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進化のオルゴール

/進化のオルゴール

三毛猫
注意 果てしなく読みづらい個所がございます。
それでも良いという方はどうぞ。





こんにちは。
私ですか?
私は、世界中のお話を集め聞かせる者でございます。
これからお話を聞かせに、ある方のところまで行く道中でございます。
せっかくお会いしましたから、一つお話をして差し上げましょう。
つまらないお話かもしれませんが、どうか最後まで御静聴願います。
今回お話しするのは、私たちがなぜ進化するようになったかというお話です。
「進化論」として人間の間に唱えられる、研究対象の一つですね。
でも、人間がいくら考えたところでこの問題は解けません。
その解を今からお話しします。
このお話を信じるかどうかは、あなた次第ですがね・・・。


                 □


目の前に見えるのは微かな光と、ほんの少しの悲しみ。
静かにすいこまれていくようなその感覚は、少しずつ私の体から私を遠ざけていく。
柔らかな毛並みはどこか遠くに行ってしまい、今となってはもう実感のないものなっている。
冥界への入り口を、潜り抜けるとその人の死が確定するというが本当だろうか?。
そんなことも、じきに分かる。
ここの通路が、もしかしたら冥界の入り口かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
歩いているのかも、止まっているのかもわからない。
あたりは遥か遠くに見える光を除いては何もなく殺風景で、どこか物哀しげだった。
通路はどこまでも続いているかのように出口を見せず、その暗く長い道のりは今まで生きた時間よりも長いような気がして、そのまま永遠に続いているかのように思えた。
どのくらい経っただろうか。
私は「光」にたどり着いた。
遠くからみると一つしかないよう見えたその光は一つは大きく明るく、もう一つは小さく弱い光を放っていて対照的なものだった。
私は、弱い光を選んだ。
大きい方は私には明るすぎるような気がして、自然とその光の方には向かなかった。
手で触れても何かに触れているような感覚はなくて、例えて言うなら温度のない空気に触れているようだった。
通り抜けるような感覚を感じた後、私はたくさんの本に囲まれていた。
円柱状の本棚にズラリと並んだ書籍の数。
見上げてもその本棚は終わることなく、またしても先が見えなかった。
一番最下段にある本を取り出してみる。
そこには誰かの名前を索引として、その人の生まれた場所や家族の名前と思われるものが事細かに書かれていた。
ここが「冥界」というものだろうか?
「おや、今日の来客の予定は聞いていないのだが。そなたどこから入ってきた?」
急いで本を閉じ、あたりを見回す。
「そう動揺しなくともよい。そなたの上におる」
上を見上げると、確かに声の主はそこにいた。
私からすればかなりの大きさで、その存在感ですら私を押しつぶせてしまいそうだった。
白を基調とした体に黄色の輪みたいなものが胴の部分についていて、その姿は神々しかった。
「そう怖がるでない、体が震えておるぞ。私はそなたに質問をしているだけだ。正直に答えればそれで良い」
はっ、として体が震えるのを抑えた。
微かにまだ震えているが、これも直におさまるだろう。
「私は、小さな光からここに入ってきました」
その人は一瞬考えたような顔をして、それから納得したような顔をした。
「あぁ、そうか。なら、しばらくゆっくりして行くと良い」
そう言うとその人はおもむろに一冊の本を取り出し、ページをめくり始めた。
依然漂い続ける威圧感に、目眩すら覚える。
木製の棚からは、ここが死後の世界なんてことは微塵も感じさせない程に木の香りがほんのり出ていた。
紙をめくる音だけが規則的に聞こえてくる。
「まだ種族名を聞いていなかったな」
種族名と言われてもいまいちよく分からない。
ここで分からないと言えば何をされるか分からない。
相手は(おそらく)神様と呼ばれる人。
どんなことでも出来てしまうのだろう。
「種族名と言われても分からないか。それでは、少しの間だが元の姿に戻してあげよう」
すると何の前触れもなく、地面に足が着いた。
私は、自分の体を恐る恐る見た。
生前のものと全く変わらず、柔らかな毛並みとふかふかして気持ちがいい自慢の尻尾は健在である。
「イーブイか、なら・・・」
そう言って、持っていた本と別の本を入れ替える。
さっきの本と比べてかなり薄い本だ。
それに比例するように、非常にもの新しい。
しばらく、その本に目を通してそれから元あった場所へとそれを戻した。
「あの・・・」
「何だ?」
「アルセウスさんでいいんですよね?」
その後、なぜかしばらく何も返答が来なかった。
何か変なことでも言ったのだろうか?
「そちらの世界では『様』以外にも『さん』と付けるのか?」
その質問が来た時には、時すでに遅し。
顔から血の気が引いて行くのが分かる。
「大丈夫か?顔色が良くないが・・・」
私の精神は崩壊寸前だった。
「そ、その・・・どうか無礼をお許しください!」
「無礼?そなたが何かしたか?」
その事ではないのだろうか?
驚いた顔をしている私に、優しい調子で声をかけてくる。
「いや、どこか『さん』の方が親しみが込められていて良い響きだと思っただけだ。気にすることはない」
ほっと、安堵の息をつく。
その後、アルセウスさん(と呼べと言われたので)はいろいろと此処のことを話してくれた。
ここは、生きた物の記録をするところらしい。
この並べられている、棚にある本は全てその記録だと言う。
ここに出入りできるのは、神様と呼ばれて崇められている人たちだけで私の様なごく普通の人はここには入ることはできないらしい。
私がここに入ってこれたのは、アルセウスさんがここに通じる扉を閉め忘れたからだとのことだ。
神様もやる事が中途半端なんだなと思ったのは、心の中に留めておく事にしようと思う。
「あの」
まだ声が震えている。
恐怖からでは無い、神様と接するときはどういう言葉を使っていいか分からないので一言を発するのも神経をすり減らさなければならない。
「ん?どうかしたか」
「ここには、月は無いんですか?」
「月とはどういうものなのだ?」
一瞬頭に無数の疑問符が浮かぶ。
この人がこの世界を創った人では無いのか、いや多分そうだろうけどだとしたらどうして月を知らないんだろう?
「月を御存知ないのですか?」
「生憎、ここを離れることを他の神々に止められているのでな」
神様の中でも規則みたいなものがあるのだろうと思い、わたしはそれ以上は聞こうとしなかった。
「もう一度聞くが、月とはなんだ?」
「う~ん、難しいですね。丸くて金色に輝く綺麗なボールですかね・・・」
普段から見慣れていたものを実際に見たことがない人に伝えるのは、何かと難しい。
「ボールか。蹴ることは可能なのか?」
「いや、アルセウスさんなら可能かもしれないですけど私じゃ無理ですね」
何か疑問が子供みたいに純粋でそれを真面目な顔で言うのだから、笑いを堪えるのに苦労する。
頭の中で月を想像しているのか、首をかしげながら考えているのもまた笑いを誘う。
「それと似たようなものに『太陽』がありますよ」
「『太陽』?それは何だ?」
「えっとですね、『太陽』っていうのはですね・・・」
本当に何て言うか、好奇心旺盛というか神様がこんなに子供みたいだと相手が神様だって忘れそうだ。
その後も、質問攻め。
疑問の中に疑問が生まれ、話はどんどん弾み、何を話したか分からないほどの事を話していた。
痛みを感じるなら、確実にのどの痛みを訴えるだろう。
「さすがに疲れましたね。これだけ話をしたのは初めてかもしれないです」
「それはすまなかった」
「いえいえ、アルセウスさんが謝る事ないです。ただ、楽しかったです」
そこで、欠伸を一つしてまた一つの疑問が浮かぶ。
「あの、ここは時間の流れがないんですか?」
「時間の流れ?」
「いや、さっき太陽が沈むとそれに代わるように月が出るって話したじゃないですか。ここにはそれがないから、いつ寝ればいいのかと・・・」
アルセウスさんはそんなことか、とでも言いたそうな顔をした。
私にとっては結構重要なことなのだが。
「休みたければ休めばよい。ここには、恐れるものは何もない。私が推測するにその二つは恐怖から生ける者それぞれを照らし出し、恐怖から守ってもらうものなのだろう?」
確かに言われてみればそうかもしれない。
光が無くなった世界なんて想像できない。
いつもそこには太陽があって、いつもそこには月があって、星が輝き瞬いていた。
私たちは、ひかりが絶え間なく輝き続ける中に暮らしている。
光ないところには恐怖を感じ、光りあるところに安堵を覚える。
それも、生き物として大切なことなんだと、その時思っていた。
「そうですね、休みます。何かあったら起してください」
お休みなさい。
そう心の中で呟いて、蝋燭の灯だけの薄暗い本棚に囲まれた中で私は眠りに就いた。





