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間(はざま)

/間(はざま)

呂蒙 




 その青年は、体を起こすと、辺りをきょろきょろと見回した。そして、何だって自分はこんなところにいるのだろうと。この青年・バショク=ヨウジョウはラクヨウ大学に通う学生である。新学期はとうに始まっており、ついさっきまで大学のキャンパスにいたはずなのだ。はずなのだが、いつの間にか全然違うところにいる。周りには大学の校舎も見えない。晴れていたはずなのに、何故かここは薄暗い、曇っているのだろうか? 湿気が体にまとわりついてくる。ラクヨウ大学はわりと緑の多いところなのだが、そういったものは周りには一切見えない。植物がないわけではないのだ。草はしおれ、木は立ったまま朽ち果てている。
(おいおいおい、ここは一体どこだ? というか、何でこんなところにいるんだ?)
 大学の授業以前に、とにかく大学に戻らないといけない。バショクの知る限りでは大学の中にこんなところはない。まあ、よく実は使われていない部屋のドアが異次元の世界へとつながる扉で、なんていう話があるが、バショクは教室移動のため屋外にいたのだ。で、気付いたらここにいる……。一体全体何が起きたのかさっぱり分からない。唯一言えるのが、さっきから頭がずきずきと痛む、ということだった。しかし、風邪をひいたわけではない。もちろん、脳腫瘍でもない。そんな病気なら大学どころの話ではない。即刻入院で緊急手術を受けなければならない。
 ひとまず、ここがいったいどこなのか知っておく必要がある。通行人がいればその人を捕まえて聞くところだが、あいにく誰ひとりとして通らない。この際、ポケモンでも良い、何か情報さえ得られれば。だが、待てよ、相手が凶暴なポケモンで話しても分かりそうなやつでなかったらどうしよう? ラプラスは、リクソンに見ててくれと頼んでしまったから、きっと今もそこにいるだろうし……。すると、離れたところに何かいるのが見えた。明かりが見える、カンテラか何かだろうか? しかもそれは、こちらへと近づいてきているようだ。バショクはその明かりに近づいた。
「すいません、ちょっとお尋ねしたいんですが……」
 その後の言葉が出てこなかった。
「はい? 何です?」
 答えた主の姿を見て、バショクは度肝を潰された。
(カ、カンテラを持ったお化けじゃねぇか、一体オレはどこに来ちまったんだよ!?)
 カンテラを持ったお化け、ヨノワールにバショクは今にも逃げたいのをこらえて、質問をした。
「え、えーと、その、2、3お尋ねしたいことがあるのですが……」
 バショクは極力丁寧に言葉を選びながら尋ねた。相手がご機嫌を損ねて何も答えてくれないならまだしも、襲われる可能性もあった。下手に刺激しない方が良い。
「何でしょう?」
「ここは、どこです?」
「ここは『はざま』です」
「え、えーと、どうも道に迷ったらしくて、その、ラクヨウに戻りたいのですが、どうすれば? いや、とにかくここから出たいのです。出口はどこでしょうか?」
「西に行けば、じきに出口にたどり着きますよ」
「そ、そうですか、どうもありがとうございます」
「いいえ、ここは結構迷われる方が多いので。どうかご無事で」
 カンテラを持ったヨノワールは去っていった。パッと見た感じグレーの体に黄色のライン、一つ目、さらに足がないなど、見たまんまお化けだったが、とにかく助かった。しかし、肝心なことを聞き忘れていた。
(西ってどっちだ?)
