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草原に吹く砂塵

/草原に吹く砂塵

草原に吹く砂塵 

writer――――カゲフミ

 いい天気だった。晴れ渡る空は見上げているだけで清々しい気分にさせてくれる。きっとここでなければ、容赦なく降り注ぐ日差しに顔を顰めてしまっていただろう。足元の大地も吹き抜ける風も水気を孕んでいる。ここは自分が暮らしている砂漠とは全く環境が違うのだと実感せずにはいられなかった。暑くもなく寒くもないちょうど良い気候は快適だから、待つ分には問題はない。しかし、そろそろ待ち合わせの場所に来てくれてもいい頃のはず。まだだろうか。集合場所にしている山の麓の草原はこの一つしかないから間違うことはないと聞いている。遅れるとまずいので少し早めに着くようにはしたけれど、待っている時間が長いと何だか不安になってくるのだ。
「お待たせー」
 ふいに背後から快活な声が響くと共にふわりと吹き抜けたやわらかい風。足元の草々が揺れる。ほっとして振り返った先には自分が待ちわびていた姿。黒と藍色の中に入り混じる赤紫。見る者によっては恐ろしさや禍々しさすら感じてしまうかもしれない。六枚の漆黒の翼でふよふよと宙を漂うサザンドラは笑顔で目の前に佇んでいた。最初の頃は目を合わせるのが何だか気恥ずかしくて両腕の方ばかり見て誤魔化していたが、今はそれなりに彼女と視線を合わせて話すことができる。
「晴れてよかった。せっかくハールが来てくれるんだもんね」
「うん。緑がたくさんあって綺麗なところだな」
 自分の住処で緑があるのはオアシスぐらいなもの。それも背の低い草と所々に点在している樹木くらいで、一面緑に覆われている景色を見るのは今日が初めてだった。足元のふかふかとした草の絨毯が何とも心地よい。寝床にこんな草が生えていたらとても快適だろうと思う。
「遠くから見たら風景に溶け込んじゃってて、一瞬分からなかったよ」
「僕の色合いだったら、山で暮らしててもそんなに違和感ないかな?」
 フライゴンであるハールの体色は、緑と黄緑を主とした中に目のカバーと翼の縁と尻尾の先端部分の赤がアクセントになっている。大部分を占めるのは緑系列なので、草原の緑が保護色になっていて気がつきにくかったのかもしれない。小さく笑いながら話すサザンドラに、ハールも笑顔で応じる。本当に何気ない会話。ただそれだけの時間がハールには嬉しかった。
「じゃあ、着いてきて。とっておきの場所があるんだ」
「分かった。今日は案内よろしくね、シルフィ」
 ここでも十分綺麗なのに彼女がとっておきと言うくらいならさぞかし素敵な場所なのだろう。どこへ連れて行ってくれるのか期待しつつ、ハールはサザンドラの名前を呼んだ。自分が何よりも愛おしく思っている、恋人の名を。

    ◇

 山の麓から流れる川をずっと下っていくと砂漠のオアシスにたどり着く。まずシルフィの暮らす山があり、そこから流れ出た川があり、さらに川が流れつく先はハールの暮らす砂漠のオアシスという位置関係だった。山と砂漠の間を隔てるものは川しかないが、それでも歩いて向かうとなると途方もない時間と労力が掛かる。この時ばかりは生まれ持った自分の翼に感謝しなければならない。翼がなければオアシスの外に出てみようという発想にも至らなかったし、シルフィと出会うこともなかったからだ。オアシスの上流にあった川の岸辺で休憩していた彼女をハールが見かけたのがきっかけだった。今日みたいによく晴れた日のこと。ハールは今でもよく覚えている。川岸で静かに佇む雌のサザンドラに、ハールは今まで感じたことのない胸の高鳴りを覚えた。もちろん自分の暮らす砂漠でも異性との交流がないわけではない。恋仲ではないにせよ友達と呼べるくらいの雌も少しはいた。だが視界に入っただけで心臓の鼓動が早くなって、もう彼女のことしか頭に浮かばなくなってしまうような相手はシルフィが初めてで。完全なハールの一目惚れだった。どちらかというと消極的で他のポケモンとの関わりも一歩引いた立ち位置でいることが多かったハール。初対面のシルフィにいきなり声を掛ける勇気はなく、その日はもやもやした気持ちを抱きながらも川辺を後にしたのだ。後日、何度も川に通ううちにようやくシルフィと再会を果たす。このチャンスを逃したら次はないと思い切って彼女に自分の想いを告白し、幸運にも承諾をもらい今に至るというわけだった。初めての恋人ということもあって、最初は緊張して言葉がつっかえたり途切れたりで会話すら思い通りにいかずハールが自己嫌悪に陥ったことも少なくはない。何度も逢瀬を重ねるうちにようやくスムーズに言葉のやり取りが出来るようになってきた。たどたどしいハールとのコミュニケーションに根気よく付き合ってくれたシルフィの寛大さには感謝してもしきれないくらいだった。一般的にサザンドラという種に抱かれる凶暴さのイメージとは相反して、シルフィは割とのんびりしていて能天気なところがある。そうした彼女の本来の性格に助けられた部分も大きかったのだ。
「この道をずっと登っていった先?」
「そうそう。ここも元々は山の一部だったんだけど、みんなが何度も通るうちに自然と道みたいになっちゃったのよ」
