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聖戦 動き出した過去

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南十字


!!注意!!
この小説はグロ苦手な作者が無理矢理書いた戦記物ですが、今回は特にトマトケチャップかもしれません。
トマトケチャップだけでなく、白くとろりとしたドレッシングまで和えてもうカオスです。
そこに黒々としたみなみの低文章力が注ぎ込まれています。
さあ、召し上がれ。










「サーちゃんサーちゃん」
「…ん、なに?」
「お花の冠作ったよ!」
「…綺麗……だね」
「でしょ! サーちゃんが付けたらもっときれいになるよ!」
「あ、あたしは遠慮する…」

「サーちゃんは、モーモーミルク好きだね」
「え? だっておいしいから」
「そうかなー? ボクも久しぶりに飲んでみよっかな」
「ん、それならほら。飲んでみれば」
「……んー。 やっぱりよく分かんないや」
「そう…かな。 あたしはこの味好きなんだけどな…」

「サーちゃん! 本ばっかり読んでないで、遊ぼうよ!」
「…あたしは、動き回るの好きじゃないけど…」
「それでも、一緒に散歩くらいにはいこうよ~。 お日様が気持ちいいよ!」
「……それならいっか」




 今までの記憶が一瞬でビクティニの頭の中に蘇る。共有してきたはずの時間は、失われていた。目の前でどこに目線を合わせていいのか迷うサマエルの仕草は、昔の名残を残しながらも、その大半を失っていた。
 周りに、サマエルの仲間がいることを思い出して、ビクティニは少しだけ躊躇いながらも、言った。
「ん、えっと。 ボクは、ビクティニ。サーちゃん…じゃなくて、サマエルちゃんのトモダチ……だったと、思う」
 急にしおらしくなったビクティニを見て不安になるサマエル。とっさに何か言わなければならないと察し、口を開いた。
「うむ、ビクティニか。 …余を助けてくれたのじゃろう? ありがとう。感謝しているぞ」
 そう言い、静かに頭を下げた。そんなサマエルに上の空のような返事をビクティニは返すと、まだ戸惑ったかのような、もじもじした様子を見せる。
 周りのリーフたちは何も言わず、2匹のやり取りを見守った。サマエルもビクティニの次の言葉を待った。
 数分が過ぎ、重い沈黙を破ったのは顔を上げたビクティニだった。浮遊するのをやめてサマエルの目の前に降りると、ビクティニはサマエルを正面から見つめた。サマエルが口を開きかけた時、ビクティニは深く頭を下げてサマエルに言った。
「ごめん……。 ごめんなさい!!」
 震えた声で、叫ぶようにビクティニはそう言った。サマエルは驚き、ビクティニの顔を上げさせた。瞳はすでに潤んでおり、今にも溢れ出てしまいそうであった。
「どうしたのじゃ…。 そなたが謝ることなど……」
「違うんだ!」
 サマエルの言葉を聞き終える前にビクティニは俯いてそう叫んだ。
「ボクが、ボクが……サーちゃんの記憶を奪って、ボクがサーちゃんを普通じゃなくしちゃったんだ!」

 どういうことかと訝しげな顔をするリーフ隊の面々。しかし、当事者でもあろうサマエルは落ち着いた声で、ビクティニに言った
「余は、昔のことを覚えておらぬ。 そなたのせいで、記憶を失ったのか余にはわからぬ」
 少し間を開け、サマエルは言葉を紡いだ。
「じゃから、昔のことを知りたいのじゃ。 それで、そなたが余の記憶を失くしたということを、棒引きしてはくれぬか?」
 それは、なんともおかしなやり取りであるかのように見えた。ビクティニは困った顔をすると、躊躇しながらも小さく頷いた。
「うむ。余だけが聞いた方がよいかのぅ? 他の者たちも、知っておいた方が余も楽なのじゃが…」
「…サーちゃんがいいなら。ここで、話すよ」
 完全に置いてけぼりを食らっていたほかの面々もビクティニの言葉を静かに聞き始めた。
 本人すら知らない、過去を話し始めようとしていた。




 そのイーブイは、ビクティニの住みついていた洞窟に迷い込み泣きながらやって来た遺孤だった。両親もイーブイで、その頃は当たり前のように行われていた強盗にやられてしまったと、ビクティニは聞かされた。
 空腹で倒れそうになっていたそのイーブイと、ビクティニは一緒の洞窟にすむことにした。一か月ほど、元気が出ずに体調を崩しがちだったイーブイだったが、ビクティニの持つ、他者に力を与える能力と森中を駆け回って集めた木の実のおかげで普通のイーブイだった頃を取り戻していた。
 その頃にはもう、亡くした両親のことを思いだし、泣き出すようなこともなくなっていて、ビクティニはその強さに驚くほどだったようだ。

 それから、そのイーブイのことを「サーちゃん」と呼び、親友のように親しくした。本が好きだったイーブイのためにビクティニはいろいろな本を持ってきてはそれをイーブイに与えていた。
 毎日毎日、目立った喧嘩をすることもなく楽しくその2匹は幸せに過ごしていたのだが、ある日、その日常が崩れ去った。

 ビクティニの力は、他者に力を与える能力である。この力を持つことで、「勝利を呼ぶポケモン」等と呼ばれていた。普段は透過し、気まぐれでポケモンを助ける種族なのだが、このビクティニはイーブイと一緒にいたことにより、長い間透過するということを忘れていた。
 居場所を割り出され、ビクティニの森の近くを拠点にしていた賊がビクティニを捕まえようとした。透過すれば容易く逃げおおせるビクティニであったが、今回ばかりは事情が違っていた。

「やめろ! サーちゃんを離せ!」
「そこから一歩でも下がってみろ。 友達の顔が傷物になるぞ」
「うっ……い、痛い、痛いっ……」
 無言でイーブイの長い両耳を掴み、持ち上げるハリテヤマと、その近くに立ち、ビクティニを脅すアブソル。その後ろにはまだポケモンが多くいた。ビクティニの背後にもポケモンはいたのかもしれない。
 ビクティニは諦めて、地面に足をつける。途端にズルズキンに抑えつけられ、身動きが取れなくなる。これで、あのイーブイは逃げることに成功する。そう、ビクティニは思ったのだが。
「このイーブイどうするんです?」
「もう面倒だし、ビクティニ閉じ込めたら殺せばいいだろ」
 そのアブソルの返答を、ビクティニは聞いてしまった。体を震わせているイーブイを見て、巻き込んでしまった罪悪感をその時感じた。動こうとすればズルズキンの足が体にめりこむ。ビクティニは祈るように、イーブイに力を与えようとした。必死に、無我夢中に。 気が付けば、自分の限界が近かった。ハッと目を開き、イーブイを見る。イーブイは目を閉じ、まるで死んだかのように静かであった。 ビクティニはイーブイに呼びかけようと口を開こうとした。その瞬間、彼女は真っ赤に光る眼を開けた。
 そこから先は、ビクティニでも覚えていなかった。炎の竜巻のようなものが巻き上がり、賊もろともビクティニも吹き飛ばされていた。

 ビクティニは意識が戻ると、真っ先にイーブイの下へ向かおうとしたが、イーブイは呆けた顔をしながら賊とは違うハープのような楽器を背負ったアブソルと話をしていた。ビクティニも混ざろうかと考えたが、2匹の会話を陰で聞く内に気が付いてしまったのだった。
 彼女の記憶が完璧に消えていることに。彼女に与えた能力がそのまま彼女の中に残ってしまったことに。



「そこから先は、余も覚えておる」
 自身の過去をいたって冷静に受け止めていたサマエルはそこでいったん話を区切った。
「訳も分からず、右往左往する余にそのアブソルが名前を付けてくれたのじゃ。小さなハープのようなものを背負っておったじゃろう?
 『同法が失礼した』と、そのアブソルは言っていたがそういうことじゃったのか」
「え。っていうことは本当の名前はサマエルじゃないの?」
 リーフがおもわず口をはさんだ。それに続いてエイリンも首を傾げながら訊いた。
「『サーちゃん』っていうのは『サマエル』からとったあだ名じゃないのかしら?」
「『サマエル・イノセンサー』はその者から授かった名じゃぞ。本名は思い出せぬ。
 ついでじゃ、本名を教えてほしいのじゃが……」
 サマエルがそう言ってビクティニを見る。ビクティニは静かに口を開くとサマエルの本当の名を口にした。
「サーちゃんの本当の名前は…………」

 一同が固唾を飲んで見守る中、ビクティニは続けて言った。


「……サーリャ。 …サーリャ・リリエラ」


「……」
 黙りこくるサマエル。目を閉じ、何かを考えているようにも見えるサマエルを見守る小隊のポケモン達。 サマエルがゆっくりとその瞼を開けるとビクティニを見てこう言った。

「……すまぬ。 やはり、覚えてはおらぬようじゃ」
「そっか……」
「余は、サマエル・イノセンサーじゃ。 昔の余では、もうない」
 俯くビクティニ。そんなビクティニにサマエルは歩み寄ると隣に座り込んだ。
「じゃが、ビクティニの知る過去の余は、間違いなく余の歩んできた道なのじゃ。
 その道を知ってるそなたは、今の余にとっても大切な存在じゃ」
 優しく言い聞かせるようなサマエルの口調にハッと顔を上げるビクティニ。体を小さく震わせると隣に座るサマエルに抱き付いた。

