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記者腕章

/記者腕章

 作者カヤツリ、処女作です。
駄文注意報発令中、エロありです。中途半端に。
それでも構わない人は下へどうぞ!


 う、凄く重い……。
 窓から射し込む日差しの中、辺り一面に埃が舞い上がっている。
目の前に3年前の銀行倒産に関する没になった記事が散らばっているあたりが一層やるせない。
 今僕の上には写真のぎっしり詰まった封筒や分厚い辞書、
大量の雑誌のバックナンバーや壊れたタイプライターがどっちゃり乗っているわけでして。
身動きが取れない……。
僕が迂闊だった。部屋の住人に積み上げられた書類の群塔に圧倒されて、
足元にある写真の束に足を取られて転んだ上に総重量100㎏の山の一つが僕の上に崩落してあえなく下敷きに……。
 おっと、自己紹介がまだだったね。
僕はオルター。オルター・カズンズっていうマグマラシだよ。
20歳になったばかりだけど、えへん、これでも一介のニュース週刊誌の新米記者です。
 で、埋もれてる話に戻るけど、
僕達記者は取材先が決まったら同行するカメラマンに連絡しなくちゃいけないんだけど、
僕は新米だから相棒みたいなカメラマンがまだいなくて、編集長に毎回別のカメラマンを紹介してもらってるんだ。
前回のアリゲイツさんは新米の僕に親切で、手取り足取り教えてくれた。
で、今回「セベス」って人を紹介してもらった結果がこれ。
……もう辞めていいかな?
 「悪いが空いてるカメラマンは彼女しかいないからねー。仕事は一級だけど、
アクが強い人だからあまり新人さんとは組ませたくなかったけど……ま、気をつけてね」
と同情気味に紹介してくれたバシャーモの編集長の言ってた意味を今こうして実体験しているわけだ。
 背中に点火して焼き払ってしまいたい衝動を何とか抑えつつ、
僕はやっとこさ瓦礫の下から這い出して改めて奇怪な住人の部屋を眺める。
 この会社は太っ腹で記者やカメラマンに小部屋一つが割当てられて、
各自で自由に使えるようになってて、大抵は編集部屋に使ってるんだ。
ま、僕みたいな新米は恥ずかしながらアパート借りるお金なんてないから寝泊まりしてるけど。
で、彼女は“書類置き場”にする事に決めたらしい。
 一面に広がる封筒や原稿には埃が積もってるし、
カメラの部品や飲みかけの紅茶はあちこちに散らばっている。
向こうの皿の上に乗っているのは…サンドイッチの化石だろうか。
乾燥したこの部屋はカビの繁殖すら許さないみたい。
とにかく汚い。
書類が部屋の空間の半分以上占めるってどういう意味?
「片付けられない」を二段階ぐらい飛び越したこの部屋の主と上手くやっていく自信は無いんだけどなぁ……。
 何はともあれ、彼女を発掘しなくちゃいけない。
「あのー、セベスさん居ますか?」と小声で呼びかけるけど、勿論応答なし。
さっき僕が下敷きになった音でも出てこなかったから、留守かな?
あちこち探していると、壮大なバックナンバーの山脈を回り込んだ所に彼女が椅子に座っていた。
 僕より10歳くらい年上、つまり30歳くらいかな?
別れた尻尾は優美なカーブを描いて腰につながっていて、体も見事な曲線美だ。
そこに青と黄のアクセント。
滑らかな毛並が午後の陽光を浴びて輝く、
淡いブラウンの彼女は傍目にはなかなか魅力的なフローゼルだ。

 ある一点を除いて。
その一点が全てをぶち壊してると思うなぁ。
 なんと、大口開けて居眠りしてる。
ご丁寧に大量の涎までその毛皮に垂らして椅子にどっかとふんぞり返って眠るその姿は、
部屋の様子と相まってどこか退廃的な雰囲気を醸し出していた。
「掃き溜めにホウオウ」まであとちょっとだったのに、「掃き溜めにはやっぱりヤミカラス」
といった具合かな。
 とにかく、怠慢の象徴たる彼女を起こさなくちゃ。
「あのー、セベスさんですよね?起きて下さいよ」
強く揺すっても起きないから、思わず叫んでしまう。
「お・き・て・く・だ・さ・い!」


 せっかくいい気分で寝てたのに、あたしの耳許で誰か叫んでいる。
 どうせ同僚のアリゲイツのラッカスだろう。なら暫く寝たふりでもしておいてやろう。
ったく、カメラは壊れちまったんだから仕方ないのに。
 叫んでいた人はぜぇぜぇ言い出した。
調子からしてラッカスではない。しっかたない、起きてやっか。
かったるいなぁもぉ。
 ギュッと眉間にシワを寄せ、それからぐっと大きな伸び。
最後にやたら大きな欠伸をして涎を拭って寝ぼけ眼を開くと、
見慣れないマグマラシが喉を抑えてゲホゲホやっていた。
 「…何か用?」不機嫌を大量に含んだ問い。
「あ、えっと、僕はオルター・カズンズっていいます。
バディを組んで頂く事になりました。国際部の記者です。宜しくお願いします。」
 小さな手を差し出してきたので適当に握手して改めて新しい相棒を観察する。
あたしより頭一つ小さい。あ~あ、もっといい男よこしなさいよ、編集長……。
「……新米?あたしはセベス・ハイン
……あんたカズンズっていったっけ…?この間ミドルサイドの記事書いてた?」
「はいっ、そうです!」
 ふーん、これがちょっとした話題の新米君か。編集長が何か
「初仕事でここまでかけるとは逸材だ!」
とか何とか言ってたっけ。何だかあどけなくて、ちょっと意地悪したくなる。
「どうせラッカスに添削してもらったんでしょ?」
「えっ、あっ、その……少し直してもらったのは確かだけど……」
新米君は真っ赤になって黙ってうつむいてしまった。
 ラッカスはかなりの文才があるから、新人の文章によく口出しする。
結果、記事は大幅な加筆修正を経て編集部のデスクに乗り、編集長を興奮させるが、“ラッカス抜き”になると新人君は真の才能を発揮し、編集長を落胆させる。
「ラッカスの魚臭い息のかかった文章なんてあんたの実力じゃないから、あたしは評価しないわよ」
 こう言ってあたしは更に意地悪を続ける。
あーもうやめろあたしったら。
彼更に真っ赤になって黙っちゃったじゃない。
ここでバン、と彼の背中を叩いて豪快にニカッと笑う。
「心配しなさんな。あたしは責めやしないから。最初はみんなそんなもんさ」
何とか彼にも笑みが戻る。
「で、本題は?」
彼は手にしたメモを取り出した
「昨日午後の11時未明、ミドルサイド島でサウス植民軍が先住民族「グラスランダー(草原民)」に突如大攻勢を仕掛け沿岸部から彼等を一掃、
全面戦に入りました。これを受けてノースは援軍を送ると同時に軍事線をサウス国境に配置、
サウスも軍を国境に集め始めました」
「手短に言いなさいよ……」
「えっと、これを貰いました」
彼はそういって二枚の腕章を取り出した。戦場で記者と兵士を区別する、従軍記者のマストアイテム。
あたしには見覚えがある。
はぁ、またつまらない戦争の始まりか。がっくりきた。
 ここであたしから少し読者に説明してやる。
ありがたく聞くように。
 あたし達の大陸はサウスとノースの南北二ヶ国。
サウスが先に発展したけど、最近はノースも同程度になって力の釣り合いはとれてたのさ。
でも大陸の西にミドルサイドって島が丁度サウスとノースの真ん中にあって長年領土係争地だったわけ。
だから島があからさまに戦争になればそれは本土に飛び火するのは想像するのに難しくないでしょ?説明終わり。
 話を戻そうかしら。
 あたしは腕章を受け取った。
正直、戦争といってもあたし達の戦争は技の撃ち合い、瀕死になっても自陣まで戻ればまず死なない。
たまには運が悪くて自陣まで帰れなかったり、どうしようもない急所に当たれば死ぬけど、滅多にホントの殺し合いにはならない。
ってな訳でこの大陸の戦争は国力の見せあいみたいなもんだから、死って感じじゃないわけ。
ま、それでも気持ちいいもんじゃないけどね。
 なのにこの彼はがっちがちなんだからもう
……なんで死地に赴くみたいな顔してんのよ。イラッとくる。
「なにコチコチになってンのよ。ほら、支度しなさい」
 と、突然何を思ったか、彼はぱっと顔を輝かせる。
「あ、でも国境までは汽車に乗れるって。僕まだ乗ったことないんですよ!」
……汽車ってのはニンゲンの大陸からノース経由で伝わった最新の乗り物だ。
ノースにはごくごく稀にニンゲンが貿易か何かでやってきて、新しい技術を伝えてくれる。
あたし達の使うカメラも、タイプライターもそうした一つ。
……でも汽車は……ダメ。この前初めて乗ったけど、酔って吐きまくった思い出しかない。
酒がダメだったかなぁ?
 また憂鬱の材料が増えた。たるいったらありゃしない。
部屋から出て行く彼に声を掛けて呼び止め、机からよれよれの3枚の紙幣を取り出して渡す。
彼には悪いけど、あたしと組むならそれなりの覚悟をしてもらおう。
「悪いけど銀塩フィルム10巻きと、現像液8L、インク瓶と羽ペン新品2本買ってきて……嫌とは言わせないわよ。」


