空蝉
「10月18日の無題作品」というタイトルで置いてあった短編のタイトルを変更しました。内容に変更はありません。
ハッサムがあまりに可愛くてふっと降りてきたネタを発作的にぐわーっと書いて、しかもそれを練習ページに投下して放置という奇行をやらかしてしまいました。
すみませんすみませんほんとに……
ここは牧草地ばかりだから、どこもかしこも真っ赤なあたしがどう頑張って隠れても、すぐに見つかってしまう。
ほら、もう来た。
「リンちゃん」
気安く呼ばないで。アンタなんて大嫌い。
「リンちゃん、帰ろ?あの人も心配してるわ」
帰ろって何?あそこはアンタの家?
まだ違うでしょ。あそこはあたしとご主人の家なんだから!あたしとご主人だけの……
「リンちゃん……」
ああ情けない。こいつの前で涙なんて。
見ないで!あっちへ行って!アンタの顔なんて見たくない!
明日からは嫌ってほど顔突き合わさなきゃいけないんだから、今ぐらいそっとしておいて!
声で威嚇したけど、まだそこにじっとしてあたしを見てる。
あたしはハサミを振り上げてみた。
怖いでしょ!あたしのこと嫌いになったでしょ!
こんな凶暴なハッサム連れてるご主人に、愛想尽かして別れちゃいなさいよ!
「ごめんね……リンちゃんの大事なご主人、私にとられるって思ってるんだよね」
「……!」
今、本気でハサミを振り下ろしたくなった。
でも、出来なかった。
ご主人の顔が浮かんでしまって、涙がぶわっと溢れてきた。
悔しい。悔しいよぅ!
なんで!?なんでアンタなの!?
ご主人はあたしとずっと一緒だったのに。アンタなんかよりずっと、あたしの方が長くご主人と一緒にいて頑張ってきたのに。
嬉しい時も辛いときも、二人で乗り越えてきたんだよ?
あたしがどんなにご主人を大好きか、アンタにわかる?
「リンちゃん」
泣き顔なんて見せたくない。でもハサミを上げてるから顔も隠せない。
あっちへ行って。
これ以上あたしをみじめにさせないで。
「リン……」
そっと、やわらかな手がハサミに触れてきた。
あたしがちょっと力を入れたら、手なんて簡単に切り落とせちゃうのに。どうして触ってくるの?怖くないの?
触らないで。やさしく撫でたりしないで。キスなんてしないで。
そんな大事そうに……どうして?
胸が、苦しいよ……
祝福の鐘が鳴り、親しい人たちが花を撒く。
風に舞う花びらの中、腕を組んで歩いてくる、花婿と花嫁。
ご主人と……あのひと。
真っ白いドレスを着た彼女は、本当に綺麗で。悔しくて悔しくて仕方ないのに、そんな悔しさも吹き飛んでしまうぐらい……とっても綺麗で。
ああダメ、涙が止まんない。
完敗……かもしれない。
だって、あたしは。
「リン」
優しい声で、彼女が呼ぶ。
まっすぐに歩いてくる。
なぜか、胸がドキドキする。
「リン、大好きよ」
花嫁のブーケが、あたしのハサミに握らされた。
目の前には、花咲くような笑顔。
綺麗。ああほんとに。
完敗だよ。だってもう、認めてる。
アンタのこと、たぶん好きになれる。だって今日から「家族」になると思うと、こんなに胸がいっぱいになるもの。
ブーケを持ったまま、ゆっくりと両腕を広げてみた。
「リン!」
飛び込むように抱きついてくる花嫁。
あたしも、思わず抱きしめていた。
これから、よろしくね。
仲良くしようね。
ご主人と三人で、きっと幸せな家族になれる。
そのときはまだ、あたしは何も知らなかった。
彼女がご主人をちっとも愛していなくて。
本当の目的が、あたしだったなんて──
ハッサムがいくら可愛くてかっこよくて魅力的でも、女性が虫タイプを溺愛するって設定自体に何か無理があるなぁと思っていましたが(……そこんとこどうなんでしょ、女子のみなさま)、よく考えてみたら古典に虫が大好きな姫君のお話があったので、タイトルだけパクってみました。
原典は堤中納言物語に入っている「虫愛づる姫君」というお話です。ケモナー的にも面白いかもしれません。個性的で美人で聡明……でもこんな女のコが近くにいても、根性ナシなので見て見ぬふりかな。
契りあらば よき極楽に行き逢はむ まつはれにくし虫のすがたは
縁があれば極楽で会いましょう、虫の姿では一緒にいられないから、みたいな内容で、姫君が言い寄ってきた男をあしらう歌ですが、これを愛する
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