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送り火

/送り火

仮面小説大会原案
 一,兄弟の姿 ~Two in One

 花は元気よくその花びらを震わせる。供え物の木の実はまだみずみずしい。花畑や森の中の一つ一つは、こんな風に注目されることもないだろう。何の変哲もないはずなのに特別に見えてくるのはやっぱり、大切な誰かに捧げるからだろうか。
 そのルクシオは、墓前でため息をついた。他に立派な墓石が並ぶ中、その石だけが小さくみすぼらしかった。墓石、と言わなければ、この山に転がる岩と何ら変わりないかもしれない。
 今この場には、僕の他には彼の姿しか無かった。
蝋燭の灯りしかないため薄暗く、不気味。ただ、ルクシオの彼はまだ未熟ながらも透視能力を持っていて、暗がりではその橙の眼を仄かに光らせていた。
 この島は命を終えた魂の慰めの場所であり、大昔から何か不思議な力があると言われている。その力に惹かれたか、オカルト好きが次々訪れる。ここ最近は、彼の方がよく来ていたが……なるほど、墓参りだったんだ。
 黙祷を捧げた後、彼は寂しそうに微笑んだ。そして暫くはその場から動かずにいた。
「そろそろ一年だな……」
 彼の目の光が薄くなる。足元の花に雫を垂らし、花びらを震わせた。
 頻りに此処を訪れるほど、大切な存在だったのだろう。どんな関係だったんだろうか? 少し興味が出てきた。
 カゲボウズの僕には、彼が何を考えているか、読むこともできる。どうせ暇だし、ちょっと覗いてみようかな?

――その日の事は簡単に思い出せた。……無理も無いか。たった一年じゃ、忘れようにも忘れられないだろう。
 その日は快晴だった。雨が多いこの地方にしては珍しく。水溜まりは空の青を映していた。
 いつも通り、……いつも通りだった。背の高い草を掻き分けて、食料となる木の実を探していた。水滴を乗せた葉の中を潜る度、ひんやりと冷たかった。
『……わッ!?』
 視界がほとんど遮られるため、足下の石に気づかないことも。滴が、不恰好に転がった俺に浴びせられた。
『大丈夫!? 怪我しなかった!?』
 茂みを掻き分けて、来てくれた。心配そうに聞いてくれた。石に躓いただけだったんだけど。
『ああ、大丈夫。ちょっと転んだだけ……いっ!?』
 "だけ"の筈だったのに……。何故か酷く痛んだ。ぶつけた所が悪かったらしい。
『右足、血出てるよ!? 今日は休んだ方が……』
 草から流れ落ちる滴が傷口に垂れ、痛みが一気に身体を走る。
『……その方が良いか。大丈夫、家までならなんとか歩けるさ……』
 ヒトリで帰る予定だったけど、心配になってお前がついてきてくれたのは当然か。その心配が嬉しかったのと、予想以上に傷が痛んだので、肩を借りた。
 足を引き摺りながらも、なんとか帰ることができた。応急措置をしてすぐに戻ろうとも思っていたのだが、痛みは一向に引かなかった。仕方なく、暫く休むことにした。続きは任せることにした。
 そういえば、お前だけに木の実集めを任せるのは初めてだったな……。俺がヒトリだったことはあったけど。
 此処の地に来るまではかなりの長旅だったけど、此処での生活にもだいぶ慣れてきた。他の仲間はこの地方では見つかりそうもないけど、フタリでも十分、暮らしていける。そんなことを考えていた。
――……!
 何か大きな音がした。……何かが水に落ちたような。しかも、さっきまでいた場所の方からだ。
――クレア……!
 気がつくと住処を飛び出していた。足を怪我していたのも忘れて。このまま走らなければ……もっと大きな痛みに襲われそうな気がして。
 走った。上手く真っ直ぐに進めなくても、走った。それなのに。
 溜め池で小さな影がもがいていた。水面には木の実が浮かび散らばっていた。近くの足場が崩れていた。
『クレアッ! クレアッ!!』
 また足の痛みを思い出していた。――

「クレア……」
 他人事だけど、自分が経験したかのように伝わってくる。
 先程発した言葉より弱々しく、微かな呟きだった。一粒、二粒と落ちる度に、滴を受ける花はその小さな体を弾かせていた。
 
