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過去に書いたポケモンたちでハロウィンネタを本気出して書いてみた

/過去に書いたポケモンたちでハロウィンネタを本気出して書いてみた
本作は♂同士の恋愛・性的描写を含みます。お楽しみください。

 



    ゼラオラとルカリオ




「ハロウィンだぞ、ゼラオラ」
 と、ルカリオは言っていた。
「トリックオアトリート」
 そう唱えていた。そのルカリオが今、なによりも美しい赤い瞳を輝かせ、ジーヴルシティの路地から勢いよく飛び出してゆく。波導の勇者をモチーフとした「かそうパーティスタイル」のホロウェアを纏い、お菓子を持っていそうな相手にGANK(ガンク)をしかけるのだった。
 その起源や意味は諸説あるらしいが、ハロウィンとは「トリックオアトリート」と唱えながらお菓子をもらって回るイベントだ。かつては幻の秘境などと言われていたエオス島、今はどこもかしこもハロウィンパーティーの様相を呈している。ここしばらくは、ハロウィンのための特別なレギュレーションのユナイトバトルさえ開催されていた。ルカリオが着ている「かそうパーティスタイル」も、ハロウィンにあわせた装いである。
 しかし、ルカリオは勘違いしていた。本来ハロウィンは、お菓子をくれない者には軽いイタズラを仕掛けるという可愛らしいイベントのはずなのだが、ルカリオには「お菓子をくれなければイタズラするぞ」ではなく、「お菓子は奪い取るもの、抵抗してきた者は制圧するのみ」とインプットされていた。
 すなわち、
「トリックオアトリート!」
 そう唱えながら問答無用のGANKを繰り返すルカリオはジーヴルシティのあちこちで極めて唐突かつ小規模なユナイトバトルを仕掛けて回り、勝利の度にお菓子を奪って腰のポーチに入れていた。目を回して倒れるポケモンたちと、そのトレーナーを置き去りに、マントを翻して迅速にその場を立ち去るルカリオは、実に通り魔じみていた。
 これでは、お菓子か、イタズラか(Trick or treat)、ではない。お菓子か、死か(Trick or dead)。いや、お菓子も、死も(Trick and dead)、かもしれない。
 オレもルカリオもマスターランクでのレートが安定してきたころなので、このごろはいっしょに過ごす時間を増やしていた。思うにユナイトバトルでもタッグを組んでいるのだから結局いつもと同じではないかと自問すると、そんなことはないユナイトバトルとデートでは安心感が違うぞと自答が返る。エオス島には四季があった。暑苦しくてなにをする気にもなれない夏が終われば、代わりに過ごしやすい秋をルカリオと満喫するのだ。どれほどエオス最速を掲げようと、根本的には怠惰なのがオレという幻のポケモンの性質であった。
 ユナイトバトル、楽しいし――
 ルカリオと一緒いるの、楽しいし――
 ユナイトバトル、楽しいし――
 でもさすがにそればかりでは、飽きるし――
「なあルカリオ、最近、暇でつらいんだ。なにかおもしろいことってないのか?」
「ユナイトバトルに飽きてきたか?」
「いいや。オレはユナイトバトルを一生の趣味にすると決めた。だけどそれはそれとして、ほかにすることがなんにもないんだ。具体的な生活(Reality life)に身を投じるようになると、以前のようには退屈を受け止められないんだよ」
「友達と遊ぶとか」
「友達? そうだな。ははは……」
「うわ」
 そんな社交性のないオレを見かねて、ルカリオはオレをハロウィンに誘い出したのだ。そしてルカリオは当然のことのように、ジーヴルシティの路地に潜んでGANKを繰り返している。オレはそれなりに長生きで、人間の元で生活するにもけっこう慣れ親しんだ身分になったけれども、ルカリオとは文明の差異と表現するのか、断絶をいくらか肌に感じた。それはむしろ、好奇心だけでユナイトバトルに接近した最初より執着の増えた今のほうが鮮明になっていた。知るほどに違いが浮きあがってしまうのだ。それでもオレはその断絶を不幸かと自問するとそうでなかった。そこにはいつも、ルカリオを愛している故の楽観があった。そもそもハロウィンという異文化をルカリオと楽しみたいと思いながらも、その風習を正しくなぞりたいと思うほどではなかったのであった。
 ルカリオと一緒にいるの、楽しいし――
 ハロウィンデート、楽しいし――
 だからオレはルカリオを止めないし、代わりに襲われたポケモンたちにはキズぐすりをこっそりくれてやるのだった。
「あ、ガブリアス」
「ん?」
 すでにお菓子で溢れそうになっているポーチの蓋を手で押さえながら、ルカリオはGANKではなくふつうに出ていった。ガブリアスといえば、そう。元・エオス最速のポケモンであり、ルカリオに気があるポケモンであった。
「やあ、ガブリアス。トリックオアトリート!」
 ルカリオがガブリアスに飛びついた。オレと結ばれてからというもの、ルカリオはこのガブリアスに対して、むしろ交友が強くなっていた。あけすけに、取り繕いのない気安い態度で接するのだ。ガブリアスのほうも、たぶん同じことをほかのポケモンにされれば問答無用でドラゴンクローをお見舞いしているのでどれだけルカリオに甘いかわかる。ガブリアスはいつもルカリオに親切なので、ルカリオは比較的よくなついていた。友達にユナイトバトル外でGANKを仕掛ける気が起きないルカリオは、満タンに膨らんだポーチを軽く叩きながらきらりと目を輝かせた。
「お菓子!」
 と、言う。無邪気だが、ある意味で迫力のあるまなこだとオレは思った。
「おうおう。ちょっと待てよ」
 ガブリアスも準備がいい。というのも、ガブリアスは「はりこみスタイル」の装いでトレーナーと歩いていて、オレたちと同じようにハロウィンで盛り上がる街へ遊びにきていることは明白だった。
「ほら。ルカリオといったらコレだよな」
 お菓子を配る側に立つことに抵抗はないらしい。ガブリアスがくれたのはカボチャの形をした大きなチョコレートだった。ルカリオにはチョコレート。そういうミームが浸透してすでに久しい。
「ありがとう!」
 ルカリオは歓声をあげる。別に、特別チョコレートが好きなわけではないが、嫌いかと言われれば好きなのだ。甘いものというのはだれだってだいたい好きだ。ポケモンがお菓子を口にできる機会もそれほどない。ルカリオは受け取ったチョコレートをなんとかポーチに押し込み、ガブリアスはそのようすを満足げに見ていた。そして、
「ハッピーハロウィン」
 そう言った。
「なあ、ガブリアス」と、オレは言った。「最速のオレにもお菓子をよこせ」
「は?」と、ガブリアスは言った。「やるわけないだろ。俺よりずっと長生きしてるくせに」
 幻差別である。
「そんなこと言うやつには、このエオスビスケット(グレード30)はやらないでおこうかな」
「あるのか」
「ある」
「ごめんなさい。ビスケットをください」
「どうしようかなあ。なまいきな子を甘やかすのはなあ。どう思う、ルカリオ」
「有罪!」と、ルカリオは言った。
「いや無罪!」と、ガブリアスは言った。
「初犯を考慮して、死刑」オレはにたりと笑ってみせる。
「馬鹿、そんな裁判があるかよ」
 そんなことを言いながらも、最後は持ってる中でいちばん上等なお菓子を交換しあい、別れた。
 かっこいいルカリオの衣装について、オレはこう考えた。「これは愛する番のコスプレというより、()()()かっこよさに惹かれているんじゃないか。たとえばオレでも他者の持っている物が欲しくなってなんとか手に入れられたけれど、いざ手に入れるとそれが途端に興味を向けるべくもない物のように思えたときがある。それはとなりの芝であり、曇った羨望だ。絵の中の世界に入りたい心理だ。人間たちが古いことをもてはやすのと逆の意思がオレにはたらいたのだ」……
 オレの目から見て、ルカリオの「かそうパーティースタイル」は他のホロウェアにはない魅力がにじんでいた。ホロウェアそのものはユナイトバトルでどこにでも見かけるが、これまで見なかったルカリオを感じ、そうしてなんのコスチュームも着ていない、いつもと変わらない自分の装いが質素な事実を、珍しく気にしてみたりした……
 人間みたいだよな。
 でも、そう。これはハロウィンであり、デートなのだ。オレもルカリオにかっこうよく思われたいという算段がないわけでもなかった。そしてオレはルカリオの番であるのだし、それを率直に行動に示してもよかろうと思った。しかし服というのはポケモンにとって得ることの困難なものでもある。
「オレもなにか着たかったな。せっかくのハロウィンなのに」
 マフラーを巻いてニット帽をかぶったリザードンや、メガネに蝶ネクタイのプクリンを見かけて、やっぱりオレは反応しちゃった。しかもというのか、先進的とか現代アートの部位にである。ハロウィンに出すにしてはコスプレの意味合いは薄い。でもそれは人間と暮らすポケモンだけに発見できる美部だと思う。そして、ルカリオの側がオレとのハロウィンのためにこうして衣装を用意しているのに、オレの側ではそういった努力をなにもしていないというのは、ひどくアンフェアなことだと思う。
「ゼラオラも仮装したかったのか?」
「うん」
 オレの返答は正確ではなかった。別に仮装そのものに愛情を感じたわけではない。でも人間みたいに祭りのために着飾るポケモンたちに、なにかときめきのような熱を感じて、そわそわしてしまうのだ。
 やっぱり、デートだし――
 ルカリオの衣装、かっこいいし――
 エオス島には四季がある。夏と秋が終わると、島民たちは寒さをしのぐために家からあまり出ないので、季節の境であるハロウィンの夜は冬の前の最後のにぎわいだった。ルカリオはハロウィンの意味を勘違いしていてめちゃくちゃだけど、そんなことはオレにはどうでもよくて、ハロウィンは意外と悪くない遊びたった。オレはルカリオと過ごす時間を楽しむことができればそれでいい。衣装は、ルカリオとのハロウィンを楽しむために必要な最後のものだった。
 そのときだ。ごく短く、しかし力強くビル風が路地を吹き抜けていった。それに合わせて、ルカリオのマントがたなびく。ルカリオは帽子が飛ばされないように手で押さえた。そんな動作を当たり前にとるルカリオは、もういかにも着衣という行為に馴染んでいた。
 風が吹いたことをどうとも思っていないように、ルカリオは笑顔になって、こう言った。
「来年は、いっしょに仮装しよう」
 来年という未来を語るルカリオの、とりつくろわない友情と愛の、実直なこと。
 それはたとえば、今日のハロウィンデートもそうだ。オレはハロウィンを面白がりはしても、ハロウィンのことは興味がないからどうでもいい。オレがルカリオの側面を見て楽しんでいるように、ルカリオもオレを好きになってほしいのだ。幻のポケモンは怠惰だが、大好きなルカリオに対しても怠惰の態度で反応したいとは思わない。
「うん。そうだな。なんとか考えてみよう」
 友達のために工夫するなど……以前のオレは考えついたこともなかった。ルカリオの脈拍に自らの鼓動の感覚が近づいていると思った。オレはルカリオと交わることに聖域を見つけたのだ。ハロウィンがそのための名目にすぎずとも、祭りなんてそれで上等なんじゃないかと、オレは思うわけなのだ。





