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適応力

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適応力 

writer――――カゲフミ

 大きなため息を交えながらカデルは砂浜近くの小さな公園のベンチに腰を下ろした。今日はろくに体も動かしていないというのに、既にひどく疲れてしまった感がある。ポケモンセンターで買った安物のパンを鞄から取り出すとカデルは無表情で齧り始めた。安価なだけあって味付けはざっくりしている。胡椒が効きすぎて塩辛いところもあれば、薄味な部分もあって安定しない味。足元で寝そべっていた相棒が物欲しそうな視線を送ってくるので、やむなくあまり塩分がなさそうな部分をちぎって口に放り込んでやった。人間用の食べ物をポケモンに与えるのはあまりよろしくないのだが、ちょっとくらいなら問題ないだろう。一人と一匹で分けるにはこのパンは小さすぎる。自分のものも、こいつの分もあっという間になくなってしまった。
「なあ、ライシン。これからどうするよ」
 カデルは思わず足元のライボルトに語りかけていた。昔から迷ったときは声なき相棒についつい話しかけてしまう。再び寝そべろうとしていたライシンは、一瞬カデルの声に反応した素振りを見せたが。前足を伸ばして大きなあくびを交えた後そのまま寝そべってしまった。カデルの置かれている状況も知らずに呑気なものだ。まあ、こいつはこれくらいの態度でいてくれた方が自分の方も気が楽だった。ライシンの反応を言葉にするなら、それは自分で考えてくれよ、とでも言ったところか。やれやれとまた小さくため息をついて、カデルは食べ終えた後の袋をベンチ横のごみ箱へ投げ入れた。ごみ箱の方へ視線を向けた際に、だいぶ向こう側の海岸沿いにある建設途中の建物が目に入ってしまった。むき出しになった鉄筋と組まれた足場が潮風を受けて寂しそうに佇んでいる。廃墟、ではないにしてもこれ以上建築が進まない建物を見るのは忍びないものだ。二年間の工事を予定して進めてきたリゾートホテルの建設。海岸から車で少し行った所にある大きな湖の観光と、湖がある山の登山客を目的としたホテルだった。その建設が一年目の終わりに差し掛かった辺りで頓挫してしまったのだ。原因は、観光地になるはずだった湖に出現したあるポケモンの存在。本来は湖にいなかった種で心無い誰かが逃がしたか持ち込んだか、原因は憶測でしかなかったがその辺だろう。そのポケモンは持ち前の生命力と繁殖力で瞬く間に数を増やして、もともと湖にいたポケモン達を脅かしている。もっとも、脅かされているのはカデルも同じ状況だった。そのポケモンの駆除がトレーナーの力では到底追いつかず、訪れる観光客の安全が確保できないという理由で途中まで進んでいたリゾートホテル建設の計画が白紙になってしまったのだ。結果、負債を抱えた会社の現場作業員であったカデルにしわ寄せがきてしまったというわけだ。それなりに汗水流して会社に貢献してきたつもりではあったのだが、いざ首を切られるとなるとあっけないもの。上に対しての文句の一つや二つや三つ。色々と言いたいことはもちろんあったのだが、疲弊しきった社長や役員の顔を前に何も言う気になれなかった。皆が被害者である以上、自分だけ声を荒げるのは何だか違うように感じられたのだ。
「ま……ここで座っていてもしかたない、か」
 何か当てがあるわけでもないが、このまま公園のベンチを温め続けていても何も変わらない。とりあえず今日は家に帰ろうかと腰を上げたときに、カデルの携帯が鳴り響いた。発信者はよく見知った名前。素早く応答する。
「急にすまない。また人手が足りないんだ。応援を頼めないか」
「……いいだろう。すぐに行く」
「助かる」
 手短に伝えられた要件に手短に答えると電話を切る。ここでの長話は無用だった。急ぎの用事であることは間違いない。これまでも頼まれて荒っぽいバイト感覚で応援に駆けつけたことは何度もあった。幸か不幸か今日はちょうど時間がたっぷり出来てしまったところだ。職を失った借りもあるし、どれ、ライシンと一緒にひと暴れしてやるか。
「行くぜ、相棒。いつものところだ」
 彼の突然の気合いの入りように、ライシンも何か感じ取るものがあったのだろう。体を起こして頭を何度か左右に振ると一声元気よく鳴いてカデルに応じたのだった。