「わっ!」
起きた瞬間大量の本に囲まれていて驚いてしまったが、すぐに寝る前のことを思い出した。
寝て起きたら明日になっているわけではないこの場所で、昨日と言ってしまうのは少し違和感がある。
アルセウスさんは、上の方に調べものでもしに行っているのかここにはいない。
私は、棚の方に歩み寄って木目に沿って手を滑らせる。
ここが、世界が始まってからあるのだとしたら相当な年月がたっているはずなのに、この本棚からは全くそういったものは感じない。
欠伸をして、伸びをする。
いつもと変わらない一日の始まり。
変わるのは、そこにいた人はもういないということ。
お母さん、お父さん、友達、みんなここにいない。
そう思うと、少し寂しくここにみんながいるような幻想まで見えてきてしまう。
昨日(この際不便なので使うことにします)と同じように最下段の本を取り出し広げてみる。
私にはこの文字は読めない。
多分、神様しか読めないものを使っているのだろう。
「起きていたのか」
私は頷き、また本に目を落とす。
「そなたには読めないのではないのか?」
「そうなんですけど、何か読めるものはないのかと思って」
それを聞くとアルセウスさんは、私の読んでいた本を手に取り題名を確認した。
「『契り』か。これには、神々がそれぞれで守らなければならなければいけない事を記した本だな」
「神様にも約束事ってあるんですね」
「それはそうであろう。我々はその声一つで世界を変えてしまうことができるほどの力を持っているのだから、使い方は決めておかなければならないだろう」
どの世界にも決まり事ってあるんだなって思った。
決まり事って「縛る」ものなんだろうか、「守る」ものなんだろうか。
私にとっては前者の存在が大きかった。
なぜ、と聞かれると答えることができない。
自分自身の事だから、答えを知らないわけじゃない。
死んだときに何か大事なことを忘れてしまったのかもしれない。
「例えばどんなものを決めてあるのですか?」
「例えばか・・・。そうだな、昨日言った通り私がここから出ることを禁止しているのが一番分かりやすいところだろうか」
「なぜ、出てはいけないんですか?」
「ここが手薄になるというのもそうであるが、一番の理由は私の力にある」
アルセウスさんの力、創造。
「いたって簡単な理由だ。私は思ったものをそのまま形にできる、言ってみれば自由なのだ。それを、悪用しないようにするために私をここに縛っておくのだ」
「アルセウスさんが力を悪用するなんてとても思えないです」
「そうとは言えない。私だって心ある身だ。自分の私欲ももちろんある」
そなたもそうでろう、と私に視線を送ってくる。
そうか、神様も私と同じなんだとその時何となく思った。
「欲があるから、生きようと思う。私が『心』を創りだしたのはそう思って欲しかったからだ」
そのとき、微かにアルセウスさんが微笑んだような気がした。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ。何でも・・・」
物珍しさもあってか、ほんの少し凝視してしまったらしい。
自分の行動に『らしい』を使うのはどうかと思うが、全く自覚がないのだから仕方がない。
「私が笑ったのがそんなに物珍しかったか?」
驚いて思わず飛び上がりそうになる。
神様って全員読心術を使えるのかとその時は思わざるを得なかった。
「そんなことないですよ・・・」
「嘘はいかん。目が泳いでおるぞ」
これでは自分から、図星ですと言っているようなものだ。
嘘をつくのが下手なのは、何かと苦労する。
「これでも感情表現を極力しようと心がけているのだが、どうも表情が硬くてな困ったものだ」
神様も悩み事の一つや二つ当然のように持っている。
私は残念ながら読心術なるものは使えないので、何を言ってはいけないとか何を言ったら喜ぶとか、そういったことを察することにどこか欠けている。
なるだけ、考えてから口を開くようにしよう。
「そうか!」
突然大声を出したので、驚いて飛び上がってしまった。
アルセウスさんは目を瞑ると何事か呟いた。
何か呪文めいたものであるのは確かだと思う。
すると、アルセウスさんの体が光に包まれみるみる縮んでいったのだ。
どこかのお伽話を見ているようだった。
光が解けるとそこには、白銀の体をした私がいた。
「これなら、表情が硬くならなくて済む。良かった~」
余程嬉しかったのか、飛び跳ねたり自分の体を見回したり、落着きがいまいち無い。
それに口調も軽くなって、声もツートーンぐらい上がって、ものすごく幼く見える。
神様って、どっしりと構えて威厳たっぷりのイメージがあったんだけどこの人はどこかにあった私のイメージをことごとく打ち砕いてくれる。
嬉しいのか、悲しいのかはよく分からないけど・・・。
お伽話の中の世界とはちょっと違うけど、何か夢を見ているようで楽しくて笑みがこぼれてくる。
そう、もう自分が死んでしまったのなんか嘘みたいに。
「耳が痛いな~。これどうにかならないのかな?」
そう言って、耳に付いているアルセウスさんの紋章みたいなやつを模った(かたどった)イヤリングを前足でつついている。
白銀の毛が不機嫌そうに揺れている。
確かに重そうだけど、これをとってしまったら神様ってわからなくなってしまうのではないかと思いつつ、外せるかどうか試みる。
「無理そうですね。外せそうにないです」
「そうか、残念」
仕草だけじゃなくて、声まで私たちと同じくらいの高さになっているので、友達と話しているみたいな口調になってしまうのを頑張って抑えている。
「でも、これはこれで綺麗ですよ。重いかもしれないですけど……」
重いものを身につけているとそれだけで、心身ともに疲れてしまいそうだ。
死者が疲労感を感じるのはおかしいかもしれないと思った時。
また疑問が浮かんだ。
「アルセウスさんは生きているのか、死んでいるのかどうなんだろうか?」
「難しい質問だね」
思っていることを、すぐに口に出さないようにしようとしてみてもすぐには難しいらしい。
「僕たちにあるのは『生死』では無いんだ。もし例えるとしたら『存在』かな」
「それでは、物同然・・・」
「そう、僕たちは君たちが生きるための土台を作るのが存在意義だから。それに、神様が死んじゃったら次の神様がすぐ生まれるわけでもないし」
存在意義はあって生きる意味はない。
そんなのって・・・。
「悲しすぎます!」
自分で自分の声の大きさに驚き、またアルセウスさんも驚いていた。
「存在意義しかない生き物なんていません。そんな心を持つ者はいません。アルセウスさんが心持つ者なら、存在意義だけで生きているわけでは無い筈です」
一息でそこまで言い切って、顔が真っ赤になっていた。
息が上がっていたのもそれの原因だが、それよりも相手が神様だということを完全に忘れて言った自分が恥ずかしかった。
耳まで赤くなっていたかもしれない。
俯いていた私に心地よい柔らかな毛が触れた。
「そうですね。創造主である私が心の本質を忘れてしまうところでした。生きる意味を考え見出すのが私が考えた『心』です。それが無くなってしまったのなら、もうそれは生き物では無いですもんね」
お母さんに似ている。
温かい、柔らかく包み込んでくれる純白の毛。
でも、一つ違う点がある。
抱擁が解かれると恐る恐る聞いてみた。
「あの、アルセウスさんが変身したのって牡の・・・」
「はい、ってちょっとどうしたんですか。イーブイさ~ん」
肯定の返事が来た瞬間に、頭の許容範囲を超えて意識が飛んでしまった。
異性に抱擁されたのなんて初めての経験だったから。

