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閉ざされた想い

/閉ざされた想い

閉ざされた想い 

writer――――カゲフミ

―プロローグ―

 いったいどれだけの力が私にあるというのだろう。
今までどれだけの人々を本当に救えただろうか。

 人々は皆、私が助けの手を差し伸べてくれる、答えへ導いてくれると思っている。
誰もが抱える迷い、不安、悩み。それに対する絶対的な答えは本当に存在するのだろうか。
雲をつかむような答えの示唆にいったい何の価値があるというのだろうか。

 神という肩書きも私にとっては重荷でしかない。
神であるが故の立場に、私は押しつぶされそうになっている。
だが私は神だ。人々を導く存在。
迷ってはならない。常に前に進み続けなければならない。
それが私に課せられた使命なのだから。

 逃避にすぎないのかもしれない。
神としてはあるまじき姿なのかもしれない。
それでも、私の唯一の拠所だった。
明日も神であり続けるために、今日も、私は――――。

―1―

 海の底は静かに時が流れていく。
ゆるやかに揺蕩う海藻や泡、はるか上方から差し込む穏やかな光。
地上とはまた別の、異次元とも思えるような空間がここにあった。
 そんな青い空間の中に、岩が連なってできた大きな石室がある。
幾多の岩が積み重なってできた自然の産物。その入口に俺は立っていた。
まだ早い時間だから訪問者は来ないと思うが、一応念のための見張りだ。
「よう、ゼロム。朝早くからご苦労さん」
 と、思っていた矢先、俺の頭上から声が聞こえる。
だがもし訪問者ならば、基本的にこんな上から目線の態度を取りはしない。
こんな態度をとる人物で該当するのは、俺が知る限り一人しかいなかった。
「朝早くってのはお前も同じだろ、ジノン?」
「はは、違いねえ」
 ジノンと呼ばれたジュゴンは乗っかっていた岩の上から俺の前に降りると、屈託なく笑った。
この石室を前にしての態度としては決して褒められたものではないが、俺にとってどこでも気兼ねなく話せる相手はジノンが一番該当するだろう。
「最近は朝早くでないとなかなか話す機会がないだろ? ルキノ様に選ばれてからは忙しそうだし」
「それもそうだな。言われてみればお前と話すのもちょっと久しぶりな気がするよ」
 俺は海の神とされるルギア、ルキノ様に仕えている。
ここいらの海にはフローゼルの俺や、ジュゴンのジノン、他にもさまざまな水ポケモンが暮らしている。
ルキノ様はそのまとめ役のような存在だと俺は思っている。ルキノ様を神とあがめるポケモン達から見れば、これは失礼極まりないことなのかもしれないが。
 仕事、と言っても俺のすることは今のようにルキノ様が居られるこの石室の門番のような役割だった。
以前の士官が引退することになったとき、志願者が集まる中、物見気分で訪れていた俺がなぜかルキノ様に選ばれたのだ。
俺はそんなに忠誠心が強いとか、ルキノ様を心から崇拝しているとか、そんなことはなかったはずなんだが。
何で俺が、と疑問は残っていたが、選ばれたからにはきちんと仕事はこなしているつもりだ。
「しかしまあ、皆さん朝早くから毎日毎日……。そんなにルキノ様が大切なのかねえ?」
「だろうな。実際、会うためだけに毎日欠かさず訪れてるポケモンもいるからな」
 もちろんルキノ様を軽視しているわけではないが、俺やジノンにはちょっと理解しがたい思考だった。
悩みや不安など、ルキノ様に会いに来る内容は様々だったが、俺もジノンもそういった理由で会いに行ったことは一度もない。
自分で考えて解決するか、あるいはお互いに相談相手になることで、丸く収まることが多かったのかもしれない。
「おっと、早速お出ましのようだぜ」
 ジノンの視線の先に、石室に向かってきていると思われるゴルダックの姿が。俺の仕事が始まるというわけか。
「じゃあ、俺はこれで失礼するとしますか」
「なあ、ジノン。あんまり他のポケモンの前で、さっきみたいな態度は取るなよ。中には異常なまでにルキノ様を崇拝している奴もいるからさ」
 そういった連中の前でルキノ様を貶そうものなら、徹底的に攻撃を受けること間違いない。
小言で済むならまだいいが、物理的手段に出てきそうな者も少なくはないのだ。
ジノンは笑い、ヒレをひらひらと振りながら言う。
「分かってるって、いくら俺でもそこまで空気が読めなくはないさ。それじゃ、頑張ってくれな」
「おう。んじゃ、またな」
 俺も手を上げてそれに応じる。ジノンの背中はやがて見えなくなった。
さっきちらりと見えたゴルダックは、もうすぐそこまで来ている。俺の石室での仕事が始まろうとしていた。

―2―

「ふう……」
 俺は石室の近くに転がっていた岩の上に腰かけると、小さくため息をついた。時間は昼を少し過ぎたところ。
ずっと訪問者の相手をしていては、俺もルキノ様も疲れてしまうので、今は休憩時間だ。
今日もルキノ様を訪れてきたポケモンの対応に追われる。大体は礼儀正しいというか、厳かな態度でここに来てくれるが、中には待たされることで小言を言ってくるような厄介な訪問者もいるのだ。
もちろんそれに怒って直接的な感情をぶつけてしまうと、俺はもちろんルキノ様の顔に泥を塗るような結果になりかねない。
ある程度の感情を外へ押しやった対応も、この仕事では必要とされているのだ。
「結構な御身分だな。ゼロム?」
 僅かながらの侮蔑を含んだような声。俺は振り返らずに声だけで応じた。
「何か御用でしょうか? あいにく今は休憩中ですので、ルキノ様に会うのであれば後で……」
「ふん、分かってやっているんだろう? 休憩時間ぐらい私もわきまえている」
「念のためだ。態度がなってない、なんて後でとやかく言われるのもごめんなんでね」
 事務的な対応から一変させ、俺は砕けた喋り方でこのありがたくない訪問者、ドククラゲの方を振り返った。
ルキノ様に会うのが目的でないのなら、わざわざ丁寧な言葉づかいをする必要はない。
睨むような目つきは相変わらずだ。顔を合わせるのは何度目になるのか分からない。
だが俺はこいつの名前を知らなかった。まあ知りたいとも思わなかったんだが。
「で、何の用だ?」
「……品のかけらもない。まったく、なぜルキノ様はお前のような奴を選ばれたのか」
 毎回毎回同じような不平不満を垂れ流されるのに、俺はうんざりさせられていた。
だが、俺がルキノ様に仕えていることに不満を持っている者も、このドククラゲのように少なからずいるのだ。
最初は度重なる罵りに戸惑いもしたが、今はもうその対処法もわきまえている。
「さあな。それは俺にも分からんよ。神ならではのお考えがあってのことだろう」
「なあ、ゼロム。以前志願者が集まったとき、お前がルキノ様に何か根回しでもしたんじゃないのか? そうでもなければルキノ様を大して崇拝もしていないお前ごときが選ばれるはずがない」
 こんなに大変な仕事だとしっていたならば、面白半分に志願所に行きはしなかっただろう。
あらぬ疑いをかけられるのも初めてではないが、どうもこういった濡れ衣は腹立たしい。
「俺はそんなことをした覚えはない。どうしても納得がいかないのなら、直接ルキノ様に訪ねてみたらどうだ? まあ、出来たら、の話だがな」 
 ドククラゲの表情が歪む。俺はこういえば相手が折れることを知っている。
俺が選ばれたことに疑問を抱いている奴は大抵、自分が選ばれるべきだったと思っている。それだけルキノ様に対する忠誠心が高いということだ。
そんな彼らがルキノ様を疑うことなんて、できるはずがなかったのだ。俺は今まで何度もこの切り返しで場を乗り越えてきた。今だに直接聞きに行ったという話は皆無だった。
「……いつまでも今の立場にいられると思うなよ? 次にルキノ様に選ばれるのはこの私だ」
 捨て台詞ともとれる言葉を吐いて、ドククラゲは去っていく。やれやれ、休憩時間くらい休ませてほしいもんだ。
ルキノ様に会いに来る訪問者ならば、あんな喧嘩腰の態度を取る奴はいない。問題なのは俺が休憩している時間を狙って不満をたれに来る連中だ。
奴らが来るのをやめさせようにも俺にそこまで力があるわけでもない。この役割である以上は仕方のないことなんだと割り切るしかなかったのだ。