  ◇

 現地は喧騒に包まれていた。湖の岸辺から次々と襲いかかる水しぶきに、それに応戦するポケモン。背後で必死に指示を飛ばすトレーナー達。ポケモンレンジャーやエリートトレーナーなど風格ある出で立ちのトレーナーに作業員の自分が交じるのは些か場違いに思えなくもない。ただ、今はそんなことを言っていられる状況でもなさそうだった。湖の岸をぐるりと取り囲むようにトレーナーは配置されている。程なくしてカデルは電話の主から指示を受けた持ち場へ到着した。ライシンも姿勢を低くして唸り声を上げ、戦闘モードへと切り替わっている。さて、来るか。
「左だ、ライシン!」
 カデルの呼びかけにさっと身を引くライシン。直後、水面から飛び出してきた緑色の影。目の上から背中にかけて黒い筋と二本の赤い筋がくっきりと入っている。このバスラオというポケモンはもともとこの地方にはいなかった。それが何らかの経緯でこの湖に入り込み、瞬く間に数を増やしてその攻撃性から道行く人やポケモンに襲いかかってきているのだ。湖に集められたトレーナーはいわばバスラオの討伐隊だった。皆かなり腕の立つトレーナーなのだが、如何せんバスラオは数の暴力とも言える増えっぷりで、だんだんとトレーナー達の対応もじり貧になってきつつあるのが現状である。エリートトレーナーである友人から、しがない作業員でしかないカデルにも声が掛かるのが現場での人手不足を物語っている。勢いよく放たれた水鉄砲を、ライシンは飛びずさって難なく回避する。
「エレキフィールドだ!」
 カデルの掛け声と共に、ライシンは体に電気を纏わせ目の前のバスラオではなく地面に向かって打ち放つ。湖の岸部の一部、カデルが配置された一体が黄色く眩しい電気に包まれた。使用したトレーナーの方まで目が眩みそうになってしまう目映さだった。サングラスを持ってくるべきだったかとカデルは少し後悔する。ライシンから反撃を受けなかったから、と甘く見たのか最初のバスラオに次いで、二匹目、三匹目と次々と水面から増援部隊が飛び出してくる。三、四、五。五匹か。ちょうどいいぐらいだな。偵察部隊が返り討ちに遭わなければ、後続のバスラオが続々と応援に駆けつけて畳み掛ける戦術。何度も相手にしているからパターンはある程度読めていた。あいにく今日は機嫌が悪いんだ。遠慮なく行かせてもらうとする。
「ライシン、放電」
 ばちばちと激しい電撃を体に蓄えたライシンは、今度は目の前のバスラオに向かって一気に解き放つ。水タイプに電気技は効果抜群であるのと、エレキフィールドの効果も相まって放電の威力は相当なもの。十万ボルトやスパークといった他のメジャーな電気技と違って、放電は複数攻撃が可能だ。数で攻めてくるバスラオを一体ずつ相手をしていたのではきりがないのでカデルはいつもこの戦法を取っている。放電は他のポケモンとの距離が近すぎると、仲間へまで飛び火してしまうので使いどころを選ぶ技ではある。人手が足りなかっただけあって、岸辺を広く確保できたのはカデルとライシンにとっては追い風だったのだ。エレキフィールドの乗ったライシンの電撃を受けて耐えられる個体は稀だ。仮に耐えたとしても、反撃を試みる体力も気力も残ってはいないだろう。渾身の電撃を食らって水面にぷかぷかと浮き上がってきたバスラオが全部で八匹。水面から出てきた五匹の他にも潜んでいた個体が居たようだ。
「上出来だ。この調子で行くぞ!」
 なんだかんだでバトルをしていると気持ちが高揚してくるのはカデルと似た者同士なのかもしれない。電気技を力いっぱい放てて気分を良くしたのか、ライシンの返事は心なしか上機嫌だった。