「気がついたか」
目を覚ますとそこには、元の姿に戻ったアルセウスさんがいた。
先程の感触が頭から離れなくて、頭の中は依然として爆発寸前の状態を保っている。
「牡に抱きつかれるの初めてか?」
言葉で追い打ちをかけられるのは技で来るより効果は抜群だ。
「わざとですか?」
「何がだ?」
少しは自覚してくださいと心の中で毒づいてはみるものの、アルセウスさん本人にはまるで効果はない。
「意外と可愛いところがあるのだな」
「意外とって何ですか」
「直球で可愛いなと言って欲しかったのか?」
「それは・・・。って何を聞いているんですか!」
言いきって、アルセウスさんの体が小刻みに震えているのが分かった。
これは、恐怖から来るものではないことは分かっていた。
笑っている。
まんまと、アルセウスさんのペースに乗せられてしまった。
爆発寸前の頭にさらに火薬を注ぎこまれるようなことをされて、もう頭から煙を立てて火が出ているのではないかと思うくらいに紅くなっていた。
「でも」
今度は一瞬だった。
瞬きするうちに光は消え、そこには白銀の毛の持ち主がいた。
「こうやっていると、安心するのは何ででしょう」
柔らかな毛が触れる。
でも、その毛は震えていた。
笑っているのではない、嗚咽を伴った微かな震えだ。
ポタ・・・。
水滴が私の頬を伝う。
「僕は、親というものを知りません。友というものも知りません」
アルセウスさん・・・?
「僕は僕が作った心を呪っていました。僕はここでずっと一人でした。寂しくて、苦しくて、死ぬことも許されなくて、ただ存在していることを強制されていました」
この書庫の様な所で独りぼっち。
私たちが生きている世界が出来てから、一人でここにいた。
死ぬことも怖いけど、自分一人しかそこにいなかったら死ぬことよりも怖い。
少なくとも私はそうだ。
「暖かいです。心を持てて良かったって初めて思えます」
話す相手すら居なくて、ずっと貯め込んできたのだろうか。
爆発寸前なのは変わらないけど、しばらくはこうしてあげよう。
神様だって泣きたいときはあるのだから。
私は、優しく彼を包み込むように抱擁した。
震えと体温が直接伝わってくる。
私の方もなんだか泣きだしてしまいそうだ。
書庫という形状が嗚咽の音をさらに大きくして、先が見えない書庫の天井へと嗚咽の音を運んで行った。





