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長い長い黒獅子の話

/長い長い黒獅子の話

「長い長い黒獅子の話」



人生とは孤独であることだ。
               ―― ヘッセ



西暦1803年、エジプト


アレクサンドリアの町は黄昏時だった。地中海に面したエジプト第二の都市の夕方は意外と快適な時間帯だ。
いや、アレクサンドリアの街自体が快適というべきかもな。一度来てみるといい。
夕陽と群青のグラデーションの空に向かってココヤシは大きな葉を広げ、ナツメヤシからは極彩色の鳥たちが飛び立つ。
扇情的でアロマティックな南国の花の香り。普通ならツンとくる潮の香もここのはどこか穏やかな感触を持つ。
豊かな海の幸求めて地中海に出ていた漁船が港へ戻り、その周りを水兵のトレードマークであるキャモメが取り巻いている。
打ち寄せる(さざなみ)が砂浜に白いラインを描いては消え、遠く潮騒(しおさい)が俺のところまで運ばれてくる。
大概の人間が想像するエジプトとは違うんだ、この場所は。アフリカにおける数少ない楽園の一つと言ってもいい。
紀元前332年、マケドニアの気まぐれな王様が自分の名前を冠した町をここに作ってやろうと決心した時点からこの街の歴史は始まる。
もともとこの地はナイル川の三角州(デルタ)に広がるちょっとしたオアシスだった。アレキサンダー大王も物好きなもんだ、こんなところに大都市を作ってやろうと考えるとは。
でもここが人口100万を数える大都市に成長したことを考えれば、あながち彼の考えは間違いではなかったのかもしれない。
つい二年前まで続いていたナポレオンによるエジプト遠征の打撃をも乗り越え、“地中海の真珠”は力強く再生しつつあった。
この前まで廃墟に等しかったこの街が、ここまで息を吹き返すとは。その町の生命力に嘆息しながら、俺は組んだ前足の上に顎を置いた。

夕暮れのアレクサンドリアの市場は活気と埃に満ちている。
遠くインドから輸入された香辛料、フィアンス製の青い陶器、複雑なアラビア模様の美しいペルシア絨毯。
エジプト南部のヌビアから届いた毛皮があれば、地中海の向こう側のシチリアから来るレモンもある。
次から次へと目新しいものが視界に飛び込んでくるため、本来の目的すら忘れてしまう者もいるくらいだ。
世界各地から集められた物産がにぎやかな競演を繰り広げ、露天商の声があちこちで響く場所だからな、あそこは。
雇われの売り子たちは声を張り上げ、買い手は埃っぽい路地にごった返して品定めの最中だ。
喧噪の渦は収まるところを知らず、寧ろ濃さを増す闇と同様次第に大きくなっていった。
あちらで岩塩の行商人が客と値引談判をしてるかと思えば、こちらではこめかみに青筋立てた果物売りがオレンジをくすねた子供を怒鳴りつけてるといった具合に。
舞い上がる埃、立ち上る熱気。市場全体が一つの熱源となって、そのエネルギーたるや落日を感じさせないほど。
人々はここで自分の欲しいものを探し、そして手に入れることができる。金で手に入るものならそれこそ何でも、だ。
人はこの場所に惹かれる。興味や欲望、その他もろもろの理由から。この地にはそういった人間の正の面も負の面もごちゃまぜになって集まって、一つの都市を形成していた。
それがこの地が「世界の結び目」と呼ばれる所以(ゆえん)だった。

かつてはこの雑踏の中に学者たちの姿もちらほらと見えたんだろう。長い法衣をまとった思想家や天文学者、数学者に始まりファラオに仕える神官まで。
そう、ここアレクサンドリアはヘレニズム学問の中心地でもあった。紀元前300年ごろに設立された世界最大の知の宝庫、アレクサンドリア図書館が存在したからだ。
世界中から収拾された文献を求めて遠くギリシアからも学者たちが集まったらしい。
学堂ムセイオンには議論の聞こえない日は無く、多くの学者にとってはここは聖地(メッカ)だった。
古代ギリシアの学問の神(ミューズ)の加護は、確かにこの場所に存在したとみてよさそうだ。
ここから輩出された著名な学者なら腐るほどいるからな。浮力の法則の発見者アルキメデス、幾何学の祖ユークリッド、地球の大きさを測ったエラトステネス……。
ま、それも過去の話だ。アレクサンドリア図書館はいまや存在しない過去の産物になっている。
なぜか?十字軍がやってきて、正義の名のもとにすべてを焼き尽くしたからだ。人間って賢いように見えて、時に大きな馬鹿をやらかすもんなのな。
ま、馬鹿という点に関しちゃ俺も人のことを言えた義理ではないのだが。


俺はそんな街の様子を少し離れた丘の上から眺めていた。
夕闇の中に沈んでいくアレクサンドリアの街並みを、微風にたてがみをなびかせながら。
俺が黄昏(たそがれ)てるってか?いやいや、とんでもない。黄昏を迎えつつあるのは俺の体の方だ。
光沢のあった漆黒の(たてがみ)には白いものがだいぶ混じり、毛先も相当擦り切れている。
万物を透視できた目はかすんで使い物にならないし、起電力はもはや最盛時の半分程度。
ろくに水浴びもしないうちにごわごわになった青い体毛からは壮年期の雄特有のすえた匂いが立ち上り。見ろよ。尻尾の星型の部分なんてぼさぼさのモップみたいだぜ。
うむ、我ながらひどい形容の仕方だ。だがそれが事実なんだから仕方がない。
とにかく全身薄汚く、その辺の雑巾の方がまだ男前に見える……少なくともあいつらは何かの役にはたつしな。
床を拭いたり泥を拭ったり器用なもんだ。その気になれば磨くことだってできる。そんな立派な芸当俺にはできないね。俺のはいずりまわった後はむしろ汚くなる。
地平線にその姿を今にも隠そうとする夕陽が、すれっからしの黒獅子を照らす。
もう一度聞こう。これの“どこ”が黄昏てるんだ?かっこいい要素がどの辺にあるんだ?
……いやに歳食ったもんだぜ、まったく。

この辺で自己紹介と老いぼれのたわごとを聞いてもらおうか。
俺の名はレオ。言わずもがな、ラテン語で“ライオン”って意味だ。ありきたりにもほどがある。
ご察しの通りレントラー種の(おす)で、晩年に差し掛かった冴えないおっさん。
アレクサンドリア界隈をうろつく、最底辺の立場のポケモンだ。言ってしまえば野良、社会の汚点さ。浮浪者とも言ったりする。
今の俺の生きざまを教えてやろうか?
その日の食事を探すために街に出て残飯とゴミをあさり、町はずれの路上に寝転がって惰眠をむさぼる。
通行人からは邪魔だとばかりに足蹴にされ、子どもたちにはいたずらに石を投げられる。その日が終わればすべておしまい、明日なんて言葉は吟味しようとも思わない。
……退廃的な生活ってのはこう言うのを指すらしい。
いいんだ、俺はこれで。残りわずかな余生だ、あくせくするなんてわずらわしくて。未来とか希望とかいう安直な言葉は大嫌いだ。
そんな言葉は政治家とか小説家とか、現実を知らない奴の戯言としてとっておけ。裏切られるのが目に見えていることにどうして期待をかけなきゃならない?
そんなつかみどころのないものを追うくらいなら、一日中寝てた方がましってもんだろ?
悪いな、こんなにみすぼらしくて情けない主人公で。
ここまで恰好悪い主人公ってのもそうはなかなかいないもんだ。だがな、これが俺っていうイキモノなんだ。悪いがそこは割り切ってもらおう。
エジプトと聞いて勇壮な雰囲気や情熱を想像した奴がいるなら、それはとんだ思い違い。フン、残念だったな。