 久しぶりだね。
――……?
 突然、声が聞こえた。幼げな声が微かに。この部屋でないと、聞き取れないくらいに。

 空耳ではなかった。彼の声だろうか? 此処には他に誰も……。
「また会えたね。寂しかったよ。……しばらく、兄ちゃんの体借りるねッ?」
 ルクシオは突然振り返ると、出口の光の方に向かって走り出した。急いでいるというより、無邪気に走り回る子供のようだった。状況を掴めないまま、彼の後を追う。
「……おっとッ!」
 何かに躓いた、と同時に、大袈裟過ぎるほど派手に数回前転をする。
()ったぁ……。やっぱり、久しぶりに走るとこうなるかぁ……」
 立ち上がって再び走り出す、……が、よろめきながらで真っ直ぐ走れていない。墓石にぶつかりながら、時には躓きながら、それでも少しずつ外の光には近づいていた。
 声の正体。他の誰でもない。此処にいるのは僕の他にはヒトリだけ。さっきからの声の正体は、そのルクシオ以外にはあり得ない。でも、今の"彼"はさっきまでの"彼"じゃない。
 考えてる間にも、彼の背中は段々遠くなる。不規則なリズムを打つ足音。彼は目映い光の中に消えていった。
「うわああぁぁ!?」
 耳をつん割くような声が外から響き、部屋の中に木霊した。今度は何だ?
 外には、さっきの彼とは裏腹に、
「う……海……? 嫌だ……、嫌だ……!」
 頭を抱えて震え始めた。水面は呑気過ぎるほどに、平穏なのに。いつまで経っても、彼はその場から動こうはしなかった……というより、動けそうになかった。
 

――目の前の景色は揺らいで見えた。……この体を包む水のせいだ。差し込む光は段々遠くなり、浮かぶ木の実の(かたち)も、曖昧なものとなった。
 もっと一緒にいたかったのに。
 そんな願いも通じることなく、瞼を閉じた。――

 
「……やっぱり、水は怖かったか?」
 急に彼が口を開いた。
「また会えたな。会えたっていうか……奇妙な形だけどな。やっぱり、水が苦手になったんだな」
 大人びた口調だ。……少なくともさっきまでのよりは。優しく、語りかけるように。それこそ、兄貴が弟を慰めるように。必死に涙を堪えていたように見えた。隣にはもう一つ、小さな影があるように見えた。
 穏やかだった水面が揺れ始めた。小さな遊覧船が山の影から現れた。水を走り、段々こちらに近づいてくる。
「あれに乗る。お前は俺の"中"に隠れてるといい」
 水が苦手になったのは確かなようだ。此処にいる間は、大人しく"隠れて"いたようだった。一つの体と一つの影が船へと乗り込んでいった。
 彼らを乗せた船は再び走り始めた。船の中からは彼が顔を覗かせていた。波は再び平穏を取り戻し始める。
 ……いつの間にか彼らを追いかけていた。心配だから、というより不安と言った方が良いか。何故か、美味しそうな匂いに惹かれたから。

 あの中にいると時間の感覚を失くしてしまいそうだ。ただ自由に漂っていただけだったから、時間なんて必要なかった。
 でも、外に出れば時間の経過(ながれ)なんてそこら中に溢れていた。草花は風に体を(なび)かせ、雲は水溜まりに行方を記し、太陽は辺りを朱く染めていた。
 船を降り、二匹は寄り添って歩く。少なくとも、僕にはそう見える。勿論、影は一つしか無いが。
 彼らの会話は、その間尽きることはなかった。一年話せなかった分を今、埋めているかのように。
「……どうだ? 死後の世界とやらは。なんつーか……この世界が違って見えるとか」
 ヒトリがそう問えば、
「えぇっと……そんなに変わりないかも。触れる物が触れなくなったくらい……かな?」
と、もうヒトリが答える。なんだ、思ってたより上手くやってけそうじゃないか。……何も知らずに見たら物凄くシュールだけど。
 月日が経とうと、フタリの会話は終わることがなかった。フタリの仲に変わりはなかった。時間の流れはこのフタリにとっても、あまり意味が無いようだった。
「あ、一番星!」
 二匹が叫んだ。

 北の空に見えた星は何処に行ったのか分からなくなるほどに、空は星に埋め尽くされた。葉の上の雫は、蛍火のような小さな光を浮かべている。
 外に出るのは初めてだったかも。でも、彼らを見ていると、追いかけてきた理由も曖昧になってきた。
 彼らは小さな茂みの中で眠っている。どうやら、此処を住処としているらしい。その様子をじっと見ていた。
 まだ、さっき感じた嫌な予感を忘れられずにいた。彼の寝顔は幸せそうなのに。何かこの二匹に不都合が生じているのだろうか。
「……ん? 誰かいるのか?」
 彼の視線が向けられる。警戒していなかったから、隠れることもできなかった。
「カゲボウズ? 何か用か? ……というか、ずっと見てたのか」
「ちょっと興味があったから……少しお話しない? 知りたいからさ、色々と」
「……まあいいか。できるだけ大声出すのは止めてくれよ? こいつが起きるかも知れないから」
 どんな形でも、たとえ自分の中にいたとしても、大切な存在には変わりない。可愛がるべき存在には変わりなかった。
 