 道縁を見ると背丈の高い草や細い木がなぎ倒されたような後がいくつも残っている。山に暮らすポケモン達が通る時に邪魔な草木を各々の力で取り除いていった結果がこの道なのだろう。折れた草木の根元から漂ってくる青臭さがハールの鼻腔にまとわりつく。草と土が混じった匂い。きっとこれが山の匂いなのだろう。
「山はすごいな。僕の暮らす砂漠とは全然違うよ」
 踏みしめる草の根も、辺り一面を覆う緑も、肌をくすぐる優しいそよ風も砂漠にはないもの。ハールの目、耳、鼻、全ての感覚機関に飛び込んでくる情報全てが新鮮だったのだ。
「次は砂漠も見てみたいな、私。今度はハールが案内してよね」
 シルフィに頼まれたならそりゃあ全身全霊を込めて案内はさせてもらおうと思うけれど、場所が場所だ。砂漠のオアシス以外の場所は砂や岩ばかりでどこまでも代わり映えしない景色が広がっているだけ。山のような変化が少ない分、面白みがないかもしれない。
「もちろん。でも、砂ばっかりだからなあ……」
「いいのいいの。私、ちゃんと砂漠を見たことないし。ハールにとっては普通でも、私にとっては面白いかもしれないじゃない?」
 ああ、そうか。自分が今感動している事柄もシルフィからすれば日常の一部ということも在りうるわけだ。それなら砂や岩しかないと辟易せずに、今度シルフィが来るときにどこをどう案内するかきっちり考えておかないといけない。ぶっつけ本番で滞りない案内ができるほど、器用ではないことはハール自身が一番よく知っていた。もっとも、これまでにも入念に練習して望んだ告白の台詞も最初のデートでの立ち振る舞いも、全くもってリハーサル通りには行かなかったので練習しすぎるのもどうなんだろうと最近疑問に思いつつはあったが。
「分かった。僕もいい場所を探しておくよ」
「楽しみにしてるね」
 にこりと微笑んだ彼女の表情にどきりとしてしまうハール。ふいにそういうのを見せられると非常に心臓によろしくない。大分見慣れたとはいえ、思いがけない仕草の一つ一つにどきどきさせられてしまうこともしばしば。やっぱりシルフィに心底惚れ込んでしまっているんだなとハールは痛感せざるを得なかった。こうして大好きな異性の傍にいられるのは本当に夢のような事。でも、シルフィは自分のことをどう思っているんだろう。ちゃんと気持ちは伝えて、彼女もいいよと言ってくれはしたけれど。大事な異性として見てくれているんだろうか。浮かれているのは自分ばかりで気持ちが一方通行になっているのではないかと、時折ふと不安になることがあるのだ。
「ここの広場でちょっと休憩していこっか」
 いや、今はそれを考えるべきじゃないな。せっかくのシルフィとのデートが台無しになってしまう。彼女に呼びかけられて、ハールは意識をこちら側へと戻すことにする。
迷いを完全に消し去ってしまうことはできなくても、後回しにすることはできる。今日、シルフィと過ごせる時間をたっぷりと楽しむ方が大切だ。
「そうだね。結構登ってきたな」
 ハールとシルフィが居座れば半分以上は埋まってしまう、ちょっとした広さの休憩所だった。傾斜の緩い平地に生えていた草木を打ち倒して強引にスペースを確保したような造り。待ち合わせ場所の草原と違って手触りが荒く結構がさがさしている。山道を利用するポケモンたちの手で作られたことを思わせる、野生感溢れる様式だった。ハールはふうと息をついて腰を下ろす。砂漠での生活は翼での移動に頼ってばかりだったから、長距離を歩くのは久しぶり。シルフィが連れて行こうとしてくれている場所まで飛んで向かえばあっという間に着いてしまうのだろうけれど、それでは山のこともちゃんと見られないし彼女と過ごす時間が短くなってしまう。なのでハールは歩きながらのんびりと目的地へ向かうことを選んだのだ。
「あと半分くらいね。私はずっと浮いたままだから大丈夫だけど、疲れてない?」
 シルフィにも足らしきものは一応あるが地面を踏みしめて歩くようにはできていないらしい。移動するときも六枚の翼でふわふわと空中を漂いながら、ハールの歩行に合わせた緩やかな速度で進んでいた。ずっと歩きっぱなしのハールを気遣って声をかけてくれたのだろう。
「ん、平気だよ」
 麓の草原からここまで距離はあれど山道の傾斜が緩やかだったため、それほど疲労は感じていなかった。何よりも近くにシルフィが居てくれるのだから疲れている暇なんてハールにはない。
「それならいいんだけどね」
 言いながら、シルフィもハールの正面に腰を下ろす。足元の草がぎゅっと踏みしめられて乾いた音を出した。ここで休息するポケモンが出てくるたびに草木や地面は踏み固められ、少しずつ休憩所は広がっていく。ハールやシルフィのように体の大きなポケモンならば尚更のこと。この広場の存在は山のポケモンたちの生活の積み重ねとも言えるだろう。
「あ、そうだ。この植物の茎って食べられるんだよ」
 ちょうど道縁に生えていた周りと比べるとやや細長い葉をした植物。シルフィはそれを右腕の頭でぱくりと咥え、そのまま茎の部分を口へ運ぶ。砂漠での食べ物といえばほとんどがオアシスの木に成っている木の実ばかり。中には食べられる石もあったりはするが、ぱさぱさとしていて味も無く空腹を紛らわす程度のものだった。物珍しそうに見ていたハールにシルフィは左腕の頭で別の茎を摘み取って差し出してくれる。
「口に合うかどうか分からないけど、ハールもどう?」
「あ、ありがとう」
