~第一話 ハジマリの炎~
父はいつも、僕の前にいた。
私を護ってくれた。
私を導いてくれた。
僕に母はいなかった。
父は言った。
母は遠いところに行ってしまったのだと。
古代の息吹が未だに色濃く残る、ここホウエンの地。
その大地にそびえ立つ、煙突山と呼ばれる山の麓に僕は住んでいる。
煙突の名に恥じず、その火口からは常にもうもうと煙が立ちこめる。
僕らや、森の生命を削る火山灰は、幸いにも海からの変わらぬ風によってこの地に降り注ぐことは少ない。
そのためだ、こうして青々とした木々の中で暮らしていけるのは。
遙か昔、厚く降り積もった火山灰の上に育つ木々は、深く深い根を張って、そして、僕の遙か頭上に緑の葉を広げている。
今日も僕は父を追いかける。
森を縫うように走る影。
一つは僕の姿、そして遙か先に見える父。
蒼い肢体を持つ、犬のような姿がわずかに見えている。
『フィドルフ』、ルカリオ種である父の名だ。
「……ディザ、……ディザ? ん、どこ行った?」
森の中、一際目立つ巨木の元に父は立ち、未だ森の中の僕を待つ。
雛である僕は息を切らしながらも、その巨木の周りに広がる開いた空間の中に飛び込んだ。
「はぁ……はぁ……、父さん早すぎるよ……」
「そうか? すまんすまん。ほら、ここで休憩しようか」
僕はゆっくりとうなずいて、根本に生えた自然の苔のクッションに身を任せる。
もふっ、そんな心地の良い音と共にひんやりとした感覚に包まれる。
空を仰ぎ、葉の隙間にのぞくどこまでも青い空を見つめていると違う青、父がのぞき込んできた。
「よし、ディザも結構早くなってきたなぁ」
不意に、僅かに潮の香りをのせた風が
「でも、父さんにはまだ追いつけないよ……」
父は軽く笑って、僕の頭に手を乗せた。
僕のトサカがくしゃっとつぶれて、僕は思わず瞬く。
「ははっ、まだまだ父さんは負ける気はないぞっ」
「むー、僕は父さんに相性いいもん! 絶対勝てるようになる!」
さらに高らかに笑いながら父は続ける。
「いいか、ディザ。
本当に強いっていうのはな、勝てるってことじゃないんだ」
「……? どういうこと?」
日差しの中で、目を合わせて紡がれた言葉。
「大切なことは負けないって思いと、……それと、護りたいっていう気持ちなんだ。
俺はディザ、おまえを護りたいっていう気持ちは誰にも負けないからな、
だから俺は頑張れるし、強くなれる」
「うーん……、よくわからない……」
「ははっ、それはこれからわかってくるさ。
護るものが出来たらな。
……さて、トレーニングの続きだ、さぁ帰るぞっ」
いつも、父は僕の道しるべだった。
父はいつも遙か遠く、それと共に僕のことを見てくれていた。
そして、そんな日常が壊れるのは一瞬だった。
曇天の空、轟音は森に響いていく。
いつものように
土埃の舞うその場所に僕の父はいた。
「やめろっ! なぜ森を破壊するんだ!!」
木が軋み、地が抉れていく。
僕の耳に届くのは森が助けを求める声、いや悲鳴というべきだろうか。
物陰から父の様子を伺うことしかできない自分が歯痒かった。
通常よりも遙かに大きな体躯を持つバンギラスの闊歩する前に父は立ちふさがる。
「なぜだっ、なぜこんなことをするっ!!」
その姿は身を挺して森を護る盾のようだった。
「さぁな、俺たちはあいつらに言われて動いてるだけだからなぁ
俺の知ったこっちゃねぇさ」
バンギラスの指す先にいたのは……ニンゲン。
体毛の薄い体を覆うのは、緑の保護膜のようなものと黄色い露出した頭蓋骨のようなもの。
形状の似ているサーナイトとは似ても似つかない装いをした者たちだった。
「ならば、なぜニンゲンなぞの言いなりになるっ!!
この森は生きているっ! そして、ここに住まう者もいるのだぞっ!!」
「言いなりねぇ……、そうだな、俺のやりたいことをやらせてくれるからかねぇ」
その言葉を言い切るとおもむろにバンギラスは木を捩りきる時のように片手をあげ、
「父さん!!」
そのまま、その体に降りおろした。
まるで、紙屑か何かのように吹き飛ばされた父は木に叩きつけられ、そのままぐったりと地に伏せた。
「かかかっ!! やっぱり弱い奴をいたぶるのは楽しいねぇ。
作業中にうざってぇ奴が出てきたら倒してもいいっていうのは最高だ!
さすがはニンゲンさまさま、俺にぴったりの契約ってやつだなぁ!」
――気づいたら体が勝手に動き出していた。
「ひのこ!!」
高笑いするバンギラスの顔面にきれいに当たる。
しかし、晴れる黒煙の中から現れたのは傷一つないバンギラスの姿。
「んん~、なんだ、人が気持ちよく笑ってるときにこんなん撃ちやがって」
その目は、木陰から出た僕のことを睨みつけていた。
「ふん、なにすんだぁ~、この雛野郎が
俺に刃向かおうっていうのかぁ~?!」
ゆっくりと近づくその姿に僕は恐怖に包まれる。
「おやおや、ひのこを撃ったときの威勢はどうしたんだ~?」
にやにやと笑うバンギラスの口元から覗くのは黄色く濁る尖った歯。
手元に光る、鋭い爪。
動けない。
恐怖が僕をそこに縛り付けた。
「さて、と、おまえもさっさとくたばれやぁー!!」
降りおろされる爪、僕は思わず目を閉じる。
……あたりに響く、肉を切り裂く鈍い音。
いつまでも襲ってこない痛みに疑問を感じて、瞼を開くとそこには見知った顔があった。
「……大丈夫……か? ディザ……」
「と、父さん!?」
僕を庇うように立つ父は、こんな時なのに僕をみて笑っていた。
顔には一筋の血を流し、僕を庇ってくれた背中の傷からは地を深紅に染めるほどまでの血が溢れ落ちていく。
「けっ、この死に損ないが! てめーは邪魔だ、さっさとどきやがれ!」
父は振り向き、バンギラスを見据えていった。
「私は、なにがなんでもこの子だけは絶対に護る、私の命に代えてもっ!!」
そして、再び僕を見た父は静かに言った。
「早くここから逃げなさい、もっと遠くへ……」
「でも……、父さん……」
「いいから早くっ!!」
怯える僕は、まるでその場に縫いつけられたかのように動けなかった。
「なにゴチャゴチャしゃべってんだゴルァ!!」
そしてバンギラスは隙を見せた父に再び腕を降りおろす。
父は避けようともしなかった、いや、避けられなかった。……僕がいたから。
「――カハッ……」
腹より吹き出す鮮血、しかし、父はその傷も気にせず、自らに突き刺さるバンギラスの腕を押さえ込んだ。
「ちっ、くそ! なにしやがんだ! 離しやがれ!!」
僕の元に、地面に叩きつけられたなにかが転がってくる。
それは父の胸の棘のようなもの、ほぼ心臓の真上に位置するそれが根本の近くから叩き折られて飛んできたのだった。
「あ……あぁ、父さん……」
父はこちらをみて微笑んだ。
まるで、いつもの笑顔のように。
「……ディザ、俺は大丈夫だ……早く……にげろ……」
僕は駆けだした、父に背を向けてまっすぐ森の中に走っていった。
とっさに掴んだ父の胸の棘を未成熟な手羽で抱き抱え、泣きながらに走った。
まるで、父の一部が僕を護ってくれると信じているかのように。
僕は、その場から逃げることしかできなかった。
僕は、なにもできなかった。
目の前で起きたことにあまりにも無力だった。
――涙で歪んでいった視界はいつにか真っ暗になっていた。
護りの炎
Writer:チャボ
闇の中で僕を呼ぶ声が聞こえる。
「……ィザ……デ……ディザ、ディザ……!!」
瞼を貫いて、僕を照らす一筋の光。
「目を覚ま……、……はや……きろ……」
次の瞬間、僕の全身に鈍い衝撃が走った。
「早く起きろっての、このねぼすけニワトリがぁ!」
「ふわぁ……!?」
開けた視界はいつもの見慣れた木目。
僕は住処の床に転がっていた。
「ったく……、やっと起きたか……、どんだけ陽が昇ってると思ってるんだよ……」
そして、先ほどから聞こえてくる声の主に視線を合わせると、こちらも見慣れた顔。
「うぅ……ふぁ~あ……なんだ、クフィールか~……」
僕の寝床に立っていたのは、ものしりメガネをかけたジュプトル種の姿、幼なじみのクフィールだ。
恐らく、彼に蹴飛ばされたのだろう。
「おい、なんだとはなんだ。せっかく人が起こしに来てやってるってのに」
「うん、ありがと……だから、もう少し寝かせて……」
ぐしぐしと目を擦り、寝ぼけまなこなまま寝床に向かう僕。
まだ意識は夢と現実の狭間から戻ってきていないようだ。
「な~にが寝かせてだっての」
「ひゃうっ!」
ふらふらと進む僕は、足を引っかけられて、藁のベッドに嘴からつっこんだ。
おかげで、僕ははっきりと目を覚ます。
「いたたた……、もう、なにするんだよ……」
「むしろ俺としては、おまえがなんでこんなに日が昇っているのに寝てたのかを聞きたいところなんだがねぇ」
……その言葉に、思考は昨日の晩に飛ぶ。
――明日の朝、日の出の頃にいつもんところ集合な。
明日はおまえの好きなゴスの実がなる日だろ?
一緒に朝飯喰おうぜ!
