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語られないのは

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「くっそ……!」

 ストーンズ原野とハノシマ原っぱの境となる大橋脚。その下に並ぶ三本の木はワイルドエリアの一つの名物でもある。他にもガラル各地に点在するこの木は、揺らすと木の実が落ちてくるのである。この悪態を吐いているトレーナーも、周りに散乱している木の実を拾い集めているのだが。

「いつもいつも邪魔に入りやがって!」

 木の実を拾い終えると、脇に転がっている「ヨクバリス」の死体を一度蹴飛ばす。便宜上「ヨクバリス」とは言うものの、果て無き欲望の垂涎を形容するかのような特徴的な顔を含め、上半身は無い。あるのは欲望に任せて溜め込み膨らんだ腹の脂肪の下半分と、それでも飽き足らない更なる欲望を実現するために物を包み込む形に発達した太い尻尾のみだ。トレーナーの脇でジャラランガが血肉のこびりついた手をげんなりと眺めている。そういうことだろう。

「悪いな、ジャラランガ。早くその手を洗わないとだよな」

 ジャラランガは興味本位で一度血肉を舐めてみたが、そのあんまりな味や臭いに激しく嘔吐く。慌ててトレーナーはボールからインテレオンを出す。もう慣れた光景らしく、インテレオンは苦笑しながらジャラランガの手を水で洗い流す。木の実を採るために木を揺らしていると、最終的にポケモンが飛び出してきて襲ってくる。その襲ってきたポケモンと戦っている隙に落とした木の実を他のポケモンが奪っていくのだが、最初の襲ってくるポケモンの代表格がこのヨクバリスなのである。この生態のみならず種族全体で特徴的な表情や体型から、種族名の「ヨクバリス」とはよくつけたものである。

「あらら。運悪く襲われた瞬間でしたか」
「あ、お疲れ様です。まったく……この害獣ども、腹立たしいったらありゃしないですよ!」

 凄惨な死体が転がっているのも慣れたものとばかりに、もう一人トレーナーが駆け寄ってくる。トレーナー同士のみならずポケモン同士でも仲がいいらしく、連れていたエースバーンはインテレオンとハイタッチする。その後ジャラランガを交えて話し始めたことから、ジャラランガの方とは初対面だというのは感じさせられるが。

「たまに警告のタイミングがずれる個体もいますよね。まあ、実は丁度良く対策の技をエースバーンと練習していたところなんですが」

 一般的に知れ渡っている対策として、ヨクバリスの側が木を激しく揺らし始めてから2回揺らすと確実に襲い掛かってくるという情報がある。ただし個体やタイミングによっては一度目で襲い掛かってくることもあり絶対ではない。今回もその一度目で襲われたのである。

「へえ? それが確立すれば、この害獣どもの扱いもだいぶ楽になりそうですね!」
「……まあ、その『害獣』というのも『別な側面がある』んですがね」

 連れてきたエースバーンに目をやると、そのトレーナーは話し相手に含み笑いをしてみせる。エースバーンの方は初対面のジャラランガの前で火球を操って見せ、楽しんでいたところだ。トレーナーからの目線に気付くと片足で立って膝の上に火球を乗せたまま頷く。恐らく対策のためにヨクバリスのことを相当研究したらしいのだが、それにしても「害獣」というのも「別の側面がある」とは……。聞いていたトレーナーは呆然と首を傾げる。






「やれやれ、またやられちまったか」

 トレーナーたちが去った後、ヨクバリスが数匹仲間の死体を検める。血肉が飛び散る凄惨な死体であるが、もう慣れたものらしく特に悲しむ様子は無い。一匹が尻尾に包み込まれていた木の実を取り出す。人間たちも「気持ち悪い」と手を付けないものであるが、今回は腐っておりヨクバリスもすぐに投げ捨てた。仲間を悼む気持ちなど無く、単に遺品の回収目的らしい。

「まったく! 人間どもは迷惑極まりないぜ!」

 言いながら別のヨクバリスは木の実の無くなった木に登る。そして尻尾に貯め込んだ木の実を周りの枝に引っ掛けていく。

「人間どもにはすっかり知られちまっている様子だよな。俺たちの木を揺らせば木の実を奪えるって」
「まあ実際、俺たちも逃げ出せるように囮の木の実をこうして付けているわけだけどな」