    ストリンダー(ローのすがた)とエースバーン



「なんだそれ」
 俺の優雅な泥水タイムにやってきたエースバーンが、なぜかカボチャ(未加工)を頭に乗っけて、暗幕をマントみたいに巻いたヘンな格好をしている。
「なあなあ、ストリンダー」
 いつもの太陽じみた笑顔の眩さでにじり寄ってくる。
「今日は、お菓子がもらえる日なんだぜ!」
「お菓子……」
 ハロウィンのことを言っているのだとは理解できるが。
「おまえね。ハロウィンっていつだかわかってるか?」
「さあ? 知らない。でもハロウィンっていうの、オレもやってみたいんだ!」
「ハロウィンは十月三十一日。明日だ、明日」
「そうなのか」
「あと、ハロウィンのときは『トリックオアトリート』って言うんだよ。『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ』って意味だ」
「へえ~! ストリンダーっていろんなこと知ってるなあ」
 まあ、おまえよりはちょっとだけ長生きだからな。エースバーンの持つハロウィンの知識など、テレビで観てかじった程度だ。
 エースバーンがテレビに興味をもつようになったのはホップのせいだった。ホップは星になった。四角い宇宙の中でひときわ輝く星、テレビショッピング・スターに。
 ――ストリンダー! あれ見てみろ。ホップが映ってるんだよ!
 テレビの向こうで、ホップは偉大な魔法使いだった。たくさんの素敵な魔法を見せていた。歩いてもぜんぜん疲れない靴の魔法。シンクについたカビ汚れを一瞬にして拭き取ってしまう魔法。いろんな場面で使える懐中電灯の魔法。ひと振りするだけでとっても旨い料理が作れる魔法。ホップはやさしいから、それをテレビを見るおれたちにも分けてくれるというのだった。
 人間たちはすぐに電話をかけて、ちょっとの金で素敵な魔法を買うことができる。だれでも魔法使いになれる。実をいえば、おれたちの主人もいろんな魔法を買っていた。でも主人がホップのような魔法使いになれたかどうか……
 あんまり。
 ホップの紹介する魔法の商品は、実際使ってみるとテレビのなかで見るほどはうまく働かないのだ。最初はその成果に感動するのだが、すぐに効果が消えてしまったり、まあそこそこ使えるけどそのへんで売ってるものと大差なかったりする。ま、結局失敗しちまうところもホップっぽいよな。
 エースバーンは、ポケジョブ帰りにポケモンセンターのテレビでたまたまやっていたショッピングチャンネルの大ファンだった。夕方、ポケジョブから帰ってくると決まってポケモンセンターの応接セットに座ってテレビを観るエースバーンにつられて、主人も大ファンになった。そんなわけで、今じゃ主人の生活はホップでいっぱいだ。ホップの魔法の洗剤でキャンプカレーの食器を洗い、ホップがおすすめしてた携帯ドライヤーで髪を乾かし、ホップが食べていた料理の下ごしらえをする。夕暮れがやってくるまでには用事をぜんぶ終わらせて、テントでスマホロトムの生配信を待つ。
 ただ、スマホロトムでスターショッピングチャンネルを観る問題点は、電波が入りにくいところではすぐに映像や音声がとぎれとぎれになってしまうことだった。昨日も、主人の手のひらの上でホップは遅延していた。
 このスマホロトムはどんな場所でももも電波電波がはい……クリアリーな音、音、おん、ぜぇえぇえええ、ごこここにゅうじぃいいいざあぁあ――
 番組が終わりに近づくと、ホップはお決まりのさよならの挨拶をする。どんなに遅延があっても、そこだけは別撮りになっているのか、いつもちゃんとクリアリーに聴こえるのだ。
 ――じゃあな。ばいばーい! スターショッピングチャンネル、また明日だぞ!
 ホップのやつ、さよならだけはうまく言えるんだね。そんなことを言って、主人とエースバーンは少し笑った。
 で、そのあとのニュース番組でハロウィン用のお菓子作りを特集していたわけだ。主人とエースバーンはスターショッピングチャンネルが観たいのであって、ニュースの視聴はおざなりだから、エースバーンが知っているハロウィンなんて中途半端なものと容易に知れる。おおかた、甘いものがもらえるイベント、という部分だけに惹かれたのだろう。
「じゃあさ、じゃあさ。ストリンダーもいっしょにハロウィンしよう?」
「いやだ」
「なんでだよー! ハロウィンデートしようぜ、なあなあ~!」
「あーそんなとこに顔突っ込むな! わかった、わかったから!」
 へへ~、嬉しそうにふにゃふにゃ笑うエースバーンを、上から下まで眺める。
「それで、おまえそのヘンなカッコはなんなんだ?」
「ハロウィンのときって、みんなこういうカッコするんだろ?」
「仮装か? おまえこれ、カボチャ頭に乗っけてるだけじゃねえか」
「だめかな」
「これを仮装って言い張る勇気はアリかもな」
 しかし、おれたちはポケモンなんだから服なんか持ってるわけがない。仮装用の衣装などなおのこと。
 しかたないので、明日のポケジョブが終わったら雑貨屋にでも行ってパーティーグッズを見繕うことに決めた。主人から許されている小遣い程度では衣装などろくに買えないだろうが、そこは気分と感じ。ハロウィンでお菓子を巻きあげようという者が、なんの装いもナシではただの乞食である。
「ありがとうストリンダー!」
「だー、もういちいちひっつくな……あっバカ、どこ触っ……やっ、あっ! らめぇぇっ!」
 人間並に年がら年中、旺盛なのだ。エースバーンって……




 そのような次第で翌日、つまりハロウィン当日のエンジンシティ。タチフサグマとアママイコの雑貨屋で、エースバーンはカボチャの王冠を買い、オレは子供用のピカチュウ型パジャマを着てフードをかぶり、メイン・ストリートを練り歩いた。そこかしこで人間の子供がポケモンをお供にして家々のドアを叩き、「トリックオアトリート!」と元気な声をあげている。
「おお、盛り上がってるなあ!」
 いろいろな扮装をした人間とポケモンでエンジンシティは賑わっていた。こういう集まりの中を歩くのは憂鬱だ。疲れる。帰って寝たい。そういうおれの手を取って、ひょこひょこ跳ねるように歩いてゆくエースバーンも慣れたものだった。仕事帰りだというのに、こいつはなんでこんなに元気なんだろう?
「ラビフットたちも来ればよかったのになあ」
「あんなにたくさん連れ歩いたら、まあ注目はされただろうな」
 おれたちと同じボックスに預けられている大量のラビフットである。あいつらはバトルには一度も出ていないのだが、ポケジョブで働きに出ているうちに経験を積んで、一匹、また一匹と進化していった。ヒバニーだったころは無邪気で元気いっぱいに跳ねまわって愛くるしかったのが、ラビフットになると途端に斜に構えて反抗期である。ポケジョブでもボックスでも散々面倒を見てきたから、もう家族みたいなものなんだが、ああいう世間を舐め腐ったような態度は憎たらしくもあり、しかし共感してしまう部分でもある。おれも傍から見るとあんな感じなのだろうか。なんとはなしにすべてに対して反骨してしまうのがローのストリンダーの生きざまなのだ。そうか、ヌオーがラビフットたちの扱いにすこしも戸惑わなかったのがおれがいたからか。今さらのように納得してしまう。
 オレンジ色のランプを軒先に掲げたお菓子屋に、エースバーンが突撃する。普段からポケジョブ帰りに寄り道しているお得意さんだ。
「おや、いらっしゃい」
 店先に出てきた老婆は、エースバーンが頭に乗せている王冠を観ると、しわだらけの顔をさらにしわくちゃにして微笑んだ。エースバーンはすっかりお顔馴染みだった。ファイニーと籠を差し出すと、顔と同じくらいしわだらけの手で袋入りのクッキーを入れてくれる。
「今日はお友達もいっしょだねえ」
 適当に手をあげて挨拶しておく。この店はおれもエースバーンに付き合ってたまに来る。しかし年寄りとはあまり接したことがないので、おれは微妙にやりにくい。ここのばあさんはポケモンが好きで、ポケモンだけで店に来るエースバーンを珍しがって日ごろから可愛がっている。その友達のおれにも無防備に愛情を向けてくるものだから、未だにどう反応したものかわからない感じがして……
 老婆は同じように微笑み、お菓子を渡そうとするが、ハロウィン用のお菓子はもう店に残っていなかった。
「すまないねえ、もうお菓子が残ってないんだよ」
 エースバーンは懐っこい笑みを浮かべて、もらったばかりのクッキーの袋を開けた。半分に割り、おれに差し出してくる。
 ほほ、と老婆の微笑みが目盛りひとつぶん増した。「お友達思いのいい子だねえ」
 ひと口かじる。エースバーンとデートで行く店のように洗練されてはいないが、素朴で親しみやすい味のクッキーだった。
 エースバーンがふにゃふにゃっと手を振り、またメインストリートを歩きだす。エンジンシティの灯りは眩しい。陽も短くなり、夜風は冷たいが、エンジンシティの夜に闇はない。
「いい子だってさ」
 クッキーを嬉しそうに頬張りながら、エースバーンはのんきな顔をしている。こいつはいつもあんな調子で街中をうろついている。ポケジョブ帰りの寄り道や買い食いはおれが先に始めたことなのだが、なにかエースバーンのほうが街に馴染んでいるように思える。おれの知らない店をエースバーンが知っていることはあっても、エースバーンの知らない場所をおれが知っていることは、もうほとんどなくなっていた。
 まったく、得だよな。だれにでも愛想を振りまいて可愛がられるエースバーンの性格のことを、おれはどう転んでもそんなふうにはなれないと思う。そしてそういう性格を労せずして獲得できる者もいる。それが妬ましくもあるが、おれはもうエースバーンの性格のことはすこしも嫌いではなかった。だからこういうふうにハロウィンを口実にデートもするのだ。
「おお! なんだあれ! 怪獣だ、怪獣がいるぞ!」
 怪獣を見にいこう、とエースバーンが言うから、おれは手を引っ張られて走った。大通りを、まるで絵本の中から飛び出してきたような典型的な怪獣が歩いている。おれは大きな怪獣のシルエットを追って進みながらも、もうここでいいじゃねえか、こっからのほうがよく見えるよ、近いとかえって見にくいし、などと花火の場所取りの相談でもするような台詞を喋ってはエースバーンに腕を引かれ、人混みの向こう岸、怪獣に近いところまで走らされた。
 エンジンシティの蒸気機関昇降機を背にして、逆光の怪獣は黒い大きな影のようだった。でもおれたちが見学できるのは、ここまで。手前に黄色と黒のテープが張ってあって、その先は立ち入り禁止。一般人の仮装ではなくて、なにかの出し物なのだ。
 乗り越えて先に行こうとするエースバーンの耳を引っ張った。うぎゃあ。むっとした顔でエースバーンがおれを見る。
「行くなよ。おまえがそっち側にいったら、おれ、ひとりぼっちで寂しいだろ」
 エースバーンの表情。たまにはこんなことだって、おれは言えるのだ。今のおれなら。
「おまえ、怪獣好きだよなあ」
 エースバーンの表情。嬉しそうな。
「うん、うん。オレさ、怪獣って憧れなんだよ」
「知ってる知ってる」
 週末には怪獣がやってくる。黄色と黒の立ち入り禁止のテープによって区切られた向こう側は、架空の世界だ。テレビと呼ばれる、不思議な機械の向こうの世界。
 怪獣はぐるりと首を回して咆哮をあげる。
「がおー」と、エースバーンは言った。
「なに?」
「って、やって?」
「なんで」
「ストリンダーの好きなんだ。上手じゃん」
「――ぐぅるぅおおぁお!」
 エースバーンはげらげら笑った。なにがそんなにおかしいのか。
 まあ、いいけど。エースバーンが笑っているところを見るのは悪い気分ではないから。エースバーンが笑ってくれるなら、ほんとに怪獣になってしまっても別にいい。でも、エースバーンだったら自分が怪獣になるほうがいいのかな。
 怪獣はのしのしと少しずつギャラリーに近づいてくる。近づくにつれ、影にしか見えなかったその姿がすこしずつあらわになる。怪獣は黒色だった。照明に照らされてきらきらと夜の色に輝いている。
 なんだかちょっと、ガブリアスのおっちゃんみたいだ、と思ってそう口にすると、ぜんぜん違うじゃん、とエースバーンは口を尖らせる。
「ぜんぜん違う。ぜんぜんおっちゃんじゃない」
「え、あ……もしかして嫉妬してるのか?」
「ぜんぜん」
「へえ。でも、おっちゃんってすっげえ怪獣になりそうじゃないか? おっちゃん、熱中すると止まらなくなっちまうだろ。強さを追い求めて、最終的に……みたいなさ。ドラゴンタイプなんて怪獣みたいなもんだし」
「ぜんぜん!」
「なんだよ。おまえも怪獣になりそうって言われたいのか? それとも単に、おれがいちばんにおっちゃんを思い出したから不愉快になったのか? いつでもエースバーンがいちばんで怪獣だぜって、そう言えばよかったのか」
「バーカ!」
 出し物のなかで、怪獣が崩れ落ちてゆく。照明の光に焼かれて溶けてゆくみたいに、黒いゼリーみたいに、地面に沈んでゆく。正義のインテレオンによって、怪獣が滅ぼされてしまう。
 ぐぅるぅおおぁお、怪獣のあげる断末魔の叫び。
 おれはエースバーンの手をぎゅっと握った。おれの手のなかで、エースバーンの手はとても小さい。エースバーンは怪獣というより小動物のようだった。おれが頭を撫でると、バカみたいだ、とエースバーンは頬を膨らませる。
「なんでいつも怪獣は最後にやられちゃうんだよ」
「しかたないだろ。そういうふうに決まってるんだから」
 暴れる怪獣は心を入れ替えて、ギャラリーに飴を配りはじめた。悪は滅び、平和な夜がやってくる。めでたしめでたし。
 でも、だいじょうぶ。来週になればまたやり直せる。来週にはまた怪獣がやってくる。街を滅ぼそうと歩いてくる。この、ハロウィンの出し物とまったく同じように。もちろん、だから今度は勝てるかもしれない、なんて信じることもできる。たとえ、その結末がいつも同じであってもだ。
 週末には怪獣がやってくる。毎週似たような怪獣を見て、よくもまあ飽きねえよなあ、とおれは呟くけど、いいものはいつでもいいんだ、とエースバーンは笑って返す。
 おれは溜め息をついた。呆れ顔、みたいに見える顔をつくってみせる。
 でも、まあ、たしかにな――
 飴を籠に入れてもらって喜ぶエースバーンの笑顔は、怪獣のおかげだった。