ただ勘違いするなよ。若いころはこんなんじゃなかった。これでも昔は雄々しいポケモンの一匹だったんだぞ、俺は。
南部の広大なサバンナを駆ける、エジプト南部の猛者(もさ)として鳴らしたもんだ。アフリカの熱い風にたなびく(たてがみ)、乾いた大地を力強く踏みしめる四肢。
放つ電撃は今よりはるかに強く、呼び寄せる稲妻は大空を引き裂いた。一声吠えればたちどころにみんなが震えあがる、平原の主にして百獣の王。それがこの俺だった。
人間たちはそんな俺のことを指してこう呼んだ。“ヌビアの黒ライオン”と。
それが俺の称号であり、誇りだった。いかにもサバンナの王にふさわしい名前じゃないか?
あの頃の俺には得意の絶頂という言葉がよく似合う。命令すれば何でもこなす子分もたくさんいたし、欲しいままに食事を食らうこともできた。
死肉をあさるグラエナの雑魚どもを蹴散らし、自分達の縄張りをひたすら拡大する。エジプト屈指のレントラー族の群れ(プライド)のリーダーとして、俺は君臨していたわけだ。
そんな俺のことだ、相当モテたに決まってるだろ?
俺の強さに惹かれて寄ってくる(おんな)には事欠かなかったし、毎晩かわいい()の間を渡り歩くのも思うがまま。
他の(おとこ)共の羨望と嫉妬の眼差しを一身に浴びて、悠々自適に俺は生きていた。

それも、俺より若い(おす)レントラーが俺を負かして、群れの新しいリーダーとなるまでの間だったけどな。

俺がボスの座からすべり落ちるや否や、俺の周りにはだーれもいなくなった。文字通り、手のひらを返したように。だーれも。
今まですり寄ってきた(おんな)や、おこぼれにあずかっていた連中はみんな俺を置いていなくなった。
俺の権威は群れ(プライド)のどん底まで引き下げられた。レントラー族のランク最下層、群れ(プライド)における下働きの地位までだ。
さっきまで鼻で笑ってきた奴に鼻で笑われ、見下してきた者に見下される屈辱感といったらもう、言葉にするのも難しい。
そしてついにある日、俺は群れ(プライド)を追われた。満場一致で可決された、永久追放の通告だった。

……どうして俺がこういう扱いを受けたかわかるか?
ついさっきまで群れ(プライド)の英雄だった(おとこ)が、こういう仕打ちを受ける理由が?
答えは簡単、あの頃の俺にはそもそも人望というものがまるでなかった。言ってみれば力でしか人々の尊敬を得られない、そういうイキモノだったんだ、俺は。
自分の強さをひけらかし、おごり高ぶって周囲を見下し、悦に入った権力者よろしく好き放題やる。他人(ひと)のものは俺のもの、俺のものは俺のものと言わんばかりの独占欲。
力にものを言わせた傍若無人の振る舞い、恐ろしいとすら言えるほどの器の小ささ。
うーん、後になって考えてみれば我ながらなんとも嫌な野郎だ。
それでも群れ(プライド)のボスでいられたうちはまだよかった。そんなわがままな俺でもみんなの羨望の的でいられたからな。
しかしもうその座にいない以上、みんなが俺についてくる理由はなかった。そりゃ賢い選択ってやつだ、自分で言うのも変な話だが。
一年二カ月。歴代最短期間のリーダーだったであろうことは想像に難くない。

馬鹿だろ、俺って。もっと周囲に気を使い、手本として生きるべき時間に何をやってんのかと。
皆の頭として、群れ(プライド)の統治者として、あるべき生き様を見せなきゃならない時を俺は無為に過ごした。
溺れてたんだろう、自分にな。当然の報いだ、あの頃の自分に同情する気も湧かない。
最悪なのは、自分の慢心に気づくだけの見識を持ち合わせていなかったことだ。筋金入りのナルシストだったリーダー時代はもちろん、その座を失った当初もそう。
嫌われる理由も、辱めを受けなくちゃいけない根拠も分からずに周囲にあたり散らして、さらなる迷惑をかけた。
一人で猛り、狂い、吠えに吠えて悔しさと苛立ちに身を焦がす俺。俺が厄介者として群れ(プライド)から追放されるのに、そう時間はかからなかった。
一匹(ひとり)になってみてやっと気づいたさ。自らの愚かさ加減に、な。
誰もいない大草原に取り残されて、自分と正面から向き合うとは何と淋しいことか。
自分への憤りが鋭い爪となって、俺の心を深くえぐった。遅すぎた後悔が牙となって、俺の精神に食らいついた。
俺がいかに蔑まれるべき存在だったか。俺の欠点はなんだったのか。自分で調合した薬の苦みを自分でかきたてるほど苦々しい事は無い。
しかしそうやって自分を自省的に見つめることは、俺にとって何より必要な時間であり作業だと信じていた。
過去の苦すぎる過ちを噛み締めながら、俺は一匹(ひとり)で生活を始めた。
次々と立ちふさがる困難を乗り越えて、生き延びるためなら苦い雑草をかじってまで。見下げ果ててきた連中に交じって泥水を飲み、命をつなぐことだけに必死になって。
そうして三年もの間荒野を独力で生き延び、更生の日々が終わりを迎えたと自信を持った俺は再び群れ(プライド)を訪ねた。
そうさ、もう一度仲間として群れのみんなに受け入れてもらいたい一心で。

だけどその考えは甘かったんだな、これが。そう、俺は拒まれたんだ。レントラー族の掟の内に、最早俺の入る余地はなかった。
あいつらは言った。過ちは消えないと。贖罪などいらないと。あいつらが必要としたのは、ただ俺が存在しないことだった。
一匹(ひとり)が言った。

俺には仲間などいらないだろうと。一匹(ひとり)で生き延びる力があるのだからと。

そう言われた時、俺の中で何かが吹っ切れたね。“まったくもって”そいつの言った通りだ。
自省だの後悔だの懺悔だの、そんなものはもう馬鹿馬鹿しい。怒りも悔しさも、そんなものを超越した観念が俺を捉えた。
そうだ、俺は所詮一匹(ひとり)なんだ。いや、俺だけじゃない。みんなこの世に生を受けたものは誰しも孤独なんだ。
それでもみんな自分を騙し騙し生きている。あたかも自分は集団の一員でいると。
みんな弱いから直視できない。自分が一匹(ひとり)であるという事実の一線を飛び越えられない。


……俺はその一線を、強くもないのに飛び越えてしまった……。


光の街があるなどということは嘘だ。世界が一つのかがり火になるなどということはない。すべての人が自分の火を持ってるだけ、 孤独な自分の火を持っているにすぎない。
俺は大部分の時を孤独で過ごすのが健全なことであるということを知っている。最も親しい友とでも一緒にいるとやがて退屈になり散漫になる。
俺は独りでいることを愛する。俺は孤独ほど付き合いのよい仲間を持ったことがない。
かの有名なアリストテレスはこう言ったらしい。「孤独を愛する者は野獣か、しからずんば神なり」と。野獣か神か、そんなことは俺にはどうだっていい。判断したい奴はするがいい。
おい、そこで俺のことを野獣に分類したやつ。話があるからちょっと来い……まったくもって正解だ。
大切なのは俺がこの世界において“絶対的に”一匹(ひとり)だという、確固たる事実。
天地がひっくり返ろうと、海が割れようと、全てのイキモノは個であることはどうしようもないんだな。

