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蛍に焦がれて蝉が啼く

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蛍に焦がれて蝉が啼く





 繁殖行為を行う生物の中には、繁殖相手を求めて奇特な行動をするものがある。いわゆる求愛行動という。生物には広くみられる。
 たとえばオドリドリやウェー二バルはその羽根と求愛ダンスが特に洗練された種であるし、ヤトウモリの雄は雌にすべてを捧げるため進化できない。
 なんなら人間なんか異性に声をかける、物品を送る、餌を提供する、意中の相手を意識した文化的な行動を取る……などとなりふり構わない部類に入るのだろう。


 下流に出れば人間社会からの排水と人間のための治水工事によって見所の無くなるこの一般河川だが、上流に遡ればまだまだ捨てたものではない清流だ。街から里へ、里から細い山道を車で何時間も登れば辿り着ける。
 なぜ人間はそんな面倒なことをわざわざ行うのか。簡単だ。これは人間の求愛行動である。

 この清流、バルビートとイルミーゼの名産地として有名である。
 すなわち夏場の繁殖期ともなると盛んにおこなわれるホタルポケモンの求愛ダンスを、人間は鑑賞しにくる。デートと言う名の求愛行動として。
「やだあ、人間たちが見てるよぅ」
「見せつけてやろうぜ」
 などと――人間には理解しようも無いが――ほざきながらホタルたちの熱く賑やかな夜は明けていくのだ。
 モテるバルビートは何匹もイルミーゼを連れまわして狂いまくり、一対一で純情に愛を育む夫婦はささやかに踊り、相手のいない若者は焦りと未熟のうかがえる不器用な飛行を見せ、やもめ、あるいは未亡人は前の番を想って粛々と舞う。もちろん一夜限りの関係も少なくない。そこは個体の好みと言える。
 これは一匹一匹の物語が見えるダンスパーティーだ。
 もっとも、研究者以外にはホタルポケモンがどのように踊ろうが、奇麗ならなんでも良いのだが。
 こうして夜が明けるにつれ、バルビートは重くなった躰を、イルミーゼたちは重くなった胎を抱えて引き上げていく。今夜のパーティーはお開きだ。

 ◇   ◇

 明るい時間帯の主役は、ホタルではない。
 彼らは夜の行為の疲れと自分たちには厳しくなる気温から、日中は日陰でじっとしているか、わずかに食料を探しに行くくらいとなる。
 代わりに昼は蝉の時間である。蝉の寿命は短い。ひと夏の間に命の限りを振り絞って恋をして、子をなして、満足して死ぬ。
 ジワジワジワジワ、という喧しい蝉時雨も、そう思うと趣を感じることではなかろうか。
「よう、ちび」
「不機嫌ですね」
「そりゃあな、こっちは夜通しダンスしてセックスよ」
 バルビートは疲れていた。無理もない。それでこの蝉時雨に、趣を感じるかどうかは個を選ぶ。
「まあしかしうるせえとは思うけどよ、おれたちとやってることは一緒だからよ」
 ツチニンはテッカニンの幼生で、まだ求愛とか子作りとかに目覚めるには少し若い。ませた個体はそれでも能力はあるので無理矢理生殖を試みることもある。上手くいくかどうかは例が少なく分からない。
 ツチニンは大人たちが今積極的に行為を、そこまで好意的に見ていなかった。それはバルビートにも何となく察せられた。
「おめーもじきにああなるんだぞ」
「想像がつかないな……」
「おいおい、虫の一生はみじけーんだ。他にやりたいことがあるならともかく、ヤルことはヤッといたほうがいいぞ」
「んー……でも、まだこどもですから」
「そりゃそうだけどよ」
 彼らに次の夏は無い。

