ポケモン小説wiki
赤色国家

/赤色国家

作:稲荷 ?


この作品はごく微量の性的表現とちょっとグロテスク。さらに政的表現を軽く含みます。


——————————————————


美しい朝焼けであった。
山々の木々はもうすっかり枯れ始めていて、冬特有の冷たい澄んだ空気の流れが頭にあるクリーム色の毛を撫でる。
ブースターのユーリは密閉されたトラックの荷台から丁度、顔を出したばかりであった。
今にも崩れ落ちそうな古い煉瓦造りの橋を進み、トラックは山を下る。
ユーリの高い耳にはささやかなる清流の音と、トラックのエンジン音、そして辛うじて鳥ポケモンの声が聞こえるばかりで、この土地が如何に平和な場所なのだと思い至るに十分であった。
「それにしても、随分と早起きだな。やはり眠れないか」
ふと、ユーリの背後で声がした。
荷台の小窓から顔を突き出していたユーリは、顔をひっこめると声の主へと振り返る。
「そんなことはないですよ、元々こんなものです」
声の主は中年の男性であった。同じようにトラックの荷台のなか、毛布に包まっていて眠たげな目を向けている。
「ま、無理をしないのが一番だ。栄転といっても、急な環境の変化にはついていけまい」
「栄転ですか」
ユーリは内心、これが栄転などではないことを薄々知っていた。
上層部の連中が目障りな人間やポケモンを僻地に追い込んで失脚させるなど、この世界では日常茶飯事であるからだ。
しかし、ユーリは少しだけ嬉しかった。
これでもう変なプレッシャーを受けず、安心して暮らせる。
都会の喧噪と跋扈する犯罪から逃れることが出来るのだ。
「君も理解しているとは思うが、″仕事″は抜かることのないようにな」
「ええ、もちろんです」
ユーリは再び小窓から外を見つめる。
空の色は既に紫色から明るい青に変わりつつあり、オレンジ色に輝いた東側もようやく落ち着いて来ているように思えた。
「それと」
また、男は口を開いた。
ユーリは振り返らないまま外の冷たい空気を胸一杯に吸い込む。
「君に必要なものは既に村に届けてある。活用するように」
トラックは舗装されていない道を下り続ける。村まであと少しのようで、微かに飯を炊く匂いが漂っている。
「...衣食住さえあれば、私は生活には困りません」
ユーリは小窓から顔を引っ込めた。
外の雑木林の枯れ枝がいよいよ低くなって来たからだ。
「無欲だな。しかし、統治者に衣食住では足りない」
ユーリは自らの手荷物へと目を落とし、鞄の中から小さな輪っかを取り出す。
それは直径が数cm余りで、ユーリの前足にぴったり嵌るようにできていた。
「よく分かってるじゃないか。...統治者に必要なのは民を統治させるための力だ」
それには紅いラインと小さな射出口、そして狙いを定め易くする照準器のような小さな突起がついている。
ユーリのような四足のポケモンのために開発された銃。
ポケモンは本来武器を必要としない。体内のエネルギーを使って、それ特有の技を編み出すからだ。
しかし、エネルギーの消費は体力消耗に繋がり、技の濫用は危険な行為の一つとなってしまった。
そこで人間の武器が応用されることになった。
機械化という人間の技術がポケモンにも使われるようになるのだ。
「ご忠告感謝します」
ユーリは目を細めつつ言う。
リング状の武器を手荷物の中にしまい込み、大きな伸びをした。
「それでいいのだ。同志ユーリ」
男がそう答えたっきり、トラックの中は静寂に包まれる。
村まで、残り僅か。












極東の山村。周囲を山々に囲まれ、孤立したこの村にユーリはようやく降り立った。
村民は人間とポケモン合わせて50人ほどの小さな村で、豊かな自然が溢れる極普通の村である。
「ユーリ党書記長殿*1、長旅ご苦労様です」
恭しく頭を下げるバクフーンのクバロフはこの村の最年長であり、既に毛並みは艶を失い、所々が禿げているまでに老化している。
「いえいえ、ほとんど寝ているばかりでしたので」
トラックの道のりは大体15時間余りであった。三つほど山を越え、四つほどの川を超えた記憶が有る。
事実、寝ていたのはほんの3時間程度であるが、昔から徹夜には慣れていた。
「ところで、村民の方はどちらへ?多くの方が見えないようですが」
見渡す限りあるものは石造りの古そうな井戸と堅牢そうな漆喰の住居が立ち並ぶのみ。竃の煙が所々立ち上っているが、明らかに村民の数が少ない。
子供が2、3人ばかし外ではしゃいでいるのみである。
「いやはや、せっかくの栄転であるのに、申し訳ない。村民の多くは農業に出ておりまして」
クバロフは嗄れた声で申し訳無さそうに頭を下げる。
ユーリは、何故この老いたバクフーンが生きながらえたかが分かった気がした。