 しばらく、サマエルと共にいたビクティニだったがいつまでも戦争地域にいるのはやはり好ましくはないようだった。勝利を呼ぶポケモンなどと噂されている身としてみれば、いつその身を狙われても全くおかしくないのだ。透過したビクティニを連れ、陣外までサマエルが付き添っていった。
 その様子をテントの外で見送るリーフたち。さほど時間もかからず戻ってきたサマエルにどう声をかけていいか、迷っていた。
「……余のことは気にせんでもよい」
 それを悟ったのかリーフたちにそう告げるサマエル。エイリンが何か言おうとしていたのだが、それよりも少し早くサマエルが口を開いた。
「そうじゃフレイ。 少し話があるのじゃが」
「え? 僕に?」
 リーフと目配せしてからフレイはサマエルの元に寄る。サマエルがリーフたちと少し離れたところにフレイを連れていくと、単刀直入にその質問を投げかけた。
「フレイ、そなた……下の名前があるじゃろう?」
「…え。なんのことかな……?」
 明らかに同様の隠せていないフレイにサマエルは言った。
「そなたが、最初の訓練で日本晴れを使ったときいてのぅ…。少し怪しいと思っておったのじゃが。
 先日の戦闘で、フレアドライブまで使って見せたようじゃな」
「……」
「余が知る限りで、この2つの技を合わせて使う者は2匹しかおらぬ。このうちの1匹は、すでにこの世におらぬな?」
「…………ふぅん。知ってるんだ」
「うむ………ぐぅっ」
 サマエルが首肯したのと同時にフレイはサマエルを突き飛ばした。思わず横に転げたサマエルの脇腹、いまだ傷の癒えていないそこをフレイは前足で押さえつけて言った。
「わかっているならさ……、ずけずけ言わないでくれる……?」
 思わず牙を見せて威圧するフレイ。サマエルは脇腹の痛みに目を細め、それでもなおフレイを見ていた。
「ちょっと! フレイ何やってるの!!」
 リーフが慌てて駆け寄ってフレイの前足をはたく。フレイが前足をどけると、何も言わずにその場を去った。
「フレイが怒るなんて……サマエル、何言ったの?」
「むぅ…。 少し無神経だったようじゃな……」
 耳を伏せ、脇腹を気にしながら立ち上がるサマエル。砂埃を軽く払うと軽く一回咳き込んだ。
「……言ってもはたしてよいものか、悩ましいものなのじゃがのぅ……」
「…そんなに重要なことなの?」
「フレイの、トラウマに等しいものじゃろぅし……」
 しばらく悩んだ末にサマエルは自身のテントにリーフを招き、言った。
「フレイが自ら言うまで、そっとしておいてやるのじゃぞ?
 そなたは隊長じゃし、フレイを想う者じゃから…余の知ることは教えるからのぅ?」



「くそっ…!」
 苛立ちを隠せずフレイは自身のテントの中で地面に前足をたたきつけた。敵を目の前にした時のように未だに牙が収まっておらず、やり場のない怒りを右前脚に込めた。
 左の前足で左目の下のあたりを探る。そこに刻まれた2本の切り傷。痛みこそ感じないが、この傷に触れるたびに心が締め付けられる。自身の過去を否定するかのように首を横へ振るが、蘇る記憶を止める術はなかった。





「あなたの名前はフレイ……。そう、フレイよ」
 生まれたてのイーブイを抱きかかえ、にっこりと微笑むブースターがいた。その隣では目を細めるキュウコンがいた。雌のブースターも雄のキュウコンも若く、雌のブースターは白いリボンと金のネックレスが首元の毛から覗いていた。雄のキュウコンは特に装飾はしていなかったものの、気高い雰囲気だけでも、どんな装飾にも遜色のないほど美しい姿をしていた。
 そんな夫婦の周りには多くの炎ポケモンが集まっていた。まるで、その夫婦に仕えるようにしながらも、彼女彼らも微笑み新しい命の誕生を喜んでいた。
「リザ、男の子か」
「ええ。テリアス……。 私たちの息子よ…」
 嬉しそうに生まれたてのイーブイに頬擦りをするリザと呼ばれたブースター。テリアスと呼ばれたキュウコンは小さきフレイの頭を撫でた。

「あなたも、日本晴れとフレアドライブを…受け継いでくれたのね」
 フレイの頭を思い切り撫でるリザ。それはフレイがブースターに進化したての頃であった。その様子を陰から見るテリアス。フレイとリザは微笑ましいほど仲良く、暮らしていた。

 フレイが14歳を迎えた日のことだった。フレイの前には一つの真っ赤に染まった宝玉が置かれていた。
「いい、フレイ? この獄炎玉はなにか、もうわかってるわよね?」
「うん。 火炎玉が凝縮されてできた、僕ら炎の一族の宝玉……だよね」
「ええ。もうあなたも立派になったわ……。 私が守ってきたこの獄炎玉を、あなたに渡すわ」
「……わかった。 この宝玉、僕が守って、受け継いでいくよ」
 リザがそっとその玉を持ち上げるとフレイに手渡した。フレイがその宝玉を高々と持ち上げると一族に仕えるポケモンから拍手が巻き起こった。フレイはそのとき、自身が守り抜くべきその玉の重みを知った。

 思い出したくもない惨劇が起きたのは、その日の夜だった。 フレイは獄炎玉を抱え、寝ていたはずだったのだ。しかし、悲鳴と辺りの火花散る音とともにフレイはやっとその瞼を開いた。しかし、四肢は自由に動かなかった。そして自分の目の前にはその実父テリアスの顔がそこにあった。仰向けに寝かされ、組み敷かれているフレイは父の豹変に驚き、恐怖した。目は吊り上り、射すくめられそうな瞳をフレイに向けていた。そして、その口には獄炎玉が咥えられていた。
『お前も、お前の母親もおめでたい奴だ』
 重苦しいテレパシーの声が聞こえた。フレイが体を震わせるとテリアスは続けた。
『お前の母と出会い、そして今に至るまで芝居ひとつ見抜けないとは……。
 その愚かしさが祟ったな……。恨むなら、その血でも怨めばいい』
 フレイが九本の尻尾に悪の波動が貯められていくのを見て死を覚悟した。
『死ね。家族ごっこはおしまいだ』
 感情のこもっていない声でそう告げられた、その時であった。体が自由になったと同時に鋭い爪が食い込んだのか左ほおに激痛が走った。右目を開くと、リザが血まみれになりながらもテリアスに体当たりをくらわせていた。
「逃げて…!逃げてフレイ!!」
『ちっ…』
 フレイはリザの声を聴くと一心不乱に逃げ出した。後ろでは爆音と悲鳴が、火花の弾ける音が一層強くなった気がした。フレイは最後まで後ろを振り向くことができなかった。朝日が上るまで右も左もわからない森を走り続けていた。

 気が付けば一匹、海岸近くの岩場で雲の行く先を目で追っていた。まるで、その行くあてのない雲に自分を当てはめるかのようにして。
 今頃、空で自分のことを見ていてくれているのかもしれないと、フレイはそっと海の向こうの雲から目を逸らして、さらに上を見た。 優しく笑っていたリザ、自分の世話をしてくれていた従者のポケモンたち。いろいろなポケモンたちの顔が思い浮かんでは消えていった。
 フレイは、静かに涙を流すと海岸の岩場にうずくまった。


 しばらく、海岸で生活を続けていたフレイが、テリアスの行方を知ったのはもう少ししてからだった。戦争の予兆のあるシンオウに旅立ったのだと、聞いた途端フレイは立ち上がった。
 テリアスに罪を償わせたい。母との約束を果たしたい。
 その一心であった。そしてフレイは海を渡り、シンオウの軍に身を寄せた。



「そ、そんなことが……」
 リーフは思わず身を震わせる。実の父親に殺されかけるなんていう経験をしながらも、一緒の軍で笑いあっていただなんて、そんな過去があったとは夢にも思ってなどいなかった。いつもいつも明るく笑っていて、滅多に怒らないでいて、それでもなお一生懸命さだけは忘れずに生きていたフレイ。そんな彼がこんなにも凄惨な過去を糧に今ここにいるとは、到底思えずにいた。
「でも、それって…フレイはイッシュのポケモン?」
「うむ。下の名前もある……が、こればかりは本人が名乗るのを待ったほうがよいのぅ」
「ん、わかった……」
 力のあまり入ってない声でそう答えるとペタリとリーフは腰を下ろした。
「……今日はいろいろあったからのぅ。この辺で、休んではどうじゃ?」
 確かに制圧から陣の敷設。おまけに重い話を2匹分聞かされては身体的にも精神的にも疲れてくるものだ。その日、日が落ちるのと同じ時間にすでにリーフは自身のテントに戻り、眠りについた。







「ソリチュード。任務です」
「……なんだ」
 夕日に照らされ、長い影を見せる赤いスカーフを頭にリボンのように結んだクチートが物陰にそう声をかけるとその陰からうっすらと二足歩行のポケモンの影が見えた。
「新世軍のあるポケモンの拉致、または暗殺です。 最前線のカンナギに駐屯しているので、容易かと」
「…………わかった。 名は?」

「リーフ隊所属。新世軍、最高の薬師……名はエイリン」
「……了解」
 沈みかける太陽のもとに暗殺者は歩み出た。しなやかな体を覗かせる下半身。しかし、上半身はフードのついたマントを着ており、その顔はよく見えない。瞳はローブに隠されまったく顔の特徴がつかめなかった。しかし、その腰や尾の先には特徴的な紫の模様があり、彼女がコジョンドであることを物語っている。
 無表情のまま、沈む夕日を正面に受け、暗殺者は歩みだした。 戦いの跡が残るカンナギへと。


 ソリチュードと呼ばれたコジョンドは日が沈むと足を止めることなく木の枝から枝へ足音を忍ばせ飛び移ってゆく。右足で枝を蹴り、両手で先の木の枝を掴む。両手だけで体を持ち上げるとさっさと枝の上に立った。もう少し先に行けば新世軍の敷いた陣がある。するりと木の幹を伝って地面へと足をつけるソリチュード。標的はすぐそこである。
 しかし、やはり警邏の兵はそれなりの数配置されていた。ツーマンセルを組んで多数の兵が陣の周りを巡回していた。しかし、誰ひとりとしてソリチュードが自身の頭上を走っているなど気が付きもしなかった。
 藪から藪へ、木の幹を背に辺りを窺いながら敵陣地を目指す。すでに見つかれば失敗は免れないほど陣に近づいている。そんなソリチュードの近くにヌマクローとフシギソウの2匹が近づいてきていた。ソリチュードの息を潜める藪の前でヌマクローが木によじ登って木の実を取ろうとしていた。フシギソウは当然下で待っていたのだが、ソリチュードの藪の目の前に立っていた。 完全に気配を断つには少し近すぎたのかもしれなかった。フシギソウが疑問に思い、藪の方を向いた瞬間だった。
 ソリチュードはヌマクローに一瞬目をやり、木の実の方にしか向いていないのを確認すると、行動に出た。 フシギソウの口を左手で塞ぐと、矢継ぎ早に腰の辺りから取り出した刃物を右手に構え、フシギソウの首に続けざまに2回突き立てた。切れ味のよいそれは抵抗をほとんど感じることなく首を貫いた。そのまま刃物を手前に引っ張りつつ左手でフシギソウの死体を寄せ、藪の中に隠した。その間に20秒もかからず、ヌマクローが異変に気が付いた時にはすでにフシギソウの姿はなかった。
 木から降りてきたヌマクローにソリチュードは飛び掛かると悲鳴を上げる時間すらも与えずに首に刃物を突き立てた。そして藪へとヌマクローの死体を放り投げると血に汚れた右手をぬぐい、地面に垂れているヌマクローの血を荒く隠し、何事もなかったかのように歩き出した。

