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貴女に捧ぐ
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相当人を選ぶと思います。少しでも苦手を感じた時点でブラウザバックお願いします。
・シリアス
以下ネタバレ要素につき塗りつぶし
・タヒネタ
・明言しないぼかし描写
・性別違和
・メリバ
とあるガルーラの群れに伝わる昔話。
サバンナの外れの砂漠地帯。止まない砂嵐の先にせいれいの宿る祠が有るという。
しかし、一度砂嵐に巻き込まれたが最後、その者はせいれいに連れ去られ二度と帰ってはこられないと。
群れの子供達が誰しも読み聞かされては恐怖した、おとぎ話。
サバンナに暮らすポケモン達の群れは、互いに助け合いながら暮らしている。しかし、個体が増えればその分、様々な者も現れる。例えば、群れの誰とも縁を繋げないまま、戯れに生んだ子を捨ておくような。
幸いなことに、その子供は群れのそれぞれの親たちに手分けして育てられて来た訳なのだが。
しかし、この群れはあまり豊かではなかった。ある飢饉の年に群れの維持が限界近くなり、口減らしせざるを得なくなり、それに身寄りの無いその子供が選ばれた。
なんてことはない、よくある、ただその子供には運がなかった。それだけの話。
朝日が登る少し前。ぼくは皆に泣いて謝られながら、荷物を持たされていた。もちろん、その中に食料はない。
ぼくはこれから、一匹砂漠へ向かう事になるのだという。それが意味するものは明白だったが、ぼく自身何か強い未練や思い入れがあるわけじゃない。今の群れの状況は知っていたから、ただ、仕方ないなって、そんなどこかぼんやりとしか感情しか湧かなかった。
道中はサバンナと違い不安定な砂に足を取られるのは少し大変ではあったが、別に向かうアテもなく、たどり着く先がわかりきっている以上、他に思う事などなかったわけで。
しかし、日が登りきる前にオアシスを見つけられたのは僥倖だった。諦めきっていたとはいえ、辛さを感じないわけではなかったから。
喉の渇きを癒して休もうと立ち寄ると、そこには先客がいた。
瑞々しい緑の翼に見上げるほど長い首、何より印象的だったのは、その首の黄色い房から漂う甘い香り。……思わずおなかが鳴った。
それに気づいた先客が口を開く。
「どうしたボウズ、群れからはぐれちまったか? ほら、これやるから、ちゃんと家族の元に帰るんだぞ」
事情を説明する間も、断る隙さえ与えられずに、もぎ取られた美味しそうな房が、僕の手に押し付けられる。
「ありがとうございます……、その、後で食べながら帰ります」
ぼくは嘘をついた。今ここで半端に空腹を満たしたところで苦しむ時間が伸びるだけだから。代わりになにか、話材を逸らそうと試みる。一つ、気になることを思い出す。
「あの、あなたはどうしてこんな所にいるんですか? 砂漠はせいれいが住む怖いところだって……」
「何故って、このオアシスは貴重な水源だからな、俺の仲間もよく来る。まぁ、この砂漠自体はそんなに危険な場所じゃないさ。そのせいれいとして伝わる主が住む奥まで迷い込みさえしなければな。
実際、噂を確かめると言ったきり帰って来なかった仲間が居たのは本当だからさ」
先客はぼくの質問に答えながらも、手際よく水袋を満たしては担いでいく。あっと言う間に彼の持っていた水袋は満杯の荷物になっていった。
「それじゃ、俺の用事は終わったから先に帰るよ。ボウズも無事に帰るんだぞ」
そう言い残して先客は去っていった。残されたのは、ぼく以外誰もいないオアシスと、手元で美味しそうに香る房だけ。
このままずっと残っていてもよかったけれど、せっかくなら、砂漠のせいれいに連れ去られてしまうのも悪くないかも。そんな単純な好奇心で、もう一度歩みだすことにした。
けれどもオアシスを離れた後は、ただただ、一面の砂が広がるだけだった。
何もなかった。
ほどなく、体力の限界が近いのを感じた。
「ここまで、かな」
ぼくの命の終わりって、こんなあっけないものなんだな。後悔できるだけの思い出は、なかった。
段々と、歩みが遅くなっていく。反比例するように風が強くなっていく。まもなく、視界は一面の砂に遮られた。