かつての革命のときも、彼はこうして強者に媚びへつらって生きながらえたに違いは無い。
「いえ、こちらも到着時刻を明確にせず申し訳有りません。私自身、あれほどの長距離とは思いもしてなかったもので」
ユーリは党員バッチのついた帽子を直し、既に高く昇り始めた太陽の日差しを遮る。
気温は寒いが、空は雲一つ無い快晴であった。
「村の民が帰れば、すぐにでも挨拶に向かわせます。それと今夜は歓迎の宴を開きますので、是非ご堪能頂ければと....」
クバロフは笑みを浮かべた。
しかし、その笑顔は酷く下劣で、凡そ歓迎の宴なるものの様相がユーリの脳裏には浮かばれた。
「せっかくの御厚意ですが、村民の方への挨拶は私から伺いますよ。冬も間近でお忙しいでしょう?」
「忙しいと言えば忙しいのですが....まあ、党書記長殿がそう仰せられますなら」
クバロフは相変わらずの嗄れ声でそう受け答えすると、再び恭しく頭を下げ、それでは村を案内しますとユーリを先導し始めた。
流石に最年長であることだけはあって、クバロフの説明は歴史的経緯を踏まえた尤もらしいものであり、ユーリが見た書類上の情報よりもより的確であるように思われた。
水車小屋や水路、耕作地帯に村の名産品まで、果ては村民しか知り得ない裏道などもクバロフは謙遜しつつユーリへ伝える。
休憩を挟みつつでは有ったが、案内が終わる頃には正午を回り、気温も一番高くなる頃。
「む、あれは誰でしょう?」
ユーリは放棄された土法炉*2の影に数匹のポケモンと人の姿を見つけた。
「あれは.....」
クバロフは顔を顰める。
そして、土法炉の影で行われていた陰惨なる行為を認めると、即座に怒号を挙げた。
「こらっ!なにをしとるかっ」
クバロフの怒号が響き渡る。怒りに震える彼は老体を振るわせつつ、背中からは灼熱の炎を吹き上げていた。
男共は悲鳴を上げ、我先に近くの茂みへ逃れようとする。
それは酷く悪しき行為であった。厭悪すべき雄の匂いが鼻を突き、雌のフローゼルが悪臭極まる液体を四肢に掛けられた状態で倒れ込んでいた。
「止まれっ!」
ユーリは咄嗟のことに慌てて拳銃を構えた。前足に拳銃を嵌めていたのは幸いであった。
ユーリは逃れようとする半裸の人間の男に向かって一発、発砲した。
「ぎゃっ」
男は露出していた背中に紅い丸を作り、小さく悲鳴を上げてその場に倒れ込む。
ユーリは構わずに二発目を駆け抜けるグラエナ目掛けて放つ。
グラエナの左後ろ足から血飛沫が飛び散ったものの、グラエナはそのまま茂みへと走り去って行った。
「なんと。野蛮な連中か」
憤るクバロフは震える声でそう言った。
「大丈夫ですか?」
ユーリは取り逃がした連中を見捨て、土法炉の影で踞るフローゼルへと声を掛ける。
今のいままで自らに降り掛かっていた災厄に、彼女は酷く怯え、震えていた。
「あの連中...きっと、反乱軍の連中でしょう。統制もとれない愚連隊のようなものですよ」
クバロフは自身の荷物からタオルを取り出すと震えるフローゼルへ被せる。
「ともかく、官憲に連絡を入れましょう」
「ですな...」
ユーリの提案にクバロフは頷くと、村へと走り出して行った。
クバロフの姿を見送りながら、ユーリは先ほど銃撃し、地面に倒れている男を一瞥する。
既に息絶えていたが、肥えた如何にも足が遅そうな男であった。
「...さあ、立てますか?」
ユーリはフローゼルに声を掛ける。村の住民登録簿にこのような種の者はいなかった。恐らくは他の村落の娘なのであろう。
フローゼルは震えながらもユーリの言葉に応じ、土法炉の朽ちた煉瓦に手を掛けて立ち上がる。
「.....」
彼女は何も言わない。それは仕方の無いことであり、当然の反応でもある。
「村の者が来ますよ。安心して下さい」
ユーリは再び周囲を見渡し、敵がいないことを確認する。
クバロフはあの連中が反乱軍であると言っていた。それならば、ある程度の装備を持っており、人数で襲われたらひとたまりも無い。
「ユーリ書記長!」
クバロフが銃身の長異を旧式ライフル持ちながら叫ぶ。
後方には軍服を纏ったデンリュウが続いていた。
「遅くなって申し訳有りません。こちら我が村の警務官である同志カインです」
クバロフに紹介された軍服姿のデンリュウは敬礼すると、フローゼルを一瞥しつつ真面目な顔でユーリと相対する。
「遅れて申し訳有りません、同志書記長。警務官のカインです」
「カイン警務官。お勤めご苦労。ともかく彼女を保護します」
ユーリの命にカイン警務官は頷くと、この現場での悲惨な匂いに顔を顰めつつも、彼女が転ばぬよう手を添える。
「さあ、早くいきましょう。反乱軍の連中がうろついてるやもしれません」
湿った腐葉土の土を踏みならし、朽ち果てた土法炉をユーリ達は後にした。