過去の栄光にしがみつきもしないで、ただひたすら時間が過ぎるのを待つ存在にはこの世の生はちと退屈すぎる。
一人孤独に死を待って、誰にも看取られることなく静かにこの世を去る。それが俺の望む唯一のことだ。それもできれば早いうちがいい。
すべての生き物は死ぬために生きている。それも、たった一匹(ひとり)で。
虚無主義(ニヒリズム)と呼んだっていい、そんな価値観が俺の中にしっかり根を張っている。
この世への未練も何も、そんなものはずっと昔になくしてしまった。
是非とも笑ってくれ、この俺の惨めな姿を。孤独を嘗めつくしているうちに、生きる目的も希望もなくしちまったこの黒獅子を。
負け組だろうと負け犬だろうとなんとでも呼ぶがいいさ。言葉なんてものは砂漠の砂、何の意味も持たない。
仲間なんてまやかしもいらない。俺には孤独という名の真理があるから。これが俺なりの哲学、人生の指針にして最終到着地点だ。
やる気がないって?主人公失格だって?そんなこと言う奴は少し考えてみるといい。日ごろ自分がいかに考え無しで生きてるかってことを、な。


と、いうわけでだ。
サバンナを離れてアレクサンドリアに住みついてから相当な時間がたつ。かれこれ二十年ぐらいか?もう自分の歳さえ定かではない俺には実際よくわからないが。
なんでこんな人間どもの蔓延るところに来たのかって?
そりゃ野良として暮らすにはこれほど都合のいい街はないし、ここなら群れの連中に会って嫌な思いをすることもない。
最初の数年は人間を眺めてるだけでもなかなか面白かったしな。暇を持て余すとイキモノってのは余計な事を始めるらしい。
俺の場合それは知識のひたすらな吸収にあった。あー、つまりあれだ、覚えられること、興味あることを片っ端から詰め込んだってわけだ。
だから冒頭で言ったようにアレクサンドリアの街の歴史も知ってるし、人間達の風習や雑学、果ては遠い昔のエジプト文明までおおまかには知っている。
まぁあれだ、役に立たないのは承知の上での、俺なりの知的な暇つぶしってやつだな。
で、のんびりしているうちに気がついたら世間で言う壮年とか晩年だったという、何とも笑えない話だ。
さっきも言ったが、俺に残された時間は少ない。だからと言ってやることもない。だからこうしてグダグダすごしながら、自分の死を待つ身になったのさ。
なかなかいいぜ、一人ってのは。悠々自適に誰にも邪魔されず、のんびりと死を見据えてテキトーに生きる。
これぞ正しい人生の黄昏だ。自己満足と言われようが構わない。だって俺がこれで気が済んでるんだ、これ以上何を求める必要がある?
俺は疲れちまったんだよ、いろいろとな。最期ぐらい好きなように過ごすのが俺の勝ち得る最低限の権利だと思わないか?

フム、ちょっと話が脱線してしまったようだ。とはいってももう語るべきこともあまりないような気がするが。
まあ構わん、ここではっきり言っておこう。俺は読者諸兄に忠告しなくちゃならない。
さっきまでの俺の話は、長い長い話のほんのプロローグの部分だけだ。
賢明なる読者ならここでさっさと見切りをつけて、もっとまともでためになる建設的な事をすべきだ。
つまり百科事典を最初から最後まで暗記するとか、トランプを十組ぐらい使って壮大なタワーを作って遊ぶとか。
海岸の砂を全てふるいにかけるとか、森の木の葉を数えるなんてのも大自然の情緒を感じられてなかなかいいかもしれない。
この長ったらしく緩慢極まりない話を読むことは時間の浪費であり、体力の無駄でしかない。だからこの先に進めるのはよほどの暇人か、鬱屈した精神の持ち主に限られる。
続けていいのか?後悔しても俺は一切の責任を取らないぞ。この先を読むかどうかの判断は読者諸兄、あんた方に任せた。俺は勧めないがな。

さて、では俺の瞼が薄闇の中で閉じられ、長い眠りについたところで話の方もひとまずの幕引きとしよう。
町はずれの路傍に黒い体を横たえ、四肢を投げだして眠る一匹レントラーの安眠妨害はやめてくれよ。
この物語を読み続けるかどうかの判断の結果は俺がまた起きた時に教えてくれ。それではこれでしばしのサヨナラだ。また逢わないことを祈ろう。

Zzz……。




人はだれしも、 自分自身の生涯を一人で生き、 自分自身の死を一人で死ぬものだ。
                                        ―― ヤコブセン




……朝が来た。

水平線から顔をのぞかせた太陽が平野を突っ切り、風雨に痛んだレントラーの体を照らす。眩しい。俺は瞼の下で赤い光を感じ取った。
地球と太陽、気が遠くなるような距離を経て来たにもかかわらず、その明るさは瞼越しにでも俺の網膜にしっかり焼きつくほど。
巨大なエネルギーはこうして俺に届けられた。地球におけるすべての生命活動の基礎となる、恵みの光。だけどそれは俺の飛びきりの不快をもって迎えられる。
不機嫌でひねくれ者の俺にしたら、それは呪うべき光でしかない。朝は嫌いだね、昔からめっぽう弱いし。早起きなんてもってのほかだ。
「……ったく……」
鬱々とした俺の精神は朝の到来を拒む。もう少しだけでも寝させて欲しい。朝が鬱陶しくてたまらない俺は低い声で毒づいた。
とは言ったものの、世界の誰もが止められない事象に抗おうとしても無駄、地球が回り続け、太陽が存在する限り必ず朝はやってくる。
そう、十分わかってるのさ。くそ、もう起きなくては。俺の抵抗もここまで、所詮勝ち目のない勝負なのは承知の上だ。そろそろ投降するとしよう。
朝の静寂と冷え込んだ大気とが身に染みて、俺の意識に冷水を浴びせる。いやはや、まだ朝の水浴びすら終わってないというのに、我ながら何たる言い回しだ。
アフリカが四六時中暑いと思ったら大間違い。朝晩はきっちり冷え込むし、うっかりすると風邪をひいてもおかしくない。
数分間もぞもぞやった後、俺はしぶしぶ上体を起こした。またしても憂鬱な一日の始まり。澄んだ空気の中で白んで行く空も、俺の心を明るくするには不十分だった。
俺の一日の序章(プロローグ)は俺一人の独白(モノローグ)から始まる。
俺が朝早く起きなくちゃいけないのにはれっきとした理由がある。朝の水浴びだ。
いや、別に昼間に浴びようが夕方に浴びようが大した違いはない。寧ろ気温の高い時刻にやった方が濡れた毛が乾くのが早くて好ましいぐらいだ。
だがな、ここは人間の多いアレクサンドリアだ。野良であるからには人目など憚る必要がないはずなのだが、俺は周りが騒がしいのが嫌いでね。
こればかりは一人静かな場所でゆっくりやりたいのさ。ま、俺に残されたプライドの小さな欠片なのかもしれないな。
でも俺にだってそのぐらいの自由は許されるはずだ。