 足元を線路が走って行く。
枕木の間から顔を覗かせる明るい緑は初夏の到来を告げる。
あれから2日、僕とセベスは北の国境に向かう軍事輸送線の貨物列車の最後尾にいた。
 客車に入れてもらえなくて、列車の最後尾の柵しかないジョイント部に二人して腰掛けているわけだ。
しっかし汽車ってスゴいね。
普通ならえっちらおっちら歩かなくちゃいけないところを、あっという間に結ぶんだから。白い煙が流れていく。
 お日様が僕達を照らすこの場所は思いの外快適だし、景色も眺められる。
横ではセベスが麗らかな初夏の日差しを浴びて案の定眠っている。
勿論、寝涎つき。実はもうすでに一度吐いてます。
 僕はこのざっくばらんな先輩をじっと見上げる。
セベスには出発までの間振り回されっぱなしだ。
買い出しに行かせられたり、夕飯おごらさせられたり、部屋の片付けもさせられたし、そもそも客車に入れなかったのも彼女が遅刻したから。
唯一の収穫は彼女とタメで話せるようになった事。
本人曰く「敬語はむず痒い」らしい。
てなわけで恨みつらみが溜まるには十分だ。
明け透けで奔放で。わがままで悪戯で。
報道関係者とは思えない口調だし放送禁止ワードも平気で口にするし。
 でも何故か豪快に笑うその姿には人を惹き付ける何かがある。
一緒にいれば何とかなる、という根拠のない安堵だ。
 勘違いしないで欲しい。別にスキとかじゃないからね?
まずセベスは32歳、僕は20歳。年離れ過ぎだし、何より性格的に正反対にいる人だ。
と言うか、こんな人と恋に落ちる人いる?
見た目は良くても、性格がアウト。
「美しいロズレイドには棘がある」
って言うけど、セベスは“毒の棘”どころか有刺鉄線をぶんぶん振り回すタイプだ。攻撃的すぎる。
だからいつまで経っても結婚出来ないんだろうね。ま、当然か。
 だから僕がセベスに抱くのは恋心じゃなくて慕情。
先輩として慕わしいって意味。
え、恋慕の情って言うって?だから違うってば!

 そんなこんなで座っているとキマワリの弁当売りがわざわざ来てくれた。
「車内販売で~す、あんたらがここにいるって聞いたから、出張サービス!」
「ありがと!お弁当忘れてたんだ。」
「より取りみどり、さぁどれにする?」
 色とりどりの駅弁は魅力的な装丁で僕を悩ませる。
あっちの寿司っぽいのなんて美味しそうだけど……どれも高い。
仕方ないけど、一番安いので我慢するか。はぁ。
 お金を財布から取り出す。安月給の僕にはこれでも痛い出費だ。
昨日の夕食のおごりが痛すぎる。
キマワリの弁当売りに渡そうとすると、突然セベスの手が割り込んできた。その手には5枚の紙幣。
 呆気に取られてる僕を他所に、セベスはキマワリの弁当売りにお金を渡して言った。
「一番高いの二つ」
ぽかんとする売り子と僕。
売り子ははっとして慌てて弁当を取り出した。
「あっ、はい、コイキング印の笹巻き寿司弁当“特上”二つになります」
突然の大収入にやたら上機嫌で帰って行くキマワリ。
「まいど~♪」
 そしてお弁当二つ抱えたセベスと、財布からお金をだそうとしたまま固まっている僕が残された。
セベスがぐっと一つを差し出してぶっきらぼうにいう。
「ほらよ、あたしのおごりだ」
「えっ、えっ、でも悪いよ……セベスにそんな高いの買わせちゃって」
「……オルター・カズンズ、あんたあたしの好意蹴ろうってのかい」
セベスが凄む。縮み上がる僕。
 と、突然大きくニカッと笑う彼女。
僕は気付いた。自分はこのギャップに弱いのだ。
「あたしがおごるっていってんだから素直に受け取りゃいいのよ」
……やられた。セベスは恩を売るのがすごく上手い。
昨日僕がおごった夕食の代金分には及ばなくても、この気まぐれな先輩に優しくしてもらったというだけですごく嬉しい。だから僕も笑顔で返さなくちゃ。
「ありがとう!」



 のどかな午後も瞬く間に過ぎ去り、あたし達の旅の終点が黄昏の中に浮かび上がった。
サウスで最も北に位置する名も無き駅だ。
普段は誰も使う事のないこの駅にこれほどの人数が集まるのも戦争のおかげかと思うと皮肉なもんだ。
などとあたしらしからぬ感慨に浸っている内に汽車は止まった。
 大量の機材を背負いながらオルターが降りてきた。
寝起きのためかよろよろしている。
半分はあたしの荷物を背負わせたせいかもしれないけど。
「…セベス、重すぎるよ…」
「ならあんたより重い荷物持ってるあたしは何なのよ?紳士は淑女の重い方の荷物をもつものよ」
「誰が淑女だょ……」
「まぁちょっとなんだから。体力なしだとこの先キツイわよ」
とりとめのない会話をしながらホームに下りる。
うーん、客車からの兵士の中にいい男がいないか探してしまうのは女の性か。
 駅から1km先には国境がある。
小高い丘にある駅からはサウスの軍勢が黒々と分厚い陣を敷いているのが見える。
更に1kmいった所にノース陣が……見えない。かわりに見えるのは黒い平行線だ。
塹壕戦にするつもりらしい。技の威力インフレのこのご時世、消耗戦の陣を構えるとはね。
まぁあちらには考えあっての事なのだろうが。
「さ、前線まで歩くわよ」
「え?!前線行くの?ちょっ……えぇーッ?!」
「は?じゃなきゃどうやって取材すんのよ?
まさか丘の上から眺めて終りだと思ってた?あんたジャーナリズムなめてンの?」
「なめてないよ!」
急に今度はオルターも不機嫌に。新米の癖に妙なプライドだけはあるらしい。
 オルターはずんずん先に歩いて行ってしまった。
経験上言わせてもらうと、あぁいうタイプが早死にするんだがねぇ。
あたしはその姿に誰かの姿を重ね会わせながら後ろを歩いた。
 やはりキャンプはごった返していた。
食事の配給には大勢がたむろし、むさ苦しいことこの上ない。
ふと名前を呼ばれた気がして辺りを見渡すと、機嫌を直したらしいオルターがこっちへ駆けよって興奮気味にまくし立てる。
「ねぇねぇ、セベス、やったよ!頼んだら僕達に司令部塹壕の地下室に一部屋当ててくれるって!」
「……!よくやった!上出来~!」
 抱き寄せて毛をくしゃくしゃに撫でてやる。
ところがオルターといったら真っ赤になってじたばたやっている。
苦しかったかなと思って離してやっても赤くなってツンとそっぽを向いてしまうあたり、なんか勘違いしたらしい。
ウブだなあこいつ。
「なぁ~に照れてんのよ」

「べっ別に照れてないもん!」
「そう必死に否定しなくてもいいじゃん」
 ニヤニヤが止まらない。
多分女の子とハグしたこともないのだろう。
やっぱりいじり甲斐がある奴だ。
我ながら性格悪いなー。
「また後輩イジメか?相変わらずだな、セベス」
おっと。懐かしい声がした。
振り返るとすらっとしたキュウコンがこっちを向いてた。
「あら、久しぶりね、リーク」
 リークは別の新聞社の記者だ。
かなりの敏腕でズバズバ容赦ない記事を書くことで有名で政治家ならコイツは敵に回したくない。
「ベームの暴動の取材で会って以来だな、どうしてた?」