 ◇   ◇

「おらっ、てめえが下なんだよ! 大人しくしやがれ!」
「おっ、おっ、おっ……ご!」

 バルビート同士が余るとこうなる。
 全てのバルビートが雌で交われるわけではない。情熱が足りない、求愛が下手、魅力がない…理由はあれこれあるのだろうが、現実として余り物が必ず出る。
 しかし彼らは、卵作りを諦めても性欲まで諦める気はない。
 ぶりぶり肥えた下半身の下の穴に、乱暴に細長いそれを差し込む。
 異物に侵入された肛門は当然苦痛訴える。下側が口から体液を吐き、苦悶を顔に滲ませるが、上側はそんなことは気にしない。
 ただ一方的に気持ちよくなれればいいのだ。これは愛のある行為ではない。下側は蹂躙されていればいい。
 何度も何度も尻を尻に打ち付けるうちに、やがて下側の反応が弱くなってくる。
 苦痛に馴れればあとはそちらも合わせるのみ。陰茎を腸で扱かれている側は、腸の動きが快楽となるように挿入方法を変えればいいだけなのだが、扱く側はこんな事初めてなので、苦痛を快楽に変換するしかない。脳が麻痺して、信号をわざと変換する。
 それならばどうだ。まさにイルミーゼがバルビートに犯されるがごとく、快感にまみれた汚い顔で、体液を垂れ流し、遊んでいるのと何も変わらなくなるのだ。
 肛門を圧迫されたせいか、それとも性的に興奮しているのか、ご丁寧に挿入する先もない陰茎をだらしなく垂らしている。

 ――ツチニンは、この光景に、得も言われぬ、言葉では表しにくいある種の劣情を抱いていたことに気づいた。気づいてしまった。

 セミは虫ポケモンの中でもかなり寿命が長い部類に入る。ただしそれは、あくまでポケモンとしての一生としての話で、周知の通り、その長い寿命のほとんどは幼体のツチニンで過ごす。
 稀に人生に経験値が溜まりすぎてすぐにテッカニンに進化する個体もあるが、テッカニンの姿では長生きできないのがこのセミという生態のポケモンである。
 そして、基本的には繁殖を行うのはテッカニンである。
 未成熟の下腹部に、じんわりと熱が宿る。

 まだツチニンなのに。ここはいったいどうなっているのか

 しかし彼は土の中にかれこれ数年を過ごした。成熟はかなり進んでいる。本人は知る由もないが、完熟はこの夏だろう。
 眠れぬ夜をホタルのダンスを鑑賞することで過ごし、さらに覚醒してしまった。明日は蛍と一緒に昼寝だろう。

 再びツチニンが土に潜る時には、一通り犯されつくして屍のようになったバルビートが、さらに他のバルビートたちに群がられていた。今夜、彼は犯し殺されるかもしれない。

 ◇   ◇

 しばらく、ホタルの宴は続いていたが、そのうち日に日に参加するホタルの数は減っていった。見に来る人間の数も減っていった。夏が擦り減っていく。

 ◇   ◇

 昆虫は生殖をする。精原細胞があって、卵細胞がある。交尾器があって、陰茎もあるし膣もある。
 ただし種の独立性を保つため、雌の交尾器には、同種の雄の交尾器しか入らないようになっている。
 一方ポケモンは周知の通り、ひろくタマゴグループが同じであれば生殖が可能である。すなわち、交尾の多様性が広い。
 だからセミとホタルが交われぬ道理はない。

「はあっ、はぁっ」

 昆虫は変温動物だ。しかし自分で発した体温で自焼するほど間抜けではない。
 ならば彼は昆虫未満だ。夏の終わり、ついにテッカニンへと進化した彼が真っ先に向かったのはそれまた彼のところだった。
 脳を熱に焼かれた。性欲に支配され、ツチニンの頃に憧れたあの行為以外を考えられなくなった。
 これが発情か、と思うほどの思考の隙間もない。
 ポケモンの中でもトップクラスのスピードを誇るテッカニンが加速しながら駆け抜ける。誰も追いつけないが、狭い虫社会ではもはや無用の長物。
 それでも本能からくるものだろう、テッカニンは全速力で彼の元へ向かった。ジワジワジワジワ、と最大限の求愛をしながら。