「私は村の党書記長。ユーリ=ブースターです。ご安心を、私は貴方に危害を加える気など微塵もありませんよ」
村の中心部、前任の党書記長が建築したと言われる豪華な役所の一室にユーリとクバロフ、警務官のカインそして例のフローゼルが集まっている。
初対面の時に下劣な笑みを浮べていたクバロフはやけに神妙な面持ちで、フローゼルを宥めていたのでユーリは少し可笑しかった。無論、あからさまに笑うことなど出来ないので、笑みは奥歯でかみ殺したが。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたな。私はクバロフ。こちらの警務官はカインだ」
クバロフとカインは共に頭を下げる。
「...私は....ルヒネ....ルヒネっていいます」
わずかばかり掠れた声であったが、フローゼルは確かにそう言った。
急遽拵えた暖かい風呂に入れ、温風で乾かしたばかりなので僅かに石鹸の良いにおいが漂っている。
泥と朽ち木で汚れていた彼女の毛並みは見違えるほどに回復していた。
幸いなことに暴行の傷跡はほぼ皆無に等しく、身体を舐め回されただけで終わったようであった。
「ルヒネさん...ルヒネ=フローゼルでいいね?」
「ええ」
ユーリの確認に彼女は頷き、目を伏せる。
あの恐ろしい仕打ちから助けてもらったとはいえ、ここは見知らぬ土地。
内心は不安に震えているだろう。
「出身はどこだろう?近場ならすぐにでも送っていくが」
「...北の半島の、小さな港町です」
「き、北の半島。それはノースランドのことです?」
ユーリの表情は引きつった。
北の半島と言えば、我が国最北端のノースランドしか存在しないからだ。
クバロフが慌てて地図を引っ張り出し、ガラス製のテーブルの上に広げる。
「ノースランドと言うと、こっから3000kmは離れてますな。むしろどうやってここまで来たんだ」
クバロフは地図上のノースランドを指しながら、思わず苦笑した。
「...それは...海流に流されちゃって....」
「海流?」
ユーリは思わず聞き返した。
「ノースランドの港で魚を釣っていたら...嵐に遭って。きっと潮の流れとかで南に流されてしまったんじゃないかなって」
「本当か?嵐で3000kmも流されるのか?」
クバロフは怪訝そうに尋ねる。確かに、クバロフが疑心を持つのも十分分かる話である。
我が国は農民などのプロレ階級の脱走が激しく、こう度々逃げ落ちた農民が別の村で見つかるときがある。クバロフはそれを脳裏に浮べたようであった。
「本当ですよ!...どうせなら、調べてみても構いません。私の家族がいますから...」
ルヒネは少し泣き顔であった。精神的に少し厳しいのだろう。
「同志クバロフ。詮索は控えましょう。彼女もあの騒動で疲弊していますからね」
「...書記長殿がそう仰せられるのでしたら」
クバロフは素直に引き下がり、金の装飾が施されたソファへと腰掛けた。
「私は貴方を信じますよ。仮に逃亡者にしても暴行の被害者ですから...見捨てる訳にもいきません」
「......」
「ノースランドへの帰りはどうにか手配しましょう...それまではこの部屋をご自由にお使い下さいね」
ユーリは笑顔でそう告げるとクバロフとカイン警務官を促しつつ部屋を出る。
しかし、ユーリが扉に手を掛けた時、ルヒネが上擦った声で言った。
「あ、あの。助けて頂いて有難う御座います」
少しだけ、信頼してもらえたのだろうか。
ユーリは少しきょとんとした顔をしていたが、頬を緩め笑顔でそれに答える。
「いや、当然のことですよ」
そう言い残してユーリは部屋の外に出た。
赤絨毯の敷かれた豪華な廊下にはこの国の指導者の石像が飾られている。
「....それじゃあ、私は執務室にいますので、それまで貴方方は職務にお戻りになられた方が宜しいでしょう」
ユーリはクバロフとカインを見据えてそう言った。
二匹は異を唱えずそれに賛同すると、敬礼をしてさっさと持ち場へ戻って行く。
ユーリはそれを見送ると執務室へと急いだ。
執務室は木製の大仰な扉の向こう側にあり、ブースターが開けるには少し面倒な構造ではあったが、やたら広々と作られていた。
「....」
ユーリは部屋をじっくり見つめる。奇妙な違和感を覚えたのだ。
そういえば、トラックに同伴していた党員の男が必要なものを届けたと言っていた。
ユーリは心当たりがある。彼が都会で必要とし、大切にしていた者。
「....いや、隠れなくても構わないいよ。同志モーゼス=ガブリアス」
そう言った瞬間であった。
部屋の奥に積まれていた本の山が崩れ、一匹のガブリアスが転がり出て来る。
「ひゃっはー!ユーリ!久しぶりっ!」
鋭い爪には本が突き刺さり、切り裂かれたページがぱらぱらと舞う。
