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連帯責任

/連帯責任

 
 作者:逆行



 路地裏にぽつんと存在する、腐敗した生ごみがそこかしこに飛び散ったゴミ捨て場。そこで僕は、誕生した。
 ゴミ捨て場の蓋を半分開ける。太陽が沈む方角に、何かの店のかと思われる看板が立てられていた。塗られた文字の一部が剥がれ落ち、地面に破片が無残にも散乱している。ゴミ捨て場の真正面には、青色の自転車が一台止められていた。ライトがつけっ放され、路地裏の一角に微量な明かりを進呈している。その自転車の真後ろには、一般的な一軒家の壁が冷たくそびえ立っていた。墨汁を零したと見紛うほど黒ずんでいて、しかも隅には大きな落書きが残されたままだった。
 ひとまず、ゴミ捨て場から抜ける。ゴミ袋に詰められたビニール袋が、カシャカシャと目障りな音を上げた。ホコリが舞って目と鼻を刺激したが、口にチャックがあるからくしゃみは無理だった。
ポケモンについての知識が備わっている人なら、口にチャックがあると知って、僕の正体をだいたい予測できたのだろう。ゴーストタイプを好いているマニアックな人なら、ゴミ捨て場で誕生した時点で嗅ぎ取っていたのだろう。そう、僕はジュペッタだ。捨てられたぬいぐるみに魂が宿って出現するポケモンだ。
 両目を固く閉じて俯き、念じるように頭頂部に力を加える。僕を捨てた人物の顔が、徐々に思い起こされていく。次いで、彼らがどこに住んでいるか、それも道順と共に思い起こされた。太陽が昇る方角から路地裏を出て左。真っ直ぐ行った所にあるアパートの最上階。
 怨念が骨の髄からマグマのように湧き、満身の皮膚を迅速に侵食していく。このままでは僕は、破裂してしまうと悟る。動かなくてはならない。あやつに、この世の物とは思えぬ程の痛みを捧げなくてはいけない。復讐の段取りを脳内シミュレーションしつつ、僕は奴の生息地へと静かに向かった。僕はシャドーボールが使えた。これを使って復讐しようと決めた。人間を痛め付け、あわよくば殺してしまおうと思った。


 十分の歩行と五分の探索で、標的の住処を見付けた。只今は夜。辺りは静寂に包まれていた。僕以外に、外に出ている者はいない。集中して、復讐ができる環境が整っていた。僕は、復讐対象の屑共以外は、かすり傷も付けたくなかった。悪いのは、あいつらだけなのだ。
 僕はまず、あいつらを固く守っているこの家の扉を、木端微塵に破壊することを決めた。脳と手に集中と怨念を混めて、モノの数秒で漆黒の球体を作り出す。球体が最大の大きさになった頃、確かなそれの重みを感じながら、肩に力を入れて、満身の力で扉に投げる。これがシャドーボール。ゴーストタイプ最強の技だ。
 しかしながら……。シャドーボールはわずかな爆風を巻き上げるのみで、ドアを破壊するには全く至らなかった。
攻撃力不足を嘆いている暇はない。この後どうすべきか直ぐ様思考する。
仕方がない。僕は、ここで暫く待機することを決めた。太陽が昇る頃には、憎き人間共は向こうからドアを開ける。その隙を狙えば良い。 
すぐにでも殺したい気持ちを押し殺して、そのまま扉の近くで睡眠を取った。夜行性であるがゆえ、本当ならあまり眠くなかったが、少々でも体力を蓄えとこうと思ったのだ。


