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背き戻れぬ路の果てに

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この小説は直接的な表現ではありませんが、ポケモン×人の性行為の描写があります。
このことをご理解いただいたうえで、お読みください。



――寒い、寒い、寒い。
蕭々降りしきる雪の中で、一人の女と一匹の狐がゆっくりと、ゆっくりと寄り添いながら歩みを進めている。
いったい、どれほどの月日を歩いてきたのだろうか。
ボロボロの外套を纏った女は寒さで凍え、今にも倒れそうな程、その歩みは不安定だ。
狐の方は寒さに強いのか、凍える素振りは見せない。しかし元の金色の美しい毛色が見る影もなく汚れ、痩せ細っている。
二人が行きついた先は果ての海岸。
微かに雪が積もる砂浜に寄り添って座り、広大な海の向こうにわずかに見える遥か彼方の地を見つめる。
ただ、ただ、ずっと目の前の地を見つめ続けた。
そして、疲れ果てた二人は、身を寄せながら、いつの間にか瞼を下ろし、眠りにつく。



背き戻れぬ道の果てに


新月の早朝。関東地方にあるとある場所で。
冬の冷たく、凛と張り詰めた空気を頬で感じて、ハルは目を覚ます。
暖かく包み込む布団に後ろ髪を惹かれながらも、彼女は意を決して起き上がった。
途端に体中を冷気が包み込み、思わず体が震えあがった。
昨日の暖かさは何処とやら。今朝は一段と寒いからもしかしたらと思い、黒く長い髪を整え手早く羽織を着て、部屋から飛び出し期待を込めて戸を開けた。
「うわあぁ」
目の前に広がる庭を染めるのは、一分の汚れもない白い、白い雪。
そして、雪が眩しい冬の朝日の光を浴びて、燦々と輝くさまはとても美しかった。
そのあまりの美しさに吸い込まれるように、庭へ足をのばした時、
「素足で庭に降りるなど、はしたないですぞ」
と横から声を掛けられる。
「ウタマル……。何時から居たの」
そこに居たのは自分より少し年上で、幼い時から知っているハルの男従者。
もう二十を超えようとする歳なのに、まるで幼子のように景色に見とれ、素足のまま無意識に庭へ降りようとしていたところを見られた。その気恥ずかしさで、ハルは思わず顔を背ける。
「姫が起きられる半刻ほど前でございます」
「もうっ、戸を開ける前から居たなら挨拶くらいしてよね」
戸を開ける前の嬉々とした姿もしっかりと見られていた恥ずかしさから、また小さいころからの付き合いのため語気もついつい荒くなってしまう。
「ははっ、申し訳ありませぬ。代わりにと言っては何ですが、朝の散歩に行かれるのでしょう?履物を用意しましたよ」
そんなハルの物言いを全く気にすることなく、ウタマルは笑みを浮かべながら謝罪する。
そして開いた戸の先に、用意していたハルの履物を取り出して置いた。
「ありがとう。私の事、なんでもお見通しなのね」
「ええ、伊達に姫が幼少の頃よりお側に置かせ頂いておりません」
ウタマルは自信に満ちた口ぶりでそう答えた。