得意の咆哮をかましつつ、モーゼスは楽しげな笑顔を零した。
「久しぶり。相変わらず変なことしてるね」
「変ってひっでえな!驚かそうと思ったのに、見抜くなんて酷すぎるよ!何時間あそこに息を潜めてたと思ってるの!」
ユーリは横目で時計を確認する。この村に到着したのがお昼前。今は既に夕刻にさしあたり始めているから――――ざっと8時間は隠れていたのだろう。
「そりゃあ、悪いことをしたね。すまないよ」
ユーリも少し笑いながら執務室の座席に腰下ろした。切り裂かれ散らかった本の一冊を手にとりタイトルを確認する。
『少数独裁制集産主義の理論と実際』*3と書かれていて、どうも前任者の思想信条が分かる様な気もする。
「そうだ、事件の騒ぎを聞いたよ。村民は声が大きいからね、窓から事件の概要が丸聞こえさ」
モーゼスは楽しげにそう言うとまたもう一冊の本を引き裂いた。
『中央集権の批判的研究』*4という辞書余りの本がやはり真っ二つになってしまう。
「こんな長閑な村にも反乱軍っているものなんだよねえ。僕が派遣された理由も分かる気がするよ」
「そうだね。党の思惑通りってわけか」
ユーリは目を細めつつ部屋に飾ってある巨大な絵画を見つめる。
あれは、この国が誕生して以来。この国の国家元首として君臨し、偉大なる指導者として象徴される、スリーパーのシフ=スリーパーであった。
「まあ、こんなご時勢さ。水の流れに逆らうもんじゃないよ」
「水の流れ、か」
ユーリは海流によって流されて来たと主張するルヒネの顔が浮かんだ。
あの場では信じると言ったものの、内心ではどこかの農場から逃げ出した哀れな逃亡者だったかもしれないと思っている。
「おー、前任の書記長はすごい。党に反逆するような本の山だね」
また一冊。本が切り裂かれる。
「なるほど。8時間は無駄じゃなかったんだね」
ユーリはモーゼスの仕事ぶりに感嘆していた。
「そりゃあ。前任の書記長が贈賄で銃殺刑だもん。絶対危ない奴だったよ」
「君がいてくれれば、掃除はすぐ終わりそうだ」
ユーリは一冊の本を再び拾い上げると笑みを浮かべる。
「ユーリも平和に暮らしたいでしょ?それなら、やらなきゃね。僕に任せなよ」
「はいはい。いつも通りお願いね...私はいつも不運だよ」
拾い上げた著書は昔の寓話のようであった。
モーゼスは無害であると判断したようであったが、ユーリは腹に力を込め、炎を少しだけ吐く。
乾燥していた本は瞬く間に燃え始め、黒く焦げ、炎によって灰へと変わる。
「それでもユーリは官僚なんだからね」
『Animal Farm』*5、燃えて灰になった本の題名には金色の文字でそう刻まれていた。










村の中心の広場。煌々と炎が空を焦がし、この村最年長のクバロフが得意げに祝辞を述べる。
村の総勢50名余りが一同に会し、新たな村の書記長を歓迎している。
普通の歓迎会が開かれているのだ。
「初めまして、ユーリ=ブースターです」
ユーリは事前に考えておいた尤もらしい自己紹介と、村人の皆に会えて光栄であると告げた。
木の実酒が運ばれ、様々な料理が並べられる。どれもこれも村民が多忙の合間に作ったお手製の料理ばかりであった。
「私まで...いいのかしら」
書記長の席の近くにはルヒネの姿もある。白昼の惨事のことは村の民の多くは知っていたので、辛い話題に触れる様な輩は誰一人としていない。それどころか、美しい毛並みを持つルヒネは村の雌にやたらモテた。
もちろん、村の雄もその姿に心奪われていたが、やはり白昼のことがあるので近づいて話すものは誰一人と現れない。
「こうやって大人数で騒ぐのも随分と久々な気がします」
ユーリは懐かしむように目を細め、木の実酒を飲んだ。
甘酸っぱい味はなかなか美味で、この地方特有のものらしい。
「こういうのもいいだろう?書記長さんもどうぞ楽しんで」
村人の一人がこんがりと焼けた豚の肉を差し出す。牧畜が盛んではないこの地域にしては随分珍しい代物であった。
「有難うございます。美味しいですね」
ユーリは肉をかみちぎり咀嚼しながら燃え盛るキャンプファイアーを眺めていた。
炎タイプの性なのか、それとも酒のせいなのか、自分も火を噴いて踊り出してしまいそうな衝動に駆られるも、ユーリは堪えている。
「そういえば、この村に学校ってないんですね」
ユーリは木の実酒を酌み交わすクバロフに尋ねた。
「うー、そうですな。昔から、ありませんな」
クバロフはもう既に酔っているらしく、顔が紅潮しきっている。
どうも酒に弱い質らしい。
「識字率とかどうなってるんです?...読めても書けないって人が多いでしょう?」
「いや、読めるって人も少ないですなぁ。書けるのは大抵、私と書記長殿くらです。あとのみんなは読めるも読めないもごちゃごちゃでして」