 バショクは方位磁針などというものは持っていなかったので、方角を知る術は無い。きょろきょろと辺りを見回すと、雲の切れ間から三日月が見えた。月の形からすると、月の出からあまり時間はたっていないようだ。これで、何とか方角は知ることができる。何も分からないのと東西南北が分かるのとではだいぶ違う。
(月は、東から昇って西に沈む。とすれば、月がある方が東で、その反対側が西か)
 もちろん、これとてアバウトなものであることに変りは無い。しかし、方角を知る道具など持っていないので、正確な方位を知ることはできない。バショクは西に向かって歩き始めた。
 てくてくと道を歩く。もっとも、道と呼べるものは無く、ひたすら平原が続くのみである。歩きながらバショクは考える。
(『はざま』って地名は聞いたことがあるぞ。確か、新興住宅街『テーブルランド=メジロ』があるところだ)
 しかし、そのハザマシティとラクヨウの位置関係からすると、仮にここがハザマシティだとすると、西に進んだところで、ラクヨウへはたどり着くことができない。ラクヨウの方が東にあるからだ。しかもラクヨウはかなり面積の広い都市である。周辺の都市を合併したためであるが、それにより、ラクヨウは海に面した都市となった。つまり、ラクヨウの東には海しかないのだ。真西ではなく、南西とか北西ということなのかもしれないが、どっちにしても位置関係が変だ。そもそも、ハザマは「シティ」すなわち都市と呼ばれるにふさわしい人口規模だが、もともとここは台地の上にある小さな町だった。その為、今も緑が結構多い町なのである。それがないということは、十中八九ここはバショクの知っている「ハザマ」ではない。
(いや、待てよ。あのカンテラお化け、町の名前を答えたわけではなかったからな。と、すると、『はざま』ってなんだ)
 さっぱり考えがまとまらない。頭の良いラプラスやエーフィならどうするだろう。いつも、一緒にいるポケモンたちのことを考えると、何だか心細くなってきた。話が相手がいないので退屈というのも少しはあったが、それ以上に心細かった。いつも当り前のように側にいて、時には守ってくれる存在。自分一人で何ができるというのだ。あ〜、ちくしょう。心の中で自分にあたる。
 しばらく歩くと、フワンテとヨノワールがいた。バショクは関わるとロクなことにならないな、そんな予感がしたので、シカトを決め込んでずんずんと先に進むことにした。早くラクヨウに戻りたい。しかし、よくないことというのは大抵起きてほしくない時に起きるものなのだ。件のヨノワールが声をかけてきたのだ。と、ここでバショクはひらめいた。もう、西に進めばいいという情報は得ているのだ。ここで相手にしていたら、時間のロスは明白である。
「あのー」
「ん? う、うわぁー」
 後ろから声をかけられた、バショクは振り返り、悲鳴を上げ、その場に倒れた。そう、驚いて気絶したふりである。こちらが気絶したとあれば、相手は声をかけても仕方ないと思い、あきらめるであろう。まあ、こんな白々しい芝居が通用するかどうかだが。
 結論を言うと、結局通用しなかった。相手が「死んでしまったから、食べるか」などと言うものだから、バショクは驚いて起きてしまったのだ。まさか「芝居がえし」されるとは。ラプラスなら何と言うだろうか。多分「全く、こんな見え透いた芝居に引っかからないでよー」と言うのだろうか。ラプラスのしょっている甲羅はかなりの硬さで、あれで急所に攻撃が当たるのを防いでいるという。人間にもそういうのがあればいいのにな、と思う瞬間であった。
 どうやら、ヨノワールの言うことをフワンテが聞かないらしい。この両者がどういう関係なのかは知らなかったし、知る必要もなかったが、フワンテに説教をかましたら、ヨノワールがラクヨウに戻る近道を教えてくれるという。
「おそうじめんどいプー」
(何が『プー』だ、この風船お化け)
 箒を持っている、フワンテが文句を垂れている。こういう時ってどうすりゃいいんだろうか? バショク自身も小さい頃はイタズラ小僧で周囲を困らせていた。で、けっきょくおっかない先生にげんこつを喰らって「ごめんなさい」と謝って許してもらったんだっけ。
「おい、そこのニンゲン。おれさまのかわりにそうじをするんだプー」
(まったく、親はどんなしつけをしてやがんだ!? つーか、どんな親だ? パチンカスとかじゃねーだろーなっ!?)