  ◇

「ありがとう。助かったよ」
 電話を受けた古い友人の格好はエリートトレーナーのそれ。自分とは違って出世コースだな、とどこかで僻んでいた時期もあったが。上に立つ立場にしかない苦労も多いのだろう。以前会った時よりも何だか痩せて見えた。色々と思うところはあれど、カデルはいつまでも彼の友人でいたいと思っている。
「必要ならいつでも呼んでくれ……と言いたいところだが、さすがに疲れた。今回は前にも増して激しかったな」
「最近毎回こんな調子さ。これでしばらくは大丈夫だろうけど、いつまで持つかな」
 苦笑いを交えながら友人はカデルに報酬を手渡す。仕留めたバスラオの割合で言うと若干少ないような気はしたが、自分の立場上贅沢は言っていられなかった。確かに収入としては悪くない。だが如何せん不安定な仕事だ。これだけを頼りに生活していくわけにも行かないだろう。水際へ押し寄せているバスラオの死体の回収は最初から居たトレーナー達の仕事だ。岸部に次々と積み上げられていく無数のバスラオ達をカデルはぼんやりと眺めていた。これだけやっつけても一時的な対処にしかならないのが恐ろしいところだ。一体この湖にはどれくらいのバスラオが潜んでいるのやら。本来、飛び出してきた野生のポケモンならば手持ちのポケモンで応戦して追い払うのが一般的だが、バスラオはこの湖以外でも問題になっており捕まえないのであれば殺処分が基本になっていた。職を奪われた相手を痛めつければ少しは気分が晴れるだろうかと思っていたけれど案外そうでもない。本当に悪いのは勝手にこいつらを湖に持ち込んだ人間だ。ライシンと一緒にたくさん仕留めておきながら勝手だなと感じつつも、カデルの中に浮かんでくるのはやるせない気持ちばかりだった。
「お前らに罪はないんだけどな」
 言ったところでどうにもならないことは分かっている。湖の環境が改善されるわけでもなく、バスラオの増殖が収まるわけでもない。リゾートホテルの建設が計画通り進むわけでも、建設会社の仕事に戻れるわけでもないことは。ただ、カデルは呟かずにはいられなかったのだ。
「あの」
 突然声を掛けられたカデルが振り返ると、そこには壮年の男性が立っていた。誰だろう。どうも湖に集められたトレーナーという風には見えなかった。
「あなたの活躍、見てました。そのライボルト頼もしいですね」
「どうも。あなたは?」
 見知らぬ人物から自分のポケモンを賞賛されて、悪い気はしないのが正直なところだった。褒められているのが分かったのか、隣にいたライシンも自信有りげにふん、と鼻を鳴らす。カデルもこの男性に何となく好感を持った。
「私はゼイクと申します。ここの湖の畔で喫茶店をやっていましてね。どうですか、休憩がてらお茶でも」
 ゼイクと名乗った男性が示す方角にある建物。どうやらそれが彼の言う喫茶店とやらなのだろう。バスラオの襲撃が届かない陸地の方なので、あの騒動の中でも店舗は無事だったらしい。カデルも何度かここへは訪れていたものの、意識していなかったこともあって建物の存在に気がついていなかった。お洒落な喫茶店という柄でもないが、バスラオとの連戦で疲れきった心身に腰を落ち着けられる場所はとてもありがたい。カデルはライシンと一緒に彼の店にお邪魔することにした。

