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蘇る幻影

/蘇る幻影

蘇る幻影 

writer――――カゲフミ

 住宅街の道は整然としていた。
一軒家が訓練された兵隊のようにずらりと立ち並び、道と道との間を一定間隔で保っている。
道の脇に等間隔で植えられた街路樹がコンクリートで仕切られたなけなしの地面に窮屈そうに根を伸ばしていた。
 その住宅街の一つ、他の家より少し高い屋根の家に一匹のチルタリスが留まっていた。
自然と一体化できそうな綿雲のような翼を持っているだけに、人工的な屋根の上にいるとどこか場違いな印象だ。
大空を元気よく飛び回っていたほうがずっと絵になっている。

 チルタリスは屋根の上で街を見回している。ここからならばこの周辺を一望できる。
街を一通りぐるりと見渡すと、ふうと小さくため息をついた。ぼんやりと街を見下ろすその瞳には、どこか寂しそうな光が宿っている。
「あれー? もしかしてルチルじゃない?」
 そのとき、頭上から突然声が聞こえた。いかにもノリのよさそうな快活な声が。
ルチルと呼ばれたチルタリスは振り返り、その声の主がオオスバメであることに、そしてそのオオスバメが自分の名前を知っていたことにも気がついた。
「ええ……私はルチルだけど、あなたは?」
 自分の隣に舞い降りたオオスバメに、ルチルは訊ねる。
「えー? 覚えてない? アタシよ、ほら、思い出さない?」
 相変わらずさっきと同じように軽いノリで話すオオスバメ。
彼女は自分のことを知っているらしかったが、ルチルには覚えがなかった。
わけ隔てなく接してくるということは、結構親密な間柄だったのかもしれない。
しかし、チルタリスの中に思い当たる名前は出てこなかった。
「う~ん、そう言われてもね……」
 ちょっと申し訳ない気持ちで、ルチルは言葉を返す。
「そっか、まあ、無理もないかー。最後に会ったのが三年も前だしね」
 実際、久しぶりに会った相手から知らないと言われるのは結構辛いものだが、オオスバメはそれを気にしているそぶりは見せなかった。

 だが、彼女が口にした三年前という言葉を聞いて、ルチルはふと思い出した。
三年前この街で出会って仲良くなったスバメがいたことを。
そしてそのスバメもまた、今隣にいる彼女と同じように明るく快活な話し方だった。
「……ひょっとして、ウィス?」
 オオスバメはその答えを待っていたとでも言わんばかりに、嬉しそうに頷いた。
「本当にウィスなの、久しぶりね!」
「ほんと、久しぶり。元気そうで何よりだよ、ルチル」
 久方ぶりの再開にルチルもウィスも歓喜の声をもらし、羽根と羽根を取り合って喜んだ。
この街に戻ってきてここで景色を眺めていたルチルはふと、ウィスのことを思い出し今頃どうしているだろうかと考えていたところだった。
その本人がちょうどこのタイミングで現れたのだ。昔と変わらない元気なウィスを前にして嬉しかったのは言うまでもない。
「でも、あんまり気がつかないから、アタシのこと忘れちゃったのかと思ったわよ」
「ごめんごめん、だってさ、別れた時はウィス、スバメだったでしょ? 進化するとがらっと雰囲気変わるじゃない。それに私は直感が鈍いから……ね?」
 ちょっと皮肉っぽく言うウィスに、ルチルは慌てて弁解しようとする。
やはり進化を遂げたことは大きい。幼さを抱えた以前のウィスはもうおらず、大人びた風格のオオスバメがそこにいた。
とはいえ外見が変わっても、中身は以前と同じ明朗快活なウィスだった。
「ま、それもそうか」
 仕方がないか、とでも言うふうにウィスは答える。勘の鋭さはウィスも自負していた。
実際、三年前はチルットだったルチルを、チルタリスとなった今も間違うことなく言い当てて見せた。
そしてルチルが少しのほほんとしたところがあることもウィスは知っていた。それが彼女の長所でもあり短所でもある。
それに少し遅れはしたが、ちゃんとルチルはウィスのことを覚えていてくれた。互いに再開の感動を分かち合えただけで十分な喜びだ。
だからウィスは、ルチルが自分に気がつかなかったことを深く追求しようとはしなかった。
「そう言えばさ、この街に何か用事でもあったの? アタシはともかく、あんたの家ってここからかなり遠かったよね?」
 ルチルは街から相当離れたところにある山に住んでいる。往復すれば半日は潰れてしまうだろう。
軽い散歩で出かけるような距離ではないのは明らかだ。この街にある公園の木に住んでいるウィスがここまで来るのとはわけが違う。
「はっきりした理由は無いのよ。ただ、この街にあった大きな木のことをふっと思い出してね」
 どこか遠くを見つめながらルチルはゆっくりと前に視線を移す。
「そっかあ……あの木のことを」
 ウィスもルチルに習うかのようにぼんやりと遠い目をする。