 咄嗟に受け取ってハールは気がついた。茎が少し湿っているのはシルフィの左腕の口の唾液、なんだろうな。これを食べたらシルフィと間接キスってことになるのか。いや、左腕の頭だから厳密に言うと違うのかな。見慣れない植物を食べることよりもハールはそちらの方ばかりが気になってしまう。とはいえ、彼女の手前あまり躊躇してもいられない。ハールは思い切って茎の先端を齧ってみた。しゃきしゃきとした新鮮な食感。何度も咀嚼するうちに口の中に広がるほんのりとした甘味。果汁たっぷりの木の実とは違った素朴な味わい。茎を直接食べているせいかやや青臭さはあったものの嫌いではない味だった。
「うん。結構いける」
「でしょ。私好きなんだ、これ」
 いつの間にか二本目の茎をちぎって口にしていたシルフィ。何とも幸せそうな表情でもぐもぐと口を動かしている。そんな彼女を見ているだけでハールも幸せな気分にさせられる。さっき食べた茎の味がどこかに飛んでいってしまいそうなくらいに。空腹の方はともかく、気持ちの方はシルフィが傍にいるだけで随分と満たされていたのだ。
「ねえ、ハール。私って太ってるのかなあ」
「えっ」
「山の友達にあんたは食べ過ぎだってよく言われるんだよね。私は気にしたことないんだけど……ハールから見て、どう?」
 そういえばサザンドラという種族は食に対して貪欲なところがあると聞いたことがある。シルフィも気にしてないと言いつつも、こうしてハールに意見を求めてくるあたり心のどこかでは友達に言われたことが引っかかっているのだろう。ハールも彼女を太っているだなんて意識したことがなかったため、一応確認も兼ねてシルフィの体に視線を送った。首から胸元にかけては真っ黒な体毛でボリュームがあるように見えているだけかもしれない。お腹の方は、どうなんだろう。ハールも自分の下腹部には多少肉付きがあるという自覚はあるしシルフィのお腹もそんなもんじゃないのかなあ。ただまあ、若干だけど自分のお腹よりもむっちりしている気がしないでもないかな。と、眺めていくうちにお腹から彼女の尻尾の付け根辺りに無意識に目が移ってしまっていて、ハールは慌てて視線を逸らした。ほんの少しだけ見えたような気がしたけど、きっと気のせい。明らかに後半目が泳いでいたのは、赤いカバーでばれてないといいなという楽観的考え。ハールも雄。恋人のシルフィの体のことが気になってしまったことは多々ある。しかし彼女の体を正面からじっくりと眺めたのは今が初めてだったような気がする。それも体格のチェックという大義名分があったからできたこと。もしも、自分がいやらしい目で見ているとシルフィに思われて幻滅されたらとてもじゃないけど耐えられそうになかった。
「うーん、別に普通だと思うけど」
 当たり障りのない無難な言葉選び。ハールとしては少し肉付きがあるくらいの方が柔らかそうでいい、というのが本音だったりする。もちろん口にする勇気などないし、そんな状況でもないことは承知している。
「そっかな」
「気にしすぎだよ。そろそろ行かない?」
 このままシルフィと向かい合っていると、またいらぬところを目で追いかけてしまいそうで。邪念を振り払うかのようにハールは立ち上がった。シルフィもハールの言葉を聞いて少し安心したのか、納得したように頷いて再び体を浮かせる。目的の場所までは後半分くらい。山道を歩いているうちに悶々とした気持ちもどこかへ行ってくれることを信じて。ハールは一歩、前へ踏み出した。

    ◇

 山道を登りきった先、開けた草原が顔を出した。麓の草原より一回り広い程度。標高が少し高くなったからなのか、吹き抜ける風が心なしか涼しさを含んでいた。
「こっちこっち」
 シルフィの進むスピードが早くなって、ハールは慌ててその後を追いかける。足元の草がまとわりついて歩きづらかったが、ここの草は休憩所の草よりも柔らかくて優しい感じがした。どちらかというと麓の草の質感に近い。どうにか彼女の背中に追いついたハールの視線の先に写ったもの、それは。
「これは、凄いな……」
 ちょうどこの場所だけ周辺に高い木が生えておらず草原から直に麓を見渡せるようになっていた。眼下に広がっていたのは山の麓、麓から流れゆく川、そして川が流れ着く砂漠のオアシスまで。これまでにハールが見てきた景色の一つ一つの全てがこの一面に収まっていたのだ。こんなにも高い場所から風景を眺めるのは初めてだった。翼はあくまで移動手段としてのもので、わざわざ上空まで飛んで遠くを見渡してみようだなんて考えたこともなかったのだ。青々と茂る山の草木が風で揺れる様子は、まるでそれぞれが鼓動をして生きているかのようだった。砂漠と山とでは本当に環境が全く違うんだなあと感動させられる。もちろん生まれ育った砂漠に思い入れはあるから、こちらの方がいいとは思わなかったけれども。とても新鮮な気分にさせられたのは事実だった。
「素敵な眺めでしょ」
「うん。いいね。今日は連れてきてくれてありがとう」
「気に入ってもらえてよかったー」
 笑顔になるシルフィ。やはり可愛らしい。ハールも自然と表情が綻んだ。本当にここはとてもいい場所だと思う。もしハールが昔から山に住んでいたとして、誰かを案内する立場になったならば間違いなくここを選んでいたはずだ。ただ、はたして自分の暮らす砂漠にこんなに素敵なスポットはあるんだろうか。知る限りではせいぜいオアシスくらいなもので、それでもこの風景に匹敵するものがあるとは思えない。今度シルフィを招待するのはいいが、思いのほか面白味が少なくて微妙な空気にならないかという不安がハールの頭を掠めたのだった。