昔話やら近況報告やらで長くなりそうだ。
「オルター、先に行ってて。長くなるから」
ムスッとしたオルターを先に帰し、あたし達は昔話に花を咲かせた。
やっぱり話の分かる奴はいい。


 ふー、酔った酔った。結局2時間も話し込んじまった。
フラフラしながら割当てられた部屋へ向かう。
 オルターはぐっすり眠っていた。やはり長旅は疲れたのだろう。
その平和な寝顔を見ながらあたしはらしくもなく願った。
“二人とも無事に帰れますように”
 リークから嫌な予感がすると聞いたのだ。
種族的なものか、彼の予感は大抵外れない。彼は言った。
「この戦争は血の匂いがする」と。


 あいたっ!
 突然誰かの裏拳が飛んできて僕を眠りから呼び覚ます。
周囲は真っ暗だ。
痛みをこらえつつ瞼を再び閉じようとして気がついた。
地下だから暗いんじゃん。
 慌てて毛布から這い出して背中に点火する。
橙色の灯りの中では裏拳の主が大の字に寝っ転がっている。やはりセベス、寝相が悪い。
 時計を見ると、もう6時半だ。辺りが静かだから特に何も起きてなさそうだけど。
よかった、目が覚めたら開戦してたなんて事なら彼女に殺される。
 珈琲、パン、バターと二人の朝御飯を用意する。
配給所ではスープを配ってるっていってたっけ?
 スープを二つもらって帰るとセベスも起きていた。
まだ寝ぼけ眼で何のありがたみもなさそうにパンを頬張っている。味がわかっているかすら怪しい。
二人共無言で朝食を食べる。
僕は緊張から、セベスは眠気から(?)。
 朝食が終ると準備にかかる。といっても、僕はそんな持ち歩く物ないけどね。
編集長からもらった記者腕章を裏返せば“グッドラック”と書いてあった。気が少し温まる。
 セベスの方は三脚、カメラ、ストロボを背負って重装歩兵並だ。
かなり見た目は強そう。
まぁ僕だって負けてられない。
「ペンは剣よりも強し」って言うしね!

 外へ出ると、黒雲の低くたれ込める嫌な天気だ。
向こうにいた昨日のキュウコンが尻尾を揺らしながらこちらへやってくる。
「お目覚めかい、お二人さん?」
「あ、おはようございます、リークさん」
セベスは特大の欠伸が挨拶だ。
それを見ながらリークが苦笑いしながら僕に囁く。
「こいつ寝相悪くて大変だっただろ?」
僕も苦笑い。
「はい、裏拳で殴られました」
「そんならましだ。俺なんか踵落としだったぜ。しかもさ、場所が場所で……」
豪快に笑いながらリークは僕達を先導してくれた。
 セベスという恰好の不満材料を共通に持つ僕らはなかなか話が合う。
セベスの意識のエンジンがかかりはじめて二人の頬に鉄拳が二発飛ぶまでは。(かなり痛かった!)
彼は道すがら色んな説明をしてくれた。
「あそこにいるのはギャロップの高速機動隊だ。この前初めて実戦投入された部隊でかなりの戦果をあげた。
向こうのトリデプスは防御だけど、特殊撃って援護もできる。
そして我らが特等席はあそこ、工作兵の塹壕に入れてもらう。居候と洒落込もうじゃないか?」
 正直安心した。塹壕なら攻撃されにくい。
「よかったね、セベス。ここなら絶好のポイント……」
 僕は言葉を失った。
なにしろあのぼやっとしたマイペースなセベスがなんと、三脚とカメラをセットし、もう望遠レンズの微調整をしている。顔はまだ眠そうだけど、やってることはホントのプロ、臨戦体制だ。
 いやぁ、正直驚いたよ。
僕は彼女を見くびっていたらしい。隣でリークが囁く。
「どうだ?これが仕事のセベスだ。さすがサウス屈指の実力者、そしてさすが俺の元カノだ」
「えーーーッ!?セベスが元カノ?!付き合ってたの?なんで?!」
「まったくだ。あん時は俺もどうかしてたぜ」
「あたしも。あんたと半年もよく持ったもんだわ」
セベスがピントを合わせつつ事も無げにさらっと言う。
……戦闘前にこうもドッキリばかりでは心臓に悪い。
へぇ、このセベスにもそんな事がねぇ。ちっとも想像つかない。
「俺等はそりが合わなかったのさ。喧嘩ばっかで。仕事のパートナーとしてはいいけど、プライベートはダメ。すぐに別れたさ。
そしてその結果俺は今や妻子持ちの大記者、方や彼女はオールドミスに片足突っ込んで……」
リークは最後まで言えなかった。
セベスの二度目の鉄拳制裁が飛んだからだ。
痛っ!
なんで僕まで?!



 ふん、バカな男共め。これから仕事だってのに……。さぁ、集中集中!
あたしはファインダー越しに国境を眺める。視界よし。光量がやや不足か。絞りとピントを再調整しておく。
まぁこんなもんだ。
 あたしの横でもリークがしまった顔で前方を睨む。彼も本気になったようだ。
あたしの視線に気がつくと彼はニッと笑った。二人とも相手のこうした“本気”な瞬間が互いに魅力だったのだ。
それは今も昔も変わらないし、あいつもあたしも理解している。
若い頃はそんな一瞬にもドキドキしてしまうものだってこともね。
 前線に話を戻そう。
 機動隊が並足から駆け足、そして文字通り“ギャロップ”に加速する。
左翼ではサウス屈指の格闘部隊が、右翼からは援護の特殊部隊がソーラービームや破壊光線のチャージにはいる。
遂に火蓋が切って落とされる。ノースは何の動きも見せない。
「セベス、もう少し引っ込め。やっぱり嫌な感じがする」
リークが囁く。
 あたしは聞かなかった。サウスの先陣が国境を越えたからだ。
次の瞬間、あたしが感知したのは二つの事象。
ノースの陣のあちこちから白煙が上がったこととターン、という音。
そして目の前のカメラが何の前触れも無しに粉々に砕け散った。
「何?!」
衝撃であたしは後ろに尻餅をついた。
 だが誰もこちらを向かない。オルターもリークも出番を伺っていた工作兵も、皆塹壕からほんの少しだけ頭を出して目の前の光景に見入っている。
どこからかダーン、ダーンと先ほどの炸裂音が無数にする。
あたしが再び顔を出すと、奇妙な、そして戦慄すべき事態になっていた。
いたるところにサウス兵が倒れている。
しかも、技を受けた様子でもないのに血に濡れて。
血の匂い、悲鳴が届いて来た。
突如誰かが塹壕に転がり込んできた。
肩から出血しているフーディンだ。致命傷ではないがかなり青ざめている。
いそいそと看護兵が駆けよって止血する。彼は早口でまくし立てていた。
「光の壁、リフレクター、何重にも張ったのに!守るすら貫通した!あれは技なんかじゃない!」
「じゃあ何?」
「分かるか!気がつきゃ肩に何かぶつかって、次の瞬間これだ」
あたしは前に向き直る。辺りは更に変わった様相を呈していた。
 鋼タイプの中でも硬い奴、トリデプスやドータクンはしっかと立っている。
時折キンッとかカンッとかいって彼らの周りに火花が散る。目の前のトリデプスが弾いた何かがこちらの地面に落ちた。
小さな金属塊。
あたしのカメラを貫き、目の前の地獄を描写した張本人。
オルターが現れてそれを手に取った。しばらく眺めたうちに、ほうっと小さな火炎を吐いて当てる。
それは表面をたぎらせてあっという間に金属特有の溶け方をした。彼がポツリと言う。
「鉛だね。」

まだ悲鳴や炸裂音がするが、だいぶ散発的になった。
鋼タイプを除いて、あらかたサウス兵は片付けられてしまったからだ。撤退するべき兵士を失って、退却の旗が意味もなく振られている。
白い煙がゆるゆると、自らが命を奪った死者を悼む様にノース側から昇る。ノースは追撃しなかった。追撃する必要もないだろう。
敵方の半分の主力を一時間で一掃したのだから。
震えてるオルターの手を握り、あたし達面々は塹壕を伝いながら退路を歩んだ。
 あたしはショックを受けた頭でぼんやりと思った。もはやこの大陸での戦争は殺しになった。サウスも例の金属塊を使うのは時間の問題だ。
 けど、あたしが気になったのはあの金属塊なんかじゃない。
あの金属塊を打ち出した心、殺しの意思が現れた事が問題だった。
遠くでダーン、と例の音がする。
皮肉にも、今のあたしにはそれが弔いの鐘に聞こえた。