「……ごめん、起きらんなかった」
「いやいやいや、そんぐらいニワトリなんだから起きろよ……」
ひとまず、僕はなんとなく頭上のトサカを整える。
そればっかりは僕の身だしなみで気を使うところ。
「はぁ……、ほらよ、無くなる前に採ってきたぞ」
「……!? ゴスの実、どうしたのこれ?!」
クフィールの手にはピンク色の丸っこい果実が収められていた。
「ほら……な、一緒に朝飯喰うって約束だったろ?」
僕は満面の笑みを浮かべてクフィールの手からそれを受け取り、そしてそのまま嘴を突き刺した。
甘くて、ほろ苦い味が口の中に広がる。
「うん、おいしい!」
「おぅ、それはよかった。採ってきた甲斐があるってもんだ」
二人で外を見つつきのみを貪る。
住処の入り口から見える太陽は遙か高い位置まで昇っていた。
逆光で白に染まった世界がゆっくりと見てくる。
いつもとかわらない、ここ煙突山の麓に広がる森が視界に入る。
地面から離れた高い所に位置する木の虚、僕の住処の出入り口から望むその光景は、見慣れた僕の住処からの景色。
「やっぱきのみは
彼は再び僕の名を呼んだ。
僕はゆっくりと頷いて、改めてきのみにかぶりつく。
僕の名はディザ、ワカシャモ種のディザだ。
太陽は僕らの遙か頭上、真上に位置する頃。
そよ風を浴びつつ、小さな湖からの帰り道。
体を清潔にする水浴みをしてきたばかりだ。
……ほんとは、濡れるの苦手だから、イヤなんだけどなぁ。
「それにしても、ほんとおまえの寝坊癖どうにかならないのか……?」
ヤミカラスの行水というが、僕のそれもまさしくそのようなもんだ。
後は濡れた体に熱を送って乾燥、今はすでにカラカラ。
予想より多めに熱の籠もった体を冷やすのは、涼しげな風の吹く樹海の道、道といっても地面が踏みしめられて草の背丈が低いだけの所詮、獣道と言われるようなものだ。
「うーん……、むしろどうやって起きられるのさ? 眠ってたら太陽なんて見えないよ?」
「……おまえなぁ」
クフィールは呆れたように、ずり下がったものしりめがねを指で元に位置に押し戻す。
「ほんっと、こんなんが森の勇者様の子供だなんてなぁ」
「……」
僕は言葉が詰まった。
僅かな間、無言が続く。
「あぁ……、すまん、そう呼ばれるの好きじゃないんだっけか……」
「……ううん、別にいいよ。
ただ……、父さんがそう呼ばれてるっていうのが、なんだか実感できないんだ」
少し空を見上げた。
……風が、いつの日かのように吹き抜けていく。
「父さんはいつもそばにいてくれたんだ。
僕のそばに……、そんな父さんが勇者って呼ばれているのが……
なんか、遠くに行っちゃったっていう気がして……」
「ディザ……」
そんな話をしていたからだろうか、僕らの足取りは無意識のうちに森の外へと向かっていた。
土が露出した黄色く乾いた土地。
僅か二年前だ、僕がここから逃げ出したのは。
薙ぎ払われた細い木は未だ辺りに散乱し、唯一その姿が見あたらないのは、父と来た巨木の姿。
他の木と違って、まるでストライクの鎌で切ったような切り株の跡。
大地は枯れ、森は死んだ。
ニンゲンの手によって。
そして、僕の父はここでニンゲン達をくい止めた英雄、森のみんなからは勇者と呼ばれている。
――でも、僕はそうやって父が呼ばれるのが嫌いだ。
いつも追いかけていた父の背中がどこか遠くに行ってしまう、そんな気がして。
「お、おい! ディザ!?」
僕はそこから逃げ出した。
また逃げ出したんだ、現実から。
蒼い空、まるで大好きだった父のような色。
木漏れ日を浴び、葉の奏でる音のハーモニーの中で、僕はいつもの巨木の前にいた。
目の前にいるのは父、そして幼い頃、アチャモだった頃の自分の姿。
「父さん、なんで僕は母さんがいないの?」
「ん? いきなりどうしたんだ?
ま、まさか、父さんのことが嫌いになったのか!?」
一匹であたふたとする父をみて、昔の僕はクスリと笑う。
「そんなことないよ、そうじゃなくてちょっと気になることがあって……」
「気になること?」
とりあえず、嫌われてないとわかってくれたのか、父がこっそり尻尾を振っていたのを今の僕は見逃さなかった。
「うん、えっとね……、クフィール君のお母さんとお父さんはジュカインなのに、
……なんで父さんはルカリオなんだろうと思って」
「……あぁ、そのことか……」
父の口調が変わる。不意に父の顔からいつもの笑みが消えた。
「ちょっと昔話をしようか」
父が空を仰ぎ、僕も釣られて空を見る。
遠い遠い過去、それは父がかつても勇者と呼ばれていた頃の話。
二匹で話している、その頃の自分と父の姿が揺らぎ、僕の視界は真っ白に染まって世界から離れていった。
「また……、昔の夢……」
まるであの日のプレイバックを見ていたようだ。
森が破壊されたあの日も僕は恐怖から逃げようと住処に駆け戻り、藁のベッドの上で丸くなっていた。
まるで、もう一度夢から覚めれば、すべては悪夢で終わると信じていたように。
僅かな期待を込めて、そっと近づいた父の寝床。
そこに転がっていた父の胸の棘は、僕の涙を取り留めのないものにするには充分だった。
僕は、そんな昔の僕と同じように、父の寝床に歩を進める。
あの時のまま、大切にとっておいたそれはまったく錆びようとせずに、変わらず鈍い光を放っていた。
「父さん……」
――大丈夫って言ったじゃないか……
不意に風が住処を吹き抜けた。
僕はその風に
どれだけの間眠っていたのだろうか。
空には星が輝き、地は月に照らされていた。
虚から飛び降りて、全く変わらない木々の間をゆっくりと歩いていく。
幼い頃に通い慣れたその道は少しばかり暗くても体が覚えている。
――待ってよ、父さん!
――ほら、ディザ、おいてっちゃうぞ!
記憶。
忘れもしない、父と過ごした日々。
「……おいてかないでよ、父さん……」
嘴を突いて出るその言葉は、今もなお父の影を追いかける自分の言葉だった。
木々が途切れ、視界が開ける。
もちろん父の姿なぞあるはずがなかった。
ぽっかりと開いてしまった、森の一角と朽ちた切り株。
いつの日かのように、根本に腰掛けた。
かさかさとした根っこは、今の自分の心のように、触る度にポロポロと崩れていく。
「父……さん……」
なにも遮るものがない星空を見て、夢の続き、父の昔話を思い出していた。
父の故郷、シンオウ。
遙か北の地に父は居た。
生命の持つ力、波導。
ルカリオ種はそれを操り、また、他者のそれを見ることで疑似的に心を知るができるという。
そしてもうひとつ、ルカリオ種はニンゲンの言葉を理解し、個体によってはそれを操るものさえいるという。
そのためだ、ニンゲンを避けてきたのは。
父は言っていた、昔のニンゲンと違って今のニンゲンは他者をいともたやすく傷つけてしまうようになったと。
だから、父を初めとして、ルカリオ種や人を避ける種族は群れを作り、人里離れた
早朝、少し広い洞穴の中、藁の寝具に丸まったままの影が二匹。
「なぁ、フィドルフよぉ」
話しかけてきたのはムクホーク。
フィドルフとは古い友鳥だそうだ。
「ん? どうした、バウム?」
「いや、おめぇも盛りのつく年頃だってのによぉ、なんで雌でも囲わねぇのかなぁっておもってなぁ」
おそらく、飲み物が口にはいっていたら虹を架けるであろうほどに、フィドルフは激しくむせる。
「い、いや、別に……そういうのはそんなに興味ないし」
「はっはぁ♪ そんなこといって顔が赤くなってんのが見え見えだぞぉ」
体を起こして反論するフィドルフ、しかし、蒼い毛皮を通り越して、顔は朱に染まっていた。
「そ、それにだな、群のリーダーの俺がだな、雌なぞ作っていたらだな、
む、群をまとめるものとしての仕事がだな……」
「とりあえずフィドルフ、落ち着けって、
群のリーダーゆーんだったら、冷静になることが大切だって言ってたのはどこのどいつだったかなぁ、
リーダーのゆ・う・しゃ・さ・ま?」
さらに、フィドルフは顔を赤らめる。
「うぅ……、それで呼ぶなっての。
あれはただの偶然なんだし……」
「んん~? いったい、それはどれのことだい?
暴れるマンムーの集団突進を食い止めた事か、それとも、食糧難だった時に群を統制してきのみの苗を植えたことか?
いや、他にも……」
「やめろってば……、どれもこれも俺一匹じゃ出来なかったんだし……」
――それでも俺たちを、仲間を助けてくれたじゃねぇか。
フィドルフはすっかり顔を隠してしまった。
しかし、尻尾をピンとたててわずかに振っているあたり、照れ隠しなのはあきらかだ。
「あぁー、なんつーか、俺も慣れないこと言ったなー……」
一方、バウムも翼に顔を突っ込んで、照れ隠し。
雄同士で顔を赤らめている中、先に口を開いたのはフィドルフだ。
「……ちょっと、パトロール行ってくる」
「おぅ、いってらー」
気まずい空間から逃げ出して、雪山を歩く彼。
そして、ゆっくりと空を見上げ、こう呟いた。
「あぁ、今日もいい天気だ」
ところで、ご存じだろうか?