ハルは用意された履物で庭に積もった雪を踏みしめながら、雪に染められた庭の風景を堪能し、ゆっくりと歩いていく。
大きな池に架かる橋を渡り、少し歩いた庭の端っこに目的の場所はある。
庭の端には、小さな池と、隣にポツンと一本だけ立っている早咲きの梅と、雪に映える金色の毛と九つの尾を持つ狐――。
「カナタさん」
ハルは木の横で座り、梅の花を見上げていた人とは違う生き物――ポケモンに声を掛ける。
『やあ、おはよう。ハル』
呼び声を聞いて狐は振り返り、ハルの目を見て挨拶を返す。
この狐は、キュウコンと呼ばれるポケモン。
本来ポケモンは人と会話をすることのできない、野生で自由に生きる獣として世間では認識されている。
しかしカナタという名を持つこのキュウコンは、神通力という技を用いて人に自らの意思を声のような形で伝えられるという。
ハルもウタマルも初めて出会ったときには大層驚いたが、今では親しく会話をするほどの仲になっている。
そしてハルにとっても、カナタにとっても、互いに意思の疎通がとれるというのは大変都合がよかった。
というのも――。
『ほら、昨日咲いた梅が今朝の雪で化粧しているよ』
カナタは、真上に咲く梅の花を見ながら話しかける。
「凄く綺麗ですね。私、今朝の雪を見たときにカナタさんは絶対ここに来るだろうと思っていましたよ」
梅の木に近付き、雪化粧をした花を見ながら、ハルは笑顔をカナタに向ける。
二人はとても感性が似ていて、綺麗な景色や見知らぬ地の物語などがとても好きだった。
人とポケモンという違う存在でありながら、景色や共有できる相手として互いに貴重な存在だった。
初めて出会った日から、カナタは美しい感性を持つハルに惹かれたのか、毎日のように庭に訪れた。
そしてハルもまた、カナタが来るのを待ちわび喜んだ。
この日も、二人はいつもと同じように色んなことを語り合った。
ハルは人間の暮らしや、人間の作り出した物語を。
カナタはかつて旅したシンオウ地方や、そこで見た美しい光景や出来事について。
陽が暮れるまで、庭や、近くの雪原などを歩きながら、時間を共有した。


そんな二人の出会いから一月ほどが経ったある日。
二人はいつものように出かけていた。
普段と違うのは、ウタマルがいない事。二人きりで近くへの森へと出かけていた。
雪によって普段とはまったく表情を魅せる森を二人は一日かけて歩き回り、今は帰路についている途中だった。
「ちょっと遅くなってしまいましたね」
木々の合間から見える夕焼け空を見上げながら、ハルは隣のカナタに声を掛ける。
『そうだな。夜になってしまう前に急ごう』
夜行性の危険なポケモンが起きる前に森を抜けようと、二人は歩みを早める。
しばらく進んでいると突然、茂みの中からラッタが飛び出してきた。
現れたラッタは、興奮した様子で二人に敵意を向けながら甲高い声で鳴き喚く。
『違う。彼女は森やお前たちの住処を荒らしに来たわけじゃない』
ラッタが何を言っているのかハルには全く分からないが、カナタはラッタの言い分に反論をした。
しかし、ラッタはなおも敵意を向けたまま鳴き続ける。
『だから違うと言っているだろう。そこを通してくれないか!』
一向に話を聞かないと思われるラッタに、カナタはつい語気を強めてしまう。
それが原因なのかは分からないが、ラッタが先程までとは違った、低い声で大きく鳴いた。
気が付いた時には、ラッタの背後の暗がりに数えきれないほどの不気味な光が浮かんでいた。
『まずい。ハル、逃げるぞ!』
カナタがそう叫ぶと同時にラッタもまた、けたたましく叫びだす。
刹那、暗がりから大量のラッタが、コラッタが飛びでてくる。
二人は来た道を全速力で戻り、追いかけて来るラッタ達から必死に逃げた。



「二人だけで森に出かけ、まだ帰らないというのか!」
用事を終えたウタマルは、二人がまだ戻らぬことを侍女から報告を受けていた。
なぜ止めなかった。なぜ付いていかなかった。と、侍女を問い詰めたい気持ちに駆られるが、小言を言っている場合ではないと自分を言い聞かせる。
「とにかく私は姫を探してくる。お前は姫が戻ってきた時のお迎えの準備をしろ!」
侍女に口早に指示を出すと、ウタマルは日が暮れ始める中、二人を探しに森へと向かっていった。