「ちょっと休憩しよ、気持ちいいよ」
 シルフィは草の上にごろりと大胆に寝転がる。両腕も翼も全部草むらに投げ出して頭だけが空を見上げる姿勢に。ハールも彼女にならって腰を下ろし、やや慎重に背中と翼を草の上に密着させた。草むらに広げられたお互いの翼が届くか届かないかくらいの距離。今の自分にできるかどうかはともかく本当はもう少し近づきたかったが、こればかりは仕方ない。翼を広げると案外場所を取るのだ。
「いい天気だな」
 見上げた空は高く青く。所々に点在する雲がゆっくりと風で流れてゆく。砂埃で霞んではっきり見えないことの多い砂漠の空とは感じ方も変わってくる。空ってこんなに青かったんだなとふと思うハール。
「あの空の向こうはどうなってるんだろう、もっともっと青い空が広がってるのかなあ」
 シルフィがぽつりと呟いた言葉。考えたこともなかった。確かに自分たちが見ているのは空のほんの一部分。遥か遠くの地平線を越えた先にはまだまだ大きな空があって、それはどこまでもどこまでも続いているのかもしれない。空の大きさに比べたら自分たちの存在が随分とちっぽけに感じられてくる。能天気そうな笑顔の奥で、実はシルフィはこんな深いことを考えていたのだろうか。いや、もしかしたらただ単に思いついたことを言ってみただけという可能性もある。なんとなくだけど後者のような気がしてきた。
「想像もつかないや。でも、砂漠も山も空の下に居るのは同じだよね」
 砂漠と山と、場所は離れていても天を仰げば空があることは同じ。それを考えると何となく彼女との距離が近くなったような気さえしてくる。これからは砂漠でシルフィのことが恋しくなった時には空を見上げて一息ついてみようか。
「そう、だねえ……」
 どこか呂律が回りきっていない口調のシルフィ。半開きの目でうつらうつらとしていて、眠そうなご様子。自分を案内するために張り切りすぎてちょっと疲れてしまったのだろうか。ここの草は一際柔らかくてふかふかとしている。草の一本一本が自分の体を優しく包み込んでくれているかのよう。ハールは基本眠るときも砂の大地の上なので少々柔らかすぎて違和感がありはしたが、それでも上り道を歩いてきた疲労はあった。優しい日差しの下、風に奏でられる草の音を枕にするうちにいつしかハールも眠りに落ちていった。

    ◇

 ふと目を覚まして体を起こした。あれだけ青々としていた空もうっすらと赤みがかってきている。あまりの心地よさに思っていたよりも長く居眠りしてしまっていたらしい。何度か目瞬きをして両手と翼を広げて目いっぱいの伸びをする。そういえばシルフィは、と隣を見るとまだ静かにすうすうと寝息を立てていた。彼女の寝顔を見るのは初めて。両腕の頭の目は空いたままだったがハールの姿が見えているような気配はしない。この二つの頭は眠気を感じないのだろうか。サザンドラの体の不思議なところだ。シルフィが起きているときはじっと顔を眺めるのが気恥ずかしくて、会話するときに目を合わせる程度に留まっていた。寝ている今ならゆっくり彼女の顔を見られる。相手に意識がないのをいいことにという罪悪感がちょっとだけ湧き上がりはしたが、シルフィのことをもっと知りたいという欲求には敵うはずもなく。ハールは立ち上がって少しだけ彼女の方へ顔を近づけた。半開きになった口元からは鋭い牙が覗いている。ハールにもあるにはあるが、自分のものよりは確実に大きい。そういえば、砂漠の友達にサザンドラの恋人が居ると言うとひどく驚かれたことを思い出す。あんな恐ろしげな奴とよく付き合えるなと茶化されて、思わずそんなことないと言い返したんだった。確かにこんな牙で本気で噛み付かれでもしたらひとたまりもないな。凶暴ポケモンの由来はこういうところなのかもしれない。もちろんハールの目に彼女は凶暴のきの字もなく、とても愛しい素敵なサザンドラとして映っていたわけだが。
「…………」
 まだ起きそうにはない。起きない。そう信じて。ハールは息を殺したまま、彼女の首から胸元にかけての黒くてふさふさした体毛へと目線を動かした。肌寒い夜には暖かくて良いが、砂漠だと昼間は暑苦しそうだ。シルフィとは手を繋ぐのが難しいから一度腕を組んで一緒に移動しようと試みたことがある。そのときは歩幅が合わなくて移動もままならないわ、緊張してそれどころでないわで感触はよく覚えていなかった。何となくふわっとしていて柔らかかった記憶はある。さすがに触ったら起きてしまうだろうから手は出さずにいた。首から胸元とくれば無条件で視線はシルフィのお腹と尻尾の付け根へ。寝顔を眺め始めた時点でここに目が行くことは、もうハールの中で決まっていたのかもしれない。どうしても自分の中でのブレーキが掛けられなかったのだ。まるでシルフィの下腹部を中心に、巨大な蟻地獄が広がっているかのよう。進化前はナックラーだったハールが蟻地獄から出られないなんて妙な話ではあったが、そこはハールの視線を掴んで離してはくれなかった。休憩のときにそんなことはないと言いはしたものの、やはり意識して見るとちょっとだけ肉付きは良いような気はする。ハールは他のサザンドラに会ったことがないから、比べる基準がなかったのだけれど。