ポケモンの卵とポケモン、どっちが先に生まれたのだろうか?
もし、ポケモンが先に生まれたとしたらそのポケモンが生まれるための卵が必要だし、もし卵が先だったらそれを産むポケモンが必要だ。
生命に始まりがないというのは誤りだが、始まりが曖昧なのは確かだ。
それでは、終わりが明確なのはおかしいのではいのか。
そう、僕はその矛盾を直すために「冥界」を創った。
死してなお、生きたいと願う生命に生活する場所を与えた。
最も、通路を逆戻りして現実世界へ、俗に言う幽霊と呼ばれるもので存在してしまう者もいるわけだが。
この書庫は、私以外の立ち入りを基本的に禁止している。
彼女には生命の記録を残すところとしか伝えてはないが、その記録を引っ張り出すこともできる。
簡単に言うと、現実世界に死者転生が出来る唯一の場所であるというわけだ。
もちろん転生させるときは、「契り」の書に従い神々での話し合いがもたれる。
もし、僕の独断で死者転生を行ったときは神としての死を意味する処罰を受けることになる。
それにしても、牡として彼女の肩を借りて号泣してしまったことには、気恥ずかしいものがある。
神に性別は存在しない。
子孫を残す必要はないのだから、性別も必要ないのだ。
牡になったのは本当にたまたまだったのだが、そうだとしても牝にならなかったことを本当に後悔している。
隣で、規則正しい寝息を立てている彼女を横目で見ながら、自分まで気を失わないように気をつけている自分がいる。
牡が、牝に対して胸の高鳴りを覚える事は普通のことだと、感情の神に聞いたことがあるのだがどうにも息苦しいものだ。
特別な感情があるわけではない、ただ牡としての当然の感情だけだ。
ふと、同じ固体になると、ここまで目線の高さが合うものなのだと今更ながら思った。
命の拍動が静かに聞こえてくる。
この書庫にある本には死者の魂の固有の番号が記されている。
その番号を呼び出し、記述のずれを修正するのが私がここにいる最大の目的だ。
創造には終焉がある。
創造物を管理するのが私の役目と言ったところだ。
さて、寄りかかっている彼女をどうしたらよいのだろうか?
「創造の神が小娘一人に何悩んでるんですか?」
「冥界の神が何の用だ。互いの領域には立ち入らない事を約束したはずだぞ」
「そう硬い事言わずに、必礼しますよっと」
こいつとは別段仲が悪いわけではないが、どこか許せない部分がある。
この口調はそこから来るものであり、敵意を出しているわけではない。
「次の会議のお知らせに来ただけですよ。何をそんなに身構えているんですか?小娘に防御壁まで作ちゃって、らしくない」
何だそんなことか、と安堵の息をつく。
「イーブイのあなたも中々可愛いですね」
「言葉を繋げる語には気をつけた方が良いぞ。変な風に聞こえる」
「以後気をつけますよ」
こいつの頭を、もう一度作り直してやった方が良いだろうか?
一瞬そう思った時だった。
もう一度先程の場所に焦点を合わせた時、奴がいなかった。
「こちらの方も中々可愛いですね」
反射神経に任せて後ろを向く。
瞬間移動能力があるのをすっかり忘れていた。
難なく防御壁の内部に入られてしまっていた。
「大丈夫ですよ。連れて行こうなんて考えていませんから。ですから右前足の、物騒なものをしまっていただけませんか?」
無意識のうちに彼女を守ろうとして、右前足を金属の槍に変形させてしまっていたらしい。
元の前足の形に戻した後、同時に防御壁も解く。
「失礼した」
「構わないですよ。謝るのはあたしの方です。あなたがあんな目をしてこの仔を守ろうとしたんですから、小娘というのは失礼でしたね」
奪われることに恐怖を感じた。
だから体が動いた、だから反射神経が働いた。
「いつもの私ではないか?」
「そうですね。普段のあなたは誰の味方もしませんでしたからね」
「そうか・・・」
私は奪われることのない存在。
ただ創り続けるだけの存在。
奪われることが怖いことだと初めて知った。
「使者として雇う気はないんですか?」
「お前も知っているだろう、使者として雇う気はない」
「そうですね。失言でした。ではこれにて失礼します」
溜息をつく。
元よりあいつが来たこと自体不幸なのだが、幸せがさらに逃げていきそうな気がする。
使者を雇うことは簡単なのだ。
神々の会議で雇うと宣言すれば済む事なのだから。
でも、私にはどうしても忘れられない事がある。
思い出したくもない、僕がここに閉じ込められる一つの原因になった出来事。
「私の声が聞こえるのなら開きなさい、禁断の書庫。暗い魂を記録せし場所へお招きなさい」
そう言って、僕は床の下へと歩みを進めた。
自分の今の気持ちを戒める為に。
そう、前の従者を失ってしまった事を忘れないために。