閉じた瞼の裏に、桃色が透ける。
気が付いて最初に感じたのは、半身を柔らかく包む綿のような感触。それから、甘い、果物の香り。
ゆっくり目を開けると、ゴーグルのように透けた赤い瞳。ぼくの数倍は大きな身体が、新緑の翼を広げ、綺麗な縞の尾を振りながら、覗き込むように見下ろしてきていた。
そっか、これが、砂漠のせいれいなのか。
その名にふさわしい、美しい姿だと思った。
このままぼくは、食べられてしまうのかな。砂漠のど真ん中で野垂れるくらいなら、せいれいの糧になれるのは何倍も素敵な事のように感じた。
「気が付いた! 大丈夫? お腹すいてない、怪我とかは?」
そんなぼくの覚悟に反して、浴びせられたのは鋭い牙の代わりに、美しい声。
それから、食べやすいよう固い皮が切り剥かれた果物。
「……怪我はない、大丈夫。……食べても、いいの?」
「遠慮しないで、食べ物は沢山あるから。ねぇ、あなたの名前は?」
「名前、名前……えっと……。カコ。ぼくの名前はカコ」
空腹に負けて、果物を頬張りながら答える。何も与えてくれなかった母が、唯一ぼくに残したものを。
「カコ、っていうんだね? わたしはミラ。よろしくね? ところであなたが持っていたあれは……」
砂漠のせいれいはミラと名乗った。せいれいにも、名前はあるものなんだなって思いながら、誘導された先を見やると、そこにはオアシスの先客からもらった黄色い房が丁寧にカゴに入れられていた。
「ここに来る途中でもらったんだ。えっと、ミラ、さん。よかったら食べますか?」
「畏まられるのは苦手かな、普通にミラって呼んで。それから、とっても魅力的なお誘いだけれど、ごめんなさい。わたしは誰かから受け取ることができないの。だからあれはあなたがちゃんと食べてね、まだお腹一杯じゃないでしょう?」
「わかった。じゃあミラさ……、ミラ。受け取れないなら、一緒に取りに行くっていうのはどう?」
「……それもだめ。わたしはここから出られないの」
「それはミラが、砂漠のせいれいだから?」
この質問には、曖昧な笑みだけが返ってきた。奇妙な制約なんだと、ぼくは勝手に解釈することにした。
それ以上を探る前に、代わりに問いかけられた。
「ところで、カコはどうしてここに? わざわざやってくる場所でもないはずなのに」
「住む場所がなくなって彷徨ってたら、たまたまここにたどり着いたんだ。……ねぇ、もし、もしもミラがよかったらだけれど、しばらくここに居させてもらっても、いいかな?」
「ん、もちろん。わたしも、ここ数年一匹で過ごして寂しかったから。好きなだけいていいよ」
こうしてぼくは、砂漠のせいれいに攫われて、二度と群れに戻ることはなくなって。
代わりに、不思議な同居人と生活することになったんだ。
その晩、ぼくがベッドにした羊毛の寝床は、小柄なぼくにぴったりのサイズで素敵な寝心地だった。
数回日が昇っては、同じ数だけ沈んで、また今日も日は砂漠を照らしに昇る。
ミラの住む洞穴は不思議な場所だった。
台所にはいつの間にやら新鮮な果物が揃っていて、物置は覗くたびに、新しい玩具が増えていた。……それから時々、桃色の何かが視界をよぎる。一瞬しか感じられないし、それが何かはわからないけれど、直接害のあるものではなさそうだったし、何故か調べようという気にはならなかった。
退屈した時には、物置から目ぼしい物を漁っては、ミラの元へ持ち込んで遊んでもらう。今日持ってきたのは、ぼんぐりマインドだなんてゲーム。
ミラも初めて見るっていうから、二匹で探り探り遊んだ。
「赤ぼんぐり、青ぼんぐり、黒ぼんぐり、黄ぼんぐり! ……これで、どう?」
「あはははは! カコ、すごいよこれ、白4つ。全色合ってて全部間違ってる!」
「えぇと、なら……。青、黒、黄、赤ぼんぐり、こうでしょう、ミラ?」
「うん、大当たり! カコは凄いね。私よりうまく正解してる」
「って言ってミラだって、さっきは3回目で当ててたじゃない」
ミラはとても楽しそうにゲームに夢中になって、笑ってくれる子だった。
自然と、ぼく自身も釣られて笑うことが増えていた。
……ふと、ミラがぼくのお母さんだったらもっと違う暮らしが出来ていたのかな?
