「ふん……」
「ギラティナ……? えっ!? それって確か、シンオウ地方の伝説のポケモンの一匹の!?」
『ほほぅ? 私の名を知るとは、なかなか私も有名になったものだ』

 伝説のポケモンって……はい!? な、なんでそんなのがうちの風呂場の鏡から出てくるんだ!?

『驚かせたようで済まんな。私はギラティナ、人が破れた世界と呼ぶ場所を司る者にして……この店の前店主、沖宮源九郎の茶飲み友達、と言う奴だ』

 は、はぁぁ!? ポケモンが爺ちゃんの茶飲み友達!? 伝説のポケモンが!? なんだそれ!?
 警戒してたポケモン3匹と実里さんも、呆気に取られてポカンとしてるぞ。爺ちゃんもなんつうもんと茶を飲んでんだ!

『此度はそこな男、アカギについて説明するため馳せ参じた。警戒せずともよい』
「アカギ……? この方って、バトウさんって名前じゃないんですか?」
「そっちが本当の名前、って認識で良いんですよね?」
「……気付いていたか。そう、私の名はアカギ。君に名を伏せた事は詫びよう」

 ふむ、って事はアカギって名前が本名で間違い無いみたいだな。名前を伏せたのは、本名は名乗ると不都合があるからだろう。髪の色もその辺の理由で染めてたってところかね。

「あれ、アカギって確か……? あ、あー! 思い出した! シンオウ地方で暗躍した組織、ギンガ団の首領! その服のマーク、間違いありません!」
「ギンガ団?」
「そうだ、私はギンガ団首領を務めていた。我が野望の為に」

 イマイチ現状は分かってないんだが、どうやら今バトウさん……いや、アカギさんと実里さんが言った事は間違い無いらしい事は分かったかな。ギンガ団、ねぇ?
 分かってない俺を他所に、実里さんは神妙な顔をしてアカギさんと向き合った。つまりそのギンガ団とやらは、警察として動く案件らしいな。
 とは言え、此処は俺の家なんだし、物騒な事はご遠慮願う。実里さんを宥めて、まずは話を聞く事にしたよ。

「さて……まずは何から聞くべきかな。とりあえずは、なんでまた俺の店の前で倒れてたか、ですかね?」
「それについては私も分からない。分かるのは……」
『私だな。なに、此方で当たり障り無くこいつを破れた世界から追放し、尚且つなんとか出来る場所と考えた時、この場所が最適だろうと思ったまで。シンオウの何処かに捨てて、また厄介な事になるよりは、とな』
「厄介な事……ひょっとして、シンオウ三大湖のポケモン襲撃から繋がる槍の柱占拠の件でしょうか?」
『ほう? 警察の者と言っていただけに理解が早い。そうだ、こいつは槍の柱にてディアルガとパルキアを呼び出し従えようとした。今の世界、時空を破壊して新世界とやらを創る為にな』

 世界を創るって……またとんでもない事言い出したよこのとんでもポケモンは。って言うかナチュラルに月夜に茶を頼んで寛ぎ始めたし。勘弁してくれ。

「ふん、今となっては後の祭りだ。貴様と、あの少年の邪魔さえ無ければ……届いた筈、だったんだがな」
『戯けが、それをさせぬが為の抑止力が私だ。矮小な存在でありながら私に面倒を掛けた事、本来なら命でもって償わせるところだぞ』
「人の家でそんな血生臭い話をしないで頂きたいな……」
「それに、人命に関わると言うなら、私も黙ってはいられません。ポケモン課の者として働かせてもらいますよ」

 雷星が全力でえっ!? とでも言いたげな顔をしてる。まぁ、気持ちは分かる。伝説のポケモンなんて、ちょっかい出したい相手ではないしな。
 いやいやせんよぅそんな事ー、なんて笑って言ってるからギラティナもそのつもりは無いらしいからして、物騒な話は切り上げる事になった。話の本筋からもズレてるしな。

『んまぁそんな事があり、私がこいつを破れた世界、私の管轄下に捕らえて事無く解決した訳だ。こいつもあの少年に打ち負かされて、憔悴したようだしな』
「へぇー……」
『で、暫くは破れた世界に居させたんだが、いい加減私の平穏を邪魔されるのもうんざりだと言う事で、此処に捨てた訳だ。何故だ、私は間違っていない筈だってブツブツ煩かったしな』
「そうだ、私の目指した完全な世界は間違っていなかった筈だ。なのに、何故……」
「んー、その辺の事情は俺には分からないが、とにかくアカギさんが行き倒れた理由は分かった。……実里さん、アカギさんはどうなるんですか?」
「そうですね……さっきは確かに警戒しましたけど、別にアカギさんって指名手配とかはされてないんですよねぇ」