 牛蒡のような細い柄の箒を投げてよこすフワンテ。バショクは「切れた」を通り越して「ブチ切れた」そういう状態なのだが、ここは我慢する。握力で握りつぶしてやろうかとも思ったが、何だかそうすると爆発して巻き込まれそうな気がしたのでやめておいた。こんなところで爆死したら元も子もないからな。
(こりゃー、説教して聞くようなやつじゃないな)
「いいか、風船。掃除ってのは強くなるための修行なんだ。そんな牛蒡よりも細い腕じゃコイキングにも勝てやしないぞ。見てろ」
 バショクは近くに落ちていたハタキを取ると、力を込めて柄の部分をへし折った。柄自体は細かったので、腕を鍛えていたバショクにとってはどうということもなかった。すると、フワンテ。
「お、おまえ、すごいやつだプー。みなおしたプー。おれさまもハタキをおれるくらいつよくなるんだプー」
(ふはは、単純な奴だ)
 ひとまずうまくはいったが、こんな「プープー」言っているやつに上から目線で話しかけられたのが癪だった。その後、ヨノワールから例の近道を教えてもらった。それによると、ここから百歩西へ行き、そこからはずっと南へ行けばいいという。そうすれば自分の知り合いに会えるはずだから、後はそこで聞いてくれと言う。こま切れではあるが、仕方がない。とにかくラクヨウへ帰ることができるのだ。
 バショクは細心の注意を払って百歩数えながら進む。間違えたら大変だ。「1、2、3、4……43、44、45……」数えながら進み、ついに百歩目に到達した。ここからは左へ九十度体を向け、南へ進む。
 相変わらず、何もない風景が続く。誰か他の人と会わないものか、まあ誰とも会わないってことは……。バショクはここがどこか、大体ではあるが分かってきたような気がした。しばらく歩くと、前方に煙のようなものがゆらゆらと立ち昇っているのが見えた。何だろう? 誰かいるのか? 煙ではなく湯気の可能性もある。と、すると、温泉だろうか? かなり歩いたのにあまり疲れたという感じはしなかった。しかし、足くらいはつかっていきたい。多少のリラックスにはなるだろう。
 行ってみると、温泉ではなかった。巨大な枯れ木の幹をくりぬいて作られた家があった。ドアに札がかかっている。見ると「洋食軒 むうまあじ」とある。きっとムウマージが経営している店なんだろうな、そう思って中に入る。
「ごめんくださーい」
「はい、いらっしゃい。何にするんだい?」
 奥からムウマージが出てきた。メニューを見せてもらうとこれもいたって普通。ただ「ラッキーエッグオムレツ」というように、一部はゲデモノではなさそうだが、かと言って見慣れているものでもなかった。バショクは「カツカレー」を頼んだ。ただ、後ろに「今月は肉の代わりにキング・カープを使用しています」と書いてあった。キングサーモンみたいなものだろうか、まあ、カープというのは鯉のことだから、食材であることには変わりない。バショクは安心していた。ズボンの中には財布が入っていたし、その財布の中も十分である。
「はい、カツカレーね。ちょっと待っててね」
 厨房も大きなレストランにあるようなものではなく、きっと家庭用の普通の台所なのだろう。時折「ららら〜」とか「るるる〜」といった声が聞こえる。歌でも歌っているのだろうか。さらに「にんじん、にんじん、玉ねぎ、玉ねぎ、じゃがいも、じゃがいも……」と、材料をリズムに合わせて歌いあげているのが聞こえる。文字を書くときに誤字脱字を防ぐために、書きながら口に出す人と同じようなものだろうか。もっとも、二回も口に出す人は少ないだろうけど。
 しばらくして、料理が運ばれてきた。
「はい、キングカープカツカレー。お待ちどうさま」
 それは、皿の上に御飯、その上にカツが乗り、そこにルーをぶっかけたという何とも豪快な盛り付けの料理だった。さっそく、スプーンで、ルーを掬い御飯にかけ、それをカツと一緒に食べる。ゲロまずという保険をかけつつ。食べてみると意外なことに美味しかった。バショクも料理は下手なくせにカレーだけはやたら作るのが美味い。ブラッキーやサンダースに作ってやり、美味しそうに食べるのを見るのが一つの楽しみであった。黙々と食べ、わりと短い時間で食べ終わった。水を飲んでからハンカチで口を拭き、お代を払う。
「いやぁ、おいしかった。何か特別な材料を使ってるんですか?」
「まぁ、強いて言えば香草かね」
「何を使っているんです?」
