チェックです!
なんだかほっこりするお話が書きたかったので。
かなり短いですが、どうぞ。
ちなみに官能・グロ表現はありません。
ふんわりとした柔らかな暖気が、僕の全身を余すところ無く包み込む。
時折頬を撫でるように駆ける優しい風も、確かな暖かみを持って草花の香りを運んでくれる。
鼻腔をくすぐる香り。
少しだけ、独特な水の香りも含んでいるようだ。
そんな自然たちは僕の嗅覚を揺らすだけでは物足らないのか、聴覚にまでやんわりとした心地良さを与えてくる。
芝生が擦れ合う音、水の弾ける音、木の枝がぶつかり合う音――
これらの感覚が見事に互いを尊重し合い、脳の中で混ざり合って、僕の精神に安らぎと幸せを形作る。
…あぁ、気持ちいい
このまま瞳を閉じ続けていれば、間もなく僕は舟を漕ぎ始めてしまうだろう。
ちなみに、ここで眠る気なんてさらさらない。
そのため、僕は閉じていた瞳をゆっくりと開く。
一瞬、春の陽光が鋭く僕の瞳を射した後、溶けるように優しい光へと変わった。
そして僕の視界を覆ったのは緑。
雲ひとつ無い空の蒼と、水面にキラキラと反射するいくつもの光筋に強調され、一層その若々しさを際立たせている植物たちの緑だった。
松の木は太い幹をまるで生き物のようにくねらせ、整った葉をその両腕に掲げている。
地面にふりまかれた芝生は全てが均等な長さに切りそろえられており、所々にむき出しになっている石畳がなかなかの雰囲気をかもし出していた。
僕の頭ほどの大きさがある岩に囲まれた池に至っては、滾々と湧き出る地下水によって常に清らかな水がたたえられており、中で雄大に泳いでいるコイキングも心なしか元気である。
この景色はまるで日本庭園のよう――いや、紛れも無く日本庭園だ。
しかも、僕がこの家に住んでから三年以上の月日をかけ、手間をかけ、それなりにお金もかけて作った、僕だけの楽園。
まだ20代前半にしてこれほどにも庭好きなんて、とよく呆れられたりはするが、この美しさを見れば誰もが好きになるはずである。
都会のうっとおしい喧騒から離れ、日々の呆れるほどのストレスを忘れ――
こうやって自宅の縁側に座って自慢の庭を眺めるこの楽しさなんて、やめられるはずも無い。
週に1度か2度のこの時間ではあるが、いつもこの時のためだけに仕事を頑張れると言っても決して過言ではないだろう。
夏は夜に蛍が飛び交うし、秋は少し色づいた松が美しいし、冬には庭一面が白銀で包まれる。
そして春、つまり今の時期はこのようにしてのんびりとでき、蝶などの生き物も可愛らしい。
勿論雨の日だって悪くない。
そうやって毎日表情を変えるこの庭は、まさに生きているのだ。
ゆえに飽きない。
ゆえに面白い――
その時、背後からトコトコと軽い足音が2つ。
振り返ってみるとそこにいたのは、薄黄色の短い体毛に全身を包み、所々に植物のそれを生やした生き物。まるで猫の様であり、決して猫とは近くない外観――長い耳にくりくりとした瞳、そして額から伸びる一枚の葉。
世間一般に『リーフィア』と呼ばれる、僕の大切なパートナーである。
その後ろに見えるもう一つの足音の正体はリーフィアとよく似た容姿を持つ、しかし水色の体毛に耳の直ぐ横から垂れ下がる器官が特徴的で、さらにはまるでにらむ様なその鋭い瞳がより一層冷たそうなイメージを強めていた。
『グレイシア』と名付けられた、こちらも僕の大切なパートナーだ。
そんな、ゆっくりとした歩調で歩くいつも冷静沈着な彼と違い、まだまだ進化したてで甘えた盛りの黄緑色の彼女は、僕と目が合ったかと思うと懐へと飛び込んできた。
「っと…わわっ!!」
その勢いの良さに思わず押し倒されてしまった僕の頬に、追い討ちをかけるかのようにざらざらとして少し湿っている舌を押し付けた。
そのまま何度も何度も舐め上げられる。
まるで、たまには遊んでよとでも言うかのように嬉しそうに喉を鳴らし、千切れんばかりに尻尾を振っているので、どうにも無理矢理引き剥がす事ができない。
「や…やめろって、リーフィア!…くすぐったいよ、ははっ!」
と、言葉で制する事くらいしか僕には出来ないのであった。
しかし、それだけでしっかりと言う事を聞いてくれるのがこの子の賢いところで、まだ尻尾は振ったままだが僕から2歩ほど離れたところにちょこんと座り、期待するような瞳で僕を見つめてきた。
とりあえず服の袖でべたべたになってしまった顔を拭い、再びしっかりと縁側に腰を掛け直す。
そして、こちらをじっと見つめてくる彼女に微笑みかけ、自分の膝をぱんぱんと叩く。
「さ、おいで」
その一言と共にぱぁっと満面の笑みを見せ、先ほどを上回るかもしれないほどの速さで、僕の膝の上に飛び乗った。