 三年前、まだここは街といえるほど発展しておらず、開けた土地の合間にぽつぽつと家が建っている程度のものだった。
そしてその土地の中央には一本の大きな木があった。樹齢は百年をゆうに超えているであろうその木はそこに住むポケモン達の憩いの場となっていた。
幹の太さは街路樹を十本まとめても満たないぐらいだろう。大空に手を広げるように枝を茂らせ、夏場には涼しげな木陰を作り出してくれていた。
ルチルもウィスもその木の上でよく一緒に遊んだものだった。
 しかし、その木はもうその場所にはない。
ニュータウンの土地開発を理由に切り倒されてしまったのだ。
それをきっかけに次々と家が建ち始め、開けた土地は住宅街へと徐々に姿を変えていった。
今となっては住宅内の小さな空き地の片隅に、大きな切り株が窮屈そうに根を伸ばしているだけである。

「あのさ、ウィス」
「んー?」
「今からあの木の所に行かない?」
「え、どうして?」
「いろいろとつもる話でもしようかなって、ここじゃ何か落ち着かないのよ」
 ルチルは元々山に住んでいる。自然の緑や木々をいつも側にに感じているだけ、人工的な屋根に慣れないらしい。
その点、街に住んでいるウィスは屋根に留まることに慣れていた。慣れてはいたが、あの木の所の方が落ち着けるのはウィスにとっても同じことだ。
「分かった。じゃ、あの木の所まで行こっか」
「うん」
 ルチルとウィスはほぼ同時に屋根を後にし、飛び立った。
無機質なにおいを含んだ風が二人の翼を駆け抜ける。並んで飛ぶのも久しぶりのことだった。
初めて一緒に飛んだときは、翼の形が違うのでスピードがなかなか合わなかった。
お互いに調節し合って、ようやく隣に並んで空を飛べた日のことを思い出す。
その感覚は進化した今も二人に残っているらしく、苦労することなく肩を並べて飛んでいた。

 空から見下ろすと景色の変貌が良く分かる。
むき出しの大地はアスファルトの登場で、地下へ追いやられてしまっていた。
木の切り株とその周りにあった土地だけは、辛うじて以前のまま残されているようだ。
切り株はまるで空き地にぽっかりと大きな穴が空いているかのようだった。
「私がいない間に、すっかり変わっちゃったみたいね……」
 街の大きな変わり様を見て、思わず声をもらすルチル。
今の街を見て、三年前は殺風景な土地が広がっていただなんて誰が想像できるだろうか。
「まあね、人がどんどん集まって来るからさ、仕方ないことかもしれないけど」
 隣を飛んでいるウィスも、相づちを打つように答えた。
空き地の上空まで来ると、二人はゆっくりと下降していく。
その姿は、まるで対になっているかのように、乱れがなく滑らかな動きだった。



 その空地は、昔と何ら変わりのない姿をしていた。
草の間から少しだけ顔を出した地面や、ほんのりと漂ってくる乾いた土のにおいも、三年前とほとんど変わりがない。まるでこの空間だけ、時が止まってしまったかのように。
唯一昔と違うところは、土地の一角を区切っているコンクリートのブロック塀ぐらいなものだった。