「バルビートさんっ!」
 バルビートは経験豊富な雄である。
 相手がどのような発情をしているか。どんな交尾をしたいのか。だいたい見ればわかる。それが別種であろうとも。さらに、これは時期的なものもあるが、どちらが上で、どちらが下になるか、その実力差も。
 焦らす必要はない。彼は、もうとっくに準備万端なのだ。蝉の面は無表情にも見えるが、なかなかどうして、これは発情しきった雄が暴走寸前でなんとか抑え込んでいる貌だ。
「いいぜ、犯せよ」
 くたびれた発光器を、煽情的に持ち上げて、応えた。

 そこからは何も交流することなく、加虐にも似た行為の始まりだった。バルビートのそれとはまた形の異なる陰茎が、肛門に挿入される。
 これは交尾であって交尾ではない。直腸を貫き、糞嚢を避け、マルピーギ管まで到達する異物による苦痛。
 テッカニンはぶぶぶ、と羽を鳴らしながら、自身の、これまで使ったこともない陰茎を突き刺す。
 夢にまで見た交尾。雄の尻に自分の陰茎を突き刺す征服感。えずき、苦悶で歪む下側。さらに腹を沈み込ませると、バルビートは悲鳴を上げた。
 
――これが、交尾

 テッカニンは単純に、快感だった。
 生まれて初めて与えられる性器への快感だけではなく、同時に生まれて初めて抱く感情。愛おしい、慈しいとは全く異なが、愛していることには変わりのない不思議の行為。
 こんな複雑で濃厚な快感を知ってしまったら、誰が雌と卵を作れようか!
 テッカニンは素早い。性器への快楽を求めるピストンは、どんどん早くなっていく。バルビートの身体にかかる負担なんて気にも留めない。バルビートの腸の筋肉よりも先に陰茎が動き、カタチがテッカニンのソレに変えられていく。
 全ての気門から息を吸っては吐かないと、そのまま酸欠で死ぬかもというほどの刺激。
 ぶちゅ、と変な音がしてバルビートの尻から液体が漏れる。構うものかと、さらにテッカニンが突く。バルビートの話す言語は異世界のことばで、この世界では何も意味しない。
 虫ポケモンのあらゆる節がきしみ、内臓が潰れ、交尾の喜びを噛みしめる。

 二匹はそのまま絶頂した。

 ◆   ◆

 ヌケニンは抜け殻である。
 意識はあるが生きているかどうかは怪しいし、繁殖行為という使命もない。 
 うっすらツチニンから進化する前の記憶がわずかに残っているだけである。
 最もそのわずかに残った記憶も、徐々に薄れて最後には自分が何者かも分からなくなって消滅する。
 ゴーストポケモンの中でも極めて儚いポケモンである。
「…………」
 日が差している。ということは朝だ。行く当ては無いが、することもない。
 この土地の”祭り”は終わった。作業着に身を包んだ人間と、少数のポケモン、それと回収を目的とした車両が何台か入ってくる。
「今年もいっそうひでえなあ」
「ほっといたらいいじゃないですか、自然に帰りますよ」
「んー、でも一応管理してるキャンプ場だからなあ」
 大量のバルビートの死体。卵を産み終え、弱ってあとは死ぬだけのイルミーゼ。それらをぶつぶつ言いながら回収する。
 ヌケニンはそれに何の感情も抱かず、人間があくせく働く横を気づかれることもなく通り過ぎて行った。
 バルビードと、テッカニンが絡まって死んでいた。
 何かを思い出せそうな気もしたが、やはり何とも思わなかった。

 今年も冬がやってくる。


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Last-modified: 2023-12-09 (土) 15:37:27
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