  ◇

 店内は建物の大きさに見合った小ぢんまりとしたした造りだった。木製の建物に合わせて、木製の机に木製の椅子。隅の方に置かれた観葉植物と、統一感があって落ち着ける空気があった。喫茶店なんて数える程しか訪れたことのないカデルでも、この店の雰囲気は良いなと思ったのだ。
「さ、どうぞ、カデルさん。ライシンくんにも用意しました。裏の畑で採れたザロクの実をお茶にしたものです」
 ゼイクから差し出されたティーカップの中身は赤みを帯びて湯気が立っていた。あまり聞き慣れない木の実だ。どうやらポケモンが口にしても大丈夫なお茶らしい。馴染みのない飲み物にライシンも床に置かれた皿に鼻を近づけてふんふんと匂いを嗅いでいる。机に置かれた瞬間から、ほんのりと甘い香りが漂っていた。どこかほっとするような優しい匂いだ。カデルはティーカップを手に取るとそれをゆっくりと口へ運ぶ。香りから伝わる甘味だけではなく、僅かに舌を刺す辛味と苦味が口の中へ広がった。それも癖がなく本来の甘みを乱していない。これまで飲んだことのない味だったが、旨かった。
「美味しいですね。これ」
 カデルがお茶を飲み干したのを見ていたのか、最初は警戒していたライシンも平皿に注がれたお茶を舌で味わっている。一口付けて置かなかったということは、きっとライシンの口にも合っていたのだろう。
「そう言って貰えると嬉しいです。この店の特性メニュー、だったのですけど……」
「だった?」
 含みのある言い方だ。思わず聞き返したカデルの言葉にゼイクの表情が陰る。どうやらバスラオが大量発生した影響で湖の水質が変わってしまい、湖から水を引いて賄っていた畑の木が育たなくなってしまったようだ。このザロクの木は大量に水を必要とするため、山からの湧き水や降雨だけでは補うことができなかったらしい。
「もともとこのお茶を売りにしていた小さな店ですからね。これ目当てで来てくれていたお客さんも遠のいてしまって、さらにはバスラオ達は追い打ちを掛けるように大暴れ」
 大きくため息をつくゼイク。その嘆息の音は今朝、砂浜近くの公園で聞いたことがあるような気がした。湖に人が来なくなるというのは何もリゾートホテルだけの問題ではない。無責任な誰かが持ち込んだバスラオの影響がこんなところにまで出てしまっている。何かを失ってしまったのは自分ばかりではないのだとカデルは再認識させられた。
「今日はちょうど乾燥させておいた木の実があったので、それを振舞わせてもらいました。最後にあなたたちにごちそうできてよかった」
 寂しそうに笑うゼイクに何も掛けられる言葉がない。カデルは黙って空になったティーカップを机に置いた。こんな美味しいお茶を二度と味わえなくなるのは残念だったが、閉店間際に偶然飲むことができただけでも幸運と考えるべきだろう。
「俺たちの方こそ、旨いお茶をありがとうございました」
 これもバスラオがきっかけで繋がった何かの縁なのかもしれない。自分たちが散々被害を被ったバスラオが役に立った唯一の事例か。最後まで皿を舐めていたライシンを促してカデルは店の外に出た。律儀にもゼイクが見送ってくれるとのことなので、その言葉に甘えることに。外ではバスラオの処理にトレーナーもポケモンもまだまだ忙しなく動き回っている。陸地に積み上げられた死骸はもはや小さな山のようになっていた。徐々に漂ってきた死臭とバスラオ本来が持つ生臭さが鼻を突き始める。心地よいザロクのお茶からの落差が一層ひどく感じられた。山から少し外れた位置に転がっていたバスラオの一匹に、ライシンが近づいて鼻を寄せる。
「どうした、ライシン?」
 陸上と水中。種族はまるで違えど同じポケモンだから、何らかの哀悼を捧げているようにも見えなくはない。バスラオに対してライシンがそんな感情を持っているものなのかとカデル感心しかけたところ、どうも様子が違うことに気がついた。これまではカデルもライシンも、バスラオの対処をすればすぐに湖を後にしていた。バスラオの死体が積み重なっているのを見るのは初めてだった。ライシンが鼻を寄せているのはその匂いが物珍しいから、だろうか。しかしこの鼻の動かし方はどちらかというと。
「……まさかな」
 湖の暴れ者。積み上げられたバスラオ。妙な勢いで死体に鼻を寄せているライシン。それら一つ一つの事象が繋がって、カデルの中にとある考えが閃いた。突拍子もない計画だと一蹴されればそれまでだが。試してみる価値はあるのではないか。幸いにも自分には今時間がたっぷりとある。
「どうしました?」
「ゼイクさん。実は……」
 カデルは恐る恐る、自分が思い描いた構想をゼイクに伝えた。言葉を進めていくうちに案の定、目を丸くしたゼイクだったがそれでも最後まで聞いてくれていた。きっと彼も今までに考えもしなかったことだけに、どんな反応をすればいいのか分からなかったのだろう。半信半疑な点で言えばカデルも同じだった。
「カデルさん。それ、本気ですか?」
「本気のつもりです。実は俺もバスラオが原因で職を失いました。だからこそ、挑戦してみたくて」
「そうでしたか。ううむ……」
 作業員の格好をしたカデルが失業したと聞けば、リゾートホテル絡みだと察するのは難しくない。ゼイクは首を捻る。経緯は違えど境遇は同じ。湖に蔓延るバスラオを何とかしたいという気持ちも同じだった。
「俺とライシンだけではきっと上手くいかない。あなたの力が必要なんです」
「分かりました。私も元々諦めていたこと。ひと握りでも可能性があるのならそれに掛けてみましょうか」
 渋々承諾してくれたゼイクの表情には苦笑いが混じっていたが、目はどこか真剣だった。物腰柔らかい壮年男性ではなく、職人のそれをしていたのだ。