リークはまたしても正しかった。
確かにこの戦争は血の匂いがする。

あれからニ週間。
北部戦線は泥沼の塹壕戦に陥っていた。
サウスもとうとう例の武器をニンゲンの大陸との通商で大量に仕入れたから。
 本来サウスはニンゲンと交易はなかったんだけど、急遽手を組まざるを得なくなってノースの貿易相手とは別のニンゲンの国からそれを買い占めた。
深い話をすれば、実はサウスの貿易相手とノースの貿易相手は長い間対立してて、ある意味この戦争は代理戦争とも言える。
ただ傷つくのはあたし達、儲かるのは向こう。
「銃」と言うらしいそれは長いパイプに鉛の弾を詰めて火薬で飛ばす武器。
皮肉にもサウス、ノース共に鉄山を有する大国家だから材料にはこと欠かない。
敵を抹殺する機械の工場が急ピッチで作られている。あたしに言わせれば愚かな話だ。
 ともかく、銃は戦争を変えてしまった。
何が一番変わったかって言えば人の価値。
 塹壕戦に痺れを切らしたサウスの誰かさんは兵士一人一人に銃を支給してなんと突撃を命じた。
こちらも装備は同じ、という理論で。
案の定突撃隊7000人、援護3000人は蜂の巣になった。
戦果は100m前進。一人の命が1㎝だからたまったもんじゃない。
なのに将軍達はチェスのポーンの様に軍を弄ぶ。

 さらなる心配がオルター。
めっきり口数が減って四六時中ビクビクしている。
 それでも睡眠不足のクマを目の下に貼り付けて毎日記事を書いている。
あたしには見せてくれないけど、かなりの執筆量だ。意外とコイツは大物になるかもしれない。
とりあえず役立たずといったレッテルは剥がしてやろう。
意外と鋭いし、リークからバリバリ色んな事を吸収している。
あたしが写真の現像の間は部屋を暗室にしなくちゃいけないからその間にリークのとこに行ってるらしい。
健気なこっちゃ。



 穏やかな初夏が過ぎ去り本格的な夏が来た。
このところは比較的平穏な時間が流れてる。
お互いに長期戦で疑心暗鬼になっているところに夏の夕立が襲来、辺りは泥だらけで進軍なんてできやしないからね。
やきもきするのは司令官だけ、他のみんなは緊張とのんびりの中間という複雑な夏休みだ。
 そんなある日リークの移動が決まった。
新聞社から声がかかったらしい。彼のような大物は失うには勿体無い人材だし、ここんとこはこちらに居ても書くことがないから。
せっかく仲良くなったのに“かなり”残念だ。セベスのストレスの捌け口はまた僕一人?
 ってな訳で今日は僕らの部屋でちょっとしたお別れ会なんだ。
まぁお酒飲む口実が欲しいだけだけど。


 宴の席は早くも黄信号。二人ともペース早すぎ。
派手にウイスキーをあおるセベス。リークもリークでワインをがぶ飲み、こちらにやたら絡んできて始末が悪い。
え、僕?安いビールだよ。お酒強くないし。
「いいかぁオル、記者ってのは真実を熱く燃やしてなんぼや、こんなとこにいたってしゃあねぇ、俺んとこ来いや」
「何いってんのよ。こんな便利なパシリあたしが手放すとでも言うの?」
……嬉しくない僕の争奪戦。
いや、訂正。少し嬉しい。
二人とも何のかんの言って後輩を可愛いがってくれる先輩だ。
 結局、酒乱の席は深夜まで続き、三人で川の字になって寝た。二人の暖かさが心地よいけど、明日はみんな二日酔いだろうな。おえ。

 明くる日。
頭は二日酔いとセベスの裏拳でガンガンなっている。
別れの朝に相応しい顔を作るには苦労しないだろう。
どちらかと言えばしかめっ面だけど。
 慌ただしい朝食を終え、リークが忘れ物を取りに三回戻った後、やっとこさ例の丘の駅に。駅のホームで最後のお別れだ。
「ベスもオルもいないと寂しくなるぜ。ベス、オルを頼んだぞ?」
「あれ、普通ここ男女逆じゃない?」
「お前のほうが頼りないだろ」
他愛もない会話の後で、リークは「餞別だ」と言って僕に万年筆をくれた。ノースの輸入物、かなり高いはずだ。
金で飾り付けられた黒光りするそれはずっしりと心地よく重い。
正直こんな物を手にするのは10年先だと思っていた。
「で、あたしには?」
セベスが詰め寄る。
「は?んなもん無いし。お別れのキスだって御免だね」
そういって彼は電車の中に脱兎の如く飛び乗った。
僕は唖然とした。この期に及んで挑発とは。
タイミングを見計らったかのように汽車が動き出す。
 だけどセベスはからから笑いながら大手を振った。
「リーク、野暮記事待ってるわよ!」
「任しとけ!一面級の記事しか書かないから、毎日新聞みてやがれ!」

こうしてリークは去った。
セベスは最後まで一人でぽつねんと手を振っていた。

 帰り道、横を歩くセベスを見上げながら、僕は思った。
 やっぱりセベスはリークの事が、リークはセベスの事が心のどこかで好きなんだろうなぁ。
勿論リークには奥さんも子供もいるし、その辺は彼女も彼も重々承知だろう。
二人のはそんな“叶わぬ恋”じゃ無い。純粋にライク。
互いの人間性が人を惹き付けるからもあるけどね。僕だって一緒にいれば楽しいもの。
ただあまりに純粋で。
 本人達は折り合い付けたつもりでも、なにか微細などこかで繋がっている。

 こんなにも似ているあなた方なのに。
二人の元恋人はわかった顔して気付いていないのかなぁ?
やっぱりどこか切ない。
 もちろんそんな事は本人達に聞いたりするほど僕だって野暮じゃない。
人の恋心をあれこれ詮索するのは教養のある人のする事じゃないし、自分がされたらやだもの。
 なんやかんや言って、結局セベスも一人の女性なのだ。
そう思うと何だか可笑しい。
笑わないようにしなくっちゃ。
「なぁーにニヤけてんのよ。さては良からぬ事でも考えてんの?」
「いやいやいやいや、何でもないって!ホントだよ!(汗)」


 夕立があがった晩夏の夕方。
あたしはゆったりと部屋に籠って新聞を読んでいた。
じめっとした地下の空気にあてられてしなしなになっている。
リークの記事を探してパラパラやる。あれから5回ほど彼の記事が一面を飾った。“残念ながら”達者にやっているらしい。
 しばらく探してリークの記事が載ってないと分かると、今度はあたし達の社のニュース週刊誌を手にとる。
オルターとあたしのペアの記事を見かけたのは今まで三回。
 最初の記事に関して言えば、彼は逃げた。内容は例の開戦と銃のレポート。
主観も意見も無しにつらつらと当たり障りない無難な記事を送ったらしく、あたしに言わせりゃ誰にでも書ける駄文。
 残り二つは才能と未熟が見え隠れするような文だった。洞察はなかなか鋭い。
あいつが過去のデータから弾き出した軍需産業の伸び率の比較は正直感心した。
だけど〆が甘いし、意見はスキだらけ。
単純に戦争反対、なんて書いても意味がない。気持が空回りしている。
 もう一つ気掛かりなのはサウス政府が言論のたがをしめなおそうとしていること。彼らにとったら戦争反対なんて言われたくない訳だ。
 その兆候はもうその辺まで来ている。
あたし達の社はリベラル派だから反戦記事もまだ少しは載るけど、新聞は明らかに戦争賛美に走らされ始めた。
リークももどかしいだろうに。
 毎度戦争のたびに報道に“見えざる手”の圧力がかかるのは時間の問題。
だからあたし達ジャーナリストは耐え忍ぶだけのしたたかさが必要なのさ。
 そこをオルターはペン一本で切り開いてやろうってタイプだから問題。
なよなよしてるように見えてなかなかの意地っ張りなんだから。
ま、関係ないと言ってしまえばそれだけのことだけど。