山の天気は非常に変わりやすいということを。
数分後、彼は吹雪の中を歩いていた。
「ほんっと、天候変わりやすいったらありゃしないなぁ……」
じきに吹雪は視界を塗りつぶし、数メートル先でさえも見えなくなっていく。
「しかたない……、寒いから使いたくないんだけど……」
あきらめたようにため息をついて、道を見失ったフィドルフは目を閉じる。
それとともに、後頭部の四つの房が重力に逆らって浮かびだした。
これが、ルカリオ種が波導を使うモーションだ。
視界に頼らずとも、今のフィドルフには、あたりをモノクロにしたような世界が見えている。
「うん、これならすぐに帰れ……ん?」
ふと、波導が見せてくる景色に何かの気配を感じた。
前方、複数の生命の波導……、いや、それが一つ、また一つと消えていく感覚。
明らかな異常事態に彼は歩みを進める。
30、20、10、数十メートル歩く間に捉える、命が消えていく様子。
――そして、フィドルフは自らの目で捉えたその光景を、まるで悪夢かなにかかと考えた。
それは雪の白をかぶっていても隠しきれない橙色。
それはわずか数メートルに固まっていた、数十の骸。
それは幼いアチャモ達の息絶えた姿だった。
「……なっ、いったいなにが……」
視界で捉えたことを信じたくなかった。
波導で感じたことを信じたくなかった。
しかし、現実は非情だった。
そっと近寄り、その一体に手を伸ばす。
しかし、中空を見つめたまま、嘴を開き、触れてみたところでその体には炎タイプの温かみどころか、命の灯火さえもすでに消え失せていた。
ふと感じ取る、僅かに残る命の欠片。
目を凝らすと、アチャモに混じって、そこにはバシャーモの姿。
「お、おい! 大丈夫か!?」
動く素振りはまったくなく、現に触れても体は冷えきっている。
波導が示さなければ、生きているなんて思わない、それほどにそのバシャーモは衰弱していた。
「くっ……、どうにか住処まで……、いや、間に合わない……。
そうだ、この辺に洞窟が……」
再び房を用いて辺りを見回す。すると見えたのは吹雪の先の洞窟。
しかし、波導はそのバシャーモの命が燃え尽きようとしていることも知らせてくる。
体をゆっくりと抱えあげようとすると、その腕には固くアチャモの亡骸が抱えられている。
フィドルフは理解した、このバシャーモはアチャモ達の親であると。
もし、そうだとすると目を覚ましたときに子供の冷えきった姿を見せるわけにはいかない。
そう思った彼は、バシャーモの腕を無理矢理にこじ開けて、アチャモを雪に
そして、数十分かけてバシャーモを洞穴に運んでいった。
辺りが闇に包まれても吹雪は止むことはなかった。
薪の爆ぜる音が洞窟に響く。
湿気った薪も、波導を圧縮した強力なエネルギーを与えたら燃えるようだ。
洞窟の奥には何者かが住んでいた痕跡があり、藁や薪が残っていたのが救いであった。
そっと凍傷になりかけた房を指先で傷つけないように暖めている。
感覚器官である房は体の他の部位より弱いのだ。
今、バシャーモは微かに寝息を立てている。
フィドルフはそっと、その体に手を伸ばす。
首筋を触った掌からは、先ほどよりも暖かくなった体温を感じる。
そして、鼓動を確かめようと胸元を触れる。
むにゅ、そんな擬音が聞こえてきそうな柔らかさにフィドルフの手は包まれた。
「なっ……、め、雌だったのか!?」
心の中で、やましい事はしていないと自分に言い聞かせながら、鼓動を確認する。
確かにバシャーモの鼓動は感じたものの、今度は己の鼓動が響き始めた。
少し距離を取って、木の枝で薪をかき回す。
そして、再び視界に入るバシャーモの姿。
ふと、今朝のバウムとの会話が頭をよぎる。
――おめぇも盛りのつく年頃だってのによぉ、なんで雌でも囲わねぇのかなぁっておもってなぁ
こんな時に邪な感情があふれ出す。
目の前にいるのは無防備な雌の姿。
少し自分には刺激が強すぎる。
――自分が助けてやったんだから
そんな利己的な考えが自分を襲う。
自分の心の中に住まう悪タイプをなんとか押さえ込もうと、フィドルフは意識を薪に戻す。
――せめてキスくらいなら……
危険な考えは止まない。
――そうだ、キスくらいならバレやしない、ちょっとくらい……
気づくと寝ているバシャーモの上にまたがる自分がいた。
大丈夫だ、ちょっとキスをするくらい……。
若さ故に止められない気持ちはそっとバシャーモの嘴へと近づいていく。
羽の一枚一枚まで見える、嘴の僅かな傷さえも見える、そしてゆっくりと瞼の動く様子でさえも。
次の瞬間、あわててフィドルフはバシャーモから離れていた。
「んん……、ここ……は……?」
「あ、え、えっと、だ、大丈夫?」
僅かに動揺しながらも、バシャーモに声をかける。
「あなたが私を助けてくれたの……?」
「え、あ、うん……」
しばらくは完全に覚醒しきっていない様子だったが、バシャーモはいきなり目を見開いてフィドルフに詰め寄った。
「ね、ねぇ! 私の息子と娘達を見なかった!? 気を失うまで一緒にいたのに……」
真実を伝えるべきか一瞬迷うも、本当の事を伝える事が良いと判断し、口を開いた。
「言いにくい事なんだけど……、君以外は全員息絶えていたよ……」
バシャーモはその場に崩れ落ちた。
ゆっくりと涙を流していた。
「あぁ……、なんで……」
そっと、肩に手を回すフィドルフ。すでにやましい気持ちはなかった。
なぜか、こうするべきだと直感していたから行動したにすぎない。
そのうちにバシャーモは顔をあげて、フィドルフに再び顔を合わせた。
「ごめんなさい、助けていただいたのにこんなことまでしてもらって……」
「いや、いいんだ……、えっと、君の名前は?」
再び、バシャーモは俯く。
「……私に名前はありません」
瞼を閉じて、バシャーモは続けた。
「私は、
ただの使い捨ての物なのですから」
フィドルフは言葉を失った。
ニンゲン、その存在はやはり悪だったのだ。
生きている命に、物としての処遇を施す。
それは許せることではない。
「息子や娘達はよりよい遺伝子を持つ一匹の為に産み続けた子供の余りだと主人は言ってました。
そして、主人に愛されることの決まった一匹が決まると私たちは野に放されました」
言葉は淡々と紡がれていく。
「確かに、あの子供たちは愛のない交尾で出来たのかもしれません。
……ですが、私の子供なのは間違いありません。
守ってあげたかった……
でも、それは叶いませんでした。
私はもう疲れました……
主人から離れ、子供も無くした今、私はこれからどうすれば……」
フィドルフはそっとバシャーモの肩に手を添える。
こんな時にどう声をかければいいのか、それすら考えないまま、口を開く。
「それなら……、それなら私のところへ来てはくれないだろうか? ……いや、来てほしい」
今の彼には下心はなかった、純粋に彼女を守りたい、ただそれだけだった。
「……いい……の?」
「あぁ……」
彼はそっとバシャーモを抱き寄せた。
どれほどの間そうしていたのだろうか。じきに永い夜はあけ、光の差し込む洞窟の出口へと二匹は向かっていった。
外は吹雪も止み、大したこともなく住処に戻ると、バウムが目を丸くしていたのを覚えている。
それからは新しくバシャーモの加わった生活が始まった。
群で暮らす以上名前は必要不可欠である。
バシャーモが得た名前、それは『アルヴィザ』遠い地方の言葉で、賢い女性を意味する言葉だ。
実際、彼女は名前に負けること無く、様々なことを知っていた。
ニンゲンの暮らしの中から知ったことが大半であると言っていたが、その知識に私たちを度々驚かせた。
そして、変わったのは彼女ばかりでない。
フィドルフも次第に大切なポケモンを護りたいという気持ちが心の内で強くなっていった。
「まったく、ほんとお似合いのカップルだねぇ~。
勇者様に賢者様、いやはや頭でも下げたくなるねぇ」
フィドルフの住処、今は自身とバウムに加えアルヴィザも寝泊まりしている。
「まったく、バウム茶化すなっての……、
それに、アルヴィザとはここに泊まってもらってるだけで、そういう関係じゃないからな?」
「そ、そうですよバウムさん、からかわないでくださいよっ……」
「そういっても、二人とも顔赤いぜぇ?
おっと、アルヴィザさんは元からかぁ~」
微かにアルヴィザとフィドルフの視線が交錯して、すぐに離す。
もじもじと恥ずかしがる様子は恋人のそれそのものだ。
「いや~、暑いね暑いねぇ~!
外は雪降ってんのに、焚き火いらずだなぁこれは~。
暑い暑いっ! つーわけで俺はちょっと散歩行ってくるわぁ」
「あ、こら! まて、バウム!」
追いかけるも虚しく、バウムは高笑いしながら空へと飛んでいった。
やれやれとアルヴィザのもとにフィドルフは戻ってくる。
すると、口を開いたのはアルヴィザ。
「……これで、二匹きりですね……」
「え……?」
そして、次の日の朝、どんな茶化し言葉をかけようかと帰宅したバウムが目にしたのはタマゴを抱えた友の姿。
「あ、バウムお帰り……」
「バウムさん、お帰りなさいっ!」
「え、あ、うん……その、ただいま……」
嘴をあんぐりと開けてフィドルフをみていたと思ったら、いきなり距離を詰めて問いただす。
「おい! これはいったいどういうことだ!?」
「え~と……、つまり、そういうことだけど……」
「つまり、それはあれがこうしてあれしたってことなんだな!?」
「ちょ、バウム声大きい!!」
「あの……、とっても良かったですよ、フィドルフさん」
その台詞を聞いてバウムは真っ白に燃え尽きていた。
それからの日々は、幸福に包まれた日々だった。
毎日が輝いてさえ見えた。
このまま時が止まってしまってもかまわない。
この空間を切り取られて生きていくことになってもかまわない。
そんな願いを真面目に
「ねぇ、フィドルフさん。
タマゴが最近よく動くようになったの。
もう少しで生まれるわ」
「おぉ、そうか! じゃあ、今日は早く帰ってくるよ」
毎朝の光景、今日はバウムと一緒にパトロールだ。
空を見ると晴天、吹雪は大丈夫そうだ。
「いってきます!」
「はい、いってらっしゃい♪」
しばらくの間、バウムに乗って空の移動。
「ふ~、あともう少しかぁ~」
「ったく、目の前でラブラブされるこっちの身にもなってみやがれってんだ」
「仕方ないじゃないか、初めての俺の仔供だもの、どんな仔が生まれてくるか、今からワクワクだよっ!!」
「へーへー、そーですか。
俺もそんな雌と雛作りしたいもんだよ」
そんな戯れ言でじゃれあっていると、ふと何かの気配を感じる。
これは……ニンゲン?
「ちょっとバウム下降して……」
「どうかしたのか?」
地上に眼を凝らすと、そこにはニンゲンたちが大勢で歩いている姿、しかも、まっすぐ私達の縄張りに向かって。
「おい、あいつらどう思う?」
「どっからどう見ても怪しさ全開だろ……」
旋回しつつ、ニンゲンの死角からそっと地上におりて、様子をうかがう。
なにかを顔に当て、しゃべっているニンゲンの姿。
周りにいるニンゲンは全て同じ、胸にGの文字をあしらった服を着て、同じキルリアカットの青い髪の毛をしている。
〔はい……、こちらの雪が予想以上に深く……えぇ、了解しました。
既に制圧中と……、はい、ではこちらは撤退の準備を……〕
フィドルフはそんな言葉を聞きながら、二匹で木の影に潜む。
「おい、フィドルフ、あいつらは何を話してる?」
「制圧……撤退……?