徐々に明るさを増していく空の下、朝靄の立ち上るナイルの浅瀬へとゆっくりと歩を進める。
濡れた岸辺の砂の上には俺の足跡が点々と続き、俺の孤高を際立たせる。悪くない。全然悪くないぞ。こういう風にぽつんと世界に一人だけみたいな感覚、俺は嫌いじゃない。
そして水面に映る自分の姿を見て、俺はもう一度心の中でニヤリと笑う。ハハ、なんて恰好だ。こりゃ案外近いうちにあっさり死ねるかもしれないな。見た目だけなら。
あばらの浮き上がった胸部、バサバサに痛んだ毛並み。泥はねの茶色の斑が俺の体に散っている。
昔は念入りに手入れしていた鬣も、あっちこっちに乱れてはあさっての方向にむかって逆立って。
水面で揺らぐ自分の姿を見て、自分の実体までもこんな風に揺らいでは消えるような存在なのではないかという思いが俺の頭をよぎっていった。
水に映る自分、その下は水しかない。小さな波が来ればざわつくし、強めの波が来たら跡形もなく消え去ってしまう。
俺自身もそうなんじゃないか?いや、実際そうあることを望んでいるはずだ。だとしたら心が妙に波だったのは気のせいか。俺にはやり残した事などないはずなのだから。
頭を勢いよく左右に振って煩雑な思いを振り払うと、俺は水面で揺らぐ自分の姿に思い切り飛び込み、千々の破片にばらしてやった。
水はそれほど冷たくなかった。ぬるく、弱く濁った水はあまりきれいとはいえないかもしれない。でも、もとから埃っぽい俺にはこのぐらいでちょうどいいのかもしれないな。
それに俺にしたらあんまり冷たくても困る。「年寄りの冷や水」でショック死すれば後世の笑い物になれるかもしれないが、こっちとしては洒落にもならない。
俺がいくら死を待つ身だとしても、いくらなんでもそんな死に方は嫌だ。あまり贅沢な事は言えないが、出来れば安らかに死にたいね。
そんなくだらない事を思い浮かべて一人苦笑しながら、俺は全身に染みついた街の汚れを落としにかかった。俺がこうして水浴び出来るのも、母なるナイルの賜物だ。

「エジプトはナイルの賜物」というのは、かの有名な古代ギリシャの歴史家ヘロドトスの言葉。この有名な言葉、もちろん知ってるよな?ヘロドトスもわかるな?
もし「そんな言葉聞いたこともない」とか「そもそも歴史なんて興味がない」って奴がいたら、ちょっとは学をつけた方がいいぜ。これは大体のまっとうな奴なら誰でも知ってる。
エジプトが古来から繁栄してきたのはナイル川の定期的な氾濫があるからだ。上流域から栄養分豊富な土壌が下流の平野に運ばれて来るからこそ、豊かな農業体系が出来上がる。
安定した暮らしのあるところに文明が生まれ、氾濫の時期を知るためにそこからさらに占星術やら暦の設定が生まれる。学問の起こり、だな。
歴史を学んでみればすぐにわかるはずだ。大体まともな古代文明のあるところには肥沃な土壌をもたらす大河が存在する。
まったく、最近のガキどもはこんなことも知らないのか?頼むからこの程度の一般常識くらいは知っててくれよ、いちいち説明するのも楽じゃねぇんだ。
それにしても世界一長い大河を横に暮らすってのは、ちょっとした視野というか世界観の広がりになる。俺も初めて見たときはたまげたもんだぜ。
なんてったって対岸がほとんど見えない……てのはなかなか想像つかないだろ?アレクサンドリアのあたりまで来ればもうほとんど河口みたいなもんだから、川幅だって相当広い。
この巨大な河が時に人々に恵みをもたらし、時に人々に牙を剥く。自然ってのは母のように優しく、父の様に厳しい。



水浴びをあらかた終えて、岸の方へと戻る途中、今日の昼飯をどうしようか思案中の俺がいる。
また街に出て人間どもの市場からいくらかくすねてこようか。それとも行商が通りかかるのを待って投げてくれる食べ物を物乞いよろしく待つか。
はたまたゴミ箱に頭を突っ込んで昨日の残飯を漁るか……これはやめにしよう。今しがた体を洗ったばかりだ。
と、まぁそんなことをいつものように考えながら岸辺に近づく。足でジャブジャブと水をかき分けながら、いつものようにゆっくりと。

その時、俺は自分が決して一人でこの川岸にいるわけではない事に気付いた。河岸の木陰で、何か動くものがいる。
人間にしては背が低過ぎる。いや、俺とあまり背恰好が変わらないあたりからすると犬か?ネコか?それともポケモンか?
さて、ここでまともなレントラーなら必ずすることがある。対象が一般的な視覚で見えにくい場合、俺達は目の深視度を上げて透視する訳だ。
この透視の仕組みなんだが……可視光での認識が困難な対象を赤外線及び体内発電器官で生じる特殊波長の電波によって複合的に云々……まぁお前らには分らんだろう。
専門的な話は後でするとして、この俺だって一端のレントラーだから透視の一つや二つ……いや、一端のレントラー“だった”というのが正しい。
そう、冒頭でも言ったが、残念ながら俺の目は大分霞んじまってる。透視できるものと言ったら……あー……ガラスとかだな、うん。
まぁともかくだ。岸辺に誰かがいるのはわかった、それが大事。
若干の警戒はしつつも、俺は岸への歩みを止めなかった。こっちが怖がってると思われないためだ。
「おい、誰かいるのか?」
木立のざわつきが一瞬ぴたりと止んで、次いでそこに潜んでいた誰かがのっそりとその姿を現した。
薄汚い灰色と黒の体、死肉の匂いを嗅ぎつけるや否やすぐに集まってくるサバンナの掃除屋。死期の迫る獲物に対して、ハゲワシの如く付きまとう猛犬。
茂みから出てきたのが一匹のグラエナだとわかるや否や、俺は緊張で身を固くした。こいつぁ……願い下げだ。