「こんなの間違ってる」
 デートの締めはクラブ。でっかい音で音楽に溺れる。それがおれたちのデートの最後。長い時間はかけられない。いくらなんでもポケジョブ帰りに出歩きすぎると主人に叱られるのだ。だから喋らない。黙って飲む。そして気が済んだらとっとと帰るのが、おれたちの暗黙のルール。
 でも、おれは言わずにいられない。こんなのはぜったい間違ってると思う!
 ――無音クラブ。
 客たちはそれぞれ無線のヘッドホンをつけて、音楽に合わせて踊りまくっている。ヘッドホンからはエレクトロニックダンスミュージック。でもヘッドホンを外せば音のない密室で踊り狂う人間たち。色とりどりのレーザービームなんかも景観としては賑やかだが……
「ご近所の配慮して騒音対策って? クラブが騒音を気にしはじめるたら終わりじゃねえか!」
「まあまあ、いいじゃんか」
 籠にいっぱいのお菓子をつまみに、エースバーンはミントジュレップなんか飲んでいる。
「時代は変わるんだよ」
 若いポケモンがそんなことを言う。時代や流行やルールにおもねった音楽ほど、みっともないものはないというのに。
 このクラブにポケモンはおれたちだけだ。ふつう、人間がクラブに行くのにポケモンなんか連れてこない。でもこのクラブに限らず、金さえあることをちゃんとわからせておけば、意外といろんな店に入れてもらえる。人間とポケモンが働くのが当たり前のガラルだから、だろうか。しかもここは酒だって出てくる。おれたちはポケモンだから、ちょっとのアルコールですぐに気持ちよくなれる。まあおれはどくタイプだし、その気になればアルコールなんか瞬時に分解してしまえるのだが、酒は酔いたいから飲むものだ。だからおれたちはこのクラブをデートの締めに選ぶ。酒と音楽。私服警官に連行されるコカインの売人。クラッカーみたいにパンパン腰を打ちつけあう人間たち。この店は、まるでそうでなくてはならないみたいに、いつもそんなふうだ。そういう、いい意味でのマンネリというか、古臭さをおれは気に入っていたのだ。
「クラブはこんなになってるし、バトルには負けるしよ」
 大通りにやたら強いルカリオとガオガエンがいて、トレーナーも連れずにばったばったと挑戦者たちをなぎ倒していたのだ。おれもランクバトルの出身、そしてこちらには特性「リベロ」のエースバーンもいる。ルカリオにしろガオガエンにしろ、エースバーンなら圧倒できると思って挑戦したのに、惨敗するとはまさかだった。
「あいつら、ダブルバトルに慣れすぎてる。なんであんなところにプロ級の野生がいるんだよ!」
「そんなに怒るなよ。せっかくハロウィンしてるんだからさ。ロマンティックにしろって」
 ずっと思っていたんだが、ハロウィンは動詞じゃないだろ。それにさほどロマンティックなイベントでもない。
「あ、そうだ」と、エースバーンが酔ってふにゃふにゃした顔で言った。「ハロウィンはさ、『お菓子くれなきゃイタズラするぞ』って言ってくる相手に、お菓子を差し出すのが風習なんだよな?」
「まあな」
「なあ、ストリンダー」
 据わった目で見つめてくる。
()()()()()()()()()()()()()()()
「ふん」鼻で笑ってやった。「それは子供限定なんだよ。ヒバニーやラビフットならまだしも、おまえなんて――」
「お菓子くれなきゃイタズラするぞ」
「いやだから――」
「お菓子くれなきゃイタズラするぞ」
「あの――」
「お菓子くれなきゃイタズラするぞ」
「だからな――」
「お菓子くれなきゃイタズラするぞ」
「待て、待て」
 オレはエースバーンがデートだって言うからハロウィンに参加したのであって、祭りに行くのに自分のお菓子なんか用意してない。お菓子をもらったのだってエースバーンのほうで、おれは今、飴玉ひとつさえ持ってない。
「お菓子くれなきゃイタズラするぞ」
 ひやり、エースバーンの笑みに背中が寒くなる。
 ああ、もう……いつもの太陽じみた笑顔が、このときばかりは悪魔に見えた。でも、そうか、ハロウィンだもんな。先祖の霊に紛れて悪魔も来ようというものだ。いや、こいつの場合は怪獣か。やっぱりおまえ怪獣だったじゃん。追い払うのにピカチュウのパジャマではかわいすぎた。
「ちょ、だ、だめだろ、いくらなんでもこんなところで!」
「だれも見てないじゃん。ヘッドホンしてるし。バレないバレない!」
「バレるに決まってる!」
「でもほら、あそこでも人間が交尾してるぞ?」
 騒音より先に公然わいせつを取り締まるべきなんじゃないのか、ここは!
「ほら、こっち来いよ」
 酒が回ってるところに力ずくで来られたら、おれはエースバーンに勝ち目がない。
「あふっ、あっ、やめろヘンタイ! あっ、ちょ、あああっ!」
「ほら、ヘッドホンも。あ、そのピカチュウ、似合ってるよ。かわいい、ストリンダー」
「なっ、なんて? 聞こえなっ……んっ、んんぅぅ~っ!」
 ヘッドホンの上にピカチュウのフードを被せられる。()()()を要求する色魔の手にまさぐられながら、マキシマイザズの新曲のハロウィンソングに聴覚を遮断される。メタルによる無音、仮装パーティーの人混みのなか、おれはなす術もなし。あとはもう、酔ってぐるぐる回る世界と、エースバーンの手や舌、マキシマイザズの音楽だけ。トリックオアトリート……トリックオアトリート……
 今日は門限に間に合いそうにないなと、少しだけ思った。





    ルカリオとガオガエン




 マズルの部分の毛を脂まみれにしながら、ひと口でハンバーガーの半分ほども噛りとってしまうガオガエンのことを、ルカリオはいつものように見ていた。いくらファスト・フードといっても旅から旅のルカリオとガオガエンにとって外食というのは贅沢なもので、このハンバーガーのセットの料金を食材にあてていれば三日は食ってゆけるんだけどなあ、という無粋な計算がルカリオの頭をちらりとよぎる。よぎるだけで口にせず、自分もハンバーガーのセットを注文し、ポテトを大きいサイズにして、ナゲットまでつけたのは、今日がガオガエンと街に遊びに来ている日だからだ。街に遊びに来て、昼メシに店でハンバーガーを食おうというときにこすっからい損得勘定など不要である。金はまた稼げばよい。
 かつてのルカリオはイッシュ地方の都会に住んでいた。ハンバーガーのセットなど、主人といくらでも食ってきた。家を出て、あちこちを冒険するようになってからも、懐に余裕があればファスト・フード店には気楽に立ち入っていた。ただしそれは、いつも主人がいっしょにいたときの話。ルカリオはガオガエンと二匹で、トレーナーを伴わずにポケモンだけでファストフード店を利用することなど初めてだった。正直にいえば、少しは怖気づいてもいた。せっかく街に来てるんだしハンバーガーでも食うかと言い出しておいて、入店拒否されたら格好がつかないし、さらに問題なのはハンバーガーの口になってしまったものをどうしようもなくなることであった。
 杞憂であった。列に並んで順番を待ち、自分たちの番がきたとき、レジの店員は困惑の態度を少しも見せなかった。当然のように、いらっしゃいませ、店内でお召し上がりですか、と尋ねてきた。ルカリオはうなずいて、メニュー表を指差して注文し、金を払った。番号が呼ばれるまで待ち、トレイを持ってガオガエンと席について、なんの苦労もなくハンバーガーのセットにありついている。
「意外となんとかなるもんだな」
 あっけらかんと言ったルカリオに、ガオガエンのほうが呆れた。「ポケモンだけで入れるって、知ってたわけじゃないのかよ?」
「そりゃあ、知らないよ。カンムリ雪原を出てからずっとおまえといっしょにいたのに、こんなことしたの、今日が初めてだろ」
「追い出されたらどうするつもりだったんだ?」
「まあ六分四分くらいだろうなと思って」
 しっかりしているようで、ときおり垣間見えるルカリオのこういういい加減さに、ガオガエンはいつも閉口するしかない。二匹の旅はルカリオの知恵と知識によってほとんど成り立っていて、自分の生活をこんないい加減なヤツにゆだねているのだと思うと、ガオガエンはうすら寒くもなる。でもそんなふうでありながら、この二匹はなんだかんだとうまくやっている。
 ルカリオはカンムリ雪原の田舎とポケモンホームしか知らないガオガエンを都会に連れ出して、人間の街だとか、そこの食い物だとかをいろいろ体験させてやりたいと思っていた。ガオガエンにとっては、ばあさんのところのテレビでしか知らなかった街並みや、人間たちのファッションや、当たり前にそこらじゅうにいる野生ポケモン、そのなにもかもが目新しい。ガオガエンは都会デビューを楽しんでいたし、ルカリオもそういうガオガエンをあっちこっち連れ回すことで楽しんでいた。
「それにしても」ガオガエンにしては行儀のいいことに、マズルを紙ナプキンで拭う。「こんなに人間がたくさんいて、みんなこんなところで生きてるんだな」
「どういう意味?」
「意味とかないけどよ。こんなごった返してる場所でも、みんな意外と生きてゆけるんだなって思う」
 それぞれに行くべき場所や帰るべき場所があり、各自の目的と動機を持ち、そういう人間が集団をつくり、人口密集地域をつくり、破綻なく社会を形成している神秘のことを、ガオガエンは言った。野生のポケモンじゃ、こうはいかねえ。こんなにたくさんいたら、絶対に喧嘩する。縄張りを奪い合い、餌を奪い合い、番を奪い合い……数が多いということは争いが生まれるということだと、ガオガエンは思っていたのだ。
「まあそれは、小さなトラブルはいくらでもあるよ」
「そうなのか?」
「うん。今日なんか、とくにいろいろあるだろうな」
 いかにも、それがこの日、ルカリオがガオガエンを連れて街に繰り出した理由である。街が賑わっているのは、都会だからというだけではない。
 ハロウィンだった。街の至るところがデコレーションされていて、いっそ街ごとハロウィン仕様のテーマ・パークにでもなっているみたいだ。仮装した人間が平気な顔で街をうろついているし、店先を通りかかればポップながらおどろおどろしい音楽が聞こえてきたりする。
 朝の時点では、二匹にとっていつもの日常だった。ワイルドエリアのテントで目を覚ました二匹は普段どおり、キバ湖で顔を洗ったり、こもれびばやしで用を足したりして過ごしていた。すると、夜でもないのにバケッチャが群れをつくってテントのあたりを徘徊していた。
 ポケモンにとって、日付とか時間とかいうものはそれほど重要ではないし、わからなくとも生きてゆける。そして旅をしていれば余計に疎くなる。それでも楽しそうに群れをなしているバケッチャを見て、ルカリオはもうハロウィンの時期だっけと気がついた。
 ――ハロウィンって、仮装パーティーみたいなもんだよな?
 ――ガオガエンにしては珍しく、半分当たりだ。
 ――バカにしてるだろ、おまえ。
 ――いや、そんなことは。イッシュだと、子どもたちがお化けの格好をして近所を回って、お菓子をもらうイベントだったな。
 その流れで、せっかくだし街に出てみようかという話になった。ハロウィンの時期の街がどんなものか、様子見のつもりでエンジンシティを覗いてみると、どうやら十月三十一日、まさしくハロウィン当日らしかった。そうして本格的に街を見て回ろうということになり、こうして腹ごしらえをしている。この二匹が結ばれたきっかけというのがバレンタインであっただけに、ルカリオはポケモンでありながら人間の行事に対して、以前より少しだけ積極的だった。
「祭りのときは、みんな浮かれてるからな。羽目を外しすぎて、トラブルになったりもする」
「ふうん。別にそんなの見たかねえけど」言って、ガオガエンはドリンクで喉を潤した。「しかしこのコーラっての、慣れるとイケるなあ!」
 ルカリオは微笑む。コーラとはハンバーガーを食うのに最も必要なドリンクであった。ガオガエンは店で食うものを注文するなんて初めてだから、店の前でいつまでもうんうん悩んでメニューを決められず、結局はルカリオが注文を決めた。自分のと同じやつを、ふたつオーダーしたのだ。それでドリンクも勝手にコーラにした。ガオガエンは最初、炭酸の強いジュースにビックリして、しゃっくりばかりしていた。でもそういうものとわかって飲むうちに、バカに甘くてシュワシュワするこの飲み物のことが、だいぶ気に入ってきたようだ。ルカリオはガオガエンのこういう顔が見たいから、こいつにはいろんなものを食わせてやりたいし、いろんなところへ連れていって、いろんなものを見せてやりたいと思っている。半分くらいはそれが目的の旅でもあった。
「ポテトはどうだ?」
 ルカリオは尋ねた。ガオガエンはフライドポテトが大好物なのだ。
「うーん、これはこれで旨いけど、オレはおまえの作ったやつがいいな」
 百点満点の回答だった。これで「おまえのフライドポテトより旨い!」などと言われた日には、おまえにはもうフライドポテトを作ってやらん、一生ハンバーガー屋のポテトを食って生きてゆけ、と言うところであった。
 二匹がやっているのは紛れもなく、人間でいうところのデートである。ルカリオは、ポケモンだけでこんなふうに街を観光するなどと考えもしなかった。カンムリ雪原とは違い、エンジンシティ―ナックルシティ間のワイルドエリアでは、ワットショップがキャンプカレーの食材も扱っているから、食うものはそこで買い集めていた。ダイマックスポケモンを倒して回り、(ワット)を集めることで二匹は日銭を得ているのだ。そのようにして集まったアイテムを売れば、街で遊ぶ金くらいは余裕で工面できる。計算ではそうなった。でも実際にトレーナーなしで街へ遊びに出かけることを、ルカリオは一度も考えたことがなかった。カンムリ雪原のフリーズ村では、行商人や八百屋が、ルカリオだけで買い物をさせてくれた。でもそれは田舎のおおらかさのためだとルカリオは考えていた。都会のほうはもっと厳密で、人間もいない野生ポケモンなど入店拒否であってもおかしくないと思えた。
 だが現実には、ふつうにハンバーガー屋で食事ができた。主人が旅の折々で気楽にそうしていたように。その感覚は懐かしさに酷似してもいたが、同時に新たな発見でもあった。自分たちだけでもこんなふうにできるのだ、ということの。
 そうとわかれば、ルカリオの気分は盛り上がった。トレーナーがおらずとも、おれたちはこんなにも自由なのだ。人間の世界にだって踏みだしてゆける。ガオガエンだけでなく、ルカリオにとってもこれは都会デビューといえた。今日は一日、思う存分ガオガエンを振り回す所存であった。