なんのことを話してるのかはわからない……だけど、何かいやな予感がする……」
目の前の男はさらに話す。
〔えぇ……有用なポケモンは捕獲、無能な物は抵抗する場合処分も構わないとの事ですか。
……はい、なんとバシャーモを連れてきたと……それは珍しい。
すぐに上に送った方がいいのでは?〕
バシャーモ、彼らは確かにそういった。
「お、おい! フィドルフどこに行く気だ?!」
木の影から出て、ニンゲンの元に歩いていく。
〔おい、そこのニンゲンよ、今バシャーモと言ったな?〕
〔ん、なんだ? このルカリオ、人の言葉喋ってるぜ?〕
〔そいつはいい、少しでも俺たちの手柄が欲しいからな、ゲットしとこうぜ〕
〔私の質問に答えろ、ニンゲン! バシャーモになにをした!?〕
下衆た笑みを浮かべながらニンゲンは答えた。
〔なにって、ゲットしたに決まってんじゃねぇか、ポケモンは人間様にゲットされる、当たり前だろ?〕
〔……っ!!〕
「おい! フィドルフ、止めろ!!」
バウムの静止の声虚しく、フィドルフはニンゲンに飛びかかった。
もちろん、ニンゲンも立っているだけでは無く、腰のモンスターボールと呼ばれるポケモンの収納器具に手を伸ばす。
〔行け! ニトロ、グリセリン!!〕
「合点!」「承知の助!」
飛び出してきたのはマルマインとビリリダマ。
次の行動に気づいたフィドルフはガードの体制を取るも、次の瞬間とてつもない衝撃が体を襲う。
「「大☆爆☆発っ!!」」
轟音が辺りを包み、木に積もる雪は払いのけられる。
次第に黒煙が晴れ、焦げ付いた大地にはボロボロになり、しかし、まだ辛うじて地に立つフィドルフの姿。
〔ふ~ん、これを耐えるなんて……、ますますゲットしておかなくちゃなぁ!〕
フィドルフは既に体力の限界だった。
なんとか、鋼タイプの加護で辛うじて耐えきったものの、大技を使われた今、反撃する力は無に等しい。
「おい、フィドルフ! いったんここは退くぞ」
「あぁ、頼むっ……」
そこに助け船を出したのはバウムだ。
巨体の割に素早いその移動速度を生かし、隠れていた後方より、フィドルフを掬い上げて空に舞う。
〔なっ……?!
〔早く飛行タイプのポケモンを使役しろ!!〕
しかし、幸いにも手持ちは少なかったのか、数体のゴルバットやクロバットだけが空に放たれる。
「フィドルフ、追っ手だ。いけるか?」
「あぁ……何とかする」
聞くが速いか、バウムは宙返りをして相手の後ろを取る。
そして、フィドルフは両手で球を作るモーション、その空間には蒼い塊が蓄えられる。
「波導弾っ!!」
その球は、生命エネルギーを凝縮した塊である。
不意に直撃したクロバットは一撃で沈んでいく。
そして、その姿を見続けるわけでもなく、すぐに次弾を作り出す。
相手を全滅させるにはそこまで時間はかからなかった。
「バウム……、はやく戻らなくちゃ……」
「おう、しっかり掴まってろよ」
そう、時間はかからなかった。
パトロールに出ていた時間はそこまで長くはなかったはずだ。
それなのに……、それなのに……。
「これは……どういうことだ……?」
皆で協力して作った畑は無惨に踏み荒らされ、感じる波導の中にはまともな生命の気配がなかった。
「ヒンドラ……、カウツ……、レルヒェ……」
白いはずの雪は所々赤く染まり、まるで嵐が去っていったような様相を見せる。
仲間のルカリオや、ヨルノヅクの姿を探してさまよい歩く。
まったく、気配がしない。
でも、そんな自分の波導を疑い続けて歩き続けた。
そして、ついに住処の洞穴にたどり着く。
「……アルヴィザ……、いるんだろ? なぁ……返事をしてくれよ……アルヴィザ……」
夢遊病のような様子を見せるフィドルフに、後ろからついてきたバウムは掛けるセリフが見つからなかった。
「フィドルフ……」
「なぁ、なんでだろうな……、
なんで、私は何も出来ないんだろうな……」
「そんなことは……」
フィドルフはバウムの言葉を遮って言葉を紡ぐ。
「大切なポケモン一匹を守れないで何がリーダーだ、何が勇者だ!」
眼に涙を浮かべたまま、外に飛び出して空を仰ぐ。
神の住まう霊峰、この山の山頂を見上げて言い放つ。
「
なぜヒトに力を与えたっ!?
なぜ彼らを選ばれし者にした!?
なぜ我らから奪うのだ!!
なぜ、奪うのならば、仮初めの幸福なぞを与えたのだ!!
返せ……、私の仲間を返せっ!!」
その言葉は空を震わせ、虚しく山に響いていった。
「はぁ……はぁ……、返せ……返せよっ……みんなを、仲間を……アルヴィザをっ……!」
そのときだった、洞穴の奥、寝床から何かの音が聞こえた。
「だれか……いるのか……?」
闇の中に進んでいくと、藁の中で何かが蠢く音が聞こえる。
ぱきっ、ぱきぱきっ。
そんな何かが砕ける音。
「ま、まさか……!?」
藁をはらって、のぞき込むと、そこにあったのはクリーム色の地に緑の柄のタマゴ。
間違いない、いつも見守り続けた愛の結晶だ。
中からゆっくりとヒビを広げていく様子を見守る。
そして、そのときは幾分も待たぬうちに訪れた。
「……くわぁ……、ちゃも?」
出てきたのはアチャモ、そのか弱い姿を抱きかかえて、引き寄せた。
かけがえのない仲間を失った今、新たな命の誕生、それは救いのようにも見えた。
「良かった……本当に良かった……、
生まれてきてくれて、ありがとう……」
アチャモは首を傾げて、そのままフィドルフの胸でスヤスヤと眠り始めた。
身動きのしなくなった我が仔に少しあわてるも、寝息を聞いて一安心したフィドルフは、バウムに向き直った。
「それで……どうするんだ、フィドルフよぉ」
「あぁ、頼みがあるんだ、バウム」
――遙か遠くの地に連れていって欲しい。悲しみしか残らなくなった、この地から。
バウムは頷いて、フィドルフを背に乗せて飛び立った。
空を駆けて、まだ見ぬ遠くの地、ホウエンへと飛び立ったときの話だ。
気づけば東の空は明るみ、朝が来たことをディザに教えていた。
父がこの話をしてくれたのはたった一度のことなのに、はっきりと鮮明に思い出せたことに一匹驚いていた。
数時間、そのままだった体を起こして、腕や足を伸ばす。
ペキペキと体の軋む音を聞きながら、この島についてからの話も思い出しかけていた。
たしか、護るための力を手に入れるために……
そこで、ふと背後の茂みから音が聞こえてくる。
急に茂みの中から、オレンジ色の何かが飛び出してきて、そのままポテっと地に落ちた。
小さい体格に不釣り合いな大きいVの形の耳を持つ、この辺では見かけないポケモンだ。
「ふにゅ~……おなか減ったよぉ……」
そんな小さな体のどこから音が出ているのだろうか、地響きのような空腹を知らせる音が響いてくる。
「ん? んん~? だれかそこにいるの~?」
「う、うん。……君は、だれ?」
オレンジ色のなにかはわずかに顔をあげて、口を開いた。
「ごはんくれたら教えるよー……」
「……うん、じゃあ僕は帰るね」
――待って待って待ってぇ!!
後ろから声が掛けられるが、僕は何も知らない、聞こえない。
「名前言うからさぁ! いや、ほんと助けてって! ぷりーずっ! へるぷみー!」
軽くため息を吐いて、再び近づく。
そんでもって地面にへたばるそれに対して、かがんでマジマジと見つめてみた。
「いやーよかったよかった、ボクの名前はツィンドだよ!
ほら、名前教えたからさ、早くボクにご飯をー」
どうしよう、僕は別に好戦的な性格とかじゃないんだけどね。
なぜか、このデカ耳のオレンジ色にはワンパン入れたくなってきた。
「ストップ、ストーップ!! ほら、まずはその構えた拳をおろして、落ち着いてー!!」
あっ、バレた。仕方がない、引いた拳をそのまま戻す。
「ちょ、ちょっとさ。このボクに対して余りに乱暴すぎない?」
「いや、このボクとかいっても、初対面だし……」
心底驚いたような顔をして見てくるオレンジ色。
「やっだなー、そんな冗談通じないよー?
だって、ボクこんなに有名
我慢できずに、僕は鼻面を一発殴ってしまった。
流石に、こればかりは許されるだろう。
キリッなんて、実際口で言う奴初めて見たよ。
ひとまず瀕死状態っぽくなっているデカ耳オレンジをかつぎ上げて森の中の住処へと戻っていく。
流石にほっとくのはひどすぎだろうし。
……えっと、さっき思い出しかけていたことはなんだっけ?
まぁいいや、とにかく住処に着いた後、壁の窪みに隠しておいたきのみを取り出して、先に僕だけ朝ご飯朝ご飯。
そういえば、朝ご飯をこんな時間に食べるのは久しぶりだ。
お父さんが居た頃は陽が昇る前に起こされてたし、二匹で楽しく話しながらきのみを齧っていたものだ。
だけど、今日の目の前の相手はさっき起きたオレンジ色。
とにかくモモンだけを選り好みして食べていく。
……それにしても、いったい何個目だろうか?
中央が空洞になっているモモンといえど、流石に13個は食べ過ぎだろう。
というか、どれだけ僕の食料を食いつぶせば気が済むのだろうか。
「それで……君の種族は?」
「もぐもぐ……、ごくっ。
えー、ほんとに知らないのー?
……いや、ごめんなさい。
反省してるからその振り上げた拳を納めてください」
なぜだろうか、このオレンジ色は永遠に殴れる気がする。
「じゃあ、ボクの種族を教えて上げようじゃないか! ふふー、聞いて驚くなよー?
ボクはビクティニ、キュピ! キラーン☆でかわいい男の子のツィンド様だー!!」
うん、これは足をつかんで住処の外に放り出してもいいよね。
「え、いや、ちょっと、待って、ね? 冗談だよね?」
「そぉい!!」
よし、遠くまで飛んでった。
さぁきのみのヘタを片さなきゃ。
「ふぅ……、さっきの奴はいったいなんだったんだろ」
ぼやきながら片づけと掃除。
モモンの果汁は乾くとベトベトするから、先に葉っぱでふき取らないと。
そうこうしていると、入り口の方に誰かの気配を感じる。
もしかして、さっきのオレンジ色?