 あたしは雑誌をめくる手を止めて冷えた珈琲に手を伸ばす。
結局、あたしの写真もオルターの記事もなし。口の中で珈琲の底の苦味が広がった。
ドアが開いた。
「今帰ったよ」
見れば戸口にはずぶ濡れでヘロヘロになったオルター。
ほぼ雑巾。絞ったら水がだいぶ出てきそうだ。
最近は雨風が酷く、塹壕内はもはや沼と化している。炎タイプには辛いだろうに、毎日出かけるとは物好きだ。
「そういや編集からあんたに封筒届いてたわよ。机の上」
「わかったよ。今乾かすから待ってて」
そういって彼は背中に点火する。加えて炎の渦で全身を囲い水滴を蒸発させる。
便利な奴だねぇ。
「やれやれ、編集が何の用事だろ」
言葉に疲労を滲ませ彼は机の反対側に腰掛けながら封筒を開く。
あたしはタバコをふかしながら椅子にそっくり返った。
机のむこうではオルターが手紙とにらめっこ。心なしかホントにしかめっ面だ。
あ~あ、憂鬱だねぇ。
毎日銃弾の飛び交う戦場にいて、死体や怪我人に埋もれて、今日一日生き延びたら万々歳。そんな日の繰り返し。
よし、決めた。この仕事が一段落着いたらパーッと派手に遊んでやろう。南海岸へ行って遊び倒してやればいい。
言っておけば、私の辞書に貯金の文字はない。今が楽しいのが大事。
ここ戦場に来て更にその決心は固まった。

「ねぇ、セベス?見て欲しいんだけど」
オルターがこっちに手紙を寄越した。何だか不機嫌。
「えーと、なになに、『戦争につきまして…報道従事者として市民の義務を果たすべく……記事において反戦の旨は……戦意向上……掲載に難あり……より今回は原稿料なし……』……なるほどね」
 あちゃー、思ったより早かったなぁ。噂をすれば影、とはまさにこの事。
さっきの話あったでしょ、“見えざる手”の話。リベラル派最後の砦、わが社も屈したみたい。
バカ丁寧に書いてある手紙の主旨は要するにこう。
「政府を挑発するようなお前らの反戦記事はもう載せらんねー。ギャラが欲しけりゃ迎合記事書きな。」
 で、目の前の新人君の反応は……御察しの通り。不快感マックス。
「ねぇ、これおかしくない?何時から僕らがごますりみたいなことしなくちゃいけないのさ。言論の自由は?」
「なくなったんじゃない?」
思いっきり適当に返事。
報道の辛酸を嘗め尽くしたあたしにはこんなこと経験済みだ。
いちいち掘り起こされるのは御免だね。
「ふざけないでよ。僕らの会社はさ、リベラルって事に定評があったのにさ。真実を報道する事をなんでタブーにするの?僕ら嫌がらせにもっと送ってやろうか?」
「ギャラ無しで誰がやるか」
「僕らはやるよ。みんな知らなきゃいけないんだもの。自費でだって何か出せるさ」
「一緒にすんな。あたしゃ食ってくのに精一杯なんだから」
「なんでセベスもそんなんなのさ。らしくないよ」
「これがあたしさ。勝手にやってくれ。理想なんて机上論、“ペンは剣よりも強し”なんてちゃんちゃらおかしい」
段々あたし達の間も険悪になってくる。うるさいったらない。
「もういいよ!」
とうとう怒鳴った。
「僕思った事やるからね!」
「どうぞご自由に」
「なにさ。セベスの方こそ、ジャーナリズムなめてンじゃないか!」


 カチンときた。
「……!あたしの台詞をそのまま返すとはね。あんた、ジャーナリズムの何がわかってんの?
いいか。報道も所詮は商売。崇高なジャーナリズムの精神なんてものはないんだよ。
いつまでも夢見てんじゃないわよ。妙なプライドなんか捨てな。幻影なんか手放して、あたし達は望まれた物を提供して現実を生きてくのさ。
理想に燃えるのは構わない。だけどそれで現実を見失ったらそれこそジャーナリストの名折れじゃないか」
「じゃあさセベスはこれからどうすんのさ?トランプやってる兵士でも写して戦争は楽しいですよって言う気なの?」
「写真の解釈は人の自由さ。それに写真の写したものは一片の真実さ」
「……そんなの報道って言わないよ!」
「名前なんて知るかい。あたしは食いぶちに困らない為なら何だっていいさ。とっとと報道の本質を学ぶんだね」
「……セベス自分の事騙してない?本心なの?」
「騙してないね」
「……ならもう言うことないよ!」
それっきり黙る二人。
 後になって思い返せば、お互いに長い緊張状態にストレスが貯まってイライラしていたのもあるだろう。
だけど、私は世間知らずのオルターに腹が立ったし、オルターの方は自分の価値観を頭ごなしに否定されてもっと怒っていたと思う。
まぁいい。オルターはこの世界の辛酸を嘗め尽くして初めて気づくだろう。世の中そんなにキレイじゃあない。

二人は交わす言葉もなくそっぽを向いて床に入った。価値観の違いは確かに溝を刻んでいた。


 胸の辺りまでまで水に浸りながら、僕はじっと前を見つめていた。



理想を追って真実という記事を書くため。
そしてセベスは間違ってると証明するため。



 朝早くから軍の文献を漁り、兵から情報を聞き、前線に身を置いて全身に記憶を焼き付けるのもそのためだ。
 セベスとは六日前から口を聞いていない。それどころか一日の内一緒にいるのは寝に帰る時だけ。
僕は失望してたんだ。六日前の一件で。
彼女はいわば現実を生きるタイプ、仕事などただの金稼ぎ。
彼女らしいと言えばらしいかもしれないけど、僕は彼女を尊敬していた分だけショックは大きい。


 だから僕が教えてあげたい。記者だってそんな捨てたもんじゃないって事を。


って訳で雨中にいるわけだ。ここは何重にも、何㎞にも平行に掘られた塹壕のうち最前線の一つ、いつ死んでもおかしくない。
でもセベスを見返してやるんだという思いが何故だか僕を駆り立てるようになった。
死への恐怖などここへ来て無くしてしまった。全ては神任せ、悪あがきしても仕方ない。

 しかし流石に雨に打たれて何時間もいるのは楽じゃない。
少し乾いたトコを探さなくちゃ。
水をかき分けかき分け、少しでも水の少ない場所を求めて塹壕内を移動する。
水位が下がる場所を見つけて一休み。体力の限界が近いからか、知らないうちにうとうとしてしまう。
日本晴れが恋しいなぁー。僕はどうやるか知らないけど。あぁ、眠い……。
「よぉあんちゃん、これ要るかい?」
目を上げればゴーストタイプの補助部隊が揃いも揃ってニヤニヤしながら漂っていた。
ゲンガーが指を鳴らすと僕の頭の上に何かきらめき、雨がシャットダウンされた。光の壁か。
「壁はりに来たついでだ。こんな前戦までご苦労なこったぜ」
「ありがとうございます!」
「いいってことよ。それよりあんちゃん、お前が何にでも頭を突っ込む新米君かい?指令部の通信線盗聴しようとしてとちったらしいな」
「あ……そうです僕ですよ(////)」
少し恥ずかしい。三日前通信線に銅線をつけて信号を受信しようとしたとこを捕まって大目玉を食らったのだ。
しかも、二本銅線があるうち間違って送電の方につないで痺れてる所を捕まったから情けない。
「うん、若いときには無茶をするもんだぜ」
知った風な口を聞くゲンガー。
「それじゃまたな。死んだらゴースにしてやらぁ」
「僕は怨みなんてありませんよ。仮にゴースになっても銀の弾丸で撃たれたら終わりですし」
最近は鉛弾が効かないゴーストタイプ対策として銀の弾丸も使われ始めたんだ。
「まったく、厄介なもんが出来たもんだぜ。じゃあ今ある命を大切にな。アディオス!」
そう言って彼らは雲散霧消した。
光の壁のおかげでだいぶ楽になった。やっぱりこうなると安心して眠くなるよなぁ。
寝ちゃ駄目だ、寝ちゃ駄目だ、寝ちゃ駄目だ、寝ちゃ…………