「目覚めはよろしいですか令嬢」
目覚めた時にこんな言葉をかけられたことは無かったので、しばし硬直状態を保つ。
「彼はここにはいないですよ、少々調べものとか言っていましたか」
棘の様な形をしたものを首から下げている。
アルセウスさんの物と似たような雰囲気を感じるそれは、少し光って見えた。
「冥界の神こと、ギラティナです。今はこんな姿ですが、あなたが行くべきだった場所の主であります」
行くべきだったって、過去形?
「私の行くべき場所は冥界ではないということですか?」
「今のところはですけどね」
それでは今の私は何なのだろう?
死んでもなくて生きてもいない、とても曖昧な場所にいるような気がする。
「ルカリオっていう種族もいいものですね。動きやすいですし」
そう言って、彼は(この際、勝手に牡ということで話を進めますが)高く跳びあがって空中で一回転した後、空気にそのまま着地するように無音で着地した。
私は、流れるような動きに目を奪われていた。
「凄いですね、私にもそのぐらいの身体能力があれば…」
彼は、不思議そうな眼で私を見てくる。
「面白そうですね、あなたがこの身体能力を望む理由。よろしければお聞かせ願いませんかな、令嬢」
む…、令嬢って呼び方、何か好きじゃないんだよな…。
「良いですけど、令嬢って呼び方やめてください。恥ずかしいというかなんというか…」
「分かりました、けど創造の神に怒られそうです」
怒られる?
アルセウスさんが私の呼び方一つで怒るような人には見えないけど。
小さな疑問を抱えたまま、私は私が力を求める理由を話し始めた。
「先に言っておきますけど、あなたにとってはつまらない話ですよ」
構わないですよ、彼はそう言って微笑を返した。


私は小さな森に住んでいました。
人間も森の周辺にはいたらしいですが、あまり見かける事はありませんでした。
そこの森の人たちは、みんな強くて人間の領域もその気になれば簡単に手に入れれそうなほどでした。
そのためなのか、私たちの森に人間たちは入ってこなかったのでしょう。
私はその森の村の長の孫娘でした。
そのせいあってか、特別な扱いを受けてきました。
私は、祖父の書斎で知識を増やすようにと貰った本を目で追って、時折外で笑ってはしゃいでいる同年代の子供たちを窓越しに羨ましく思って眺めていました。
私の両親は、生まれたばかりの弟の子育てに忙しく私は祖父に預けられたまましばらく会っていませんでした。
私の祖父は過度な教育をするところがあり、殴る蹴るも日常茶飯事でした。
私は常に軽蔑と反抗の目で祖父を見ていました。
早くに祖母を亡くした当てつけを私にしているのだと、そう思っていつかこの手で見返してやるとそう思って過ごしていました。
そんなある日、興味半分に祖父の部屋に出向きました。
弱みの一つでも握ってしまえば、私の強制力も弱まるのではないのかと思っての行動でした。
扉を開けて、中の様子を確認すると笑い声が聞こえてきた。
「うちの子供とは大違いですよ。勉強も運動もできないのに全く」
「そんなことは無い。うちの娘とて好きでやっているのではない。だろう、そこにいるのは分かっているこちらに来なさい」
気づかれていたのかとそう思いつつ、引きずるような足取りで祖父の元へ向かいました。
そっと私に何かが伸びました。
祖父の手でした。
私の首を水面を撫でる様に滑らかに撫でるのです。
殴ったり蹴ったりするその手ではありませんでした。
愛おしそうに、何度も何度も首筋をそっと撫でる仕草は、私のそれまでの苦しみを全て飲み込んでしまうほどに暖かいものでした。
私も時々話に加わりました。
難しい話も入ってはいましたが、その都度祖父が説明してくれました。
「いつもつらい思いをさせてすまない、私を憎んでいるだろう。私もそうだった」
お客さんが帰った後に祖父が扉を閉めて、最初に言った言葉でした。
「何で自分だけ特別扱いを受けなくてはならないのか、どうして自分はこんなところに閉じ込められなくてはならないのかそう思っているはずだ」
祖父も同じ苦しみを味わっている事は薄々思ってはいましたが、私と同じ気持ちになっていた事は知りませんでした。
「私にはそれが耐えられなかった。私の両親は本当ならまだ生きていられる年齢なのだ。だが私は、その両親に手をかけた」
誰にも話したことが無かったのでしょうか、声が震えていました。
「自殺となっているが、私は並外れた力と知能を持っていた。自殺に見せかけることぐらいわけなかったのだ」
扉との距離はさほどなかったので、床が少しずつ湿っていくのが分かりました。
それでも、声を震わせる事無く淡々と話し続ける。
「私は今まで、その事を誰にも話さず暮らしてきた。親を手にかけた奴が村の長をやっていると知ったら、村が混乱する。それに今こうして生きていること自体に疑問を感じているのだ」
私は聞きました。
「それじゃあ、何で私に話したの?」
祖父は答えました。
「特別な理由は無い。お前なら私がどのような気持ちで過ごしてきたか想像がつくだろうからな」
私は祖父がこの事を話した本当の理由を分かる事ができませんでした。
祖父は朝、ベッドの上で眠るように息を引き取ったと起きたばかりの頭にそう告げられました。
たった一日だけしか触れる事が出来なかった、祖父の本当の姿。
空のように表情が変わるけど、気まぐれではなく優しさに満ちたものと分かって、私はその日、いままでに流した事のないほどに涙を流しました。
それから数日たって、私はそこの村長になっていました。
祖父の遺言にそうなっていたのです。
まだ幼い私に長をやらせることに抵抗があった人たちもいましたが、私の仕事ぶりを見てすぐに承諾してくれました。