 ソリチュードの持つ刃はコジョンドが持ちやすいよう改良を加えられているが、これはもともとポケモンのものであった、作戦に失敗し、敵軍に逃げようとしたキリキザンを暗殺した時に亡骸から取って作られた鋼鉄の刃だった。突き通すことに特化させながらも幅の広い刀身は切ることも可能にする代物であった。
 それの血を拭うと再び仕舞い込んで雑に敷設された陣の中へ難なく侵入した。建てつけの悪い扉に雑なバリケードを尻目にさっさと陣中に忍び込むソリチュード。ここまでくる間にリーフ小隊の居場所は警邏の兵から聞き出してあった。無論、そのポケモンも今は息をしていないのだが。
 エイリンのテントの前でソリチュードは月夜に照らされ鋭く光る刃を取り出す。

「おい、何をしている」
 どこの隊の所属かは分からないものの、一匹のマグマラシがソリチュードを前に構えていた。
 自身を敵と判別しているのか味方と勘違いしているのかよくはわからなかったが、今夜、この陣でソリチュードを見たものは、それだけで死に値する。暗殺者を視認してしまったこの不幸なマグマラシは、身をかがめ急接近したソリチュードの発勁を鳩尾に喰らい、よろけた隙に後ろに回り込まれ口を塞がれ、刃物で心臓を一突きにされ息絶えた。
 死体を片付けるのもこの陣の中では困る。エイリンの死体にでも重ねて置けばいいと一匹考えるソリチュードは死体が見つかる前にさっさとエイリンの暗殺を始めることにした。
 ソリチュードがいよいよ、エイリンのテントに手をかけた。



 中を見てみれば多くの薬品類の入った紙袋や試験管に囲まれ眠るエイリンがいた。足音を忍ばせ、エイリンに近づく。起きる様子はない。右手で腰に携えた刃を逆手で抜いたその時だった。
 テントの端が縦に裂かれ、黒い何かが飛び込んできたのだった。エイリンよりもはるかに小さいそのポケモンはエイリンと、ソリチュードの間に割り込んだ。
 軽やかな着地にエイリンがうっすらと目を開けたのが見えた。ソリチュードに考えている暇などなかった。逆手に構えたその刃を黒いポケモンに突き立てようとした。途端に青白く光る壁が目の前に出来上がり、その刃を弾き返した。
 黒いポケモンはソリチュードにタックルを仕掛けてくる。これでいて、騙し討ちなどという技の名前なのが余計にたちが悪い。左手で黄色い輪の見えた額を抑えるとその反動でテントの外へと押し出される。突進がやむと、抑えたままの左手でいとも簡単にそのポケモンを地面に叩きつけた。月明かりに照らされたそのポケモンはブラッキーであった。
「ミヅキ!」
 テントの中からも開け放しになった出入り口から外の様子が見えるのだろう。エイリンの声が響く。 思ったよりも大騒ぎになってきて内心焦るソリチュードだったが、冷静な判断力を取り戻しつつもあった。まずはこの厄介な黒猫を始末することが先決と、左手を額から離した。

 さっそく起き上がろうとするミヅキの頬に思い切り平手打ちをくらわせた。再び地面に転げるミヅキの脇腹に、力を込めた発勁を食らわせた。
「………っ!!」
 空気の漏れるような音とともにミヅキの表情が苦痛にゆがむ。これでとどめと言わんばかりに首に向けて右手に構えていた刃物を振り下ろすが、これも再び護るに防がれてしまった。 あまり時間を延ばしてもエイリンに逃げる猶予を与えてしまうものだとソリチュードは思い、ミヅキの腹部にローキックを浴びせると、吹き飛んだミヅキに波導弾の追撃を浴びせた。
 さて、エイリンはまだ逃げてなどいないのであろうか。テントに近づいたその時であった。

「あなた……絶対に許さないわ!」
 憎しみに満ちたその声が聞こえるのと同時に真上から何かの液体*1がかけられた。においを嗅いでみるものの何も匂わない。真上を見ればエイリンが必死に浮かべたであろう液体の入っていたビーカーがぐらぐらと揺れ落ちていた。ソリチュードがいぶかしげに思い、一歩を踏み出しテントに手をかけた時であった。激痛がフードマントからはみ出していた左腕と尻尾の付け根に走ったのだった。
「うっ…あぁぁぁ……っ!?」
 見れば毛が抜け落ち皮膚が赤くただれている。いったい何が起きたというのか、全く分からないソリチュードであったが、原因は液体である。そのことだけはわかっていた。ソリチュードの着ているフードつきのマントは水分を通さない素材でできていたのだが、右手にも徐々に痛みが広がってきたのを感じ、慌てて溶けだしているマントごと脱ごうとした。すると、苦痛でゆがむ視界の端にエイリンが映った。
 なにやら、言っているようであったが自身のうめき声にかき消され何を言っているかなど分からなかった。エイリンが地面に置いた薬包紙から少量の粉末*2が念力によってこちらへ飛ばされたのを見て、液体が飛び散りもはや痛みは下半身にまで広がったその体に鞭打った。急いでエイリンから離れようとしたのだ。 が、遅かった。


 カンナギ陣の隅で爆発音が幾度となく響いた。ソリチュードの意識が飛びかける。マントを脱ぎ棄てるのが粉末が追いつくよりも少し早かったようであった。しかし、物質の反応によって生じた爆発*3から体を守るには遅すぎた。首元に大きな傷ができ、血がとめどなくあふれ出た。体の痛みはいよいよもって強くなっていく一方だ。
 もはや焦点の合わない目でマグマラシの死体から青いスカーフをはぎ取ると体の止血を行いながらがむしゃらに走った。
 陣の柵を飛び越え、潜入するまでに葬ってきたポケモンたちのスカーフをはぎ取りながら止血を行っていく。しかし、体についた液体は取れることなくさらに傷口を広めていく。そんな中、陣からやっと出たところに水辺があったのはかなりの幸運であったのだろう。反射的にその水の中へとソリチュードは飛び込んだ。傷に泥水が沁みたが贅沢は言っていられなかった。
 陣の入口あたりに追手が数匹見えるとソリチュードは無我夢中で木を駆け上がり逃げ始めた。

 陣から少し離れた場所の警邏兵たち。陣の大騒ぎに気が付いている者はそう多くなかった。巡回しているオオタチの頬にポタリと血が垂れ、驚くオオタチであったが上を見上げてもそこにはただ高木の枝と広葉樹の葉が月の光を遮っている暗い風景のみが広がっていた。



「くぅぅっ……」
 体中から血を流しながらも意識だけは強い意志が支えていたソリチュード。妙に高い声で唸り声をあげながら木の枝を飛び移ってゆく。しかし跳ぶ寸前、右足に激痛が走った。
「あっ……」
 手で枝を掴もうにも空しく虚空をかき、地面が迫る。右腕一本で何とか受け身を取ったが、ついにその場に跪いた。ひどくただれた皮膚と爆発の時に引き裂かれた体表。この外傷で今まで動き続けていられた方が奇跡なのであったのだろう。
 しかし、止まることは許されなかった。今ここで死ぬことを、ソリチュードは望んでいなかった。 止血に使っていた青いスカーフはどれも真っ赤に染まりながらもそれらをきつく縛りソリチュードは再び立ち上がった。





「……? あれはなんですか?」
 物見櫓に上がっていた凛々しい顔つきのクチート。闇の中から何かが近づいてくる。一瞬、自身の使わしたソリチュードならばもう少し人目に付きにくいところを飛んでくるはずだ。そう、普通だったらそうなるはずなのだ。普通ならば。
「…あれは……。 冗談であることを希望したいですね……」
 物見櫓を駆け降りたクチート。救護班を頭の大顎で叩き起こしてから、陣の外に駆けて出た。
 あたって欲しくもなかった予想は的中していた。荒い息をつくそのポケモンは、間違えようもない部下のソリチュードであった。
「ソリチュード…。平気ですか?」
「…………」
 当然話せるような状況でもなかった。クチートは大顎で傷のできていない背中を支えながら手を貸した。未だに出血が止まっていない。そんな状況でありながらもソリチュードは足を動かしていた。

「…全治10日だそうです」
 ソリチュードはあれから治療が始まると共に意識を完全に手放してしまったようである。弱弱しい呼吸は余計にクチートを心配させた。


「…ふぅ……」
 新世軍の陣の中は大騒ぎであった。スープとエイリンが協力して汚染された地面の処理をしている横でミヅキは溜め息をついて座っていた。夜中の襲撃だったためにミヅキの月の光ですでに傷は癒えていた。
 巡回していた兵、陣を見回っていた兵が数匹殺され、その後始末に叩き起こされたルギアは少々面倒くさそうにしながらも、死体を本陣へ送り届けるのを手伝ったのだった。



「おい、聞いたか?」
「ああ。聞いたよ。 あのコジョンド、重傷だそうじゃないか」
「名前なんて言ったっけな……」
「どーでもいいだろ」
「まあな、気味悪いし、何やってんかもよくわかんねーしな」
「顔も見せねーし、白兵戦も出てこねーだろ? なんなんだかな?」
「そうそう、そういや、麻酔なしで治療されたらしいぜー」
「うわ、マジかよ」
「うわー。よく平気でいられるな」
「いや、ショックで気絶してからまだ起きてないらしいぜ」
「二度と起きなくても別にいいけどな」
「ははっ、そうだな」

「……ヒヒッ。無駄口タタイテナイデ……スコシハ動イタラドウダイ…?」

「は、はい……」
 一匹のジュペッタがにやにやと不気味な笑みを浮かべながら仕事場で雑談している兵にそう言った。何となく、このポケモンに逆らうと危ないとポケモンたちは思い直したのか、なにやら大き紫色の鋼鉄の塊が置かれている持ち場に戻った。
「……アァ……。早ク試シタイネ……」
 短い足で作業台の前まで歩いていくと今にも朽ち果てそうな木の椅子に座り分厚い書類をめくった。
「サテ、ダレヲ使ッテヤルカ……」
 作業場を眺めるとふてくされた顔のエレブーと目があった。
 一際大きくにやりと笑うとジュペッタはテントをすり抜けどこかへと消えて行った。





【ソウセイレキ5000ネン 8ガツ17ニチ 2ジ47フン】
 メモリーヲ リセット. セイメイザンリョウヲ カクニン... 22%.
 セイメイノ チュウニュウヲ ケンシュツ.
 ジュウデンヲ カイシ.