 一匹が言うと、他のヨクバリスたちも「うんうん」と頷く。人間たちが木に貼り付く時は基本的に木の実に夢中であり、ヨクバリスたちの目にはそれはまさに「欲望の具現化」に見えているのだ。自分たちが向こうに対する呼称の一方で、向こうから見た自分たちの姿は省みないのである。

「大体、一つの木に複数の種類の木の実が成るとでも思っているのかよ?」
「あ、俺この前聞いたんだけど、海の向こうのカロスってところでは条件を満たすとあるらしいぜ?」

 ロメ、ウブ、ウイ……様々な色の木の実が引っ掛けられている。傍らから見ればそれは結実しているかのようだが。しかしそれらは何本かの木を廻って集めてきたものである。一つの木に複数種類の木の実が成っているところは、ヨクバリスたちは目にしたことは無い。実のところ人間たちの中でも、カロス地方で知られている特定の組み合わせの木を並べることで本来とは違う実が成る「突然変異」くらいしか一つの木に複数種類の木の実が成ることは知られていないのだ。

「まあ俺らも何度となく人間に奪われているってのに性懲りもない気はするけどな」
「それを言うなよ。まあ、この枝葉の付き具合……俺たちが身を隠すには選ばざるを得ないからな」

 自嘲気味に笑いながら、ヨクバリスたちは仲間の死体の方を振り返る。仲間がいるのもお構いなしに、一匹のマッスグマが死体を引き摺って行く。このマッスグマの進化後のタチフサグマになると、ヨクバリスたちにとっても結構な脅威の存在となる。肉を食わないにもかかわらず肉厚なヨクバリスの肉体は、味や臭いを度外視すれば肉食の種族たちにとっては栄養源なのである。だからこそ身を守る拠点が必要であるため、こうして形の良い木を更に改造して住み着いているのだが。

「本当に人間って……害獣だよな!」

 全員が木に登って落ち着くと、ヨクバリスたちはため息の後一斉に笑う。






 別の木に向かう道すがら、ヨクバリス対策研究者のトレーナーはもう一人に説明する。対策研究者の話を聞いて、トレーナーはげんなりと気落ちしていた。

「自分たち、ヨクバリスたちが必死で集めていた木の実を奪っていたんですね……」
「まあでも、自然ってのはそういうものですから」

 対策研究者の言う「別な側面」というのは、このことだったのだろう。自分たちがしてきたことに、トレーナーは気落ちするばかりだ。だがふと、疑問が出た。隣の彼は対策研究をしているといったが、悪いのは自分たちであるなら手を出さないように話を広めるのが筋ではないか。これを知って襲ってくるヨクバリスに手を打とうなど、行動としておかしくないだろうか。

「自分は『別な側面がある』と言いました。敢えて『片面』という単語を使わなかったわけですよ」

 その疑問が余程顔に出ていたのだろうか、対策研究者はにやりと笑ってみせる。その目からは僅かな片鱗ではあるが、間違いなく存在する憎悪と殺意が漏れていた。トレーナーだけでなくインテレオンとジャラランガもその並々ならぬ感情に震え上がっていたことの方は、対策研究者は気付かずにいた。






 太い鉄線で組まれたフェンスが、無惨にも引きちぎられていた。傍らには数匹のヨクバリスが、電撃で焼け焦げて事切れている。引きちぎられて大穴の空いたフェンスの向こうを確認しなければならないというのに、怖くて足が震えるばかりだ。

「この……! これだけ対策してもやってくれるのかよ!」

 中から響いてくる悲痛の声に、少年は我に返る。意を決してラビフットをボールから出すと、フェンスの穴から中に入っていく。まだ隠れているヨクバリスがいるかもしれないから、こういう時は慎重に。中で手伝っている時に教えられたことである。声の主の方に進んでいくと、ヨクバリスの死体を紐で纏めて背負っている男性が現れる。