そこで身を丸めて気持ち良さそうに、嬉しそうに目を細める。
顎を撫でてやると、ごろごろと喉を鳴らし一層目を細めた。
いつの間にか僕の横で、膝の上の彼女と同じように身体を丸めている水色の彼。
ふと、そんな彼に目を向けてみると恨みがましい目でこちらをにらまれた。
いつもは何かと冷たいのだが、本当はまだ甘えたがりなのである。
そんな彼らに――
――僕の世界一可愛い彼らに囲まれながら、僕は再び輝く緑に目を向けた。
* * * *
あれからどのくらい経っただろうか。
右手でグレイシアを、左手でリーフィアをそれぞれ撫でながら日差しを浴びる事約1時間。
突然膝の上で寝ていたはずの彼女がむっくりと起き上がった。
そしてくるりとこちらに顔を向け、きゅぅんと一声――
――何かをねだるような声。
あぁ、もうこんな時間か。
ふと腕時計に目を落とすと、その短針は丁度3の数字を指していた。
つまり、おやつの時間だった。
ほんとに、まだまだ食べ盛りなんだから…
しょうがなく僕は腰に付けたポーチから、ビーフジャーキーを取り出した。
それらを1本ずつ袋から取り出しながら、彼らに与えてゆく。
グレイシアはそっけない態度を取っているが、尻尾を微かに振りながらもちゃんと食べている。
そんなところもまた彼の可愛いところであったりするので、やっぱりどうしても笑みがこぼれてしまうのだった。
しばらくもぐもぐと口を動かし続け、5本を平らげたところで膝の上の彼女が不意に庭へと飛び降りた。
…というより5本。
隣の彼はまだ3本目だというのに…
とまぁ、とりあえずとことこと芝生の上を歩く彼女を目で追ってみることにした。
すると、彼女は池のすぐ傍に座り――
ぱしゃん
ぱしゃん、ぱしゃん、ぱしゃん、ぱしゃん。
「――っておいおいっ!コイキング捕ろうとしちゃダメッ!!」
まるで熊の様に前脚で水面を弾きながら、必死でコイキングを捕えようとしていた。
よほど驚いたのか、コイキングは体のあちこちをぶつけながら水中を泳ぎ回る。
急いで駆けつけ彼女を両腕で持ち上げるとしばらく脚をぱたぱたと振り回した後、びろーんとその脚を伸ばしながらこちらを見て、潤んだ瞳できゅぅと鳴いた。
…いやいやいや、いくらそんな可愛い目で見てもダメな物はダメだから。
「次からは他の事して遊びなさい」
そう言って降ろしてやると、「ちぇ」みたいな顔をして池から離れていった。
その態度に思わずまだやんちゃだなぁと呟いて、額に手を当て溜め息を吐く。
そんな中ふと視線を足元に向けると、グレイシアがこちらを見上げて尻尾を振っていた。
やれやれ、この甘えたさんめ――
僕は微笑みながらしっかりと彼を抱きかかえ、再び縁側に戻り腰を降ろした。
先ほどまでのリーフィアと同じように膝の上にのせ、ゆっくりと頭を撫でてやる。
時折パタパタと尻尾を振りながら、うっすらと目を細める彼。
庭では彼女が先ほどよりも元気に蝶を追いかけていた。
右へ走ったり左へ走ったり…
…あ、こけた。
僕の膝の上からは「くぁ」と大きなあくびまで聞こえるし…
本当にこいつらだけはいくら見てても飽きないな。
のんびりと思考の世界へ意識を落としながら、ひたすらそんな幸せに僕は浸っていた。
* * * *
ぺろり、と頬に何か冷たい感覚が走る。
目を開けると、そこにはグレイシアの顔が見えた。
どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
僕の頭の下では、ゆっくりと寝息を立てるリーフィアが枕代わりになってくれていた。
優しく触ってみると手のひらに伝わる確かな暖かみと、ふわふわとした滑らかな毛並み。
その心地良さに多少の名残惜しさを感じつつも、僕は身を起こした。
いつの間にか空は茜色に染まり、陽が半分以上沈んでいる。
「ありがとな。グレイシア、リーフィア」
そう言って彼の頭を撫でてやると、珍しく手のひらを舐め返してくれた。
そんな姿にイーブイだった頃の面影を重ねながら僕は立ち上がる。
ぽんぽんといまだに寝息を立てている彼女の背を叩いて起こしてやり、あくびをしながら立ち上がる彼女と、足元でこちらを見上げる彼とを両手で抱えながら、僕は家の中へと身体を向けた。
久々にこいつらの好きなもんでも晩御飯に作ってやるかな。
振り返った目に映る真っ赤な空。
どうやら明日も晴れそうだ――
お読みいただきありがとうございました。
楽しんでいただけたでしょうか?
いや、この短さでは無理ですかね…
執筆期間は約2日間。
できれば皆様に幸せに感じてもらえればいいな、と思っております。
でわ、次の作品まで。
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