  ギャァギャアアアアァァアアァァァアァァァァァッッ……

    騒グンジャ、ナイヨ……ヒヒヒッ……。


【創世暦5000年 8月】
 パルキア連合軍 カンナギに宣戦布告。
 敵の散発的攻撃に警戒を強化。
 また、不審火・変死が多発。

 死者 42匹




「ソリチュード。任務です」
「………ああ」
「今回もカンナギ陣の食糧庫を……平気ですか?」
「……ああ。 大丈夫だ」
 ソリチュードは新しくおろしたフードつきのマントをかぶってそう答えた。実際、爆発傷を伴った首は治ってなどいなかった。血が止まったかと思えば、自身の動きで再び傷は開いてしまいその度に激痛が走る。
 しかし、無用な心配をさせたくもなかった。目の前のクチート。ただ一匹の自分の理解者に迷惑をかけたくはなかったのだった。
 再び日が沈めばソリチュードの時間となる。鋭い刃を手の内でくるりと回すと日が沈むのを待った。

 ソリチュードが出発する時間に、カンナギに近いここトバリの西端の地方で召集がかかった。当然ソリチュードを送ったクチートも呼ばれ、この一帯の守護を任されている隊長の元へ行った。
「な…戦闘ですか?」
「中隊長殿……それはいくらなんでも」
「いいのだ。 戦力を削るのが目的だからな」
 凛々しく語るローブシン中隊長。不安そうな面持ちの面々はそのローブシンの背後に影のように立つ人形の存在には気が付けなかった。金色のチャックが大きく吊り上ると満足そうにその場から消えた。

「……嫌な、予感がします」
 召集の帰り道にクチートはそうつぶやいた。
「そうですな……リンカ小兵隊長」
「ですが、心配は不要です。 ダイケンキ大兵隊長」
「……ここのところ、技術士が何人も行方不明になっている。 気を付けるのですぞ」
「承知いたしました」
 軽く頭を下げるとリンカと呼ばれたクチートは颯爽とその場を立ち去った。しかし、胸のつかえは取れそうもなく、そっと小さな手を胸に当て歩いた。




「各隊! 迎撃準備を!」
 透き通った、まるで水音のようなルギアのテレパシーと共にリーフ隊は慌ただしく迎撃準備を始める。エイリンはすでに医療班のタブンネたちと合流し、各隊員に応急薬の配布を行っていた。ミヅキも今回ばかりは遠慮なしとハウンドに無理矢理起こされご機嫌斜めでありながらも、その眼は敵の攻めてくる東側を見つめていた。

 しかし、この時は新世軍は知らなかった。いったいこの戦闘で、どんな惨劇が起こるかを。


「各小隊は戦列を乱さずに進軍! サポートは任せて!」
 ルギアの声が響く。横に広がる戦列を乱すことなく目の前から進んでくる敵の隊列へと進んでゆく。すでに超遠距離用の雷などを放ち始めるものもいた。それほど距離が詰まってきたころ、ミヅキがぼそりと言った。
「ハウ…ンド…。 あれ……何?」
「どうした? ……んん?」
 ハウンドも思わず眉をひそめた。太陽で光が反射するため、金属であろうか、紫色の何かが、一際大きいそれが2本の足でこちらに向かっていた。しかし、それが何であるかなどと、全く誰も、見当はつかなかった。ただ1匹のポケモンを除いて。

「ヒヒッ、ヒヒヒッ。 負ノ遺産……ドレホドノ力カ…見セテモラオウカネェ……」
 紫色のそれを撫でるジュペッタ。すっと姿を消すとその紫色のものはリーフ小隊に向けてまっすぐと進んだ。
 ガマゲロゲを切り倒し、ダストダスのゴミの塊を粉砕したリーフは剣で周りの敵を切り伏せる。レイは10万ボルトをばら撒きながら敵の戦列を乱し、その隙にフレイの爪が敵を仕留めていく。スープは味方の兵の援護を行っており、ミスリルの冷凍ビームがフレイとリーフの討ちもらしをとらえ、その横では火炎弾が新たな部隊の兵を吹き飛ばしていた。ハウンドとミヅキは攻守一体となって敵の兵隊長を撃破していたところであった。
 そんなリーフ小隊に、紫色のそれは接近し、無機質なアナウンスがそれから流れ出たのを聞いたのは、リーフとミスリルであった。
『……テキセイメイハンノウヲ カクニン.
 シンセイグン ダイ57バン ショウタイチョウ リーフ. ユウセンドC.
 ハイジョ ショウニン. カクニン.
 シュヘイソウ テレスコープダン. フクヘイソウ テクノバスター.
 ターゲットヲ ロック. ハイジョ カイシ』
 無機質なアナウンスが終わりを告げ、背中に装備された鋼鉄の塊が動き出し、金属のこすれ、動く音が響いた。そして、その背中の装備の先端がリーフに向けられた。リーフの本能が危険だと警報を鳴らした。訳の分からない恐怖、実体のない危機感にリーフは横跳びに跳ねた。その瞬間に立て続けに起こった3連続の炸裂音。ミスリルが驚き後ろへと下がる。ミスリルのすぐ目の前の地面には3つの穴がそこにあった。
 リーフはこの得体のしれない鋼鉄に向けて渾身のリーフブレードをぶつけた。しかし、斬ろうにもその鋼鉄は全くの違いない鉄壁であった。リーフブレードが弾き飛ばされ、その場にはかすり傷とでもいえばいいのかと判断の付けようのない小さな跡が残った。
『ダメージブンセキ...0.021%.
 サクセンコウドウニ シショウナシ.
 コウゲキヲ ゾッコウスル』
 アナウンスが終わると共に再びその兵器は正面にリーフを捉え、高速の弾丸を飛ばした。今度ばかりは避けられない、そう判断する暇すらなくリーフは思わず目を瞑った。しかし、来るはずであった痛みは来なかった。見ればひびの入った青い半透明の壁が目の前に出来上がっている。
後ろにはミヅキがリーフを見ていた。護るの発動がそう長く続きそうもないのか少し息が上がっている。リーフは急いで移動するが、護るの効果範囲から出た途端に、見切れるものなどいないであろう瞬発力で弾丸が撃ちだされた。
「あああぁぁあぁぁぁああぁぁぁっっ!!!!」
 咄嗟のリーフブレード、しかしそれが間に合うはずもなかった。リーフは悲痛な叫びをあげ力なく横へ倒れる。腰の辺りにはちょうど3発分の小さな穴が開き、血がとめどなくあふれ出る。
『シボウカクニン デキズ.
 コウゲキヲ ゾッコウスル』
 抑揚のないその声にハッとしたのはミスリルであった。リーフの前に飛び出し、分厚い氷の壁を一瞬で作り上げた。すると、2発の炸裂音が聞こえ、そこでやんだ。急いでリーフの容体を見ようと氷に背を向けた瞬間、最後の炸裂音が聞こえた。
「ぐっ……ぅぅ?」
 後ろを見れば、なるほど一つの小さな穴が壁に空いていた。そしてその穴のように、ミスリルの右前脚に近い背中にも、貫通こそしていなくとも穴が空いていた。
 悲鳴を上げる体力をも一気に奪い、リーフの横に並ぶように倒れ込んだ。リーフはすでに意識を手放していたが、ミスリルはまだ意識が残っていた。右前脚を動かそうとすれば激痛が背中に走る。痛みによって悲鳴を出そうにも声が出なかった。乾いた息が口から漏れるのみで、後ろから聞こえてくるアナウンスは何を言っているかわからなかったが、とにかく怖かった。ミスリルは、固く目を瞑った。
『シボウカクニン デキズ.
 コウゲキヲ ゾッコウスル』
 繰り返されたアナウンス。このままでは2匹とも死んでしまう。みんなを守りたい。そう、心に強く願った小さき者が無表情のままリーフとミスリルを守るその氷の前に立ちふさがった。
 炸裂音とともに飛び出したミヅキを見たハウンドは固く目を瞑った。 しかし、ミヅキは護るを発動させ、その高速の弾丸を受け止めていた。護るを解除するのと同時に怪しい光をその兵器に向けて繰り出すミヅキ。しかし、無情にも兵器はミヅキを正面に、再び弾丸を装填し構えた。
 ハウンドが慌ててミヅキの元へ駆け寄ろうとするが、それと同時に炸裂音が響いた。3発であった。