「父さん、またやられたんだね……」
「ああ……! 今回はフェンスに電圧を流していたってのに、こいつら仲間の死体を踏み越えて破壊していきやがった……!」

 父親の顔はすっかり憔悴しきっていた。周りの木々は木の実を奪っていくだけでは飽き足らず、枝葉や樹皮まで悲惨なまでに剥ぎ取られていた。中には伐り倒されて幹ごと持っていかれたものまであるという始末だ。並木の奥の方を見れば手付かずとなっている木も見えるが、こうして波状攻撃を繰り返されるのはたまらない。

「カロスの農場も虫ポケモンの被害は軽いものじゃないってのは見てきたけど、ガラルのヨクバリスはちょっと異常だよね」
「ああ。ガラルではこういう木の実栽培が普及しないわけだ」

 そう言うと、父親は農場の奥にある一角に向かう。そこにはコンポストが設置されており、回収したヨクバリスの死体を破砕して発酵させて肥料にすることができる。被害に対するせめてもの穴埋めである。たとえ肥料を提供してくれるとしても、被害には全く釣り合わない。少年は幼心ながら、ヨクバリスを何とかしてガラルでも木の実の栽培ができるようにしたいと誓っていた。






 そんな少年時代のことを思い出しながら、対策研究者は木を揺する。ヨクバリスの威嚇である揺れが激しくなった瞬間、エースバーンは足を踏み込んで構える。まだ通常の個体であればもう一度くらい揺することができるタイミングではあるが、確実に「来る」ことを感じ取っていたらしい。木の上にはヨクバリスが何匹もいるため、どれが襲い掛かってくるかもまだ当たりは付けられないように見えるが、エースバーンは目を閉じて直接見ていない。だが耳で確実に当たりをつけているのは何となくわかった。

「ギャハーっ!」

 次の瞬間、対策研究者目掛けて一匹のヨクバリスが飛び込もうと踏み込んだ。もう軌道を変えられなくなったその瞬間、エースバーンも一気に地面を蹴り跳び上がり。

「害獣死すべし! 慈悲は無い! やってしまえ!」

 エースバーンも主人と一緒に農場の悲劇をさんざん目の当たりにし続けてきたのだ。躊躇いなど無い。飛び降りてきたヨクバリスの股間を、遠慮なく蹴り上げる。それは「火炎ボール」の技の要領で、次の瞬間にはヨクバリスは火達磨となり。トレーナーたちから木の実を奪うという面に対してその木の実は元から自分たちで集めたという事実があるなら、先程の「害獣」の言葉も「片面」でしかないだろう。だが農場を荒らして廻りガラルの木の実栽培の難度を上げるという側面が知られていないのであれば、それは害獣としての「別の側面」という表現にせざるを得ない。

「さあ! シュートだ!」

 ヨクバリスを蹴り上げたその流れで、エースバーンは木の幹を踏み込んで再び跳び上がる。打ち上げられたヨクバリスの軌道を追い、振り上げられた足先は空中でそれは美しい弧を描く。だがエースバーンの目線は既にそちらには向かっていなかった。アクロバティックに宙返りをしながら、地上で木の実を少しでも回収しようと動き回っているヨクバリスたちに目線を向けて。思いがけず技の「火炎ボール」と化したヨクバリスは、自らの意思など無関係に仲間の元へと向かって行き。

「ギャッ!」
「アバッ!」

 ヨクバリスの一匹を打ちのめし、それでも足りないとばかりに後ろにいた更に数匹を巻き込んでいく。この今まで考えてもみなかった一撃に、ヨクバリスたちは哀れなまでの大混乱を起こしていた。本来であれば回収に入った者は飛び出した者を盾に安全に集めていけばいいはずだったのに、その安全地帯がいきなり無くなってしまった衝撃。本来であれば拾い集めていたであろう木の実も放置し、一斉に逃げ出していた。

