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逆鱗に触れて

/逆鱗に触れて

この作品には重度の流血表現、近親愛、輪姦、同性愛、補食等々が含まれます。苦手な方はお引き取りください。
※変態選手権後の追加分はWheel of Fortuneからどうぞ。


・目次



The Lovers 




 この獣道を進んで森の奥深くに分け入り、古い巨木の広場を刺の生えた葉を生やした木が生えてる方へ進んで森を抜けると、目を懲らさなきゃ底が見えないほど深く切り立った谷を見下ろす崖に行き着く。垂壁をジグザグに伝う細く険しい道を下ってくと、入り組んだ岩壁の向こうにぽっかりと開いた横穴が見えてくるはずだ。いつからかそこは、二頭の竜の巣穴になっていた。
 一頭は蒼と白の身体を持つ雄の竜。
 もう一頭は、紅と白の身体を持つ雌の竜。
 紅竜は蒼竜のことを『お兄ちゃん』と呼んで、いつも頬擦りべったり甘えていやがった。
 蒼竜の方も、紅竜のことを他の奴に語るときは『僕の妹』と言ってはいた。本当に血の繋がった兄妹なのかは怪しいもんだっだけどな。
 ってのも、あいつらときたら度々この森を訪れては、
「ほら、この木の実美味しいよ。お前も食べてごらん」
「ほんとだ、美味しい! でも、お兄ちゃんの食べてるのが美味しそう……」
「食べさせてあげるよ。ほら、口を出して」
「ん」
 紅と蒼の尖った吻先が触れ合い、濡れて粘ついた音を甘く立てさせて。
「ぁあん、やっぱりお兄ちゃんのお口は美味しいよぉ……」
「はは、そんな頬の裏まで舐めたら擽ったいよ。お返しだ」
「むふぅ……」
 なんて、周囲の目なんぞまるで憚らずイチャツきまくってたんだ。
 もちろん口移し紛れの接吻だけで済むわきゃない。
「ねぇ、お兄ちゃんのここも食べさせてよ……」
 折りたたんでた手を伸ばして、紅竜は口元についた果汁を拭い、唾液混じりのそれを蒼いヒレ足の間に塗りつける。
「まったく、お前は本当に悪戯好きだなぁ……むんっ」
 苦笑と共に蒼竜が吐息を漏らし、触れられた場所から隆々とした雄自身を剥き出しにする。
 鎌首をもたげた小竜の頭に、紅竜は果汁で味付けをして、
「いただきます」
 と、可憐な唇を開いてかぶりついた。
「うぅ……」
 切なげにこぼれる蒼竜の呻きが、張り詰めた粘膜に頬袋と舌が絡む快感を如実に物語ってやがった。
「もふぅ……お兄ちゃんはどこを食べても美味しいなぁ……」
「巧いよ、あぁ、気持ちいい……さぁ、お前のもお兄ちゃんに味見させておくれ……」
 蒼い腕が紅い尻に伸び、紅竜の身体を反転させる。こぢんまりとした尻尾を上げさせると、滑らかなひと筋を描いて割れた雌自身が蒼竜の眼前に晒された。
「あん……っ」
 恥じらって捩る紅い腰を抱えて、蒼竜は秘裂へと愛おしげに口づける。
「はぁん、ぁひぃっ! お、お兄ちゃぁん……」
 潜り込んだ舌が割れ目を前後する度、紅竜の嬌声が蕩ける。擦る場所によって舌の進入具合が違い、特に深くまで沈む場所を舌先が捕らえると、肉壁が弾けるように開き艶やかに色づいた花弁が一瞬露わになった。
「綺麗だよ。お前のここ、なんて素敵なんだ……」
「あぁ、お願いお兄ちゃん……。早くお兄ちゃんのを、私のそこに食べさせてぇ……」
 急かすように、せがむように、激しく肉壁が蠢いて蜜を滴らせ雄を求める。紅竜の腕の中で、蒼竜の自身もまた呼応して張りを硬く漲らせた。
「嬉しいよ。僕も僕ので、お前を味わいたい……ひとつに、なろうね」
「うんっ!」
 体勢を入れ替えて再び向かい合う二頭。首を絡ませ、互いの腕で抱き合い、2匹の間で持て余し気味に揺れる長大な竿の先端を紅い尻尾の付け根にあてがう。
「あ……あっ、あぁぁ、あああぁぁぁぁあぁ~~っ!!」
 貫かれた刹那、ひと際高い嬌声が迸った。
 彼女が認めた一番の雄を、自分だけの所有物だと誇示する勝ち鬨みたいに。
 波のようにうねり、風のように荒ぶる蒼に包まれて、紅は炎のように熱く激しく燃え盛った。
「んぁああっ! 最高だよぉ、お兄ちゃんのはここで食べるのが一番好きぃ……っ!」
「お前のも美味しいよ、美味しくて堪まらないよ! どんなに幸せか、今教えてあげよう」
「うん、私の幸せも、お兄ちゃん感じて……っ!」
 ふたつの長い首がハート型を描くように歪曲して、額をぶつけんばかりに触れ合わせる、蒼竜の朱い瞳と、紅竜の金色の瞳が神秘的な燐光を放った。
「あぁ、熱い……お前は僕のを、こんなにも熱く感じてくれているんだね……」
「気持ちいい……私の中が、お兄ちゃんを悦ばせてる……っ!」
〝夢映し〟って言うんだそうだ。絆で結ばれた竜同士が、感覚を共有させる技。
 繋がる悦びをふたりで分かち合って、興奮は最高潮へと高まっていく。
「あは、お兄ちゃん、イくのね? イきそう……!」
「僕のが脈を打つ感触まで、お前が感じてくれているの、分かるよ……最後まで、繋がっていよう……あぁぁぁあぁっ!!」
 絶頂に戦慄く花弁の奥に、猛り狂った小竜が気を解き放つ。
 雄がイくとき雌もイかせるのが最高の交尾って言うが、あいつらは技でそれが自在にできちまうってんだから、羨ましいもんだよな。え、――元より竿だけでイくのもイかせるのも余裕で自在だから別に羨ましくもない? あー、さいですか。
 満たされ果てた身体をしなだれさせる紅竜を、上気する胸で抱き留める蒼竜。恍惚に染まった微笑が重なり合う。
「お兄ちゃん、大好き。ずっと一緒にいてね……」
「愛してるよ。何があっても、僕たちはいつまでも一緒さ……」
 この頃季節は秋も(たけなわ)、森のあちこちで恋の花が咲き競う中、遥か梢の頂点でひと際華やかな大輪の花を見せびらかす兄妹を、番持ちどもは自分たちを盛らせる肴として眺めたり、相方が目を奪われ過ぎて騒動の種にしたりと色々だったが、独り者たちはひたすら悶々と妬みを抱えながら自分で慰めて発散するしかなかった。オイラはこの秋になって初めてあの兄妹の姿を見たんだが、二頭とも大した美丈夫で評判だったからな。雄雌問わず誰もが羨望を募らせてたもんだ。
 が、指を咥えて見ている立場に甘んじられなかった奴もいたわけで。
「ったくよぉ、いつもいつも見せつけてくれやがって……」
 小さくぼやきをこぼしながら枝に長大な身体をくねらせて這い登ったのは、そもそも咥える指なんぞ持ち合わせてもいなかった一匹の紫毒蛇。
「ちったぁおこぼれのひとつぐらい貰ったって罰は当たんねぇやな。へへっ」
 身勝手なことを呟いて、紫毒蛇はフードを張った鎌首を梢からもたげ、兄貴に甘えるのに夢中な紅竜の尻を舐めようと舌を伸ばす。オイラと違って念力の類に弱いくせに、よく超能力使いの竜どもにちょっかい出そうなんて無謀なことやったもんだ。……まぁ、笑えんけどな。
 当然罰は直撃した。
 舌先が触れると見えた瞬間、紅かったはずの羽毛が蒼く変じた。
「……!? オエッ、ペッペッ!?」
 自分が舐めたのが兄竜の尻だったと気づいて、紫毒蛇は気色悪そうに唾を吐く。
 丸めかけたフードを、見えざる手が両側から掴んで宙に吊り上げた。
「グゲッ!? 痛てててっ、放せ放せぇっ!?」
「雄の尻を舐めるなんて、悪趣味な痴漢だな」
 技を使って一瞬で妹と位置を入れ替えた蒼竜が、紫のくちなわを念力で眼下に引っ立てて汚物を見る眼で侮蔑する。その背後では、兄との逢瀬に水を射された紅竜が、不機嫌そうに細めた瞼の片方に指をかけて舌を出していた。そんな仕草も、端から見ている分には何とも可愛らしかった。
「ケッ、馬鹿言うな! 好きでてめぇの尻なんか舐めるかよ!? 俺が舐めたかったのは紅竜の方……痛い痛い、やめろやめて千切れちまうっ!?」
「素直に謝るなら許してあげようと思っていたのに、何でわざわざ欲望に素直なこと言っちゃうのかなこの馬鹿は……」
 にこやかな微笑みに怒筋をひくつかせて、蒼竜は念を強めフードを模様が泣き顔の形に歪むまで力一杯引っ張った。
「何だよぉぉっ、お前らが真っ昼間から開けっ広げにズコバコしてんのが悪いんだろ!? 見せつけられて煽られる独り者の身にもなりやがれ! やめろなんて言わんから、せめて迷惑をかけた責任として妹さんを貸してくれたっていいだろ別に減るもんじゃ…………アババババッ!?」
 言い訳っつうか火に油を注いで仰ぎ立てるような居直り抗議が通るわけもなく、二股の舌が裂かれんばかりに左右に引っ張られる。
「素直に謝るなら許してあげようって言っているのに、舐めようとしたばかりか舐めた口まで叩くのはこの舌かな?」
おふぇんらふぁい(ごめんなさい)れひおほろれひはぁぁっ(出来心でした)ぼうひわふぇぇん(もうしません)!!」

 まともに聞き取れん哀願らしい台詞が吐かれ終わると、左右から引っ張っていた力が緩められ、紫毒蛇はフードの端を揃えて摘まむ形で吊し上げられた。
「まったく、お仕置きしたのが僕だったことに感謝しろよ。妹に任せていたらどんなに謝っても許してなんかもらえないからな。半年前の春に僕の目を盗んで見境なく迫ってきた双頭竜は、片方の首を捻り切られて退化させられてる。ひとつしかないその首を同じ目に遭わされたくなかったら……二度と妹に近づくな」
 冷淡に言い放つと、蒼竜は遥か下方の森めがけて紫毒蛇を、落とすと言うより投げつける勢いで放り捨てた。
「あ゛ああああああぁぁぁぁぁぁ~~っ!!」
 悲鳴の尾を引く紫の流星が、枝をへし折り葉を舞い散らせて腐葉土の上を転がった。岩場などではなく柔らかな場所を選んで落としたのは蒼竜のせめてもの慈悲か……いや、潰れた亡骸を見るのも汚らわしいから視界から隠れる場所に落としただけかもしれんが。
 蒼竜と紅竜の番が、無防備極まりないちちくり合いをあれだけ恥ずかしげもなく大胆に晒していたのは、圧倒的な自身らの強さ故のことだったんだろうな。その通り、強い奴は何をしても自由だってこった。