「何か用か」
先に口を開いたのは俺だった。もちろん、俺にはこのいけすかないポケモンが何をしに来たか大体の想像がついている。
グラエナが他の生き物の周りをうろつくことが意味するのは、大抵そいつの死が近いときだけだ。
あいつらはこうやって獲物が弱るのを待って、自分達の方が上と見るや否や一気に攻勢にかかる。
つまり、俺はこのままだと目の前のグラエナの朝飯かなにかになるらしい。もちろん、そう簡単に飯にされる気はないのだが。
死期が近づいてると知らせてくれるのは結構だが、こいつに八つ裂きにされて死ぬのは嫌だ。何度も言ってるが、俺はそんな壮絶な死に方なんてしたくない。
身の内に長らく眠っていた特性が目を覚ますまで少し時間がかかったが、俺は鬣を逆立てて“いかく”しようとした。
いくらなんでも一時期はサバンナの王者だった俺だ。なに、グラエナ一匹追い払うのに威嚇ぐらいあれば十分……だと思う。きっとそうであると信じたい。
そこまで考えて、ふと自分が水浴び中で鬣がぺしゃんこで、逆立つどころかひょっとしたら大きめの猫ぐらいにしか見えない事に気がついた。
「俺と一戦交える気か?老いたりといえども俺はレオ、ヌビアの黒ライオンだぞ」
自分で言うのもあれだが、これは威嚇というより虚勢じゃないか。虚仮脅しと呼んだっていい。
濡れぼそったおっさんがこんなこと言っても大した効果はない。水も滴るいい男……というのはもっと若い奴に、別な意味で使う表現だ。
グラエナは返事もせずにこっちをじっと睨んだまま、彫像のように静止している。やはり効果なしか。もとから大した期待はしていなかったが。
「老いぼれなんか食っても旨くないぞ」
もう一度喉の奥で低く唸る。これじゃ自虐もいいところ、というのは置いといて、だ。
グラエナは俺の言葉など聞かなかったのように超然とした態度をとっていたが、しばらくするとこっちに向かって真っすぐ歩きだした。
まったく、やめてくれってのに。飛び掛かるでもなく、威嚇するでもなくこっちにただただ近づいて来られるほど嫌な事はない。
むこうが大きな行動をとればこっちも逃げ出すなり反撃するなりで動けるのに、赤い目で睨みつけられたままではこっちも動くに動けないからだ。
俺から一度も視線を外さず、グラエナがこっちに向かって来る。岸辺の砂の上に俺と同じような足跡を刻みながら。
一歩。また一歩。どんどん二匹の距離がつまっていく。もうあと5メートル。互いにひとっ飛びで飛びかかれる距離にまで近づいた。さて、どちらが先に動くか。
しかし灰色の死刑執行人はそこでまた歩みをとめた。紅い燃えるような眼でこっちを正視しながら、ぴたりとその挙動を止める。
どちらも動かない、沈黙の中で対峙するレントラーとグラエナ二匹。もし近くを誰かが通り過ぎてたら、俺達のあたりだけ時間が止まっている様に見えた事だろう。
そして……俺は思わず息を飲んで、慌てて後ろに跳び退った。ザッという音を立てて濡れた砂が飛ぶ。驚きと恐怖に打たれて、俺の瞳は大きく見開かれた。

何が俺を驚かせたかって?経験豊富な俺を何が瞠目させたかって?
ああ、ここは素直に白状しよう。俺はそいつから得体のしれない気味の悪さ、恐怖を感じたんだ。
ここで勘違いして欲しくないのは、俺が決して“普通の”グラエナ一匹ごときにビビるような奴じゃないってことだ。少なくともおびえて尻尾を巻くなど、今までの俺にはあり得ない。
俺が瀕死でもない限り、“普通の”グラエナなんぞ敵ではないし、さっきはあんな風に言っても実際取っ組み合いになったら勝てるだろうとふんでかかってた。
問題はそいつが“普通の”グラエナじゃなかったってことだ。じゃあ具体的にどう普通じゃないのかと問われると、それがまた答えるのが難しい。
直感的な恐怖、とでもいうのだろうか。生物としての第六感として「こいつに近づくな!」っていう警鐘を鳴らされている、というような。
わからないって?仕方ない、俺の拙い語彙を駆使して説明してやろう。文句は言うなよ、俺だって精一杯説明してやろうとしてるんだから。
単刀直入に言うと、そいつからはイキモノの匂いがしなかった。目と鼻の先にいるというのに、グラエナの見た目をしているのに、イキモノの匂いが全くしなかった。

生命として生まれた以上、その種特有の匂いというものが必ず存在する。
例えば俺はレントラーの匂いがするし(酷い加齢臭は差し引いても、だ)、グラエナにはグラエナの匂いってもんが必ずある。
そこにまた個人の匂いがあって、鼻の利く種になると仲間内では匂いだけで誰が誰だか判別できるぐらいだ。
だけど俺の出会ったそいつからは、グラエナの匂いどころかイキモノの匂いがしなかった。
獣的な匂いどころか、今まで俺の出会ってきた他のどんなイキモノの匂いもしなかったってことだ。
敢えて言おうとするならば乾いた土の匂いだろうか。古い書物や巻物のような、カサついたカビ臭さというのも近いかもしれない。
大抵の命が体内に抱えているような水分的なものを感じない、墓場に漂うような不快な乾燥した匂いだった。
いや、単に俺の鼻が歳のせいで利かなくなっているという可能性があるのは否定しない。水に濡れて幾分嗅覚も鈍っていた、というのもあるかもしれない。
ただ、直感的に不気味な奴だったし、直感というのは大抵事実とそう違わない事が多い。



不審の色合いを濃くする俺を、グラエナの野郎は黙って眺めていたが、ふとおもむろに口を開いた。
「一か月と三週間と五日」
思いのほか低く、しゃがれた感じのする声だ。そして全く意味がわからない。
「は?何言ってんだ、お前?」
俺は思わず警戒も忘れて、怪訝な顔をして聞き直した。何を言い出すかと思えば、一か月と三週間と五日だと?訳がわからん。
グラエナは相変わらず紅い瞳でこちらを睨みつけながら、二つ目の言葉を口にした。

「お前に残された時間だ。あと二カ月弱で、お前は死ぬ」

?……理解できないのは俺の落ち度か?こいつの言ってることが俺にはさっぱり分からないんだが。
いや、文言は理解できる。主語も述語も揃ってるし、言語としては間違っちゃいないからだ。
だけど何でそんな突飛な事をいきなり俺に言う必要があるんだ?脈絡がないと言われてもいいところだぞ?
それに、あと残り二カ月とか冗談にも程がある。別に死ぬことに一切の躊躇はないが、一方的にとんでもなく短い余命を一方的に宣告されてもな。
俺としてはあと一、二年かけてゆっくり命をすり減らして、そのまま安穏の内に最後の寿命を使い果たすつもりだったんだが。
あ、それともこいつが俺を襲うのが二カ月先だって言ってんのだろうか?そんなこと言って一体どうなる?
見ろよ、この疑問符の量。数えてみたら一、二、三……このあたりだけで五つもある。ま、無理もないさ。誰だって通りすがりの奴に余命を宣告されちゃ困惑するだろ。
最近の若い奴の行動は理解に苦しむ。いや、グラエナが実際には何歳なのかは分からないが、俺のように年寄りというわけでもなさそうだ。
近頃はこんな失礼な占いごっこが流行ってるのか?それともこれはこいつなりの狩りの流儀なのか?
こいつの態度、言葉、匂い、存在全てが俺は気に食わない。俺の寿命がどうこうぬかす以前に、疲れた老人を放っておくことぐらい出来ないのか。
突きつけられた言葉に俺はしばし首をかしげた後、胸中穏やかならざる自分を隠しながらまた唸った。
「そりゃ丁度いい。前々からずっと死にたいと思ってたんだ」
これは半分本当で、半分嘘だ。別に死自体なら諸手を挙げて迎えてやる。ただし、こいつに引き裂かれて死ぬのは嫌だ。
「俺は別に生に固執なんかしてねえんだ。寧ろ死ぬことへの執着の方が強いかもな」
ここまで言って鼻を鳴らし、さらにグイと首を伸ばして見下ろしてやる。
「若造には理解できないかもしれないが、な」
グラエナの方は俺の返事を待つまでもなかったようだ。俺を睨む目つきが一層鋭くなり、前足に力が入って砂時に爪跡が刻まれる。
「老いぼれがそこまで死を急ぐか。お前が命を軽んじる愚か者なら、お前の生は今で終わりだ」
次の瞬間、黒とグレーの体はぐっと体勢を低くすると、俺に向かって勢いよく跳躍してきた。やっぱりな、なんだかんだ言って所詮俺を狙ってただけじゃないか。
鋭い犬歯が剥き出しになって、俺の喉笛目掛けて一直線の軌跡を描いた。


