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臆病者の夜は明けない

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・この拙作には軽度(成人向けにならない程度)の性・猟奇・捕食・欠損描写、同性愛(♂)と原作設定一部改変要素があります。



 宵の闇は誰にでも等しく訪れる。しかし、名も知らぬ森の中を駆ける仔羊に於いては、其れは命の遣り取りを孕んで居た。

 吸う息として口に含む夜は重い。否、仔羊の軀が疲れを覚えて居た。しかし振り返る事も、況してや立ち止まる事は許され無い。綿毛の如き白い軀を泥で汚し、突き進む勢いで藪草を掻き分ける。
 仔羊の目には涙。如何に自らが愚かで在ったか、其れを悔いても既に遅い。仔羊が倒れた木の幹を飛び越える。再び地に足を着くが疲れと焦りの所為か、自らの軀を支え切れず夜風に揺れる草花の上に転がる。仔羊は直ぐに立ち上がる。止まる事許されず、其れは自らを追う死に甘えると言う事。此の夜を越え彼と再び相見えるまで、仔羊は其れを目指して駆けるのだ。
 仔羊の耳に乾いた音が届く。自らを追う者があの木を踏んだのだろう。此方と彼方は緩やかだが確と間が縮まって居る。追い付かれるものか。自らには彼が鍛えて呉れた足が在る。其の思いで仔羊は脇目も振らず只管に森の中を、夜の終に向けて走る。

 事の始まりは彼との仲違いで在った。彼との喧嘩は珍しいものでは無く、其の度に仔羊と彼は絆を深め合って来たのだ。しかし、近頃では様子が違う。仔羊が慕う彼は欲を張って居る。獣と獣が行う、ヒトの為の争いに於いて。
 彼が強さを望んで居る、誰に対しても捻じ伏せる事が叶う程の強さを。出来るのならば、仔羊は彼に誉れを届けたい。しかし、自らは弱い。自らが敗けを以って地に横たわる度に、仔羊が愛する彼の双眸に浮かぶ濁りが増すのだ。慈しみを秘めたあの貴き瞳が。
 天の陽が西日に近づく頃、仔羊は彼の下を去った。彼が仔羊の名を呼ぶが、振り返る事は無く。数え切れぬ程に繰り広げた仲違いで在るが、仔羊には永い別れを意の中に結んで居た。宵が深まり、覚えの無い森を彷徨う。其の闇の中、草花の上に横たわる肉を爪で切り落とし己の口に運ぶ獣と巡り合わせた時に初めて、仔羊は自らの行いを恥じ、そして悔いた。

 既に自らの直ぐ後ろへと獣は迫って居た。仔羊の軀から伸びる柔い毛並みの先が、追手の爪が其れを掠める事を伝える。振り返りはし無い、否、出来無い。仔羊は宵に沈む木々や藪の狭間を潜り抜け続けるだけを考えて居た。直近に迫る追手の他に、仔羊は自らの胸中に溢れる怖れとも戦って居た。
 此れが在るべき獣の姿、奪うか奪われるかは総て爪牙の鋭さで決まる沙汰。情けなど欠片さえ見出せ無い夜に、心が狂いそうに成る。
 自らは正しく彼の下で守られて居たのだろう。失ったからこそ気付き、気付いたからには戻るを願う。戻れば又もや彼に厭気を覚えるだろうか。そうで在るとしても、仔羊は彼の獣なのだ。彼を守り、彼に守られる。彼が欲するものを自らが与えるに叶わ無いとしても、「あの日」に自らを抱き締めて呉れた慈しみを真で在ると、此れからも信じて居たいのだ。
 故に、名も知らぬ獣の糧と成り果てる訳にはいか無い。又もや毛の先を掠めた。言葉に成らぬ獣の嗤いが木々の中に響く。軀が重い、息が重い。其れでも、其れでも仔羊は此の夜の尽きる所に彼を見出したいのだ。待って居て欲しいのだ。だから。

 自らの頭の上を其れが横切るまで、仔羊は砂一粒の程の気配すら分から無かった。其れは狭き木々の間ですら轟風を引き連れ、仔羊の軀は勢いを孕む風に容易く転ばされた。
 訳も故も仔羊は知らず。新たな追手か。疲れと痛みに苛まれた軀を藪から引き抜く。直ぐ様、又もや駆け出そうと重い足を上げた時、仔羊は固まった。
 自らを追って居た獣の頭が、森の地へ趾で押さえ付けられて居た。顔は彼方へと向けられて居るが、間違い無く事切れて居るだろう。自らの命を狙った者が、己の命を奪われたのだ。慄く仔羊は其れでも必死に首を上げる。