……何だか騒がしい。
人がせっかく寝てる時にうるさいなぁ……って!僕寝ちゃった!?
「敵襲、敵襲、総員撤退!」
っておい!やばいじゃないか!って言うかもう夜だし!雨酷くなってるし!
飛び起きて見れば、塹壕からみんな一斉に泥に足とられながら本陣に逃げて行く途中かよッ。置いてくなーッ!
 僕も慌てて塹壕から出ようとした瞬間、後ろから発砲音。前を走る何人かが倒れる。慌てて沼のような塹壕に引っ込む。
まずい。取り残された。
 汗がどっと吹き出る。この暗さじゃあまず僕の記者腕章に気付かない。
死んでから判ったんじゃあ遅すぎる。
ノースの突撃隊がなだれ込んできた。素早く塹壕を制圧にかかる。
「おい!右だ!」
もうバレた。いや、隠れる場所なんてないんだけどさ。
 ライフルを構えこっちに何人もノース兵が走って来る。反対側に走り出すがそちらからも何人か走って来るし。
挟み撃ちだ。非常にまずい。
「いや、僕違いますって!」
慌てて両手を挙げる。が、誰も聞いてくれない。
ライフルの先についた銃剣が殺意を持ってギラリと光る。
あわわわ、戦う技なんてないし、あっても勝ち目はない。
もう死刑執行人達は数mまでの距離だ。
観念して目をつぶりたくなる。自分の死を見るまいと。


 ガタン。
僕の目の前に何か外から投げ込まれた。
ノースの兵士が両側で急停止して僕の正面に投げ込まれた“それ”を警戒する。全員の目が釘付けになる。
それは小さな筒が束にされたもので、僕らの目の前で不吉なシュルシュルという音を立て始めた。
そしてふっと白い光を一筋放った。
 次の瞬間に僕はそれが何か、そして次に何が起こるか分かった。
僕が目をつぶるや否や、辺り一面は夜の闇から一転、純白の光の洪水になった。


 まったく、世話のやける奴だ。
 あたしが投げ込んだのはストロボに使うマグネシウム。
束にしてくくって火をつけて投げるだけの超お手軽な簡易閃光弾だ。
 辺りが真昼の何倍もの明るさで輝く。
上空から見たら塹壕の線に沿って長い光のラインに見えるはずだ。
目をしっかりつぶってたあたしでも、まぶたの裏からかなりの眩しさを感じた。
もちろん直視しているであろう塹壕の中の奴はしばらくは何にも見えないはず。
マグネシウムの燃焼が終わり夜が暗闇を取り戻すや否や、あたしは塹壕の中に飛び込んだ。
 予測通り、塹壕内は大混乱。
手を伸ばして互いにぶつかり合いを演じているのはなかなか笑える。
オルターは目をつぶってはいたみたいだけど、やはり不十分だったのかしきりに目をこすって状況を把握しようと必死だ。
 おっと。厄介なのもポツポツといたか。
目が見えなくても波動探知が可能なルカリオの3人があたしに向かって来る。



 だが教えてやろう。
今宵のあたしに歯向かうとはちゃんちゃらおかしい。
 何故なら今夜の天気は大雨。
「すいすい」のあたしはテッカニンより速いのだから。



 駆けよって来た一人目からライフルをぶんどり、台尻で思い切りぶん殴る。
更に反撃される前に1.5倍の威力のアクアテールで沈める。文字通り水路と化した塹壕の水中に。ご愁傷様。
バシャバシャ水をかき分けて走って来た二人目はあたしの気合いパンチの餌食に。
いやぁ、やっぱりビルドアップ積むとそれなりにぶっ飛ぶもんだねぇ。
感心して見ていると三人目が波動弾。これはかわしようがないけど、こんな一発で沈むほどあたしはヤワじゃない。こちとら手数は二倍なんだ。
一気に距離を詰めるとアクアテールと気合いパンチでオーバーキル。
ま、あたしに手ぇ出した男にはこれぐらいが丁度いい。
え、何でそんな攻撃的な技のラインナップかって?
ま、女のたしなみってやつだ。
 流石に目眩ましも切れてきたのか、歩兵が少し先からこっちに向かって来る。そろそろ引き上げ時か。
ぼやっと突っ立ってるオルターを担ぎ上げ、片手を水中に突っ込む。
水タイプにとって水はしもべ。操ることなど容易い。
「波乗り!」
怒涛の大奔流が塹壕に沿ってあたしの左右に打ち出されれ、敵をあらかた流し去る。
いやぁ、久々にすかっとするねぇ。
 彼を抱えたまま塹壕から這い上がり、後は自陣に帰るまで。泥を撥ね飛ばしながら二倍速で走り出す。
 やれやれ、こいつには帰ったらツケをたっぷり払ってもらおう。
今回無くしたマグネシウムはなにがなんでも弁償させる。命を救ってやったんだからもっと請求しても良いはずだ。
さて、何が良いかね?
バカンスのチケット、高級レストランでのディナー……
それともあたしの言いなりになってもらおうか。もうすでに半分パシリだけどさ。
 なんておかしな想像をしながら走っていると、後ろから銃弾やら特殊技が飛んできた。
更に悪い事に、あたしめがけて前からも何発か飛んでくる。
ちきしょう、敵味方の区別も出来ないのかい!
身を屈めてひた走る。残り300mぐらい。逃げ切れるか。
 次の瞬間。
後ろからのポリゴンZ級の破壊光線があたしの飛び越した不発弾に当たった。
 猛烈な爆発音と衝撃波。自分の体が木の葉のように宙に舞う。
全身に焼けつくような痛みが走る。背負っていたオルターも離してしまった。
天地がぐるぐる回転し、それから重力に捕らわれて落下が始まる。
あと5m、4m、3m……思わずギュッと目をつぶる。
そして全身がバラバラになりそうな衝撃を受けて背中から墜落、更に弾みで近くの深い砲弾穴に落ちた。
思念がひらひらと飛び去る前にあたしの視界に黒と黄色の毛皮が映った。
 そしてあたしの意識も視界も、真っ黒に塗り潰された。


 う、凄く重い……。これを言うの二回目?
気がつくと暖かくて重い何かが仰向けの僕の上にのしかかっていて、窒息寸前。
セベスが僕の上に気を失って倒れているらしい。
その体に口を塞がれてとにかく苦しい。
僕はセベスをぐっと両手で押しのけようとした。
ん?妙に柔らかい。
その感触に思考回路が物凄いスピードで繋がり、僕は自分の顔を塞いでいたのが何か分かった。
いや、“どこ”か分かったというべきか。暗闇でも自分が真っ赤になるのが分かる。
 恥ずかしいけど、率直に言えば、彼女の胸。
僕はセベスの胸に口を塞がれてたって訳。
慌てて彼女の下から這い出す。 落ち着け僕、彼女は気を失っている。
はぁ、心臓に悪い。まだ全身が火照ってる。
 ここはどこだっけ?辺りは真っ暗。ただ土臭い。
ふと上を見上げれば大きな円形に暗闇が弱い。
夜空だ。雲で星は見えないけど、雨は止んだみたい。深い砲弾穴に落ちたのか、しかしそれにしてもやたら広そうだ。
背中に点火してやっと分かった。前線の簡易地下室を砲弾が貫いた、そんな感じらしい。最近出てきた地中貫通弾か。
 セベスはうつ伏せに気を失って倒れている。
駆けよってあちこち調べたけどケガは無いらしい。よかった。
そしてふとある感情に気付いた。

