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迷い猫の回想

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ドンッドンッ

アパートの狭い部屋に荒いノックが響く。仕送りでも届いたのかと扉を開けるとそこには誰もいない。
「誰だよ、ったく」
狙ったように吹く風に凍え、急いで扉を閉めようとした。
「ミャッ」
「わわっ、ごめん」
「気を付けてよ、たーくん」
俺とはまるで関係のないあだ名で声をかけてきたのは、薄黄色のマフラーを緩く巻いた、頭が扉に挟まったエネコだった。

迷い猫の回想
作者:No Name()

「わあぁっ、ごめんなさいユウトさん」
家にたまに来るトレーナーの弟が置いていったポケモンフーズを玄関で食べさせていた。そうしてエネコのお腹もふくれ落ち着いた辺りで、人違いであることを伝えた。すると、大きな耳の先から尻尾の毛の先までピンとさせて驚いたのちに、勢いよく謝ってきた。あたふたして動き回るのを何とか落ち着かせてエネコの食事中に蒸したタオルで汚れを拭う。身体中を揉まれるのは嫌だったのか少し身を捩ったが、家の清潔のためしっかりとやらせてもらった。汚れがひどいとかこつけて肉球は特に丁寧にやった。よほど温かかったのかタオルを剥がしとるのに手こずった。
 玄関よりは寒さのましな部屋へ抱えいれ、初めて触れあうかもしれない愛玩動物を撫でる。なにこれ気持ちいい。しばらく撫でさせてね、と図々しくも俺は胡座をかいた脚にエネコを乗せてそのモモン色の背中を撫でた。滑らかで柔らかくてほんのり暖かい。ゆったりとしたしっぽの揺れかたを見る限りウィンウィンのはずだし、こんなに心地いいものから手を離す気にはなかなかなれない。
「それで、どうしてエネコはこ
こに?」
「エネちゃんと呼んでください。ワタシは、ワタシのトレーナーを探していたんです」
「はぐれたってことか」
「いえ、そうではないんです」
少し暗くなった声のトーンで、それが腫れ物であったことに気づく。そのことに一瞬手を止めるも、そうとすぐに再開させる。その後に待ち受けるだろう沈黙に耐えられなくて、こんな話を振った。
「ポケモントレーナーは増えすぎで大変らしいからな、介護の道を選んで正解だったかな」
「そうなんですね、たーくんも大変そうだったなぁ」
カッコいいバトルは多くの子供達の憧れだし、義務教育の終了が反抗期とかぶるだとか、野生のポケモン退治するだけで強くなるから大したお金を要しないだとかで未だ増え続けてる。どんどん競争は激化して、貧困者は百分率では僅かでも実数では膨大だ。そうならないために介護士を目指して学校に通っているし、ポケモンも持っていない。
 そして、結局エネコはその”元トレーナー”を意識してしまい、避けられなかった静けさに支配される。そうなるともはや愛撫は気を紛らす道具でしかなく、俺は独り暮らしで慣れたはずの無音に変に緊張していた。そんな俺とは対照的に、よほど疲れていたのか、エネコはそのまま寝てしまった。元トレーナーとの夢をみているのだろうか、寝始めてすぐなのにもう寝言を呟いて、微笑んでいる。俺は勉強しようとフローリングに伏せるように手を伸ばし教科書を手繰り寄せた。

 体の自由が利かないために手や腕を大振りで動かしていたら、急に腕が重くなった。そこを見れば、両の前足で俺の手首を挟んで後ろ足で立っているエネコに目が合う。あまりに微笑ましくて笑うと、不満気に頬を膨らますも、何かに気づいたのか、また少ししゅんとするエネコ。
「ユウトさんは似すぎなんです。思わず夢中になっちゃうくらい」
エネコは何かを小さな声で呟いて、再び俺の胡座に乗り込む。足が少し辛くなってきたものの、言うのもめんどくさかったので、そのまま教科書を読もうとした。でもこの気ままなエネコを見ていると何もかもが億劫になるようで、教科書を置いて俺は手を後ろでつっかえさせて休むことにした。
 むくっと立ち上がったエネコは前足を俺のあばらに乗せて伸びる。圧力がエネコの足先の4点に集中した痛みでバランスを崩し背中を床に打ち付けた。エネコも衝撃が伝わった見たいでむすっとしている。
「……なんだよ」
「なんにもないです」
可愛げないなぁ。可愛いけど。
「いくら似てるからって気を許しすぎだぞ」
かくいう俺も大分毒されてきている。
「しょうがないです。顔も声も、においや動きまで本物みたいなんですから」
似すぎてて恐ろしい、とは思ったものの真っ先に感じたのは()()()といわれた腹立たしさだった。俺は近くの実技用の人形を指して言った。
「じゃあ俺はあんなみたいってことか」
「そんなことないです。だってこんなにもあったかいじゃないですか」
気力と話題の中身を癒しにすり替えて寝転がっている俺の胸の上で丸まる 。これが猫なで声の魔力か。
「わかったよ、降参。あと、丁寧語もなしだ。それが自然だったんだろ」
「たーくんの幻を見ていなければ大丈夫、なはずです」
お互いに違和感を抱いているはず。だからといって、これを強制してはならない気もするから、一先ずほっとくことにした。
 それから10分ほど部屋が固まっていた。ふとエネコが俺の手を軽くはたいて退けると、立ち上がって側の40センチぐらいの机に跳び乗った。
「話を聞いてくれますか」
俺は起き上がって、話を聞くことにした。エネコは、深呼吸をひとつして話し始めた。