「企業秘密ってやつだけど、ちょっとだけ教えてあげるね。頭に「ま」のつく草をじっくりと茹でるのさ、これだけ。何を使っているかは企業秘密だけどね」
「はぁ〜、どうもごちそうさまでした」
 ラクヨウへの道も抜かりなく聞いたバショク。後はちょっと歩けば河があるはずだからそこを越えればここを抜けられるという。
 言われたとおり、そこには河があった。
 しかし、どうやってここを越えようか? 橋や飛び石の類は無い。無論渡し船もない。いざとなれば泳げばいいか、と思ったが川幅はかなり広く、そして流れも急である。河原にはたくさん石ころが落ちているので、それで飛び石を作るのが安全策と考えたバショクは、早速実行した。手間がかかりすぎるとか言っている場合ではない。早くラクヨウへ戻らなくてはならない。
 ようやく、一つ目の足場が出来上がった。と、その時、後ろから、物音がするので振り返ると、そこにはレアコイルの大群がいた。まずい、そう思ったバショクは後ずさりをする。しかし、後ろが河であることを忘れていたため、右足を河に踏み込んでしまい、流れで足を取られて、そのまま河に落ちてしまった。来ている上着が水を吸ってどんどん重くなってくる。お気に入りの上着だったが、命の方が大事だ。バショクはもがきながら、水中で上着を脱ぎ捨てた。さらに靴や靴下も同様に脱ぎ捨てた。服とズボンも脱いでしまおうかと思ったが、ボタンを外したり、ベルトをはずすのに手間取ったため、断念し、そのままもがきながらも水上に顔を出す。さっきのレアコイルはどうやら諦めたらしく、周りにその姿は無かった。何故追ってきたのか、それは分からなかったが、とにかく助かったのだ。
 そうは言ったものの、疲労困憊で足元はふらふらで、注意力もかなり散漫になっていた。とにかく前へ歩く。が、前に進むことばかりを考えて、足元を見ていなかったのがいけなかった。前は崖で、バショクは足を踏み外し、滑落してしまった。このまま、背中から落ちて、行く先はあの世、か。

 
 気付くと、上には白いものが見えた。ここはどこだろう? 何かが顔を覗き込んでくる。
「あ、バショク。良かった。意識が戻った」
 目をこすると、ラプラスの顔がはっきり見えた。周りを見ると、上着はハンガーにかけてあり、靴下は脱衣かごに入れられていた。ずきずきと頭が痛み、バショクは顔をしかめる。
「痛たた、何でオレ、ここにいるんだ? というか、ここはどこだ?」
「大学の保健室、リク先輩とエーフィがここまで運んでくれたんだよ、後でお礼を言っといてね」
「はぁ〜、そう、か」
 きっと超能力で運ばれてたんだろうな、周りからはどんなふうに移ったのか?
「でも、災難だったね、強風で折れた木の枝が直撃するなんてさ。頭っていっても後頭部じゃなかったら、まあ、不幸中の幸いかな」
「あー、まあ、急所は外れたんだな。痛たたた……」
「リク先輩が心臓が止まってるかもしれないからってAEDまで持ってきたくれたんだよ、結局使わなかったけど」
(心臓が止まってるかどうか確かめてから使うもんなのにな、やっぱ先輩はどっか抜けてる……)
 もっとも、どこもかしこも完璧な人間は個人的にはちょっと付き合いにくいな、とバショクは思うので、それはそれでいいが。また頭痛に襲われ顔をしかめる。
「ラプラス、この痛みは何とかならないのか?」
「僕に言われても……。しょうがないな、これでちょっとはましになるでしょ。バショク、仰向けに横になって」
 何だかんだで、バショクのために何かしてくれるラプラス。バショクには無くてはならない存在だ。
「んっ……。これで、どうかな」
「あー、ひんやりして気持ちいい」
 ラプラスはバショクの頭部に自分の顔をそっとつけてくれた。氷タイプ独特のひんやりした感触が伝わってくる。わりと頻繁にやってもらってることなのだが、今回は何故か、久しぶりにやってもらった感じがする。
「ラプラス」
「ん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」


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Last-modified: 2011-06-07 (火) 00:00:00
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