「俺から質問していいか? こういう……誰かの身体に入ることって、あり得ることなのか?」
 
「憑依……みたいなものじゃない? 僕もあんまり見たことはないんだけど」
「悪影響みたいなものは無いのか?」
「何処いらのお墓じゃ、幽霊がそこの人間に取り憑いて暴れ始めたって聞いた。……ま、フタリの様子を見てたらそんな心配は無さそうだけどね」
 "心配だからついてきた"のに。自分の発言が可笑しくて笑った。勿論彼は、その笑った意味を知らないが。
「それでも、早めに解決した方が良いだろうね。何があるかわからないし」
「……難しいな」
 少し間を置いて、彼は答えた。
「難しい?」
「こいつは、できるだけ長く此処にいたいと思っている。勿論俺もだ。無闇に急いでも、俺もこいつも納得できないと思う」
 だから、頼む、とでも言いたげな表情だった。鮮やかな橙の目だった。弟を護る、兄の姿だった。
「じゃあ、こういうのでどう?」
 恐らく、これが最善の安全策だった。
「君たちに異変か危険が起きたら、すぐにそっちに向かう。場合によっては弟くんを君から"外す"」
 一言毎に彼は頷く。別れを受け入れる覚悟はできていた。
「あと、僕のことは口外しないこと」
「どうして?」
「パニックになるかも知れないから。幽霊にとって怖いのは幽霊だし。……まあ、後はお二人で楽しんでくるといいよ」
 殆ど注意じゃないか。話の途中で気づいた。自分からこのフタリへのお節介は不必要だ。
――ああ、分かった。
 その一言を聞き、その頼もしい微笑を見、新たな役目の為、彼の前から姿を消した。
 願わくは、その役目が果たされないことを。

 二,1日がまた壊れて

 久しぶりの目覚めだった。
 生きていた間と感覚は同じだった。体を伸ばして、欠伸をして、眼を擦って。
 そして思い出した。これは"借りた"体だった。顔を上げると、おはよう、と笑う兄ちゃんの顔は無かった。それだけが変わっていた。
 両方起きている時は、自分のと違う精神があるのが分かった。兄ちゃんが眠っている今は、体が軽く感じられた。何だか寂しい軽さだった。
 そういえば、初めてかもしれない。僕の方が早く起きることなんて、なかった。
 独りの時間だけが流れてゆく。潮風と白雲が通り過ぎる中、自分だけが佇んでいる。話もできない今は死んでいる時とは変わらない。……尤も、今は"生きている"といえるのかは微妙だけど。
 中よりは外の方がもっとできることはあるだろう。でも、待った方が良い気がした。兄ちゃんの体のまま身勝手に外に出たら咎められる、とでも思ったのだろうか。
 潮風の肌寒さに体を震わせるのでさえ、注意を払うようにした。柔いモモンを扱うかのように。

 ふと、すっと浮くような感覚。体は、んんっ、と小さく唸り、体を伸ばした。さっきの自分を見ているようで、可笑しくてこっそり笑う。
「起きた?」
「ん……ああ。おはよ……」
 ぼんやりとした返事。寝ぼけた兄ちゃんを見るのも初めてだった。
「クレア……だよな?」
「……? うん」
 呟く声に応える。
「やっぱり夢じゃなかったか……。お前はちゃんと、俺の"中"にいるんだよな?」
「うん」
 寝てる間に、僕は違う体に入ってしまったのだろうか。僕の見た、……少なくとも、昨日の兄ちゃんとは違うように感じた。
「……何かあったの?」
「いや、別に……」
「ねぇ、外に出ない? 兄ちゃんが起きるの、待ってたんだ」
「ああ。……だいぶ待たせてたみたいだな」
 それだけ言って、外へ飛び出していく。風はもう冷たくなく、叢を靡かせていた。