 どう言う事か、一番驚いてたのはアカギさんだった。
 実里さんの話では、そのギンガ団の事件から既に半年は経っており、破れた世界とやらに飛ばされたアカギさんは行方不明者扱い、ギンガ団はアカギさん以外の幹部とやらが一度捕らえられて瓦解。けど有志が集って、今度は薄ら暗い事をしないクリーンな企業としてシンオウで活動してるそうだ。

「ですから、アカギさん本人が再度犯罪を犯さない限り、警察内では手打ちになった事件である、って言うような状況ですね」
「そうか……もう、私のギンガ団は存在しないのだな……」
『更に言えば、ディアルガもパルキアも何を気に入ったか知らんが、今はあの少年と共に此方の世界に居る。時空を破壊したり、お前の言いなりになる事はあるまいよ』
「ふっ、ははは……夢破れて山河在り、か……よく言ったものだな」

 力無くそう言って、アカギさんは項垂れた。ヤバそうな事とは言え、夢が潰えたんだ。しんどいだろうよ。
 話からして、どうやらアカギさんは今、身寄りも無く破格の自由はあれど目標は無しってところなのかね。それは……大変だよな。

「……なぁ、ギラティナよ、狭間の神よ。私の目指した理想は、間違っていたのか?」
『間違っていると感じたから、立ち塞がる者が居た。それが全てだ』
「そうか……そうなんだろうな」
「あの……アカギさんの理想って、世界を壊してまで目指したものって、一体何なんですか?」
「完全な世界……不完全な心などという物を捨て去り、私の統治によって統制された完璧な世界。私が目指した、理想郷の姿だ」

 心を捨て去るって、また無茶苦茶だな。土台からして無理だろそんなの。
 なんて思っても、実際やろうとした人が此処に居て、あと一歩だったって言うんだから驚きだ。これで此処にギラティナが居なかったら、やっぱり信じてなかっただろうな。
 さて、それを聞いてこれからどうするかだよな。とんでもない事を企てたらしい事は分かったって言っても、それが俺にどうこうしたって言うのは無いもんなぁ。

『さて陽平、此処までの話を聞いた訳だが……お前はどのような裁定をこいつに下す?』
「え、俺? んーそうだなぁ……とりあえず体力もまだ戻り切ってないだろうし、行く宛も無いだろうし、今日は此処でゆっくりしてもらうか、とか?」
「な……私は大罪を犯した者だぞ!? それを」
「はて? 俺が聞いた話では、大罪とやらを犯したギンガ団のアカギは行方不明。今此処に居るのは、以前この店で本を買ってバトウと名乗ったアカギさんだと思ってますよ」

 あら、我ながら無理矢理な事言ったとは思うが、実里さんやアカギさんはポカンとした顔をしてる。ポケモン達は、ギラティナ以外はいつも通りだなって顔してるわ。ほっとけ、俺はこう言う奴なんだよ。

『くっ、ははははは! あぁ、やはりお前は源九郎の血筋だ。飄々としながら、他所の事など何処吹く風と言わんばかりに己が志で動く。あい分かった、アカギの身柄はお前に任せるぞ』
「私を、許すと言うのか?」
『さてな? 新世界とやらを創ると嘯いた悪党の行方は知れなくなった。また現れれば処断するが、此度はこれで手打ちとしよう。実里とやら、構わんな?』
「え、あ、まぁ……いいんですか、陽平さん?」
「お裁きを下す当事者がいいって言うんですから、いいんじゃないですか?」

 ま、この中で一番腑に落ちないって顔してるのはアカギさんだけどな。けど、俺は別に意見は変えないぞ? だって俺が知ってるのは、本を買って満足げに店を後にした姿だけだからな。



 すっかり日も落ちて、急遽賑やかになってしまってバタついた夕食も終わった。いやぁ、まさかアカギさんがポケモンを5匹も連れてるとは思わなんだ。お陰で冷蔵庫の中がすっかり空になっちまった。明日の朝と昼はなんとかなるが、また買い出しに行かんとな。