二人は追いかけてくるラッタ達から何とか逃げ延び、森の奥深くの湖にたどり着いていた。
『ハル、怪我はないか』
ラッタを神通力で蹴散らしながら逃げてきたカナタは、呼吸を整えながら問いかける。
「はい。それよりもカナタさんの足の怪我を何とかしないと」
ハルも全力で走り息を切らしていたものの、カナタが庇いながら逃げていたため怪我は無かった。
『俺は大丈夫だ。それよりも奴らに追われて奥深くまで来てしまったな』
カナタは敵対してくるポケモンがいないか周囲を警戒する。
「今日中に戻ることができるでしょうか」
『無理だろうな。俺はそんなに夜目が聞くわけじゃないから、もし夜に奴らに見つかったら、ハルを守りきれないかもしれない』
周囲にポケモンがいないことを確認できたのか、カナタは警戒を解いていつものような柔らかい表情に戻った。
「今夜は野宿ですか」
『すまないが、そうなるな。完全に陽が落ちる前に準備をしよう』
そうして二人は、手早く野宿の準備を始めた。
二人は集めてきた枯れ葉や枝を燃やして焚火をし、幸いにも見つけたオボンのみを口にする。
「湖に月や星が映って、まるで夜空が溶けたみたい……」
オボンを口にしながら、ふと目の前の湖を見つめてハルがポツリと呟いた。
『庭の池のも趣があっていいが、これはこれで綺麗だな』
カナタも同じように湖を見つめて同意する。
「庭の池に映る月は何度も見たけれど、こんな大きな湖に映る夜空は比べようにないくらいに壮大ですよね」
ハルはそういうと、少し間を置いてから、
「カナタさんがいなければこんな風景は一生見られなかったのでしょうね」
と満面の笑みを浮かべながら言い。そして「ありがとうごさいます」と続けた。
『俺の方こそ、ハルから色んなものをもらって、感謝しても仕切れないよ』
そうして二人は互いに目を見合わせて笑いあう。
二人の間に沈黙が流れる。
その長い沈黙をカナタが静かに破った。
『俺たち、いい番に……。人間は夫婦って言うのだったか、に成れると思わないか』
驚くハルをよそに、彼女と向かい合うように動いて。
『俺は君に惹かれている』
ハルの目を見つめて、
『君の考え方、感じ方、話し方。全てがとても魅力的だ』
燃え盛る炎のような深紅の瞳にただ一心の慕情を込めて告げる。
『ポケモンでも、ここまで惹かれる存在はいなかった』
ハルも同じ思いだった。人でもここまで惹かれる、魅力的な存在はいなかった。
でも――。
「でも、私たちは――」
自分たちが違う存在なのだと、結ばれてはいけないのだと。
『前に話しただろ、遥か彼方のシンオウの話を。そこでは、人とかポケモンとかそういう枠に囚われずに生活していると』
ハルは否定を口にしようとするが、カナタは止まらない。
『もちろん、君の家族に理解してもらえるなんて思っていない。だけど、家を離れた今だけは君の正直な気持ちを教えてくれないか』
深紅の瞳の目から向けられる思いは、一向に冷めない。
「私は……私は……」
ハルは思いを口にしていいのか、迷ってしまい口籠ってしまう。
しかし、一心に向けられるカナタの想いを乗せた眼差しを見て、自分もその想いに応えなければならないと感じた。
そして――。
「私は貴方様をお慕い申しています」
ハルはカナタへの想いをしっかりと、彼の眼を見つめて言の葉に乗せて紡いだ。
ハルの想いを聞いて、カナタは柔らかな笑みを浮かべて、ハルの頬に自分の頬を重ねる。
そして、今度は顔を正面へと移し、ゆっくりと優しく口を重ねた。
「カナタさん……」
生まれて初めての接吻に、ハルは顔を真っ赤に染めてカナタを見つめる。
『ハル。少し寒いかもしれないが、君の全てを魅せてくれないか』
カナタは、今度はハルの耳元に口を寄せて静かに囁いた。
神通力による意思疎通のはずなのに、その甘い囁きが、まるで本当に耳元で発せられたかのように感じる。ハルはその甘すぎる言葉がくすぐったくて、気持ちよくて、思わず身を震わせる。
そして、静かに身に着けていた着物を脱いでいく。
彼女の体を覆っていたものが少しずつ取り払われていき、その素肌が徐々に露わになり月明かりに照らされる様子はとても欲情的で、カナタは思わず固唾をのんだ。
『人間の着物なんて動きの邪魔になるだけだと思っていたが……。脱いでいく様を見るのは良いものだな。またハルに良いものを教えてもらったよ』
初めて見る人の――ハルの裸体に思わず見惚れてしまったことを誤魔化すかのように、カナタはハルをからかった。
「もうっ、カナタさん……」
『はは、悪かったよ』
異性の目の前に初めて柔肌を曝けだす恥ずかしさで、顔と耳を真っ赤に染めて秘部を手で隠す。
それがまた一段とカナタの色情を掻き立てる。
『さあ、俺に身を任せて。力を抜いて、俺の目を見て』
カナタは、優しくハルを押し倒していく。
「カナタさんの体、あったかい……」
『ハル。せめて今日だけは、他人行儀な呼び方じゃなく』
カナタの言おうとすることを理解したハルは、彼の耳元で静かに囁いた。
「カナタ……初めてだから、優しくしてね」
月明かりに照らされながら、人の柔肌とポケモンの毛皮が今、重なる――。