「良い話じゃないですか」
そう、祖父の死があったものの私はそのおかげで頑張れた。
「ここまで聞くと、あなたがその年齢でこちらに来てしまうことが解せないのですが」
「この話には、続きがあるんです」



ある時誰かが言いました。
その昔、この村で殺人があった、と。
また誰かが言いました。
犯人は誰なの。
分からない、でも…。
でも、何?
犯人は分かっている。

この村に深く関わる者で、並外れた頭脳の持ち主だ。
それを聞いた人は他の人にこう言いました。
頭のとってもいい人がこの村で殺人をしたんだって。
他の人が言いました。
その人は捕まったの?
捕まってないよ。
どうして?
その人が、この村の最高権力者だからだよ。
それって…あの子。
違うよ、このまえ死んじゃったあのおじいさん。でも…。
でも?
あの子も同じことをするかもしれないよ。
どうしよう、自分たちが標的になるかもしれない。
そんなことにならなくすればいいのさ。
どうやって?


あの子を殺せばいい。


「噂っていうのは、自分の知らないところでどんどん大きくなっていって、最終的に自分のところにたどり着いた時には、最初の何倍もの大きさになってふりかかってくるものです。私の場合も例外ではなく、気がついたら私はもう…」
思い出すと思わず涙が出そうになる。
あの時、自己防衛のために数人の村人を手にかけたのかもしれない。
自分だって村でずっと平和に暮らしていたかった。
だけど、村人が、村人の不信感が、村人の心がそれを許さなかった。
一瞬の痛みとともに、私は肉体と精神を分離させられたのだ。

呼吸は出来るし、体も温かいけれど、死んでしまった事実は変わらない。
私は、この事がきっかけで、人の心に強く不信感を持ってしまった。
アルセウスさんに最初にあった時は、恐怖の対象でしかなかったがために気持ちを表面に出す事は無かったけど、今では少しだけ不信感を持ってしまっている。
あの人は、神と呼ばれるポケモンの中でも特別だって聞いた事がある。
感情の神も作りだしたって話だから、村人の心に作用させた何かを作りだしたのかもしれない。
そういった思いが、少しずつ強くなってきていました。




「お久しぶりですね。何の用ですか?」
あって早々、無表情でのこの一言である。
棒読みの具合が何とも不機嫌の具合を表しているようで怖い。
「ああ、そうだな。お前の顔が少し見たくなったのだ」
「そう」
非常に素っ気ない。
「他には?」
心中を探られているような眼でこちらを見るその眼差しは、光彩を一切持たず、ただ相手を観察することだけに用途を絞ったように冷たい。
私が口をつぐんだのが余程じれったかったのか、大きな溜息を一つついてこう言った。
「だからあんたは見てらんないんだよ。新しい子がここにきて、それでその事を私に話すためここに来た、そうでしょ」
「その通りだ」
彼女の前で隠し事は一切できない。
彼女はその目で相手を見ると、その生き物が嘘をついているか分かるらしい。
どのようにして行っているのかは私でさえ知らない。
「だが、あの子は従者にはしない」
「意外。あの様子だとてっきりそれ以上の関係望んでんのかと思ったんだけど」
「ど、どういう意味だ」
「あんたが、他の姿になって涙見せたのって初めてじゃなかったっけ」
「そんなことは…」
「はい、嘘」
「ぐっ……」
「顔も赤かったし、あんだけ密着してりゃその気にさせそうなもんだけどな」
「…」
「もしあたしの事引きずってんなら、容赦なくあんたをぶちのめすよ」
「それは御免こうむりたい、だが事実だ」
少しの間の沈黙。
真っ暗で、自分と彼女がいる所だけが明るい。
「おい」
あの、一応自分は神様という位置づけなので、これで反応するのは…。
「おい、聞こえてんのか」
「は、はい」
「おまえはここにいろ。私だけ彼女に会わせるんだ」
完全に立場が逆転している有様である。
それでも、頭が上がらない。
彼女はその身を賭して、私を守ってくれたのだ。
「分かったな」
「具体的に何をしに…」
「おまえに話す必要は無い」