 やがて実りの季節は過ぎ去り、竜族には厳しい季節がやってきた。
「寒いねぇ、お兄ちゃん」
「こっちへおいで。一緒に暖め合おう」
 そんな冬空でも、蒼と紅の兄妹は相も変わらず寒風も裸足で逃げ出すような熱烈バカップルぶりを森に降り撒いていた。
 そんなある日のこと。彼らが留まっていた木の下で、葉陰を揺らす声が響く。
「なぁなぁ知ってるか? 人間の間じゃ、明後日に熱愛カップルのイベントがあるそうだぜ!」
「へぇ、どんなイベントだよ?」
「人間の雌が、南国の離れ小島で採れる木の実を使ったお菓子を作って、好きな雄にプレゼントする習わしなんだと」
「そりゃいいや。モテる雄は胸焼けで苦しんで死ね」
「そういうなって。ひょっとしたらお前を好きな雌が、お菓子を用意してくれてるかも知れんだろ?」
「ないない。んな期待をするほど自惚れちゃいないっての」
「わからんぞぉ。何しろそのイベント、手渡すときまでお菓子を作っていることを相手に内緒にするのがルールだって話だからな。密かに準備してくれてる奴がいるかもよ」
「そ……そうかな?」
「期待ぐらいしてても罰は当たんないってもんだろ。明後日が楽しみだなぁ!」
 向こうから見たら誰がしているとも知れぬだろう噂話に、紅竜の白い耳がしばしピクピクと震えて。
「……お兄ちゃん」
 怖ず怖ずと神妙な面持ちで、紅竜は蒼竜に訊ねた。
「明日、私ひとりだけでちょっとお出かけしたいんだけど……いいかな?」
「あぁ、行っておいで」
 実のところ、内緒も何も一緒に噂話を聞いていたのだし、そうでなくたって夢映しで繋がった関係同士に隠し事なんて一切できっこないわけだが、優しい蒼竜は素知らぬ顔で外出を認めた。
 彼らの飛行術を以てすればどんな遠い場所でもひとっ飛びだし、誰かが害意を持って近づくのならその相手の心配をしてやらなければならんぐらい妹は強いと信頼していたからな。



 もし、この光景を違う角度から見ている奴がいたら。
 木の根本で茂みに巨大な黒い身を丸め、兄妹を伺う竜の姿を見つけたかもしれない。
 血色のタテガミに覆われた顔に浮かべた、不敵な笑みも。
 その右脇に寄り添う噂話の相手もまた、同じ色のタテガミを持つ竜。しかしその首は、黒竜の右腕と繋がっていた。
 両腕に顔を持つ漆黒の三頭竜。そのただ一頭が噂話をし合っていたふたりの正体だった。
 その左腕に本来生えているはずのもうひとつの首は、半ばから捻り切られるように失われていたが。



 ……んなわけで。
 この先オイラが語る蒼竜が辿った運命は、大部分が伝聞になる。事実とは違うこともあるかも知れん。
 もっとも、そこで何があったか正確な事を知っている奴なんざ、生者の内には誰もいやしないわけだが。


The Devil [#1IMAx9Q] 




「じゃあお兄ちゃん、行ってきまぁす!」
「気をつけてね。楽しみにしてるから」
 目的は内緒ということになっているのに、つい滑った口元に苦笑いを浮かべて蒼竜は谷の上から飛び去る紅い影を見送った。
 一体どんな美味しいお菓子を作ってくれることやら。
 きっとこの上なく甘く蕩ける極上の絶品となることだろう。
 もし少しぐらい失敗したところで、妹が作るお菓子が不味いわけなどあるものか。
 溢れる涎と期待で頬を垂れさせながら、蒼竜は谷を下り巣穴へと戻る。