「エースバーン、ナイスシュート!」

 そんなヨクバリスたちとは対照的に、エースバーンは着地まで華麗に決めていた。成功に喜び駆け寄る主人と喜びハイタッチをする。続いてインテレオンとジャラランガの方にも駆け寄り……単に駆け寄るのではなく足を小刻みに震わせ両腕を宙に泳がせ、技の成功という一つのゴール到達に喜びを表現して見せるが。二匹の方は大事なところを打ち抜かれる痛みを連想させられて、卒倒せんとばかりに股間を押えるだけだ。それでも暫くはエースバーンも称えて欲しいとばかりに踊り続けていたが、やがて二匹にそれを期待できないと諦めて主人の元に駆け寄る。不満気だ。

「なかなか……凄まじいことしますね」

 二匹に称賛して貰えず不満げなエースバーンを抱きしめてる対策研究者に、トレーナーは戦々恐々といった様子で話しかける。他の地方と違い木の実栽培の難度が上がっている原因が、ヨクバリスたちのこの命すら一顧だにしない強欲によるものだというのは道中に説明されたが。それ以上に父親が操業する中でさんざんな苦杯を舐め続けたことへの私怨の方が強いというのがよく理解できる。

「トレーナーの木の実を奪っていくことばっかりで、その木の実がどこから来たのか語られないのは困った話ですよ」

 そう言ってエースバーンにまとめて討たれたヨクバリスたちを見る、その目はまさに「親の仇を見る」それである。一応、彼の父親はそれでも何とか防護を完成させ、今も農園を続けているらしいが。いずれにしてもガラルで農園を続けていく上では、他の地方では考えられないほどの苦労を強いられるのが現状である。ヨクバリスたちがここまで跋扈するようになった理由も少しずつ調べていると、彼は語る。






 いつものことながら「どうしてこうなった」と思いつつ作品を投稿する自分です。股間は蹴り上げていますがヨクバリスの性別は語られてないのでセーフです白目。遅ればせで他の作品とまとめてのレスポンスで失礼いたします。

 実のところガラルの木の実事情は前々からある程度自然発生していたものです。作中でも説明していた通り、一つの木に複数の種類の実が成る事例はカロスの「突然変異」のみ、現実で考えてもそこまで大きく違う実が一つの木に成るのは何故なのかと思った結果です。また木の実栽培ができないのもシリーズ本家では第三世代以来初という大転換で、まず間違いなくガラルの環境を考えさせられる事案です。その結果がこれだよ! ヨクバリスは色々と印象的すぎるポケモンでしたからね。飛び降りてくる瞬間にその股間を一撃したいと思ったのは自分だけではないと思います。ツイッターに上がる漫画画像なんかにもワイルドエリアのやばさが描かれているものが多く、ガラルには色々と戦慄させられる日々を過ごしております。一方で自分も死体描写に評を受けてしまいましたがね!

 現実でも害獣に悩まされるところでは、害獣を食用として消費するという動きが存在しています。とは言え食用に向く肉質の場合農場を諦めてヨクバリス狩猟に方針転換することも考えられるので、敢えてゲロマズで野生でもなければ食用にはできないという設定にしました。ジャラランガさんは犠牲になったのだ。まあ研究していけばこの肉質のヨクバリスを利用する方法は出てくるかもしれませんがね。

 それにしても遂にエースバーンを登場させることができました。念願叶ってというところではありますが、如何せんここまででエースバーンがモチーフであるサッカー選手らしいことをしている姿をほとんど見られずにきていたで、ここで一つエースバーンにサッカー選手らしいことをさせてみたいとこのアクションをさせてみました。宙返りでシュートを決めてゴールした後は踊ってみせる。こんなエースバーンは初めてではないでしょうか。自分も初見でエースバーンのあの表情に胸のラインに腿や尻の肉付きで持っていかれて、この扱いになったのは納得なんですが。

 そんなわけで返信です。

>(2020/07/18(土) 14:43)
 私はまだソードシールドをプレイしてないのですが、とても引き込まれました。木の実の仕組みがそんなことになっていたとは……
 素敵な作品をありがとうございます。

 このレスポンスの段階ではガラルの地に足を踏み入れられているでしょうか? 今回は今までのシリーズから踏み込んだ部分が多いので、ぜひその変化を肌で感じでいただければと思います。

 それでは皆様ありがとうございました。



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Last-modified: 2021-01-01 (金) 03:39:46
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