 獣の命を奪った者は、先が欠けた嘴から一つ息を吐き出した。焼け爛れた左の横顔の中心に陣取る潰れた瞳には、如何なる情も感じず。背も頭も翼も自らと同じく綿に似た毛並みに包まれて居るが、秘めたる力には、其の獣から溢れ出る妖と竜の意と仔羊には差が過ぎる。もう遅い、逃げ足一つ踏んだ所で直ぐに仕留められる。零るる涙を抑えられずの仔羊が草花の地に腰を下ろす。此れが終いか、其れを拒めずか。仔羊は小さき軀の脳裏に彼の笑顔を思い浮かべる。
 羽毛に包まれた獣が光に包まれるが、直ぐに収まる。飛び散る光の残滓から僅かに照らされた軀は妖の意が消え、白き羽毛も減って居た。仔羊を見る。射竦められた仔羊の、地に伏せた股から生暖かいものが流れ出た。
 竜は歪な形をして居た。左の顔は焼け爛れ、頭から伸びる二本の冠羽の片方は短い。羽毛に包まる胴から伸びるは左の翼のみ。右は空、此れでは空を飛ぶ事は出来無いだろう。仔羊は凍り付く考えの片隅で彼との思い出を掘り返す。獣が宿る夕焼け色の板が教えて呉れた。遠き地に居ると言う竜の姿を。そして、此の地に生きる命ならばヒトでも獣でも知って居る。「ヒトの巣から外れた広大な大地の何処かに、『片羽の妖精』と呼ばれる強き獣が住まう」と。
 仔羊は悟った、『片羽の妖精』は竜で在った。柔き羽毛に包まれた鳥の姿をして居るが、此の世の総ての生殺の上に君する竜の眷属。名は囀竜。此れから自らの命まで奪う者か。仔羊は悔やむが、俯き怯える他に如何なる術も持ち合わせて居無い。 

「ねえ」

 囀竜が仔羊に呼び掛けた。返を言えずの仔羊が震える。傍から聞けば麗しき声色と覚えるだろうが、其の声は自らに投げ掛けられたのだ。其れに何が続くのか、僅かに考えるだけでも恐ろしい。獲物に対する侮蔑か、或いは憐れみか。何れにせよ、待ち構えて居る物は永き眠りか。
 仔羊が閉じる双眸に力を込める。自らの命を捧げる事と成っても、心までは奪わせぬ。彼の獣で在る誇りまでは喰わせる訳にはいか無いのだ。其の意を固めた仔羊に放られた続きは、思いも寄らぬ一言だった。

「君、ヒトと一緒にいる獣でしょ? 君を食べないからついてきてよ、聞いてほしいことがあるんだ」

 仔羊が驚きを以って見上げる先、囀竜は仕留めた獣を趾で宙に投げた。落ちて来た軀を片羽の背に担ぐと、森の奥へと歩き出した。
 断れば、其の問いを口に出すのは恐ろしい。仔羊が震える足腰を奮い立たせ持ち上げる。臀を濡らす自らの惨めさを感じながら、仔羊は時折高い雲が隠す月明かりが降り注ぐ森の中を、囀竜を追って歩く。仔羊が歩く毎に、彼が与えて呉れたヒトの道具が、「スズ」が鳴る。何れにせよ、必ず彼の下へ帰る。獣の亡骸を背負う竜を見つめながら、仔羊は再び意を決した。





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 温い。草木が生えぬ剥き出しの森の地に咲く焚き火に照らされながら、腰を下ろし座る仔羊はそう感じた。柔い毛並みに覆われて居るが、自らは炎を操る術を持たず。息吹一つで木枝と枯れ葉の寄せ集めに火を点けた囀竜へ僅かに恩を覚えながら、仔羊は焚き火を見つめて居る。