 二匹ははしゃぎまくった。
 ハロウィンなのに仮装もなしでは味気ないと、ルカリオが最初にガオガエンを引きずりこんだのは雑貨屋だ。雑貨屋というカテゴライズのもと、いまいち統一性のない混沌とした陳列物をほとんどスルーして、ハロウィンのコーナーへまっしぐら。人間用の、ポケモンでもなんとか使えそうな仮装衣装を求めて、ルカリオはカボチャの被り物と黒マント、ガオガエンは骸骨のスウェットを購入した。
「でも、服なんて燃えてしまわないか」
「毎日着るもんでもなし、別にいいんじゃねえか?」
 金を持ち、仮装までしていれば、このルカリオとガオガエンはもはやどこの店に入ろうと追い返されはしなかった。
 ケーキ屋を通りがかれば、ちょっとグロテスクだったりおぞましかったりする個性的なケーキだのタルトだのを買って食った。甘いお菓子などバレンタインのチョコレートを最後に疎遠だった二匹は人間の作る精巧なお菓子を、見た目だけでなく味までちゃんと楽しむことができた。
 玩具屋に行けば、ハロウィン用のパーティーグッズに溢れていて雑貨屋よりも断然、華やかであった。玩具というのは楽しく遊ぶための道具であり、その高揚は人間の子どもと限らず、ルカリオとガオガエンに対しても有効に働いた。見るだけで心が踊る。しかしハロウィンという、たった一日の祭りのために人間はどれほどの技術的関心を燃やし、企業的努力を費やす生き物なのだろう? それだけの技術的リソースがありながら、ハロウィンの出し物は決して継続しない。その刹那的の感傷に二匹は圧倒されたのだ。とりあえず玩具屋で買ったのは、お菓子を入れるために手に持つ籠と、お菓子の缶詰だけだった。お菓子を配る側なのか、もらう側なのか、ここに至って中途半端だが、とにかく街遊びが楽しいルカリオとガオガエンにそんな細かい考えは無用のことであった。
 ハロウィンとは関係ない店も冷やかした。家電専門店のテレビでは、ムゲンダイナ騒動を鎮圧したことで一躍有名になったホップというトレーナーが、便利な道具を紹介する番組をやっていた。ガオガエンはテレビが好きだった。まるで玩具箱みたいに、テレビの中にはたくさんのものが詰まっている。楽しい話。悲観的なニュース。嘘のような本当の話。本当のような偽物の物語。あんまりにたくさんのものがそこには詰まっているので、それを観ているだけでガオガエンはじゅうぶんだった。ばあさんのところで、一人と一匹で暮らしていても、ガオガエンは別に寂しくもなかった。テレビを観ていれば、一日は簡単に過ぎた。
 ルカリオがいちばんぐずぐずしたのは、携帯電話ショップだった。身分証明も住所ももたないルカリオに、携帯電話の契約など結べるわけもなく、買うか買わないかの話であれば買わないに決まっているのに、いつまでも欲しそうに端末を眺めていたのだった。なぜって、これさえあればランクバトルの出場に登録できるんだぞ。ルカリオがそう言うと、回線がねえよ、とガオガエンは言った。おまえ、スマホとかパソコンとかわかるのか? ばあさんな、PCが達者だったんだ。おれの主人はスマホロトムすらろくに使いこなせてなかった――今は亡き自分たちのトレーナーについて、二匹はそれくらい気楽に話せるようになっていた。
 話の流れで、いつか家を建てようか、などという話にもなった。おれ、イッシュでは幹線道路のそばに住んでたんだよ。ルカリオが不意に、そう話し始めたのだ。おれは、いやだったんだ。うるさいし、においもひどかった。その道路の真ん中には巨大な中央分離帯があって、そこには芝生が植えられていた。リオルだったとき、おれはそこを草原だと思ったんだ。よく走り回って、遊び回ったな。寝転がって空を見るのが好きだった。でも、それは本当は許されないことだった。危ないから、と主人によく怒られたんだよ。それだから、おれはその地帯の理由がわからなかった。だれも踏み入ることのできない草原が。おれ、分離帯の上に建つ家に住んでみたいって思った。あそこに家を建てたら面白いだろうにって、よく思ったんだよ――田舎者だからだろうか、ガオガエンにはルカリオの話がときどきわからない。でも家を建ててみるっていうのは賛成だった。家を建てるというのは、生き物が生きることの証明だと思った。それが生きようとする意思なんだな、と。ルカリオは、家を建てた人間はたいてい死なない、と言った。建てないやつはたいてい死ぬ、と言った。おれたちが生きている限り、地がある場所なら、あるいはないとしても、どこでも家を建ててみるべきだと言った。そしてスマホを契約して、おれたちはランクバトルに出るのだと言った。
 それだけ街で遊んでも、ハロウィンはまだ始まってもいなかった。なんといってもハロウィンの本番は夜である。ルカリオとガオガエンは夕暮れになって、エンジンシティの真ん中を貫通するメインストリートへ繰り出していった。メインストリートはさすがにごった返していて、二匹ははぐれないようにしっかりと手を握っていた。人間がそれほど集まっているとは、それだけポケモントレーナーも集まるということでもあった。ポケモントレーナーが集まってなにが始まるかといえば、言うまでもない。ポケモンバトルである。昇降機前の広場では、トレーナー同士がお菓子をかけたバトルに興じていて、中にはダブルバトルをやっている集団もいたので、ルカリオもガオガエンも目を輝かせた。自分たちもバトルがしたい!
「おい、ガオガエン、ポケモンセンターだ!」
「へ? なんでだ」
「調整だよ! フレンドリィショップにドーピングアイテムを買いにいかないと。ダブル用に調整し直しだ。行くぞ!」
「ああん?」
 ルカリオはポケモンでありながら、いっぱしのトレーナーみたいな、ガオガエンにはまだよくわからないことを言うのだった。能力の下がるきのみだの、能力が上昇する薬だの、あれこれとガオガエンに与えては、わざレコードを使ってわざを入れ替え、使えそうなアイテムを持たせた。この手のアイテムは売れば金になるのがわかっているので、ルカリオとガオガエンは日頃からワイルドエリアで豊富に集めているのだった。バトルタワーに参加できないから本格的なバトル用アイテムはないが、きのみひとつ持つだけでも、なにもないよりマシである。
 二匹が調整を終えて広場に戻ってきても、バトル集団の盛り上がりは続いていた。野生のポケモン相手ではない、本当のポケモンバトルにルカリオは武者震いして、バトルを挑めそうなタイミングを待っていた。そしてガオガエンはといえば、しきりに不安がっていた。
「緊張する。トレーナー相手に戦ったことだってないのに、ダブルバトルなんてよ。うまくやれるか、わかんねえよ」
「だいじょうぶだよ。こんなのスポーツみたいなもんだ。遊びだよ、遊び」
 そうして、トレーナー同士のバトルが途切れた隙を見計らい、ルカリオはガオガエンの手を引いて乗り出していった。闘志を込め、勇ましく吠え声のひとつもあげれば、それでじゅうぶんだった。さっきまでバトルしていたトレーナーが、ルカリオの挑戦を受けて立ち、体力じゅうぶんな手持ちを二匹、繰り出してきた。
 相手はオスのイエッサンと、プリンだ。ボールから出ると同時、イエッサンがサイコフィールドを展開する。相当ダブルバトルを戦っている相手と見えた。プクリンではなく、プリンを繰り出してきたことからもそれがわかる。おそらくはフレンドガードの特性を持っていると思われた。しかしタイプ相性を考えればこちらが有利である。特にガオガエンに対しては有効打がないはずだ。
「プリンがサポートして、イエッサンが火力を出してくる。まずはおれがしのぐから、おまえはイエッサンを倒してくれ。イエッサンさえ倒せばこのバトル、いただきだ」
「お、おう!」
 一手、ルカリオは「まもる」から入る。敵はサイコフィールドによるエスパータイプの技で、ルカリオに火力を集中すると読んだ。トレーナーにポケモンの知識があるならば、エスパータイプを無効にするタフなガオガエンは後回しにしたいはずだ。リカリオを倒し、数的有利で勝ちにくる――
 ルカリオの読みは、半分はずれた。ルカリオに向けられたイエッサンのサイコキネシスを防いだはいいものの、プリンの「てだすけ」がこない。トレーナーがプリンに命じたのは、「てだすけ」ではなく「サイドチェンジ」だった。ガオガエンの「DDラリアット」は、すんでのところでポジションが変更されてプリンが受ける。ガオガエンの力強い直接攻撃に、ゴムボールみたくボヨヨンと派手に弾け飛ぶが、ガオガエンが得た手応えはきわめて浅かった。けろりとした顔で、プリンは元の位置に戻ってくる。
「なんだ、あいつ! ちっこいのに、ずいぶんタフだな」
「『しんかのきせき』だ。フェアリータイプだし、あいつを落とすのは骨が折れるぞ」
 もちろん、はがねタイプのルカリオであれば、プリンの突破は可能だった。一撃で倒せずとも、ガオガエンがほのおタイプのわざで後詰はできる。しかしプリンにかまけている間にイエッサンがフリーになるのが驚異だ。サイコキネシスでルカリオが倒され、ガオガエン・イエッサンのタイマンになると、足の速いイエッサンが有利を取るかもしれない。
 そう、足の速さが問題だ。
 最速の調整をされたイエッサンは、ルカリオよりも速くなる。一発目のサイコキネシスは「まもる」で防いだ。しかしまともに受ければルカリオの耐久力ではおそらく耐えきれない。かといって、「まもる」の連続使用は成功率が低い博打になる。ここは「しんそく」を選んでルカリオを切り、ガオガエンがイエッサンを落とし切ってガオガエン・プリンの盤面を作るか――
 いや、だめだ。サイドチェンジがある。生半可な火力を、サイドチェンジでプリンに受け切られてしまっては元も子もない。一手に火力を担うイエッサンを、プリンが守る。とても強力な相手だった。互いに一度ずつ技を見せあっただけ、こちらには被害という被害もないが、ルカリオとガオガエンはすでにかなりの不利を強いられていた。
「どうする?」
 ガオガエンが尋ねた。バトルのブレインはルカリオだった。しかしルカリオは、どう考えても自分が先に倒されることを確信している。自分が倒されたあともガオガエンが勝ちきれる作戦を、ルカリオはこの場で編み出さなくてはならない。
 イエッサンが尋常でない高火力なために、勝負が決まるのは一瞬だ。やはり重要なのはプリンよりもイエッサン。これを落とせば勝ちは固い。しかしそのためにはプリンが邪魔であり……
 ふふ、とルカリオは笑った。その笑みは不敵だった。楽しい。努力の研鑽に、創意工夫。知恵と知恵のぶつかりあい、狂おしいほどの勝利への渇望。ルカリオはそれを求めていた。この情熱がけっして忘れることの叶わぬものであったから、ルカリオはランクバトルをもう一度戦いたかった。できることなら、ガオガエンといっしょに。
 今、ここにはそれに限りなく近いものがあった。ハロウィンの偶然によって出会った見知らぬトレーナーは、マスターボール級のトレーナーと遜色ない相手だった。勝ちたい。いや、正確には勝敗は重要じゃない。勝負の結果はおまけみたいなものだ。今、このバトルを一生懸命に楽しむことができるなら。だからポケモンバトルは、いえば求愛ダンスのようなものだと、ルカリオは思う。この素敵な巡りあわせに、ルカリオは感謝すらしていた。
 いいハロウィンになりそうだ。互いに出方を伺いあう睨みあいのなかで、ルカリオはどうしたって笑ってしまうのだった。