「お邪魔してます」
「!?」

 突如、弾けた衝撃が蒼竜を打った。
 それが潜んでいた何者かが飛び出してきて眼前で叩いた柏手だったと気づいた時には、怯んだ彼を次なる攻撃が襲っていた。
「ギャハハハッ! これを見ろぉ!!」
 闇の中に浮かぶ鬼面のような禍々しい文様が、朱の瞳を射竦めて爪牙と翼から力を奪う。
 最早意のままにならない身体を崩れさせながら、蒼竜は何事が起こったのかを確認する。
 紫のフードを広げて威嚇と怖い顔の文様による精神攻撃を仕掛けてきた主は、間違いなく昨秋、妹に舌を伸ばそうとしたところを懲らしめた紫毒蛇だ。
 だが、その直前に打たれた柏手――猫騙しは、手を持たぬ毒蛇の仕業じゃありっこない。元より猫騙しを受けて隙を見せていなければ、紫毒蛇の怖い顔など効果を受ける前に返り討ちにできたはず。つまり柏手を打った別の何者が、紫毒蛇と連携して襲ってきたってことだ。
 ザラついた感触の蠢く触手が蒼竜の羽に巻きついて、巣穴の奥へと引きずり込む。
 闇の中に立つより深い漆黒に、ようやく蒼竜はもう一頭の襲撃者を確かめた。
 人型をした痩躯の、ほぼ全身を覆う長大な濡れ羽色の体毛。自在にうねるそれが、蒼竜を捕らえている触手の正体だった。
 微かに見える足先や腹、そして高く尖った鼻面などは苔むした緑。
 この辺りでは見かけない奴で、蒼竜もそいつのことはまったく知らなかった。黒毛の悪魔、とでも呼ぶべきか。
「お初にお目にかかります。いやぁ、紫毒蛇さんに伺った通り本当にお美しい方だ! 私、貴方のような美しい竜に目がありませんのでね。しばらくおつき合い願いますよ、可愛い玩具さん。ケヒヒッ」
 慇懃無礼な言葉遣いを下卑た笑みで濁らせて、悪魔は黒毛を引いて蒼竜を仰向けに転がし、強引にヒレ足を開かせる。そこに紫毒蛇が蛇腹を擦り付けて這い登った。
「ざまぁねえぜ色男。ゴミみてぇに投げ捨てられた恨み、しっぽりと晴らさせて貰うぜぇ!」
 勝ち誇った残忍な哄笑を払いのけようと、蒼竜は竦んだ身体に鞭を打って思念の波を飛ばす。
 だが、その思念は宙に伸びた黒毛の壁によって阻まれた。
「……!?」
「フフ……」
「ククク……ッ!」
 降り注ぐ嘲りに思念の通じぬ悪の気配を感じ、ならばと竜の爪を研ぎ澄ませて黒毛を引き裂こうと試みる。
 しかしそれすら、黒毛の一本たりとも断ち切ることはなかった。
「…………まさか」
 蒼と白の羽毛が、全身に渡って怖気立つ。
 竦んでいたために力が出し切れなかったってのはある。だが思念も竜の爪牙も、辛うじて振り絞った力さえ、黒毛にまったく通ることなく弾かれた。つまり……。
「お察し頂けたようですね」
 蒼竜を完全に組み敷いた黒毛悪魔の、切れ長の双貌が凶悪に吊り上がる。
「そうですよ。私は悪と妖精の複合属性です。あなたの属性に準じた攻撃は、私には一切通用しませんよ」
 天敵。
 ここまで相性の悪い相手と相対するなど、蒼竜にとっちゃ想定外だっただろう。翼を鋼と化して攻撃する技でも修得していれば、威嚇されているとはいえまだやりようがあっただろうが、覚えていない以上どうしようもなかった。
「へへ、旅の旦那を仲間に引き入れて大正解だったぜ。なぁどうだ蒼竜、思い知ったか? 手も足も届かない相手に好き放題蹂躙される屈辱をよ。この能力暴君め!」
 腹の上で鎌首をもたげて、紫毒蛇が睥睨する。手も足も届かない屈辱については、届かせるべき手も足も持ち合わせない紫毒蛇の奴は確かに誰よりも詳しそうだったが、蹂躙されたのは身の程知らずの自業自得ってもんだ。……解ってるって。あぁ、全部自業自得だよ。
「まだまだこんなもんじゃ足りやしねぇ。二度と表にその高慢な面を出せないよう、汚泥のどん底まで堕としつくしてやるぜ……兄妹仲良く揃って、なぁ!!」
「――っ!?」
 言い放たれたその言葉は、自らが陥れられた状況以上に蒼竜を焦燥させた。
「貴様ら、妹に一体何を!?」
「おやおや、ひょっとしてまだお気づきになっていませんでしたか? 血の巡りのよろしくないことで」
 蒼竜を弄びながら、黒毛悪魔が愉快げに語る。
「貴方が人間たちの暦に詳しければ、気づけたかもしれませんでしけどねぇ。明日がカップルのイベントだなんて、私たちの流した真っ赤なデマカセですよ。もしかしたら世界のどこかには明日がそういうイベントだという場所があるのかも知れませんが、少なくとも明日は冬至祭(クリスマス)でも婚姻賛美の日(バレンタインデー)でも何でもありません」
「何、だと……!?」
「ここまで計画してわざわざお前ら兄妹を引き離した俺たちが、てめぇだけを罠に嵌めたとでも思ってたのかよ? 勿論、アイツをおびき寄せた南国の離れ小島にもしっかりと罠が張ってあるのさ! 今頃あの可愛い紅竜も、さぞ楽しい目に遭ってることだろうぜ! ギャハハハハ!!」
「貴様ぁぁっ!!」
「ほらほら、私たちに毒づいている暇があったら、早く夢映しで向こうの状況を確認したらいかがですか? 今ならまだ間に合うかも知れませんよ?」
 黒毛悪魔の台詞が半ばに至るより早く、蒼竜は朱の瞳を光らせて意識を紅竜の元へと飛ばしていた。
 果たして、瞳から放たれた光条が巣穴の壁面に映し出したのは――
「きゃっ!? ちょっとやだお兄ちゃん、内緒なんだから覗いちゃダメだって……ど、どうしたのお兄ちゃん!?」
 南の離れ小島に生えた大木の幹に、金の瞳で巣穴の映像を映して驚愕する妹の様子だった。
 取り落とした幾つもの木の実が、根本の地面を打つ音が何度も響く。彼女は今し方まで、ごく平和に木の実を採取していたわけだ。
「無事か。良かった……」
「そっちは全然無事じゃないじゃない!? どうしてそんなことになってるの!? 待ってて、すぐに帰るから!!」
 羽を翻して大空に飛び上がろうとする紅竜。だが、彼女も同じ超能力竜である以上、黒毛悪魔が相手ではどうにもならんことは目に見えていた。
「ダメだ、ひとりでは戻ってくるな! 誰かに助けを求めて……ああぁっ!?」
 出そうとした指示を妨げたのは、脇腹を嫌らしく擽る黒毛の蠢きだった。
「な、何を……!?」
「あんっ!?」
「!?」
 映像の向こうに妹の甲高い悲鳴を聞いて、蒼竜の表情が固く強ばる。
「く、擽ったい……何、この感触……!? お兄ちゃん、何をされてる、の……!?」
 紅竜は、脇腹を――蒼竜が擽られたのと同じ部位を押さえて悶えていた。
 夢映しによる感覚の同調で、こちらで受けた陵辱を紅竜にも味わわせてしまったのだ、と蒼竜が掻き乱された思考で理解した頃には、もう次の侵略が始まっていた。
「な……っ!?」
 悍ましい蛇腹のうねりが撫でさすったのは、あろうことかヒレ足の内側。
「ひ、ひあぁっ!? やだ、やめてよぉ……っ!?」
 蒼竜越しに股間をまさぐられた紅竜が、ヒレ足を窄めて身を丸める。
「ぐへへへっ、いい眺めだぜ!」
 投影された痴態に興奮して喉を鳴らした紫毒蛇は、二股の舌に貪欲な涎を伝わせると、顎先を蒼竜の股間へと向けた。
「何をする!?」
「悪趣味なことだよ。あの時はてめぇから差し出した尻だ。今更文句はねぇだろ?」
「や……やめろ、やめろぉぉぉぉっ!?」
 制止も虚しく、紫毒蛇の唇が蒼竜の割れ目をこじ開け、その奥で眠る小竜を舐め回した。
 それは同時に、紅竜の、蒼竜のためだけに開かれるべき神秘の花弁にも……!!
「イヤあぁぁぁぁぁぁっ!?」
 堪えられず、紅竜は地に落ちて股間を押さえうずくまる。
 その無惨な姿を目の当たりにして、蒼竜は怒りに戦慄いた。
「これが狙いか……これこそが罠だったのか! 夢映しを介して僕越しに妹を辱めるために、妹の方にも罠が張ってあるなんて嘘をよくも……っ!?」
 そうと判れば、一刻も早く夢映しを切らなければ。助けを呼ぶようしっかりと言い含めて夢映しを断てば、これ以上妹を弄ばれる事態は回避できる……かに思えた。実際、そのはずだった。だが。
「残念、ハズレです。向こうにも罠を張ったというのは、ハッタリではありませんよ」
「何……っ!?」
「い、イヤ……こないで……っ!?」
 怯える妹の声に顔を上げれば、見えざる舌に花弁を舐め回されて動けぬ彼女の頭上に、宵闇色をした三対六枚の羽を広げて迫る黒竜の姿があった。
 首のみならず右手の先にも頭部のついたその竜に、しかし左手は肘から先が欠けていることに気づき蒼竜は朱の瞳を見開く。
「あ、あれはまさか、妹が片首を落とした双頭竜の進化した姿か!?」
「ほう、誰だか判ったか。奴さんも片首を落とされてから散々苦労して、先の秋頃にようやくめでたく進化したんだとさ。紅竜のマンコは俺も惜しかったがな、アイツも相当首をもぎ取った紅竜を恨んでやがったし、俺としてもてめぇの吠え面の方が拝みたかったもんでよ、譲ってやったわけだ」
「さて、どうします? 夢映しを切って、嫌な光景から眼を背けますか? それは取りも直さず、これからあの隻腕の三頭竜に犯される妹さんを見捨てるということに他なりませんが……それがお兄さんのすることですかね?」
「あ……うあぁっ!?」
 理性で考えれば、黒毛悪魔の言い分は難癖もいいところだった。感覚の共有を妹の枷にされている上、襲われている様までも視姦されている以上、夢映しを切ることこそが妹を守る道だ。
 だが。
「助けて……お兄ちゃん助けてよぉっ!?」
 泣きじゃくりながら脳裏に訴えてくる声が、黒毛悪魔のハッタリと相まって正常な判断を妨げる。
 妹の危機から背を向ける行為に、兄としての本能が苦悶の悲鳴を上げる。救いを求める声を振り切らなければその声に答えられんとどれほど解っていても、断ち切る思念は散り散りに乱れるばかり。
 理性と感情の狭間で葛藤している内に、事態は刻々と悪化の一途を辿るばかりだった。
 小竜は巣穴から引きずり出され、紫毒蛇の顎と舌で散々に弄ばれ、毒牙すら立てられて苦痛を与えてくる。
 更には背後から撫で回し続ける黒毛の浸食が、尻を掻き分けて菊門までも犯そうと伸びてくる。
 伝達される暴虐を必死に堪える妹からも、隻腕の三頭竜に荒息を首筋へと浴びせられる嫌悪感が伝わってくる。
 失われたはずの三本目の首は足の間から生えて屹立し、頑なに拒絶し続ける紅竜を今度こそ食い荒らさんと牙を立ててくる。
 最早、兄の菊門と妹の花弁、どちらが摘まれる方が早いかを競う段階にまで陥っていた。
「こんなのヤだあぁぁっ!? 助けて、お兄ちゃぁぁん!?」
「可哀想になぁ、妹ちゃん大ピンチだぜぇ? またあの時のように入れ替わってやったらいいんじゃね?」
 いけしゃあしゃあと紫毒蛇が促すが、そもそもあの技は至近の仲間とでなければ入れ替われんらしいし、仮に使えたところでこの状況下じゃ獲物と陵辱者の組み合わせが交代するだけだ。元々紅竜狙いの紫毒蛇を喜ばせることにしかならん。
「何もできないのならば、せめて応援して苦しみを分かち合ってあげるのが兄妹ってものでしょうねぇ?」
 囁きかける悪魔の声に挫けそうになる自分の心を、蒼竜は死力を尽くして叱咤する。
 蒼竜がするべきは妹を助けようとすることではなく、妹を信じることだと。
 陵辱に邪魔されてさえいなければ、ひと首足りない三頭竜など妹の敵にもならん。そもそもそう信じると決めたからこそ、ひとりで出かけさせたはずだったわけだしな。
 それでも妹への心配に縛られ続ける、黒毛悪魔よりも、紫毒蛇よりも、隻腕の三頭竜よりも遥かに妹にとって有害な敵の唇に牙を立て、強い意志を込めて蒼竜は噛み切った。
「お兄ちゃん! お兄ちゃ――……」
 肉が千切れ飛ぶような鈍い音を立てて、紅竜の悲鳴と映像が消滅する。
「ちっ、切られましたか」
「おいおいいーのかよ蒼竜? 今頃紅竜の奴、三頭竜にブチ抜かれちまってるぜぇ!?」
 紫毒蛇がしつこく挑発するも、蒼竜は血の滴る唇を背けて無視をした。
「甘く見過ぎましたかね。互いに強姦されても妹から目を離せないバカ兄ぶりを期待していましたが」
「な、なぁ旦那、実のところ三頭竜の奴ヤバくね? まともにやり合って紅竜を抑えられるとは思えねぇ。下手すりゃ全身左腕の後を追っちまいかねねぇぞ……?」
 フードの文様に冷や汗を垂らして怯える紫毒蛇。しかし黒毛悪魔は、その怯えを緑の鼻先で嘲り飛ばす。
「なぁに、紅竜が三頭竜を倒してここに駆けつけたとしても心配は無用です。これこの通り、ポケ質は私の毛の中にあるのですから」
 黒毛が渦を描いて、蒼竜の首を取り巻く。いつでも絞め殺せることを示すように。
「何やら助けを呼ばせようとしていたようですが、あれだけ兄依存の激しい甘ったれ嬢ちゃんにそこまでの機転が効くものですか。まっすぐ突撃してきて、お兄さん助けたさにいいなりになるのが関の山ですよ。三頭竜にはせいぜい足止めになって貰って、紅竜がくるまで蒼竜で楽しみましょう」
「さっすが旦那! こっちについてきた俺、超勝ち組ぃ!」
 どこから見ても卑劣極まりない企みを聞いて、改めて蒼竜は怖気立つ。
 震えるばかりで、しかし打てる手は何もなかった。
 黒毛悪魔の分析は外道ながらもまったく的を射ていて、妹を介しての救援はほぼ絶望的。
 位置を入れ替える技を効果範囲に入り次第使ったとして、黒毛悪魔たちの手に落ちた妹がどんな目に遭わされるか百も承知の上で、蒼竜自身が断腸の思いで当ても知れぬ救援を呼びにいく、という、それができるぐらいなら夢映しを切るのにあれだけ躊躇しとらんって話を無理矢理乗り越えて実行したとしても、紫毒蛇から受けた威嚇と怖い顔による萎縮で満足に働かない身体じゃ逃げおおせるかどうかも怪しい。追いつかれて捕まったら最悪だ。
 妹への枷として利用されるぐらいなら、いっそ唇じゃなく舌を噛み切るべきだったか……とまで考えてすぐに思い直す。人質がいなくなってもこの天敵はいずれ妹を襲うだろう。命に代えてもとにかく黒毛悪魔だけは排除してしまわなければ。だが、どうすれば……。
 思念を巡らせる蒼竜の頭上で、悪魔と毒蛇が貪欲な涎を滴らせた。
「さてと、そろそろヤらせて貰うとするか。ククッ、紅竜の前の前菜と思えば悪趣味も悪くねぇ!」
「おっと待った、私が先ですよ。蒼竜には穴がひとつしかありませんし、貴方が毒液で汚した後には挿れられませんからね」
「ん~、まぁ旦那には世話になったししゃあねぇか。その代わり紅竜のマンコは先にヤらせてくれよ。どうせ三頭竜はヤれずに殺られてるだろうし丁度いいや」
「いいですよ。私はまた後ろで一緒に楽しみますし。美形兄妹の菊門比べというのもまた乙なものです」
 ――時が経ち、黒毛によって雁字搦めに拘束された蒼竜の眼前で、紅竜を紫毒蛇と黒毛悪魔が前後から挟み込んで辱めていた。
 紫毒蛇は紅竜の腹でのたくりながら、折り曲げた腰の角を秘裂へと抉り込ませ、毒牙で花弁を貪っている。
 黒毛悪魔は紅竜を背後から兄同様に黒毛を巻き付けて縛り上げ、尻尾を捻り上げさせて菊門へと腰を打ち付けている。
 紅竜は金の瞳を滂沱の涙で濡らしながら掠れた声で蒼竜に助けを、救いを求めてくる。だが、最愛の妹が手を伸ばしさえすれば届く距離で犯されているのに、蒼竜は指一本すら動かせない。陵辱者たちが高笑いしながら吐き散らす唾を顔に浴びせられながら、絶望と屈辱にまみれて泣き咽ぶだけ……。
 ふざけるな、と蒼竜は朱の瞳に静かな劫火を宿す。
 こんな地獄絵図を想像させたというだけで、こいつらは全員万死に値する。否、万死すら生温い。
 この命に変えても現実にはさせない、ではもうダメだ。罪に相応しい地獄に堕とすためなら、同等の、あるいはそれより下層の地獄まで堕ちることすら厭うものか。
 望みの綱はある。それを掴むためには……。
 頼む。どうかその時まで、保っていてくれ……!
「おや、観念しましたかね。大人しいですね」
 ひっくり返し俯せにして尻を上げさせても抵抗しない蒼竜の様子に、黒毛悪魔は怪訝に首を傾げる。
「諦めちまったのかぁ? もう少しぐらい悪足掻きしてくれねぇとつまんねぇぞ。おい、俺のも口で奉仕しろよ」
 白い首に尻尾を絡めた紫毒蛇が、腰の割れ目から二本の毒牙を剥いて蒼竜の固く閉ざした唇に擦りつける。汚臭から逃れるように蒼竜は後退り、結果として黒毛悪魔の腰に尻を寄せることになった。
「クク、そこまで従順な姿勢を見せてくれると嬉しいですねぇ。では……頂きますよ!」
 黒毛が菊門の縁をこじ開け、悪魔の腰が乱暴に打ち付けられる。
 熱い異物感が、蒼竜のハラワタを逆流した。
「あ゛あぁぁっ!?」
 初めて菊門を犯される暴虐を受けて、蒼竜は苦悶の声を漏らす。その開いた口に。
「これでも喰らってやがれ! ギャハハハハ!」
 紫毒蛇の腰の毒牙が、片方だけ押し込まれた。
 轡のように無理矢理口を開かされ突かれる度に、もう一本の毒牙に粘ついた表皮で頬を叩かれ、背後から菊門を荒らす黒毛悪魔の抽挿と相俟って、されてる行為を否応なしに蒼竜に突きつけてくる。愛を踏みにじる悍ましい欲望で、神聖な体内を下から上からと貫かれ掻き回され弄ばれて、やがて便所のように汚される運命。
 良かった、夢映しを切ることができて。
 こんな苦痛と屈辱を、妹に共有させてしまわなくて良かった。
 こんな無様で惨めな自分を、妹に見られなくて良かった。
 だがいずれ、妹は戻ってきてしまう。兄の涜された姿を見られた上で、彼女もまた、雌である故により最悪な目に遭わされる。だからそうなる前に、すべてを終わらせる……!
「くふぅ、なかなかいい締めをするじゃないですか。おやおや、ぎこちなくとはいえ自分から腰まで振っちゃって。早く終わらせてくれってことですかね?」
「もしや、妹が帰ってくる前に俺らを抜き枯らかし尽くそうって魂胆だったりしてな」
「あっはっは、だとしたら舐められたものです。何十発放った後でも妹さんの相手を努められる自信はありますよ! 穢されるのが早まるだけだというのに、滑稽な方だ!」
「オラオラ、てめぇが舐めるのは旦那じゃなくて俺のモノだろうが! しっかりしゃぶれよ歯ぁ立てたら絞め殺すぞ! 後ろばっかサービスしてんじゃねぇよ!」
 内と外から頬に押しつけられる毒牙を、しかし蒼竜はされるがままに無視し、一心に黒毛悪魔へと菊門を擦り付けた。
「可愛いものですねぇ。そこまで積極的になって頂けるのでしたら、こちらからもたっぷりとお返しをしなければいけませんねぇ」
 蒼竜の腹の下で充血して揺れる小竜に、黒毛が荒々しく巻き付けられる。
「――っ!?」
 仰け反る腰をがっしりと抱え、黒毛悪魔は直腸越しに小竜の根、即ち前立腺をまともに貫く角度で、魂をも砕くほど深く激しく突き込んだ。
「おぶあぁぁあぁっ!?」
 毒牙を頬張ったまま、蒼竜は苦悶に咽せ返った。小竜が断末魔の痙攣を起こし、本来なら紅竜の花園に注ぐべき愛の証を床にぶちまけて白く濡らす。
「ギャハハ、てめぇが保たずに終わってりゃ世話ねぇぜ!」
「伝説の蒼竜をここまで嬲り者にできるとは、痛快ですねぇ……あぁ、そろそろいい感じに昂ってきましたよ……!」
 腸内を抉る肉槍が熱を増し、更に急所を打ち砕こうと穿つのを蒼竜は感じた。
「おぐ、おう、あぁ……」
 涙さえ垂れ流し、悲鳴混じりの喘ぎを繰り返しながら、蒼竜は悪魔の攻めを逆らうことなく受け入れる。
「いい仔です、いい仔です! さぁ、この麗しい肉体に永遠に刻みつけて差し上げましょう。貴方は……私の玩具だあぁぁぁあぁっ!!」
 遂に黒毛悪魔が気をヤった。吐き出された欲望の奔流が蒼竜の体内で荒れ狂い、身も心も内側から蝕む。
 ようやく肉槍を引き抜かれた時には、もう蒼竜には浮遊する力すら残っておらず虚しく床に腹を落とした。先に吐き出した白濁が青い羽毛に染み込み、菊門からは黒毛悪魔のそれが溢れこぼれる。
「く……くくくく…………」
「……?」
 喉と顎を震わせる蒼竜の様子に異様なものを感じて、紫毒蛇は一旦毒牙を蒼竜の口腔から引き抜く。
「く、くか、あ、あはははははは…………」
 蒼竜は、笑ってやがった。
 涙と血の滲む頬を震わせ、涎を溢れさせながら、喉から漏れるその声は渇き切って響いた。
「あ~あ、ダメだこりゃ。壊れてやがる」
 さすがに興を削がれて、紫毒蛇は毒牙を引っ込めた。が、追いかけて伸びた蒼竜の舌が毒牙の先端を捕らえて弄くるように舐める。
「お、何だヤる気か?」
 再び差し出された毒牙に、蒼竜は自らかぶりついた。
 歯を立てぬように優しく咥え、唇を窄め根本を締めて、頬を張って竿を絞り、舌を絡めて先端を弄ぶ。
「おう……マジでヤってくれるじゃねぇか。とうとうてめぇが悪趣味に染まっちまったか。へへ、だったらもう一本もまとめてお願いするぜ」
 ふた振りの毒牙を束にして蒼竜に咥えさせると、蒼竜はむしろ嬉しそうな微笑みさえ浮かべて両の頬で毒牙をしゃぶり、二本の狭間で舌を波打つように蠕動させた。
「うひょおお、堪んねぇ! ガハハ、もうすっかり性玩具だな! 威厳も尊厳もありゃしねぇ。何が伝説の蒼竜だ!」
「この有様を紅竜が見たらどんな顔をするか実に楽しみですねぇ。あぁ、私もまた勃ってきましたよ。紅竜がくる前にもう一戦しておきますかね?」
 汚れた菊門を黒毛で掻き回され、ヒレ足で床を掻きながら、蒼竜は一心に毒牙を舐り、転がし、吸い上げる。その二股の根本が、熱い脈動に打ち震えた。
「キタぜキタぜ、二本同時にイってやるぜぇ! 脳天までブッ飛ぶキメ薬入りのをたっぷりとな! すぐに紅竜も送ってやるから、先にラリった世界にイっちまいやがれ!!」
 その身を逸物そのもののように勃起させ仰け反らせて、尻尾で蒼竜の白い羽毛をしっかりと掻き抱きながら、紫毒蛇は有頂天の極みとばかりに雄叫びを上げた。
「あぁ、勝った! 俺は、俺様は、蒼竜に勝ったぞぉぉぉぉぉぉおぉっ!!」