ユーリはクバロフの経歴を頭の中で思い起こしていた。
たしか、書類によれば彼は元極東人民軍の将校であったはずだ。
土法炉のときに担いでいたライフルも旧軍の払い下げ品である。
「人民軍の将校でしたよね?やはり、そういった教育は習うものですか」
ユーリはそう尋ねる。
「良くご存知で。そうですな。まあ、書記長殿よりは劣りますけど」
どうやらそれが彼の記憶を懐古するに至らせたようで、彼はしばし長らくの歴史を思い過らせていた。
「識字率が上がれば、もうちょっと、高度な技術を入れて村民の生活が楽になるんですがねえ」
クバロフは木の実を摘む。
「なるほど。参考になります」
ユーリは礼を言うと、もう一度木の実酒を飲んだ。
そして騒ぎ立てる村民の一人に声を掛ける。
「申し訳ない。同志フレデリック。この村の墓地はどこにあります?」
「墓地、ですか」
フレデリックと呼ばれた人間の少年は唐突の呼びかけに唖然としていた。
しかし、相手が書記長と分かると大仰な敬礼をして、キビキビした動きで答える。
「墓地はですね!村外れの畑の側!えっと、ゴツゴツ岩の近くです!」
「そうか、教えてくれて有難う。実は、新しい書記長になったんだから、この村の先祖にもその旨を伝えなくてはいけないと思ってね」
ユーリは笑顔のままそうフレデリックに告げる。
フレデリックは内心「なんて素晴らしい人なのだろう」と感嘆したに違いない。
表情がぱっと明るくなり、純朴な目の輝きは一層に増していた。
「これからも村のことを宜しくお願いします!」
フレデリック少年は敬礼のままそう叫び、また喧噪の仲間の輪へと入って行く。
「随分と仲の良い村ですね。地方はやはり良い所です」
「でしょう?それしか取り柄の無い村ですけどなー...」
少し酩酊に陥り始めたクバロフはそう答えてから、また木の実を口に頬張っている。
「...あまり飲み過ぎはいけませんよ」
ユーリの忠告も届かぬまま、クバロフは静かに寝息を立て始めた。
迷惑この上ないが、ユーリは溜め息をついて構わないことにする。
「さあて、墓参りでもしますね」
ユーリはおもむろに立ち上がると喧噪の会場を抜け、言われた通りの墓地へと向かう。
墓石が10つ程度並べられた墓はこじんまりとしたもので、死者の名前が丁寧に刻まれている。
「やっぱりか....」
ユーリは小さく炎を吐くと、墓地の蝋燭に揺らめく灯火を作る。
そして数分の間、ユーリは目を瞑る。
この国には神はいない。
あるのは死者への追悼であり、悲しみからの祈りである。
ユーリの生まれる前から、既に神は死んでいた。
ユーリは人民大学校でそう教えられていた。神や神話というものは自己正当化の道具にすぎず、自己の存在を確証してもらうものが有れば、それに取って代わられてしまうと。
事実、この国で信仰は廃れてしまった。形骸化した通過儀礼ばかりが残されている。
「全く。もう少しのんびり出来るものと思っていたんですけどね」
ユーリが蝋燭の灯火を吹き消すと、再び周囲は闇に支配される。
せっかくの″栄転″。それは文字通りの意味であったのだ。














朽ちた土法炉の側にカイン警務官とその部下、総勢7名は哨戒活動に当たっていた。
内訳としてはポケモン3匹、人間4匹のたいして偏りのない構成で、人間の多くは単発式のライフルで武装しており、焚火の照らす炎がその影を数倍にして揺らめかしていた。
「同志ハルジフ。死体は埋め終わったか?」
ハルジフと呼ばれたピカチュウは敬礼しつつ首肯した。
カインと同じ警務官のシンボルをベルトに付けており、腕には小さな麻酔銃が取り付けられている。
「しかし、いつのご時勢も書記長というのは無能のなる役職ですね」
ハルジフは眼下の暗い山村に光るキャンプファイアーの灯火を見て少し笑みをこぼした。
「と、言うと?」
カイン警務官は焚火に芋を焼きつつ問う。
「だって、あの書記長も見てたでしょう。反乱軍の数の多さを...それなのに、この人数で土法炉の警備に当たらせる。全く無意味です」
「そりゃあな」
ぱちぱちと火の粉が跳ぶ中、カイン警務官の芋は良く焼けていた。
寒い土法炉の回りに美味しそうな匂いが立ちこめる。
「カイン警務官。勘弁してくださいよ。お腹減るじゃないですか」
ライフルをぶらつかせながら人間の男は冗談めかしつつ苦情を申し入れる。
「安心しろ。どうせ、宴で余った豪勢な食事がたんまりあるだろう」
「余り物も勘弁して欲しいですねえ」
笑い声を漏らす人間の男は近くの煉瓦に腰を下ろした。
そこは昼間にルヒネが襲われていた現場であり、この寒さで地面は酷く湿っていた。
「おっと」
カインは声を漏らす、上手く焼けていた芋の一部が少し焦げてしまったからだ。
だから。
だから、カインは悲鳴を上げることは無かった。