―3―

 海面を照らしていた夕暮れ時の太陽もそろそろ沈みつつある。
海の色はやがて深い青、夜の色へと変わってゆく。それは静かで、幻想的でもあった。
「そろそろ、かな」
 基本的に俺の仕事は夜までだ。暗くなると他のポケモンたちもあまり外を出歩かなくなる。
海での光源は月ぐらいなもので、さらに月の出ない夜は本当に真っ暗になってしまうのだ。 
幸い、今日は月が出ているらしく、夜でもうっすらと辺りを確認することができそうだった。
 俺は石室の中へと進んだ。尾をぐるぐると回転させて泳ぐ。ここは少し変わった造りになっていて、水路を進むと水のない石でできた陸地に出る。そこが石室の内部となっており、中央にルキノ様はおられるのだ。
やがて光が見えてきた。石室はもうすぐそこだ。俺は水面から少しだけ顔を出して中の様子を伺う。
いくら俺でもバシャバシャと壮大な水音と立てて石室に入るのは、多少なりとも躊躇いがあるのだ。
ルキノ様は中央に鎮座していた。俺に気が付いたのか長い首を動かし、俺に入るよう促す。
俺は岸辺の岩に手をかけて、石室の陸地に上がる。大してルキノ様への信仰心がない俺でも、ここへ来ると自然と厳かな気分にさせられるのだ。
それはやはりルキノ様が海の神、だからなのだろう。
「今日の仕事は無事終了いたしました」
「そうか、ご苦労だった。今日もありがとう」
 いつもと変わらない、事務的な会話。ルキノ様に仕えてしばらく経つが、自分のことや世話話と言った会話らしい会話をしたことがない気がする。
もっとも、門番であることを除けばここに住む一水ポケモンでしかない俺が、ルキノ様と雑談だなんて恐れ多いのかも知れないが。
「明日もよろしく頼む」
「はい、ルキノ様」
 明日はあのドククラゲみたいな連中が来ないことを祈りつつ、俺は迷いのない返事をする。
俺は軽く会釈をして、石室を出ようと踵を返す。だがそのとき、ふと聞いてみたくなったのだ。ドククラゲからも言われたことだが、なぜルキノ様が仕える者として俺を選んだのかを。
俺自身も疑問に思ってはいたのだが、ルキノ様の選択に異を唱えるようで聞きづらかった。
とはいえ、いつかは明らかにしたいと思っていたし、今思いだしたのも何かのきっかけだ。
「あの……ルキノ様、一つ聞いてもいいですか?」
「どうした、ゼロム?」
「ルキノ様は、どうして俺を仕える者として選んでくれたんですか?」
 俺の質問に、ルキノ様は少しだけ驚いたようだった。
無理もないか。今まで俺が聞いたことと言えば、仕事のやり方ぐらいのものだったから。
こんな踏み入った質問が来たことに面食らったのかもしれない。
「どうして……そんなことを聞く?」
「俺は……一部のポケモンみたいに、ルキノ様を神として崇めたり、信仰したりしていないのに。ときどき言われるんです、お前が選ばれたのはおかしいって」
 言い終わってから、しまったと思った。どう考えてもこれはルキノ様を軽視するような物言いじゃないか。勢いに任せてとんでもないことを口走ってしまった。
「あ……す、すいません、その、別に俺は不満があるとかそういうわけじゃ……」
 俺は慌てて弁解しようとするが、ルキノ様からは何の返答もない。気持ちの悪い沈黙が流れていく。
ルキノ様はしばらく黙っていたが、やがて俺の方にスッと方羽を伸ばしてきた。何か咎めがあるのかと俺は思わず目を閉じる。
だが、伝わって来たのは暖かくて優しい感覚。恐る恐る目を開ける。ルキノ様の羽根の先が、俺の頬にそっと触れていた。

―4―

「他の者の言葉など気にするな。私はゼロムにこの役をやってほしかったんだ。お前を選んだことに迷いも疑問もないよ」
 いつもの威厳に満ちた声でなく、語りかけてくるような声。そして暖かい眼差し。
俺は普段ルキノ様と接するときはどこか心の中で距離のようなものを置いていた。だがその時は本当にジノンと会話をしているような調子で自然とこの言葉が出てきたのだ。
「ありがとう……」
 本当ならございます、をつけるべき場所だったが、なんだか胸がいっぱいでそれしか言えなかった。
それに対してはルキノ様も別段気にする様子もなく、ゆっくりと方羽を引っ込める。
「それでは、明日も頼むぞ」
「はい!」
 何の迷いもなくこの返事が出来たのは今日が初めてのような気がする。いつもの返事は出来るだけそれを表に出さないようにはしているものの、やはりどこかに迷いはあった。
それだけルキノ様の言葉の力は大きかったというわけだ。俺は不思議な満足感とともに、石室を後にした。

 半ば鼻歌交じりに尻尾を回して泳ぐ俺。しかしそんな浮かれた気分もそう長くは続かなかった。
石室の出口に差し掛かってふと気が付いたのだ。考えてみればルキノ様は俺の質問にちゃんと答えてはいないんじゃないかと。
俺が聞いたのは、なぜルキノ様が俺を選んだのかということだ。この役をやってほしかったから、では答えになっていないような。
 全く、なんて単純なんだ俺は。ちょっと励ましの言葉をかけられただけで簡単にその気になってしまう。
軽い自己嫌悪に陥りながら、俺は入口にあった岩に腰を下ろした。仕事をこなすうちに、ここの岩の上だとなんだか落ち着くようにまでなってきている。
もしかすると俺が単純で、御しやすいからルキノ様は俺を選んだんだろうか。簡単に意のままに動いてくれる者が近くにいれば確かに便利だろう。そんなことはあまり考えたくはなかったが、本意が分からないことにはどうしようもない。
 だが、ドククラゲのような輩からの嫌味がくることを除けば、今俺が置かれている立場というものは決して悪いものではなかった。ルキノ様に何度も会いに来るうちに俺の顔を覚えてくれるポケモンもいる。交友関係が広がったのは事実だ。
また、海の中を移動していると、軽く会釈されたり挨拶されたりすることもある。それらは心地よい優越感を俺に与えてくれた。もちろん自分の立場を鼻にかけて威張ったりしたことは一度もないが、なんとなく周囲から一目置かれているような状況を俺は結構気に入っていたのだ。
「ふあぁ……」
 あくびが俺の眠気を告げる。月が昇り、もうすっかり外は夜だった。そろそろ帰ろうか。ルキノ様の真意についてはまた今度機会と俺の勇気があれば聞くってことで。
「……?」
 その時だった。石室の前を去ろうとした俺の耳に、何やら妙な声が聞こえてきたのは。俺は辺りを見回してみるが、ポケモンの気配はない。何かがいるならば動きが水の流れとなって伝わってくるはずなのだが、何も感じなかった。
気のせいかと思って立ち去ろうとすると、再び声が聞こえてきた。今度はさっきみたいな曖昧な響きじゃない。
はっきりと俺の耳に飛び込んできた。尋常ではない声。これは、悲鳴――――?

―5―

 辺りにポケモンの姿はない。となると悲鳴は石室の中ということになる。ルキノ様に何かあったようだ。
俺は慌てて元来た水路を引き返す。こんなことは初めてだ。何者かの襲撃にでもあったのだろうか。
ルキノ様に反感を抱く輩の話は聞かないが、もしかしたら俺の知らないところでそう言った連中がいたのかも知れない。何にせよ無事であってくれ。
「…………」
 石室内部へ面する水面を前にして俺は一旦立ち止まる。もし侵入者がいたとすれば派手な登場をして下手に刺激するのはまずい。ここはまず気づかれないように中の様子を探らねば。
俺は恐る恐る水面から顔を出し、石室の中を確認する。ルキノ様は仰向けに倒れていた。慌てて飛び出そうとして、俺は何かがおかしいことに気がつく。
侵入者の姿がどこにも見当たらないのだ。この石室内には隠れる所などない。水路を伝って逃げたとしても、俺とすれ違うはずだ。侵入者は俺の思い込みだったのだろうか。それによく見るとルキノ様の目は開いている。何者かに襲われて気絶しているという風ではなさそうだった。ただ仰向けに寝転がっているような感じだ。
だが、さっき聞こえてきた悲鳴は? あれは聞き違いではなく確かに聞こえてきたはずなのだが。
 俺が思案していると、ルキノ様はいきなり自分の尻尾を股ぐらへと宛がったのだ。そして尻尾の先を小刻みに動かしていく。
呆気にとられている俺をよそに、ルキノ様はその行為を続行する。尻尾の動きは徐々に速くなり、やがてヌチャッ、グチャッという水音も混じり始めた。
「あぁ……んっ」
 喘ぎとともに垣間見えたルキノ様の表情に俺はドキリとさせられた。それは俺がいつも見ている厳格なルキノ様ではなく、艶めかしい雌のものだったのだ。そもそもルキノ様に仕えて以来彼女を雌だと意識したことはなかったような気がする。
 おそらく俺が見ていることは気付かれていないのだろう。自慰行為の最中に飛び込んでしまった俺は間違いなく招かれざる客だ。あのルキノ様がまさか、とも一瞬思いもしたがルキノ様だって一匹のポケモンには変わりない。そういった行為をしたくなるときもあるのだろう。
だがその行動は他人に見られたくはない。誰だってそうだろう。もちろん俺だっていやだ。それを考えると罪悪感が湧き上がってくる。しかし俺はルキノ様から放たれる未知の色気に釘付けになってしまい、目を離すことができなかったのだ。
 やがてルキノ様は尻尾を割れ目に進入させる。ズブリ、と湿った音とともにルキノ様の体がビクンと跳ね上がる。ハアハアと荒い息が石室内にこだまする。それに従って俺の心臓の音も早くなる。この場を去るべきなのは分かっているのだが、もっと今のルキノ様を見ていたいという欲求の方が勝っていた。
湿った音を響かせながら、ルキノ様は入れた尻尾を動かす。そこから伝わってくる刺激に身悶えるうちに、どうやら絶頂を迎えたらしい。
「うああっ……っ!」
 床に愛液をまき散らし、荒い息とともにルキノ様は果てた。ぐったりと仰向けに目を閉じ、動かなくなる。
そうか。さっき聞こえてきた悲鳴はこの声だったのか。俺が勘違いしたせいでルキノ様の行為を覗くような形になってしまった。
明日どんな顔をしてルキノ様に会えばいいんだろう。今まで通り普通に接することができるだろうか。知ってしまった以上はどこかに不自然な態度をとってしまうかもしれない。
「ゼロム……!」
 いきなり名を呼ばれ、俺はビクリと体を硬直させる。ルキノ様がいつの間にかこちらを向いていた。
考える前にどうして身を隠そうとしなかったんだろうと思う。さっさと退散していれば、何事もなかったかのように石室を後に出来たかも知れないというのに。
たぶんその時の俺は、さっき見た光景があまりにも刺激的すぎてまともな判断ができなくなっていたんだろう、きっと。