つややかな藍色の表皮は自分と同じドラゴンタイプを思わせるもの。腹部は柔らかそうに見えても独特の厚みがあってしっかりしているのだ。おそらくシルフィのお腹もきっとそう。そして尻尾の付け根から僅かに上の部分には、紛う事なき雌の印、一筋の切れ込みが確認できた。薄暗くなってきた中でもしっかりと目に焼き付けたから間違いはない。ハールのも収納型で下腹部にあるにはある。もちろんシルフィのは外に出てくるようなものはないだろうけれど。昼間は咄嗟に目を逸らしてしまった分、上から下まで舐めまわすかのようにハールは眺めていた。寝息を立てている彼女のお腹が上下するのに伴って、その筋も微かに揺れているようにさえ感じられてくる。心臓の鼓動が早い。体温も上がっているようだ。しかしこの高鳴りは、普段の恋人に対するものだけではなく。ハールの雄としての本能、目の前の雌への欲情も含まれていた。シルフィへの劣情を感じることは多々あれど、なかなか言い出せず悶々とした気持ちを抱え込んでしまうことも少なくない。ただ、自信のなさからくる焦りや失敗してしまったらどうしようかという想いが邪魔をして踏み出せず、もう少し時間を置いて慎重に進めた方がいいはずだと言い聞かせて一歩退いてしまうのだ。もっと自分に勇気があれば、今のように情けない真似をしなくても済むのというのに。
「ん……」
 シルフィの体がのそりと動いた。何もこのタイミングで目を覚まさなくても。慌てて身を引くハール。ばれたかな。いや、別に触ったりはしていないし見てただけだから問題はないはず。彼女には普段通り接したらいい。
「あ、もうこんな時間。ちょっと寝過ぎちゃったかな」
 真ん中の頭だけ大きく欠伸をして、眠そうに目をこするシルフィ。彼女が寝ている間に好き放題してしまったわけだから、当然ながら後ろめたさはある。ちゃんと目を見て話せるかどうか。一言目に何と声を掛けよう。薄暗くなってきたから多少表情がぎこちなくても気づかれないと思いたい。自分もちょうどさっき起きたところ、ということにしておくのが無難か。
「おはよ、シルフィ」
「おはよう……。は、ハールっ……それ、どうしたの?」
「えっ」
 最初の言葉は上手く言えた、とハールが勝手に思っていた矢先。顔を上げたシルフィがびくっとして視線を送った先にあったもの。夕暮れ時の薄暗さの中でも誤魔化しようがない、ハールの下腹部。薄緑色の隙間からにょきりと顔を出していた桃色。シルフィの体を眺めているうちにしっかりと反応してしまっていたらしい。完全状態ではなく先端が少しだけ外に出ていた程度ではあったが、無防備だったため完全にシルフィに見られていたのだ。気持ちの方ばかり意識するあまり、自分の体がどうなっているかまで気が回っていなかったのだ。元々緑色をしたフライゴンの体色も今回ばかりは青白くなっていたかもしれない。それくらいの勢いでハールの血の気が引いていく。
「あ、あっ、いやこれは何でもないんだ。ほほ本当に何でもっ!」
 大慌てでシルフィに背を向けて隠そうとするも時すでに遅し。何でもないなら隠したり動揺する必要はないのだが、咄嗟に浮かんできた言葉がこれしかなかった。寝ている間に一体何をしていたのかと、シルフィには呆れられるかあるいは幻滅されるか。穴があったら入りたいとはまさにこんな状況。むしろ自分で穴を掘って埋もれてしまいたいくらい。地面タイプだから穴を掘るのは得意だ。今ハールが掘ってしまっているのは墓穴であったが。
「ふうん、本当に何でもないの?」
 含みのある口調でハールの後ろから頭を伸ばしてシルフィは覗き込んできた。いくら背中を向けていてもそんなことをされれば逃げ場はない。スリットからちょこんと顔を出していた雄は完全に彼女の視線に捉えられてしまう。恥ずかしさで身が縮こまる思いだった。しかし、慌てふためくハールとは対照的にシルフィは意外と落ち着いていて余裕があるといった様子。わざわざ覗いたくらいなのだから、興味があると判断してもいいのだろうか。
「ふふ、もしかして私を見てたから?」
「う、うん……」
 そう言われてシルフィにいたずらっぽく微笑まれればハールはもう何も言い返せない。今更言い逃れはしたくないし、できそうになかった。眠っている彼女の姿に欲情してしまったのは紛れもない事実だったのだから。
「そっか。びっくりしちゃったけど、ちょっと嬉しいな」
「えっ」
「付き合い始めて結構経つのに、ハールはどこかで私と距離を置いてるような感じがしたから。私って雌としての魅力がないのかなって思ってた」
 シルフィがそんなことを思っていたなんて意外だった。魅力がないなんてとんでもない。シルフィは素敵な雌だと思ってるし、願わくばもっと距離を縮めたいとハールはずっと考えていた。ただ、何分恋人が出来たのも初めてのこと。告白して恋仲になるまでこぎつけはしたものの、その先のアプローチの仕方が分からなかったというのも原因の一つ。
「でも、そういうわけじゃなかったみたいね」
 シルフィはハールの下半身をちらりと見やる。彼女の不安が間違っていたことは火を見るより明らかだった。
「僕はシルフィのこと、す……好きだよ。だけど、初めてだからどうやって近づいたらいいのか分からなくて、自分に自信がもてなくて……それで」
 失態はすでに晒した。仮に失敗を重ねても失うものは少ない。ハールは思い切って胸の内をシルフィに打ち明けてみた。予期せずにハールの雄を目撃してしまったときも、彼女は自分とは違った大人の対応だったしもしかしたらという楽観的な考えも少しはあった。