「というわけで、フシギソウのクルトだ。よろしく」
この人が私より前にここに来た人。
そして、神々につかえていた人。
「冥界の神、おまえのいる場所じゃない」
「そんな堅い事言わないで下さいよ、クルt…」
「失せろ」
思わず腰を抜かしてしまうかと思いました。
女の子にこんな剣幕でものを言うことなんてできないと思っていたから、なおさらでした。
技の「睨みつける」の比ではありません。
ギラティナさんは、無言でその場を去りました。
「さて、もったいぶってないで本題移るよ。ショッキングな内容だから、心の準備は?」
このまま、このマシンガントークをずっと続ける気だろうか。
少々不安になりながらも返答する。
「大丈夫そうです」
「それじゃあ、いくよ。今から話す事は事実だから、質問は一番最後、良いね?」
「はい」
「まず一つ、ここに来れたのは偶然じゃない、あいつがあんたを呼んだんだ。とは言っても、数ある魂の中から無作為に選んだだけの話なんだけどな。
二つ目、あいつはあんたを従者にしようとしてる。その事の意味を、今からあんたに説明するためにここに来た」
「従者にですか…」
「奴隷的な意味じゃないからな、それにあんたにとってのメリットもある」
「デメリットもあるって事ですね」
「鋭いな。この若さで、村長をやっていただけの事はある。それから説明しよう」
神々に使える従者っていうのは、何も特別な能力が必要なわけじゃない。
俺なんて、普通の野生のフシギダネだったんだ。
何よりも必要なのは、神を神と見ない心だ。
理由は簡単。神の能力は信仰の力によって成り立っている、一種の自己暗示的なもので出来上がっているからだ。もちろん、その種族特有の能力ってこともあるんだけど、それを増大させるのが信仰の力なんだ。
そしてデメリットの話なんだけど、契約をした者は書庫の記録からすべての記録を抹消され、その後書き換えられる。
その者は元からこの神々の世界にいた住人であるという風に。
その事はすなわち、現実にいた自分に関係のある人物の記憶から自分の記憶が抜け落ちてしまうことと同じ。
神々は、この世界と俺たちがいたような世界は隔絶させておきたいらしい。
「つまり、私は、自分が生きていたということ自体を完全に消されてしまうわけですね」
「そう、従者になればな」
「全く別の質問、いいですか」
「構わない」
「例えば、もし、もしですよ、人々を何らかの方法で操って、混乱させる事っていうのはアルセウスさんには可能なんでしょうか?」
「不可能だ」
この断言が余計に私を不安にさせた。
「なぜそう言いきれるんですか。あの人は創造の力をもっている、なら可能のはず…」
「あいつは、それをしなかった。一度過ちを犯したからだ」
急にクルトさんの顔が曇ったので、私は少し戸惑った。
でも、答えは問わなければ出てこない。
「何ですか、それって?」
「私を手にかけた」
「それって…」
「私を殺した」
全身から血が全部抜けてしまったみたいな感覚を味わった。
あの、笑っていて、常に優しいアルセウスさんが、クルトさんを殺した。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。そんなの…
「嘘…ですよね?」
私はそう言って、少し笑って見せた。
でも、クルトさんは私の顔何て見向きもせず、仰向けになった。
「これが証拠だ」
お腹のところにぽっかり空いた穴。
血は出ていない。
でも普通のポケモンでは到底あけることなんてできないほどの大きさの穴。
「あんたには、よく考えてもらいたい。
あいつがなぜ私を殺したかではなく、あいつが自分自身の力を分配したかをだ。
今いる神々っていうのは、元は一つだったって話は聞いた事があるだろう。
あいつは私を従者にした時、自分の力に恐怖を覚えていた。
その一言で、世界を変えてしまうほどの影響力のある力を自分だけが、なぜ与えられてしまったのか。自分はなぜ生まれてしまったのか。
そして、自分がなぜこんな事を考えるのか。
俺が殺されたのは、些細な喧嘩が原因だった。
力加減の出来ない暴れん坊が、暴れたたのと同じようだった。
目の光彩を無くし、ただ自分の不都合を削除する。
もう後は簡単だ。力の差があり過ぎる。
そして、私は腹を一突きにされて死んだ。
俺はその時、神の従者になった事を心底悔やんだ。
神なんて言うのは、実は感情のない機械だったんだって思ってしまった。
でもあいつは、薄れゆく意識の中にある私に向かって『ごめん』って泣きじゃくりながら言うんだ。思わず笑ってしまうかと思った。
こいつは、何も知らないガキ同然だったんだって、その時初めてあいつが分かったような気がした。
命の重さは測れないけど、自分の大切なものを奪われた時、人って初めて命の重さを実感できる生き物だと思うんだ。
だって、そのための感情だろ」
最後の方のクルトさんは笑っていた。
満面の笑顔だった。
私も知らず知らずのうちに笑っていた。