 土煙がミヅキの立つ場所で起こり、ハウンドが足を止めかけたが、構わずミヅキの元へ駆けた。
「ミヅキ! ミヅキ! 平気……か…?」
 ミヅキはその場にうずくまっていた。顔を両前足で覆い、その場に丸まっていた。呻き声も、何も聞こえなかったが、しかし明らかに負傷していたのが右前脚が赤く染まるのを見て分かった。
「目……が………目が…ぁぁ……」
 苦しそうな声を上げ、ゆっくり顔を上げたミヅキの顔。その顔を掠めるように弾丸が走ったのか顔の右側が細く擦り切れていた。しかし、その弾丸の道筋は、容赦なくミヅキの右目の上を走っていた。
「負傷者を! こっちへ運びなさい! フレイ、レイ! 手伝って!!」
 エイリンの喉がつぶれんばかりの大声を聞き、ゆらりとハウンドが立ち上がった。歯を砕かんばかりに食いしばると怒りの炎が燃え上がる赤い目を紫色の鋼鉄に向けた。
「貴様ァ……生きて…帰れると思うなよぉぉぉぉおおおおっ!!」
『a;p]c@w/y;dskg,doe
 p*;s??#,so1=rix:@
 *~-98sk,xu;ap!ldpx,i-;/1@;d]d@]\dck』
 まるで訳の分からない文字列をアナウンスし、ガタガタと体を揺らすその鋼鉄の塊にハウンドは憎しみを込めた焼き尽くすを噴きかける。それは背中の装備に当たり、軽い爆発音を響かせた。
『akbeybdbshjjxnsidmsksjsn
 qommahnzhnwuhfodgvn
 sクセnw ゾッk...』
 徐々に混乱から立て直しつつあるその兵器。しかし、ハウンドはそれを待つ気はさらさらなかった。ハウンドの足元から意志を持った炎が湧き上がる。それはハウンドを守り、敵を滅する炎となり、その力は自身の素早さを上げる、ニトロチャージ。
 地を蹴り、血走った眼がその兵器の足を捉える。リーフのリーフブレードで傷を付けることの敵わなかったその装甲に正面からぶつかった。
 鈍い金属音と共に兵器はバランスを崩した。足の鋼鉄には焦げた跡と、突進の時にできたへこみがそこにあった。兵器は右腕のような部分で体勢を維持しつつ左腕をハウンドに振り下ろした。先端の鋭い鋼鉄をニトロチャージにより加速したその足で避ける。振り下ろされた腕を足場に、しかし駆け上がるとともにその足場も焦がしニトロチャージを駆け上がった先の頭部にぶつけ、宙返りしつつその兵器の後ろへ着地した。
『ダ…-ジブン…キ..........76.434%
 サクセンノ ゾッコウヲ ショウニ...』
「ココマデ、ダネ」
 途切れ途切れのアナウンスを行う兵器の損傷した頭部付近に、ジュペッタが現れた。ハウンドは新たな敵の出現かと身構えたが、ジュペッタは鋼鉄の兵器の頭部で何やらぶつぶつと兵器に向けて語りかけている
『……リカバリーキノウヲ テンカイ.
 テッタイヲ カイシ』
「なっ…おい! 待て!」
 ハウンドの声も届くことなく急速なターンとともに激しい土埃を巻き上げ後方へと急発進したその兵器を追おうとするハウンドだったが、その行く手を塞がんとばかりに展開する敵の隊列を目の前にハウンドは歯噛みした。
 自身の突撃だけでは簡単に包囲されてしまう。後ろを見るとすでにミヅキは味方の兵によって後退させられていたようであった。ハウンドは仕方がなく後ろへと下がると救護班の元へと急いだ。


「止血を始めてちょうだい。 隊長とミスリルにこんなところで死んでもらっては困るわ」
「おい、エイリン。 ……あのなんかよくわかんない奴にやられた最後の負傷者だ」
「2匹だけじゃなかったのかしら? いいわ、こっちに…………ミヅキ!!」
 止血用のガーゼをタブンネに押し付けるとミヅキを背負っているレイの元に慌てて駆け寄る。顔面からぽたぽたと血を流すミヅキを軽く抱きしめ、その容体を確認する。痛みで目を瞑っていたミヅキであったが、エイリンはすぐに目をやられたのだということに気が付いた。
「ごめん……なさい……。目は、目は私でも無理よ……」
 力のない声でエイリンがミヅキを抱き上げるとふらつきながら仮設された診察台の上にミヅキを乗せた。
「癒しの波導をお願い。除菌も早くするのよ。 目の後処理は私に任せなさい。……まずはリーフからよ」
 エイリンがタブンネたちに指示を飛ばすと、タブンネの放つ癒しの波動と一緒に除菌に使用したリフレッシュも浴びる。エイリンはリフレッシュの効果が体に浸透していくのを感じつつ、切れ味のいい鋼ポケモンの体から作られたメスを咥え、両前足で麻酔用の針を手際よく用意し、リーフに近づいた。
 リーフの体が台に固定され、エイリンが目を細める。

 エイリンの戦いが、繰り広げられているその仮設治療所の前に、ハウンドはいた。誰も例外なく通らせてはくれないであろうその場に俯き気味でいるハウンド。皆の無事を祈ると、未だ猛攻のやまない前線へと駆け戻った。



【創世暦5000年 9月】
パルキア連合軍 カンナギへ侵攻
謎の戦力を確認、至急情報の収集を行う。

死者 22名
撃破数 67名









 ルギアは戦闘の後始末とともに再び侵攻される色の濃いこの戦場で迎撃準備を進めていた。負傷者を数え、迎撃するための部隊編成を行う。偵察部隊からの報告によるとやはり敵の陣は進撃の準備を進めているようである。おまけにあまり大きな被害は出なかったものの謎の戦力が確認されているということで一部のポケモンたちはその話題で持ちきりであった。
「ルギア様。偵察部隊からの報告ですが、ついさっきホウオウが敵の陣に到着したとのことで…」
「本当!?」
「え、ええ……。な、なぜ満面の笑みを浮かべていらっしゃるのですか…?」
「ふふっ、ふふふふふっ……」
 不敵な笑みを浮かべるルギアを前に後ずさる偵察部隊のキノガッサ。ルギアはしばらくその笑みのままであったが、笑い声が消えると同時にその眼に闘志の炎を燃やして呟いた。
「墜落させようか」
「えっ」
 あくまでいつもの通りの顔をしているのだが、いかんせん目が明らかに狩る者の目になっているルギアを前に更に後ずさるキノガッサ。
「ほら、隊長を集めて迎撃メンバーを決めるから出って行って」
「ああ……はい……」
 追い出されるようにルギアの陣幕から出されたキノガッサ。いろいろ腑に落ちなかったが、仕方がないと割り切りその日は帰った。

 負傷者が休む仮設住宅のような場所のなかに、リーフとミスリル。そしてミヅキがいた。エイリンの奮闘によりリーフとミスリルの体内から弾丸を取り出すことに成功し、今は筋肉と傷口の縫合のため絶対安静が言い渡されている。そうでなくとも麻酔が効き疲れていたのか、体が固定されていることも特に気にせず眠りについた。
 それと入れ替わりに一匹、目を覚ましたポケモンがいた。ルビーを思わせる目できょろきょろと仰向けに寝転がりながら、個室のように薄い布で仕切られている辺りを見た。右前脚でそっと顔を触ってみたが、擦り傷のようなそこの傷はすでに治っていた。
「ミヅキ……平気か?」
 布の下から潜り込んできたのはハウンドだった。夜も遅く、声を押さえて聞いていたが、焦りを感じる声であった。ミヅキは静かに頷いて見せた。擦り傷は治り、目の痛みも嘘のように消え失せていた。
「……お仲間さんになっちまったな、ミヅキ」
 その後ろに続くようにミヅキのところへやってきたのはレイだった。その眼は、何となく悲しそうにミヅキは見えた。ミヅキは無表情のまま口を開いた。
「どう…いうこ、と?」
「……やっぱ気が付かねーか。 ……左目閉じて見ろ」
 ミヅキは言われた通りに左目を閉じる。右目の深紅色の目は、大きく開いているのにも関わらず、死んだ者の目のようにどこも捉えてはいなかった。
「……え?」
 ミヅキが思わず口からそう言葉をこぼした。唖然としているのだろうか、これからが心配なのか。レイにはミヅキの表情と抑揚のない声だけではわからなかった。しかし、これだけは必要だとレイは思い。後ろを向きつつ静かに話した。
「……戦闘とお前の気持ちが落ち着いたら、戦い方を教える」
 レイはそれだけを言うと布をくぐって去った。レイは、下手に慰めるよりは、失った視界を覆すほど、前を向いていてほしかった。少し恥ずかしくなったのか頭をかくと駆け足に自分のテントに戻って行った。
 取り残されたミヅキとハウンド。ミヅキは、外から差し込んでくる月明かりに、右目を照らしていた。ハウンドが何か声をかけようと身を乗り出したとき、ミヅキの右頬から月明かりを反射して光る粒が零れたのが見えた。ハウンドは開きかけた口を閉じると、ミヅキの頭を軽く撫で、その近くに座り込んだ。
(……もう子供じゃない……か)
 シーツにいくつかの染みができる。しかし、ハウンドが心配に思うことはなかった。残された左目は、すでに今よりもずっと先を見つめていた。




「やはり怪しいと推察します」
 時を同じくして物見櫓の手すりに腰を掛けてフードを深くかぶるソリチュードにリンカはそう告げた。
「……失踪者か」
 ぼそりとそうつぶやくソリチュードにリンカはこくりと頷く。ここ最近技術者が相次いで失踪しているうえに、上官は無茶な命令を出す。そして知らないうちにポケモンであるかすら疑わしい何かが戦場で暴れまわっていた。しかし、それは重傷を負って帰ってきたはずだったのだ。
「なぜ完璧に治癒しているのでしょう」
 リンカは小さく歯噛みする。ソリチュードもその様子をフードの下から覗いていた。ソリチュードが手すりから腰を上げると腰の汚れを軽く落とした。
「ソリチュード。 探ってきてくれますか」
 身長的にリンカはソリチュードを見上げるような形となる。ソリチュードは短く「了解」とだけ答えると物見櫓から飛び降りた。リンカが下を見るとすでに自陣へとソリチュードはかっていた。

 ジュペッタは気に入った玩具を撫でるかのようにその紫色の鋼鉄を触っていた。その目の前には金縛りにあったかのように硬直して動かないハーデリアがいた。そんな作業場の中へソリチュードが音を立てずに忍び込んだのにジュペッタもハーデリアも気が付かなかった。隅へ身を隠すとソリチュードは少しだけフードを持ち上げジュペッタたちの様子を見た。
「セイメイザンリョウヲ カクニン... 14%.
 セイメイノ チュウニュウヲ ケンシュツ.
 ジュウデンヲ カイシ.」
 無機質なアナウンスが聞こえたかと思えばその紫色の鋼鉄は大きく右腕を振りかぶりハーデリアへとそれを振り下ろした。鈍い音がソリチュードの耳へと届く。ソリチュードがそっとフードを深くかぶるとその場で俯いた。
 肉の割ける音、骨の砕ける音。不気味な声がその耳には聞こえていた。しかし、ソリチュードから細かい状況を確認することなどできなかった。しかし、これで失踪者がどうなっているのかという問題の答えを探ることができた。ソリチュードは身を翻すと見つかる前に作業場から抜け出し、陣に戻っているであろうリンカの元へと駆けた。