 そして。
 劇薬成分を濃厚に含んだ白濁液が、二本の毒牙を貫いて噴出し、黒毛悪魔の口腔を満たして溢れ返った。

「…………へ!?」
 今一度、紫毒蛇は尻尾で抱えていたものを確かめる。
 つい先刻まで確かに捕らえていたはずの白い羽毛は、しかしいつの間にか、黒く長い長毛へと変わっていた。
 固まった時間の中、黒毛が微かに傾いで、尖った緑の鼻面を覗かせる。
 その鼻の下に、二股の毒牙をまとめて咥え込んで。
「え……旦那? なんで、どうして……!?」
 問われた黒毛悪魔にも、何が起こったのかさっぱり解らなかった。
 突然自分の口をこじ開けて入ってきた、汚臭を放つ肉塊は何なのか。
 口腔内を満たしていく、粘りけのある液体は何なのか。
 戸惑うように巡らされた視線が上を仰いで、紫毒蛇の文様を見出し、すべてを理解して――
「お……ぶあごあぁがはぁぁぁぁっ!?」
 死に物狂いで毒牙を吐き出し、力任せに紫毒蛇を引き剥がして、口腔に黒毛を突っ込んで注がれた毒液を吐き出そうとする。
 だが、雌の膣内から精子を漏れさせないための蓋の役目を持つ粘液は、口腔に頑固にへばりつき簡単には吐き出し切れるもんじゃない。雄雌問わず幾多の相手を陵辱し、時に相手の顔や身体にぶっかけて弄んできた黒毛悪魔は、精液の拭い難さを熟知していた。
「ごがぁ、ぼぶ、ぼげぇぇっ!?」
 ただの口辱とはわけが違う。並の相手なら中毒で済む成分だが、毒に弱い妖精には致死になりかねん猛毒含みの精液だ。緑の肌を青ざめさせた黒毛悪魔は喉を掻き毟ってもがきながら後ろによろめき、湿った柔らかい肉塊にぶつかる。それは蒼竜の、奴自身の白濁で汚れた腹だった。先刻まで目の前で弄んでいたはずの蒼竜がどうして背後に……!?
 そんな疑問が焦点を結ぶより早く、毒の効果が黒毛悪魔の脳髄まで浸透した。
「ごぼぼ、がば、あぽばがはぼばばばばばばばば……」
 蒼竜ともつれ合うように床に転がり、黒毛をのたうち回らせ悶え苦しんで、鼻孔から涙腺から血の混じった白濁液を溢れさせ、口からも白い泡を大量に吐いて、吐いて、生を求めるように吐き出して……やがて黒毛が力を失い崩れ落ちて、すべて動かなくなった。
「馬鹿な、一体何が……どうしてこんなことに……!?」
 立ち竦んで呆然と呻く紫毒蛇のちっぽけな脳味噌には、到底理解できなかっただろう。
 先刻蒼竜が笑ったのは、狂ったからなんかじゃなく、すべて狙い通りに事が進んだからだったことなど。

 そう、お察しの通り、蒼竜が使ったのはお馴染み、至近にいる味方と自分の位置を入れ替える例の技だ。
 唯一の味方である紅竜に使っても意味のない状況で、蒼竜は事もあろうに敵である黒毛悪魔にこの技を行使した。
 効果対象に黒毛悪魔を捕らえるために、敢えて黒毛悪魔に自身を陵辱させ、心を破壊し尽くさせて、悪魔の玩具へと、所持物へと自分を貶めてまでな。
 黒毛悪魔が達して蒼竜をモノにするまで、紫毒蛇には達して貰うわけにはいかなかった。だから蒼竜は、口戯を制御して紫毒蛇を保たせたんだ。紫毒蛇が達する瞬間に黒毛悪魔と入れ替わり、致死量の毒液を確実に飲ませて、すべてを終わらせるために。黒毛悪魔という妖精の驚異を排除しうる望みの綱は、紫毒蛇の猛毒しかなかったんだからな。

 混乱から我に返った紫毒蛇を襲ったのは、全身の鱗が逆立つほどの恐怖だった。
「ひ……ひいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
 この時、紫毒蛇にとっての最善の行動は、蒼竜を放置してトンズラこくことだっただろう。
 威嚇と怖い顔の文様に萎縮させられ、更に黒毛悪魔の攻撃で精神を粉々に破壊し尽くされていた蒼竜には、もう小鼠一匹とさえまともに戦える力など残っちゃいなかったのだから。
 もし戻ってきた紅竜と鉢合わせとなっても、攻撃される前に蒼竜の状態を伝えることに成功しさえすれば、紅竜は紫毒蛇になど目もくれず兄の介抱に向かっただろう。その内に兄妹の目の届かないどこか遠くまで逃げおおせれば、生き残れる可能性もあったはずだ。
 だが、黒毛悪魔が守ってくれてるのをいいことに散々調子ブッコいた挙げ句、その守り盾を失って蒼竜と対峙する羽目に陥ってしまった紫毒蛇には、冷静に判断する余裕などありゃしなかった。
 奴の脳裏を占めていたのは、ただひとつの認識。
 先に殺らなきゃ、自分が殺られる。