「君も食べる?」

 夜風が微かに煽り揺らぐ炎を挟んだ対に座る竜が、仔羊に問う。仔羊が顔を上げると、彼方から眺める山々の如き先が欠けた竜の嘴には血が滴る肉が咥えられて居た。

「僕はいらない」

 未だ怖れが蝕む意を胸中で叱り付け、仔羊は其れだけを返した。仔羊は草を喰む獣。仮に血と肉の味を好みとして居たとしても、土の上に転がる囀竜が喰い散らかした骨と腑を見て誰が食の欲が湧くものか。
 しかし、鱗を持たぬ竜に於いても悪戯に逆撫でする事無く。仔羊の望みは彼だ、其れを自らで断つは愚かの極み。彼を見失った今だからこそ分かる。

「そう、おいしいのに」

 囀竜が小骨を吐き出す。小さな音を奏で、其れが地に生い茂る草の中へ消えた。此れから此の竜が何を語るのか。威に満ちた傲りか、或いはヒトに付き従う獣に対する蔑みか。竜が己の足元に小高く積んで居た木枝の幾らかを咥え、燃え盛る炎へと焚べた。

「俺はね、昔は君と同じ、ヒトと一緒にいたんだ」

 仔羊が片羽の竜の相貌へと見開いた目を向ける。焚き火に照らされた竜の其れは、僅かに微笑みを湛えて居た。翼一つで凄まじき風を生み出す力、竜と言えど長き鍛錬を要するだろう。仔羊は囀竜の口振りを騙りとは断じ無い。自らを生かし続ける故、「ヒトと共に生きた者のみが知るもの」を聞かせたいのか。押し黙る仔羊に目を配らず炎を見つめた儘、竜が続ける。

「俺のこの傷はヒトにつけられたものじゃなくて、俺がまだ竜じゃなかった頃、獣につけられたものなんだよ。昔は、俺は弱かったからね。ヒトはこういう傷を醜いって言うけど、『あいつ』は違った」

 『あいつ』とは。問わずとも分かる。仔羊が彼を慕う様に、囀竜にも其れが在ったのだろう。心を重ね、共に生きるヒトとの仲が。ならば、何故別れた。竜は永く生きると聞く。命の長さの違いか。或いは、長く共に居る事で生じた埋められずの溝か。仔羊の胸中に針の如き痛みが走る。

「『あいつ』はね、俺を鍛えてくれた。俺が飛べない惨めな獣でも、笑って撫でてくれた。嬉しかったよ、本当に。ずっとこんな日が続けばいいなって、ずっと考えながら『あいつ』と過ごしてた。君は迷子? それとも……」

 囀竜の隻眼が仔羊の顔を眺める。微笑む儘の片羽に対して仔羊の相貌は曇り、そして俯く。

「ヒトと……ケンカしたんだ……」
「そう、そういう時もあるよね。俺もたまにあったよ」

 火に焚べられた枝が乾いた音を立てた。片羽が紡いだものは其の場凌ぎの出任せに非ず、「其れを知る者」のみが交わす事許される言葉で在った。仔羊には竜の小気味好さが心地良く、されど彼を想えば又もや痛みが。暫し互いに無言、そして先に破った者は囀竜で在った。

「俺が竜になると、『あいつ』はとても喜んでくれたなあ。あの時は嬉しかった。そして、俺と『あいつ』は負け知らずになった。飛べない竜でも勝てるってのを見せつけたくて、つらい時もあったけど鍛錬を続けたんだ。『あいつ』も、出会った時は君みたいな子供だったのに、いつの間にか竜の俺が『あいつ』の言葉についていくのがやっとになってた。俺と『あいつ』は、本当にお似合いだったと思うよ」

 囀竜が炎の中に枝を放る。仔羊は木々の合間の奥に広がる宵空を見上げるが、夜が明ける気配は感じられず。今は朝に向かって居るのか、更ける最中か。其れすらも分からず。
 竜の瞳が刃の如く鋭く成る。仔羊は息を呑んだ。此処からが、竜が真に自らへ語りたいものだ。憂いさえ帯びる囀竜の一つ眼。仔羊は投げ掛ける言葉を持たず。

「でもね、ある時、俺は負けたんだ。あの時のことは、忘れたくても忘れられない。ひどい負け方だったよ。さっきの、妖の力を使っても手も足も出なかった。俺に勝った獣をつれていたのは、その時の『あいつ』と同じくらいのヒトの子供で、『上には上がいる』って俺も『あいつ』も思い知らされたんだ」