 あぁ、僕はセベス無しじゃやってけないな。
価値観の違いはあれど。噛み合わないコンビだけど。
やっぱり僕はセベスにはかなわない。

 うーん、と唸ってセベスが身を起こした。
気だるい目で僕を見て一言。
「貸し一つね」
彼女らしい。
「あと無事に帰ったらこってり絞ってやるから覚悟しときな。
マグネシウム代はもちろん、南海岸への旅行チケットと新しいカメラも寄越すこと」
訂正。こっちのほうがもっと彼女らしい。
「そんなお金ないよ。いや、助けてもらったのは感謝してもしきれないけどさ」
「そんなもんだろうね」
 それっきり僕もセベスも夜の心地よい沈黙を味わった。
戦場とは思えない静けさ。
世界が呼吸を止めてしまったような。
夜は静寂の中でふけていく。
 ふと、ある事が思いついた。僕がセベスにあげられる唯一のありがとう。
僕はそれを持っている。
 もちろん彼女はそんなもの受け取らないだろう。
でも僕の気持ちをストレートに表さないで、かつ上手く伝えるにはこれが一番だと思った。
 伝えようか、伝えまいか。葛藤が心を焦がす。
 でも、今日明日に来るかもしれない“死”に、邪魔されないのは今だけだ。
「ねぇ、セベス、僕にもあげるものあったよ」
「?」
「僕とバディ、本格的に組んでくれない?」
バディは一緒に組んで仕事をするカメラマンと記者だ。
要するに相棒。報道の道にいる間、ずっと隣を歩む人。
考えてみればお願いだ。でも僕があげられる唯一の信頼の証。
 セベスはきょとんとして、それから盛大に吹き出す。
「あたしがあんたと?あっはは、笑わせるわね。
カメラマン置き去りに我が道を突き進む新米にかまってやるってか。んな訳あるかい」
どこまでもセベスらしい。
「あたしは一人で生きてくカメラマンさ。いやぁ、久々に笑わせてもらったわ」
腹を抱えて大口開けて笑う彼女。
「あんたが真面目に考えてたら言うけど、答えはノー。
バディ組んでも、地方のミニコミ誌ぐらいにしか載らないわよ」
「悪くないと思ったんだけど」
僕の言葉は、拒まれた事に対する照れ隠しだ。
「ダメ。ちぐはぐな二人なんだから、ポッポの写真にムクホークの記事が載っちまうよ」
あ~あ。僕は少しうなだれたて彼女に背を向ける。
あっさり断られた失恋の気分だ。再びの静寂はあまり心地よくない。

 ふと後ろに彼女の影。そして彼女は囁いた。
「でも、気持ちだけは受け取っとくわ」
そして僕は後ろからセベスにギュッと抱きしめられた。
 僕は驚いて何も言えなかった。
おずおずと体を回して、僕もセベスにゆっくり腕を回す。
後になって考えてみればこれが彼女のせめてもの不器用な優しさだったのだろう。
セベスのゆっくりした鼓動を感じながら、僕もギュッと抱きついた。
身長差があるから丁度セベスの胸に顔を埋める形になる。正直恥ずかしい。
二人で横ざまにゴロンと倒れる。
 ……これって、期待して良いよね?
横になった状態で今度は僕がセベスに後ろから抱きつく。
勇気を振り絞って胸の辺りにギュッと。セベス無反応。
OKとみていいかなぁ?そのままゆっくり胸を刺激し始める。
慎重に、だけど徐々に露骨に。


 前にも話したけど、セベスはなかなかの美人だ。見た目だけならね。
そんな彼女が僕の腕の中ではぁはぁあえいでいる。
声出したり甘えてこないあたり彼女らしいけど。
目はとろんとして仰向けにゆったりと肢体を僕に預けている彼女。
数分前から下の方で水音がしていて、くらくらするような芳香がそこからする。
僕はセベスの正面に回った。
びしょ濡れの彼女は何時にも増して淫靡だ。さて、これからが本番。
 正直、ガチガチに緊張している。初めてなんだから。
情けないけど、率直に言えばとっとと終わらせたい。
 正面きって向かい合ってるのも恥ずかしいし。
もうここまで来たら勢いだ。
セベスの腰の辺りに体を下ろし、一気にギュッと抱きつきながらセベスの中に僕のを沈める。
 きつい、そして温かい。
セベスは急な挿入に悲鳴をあげる。

そう、悲鳴。
純粋に苦痛の。
 気付いた時には身を起こした彼女の上腕が目の前に迫り、したたかに殴られて壁まで思いっきりぶっ飛ばされる。
目の前にちらつく星。そして落雷。
「ド下手!!慣らしも何も無しにいきなり突っ込むか!
あんた女のコとヤったことないの?この無神経!仮にも急所だってのに!」
ショックを受けた顔でセベスが怒鳴る。
目には苦痛の涙が浮かんでるし、呼吸も荒い。
 でも泣きたいのは僕の方だ。彼女に会わせる顔がない。
「ゴメン」
言葉は受け取り手のいないまま空しく宙に漂った。
セベスのショックであえいでいる荒い息遣いだけが大きく聞こえる。
共有するには気まず過ぎる沈黙。
 僕は恐ろしかった。
自分の行為を全否定されたからというよりも、切れてしまったセベスとの繋がりが少し戻ったのに、
またしても繋がりは途切れ、しかも今度は永久に、決定的に修復出来ない気がした。
僕はうつむくしか無かった。
夜は沈黙のうちに過ぎて行く。
 20分くらい経ったろうか。
セベスがカバンをがさがさやりはじめた。カチッカチッという音と火花が散る。
一服するつもりらしい。だがどうもライターの調子が悪いみたいでなかなか苦労しているみたいだ。
「ちょっと」
セベスがタバコをくわえたままこっちを向く。
怒ってないのか、無かった事にしたいのか。
 とりあえず、僕は小さな仲直りの火の粉をタバコに飛ばした。
セベスはよく僕をライター代わりにする。
初めてやったときタバコをまるごと燃やしてしまったのが遠い昔のようだ。
「あんがと」
と言って紫煙を吐き出す彼女。
「すっかり気分醒めちまったね」
うつむく僕。
「まぁいい。ここは昔話でもしてやろう」
と言って僕の方を向いてニッと例の笑み。
許してくれるらしい。緩やかな安堵が広がった。
セベスは語る。
「あんたさぁ、記者は真実の使いだと思ってんだろ?」
「そりゃそうだよ。セベスが何と言おうと、そこは譲らないよ」
「やっぱりあんた昔のあたしに似てるわ。
あたしもそんな時期があったのさ。あたし、最初は記者だった」
「えーッ!?」
寝耳に水。
「最初はね。自分で言うのもあれだけど、けっこうやり手だったさ。
毎週トップ記事を先輩と争ったもんよ。あの頃のあたしは真実こそが正義だと思ってた。
だけど、長いことやってるうちに世の中ってモンが分かってくるもんでね。
8年前にサラードの独立運動の記事を書いた時、あたしは真っ向から政府を批判した。それが世論を変えると信じてね。
バカだったねぇ。誰もあたしの記事を載せなかった。政府の圧力の前にはみんな無力。食いっぱぐれないように迎合しなくちゃいけなかった。悔しかったさ。
でもあたしは長いこと偽りなんて書けなかった。あたしの記事が出る度に世界を歪めていくことに嫌気がさしてね。
今も昔もあたしは縛られるのが嫌だった。
あたしは同伴のカメラマンにも聞いたさ。偽りなんてやってられるかって。
そしたらそいつ、なんて言ったと思う?
『それでも写真は一片の真実だ』ってね。
あたしがカメラマンに転向した理由がそれ。
写真は“真”実を“写”すからそんな字なんだ。一片の真実を写せるなら世の中を騙す罪悪感もないし。
解釈は勝手にすればいい。あたしは写真で食ってければいい。
それがあたしのジャーナリズムだ」
セベスはそう結んだ。
「……じゃあ今でもセベスは形は違っても僕みたいに圧力に抵抗しようとしてるの?」
「いーや違うね。あたしの抵抗はもう終わってる。あたしは今がよければそれでいい。
あたしは現実を見据えてこの世を上手く渡って楽しく生きてりゃ十分さ。それ以上頑張る気はしないね」
ふーん。分かったようで分からない。
けど、一つだけ言わせてもらおう。
「じゃあ僕は自分の気持ちを貫いてみせるよ。セベスみたいにくじけたりしないからね」
「頑固だねぇ、好きにしな。泣きを見ても知らないわよ」
 そして僕らは夜空を眺めて一緒に座っていた。互いの暖かさが眠りに引き込むまで。


 朝が来た。
相変わらずあたし達は穴の中だし雨の中。何でかって?相変わらず頭上はドンパチやってるからに決まってる。
隣ではやきもきしているオルター。すぐ後ろに穴に落ちてきた怪我人二人。
更に後ろには助からなかった命の抜け殻一つ。
あたし達が弾丸の雨から救い出したが重傷で助からなかったのだ。
まぁ、それでもましな方だろうね。この戦争では誰かに看取られながら死ぬのは贅沢な事になってたから。
「オルター、頭下げな」
「でも、あそこに……」
オルターが前を指差す。
「ダメ。助からない。あんたが蜂の巣になるわよ」
うつむくオルター。戦場では助かる命の見極めが必要なのさ。