だーがね。俺はそれより一足早く飛び出していた。そう簡単に殺されちゃたまらんよ、少なくともこんな形じゃな。
なんてったってさっきからいつ襲われるかとヒヤヒヤしてたからな、何時でも動けるように身構えておいたのさ。
飛び掛かってきたグラエナの横をすり抜け、一目散に岸に上がって駆け出す。一旦登り切ったところで振り返れば、グラエナはさっきまで俺のいた場所に立っているだけだった。
フム、どうやらあまり深追いする気はないらしい。とりあえず襲撃から逃れた俺は、逃げおおせただけだというのに何故か勝ち誇ったような気分になった。
確かに歳は食ったが、まだそれほど体が動かなくなってわけでもないらしい。まぁ体が動かなくなったらそれこそ本当に俺はお終いなんだが。
妙なうれしさに、俺は若き日の勝ち名乗りを思い出した。場違いではあるが、衝動的に言ってみたくなったのさ。
「俺を誰だと思っている?ヌビアの黒獅子、オンボスの守護者だ。覚えておけ」
念のため言っとくが、その場の雰囲気に合わせてこんな言い方をしたが実際はそこまでうぬぼれちゃあいないぞ。ただあのグラエナを威圧して、遠ざけておきたいだけだ。
「犬は腐肉でも漁っていやがれ」
実はこの台詞、非常な失礼にあたる。人間でも犬ってのは失礼な意味で使われるだろ?ポケモンの間でもそうだ、特に犬型の奴に対して使うのは、特に。
捨て台詞だけじゃ恰好がつかないから、一応雷でも落としてやろう。雷を背景に吠える。なかなかカッコいい構図の出来上がりじゃないか。
何故自分の背後かと言うと、奴に当てる自信が無いというのが本当のところだ。自分の近くならまだコントロールが効きやすい。
出来ることならあいつを感電させてやりたいんだが、贅沢は言うまい。じゃあ行くぞ、せーの!

パチパチパチッ、パチンッ!

何が起こったか、俺の後ろで小さな火花がはじけた。一瞬出す技を間違えたのかと思ったが、小さく描かれた電弧は確かにミニチュアの雷だった。
天に向かってあげたはずの咆哮も、途中で1オクターブ跳ねあがり、最後には疑問符までついて自信無さげに消えていく……お粗末様でした。
まさか、ここまで力が衰えているとは。あまりにも恰好悪すぎる演出に、俺はそそくさと退散した。くそ、金輪際人前で雷なんて見せるものか。
グラエナ一匹に脅されるなんて、俺も随分となめられたもんだぜ。全盛期の俺なら奴を黒焦げのぼろ雑巾にしてやったのに、今じゃそうはいかないのが残念だ。





例の一件から大体二週間が経った。状況は悪くなる一方だ。何が最悪かって?
一、例のグラエナが俺のことを明らかに嗅ぎまわしている。俺の行く先々であいつが姿を現し、俺は奴に見つからないように隠れたり引っ込んだりしなくちゃならなかった。
二、雨季がひと月後にはやってくる。川岸にある俺の隠れ家も、この先一時的に水没する。つまり、あのグラエナから隠れられる安全な場所がなくなる。
三、自分の力を改めて確認したところ、俺は相当衰えてる。特に特殊技が酷い。要するに歳だ、自己防衛出来なければ食われるのも時間の問題。
四、死が身近になりつつある、という実感が迫ってきた。奴の余命宣言みたいな戯言はともかく、グラエナに周囲をうろつかれるほど死を意識するものはない。
これだけあれば十分ってもんだろ。特に四つ目。自分で認めるのは嫌だが、こういう形で死に迫られるのは非常に気分が悪い。
死のイメージが具現化するってのは、俺が思った以上に堪えるものらしい。死の覚悟が出来ていたはずのこの俺でさえ、な。

世の中でよく言われるのが、“死”というものは概して唐突に訪れる、ということだ。
ある日突然日常が非日常になり、まごついたり恐怖しているうちに死んでいく、ってな。
でもそれは俺からすればおかしな話だ。死の兆候は日常の至る場所に潜んでいる。あとはそれに気づくか気づかないか。
大体の奴らはその点に関しちゃ相当鈍い神経を持っているらしい。再生を願う?神の裁きを受ける?
馬鹿馬鹿しいにも程がある。死んだら終わり、どう足掻いても死の指先からは逃げられない。
その先にあるのは無だ。俺が時々思うのは、人が本当に怖いのは“死”じゃなくてその先に待つ“無”なんじゃないかってことだな。
自分の存在があっけなく地球から消えて、何も残せないまま生涯を閉じる。そのことに恐ろしく抵抗を感じるんだろう。
別に俺自身は無になることに抵抗はない。むしろ未練なくきっぱりこの世とは決別したいくらいだ。
問題は“痛み”だが、俺としちゃ安らかに死にたい。少なくとも、あの死神犬に食われて死ぬのはいただけないな。

そこで、だ。
俺が自分自身と見つめ合いながら、安らかに死ねる場所は一体どこだ、という話になる。
俺が長年暮らしてきたアレクサンドリアの街はもう俺に平穏を与えてくれない。とするとどこだ?
南部に広がる平原に根を張る、レントラー族の群れ(プライド)にはもう俺の入る場所はない。という以前に、俺自身があんな場所へ行くのは二度と御免だ。
かといって俺が今まで行ったことがある場所と言えば、その群れ(プライド)からここへ来るまでに通過してきた場所位しかない。
エジプトの首都カイロ。ダメ、あそこは色々と騒がしすぎる。落ち着いてなんて居られないに決まっている。
ピラミッドを望む街、ギザ。フン、スフィンクスよろしく観光客と写真撮れってか。俺だってそこまで落ちぶれちゃいない。よって却下。
古代エジプトの遺跡群に近い都市、アスワン。うーむ、群れ(プライド)の縄張りと近すぎるな、俺が抜けたときと縄張りの版図が変わって無ければ。
こうなったらエジプトはやめだ。ここは高跳びよろしく、国外脱出と洒落こもう。まぁ別に俺は何も悪いことはしてないんだが。
エジプトから一歩南に下がって、スーダン。俺の名前の由来になった、ヌビア砂漠があるのもこの場所だ。ヌビア。悪くないぞ。
生まれた土地に帰るってのもいいかもしれん……いや、とてつもなくナイスアイデアじゃないか?
故郷に帰って骨をうずめるなんて、なかなか贅沢な話だ。それにあの場所なら縄張りの外だから群れ(プライド)の面々と顔を合わせる可能性が少ない。
頑張って歩けば一か月位で行けるはずだ。そう、例のグラエナのインチキ話を本気で信じたとしても十分間に合う。