「ここまで世話になってしまうとは……」
「気にしないでくださいよ、俺が勝手にやった事ですから。にしても、行儀の良いポケモン達ですね。見知らぬところでもきちんと落ち着いてる」

 アカギさんのポケモン達には月夜と橙虎が事情を説明してくれたらしく、変に暴れられたりって事は無かった。まぁ、5匹の中にギャラドスが居て驚かされて、流石にそいつにはボールの中に居て貰う事になったけどな。

「あれ等には必要な事以外はしないよう徹底してきたからな……酷い主人だろ?」
「どうでしょう? もし本当に酷い主人だったとしたら、ポケモンも愛想を尽かしてたと思いますよ。少なくとも、そういう様子は俺には見えませんけどね」

 片付ける前のちゃぶ台で寛ぎながら、そんなポケモン達の様子を眺めてる。ヘルガーにクロバット、それにドンカラスとマニューラだったかな? どいつもカッコイイポケモンだ。
 さてさて、夕食も食べ終わった以上後は寝るだけなんだが……アカギさん、どうも居辛そうだよな。んー、これをどうするか……。
 そうだ。あまり得意って訳じゃないけどたまーに飲みたくなるから買い置きしてるあれがあったな。よし、誘ってみるか。

「アカギさん、酒類って行けます?」
「酒? まぁ、嫌ってはいないが……」
「なら、ちょっと付き合ってくれますか? ほんの少しですけど、見晴らしの良いところで」
「構わないが、見晴らしの良いところとは?」

 よしよし乗ってきた。それならちょっと月夜に協力を要請して、と。

『はぁ? まぁ構わないが……君が奴にそこまでしてやる義理は無いんじゃないか?』
「硬い事言うなよ。これも何かの縁って奴さ」
『全く、君は変わらず奇特だな』

 その奇特で助けられた第1号が何を言うか。ま、クスクス笑いながら用意に向かってくれたから良しとしよう。
 それじゃあアカギさんには少し外に出るから靴だけ履いてくれと伝える。因みに服装は俺の甚平以外の私服を貸してます。流石にあのギンガ団の制服とやらじゃ目立つからな、着替えてもらって洗濯機に放り込んだよ。
 月夜が缶ビールを3本用意して戻ってきたな。って3本? まさかこいつも飲む気……みたいだな。おいおい大丈夫なのか?
 なんて言う前に、視界が切り替わり夜風が体を吹き抜けていった。……まだ少し寒かったかな?

「こ、ここは?」
「大した場所じゃないですよ。うちの屋根の上です」
『連れては来たが、間違っても酔って落ちたりしないでおくれよ?』

 んなヘマする程飲まんっちゅうに。見える景色は街中のままだけど、視点が高くなるとそれだけでちょっと特別な場所に感じるから不思議なもんだよな。
 屋根に腰掛けて、アカギさんにも座るよう促す。月夜は、いつも通り浮いてるからいいか。
 プルタブを持って引くと、軽い弾けた音と共にビールの封が解ける。安物とはいえ、この音は変わらないよな。

「ま、安物ではありますが」
「あ、あぁ」
『ふふっ、様式美だな』

 乾杯と一言言って、三つの缶が軽くぶつかる。そして一口を流し込むと、キリッと冷えたホップの苦味が口に広がる。うん、悪くない。

『う、む……君が飲んでいるから気になっていたが、ビールとはこのような味なのか』
「俺もたまに飲むだけだけど、初めてなら大分苦いだろ?」
『うむ……けど、この喉越しは悪くないな』
「あまり気に入らんでくれよ? 安物でも出費は嵩むんだからな」
「……気になっていたんだが、君とそのミュウツーはひょっとして、会話をしてるのか?」

 ……はっ! アカギさん居るのに普通に月夜と話してたし! 昼間のギラティナはアカギさんにも話し掛けてたからついそのままのノリでやってしまった。こんなにナチュラルに話してたらもう隠せないか。まぁ、仕方ないな。
 事情を話すと、アカギさんはかなり驚いた表情をしてる。で、更に月夜が話し掛けた事でその驚きは加速する。