たったその一瞬の出来事、他の警務官の誰もが予測していない出来事が起きた。
カインの首は焚火の中に墜ちた。
紅い血飛沫はもちろん飛び散ったし、彼が持っていた焼き芋のついた棒も地面に落とされた。
「あっ」
ハルジフは小さく声を挙げ、その刹那に起こった惨劇を理解しようと試みる。
だが、あまりに突飛過ぎたそれはただ空虚のように思えて、なんら現実味を帯びていないのである。
カインの身体が地面に倒れこみ、炎が激しく揺らいだ時。ハルジフはようやく状況を呑み込んだ。
彼は軍人としての訓練をうけていなかった。事態の急転に対応出来るだけの技量も能力も存在していなかったのである。それが命取りだった。
「何故」そんな疑問が脳裏を掠める。
答えは彼自身よくわかっていたが、それを他人に伝え贖罪することは叶わない。
彼もまた、自らの下腹から一直線に紅い線が一筋現れる。
声は潰れて出なかった。ただ、相手を見ることもできず意識が闇に没するのを待った。
「て、敵襲っ!」
土法炉の北部に位置する煉瓦置き場を警備していた人間の男はまだ優秀であった。
既に二匹が死に絶えたとは言え、その恐怖に怯えずに声を張り上げて有事を知らせたのだから。
そのために、彼の身構える姿勢はおろそかになった。彼もまた背中に背負っていたライフルが弾け、一つの紅いラインが背中に浮き上がる。
飛び散った肉片と血が煉瓦へと飛び散り、男は絶叫のうちに地面へとひれ伏した。
談笑しながら煉瓦に座っていた男は咄嗟の出来事にライフルを構えていた。
「ど、どうし――――」
すぐ目の前で町を見下ろしていた男は即座に血の噴水と化してしまったし、上空で警備しているはずのムクホークの姿がいつの間にかいないことに気づく。
単発式のライフルを構え、見えぬ敵へ叫び声をあげる。
「誰だっ!出てこい!」
恐怖に歪む表情が、勝ち目が無いことを無情にもまざまざと示している。
ライフルの装弾数は5発、手動で排莢する必要があるから、恐らく一発でも外せば死を意味している。
ありえない早さだ。敵は恐らくポケモンで、特に神速でも使ってるのではないか。
―――卑怯だ。
男はそう思う。あまりに卑怯すぎる、ずるすぎる。
自分以外最後の男の断末魔が木々の隙間に木霊し、いよいよ男は恐怖に満ち満ちた表情になった。
こんなものフェアじゃない。敵兵であろうと、もっと堂々たるものであるべきだろう。
抗議の声は発せられることのないまま、その口を噤む。
腹部が四つに裂かれた男に、引き金を引くことは出来なかった。
いくら不平を口にしても、その事実はねじ曲げることのない真実に違いない。
煌々と焚火の照らされた空間に、動くものは誰もいない。












「いやあ、村民も書記長殿のことを良いお人であると考えてもらえるでしょう」
酒臭い息を吐きながらクバロフは陽気にもユーリへとそう言った。
歓迎の宴が漸く終わり、他の民が帰えるのを見送ってからユーリとクバロフは帰路につく。
空は美しき星々が輝き、月光で村の輪郭がようやく掴めるほどであった。
「いえいえ、これから反乱軍の相手もせねばなりませんし、村の民と一致団結するのは書記長として当然ですよ」
ユーリは果実の入った籠を首から下げている。
村民から歓迎の証として頂いたものだ。
「そうだ。この果実をルヒネのもとに届けて貰えませんか?女性は甘いものが好きと聞きますので」
「ルヒネさんにですか?」
クバロフは少しだけ戸惑った。
そして籠の果実に視線を落とし、改めてユーリの顔を見て頷く。
「....分かりました。それでは、林檎と蜜柑だけでも」
クバロフは籠から手頃なサイズの林檎と蜜柑を取り上げると、既に部屋でくつろいでいる筈のルヒネの部屋へと向かう。
木製の大仰な扉は半開きになっていて、中から暖かい暖炉の光が揺らめくのが見えた。
クバロフは果実を抱えながら、半身でその隙間を潜ろうとし、そして足を止めた。
瞬間に強張るのが分かり、ユーリへと顔を向ける。
それはただならぬものを見たといった面持ちで、ユーリへ非常事態を告げようとしているに違いない。
「....」
ユーリは腰元のバックから拳銃を取り出し、手に嵌める。
そしてルヒネの部屋まで急いで駆けつけると、押し黙ったままのクバロフを横目に中へと飛び込んだ。
「動くなっ!」
照準器が部屋に蠢く影を捕らえた。部屋の天井にまでそびえる影。強靭な鱗に身を包み、獰猛なる牙と爪を剥き出しにした怪物。
――――ガブリアスがいた。
足下には意識の無いルヒネが倒れており、近くには何かの薬品が溢れていた。
「くっ、反乱軍めっ!」
クバロフは漸く叫ぶと、近くの壁に飾ってあった装飾の刀を抜き取り構える。
「書記長殿!ルヒネさんをお助け願います!」
必死の形相でクバロフは叫ぶ、あの怪物になにをされたか分かったものではない。