もっとも、途中で生き倒れになる可能性を考えなかった訳じゃない。
でも俺だってもうそんなに長くない。故郷に帰ってゆっくり骨休めをして、そのままそこでのんびり暮らしながら生涯の幕が閉じるのを待つ。
もしそれが無理で途中で力尽きても、それもまた一興。この旅がどうなるにせよ、後悔しないように試してみるだけさ。
死に場所を探す旅。響きとしてはなかなか素敵じゃないか。俺の体が故郷に向かうと同時に、俺の生も終焉(フィナーレ)に向かう。詩的だねぇ。
幸いなことに体力だってまだそれぐらいの旅をこなす位は優に残っているし、気力だって奮い起せばどうにかなるさ。
よし、俺は決めた。故郷に帰る。そこを俺のつまらん生涯の最後の場所にして、俺の上に生える草を俺の墓標にしよう。
こうして俺の約600キロにわたる旅が始まるわけだ。くだらない生の最後にこんな長旅を用意してくれるとは、運命の神様もなかなか気が利くじゃないか。
いや、俺自身が用意したのか。そう、これは俺の物語だ。俺の物語の手綱は、最後まで俺が離さない。





孤独は厚い外套である。しかし、心はその下で凍えている。
                            ――コルベンハイヤー





さて、出発の準備はいいな?
とは言っても持ち物はこの生身一つ、他には何もいらない。必要な物は途中で随時調達しながら、ってことにしておこう。
川に沿って遡って行くようなもんだから水には苦労しないし、水のあるとこには大体食い物がある……と思う。
注意しなくちゃいけないのは旅の終盤に待ち構える砂漠越えだが、それはその時考えるとしよう。いざとなれば、大きく迂回して行けばいい。
一日あたりの目標ペースは約20キロにした。これなら年食った俺でものんびりしながら旅できる範囲だ。
無理をしなければ途中でくたばる事もないだろう。なぁに、所詮行きて帰らぬ年寄りの旅だ、特段急ぐこともないさ。


おっと、旅立つ前にここで一つ警告しておこう。
俺がこれから旅行く先で、いろんなものに出会うだろう。例えば例の馬鹿みたいにでかい墓だとか、通り過ぎる街だとか。
そんな時はちょいちょい俺が簡単な説明を挟むかもしれない。まぁそれはそれで、エジプト観光するような気分で肩の力を抜いて聞き流してくれ。
大体どの観光旅行にも退屈なガイドの説明ってのはつきもんだろ?こっちが居眠りしたくなるような、長ったらしいくせに薄っぺらな内容の話だ。
その場でちょっと感心して終わり、きれいさっぱり忘れて帰ってくる様な程度の知識。だから俺の話もその程度に受け止めてくれ。
ま、賢明な奴ならとっくに見切りをつけてこの話を読まなくなってるはずなんだがね。これを最後の警告にしようじゃないか。
俺自身、こうやって話の腰をいちいち折るのも気が進まないし、読んでくれる物好きな読者にも失礼だ。
よし、それじゃあ出発と行こうじゃないか。







「おい、こいつぁ話が違うじゃないか」
出立から三時間後、俺は誰も聞く奴などいないにも関わらず文句を言った。溜息とともに吐き出した悪態はしばし俺の周りを漂った後、熱い風に吹き散らされていく。
俺が機嫌が悪いのにはちゃんとした理由がある。まず筆頭に挙がるのがこの暑さだ。よりによって猛暑日に出発とは、幸先が悪いにも程がある。
それに加えて一向に自分が進んだ感じがしない、と言うのも一つの原因だ。俺の背後にはアレクサンドリアの街の姿がまだ見えている。
無論、街自体がとても大きいからそこから離れるには相当距離が必要なのはわかっていた。数時間歩いた位じゃ郊外に出るのがやっとこだという事も、だ。
だが物事は理屈じゃどうにもならない事がある。三時間も歩き通しだっていうのに、まだ今まで自分の住んでいた場所が見えるようじゃ、気分も萎えるってもんだ。
極めつけは視覚的に何の面白味もない風景が延々と続いてるってこと。ピラミッドやらカイロの街やらを拝めるのは、まだ相当先の事らしい。
くそ、なんて馬鹿らしい話なんだ。一生の最後を飾る旅だというのに、鍬を持った農夫やら犂を引っ張る牛やらを横目に歩かなくちゃいけないとは。
というわけで、俺はまだ街の周囲に広がる広大な穀倉地帯を歩いていた。見えるものと言えば川沿いに展開する畑だけ。
既に引き返したくなってきた意思薄弱な自分を責めながら、俺は脚を引きずって先へと前進した。勢い任せの自分の決断を大いに呪いながら、一歩、また一歩と。
「いつまで続くんだか……」



歩き続けてさらにもう三時間が経った頃だろうか。俺はやっとこ畑を抜けて、今度は草原地帯に差し掛かっていたところだった。
急に開けた視界の中に、鮮やかな黄色が飛び込んできた。一面に広がる黄色の絨毯を構成するは英名でダンデライオン、つまりタンポポだ。
一つ一つは小ぶりな花が大規模な群落となって、地上にある一つの楽園の様な光景を作り出している。
誇らしげに咲く黄金色の舌状花が平原いっぱいに群生する様は、この世の何にも勝るとも劣らない美しさ……。
と、言いたいところだが、ひねくれた俺はタンポポの楽園なんぞ見ても嬉しくも何ともない。ああそうとも、全っ然感動しないね。
枯れてしまえとまでは言わないが、お目にかかりたいとも思わない。俺にとってのタンポポはそういう位置づけになっている。
いや、これにはちょっとした理由があってだな。
俺がしばらく独り暮らしだったのを知ってるな?
飢えやら渇えやらを乗り越えて生きている間、雑草かじってまで命を繋いだって話もしたはずだ。
その中にはタンポポも含まれていたという、ただそれだけの話。この鬼のように不味い雑草の味は思い出しただけで反吐が出るし、いい思い出も全くない。
そんなこんなで、俺は憎たらしい黄色の絨毯を蹴散らす様に平原を突っ切り始めた。踏まれた花がひしゃげた轍となって、俺の歩んだ道筋を草原に刻んでいった。