「話は終わったよ」
「そうか、何を話したかは…」
「教えるわけ無いだろう」
「そう言うと思った」
僕は小さな溜息をつくと、体を縮小させた。
「この方が話しやすいと思って」
「目線を合わせるなよ」
少しだけ頬が赤みを帯びている。
心なしか、言葉にも力がこもっていないような気がする。
何時も強気な奴だが、相手の顔が近付くと弱気になるらしい。
「おまえはもう、感情をコントロールできるようになったんだ。
俺の見たいなやつが、この書庫に入ることはもう二度とないはずだ。
この世界は死とも生ともかけ離れた世界だ。この世界で死ねば、後には何も残らない。」
「そうだ、だから私はもう誰も傷つけないために…」
「従者の制度を作ったのは、どこのどいつだ?お前じゃないのか?
怖いからはいやめたなんて、していいわけ無いだろ。
神々の頂点に立つんだろ、おまえは。何で生まれたのかじゃない、もう受け入れるしかないんだ。
それでも納得できないんなら、ボコボコにして、分かったって言うまで叩きのめす」
最後の方は完璧に自分のやりたい事が入っていたような気がするが、気持ちは伝わった。
そうだな、運命には神にさえ抗えないものがあるのだ。
「分かった。彼女の同意があれば彼女を従者にする」
クルトは八重歯をのぞかせて、笑った
「やっと決心したか、このヘタレ」
「へ…ヘタレって」
僕が言い終わるのと同時ぐらいだった。
クルトは僕のおでこに自分のおでこを当ててきたのだ。
温かい、というより熱いと形容した方が良いだろう感覚が顔から全身へと広がってゆく。
クルトの顔が、息遣いがいつもの数倍増しで伝わってくる。
「はい、契約解除」
「あ…ああ」
「何顔赤くしてんだよ。ほんと面白いな」
「う、うるさい!」
「こんなんで顔赤くしてたら、あんな事到底できないっつの」
そうか、すっかり忘れていた。
最後の難関が待ち受けていたことを。
                



書庫の床が青白く光り、そこから浮かび上がるようにアルセウスさんが出てきた。
「すいませんね、置き去りになんかして」
「いえ、寝てしまった私が悪いんです」
何かを話したそうに、俯いている。
言う事は推測がつく、だから、だからこそ聞いておきたい事がある。
あえて少し強い口調で言う。
「アルセウスさん」
「はい」
「私の村は今どうなっていますか?」
少しだけ間をおいて、返答が返ってくる。
「映像でお見せしましょう」
そう言うと、先程の床の光と同じような色の光のスクリーンが目の前に広がった。
「中継映像ですから、捏造なんてものはできませんのでご安心を」
いつも通りの村だった。
何事も無かったかのように、人々の笑いが絶えないそんな村の様子。
「良かった」
「意外だな。平穏すぎると言うかと思ったのだが」
「私の後継者争いが起きていない事だけ、知りたかったんです。
自分が原因で、周りの人がすさんでいくのはもう見たくありませんから」
もう心残りは無い。
私は、向き直りアルセウスさんに言うべき言葉を伝える。
私は従者になります、私は従者になります、私は…。
「僕は、あなたの事が大好きです」
知らず知らずのうちにうつむいていた顔をあげると、そこにはイーブイになったアルセウスさんがいました。
私は突然の言葉に、頭では処理しきれていませんでした。
コクハクされた…?
「とても弱かった僕は、クルトを殺してしまった。そして命を継ぐために、禁断の書庫に彼女を閉じ込める事になってしまった。塞ぎ込んで、ずっと光彩の無い目をしていた時、あなたが迷い込んできました」
「クルトさんは、私がここへ来たのは偶然じゃないと言っていましたが」
「いや、全くの偶然だったんです。あなたは、私の存在を特別に見ていませんでしたが、僕はあなたを初めて見たときに、初めて感情を持てて良かったって思えたんです。つまり、その、えっと…」
一生懸命な顔。
そんな顔されたら、嫌いになんてなれないですよ。
わたしは、そっと口づけをした。
私の気持ちをのせて。

「はい、契約成立」

驚いて、横を見るとそこにはクルトさんがいた。
「ごめんね、ほとんど嘘だから。生きていた記録が無くなっちゃうのとか嘘だから。まあ、あの時話さなかった事もあるけど」
そう言って、私の足元に落ちていた箱を拾って手渡してくれた。
「これあんたの」
「私の?」
「そう」
箱形の、重いもの。
横にレバーがついているから、そこを少し回してみた。
凄いきれいな音色。
そう思った後、急に体が光りだした。
「わっ!何これ」
光るのがやんだ。
あれ?前脚が真っ黒だ。
「そうか、それがあなたの道具だね。進化を促すオルゴール『進化のオルゴール』だ」
  



                   □




いかがでしたでしょうか。
この進化のオルゴールの音色は、一定の条件を満たさないと聞けないみたいです。
それが進化の石だったり、強さだったり、場所だったり。
神の世界の事なんて、人間は想像するしかないでしょう?
おっと、先を急がなくては。
それでは、これにて
また会う時まで。




進化のオルゴール 〈完〉




【作品名】進化のオルゴール
【原稿用紙(20×20行)】 61.8(枚)
【総文字数】 17325(字)
【行数】 716(行)
【台詞:地の文】 36:63(%)|6343:10982(字)
【漢字:かな:カナ:他】 31:64:2:1(%)|5445:11182:379:319(字)


〈雑記〉
執筆終わりました。
進化ってどうやって起こるんだろう、っていう疑問からこの小説が生まれました。
ポケモンは自分の好きなやつを詰め込みました。
ブイズはやっぱりいいですよね。
エロ予定だったんですが、雰囲気的に合わないような気がしたので入れませんでした。



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Last-modified: 2013-01-22 (火) 00:00:00
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