 比喩じゃない毒牙に喉笛を貫かれ、意識の最期のひとかけらを噛み砕かれる刹那まで、蒼竜は彼の大切な紅い花を想い続けていたことだろう。



 殺っちまった…………。
 光を失った朱い瞳を見下ろして、ようやく紫毒蛇は自分が命綱を切る愚を犯したことを悟った。
 呆けている場合じゃねぇ。今すぐ逃げ出さねば。
 この巣穴から……いや、地の果てまでもどこまでも。
 夢映しで紅竜に面は割れている。ごまかしようもねぇ。謝って許されるわけもねぇ。戦って敵う術もねぇ。蒼竜が言っていた恫喝がハッタリじゃなかったことは、三頭竜と会って左腕を見せて貰った時に痛感している。見つかったらそこで終わりだ。
 逃げて逃げて逃げて、何としてでも生き延びねぇと。結局雌と一発もできねぇままくたばってたまるか。
 固めた意志とは裏腹に緩慢にしか動けない身体ももどかしく、紫毒蛇は巣穴の入り口を振り仰いで、

「お、兄、ちゃ……ん…………!?」

 紅色をした絶望に、行く手と未来とを永久に遮られた。
 巣穴の惨状を目の当たりにして呆然と立ち竦んだ紅竜の腕から、振り払うのも面倒だったのであろう肉塊が虚しく落ちて転がる。
 黒と血色のタテガミに覆われた、それは三頭竜の右手の首だった。残りがどうなったかはまぁ、語るまでもないわな。何のフォローもなく紅竜の足止めとして放置された右手首竜の恨めしげな瞳が、紫毒蛇に目前に迫る末路を明示していた。
「あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁあぁ~~っ!?」
 金の瞳が憤怒を通り越して狂気の炎に燃え盛っていく様を眺めながら、
「カ、ハ、ハハ…………」
 紫毒蛇は、笑った。
 乾いた声で、力もなくただ笑った。
 泣いても喚いても、もうどうしようもなかったから、笑うしかなかった。
 ……何だって俺、こんな馬鹿なことしでかしちまったんだっけか…………?
 オイラも今現在を含めて何度ともなく繰り返してきた自嘲を浮かべながら、紫毒蛇の頭はフードから千切り飛ばされ、巣穴の岩壁にぶつかり頭蓋を叩き割られて脳漿をブチ撒けた。


Death [#1R8LpmV] 




「お兄ちゃん……?」
 何もかもが赤一色に染まった見知らぬ場所で、紅竜は辺りを見回しては兄の姿を探していた。
「お兄ちゃん、どこ……?」
 極限を超えた怒りから暴走状態に陥った竜は、あらゆるものを見境なく手当たり次第に破壊し尽くす。
 紅竜もまた、何もかもを破壊した。紫毒蛇も、三頭竜の右腕首も、毒に犯されて妖精の耐性を失っていた黒毛悪魔も、そして……兄の亡骸も、ふたりの思い出が詰まった巣穴の調度品も、すべてを原形も留めないまでに粉砕した。
 或いはそれは、最愛の兄が喪われたという現実に耐えられない紅竜の本能が、その証を紅竜の視界から排除するために行ったことかも知れん。
 暴走が治まっても、しばらくは意識の混濁が続く。朦朧とした幻惑の中、紅竜の本能は更なる証拠隠滅を計った。
「これ、なんだろう?……お肉?」
 散らばっていた肉塊を拾い、紅竜は匂いを嗅ぐ。
 何の肉かは判らない。最早誰にも判るまい。
「いい匂い。美味しそう……食べちゃえ!」
 八重歯を閃かせ、紅竜はかぶりついた。何かも知れないその肉に。
「ほわぁ、美味しい! まるでお兄ちゃんの大事なところみたい!」
 ……割とマジでナニの肉かも知れなかったが。
「えへへ、お兄ちゃんが帰ってくる前に、全部独り占めにしちゃおっと」
 巣穴中に散らばる謎の挽き肉に、次から次へと手を伸ばしては口に放り込む。
 無限の悲嘆も、行き場を失った憎しみも、悉くを腹の中に包み隠して。
 紫毒蛇の奴も、狙っていた紅竜とこんな形でとはいえひとつになれたわけで、まぁ本望ってもんだろう。……いい気味だ。
「ふぅ。お腹一杯になっちゃった。お兄ちゃんまだ帰ってこないのかなぁ?」
 決して帰ることのない兄を待ちわびて、紅竜は巣穴の入り口を眺める。
 陶酔に揺蕩う金の瞳が、岩陰から覗く影を捕らえた。
「あっ! お兄ちゃんだ! お帰り、どこ行ってたの?」
 朗らかな甘い声で呼びかけられ、影の主は恐る恐る姿を現す。
 勿論それは兄竜ではなく、同種の蒼竜でさえなく、痩身に大きな耳と翼手を持つ一匹の大柄な蝙蝠竜だった。
 通りすがりに血の匂いに誘われて偶々立ち寄っただけで何の事情も知らぬ蝙蝠竜は、洞窟の闇に広がる血の海の真ん中で何かの肉を貪る見知らぬ紅竜に突然兄などと親しげに話しかけられ、姿を見せればポケ違いに気づいて貰えるかと様子を伺った。だが、
「ごめんね~、美味しいお肉、随分私だけで食べちゃった、てへっ。早く入って、こっちきて一緒に食べよ?」
 それでもなお当たり前のように兄として受け入れられていることに訝しみながらも、空腹だったこともあり誘われるままに奥へと踏み入る。
「はいどうぞ。まだまだたくさんあるよ~」
 薦められた得体の知れない挽き肉は、適度に熟成されていて口にすると蕩けるほどに柔らかく、確かに美味だと蝙蝠竜は感じた。
 隣り合って肉を食む紅竜を改めて眺めると、返り血で身体の白い部分までも斑に染めながらも尚目を奪われそうになるほど可愛らしい雌で、肩を擦り寄せられ微笑みを向けられると蝙蝠竜の心臓の鼓動が早鐘をけたたましく打つ。
 あまつさえ、瞼を閉じて肉を頬張った口を差し出されるに及ばれると心音は爆音波の域に達した。微かに躊躇ったのは警戒というより羞恥心に由来するもので、すぐに衝動の激流に飲まれて唇をつけ啜る。元々極上の味わいに、魅惑的な雌の芳香と日溜まりのように温かく柔らかな唇の感触が、洞窟に立ち込めた血の臭気と混じり合って渦となり、蝙蝠竜の理性を血迷わせた。
「うあぁ……っ!」
 息も荒々しく咆哮を上げて、蝙蝠竜は紅竜を押し倒してのしかかる。広げた飛膜で相手を包み、羽毛の肌触りを身体中で確かめると、甘美な囁きに喉元を擽られた。
「いいよ。お兄ちゃん、来て……」
 腹の下で、ヒレ足が扉を開いて血迷った迷子を導くのを蝙蝠竜は感じた。
 これは夢だろうか?
 夢ならどうか、終わるまで覚めないでくれ……!
 無我夢中で、蝙蝠竜は下肢を紅竜のそこに絡みつける。
 劣情を載せて飛び出した彼の小竜は、狩るべき獲物を自ら定めて羽ばたき、そして捕らえた。
「あぁ……っ!」
「激しいよ。お兄ちゃん、気持ちいい……!」
 紅竜の中で暴れ狂った小竜が征服の証を刻むまで、幾らもかからなかった。
 かくしてこれまで兄竜以外の誰にも踏み入れさせたことのなかった、勿論三頭竜にも下の首の顎先さえ侵入を許さなかった紅竜の花園は、行きずりの蝙蝠竜にあっさりと明け渡され、摘み取られた。
 勿論現実に蒼竜が既にいない以上、次の雄を求めるのは雌として当然の本能ではあっただろう。ただしこの場合、紅竜の主観に新たな雄を迎えたという認識はない。彼女の心はあくまでも、いまだにただ一頭の雄だけに捧げられていた。



 謎の挽き肉を粗方食い尽くし、精が尽き果てるまでに身体を重ね合って、くたびれた身体をふたりで寄せ合う。
「おやすみ、お兄ちゃん。寝てる間にどこかに行ったりしないでね」
「行きやしないさ。起きたら一緒に空を飛ぼうね」
 安心しきった顔で肩に首を預けた紅竜の安らかな寝息を大きな耳で聞いて、蝙蝠竜は天井知らずの幸福感に浸っていた。
 思わぬ形で腹を目一杯満たせたばかりか、こんなに素敵な伴侶にまで巡り会えるなんて。何かもう、このまま死んでもいい。
 何故この娘が自分を兄と呼ぶのかは分からないけど、求められているからには新たな兄として……夫として、全力で応えてあげよう。
 おやすみ、可愛い妹。君の方こそ、起きたらいなくなっていたりしないでくれよ……。
 天使の寝顔に優しく頬を寄せ、蝙蝠竜も瞼を閉じて夢の世界に意識を飛ばした。



 紅竜が顔を上げた時、まだ外は真っ暗だった。
 寝ぼけまなこで傍らの寝息に顔を寄せ、電気タイプを持っていたら確実に麻痺させそうな勢いで頬を擦り付ける。兄の存在を確かめるように。
 その頭が、蝙蝠竜の大きな耳に引っかかった。
 微かに紅い額が顰められる。
 こんなの、お兄ちゃんにあったっけ?

「なんか……邪魔だなぁ」

 脳天を引き裂かれる激痛が、蝙蝠竜を夢の天国から墜落させた。
「ギャアアアアアアアアッ!?」
 喉が張り裂けるほどの絶叫を上げて、蝙蝠竜は転がりながら飛び退く。
 熱く滑った飛沫が溢れ出る頭を押さえて、愕然と身を震わせた。
 ない。音波を放つ耳が、ふたつまとめて千切り落とされている。
 一体何が起こった? 誰か恐るべき敵に寝込みを襲われたのか?
 そ、そうだ、紅竜は? あの可愛い妹は襲われていないのか?
 耳を失った今、音波で探ることができない。闇の中へ賢明に眼を凝らす。
「あぁ、美味しい……」
 紅竜は、すぐ側にいた。
 蝙蝠竜が飛び退いたその場所で、何か手に掴んだ丸く平たいモノにむしゃぶりついて食っていた。
「やっぱり、お兄ちゃんはどこを食べても美味しいなぁ……!」
 断面から溢れる鮮血を啜られているそれは、蝙蝠竜の……!?
「ひ、ひぎぃぃぃぃっ!?」
 わけも解らず恐慌の極みに達した頭で、蝙蝠竜が辛うじて理解できたのは、今目の前、同じ洞窟の一室に恐るべき敵がいるということ。
 翼を翻して、必死に羽ばたいて羽ばたいて、洞窟の入り口から見える空を目指して飛び立とうとする。だが。
「行かないでっ!?」
 爆発的な速度で飛びかかった紅竜に翼を捕まれ、床に叩きつけられて組み伏せられる。視界が割れるような激痛とともに肩の骨がへし折られた。
「うがぁぁぁぁっ!?」
「約束したじゃない……寝てる間にどっかに行ったりしないって言ったのに、言ったのに! 嘘吐き……お兄ちゃんの嘘吐きぃぃぃぃっ!?」
 紅い腕が蝙蝠竜の首に抱きついて、異様な軋み音を脳まで響かせる。
 ぼやけていく意識の中で、蝙蝠竜は想いを巡らせた。
 何がどうしてこうなった?
 嘘だ。
 有り得ない。
 矛盾している。
 辻褄が合わない。
 こんなはずじゃない。
 あぁ、そうか。
 決まってるじゃないか。これは夢だ。
 幸せが過ぎたから、揺り返しで悪夢を見てしまっただけなんだ。
 それが証拠にほら、もう痛くないじゃないか。
 早く起きよう。
 そうすれば、あの可憐な紅竜が、華やかな笑顔を向けて言ってくれるさ。
『おはよう、お兄ちゃん』って……。