なんて。生活に余裕が出来たせいか、変なことを考える機会は増えてしまったけれど。
幾度か月が満ちては欠け、廻っていった。
相も変わらず、物置には知らない玩具が増えていた。山積みになったそれらを漁ると、視界の端に、桃色が掠めていった。
それから、ぼくが適当なそれを引っ張り出してミラに見せると、ミラは喜んで夢中になり、二匹で初めてのゲームを飽きるまで遊び倒しては笑い転げて過ごした。
それはとても素敵な笑顔で、ミラとのそんな日々が、とても幸せだった。
この頃にはぼくの身も、若いとはいえ成体と遜色ないほどに成長していた。……同時に、年相応の欲もまた。
砂嵐の大人しい日にはミラに悟られないよう、夜風にあたってくるだとか、寝る前に星を眺めてくると適当な言い訳をつけては、一匹岩影で己の劣情を慰める日も度々増えた。
うろ覚えな知識と欲に導かれるままに、指を下腹に伸ばす。ぬめる蜜に濡れた箇所に指を押し込むと、ぬぷりと沈み込み、暖かい感触と共に、抗いがたい快感が走る。
そのまま目を閉じて、下腹に意識を向ける。快楽に身を委ねていると、脳裏に浮かぶのはいつもミラの姿。
「ミラ、ミラ……!」
言葉には出してしまわないよう気を付けながら、その名を呼び、絶頂へ駆け登る。
びくびく、数度身体を震わせて事を済ませると、脱力した身体は岩影にぐったりと寄りかかる。
理性の帰ってきた思考が巡る。この欲を彼女の手で満たせてもらえたなら。あるいは、彼女が雄だったなら、番になってこの疼く身をめちゃくちゃにしてもらえるのだろうか?
そこまで妄想して、己の欲に嫌悪を抱いた。ぼくとミラは、きっとそんな関係になってはいけないのだろう。もしそうしたら、何もかもが壊れてしまう気がした。
でも、一つわかったことがある。ぼくは、ミラのことが好きなんだ。
日が沈めば、月が昇る。いつだって、いつまでも。
この日の果物も、綺麗にカットされていて、美味しかった。
それを笑顔で頬張るミラの顔から、ばくは目が離せない。
今日も続く、二匹で過ごす日々。ただ、いつもと違ったのは。
この身焦がすヒートが、制御できないほどに溢れ燃え上がっているんだ。
その赤いゴーグルに透ける瞳が、どんな植物よりも鮮やかな触角が、その紅を纏う翼が、規則的な縞模様を浮かべるその尾が。
ぼくの鼓動をはち切れんとさせる。理性を焼き尽くしていく。もっと近くに、求めさせる。
今日。告白しよう、この想いを伝えよう。同性だとかは関係ない、後先のことなんてどうでもいい。今のぼくにとっては彼女がぼくの全てなんだから。
ミラの食事の手が止まるのを見計らって、声をかける。
「ねぇミラ。今日、一緒のベッドで寝させて欲しいな」
「どうしたのさ急に、良いよ。寂しいことでもあった?」
二つ返事で、いつも通りの優しい声が帰ってきた。ミラだって、ぼくの様子がおかしいことも、この誘いの意味がわからないはずもないのに。
食後の片付けもそこそこに、浮足立ったぼくはミラの手を引いて彼女のベッドへ飛び込む。
ふわり、体が柔らかい羊毛に包まれ、ミラのかほりがいっぱいに広がる。思考が溶けそうだった、もうとっくに溶けているかもしれない。
ただただ溢れる衝動に従い、繋いだ手をベッドに引き倒し、隣に沈み込む身体を抱き寄せる。抵抗は無かった。
もう片方の手をミラの背に回す。滑らかで、心地よい感触。
同じように抱き寄せられ、互いの身が重なり合う。押し付け合わさせる。
どちらのものかもかわらない高鳴る鼓動が響く。
呼吸の度に胸が上下する。それは相手の胸を圧迫して、酸欠を誘う。
暖かい吐息に撫でられる。その湿気と匂いを順番に吸い込む。
苦しくて、でもそれが気持ちよくて。
もっと近づきたい。この邪魔な皮も骨も何もかもを取り払って一つになりたい。
同時に、ぼくの劣情も限界を迎えていた。
ミラの太ももを己の股で挟みこみ、その艶やかな肌をぐっしょりと蜜で濡らして擦り付ける。