―6―

 俺は凍りついた表情のままその場から身動きできなかった。ルキノ様は一瞬ひどく怯えたような顔を見せたが、すぐに普段の威厳ある表情に戻った。それでも俺ほどではないが動揺しているのが分かる。
「いつから……そこにいた?」
「あ、そ、その、す、すいません! 俺が帰ろうとしたら石室から声が聞こえてきて、それをルキノ様の悲鳴と勘違いして、な、何かあったのかと思って心配になってそれで……!」
 少なくとも三回は声が裏返ったことだろう。ルキノ様のようにすぐに平静を取り戻せるような高等技術を俺は持ち合わせていなかった。
しどろもどろになりながらも必死で弁解しようとした。見苦しいことこの上ないが、このあとルキノ様に何を言われるのか何をされるのかを考えるとただただ恐ろしかったのだ。
「とりあえず、水から上がってから話をしよう……ゼロム」
「は、はい……」
 本当ならその場から逃げ出してしまいたかった。手足の震えが止まらない。普段難なく乗り上げる岩で足を滑らせそうになる。重たい足を前に進ませ、俺はルキノ様の前にやってきた。
「見苦しいものを見せたな。驚いただろう?」
「は、い、いえ、そんなことは……」
「無理しなくてもいい。それに、そんなに怯えないでくれ。私はゼロムをどうこうするつもりはないから」
 俺の震えがぴたりと止む。偶然とはいえ覗き行為のようなことをやってしまったのだ。いくらルキノ様に仕える身だからとはいえ、何か罰を与えられるのではと思っていたのだが。しかし、ルキノ様の穏やかな眼差しからは俺に対する怒りのようなものは読み取れなかった。
「いつもはここに面する入口は岩で塞いでいるのだが、今日はそれを忘れていてな。私の不注意だった、すまない」
「そ、そんな。ルキノ様が謝る必要なんてないですよ。俺が勘違いしたせいで……」
「だがゼロムは私の身を案じて来てくれたのだろう? それに対して私がお前を咎める理由などどこにもないよ」
 そう言ってルキノ様は優しく微笑んだ。
何だろう、今俺に話しかけてくれているルキノ様からはいつもの張り詰めた空気のようなものを感じない。
同じ海に住む水ポケモンと会話をしているような感覚だった。
「しかし、こうなった以上はお前に聞いてもらいたい話がある。今日はもう遅いから、明日の仕事が終わった後ここで聞いてほしい」
「話って……何ですか?」
 何だか畏まった言い方だ。話がある、という知らせだけでも俺は内心ギクリとしていた。
何しろあんなことがあったばかりなのだ。もうお前は来なくていいとか言われるんじゃないだろうかと不安に駆られる。
「私がゼロムを仕える者として選んだ理由をちゃんと話したいと思う。今日のような誤魔化しでなく、な」
 ルキノ様もちゃんと分かっていたらしい。
俺の質問に対しての答えが、その場しのぎであったことを。
どんなことを聞かされるのかという不安も少なからずあったが、本当の理由を俺は知りたい。
「分かりました。明日の仕事の後、ですね」
「ああ、それと……その、きょ、今日見たことは他の者には言わないでくれるか?」
 どこか恥じらいを含んだルキノ様の表情に、俺は心臓は再び波打つ。
こんなにルキノ様に魅力があったなんて、気づきもしなかった。
それとも俺が鈍感なだけだったのか、あるいはこんな状況だからこそ彼女が初めて他人に見せたのか。
「わ、分かってますよ、誰にも言いません」
 心なしか生返事気味だったが、俺の返事にルキノ様は安堵してくれたのだ。

―7―

 だいぶ夜も更けてきたらしい。月が出ているおかげで真っ暗ではないが、はっきりとした闇が辺りに立ち込めている。
俺はいつの間にか自分の住処の前に戻ってきていた。どこをどう通って帰って来たのかも思いだせない。
頭の中に浮かぶことは、明日ルキノ様から聞かされる話が何なのかということ。そして、そのルキノ様自身のことだった。
彼女の自慰行為、初めて見せた雌を感じさせる表情。それを知ってしまったせいなのか。
帰る途中も、そして今も俺の心臓は落ちついてくれなかった。
「…………」
 胸に手を当て、小さく深呼吸する。少しはましになったかも知れない。
 今日は精神的に疲れた。明日も石室での仕事があるんだからちゃんと体は休めておかねば。
こんなに気が昂った状態では眠れないぞ、と自分に言い聞かせながら俺は住処の中へ入った。
俺の住処はいくつかの岩が重なってできた自然の産物だ。岩と岩との間に出来た空間で俺は生活している。
あの石室に大きさは到底及ばないが、中の静かで落ち着いた感じが俺は気に入っていた。
「……ふう」
 俺は仰向けになって寝転がる。天井にある岩の隙間からうっすらと月明かりが差し込んでいた。
目を閉じて眠ることに意識を集中させようとする。途端、記憶の底から這いあがってくるもの。

『あぁ……んっ』

 俺はガバッと起き上がると、浮かびあがってくる考えを振り払うかのように頭を激しく左右に振る。
今思い描いたのは、ルキノ様の――――喘ぎ声。
何を考えているんだ俺は。偶然見てしまっただけじゃないか。ルキノ様も俺を咎めたりはしなかったじゃないか。
それなのに、どうして俺は彼女のことを考えている? どうして彼女のことが頭から離れてくれない?
「ルキノ様……俺は……」
 今までにない気持ちの昂ぶりが纏わりついて離れない。俺の手は自然と自分の股へと延びていた。
そこには見紛うことなき雄の象徴が顔を覗かせている。心なしか普段よりも脈打っているように見えた。
俺はその根元に手を当てると先端へ向けて手を滑らせる。何度もそれを繰り返すうちに徐々に大きくなってきた。
「……っ、はあっ……」
 行為を進めるうちに、心の中の理性が俺に呼びかけてくる。
何をやっているんだ。ルキノ様を想像しながら自慰だなんて、身の程をわきまえろ。やめろ、今ならまだ間に合う。
 それでも、俺の手の動きは止まらない。理性を押しのけて今日の出来事が這いあがってくる。
ルキノ様の自慰行為、ルキノ様の声、ルキノ様の表情。ルキノ様――――。
「うああっ!」
 俺の体がビクンと跳ね上がり、同時に水中へ白濁液を放射する。しばらくしていなかったため、量が多い。
荒い息を上げながら、俺は快感の余韻に浸る。仕事が忙しかったのと、興奮を呼び起こすような出来事がなかったためか最近はやる気にならなかった。
しかし今日見たことは、俺の中の雄を奮い立たせるのには十分だったらしい。だがこれはルキノ様を性の吐け口にしてしまったことでもある。
快感と興奮が治まっていくのに反比例して、じわじわと罪悪感が広がってくるのを俺は感じていた。

―8―

 昨日のこともあってか朝の寝覚めはあまりよくなかった。しかし、ルキノ様に仕えてからは決まった時刻に起きるのが習慣となっていたため、多少の睡眠不足ぐらいでは寝過ごさなくなっている。
今日はジノンも毒を吐きにくる連中も来なかった。今日の俺はどちらと顔を合わせても、仕事に身が入っていないんじゃないかと言われていたことだろう。
 ルキノ様に会いにきたポケモンへの対応もどこか上の空だったような気がする。何度か名前を呼ばれハッと気が付いたこともあった。
幸いなことに今日訪れたポケモンの数はいつもより少なかったため、文句を言われるようなことはなかったのだが。
そして今、夜を迎え俺は仕事を終えようとしている。仕事の報告に行かなければならない、すなわちルキノ様に会わなければならないということだ。
 俺が今日ぼんやりしていた原因はもちろん、今夜聞かされる話が気になっているのが大半だったが、昨晩ルキノ様で抜いてしまったことも俺に後悔と後ろめたさを纏わりつかせていた。
黙っておそらく気づかれはしないだろう。しかし、ルキノ様を前にしていつものような態度でいられるかどうかと思うと俺には自信がなかった。
とはいえ、いつまでもここで立ち止まっているわけにもいかない。一度大きく深呼吸してから、俺は石室の中へと向かった。