 押し黙る仔羊の眼に映るもの。軀に澄んだ快晴と同じ色を纏いながらも、宵の中に灯された火炎の前で僅かな笑みを形作る片羽の竜。其の意は決して愉しきものでは無いと、仔羊は幼き心ながらも察した。

「それからだよ、『あいつ』が変わったのは。『あいつ』はそれからも俺を優しく撫でてくれたよ。だけど、見てるものが変わったんだ。『あいつ』は、自分に勝ったあのヒトの背中を追うようになった。それまで『あいつ』の獣は俺だけだったのに、また一頭、また一頭って増えていったよ。全部、あのヒトに勝つためにね」

 仔羊が口を開くが、言葉が出ず。似て居る、仔羊が慕う彼に。竜が語る『あいつ』は何処へ行き着いたのか。其の問いを仔羊が紡げず儘、片羽が続ける。

「だから俺は『あいつ』を捨てた。『あいつ』は、もう俺が知ってる『あいつ』じゃなくなったんだ。さよならなんて言わなかったよ。いつもみたいにヒトの道具の玉から出た後に、何気ない顔をして歩いて、それっきり。『あいつ』が今はどうしてるのか、俺は分からないよ。たぶん、あのヒトにまだ勝ててないんじゃないかな。すごく強かったし」

 仔羊が見つめる囀竜は、欠けた嘴から一つ息を吐いた。自らが走り去った其の先まで、此の囀竜は辿り着いたのだ。先程から蝕む胸の痛みに、竜はどれ程の時を耐えて来たのか。其の総てを推し量るに自らは幼いが、片鱗のみは感じ取る。
 此処だけが夜の中に穴が空いて居る。仔羊と竜を取り囲む闇は、未だ明ける素振りを見せ無い。

「でもね、それは実を言うと全部俺のわがままで、本当は『あいつ』に俺だけを見てほしかったんだよ。『あいつ』に心の底から愛されたかったんだよ。君は、それがどういうことか分かる?」
「……どういうこと?」
「交尾したいってことだよ」

 囀竜が仔羊の顔を眺めながら軽やかに笑う。其の笑みを目の当たりにした仔羊の股に在るものが疼くが、幼き仔羊は其の欲を持たず。
 番う事を願う竜、強く在る事を願うヒト。埋められず其の儘残った溝、眼に映らずの傷。其れらを笑い飛ばせるまで、此の竜は。幼心で在るが俯く仔羊に対して、片羽は笑みを深めた。

「言っておくけど、情けなんていらないよ。君には聞いてほしかっただけ。ヒトに惚れちゃった身の程知らずの獣の笑い話を聞かせたかっただけだよ。君はどう思う? この憐れな『片羽の妖精』の真実を?」
「君は……それでよかったの?」

 仔羊が問いに問いを以って返す。問われた囀竜の笑みは、笑む儘で在るが渇きを浮かべた。仔羊の胸中には二つの針が刺さって居る。一つは、自らの彼を想うが故の針。一つは。

「さあね、今となっちゃ分からないよ。分からないけど、これでよかったんだと思う」

 何を想うか、何を諦めたか。其の答えを知った仔羊は口に出せず、竜は灯火に息を一つ吹き炎の勢いを増した。片羽に刺さるは鉤針だ。引けども抜けず、肉を裂く。其れは自らが足掻いた所で取り除く事叶わず、竜は針を抱く事に愛おしさすら覚えて居るのか。
 仔羊の前に、誰しもが恐れ慄く『片羽の妖精』は消えて居た。其処には唯一つだけ、傷痕と決して癒えぬ傷を携え生き続ける独りの竜で在った。

「俺の話はこれでおしまい。こんなつまらない話を聞いてくれてありがとう。今度は君の話を聞かせてよ」
「僕の……?」
「そう。ヒトと生きた獣には『あいつ』と別れてから話をしてないんだ。聞かせてよ」

 囀竜に促され仔羊は、自らと、自らが慕う彼の話を口から紡ぐ。時折、仔羊は笑い、怒り、そして涙を流し、彼の下を去った過ちを悔いた。竜は仔羊と共に笑い、宥め、そして仔羊の傍らに腰を下ろし、残った己の翼で小さき獣を抱き寄せた。
 焚き火は消え、夜の黒が僅かに青み掛かって来た。夜明けが近い。