「……やはりですか。 お疲れ様です、ソリチュード」
 ソリチュードの報告を聞いたリンカはジュペッタのいるであろう作業所の方を睨むと、ソリチュードに早く休むようにといった。指示に従い自身のテントへと帰るソリチュード。揺れるマントを後ろから確認し、リンカは作業所の方へと歩いて行った。



『……ヒヒヒッ。アンタ……首ヲ突ッ込ミスギタネ……』

 戦いの後とは思えないほどの、静かな夜であった。












 ルギアが迎撃部隊を早めに調整していたことは吉と出ていた。ホウオウが敵陣に到着した知らせを聞いた時点でルギアはすでに懸念していたのかもしれなかったが、あまりルギアに考えて行動しているといった雰囲気はない。エスパー特有のフィーリングなのか、はたまた幸運の持ち主なのか。
 何はともあれ、迎撃するためのメンバーはすでにそろっていた。士気はそこまで大きく変化することなく戦闘を迎えるルギア達。負傷した兵の数だけ兵力は落ちていたが、それでも迎え撃つには決して少ない数ともいえない。ルギアは合図とともに兵を動かす。空へと飛びあがるルギア。敵の隊列のさらに奥に紅い大きな鳥が見える。
「あ~ぁぁ~……。見れば見るほど憎ったらしい……」
 ルギアが悔しそうに遠くに見えるホウオウへぶつぶつと悪態をつきながら陣から前線へと移動する。

「な、なんだこれ」
 先ほどから悪寒で片づけていいのか、絶対そんな程度で片づけていい訳のない寒気を感じるホウオウが億劫そうにうなだれる。しかし、そんなホウオウの体がぐらりと揺れた。別に寒気に負けたわけでもない。ダメージも負っていない。雲の動きが乱れるのを感じ、ホウオウは溜め息をついた。
「……嫌な予感的中ってさ。……はぁ~ぁ……」
 非常な憂鬱な気分のまま乱れる気流を受け流し前へと進む。そんなホウオウの下を味方の横隊が戦列をそろえ前進している。
「おまけに気味悪いのいるしさぁ~……」
 紫色のそれを見て再び深い溜息をつく。
「名前なんて言ったけ……う~ん……。 ……あ、そうそう」
 眠たげな眼で宙を仰ぐと口に出した。

「ゲノセクト―プロトタイプ型……だっけ?」




 前線の戦いは熾烈を極めた。リーフ小隊の負傷していない兵は別部隊の兵として組み込まれ前線で戦い、エイリンは引き続き重傷者の手当てを行っていた。
 リーフ、ミスリル、ミヅキが戦線離脱している状況で、フレイとレイが中心となって奮闘していた。戦力的には兵隊長クラスとも普通に渡り合えるリーフ小隊のメンバーの働きは大きかったのだが、配置された場所が味方横隊の端であったのがあまり良くなかった。
 味方の真ん中を食い込むように攻撃を仕掛けてきたのが先日の戦いで大きな損害を受けたはずの二足歩行型の何か、ゲノセクトと呼ばれた兵器であった。先日めざましい戦いをせずに撤退していたのが駐屯兵たちを油断させたのか、何匹ものポケモンが高速で発射される弾丸に血を噴き倒れていった。
 真っ先に炎タイプのポケモンを狙い、正確な射撃を行うゲノセクトに恐れをなして部隊の炎ポケモンが敵前逃亡を繰り返したそこだけ、大きく戦線が新世軍側にめり込む形となっている。

 戦列中央をゲノセクトにまかせっきりにしたこの陣は何ともいい加減なホウオウの性格が疑えたのだが、対してのルギアも丸投げしてるような陣容である。単純な火力勝負では、じわじわと後退せざるを得ない新世軍であったが、そのころの上空では形勢は大きく揺らいでいた。
「………あー。えっと。まだ怒ってらっしゃいますか……?」
「そんなの……」
 ホウオウとルギアが上空にたたずむ。ホウオウは多くの飛行ポケモンを連れこの場に臨んだのだったが、ルギアに近づけば近づくほど荒れ狂う気流にやむなく地上へと降り立つポケモンが続出し、最後にはホウオウ一匹のみになってしまった。そんな状況で、目を吊り上げるルギアに対峙していれば、当然下手に出てしまいたくもなるのだった。
「あったりまえでしょ!」
 ルギアが怒りに満ちた声と共にエアロブラストをホウオウに向けて吹き付ける。螺旋を形作りホウオウへとまっすぐ伸びる高密度の台風とでもいうべき攻撃。当たれば虹と快晴を司るホウオウでもただでは済まない。乱気流を掻い潜り何とか避ける。深海と嵐を司るルギアとの相性はいいとは言えないのが現状で、ルギアがこうして力を振るえば嵐によりいいように弄ばれてしまう。しかし、ここでの後退は軍の撤退を指す上に、男としてどうかと思う。
 こうしてホウオウの戦いが始まるのであったが、いかんせん状況が悪すぎる。横を見ても広がる積乱雲。そして気流の乱れを表すかのように散っては生まれる雲。さらに浴びせられるエアロブラストとハイドロポンプが後を絶たない。エアロブラストを撃ち終えるルギアに聖なる炎を飛ばしてみるがこの気流の中で炎がまともに燃え続けるわけもなく、技を使うまでもなく威力を弱められハイドロポンプで消されてしまう。唯一、助かったことといえばルギアが激昂して大技を無駄撃ちしているところであろうか。
 ある種の絶望を感じながらルギアの攻撃をかわし、再びエアロブラストの準備をするルギアをちらりと見る。このままでは埒が明かない。ホウオウは翼を無理やりにでも動かすとルギアへの接近を試みた。ルギアがはばたくごとに生まれる気流の乱れは明らかに強いが、それでもこの空の王者の進行を完全に止めるほどまでには至らなかった。ぐいと近づきルギアの満身の怒りを込めたエアロブラストを間一髪で避けきると、原子の力をルギアの目の前で発動する。空中に念のこもった岩が浮き上がるように出現する。それをルギアへとただぶつけるだけの技なのだが、ルギアへのダメージはそこまでない。そもそも、マルチスケイルで軽減されて弱点のタイプであってもこの技ははかゆい程度のダメージしか生まないほどの軽い岩である。だが、それでいいのだ。念のこもった岩が砕けるのと同時にホウオウの体に力がみなぎる。
 ホウオウの視線がルギアと重なる。ルギアは憎しみの満ちた目でホウオウを見やる。やはり、飄々とした雰囲気のルギアでもホウオウを墜とそうとするその意志に偽りはないようである。もしかしたら殺す勢いなのかもしれないとさえホウオウは思いさえした。もしそうなら、立ち向かわなければ。ルギアとの相性を埋め合わせるための強化は今しがた行った。

 ホウオウは気流を正面から受けながらもルギアの後ろを取る。その背中に瞬時に作り出したルギアの積乱雲よりも黒く染まった雷雲を作りだし、そこから放たれる雷をルギアの背中に向けて撃ちぬく。しかし、ルギアは臆することなく振り向き右翼で言葉通りにその雷を薙いだ。
 右翼の表面の傷は見る見るうちに回復してゆき、再び発動させるマルチスケイルの準備は整った。その様子を見て一筋縄ではこの場は切り抜けられそうもなさそうだと判断したホウオウ。まっすぐとホウオウの目を見るルギアの瞳を、逸らさずにホウオウは力強く羽ばたいた。

 先ほどとは打って変わって空の王者らしく翼をはためかせるホウオウ。その姿を見てルギアも単調な攻撃をやめた。しかし、そこで何を始めたかというと巨大な翼を前方に向けて激しく何度も薙いだのだった。生まれる気流は当然轟々と音を立てホウオウへ向けて吹き荒れる。敵を戦線離脱させる技、吹き飛ばしであった。
 強風を掻い潜り高度を落とすと真上を行くルギアに聖なる炎を再び放つ。青白く燃えるその火球を真下から放った。吹き飛ばしをうまく避けられ、体勢の整っていないルギアに回避も相殺も間に合わず、火球が左翼に命中した。
「あっつつつつっ……!」
 マルチスケイルに守られながらも着弾と同時に左翼全体に炎が広がった。その炎を急いで薙いで消すが、ルギアが思っていたよりもこの技は厄介な技であった。再度自己再生で回復を試みたルギアが異変に気が付いた。
「……治りきらない?」
 左翼の根元に火傷が残ったままで、羽ばたくたびに痛みを感じる。自身が無傷の時にのみ盾として働くマルチスケイルも発動しなくなった。仕方なしにルギアが両翼を前に交差させ、そこに新しい壁を作り出す。あらゆる物理攻撃から身を守るリフレクターが薄い氷のようにその場に形成されていく。
 ルギアに睨まれるホウオウ。しかし、今はこんなことで怯んではいられなかった。

 再び、原始の力をぶつけるべくホウオウは目の前に岩を浮かべる。しかし、邪魔をしようとせずに目の前に浮かぶルギア。マルチスケイルも使えず、幸運にも原始の力で強化されたホウオウを前にしてついに諦めたのか。 ……いや、そんなことはあるはずがない。以前の喧嘩ですら、諦めたルギアを見たことはない。
「原始の…力!」
 山なりに飛び、ルギアへと襲い掛かるいくつもの岩。ルギアが右翼を外側へ薙ぎその岩をはねのける。しかし、当たりは当たりである。さらに力を付けるホウオウを前にしてルギアの口元が一瞬だけ吊り上ったような気がした。
 ホウオウはすでに勝負に切りを付けることだけを考えていた。今の自分ならなんでもできるような気さえしていたのだった。確かに今のホウオウならルギアの渾身のハイドロポンプを受けても墜落することはなかっただろう。しかし、一つだけ大きな誤算をホウオウはしていたのだった。
「調子に…乗るな!」
 ルギアがおもむろにホウオウに接近したかと思うと目の前で大きくぐるりと宙返りした。今まで見た動きとは違うことに警戒し、下がろうとしたホウオウの背中に、鞭のようにしならせたルギアの尻尾があの体のどこにそんな質量があるかと疑いたくなるほどの重みで降ってきた。
「ぐぇぇっ!!?」
 情けない声を上げるホウオウ。先ほどまでの自信はどこへやら、理不尽に奪われた体力に疑問を抱きつつ真っ逆さまに地面に落ちていった。遠く見える地面に大怪我を覚悟し、ホウオウは落下しながら意識を手放した。