 石室の中。ルキノ様は中央に普段となんら変わりのない表情で鎮座していた。
昨日あんなことがあったばかりなのに、俺を前にして平然としていられるだなんて。
会う前からすでに緊張していた俺とは大違いだ。やっぱりこれが格の違いというやつなのだろうか。
「きょ、今日の仕事は無事に終了しました」
「そうか。ご苦労だったな。明日もよろしく頼む」
「は、はい……」
 いつものように喋ろうとしても、口が上手く動いてくれない。まるで奥歯にものが挟まってしまったかのように。
明らかに緊張しているのが丸分かりだ。初めてここへ来てルキノ様と会ったときも、こんなことはなかったというのに。
俺の返事の後に少しだけ沈黙が流れ、ルキノ様がくるりとこちらに向き直る。
もともとかなり体格差があるうえ、面と向かうと更なる威圧感があった。まだ話し始める前だというのに俺は恐縮しきっていたのだ。
「ゼロム、私がお前に昨日言った話をしたい」
「は、はい。俺はいつでも構いません、ど、どうぞ」
「そうか。しかし、その前に……」
 ルキノ様は俺の方へすっと片羽を伸ばしてきた。俺は思わず身を竦ませていた。
やがて俺の頬にそっと触れる温かな感触が。そして、昨日と同じようにルキノ様は優しい眼差しで俺を見つめていた。
「ルキノ……様?」
「そんなに緊張してもらっては私も話しづらい。変に畏まらない、いつもの……自然な感じのゼロムであってくれ」
「すみ……ません。なんか、必要以上に緊張してしまって……」
 何だろう。ルキノ様に触れられ、言葉を掛けられただけなのに、俺の肩の力は自然と抜けていた。
ルキノ様の言葉には、緊張を解きほぐす呪文のような力でもあるのだろうか。
さっきまでの戦慄は一体何だったんだろうと思えるほどに俺は落ち着きはらうことが出来たのだ。

―9―

「よかった。普段のゼロムに戻ったな」
「はい。……もう、大丈夫です。ルキノ様」
 ルキノ様から見た普段の俺がどんな感じなのかは量りかねたが、とりあえず俺は落ち着きを取り戻せた。
「では本題に入ろう。どうして私がゼロムを選んだのかということだが……」
「…………」
 俺は黙ったままルキノ様の言葉を待つ。どんな理由があるんだろうか。
確かに俺はあのドククラゲのようにルキノ様を崇拝したりはしていない。
忠誠心はそれなりにあるつもりだが強いかと聞かれると手放しではい、とは言えない程度のものだ。
ずっと疑問を抱いてきたことに対する答えがいま明かされようとしている。俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「お前が私を崇めたり、信仰したりしていないからだ」
「……へ?」
 意図がつかめずに俺は頓狂な声を上げる。ルキノ様を信仰しているから、ではなくてしていないから俺を選んだ?
どういうことだ。自分に仕える者を選ぶ理由としては全く正反対なんじゃないのか?
「私はな……この神という立場を、正直手に余しているんだ。迷えるポケモン達を導いて行けるほど、私は偉くも立派でもない」
 ため息交じりに言うルキノ様はどこか物憂げだった。
今まで俺の中でのルキノ様は絶対的な強さを持った印象があった。海の神として、すべての者の先導するような強さを。
しかし今のルキノ様は間違いなく俺に弱さを見せている。不思議と違和感は感じない。むしろ今の方がポケモンらしさがあって近づきやすい感覚さえする。
いくら神と呼ばれていようとも、一匹のポケモンであることには変わりないのだ。
海に住むポケモンの俺達と同じように、悩んだり迷ったりすることもあって当然なのだ。
近くにいたのに、俺はどうしてそんなことに気付かなかったのだろうか。
「私に答えを求めて来たポケモン達がどうすればいいのかを指示しているつもりではいるが……本当に私の選択が正しかったのかどうか、自信が持てないんだ」
 確かにそうだ。どうすればいいかだなんて答えが一つと決まってるわけじゃない。
いくつもの選択肢の中から、最善と思える答えを選びだすのがどんなに難しいことか。
ただなんとなく門番をやっていたせいで、ルキノ様の役目がどんなに大変かだなんて俺は考えたことがなかった。
「以前私に仕えていた者が引退することになって、新たな士官を募集したときに集まった者は皆、私を心から崇め信仰しているようなポケモンばかりだった。そんな中、ゼロム、お前を見つけたんだ。
神という立場に息苦しさを感じている私に、心からの崇拝や慇懃な態度は窮屈なだけだ。ゼロムならば、傍に置いていても私を崇めたりはしなさそうだったから……お前を選んだんだ」
 そういうことだったのか。選ばれるべきだったのはルキノ様を崇拝しているポケモン達だったとばかり思っていたけど、本当のところは逆だったらしい。
まあ確かに俺はあの時集まった中では一番ルキノ様に対する信仰が薄かったと言っても間違いないだろう。
「実際ゼロムが私に話しかけるときは、形式上は敬語だったが……心から丁寧な言葉を使っていたわけではないだろう?」
「そ、そんなことは……いえ、やっぱりばれてましたか……」
 もともと敬語なんて使う機会がなかったのだ。この役に選ばれなければ自ら進んで使おうなどとは絶対に思わなかっただろう。
さすがにルキノ様相手に砕けた口調はまずいので、丁寧な言葉づかいをしていたつもりだったのだが。
やはり俺が自分で意識して使っているあたり、自然な敬語とは言えない。表面だけきれいに取り繕ってみても結局はばれてしまうものなのだ。

―10―

「昨日私がしていた自慰行為も、今の状況からの逃避だったんだ。少なくとも最中は自分の立場を忘れて、快楽に溺れることができる……。一時的なものでしかないがな」
 ルキノ様は寂しげに笑う。俺は彼女がそんなにまで追い詰められていたことを今初めて知った。
いや、知ろうとしなかった。なんとなくでルキノ様に仕えていた俺は、自ら進んで彼女に近づこうとせず距離を置いたままだったのだ。
仕えて傍にいるポケモンなら、もっとルキノ様を支えて力になってあげるべきではなかったのか。
「本当に逃げたいと思ったこともある。だが、そんなことはできなかった。私を心から信仰しきっているポケモンにとって、私の言葉はすべて。彼らを路頭に迷わせるわけにはいかない。私は彼らのためにも神であり続けなければならないんだ」
「……すみません、俺、ルキノ様がこんなに苦しんでること、全然……知らずに」
 彼女に仕えている身でありながら何もできなかった自分に対する無力感。
そして追い詰められた彼女の行為を性の吐け口にしてしまったことに対する罪悪感。
それらが取り留めもなくあふれてきて、俺はただ頭を下げて謝ることしかできなかった。
「顔を上げてくれゼロム。お前が責任を感じることはないよ。私が話そうとしなかったんだ、知らなくても無理はない」
 優しい声に促され、俺はゆっくりと顔を上げる。だが、それでも俺はルキノ様の顔を見ることができなかった。
「……神という立場を背負った私には、自分が完璧でなければいけないという強迫観念があった。自分の悩みを誰かに打ち明けるだなんて、完璧な者のすることではない。そう思っていたからな」
 確かに完璧なポケモンなら悩んだり迷ったりすることはないだろう。
俺もこんな話を聞かされるまでは、ルキノ様は非の打ちどころのない完璧な存在だと思っていた。
実際、ポケモンである以上完璧なんてことはあり得ないことなのだが。
「だが昨日、私はゼロムに他人には知られたくはない姿を曝け出してしまった。恥ずかしい気持ちももちろんあったが、そのとき何故だか心がふっと軽くなったんだ。
隠していたことに対する後ろめたさがあったのかもしれない。とにかく不思議な感覚だった。そして、打ち明けることで楽になれるのならもうすべてをゼロムに話してしまおうと決意したんだ」
 知られたくない姿、と聞き思わず俺は昨日のルキノ様を想像してしまい、慌ててそのイメージを振り払った。
今はそんなことをすべきではない、場をわきまえろ、と自分に言い聞かせながら。
「えっと、あの……ルキノ様は俺に打ち明け話をして、楽に……なりましたか?」
「ああ。清々しい、とまでは行かないが、胸の支えが取れたような気がする。ずいぶんと楽になったよ」
「よかった。少しでもルキノ様の力になれたのなら……」
 俺は思わず笑顔になる。もし俺が相談相手になることで、彼女の負担を少しでも減らせるのならば幸いだ。
ただ仕えているというだけでは何のために傍にいるのか分らない。ルキノ様の助けとならなければ何の意味もない。ルキノ様の話を聞くうちに、俺はそう思うようになったのだ。
「これから先、もし何かあったら相談に乗りますよ。ルキノ様の助けになれるかどうかは自信がありませんが……」
 差し出がましかったかもしれないが、一人で悩みを抱え込んでしまうよりは少しでも話してくれたほうがいい。
アドバイスが参考になるかどうかは別として、誰かの相談に乗るのは嫌いではなかったのだ。そう言えばジノンからも何度か相談を受けたことがあったか。
「ゼロム……ありがとう……!」
 ルキノ様は両方の羽根を俺に伸ばしてきた。何だろうと思っていた次の瞬間、俺はルキノ様に抱きしめられていたのだ。