しかし、この時のユーリは酷く冷静であった。
ただ、照準器をガブリアスに向けたまま、引き金を引かず、冷徹な目でそれを見つめる。
「....ユーリ、そろそろ種明かししようか?」
ガブリアスのモーゼスが微笑混じりに言い放つ。
「しょ、書記長殿?お知り合いで?」
動きにくそうな刀を依然構えたまま、クバロフは声を震わせる。
散らばった林檎が暖炉の明かりを受けて煌々と照っている。
「そうだね。そろそろ茶番劇も止めにしよう。....というわけです。同志クバロフ」
クバロフは明らかに混乱しており、刀を握る手も緩んでいる。
彼は明らかに動揺していた。彼は、長年の経験で知っている。
この状況が酷く不味いことを、そして己の犯した過ちの償い方を。
「都合の悪いことはなんでも反乱軍ですか。党の広報担当でもそれほど多用しないですよ」
照準器がクバロフへ向けられる。
「お、お待ちを!何を申されているのですか!?」
クバロフの声は震え、そしてその目は見開かれていた。
党のシンボルマークが刻まれた刀の刀身までもが微かに揺れている。
「何を?君が反逆者だと私は述べているのですよ。お分かりでしょう」
クバロフは一歩、後ずさりした。
「書記長どの!意味が分かりません!なにを証拠にそのようなことを」
「物的証拠は残念ながら乏しいですが。まあ、他にもいろいろあるでしょう?...たとえば、″本″。前任の書記長は贈賄で銃殺されていますが、書記長にまでなれる党員が何故贈賄で消されたのでしょう?答えは簡単です。党に反抗的思想を持つと認定されてしまったからですよ」
ユーリは述べる。その間も照準器はクバロフのこめかみを狙い続けていた。
「前任者の執務室には大量の反逆的内容の著作が存在していました。あまりにも不自然と思わないですか?党員の多くは文字が読み書き出来るのに、前任者の書記長は実に分かり易い場所に反逆的著作を並べている。...まるで逮捕して下さいと言わんばかりに」
「な、なるほど。それでこの村で読み書きが堪能な私が、彼を失脚させるためにわざと置いたのではないかと疑われたわけですか。ですが、それだけでは私の罪にはなりませんぞ」
クバロフは引きつった笑みを浮べる。
「他にもありますよ。あの反乱軍。ルヒネを襲ったあの事件に初めて居合わせた時に、同志クバロフは叫んでましたね。わざと注意を惹き付けるように」
「そ、それは――」
「それなのに、今、モーゼスが彼女を襲っていても、君は声を張り上げなかった。それはどうしてでしょう?咄嗟に混乱したから?元軍人なら分かるでしょう?...」
クバロフの額には嫌な汗が浮かんでいた。
明らかに目は虚空を追い、脈も乱れている。
「それは、反乱軍のメンバーを先に逃がす為ですよね?モーゼスは反乱軍メンバーではなかったから、貴方は冷静でいられた。そうですよね」
「それは偶然です...書記長、ご再考を。私は反乱軍に加担してもメリットがありません。それに、私は革命以来村を見守り続けてました。国の元で働いてもいました...裏切る筈が...」
ユーリは落ち着き払っている。ただ、目を細めてクバロフを見据えるばかり。
「残念です。この村が出荷している農作物...その4割は反乱軍によって輸送中に強奪されていますね。もし、村の最年長。すなわち村の代表でもある貴方が反乱軍の有力者ならば、その農作物は何処へ向かいますか?」
クバロフは沈黙する。
「それに、村の人口も異常です。数十年前は100人を超えていた筈の人口はいまや、50人。それなのに墓地の墓石はたった10個です。村の絆は強いと断言した村人は死んだら墓石も立てないのですか?それに、今日の宴にも不思議な点があります。...あの豚の肉は何処から仕入れました?私は村で豚は一匹も見てません。こちらでの主産業は耕作ですからね。国の配給品だと言うのなら、調べてみましょうか?時間の無駄でしょうけど」
「ユーリ。お疲れ様」
モーゼスは暖炉で暖まりながら横目でクバロフを伺っている。
クバロフは何も言わない。ただ、目を伏せ、神妙なる面持ちで静かにしていた。
「認めます?貴方が反逆者であったということを...」
暖炉の火が揺らめく、金の装飾施された刀が光を受け、白く光りながらユーリ目掛けて振り下ろされた。
クバロフは元軍人、その動きは確かに早かった。
しかし、装飾の施された剣ではあまりにも切れ味が悪かった。
どちらかというと、鈍器のようなそれは、ユーリの左腕に確かに直撃したが骨に亀裂が入る音がしたばかりで、致命傷には至らなかった。
「これで、万一の弁明も効きます。正当防衛というわけですね」
ユーリはそう確認して発砲した。
銃弾は確かに、クバロフの首を貫いた。飛び散った血飛沫が赤煉瓦を汚し、金の美しい装飾から血が滴る。