「まったく……ホント馬鹿だよ」
 神通力の発動を収めると溜息をついてルギアは飛び立った。先ほど決めたお仕置きでだいぶ気持ちは晴れたような気がしたが、まだまだ分かり合うまでには時間が必要だとぼんやりと考えていた。
「……加勢、するよっ!」
 青いスカーフと赤いスカーフの波にもまれぶつかり合う兵士たちの真上を美しく滑空しながらルギアは戦いへと戻った。




「……起きてください! ホウオウさん!」
「うー……あと5分……痛ッ!」
 医療班のラッキーにひっぱたかれて飛び起きたホウオウ。背中が多少ずきりとは痛んだがどこの骨も折れてはいなかった。不思議と首を傾げるホウオウ。雲の上から落ちておきながら骨折すらしないのは伝説のポケモンだとしてもありえない。
「……誰か助けてくれたのかな?」
「? 自分で落っこちたわけじゃないんですか?」
「そんなトンマに見えるのかい?」
「ええ」
 即答されて項垂れるホウオウ。しかし、それでもなお考えていた。あの場に助けられそうなそれなりの力を持ったエスパータイプのポケモンと言えば……と。
 ラッキーに急かされて仮設の医療所を後にしながらホウオウは、そんなことを考えていたのだった。



【創世暦5000年 9月】
カンナギ東部にてパルキア連合軍と戦闘。
謎の戦力の情報の収集を開始する。

死者 34名
撃破数 22名








 カンナギ東部で起こった戦闘のすぐ後に本軍から援軍がやって来た。その中には凛々しくあるレシラムもいた。砕けた骨はすっかり元に戻っているようでルギアと共にこの地を守るような形でそこに駐屯することになった。
余剰戦力となりかねない上に、負傷している兵もだいぶいたためにテンガン山付近まで駐屯軍を引き伸ばし、一帯を占領する形に新世軍はその陣を敷いた。
 後方に回された部隊の中には、例にもれずリーフ隊の面々もいた。ミヅキはすっかり動き回れていたのだが、片目を失った影響は大きかった。エイリンが丁寧に処理の施したその半義眼のような綺麗な瞳。しかし、戦闘でそんなものが役に立つはずもなかった。 掴むことの難しい距離感、片側に偏った視界、疲労する右目。稽古をつけてもらっているレイの動きが全く目で追えなかった。
 そんなミヅキに世話を焼くハウンドであったが、よく転んだり物にぶつかったりするミヅキが危なっかしく気が気ではない毎日を送っていた。レイ曰く、不便な思いをしながら感覚を研ぎ澄ませて行くものだそうで、過度な干渉は控えるようにと言われてしまった。
 損害と言えば、それだけでもない。例の兵器からの直撃を受けたリーフとミスリル。機能不全等には陥らなそうなものの、ポケモンの生命力を以てしてもこの傷が治るまで時間がかかりそうであった。特にリーフは相変わらず腰から下を固定されていた。

 ひとしきりの休息を得たリーフ隊。激しい運動を禁止されているミスリルは大人しく川辺で水浴びをしている最中であった。
浅い川の中、座り込んで体を水の中へと沈める。気温の低めのこの辺りでは、川を流れる水も当然冷たいものだった。お湯の湧かされている軍の風呂も、入れないことはないのだが、ものの数分でのぼせてしまっては気持ちよく体を洗うことすらできない。
背中の傷は塞がっているものの、万が一開いてしまったときのために巻いていた包帯が岸辺にある。乱雑に放り出したのか、砂利の上で無秩序に転がっていた。
 川から上がると体についた水を凍らせ体から払い落とす。毛ごと固めてしまわないように加減して凍らせたのか、体の水気はまだ飛んではいないようだったがミスリルにとって寒さは心地よさでもあるようだった。エイリンに渡されていた包帯を濡れた体に雑に巻き付けると、すっかり張り付いてしまっていた。

 不意に、ミスリルの目の前に木の葉と一緒に何かが落ちてくる。ガサガサと音をたて、転がってきたそれを覗きかと思い構えるが、すぐにその構えを解くこととなる。
暗くてよく見えなかった黒色の体毛に、目立つ黄色い輪。見間違うはずもないミヅキがうつぶせで転がっていた。 きっと木の根にでも足を引っ掛けて思うように受け身を取れずにここまで滑ってきてしまったのだろうと考えるミスリル。ミヅキが覗くなど、そういうことに関して全く興味も関心もないことをミスリルは理解していた。 少々驚いたが、ミヅキの頭に乗った木の葉を払い助け起こした。
「……ごめ、ん」
「いいの」
 ミスリルは、自分でも優しいと思えるような口調でミヅキにそう言った。最近のミヅキは、元気も自身もなくしかけてしまっている。無理もなかった。ミヅキはミスリルをちらりと見ると冷たい水に体を浸けた。 汚れを落とすためか、もともと水浴びをしに来るつもりだったのか、ミスリルはミヅキをじっと見ていた。

 数分、互いに無言でいた。ミスリルは、この場から離れてもよかったのだがそうせずにいた。何か言うべきことがある。 口下手な彼女は口下手な彼になんと言おうか悩んでいた。
「そういえば…」
口から出てきたのは何の変哲もない前置き。ミヅキはゆっくりとミスリルの方を向いた。
「……助けてくれたの、これで2度目…よね。 あ、ありがと」
後半ぼそぼそと声がこもってしまったが、ミヅキには全部聞こえた様子であった。 しかし、ミヅキから返ってきたのは力の抜ける返答であった。
「2ど…め?」
「え、ええ。 ほら、一回カイリューに……」
「……?」
「い、一緒に戦ったじゃない」
「……ご、めん。 忘、れた」
「……」
 黙るしかなかった。ミスリルもミヅキが少々抜けていることぐらい理解しているのだったが、まさかパッと出て割と危ない状況でさえ味方してさっさとどっかへ消えていったあの時のことをきれいさっぱり忘れるほどだとは思っても見なかった。 人違いは…絶対にない。断じてない。こんな小さなブラッキーが世界に何匹もいてたまるかと思えるほどである。
 しかしミスリルは、きっと彼が他のポケモンを助けることなど至極当たり前のことをやっているとしか思っていないのだろう、と思った。普通のポケモンが考えられることではない。誰だって自分が一番かわいくて大切と思うのだ。しかし、ひどく純粋な彼だからこそ、他人を真っ先に考えられるのだと思う。それで片目を失っても、彼は文句も弱音も言わなかった。 純粋で、力強いポケモンだった。
 ミスリルは、ミヅキがいまだに思い出そうとしている様子を見て、彼の名前を呼んだ。
こちらを再び見たミヅキに、ミスリルは言った。「ありがとう」と、ただ一言だけ。 その時ミヅキの右目には、彼女の自然な笑顔がうつったような気がした。





「おい、お前がソリチュードか?」
 中隊を任されるローブシンがそう声をかけたのは、疲れきった顔をフードの下に隠した一匹のコジョンドであった。ソリチュードはゆったりとした動きで振り返ると短く「ああ」とだけ答えた。
「以前、お前さんが失敗した任務、もう一度行って来い」
「なに……?」
 その言葉に思わず耳を疑う。あれはリンカが個人的に指示を出したもの、だと思っていたからだ。実際、その通りだったのだが几帳面なリンカの性格からだろうか、きっと裏手で頼んでいたこういう仕事も逐一記録していたのかもしれない。彼女亡き今、それが他のポケモンの手に渡っても何ら不思議はなかった。
しかし、このローブシンが任務の失敗についても知っているとするならば、どんな負け方をしてきたかすらも知っているはずだった。それを思い出しただけでも首の大怪我がズキリと痛む。もうあんな思いはごめんだ、そう思うのがふつうであった。

「……あの隊はすでに内地へ移動している。そこまで行けと?」
「そうだ。いいか、これはあの生ぬるい女のようなお願いではない、上官命令だ。行って来い」
 リンカを指しているであろうその言葉にギリと歯軋りするソリチュード。普段の白兵戦に無理矢理参加させておきながらこの命令、もはや死にに行って来いと指示を出しているのと同じことである。すでに睡眠不足の域を超えている。ろくな休息すらない今の状況に体は悲鳴を上げていた。
しかし、断ったところでどうにもならない。裏切ったところで、新世軍の兵や拠点に大損害を与え続けていた自分を受け入れてくれる場所などよくて石牢、悪くて棺桶であった。成功の見込みが全くないこの任務に、首肯するとふと後ろを向いた。ここまでか、そんな言葉を思い浮かべながら走り出した。


 疲労しきった体であってもその隠密行動と凄まじい身体能力に衰えをあまり感じさせることはなかった。もうこの場で力尽きてしまった方がどれほど楽なのか、自分を支えてくれていた唯一の存在も失ってしまったこの孤独な者はふとそんなことを考えるようになった。 よくよく考えればこんな無茶な任務を押し付けられている時点で察するべきなのである。自分は必要とされていないのだと。
 自棄に近いそんな感情が心を蝕んだ。もう心身ともにこの者は傷だらけであった。疲れ切り、光を失った瞳が一つのテント群を見つける。事前に入手しておいた地図から、ここがリーフ隊の駐屯地であることは間違いがなかった。すでに深夜、もしかしたら、始末できるのではないか、そんな考えがよぎった瞬間であった。

 本能が警戒を呼び掛ける。1匹のポケモンの気配をテント群の中から感じ取った。すぐさまその場に伏せ、様子をうかがう。夜目が非常に強いソリチュードの目には、しっかりと一匹のブースターが見て取れる。なぜだろうか、警邏にしてはその場から全く動く気配がない。まさか自分が来るのをわかっていて待機しているのか、馬鹿な。そんなはずはないとすぐに頭の中で否定する。
 邪魔な者は、斬ればいいのだ。以前のようにその答えがはじき出される。しかし、今の自分にそんなことができるのかと気弱な自分が止めに入るのに気が付いた。こんな感情は今までなかった。
「………」
雑念を振り払う。心の迷いは太刀筋に表れるものなのだとよく知っていた。心を無にし、今は害すべき敵のことだけを考える。身を屈めつつダッと走り出す。 凄まじい脚力で彼我の距離を詰める。刃を振りぬき今まさに仕留めてやる瞬間、ブースターの黒い瞳がソリチュードをとらえた。途端、黒煙が辺りを包んだ。突然の煙幕に息を止めるソリチュード。そして大きく刃を振りぬいた……。