 幸せな情景を夢見ながら堅く閉ざした瞼を、蝙蝠竜が開くことは二度となかった。

「……あれ? またお兄ちゃん、いなくなっちゃった…………」



 何故かまたしても兄を見失い、巣穴には覚えのない肉の山。
「お兄ちゃんが狩ってきてくれたんだよね。新鮮なうちに食べちゃわなくちゃ」
 いまだ狂乱から晴れない頭で都合よく納得して、紅竜は蝙蝠竜の亡骸を啄んでいた。
 と、またしても巣穴の入り口から覗く影。
「あ、お兄ちゃん見~つけたっ!?」
 呼びかけられた影の主は、当然兄などと呼ばれる心当たりがないので首を傾げる。
「お肉ありがとう! 早くこっちにきて、一緒に食べようよ」
 何のことを言っているのかもさっぱり判らないが、ただ、聞こえてくる綺麗な声に『お兄ちゃん』と呼ばれるのは、何だか妙に心地よかった。
 やれやれ、おかしなもんだねぇ……と影の主は思う。
 普通なら、腹を立てるのが妥当な言われ様なのに。
 ほっそりとしなやかな曲線美の姿態をくねらせて巣穴に入ってきたのは、尻尾から股間、胸元にかけて灼熱のラインを妖しく光らせる熔岩井守……要するに誰の兄でも有り得ない雌だった。
 だが、見目麗しい雌竜に〝兄〟として慕われたことに百合心を擽られた熔岩井守は、持てる限りの技巧を駆使して自分好みの妹ちゃんに調教してあげようと紅竜の身体に腕を回す。
「あん、もうお兄ちゃんたら、お肉より私を食べたいのね」
 照れ臭そうに声を弾ませながらしどけなく開かれたヒレ足の間に、熔岩井守の黒い指先が踊る。
 楽器でも爪弾くような繊細な指捌きで愛撫される毎に、吐息が加熱し嬌声が奏でられる。
「素敵よ……お兄ちゃん、お願い…………!」
 頃合いと見て、熔岩井守は長く流麗な足で紅竜を跨ぎ、花弁と花弁を口づけた。
「あぁっ、お兄ちゃん、熱いわ……あぁぁぁぁあぁっ!?」
 融点を超えた喘ぎが、巣穴の中で溶けていった。



 燃え盛る雌たちの狂騒は、やがて穏やかで規則的なふたつの寝息へと変わり、そして――

「ギャアアアアアアァァァァッ!?」

 そして熔岩井守もまた、蝙蝠竜と同じ運命を辿った。
「もう……すぐいなくなっちゃうんだから。困ったお兄ちゃん」
 もぎたての黒い首を手に首を傾げ、呆けた表情で呆れた言葉を呟く紅竜。
 それからも紅竜は、巣穴を訪れた相手を性別すら関係なく兄として誘い、甘え、籠絡して咥え込んでは、それが兄ではないと自分が気づく前に食い殺してすべてを忘れる血の饗宴を繰り返し続けた。
 浴びた返り血で、身体の白い部分がすべて深紅に染まり見えなくなるまで、な。


Wheel of Fortune 




 だぁぁ、待て待て違うってば!?
 トチ狂った紅竜にアンタを食わせて始末させようなんて考えちゃいねーよ!? つーかそんなんだったらバカ正直に紅竜が狂ってること話すもんかっての!? まだ続きがあんだよ。最後まで聞いてくれよ!?






 険しい谷の奥に隠された巣穴で、訪れたポケモンを悉く食い殺していたため、紅竜の所行はしばらく誰にも知られないまま、徒に食い殻が重ねられ続けた。
 しかし、そんな状況にも遂に終わりが訪れる。
「たっ……助けてくれえぇぇぇぇっ!?」
 碧く長い四枚の葉の翼を羽ばたかせて激風を巻き起こしながら、ボロボロに傷ついた一頭の芭蕉竜が、彼を管理するトレーナーの元に転げ込むように帰還した。
「ど、どうしたんだトロピウス!? 酷い怪我じゃないか、何があった!?」
「まずとにかく治療を頼みます……あぁ、死ぬかと思った……!」
 急いで芭蕉竜をモンスターボールへと保護してポケモンセンターへと駆け込み治療を施した後、トレーナーは芭蕉竜から事情を聞き出した。
「夕べ散歩に出かけてから帰ってこなくて心配してたんだぞ。一体丸ひと晩も何をしてたんだ?」
「すみません。森の向こうにある谷をひとっ飛びしてたら、急に誰かに呼ばれた気がして……声のする方に飛んでみたら谷の壁面に洞窟が開いてて、入ってみたら見たこともないぐらい綺麗な雌ポケモンがいたんです……」
 容姿の特徴を聞き出したトレーナーは、興味深そうに眉を潜めた。
「体型や模様を聞く限り、もしやラティアスか? そんな珍しいポケモンがここにいるだなんてな。色が少し気になるが……」
「彼女、俺の顔を見るなり『お兄ちゃん、お帰りなさい!』って言ってきたんです」
「お兄ちゃん? ラティアスがそう呼ぶならそれは普通ラティオスのことだろう。トロピウスと体型なら似てると言えば似てるんだろうが、だからって見間違う程とは……おい、ちょっと待て」
 ふと気づいた表情で、トレーナーはトロピウスに詰問した。
「ラティアスがラティオスを兄と呼ぶのは、夫の場合もあるって聞いたことがあるんだが? まさかお前、朝帰りになったのは……!?」
「すみません……」
 翼で顔を覆って恥ずかしがる芭蕉竜に、その辺は詳しく説明しなくていいから、とトレーナーは説明の続きを促した。
「事を済ませて寄り添い合って寝ていたら、突然彼女が噛みついてきたんです。それこそ身体を毟られるほどの勢いで。齧り取った葉っぱを咀嚼しているのを見てゾッとしました。逃げようと飛び退いて、側に転がっていたものに気づきました。……多分、ポケモンの骨でした。彼女、そんな風にして誘った雄を食べていたみたいなんです。あと少し起きるのが遅かったら、俺も首を噛み切られて殺されていたかもしれません……」
「よくラティアスに襲われて逃げられたな」
「飛びかかってきたところに咄嗟に顎の果実で受けたら全部持って行かれまして。食べるのに夢中になっている間に全力で空を飛んで脇目もふらず逃げてきました」
「下のバナナは食われなかったのか?」
「向こうの下に食わせた分以外は。っていうか冗談になってません……」
 大きな胴体を激震させて怯える芭蕉竜を、トレーナーは優しく撫でて宥める。
「何にせよ、生還できて何よりだ」
「思えば彼女、初めからずっとおかしかったんです。金の瞳がどこか遠くを向きっ放しで、俺のことなんかまるで見えてない感じでした」
「そうだな。明らかに彼女は普通じゃない。話を聞く限り、初めから取って食うつもりで罠を仕掛けたって感じじゃないな」
 交尾後に雌が雄を補食するのは、野生のストライクやイトマルならよく聞く話だ。ラティアスに同じ習性があるとは考えられないが、何らかの事故で同じ症状が出ているのでは、とトレーナーは考えた。だとすれば、対処法も……!?
「怖いだろうが、もう一度その辺りにに飛んでくれるか? 洞窟の前まできたらお前はボールの中に避難していていい。ラティアスの相手は僕がする」



「お兄ちゃんお帰り。お腹空いちゃったよ。お兄ちゃんを食べさせてぇ……?」
 すっかり紅く染まった身体を持ち上げ、金の光を爛々と揺らがせて紅竜が迫る。トレーナーの腰で、ボールに納められた芭蕉竜たちが恐怖に竦み上がった。
 だが、交尾後に芭蕉竜を食いそびれた紅竜がさぞ飢えているであろうことなど、トレーナーにとっては想定通りだ。
「そうくると思ってたよ。はい、お土産。一緒に食べようね」
 下ろしたリュックサックから取り出されたのは、大量の木の実。
 一部の虫ポケモンの雌が雄を食うのは、交尾後タマゴを作るのに必要なエネルギーを確保するためだ。飢えの心配さえ与えなければ、当面の危険は回避できる。
「わぁ、ありがとう! 美味しそう! 頂きま~す!!」
 たちまち無邪気に表情を輝かせて、紅竜は木の実にかぶりついた。
「はぁ……生き返るぅ……」
 うっとりと幸せそうに果肉を噛み絞める紅竜に、トレーナーは語りかけた。
「お前にお留守番をまかせるようになったのは、冬に入ってしばらくしてからだったね」
 それは、洞窟に至る前に付近の谷や森にいるポケモンから得た情報で知った、兄妹竜の姿が見えなくなった時期。
「少し、思い出話をしようか?」



 混乱をし続けている紅竜の話は、辻褄の合わない部分を無理矢理修正して取り繕ってばかりで、状況の把握は困難を極めた。
 それでもトレーナーは、辺りに散らばる亡骸や巣穴の状態から、根気強く正しい情報を拾い組み上げていった。
「それで、お前を襲ったサザンドラはどうしてやったんだい?」
「手の首を掴んで思いっきりひっぱたいたら、手だけ残してどっかに消えちゃった。その手の首もいつの間にかなくしちゃってたよ」
「そしてここに帰ってきたら、僕は既にオーロンゲとアーボックを倒してた」
「うん。さっすがお兄ちゃん!」
「オーロンゲは強敵だったよ。ドラゴン技もエスパー技もまったく効かないんだ。そんな奴を、いったいどうやって僕は倒したと思う?」
「え? ええと、わかんないよ~」
「よく考えて。僕の使える技は?」
 紅竜の答えをひとつひとつ聞いて、トレーナーは頷いた。
「それか……それだよ。サイドチェンジだ。分からないかい? 僕はオーロンゲを巧く騙して仲間だと思わせ、サイドチェンジの対象に引き込んだのさ。その上でアーボックに戦いを挑んでわざと攻撃させ、寸前でオーロンゲとサイドチェンジしたのさ。毒技はフェアリータイプに効果抜群だからね、利用させてもらった。残ったアーボックなんて、ラスターパージで一撃だったよ」
「へぇ……やっぱりお兄ちゃんは頭いいなぁ」
 こんな感じで、トレーナーはそこであったことを推察し、把握していった。
「木の実、なくなっちゃったな。もうお腹いっぱいかい?」
「……ううん。まだお腹ぺっこぺこ。お兄ちゃんをちょうだい」
 まるで解決していない様子にボールの中身が慄然となったが、トレーナーは涼しい顔で微笑むと。
「いいよ。食べさせてあげる。……ぺこぺこなのはここだろ?」
 紅い身体をそっと抱き寄せ、ヒレ足の間に指を這わせた。
「あんっ」
「ほらやっぱり。さっきから涎が垂れっぱなしだ」
 潤沢に濡れた指を示され、紅竜は恥ずかしげに頬を加熱させる。
「もう、お兄ちゃんには私のことなんて、何でもお見通しだねっ」
 腰のボールで芭蕉竜が何か言いたげに身動ぎしたが、お前はもう済ませたろとばかりにボールをポンッと叩かれると静かになった。