「まさか、こんな事が……」
『だがこれも事実だ。私は君達の声を理解する事が出来るし、こうして君達に声を届ける事も出来る。便利なものだろ?』
「ふっ……少し前の私ならば、そんな能力は不要だとでも言っていたんだろうな」
「心を無くした完璧な世界を目指してた、とか言うあれの事ですか?」
「そうだ。好奇、自尊、恐怖、忿怒……感情は、心は、その不完全さから必ず何かを傷付けずにはいられない。そんな物が無ければ、世界はより完璧に、他者に干渉する必要の無い完全な世界となる。私はそう信じ、今まで生きて来た」

 そう言い放って、アカギさんは缶を傾けビールを呷る。まるで自棄酒だな。
 アカギさんが言った今の言葉、俺も少し確かになと思った。普段から月夜を狙ってくるトレーナーや橙虎の元トレーナーのアキノリ、浮かんできたのはそんな奴等の顔だったから。
 月夜の珍しさや強さから勝負を仕掛けてくる奴等、力を求めて橙虎を捨てたアキノリ……どちらもそれは感情、心から生まれた行動だ。それが無ければ戦いも悲しみも無かっただろうさ。でも……。

『もし心が無い世界が出来ていたとしたら、それはきっと、今以上に不完全な世界になっていただろうな』
「何? 何故だ、誰もが心なんぞに踊らされる事の無い世界だ、今以上に不完全になる筈など」
『あるさ。仮に世界がそうなったとして、その後は誰がその世界を動かす?』
「無論統治する私だ」
『そうなるだろうな。だが、1人で一体どれだけの数の人間やポケモンを動かせる?』
「それは……」
『どれだけ無茶をしようとも、人であれポケモンであれ限界があるのは目に見えた事。例え世界が変わろうともな』
「ならば私はどうすれば良かった。この世界に蔓延る理不尽に、どう足掻けば良かった……!」

 ……アカギさんは話してくれた。何故自分が、完全な世界とやらを創ろうとしたのかを。
 切っ掛けは子供の頃、仲の良い……友達と呼べる程に仲の良くなったポケモンを、他のトレーナーに捕らえられ、連れ去られたしまった事。それも、稀有なポケモンであるって言うだけで。
 それによって、元々人と付き合うのを好まない性格だった幼少のアカギさんは、復讐にも似た思いを抱くようになった。それを向けるものを、心や感情と据えて。
 後はこれまでの全てを掛けてその思いの成就だけを目指し、辿り着いたのが新たな世界を創る事だった、か……物凄い執念だな。

「理不尽、か……」
『ふむ……』
「確かに無謀だったかもしれない。だが、それでも私は、世界を破壊してでも変えたかったんだ! 変えたかったんだよ……」

 吐き出すようにそう言って、アカギさんはまた項垂れる。その夢も潰えて今だからな……。

『心の不完全さに、世界の理不尽か。考えた事も無かったな』
「月夜、だったか。君も稀有なポケモン、理解出来る筈だ」
『共感出来る部分がある事は認めるさ。だが、私はそれで心と言うもの全てを否定したくはないよ』
「何故? 共感出来るのなら感じているんだろう、世界は理不尽で不完全だ」
『あぁ、理不尽だ。不完全と認めてもいい。でも、この世界にも捨てたものじゃない物もあるんだよ』

 缶を傾けた後、俺の顔を見て月夜はふっと笑ってみせる。意味深な表情を不意に向けんでもらいたいぞ。

『私の生まれた理由自体、傲慢で理不尽な理由からさ。それが無ければ、私は生まれる事さえ無かった。そういう観点で言えば、私は理不尽の化身のような者だろうさ』
「理不尽の、化身……」
『真面目に考えられると困ってしまうな? 笑い話程度で話したつもりなんだが』
「お前ねぇ? この空気の中でいきなり笑い話投下されて笑える訳無いだろ」
『むぅ、私なりに試行したんだがなぁ?』

 あれこれ、月夜さん軽く酔ってる? 暗くてはっきりは見えないが、微妙に顔が赤くなっている気もしないでもない。

『まぁ、あれだ。生まれがどうであれ、私は今十分満足出来る生活をしてるぞ。彼が私を助けてくれてな』
「うぉっと? 急にくっ付いてくるなっての」
『いいじゃないか、いつもの事だろ?』

 それで納得するようになっちゃったんだよなぁ俺……慣れって怖い。
 俺達の様子を見て、アカギさんは呆気に取られてる。心なんて不要だって言ってる人だし、そうもなるか。