 初戦のイエッサン・プリン戦は、ルカリオとガオガエンの勝利に終わった。
 その後ルカリオの選択はこうだ。ルカリオが「しんそく」で、ガオガエンが「ちょうはつ」でイエッサンに集中する。これはプリンの「サイドチェンジ」がなかった場合、イエッサンへの「ちょうはつ」が無意味に終わる確率が高いが、その場合であっても「しんそく」でイエッサンの体力を大幅に削ることができる。ならば、あとはガオガエンがほのおタイプのわざを繰り返すだけでいい。もはやプリンの「サイドチェンジ」が何度来ようと関係ない。いかに「フレンドガード」や「しんかのきせき」で防御力を高めようと、ルカリオとガオガエンの攻撃力をタイプ相性の守りなしに何度も耐えられはしない。
 サイドチェンジがたった場合は、おそらく「てだすけ」で火力の威力の上がった「サイコキネシス」でルカリオは倒されてしまうが、攻撃するわざを持たないであろうプリンは「ちょうはつ」によって無力化できる。その後はガオガエンのきれいな一撃で、防御力の低いイエッサンはおしまいという算段だ。イエッサンの火力はサイコフィールドによるエスパータイプのわざによるものであり、ノーマルタイプのハイパーボイスやトライアタック程度であれば、タイプ一致・てだすけ込みでもガオガエンは二度、耐えられる。単純な撃ち合いで負けることはない。しかしトライアタックの状態異常ばかりはどうしようもなかった。こればかりは時の運である。
 結局、プリンは再び「サイドチェンジ」を繰り出してきて、「サイドチェンジ読みちょうはつ」によってガオガエンに無力化された。ルカリオはイエッサンに倒されて実質ガオガエン・イエッサンのタイマンだが、体力満タンのガオガエンが有利のまま、勝利した。
 ガオガエンの「サイドチェンジ読みちょうはつ」は、ギャラリーをおおいに湧かせた。トレーナーのいないポケモンのダブルバトルが思いもよらず高度であり、強力なトレーナーを打ち負かしたとあって、それはもう大盛りあがりである。二匹はその後もひっきりなしにバトルを挑まれ、傷ついてはトレーナーたちに回復アイテムを与えられて、夜更けまでずっと戦っていた。
 なかでも面白かったのは、自分たちと同じように、トレーナー抜きでバトルを挑んできた二匹組のポケモンだ。ストリンダーとエースバーンのタッグだった。エースバーンは当然のように特性「リベロ」で、ストリンダーもダブルバトルでは強力なポケモンだったが、なんとか勝つことができた。やはり耐久力で劣るルカリオがまず狙われたが、「まもる」で時間を稼いでいる間に、ガオガエンの「いかく」や「すてゼリフ」がエースバーンの火力を削いだのが大きい。エースバーンの強力な「かえんボール」をなんとかルカリオが耐え、二匹でエースバーンを倒す。ストリンダーの「オーバードライブ」が二匹をまとめて攻撃し、ルカリオは倒されてしまったが、ストリンダー相手のタイマンに持ちこめれば、それまでに「オーバードライブ」で削られていたガオガエンでも問題ない。高い耐久力を活かし、フィラのみの回復も合わせて、正面からの撃ち合いをガオガエンが制して終わった。
「いやあ、面白かったなあ!」
 帰り道、ガオガエンは上機嫌だった。思わぬ形で、都会デビューがダブルバトルデビューになり、勝ったり負けたり、楽しかったのだ。籠いっぱいのお菓子は、二匹の健闘を讃えてくれたトレーナーたちのおまけの割合がほとんどだった。実際の二匹の勝率は六割程度。勝敗でお菓子をもらったり渡したりだけではこうはならない。
「次はいつ、あんなバトルができるだろうな」
 戦利品のキャラメルを食いながら、ルカリオも祭りの終わりを名残惜しんでいた。時刻は深夜。ハロウィンの騒ぎもぼちぼちと静まってゆき、二匹もバトルはそれでおしまいにした。アイテムで傷は回復しても、やはり疲れる。それくらい二匹はバトルに没頭した。
 そしてそれができたのは、今日がハロウィンだったからだ。明日からは当分、あの広場にトレーナーが集まることはないだろう。そして今日ほどに腕の立つトレーナーとも簡単には出会えないだろう。それがわかっているから、ルカリオも、そしてガオガエンも、夜遅くになってでもバトルを続けたのだ。ランクバトルなら、いつでも高度なバトルに挑戦できる。しかしトレーナーのいない二匹にそれは不可能なのだ。
「オレもスマホが欲しくなっちまったぜ。またあんなバトルができるなら」
「端末だけなら、金を貯めれば買えるんだけどな。回線か。なんとかならないかな」
 そんなことを話しながらの帰り道、テントが見えてきたあたりで二匹はバケッチャの群れに出くわした。朝に見たのと同じやつらだろう。相変わらず、仲間同士で楽しそうにじゃれあっている。
「野生のポケモンも、意外とハロウィンを楽しんでるんだな」
「ゴーストタイプだからだろ。よく知らねえけど、死んだ家族の霊がどうのこうのっていう祭りらしいじゃねえか」
 微笑ましく眺めながら歩を進めていた二匹に、バケッチャたちが気づく。すると、やおら群がってきて周りを飛び回るのだ。なんだなんだと身構えている二匹を取り囲み、バケッチャの群れは突然、そこかしこから霊的な光を浴びせてくる。
「うおお、なんだ! なにしやがる、こいつら!」
「これ……ハロウィンだ」
「は?」
「わざだよ。『ハロウィン』。バケッチャのわざだ」
 お化けじみた光が辺りを取り囲んで、まるであの世の様相である。しかしその光自体はなんら害をもたらすものではなく、二匹は別になんともない。ちょっと驚いただけだった。
 驚かせたことで満足したのか、バケッチャたちはキャーキャーいいながら楽しげに去っていった。
「なんなんだよ、まったく」
「イタズラだよ。ビックリさせて遊んでるんだ」
 それよりも、ルカリオには気になることがある。それはポケモンバトルに、ひいてはポケモンの持つわざについての知識のあるルカリオだからこその閃きだった。
「なあ、ガオガエン。『ハロウィン』は、相手にゴーストタイプの性質を増やすというわざなんだ」
「はあん?」ガオガエンは首を傾げる。「そりゃまた、ヘンなわざもあるんだな。つまり今、オレたちはゴーストタイプってわけか」
 わざとしての意図はよくわからないものの、そうと意識してみれば、それは明らかであった。ガオガエンの心情として、なんとはなしにちゃらんぽらんというか……時間が壊れているとでも言うべきか……得も言われぬ心持ちがする。そして身体的感覚としての変化もあった。頭とは別の場所、本能とでもいうべき感覚において、ガオガエンはこの世ならざる世界や非生物の存在を感じとり、確信していた。目には見えない別世界、あるいは死者の魂などを、嗅覚のような新感覚が伝えてくる。
「わかるか? ゴーストタイプの、この感じ……」
「おお、わかるわかる。すげえや。ゴーストの連中、いつもこんな感じなんだな」
「なあ、ガオガエン」ルカリオの声は硬い。「今のおれたちは、死者に会えるよ」
 ガオガエンは絶句した。ルカリオの言葉がなにを意味するのか、理解できるから黙りこむ。
「どんな形で会えるのかはわからない。でもそれができるってことが、体でわかる。ゴーストタイプだからだ。あの世と通信することなんて、当たり前みたいにできる」
 それは推測という範疇を完璧に超越して、事実だった。今の自分たちにはそれが可能だと、ルカリオもガオガエンも疑いようがない。ルカリオが波導を操り、ガオガエンが炎を操るように、それは疑問を差し挟む余地すらない、ゴーストタイプとして当然の能力だった。
「おまえ」と、ガオガエンは慎重に言った。「会いたいか?」
 死んでしまったトレーナーに。
 正確には、カンムリ雪原の海に飲み込まれ、生死不明のまま別れてしまった、ルカリオの主人である。ルカリオはずいぶん長く、主人を捜索した。しかし見つかったのはロトムじてんしゃだけである。だが氷海のど真ん中でロトムじてんしゃを失った人間が生きているとは思えない。遺体が見つからない以上、生きているかもしれないと信じることは、もちろん可能だった。しかしルカリオは、行方不明の主人を、死んだものとして受け止めることを決めた。そうすることでようやく、ガオガエンとの旅を決めることもできた。
 それが今、ルカリオにはチャンスが与えられた。真実に向かうチャンスである。あの世とか、冥界とか、とにかく死者がいるといわれる世界は実在する。言葉によってのみ成立していたその概念が、ゴーストタイプになった今は実在として感じられる。つまりルカリオは、答えを得られる立場にあった。主人が生きているのか、死んでいるのか、その答えを。それはコーストタイプに特有の異世界と通信することで容易に得られる。
 主人が生きていれば、ルカリオは現世で再び主人と会うこともできるかもしれない。主人が死んでいれば、ルカリオは死なせてしまったことを謝れる。
 ルカリオにとって、厳密には主人の死は不明瞭なものだった。それは限りなく事実と思われるだけの()()()()に過ぎなかった。新しい一歩を踏みだすための思いこみだ。ガオガエンを大切にしたいから、愛しているから、ルカリオは主との永訣を決めた。自分で、そう決めたのだ。
 ガオガエンにとっては、どうか。
 ルカリオの場合と違い、ガオガエンの主人の死は確実であった。目の前で死んだからである。ガオガエンの手の中で、老婆の命は抜け落ちていったのである。「死」という、生物にとってもっとも巨大で、容赦のない恐怖のことを、ガオガエンは肌身に感じ――しかし、それでも受け入れていた。ばあさんのことは好きだったし、死んでしまったことが悲しくて、怖くて、泣いてしまったりもした。ばあさんは死んだ。本当に死んでしまったのだ。それを理解しているから、だろうか。死んでしまったばあさんに、もう一度会いたいとは、不思議と考えなかった。
 ルカリオとガオガエンの「死」の体験は、このように違っている。だから、ガオガエンは尋ねたのだ。ガオガエンが感じるところと、ルカリオの感じるところはまったく違う。ガオガエンがこうと思うところを、ルカリオはぜんぜんそのようには考えないかもしれない。
 死んだばあさんに、もう一度会いたいかどうか。ガオガエンはそのことをすこし考えて、すぐに思った。そして、それをルカリオに言った。
「オレは、やめとく」
 ルカリオは尋ね返した。
「なんでだ?」
 意外ではなかったかもしれない。ルカリオは、ガオガエンの選択をそれほど疑問には思わなかった。それでも尋ねるのは、思考過程を知りたかったからだった。死んだ主人に会わないという、なにがその選択をさせたのかを。
「なんでっていうか……会いたくないわけじゃないぜ。でもよ、いきなり会えるったってなあ……心の準備、とか? できてねえよ」
「うん」
 うん、うん、とルカリオはうなずく。心の準備ができていない。それはむしろ、ガオガエンよりもルカリオの側にこそ適切であった。真実と向きあう覚悟など、できているわけがなかった。
「それにな」と、ガオガエンは言った。「死んだらみんな、いつか()()に行くわけだろ。それがわかっただけ、いいかなって思うんだよ。ばあさんに会えるってんなら、ちゃんと生きて、ちゃんと死んで、それからでもいいよなって」
 ガオガエンの言うことに、ルカリオは納得した。言葉によって論破されたわけではなかった。ちゃんと気持ちの伴った、心からの賛同だった。
「おれもそう思うよ。ほんとうに。だからおれも会わない」
「いいのか?」と、ガオガエンは言った。
「いい」と、ルカリオは言った。
「オレに付きあってやめること、ないんだぞ」
「そんなんじゃないよ。いいんだ。ほんとうに」
「わかった」
 ガオガエンの声は晴れ晴れとしていた。スイッチが切り替わったように。なんのスイッチを入れて、なんのスイッチを切ったのか、そんなことはルカリオにはわからない。それでもとにかく、ガオガエンのなかのスイッチは、確かに切り替わったのだ。
「だいたい、ハロウィンっていうなら向こうから会いにくるのが筋だよな。年に一度の『死者の日』なんだからよ」
「おまえ、意外とちゃんとハロウィンについて知ってたんだな?」
「やっぱバカにしてるだろ。やるか? お?」
 いつになく戦闘的なガオガエンの態度は、ゴーストタイプが追加されたことによるものだった。というのも、ルカリオのかくとうタイプとはがねタイプのわざ、それから「しんそく」も、今のガオガエンには通用しないのだ。それを理屈ではなく体感として察しているから、ガオガエンは強気なのである。ついでにいえば、ゴーストタイプはゴーストタイプが弱点でもあった。
 そのようなわけで、ルカリオはガオガエンに思いきり体をくすぐられてお仕置きされた。
「いっこ思ったんだけどな」
 ルカリオを散々ひいひい鳴かせてからテントに入り、ガオガエンは言った。
「バケッチャの『ハロウィン』って、オレらが主人に会うかどうかって、そういうイタズラだったのかもな」
「ビックリさせるイタズラだったわけじゃない?」
「そう」
「そこまで考えてるかな」と、ルカリオはすこし笑った。「それにイタズラとしては趣味が悪い」
 でも……そうだな、とルカリオは考える。ハロウィンが死者の日であるならば、おれたちは死んだ主人のことをすこし考えるくらいは、できてよかったかもしれない。それは生者が死者のためにできる、唯一のことだからだ。
 お菓子をたらふく食って空腹を感じなかったので、二匹はそのままテントで寝た。疲れているから、水浴びも明日の朝に回した。もう夜にはだいぶ冷える季節だから――いや、真夏の熱帯夜でもそうであったように――くっつきあって寝た。
 そしてルカリオは夢を見た。それは中央分離帯に家を建てる夢だった。そこには主人もいて、あれこれと文句を言いながらも平和に暮らしているという夢だった。ルカリオが主人について見る夢の中で、もっともポジティブな夢だった。でもどういうわけか、中央分離帯の家にはガオガエンがいなかったので、早くいっしょに暮らせたらいいのになと思うのが、不満といえば不満だった。主人のことも大切には違いないが、ルカリオはそれくらい、今を生きる相棒のことを愛している。