  ◇

「さて。どうですか、今回の味付けは?」
 どうでしょうかと言いながらもどこか自信有りげなゼイク。出された皿に盛られた料理をカデルとライシンは夢中で口に運んでいた。仕事で動き回った後の飯はやっぱり旨い。しかし前回とはまた変わった味付けになっている。ややこってりとした旨味が含まれていながらも、しつこさがなくすいすいと胃の中へ入ってしまうような箸が進む味。古くから料理に関わってきたゼイクの腕前はさすがの一言。ライシンも嬉しそうに床に置かれた料理をがつがつと頬張っていた。
「旨いよ。次のメニューにすればまたお客が増えそうだ」
「ふむふむ。検討しておきますとも」
 味を賞賛するカデルのコメントに、ゼイクも満足げに笑う。彼の新作は何だかんだ言いながらも毎回自信作であることに変わりはないのだ。そして実際に食べさせてくれる時は味が保証されている。今回の分も非常に食べごたえがあった。
「それにしても、毎日忙しいな」
「本当に。カデルさんが居てくれて助かりますよ」
 閉店後の店内はさすがに閑散としていた。しかし、昼時にでもなれば机はどれも満席で外に行列がはみ出してしまうくらい、お客でごった返すのだ。最近ではゼイクの料理を求めてはるばる遠くの街からやってくる人も少なくない。ゼイクだけでは店を回しきれない時間帯はカデルも店の応援に駆けつけていた。
「しかし……何事にも挑戦してみるものですね」
「本当です。まさかこんなにうまくいくとは」
 あの日。カデルの頭の中に浮かんだのは、バスラオを料理してしまえないかという目論見だった。死んだバスラオの匂いを執拗に嗅いでいるライシンを見て、もしかして食べられるものとして認識しているのではないかと思いついたのがきっかけだ。人間の都合であれだけ殺しておいて、そのまま廃棄されるのはどうも腑に落ちない。どうせ命を奪うのならその命を最後まで有効に使ってやれないかという考えが根底にはあった。ただの人間のエゴと言われればそれまでだが。とはいえ、このカデルの思いつきは想像以上の反響を生む結果となった。きっとゼイクの料理人としての腕前もあるのだろうけれど、意外にもバスラオの肉は美味であっさりとした味わいだったのだ。全体的に癖が少なく、調理しだいでどんな味にも寄せられる可能性を秘めているんだとか。ポケモンを殺して食べる、という行為に対して反対意見はもちろんあった。しかしバスラオは殺して処分することが義務付けられていたポケモンだ。どうせ殺すのであれば食べて処分してもそんなに変わりないのでは、という方向へ意見が流れていくのにそこまで時間は掛からず。結果、この喫茶店は最初にバスラオ料理を始めた店として口コミで広がることとなった。最初は怖いもの見たさというか、興味本位で食べに来る客も結構いた。しかし、バスラオの持ち味とゼイクの料理の味付けが思いがけず絶品だったため、徐々に客層が広がっていき今では行列のできる店として名前を広めているくらい繁盛していたのだ。今では各地でバスラオ料理をメニューに入れている定食屋も少なくない。これだけ食べられるようになってもバスラオはそれなりの数が湖には生息している。岸辺の近くまで襲いかかってくることはなくなったが、時折戦闘能力の高い個体もいる。そのためカデルは湖の用心棒とゼイクの喫茶店の店員を兼ねているような感じだった。バスラオを捕るのは難しくないし、ゼイクの料理のおかげでお客はとどまるところを知らない。建設作業員をしていた頃に比べれば信じられないくらいカデルの懐は潤っている。
「これからも、よろしくお願いしますよ」
「それはこっちの台詞ですって。明日も頑張りましょう」
 何だか今更水臭いような気もしたが、カデルはゼイクの手を取った。お互い持ちつ持たれつ。これからも店が繁盛することを願って。バスラオが二人から奪ったものは、再びバスラオが与えてくれたのだ。

 おしまい


・あとがき
今までにない参加人数だったのでお祭り気分で勢いで参加してみました。テーマの設定がかなり難しかった今大会。ひねりを加えずに適応力としてバスラオを取り巻く二人の物語を書きました。バスラオが適応力で増え過ぎてそれに振り回されるカデルとゼイク。職も失った二人が行き着いた先はバスラオを食べるビジネスに展開してしまえというもの。タイトルの適応力はバスラオだけでなく彼ら二人を指したものでもあるのです。個人的には割ときれいにまとまったかなと思っておりましたが、一票も得られず振るわない結果となってしまいましたが、最後まで読んでくださった方ありがとうございました。

【原稿用紙(20×20行)】23.7(枚)
【総文字数】8525(字)
【行数】90(行)
【台詞:地の文】12:87(%)|1024:7501(字)
【漢字:かな:カナ:他】34:58:9:-2(%)|2940:5014:826:-255(字)


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Last-modified: 2018-12-09 (日) 20:38:00
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