「誰だって最初は初めてなんだし、気にしなくてもいいんじゃない?」
「そ、そうかな」
 想像していたよりもずっと軽い口調のシルフィ。何気ない日常会話とさほど変わりがない。ハールにしてみればとても深刻な悩みではあったのだが、悩んでいた相手がこの様子だと拍子抜けというかなんというか。彼女の言うとおり、自分は深く考えすぎていたのだろうか。初めてだから失敗したくない、上手くやらなくちゃいけないという勝手な強迫観念に駆られて。確かに今のように失敗してもいいかくらいの心意気で構えていたほうが数段気持ちは楽だった。
「うん。自分に正直になったハール、私は見てみたいなあ」
 ハールの首に後ろから両腕を回して首までぴたりと密着させて、囁くような声で。温もりと柔らかさと彼女の匂いでハールの心臓は飛び上がりそうだった。両腕と頭との三つの口からの吐息を確かに感じる。落ち着きかけていた自身のスリットがまたもぞもぞと微動し始めた。気持ちの方の緊張とは裏腹に体はとても正直だ、悲しいくらいに。こんな状況になるなんて想像もしていなかったけど、これはシルフィに誘われていると受け取ってしまってもいいのだろうか。興味はある、とてもある。初めてだし。それにここで勢いに乗っかってしまわなければこんな機会は巡って来ないような気がする。シルフィに告白したときだって、行くか行かないかで迷ったけど行ったからこそ今があるんじゃないか。緊張と混乱で取り乱す心を落ち着かせ、必死で自分を奮い立たせながら。
「分かった。で、出来るだけやってみる、よ」
 シルフィの方へ向き直って、震える両手で彼女の体を抱き寄せたのだ。

     ◇

 ひとまずはシルフィに草の上へ仰向けで寝転がってもらう。ハールの要望、というよりは彼女の方から自然とそうした体勢を取ってくれていた。寝ていたシルフィを眺めていた時とあまり状況は変わらない。唯一の違いは彼女が起きている、ということ。どうするかはハール次第。ここまで来てしまったら後は雰囲気と直感で突き進むしかない。やるだけやってみよう。まずは彼女の首筋からお腹にかけて、そっと手を這わせてみる。もしかしたらまだ手が震えていたかもしれない。毛のふかふかした感触からお腹のすべすべした触り心地。厚みはあっても程よい柔らかさ。ハールが思い描いていたものとそんなに差はなかった。少し揉んでみたくもあったけれど、さすがに失礼だと思ったので断念した。指先でシルフィの体に触れて感触は味わった。準備運動はこれくらいにしておこう。小さく息を整えた後、彼女の頭の方へ自らの口を近づけていく。ハールよりもずっと大きなシルフィの口。頑張って口を開けば頭ごと丸呑みにされてしまうのではないかと思うほどに。そんな口元から漂ってくる彼女の吐息と匂いにハールの意識は少しずつ蕩けていく。
「ん……」
 初めての接吻だった。シルフィの肉厚で大きな舌と自分の薄っぺらい舌が絡み合う。舌のボリュームが違うので、口の中全体の唾液を舐めとられているような感覚。キスだけでも彼女に全てを支配されているような錯覚に陥りそうだった。息苦しくなってくる直前でハールはシルフィから口を離した。口元からこぼれ落ちた唾液が数滴、彼女の首元の毛を濡らす。
「ハール、遠慮しなくていいからね」
「う、うん」
 さっきのキスも自分にできる精一杯をやったつもりだったんだけどなあ。シルフィにはハールがまだ遠慮していると思われてしまっているらしい。ちょっと切ないけど仕方ない。
ひとまずキスまではこぎつけた。それならば、次は。今日の休憩のとき、いや初めてのデートで彼女に会ったときから心のどこかでは意識していた。シルフィを雌として。その待ち望んだ雌にようやく近づける、存分に味わえる機会がやってきたのだ。ハールはゆっくりとシルフィの下の方へと頭を移動させていく。ほとんど体を浮かせて移動するサザンドラの両足は地に足をつけて歩くような形にはなっておらず、自分のと比べると特殊な形質をしている。その両足の間、尻尾の付け根の部分にハールの心は吸い寄せられていった。両手でそっと割れ目の縁に手を当てる。お腹に触れた感触よりも柔らかかった。軽く両手に力を込めてぐっと左右に広げてみる。飛び込んできた光景にハールは思わず息を呑んだ。まだ始まったばかりだからなのか濡れているような雰囲気はなかったものの、肉厚な内部はシルフィの呼吸に合わせてぬちぬちと蠢いていた。何層にも重なっていて重厚で、見ているだけで圧倒されてしまいそうだった。それでも不思議な魅力にとりつかれたかのようにハールは自分の口を近づけて舌を這わせていたのだ。シルフィのだからとかずっと見てみたかった場所だからとか細かいことはあまり考えていなかったような気がする。ハールの中でずっと燻っていた雄の本能がそうさせている。むせ返るような雌の匂いは自身をさらに奮い立たせるばかり。舌先を押し付けるようにしてハールは夢中でシルフィの割れ目を貪った。何度も舌を動かすうちに自分の唾液とは違った液体が混ざり始めてきたのを感じた。時折シルフィから細い艶のある声が溢れてきたような気さえしてくる。こればかりは彼女が堪えられずに喘いでくれたらいいというハールの願望も含まれてはいた。こんな行き当たりばったりの愛撫で僅かでもシルフィが感じてくれていたのならば本当に嬉しい。口の周りを二種類の液体でべたつかせながらハールは一旦口を離した。顔を埋めている間は無我夢中で、どんな風に舌を動かしたかとか初めて触れるシルフィの筋はどうだったかとかあまり覚えていなかった。少し息が上がっていたので胸に手を当てて呼吸を整える。いつの間にか起き上がっていたシルフィが自分の方を見ていた。優しげな顔つきにはまだまだ余裕がある。曲がりなりにも攻められていたのは彼女の方だというのに。攻めた側の方が疲労しているのでは世話がない。