「よっと、ディザ邪魔すんぞー」
なぜか小声で入ってきたのはクフィールだ。
「どーぞー」
「のわっ!? な、なんで起きてんだ!?」
なぜか、いきなりあわてた様子をみせるクフィール。
後頭部から伸びた葉っぱでさえも逆立って非常に分かりやすい。
「なに? 僕が起きてちゃ悪い?」
「い、いや、いつもだったらまだ寝てる頃だし、ちょっと驚いただけさ……、なんでもないぞ」
? どうしたんだろうか、いつもよりどうもキレが悪い。
「あー、それよりだな、えーっと、朝飯一緒に喰わねぇか?」
「えっと、……ごめん、さっき食べちゃった」
ふたたび、驚いた様子を見せている。
そしてボクの肩を掴んで聞いてくる。
草タイプなのに、すごく暑苦しい。
「お、おまえが一匹で起きて朝飯も喰い終わってんのか?!」
「うん、というか一匹ってわけでもないし」
あっ、目を見開いた上に、また葉っぱが逆立った。
そして僕の肩を持って前後に振ってくる。
なんか今日のクフィールは反応がいちいちおもしろい。
「ひ、ひ、ひ、一匹じゃないっていったい誰とだ!?
まさか、引きこもりがちで暗いおまえに友達g「暗いは余計だっての!」
「ぐほっ!?」
とりあえず、殴っとく。
引きこもりっていうのも、朝に弱いから午後になってから動く方が多いってだけなのに、そこに暗いは言い過ぎだ。
まぁ、多少暗い自覚はないこともないけど。
「そう! 君は炎タイプなんだ! もっと熱くなれよ!」
そして、なぜか入り口から暑苦しい台詞をかけてくるのは、さっきのオレンジ色。
なんか、めんどい事になってきた気がするのは僕だけだろうか?
入り口で騒いでいると色々と迷惑なので、ひとまず住処の奥に二匹とも連れてきた。
なんかツィンドとやらは先ほどと違って首にポーチのようなものをぶら下げている。
……どうやって首にかけたかは聞かないことにしよう。
それで、ツィンドは何か聞きたいことがあるそうで。
「ここらへんにさ、フィドルフって名前のポケモン住んでない?」
「えっと……、フィドルフなら僕のお父さんだけど……」
すると、顔をぱあぁと輝かせて笑顔になるツィンド。
「じゃあさ、会わせてもらいたいんだけど、いいかな?」
対して、僕は少し俯いた。
「なぁ、ツィンド……だっけか?
こいつの父さんはな、もう二年も前に居なくなったんだよ……」
「へ? もしかして家出?」
どこまでも楽天的な様子のツィンド。
でも、父を知っている以上、嘘をつくわけにもいかない。
僕はおもむろに立ち上がり、父の寝床から形見である父のかけらを持ってきた。
「……父さんはね、僕を庇ってくれたんだ、ニンゲン達から……
それで、……だから、父さんは、もう……」
「……そんなことないよ。
だって、フィドルフ君はまだ生きてるもの」
沈黙が僕らを覆う。
今、ツィンドはなんと言ったのだろうか。
「てめぇ! 勝手なこと言うなよ!?
そんな事言ってディザが変な気でも起こしたらどうすんだ!」
クフィールはツィンドの胸倉を掴んで持ち上げる。
僕は……、僕は、頭の中が真っ白になっていた。
――父さんが、生きてる?
「じゃあさ、現にそのニンゲンと戦った時とやらで、その後に本当にその姿を見たの?」
「う……、それは……。
で、でも、そこに、ディザの父さんの棘が……!」
「そう、それだよ。
ルカリオ種の棘は、本体に万が一の事があったら朽ちるはずだもん。
でも、その棘は違う。
まだ、その中に波導の力が込められている。
だから、ボクはそれを辿ってここまできたんだ」
これは、夢ではないだろうか……。
父さんが……父さんが、生きてる。
「それは、本当なの……?」
「お、おい、こいつのことを信じるのか?」
僕は頷く。また父に会えるのならば、それに縋りたい気持ちでいっぱいだった。
「うん、本当だよ。
場所はわからないけど……、確かに生きてる」
僕はその場に崩れ落ちた。
涙があふれてくる、でも、悲しみの涙じゃない、空を見上げて流した孤独の涙じゃない。
喜び、安堵、なんと表現すればいいのだろうか。
僕の中で気持ちの洪水が渦巻いて、止まらなかった。
泣いて、泣いて、父がいなくなったあの日くらい泣き続けて、そして、やっと泣きやんだ。
「……大丈夫か?」
そっとクフィールが手を差し伸ばしてくれる。
その手を掴んでゆっくりと立ち上がる。
「そういえば、なんで君はここにきたの? そして、なぜ僕の父さんを知ってるの?
……君はいったい何者なの?」
「じゃあ、あらためてっ、
ボクは『ビクティニ』のツィンド、君のお父さんに助けてもらった、ただの幻のポケモンさっ! キラーン☆
さぁさぁ、ボクにひれ伏すがいいっ!」
「……なぁ、ディザ、なんでだろうな。
めっちゃありがたい情報教えてもらったのに、俺はこいつを殴りたくてたまらないんだ」
「奇遇だねクフィール、僕もさっきまでの喜びが一気に流れ去ったよ」
「ねぇ……? あれ、ちょっと? 気のせいかな、なんで二匹とも拳を構えているのかなー……?
ちょっ……ストップ、いや、ごめんなさい、調子乗りました。
痛いの無理だから、ほんと、ほんとに無理だってぇぇぇええーー!?」
なんか、体力が上がる気がした。
数分後、うつ伏せでぐったりするツィンドに一応ながらオレンとモモンを添えておく。
僕はクフィールと相談中だ。
「で、どうするんだ?」
「うーん、とりあえず回復してから外に放り投げようかな、と」
「……いや、こいつの事じゃなくてだな。
ほら、おまえの父さんの事」
あぁ、そっちのことか。
うーん……。
「決めた、探しに行く」
「……探すってどこにだよ?」
そういえば、そこのツィンドもわからないって言ってたっけ。
「それによ……」
「なに、クフィール?」
なんだか言いづらそうに口を開く。
「あー、なんだ……、うん、この森はせっかくまだ自然が残ってんのに出てくなんて、もったないしよぉ……」
「でも、父さんに会いたいし……」
「まぁ……そうだよな……、でも、なんつーか……俺としては、おまえに……」
突如、強烈な地響きが僕らを襲う。
デジャブ。
幼い頃の記憶と今が重なる。
「っ、何事だ?!」
住処の入り口に急ぐ。
――もしかして……
なにがなんでも認めたくない予感が頭をよぎる。
なにもかもが、あの時と同じ。
断続的に聞こえてくる轟音。
そして、見えるのは 土埃の舞う空。
「ニンゲン……!!」
「お、おい! ディザ、どこに行くんだ!?」
僕は空に飛び出した、数秒の後に重力に引かれて地に落ちる。
そして、そのまま駆けだした。
まっすぐにその土埃の立つ場所に。
恐らく、この方角はいつもの場所。
二年の時を越えて、ニンゲンが来た。
なんの根拠も無いけれど、でも、なぜか僕はそう直感した。
風のように森を駆け抜ける。
今までにないほどに道が見える。
進むべき場所が見える。
僕は森の中を飛ぶように走り続けた。
開ける視界、そこに見えるのはやはりニンゲン。
薙ぎ払われた数本の木の前に佇むその姿は二年前と同じ、サギョウギという防護膜を纏ったニンゲンの姿だ。
〔よし、これだけ派手にぶっ放したからな。
野生のポケモンは逃げ出しただろう〕
〔先輩~、なんでこんなメンドいことしなきゃいけないんすか~?
別に
ニンゲンは今のところ二人しかいない。
……だけど、油断は禁物だ。
あの二人は大きなキカイというものも無しに木を薙ぎ倒している。
間違いない、
〔バーロー、ポケモン大好きクラブの抗議運動がうっさいんだよ。
だから、警告してやってんじゃねーか
もっとも、これで逃げない奴とか立ち向かってくるような馬鹿は排除だがな〕
〔排除、つまりは実力行使ですよね~。
なんで、大好きクラブ(笑)は抗議なんかしてるんすかね~?
そうでもしないと、住むとこなんてすぐパンクするし、実際の縄張り争いなんて生やさしいものじゃないってのに〕
〔あぁ、まったくだ。
俺たちが手を汚してやってんのに、んな事ばっかり言いやがって〕
いつ、襲いかかればいいんだろうか……。
父と違って、ニンゲンの言葉を理解できない僕は、隙を見せるまで動くことができない。
〔俺たちはさしずめグラードンって所ですかね〕
〔そいつはいいなぁ! んじゃ、だべってねぇでそろそろ続きすんぞー
人件費削減とか言われて、俺ら二人で来てんのに、その上給料カットとかされたら溜まったもんじゃねーからな〕
〔うぃーす〕
……ニンゲンが動き始めた。
サギョウギの中から小さな球を取り出すと手の中で大きくする。
その数、五つ。
たしか、モンスターボールと言われる拘束洗脳器具だ。
僕は動き出した。
あいつらを止めて、ニンゲンに接触すれば父の行方がわかるかもしれない……。
〔さて、先輩の許可も出たし~。
いっけぇ、ヘルガー!〕
片方のニンゲンが、空にモンスターボールを放つと、すべてのボールが割れて光が流れ出す。
そして、その光は地に固まって、五体のヘルガーになる。
〔ヘルガー! 森を焼き払え!〕
「おぅよ! おめーらいくぞ!」
「「「「へい! おやびん!」」」」
息を深く吸うあの姿は火炎放射。
「止めろぉっ!!」
父の残したこの森を守る、その気持ちは父にまた会いたいという遠まわしな感情だった。
父の帰る場所を残したい。ただそれだけで、僕は飛び出した。
今にも発射寸前のヘルガー達の前に体を滑り込ませ、動きを鈍らせる。
そうするつもりだった。
〔ふん、野生が来たか。ヘルガー、邪魔者を排除しろっ!〕
次の瞬間、戸惑いも無しに浴びせられる火炎放射。
僕が炎タイプだろうが関係ない、当たる熱気に息継ぎすらできない。
〔ふっ、この程度か。止めだ〕
ニンゲンの声が聞こえると、技は止んだ。
だけど、毒が含まれた炎に焼かれた体は、火傷にならずとも疼くような痛みを僕に与える。
そして、僕の体を貫いた炎は、背後の森を焼き始めた。
力の差、圧倒的なほどのそれを見て、僕は足が竦む。
〔先輩~、さすがっすね、このヘルガーどもの火力は!
炎タイプを一撃なんて、ぱねえっす!〕
〔当たり前だろ? こいつらの親、何度孕ませて性格一致6V個体特攻極振りのこいつらを作ったと思ってんだ。
こんな野良ポケなんかに負けるはずねぇだろっての〕
〔流石先輩! 俺なんかじゃできないことを軽々と!