視界が弾けた。自慰で感じていた快楽とは比較にならなかった。
ただただ、夢中で腰を振り、ミラの身体を貪る。重なり合う下腹が熱い。
溢れる想いを吐露する。
「ミラ、ミラ! 好きだ! 雌同士だって構わない。ぼくはミラともっとずっと一つになりたいんだ!」
…………。
刹那、ドラゴンの強い力で肩を掴まれ、引き剥がされる。
ただ、突き飛ばされるわけではなく、ぼくの身はベッドに放られて。
顔を起こして視線だけを見やると、ミラはこちらに背を向けたまま無言でうずくまっていた。ぼくは理由もわからず、困惑しながらその肩に手を伸ばす。
「こないで!」
初めて聞く、ミラの強い語気。伸ばした手は乱暴に振り払われた。
その時に、一瞬、けれどもしっかりと、見えてしまった。
うずくまる彼女の腹部に、赤く、大きな、雌の身であれば、あるはずのないもの。
「ミラ……」
まだ状況が呑み込めない。ただ、ぼくの困惑した呟きにビク、と反応を返された。
……それは、ぼくが気づいてしまった事に気づかれてしまったという事である。
紡ぐ言葉が見つからない。
無言の間が続く。
やがて、すすり泣くようなえずきとともに、ぽつり、ぽつり、言葉が紡がれる。
「私、ね。ずっと、恋がしたかったんだ。沢山理想を描いて、望んで、夢に見て」
「カコがここに来てくれる前にもね、何匹か雌の子と暮らした事があるの。でもね、一度も恋慕を抱くことはできなかったの」
「あべこべだったのよ。私の心も、身体も」
「だから、私は、初めて恋することができて本当に嬉しかったの!」
徐々に言葉が強くなっていく。感情が溢れていくのがわかる。
「それなのに! カコ! よりにもよってあなたも雌だったなんて!」
小さく、カコが悪い訳じゃないと、謝罪を挟んでから。
「私はただ、普通の身体で! 普通の心で! 普通の恋がしたかっただけなのに!」
全力の思いの丈を吐き出したあとは、溢れるがままの泣き声が小さな洞穴に響いた。
我に返り、冷静さを取り戻したぼくには、ただその背をさすり続ける事しかできなかった。……己の浅はかさの業が背筋を這い上るのを、強く、はっきりと感じながら。
それからは、ほどなくぼくら共に、力尽きて気を失うように眠り込んでいた。
あの晩以降、ぼくはその話題に触れることはなかった。
彼女の方から切り出される事もなかったから、必然的にあの日の出来事はなかったかのように過ぎていった。ただ一つ変わったのは、彼女を抱きしめながら添い寝するまでは許してくれたことだった。
二匹横に並んでも十分に大きな羊毛のベッドの上で、そっと彼女の身体に手を回し、互いの肌を合わせる。
柔らかく暖かい温もり、それから、かすかに果物の甘い匂い。
それは、幸せな時間なのにとても苦しくて、とても満たされているはずなのに寂しくて。
添えた手に力がこもる。代わりに頭を優しく撫でられる。胸が苦しくなる。
あぁ、それでもやっぱりぼくは、ミラの事が好きなんだ。これじゃ満足できないほどに。
彼女に拾われ救われた身、叶わないのならせめてこの身全てを貴女の為に尽くそう。
それからしばらく。互いに言葉を交わすことの無い隣り合わせの夜が続いた。
そしてあくる日。彼女の表情はいつになく物憂げだった。
けれど、それは詮索されることなく、二匹の身体が寄り添う。
とてもしずかな、しかし、柔らかく暖かな温もり。しばしの静寂。
「私は。……私は、この呪いから解放されたい」
ぼそり。小さく呟かれる声。
「ミラ? それってどういう……」
「ううん、なんでもない。頼めることじゃないし、無理強いできない。
そもそもカコにそんな重荷を背負わせられないもの」
思いつめた彼女の口調から、その先に続く言葉は想像がついた。ついてしまった。
「いや、ミラが本気でそう願うなら。ぼくは……」
それから、二匹で身支度と決行の日を約束した。
翌朝の食事は、包丁で切られていない丸ごとの果物だった。
本当にこれで、いいんだよね?