―11―

 体格差があるので抱きしめられるというよりは、抱き上げられていたと言ったほうが正しいか。
とにかく今俺はルキノ様のお腹と首の境目辺りに顔をうずめるような形となっている。
なぜこの状況になったのかが理解できず、ただただうろたえている俺に伝わってきたもの。それはルキノ様の雌を思わせる匂いと柔らかい体の感触だった。
「お前がそう言ってくれただけで、ずいぶんと救われたよ。本当に、ありがとう……」
「え、あ……は、はい」
 まだ状況の変化に対応し切れていない俺は、上の空な返事を返す。胸の鼓動が騒いで、それどころではなかったのだ。
やがて、ルキノ様に触れているんだという現実がじわじわと伝わってきた頃には俺は地面に下ろされていた。
あまりにも突然の出来事だったので、半ば放心状態で俺はルキノ様をぼんやりと見つめていた。
「ふふ、どうした。信じられないと言った顔をしているな?」
「あ……いえ。何か、いきなりだったんでびっくりして……」
 ルキノ様に触れたのはさっきのが初めてだったような気がする。それも軽いタッチではない。体を彼女に預けていた。
雌独特の色気を含んだ匂いと、柔らかな体。正直、悪くなかった。でも何も言わずに突然だもんな。結構ルキノ様は大胆なところがあるのかもしれない。
「ゼロムの前では自分を作らないでいたいんだ。変に飾り立てをしない、ありのままの私でな」
 そう言ってルキノ様は微笑んだ。なるほど。これが本来のルキノ様というわけか。
確かに表情や姿勢から余計な力が抜けて、自然な感じになっている。
「いいですよね。ありのままって」
 俺の場合はジノンと一緒にいるときがそうだろう。何の遠慮もせずに、気軽に会話のやり取りができる相手だ。
もちろん親しき仲にも礼儀ありという言葉があるように、どれだけ言えば相手に失礼になるかくらいは付き合いも長いので自然と心得ている。
「ゼロムも私の前だからと言って変に気を使わなくてもいいんだぞ?」
「不自然なのは分かってます。でも、一応ルキノ様の前では敬語を使うことにしているんです。まあ俺の自己満足ってやつですね。もしルキノ様が嫌ならやめますけど?」
「いや、心からの敬語でない分私にはなかなか心地よい響きだ。無理に変えなくてもいい」
 褒められているのか皮肉を言われたのか分らない。だがうわべの敬語であることは間違いないので、俺は苦笑いを返した。
「……なあ、ゼロム。一つ頼まれてくれるか?」
「何です、改まって?」
 他にも何か相談事でもあるのだろうか。話を切り出したルキノ様は妙にかしこまっている。
時折口を開きかけては、何かを言いだそうとするのだが思い留まったようにまた口を噤んでしまうのだ。そんなに話しづらいことなのだろうか。
「遠慮しないで下さいよ。俺に出来ることならがんばってみますから」
「わ、分かった。ゼロム、お前の手で私を……私を気持ち良くさせてくれないか?」
「……へ?」
 気持ち良くってどういうことだ。お前の手でって、まさかな。俺にルキノ様ががそんな頼みをするわけ――――。
「つまりはな。……こういうことだ」
 ルキノ様は俺の目の前で仰向けにゴロリと寝転がる。そして、俺に見えるようにガバッと股を開いてみせる。
そこには雌の証である割れ目が、桃色の怪しい輝きを放ちながら顔を覗かせていた。
信じられないことだが彼女の頼みは、俺の予想した「まさか」だったらしい。

―12―

 いきなり抱きしめられたときと同じくらい、あるいはそれ以上に俺は呆気にとられて声が出ない。
一瞬頭をかすめた予想だったが、ほぼあり得ないものとして考えていただけに意表を突かれた感じだ。
「重圧から逃れるための自慰行為だったが、回数を重ねるうちに癖になってしまってな。得られる快感は何とも言い難い……。
いつもは自分でしているのだが、他者に触れてもらうのがどんな感覚なのか一度味わってみたいんだ」
 股を開いたまま、体を半分だけ起こしてルキノ様は俺を見た。
ルキノ様の言っている言葉はすぐに理解できた。気持ちいいのは確かだし、自分ではない誰かに触れてもらうのも未知の快感となりそうだ。
だが、彼女がそれを俺に頼んでいるんだということをはっきりとくみ取るのには少々時間がかかったのだ。
「こんなことを頼めるのもお前だけだ。昨日私の行為を見られたと分かっているせいか、不思議と恥ずかしさを感じない……。無理強いはしないが、どうだ、ゼロム?」
 うっすらと笑みを浮かべて俺に眼差しを送ってくるルキノ様。これはもしかして、俺を誘っているとでも言うのだろうか。
幾度となく魅力を感じさせる表情に、俺の胸の鼓動は早くなる。もう何度も目にしているはずなのに時折見せる彼女のそれは決まって俺の心を突いてくる。
それはおそらく、俺の中でルキノ様の厳かなイメージが定着しきっていたため、今のルキノ様の仕草に冷静に対応し切れていないせいだろう。
 できるだけ凝視しないように俺はちらりと彼女の股に目をやる。昨日ははっきりと見えなかった雌の証。
それが今俺の目の前にあるのだ。不思議な魔力に引き寄せられるかのように、俺は一歩前に踏み出しそうになり、慌てて我に返る。
「る、ルキノ様……も、申し出はその……正直ありがたいというか嬉しいというか……。で、ですが、俺なんかで、い、いいんですか?」
 俺はそこまで意識してはいないが、ルキノ様は海の神だ。いくら本人が重荷を感じていようと、その事実は変わりない。
かくいう俺はルキノ様に仕えているということを除けば、この海に住む一匹のポケモンでしかない。
いくら頼まれたからとはいえ、それを受け入れてしまえばルキノ様を穢してしまうようで躊躇われた。
「……言っただろう。お前しかいない、と。私は、お前だからこそ良いのだ」
 お前だからこそ。この言葉は俺の心を鷲掴みにした。ルキノ様の信頼、あるいはそれ以上のものを俺は感じたのだ。
その瞬間、俺の中の迷いや怖れといった感情はどこかに吹き飛んでしまった。むしろこの栄光ある役割を謹んで受け入れようという気持ちすら湧いてきたほどだった。
「分かりました。自信がありませんが、精一杯やらせていただきます。ルキノ様」
 雌の体、それも神と呼ばれているルキノ様の深い部分に触れられるという事実。
そして、なんだか自分がとてつもなく偉くなったような優越感を感じ、俺はふつふつと湧き上がってくる雄の感情とともに、半ば薄笑いを浮かべていた。
「ふふ……そうか。感謝するぞ、ゼロム」
 そんな俺の心境を知ってか知らずか。迷いのない俺の答えに、ルキノ様は微かに微笑んだのだ。

―13―

 俺が入ってきた入口はしっかりと岩で封じられている。
こんな時間に訪問者がくるはずはないのだが、もし最中を見られたら大事になること間違いない。
本来ならば昨日もこうして岩で閉じられているはずであった。偶然ルキノ様が閉め忘れたところに、悲鳴と勘違いした俺が転がり込んだというわけだ。
しかし、あの偶然がなければきっと今の状況が訪れることはなかったであろうから、それには感謝すべきだろう。
 ふさがれた入口の無機質な岩は、俺が退路を断たれたことを暗示しているのかもしれない。
今や乗り掛かった船。途中下船はできない。ならば、とことん奥深くまで乗り込んでやろうではないか。
「……それで、俺はどうすれば?」
「さっきも言ったとおり、お前の手でここを弄ってほしいのだ。私も立場はわきまえている。下の方を使って妊娠するようなことがあってはまずいからな」
 彼女はちらりと俺の下半身に目をやる。下というのは、普段より少し膨張している俺の肉棒のことだろう。
俺もそこは理解しているつもりだ。これは自慰に他人の手を借りるだけ。性交ではない。
しかし、こんな生々しい雌を前にして興奮するなというのが無理な話だ。使わないとは分かっていてもそれは着実に膨らみつつあった。
「分かってますよ。これは……それだけルキノ様が魅力的だってことです」
「ふふふ、それは嬉しい言葉だな。……では、頼んだぞ、ゼロム」
 そう言ってルキノ様は再びごろりと仰向けに寝転がる。無防備にさらけ出された秘部。妖しい輝きを放つその部分に、俺はゆっくりと近づいて行った。

 ルキノ様の体は大きい。いつも離れて見ているせいか、こうして直に触れてみるとその大きさが分かる。
尻尾の付け根の少し上部分に、彼女の割れ目は顔を覗かせていた。
ルキノ様と俺とでは体格差があるせいか、その大きさは俺の身長の半分近くある。
仮に俺が顔をうずめたとしても、余裕で入ってしまいそうだった。
ルキノ様の尻尾の付け根に乗っかってまじまじと見つめていた俺は、艶めかしい迫力に思わずたじろいでしまっていた。
 お前の手で、とは言っていたが実際どうすればいいのだろう。やはり言われたとおりに手で弄るべきか。それとも思い切って舌でも使ってみるか。
どうするか決めあぐねた俺はとりあえず片方の手で割れ目にそっと触れてみる。その瞬間、ルキノ様の尻尾がピクリと動いた。
少し触れただけではあったが、感じているようだ。敏感な部分だけに少しの刺激でもかなりの衝撃が伝わるのかもしれない。
今度は思い切って手を筋に沿ってスウッと滑らせてみた。ぷにぷにしていて柔らかく程よい肉感が伝わってくる。
「い……いいぞ、ゼロム。その感じだ」
 そうか。この感じか。さっきの手の動きを思い返しながら今度は下から上へ、上から下へ。何度もそれを繰り返すうちに、割れ目はじんわりと湿り気を帯びてきた。
声を上げはしなかったが、ルキノ様に刺激は十分伝わっているようだ。時折小刻みに震える上半身や首筋がそれを物語っている。
俺の動きでルキノ様が感じている。神と呼ばれるルキノ様、崇拝されているルキノ様。俺は今その彼女を冒涜していると言ってもいい。
しかし感じたものは、罪悪感ではなく優越感。感じているルキノ様を前にして、笑みすらこぼれてくる。
その時、俺は今まで自分が知らなかった俺の本性を垣間見たような気がした。

