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花蕾

/花蕾

Lem

インテレオンとラビフットがうふふのお話。

花蕾 


 人と獣の違いは何であろうか。
 本当はそんなもの何処にも無いのに、人間は彼等を分けたがる。



 窓辺より漏れ出る陽光の手がカーテンの隙間を縫い這わせ、寝台の上に寝そべる兎に触れた。
 黒い被毛は陽光がもたらす熱を水の様に吸い、体内の放熱を促すべく舌を外へ出しては呼気を荒げている。渇きから搾り出す程に掠れた声は聞く者の情欲を苛立たせる熱を孕んでいた。
 兎は淫れていた。傍らで頬杖をついて淫祀を愛でる長身痩躯の蜥蜴が手指を口許にあてがう。
 上下に唇をなぞる跡には渇いた大地が順々に瑞々しさを取り戻し、潤いを欲するあまりに兎が彼の指を咥え込む。舌の上で踊る指先が爪弾くと源泉の如く染み溢れ、指先に熱舌が絡み付く。
 吸い食む口端から時折汚い音が混じるが、兎も蜥蜴も解った上で事の顛末を見守っていた。
 吸引力が弱まり、熱舌がほどけると引き抜いた指先からは粘度の高い銀糸が甘露の珠を作り、水飴を捏ねながら自らの口へ運ぶ。
 舐りに耽り恍惚とした蜥蜴を引く常識はこの場に存在しない。姦淫に耽る限り双方が織り成す如何なる表情も色の糧に染まる。
 やがてどちらがともなく名を呼び、連ねて対の名を重ねる。
 蜥蜴の名はインテレオン。兎の名はラビフット。それぞれが愛称を込めた名前で呼びあった。

「レオ」
「ダメですよ、ラビ」
「まだ何も言ってない」
「おやそうでしたか? またいつもの様に本番を強請るものとばかり」

 先読み、封殺されて浮き足立つ兎の手が蜥蜴の下腹部に伸びる。潤んだ眼差しを向けながらも小さな手指の淫行は止まらない。

「……いいでしょ?」
「ダメです。私は君が成獣するまで見守ると誓いを立てていますからね。だから今日も指で我慢してください」

 同意を突っぱねられて不機嫌に頬を膨らませるも蜥蜴の愛撫が始まった途端に雌の顔へと切り替わる。
 実のところふたりの年齢はそこまで離れておらず、産もうと思えば子を成せる適齢期は過ぎている。にも拘らず蜥蜴は兎が進化して成獣するのを待つと頑なに自らの欲望を律していた。
 理性が蜥蜴を縛り付ける一方で剥き出された雄根から漂う佇まいは今すぐにでも目の前の子兎を滅茶苦茶に犯し尽くしたい獰猛さを隠しきれていない。
 兎の手が包容すると掌の中で暴れ狂い、蜥蜴の口から艶やかな苦鳴が溢れ出す。
 噛み締めては半開く綻びを縫って溢れる涎が掌全体に染み込み、もう片方の掌と交代して濡れた掌を引き寄せると躊躇無く鼻腔へと送り込んだ。
 瞬く間に脳が愛しきもので充たされ、過剰に分泌される快楽物質の余波に堪えきれず全身が小さく跳び跳ねる。
 絶頂の痙攣による蠕動が腟内の入り口より先を進まぬ蜥蜴の指先を最奥へと呑み込もうとするが、蜥蜴の意思は固く何度も逃げられていた。
 だがその意思も絶対ではない。掌で弄ばれていた雄根が兎の絶頂を皮切りにきつく閉じられ、擬似的に腟内の収縮と同調した。
 握られた雄根は欲望を吐き出させる事を許されなかったが、もう一方の雄根は完全に手ぶらで放置されたまま我が身を怒らせていた。
 別の出口が自由と知るや直ぐ様に欲望は矛先を変え、射出口を我先にと押し出しあって駆け巡る。
 迫りくる快楽の暴力へ圧し殺しきれない声音が雄々しく咽び泣いた。
 降り注ぐ子種が兎の顔から胸へと幾筋も濡らし穢していく。
 濃密な精臭が兎の鼻腔に潜り込み、次の絶頂を引き起こす。
 細波が引くまでの間ふたりの会話が交わされることはなく、虚ろな面差しを向き合わせるのみであった。