 外に出ても、此れといってする事なんてない。でも、今こうして兄ちゃんと散歩ができる。それだけで、此処に帰ってきたことが嬉しく思えた。何もかも新鮮に思えた。
 少し高い体で蹌踉めきながら進む。一歩けばバランスを崩した。歩くことさえこんなに難しかったっけ。兄ちゃんは笑いながら見守る。
 結構歩いたようにも思えたけど、住み処(いえ)はまだ近くに見えた。立ち止まってため息をついた。
「全然進んでないね……。何でだろ?」
「うーん……改めて聞かれると難しいな。初めて歩いた時のことでも考えればいいんじゃないか?」
「初めて歩いた時ってどうやったっけ」
「……慣れ?」
「やっぱり」
 散歩というよりは歩き方教室みたいになっていた。帰ってきて、一番大変なことが歩行なんて、思ってもみなかった。
成長(しんか)してたらどうなってたんだろう。兄ちゃんは進化しても普通に歩けた?」
「……苦労した覚えがない。体の違いじゃないんじゃないか?」
 こんなくだらない話をずっとしている僕らを余所に、時間はずっと進んでゆく。陽は高く上がり、風向きは何時しか変わり、鳥達は忙しそうに羽ばたき去り、
「……あ」
 暢気に腹の虫が鳴く。お互いに声が出た。
「折角外に出たんだし、木の実でも探しにいくか?」
「うん、行きたい。……外に出たって、まだほとんど住処の近くだけどね」
 僕だと全く進まないのと、その為の疲れがあったから、そこからは兄ちゃんに任せた。
 当然だけど、明らかに歩行の速さが違った。取り残されそうになるほど、体はすいすい進んだ。
「えー、何でこんなに速く歩けるのさ?」
「お前もまたできるようになるって。いくらでも付き合ってやるから」
 当然のことがやっぱり不満で、口を尖らせた。
 懐かしかった。
 体に纏わりつく草。木の実の匂い。湿った土の匂い。
「覚えてるか? 取り方とか、木の実の種類とか」
「種類は多分大丈夫。取り方もそんなに難しくなかったしね」
「まあ歩くよりは簡単だな。じゃあ、始めようか」
 探すといっても、木の実はすぐに見つかった。草を掻き分けながらやっと見つけていたコリンク()に比べて、背の高いルクシオ(兄ちゃん)の身体なら、簡単に木の実を視認できた。
「あれは?」
 兄ちゃんが問う。
「カゴ。そのくらいなら簡単だよ」
 近づいてみれば、深い青の実が成っている。枝を噛み切ると、実はストンと土に落ちた。
「そうそう。できてるじゃん」
「やっぱり高い枝のも届くね、兄ちゃんの体」
「でも、低いのは取りづらいから」
 懐かしい。楽しい。嬉しい。
「じゃあ、これは?」
「オレンの実でしょ?」
 此処にいなかった間、できなかったこと。木の実を集めることも勿論だけど、
「ねえ、兄ちゃん」
「ん、どうした?」
 兄ちゃんと会話ができること。お墓の中でずっと聞いているだけじゃなくて、会話すること。
「あっちの方にも行ってみない?」
 木の実を集めていて思った。いつか、また話ができなくなるんじゃないか、と。この生活にも、いつか終わりが来るかも知れない、と。
 叢を抜ければ、全く変わっていないあの場所。振り向くと、遠くには送り火の山は陽の光の中で煌めいていた。
「クレア、此処は……」
 崩れた後も変わっていない、あの池。全てが終わった場所。
 何も答えられなかった。今更、恐怖感が心を制していた。震えが止まらなかった。
「クレア……」
「兄ちゃん、これでいつまでもいられるようになるかな……?」
 これで良い筈がなかった。でも、また突然離れることになるのが怖かった。怒られるのも、覚悟した。

「待って」
 返ってきたのは、兄ちゃんの声じゃなかった。
「……誰?」
 恐る恐る振り向く。人形のようなものが、そこに浮いていた。
「……!? 幽霊!?」
 思わず跳び退いてしまった。いつまでも、着地の感触がなかった。気づいた時には、水面が迫っていた。

三,再びの別れに

 ゆっくり瞼を開くと、いつもの部屋が映った。
 やけにだるかった。いつもより、潮風が肌寒く感じられた。体毛は湿り気を帯びていた。
 手を伸ばすと、何かに触れた。視線を向けると、膨らんだ袋だった。詰め込んだ木の実で膨らんだ袋だった。
「クレア!?」
 思わず声が出た。思い出した。あれから、どうなったのか。
 身体には、もう一つの精神は感じられなかった。身体は、何の違和感もなく動いた。
「カゲボウズ……」
 彼の役目は、完璧だった。"道連れ"は、綺麗にフタリの魂をこの世界から無くしていた。完璧過ぎて、泣きたくなった。
 本来こうであるべきなのに、正しい筈なのに、何故か悲しかった。
 クレアに何かしてあげられただろうか。せめてもう一日あったら、何ができただろうか。もっとクレアと話をするべきだったのではないか。もっと良い返事ができたのではないか。もっと教えてあげたかった。褒めてあげたかった。
 後悔だけが浮かんできた。涙が溢れた。他の誰のでもない、自分のだった。送り火の山がいつもより朧気に見えたのは、そのせいか。
 涙を拭って、黙祷を捧げた。二つの魂を送った今、また、独りになった。


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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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