―14―

 次はどうするか。同じ動きじゃ単調だから、少し変化を入れてみよう。
優しく撫でるような手つきから、ごしごしと擦るような動きに変えてみた。傷つけてしまわないように配慮はしてあるが、当然刺激は強い。
「あ、ひあっ……うあっ!」
 とうとう堪え切れなかったのか、ルキノ様は喘ぎ声を洩らす。体のほうもビクンと大きく跳ね上がった。
普段とはまた違った、艶めかしい声。いい声だ。そして今はこの俺が彼女を喘がせているのだ――――。
彼女の声によりどうやら俺の暴走へのスイッチが入ったらしい。次の行動を考えるより先に、俺は無意識のうちに彼女の割れ目に舌を這わせていたのだ。
「ぜ、ゼロム、何もそこまで、あ……ひゃあっ!」
 手とは異なる生暖かい舌の感覚。俺の大胆な行動にルキノ様も驚いているようだが、俺は舌の動きを止めない。
ぴちゃぴちゃと音を立てるほどに彼女から溢れ出た蜜。俺の鼻先から口の周りをじっとりと濡らす。
生臭さはあまり感じない。むしろ透明で清潔感があるほどだ。ルキノ様のものなんだから、最初から汚いだなんて微塵も思っていなかったけれど。
「あ……はあっ、いい……ゼロム、ああんっ!」
 できる限り舌を奥まですべり込ませて舐め上げる。効果はてきめんだったようだ。今までにない大きな嬌声を上げ、ルキノ様は体を仰け反らせる。
表情が見えないのが残念だが、声だけで十分満足だ。最高ですよ、ルキノ様。
 俺は割れ目から舌を離す。ねっとりとした愛液が糸を引く。万遍無く濡れてきた頃だし、そろそろだろう。
「そろそろ行きますよ……ルキノ様」
「あ、ああ。いいぞ、来い」
 挿れるのはもちろん手だ。半ば理性を失いかけた俺だが、そこはちゃんとする。しなければならない。
思い切って割れ目に両手を突っ込む。程よく湿った秘部は何の抵抗もなく俺の両手を受け入れてくれた。俺の手の半分ほどがずぶりと中に入り込む。
「あああっ……うあっ、ひああっ!」
 ルキノ様の足が、体がガクガクと揺れる。そのときは俺もその反応を楽しむ余裕はなかった。
手が焼けるように熱い。まるで彼女の中でふつふつと炎が燃えたぎっているかのようだ。それともこれはルキノ様の色情の炎だとでも言うのだろうか。
この体制はかなり辛いものだったが、一度入れたからには退かずに最後までやる。やってみせる。
 俺の両腕は焼けつくような熱さの肉壁に絞めつけられている。このままでは身動きが取れない。
両方のてのひらを内部の壁に触れるような形に持っていくと、割れ目を外に広げるような感じでぐりぐりと外側に向かって刺激する。
「ああっ……うあああっ、ひゃああああっ!」
 彼女の激しい喘ぎ声。刹那、手を差し込んでいた割れ目から大量の愛液が飛び出す。どうやら絶頂を迎えたらしい。
「うわっ!」
 その愛液の量に気押され、俺は思わず両手を引き抜いて尻もちをついてしまっていた。
体の大きなポケモンだから当然その量も多いのだろう。俺の全身は彼女の愛液でじっとりと濡れている。
全く不快には感じない。ルキノ様に絶頂を迎えさせた達成感に比べれば些細なことだったのだ。

―15―

 胸を大きく上下させ、はあはあと荒い息を上げるルキノ様。やはり他者の手を借りるのは自分でするよりもずっと刺激が大きかったようだ。
喘ぎも、達した時の愛液も昨日見たときの比ではない。そして俺の興奮も。
心臓の鼓動はさっきよりもだいぶ落ち着いてきた。しかし、俺の肉棒はまだ勢いが衰えない。
愛液に塗れたルキノ様の割れ目を前にしていると、理性も何もかも捨てて突撃してみたい衝動に駆られる。
だめだ。そんなことをしてもし妊娠でもしてしまったら、ルキノ様はどうなる。……見ていると目の毒だ。
俺はピンク色の誘惑にくるりと背中を向け、ルキノ様と俺自身が落ち着くのを待った。

 どれくらい時間が経っただろうか。俺はとにかく自分の興奮を抑えようと余計なことはできるだけ考えないようにしながら目を閉じていた。
ふと、背後で何かが動く気配を感じた。振り返ると、首だけ起こしたルキノ様と目が合う。
「ゼロム……こっちへ」
「え……わっ」
 ルキノ様は両翼をのばし俺を抱き上げると、腹の上に下ろした。程よい弾力があってぷにぷにしている。座り心地はなかなかだ。
なんだかすごく久しぶりにルキノ様と顔を合わせたような気がする。だいぶ落ち着いてはいたようだが、まだ少しとろりとした目と乱れた呼吸の音が余韻となって残っている。それだけで色気を漂わす、いい表情だった。
「満足して……いただけましたか?」
 数々の彼女の反応からして、聞くまでもないことだろうが俺は一応聞いてみる。
「ああ……素晴らしかったぞ。この上なく満たされた気分だ。ありがとう、ゼロム」
「光栄です」
 満たされたのはお互い様かもしれない。普段からは想像もつかないようなルキノ様の姿を拝めたうえ、彼女に絶頂を迎えさせることが出来たのだ。
ルキノ様と同じくらい、もしくはそれ以上に俺の中は達成感と満足で埋め尽くされていた。
「私は満足だったが……お前は少し物足りなかったのではないか?」
「え……どうして……ふあっ!」
 いきなり伝わってきた刺激。それは俺の肉棒を通ってきた。一瞬何が起こったのか分らなかった。
ルキノ様が片方の羽根で俺のモノに触れていたことに、俺は少ししてからようやく気が付いたのだ。
「雌の象徴を前にして、こちらで迎え撃てなかったのはさぞかしもどかしいものがあっただろう。その証拠に、こんなにも張り詰めて……」
 心の中では冷静になろうとしていたのだが、俺の雄はなかなか言うことを聞いてくれなかった。
何の準備もなしにいきなりルキノ様に抱きあげられたので、俺はそそり立ったままの雄の象徴を彼女の前にさらけ出すことになってしまったのだ。
それがルキノ様の好奇心をくすぐったのだろうか。俺の肉棒に手を触れたまま、物珍しそうにまじまじと見つめている。
 もうあらゆることに対していきなりすぎて、俺は不意を突かれっぱなしだった。
素顔のルキノ様は、こんなにも積極的な雌なのだろうか。もちろん、絶頂を迎えた直後の気の昂ぶりもあったのかも知れないけれど。

―16―

「……これがゼロムの……ふふ」
 肉棒に触れたまま、怪しげな笑みを浮かべるルキノ様。
雄のモノを近くでじっくりと眺めるような機会は今までになかっただろうから、興味を持つのは分かる。
俺だってルキノ様の雌を見せられたときには引き寄せられるような不思議な魅力を感じた。 
だが、これまでのルキノ様の行動を考えると、その妖艶な笑顔の奥に何かたくらみがあるのではないかと邪推してしまう。
「どうだ、ゼロム。今度は私の番ということで」
「わ、私の番……って?」
「お前も薄々は感づいているのだろう。私がお前を気持ち良くさせてやろう」
 悪い冗談ではないかと思いたかったが、俺の肉棒に触れたまま目を輝かせている彼女を見ればその答えは火を見るより明らかだった。ルキノ様は、本気だ。
「ま、待ってください。俺はルキノ様に奉仕できただけで十分満足でしたから、そんな必要は……あうっ!」
 羽根の先で肉棒をつうっとなでられ俺はぴくんと反応を示す。十分に興奮した状態だからそれだけでも刺激は強い。
下半身から力が抜け、俺はルキノ様の腹の上にへなへなとへたり込んでしまった。
「心は満足でも体のほうはそうではないらしいぞ? なかなか立派にそそり立っているな」
「……ルキノ……様」
 もう何を言っても無駄か。海の神からこんな手当てを受けることになるなんて、と思いもしたが、気持ちよくしてもらえるのならもうそれで構わないかという甘い誘惑も湧き上がってくる。
ルキノ様は雄を弄ってみたくてたまらない様子だったし、俺の冷めない興奮を冷ますには最も合理的な手段だ。
それに、好奇心に突き動かされるルキノ様を止めるすべを俺は持ち合わせていなかったし、結局俺にはこの選択肢しか残されていなかったのだ。
「……恐縮です」
「心配するな。悪いようにはしないさ」
 俺の答えを満面の笑みで受け取ると、ルキノ様は妖しく微笑む。
そして、羽先で俺の肉棒をそっと摘むと、まるで手の中で転がすかのようにくりくりと弄ぶ。
「ふあぁっ!」
 ルキノ様の勢いに気押され、やや元気を失いつつあった雄が再びむくむくと気力を取り戻す。
羽根の独特な感触は肉棒の側面をそつなく撫で、着実な刺激を伝えてくる。
じわじわとこみあげてくる快感に俺は荒い息を上げながら、身を震わせていた。
「どうだ、気持ちいいか?」
 やや悦に浸った表情のまま、俺は無言で頷いた。
今や俺はルキノ様の成すがまま、完全に主導権は向こうに回ってしまっている。
彼女を喘がせていたときに、一瞬でも自分が上位に立ったような錯覚を抱いてしまったことが情けない。
俺ごときがルキノ様を支配できるわけがなかったのだ。普段はもちろんのこと、こういった行為の場面においてもやっぱり神は偉大なんだなと思わされる。
これから与えられるであろう刺激に、不安と期待を入り混じらせながら俺はそんなことを考えていた。