そこに痺れる、憧れる~!!〕
〔バーロー、余計な事言ってねぇでさっさと止め刺せや!〕
動けない、目の前でヘルガーの口に火が点る。
ここで、終わりなのかな……?
背後から木の爆ぜる音が聞こえる。
目の前からは禍禍しい炎が迫る。
もう、僕に逃げ場はない。
瞼を閉じて、もう動こうとする気力もない。
――大丈夫……か? ……ディザ?
ふわりと体が何かに包まれて、業火は僕の後ろを轟いていった。
「ったく……一匹で無茶しやがって……」
「く、くふぃーるっ!?」
瞼を開くと、そこには見知った顔、クフィールの顔が至近距離にあった。
俗に言うお姫様だっこ状態で森の中に連れ込まれる。
「ふぅ……、ここまでくりゃ大丈夫かな?」
「クフィール……何でこんなところに?」
ぺしっ、軽快な音と共にでこピンされた。
体中痛いのに、そこだけがじんわりと違った痛みを帯びる。
痛いのに、なんだか暖かい。
「何でじゃねーだろ、何でじゃ……。
いっつも一緒にいんのに、一匹だけで勝手に行くなっつーの……、いっつ……」
ふと、見るとクフィールの後頭部より延びる葉の先が僅かに焦げている……。
「だ、大丈夫!?」
「……ばーか、おまえの方がよっぽど重傷だっての……
そんなことより、さっさと森から逃げるぞ……、助かりたいならもうそれしかない……」
あきらめ、それに似た感情、その気持ちは僕から希望を少しずつ消していった。
そんな暗い表情をしていると、なぜか頭をポンポンと手のひらで軽く叩かれる。
「なに? 慰めてくれてるつもり?」
せめて気を張って返事を返す。強がらないと泣き出してしまいそうだったから。
ふと顔を上げると少し気づいた。クフィールの顔色が少し悪い。
それもそうだろう、ほぼ当たらなかったとはいえ、ヘルガーの炎は毒が含まれている。
僅かでも吸ってしまったクフィールは草タイプであるから既にフラフラのはずだ。
それでもこんな時なのに、クフィールは笑顔を見せている。
……こんな時なのに、僕もすこし頬が綻んでしまう。
「まぁ……な。」
少しはにかんだ笑顔、なぜだか落ち着いてくる。
この感情はなんだろう……、一緒にいたい、失いたくないっていう気持ち。
「……っていうか……さ、こんな時だからいうけど……俺……」
「あぁー! やっと見つけたー!!」
急に大声を出されて、二匹とも少しフリーズ。
なんだろう、すごい重要な台詞のシーンで割り込まれた気がする。
現にクフィールが口をあけた瞬間で固まってるし。
「えーと……君はなんでここがわかったの?」
こんな鬱蒼とした森なのだ、僕やクフィールみたいな住民ならまだしも、昨日今日来たようなツィンドなんかじゃ迷子になるのがオチだ。
「はっはぁ! ボクは幻のポケモンだからねっ! そのくらい朝飯前さ!」
「のわりには、朝ご飯食べられずに倒れてたけどね」
「アーアー、キコエナーイ」
――そんなことより、
とツィンドは真面目な顔をして言葉を続けた。
「ボクは昔、フィドルフ君に力を貸してあげた事があってね~。
その時の約束が平和な世界を作るってやつなんだ。」
父に? だとすると、目の前のツィンドは一体何歳なんだろうか?
「……聞いた限りだと、君がフィドルフ君のお子さんみたいだねー。
もし、よければ、力を貸してあげよっか?」
「……随分と唐突だけど……、力を貸すってどうやって?
一緒に戦ってくれるの?」
あわてて、首を大きく横に振るツィンド。
「無理無理っ! ボク痛いの嫌いだもん!」
「じゃあ、どうやって……」
びしっ、っと僕に向かって指……というか、腕を突き出してきた。
「だーかーらー、力を貸すっていってるじゃない」
「……それの意味がよくわからないんだけど」
すると、心底驚いたように口を押さえている。
「えーっ、ボクはビクティニだよ?
だいたい予想つかない……?
あぁー、そっかぁそっかぁ~、君はこの有名なボクの事を知らないんだ~……、
ちょい待ちちょい待ち、このタイミングでボクを殴ろうとするのはおかしいよね、
ストップストップ、いやガチで、ホントすんませんした」
「ディザ……、よくそんな元気残ってるな……」
閑話休題、改めて話を聞くと、力というのは、実際の意味の力ということらしく、それを僕の体に流し込むらしい。
「そんな事……出来るの?
それに……あいつらに勝てるの?」
「あったりまえさー、ボクは無限の力を持つビクティニだよ?
ただでさえボクの近くにいれば、ボクが『勝利の星』になってあげるのに、
ボクが本気でサポートしたら、一撃必殺! 完全勝利! も夢じゃないよー!」
「おいディザ、気持ちは分かるがその振りあげた拳を下げろ。
話が進まないだろう」
なんとか衝動を抑えて、話を聞き続ける。
「んで……ツィンド、その力は俺に貸してくれないか……?
ディザは見ての通り、もうボロボロだ。
だから、俺が……」
「無理だね♪」
「んなっ……!?」
クフィールは一度無理と言われても、あのツィンドに頭を下げてまで頼み込んでいる。
なんで……、なんでそこまで……。
「ボクにお願いされても、出来ないことは出来ないよ。
だって、この力は受け取るポケモンを選ぶからね」
「じゃあ俺は何でダメなんだ……?」
「ちょっと詳しい説明は出来ないんだけどね……、
君とボクの繋がりはまだ薄い、けど、ディザはフィドルフ君の子供みたいだからね。
だからディザ、君がこの力を受け取ろうとする意志があれば、ボクはすぐに力を貸してあげられる」
僕を再び指さして、こちらを見つめてきた。
「受け取る……意志?」
「そう、気づいてるはずだよ。
君の心の中にある、護りたいっていう気持ち。
……ボクにはわかるよ、フィドルフ君と同じ、漠然としたなにか大切なものを護ろうとしてる。
仲間、場所、思い出、君はボクの力を受け取る資格がある。
だから……」
僕は立ち上がった、そしてツィンドに言った。
迷いは無くなっていた。
「お願い……!!」
轟々と焼けていく木を見て腕組みした男二人がしゃべっている。
〔いやー燃える燃える、先輩これって焼きすぎちゃうんじゃないすか~?〕
〔バーロー、だからこれでもチマチマ焼いてんじゃねーか〕
〔はぁ、これでチマチマねぇ……、つーかなんで重量級ポケモンを駆り出さないんすか?
別に薙ぎ払えば、調整なんかしなくても楽じゃないすか〕
――出来るもんならしたいよ、と男はぼやく。
〔そんな絵空事、重役クラスになってから言うんだな。
でっけぇポケモンは、相当飯喰うんだよ。
そんだけの飯の金、てめぇで払えんのか?〕
〔ひえー……、それはそれは大変なこって〕
〔だろ? だから、今日の仕事あがった後の一杯は割り勘つーことで……
さてそろそろ、そこの邪魔な切り株に着火すっか〕
〔俺も薄給なんすよ……勘弁してください……〕
男は、ヘルガーを呼び寄せると切り株に火炎放射を命じた。
口に火を孕ませて、今にも吐き出されんとしたとき、俺は森から飛び出した。
刹那、横並びをしていた端のヘルガーに蹴りを入れて、そのまま纏めて吹っ飛ばす。
ただ、自分もそのまま勢いで転んでしまう。
「いったぁ~……、この体動かしにくいっちゃありゃしないよ……」
いつもと勝手が違う、すらりと伸びた足。
先から伸びていた爪だけじゃない、しっかりと握りしめられる手。
なにより、視点をがらりと変えるこの身長……。
まるで、自分が自分じゃないみたいだ。
「さぁ、いくよ……大丈夫、リラックスして」
ツィンドは体の前で両手を合わせて、目を瞑る。
「ボクの力、勝利の力、護りのために進む力……」
少しずつ、ツィンドが炎に包まれていく。
それがゆっくりと僕の足下に、手に、体に広がっていく。
ヘルガーの荒々しい炎とは違う、暖かい炎。
その炎を浴びて、僕の体も呼応するように光が漏れ出す。
なにかが満ち溢れていく。
――バーストフレアっ*1!!
ツィンドの声が響いた。
光が収まった後にいたのは、今までと自分と違う、バシャーモの自分。
今ならわかる。父の言っていた事。
負けないって気持ちと、護りたいっていう気持ち。
「わかったよ……父さんが言ったあの言葉の意味が。
……父さん、この森は俺が守るっ!!」
僕……、いや俺は駆けだした。
逃げる為じゃない、立ち向かうため。
父の護ったこの思い出の場所、大切なもの、……みんなを護る為に。
地に転がったまま勢いをつけて、跳ね起きる。
うん、調子はすこぶるいいみたい。
なんとなく短めな鶏冠を手でいじってみる。
ちょっと威嚇するには長さが足らないかな?
〔なっ!? またなんか来やがった!
先輩、どうします?!〕
〔バーロー! 俺に聞いてないで、さっさとヘルガーどもを
ニンゲンがなにか話している間に、ヘルガーは俺の周りを囲んでいく。
「驚いたぜ……おまえ、さっきのワカシャモだろ。
なんで戻って来やがった……、わざわざ死にきたのか?」
「そんな縁起の悪いこと、なんでいうのさ?」
――ニワトリの俺が空を翔る。
といっても、あくまで跳躍だ。
進化前とは比べものにならないほどの身体能力で地を囲うヘルガー達から離脱。
身を翻して地に降りる。
そして、対面。
感じたのは恐怖じゃない、純粋に負けないという気持ち。
〔なにをボサっとしてる、ヘルガーども! 火炎放射!〕
先ほどと同じ、灼熱が迫る。
同じはず、それなのに何かが違う。
――遅い、そう感じられた。
でも、俺はあえて避けない事を選んだ。
腕で顔だけを守り、炎に包まれる。
〔よし、また当たった! 先輩、また楽勝ですね!〕
〔まったく……、工事の邪魔しやがって……、
ざまぁみろってんだ〕
晴れる黒煙、開く視界。
体の表面を嘗める炎に熱さは感じない。
俺の体の中に流れる炎の力の方がよほど熱いくらいだ。
傷一つ無いままの体、そして俺が盾になったことで燃え広がらぬ火の手。
「なっ……、俺たちの炎が効かない!?」
「なぜだ!? なにをした!?」
「残念ながら、俺は防いだだけだよ。
俺は護るために戦う、それに気づいたから」
――勝てる。
〔くそっ! てめーら、手ぇ抜いてんじゃねーぞ!