 ルチルとウィスは、切り株の前に佇んでいた。
大きな日陰を作ってくれていた木はもうそこにはない。再び切り株を前にしてそれを改めて実感させられる。
「ここは……ほとんど変わってないね」
 自然の匂いを感じられる場所はこの住宅街では貴重だ。
この懐かしい感じはルチルの住んでいる山にどこか似たものを感じる。 
「ブロック塀がちょっと邪魔だけど、雰囲気は昔と同じでしょ?」
 切られた木は幾分朽ち果て苔むしていたが、まだ切り株だと分かる。
薄い茶色から濃い緑色へと色を変えた切り株が、三年という年月の経過を思わせた。
「三年前はさー、この辺りもここと同じように大地が広がってたんだけどね……。
人間達が住むようになってから家を建てるためにどんどん土地開発が進んで、緑はあっという間になくなっちゃったのよ」
 木が切られた直後、ルチルは山へと住処を移したのでどのような経緯で今の住宅街が出来たのかは知らない。
とはいえたった三年でここまで変わってしまっていたのだ。かなりのスピードで開発が進んでいったことを思わせる。
「そう言えば、一緒に暮らしてたみんなはどうしてる?」
 ルチルやウィス以外の鳥ポケモンもあの木には住んでいた。
住むところをなくした他のみんなはどうしているのだろう。急に彼らのことが心配になったのか、ルチルはウィスに訊ねた。
「大丈夫、みんな元気でやってるよー。住宅地の間に公園があるでしょ、ここに残ったみんなはだいたいそっちに映ったかな」
 この街に戻ってきたとき、ルチルもその公園の存在は知っていたが訪れる気にはならなかった。
もともとあった緑ではなく人工的に植えられた木。山で暮らしているルチルは作られた自然にどうしても違和感を感じてしまうのだ。
「最初は慣れない環境で戸惑ったこともあったけどさー、住めば都って言うでしょ? アタシもみんなも、それなりに楽しく暮らしてる」
「……そっか。それならいいのよ」
 ルチルから見ればとても住みよい環境には思えなかったが、彼らが元気でやっていると聞きルチルはほっとする。
その半面、自分たちが住むためとは言え、もとあった土地をどんどん作り替えていってしまう人間に対する不満のようなものを感じていた。
「そっちはどうなの? あんたと一緒に山に移ったのもいたでしょ?」
「ずいぶんと移動は大変だったけど、あの木とあまり変わらない環境だったからすぐに慣れたわ。みんな元気にしてるわ」
「そっかー。ならいいんだ」
 お互いに今の状況を知らせあった後、ルチルもウィスも黙り込む。
環境は変わってしまったが、木に暮らしていたポケモンは生活に困っているようなことはなさそうだった。
失った住処は埋め合わせができたのかもしれない。だが、それだけでは納得がいかない何かがルチルの心にもウィスの心にも引っかかっている。
「まあ、木が切られた時は、さすがにアタシもショックだったかな」
「私も。昨日まであったはずの木がそこにないと、何て言うか、変な感じだったわ」
 いつも見ていた風景なのに、何かが違っていて違和感を感じる。
大きな木を失った景色を見ていると、まるで自分の心に穴が空いてしまったかのようだった。
ウィスもルチルも、そして木に住んでいた他のポケモン達も、しばらくの間は木のことが忘れられず何度も切り株の前を訪れたものだった。
「それに……私がウィスと出逢えたのも、あの木のおかげだったし」
「え……? あ、そう言えばそうだったわね。アタシがスバメだった頃、この木の近くを通りかかったらどこからともなく声が聞こえてきたんだった」
「そうそう、私が羽根を木の枝に引っ掛けて動けなくなって助けを求めてたのよ」
 そのときにウィスがルチルを助けたことから二人は知り合い、友達になったのだ。
きっとあの木がなければ、ウィスとルチルが出会うこともなかっただろう。
「そっかー。そんなこともあったね……。三年前なのに、すごく遠い昔のことみたいだよ」
 ルチルと出会い、そして共にこの木で過ごした日々。
今までこんなことを思い返したことなんてなかったのに、ルチルと再会して話しているとふつふつと泉のように湧き上がってくる。
ウィスは自分の側にある切り株の方を見た。苔むした切り株は、相変わらず無言でこちらを見返している。
「……なんかさー、どんどん変わっていくここの風景を見てると、ここに本当にあの木があったのかどうか分からなくなってくるんだよね」
「え……?」
「ここに草原があったことや、ここの木で仲間と一緒に遊んだことが……全部幻だったんじゃないかって思えてくるんだよ」
 その言葉にルチルは驚いて、ウィスの顔を見た。
いつも明るくて明朗に笑っていたウィスがこんなことを言うだなんて思ってもいなかったことだ。
木が切られてしまってひどく落ち込んでいたとき、ルチルはウィスの励ましにずいぶんと助けられたのを覚えている。
「はは……。アタシがこんなこと言うと、調子狂っちゃうでしょ? 何かアタシじゃないみたいで」
 自分でも分かっているのか、ウィスは少しだけ笑ってみせる。無理に笑顔を作っているような、寂しげな笑みだった。
その時ルチルは気が付いたのだ。木が切られたとき自分がひどく落ち込んだように、ウィスもまた悲しかったのだと。
そして、あのときは自分を励ますためにあえて明るく振る舞っていたのであろうことを。
 この街の側に住んでいるウィスは、街の変わっていく様子が嫌でも目に入ってきてしまう。
三年ぶりにここに来たルチルでさえ、驚きを隠せなかった変わり様だ。
慣れ親しんだ土地がどんどん変わっていくのを見ているのはかなり辛いものがあったのだろう。
「……幻なんかじゃないよ」
「ルチル……」
「ここに大きな木があって、大地が広がっていたこと。それは幻なんかじゃない。
私は今でも覚えてるよ。あの木の上に私がいて、ウィスがいて、他のみんなもいて……。そこで一緒に遊んだこと共に過ごしたこと、私ははっきりと覚えてる。
それが思い出として残ってる限り、現実にあったことなんだ、幻なんかじゃないんだって、私はそう思える。それに……私とウィスが今こうして話してるのも、あの木があったおかげでしょ?」
 ウィスが初めて見せた弱さ。昔は励まされてばかりだったけど、今は違う。
今度は自分がウィスを励ます番だ。あの木があったことを幻だなんて思ってほしくない。
彼女の目をまっすぐ見つめながら、ルチルは真摯に言葉を紡ぐ。