そんな二人の姿を木の陰から見つめる者の姿が、その場から静かに立ち去っていく。
その顔は、悔しさ、怒り、憎悪、軽蔑――様々な感情がぐちゃぐちゃに交じり合って酷く歪み、固く一文字に結ばれた唇からは血が滲んでいた。



次の日、朝早くに戻った二人を待ち受けるのは、ハルの父親と、ウタマルと、多くの家臣たち。
「父上……」
「ハル。私は今までお前を自由にさせてきた。政に関わりたくないというお前の我儘も聞いてきた」
父親はハルに対して別段心配したような素振りも見せずに、冷淡な声で淡々と話し始めた。
「だが、獣と盛るなどという 背戻(はいれい)までをも許すわけにはいかない」
「えっ……」
そして続けられた言葉にハルは思わず息をのみ、驚いてしまう。
その様子を見て確信したハルの父親は、冷淡な声のまま「捕らえよ」と家臣に命令した。
その命令を受け、家臣の一人がカナタへ矢を放った。
矢は風を切り、一直線に飛んでくる。
『がっ……』 
そして、カナタの胴に突き刺さる。
ハルが悲鳴をあげる。
「抵抗するなよ、獣。お前が抵抗するならば、娘の前であろうと殺す。娘の前で醜態を晒したくなければ、大人しく捕まるのだ」
『くっ』
カナタは今にも泣きそうで悲痛な表情を浮かべるハルを見て、その場に静かに座った。
抵抗する意思がないことを確認した家臣たちは、カナタに恐る恐る近づき、首を、口を、胴を縄で縛る。
「連れていけ!」
「カナタっ!」
ハルはカナタに駆け寄ろうとするが、近くに来ていたウタマルに体を押さえられ前に進むことが叶わない。
「ウタマル、放しなさい!」
必死に暴れ、自らを押さえるウタマルを振りほどこうと藻掻くが、びくりともしない。
カナタは連れていかれ、どんどん遠ざかってしまう。
「姫様、聞き訳なさい!」
強い口調と、鋭い視線で睨まれてハルは思わずひるんでしまう。
「ハル、お前は今後部屋から出ることを許さん」
父親はハルに近寄ると、厳しい口調で部屋に戻れと言い放つ。
「ウタマル、よく知らせてくれたな。危うく娘があの狐に誑かされ、背戻(はいれい)の路に進むところだった」
そしてウタマルには口調こそ変えていないが、礼を言った。
「いえ。姫が背戻(はいれい)の路を行くのを、見過ごすわけにはゆきませんので」
主の言葉に、ウタマルは静かに答えた。
突然乾いた音が庭に響き渡り、周りの家臣たちがざわめき始める。
ハルが、ウタマルの頬を思いっきり引っぱたいていた。
ウタマルは反射的にハルを睨みつけようとするが、今までハルから向けられたことのない悲しみに、怒りに濡れた眼差しを見る。
その眼があまりにも痛くて、苦しくて、ウタマルは睨むことを忘れてしまっていた。
「姫様……」
何と声を掛けたらいいのか分からず、ウタマルはただ見ている事しかできない。
そんなウタマルに一瞥もせずに、ハルは近くにいた侍女を呼びつけ部屋に向っていってしまった。