    名無しの4Vクリムガン




 また出たよ。
 秋がこの上なく深まるころ、そんな会話がイッシュのあちこちで交わされていた。
「また出た」……それはゴーストタイプの跋扈する世界ではよく聞く言葉だ。珍しくもなんともない。
 人間が口にするならば、珍しくはない。
 ならば、人間でない者が口にすればどうだろう。
 ポケモンたちが額をつきあわせ、ひそひそ声で噂するのだ。
 あるものは、人間を驚かせようとしたところ、別の何者かに脅かされた。
 あるものは、人間を痛めつける罠を仕掛けたところ、何者かに突き飛ばされて自分が罠にかけられた。
 あるものは、人間を惑わそうとわざをかけたところ、何者かの声に驚かされて人間が技にかかる前に逃げてしまった。
 とにかく、なにかイタズラを仕掛けると、それを妨害してくるナニカがいるのだ。
 ケタケタと笑い声がして、探そうとすると姿がない。いずこかのポケモンには違いないだろうが、ポケモンにイタズラをするポケモンなど聞いたことがない。誰も彼もが、なんともいえない不気味さを感じるのだった。
「由々しき事態だ」
 棒つきのペロペロキャンディーを舐めながら、おれは横を歩くワルビルに言った。野生のポケモンたるもの、自由気まま勝手気まま、面白おかしく日々を過ごすものとおれは常々考えている。人間を揶揄(わら)ったり大暴れしたり、それはポケモンのライフワークなのだ。それを人間ならまだしもポケモンが妨害しようとは、とんでもないヤツがいたものである。
「なんとかしてとっちめてやらないとな」
 舐めるのに飽きたキャンディーを噛み砕き、次に袋を漁って出てきたのは、小さなクレープだ。店で売っているみたいにきちんとビニールに包装されていて、冷蔵庫から出したばかりのようにまだ冷たい。
 おれは、人間からはクリムガンと分類されるポケモンで、ポケモン図鑑ではかなり凶悪だといわれているらしい。それなりにハロウィンに相応しいように思う。まあ、そのハロウィンっていうのがなんなのかはよく知らないが、そのへんの家を訪ねて回れば、向こうから勝手にお菓子を差し出してくるという、なんとも好都合な行事だそうだ。タブンネがそう言っていた。
 ハロウィンといえば仮装するものらしく、確かに表には大人も子どもも珍妙な格好で出歩いている。おれは野生なので仮装なんか埒外なのだが、あくタイプのワルビルも誘って、二匹で「こわいかお」のひとつでもしてみせれば効果的にお菓子を集められると思ったのだ。
 その成果である小さなクレープを、ひと口に頬張る。冷たくておいしい! チョコレートとクリームとカスタードとバナナを生地にくるんだ、素晴らしい甘味である。人間はいつもこんなものを食べているのかと思うと、ちょっとばかり羨ましくなくもない。
「――なんで?」
 おれが息巻いているのに、ワルビルはどうにも話を呑みこんでいない。おれが珍しくやる気に満ちているというのにだ!
「捕まえるのを手伝ってくれ」
「ええ? 俺がか?」
「そうだ。どうせ暇だろう」
「暇だとしても面倒だよ」
 話が噛みあわない。
 先にも述べたように、おれにとって野生とは好き勝手するのが信条なのだが、そうなるとワルビルが自分の時間を自分以外のために使うことには相応の理由が必要になるのだろう。それもある種の合理主義だ。ハロウィンに付きあってくれたのもお菓子が食べられるからというのが理由だろう。
 それでもおれは、論理でワルビルの懐柔を試みる。
「ワルビルが囮になるんだ。おれがワルビルにイタズラをしかけるフリをして、犯人をおびき寄せる」
「へえ、考えたな。どこにいるかわからないから、誘って釣りあげる。定石だな。単純だが悪くない」
「それにワルビルなら熱探知で犯人が近づいてくるのもわかるかもしれない」
 能力を頼りにされれば、無下にする確率が低いのがワルビルだった。
「仕方ないな。協力してやるよ」
「ありがとう、ワルビル」
 おれの狙いどおり、たいした葛藤もなく承諾を得られた。どうでもよい事柄であるならば、引き受けて力になるのがよい。基本的にはそう考える場合の多いのがワルビルの性分だ。
「でも、人間相手のイタズラじゃなくてもいいもんなのか? その、犯人は」
「そのへんにいる人間の近くを歩いていれば、トレーナーだと思われるだろう。おれはワルビルにイタズラするフリをするけど、見ただけなら人間を襲うようにも見えるはずだ」
「それ、俺がいる理由、あるか?」
「ほんとうに人間を襲ったら、おれが退治されてしまうかもしれないだろう。ワルビルがいれば、野生同士でじゃれあっているように見られる」
「よく練ったような、曖昧なような……なんとも言えない策だ」
 曖昧でもなんでも、策は用意したのだ。そして策だけでは片手落ち。策には時分と場所を選ばねばならない。
 データによると、どうも夜のフキヨセシティの、タワーオブヘブンへ向かう道路に出没しやすいらしい。ハロウィンの今日ならば出歩いている人間もそこらじゅうにいるし、ワルビル一匹がひょこひょこ近くを歩いても、みんながみんな「だれかのポケモンだろう」と思って気にもとめない。
 ともあれ、策と場所と時間が決まれば、あとは忍耐辛抱の勝負。
 やったところで周囲に敵がいなければ無意味なのだから、まずは敵がいるかどうかを確かめる。茂みに隠れ、物音、気配、空気の動きを伺った。こうして獲物を待ち構えるのは野生の日常だ。とくにおれは、耐えなければならないことであればいかほどに時間が経とうとも耐えられる自信がある。
「いた」と、いよいよワルビルが呟いた。
「ほんとうか」
「ああ。温度がないから、ゴーストタイプだろう。どうやらトレーナーはいない。野生だな。それにしては潜み方が中途半端だ。不審すぎる。間違いない」
「よし、行こう」
「ああ」
 手はずどおり、ワルビルが茂みからするりと抜け出す。静寂とともに茂みを抜け出すという身のこなしからも、ワルビルの真剣度の高さがわかった。体についた小枝木端も身震いして落とし、ワルビルはトレーナーと歩くポケモンを装う。
 そのまましばらく歩かせて、おれは思いきりわかりやすく茂みから飛び出して、人間を襲う体で、ワルビルに襲いかかる、フリをした。
 最後の仕上げの最終確認。
 これでおれに仕掛けてくれば十中八九のどんぴしゃり。おれもワルビルも、この気配が犯人と確信しているが、それでも証拠は必要だ。
 果たして、おれもワルビルも、気配が飛びかかってくるのを察知していた。
「クリムガン!」
 タイミングをしっかと捉え、ワルビルの合図とともに、おれは体をくるりと回す。力いっぱい尻尾を振り回すだけの、わざとすらいえない攻撃だが、ドラゴンタイプの膂力をもってすれば威力はじゅうぶん。ワルビルは難なくかわし、おれは背後を薙いだ。
「うわあ!」
 悲鳴があがる。ようやく見つけた! 尻尾の一撃は避けられたが、体勢を崩したところに爪を突きつければ、もはや退避も不可能だ。
「デスマスだったのか」
 思っていたより小さなそのポケモンの名を、ワルビルが言った。
「タネがわかれば簡単な話だな。ゴーストタイプなら見つかりにくいわけだ。不意を打って、物をすり抜けるなりして一目散で逃げればいい」
 おれとワルビルの派手な動きに集まっていた人間たちの視線が、バラバラにほどけてゆく。単に野生同士の小競り合いとしか思われていないのだ。
「あーあ、見つかっちゃったか」
 デスマスが言った。それは犯人による自白と同義だ。
「なんでこんなことをするんだ」と、おれは尋ねた。
「楽しいからに決まってんじゃん」
 どうでもよさそうなフリをして、小馬鹿にした態度を見え隠れさせる。それはわかりやすいぐらいに、小憎たらしい幼さだった。このデスマスはほんの子どもなのだ。
「ポケモンを困らせるのが、楽しいのか?」
「野生のポケモンだって、意味もなく人間にイタズラして楽しむヤツはいるだろ。オレだってそれと同じさ」
「おまえは人間にはイタズラしないんだな」と、これはワルビル。
「はん。人間なんかイタズラしても、なにが面白いんだ。すぐに引っかかるし、反応も飽きたよ」
「だからポケモン相手に?」
「そうだとも。人間を騙して虚仮にして、さあこれから嗤ってやろうって瞬間に一発くらわせてやると、目論見はずれて間抜け面するんだからさ。それの面白いこと、面白いこと!」
 けたけた笑うデスマスに、ワルビルは呆れ顔だ。でもおれはデスマスの言っていることがわかるような気がしていた。イタズラなポケモンを驚かせる面白さなどはピンとこないが、面白いと感じるものを優先するのはポケモンの行動としてきわめて自然だと思ったのだ。
「で、どうするんだ?」ワルビルが言った。「退治するっていっても、ゴーストタイプは死なないぞ」
「退治だって?」デスマスはまた高笑いだ。「あんたらにそんな権利はないよ。オレはなにも犯罪を犯したわけじゃない。ポケモンを驚かせて遊んでるだけだ。それをなんだって裁けるもんか」
「遊びだったのか」
 なんの気のないおれの呟きは、無意識の導きだったかもしれない。おれはこのデスマスに対して、気まぐれなお遊び以上の切実さをなんとなしに嗅ぎ取っていた。
「そうだ。ゴーストタイプなんて、遊んでなきゃ狂っちまうだけだ。ただただ彷徨うだけの精神の発露なんて。だったら思う存分に楽しい思いをして、なにが悪い?」
「おれはそうやって壊れたゴーストタイプを実際に見たことがある。壊れたゴーストタイプはどうなるんだ?」
「知るもんか。転生までただただ待ちぼうけじゃねえの」
「転生」と、おれは繰り返した。「おまえもそのうち壊れるのか? 言葉も時間も壊れて、その転生っていうのを待ち続けるのか」
「さあね。もう長いことデスマスやってるけど、どこにも行けやしねえ。たまに戦争とかあると、ゴーストタイプで溢れかえる。そういうヤツを何回も見たし、何回も置いてきぼりだよ」
「長いことって、どれくらいだ?」
「わかんねえよ。生きてるころに、なんか税金が重くなったとか、街で禁止されたことが増えたとか、大人がいろいろ言ってたのは覚えてるけど」
「おまえ、人間だったのか?」
「そうだよ。デスマスってのは死んだ人間なんだ。笑っちまうよな。オレ、微罪なんだってよ。地獄に堕ちるほどじゃねえけど、天国にも行けねえ。転生するには優先するのがいるっていうので、後回しにされてんのさ」
「微罪って」ワルビルが反応した。「なんか悪いことしたのか?」
「生きてた」
 デスマスの言葉に、ワルビルはなにも言わなかった。
「生きるってな、ただ生きるんじゃ、人間は罪を生むんだぜ。自覚してるか無自覚か、大なり小なり程度はあるけどな。なにも考えず、ぼけっと生きてるだけじゃ、罪はどんどん膨れてゆくんだ」
「おまえは、子どもなんだろ」
「ガキだからしょうがないって? それは生き物の理屈だろ。神様の理屈とは違う」
「いいと思う」と、おれは言った。「おまえを退治するのはやめる。おまえはそうやって、楽しく遊べばいい。おれもワルビルも、ずっとこのままだけどなにも問題はない。好きにすればいい」
「そんなのは、生きてるから言えるんだよ」と、デスマスが反論した。「生きてれば、どこにでもいける。なんだってできる。ずっと同じつもりでいて、過去と今と未来はなにかが違う。でもオレは死んでるんだ。もう終わってるんだ。終わってるのに、いつまで経っても舞台の幕が降りない。生きてたころと、心も体も同じで変わんねえでさ」
「いいことじゃないか」
「そう思うか?」
 デスマスは笑った。デスマスはおれたちに会ってから、ずっと笑っている。でもこの笑いにはもっとも強い諦念があった。
「ハロウィンは、死者が生者に会いにくる日なんだってな。バカじゃねえのか。肉体がどこにあるかなんかもうわからねえし、骨が残ってりゃラッキーくらいで、会いたい子孫なんかどこにもいねえよ。オレたちはな、否応なく神様の理屈の仕組みに入れられてるんだ。でもそれはいい。そのことをああだこうだ言ってもしょうがない」
 でも、とデスマスは言った。
「オレは、いつまで待ってりゃいいんだ?」
 そんなことを言われても、おれにはわからない。
 おれは元人間でもないし、人間ではなくポケモンだから、生きているだけで罪を生成し続ける生き物ではないのかもしれない。いつかおれが死んだとしても、デスマスのようにはならないかもしれない。
 人間は、勝手に生きて勝手に死ねばいい。ポケモンにとって、人間はその程度のものだ。
 でも、だからといって生きていることが罪だと言われれば……それをいつだって意識して生きることを強いられているのなら……人間というのは常にすこし悲しい、そういう生き物なのかもしれない。