「ポケモンは友達で、友達になれるのは心があるから、か」
『ん、それは?』
「私の野望を妨害した少年が言った言葉さ。トレーナーとしては、天才と呼ばれる部類に入ったんだろう」
「へぇー。少年なんて言うって事は、かなり若い子で?」
「11、と言っていたかな。平均な少年だと思ったが、ことポケモンに関しては完敗だった。ギラティナが言うに、ディアルガとパルキアに認められ連れているらしいから、今は並のトレーナーでは接戦すら困難だろう」

 11って、それはまた凄いな。俺の11の時なんて、他の奴がポケモンバトルをしてるのを横でぼんやり見てるだけだったな。いや、今もそうか。

「その少年に言われたのが今の言葉だ。笑ってくれ、私はそれに、何も言い返せなかった。ただ、私が考えた世界こそが正しいと、喜びや幸せなどまやかしだと、話を逸らす事しか出来なかった」
『自分にも、ポケモンの友が居た事があったから、か』

 何も言わず、アカギさんは空を仰ぐ。その先には、夜空を賑やかせる星が輝いてる。

「私が欲しかったものは、なんだったんだろうな……」
「それは多分、アカギさんにしか分からない事……なんでしょうね。でも、今なら分かるんじゃないですか? 少なくとも、迷ってるなら歩き方を変える事も出来ると俺は思いますけど」
『ポケモンの友が居た事を認め、話せたんだ。もう、心の反面に囚われてやる事も無いだろうさ』
「心の……反面……」
「憎しみや悲しみ、誰かを傷付けるような負に繋がる部分は、どうやっても心にはある。けど、それが心の全てって訳じゃあないって事だな」
『そうさ。誰かと出逢って、喜びや幸せを感じる事は幻なんかじゃない。心が感じた、揺るぎない真実だよ』

 缶の中身を喉に流し込んで、静かに目を閉じる。そうだ、世の中悪い事ばかりじゃない。理不尽な事は確かにあるけど、それが全てじゃない。
 月夜が居て、橙虎が居て、実里さんや雷星が居て……繋がりが出来て、俺も笑うようになった。楽しいと、幸せだと感じる心は、確かにここにあるんだ。

「皮肉だな。全てが終わった後に、少年だった日の思い出が……こんなにも、胸の中で輝いていたと気付くとは」
「当たり前なんじゃないですかね。だって、アカギさんの今までは、その大切な思いを傷付けられた事から始まったんでしょう?」
「そうだな。全くお笑いだ、心など無用等と言いながら、誰よりも自分の感情のままに生きてきたのが、私自身だったんだから」

 アカギさんの顔が、解れていく。まるで、溶ける事の無かった氷が、ゆっくりと溶けていくように。

「心の無い世界……違うな。私が欲しかったものは、そんなものじゃなかった。ただ私は、友と過ごしたあの幸せな時間を取り戻したかった。それを奪った者達を、許せなかったんだな……」
『それが、辿り着いた答えみたいだな』
「あぁ。随分と遠回りをしたが、ね」
「なら、後はまた歩き出すだけですね」
「……やり直せるだろうか」
『スタートラインには立ったんだ、後はどう言う一歩を踏み出すかだな。どれ、相談役を連れてくるか。ついでにビールの追加もな』

 まだ飲む気かよ?! とか言おうかとも思ったが、ここでお開きって言うのも味気無いからな。ま、もう少し付き合うとするか。ビールも箱買いしたとは言え、こんな事でも無いと減らないし。
 で、戻ってきた月夜は一匹ポケモンも連れてきたみたいだ。アカギさんのマニューラか。

『よっと。ここからは私達だけより、今誰より近くに居る者の一匹が居た方が良いだろう』
「マニューラか。まだ起きていたのか」
『こんな場所に……アカギ様に不慮があればどうするつもりなのだ! 答えろ、ミュウツー!』
「待て。彼等は私をもてなしてくれているんだ、爪を向ける必要は無い」
『はっ……!? な、アカギ様が私の言葉に!?』
『サービスだ。積もる話もあるだろうし、そうで無ければ連れてきた意味も無いしな』
「ノリノリですね月夜さん……」
『うむ! なんだか気分がノッてきたからな!』