「ワタシはタクヤという中学生の男の子に捕まったんです。彼は『ポケモントレーナーになって冒険して、いつかポケモンマスターになるんだ』って張り切っていて、ワタシは弱かったですが、応援してました。それから2年くらい一緒にいたんですが、弱かったワタシがバトルに出されたのは一度だけです。その試合も、レベルの差が大きくて、あっという間にワタシはやられました。それから仲間のポケモンには邪魔者扱いをされるし、タクヤはよく『強くならないと』って呟いてました。ある日、森での自由時間に30分ほど出歩きました。戻っても誰もいなくて、しばらくして置いてかれたって気づきました。あれからもう2年になるかなぁ。でもワタシはまだタクヤがうっかり忘れただけだって信じてるんです。バカみたいですよね、ワタシ」

 自虐的に淡々と告げられた別れの話。俺の顔は怒りと同情が表情を争って、ぐちゃぐちゃな気がする。エネコはすっとしていたけどどこか哀しげで、少なくとも俺の家を訪れた時のようなキラキラとした表情ではなかった。それに、伏せた耳と下向きの目線、それとだらんと垂れた尻尾がエネコの心の中を表している。
「想像しかできないけど、きっと辛かったよね」
声が震えてうまく言えなかったが、気持ちが伝わったのだろうかエネコはこちらにすり寄ってくる。どうしようもなくいとおしくて頭を撫でてしまう。2年間野生で暮らしたとは思えないほどに撫で心地がよかった。その期間のことを尋ねると、広い家に住むお婆さんのもとを転々として餌をねだったり、さっきの話をして同情を買ったりした、と。健気さに撫でる力が強くなる。痛いって避けられてしまった。
「それで、俺を見かけて今に至るんだな。もしかしたら、そのタクヤってやつが誰かわかるかもしれない」
目を輝かせてホント、と尋ねるエネコの期待に答えられそうなぐらい、俺には確信できる心当たりがあった。でも本当はあまり信じたくない。
「少し年の離れた俺の弟と同じ名前だ。タクヤ、弟はポケモントレーナーをやってる。独り暮らしをはじめる3日前にエネコを捕まえたって弟が無邪気に言ってきた記憶もある」
エネコという種族の名前を知ってるのもこのおかげだ。このまま懐かしみはじめたいけど、タクヤが本当に置き去りにしていかどうか確かめなきゃならない。場合によってはきっちり叱ってやらなきゃならない。
「置いてかれたってわかってても探してたんだろ、会いたいよな」
「はい、お願いします」
まだ決まった訳じゃないがな、と少しハードルを下げて俺はホロキャスでタクヤを呼び出した。

「……当たり前だ! 今すぐ来い!」
声を荒げながら通信を切った。エネコの元トレーナーは俺の弟で間違いなかった。本人は誤解だと言っていた。エネコは何も言わない。どう声をかけていいかがわからない。今はただタクヤが来るのを待つのみだ。
 しばらくして、ノックの音がした。エネコは部屋で待たせ、俺はドアを開けた。
「入れ、話はそれからだ。そのエノコログサは置いていけ」
なんでそんなものを持ってきたんだか。

「久し振りだね、エネちゃん」
エネコは何も言わない。タクヤが撫でに行くも逃げて俺の背後に回った。俺は単刀直入に尋ねた。
「本当は逃がしたくなかった。今も後悔してる。でも、凄い強い奴に散々馬鹿にされた! それに、他の手持ちがエネちゃんを邪魔に思ってるのも知った! 『そんなだから弱いんだ』って何度も何度も言ってきたんだ!」
俺はタクヤのこめかみを殴った。考え方の幼稚さに我慢ができなかった。
「だったら強くすればいいじゃねぇか!」
「可愛かったから、傷付いてほしくなかったから、バトルをさせたくなかった。でも5体じゃまともにやりあえない。それに、フルバトル、6対6の時は戦わせなきゃいけないんだ。だから、だから」
「じゃあなんであんなひどい逃がし方をしたんだ! 逃がすなら逃がすでちゃんと真っ正面から言えよ、こいつは、探してたんだぞ、ずっと、ずっと。僅かな希望にすがりながら!」
「傷付くエネちゃんを、悲しむエネちゃんを見たくなかったから……」
こんな口論がしばらく続いた。俺は怒りで聞き取れないほどの早口になり、タクヤはそれに泣きながら反論していた。