……うん、おねがい。
下半身に暖かい、果物の香りが染みついた滑らかな肌の感触。
覚悟ができているといえば嘘になる。けれど、決意は固まっている。
ぼくが、貴女を解放するんだ。
見上げる赤い瞳と見下ろす小さな目が合う
最初で最期の口付けが交わされ
両の手に、彼女の柔らかく、細い首が収まる
こわい、寂しい、つらいよ。
ぼくの選択は本当に正しいのだろうか。
貴女をこの手にかける咎をぼくは背負いきれるのだろうか。
貴女がいなくなったら、ぼくの居場所はどこに行ってしまうのだろう?
少しずつ、指が沈み込む
本当は、こんなこと止められたなら。何にも気づかないまま、何もかわらないまま、
ずっと平和な日々を過ごせたなら。
あるいは、もっと貴女の事を覗けていたならば、他の道もあったのだろうか。
呻き声は彼の耳には届かない
貴女の苦しみを、その呪いから解き放つ方法を、これしかぼくはしらない。
だから、貴女が解放を望むなら、ぼくはそれに答えるだけ。
四肢が痙攣を始める
……本当は気づいてる。
これ以上貴女が呪いに壊れてしまう前に綺麗なままでいてほしいというエゴにも、
ぼくの選択が彼女を他の誰より理解したうえでの最善のものだなんて傲慢にも。
ただ、他ならぬ貴女自身がそれを望んでしまっているのだから、ぼくは「お願いだから逝かないで」だなんて、どんなに強く思っても、口に出せやしないんだ。
鼓動が弱まっていく
だから、ぼくは、この咎を背負う。
貴女のいない世界は想像することしかできないけれど、きっと、ぼくは耐えられないと思う。
それでも貴女が願うなら、それに答えるのが、ぼくなりの想いの全てだ。
そっと、ゆっくりと手を放す
力の入ることのない、物言わぬ安らかな顔
頭の中が真っ白だ。ぼく自身の行いを認識はしている。
けれど、理解がおいつかない。
言葉は出てこない。自らの感情すらわからない。……涙は出てこなかった。
やがて、それは冷たく、硬くなっていく
どれだけの間放心していたのだろう。
……ふと、いつものように身体を撫でる。
それにはあの柔らかさも、暖かさも、何もかもがもう無くなっていた。
……ゆっくり、抱きしめる。
優しい呼吸音も、鼓動も、撫で返してくれる手も、何もない。
”ぼくはやり遂げた。だからそれはもう、動かないんだ”
うわぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ
理解した瞬間。ありとあらゆるものが胸の内からあふれ出してきた。
どんな言葉にも、どんな感情にも形容できないそれは、ただただ、涙と叫び声となって、
あふれ続けていく。
寂しい、うまくいったか、空虚、本当に救われたの、置いて逝かないで、もう苦しまないで、綺麗な顔、血の気が引く、さようなら、重すぎる業、まだ手に残る感触、ぼくにもっと力があったなら、これでよかったの、嫌だ、抱きしめてよ、笑ってよ、……だからどうか、向こうでは幸せでいて
「本当は、もっとずっと一緒に居たかった」
涙で歪んだ視界は桃色に染まっていた。湧き出す感情は収まらない。制御できない。
「んー、で。クソババアに呼び出されて来てみりゃ、ただの泣きわめくガキじゃねーか」
不意に、見知らぬポケモンの声が聞こえた。
誰かもわからない、どうやってここにたどり着いたのかもわからない。ただ、丁度良かった。相手は誰でもよかったから。
ぼくは振り返らないまま、涙の詰まった鼻声で彼に頼み込んだ。
「ケッ、元よりそういう予定だ。頼まれなくたって拒否権はねーぞ。ほら、ついてこい」
言われるがままに、ぼくはもはや中身の無い冷たくなったそれを置いて、彼女と過ごした地を後にする。
砂漠を進んでいくと辺りは徐々に霧に包まれていった。先導する紺色の刺々しい背中以外何も見えない。
進む度、"それ"に近づいていっているのが分かった。近づけば近づくほど、強い想いに触れていく。
歩みが軽くなっていく。
心が軽くなっていく。
背負った咎が報われていく。
……どれだけ進んだだろうか。やがて、先導する足が止まった。