 あ、これ出来上がりつつある奴だ。明日、多分2日酔いだな。
 アカギさんと喋れるって状況に戸惑うマニューラに、アカギさんは自分の横に座るよう促す。そのアカギさんの様子にも戸惑いながら、マニューラは隣に行った。まぁ、今までが話に聞いた通りなら、そりゃあ憑き物が落ちたような状態だし戸惑うわな。

『そら陽平、もう缶が空じゃないか。次だ次』
「お前、明日どうなっても知らないからな?」
『アカギ様、これはどう言う状況で?』
「なに、気にするな。それよりも、明日から私達がどうするかを話すぞ。いや、話そう。はは、これほど酒を美味いと感じるのは初めてだな」

 今までの憂さ晴らしのように、アカギさんもまた缶を開ける。……もう暫くは、ここで酒盛りになりそうだな。近所迷惑にならないよう気を付けないと、か。
 不意に、後ろから視線を感じた。居たのは……なんだ、気になって様子を見に来たって辺りか、一度破れた世界とやらに帰ったギラティナだった。
 折角だ、来たならこの酒盛りに参加してもらおうか。ポケモンも酒を飲めるかは……月夜とマニューラが飲んでるし、まぁ大丈夫だろう。



 酒盛りから一夜明け、俺は現在朝飯を調理中だったりする。あれから2時間くらいか? 暫く飲んだり話したりしてたんだが、その内俺とギラティナ以外が酔い潰れ始めたからお開きにして、戻ってきて普通に寝た訳だ。
 ギラティナは飲んで笑ってるアカギさんを見て、もう馬鹿な真似は当面しないだろうって言って、風呂場の鏡から帰っていった。今度、なんで俺の事を知ってたかとかの辺りを話してやるって言ってな。

『う、む……』
「ん? マニューラか。お早うさん」
『あぁ……すまん、水をくれ』

 途中参加だけど、まぁマニューラが来てからが本番だったようなものだからな。まだ大分酔いが回ってるみたいだ。
 因みに俺は体質なのか、ある程度酒を飲んでも悪酔いはしない。酔うには酔うが、大抵ほろ酔いくらいで済んじゃうぞ。
 コップで水を渡してやると、一気に飲んで一息。飲んだ事の無い酒をいきなり飲んでこの程度なんだから、マニューラも結構強い方なんじゃないか?

『助かった、感謝する』
「はいどうも」
『ん、それは朝食か?』
「あぁ。もうすぐ出来るからちょっと待っててくれ」

 まぁ、後は味噌汁を用意して終わりだけど。恐らく酔っ払いの為にアサリの味噌汁だし、後で感謝させるとするか。俺が好きだから作ったって言う方が強いけどな。
 味噌汁をよそうかと思ったんだが、まだ後ろにマニューラが居るのに気付いた。どうしたかな?

「どうかしたか?」
『あっ、いや……改めて感謝すると言いたくてな』
「感謝? またどうして?」
『あんなに笑うアカギ様を、私は見た事が無かった。笑える機会を与えてくれたのは、お前達なんだろう?』

 あぁ、そういう事か。そっか、こいつもアカギさんを見て来てるんだから、今までの様子を知ってて当然か。

「俺は別に、大した事はしてないさ。もう一度笑おうと思ったのは、他でもないアカギさん自身だし」
『だが、その切っ掛けを作ってくれたのはお前と、あのミュウツーだ。私や他の者はあの方の力になる事は出来ても、あの方を笑わせる事なんて、出来なかった』

 少し悔しそうに言うマニューラを、笑い掛けながら撫でてやる。忠義と言うかなんと言うか、アカギさんも良いポケモンを連れてるもんだよ。

「大丈夫、これからはアカギさんも、もっと笑うようになるさ。けど大変だろうから、支えてあげてくれな」
『当然だ。私はあの方のポケモンなのだからな』

 うん、こいつみたいなポケモンが側に居るならきっと大丈夫。もう、憎しみで迷う事があったとしても、アカギさんが独りぼっちになる事は無いだろ。

『……不思議な人間だな、お前は。接しているだけでなんだか、上手く言えない温かさを感じる』
「そうかぁ? 俺は単なる一般人、しがない古本屋の店主だぞ?」
『ふっ……お前がギンガ団に居れば、いや、もっと以前からアカギ様の友人で居てくれたなら……アカギ様はもっと早く、笑顔を取り戻してくれていたかもしれないな』