 ルチルの言葉を聞いたウィスはふうと息をつき、少しの間だけ目を閉じる。
そして、目を開いてルチルの方を向き、もう一度笑顔を見せる。もう寂しさは見えない。
「ふふ……。ルチルに励まされるなんてね。でも、そう言ってくれて嬉しかった。
どんなに環境が変わっても、時間が経ってしまっても、あの時の思い出はそのままの形で残ってる。アタシらの思い出は色あせたり……しないよね」
 あの木は確かに存在していた。頭では分かっていてもどんどん移り変わる景色を見ていると、不安に駆られてしまうことがあったのだ。
きっとウィスが求めていたものは、木の存在をはっきりと確信してくれる誰かの言葉だったのだろう。
「うん、私達が覚えてる限り、あの木も、大地も、私たちの心の中に生きてるよ」
「そっかー……。そうだよね。何か、迷いが晴れたような気分だよ。ありがと、ルチル」
 昔のように木の前で言葉を、そして想いを交わし合う二人。
それはきっと、この木のことをずっと忘れずにいようという誓い。
「あのさ、ウィス」
「んー?」
「なかなか会えないかもしれないけど、私たちこれからもずっと友達だよ?」
「ふふ、そんなこと承知済みだって。これからもよろしくね、ルチル」
「うん」
 昔と今とで変わってしまったもの、変わらないもの。
ルチルとウィスの間に生まれた友情は、今も変わらずに輝き続けている。

      END      



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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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