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自然からの意志

/自然からの意志

Writer:&fervor


皮肉に楽しげな笑い声が、今日も再び森に(こだま)する。
鮮やかに、かつ美しく、穢らわしい、濁ってもなお失われない赤に染まった、普段見る事のない量の液体と共に。
それらを包み込む晩霞(ばんか)が、より一層(あか)を引き立てていく。

やがて、闇がその魅力的な赤を鈍く塗りつぶすのに、そう時間はかからなかった。


夜。漆黒に隠れて、ただその明るい輪だけを浮かばせながら。
彼は今日も、対象の住処を眺め回す。燃えたぎるような紅を携えた、自らの瞳で。
思わず戦慄(おのの)くほどの憎しみを(たぎ)らせた、自らの(まなこ)で。

その一点を見つめたまま、彼はじっと動かなかった。
怒りという、衝動的な感情。際限なく煮詰まるそれを、言葉として発散しながら。
この世界の腫瘍とも言うべき物――「自然」という世界には、全くもって不必要な命――を刈り取りたい。
いつまでもいつまでも、それだけをつぶやきながら。

笑っていた。
そう、笑っていた。
彼は、ひたすらに笑っていた。


朝。木々の間隙(かんげき)から刺さる光が、泉を泛艶(はんえん)で一杯にする。
美しい、平和な朝が今日も来る。…そう、邪魔のない、至福の時間が。
彼もまた、光の暖かさに触れ、仲間の声を聞き、自然を眺める。
『この時間が、ずっと続くようになったらいいのに…』
誰もがそう口にする。彼はそれを聞き、静かにうなずくばかりだった。
だが、その願望は届くことなく。


朝も終わり、日輪が真上を通り越して、やがて空が頬を染め始める。そんな時、わずかの休息は、突如として終わりを迎えた。
連続する許多(あまた)の銃声。それに呼応するかのように飛び交う叫声。
『逃げろ!早く!とにかく遠くへ…森の奥へ!!』
「逃がすかよ、…食らいな!!!!」
彼はそんな中、皆の流れに逆らい、かき分け、すり抜けて進む。
全ては生命を守るため。全ては自然を守るため。全ては裁きを下すために。

「何だ、お前は…?…まさか、仲間を守ろうってのか?…お前一人で?」
男は嘲笑を顔に浮かべつつ、素早く、かつ的確にその「力」の矛先を向ける。
「…まあ、お前なら高く売れる。…今日のところは見逃してやるよ、お前一人だけでな」
なおも笑いながら、男は動こうとしない相手をじっと見据える。
「…どうした、戦うんじゃないのか?…それとも逃げるのか?……何で動かないんだ?」
全く動じない彼を見て、さすがに不審に思ったのか、男は彼に問いかける。
返ってきた答えを、男が聞き取ることなど出来ない。だが、その気迫から感じ取ることは容易だった。
『別に、殺したいなら殺せばいいじゃない。僕は今すぐでもかまわないよ?』
仮面の笑顔が、ただひたすらに男の瞳に映し出される。何かを話しながら、実に楽しげに笑っている。
そして、その微笑みが近づいてくる。冷徹さを微塵も感じさせないが故に、無性に無機質なにこやかさ。
『ほら、その鉄の筒一本で僕に勝てるんでしょ?そう思ったから今ここにいるんでしょ?どうしたの?』
男の足は戦慄で止まり、男の手は薄黒い金属にぴったりとくっついている。
男はとうてい彼の話など理解できない。だが、それでも焦燥と恐怖の念が男に何かを語りかけてくる。
――ほら、ほら、ほら――
テレパシーとでも言うのだろうか。男の頭の――心の――中に響く催促の声。そうだ。それさえすれば終わるんだ。
ただじっと見つめた紅へ、――。