 さぁ、それはどうだかな。ま、大事なのはこれまでよりもこれからだ。っと、どうやら皆起き始めたか。なら、朝食を並べるとしようかな。

 起き出した皆を促して、賑やかな朝食はあっという間に幕を閉じる。途中また月夜がアカギさんと共感覚を発動し、アカギさんと喋れる事にマニューラ以外の4匹が驚いてたぞ。あ、因みにアカギさんも月夜も、思った通り二日酔いだった。ま、しこたま飲んでたんだから当然だな。

「すっかり世話になってしまったな」
「いえいえ。それで、これからどうするかは決まったんですか?」
「そうだな、一応貯蓄を確認して、出来ればこの街から、新たな一歩とやらを始めようかと思っている。これでも少々、技術屋の素養もあるんでね」
『新たな一歩か。また、完全な世界とやらを目指してか?』
「おい月夜」
「完全な世界か……あぁ、そのつもりだ」

 その一言に、冗談めいて言った月夜と俺は驚かされた。が、そんな俺達の事を見て、アカギさんは笑ってみせた。

「ただし、今度目指す世界は『心の無い世界』ではなく、『他者を傷付ける心の無い世界』だがね?」

 やれやれ、アカギさんも人が悪い。一瞬昨日の夜のあれは無駄だったのかと思っちゃったじゃないか。

『全く、あまりヒヤヒヤさせないでもらいたいな』
「ふふっ、失礼。だが、今回は上手くいくだろう。人と人、人とポケモンでも繋がる事が出来る証明を、はっきりともらったからな」

 傍に居たマニューラを見て微笑む姿に、もう世界の破壊なんて事を企てた面影は見えなかった。きっとアカギさんは、元々こういう人に成れる素質があったんだろう。
 けど、道を踏み外してしまった。踏み外したまま、進み続けてしまった。優しさは反転し、ひたすらな憎しみになってしまった。
 心は不完全なもの、か……確かに、そうなんだろう。一つの間違いで、大きく歪んでしまう。
 けど、完全なものじゃないからこそ、またやり直せるんだ。1人で出来ないなら、誰かが手を貸せばいい。壊れてしまっても、また……積み上げて行けばいいんだ。

「あの少年に言った最後の言葉……いずれ君は、私の創った世界に立っているだろうと言ったのを、実現してやらないとな」
「先は随分長そうですけどね」
「あぁ、まだ正直言ってどうしたものかと言うところさ。だが、歩いていくよ。私と共に歩むと言ってくれた、私の友と、一緒に」

 不意に、アカギさんの手が俺に差し出された。握手、だよな。

「恥ずかしながら、人に友と呼べる者が居なくてね。良ければまた、共に酒を酌み交わそう」
「はは……なら今度は、もう少し上等な酒も用意しておきますね。あ、それと店のお客としての来店も、いつでもお待ちしております」
「あぁ。また立ち寄らせてもらおう」

 固く握手を交わして、アカギさんは歩き出した。……落ち着いたら、今度はこっちから会いに行くのもいいかもしれないな。

「さて、と。今日の店番を始めるとするか」
「はぁ、やっと喋れったたた……うぅ、頭痛い……」
「調子に乗って4本も5本も空けるからだろ? 自業自得だ」
「だって、ビールがあんなに効く物だと知らなかったし……うぅ……」
『え、月夜ビール飲んだの? いいなぁ、僕も飲んでみたい』
「え、あ、えーっと……今度、試しに飲んでみるか?」
『うん! わぁ、どんな味なんだろ!』

 ……た、多分、大丈夫だよな? 月夜もなんだかんだ酔ってもテンション上がるだけだったし。橙虎が悪酔いしない事を祈ろう。
 さて、店を開けますか。多分気にしてた実里さんも来るだろうしな。あ、そう言えば大根の餡掛け作るって約束してたな……暇見て用意しておくか。



後書き!

と言う訳で、アカギ救済回? とでも言える今作、如何だったでしょうか。
実はアカギさんことバトウさん、陽月古本店第2話で登場した人物であります。あの頃からこの話は何処かで入れたいなーと思っていたり!
過去に色々あって歪んでしまった人物だって元ネタがあったんで、それならこんな風に救われる世界線があっても良いんじゃないかなーとか思っちゃって生まれた物語でしたが、少しでもお楽しみ頂けたのなら何より! お読み頂きありがとうございました!

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Last-modified: 2017-06-01 (木) 20:09:33
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