「おじさん、どっから来たの?」
ふと後ろから声が聞こえて、物思いに沈んでいた俺を現実に引き戻した。
頭を巡らせてれば、そこには一匹の小さなデルビルが今しがた俺が踏みしだいてきたタンポポの道の真ん中に立っている。
見た目と声から判断するに、まだ相当なガキだ。多分このあたりに親と一緒に住んでるんだろうが、見慣れぬ俺の姿を見つけてひょこひょこ出てきたんだろう。
普段ならこういうガキは無視して終わりというところだが、今日ばかりはそうするのは少し後ろめたいような気がして俺は言葉を返した。
旅の醍醐味は一期一会の出会いがなんとやら、だ。ガキとちょっとしゃべるくらいなら悪くないだろう。
「ここより北の海の近くの街、アレクサンドリアからだ」
「ふぅん」
恐らくこいつにはよくわかっていないだろうし、仮に俺が出来るだけ言葉を噛み砕いて説明してやっても大した違いは生まないだろう。
だが子供と言うのは大体なんでも質問してみないと気が済まないものだ。
わからない事に出会ったらとりあえず訊いてみる。その「訊いてみるという行為」に意義があるのであって、答えやそこから得られる物については二の次だ。
「じゃあさ、これからどこに行くの?何しに行くの?」
今度の少年の問いは俺に少し答えるのを躊躇させる。さて、今の俺の旅を何と言ったものか。
言葉を頭の中でゆっくり選んだ挙句、俺は事実の一片を口にするにとどまった。
「これから家に帰るところだ」
これならあながち間違いとは言えないし、嘘をついているわけでもない。目的を省いただけだからな。
だって、こんな小さなガキに自分がこれから死にに行くなどとは言えたもんじゃないだろう?それぐらいの配慮はまだ俺の中に残っている。
「ここから遠いの?」
そりゃ遠いさ、これから600キロ近くを歩かなくちゃいけないんだからな。
「そうだ坊主、ここからうーんと先の南の方だ」
ここまで言って、俺の心も随分と長いことあの場所から遠ざかってしまっていたことに気がついた。
そう、故郷に帰ろうと思い立つまでという長の歳月、俺の心には俺の故郷は無いに等しかった。
無意識に距離を置いていたのか、それとも単に忘れていただけか。いずれにせよ、俺の心の故郷は実際の故郷と随分と離れてしまっていたようだ。
それが今頃になって鎌首をもたげ、故郷へ帰るという何とも感傷的な旅の因果となっているのだからおかしな話だ。
込み上げる苦笑いについ口元を緩めながら、俺は言葉を続けた。
「サバンナを越えて、砂漠も越えたずっと先だからな。これから何日もかかるこったろうよ」
どれを聞いた途端、デルビルの少年の表情がパッと明るくなった。どうやら俺の今の話のどこかが少年の好奇心をくすぐったらしい。
「砂漠かぁ、僕今まで見たことない。あと、海も。一回行ってみたいなぁ」
少年の瞳に浮かぶ純粋な好奇の色を見て俺は思ったね。子供ってのはつくづく羨ましいもんだぜ。
ああいった無垢な表情で接してこられると、荒みきった年寄りとしては非常に居心地が悪いというかなんというか……。
「俺はどっちにも行ったことがある。砂漠は昼は暑いし、乾いて砂だらけだ。でも夜になると一気に寒くなってだな――」
「こらーっ、どこ行ってんのーっ」
おっと。俺の話は途中で割り込んできた大声によって中断される羽目になった。
声のした方を振り返れば、花畑の向こうから一頭のヘルガーがこちらに走ってくる途中。
察するに、あれは多分このガキの母親か何かだろう。デルビルの少年と俺は揃って足を止め、駆け寄ってくるヘルガーを待った。
「あ、おかーさんだ。おじさん、あれ僕のおかーさんだよ」
だろうな。おい坊主、そんな呑気に構えてていいのか?お前、おそらく怒られるぞ。
「ねぇねぇ、このおじさん砂漠まで行くんだってー!それでね――」
どうやら母親に今自分が知ったことを話したくて仕方ないらしい。子どもと言うのは大抵そういうもんだ。
少年は母親の方に嬉々として進み出て――コツンと頭に軽い拳骨をもらった。
「イテッ!」
「余所のポケモンにヒョイヒョイついて行ったらダメだって行ったでしょ?特に素性の分らない変なポケモンは」
そこまで言って、ヘルガーの母親は俺の方をキッと睨んだ。次いで――俺の薄汚れた姿に顔をしかめた。
「見かけない顔ね。おたく、どっから来たの?」
……おいおい、いくらなんでも通りすがりをとっ捕まえておいて「変」ってのは無いだろう。呆れて言葉も出ない。
まったく、近頃の奴は年上に対する敬意とかいうものは無いのか?初対面にしては失礼にも程があると思う。
ここは普通「ウチの息子が迷惑かけました」とか「どちらからおいでですか」とかが妥当ってもんだろう?
そりゃ、むさくるしい見慣れぬおっさんと自分の息子が一緒に歩いていたら戸惑うかもしれないが、それぐらいの配慮はあっていいはずだ。
まぁいいさ。年長者なら、子供が小さいうちは母親の警戒心も自ずと強くならざるを得ないのも考慮に入れるべきだ。
歳食って唯一良かったのは、感情的にならずに物事を受け流せるようになった事だ。昔の俺なら喧嘩腰にあれこれ言い返していただろう。
どちらに非があるかという問題ではなく単に不運な邂逅だっただけだというのなら、ここはさっさとおさらばした方がいい。
「俺は死に場所を探してる老いぼれだ。どうかお構いなく」
それだけ言うと、俺はギョッとした顔で立ちつくす母親を背後に残して、また平原の先へと歩きだした。
今の俺に必要なのは胡散臭そうな目を向けられる事ではなく、同情でもなく、一人孤独の内に置き去りにしてもらう事だ。
他人のおせっかいや小言ごときにいちいち足止めを喰らってる場合ではない。ましてや、互いに気分を害するような輩と居ることなんて。
それにしても、ありゃ随分と結構な殺し文句だったな。フム、また面倒な奴に会ったらまたこの手を使うとしよう。
因みに、我ながら口に出してみて言葉の重みに少々驚いたのはここだけの話だ。
頭の中で想像するのと、改めて自分の声で言ってみるのとは大分違いがあるってのはよくある事。

「バイバイ、おじさん!」
俺の後ろから無邪気な声が追いかけてきて、次いで誰かが「シーッ!」という声。
もしここで俺が振り返れば、あのガキが俺に向かって吠えているのが見えただろうし、その母親が息子を黙らせようとしているのも目に入っただろう。
しかし俺はいちいち振りかえることもなく、サッサッと尻尾を左右に振って応じると、再び平原をゆっくりと歩み始めた。
これ以上あのガキが母親に睨まれる機会を俺がわざわざ作ってやることもないし、母親からしても俺がとっとと居なくなった方が嬉しいだろう。
小さなデルビルの少年よ、お前はこの土地に縛られて俺の様なろくでもない大人になるんじゃないぞ。
世界はお前が想像するより遥かに広く、ずっと多様性に富んでいる。好奇心の赴くままに旅せよ子犬、自分の限界と世界の無限を学ぶまで。
可愛い子には旅をさせよ、とはよく言ったものだとつくづく思う。俺も若いうちにいろんな経験を積むべきだった。







と、まあそんな調子で、三日間の旅は特段珍しいこともないまま終わりを迎えようとしている。
今俺が居るのはアレクサンドリアから約七十キロ離れた位置にある街、ダマヌール市の一歩手前ぐらいだ。
とりあえずここまでこれといったアクシデントやハプニングもなく、一応順調なペースで進んでいる事には満足している。
あの親子以外にポケモンとも出会うことなく、まさに悠々自適の一人旅状態だ。体の方も大分順応してきたし、周囲に目を向けて楽しむ余裕も出てきた。
なかなかいいぜ、こういうのも悪くない。もっと早く旅に出てればよかったと思うぐらい、心と体が充足している。
無論、年寄りだから体力にだって限度はあるし、午後の一番暑い時なんかはへばっちまう時だってある。
でもそういう時だって木陰を探して一休みすれば、夕方には再び歩きだせるってもんだ。別に急ぎやしないんだから、自分の好みでのんびりと。
おい、本当にいいぜ、これ。晩年になってこんな楽しみが待ち受けてるとは、思いもよらなかった。


このときの俺はまだ知らなかった。
目の前にある街で、想像もつかない出来事が俺を待ち受けていることを。
順風満帆に見えた俺の旅路は僅か数日の内に波乱の内に飲み込まれ、狂い始めた運命の歯車は俺に大きな影響を及ぼすに至った。
そう、俺の残り少ない生涯を今更になって根底からひっくり返すような奴との出会いと、それに関わる諸々の事柄だ。






今回は単なる物語の繋ぎ程度の更新になってしまいました。特に何の意味合いもありません(汗
肝心の次回、急展開と共に準主人公が登場…予定。


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Last-modified: 2010-09-05 (日) 00:00:00
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