「じゃあ今度は私の番ってことでいい?」
 含みのある笑いだった。シルフィの両腕がゆっくりと近づいてくる。ハールは湧き出してきた生唾をごくりと飲み込んだ。そうか、次はシルフィが自分に。いったいどんなことをしてくれるんだろうかという期待が半分と、ちゃんと彼女の相手が務まるのだろうかという不安が半分。ハールを誘ったときの立ち振る舞いといい、本番での落ち着き払った様子といい、彼女がこうした情事に手馴れている事実は認めざるを得なかった。もしかするとこれまでに他の雄との交わりがあったとしても不思議ではない。それを考えてしまうとやはり残念ではあったが、自分が醜態をさらけ出していても広い心で受け入れてくれたのはそうした経験があったからなのだろう。シルフィに促されるがまま仰向けに寝転がると、ハールの股間にも一つ、天を仰いでいるものが。彼女を愛撫しているうちにすっかり股間の方にも気持ちが流れ込んでしまっていたらしい。先ほどシルフィにうっかり見られてしまった時とは比べ物にならないくらい立派、かどうかはさておき。スリットの外側へと完全に出きった状態にはなっていた。ハールの雄の先端から根元まで一通り確認した後、シルフィは先っぽの部分をぺろりと舐めた。それだけなのに自分の背中をぞわぞわした感覚が駆け上っていく。自分で弄ったことは多々あれど、誰かに舐めてもらうはもちろん初めてのこと。更に、シルフィにしてもらえているという事実だけで感度はぐんと増加する。先から側面にかけて何度か舐め回していたが、そのままぱくりと一物を咥えて口の中でしゃぶるようにじわじわと舌を動かして愛撫する。シルフィの肉厚な舌が雄へと絡み付いてくるようで、ハールは下半身にだんだんと熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。これまでの経験に基づく自分の感覚からするとどうやら長く持ちそうにない。こんなに早くシルフィに待ってくれなんて言うのは憚られるが、このタイミングで暴発してしまっては目も当てられなかった。どうしようかとハールが逡巡していた時だった。ふいにシルフィの両腕の口がハールの肉棒の根元へ伸びてきて、スリットの中へぐりぐりと舌を這わせ始めたのだ。先端部分と根元の両側への容赦ない刺激が同時にハールに襲いかかる。
「んひゃっ!」
 今まで感じたことがない衝撃。一瞬目の前に見たこともない世界がちらついたような。無意識のうちにハールは悲鳴を上げてしまっていた。あとほんの数秒でもシルフィの愛撫が長ければ完全に達してしまっていただろう。寸前のところで体を仰け反らせて回避に至ったのだ。
「ご、ごめんっ。私ってばハールの調子も考えずに、つい……」
「あ、うぅ」
 怪訝そうに顔を覗き込んでくるシルフィ。完全なる不意打ち、というかハール自身もスリットの中がここまで敏感とは知らなかったわけで。あんな甲高い声を上げて、激しく身悶えてしまったことに自分でも驚いているくらいだった。なるほど、シルフィは口が三つあるからこうした器用なことも出来るんだ。まだ下半身がぴりぴりと痺れているような感じがするが、残っている気持ちよさは満更でもなかった。
「大丈夫、ハール?」
 完全に腰が砕けてしまったハールを気遣ってか、シルフィは心配そうに声をかけてくれた。今はそんな優しさが心苦しい。予想もしなかったシルフィの舌攻撃に打ちのめされてしまってはいたが、まだ達してもいない中途半端で終わりにするつもりはなかった。ハールの雄の先端からはとろりと先走りの雫が滲み出始めている。スリットの隙間に舌をねじ込まれたことで、さっきから膨張が収まらないのだ。とてつもないシルフィの荒療治ではあったが準備は整っている。
「まだ、いけるよ」
 少しふらふらしつつも立ち上がって、シルフィを見据える。何時になく鋭い視線のハールに彼女も察したのか、何も言わずに頷くとそのまま仰向けに寝転がってくれた。先ほどのダメージがまだ尾を引いている感じがする。長引けば長引くほど厳しい状況になるのは自分の方。やるならばひと思いに。幸いシルフィの秘所も乾ききってはなさそうだ。そこまで抵抗なく雄を受け入れてくれるだろう。自分の一物に片手を添えて位置を調整し、彼女の割れ目に宛行う。そのまま前のめりになりながらハールは慎重に腰を沈めていった。最初は思ったよりも滞りなく進んでいたのだが、肉棒が半分ほど入った時点でハールの動きが一旦止まる。きつくて入らない気配はない。まだまだシルフィには許容範囲が残されていそうだ。いざ彼女の中へ挿入してみて、舌で舐められていたときとはこれまた別方面の刺激を感じていた。局所的に焦らしながらの攻めではなく、全体をきゅっと締め付けてくるもので容赦がない。気を緩めると思いもよらないタイミングで果ててしまいそうで。