―17―

 程よく撫でまわしたあと、ルキノ様は俺の肉棒から手を放す。
根元から先端まで余すところのない丁寧な愛撫により、痛いくらいに膨張していた。
もう体を起こしている気力なんてありはしない。完全に体の力が抜けてしまっている。
ルキノ様の腹の上に仰向けになったまま、肉棒への刺激に俺はただただ身を震わせるばかりだった。
「まだ、大丈夫なようだな」
「はあ、はあ……。今のところは、何とか……」
 何が大丈夫なのかは口に出さずともお互いに承知し得ているようだ。
先端から先走りの雫が少し漏れはしていたが、俺の中のふつふつと煮えたぎる炎は身を潜めている。
もしかするとルキノ様は俺が簡単に達してしまわないように手加減をしてくれていたのかもしれない。あるいは、自分が長く楽しむためか。
緩やかな快楽をじわじわと与えられ続けたせいか、なんだか体が宙を舞っているようなふわふわした不思議な感覚が俺を襲う。
昨日俺が衝動を抑えられずにした自慰とは、また違った気持ちよさを感じていた。
「これならばどうだ?」
 ルキノ様は俺の股間に顔を近づけると、舌をのばしてベロリと肉棒を舐め上げる。
「ひあっ!」
 羽根とは違う。湿っていて生暖かく、独特のざらついた感触。
新たな刺激に俺は何度目か分からない悲鳴を上げる。そのとき、ぞわり、と俺の奥で何かが動いたような気がした。
それはこれ以上強い刺激が来れば、そう遠くないうちに達してしまうことを示している。
「ゼロムの舌使いもかなりのものだったぞ。私も負けてられない」
 何もそんなところで張り合わなくても、という俺の思いも虚しく。ルキノ様は何の躊躇いもなく俺の雄をパクリと加えた。
「あ……う……」 
 ルキノ様の言うとおりだった。手での刺激よりも舌での刺激の方がはるかに強い。
口内の温かさといい、湿り具合といい、舌の感触といい、ピンポイントで敏感な部分を突いてくる。
俺が舌を動かしていたときも、ルキノ様はこんな刺激に耐えていたのだろうか。
「ひゃああっ!」
 ルキノ様の舌が俺の肉棒に絡みつく。そして器用にも舌に力をこめ、ギュッと締め付けてきた。
まるで手で揉みほぐされているような感覚だった。ぐにぐにと蠢く彼女の舌が俺に襲いかかる。
口元からもれるルキノ様の息も荒い。股ぐらに暖かい吐息が掛かるのを感じる。
「……っ!」
 だめだ、もう我慢できない。体の奥が焼けるように熱い。それをルキノ様に伝えようにも容赦ない攻めに、声を出すことすらできない。
このままでは口の中に出してしまうことになってしまうが、さすがにそれは彼女に申し訳ないのだが。苦し紛れに俺は頭を上げて、ルキノ様の顔を見た。
艶めかしい笑みを浮かべながら、一心不乱に俺の肉棒を舐めまわしているルキノ様がそこにいた。

 ああ。そうか。彼女の割れ目に舌を這わせていた時の俺も、きっとこんな表情をしていたんだ。
理性も自分の立場も、一切捨て去ってただただ本能のままに動いていた。
性的な快楽を求めるのは、それが神だろうと普通のポケモンだろうと、ましてや雄も雌も関係ない。
そういうことですよね。ルキノ様――――。

―18―

「うあああっ!」
 俺の肉棒が一瞬震えたと思うと、勢いよく精が放たれる。
二晩連続しているにも関わらず、昨日に負けないくらいの量だった。
自分でなく他者に触られているのと、その相手がルキノ様だということが二重の興奮を俺に与えてくれていたせいだろう。
肉棒の先から徐々に浸食してきた快感に身をまかせ、恍惚とした表情で俺はぼんやりと石室の天井を見上げていた。
「ふふ、お前の精、たっぷりと味わわせてもらったぞ」
 快感の後に押し寄せてきた疲労感に、危うく眠りそうになっていた。ルキノ様の声で現実に引き戻される。
そうか。俺は、ルキノ様の口の中で達してしまったんだ。彼女の口元や舌を濡らしている白濁液がそれを物語っていた。
「す、すいません……我慢できなくて……」
「謝る必要はない。ゼロムのだからな、私は気にしないさ」
 ルキノ様は口の端に付いた液を舌でペロリと舐めとった。たしかに気にしていたら肉棒を舌で弄るなんてできないだろうけど。
俺がルキノ様の愛液を汚いと思わなかったのと同じか。とはいえほぼ透明な愛液と白い精液では後者の方がどことなく汚れて見えてしまう。
「今日はもう疲れただろう。気分が落ちついたら、帰ってゆっくり休むといい」
 そう言ってルキノ様は俺を抱き上げると、そっと床に下ろした。半ばふらふらした状態で俺は立ち上がる。
お互いに同じ回数だけ果てたのに、ルキノ様が全然疲れてないように見えるのは俺の気のせいか。
絶頂から俺よりも時間が経っているとはいえ、体力の回復が早いのは明らかだ。やっぱりルキノ様には、とても敵わないな。
「はい……そうします」
「そして、明日もよろしく頼むぞ」
「ええっ! あ、明日も……ですか?」
 あからさまに驚きを示した俺に、ルキノ様は笑いながら首を横に振る。
「ははは、明日も門番をよろしく頼むと言いたかったんだ」
「あ、そ、そうですか。はい、任せてください」
 さすがにこれを二日連続で行うのは精神的にも肉体的にも応えそうだ。
それよりもこんな勘違いをしてしまったことが恥ずかしい。
「ふふ。もしお前さえよければ……私は明日でも構わないがな」
 怪しげな笑みを浮かべるルキノ様に、俺は引きつった笑みをこぼす。
ルキノ様なら毎日でも大丈夫なんじゃないかとも思ったが、それに付きあっていてはたぶん俺の体が持たない。
「遠慮しておきます」
 小さくお辞儀をしながら、俺は迷わずそう答えたのだ。

 ルキノ様に岩をどかしてもらい、俺は石室を後にした。
あちこちについた愛液は泳ぐうちに海水で洗い流される。火照った体には心地よい冷たさだった。
それにしても。素顔のルキノ様にはいろいろと驚かされた。最初の奉仕を頼まれたときに、その後の流れは予想できなかったことだ。
十分だと言ったにも関わらず、自ら俺の雄へと手を伸ばしてきたときは少し怖かったぐらいだ。よっぽど普段から自分を殺してきた反動なのか。
これまでは俺も何も力になれなかったことが歯がゆいが、今日からは違う。俺がいることで少しでも彼女の負担を減らせるようにしなければ。
 あれこれ考えているうちに住処に着く。さて、ゆっくり休んで明日も頑張るか。
……そういえば、心からこの仕事を頑張ろうなんて思ったのは初めてかもしれないな。
横になって眠りに落ちていく中、ふとそんなことが頭をかすめたのだ。

―19―

「ふあ……」
 石室の前で俺は大きな欠伸をした。
仕事へのやる気は今までで一番あったかもしれないが、肉体的な睡眠時間はおそらく今までで一番少ない。
どんなに意気込みがあっても、眠気を完全に消し去ってしまうことはできないのだ。
とはいえ、こんな眠気を保ったままではとても仕事になんかならない。
俺は頭を左右に振って頬を軽く叩く。少しは目が覚めた、ような気がする。
「だるそうだな、ゼロム」
 振り返ると岩の上からひらりと舞い降りるジノンの姿が。どうやら俺が来る前からいたらしい。
そこはちょうど石室の入り口の上の部分で、俺の立ち位置からは死角になっているためぱっと見は分からない。
普段の俺ならば気配で気付いただろうが、あいにく今はまだ頭が半分寝ているような状態だ。
「お、ジノンか」
「ジノンか、じゃねえよ。俺がいたのにも気づかなかっただろ」
「ああ。昨日ちょっと眠れなくてね」
 正しく言えば眠れなかったのではなく遅くまでルキノ様のところにいたため、眠るのが遅くなったわけだが。
いくら相手がジノンとはいえ本当のことを話すわけにもいかず、適当に誤魔化しておく。
「この仕事、辛いんじゃないのか?」
「え……?」
「今日のお前、いつにも増して疲れて見えるぜ。本当に大丈夫か?」
 確かに昨日のルキノ様との行為は疲労の原因となっている。
しかしそれは仕事の後のことで、この門番は直接的な疲れの原因ではない。
もちろんそんな理由があることを知らないジノンは、くたびれた様子の俺を本気で心配してくれているのだろう。
「ああ。俺は大丈夫。心配掛けて悪いな」
「あんまり無理はするなよな、望んでやってる仕事じゃない分精神的にきついだろ?」
 たしかに望んでなった仕事ではない。一昨日ジノンと話していたときの俺ならここで頷いていただろう。
「まあ、嫌味を言いに来る奴らは確かにうっとおしいけど、俺は……この門番の仕事ができてよかったって思ってるから」
 ルキノ様に思い切って訊ねてみた結果、彼女の真意を知ることができた。
そして、俺も彼女の役に立ちたいと思えるようになった。今は迷うことなく言える。俺はこの門番を続けていきたい、と。
「ど、どうしたんだよ、前とは全然意気込みが違うな。……何か、あったのか?」
 俺との付き合いも長い彼ならば、気づかないはずがないだろう。
ただなんとなく門番をやっていた以前の俺と、今の俺との違いに。
何かあったのは事実だ。しかし、それをすべて話してしまうことはとてもできなかった。
「まあ……な。実は昨日、思いきってルキノ様に話しかけてみたんだ。仕事のことじゃなくて、個人的な話で。
そしたら、ちゃんと答えてくれたよ。それで、話をするうちにルキノ様のことがちょっとは分かったんだ」
 かなり端折った説明だが、大まかな流れは捉えているはず。
ルキノ様のことを考えるとあまり詳しくは話せないが、ジノンに嘘は言ってない。
「……そうか。ゼロムがそこまでやる気になるぐらいだ。どんな話をしたのか気になるが、ここは俺が深入りするところじゃないか」
 その気遣いがありがたかった。話の内容を聞かれて誤魔化しを続けていれば、きっといつかはぼろを出してしまう。
それとも俺が多くを語ろうとしなかったことをジノンは察して、あえて聞こうとはしなかったのかもしれない。