 午後になった。
あたし達の穴にディグダの工作員が一つ後ろの塹壕からトンネルを掘ってくれたから怪我人や遺体はそこから運び出した。
だけど、雨で柔らかくなった地盤だからトンネルは崩落、またあたし達は取り残された。
 思わずうとうとする。慢性的な睡眠不足。あたしみたいに普段半日眠って過ごす人種にはちとキツイ。
 オルターにはさっき仮眠をとらせた。あたしの番でもいいはずだけど、こいつを一人起こしておくには頼りない。
しかし眠いものは眠い。あたしは不安な浅い眠りに落ちていった。滝のような雨中で。


 突然、オルターが叫んだ。
「セベス、左だ!左に一人怪我人!」
そして助けようと穴から飛び出した。
あたしはぼんやりしていて引き留められなかった。


神 は 悪 戯 だ。


遅れて飛び出したあたしの目の前で、二発の銃弾がオルターを貫いた。


くずおれた彼の体をひっつかみ、慌てて元の穴に戻る。血濡れの体は一目で助からないと判る。
肺に二発。もって一分だ。
「オルター!」
「……セベス、ごめんね」
かろうじて聞き取れる。
「……セベスらしくないよ。泣くなんて」
この生意気な後輩は。
死を前にしてなおもこいつらしい。
どうしてあたしはここまで悲しいのか。
頬をつたう雨に塩辛い味が混じる。あたしは意味もなく顔を拭う。
「……セベス、これ……受け取ってほしい」
 見ればオルターが咳き込みながら血濡れになった手で、同じく血染めの記者腕章を外してこっちに押し付ける。
あたしは震える手でそれを受け取った。
毎日磨いていたバッジが光る。
肌身離さず持ち歩いていたからあちこち擦りきれているけど、彼の大事な宝物。
汚れた黄色いバンドはその役目を果たせずとも、彼の記者である誇り。

「……セベス、お願い……記者に戻って……僕が書けなかった分も、セベスが書きたかった分も」

こいつ。
最後まで自分のジャーナリズムを貫きやがって。生意気でお節介で意固地で……

オルターをギュッと抱きしめ、その頬に軽くキスする。
そして彼の耳許でむせびながらあたしは囁いた。努めて明るい声だけは出そうとする。
「わかった。約束するわ」
「……ありがと、セベス……」
彼の最後の言葉。
 あたしはその後、彼の体が冷たくなるまで抱きしめていた。

豪雨はいつの間にか、死を謝罪するような柔らかい小雨になっていた。




 こうしてオルター・カズンズは他界した。
あたしに大きな荷物と使命を押し付けて。


 参列者はあたし一人。
彼の葬儀は火葬に決めた。この大陸で最も望まれる、炎タイプ特有の方法での野辺送りだ。
 ここはあたし達がやって来た、そしてリークが去った、戦場に一番近い小高い丘の上にある例の駅のそばだ。
駅長に許可はとってある。どのみち炎タイプの葬式は場所を選ばないのだけど。
 遺体を乗せた薪に火をつける。炎が彼に達した瞬間、ゴオッと一気に炎が上がり彼を包む。
そう、これが炎タイプの火葬。体内の“ともしび”が再び、これを最後にと燃え上がり、骨すら焼き尽くすのだ。残るのは煙と焼け跡だけ。
美しい葬式だった。オルターの体が白煙となって宙に昇るのをあたしは見送った。
もう涙はない。そう、誰かさんの言う通り、あたしに涙は似合わないのさ。

 部屋に帰ると荷物を速攻でまとめる。カメラ、三脚、タイプライターがカバンに収まっていく。
 最後にオルターの机。
結局、一番最後になってしまった。
どことなく気が引けたのだろう。彼の直筆に出会う心の準備が出来てなかったからかもしれない。
引き出しからはたくさんの遺稿。世に出たくてウズウズしてるように見える。
活字にする日の為に、大事にしまって片付け完了。
 最後に空っぽの部屋を寂しく振り返り、あたしは部屋を後にした。


 あたしは駅のホームにポツンと立っていた。旅立ちを予感させる晴天と心地よい風。
 今、あたしの腕にはカメラマンのオレンジの腕章の上に黄色いオルターの記者腕章が巻いてある。


 いよいよ、復帰するのだ。
みんなが知るべき、見るべき、気づくべき全てをあたしは活字にするのだ。
オルターの言葉はあたしの中の古い情熱を呼び覚ました。真実への強い想い。
 もうあの会社には戻らない。辞表はさっき出したばかり。
あたしは独立する気だった。
ジャーナリスト仲間に連絡をとり、新しく雑誌でも立ち上げようと。真実を伝える新聞社を。
みんな伝えたい事があるはずだ。
リーク、ラッカス、その他サウス屈指の報道に携わる友人がぱっと思い浮かぶ。
ジャーナリズムがその役割を明らかにする時が来た。

 見てなさいオルター。
あんたの驚く顔を拝ましてもらうわよ。
 そしてオルター。


ありがとう。


 汽車がホームに着いた。
重い荷物を持ったフローゼルが一匹、新たな使命と共に動き出した。

お わ り



~カーテンコール~
オルター「……と言う訳でカヤツリのデビュー作『記者腕章』無事完結です~(パチパチ)」
セベス「何呑気くさってんのよ(ギロリ)。このつたない文章を読んでくださった方、あたし達バカ二人に最後までお付き合い頂いた方、ありがとうございました~(ペコリ)。ま、あたしのお陰かしらね?」
オルター「ちょっと、僕が主人公なのにぃ。だいたいセベスなんかヒロインって柄でもないじゃん。えっ、あっ、ちょっ、おまっ………痛い痛い痛い痛い!」
―5分後―
オルター「いや~あはは、やっぱセベスありきだよね~。本作の華だもんね~あははは…」
セベス「……それでいい。さて、これであたし達の話はひとまず終わるけど、カヤツリは執筆続けるみたいよ」
オルター「まったく、カヤツリときたら僕らをてんてこ舞いさせて!いい加減出てこ~い!(ズルズル)」
カヤツリ「あっ、ども、はじめまして。カヤツリです。ではっ(ヒュンッ)」
オルター「あ、また逃げた……」
セベス「待ってなさい、あたしがぶちのめしてくるから……(スタスタ)」
オルター「あ、セベスまで行っちゃったよ。えーと、えーと、あっ、そうだ。下のコメント欄に感想やら意見やら書いてくれると嬉しいな。じゃあね!」

お名前:
  • >>名無しさんお二方
    まずこの場を借りて先日のコメントに不適切かつ慢心ととれる表現があった事を謝罪致します。

    物書きにとって陶酔は大敵、自作品に感情をもってして接する事はタブーのはずです。
    慢心ある者に向上はありません。

    恐らく初作品という事で舞い上がってしまっていたのが原因です。
    初心者という予防線を張るつもりはございません。
    自分の非として真摯に受け止めるつもりです。

    その意味で大事を改めてここでご指摘頂いたお二方には感謝しております。

    去就につきましては一応続ける予定ではいます。
    反省を活かし執筆活動・コメントを行うつもりですが今後このような事がまたあれば遠慮なくご指摘下さい。
    重ね重ね失礼しました。

    敬具
    ――カヤツリ 2009-12-17 (木) 16:50:56
  • あんまり自画自賛しない方がいいですよ。
    ―― 2009-12-17 (木) 08:26:15
  • 引っ込め新人君。
    1000hitに値しないと思いますぜ。
    お涙頂戴のつもりですか?
    ―― 2009-12-16 (水) 20:51:44
  • >>名無しさん(二番目)
    オルターには一番おいしい所を持たせてあげました。
    死に行く人は言葉の重みが違うのです。グスン。
    ――カヤツリ 2009-12-14 (月) 22:59:06
  • >>名無しさん
    作者の私も情けない事に何だか書いてて涙腺が緩みそうでした。グスン。
    コメントありがとうございます。
    ――カヤツリ 2009-12-14 (月) 22:53:56
  • お、オルター・・・・
    遺言がかっこ良すぎて
    泣けた・・・・・
    ・・・・・かっこ良かったぞ!
    オルター!!!
    ―― 2009-12-14 (月) 22:50:03
  • 感動して涙が、止まらない・・・
    ―― 2009-12-14 (月) 22:04:13

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Last-modified: 2009-12-13 (日) 00:00:00
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