「ほら、この先だ。……ったく、あのクソババアの考える事はよくわかんねーや」
彼がひらひらと手を振り、消え去ると、ぼくの世界は完全な白に染まった。何もない、無。
そして、ぼくは彷徨うように進み、真っ白な世界の"それ"に手を伸ばした。
ぼくはそれに触れた。感触も匂いも温度も感じなかったが、理解できた。温もりが流れ込んできた。
肉体という枷から解き放たれ、全ての呪いから解放されたそれを縛るものはもう何もない。
「ミラ、ミラ!」
「カコ!? あなたも来てしまったの……?」
「うん。今度こそ、ずっと一緒だよ」
「……。ありがとう、私を救ってくれて。今なら受け入れられる、これで一緒になれる」
さらに一歩踏み出す
手と手が触れ合い、重なり、交わっていく。
もう一歩
混ざりあう、溶け合っていく。
抱きしめる
沈み込む身体が一つになる。互いへ互いが注がれあっていく。
さらに強く
やがて、交わう二つの魂は永遠の一つに。
そして最後は
二匹一緒に、何にも縛られる事の無い幸福。
あとがき。
まずは、ここまで読んでいただきありがとうございました。
Van!lizはあまり作品にあとがきを書くことはあまりないのですが、
作中で曖昧な部分の補足なども残しておきたかったので、今回だけは少し語らせていただこうと思います。
今作は、過去の無い主人公と、呪われた未来に縛られたヒロインの、実らせることのできない恋物語、
頂いた感想コメントの文を引用させていただくのであれば、
「放逐された過去」と「束縛され続ける未来」の交わった今現在の物語。
であります。
地の文の視点主であるカコは、様々な想いを抱き、そして覚悟をきめましたが、
当のミラが真に何を想っていたのか、最後に救われたのかは、ミラ自身のみが知る所です、
せめて二匹が、本当に幸せな最期を迎えられたのだと信じていたいです。
補足。
作中ではほとんどのキャラクターの種族名や関係性を描写していませんでした。
なので、一応の各キャラのプロフィールを載せておきます。読み解く参考にどうぞ。
カコ ガルーラ♀
母親にネグレクトされ、村から追放されることになった少女。
父親については不明ですが、おそらくこの群れは繁殖期以外は雌のガルーラ種だけで構成されているのだと思います。
過去を持たない彼女にとって、ミラは初めての家族であり、初めての想いを抱く相手でした。
ただ、完全な同性(両性)愛者というわけではなく、少なからずストックホルム症候群のような依存に近い感情が強かったかもしれません。
ミラ フライゴン♂
♀の心をもつ、優しい子です。
親であるミュウによって、軟禁生活の状態で砂漠のほこらで過ごしてきました。
彼女にとって、この身体でいる以上は決して恋の実ることのない呪いを背負っているのです。
ミュウ 不明
作中に登場するわけではありませんでしたが、ちらほらと桃色の影として表れていた、ミラ及びゲンガーの親です。
とてもきまぐれな性格であり、己の子でさえ、永遠の生を全うする内の一つの戯れに過ぎないのでしょう。
ミラもそんな気まぐれの被害者の一匹なのかもしれません。
ミラの住む洞穴に食料や玩具を持ち込んだり、二匹決行の話を聞いた後に台所から包丁をとりあげたのもこの子です。
ゲンガー 明言無し、おそらく♂
ミラの兄弟にあたる、ミュウの子です。
普段どのような生活をしているのかはわかりませんが、親であるミュウには逆らえないようです。
今回「息子を殺したガルーラをあの世へ連れていき、ミラの魂の元まで案内しろ」という命令をされ、
ガルーラに対して憎しみなのか温情なのかどちらともつかない内容に少なくない困惑を感じていたようです。
トロピウス ♂
「オアシスの先客」です。空を飛べるため、飢饉のあった砂漠からはある程度離れた豊かな地を拠点にしているのだと思います。
彼の言う、以前帰ってこなかった仲間というのは、ミラと共に、恋の実ることのない関係を過ごした♀の子だったのでしょう。
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