「君ならまだ間に合う、俺には分かるよ」
「本当……?」

 零るる涙を止められぬ仔羊が片羽の顔を仰ぎ見る。片羽は柔らかな笑みを返して居る。

「ああ、君は俺と違う。だから君はそのヒトと一緒にいるべきだよ。一つたのみ事をしていいかな?」
「何……?」

 囀竜が己の胸元を包む綿毛に顔を埋め、何かを咥えながら再び顔を上げた。珠だ。玉の形をした、白と薄い青の曲がった線を帯びて居る。竜は嘴に咥えた儘、其の珠を仔羊の顔に近づける。珠からは妖と竜の気配が漂って居る、只の珠に非ずか。正しく珠、竜の至宝なるものか。
 其の宝を、囀竜は仔羊の綿毛に埋めた。仔羊が目を見開くが、嘴を仔羊の毛並みから引き抜いた竜は笑みを湛えた儘。

「だめだよ、もらえない!」
「いいんだ。これはお守りくらいにはなるよ。それで、もし君が『あいつ』に会ったら、これを『あいつ』に返してほしい。きっと君なら『あいつ』に会うかもしれないから」
「僕が?」
「そう、君は今より強くなって『あいつ』に会うよ。君にそれを返してもらった『あいつ』は、これがどういう訳か分かってくれるだろうから」

 片羽が立ち上がる。仔羊が見上げる空は更に宵が薄れて来た。彼は今、何をして居るだろうか。自らを想って呉れて居るだろうか。其れを想うと、胸の内へ更に熱が生じた。

「ヒトの巣の近くまで送っていくよ。君に話せてよかった」

 飛べ無い竜が木々の合間を進んで行く。仔羊は後を追った。此の夜は忘れる事は出来無いだろう。否、忘れるものか。
 『片羽の妖精』に並んだ仔羊は、微かに「ありがとう」と呟いた。


















「お前が最後の一匹だ!! 頼んだぞ、バイウールー!!」

 彼が投げた玉から光と共に出る。敷き詰められた石の上を己の四肢で踏み締める。
 仔羊は「あの夜」から更に育ち、仔羊とは呼べぬ程の角と軀を手に入れた。彼に付き従う者達に於いて、最も逞しきと称される程の獣と成った。
 かつて仔羊だった羊が争いの志を以って顔を上げると、驚きで目を見張った。其れは対する鋼の竜の所為では無く、遠巻きに此方を眺めるヒトの群れの横に大きく掲げられた模様だ。

 似て居る、『片羽の妖精』に。形は違うと言えど右と左で異なる色に塗り分けられた竜の顔に、羊は「あの夜」に出会った竜を想い重ねた。

 鋼の竜と竜の模様、其の狭間に立つヒト。羊と彼を睨み、獣のみならず己でさえ此方へ襲い掛からんとする如き気迫。
 そうか、『彼』が。自らを慕う彼にさえ隠した毛並みの奥の珠が、疼いた様な気がした。羊は双眸に結ぶ、決して折れる事許されずの意を。自らの為に、『片羽の妖精』の為に、彼の為に、『彼』の為に。


 敗けられない。


 了



 拙作をお読み頂き本当にありがとうございます。
 ここからは大会投票所にて頂いたコメントの返答を致します。

初読時からすごいと思った作品でした。硬い文章できつい描写もありましたが、それらが気にならないくらい濃い物語だったと思います。薄明の翼のホップ回を思い出しました。平行線上の物語かなぁと思ってみます。
 お褒め頂きありがとうございます。全ポケモンの中でも屈指のもふもふポケモンが二体も出てくるお話なのに文章と展開がわりかしハードなのは私の性癖、お褒め頂いたのは原作and薄明が素晴らしかったおかげですね。御賢察の通り、「薄明を踏まえた上で、ホップ君の手持ちからウールーがいなくなった時期」あたり想定して書き上げました。

歴戦チルタリスさんの語りがひたすらかっこいいお話でした。
 そう感じて頂けて嬉しい限りです。「キバナさんの手持ちのチルタリスだったら、こういう性格かな?」と考え描写致しました。実を言うと、キバナさん自体が諸所に柔らかさが見受けられる性格ですからそこに寄せた分もありますし、元ネタの方の『片羽の妖精』に寄せた分もあります。

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Last-modified: 2020-07-20 (月) 12:21:42
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