ウタマルは自室にこもり、自分の心に「これでいいのだ」とただひたすらに言い聞かせていた。
姫とカナタ。二人は確かに強く惹かれあい、思いあっている。しかし、人とポケモンが交じり合うなど、許されることではない。
いつか姫も心惹かれる相手を見つけ、婚礼の儀を挙げることは覚悟していた。
いくら姫に思いを寄せようとも、ただの従者である自分には叶わぬ願いだと分かりきっていた。しかし……しかし、なぜその相手が獣だというのか。
あの夜、体を重ねる二人を見て、ウタマルの様々な負の感情がぐちゃぐちゃに混ざり、その感情のままに主に二人の関係を――森で目の当たりにしたことを伝えていた。
だが、本当にこれで良かったのだろうか。
姫はカナタが捕らえられてから、部屋の戸を閉ざし、外に出ることもなく。侍女の話によれば、食事も喉を通さずに、カナタの名を口にしてはすすり泣いているという。
「姫の幸せのためには、仕方なかったのだ」
ウタマルは酷く掠れた声で出た、全く自信の感じられない自らの言葉に、何て情けないのだろうと思った。
そもそも、幸せとは何なのだろうか。
人としての当たり前の幸せは、本当に、姫にとっての幸せなのだろうか。
カナタは炎を出せるという事で利用され、殺されこそしない。しかし、彼がこのまま囚われ続けていて、この先、姫はその顔に笑みを浮かべることはあるのだろうか。
長い年月を経て、今回の事を乗り越えて別の幸せをまた得たとして、カナタと話しているときのような笑顔になることはあるのだろうか。
少なくとも、自分には出来ない。出来る自信がない。
ひたすらに隠していた姫への慕情を持ってしても、ウタマルにはその光景を浮かべることはついに出来なかった。
気が付いた時には、丑三つ時。
ウタマルは、カナタが捕らえられている、牢の前に立ち尽くしていた。
『どうした、姫を誑かした獣が捕まっている様を笑いに来たか』
突然現れたウタマルに、カナタは驚きながらも相手を睨みつけ皮肉を口にする。
それに対し、ウタマルはただ「すまない」と掠れた声で呟いた。
その瞳には――。
『泣いているのか』
涙が浮かんでいた。
そして、無言のままに牢の扉を開け、カナタの四肢を拘束している縄を短刀で切った。
『俺たちのことを話したのはお前だろう、何故助ける。それに俺を逃がしたことが気づかれれば無事ではすまないだろう』
「……姫の為を思っての事だ」
そう言葉では言っているがカナタは、ウタマルにはまだ未練があることを感じ取っていた。
『自分の幸せではなく、ハルの為か……。涙を浮かべるくらいには未練が残っているだろう。人とは分からないな』
「この先、姫と添い遂げるつもりならば、人のことを勉強するのだな」
それから二人は何も言葉を交わさずに屋敷の中を歩いていた。
月が雲に隠れ、何も照らすものがない暗闇の中、カナタとウタマルは雲の切れ間から微かに照らす月光を頼りにハルの元を目指した。
そして、ハルの寝室の戸を開けて部屋に入り込む。
深夜の訪問者にハルは警戒をしていたが、部屋を優しく照らす灯の光に映るカナタの姿を見て、驚きの声をあげそうになる。しかし、慌てて両手で口を塞ぎ声を殺した。
「……か…た」
先程までも泣き続けていたのだろうか、思わぬ再会に感極まっているのか、それともその両方か。やっとのことで口にした彼の名前は、聞き取れないほどに掠れてしまっている。
泣き崩れてしまったハルに、カナタは近寄って、体を寄せる。
『俺と一緒に行こう』 
そして優しく語りかけた。
『この先に何があろうとも、君を守る。だから、一緒に同じ道を歩いてほしい』
「はい……はい……」
カナタの告白に、ハルは喜びで涙を浮かべ、声を震わせながら、しかしはっきりと答えた。
「姫様、カナタ殿、申し訳ありませんでした」
二人の様子を見ていたウタマルは、膝をつき、謝罪をした。
「私は、姫様にとっての幸せというものを勝手に決めつけ、押し付けてしまっていました」
そして声を震わせながら言葉を続ける。
「ウタマル、今までこんな私の大切な友人でいてくれてありがとう」
ハルは頭を下げたままのウタマルの顔を上げさせて、笑顔で感謝の気持ちを伝えた。
夜が明けてしまわぬうちにと、三人で旅立つ準備を始めた。
『さあ、行こうか』
「はい」
互いに声を掛け合い、そして、ハルとカナタは暗がりに向かって走り出した。
故郷に背を向け、決して戻れない。行く果ても見えず、ただ、隣に互いの姿が見えるだけの辛く、幸せな路を。