 客観的な行動に着目すると、おれはシジジィのように思える。
 シジジィというのは、一羽の生まれたてのマメパトのことを言う。雛のくせに、かわいいくせに、だれもそばにいないから、マメパトはぴーぴー鳴いたりしない。そのくせ自由に空を飛び回ったりする。雛だからなんだってできる。不可能なことなどなにひとつなく、神様のように世界のすべてを所有している。シジジィとは、そのような存在のことを指す。
 たしかに、おれは独自の世界を持っている。そして空を飛んでいるかのように夢想へ身を浸している。無意識の世界は暗闇にも似ているが――いずれにしろ自己完結しているように思える節はある。
 おれがシジジィであるとするならば、どうしてポケモンセンターに帰ってくるのかわからないし、タブンネやワルビルと仲良くする必要もない。シジジィにとって他者は不要な存在だから、自由で気ままに生きてゆけばよいのだ。
 だからたぶん、おれはシジジィに憧れているのだろう。それでシジジィになろうとしているのだろう。あるいはデスマスは、限りなくシジジィに近い存在といえるかもしれない。デスマスの言う変化のなさもいいことだと思えるし、よっておれはシジジィではないという結論で問題はない。
 だが、そうするとどうして――という疑問が再びのぼってくることになる。
 どうして、おれはタブンネやワルビルの友達であろうとしているのだろうか。換言すれば、どうして友達として愛されようとしているのだろうか。
 みんながなにを望んでいるのかくらい、おれでもわかる。それがよいことだと思っている。本能か、あるいは自分がそうであるから、おれにもそうであってほしいという共感の強制なのか。おれにはそれらの区別はつかないが、いずれにしろ緩やかに強制されていることは知っている。有形力を伴わない洗脳行為のようなものだ。
 吐き気がするほどに、愛は自我を汚染する。共感が、常に強制される。
 愛なんて不要なのに。愛から浮揚しようとしているのに。なぜって、愛は汚いものだろう?
 愛する行為は善なる行為という妄想は、共同体を包みこんでいる。その愛のイデオロギーによっておれのような存在も生まれるわけだが、なに、たいしたことじゃない。集団にすら属さないたった一匹のポケモンなど、ちょっとしたノイズのようなものにすぎない。
 要するに、おれが異常なだけ、ということで片はつくというものだ。
「おれがふつうのポケモンになったら、どうなると思う?」
 ハロウィンから帰ってきて、おれはタブンネに尋ねた。
「心が……通じあえる?」
「そうはならないと思うけど」
「そうかな?」
「でも、それはタブンネのことが嫌いだからそうなるってことじゃなくて、むしろ逆なんだ。タブンネのことが好きだから、まずいことが起きるんだと思う」
「そうなの?」
 なんとなく、タブンネの顔は嬉しそうに見える。でも、なんだか戸惑っているみたいだ。
 おれは、自分のなかの気持ちがハートのかえんほうしゃになって飛びまわらないように、慎重にコントロールしなければならなかった。
「だれだってみんな、孤独になりたいとは思わない」
 おれがそんなふうに言葉を切り出すと、タブンネはうなずいた。
「そうね。クリムガンは正しいと思う。一見すると孤独を愛してるように見えても、ほんとうの孤独が好きだなんて、だれも思わないんじゃないかな」
「おれがふつうのクリムガンになってしまったら、暴れて迷惑をかけて、嫌われるよな」
「ほとんどのクリムガンの場合は、そうね」
「だから孤独になるよな」
「それは矛盾してるんじゃない? あなたは、孤独になりたくないからそんなふうになったと言ってるみたいに思える。でもあなたは自分の殻のなかに閉じこもることを選ぶことが多いじゃない。よっぽど孤独になってしまうわ」
「みんなに嫌われるのがいやだっていうのはほんとうだ。だからおれがこんなふうになるのはしかたないことなんだよ」
「でも、それはやっぱりナンセンスよ。あなたがあなたであるだけで必ずしも嫌われるわけじゃない」
 タブンネは物憂げにおれを見た。
「クリムガンは……逃げてるだけだと思う」
「タブンネもおれから逃げているくせに」
 タブンネが絶句するのがわかった! 
 嬉しい!
 まるで心のなかを爪で切り裂きあっているみたいだ。
 今、おれとタブンネは殺し愛してる。
 どうしよう。ドキドキして止まらない!
「逃げてるつもりはないの。でも無理に踏みこんで、あなたの心が壊れるかもしれないと思うと、怖いだけ」
「そっか。でも、おれもそんなふうに考えてるんだよな」
 おれのやっていることの、なにがデスマスと違うというのだろう?
 この不安定な心のままで、愛なんてものを受け入れてしまったら、おれは今度こそほんとうに壊れてしまう。
 だからもうすこしだけ時間がほしいんだ。
 な、いいだろう?