『ゼロム、ちょっと構わないか?』

 ふいに背後から声が響く。石室の中から水中を通して伝わってきたルキノ様の声だ。
「お呼びのようだぜ、ゼロム。んじゃあ、俺はそろそろ行くぜ。門番の仕事、頑張ってくれな」
「おう。またな、ジノン」
「ああ」
 お互いに軽く手を振って別れる。
この仕事を始めてから会う回数は減ったが、それでもやはり俺の中ではジノンは一番信頼が置ける相手だ。
あいつと話しているだけで楽しいし、気が楽になる。俺もルキノ様のそんな存在になりたいものだ。
「いいですよ。今行きます」
 ルキノ様に届くよう少し大きめの声で返事をすると、俺は石室の中へと泳いでいった。

―20―

 石室の真ん中にルキノ様はいた。いつものポジションだ。
そう言えばここに入ったときにいつも感じていた緊張感というか、威圧感のようなものを今日は感じない。
俺に対しては気を張る必要がないと思ってくれたのだろうか。俺としてもそのほうが話しやすくて助かる。
「すまないな。話の途中だっただろう?」
「別に構いませんよ。これくらいのこと、俺もあいつも気にしてません」
「そうか。誰かが来る前に、お前に言っておきたいことがあってな」
 なんだろう。込み入った話は昨日ほとんど聞いたような気がするのだが。
まだ何かあるのだろうか。とはいえこの時間帯だ。そこまで長い話もできないと思うけれど。
「昨日の……ことなんだが。その……す、すまなかったな」
「え……?」
「お前が望んでもいないのに、無理やり……そ、その……」
 微妙に俺から視線をそらしながら、顔を真っ赤にして口ごもるルキノ様。
彼女の照れた表情が可愛いと思えるくらいには、俺にも心の余裕が出来たらしい。
どうやら昨日ルキノ様が俺にしたことのを言っているのだろう。
俺からしても彼女の口の中に出してしまったことは、思いだすとちょっと恥ずかしかったのだが。
だが、ルキノ様が感じた恥ずかしさはそんなことの比ではなかったのだろう。今の彼女を見れば分かる。
「ああ、そのことでしたら俺は気にしてませんよ。……ルキノ様の大胆さにはちょっと驚かされましたけど」
「うう……言い訳にしか聞こえないだろうが、あのときの私は尋常じゃなかったんだ。気が高ぶって治まらなかった。
今朝目が覚めて、昨日ゼロムにしたことを思い出したら死ぬほど恥ずかしかった。もし出来るなら、昨日の私を殺したいくらいだ……」
 ああ、やっぱりそうか。昨夜俺が見たのは、ルキノ様が隠し持ったもう一つの顔というわけか。
そして今は昨日のことが恥ずかしいと思えてくる普段のルキノ様に戻った、と。
俺も昨日は今まで知らなかった自分の内面を垣間見たような気がしていた。
ルキノ様を喘がせることで愉悦に浸るような、隠された俺の一面を。
互いに快楽を求め会う行為は、普段は隠れていて見えない自分の真の姿をさらけ出すのかもしれない。
「へへ、俺は別に……昨日のルキノ様も嫌いじゃありませんよ」
 艶めかしい色気を持った雌を、雄として嫌う理由がどこにあるだろうか。
昨日の今日で今はさすがにそんな気分にはならなかったが、ルキノ様の舌使いは素晴らしかったし、またあんな快感を感じてみたくなるかもしれない。
「そ、そうか? ゼロムがそう言ってくれるなら私も……少しは救われるよ」
「何があろうとルキノ様はルキノ様ですよ。それは変わりないでしょう?」
「あ、ああ……そうだな。私は……ルキノ。皆を支える海の……神だ」
 一度大きく深呼吸をしてルキノ様は前を見る。芯のある強い眼差しだ。
石室の中の空気がぴんと張り詰めたような気がした。俺も自然と背筋を伸ばしたくなるような空気だ。
もうさっきまでの彼女はそこにいない。いるのは威厳に満ち溢れた海の神のルキノ様だった。
「今日も……そしてこれからもよろしく頼むぞ、ゼロム」
「はい。こちらこそよろしくお願いします、ルキノ様」
 偉大なる「神」を前にして、屈託のない笑顔で俺はそう答えたのだ。

―エピローグ―

 いったいどれだけの力が私にあるというのだろう。
今までどれだけの人々を本当に救えただろうか。

 この疑問は今でも変わらずに私にのしかかってくる。
彼らの疑問に自信を持って言える答えはまだ、見つからないままだ。

 神という肩書き、神であるが故の立場に、私は押しつぶされそうになっていた。
迷ってはならない。常に前に進み続けなければならない。
それが私に課せられた使命なのだ。そう思っていた。

 しかし、今は違う。
私の弱さを受け止めてくれた、私の支えになってくれた者がいる。
私が道に迷っていたときにそっと手を差し伸べてくれた。その存在に私はずいぶんと助けられた。
傍にいてくれれば、それだけできっと私は明日も神であり続けられる。

 私はもう、一人ではないのだから。

   END



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最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • あぁ・・・ぼ、僕のルギアのイメージが崩れていく・・・・・。 -- JuSe_MOON ? 2009-07-01 (水) 01:37:09
  • あぁ・・・ぼ、僕のルギアのイメージが崩れていく・・・・・。 -- JuSe_MOON ? 2009-07-01 (水) 01:37:23
  • 崩れたのならまた新しく組み立てていけばいいのです。えっちなルギアでもいいじゃないですか。 -- カゲフミ 2009-07-01 (水) 19:53:12
  • では、書く気になりましたらお願いします。 -- 2009-08-19 (水) 22:37:28
  • 今更ながら、読み終えさせていただきました。

    確かに、スクロールバーからも察するに相当長い感じはしましたが、特にしつこさは感じなかったです。
    フローゼル、水ポケモンで人型は珍しいので、“こういう時”は非常に扱いやすいのでしょうか。まぁ“こういう時”に限らず、動きは表現しやすいでしょうが……。
    金銀ではほとんど関与しなかったので、俺のルギアのイメージはほぼ無でしたが、この話でルギアに対するイメージが出来ました。ルギアは淫乱でw!


    あとがきのジノンの説明ですが、
    “間にンを付け足しました。”とありますが、間に足したのは“ノ”ですよね?

    あと、“当初はカイリューとラプラスを絡ませる案もあったような気がするんだけど自然消滅。”
    と、ありますが、  これは……w
    ――beita 2009-08-30 (日) 09:53:38
  • 1番目の名無しさん>
    分かりました。可能性は限りなく薄いと思われますが。

    beitaさん>
    フローゼルは二足歩行なので、動かしやすかったですねー。
    これからはそのイメージで是非。ルギアは淫乱でもいいと思います、ええ。
    ジノンについては修正しておきました。全く気づかなかったです。
    その当初の予定は時を経て実現しているようで。お察しの通りですw
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2009-09-03 (木) 23:27:36
  • カゲフミ様の作品の中でこの作品が一番好きですw この話の続きが気になります^^; 自分で書いて読みたいぐらいですwリクエストできるならしたいですね  これからもどんどんいい作品を作っていってもらいたいです!
    ――カイ ? 2010-04-15 (木) 23:22:48
  • 随分昔の作品なので、文章表現等など色々拙い分もありますが。そう言っていただけると嬉しいです。
    続きは上でも書いている通り、これと言って予定はないのですよね。
    これからも頑張ります。レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2010-04-16 (金) 21:12:43
  • とても面白かったです。ところでFEのルキノって蒼炎の軌跡のですか?
    ――Squall ? 2010-07-29 (木) 11:27:05
  • 仰る通り、FEから名前を拝借しました。今になって思えば安直でしたね……。
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2010-08-01 (日) 22:33:59
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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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