が、クバロフは死ななかった。
紅蓮の炎を巻き上げ、最後の奮闘を試み、ユーリへ向かって出来うる限りの炎を吐き出す。
ユーリは咄嗟に後ろへ後退したが、密室の中では炎の逃げ場は無い。
「あぶねえ!」
モーゼスは意識を失っているルヒネを庇うべく、ベットの前で構える。
部屋の全てを焼き払うかの如くのそれは、普通のポケモンや人ならば堪えうるものではないであろう。事実、ユーリの腕に装着していた拳銃の射出口は融解し、歪に変形してしまっていた。
血反吐を吐きつつ、クバロフは急速な脱力感を覚えていた。
「ゆ、ユーリ....き、貴様も。ここで死ぬのだ....」
クバロフは赤煉瓦に寄りかかりながら、炎上続ける部屋を不敵な笑みを浮べ眺める。
しかし、不意に、炎が不自然な揺らめきを見せる。
クバロフは血でにじむ視界の中、灼熱の炎を纏うそれを捉えた。
「フレアドライブ....馬鹿なっ」
クバロフは全てを察しざる得ない。もはや、状況は好転せず、自らの最後の攻撃も不発に終わったことに。
ユーリが瞬間的に地面を蹴った。クバロフにはそれを躱す力も耐えるだけの力も残されてなどいない。
炎物理においての恐るべき技。フレアドライブ。
煮えたぎる業火に身を焼かれる感覚と、激しい衝突によって骨が砕ける感触をクバロフは味わった後に、ようやくその意識は闇に沈んで行く。














朝から下がりっぱなしの気温は昼になっても回復する気配を見せず、ただひたすらに凍てつく寒さだけが世界を支配していた。
ユーリ=ブースター国家保安委員は軍用のトラックに身を委ね、名残惜しそうに豊かな自然を見つめている。
「美しい村だったんですけど...」
遠ざかる美しき村からは銃声が鳴り響く、村の中に蔓延る反乱軍の関係者が始末されていく音だ。
聞き慣れた音だが、一定のリズムで鳴り響くその音にユーリはどうも寂寞を覚える。
「仕方ないよ。党中央執行部もそれを期待してたんだからさ」
モーゼス=ガブリアスはトラックの淵に座り込んで、村の果実酒を飲みつつ、そう言った。
国家保安委員の武闘派にして、ユーリの親友でもある。
「それにしても....まあ、今更仕方ないかな」
トラックが地面に堆積した枯れ木をへし折り、腐葉土を踏み固めて行く。
「そうそう。僕らは仕事しただけ!党に反逆するものの執行だけだよ」
また銃声が鳴り響く。その音は既に遠巻きにしか聞こえないが微かに悲鳴も聞こえた気がする。
「そういや、ルヒネって子。あの可愛い子はどうなるの?みんなの慰め者?」
モーゼスは表情を変えず、果実酒を口に含む。
「そんなことないよ。元の農村に還されるさ....それが駄目なら党の宿舎に入れられるだろう」
国の治安を守り、不穏分子を早急に排除する。それが国家保安委員の仕事である。
ユーリは頷きながら自分の拳銃を見つめた。
年老いたクバロフが最後に繰り出したあの炎によって、銃口は変形してしまっている。
「...経済に寄る不幸を作らず、人民が安心して暮らせる平和な社会」
そうユーリは独りで呟いた。
これで正しい筈だ。人類とポケモンが社会を営む為には国が生活を保障せねばならない。
それが真理であり、真っ当な考えだ。誰もが公平に笑える世界。
それが人類共通の理念であり、人類とポケモンにしかなし得ない真の社会である。
「ともかくさ、都市に戻ったらまたのんびり仕事しよう」
モーゼスは果実酒の入っていた空のボトルを茂みに投げ込みつつそう言った。
「そうだね。....のんびり出来ればね」
幾ら振り返ってもあの豊かな山村は見ることが出来ない。幾ら耳を澄ましてもあの楽しげな宴の席の音は二度と聞けない。
カインやクバロフを殺し、反逆者を全て潰しても、きっとまたどこかに新たな敵が生まれているに違いなかった。
「あ」
モーゼスは小さく呟く。
白い雪がゆっくりとトラックの屋根に当たり、消えて行った。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





*1 この場合の書記長は村長クラスである
*2 高熱で鉄鉱石から鉄を精錬する旧式の炉
*3 少数独裁制の集産主義について批判した本。エマニュエル・ゴールドスタインの著。元ネタは1984年という小説
*4 中央集権の弊害について論じられている本。中央集権体制の党への批判にもなる
*5 実在の小説。ジョージ・オーウェル氏の著。スターリン主義の批判的風刺小説である

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2014-11-19 (水) 23:05:51
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.