【名無しのクリムガン】

じょうたい:Lv.37 HP100% 4V
とくせい :?
せいかく :?
もちもの :なし
わざをみる:げきりん ふいうち へびにらみ かえんほうしゃ

基本行動方針:きれいな夕陽が見たい
第一行動方針:共同体と意思疎通を図る
第二行動方針:自分が生まれた橋を探す
現在位置  :フキヨセシティシティ・ポケモンセンター





    最強のルカリオ




 毎年、リサのハロウィンは忙しい。友達と交換するハロウィンのお菓子を作りながら、ふたりの妹に仮装衣装を選ばせなければならないからだ。今年は下の妹がカロスチャンピオン・カルネになりたいと言ったから、苦労してコスチュームを売っている店を探して取り寄せたというのに、上の妹がお姫様に扮しているのを見て、自分もそっちがいい、お姉ちゃんだけズルいと泣き始めて手に負えない。
「カルネさんだって、お姫様みたいなカッコしてるじゃんね。いったいなにが違うんだか」
 若いもんの考えることはわからん。画面の向こうのセレナに言うと、ちょっとウケた。
「リサは? コスプレしないの?」
 苦笑して、リサは返す。「あたしはハロウィンでは保護者だからね」
「そっかあ。わたしはミアレで買ってきたよ。サナといっしょに」
「ああ~、サナだったらそうだよね」
 女の子らしく女の子できるチャンスというものを、決して見逃さないのがサナである。なんでもいっしょにやりたがる女の子なのだ。泣くのも笑うのも、怒るのも愚痴るのも、ひとりではやりたくない。そういうサナのことを、リサは以前ほどには苦手に感じない。そういう子なのだという事実を思うだけだ。
「セレナのところにも、トリックオアトリートしにいくと思う。お菓子ばっかり食べて、ごはんも食べなくなるし、ハロウィンって困るよね」
「リサ、言ってることがお姉ちゃんを通り越してお母さんだよ」
 自分でそう言っておいて、セレナもドジを踏む。
「お菓子、二人分ね。あ、ごめん。三人分か」
 わたしもリサを大人カウントしちゃってた。茶目っ気たっぷり、セレナは舌を出す。
 言われて、リサのほうも思い出した。そうか。あたし、まだ子どもなんだよね。子どもというほど子どもじゃないけど、大人ではない。
 十五歳。
 リサのルカリオが死んでから、一年が経っていた。
 カロスじゅうから死を惜しまれたポケモンだった。それでももう、カロスはルカリオのいない生活に慣れ親しんでいた。それはトレーナーのリサであっても例外ではない。ルカリオがいないことは、すでにリサにとっての日常になっていた。
 それでもハロウィンの時期が近づくにつれ、リサはルカリオのことを思い出さないではいられなかった。不条理なまでの才能を持って生まれた、悲しいほどに強いルカリオのことを。
 そういう話を、セレナにもしてしまおうかと思って、結局は話さなかった。ハロウィンで楽しい話をしているときに、水を差すのはいやだった。なにより自分の弱みを明らかにして、慰めを誘うような振る舞いが、リサはとても嫌いだった。
 リサにとって、そういう種類の話ができる友達は、セレナではなかった。
 言うまでもない。カルムである。




 
「ハッピーハロウィン」
 インターホンを押して、妹たちがトリックオアトリートと呼びかけると、カルムが出てきた。お菓子の袋詰を一つずつ、妹たちに渡してくれる。
「あれ、あたしにはないの?」
 もちろん、お菓子が欲しかったわけではない。カルムからもらいたかったわけでもない。こういうことを言ってカルムをからかってみたかっただけだ。
「ああ、ごめん。小さい子のことばかり考えて、用意してなかったよ」
「ええ、ひどい。セレナはちゃんとあたしにも用意してくれるのになあ」
「お隣さんと同じランクを求められると、困る」
 笑いあった。カルムは口下手だけど、冗談が通じないほど硬くない。砕けすぎてもいない。いっしょにいて、無理を感じることがひとつもない貴重な男の子なのだ。
「あと、これはバシャーモに」
 連れていたバシャーモに、カルムはポフレをくれた。ハロウィンとはいえ、子どもだけで夜に出歩くことに変わりはない。用心棒として、今夜は相棒をボールから出していたのだ。
「ちょっと待ってよ! あたしにはなくて、バシャーモにはあるの? それはほんとうにひどくない?」
「だから、ごめんってば。サナたちにも用意しなかったよ」
「セレナには?」
「お隣さんは別」しゃらっとした顔でカルムは言う。「ライバルだもの。トリックオアトリートされて渡すお菓子がないと負けになる」
「ええ~、なにそれ。つまんない!」
 セレナのように扱われたいなんて思わない。あるいはカルムから特別扱いを受けたいとも。そういう意味での必要以上の期待を、リサはカルムに持たない。でもだからってこんなの、なんとなく不公平じゃない?
「それを言ったら、ぼくもリサからお菓子なんてもらってないよ」
「それはだって、男子が友達とお菓子交換なんかしないでしょ?」
「そんな決まりはどこにもない」
「するの?」
「しないけど。キモいじゃん」
 カルムって、なんか強かになった。
 お姉ちゃん、と小さなカルネがスカートを引っ張る。結局、下の妹はカルネの衣装で納得したのだ。お姫様はお話のなかにしかいないけど、カルネさんはほんとうにいるお姫様だし、カロスのチャンピオンだからすっごく強いのよと言い聞かせると、ころっと丸めこめた。
「ごめん、バシャーモ。先に行ってて。次はセレナの家だから」
 相棒の目が、リサを咎めているのがわかる。年齢一桁の妹たちをポケモンに任せるなんて、姉として落第だとリサも思う。でも今しかない。今このときでなければ、カルムに話せないことがある。
 妹たちに手を引かれて、バシャーモは渋々と、いなくなった。
「どうしたの?」
 いつだって常識を外れたことのないリサの行いに、カルムも目を丸くした。察しがいいのは助かる。セレナの家はすぐ目の前とはいえ、妹たちから長く目を離したくない。
「ちょっと、聞いてほしいことがあってね」
「うん。いいよ」
 持って回らず、さっさと話す。「ゴーストタイプのポケモンって、いるじゃない。死んだ生き物がポケモンになったようなやつ」
「いるね」
「あたしのルカリオは……死んで、ゴーストタイプのポケモンになるのかな。それとも、ふつうのポケモンに生まれ変わるのかな」
 このところ、リサはそんなことばかりを考えてしまう。それはハロウィンのせいだった。ハロウィンには死者の魂が会いにくるといわれているけど、あのルカリオはそういうタイプじゃなかったなと思う。あたしのことを、トレーナーとして愛おしく思ってくれていたかどうかも、よくわからない。そしてあたしのほうも、トレーナーとしてできるべきことを、ちゃんとしてあげられていたのかどうか、自信がない。
 そんなことを、リサはセレナに話したくなかった。同情されてしまうから。でもあたしは別に悲しいんじゃない。泣きたくなって、だれかに慰められたいわけではない。だけどセレナはやさしいから、死んだポケモンのことをリサが話せば、必要以上、多量の親切を向けてしまう。そうせずにはいられないのがセレナだから、リサは話せなかった。
 カルムなら、と思った。いつもしゃらっとしているカルムなら、ニュートラルな態度で聞いてくれると思う。だけどこんなことを話すために電話するのは、押しつけがましい。かといって、用という用もないのに家に行くのも、気が引けた。
 だから今しかなかった。こんな気持ちになるのはハロウィンのせいなんだから、ハロウィンの夜に片づけてしまうしかない。
 妹たちにも聞かせられない。泣いてしまうから。ルカリオは、妹たちと長く過ごしたわけじゃない。死を悲しまれるほどの愛が育まれるだけの時間を過ごしていない。それでも、ある期間、同じ家で暮らしたポケモンだった。生きて、そこにいる命だった。それが失われたことが悲しいから、その悲しみを思い出してしまうから、ルカリオの話をすると妹たちは泣くのだ。
「この前、部屋を掃除したときにね。ルカリオの物を片づけようと思って、ダンボールを用意したの。でも、あたしがルカリオのために買ってあげた物なんて、ルカリオといっしょに使った物なんて、ほんのちょっとしかなかった。入れても入れても……ダンボール、スカスカで……」
 その隙間が、まるでルカリオの生涯そのものがスカスカだったことの証明のように思えて、リサは無理に物を捨てようとした。なんとかしてスカスカを埋めてしまいたかった。止めたのはバシャーモだった。すこしは残しておけ、思い出として取っておけと、バシャーモは止めたのだ。
「ルカリオ、今はどこにいるんだろう。違うポケモンになってるのかな」
「ぼくにはわからない」
 カルムは正直に言った。それは、いくじなしの答えだと思いながら。正直だという以上の意味はなにもないと思いながら。
「でも、ハロウィンに死者が会いにくるのだとしたら、今のリサの顔を見て、ガッカリするかもね。なんだ、まだそんな顔してるのかって」
 ああ、それはなんだか、とてもあいつっぽいなあ、と思えた。おまえも結局、そのへんのトレーナーと変わらないんだなと、幻滅するでもなく、ただただ退屈そうな目を向けてくるのだ。
「カルムって、あたしよりルカリオのことわかってそう」
「他人だからだよ」と、カルムは言った。「関係ないから、無責任なことが言えるんだよ」
「ありがとう」と、リサは言った。「長くなっちゃった。もう行くね」
「リサ」
「なに?」
「ハッピーハロウィン」
 それはさっきも聞いた。だいたい、なにがどうなるのが、あたしにとってハッピーなハロウィンなんだろう?
 それでもリサは笑うことができた。感謝しているから、笑ってピースサインを向け、カルムと別れた。
 すぐ目の前のセレナの家に、それでもリサが走ってゆくと、「コラ!」という顔のセレナとバシャーモが待っていた。




 だいたい、ハロウィンの夜にルカリオの魂が会いにくるということ自体、しっくりこない。
 死者の魂なんて言うと、夕暮れとか深夜とかを漠然と思い浮かべがちだけど、ルカリオが死んだのは昼間だった。日向ぼっこをしながら、ぼうっとポフレをかじるのが好きだった。暗くなるとさっさと寝てしまうし、夜なんてぜんぜん好きじゃないポケモンだった。昼間でなければリオルから進化もできないのだ。なのに死んだ途端、夜の味方をするわけ? あのルカリオが、そんなルールを律儀に守って?
 それよりも、生まれ変わりでもなんでもして、違うポケモンになっていたほうが、ずっといいと思う。おかしな力なんて持たずに、ごくまっとうなポケモンとして生まれてくれれば。
 強すぎるっていうのも、あんまりいいものじゃないよね。その思いは、この一年のリサと常に共にあった。なにごともほどほどがいちばんだという、バカみたいな真実。ルカリオからリサが学び取れたことがあるとするなら、それくらいだ。
 だいたい、ハロウィンはカントーだろうがイッシュだろうが、大盛りあがりしてるじゃない。そんな世界じゅうどこにでも、死者って会いにいかなきゃいけないのだろうか? 死者の国が宇宙のどこにあるのか知らないけど、死んだあとでも大変なことである。
 そんなふうにハロウィンを腐しながらも、リサは一応、待った。本当にルカリオが会いにくるとしたら、この夜以外にはありえないと思って、ひと晩じゅう待っていた。ルカリオの魂なんてものが実在したとして、目に見える保証なんてないと思いながら、夜明けまで寝ずに起きていた。窓の外に、ボクレーの一匹でも現れようものなら、それをルカリオの魂が宿ったポケモンと信じて、とりあえず納得しようと思っていたのに、リサのハロウィンはなにごともないまま、朝になった。
 まあ、こんなもんよね。
 諦めがついた。というより、カルムに話したことで、リサはほとんどすっきりしていた。潔い諦めは、リサのもとへ容易に睡魔を運んできた。夜のあいだは目が冴えてしまって、ちっとも寝られる気がしなかったのに、寝ようと思えばすぐに眠ることができた。
 夢も見ず、リサは眠った。最後の望みとして、夢にルカリオが出てくるとかも考えたのに、とことんまで拍子抜けのハロウィンだった。
 昼というのもおこがましい午後になって、リサはようやく目を覚ました。のっそりとベッドから身を起こすと、モンスターボールからバシャーモが出てきて、呆れられた。
「おはよう、バシャーモ……」
 なにがおはようだ、という顔をされる。それを言うべき時間に、おまえは寝たんだろうに。
 体が重い。目覚めはいいほうだったのに。無理な夜ふかしと、慣れない時間の睡眠のせいだろうか。体のなかを、血が巡っている感じがしない。
 とりあえず、顔を洗おう。それから歯を磨いて、髪を梳かして――
「あれ。ねえ、バシャーモ、ポフレ食べた? 机の上のやつ」
 ルカリオにお供えするみたいな気持ちで、いくつか皿に乗せていたのだ。
 はあ? とでも言いたげに、バシャーモはかぶりを振った。
 妹たちだろうか。でもポケモンも持っていないのに、ポケモン用のお菓子なんてどうするんだろう?
 バシャーモはこれにもかぶりを振った。リサが寝ているあいだ、妹たちは来ていない。ついでに言えば、リサが寝るより先に妹たちは保育園へ送りだされ、両親も仕事に出ていた。
 ほかのポケモンということも考えられない。リサの手持ちは今はバシャーモだけだ。この家に今、ポケモンはバシャーモしかいない。
「そう」
 寝ぼけまなこのまま、リサは洗面所で顔を洗った。歯を磨き、髪を梳かした。
 そうして鏡を見た。
 笑っていた。そう。自分自身でさえ気づかなかったけれど、リサはたしかに微笑んでいたのだった。
「ほんとうに昼間に来るなっつーの」
 十一月一日の午後のこと。
 リサにとってのハロウィンが、これでようやく終わった。



 

 クリムガン以外は、いずれも後日談でした。どれも割に愛着があるキャラクターだったので、こうしてまた動作させるのは楽しかったです。

 



 

 


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Last-modified: 2022-02-16 (水) 00:33:43
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