 蚊帳の外だったエネコがもうやめて、と声を上げた。
「もういいの。たーくんがワタシを置いていった理由もわかったし、このすっかり黄色くなったシルクのスカーフも、わざわざ思い出しに行ったみやぶるも、すべて弱いワタシのためだったって知れた。だからさたーくん、ポケモントレーナー頑張ってね」
エネコの優しさに俺はものすごい泣いてる。持っている言葉では言い表せない程の感動が溢れる。俺なら割りきるなんてできない。涙を袖で拭って見ると、エネコが涙を流しているのが見える。涙の軌道が少し畳まれた毛で描かれている。
「それで、エネコはどうしたいんだ? 俺か、タクヤか、それとも野生に戻るか」
タクヤの顔が若干ひきつったことに俺と、恐らくエネコも気づいた。向こうだって都合があるはずだから、俺も無理強いをするつもりはない。俺は固唾を呑んでエネコを見つめていた。

「ワタシは……」

 迷惑をかけまいとエネコは野生を希望した。凡そ答えはわかっていた。タクヤは手っ取り早く別れを告げるとボールから巨大な青いポケモンを出し、そいつの赤い翼で飛び揚がりそのまま去ってしまった。非情にも思ったが、どうやらそこそこ忙しいらしい。エネコもまた立ち去ろうとしてるが、代わり映えのない毎日を脱却できる、そんな大チャンスをどうしてみすみす逃せようか。
「本当に、行くつもりか」
「ユウトさんに迷惑はかけられません」
「エネコさえ良ければだが、俺はエネコと暮らしたいと思ってる。一緒にいてくれないか?」
ありがとうとはしゃぎながらそのちっちゃな体からは想像もつかないほどのジャンプ力で俺の胸に飛び込んできた。可愛いヤツめ。わしゃわしゃしてやる。
「ワタシを呼んで、エネちゃんって。ゆーくん」
 これから、今までよりもずっと楽しい暮らしができそうだ。



まず、お目汚しすいませんでした。
猫の日を過ぎ、エントリーが少なかった*1ので書いてみた今回。こんなでは投稿作品数は8に等しいですね。はい。
テーマの『かいこ』ですが、文章中には確か一度も出てきていません。回顧、懐古、蚕、解雇……一応要素を持つ単語やら文やらを配置はしましたが。タイトルも迷い猫の『回想』ですし。ついでに介護と誤解と後悔も入っています。
突然忙しくなったことを言い訳にすると、全体的に描写がない。エネコそのものの描写がほぼ(?)ない。実力もないですけどね。欠点は投稿の20秒後に突如頭に回るもので、後悔は散々しました……
エントリー時の不安要素が改善されぬままほとんど現実になったのが悔しい限りです。



一応コメントページです。批判が殺到して重くなる可能性があるので、そのときは少し時間を置いてください。できれば批評という形で……

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  •  投票は残念な結果でしたが、話の筋としては決して悪くはなかったと思います。
     ユウトさんの懐深い愛情に心温められる話で、テーマも工夫しながら多数扱われていましたし、大会参加作品としては及第点だったかと。
     それでも得票に至れなかったのは、やっぱり回想やラストシーンなどの山場で描写が省略気味になってしまっているのと、あと読んでいて気になったのが、たーくんの正体が弟だったにも関わらず、最初に「俺とはまるで関係のないあだ名」と言い切ってしまっている点。ここで心当たりをほのめかせる程度に含ませておけば伏線になったのに、と思ってしまいました。
     また、これは内容とは直接関係ありませんが、大会〆切に一日遅れてしまったのも痛かったですね。僕も過去やらかしているので、その反省からなるべく早めの投稿を心がけています。
     これに挫けず、今後も執筆頑張ってください。 -- 狸吉
  • 狸吉さん
    返信が遅くなって申し訳ありません。
    これほどまでに身の詰まった批評ありがとうございます。
    なんとか読めるようになってきていたら、と思っていたので及第点ももらえて感動しています。そのレベルで大会に参加するのもおこがましい話ですが……
    描写不足も伏線もまるでご指摘通りなのが痛い限りです。弟のポケモンフーズ見たのに何故"た"で何も感じない……
    大会締め切りの方も、遅ければその分時間的に不利で、さらに"1票"を投じられることも難しくなってしまいますね。また参加する場合にはそのことにも心掛けたいと思います。

    コメントすらもまとまっておらず、まだまだ駄作者の底辺を抜け出せそうにはないですが、また懲りずに投稿させていただきます。
    貴重なアドバイス、ありがとうございました。 -- No Name()
お名前:

*1 最終日23時時点で7

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Last-modified: 2016-03-06 (日) 07:35:01
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