「――大好き、だよ」
早朝に呼ばれ、会って見れば、開口一番、これである。
「私も、大好き、だよ」
見合うと、綺麗に整えた表情が、あった。あまりにも可笑しかった。私が噴き出すのと、こいつが噴き出すのは、ほぼ同時だった。
「俺と、付き合って、くれ」
「いいよ、いいよ、宜しく」
互いに声が笑っていて、まともに喋ることさえできていない。
そうか、今季はそういう流れか。
私はその隣に付き、その頬に頬を押し付けて、わざとらしく、喉を鳴らす。
黒い被毛を纏い、黄色い模様を淡く光らせている、その姿に、寄り添った。
通りすがるいくつもの姿は、一様に、何かしらの嘘を思案している。
今日がどういう日か、なんて、よく分かっている。
隣にいるこいつの思考だけは、読み取れないけれど、そう変わりないのだろう。――こいつだって、世間に疎いような奴ではない。
軽率な嘘。それでいい。だからこそ、謝って撤回したくなるまで、軽率に、追及する。
「じゃあ、さ、ね、キス、しよ?」
「いいよ、やろっか」
少しだけ首を伸ばし、その口元へと、顔を寄せる。隣り合ったまま、道行く方々のすぐそばで、どちらともなく、口を重ねる。
目を瞑り、舌同士で押し合う。尻尾を、その尻尾へと絡ませる。
きっと、成立したばかりの番はこのようなことをするのだろう――と、想像した通りの動きをなぞっているだけなのだけれど、特に抵抗もされず、自然と進む。恐らく、こいつにも、同じような想像図があるのだろう。
こいつは、口を離し、私の口周りを、軽く、舐めてくれる。――口周りに残る唾液を、舐め取ってくれる。
終わったと思えば、今度は、私を横から押してくる。私は、その力に沿って、身体を横たえ、身をよじる。草の地面に、仰向けになる。
両前足を畳んで、顎を引き、私の思うあざとい視線で、その姿を見上げる。
私たちの周辺、少し距離を置いた位置に、いくつかの姿が、留まり始めていた。
その顔が、私の胸部へと降りてくる。そこの被毛を、舌で舐め繕ってくれる。くすぐったく、また、気持ちいい。
私は、その舌の動きに合わせて、小さく、声を出す。いじらしい感じで、わざと、零す。
暫くすると、鼻を突くような匂いが、周囲に漂い始めていた。
毒気に満ちた匂い。興奮した時に出る、こいつの、汗の匂い。
「……ねぇ、身体、汗臭いよ? へー?」
「番とまぐわうのに、興奮しない奴なんて、居ないだろ?」
私がすぐさま指摘すると、視界の端にあるその表情が、一瞬、歪んだように見えた。痛いところを突けたのかもしれない。
「そう、その通りだよね――」
言葉では言い繕って見せても、感覚は、そうそう嘘を付けない。
――私なんかに興奮している。
「――謝って、許しを乞うても、いいんだよ?」
私は、誘導するように言葉を向けた。しかし、こいつは、まだ、降りはしなかった。
「許しを乞うのは、さ、お前のほうだろ?」
その視線は、やけに、下のほうを向いていた。私の、――ちょっと、どこ見てんのさ、バカ。
――ああ、でも、悪い気はしない、かな。
私だって、全く興奮していない、って言い訳するのは、きっと、難しい。
――目ざといんだから、ほんと。
好奇心を伴った見物の目が、いくつも、私たちへと向けられていた。後に引けないところまで来ていた。
――いいでしょ? こいつは私の道連れだよ。
周囲に視線を返しこそせず、ただ、心の内でそうぼやく。
たくさんの目が見ているというのに、交尾する空気が整っていた。
――何が嘘かなんて、私たちが決めることでは、ない。
正面の顔は、大げさな笑顔を作っていた。悪巧みをしているかのような、およそ綺麗とは言えない笑顔を、私に見せつけていた。
それがおかしくて、くすっと、小さく笑った。その表情を真似て見せた。
私は、正面の姿を、抱き締めた。温かかった。ゆっくりと落ちてくる感覚に、ただ――身を委ねた。
やるからには徹底する。どちらかが
ふたりきりだと収拾が付かないので、周囲を巻き込んで行う、害悪に満ちた遊び。
ただ、思うのは――これがほんとなら、それは、それでも、いいかな、って。
真偽の分からない感情ほど魅力的なものも、そう、ない、から。
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