こんなにも下半身に全神経を集中させたのは初めてだった。騙し騙しの腰つきでどうにか根元までは突き進めたが、そこから先の行動に移れなくなってしまった。スリットの弱点を突かれて弱っていたにも関わらず突撃を試みたハールにも原因はあるだろう。正直今はシルフィの尻尾の先でくすぐられただけでも達してしまいそうな状態だ。これは予測ではなく確信。奥へ進もうにも後ろへ退こうにもどちらにも行けず。完全なる立ち往生。だけど彼女にもうだめだ、なんて自分の口からは絶対に言いたくないし言えなかった。こんなところまで来てちっぽけなプライドがハールの降参を妨げていたのだ。どのみち前屈みの姿勢はかなり苦しい。やがてハールが体勢を保てなくなって倒れ、その反動で果ててしまう未来はそう遠くなかった。そんな彼を見かねたのかシルフィは自ら両腕を伸ばしてぎゅっとハールの体を抱き寄せたのだ。
「ちょ、シルフィ……んあっ!」
 当然バランスを失ったハールはシルフィの上に体を預ける形になる。その動作の結果、緊張状態だったハールの雄はずるずると肉厚な彼女の雌で容赦なく擦り上げられたわけで。
「あっ、うああぁっ」
 幕引きはあっけないものだった。びくびくとシルフィの中で痙攣するハールの肉棒からは次々と白濁液が溢れ出す。結合が不十分だったせいでの結合部から外へだらだらと零れてしまったものもあった。結果的にはハールが以前から望んでいたシルフィの雌で初めてを経験は出来たものの、達したのは自分だけという煮え切らない結果となってしまった。先に果ててしまって申し訳ないと思いつつも、シルフィに散々攻め抜かれた後の絶頂ということもあって顔が緩んでしまうのは仕方がない。彼女の胸元の毛に顔を埋めるようにして、ハールは快感の残渣を味わっていた。最初のうちはそれで良かったが徐々に頭が冷えてきて。今日の一連の自分の行動を思い返すと情けないやら恥ずかしいやら。
シルフィに合わせる顔がないように思えて、彼女の毛に伏せたままの顔をなかなか起こせずにいたのだ。
「ハール」
 ふと、シルフィに呼ばれて顔を上げたところに。彼女の口先がすっと近づいてきて軽い口付け。
「気にしないで。今上手くいかなくたって、次頑張ればいいじゃない」
「シルフィ……」
 さっきのキスは彼女なりにハールを応援してくれているというメッセージだったのかもしれない。次、という言葉は確かに聞こえた。こんな自分にもがっかりせずに次のことを考えてくれている。これからもシルフィの恋人でいられるんだという事実に心底ほっとした。ハールは身を預けていた彼女の上から離れ、立ち上がる。その胸の内には、次はもっと強くなろうという決意が秘められていた。
「その、僕何もかも初めてでさ。シルフィに色々と指導してもらえたら嬉しい、な」
「分かった。今度は私が手とり足とり、優しく教えてあげるわ」
 シルフィが今日のことを柔軟に受け入れてくれていたのは非常にありがたかった。しかし、彼女が最後に見せた笑みに邪なものを感じてしまったのはきっと気のせいではない。普段は能天気でおっとりとしているシルフィの悪タイプらしさが垣間見えた瞬間だった。次はいったい何をされるんだろうと自然と受身になって考えてしまったあたり、力の差が歴然としていることを痛感せずにはいられない。自分がシルフィと対等に渡り合えるようになるのは相当先のことになりそうだなと、すっかり萎んでしまった一物を眺めながらハールは思ったのだった。

 おしまい



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最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • Wiki本2が出たのっていつでしたっけ? まあ、それはさておき。
    やはりドラゴンえっちは、Wiki住民の憧れにして、推奨スキル(?)ですよね。
    何と言いますか、カゲフミさんらしいな、というか、えっちなことをさせるんでも、きちんと愛と優しさがありますよね。私の場合、本番までの過程をすっ飛ばしてしまいがちなので、無理矢理感が全くないカゲフミさんの展開の作品は、自分にはまだまだ書けそうにないです。
    次の4月29日の関東のけもけは予断を許さない状況ですが、いつか時間があれば、オフ会を開いてお酒を飲む機会でも設けましょう。これからも頑張ってください。
    長文失礼いたしました、ではでは。 -- 呂蒙
  • wiki本2は4年前ですね。当時は締め切りに間に合わせるために必死で書き進めていたことを思い出しました。月日の経つのは早いものです。
    私の持論といいますか、基本的には行為に及ぶまでの過程をきっちり説明しておきたいなというのがありまして。なるべくしてこの関係になったような描写を記しておきたいのです。
    今の世の中が落ち着いたらまた関東に足を運んでイベントに参加したいところですね。
    コメントありがとうございました。 -- カゲフミ
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Last-modified: 2020-03-30 (月) 21:06:47
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