早く、排除しろ!〕
「くっ……まじかよ……、主人も適当なこと言いやがる……、
ちっ、悪のはd」
「――遅いよ」
さっきから、敵の動きがゆっくりに見える。
遅くなっていく……、いや俺が加速しているのだ。
懐に飛び込んで相手の顎に一撃。
そして、噛みついてこようとするもう一体を蹴りとばして、纏めてもう一体を行動不能に陥れる。
〔お、おい! なにやってやがる!!
もう一度火炎放射だ!!〕
ニンゲンが指示しているようだが、そんなの足枷にしかなってない。
……遅い、遅すぎる。
構えている相手の横っ腹目掛けて拳を構える。
手首から溢れ、燃え盛る炎が拳に宿ったとき、それを放った。
――炎のパンチ。
その炎は相手を吹き飛ばし、地面にたたきつける。
あと、残るは一体だ。
「まったく……、主人ときたら的外れな指示ばかり出しやがって……、
さっき効果がねぇのは見ていただろうが……」
「ご愁傷様だね。どうする、降参する?」
俺もできれば戦いたくはない。
別に負けなければいいのだし。
「いや、途中で降参したら捨てられちまうんで、ねっ!!」
再び浴びせられた火炎放射、俺はその火の中を進んで、哀れな一体にトドメをさす。
技を出すまでもない、首筋に一撃をくわえて、無力化させた。
〔畜生! こいつ、俺らの邪魔しやがって!
先輩、あいつを出しましょう!〕
〔あぁ背に腹は代えられん。
こいつに戦闘業務させたってわかったら、使用料払わせられるが、賃金がまるまる無くなるよりはマシだ〕
倒れた五体は回収され、最後に残ったニンゲン二人を前に俺は静かに見つめる。
どうやって聞き出そうか、そう思ったときである。
ニンゲンの片方がモンスターボールを構えて、空に放り投げた。
光が放たれ、形を作る。
大きな固まり、それは俺の前に壁のように立ちふさがり始めた。
〔"Cheat"、通常ではありえない能力を持ったポケモン……
こいつなら、まず負けんだろうな……〕
〔そのかわり、俺らの給料半分くらい持ってがれますけどね、先輩〕
〔0よりはマシだ、0よりは。
……さて、殲滅しろ!〕
その形には見覚えがあった。
緑の巨駆に、その黄色く濁った歯と眼差し。
「お、おまえは……!!」
忘れもしないその姿。
……バンギラス。
「んぁ……、なんだぁ? 俺の喚びだしってこったぁ、厄介な奴って事かぁ……?」
モンスターボールの中で寝ていたのだろうか、寝ぼけた声と共にダルそうに姿を現した。
間違いない、あの時のバンギラスだ……。
「ふぅん、こんなチッコいのに俺様をあてがうとはねぇ……。
まぁ、いいさ。年長者の俺様は伐採作業なんかより、こっちで汗かくのが性に合うってもんだ」
突如として振り降ろされる拳。
寸前で後ろに下がるも、俺が立っていたところは、地面が抉れていた。
「ん……、あれぇ、手応えないと思ったら逃げられてたかぁ……」
「ふん、今の俺は昔とは違う!
おまえから逃げたあの頃とは!!」
そのまま、俺はバンギラスの腹に渾身の力を込めて炎のパンチを打ち込む。
「……ふん、ちょうどいいマッサージだなこりゃ。
別に、運動不足の俺なんかに気ぃ使わなくてもいいぞぉ?」
まったく効いている様子のないバンギラス、その腹には焦げ一つとしてついてはいなかった。
「お……? 確かおめぇ、どこかで……」
バンギラスは中空を見つめ、頭を掻く。
そして、なにかを思い出したように目を開いた。
「あぁ、なんか見たことがあると思ったら、昔見たへなちょこのチビかぁ……。
そうだそうだ、思い出したぞぉ。
おまえが俺に刃向かってきたからおまえの親父さんが庇って俺に斬り裂かれたんだっけなぁ」
「……っ」
にやにや笑いながら、さらに言葉を掛けてくる。
「そんで、おまえは逃げたからわかんないだろうなぁ。
俺があのワンコ野郎を串刺しにしたのをなぁ」
「なんだって……?」
「ふん、三歩歩いたら忘れちまうようなおつむのおまえに優しく説明してやろう。
おまえの親父は俺が始末したってんだよっ!」
めのまえがまっしろになっていく。
生きているなんて幻想だったのだろうか?
やっぱり、父はもう……
〔よし、バンギラス! トドメだ!〕
「つーわけだ、おまえも親父さんのとこに送ってやるぜっと!!」
大きく振りかぶったバンギラスの拳はまっすぐに飛んでくる。
まずい……避けられない……。
「――ディザ! なにボサっと立ってんだ!!」
まるで、なにかが軋む音。
目の前にはクフィールの姿。
バンギラスのその拳にリーフブレードを当ててせめぎ合っている。
「この森を守るって言ったのはおまえだろ!?
そのおまえがやられてちゃ話になんねーっての!!」
その背中は、父さんのそれとデジャブする。
そしてゆっくりと、しかし確実に押されていくクフィール。
――ねぇ、クフィール君を救いたい?
いつのまに来たのだろうか。耳元でツィンドが囁いた。
――大丈夫、君のお父さんは本当に生きている。
でも、ここから逃げ出せばクフィール君がどうなるかわからない。
「……俺は」
――君がどう進もうと、それは君の道だよ。
誰も咎めやしない。
だから、君は……どうしたい?
「……護る、護りたい。
今の俺はなにもできない雛なんかじゃない。
だから……!!」
「うん♪ 正解っ!」
まるで、辺りの時が止まったように静まり返る。
周囲の色が抜け落ちて、モノクロになる視界。
唯一、ツィンドと俺だけが色を持っている、静止した世界の中で、ツィンドはポーチから取り出した何かを手渡してきた。
「君の護りたいって気持ち、やっとボクが本当に求めていたことを聞かせてくれたね♪
だから、ボクも助けてあげる♪」
「……なんで、最初からそうしてくれなかったのさ?」
「それはちょっとねー……
ボクとしても、純粋に護る心を持ったポケモンにしか、これは渡しちゃいけないことになってるからね~」
俺は、ツィンドに渡されたものを見る。
「これ……は……?」
手の中で輝きを放つのは紅く輝く石のようなもの。
「それは
今の君にピッタリな、炎の力を凝縮した結晶だよ!」
実はさっきから相当重い。
現に、両手で何とか持っていたりする。
「君もこんなものを見たことがない?
炎の石とか、炎のジュエルとか……」
重い……
「こういった力が閉じこめられている鉱石は遙か昔に……」
重い……長い……
「で、その力がこんな塊に。
って、君はもしかして見たこと無かったりする? あぁ、そっかそっか~、君は……」
……いつまで話が続くのだろうか、むしろ敵が固まってるこの隙に倒せばいい気がする。
「だから、そのエネルギーを使うにはそれを割ることによって、砕けた断面からあふれ出るタイプ特有の……」
そろそろ我慢の限界だ、そうか、わかった、わかったよ。
これを割ればいいんだろ? 割れば……。
「それによって、適合する能力を、……って、あれ?
ね、ねぇ、なんでモルトレース・ブラッドを持ち上げてるのかなー……?
なんかさ? おかしくない? ほら、ボクってピンチを救いにきたまるで妖精さんのような……」
そうか、つまりはこういうことだろう。
「ちょ、ちょっと待ってって! それはそうやって使うものじゃ!!」
「でぇぇいっ!!」
砕け散る深紅の結晶、ツィンドの鼻から吹き出る深紅。
その石の欠片が煌めいて、俺の体に吸い込まれていく。
その鼻血が飛び散って、ツィンドは地面に吸い込まれていく。
次第に周囲は色づいて、倒れ込むツィンドの姿が消え始めた。
まるで白昼夢のような感覚。
ふわふわした世界に、再び音が取り戻されていく。
――そして、俺の前でクフィールが吹き飛ばされた。
「クフィール!!」
地面にたたきつけられたまま、微動だにしないクフィール。
駆け寄ろうとするも、その道は空から伸びる丸太のような腕に阻まれる。
「おっとぉ、今度こそ逃がしはしねぇぜぇ?」
その巨体からは想像も出来ない早さで、体ごと捕まれて持ち上げられる。
三本の爪が体に食い込んでいく。まるで引き裂かれるような痛み。
「せっかく、俺様の前に戻ってきたんだ。
しっかりトドメをさしてやるよ」
でも、その痛みの中で、俺は見たことも聞いたこともない何かが、体の中で目覚めた事に気づいた。
力、さっき見たそれは夢なんかじゃない。
意識が飛びそうになった、その瞬間、俺はその力を解放した。
「……う、ぐ……、起死回生っ!!」
体から青いエネルギーの塊が何個も吐き出されて、バンギラスを攻撃していく。
その技は、いままで忘れていた父のもう一つの忘れ形見。
危機に陥れば陥るほどに強くなるこの技は通常のバシャーモは覚えない。
でも、俺は違う。
父から教わったこの技は、昔を思い出すのに充分だった。
あの頃のなにも出来なかった自分。
身の丈も知らずに飛び出した自分を庇ってくれた父の姿。
最後の最後に身を持って教えられた護りたい、その気持ち。
「がっ……!! このクソガキゃあ、簡単に逝かせてやろうと思ったら調子に乗りやがって!! ぶちのめしてやらぁ!!」
もう、今の俺は誰も止められない。
その両手を広げ、迫るバンギラスの鼻面に跳躍して炎のパンチを放つ。
「……!? うぐぁっ!!」
その体は、後ろに大きく揺らいだ。
――今だ。
再び地を蹴って、空へと舞う。
誰からとも言われるわけでもなく、体がわかっていた。
「……これで、おしまいだ」
足の先を、体内より湧き出る炎に包ませて、一直線にバンギラスを見据えた。
「……ブレイズ……キック!!」
刹那、爪先に感じた抉り取るような感覚。
俺は、バンギラスのその体を貫いて、地へと降り立った。
「かはっ……、こんなへなちょこに……やられる……と……は……」
背後ではその体が崩れ落ちる重々しい音が響いた。
勝った、勝負には勝ったのだ。
そう、勝負には。
〔な、なんてこった!
"Cheat"がやられた!! おい、早く逃げるぞ、こいつはやべぇ!!