 夜明けより少しばかり早く目覚めた僕は、待ちきれずにシャドーボールを打つ体勢を取る。さあ早く来い。我が復讐心は頂点に達している。
 しかし、待てど暮らせど扉は開かない。 
太陽が真上まで上った頃、いくらなんでも声すらしないのはおかしいと思い、僕はゆっくりと記憶の深淵を探ってみた。そして、自分がいかに間抜けな行為を、今の今までしていたのかに気が付いた。
 そもそも、僕はどうして捨てられたのか。僕は、一人の女の子に扱われていた。その子の父親の会社が転勤になり、引っ越すことになった。そのときに、引っ越すときの荷物をなるべく減らそうとし、僕は捨てられることになったのだ。僕という存在に既に飽々していた女の子は、特に反対して駄々をこねたりはしなかった。
そう。奴等は引っ越していたのだ。道理で窓すら開けてこない訳だ。何故、今まで気が付かなかった。
 参った。これでは、復讐が困難だ。引っ越し先を調べ、そこまで向かうというのは、独りのポケモンの力で出来ることではない。 
非常に悔しく感じ、負の感情が更に更に向上を極めた。このままでは、収まらない。負の感情をどこかで吐露しないと苦しい。
僕は、あることを思いつく。
 別に彼らでなくても、構わないのではないか。他の人間に復讐しても、良いのではないか。何故なら、僕がこうして悲劇に見舞われたのは、物を大切にしない人類全体のせいだ。人間共は、物を大切にしなさすぎる。そういえば、ゴミ捨て場の周辺には自伝車が捨てられていたし、壁には落書きが残されていたままだった。そうだ、本当に人類は物を粗末にする。すなわち、僕はあいつらであれば、誰に対してでも復讐する権利がある。そうだ、そうに決まっている。
 僕は、隣の家の前に立った。丁度その瞬間、一人の人間が扉から現れた。
 そいつはひょろりとした男性で、顔色も若干青白く、更には服もよれよれで、明らかに弱そうだった。たやすく倒せる未来が想像できた。僕は再び、脳と手に集中を込めた。
 数分後、ぼろ雑巾になった体を引きずりながら、暗い夜道を独り歩く黒いポケモンがいた。僕、である。
 明らかに、奴は殺すつもりだった。目が物語っていた。
 シャドーボールを放とうとした瞬間のことである。僕の存在に気付いた人間は、即座にボールからポケモンを取り出した。ヘルガーというポケモンで、そいつは口から灼熱の炎を吐いた。僕は焼かれ、黒焦げと化した。元から黒いから変わらない等と、冗談を交えている余裕なんてないほど、重度の火傷を体中に負った。息吐く間もなく、ヘルガーは飛び掛ってきた。猛獣の鋭利な歯が体に深く食い込み、凄まじい苦痛により僕は空に叫んだ。もう止めて下さい何もしませんので。情けなく懇願したが、ヘルガーは顎の力を抜く素振りを見せなかった。
 一瞬の隙を突き、なんとか僕は逃げ出せた。奴等は追ってきたが、暫くして諦め戻っていった。
駄目だ、人間は強すぎる。否、人間が強いのではない。人間が所有するポケモンが厄介なのだ。
 どうする。これでは、人間に復讐できない。 このままでは、膨れ上がった負の感情に押し潰されてしまうだろう。
そこで、僕は考えた。
 別に、人でなくてもいいのではないだろうか。復讐の対象を、ポケモンに切り替えるのもありか。そうだ、それもいい。だってポケモンは、人間のいいなりになっているのだから。野生にしたって、いずれ人間の見方になる。僕が捨てられたのは人間のせいであり、人間の仲間であるポケモンに復讐するのは、決して不条理なことではないだろう。そうだ、そうに決まっている。
 

 数日経って、ようやく傷が完治した僕は、待ち望んだ行為をするべく、町から飛び出し、草むらの中を只管歩き回った。復讐がしたい。その一心で、赤い目を更に赤くして、対象を探し続けた。
 コラッタ、という小型のポケモンがいた。これなら自分にも勝てそうだと、心の中でガッツポーズを取りつつ、毎度のように脳と手に集中を込め、漆黒の球体を放った。復讐心が限界まで溜まっていたせいで、以前よりもシャドーボールは大きな物になっていた。これなら一撃だろう。
 しかしだった。予想外の事態が起きた。シャドーボールは、コラッタをすり抜けた。そのまま飛んで行って、やがて木に衝突して爆風を起こした。コラッタは、ダメージを受けたような素振りは見せない。ただ不安そうな表情をしつつ、体を震わしている。僕は目を丸くした。チャックが開いていたら、恐らく口がポカーンと開いていただろう。
 違う技も試してみた。ナイトヘッド。影打ち。全て駄目だった。残りの技の嫌な音は使わずとも結果が見える。
 とうとう、コラッタは逃げ出してしまった。僕は、途方に暮れていた。あまりの情けなさに声すらでなかった。
 下を向いていた顔を上げると、僕を囲む大勢のポケモンがいた。その中には、先程のコラッタも含まれていた。先程とは打って変わって、余裕の表情で嘲笑してきた。ポケモン達は皆、攻撃的な目を向けてくる。逃げる場所等ない。彼らは一斉に攻撃。僕は目の前が真っ暗になった。


 目を覚ました。なんとか生きているようだ。が、自分の体は、ゴーストタイプが見ても悍ましい状態になっていた。反して、痛みは全く感じない。恐らく、次期にあの世に飛ぶのだろう。
 溜まりに溜まった負の感情は、涙となって外に溢れだしていた。もう、屈辱しか残っていない。僕は、完全なる敗北者だ。
 捨てた人間に復讐しようとしたけどできず、別の人間に復讐しようとしたけどできず、別の生き物に復讐しようとしたけどできず、まったく散々である。
 このまま死ぬのは、当然の如く嫌だった。誰でもいい。誰でもいいから、復讐がしたい。ここから動くことはできないが、まだなんとか、最後にシャドーボールを放てる力は残っている。
 僕は最後の手段を思いついた。ポケモンに復讐できないのなら、自分に復讐すればいい。僕だって、ポケモンの一部なのだ。僕が捨てられたのは人間のせいであり、人間の仲間であるポケモンに復讐するのは、決しておかしいことではなく、そのポケモンの一部である自分に復讐することもまた、決しておかしいことではないだろう。そうだ、そうに決まっている。
 僕は残った力を振り絞り、漆黒の球体を作り出したそれはひどく小さかったが、瀕死の獲物に止めを刺すには十分過ぎる代物だった。
 さあ、シャドーボールよ。愚かなこの生き物に、聖なる征伐を加えてやってくれ。そして、僕の復讐心を存分に満たしてくれ。
 シャドーボールは放射された。0.5秒も経たぬうちに、眼前の眼前で倒れている獲物に直撃。

 効果はばつぐんだった。





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Last-modified: 2015-10-30 (金) 00:08:33
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