 細波が引き、逸り熱も冷めて日常に戻るそんな流れになるはずであった。
 熱はまだ続いていた。
 兎が萎びた陰茎の一つを片手も添えて口含み、残る一つの先端の鈴口を指先から肉球まで使って自身の熱を送り込む。
 浮かされながらも蜥蜴は兎の奉仕に対して素直に身を預けつつ、眼前に広がる黒畑の刈り入れに勤しんでいた。
 尻尾に隠された不可視の刃は本来の用途とは全く異なる使われ方に呆れてか、貼り付いた被毛の束を踊らせながら兎の秘部を露にしていく。
 刈り入れ前から出来上がっていた花蕾はほんのりと花弁を覗かせ、蜜を垂らして獲物の到来を誘っていた。
 役目を終えた刃は主人を身限るように手元を離れ、返す手に打ち払われて壁へと突き刺さる。
 唐突に鳴り響く機械音声に驚いて兎が声の方向に身動ぐ。
 壁に立て掛けられた小型のダーツボードはふたりの情交を冷やかす様に色めき立つが、ふたりが構わず色事を続行すると興味を無くしたのか色褪せ失せていった。

 寝台に蜥蜴が腰掛け直すとその上に兎を乗せる。
 それを見つめる視線が二つと二つ。
 姿見が嵌め込まれた壁を前に交錯する互いの痴態に兎が音を上げる。
 剥き出しにされた秘部を隠そうと手を伸ばし、太股を閉じようとする寸前で蜥蜴がそれぞれの手で阻んだ。
 何かを物言いたげな兎へ覆い被さると舌を捩じ込ませ、半端に残る抵抗感を削いでいく。
 指先が直に肌へ触れる度、兎は背筋を逆撫でる快感に抗えず、全身を細かく震わせて蜜を垂れ流す。
 まだ花弁に触れてもいないのに過敏な少女の行く末を心配しつつも何処か期待をせずにはいられない、鏡越しに視線を突き刺す蜥蜴の眼差しは実に危うい情欲を秘めていた。
 口食みが綻び、再び鏡に向き直ると蜥蜴は脱力感に浸る兎を抱え上げ、鏡の者によく見えるように太股を割り開いて卵管まで見透かせた。
 未通女の花弁は微かに開いているだけで実際にそこまでを見透かせるには想像力の補助が要るだろうが、手持ち無沙汰な双頭の蛇が鎌首をもたげるには十分な煽りである。
 鎌首が花弁にあてがわれ、期待とともに固唾を呑む兎であったが、蛇は頭から背中へと擦り付けるのみで念願が叶うことは無かった。
 下げられた期待の裏切りに気落ちする反面で引いては押し寄せる快楽の細波に堪えるべく肉垂れを食む。
 目を閉ざす兎へ蜥蜴が耳元に吐息を吹き掛けて囁く。
 薄目を開けて促された姿見へ視線を向けるとそこには自らの痴態を余すこと無く曝け出した花園が広がっていた。
 下腹部を這う蛇の姿は何処にも無く、感触と体温と蠢く快感だけが兎を責め立てていく。
 自在に身体を消せる不可視の固有能力。蜥蜴は陰茎のみを姿隠し、花弁が乱れて拡がる過程を鏡写しに観察していた。
 紳士な行いからは程遠いあまりにも下卑た行いに兎は再び目をきつく閉ざす。
 然しながら見てしまった自分のリアルは脳髄に焼き付き、蠢く蛇の蠕動に合わせて脳内再生されていく。自身の想像力が、身体が真摯に答えてしまう。
 絶頂の時が迫り、乱れて壊れる前に兎は蜥蜴へ短く呪詛を吐こうとした。
 紡がれた言葉は快楽に揉まれて本来の意図からは程遠い声音となり、蜥蜴の耳に甘く響いて燻り続ける篝火を激しく燃え上がらせ、兎の絶頂に続いて火種が噴き零れた。