「あぁ、んぁあん……っ、お兄ちゃん、今夜は何だか前戯が激しい……」
「早く欲しい?」
「うん……ううん、弄ってもらえるのも気持ちいいから、もっとしていいよ……」
 性戯における人間の優位点は、自在に動く長い両腕と五本ずつの指先だろう。このトレーナーもまた、数多くの手持ちを指先で籠絡させてきた技巧者だった。
「じゃあ、そろそろ挿れるよ」
「うん、お願い……」
 熱く喘ぐ紅を組み敷いたトレーナーは、蜜を滴らせる花弁に亀頭を潜らせた。
「あぁ、お兄ちゃん……っ!」
「どうだい、今夜の僕のは?」
「硬い、ね。それにすっごく熱いぃぃ……」
 サイズ的には並である人間の逸物は、しかし張りの強さによる挿れ心地の良さでは大抵のポケモンと比べても上位だなんて話も聞く。
 トレーナーは巧みに腰を律動させて秘奥を貫きながら、指先と唇を駆使して紅竜の敏感な部分を的確に責め立て続けた。
「ああぁぁぁぁあぁっ、お、お兄ちゃぁぁぁん……っ!?」
 絶え間なく嬌声を上げ、何度も紅竜を頂点に送った後で、トレーナーもようやく達し、白濁を紅竜の膣内に迸らせる。
「うっ……はぁはぁ、イっちゃったよ……どう? 良かったかい?」
「うん……お兄ちゃん、最高…………」
「もう疲れたろう。身体は僕が拭っておくから、このまま眠るといい」
「……お兄ちゃん。寝てる間に、どっか行ったりしない?」
 疲労を色濃く見せながら、心配そうに紅竜はトレーナーに縋る。
「……ごめんよ。お前のために木の実を取りに行かなきゃいけないんだ。すぐに帰ってくるから、それまでここでいい子にしていてくれよ」
 トレーナーの答えに泣き出しそうになった金の瞳を見つめ、頬を撫でてトレーナーは囁いた。
「できるだろう。お前は僕の妹なんだから」
「……うん。絶対すぐに、戻ってきてね。約束だよ…………」
 トレーナーが頷くのを確かめて、紅竜は安心したように瞼を閉ざした。
 彼女に食べさせた木の実に、カゴやラムのような眠りを妨げる木の実は入れていなかった。キーもだ。正気に戻したところで、おそらくは連れ合いのラティオスを亡くしたのであろう彼女を癒す手だてはない。ならば狂気を保ったまま、無害化させるのが紅竜のため……それがトレーナーの決断だった。
 紅竜が完全に寝付いたのを確認してから、トレーナーは手持ちを巣穴に展開した。
 みんなでマワすの? などとボケた手持ちの蛞蝓竜に向かって裏拳を空振りさせてから、トレーナーは手持ちたちに指示を下し、巣穴に散らばる犠牲者たちの亡骸を片づけさせた。更には泥状の奴に頼んで、巣穴の奥に埋められていた……紅竜の、まぁアレだな。そうだよソレだよ食ったら出るもんだよンな露骨に言ってやるなよ! ともかくそれも回収した。凶行の痕跡から、紅竜が我に返ることのないようにな。
 手早く掃除を済ますと、トレーナーは巣穴から撤退した。虫ポケたちから学んだ雄食雌の攻略方法、餌を与えて食事中に済ませの次は、事を終えたら速やかに脱出せよ、だ。
 それ以降、トレーナーは自らか手持ちで定期的に蒼竜として紅竜に木の実を差し入れに行き、彼女の食欲と性欲を満たして眠らせたところで退散する行為を繰り返した。その上、自分たちだけでは手足らずになるからと、紅竜から聞き出した話と巣穴の状況から得た情報から、これまで紅竜と蒼竜が辿った経緯を推察して物語にし、他のトレーナーに紅竜の攻略法方ともども公開して協力を募った。オイラがここまで語ったのも、一戦済ませたって言うどこぞのトレーナー付きの砂鰐たちが得意げに話しているのを盗み聞きした話を元にしたもんだ。人間の調査力だか洞察力だかって言うのは凄まじいもんだよな。見てきたみたいに言い当ててやがる。オイラから訂正する点なんぞほとんどなかったぐらいだ。……まぁ、あの辺の紫毒蛇たちの態度がマジだったら割と業腹なもんを感じるが、今となっちゃこっちが勝ち組だしな。死んだ奴らに目くじらを立ててもしゃあないか。



 こうして紅竜の運命は変転した。巣穴に通う雄どもはうっかり寝落ちしない限り食われることもなく木の実を代償に極上の雌で性欲を処理でき、紅竜は紅竜で木の実は貰えるし、いつまでも蒼竜が生きていて愛し合っているという幸せな夢に浸ったままでいられるわけだから、まぁWinWinっていやぁそうなんだろう。仮にこれを紅竜の意志を無視した陵辱行為だとしたところで、彼女を本当の意味で救えるただひとりはもうこの世にはいないわけだしな。
 そうやって紅竜と身体を重ねてきた連中の満足そうな話を聞いている内、暖まってきた陽気にも煽られて居ても立ってもいられなくなっちまって、遂にオイラは隠れ家を飛び出し、不自由な身体で木の実を掻き集められるだけ抱えて、紅竜の住む谷へと翼を向けた。つい昨日のことだ。
 いやぁ、さすがにオイラも馬鹿だという自覚はあったよ。
 首を突っ込む度に持ってかれてもう後がないってのに、最後に残った一本まで突っ込んだわけだからな。いい加減少しは懲りろと。
 けどよぉ、こっちが先に唾つけてた獲物が他の奴らに好き勝手食い散らかされてるなんて知らされたら、どうにも下の首が納得してくれなくってなぁ。ん、おぉ、そこは解ってくれるか。