一時(いっとき)で永遠で儚い無限の時間の中。赤と黒、そして男は止まっていた。
一つの閃光が、その間を走り抜けるばかりだった。
――ほら、
「ふは、ははは。…なんだ、何も無いじゃないか」
――――――ほら、
飛び散る赤が森の緑や茶色を追いやり、月輪の黄金(こがね)色は紅と黒と共に墜ちる。
全てを終えた男は、安堵感と共に一時(いっとき)の呼吸に意識を委ねる。
「そうだよ、人間様が、ポケモンごときに負けるはずが…」
――――――――――ほら。
『君は悪者。正義の味方が悪者をやっつけるのは、当然だよね?』
飛び散ったはずの赤は消え、黒塊はあるべき場所から忽然と消失していた。…そして。
紅黒黄の纏まった容貌(かたち)は、普段持ち得ないはずの「黒い力」を持って男の前へと現れていた。

狂おしいまでに純粋な正義は、悪のない平和な生活を望み。森の意志は、全てを彼に託し。
誰一人として、咎めることなど無い。例えその平和が、狂信的な手段によって勝ち取られようとも。

黒棒の穴は、男の頭蓋に向かって立てかけられている。男は彼の目に恐怖を覚え、もはや動けないでいる。
深紅の(紅き)瞳は、異常なまでに黒ずんでいた。…彼の前足は、立て掛けられた剣を、今まさに振り下ろそうとしていた。

異常な物(イレギュラー)を排除する、自然の自己治癒力を代弁しながら。
また一人に彼は、多数の意志である断罪を下す。
華々しく咲いた真っ赤な花と、花開くときの歓喜の振動を目の当たりにしてもなお。
彼は無表情に、形式的に笑っていた。いつまでもいつまでも、花が咲き乱れるのを楽しみながら。
その裏にあるのは狂気か驚喜か、はたまた狂喜かそれとも侠気(きょうき)か。
――ただ一つの銃声が、森の中に。



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  • 漢字(かんじ)にルビを振ったらどうでしょうか。
    お節介のようなら申し訳ない。 -- 2008-11-27 (木) 00:53:17
  • 比喩と皮肉が交じり合っていて、なんだか難解ですね。私には、これの根本を理解できる力がないようです。
    しかしながら、かろうじて汲み取れるそれでさえ受け入れがたい。…むぅ。リアルで何かあったんじゃないかと勘ぐってしまいますぞw -- 2008-11-27 (木) 03:22:45
  • あうー 雑草なんて草は無いよう 自然の一部なんだよう。
    人間だって自然の一部…とまで言うとアレだけど 雑草と言う表記だけは気にかかったので。
    批判っぽくなってしまってごめんなさい。 -- 2008-11-27 (木) 04:00:25
  • >>↑↑↑
    確かに読み辛いですね…どうもすいません。早速振っておきます。

    >>↑↑
    分かりづらくてごめんなさい。自分の力量不足ですorz
    後、リアルでは特に何も。ただちょっとストレス溜まりすぎてるだけですよ…多分。

    >>↑
    ごめんなさいごめんなさいごめんなさいorz
    これは確かに表現としては間違ってますね…わざわざ指摘ありがとうございます。
    「人間だって自然の一部」の件ですが、それは次のお話でまた。…「自然」と「人工」の共生。目指すはそこです。…表現出来ない気がしますがorz -- &fervor 2008-11-27 (木) 22:18:35
  • 狂気が蠢いているようなお話でした。歪んでいるように見えて、随所に見てとれる描写は美しい。不思議ですね。
    衝動的にこんなお話が浮かんでくるとは……。私もこういったちょっとダークな雰囲気の話を書いてみたいものです。 -- カゲフミ 2008-11-28 (金) 23:15:29
  • >>カゲフミさん
    黒い話を書こうとすると、どうしても描写が肯定的な物になりがちなんです。なんででしょうかね…?
    コメントありがとうございます。カゲフミさんのダークな小説、ちょっと読んでみたいですね。 -- &fervor 2008-11-29 (土) 00:35:15
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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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