 場面は変わり、寝台の上で兎は肩で呼吸をしながら燻る熱に喘いでいた。
 蜥蜴の姿が見えず、虚ろな視界で彼の者を探す。
 音知れず何処かに消えてしまったのかと心に影が差すや、両足がひとりでに持ち上げられて宙に浮いた。
 足裏を指が這い回り、肉球を中心に指圧マッサージが始まると姿は見えないがそこに居る事を確信する。
 丹念に揉み解され、先の快楽と混じって再びえもいわれぬ快感に包まれつつあるのか、漏れる声は嬌声と区別がつかない。
 やがて強い多幸感が塊として押し出され、絶頂の声を圧し殺している内に足裏では更なる施術が始まっている事に気づけないでいた。
 兎が足裏を舐められていると気づく頃には両足ともしとどに濡れ、重ね合わせた足裏は一つの性器にしか見えない淫猥さを孕んでいる。
 その足裏に熱棒が挿入された時に兎は熱に浮かされながらも全てを悟った。
 途端に兎の真横が沈み、両足の重心が少し下がる。押し潰されそうになる手前で勢いは止まり、見えないが眼前に居るであろう気配が感じ取れた。
 そっと両手を探る様にまさぐると腰、胸、顔へと思しき輪郭が伝わってくる。
 見えない蜥蜴の両頬を包み、兎が口づけた。水音が破裂を繰り返し、舌と舌の交接と、花蕾に見立てた足裏の中で肉同士の疑似交接が繰り広げられた。
 もうどちらの音であるのかも分からぬ交わりを姿見だけが観ている。
 姿見には三つの花蕾が忙しなく呼吸していた。
 足裏の交接を羨む本来の花蕾が足に連動して咲き乱れ、地肌を伝って垂れる蜜が尻窄まりへと吸われて口開く。
 あらゆるものが性器にしか見えない病があるとすれば正にこの状況下が似つかわしい。
 呼吸が続かなくなったのか、舌の交接が一時中断すると足裏の動きが早くなった。
 割かれていた意識のソースが一所に集まり、余裕が薄れてきた影響で先程から半透明に見えていた蜥蜴の姿がよりはっきりと見え出している。
 肉球の凹凸が蜥蜴の弱い所を的確に責め立てていき、脈打つ血管の位置を爪先がなぞり立てながら降下していく。
 双頭の根本に達した辺りで添え足で固定し、根本から一気に爪先から肉球、踵まで全ての面積を使って血管の通り道をなぞりながら蹴り上げる。
 一思いに着火した火力は火蓋を焼き切るのに十分な引き金となり、初弾と変わらぬ勢いのまま兎の顔と胸を再び白く染めた。
 息も絶え絶えな蜥蜴が兎ごと押し潰し、固有能力を解除された姿によって忽ちに兎の全身が隠される。
 秒が、分が過ぎるまで長い、永い空白がふたりの間に流れた。
 窓辺より覗いていた陽光はすっかり雲間に隠れ、薄暗い部屋は徐々に暗転の影を濃く染めてふたりを闇に隠していく。

 fade out…



 ふたりの姿が見えなくなり、エンドロールとそれに付されたエンディングメロディーが流れ出した。
 呆けた顔で画面に見入る人間の男が下の後始末をしながら先の映像の感想を頭の中でざっくりと箇条書きする。
 だがどれも良かっただの凄かっただの陳腐な言葉しか沸き上がらず、人は真に感動すると語彙力を失うという体感があるが正にそれなのだろう。
 シンプルに最高だったと、それしか言えないのだ。