The Fool 




 思い返せば、丁度一年前の春。
 まだ光を知らず、遠くから届くものと言えば音と匂いしか知らなかったオイラは、不意に捉えた芳しい香りと心地よい笑い声に溜まらなく惹かれ焦がれた。
 どうしても欲しくて、自分のモノにしてしまいたくて、けれどその温もりの側には必ずヤバさを感じる気配が寄り添っていてなかなか想いは叶わなかった。
 オイラは慎重に慎重を重ねてその気配を伺い、ある日遂にヤバい気配が離れた隙に気づいて一気に奪い取ろうと遮二無二温もりへと飛びかかった。
 結果は無惨なもんだ。恐ろしい力の奔流に抵抗され、滅茶苦茶にブン回されて、命辛々逃げ出したものの気がつけば片首の感触がなくなってた。
 それからはもう泥沼の苦労。不自由になった身体でもがくように這い進んで、ただ行きたい、死にたくないと残った首が届く限りに食い荒らしているうち、どこかで首を増やせる青タマゴとやらでも食ったらしく、オイラは新たな首とものが見える眼、そして宙に飛べる三対六枚の翼を手に入れていた……ん? 進化したんなら闇の石じゃないのかって? 知らんよオイラ眼が見えなかったんだし。*1
 けれど進化してもなお、苦汁の日々は続いた。失った首はもげたままの左腕となって、元に戻ることはなかったからだ。
 開いた眼に映されたのは、オイラを見下す侮蔑の眼差し。同族からの排斥が特にキツかった。隻腕を愚弄され、強姦に失敗して首を失ったと嘲られ、雌どもには相手にされるどころか近づくことさえ拒絶されて……。アンタもそんな身体だ、迫害される惨めさは解ってくれるだろ?
 色づいた秋の木々さえ疎ましく見上げた時、かつて恋い求めた温もりの気配を梢の彼方に見つけた。
 一瞬で目も心も奪われた。どんな花よりも紅葉よりも夕日よりも艶やかな紅。眩いばかりに澄みきった白。その2色が流麗な曲線を描いて重なり合い、無限の価値を秘めた黄金の双眸でまとめられた、この世の美を形として表現したような究極の姿がそこにあった。
 開いて間もない瞳には、紅竜の姿は刺激が強過ぎた。瞼を閉じても網膜に鮮烈な肢体が焼き付いて消えず、餓え狂う下の首を右手の首で甘噛みして宥めた。放っても放っても、こみ上げる渇望は収まらなかった。
 闇雲に求めて詰み損ねた花が、どれほど得難い宝物だったのかを思い知らされた。その失敗故に、このままでは二度と絶対に手に入る機会はないだろうと言うことも。ひと度暴力の牙を剥き、挙げ句無様に敗れたオイラに紅竜の心が向くことは考えられない。また腕ずくで奪おうにも、紅竜の身も心も既に蒼竜のモノ。無視して挑めば蒼竜にボコられるとこは紫毒蛇が、蒼竜を躱して挑んでも当の紅竜にボコられることはオイラの左腕が証明済みだ。五体満足でさえ敵いそうにないのに、左手の首を欠いた身体じゃ絶望しかない……。
 凍てつきを増した木枯らしに身を震わせながら行き場のない激情を悶々と燻らせていた頃、紫毒蛇と黒毛悪魔に声をかけられ、兄妹竜への襲撃計画に誘われた。ふたつ返事で引き受けたよ。そんな策略に賭けるしか、紅竜を手に入れられる手段はなかったんだから。
 そして賭けは惨敗だった。紅竜を縛ってくれるはずの夢映しは挿入寸前で断ち切られ、怒り狂った紅竜の反撃に、オイラはかつて左手の首が失われた時の状況をまざまざと見せつけられることになった。もぎ取られた右腕を囮にして命を拾えたことだけがせめてもの救いだった。
 こうして一本首になっちまったオイラは、それまで以上にまともな戦闘力を失いこそこそ隠れて命を繋ぐしかなくなった。兄妹竜や紫毒蛇、黒毛悪魔たちが辿った運命も、砂鰐たちの話を聞くまでずっと知らなかった。
 こんな惨めな身体にしやがった紅竜のことを、筋違いだと解っちゃいても恨んでた。同時に、オイラの顔を見たらいきなり正気を取り戻して、蒼竜の仇と今度こそぶち殺されるかもって恐れもあったよ。
 けれど、そんなモヤモヤとした葛藤も、
「お帰り、お兄ちゃん!」
 なんて、屈託のない朗らかな笑顔で甘えられた瞬間、効果抜群相乗の急所直撃で瞬殺されちまった。
 件のトレーナーが見つけたときには返り血で全身真っ赤に染まっていたという身体は、多くの雄たちに撫でられ舐められている内に拭われたのか、既に元の色を取り戻していた。
 木の実をたくさん贈られているからか、想像していたほどには窶れていない。ただ、縫い付けんばかりに深く見つめてくる金の双眸の脇に、幾度となく堤を決壊させたのであろう跡が痛々しく刻まれていた。
「もう、いっつも眠ってる間にどっか行っちゃうんだからぁ。でも、お出かけしててもすぐに帰ってくるって約束、信じてたから。ちゃんとおとなしくお留守番してたよ。エヘヘ……」
 これまで繋げられてきた偽りの蒼竜像と辻褄を合わせる物語を自己暗示の呪文のように綴って、紅竜の頬がオイラの胸に擦り寄せられる。完全に彼女は、オイラを蒼竜として認識していた。
 ずっと憧れだった、紅く滑らかな肢体。求めても暴力で拒絶しかしてこなかったその身体が、優しく柔らかく感触を伝えてくる。
 ……求めても? いや、違うな。端っから諦めていたものだ。だから腕ずくで奪おうとばかりしてきた。夢に見ることさえ叶わなかった紅竜からの愛を、それが仮初めであるとしてもオイラは、肘から先のない両腕で確かに抱き締めていたんだ。
「欲しいのね、お兄ちゃん。……いいよ」
 高まった鼓動を察してくれたのか、紅竜は仰向けに身体を投げ出し、ヒレ足を広げてさらけ出した。
 初めて間近で見た花弁に、しかしオイラは心をたじろがせた。
 半年前、蒼竜と愛し合う最中のを遠目に会間見た紅竜の花弁は、蒼竜が長大な小竜を駆使してさえなお大切に扱ってきたのだと解るほどに、鮮やかな彩りを浮かべて咲き誇っていた。それが今や、多くの雄たちに乱暴に踏み散らされ、惨たらしく傷つき色褪せて、あろうことか前の蒼竜役が汚した残滓までこびりついている有様だった。
 怯むオイラとは裏腹に、下の首はそれを見て一層猛り狂った。他の雄の痕跡など一滴残さず掻き出して、オイラの証で上書きさせてくれと猛烈にせがんできた。
 躊躇は一瞬。下の首の奮起に任せ、オイラは青黒い腹で紅の丘に乗り上がる。
 下の首が花弁を食い破り、楽園に踏み込んだ瞬間、春の日差しより心地よい温もりが背筋から脳天まで伝い昇った。
 あぁ、ここだ、と。
 今この瞬間、この場所に辿りつくためにオイラは生まれ、両腕の首を失ってまで生き抜いてきたのだと理解した。
 今すぐ楽園の果実を貪り食い、芳醇な蜜を飲み干したいと暴れそうになる下の首を、気力を振り絞って宥めた。刺激を与え過ぎて紅竜が正気に返るのを恐れたわけじゃない。あれだけ花弁が傷つくほど乱暴にされても正気には戻らなかったんだから、余程えげつない行為を強要でもしない限り正気に戻る心配はなかっただろう。オイラはただ、彼女をそんな風に扱ってきた雄どもの後列に並びたくなかった。蒼竜が死ぬ原因の一翼を担った責任として、並ぶならせめて蒼竜の後列にと、紅竜にとって理想の蒼竜を演じてやりたいと心から想った。
 愛液に溺れる下の首で、襞を一枚一枚ゆっくりとめくりながら隅々まで舐めるように愛撫する。急くばかりだった下の首も秘肉を味わっている内に納得してくれたようで、緊張を強く保ったまま穏やかな快楽にじっくりと浸っていた。
「あぁ……今夜は優しいのね。嬉しいよ、お兄ちゃん…………」
 そんな言葉が漏れたということは、やっぱ蒼竜役に乱暴に扱われた時の不快感は違和感として紅竜の中にあったんだろう。幻想に浸り続けたい一心で無理して受け入れていたに違いない。優しくしてやろうと頑張ったことは、正解だったんだ。
 合格の花輪(レイ)をかけるように、オイラの首に紅い双腕が回り、胸と胸が寄せられる。ふたつの心音が共鳴して高まり合う中、秘肉が下の首を力強く抱き締め、紅竜自ら腰を振って触れ合いを激しくする。
 信じられなかった。このオイラが初めての交合で、犯すのでも責めるのでもなく、互いに愛し合ってる。それも誰より憧れ続けた紅竜とだ。こんな素晴らしいことが、この身に起こるなんて……!
「愛してる。お兄ちゃん、大好き」
 首元に響いた囁きが、スカイアッパーでオイラを頂点に打ち上げた。トドメだった。
 最早止める術もなく腰を突き入れ、紅竜の一番奥深くまで下の首を抉り込ませて、オイラはすべてを解き放った。
 雄叫びを上げた下の首が爆発的に脈動し、進化前からずっと溜めに溜め込んできた膨大な想いの丈を、然るべき場所へとぶちまけた。
 彼女の膣内(なか)にオイラが溢れていくとともに、オイラの(なか)に溢れていく幸福感。心行くまで満足しきって、力つき萎えていく下の首。あのひと時をオイラは生涯、いや、死んでも生まれ変わっても忘れないだろう。



 行為を終えた後、持参した木の実をふたりで分け合った。勿論蒼竜もそうしていたように、口移しでだ。この上ない至福の味わいだった。
「眠く、なってきちゃった……やだよ、眠ったらまた、お兄ちゃんどっかに行っちゃうもん……」
 落ちてきた瞼の下を潤ませた紅竜の揺らぐ首を肩にもたれさせて、大丈夫、どこに出かけてもすぐに戻ってくるからと囁く。
「絶対だよ。いなくなったりしたら、ダメ、だからね……」
 最後の力で縋る声を上げて、紅竜は夢の世界に落ちた。
 いつまでも見つめていたくなる安らかな寝顔に、このまま添い寝しちまおうか、と誘惑に駆られたが、首を震って振り払う。話に聞いた蝙蝠竜たちの後を追うのは御免だ。オイラはこれからも何度でも、紅竜と愛し合いたい。次の客が木の実を抱えてくるかもしれんし、さっさと退散しなければいけなかった。
 寝息が深くなったのを確かめて、起こさないように彼女の頭を静かに床へと移して身を離す。
 必ずまた来るから。
 夢の彼方に約束して、オイラは紅竜の巣穴を後にした。
 折しもご覧の通りの春爛漫。咲き乱れる色とりどりの春の花たちが一斉にオイラを祝福しているかに思えた。
 天まで浮遊する心地だった。なんたってあの紅竜と、伝説のポケモンと番合ったんだもの。オイラなら首一本でだって連打だけでラスボスまで攻略できるだろうと信じられた。*2
 こうして、有頂天の極みに達したオイラは……、

 ……調子に乗る余り、通りすがった色違い……いや、色男にうっかり喧嘩をふっかけちまって、あっさり返り討ちに遭い完膚なきまでに叩きのめされた末、首根っこをフン捕まえられてトドメを刺される寸前で、命乞いにと紅竜の情報を差し出して現在に至る、ってわけだ。
 オイラって、ほんと馬鹿。


Strength 




 まぁそんなわけで、これでオイラの話は終わりだ。
 使い古されちゃいたが、容姿の魅力と具合の良さは保証する。木の実を持参して愛しに行ってやってくれ。うっかり長居して食い殺されんように気をつけてな。
 ……ん、どうした?
 何でアンタそんな、眼を血走らせて剣呑な気配を漂わせてんだ?
 怒ってんのか? 何だよ、何が気に食わん? 哀れな紅竜をオイラたちが好きにしてることにか? それとも、蒼竜を死に追いやった一因であるオイラが、兄貴面して紅竜を抱いたことにかよ?
 は?
 ――そこは問題ない、むしろ強かさに感心するぐらい。怒ってんのは雄たちにじゃなくて、紅竜に対して?
 ――兄貴に助けを求めてばかりの甘ったれぶりで散々兄貴の足を引っ張っておいて、挙げ句兄貴に命がけで守ってもらったマンコを、現実逃避したいばかりにそこらの雄どもに投げ売りするとは愚妹の極み。その寝ぼけた腐れマンコに天こ盛りのお灸を据えてやらねば気が済まない……?
 はぁ。なんかよく解らんが、どっちにせよさっさと紅竜の巣穴に行ったらいいだろ。そろそろ首から手を離してくれよ。爪が刺さって痛いんですけど。
 ――それとは別に、オイラに対しても腹を立ててる?
 何でだよ、紅竜の情報を話したら、許してくれるって約束じゃなかったのかよ!?
 ――話を聞くとは言ったが、言えば許すと言った覚えはない? そ、そりゃねーだろ……え?
 ――そもそも、今怒っているのは喧嘩をふっかけたこととは別件? あの暴言は聞き捨てならない? な、何のことを言って……?
 あ?
 ――自分が弱っちいから失った身体と、生まれついての体色を同列に並べて『惨めさは解ってくれるだろ?』だなんて失礼も甚だしい?
 ――ちなみに、色違いに生まれたことで迫害を受けた覚えなんか一度もない。もし仮にあったとしても、自らの行動による評価の方が常に上回ってきた。外見の評価なんかにアッシが負けるわけないでやんS……?
 いやあの、偏見より悪行による正当評価の方が強いのって威張っていいことなのかよと……あ、いや、そりゃお見逸れしやした。悪い悪い。
 ……え。

 ――駄目だ。許せん。呼吸をしていること自体が不愉快だから、せめて餌になって紅竜とヤる前の足しにさせろ……!? そ、そんな……!?

 うぎゃああ助けてくれぇ! 死にたくない! 九死に一生を得てやっと想いを果たせたのに死ぬのは嫌だぁっ!
 いやいや、もう思い残すことはないだろって言われりゃそうかもだけど、だからってアンタに食い殺されるぐらいならあのまま紅竜の可憐な唇に食まれて昇天してた方が遙かに幸せだったじゃんかよぉぉっ!!
 ……何?
 ――それならひとつして欲しいことがある?
 それをすれば見逃してくれるのかっ!? そんなら何だって……

 ――笑って見せて、欲しい…………?

 あ。
 あはははは。
 いや違う。
 命乞いで無理して笑ってみせてるわけじゃない。
 っつーかアンタが見たい笑顔ってのも、実のところこれだろ? 解ってるって。
 泣いても喚いてもどうしようもないから、もう笑うしかないっていう


……あ。
落ちた。
地面っつーか、地獄にか。
あ~あ。
オイラとうとう、頭なしの三頭竜になっちまっ――…………






 30秒遅刻狸第九回帰ってきた変態選手権参加作品
 ★逆鱗に触れて★To be continued……?

ノベルチェッカー結果 


・大会時
【原稿用紙(20×20行)】
67.7(枚)
【総文字数】
21052(字)
【行数】
554(行)
【台詞:地の文】
29:70(%)|6178:14874(字)
【漢字:かな:カナ:他】
37:57:1:3(%)|7886:12087:372:707(字)



コメント帳 

・????「言うまでもありやせんが、初めから何を言おうが許す気は……いや、そもそも怒らせようが怒らせまいが生かす気はありやせんでしたがね。絶望の笑顔、美味しかったでやんすよ。ゲヒヒ……」

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*1 青いタマゴで竜の首が増えるのは、ナムコのシューティングゲーム『ドラゴンスピリット』より。
*2 ヌルゲーと揶揄されたドラゴンスピリットの悪口はそこまでだ。

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Last-modified: 2020-06-08 (月) 00:37:28
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