行きついた道の果てで眠りについていた二人は、朝の陽の光を受けて目を覚ます。
焚いていた火も、いつの間にか消えていた。
「おはようございます……」
『ああ、おはよう』
二人とも限界を迎えようとしていながらも、顔を寄せ合い、微笑んで、挨拶を交わす。
そんなやり取りに恥ずかしさを覚えたハルは、目の前の海に視線を移す。
「あ……あれは」
そこに見えたのは、聞いたこともない美しい歌声を響かせてこちらへ向かってくる、岩のような甲羅をもつ、天色の美しい――。



人と結婚するポケモンがいる。
ポケモンと結婚する人がいる。
それは、遥か彼方のシンオウの地では、当たり前のことだと聞く。
ならば何故、この地では許されないのか。
ただ、そこに愛し合う一人と一匹がいるだけだというのに、人同士、ポケモン同士のそれと、どこに違いがあるというのか。
私はお二人を見ていて、そこに一つの愛があるだけなのだと――人やポケモン同士のそれと何ら変わりないという事を思い知らされた。
だから――。
例えお二人の行く道の果てに何が待っていようとも、その道程が幸せに溢れたものでありますよう。
恐れながらも、姫をお慕いしていた者として、祈るばかりである。
そして願わくは、後の世がお二人のような存在を背戻者(はいれいしゃ)と捉えずに、受け入れられるような世になりますよう。
ただ、ひたすらに、願うばかりである。
――桂木 歌丸の手記より



カント―地方から遥か彼方のシンオウの地の、小さな町。
この日、町の祭場には多くの人が集まっていた。
ひらひらと雪が舞う中、集まった人やポケモンが並んで作り出した通路を、一人の女と一匹の狐がゆっくりと、ゆっくりと、寄り添って歩を進めている。
新郎は、雪に溶け込むような美しい金色の毛と九つの尾を持つキュウコン。
新婦は、目を惹かれる鮮やかな梅重色(うめがさね)の梅紋様が施された白無垢に身を包んだ女性。
二人が行きついたこの地では、誰も二人を否定することはない。この地の誰もが、二人と同じ選択をする仲間を受け入れてきたから。
故郷に背を向け、一年をかけて辿り着いた、この戻れぬ旅路の果てで今、二人の婚礼の儀が行われていた。
季節は奇しくも初春の令月。
何をするにも縁起が良いと言われるこの素晴らしき日に二人は、この地に、人に、ポケモンに祝福されて、新たな路へ向かって歩き始めた。


作者:カエデ
とりあえずコメント欄だけ

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  • 熱心に迫る様が大変素敵ですし、意外と貪欲な言葉が飛び出すのとか、どきっとしますよね、ほんと、ほんと!! カナタさんはどこまでもハルさんに添い続けた訳ですよね。尊い。それが糾弾されるというつらい世界にして、それでも互いに支え合うように歩いて行く、と、素敵です。カナタさんが射られる辺りとかも、実は何の問題もなく避けられたはずなのだけれど、ハルさんが実質的な人質であるために動けなかったのではないかみたいな見え方を感じていて大変エモい。
    とはいえウタマルさんとしては糾弾する理由の主たるところは嫉妬のようなものと見受けられ、ウタマルさんは寧ろ人とポケモンの行為に関しては受け入れる姿勢であるような感じもしますし、その実、言うほど差別的な世界でもなかったりするのでしょうか、等と思ったりもします。

    冒頭文は添い遂げ心中するかのようで、それもまた素敵だとは思っていましたけれど、最終的には、シンオウの地に辿り着き、正式な婚姻も結んで幸せとなった……と、まっすぐ読むなら多分そうなのだと思うのですけれど。実は冒頭の時点でふたりは既に助からない状態で、走馬燈を経て、天国でようやく結ばれる形になったのではないか、等ということも思います。寧ろ私の解釈は、こっちではないかと懐疑的です。エントリー文もなにやら不穏でしたし。どうなんでしょう。

    こう、こう、こう、素敵でした!!! --
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Last-modified: 2019-06-08 (土) 23:54:02
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