くそっ、出直すぞ!!〕
〔あっ、ちょ、先輩待ってくださいよ! 先輩っ~!!〕
ニンゲンはそのままどこかに立ち去ってしまった。
でも、いまはそんなこと関係ない。
「クフィール!! クフィール!? 大丈夫!?」
倒れたままのクフィールに駆け寄る。
ぐったりした様子に俺……いや、僕は膝をついて、クフィールの顔をのぞき込んだ。
いつのまにか、進化は解けて元のワカシャモの姿へと戻ってしまっている。
「ねぇ、クフィール!! 目を覚ましてよ!
ほら、早く起きてよ!!」
護るといっておきながら、僕はまた護れなかったのだろうか……。
また、失ってしまうのだろうか……。
「ねぇ、クフィール! 起きなよ!!
いつも僕に言ってるじゃないか……!!
いつまで寝てるんだよっ……、早く起きろよっ……!!」
喉が張り裂けんばかりにクフィールに呼びかける。
次第に、僕の眼からは涙が一粒、また一粒とこぼれていく。
「……ねぇ、早く起きてよ……、
君が言ったんだよ……?
いつも一緒にいるのに、勝手にどっかに行くなって……。
それなのに、それなのに……!!」
がっくりと泣き崩れたそのときだった。
――泣いてんじゃ……ねーよ……、このなきむしニワトリが……
「……へ?」
クフィールの手が僕の頬を撫でて、こちらに微笑みかけた。
「……げほっ……勝手に殺すなっつーの……、
……あぁー……体中いってぇ……」
「く、クフィール!!」
僕の涙はいずれにせよ止まらなかった。
安堵の涙が赤茶けた地面を濡らしていった。
ふと、なにかが後ろで光っている事に気づいた。
涙目のままで、僕は後ろを振り向く。
「バンギラスが……、消えていく?」
そこには、バンギラスが光の粒に分解されて消えていく様子があった。
「うん、正常に"アンインストール"が始まったみたいだね」
いつのまに来たのだろうか、背後にはツィンドがふわふわと浮かんでいる。
「"アンインストール"って……?」
「"Cheat"、世界には存在すべきでないポケモンの末路だよ。
世界への影響を減らすために、彼らの痕は残らないんだ」
「……ツィンド、君は何を知っているの?」
「それは……今はまだ話せないんだ。
だけど、いつか、時が来たら話そうと思う」
「そっか……」
"アンインストール"されていくバンギラス。
ふとその中から、光輝く種のようなものが出てきた。
「……これは?」
それを見たツィンドは少し驚いたような顔をして口を開いた。
「それは……希望の種って言われているものだよ。
……君たちはセレビィってポケモンは知っている?」
僕は首を横に振る。
クフィールは少し考えてから、思い出したように言った。
「たしか……時を渡るポケモンで、平和な時代しか姿を現さないっていうやつ……だっけか?」
「そう、そのとおり。
それで、その種は時代が平和であることで育つんだ。
それと、希望の種自体からも、世界を平和にしようとする力が溢れてるって言われてる。
そして、成長した木は、平和を表すシンボルとしてセレビィを呼び寄せるんだ。
だから、それを集めれば……きっと、セレビィを呼んで、
時を渡るセレビィの力なら、フィドルフ君の行方もわかるかもしれない……」
僕はその種をそっと手に包み込んで、握りしめた。
ほんのり暖かくて、草と太陽の香りがする気がする。
希望の種、僕たちにとって、まさにそうと呼ぶにふさわしいそれを手に入れた瞬間だった。
「……どのくらい集めればいいの?」
「ごめん、それはボクにもわからない。
なんせ、ボクも本物を見るのは初めてだからね」
「そっか……」
だけど、僕は進むべき道がわかった。
そして、護るべきものがわかった。
まだまだ父の背中は遠いけれど、確かに僕の手のひらに希望がある。
蒼い空に、いつの日かのような潮の香りを乗せた風が吹き渡った。
「……ふ~ん、バンギラスがやられるとはねぇ……」
暗闇には、三体のポケモンがいる。
暗くて種族まではよく見えない。
どこかの会議室だろうか。
部屋の隅には無造作にイスや机が固められている。
そして、三つのモンスターボール。
どうやら残りの三体がいるらしい。
「へ~、僕と入れ替わりで出ていった、あのジジイが?」
部屋には、高い女性のような声、幼い男の子のような声、そしてイビキらしき声が響いている。
「こら、言葉には気をつけなさい、
……それにしてもカチョ、うっさいわよ。
この私が報告してあげているんだから起きたらどう?」
カチョとよばれた大柄な影は、少し身じろぎをしたかと思うと僅かに呟いた。
「……いちいち、起きんの、めんどくせー……」
「あらあら、怠けに入っちゃってるわね……。
さすがケッキングの鏡ね~」
――だけど、起きてもらわなきゃ困るのよね~
その影は、ケッキングの巨体の後ろに回り込んで、氷柱のようなものを作り出し、それを尾てい骨の下辺りに打ち込んだ。
「はうっ!」
「あら、お目覚めね、カチョ」
「うぅ、姐さん……、その起こし方は止めてくださいって私はいつも言ってるじゃないですか……」
目が覚めたのか、なにかに目覚めたのかはしらないが、口調ががらりとかわる。
「ともかく、主人の目的の為に私たちの出番があるかもって事……、いいわね?」
「もちろんですとも……、私も久々の出番ですからねぇ」
「僕は初めてだな~……、ふふっ楽しみ楽しみ~」
暗闇の中、声は途絶えた……。
体がボロボロになりつつも、僕たちは住処に帰ってきた。
すでに、そらに浮かぶのは夕暮れの太陽。
炎とは違う紅に地を染めて、沈みゆこうとしている。
クフィールも僕の住処に招いて、
僕は貯蔵してあるオレンやモモン、さらにはオボンまで取り出して、豪華な食卓を彩る。
――いただきますっ!
三匹の言葉が響いた後はしばらくの間、きのみを貪る音だけになった。
そういえば、あのとき、なぜクフィールは戦線に戻ってこれたのだろうか?
確か、毒に侵されてそれどころじゃなかったはずだ。
聞いてみると、その前にこの住処で倒れていたツィンドに渡したきのみ。
それを、偶然ツィンドは食べずにポーチに保管しといたところ、クフィールに渡すことが出来たらしい。
情けはポケモンのためならず。
図らずとも、そうなってたわけだ。
「んぐっ……でツィンド、おまえはどこに寝泊まりするんだ?」
そういえば、それも気になっていた。
ツィンドはいままで旅を続けてきた。
でも、ここに留まるというなら、どこかで暮らすはずだ。
「あぁ、それならアテはついてるよ~」
ツィンドは上げた指をまっすぐ真下に向けてこう言った。
「ここ」
すると、その発言にクフィールがぽかーんとした顔のなったあと、急にあわてだした。
「な……! そ、そんなことはダメに決まってるだろう!!」
「なんでさー、ここ、本来なら三匹以上だって簡単に住めるほど大きいのに~」
確かに、僕の住処は大きい。
木の虚の中で何個も部屋があって、しかも全部の部屋に、光が入る隙間付き。
こんないい物件は滅多にないだろう。
「い、いや、広さの問題じゃなくてだな!
ほら、ここはディザの住処なんだし、こいつが許可ださなきゃだな……」
「えっ? 僕は別にいいけど?」
「ほらな! ほらな! やっぱり……って、へ?」
「じゃあ、これからお世話になりますぅ♪」
さっきから、クフィールはあたふたしてばっかり。
ツィンドが僕の住処に住む事をなんで嫌がってるんだろ?
「いや、だって……それは問題あるだろう!
ディザ、おまえもよく考えろ!
こいつは雄、おまえは
今度は、ツィンドがぽかーんとした表情を見せる。
なにを驚いているのだろうか。
仮だとはいえ、進化したときの姿を見てるはずだ。
僕が雌だなんて、すぐわかると思うけど。
「だ、だって、一人称が僕とか、俺とかだし、てっきり、ボクは雄だとばっかり……!!」
「まぁ、べつにいいよ、よく間違えられるし。
気にしないで、ちゃんと泊めてあげるからさ。
……でもさ、進化後の姿見たらしっかりわかるじゃん、僕が雌って」
若干、雄に比べて短い鶏冠、これほどまで明瞭な特徴があるのに……
「……うーん、わからなかったなぁ。
だって今もだけど、全然胸ないからボクは雄とばかり……」
「おい、ツィンドその事は……」
前言撤回、今ツィンドはなんていったんだろうね。
あわててクフィールはツィンドに向かって逃げろとサインを出している。
でも、もう遅い。
「ねぇ、ツィンド……」
「ん、どうしたの?」
「僕ってさぁ、そんなに雄に見えるかなぁ?」
「だって、そりゃ進化してもまったくもって真っ直ぐだったじゃない?
いやー、とっても動きやすそうだったから、てっきり雄かなー……なんて……、
ねぇ? ディザ? えっと、なんで笑いながらボクに近づいてくるの……?
……! ちょ、ちょっと待って! ディザ、目が笑ってないよ!?
いや、ごめん! ほんと謝るから許して!!
ほんとほんと! そんな全力の拳なんか受けたらボク死んじゃうって!!
やめてやめて、いや、ガチで! 許してください! 死んでしまいますぅ!!」
ひとまず殴るのはやめて、つかみやすいオレンジのVの真ん中を握りしめる、そのまま住処の入り口へ。
なんか喚いてるけど、僕は知らない、聞こえない。
そうだ、僕は護るための力があるんだ。
これでも
空を見上げて、振りかぶって……
「そぉぉぉいっっ!!」
――みいぃぃぃぎゃああぁぁぁ!!
高く高く飛んでいったツィンドは、きれいな一番星になった。
夕焼け空を背に向けて戻るとそこには、きのみを齧ったまま寝てしまっているクフィールの姿。
メガネがずり下がって、変な顔してる。
なんだか、僕も眠くなってきた。
もう疲れて意識が朦朧とする。
僕はクフィールに体を預けるように眠りに落ちた。
――久々に今日はいい夢を見られそうだ。
To be continued…
中書き
後書きではありません、中書きなんです。
まさかの亀速作者な自分が、長編小説に挑戦!
もちろん、相当ゆっくりになることを作者的にも想定しておりまして、
まぁ、更新は3回/年くらいかなーなんて……。
いえ、やる気がないわけではなくて、書くのが遅いのです、ごめんなさい。
こんなゆっくり小説ですが、最後までお付き合い頂けたら光栄です。
また、誤字脱字などがあったらじゃんじゃんお便りお願いします。
コメントコーナー
ツィンド「感想、指摘、批判などなど、なんでも受け付けてるよー♪」
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