「AV新法が成立以降、AVの廃れっぷりには絶望するばかりだったけどよ……あるんだなぁ、あったんだな、エルドラド……」

 対人関係が億劫で性欲をAVで発散していた男は日に日に怨念の如く強まる性欲に気が狂いそうになり、この際動物でも良いからとAV─animal video─に手を出した。
 それが間違いであったか正しかったかはともかく、男は交尾していれば何でも良いと虱潰しに動画を漁っていたのだ。
 そして出会ってしまったのが先まで観ていた動画であり、タイトル『花蕾』であった。
 AV─animal video─の中にAVが混じってるなんて上のお偉いさんは絶対に気づかないであろうし、気づいたとしてもこれは動物のドキュメンタリーだとしらを切るだけで良い。
 抜け穴を見つけてしまった興奮に思考が冷めやらぬまま、先の動画の続きは無いのかと手元のスマホで情報を探る。
 タイトル、出演者、監督、どれを入れてもこれといった情報は見つからず、謎だけが残った。
 呆然としながらもリピートするには十分な内容が見込めたし、もしかしすると出始めたばかりの新米なのかもしれないと楽観的に希望的観測を抱いていた。
 観る前までのあの絶望感が今ではそんなものは最初から無かったかのような、晴れ晴れとした気分なのだからつくづく性欲とは恐ろしいものである。
 しかし本当に良かったな……。
 あのふたりは結局、最後まで初志貫徹を通したのか、それとも欲望に負けて致してしまったのか。
 それを考えるだけでもまた性欲が沸き上がるし、次回作をどうしても期待せざるを得ない幕引きはあまりにも狡く、監督にしてやられた感が残り続ける。
 リピートする際に次の視聴は字幕をオフにして自分でアテレコするのも楽しいだろうし、こんな動画だと分かっていれば最初からオフにして二週目からの答え合わせが捗る楽しみ方もあっただろう。
 なんて事だ。貴重な一回を逃してしまった。
 まぁ過ぎてしまったものは仕方無い――

「ん?」

 再び画面に視線を移してエンドロールを眺めていた時にふと違和感に気づく。
 背景の暗転が心なしか動いているような……いや、確かに動いている。
 まさかあの動画は暗転後もそのまま続いていたのだろうか。
 画面に貼り付いたり角度を変えたりと色々試みるが、どれも決定打には届かない。
 目が痛くなってきた。
 エンドロールに終わりが近いのかBGMが静寂に近づいていく。
 空白。そして唐突に開かれる暗転後の画面。

 ベッドの上にはあのふたりが寝そべり、兎が寝入る蜥蜴の上に乗っている。
 そして手には蜥蜴の陰茎を添え──暗転。

 思わず声を荒げてしまった。
 どうしてそんなことをするのだと監督が目の前に居たらグーで殴り倒したい衝動で満たされた。
 荒れ狂い、逸る気分をどうにか鎮めていると暗転の右下に小さく『coming soon』と表示されていた。
 新たな希望が胸の中に満ち溢れる瞬間だった。



 後書

「兎成分が欲しいだって? それならあの人の所へ行くといい」

 そんな誘導がどこかでされてそうですね。兎飼いの私です。こんにちはこんばんは。
 なんで兎しか書かないのかと問われたら私がそれを知りたい位には永遠の謎です。
 ちょっと兎が登場する作品を数えてみましょうか……ひぃふぅみぃ……。
 本作品入れて26作目だそうです。書きすぎだと思う一方でまだ書き足りないという思いもあります。
 というわけでもうしばらく続きます。

 本大会もお疲れ様でした。
 特に今回はエントリー数が30を超える盛況でしたのでそれをまとめるのも読み切るのも大変でしたでしょう。
 本当にお疲れ様でした。また次回もよろしくお願いします。

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Last-modified: 2022-07-10 (日) 13:37:00
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