 黒煙が止む。深夜に黙々と上がったその煙はやがて霧散し、辺りに静寂が訪れる。その場にいたのは、素早いバックステップで己の身を守ったフレイと、不自然な恰好でフレイをただ睨み付けるソリチュードであった。2匹の間に割って入ったのは、すべてを見通したような透き通った灼眼を持つサマエルであった。
「くっ……」
ソリチュードがもがく。しかし、サマエルの強力なサイコキネシスに見事束縛されたその体は指一本すら動かすことを許されてはいなかった。刃物を取り上げられるとソリチュードは、観念したように抵抗をやめた。死を覚悟したソリチュードにフレイとサマエルの会話が耳に入る。
「すごいな……。本当に、分かってたんだね」
「うむ。囮のような使い方をして悪かったのぅ」
「いや、いいんだよ。元々、僕らしか起きてないんだし。結果オーライだよ」
「そう言ってくれるとありがたいのぅ」

 なんだ、すでに分かっていたのか。ソリチュードは自嘲気味に心の中でそう吐き捨てる。このイーブイがエスパーのような力を使って、早くに存在を察知していたのだろうと頭で理解すると心の中で項垂れる。
「……ところで、どうしよっか」
「そうじゃのぅ、ひとまずは縛っておく必要があるのぅ」
「それもそうだね。いつまでもこのままじゃサマエルが疲れるよね」
「余は別にいつまででもよいぞ? ……寝れないのは困るがのぅ」

 冗談を飛ばしあえるほど余裕の2匹を見て、よくもまあこんな呆気なく捕まったものだと心の中で自身に対し悪態をつく。サイコキネシスでフードマントをはぎ取られると後ろ手に縛られ、口には布を噛まされ、足も固く縛られた。フレイが首元の爆傷に切り傷がいくつも入ったような傷に驚いていたが、そんなことは気にはならなかった。


 そのまま、使われていないであろうテントの中の柱に縛り付けられる。腕自体が拘束されてしまい縄抜けもほぼ不可能に近くなった。この時間で単騎、敵陣の中に入り込むソリチュードを実力者と判断したのか、念には念を重ね、ほとんど身動きの取れない格好にさせられていた。
 サマエルがテントから出ていき、フレイがその場に残る。監視のつもりだろうか、欠伸をしながらゆったりと待っている。じきに外が騒がしくなってくる。雌の少し大きめな制止の声が聞こえたかと思うと、テントの入り口がバッと開いた。月光が反射し、銀色の何かが見えたと思ったら鋼鉄の尻尾で顔を横薙ぎに殴打される。
 口内が今ので切れたのか、噛まされた布に血が浸みこむ。よく見れば、以前に吹き飛ばしたブラッキーがその場にいた。復讐か、そんなことを思いつつ怒りを露わにするその小さなブラッキーを眺めた。追撃をしようとでも思ったのか、前足の爪が怪しく光る。ソリチュードがその様子を眺めていると、後ろから2匹が制止に入った。
「美月!やめなさい!」
 その言葉と同時に軽く尻尾をはたく。ミヅキが振り返ると、そこには血相変えて立つエイリンがいた。レイが2匹の間に割り込むように入ると小さくため息をついた。
「姉ちゃんを狙われて悔しいのはわかるけどな、捕虜様は丁重に扱わなきゃいけないって、ディアルガが言ってるのは知っているだろう?
 ま、その目でさっきのストロークは見事だったけどな」
少し皮肉めいたことをレイが言う。レイ程情報を集められる兵ならソリチュードが引き起こしたか疑わしい不審火や暗殺には合点が言ってるのだろう。実際、レイがソリチュードに向けている視線は冷ややかなものだった。そんな中、エイリンが口を開く。
「……とりあえず、今日はこの辺にしましょう。リーフが起きたら、前線に判断を任せるのがいいと思うわ」

 ミヅキがその言葉を聞いて何も言わずにテントから出る。それについて行くようにしてレイがテントから出ていき、その場にはエイリンとフレイが残る。確かに捕虜は丁重に扱うように指示されてはいるが、自分の命が狙われていると知っておきながらそうすることは普通出来ないだろう。
 エイリンがフレイにタオルを渡すと言った。
「雄なんだから、体くらいは拭いてあげなさい。傷に気を付けるのよ」
「え、僕が?」
「他に誰がいるのよ。お願いね」
 半ば押し付けるようにしてエイリンはテントから出てゆく。フレイはやれやれと首を振ると少々雑にタオルでソリチュードの体をこする。顔、腕、肩と徐々に下へと場所を変えてゆく。
「……足の辺りも拭いた方がいい?」
「…………」
 たとえ同性でもやはり気が引けるのかそう尋ねるフレイ。しかし、聞こえているはずのソリチュードは首肯も拒否もせずに諦めた眼を宙に向けるのみであった。フレイが小さくため息をつくとその部分も含めて拭くことにした。
 腰を軽くふき、雄なら少々蒸れるであろう足の付け根にタオルをやった。途端に、フレイがいぶかしげな顔をする。眉をひそめたような顔をしていたフレイだったが、ハッと表情を変えると、瞬間顔を赤くした。
そして思わずタオルごと前足をひっこめると口を開いた。

「キ、キミは……っ」











「……キミは…………雌……?」
 フレイにとって信じがたいものがあった。単身で陣中に忍び込んだ挙句サクサクと兵たちを静かに屠り、エイリンの命を狙った挙句ミヅキを叩き伏せ、劇薬による爆発をその身に受け、再びこの陣を恐怖に染めんとやってきた暗殺者が雌であるなどと。差別のように思える考えであったが、フレイなど単身で勝てる気のしないポケモンからしてみれば恐怖以外の何物でもない。自然と雄のような先入観があったのだろう。しかし実際にフードを取ってみれば雄だと思わざるを得ない。コジョンド特有の切れ目、決していいとは思えない目つきにキュッと横一文字に結んだ口。美麗さこそあっても可愛さとは無縁のような気がするフレイであった。
 しかし、付いていないものは付いていなかったのだ。いくら雄っぽいところを列挙したところで目の前の暗殺者が雌であることに違いはなかった。強い雌ならフレイはいくらでも知っている。しかし、誰も雌であることを捨てきったような振る舞いはしていなかった。今目の前にいる暗殺者は、自分の性別すら捨てられる心の持ち主なのであろうか。
 未だに目の前の暗殺者はフレイに対し反応はおろか目配せすらしない。フレイは小さくため息をつくと太腿から下を拭き始めたのであった。



 まさか内地で大手柄をたてることになるとは思わなかった。そんなことを朝起きたリーフは報告を聞かされ思った。そもそも内地駐屯中の隊の報告が「敵兵を捕えました」では驚くのも無理はなかった。フレイとサマエルが捕えたとの報せだったが、2匹は夜の警戒で疲れて眠っていた。起きた時にでも労おうと静かに頷くと、リーフは捕虜の顔を確かめに向かった。 テントの中には先客がおり、エイリンが捕虜の傷を手当てしていた。時折、苦痛に苛まれて上げる唸り声がテントの中に響く。首にくっきりと刻まれた裂傷、辺りの皮膚を殺した爆傷が半ば放置のような状態でそこにあるのを見てリーフは鳥肌が立った。しかし、うっすらとこの兵は捨石であったのだろうとリーフは理解した。この有能な兵の先が長くはないことを身体は語っていた。安静の中で生き長らえることはできるにしても、戦場で生きる兵としての価値は大きく下がったのだろう。それだけで将などに任命ざれずに死兵となることを命ずるには違和感があったが、暗殺者と軍の不仲をリーフの知る由もなかった。
 エイリンが新しい包帯に交換するとリーフに軽く挨拶だけしてテントから出て行った。それから連合軍側の情報を得ようと言葉をかけるも一切応じない暗殺者に小さくため息をついたリーフであった。
 新世軍本部からのお達しがあったのは、その翌日のことであった。


 ミヅキはいつになく不機嫌でいた。無表情でいることが多かった彼が口元を曲げているのを見てみな肩をすくめていた。
 まだ暗殺者を捕えたことに関する情報が広まる前に使者が来たかと思うと、さっさと本部へと連れて行ってしまったのだ。おまけに口止めまでされてしまえば誰であろうと本部への疑念が生じるであろう。この処遇に一番納得がいかなかったのはミヅキであった。姉の殺害をピンポイントで企てたこの暗殺者が憎くてたまらない様子で、宥めるのにリーフたちもなかなかに苦労した。
 結局、本部から暗殺者が捕まったかどうかの報せは各隊に行き渡ることはなかった。隠しおおされた今回の件の疑念と、かつて会話したディアルガの顔を思い浮かべながらリーフはテントの中で突っ伏していた。
 そんなリーフの背後で気配を感じた。夜半の刻に誰だろうと思い振り返るリーフだったが、いそいそとテントの前から離れていくような動きに首を傾げた。誰か来ていたことは確かであった。むしろ、まるで気配を感じさせなかったところを思えば、わざと気配を感じさせたのではないかと思うほどであった。思案のうちに凝り固まった体をほぐし、欠伸を一つ浮かべるとテントの出入り口をめくった。辺りを見てもポケモンはいない。その代りに、足元に一通の手紙が落ちていた。拾い上げてみればハウンドから宛てられていることが分かった。どうせテントまで来たのなら話せばよかったものを、と思い封を開くと、思わず声を上げた。辺りを見回すがもう影はどこにもない。もう一度封筒の中身に目をやった。


 その書は、本部認可済みの隊員除名書であった。











【創世暦5000年 11月】
リーフ隊よりハウンドが除名




行ったコラボ相手が重点的に音信不通になる件。
色々まとめている内にこんな形になりました。


というわけで、動き出した過去 完。次章に向けて頑張っていこう


noimg,NightAssassin


……ときちくさんの動画見すぎました。

暴れん坊アサシン ソリチュード
アルタイルやエツィオ、コナーにも負けません。

感想、誤字脱字の指摘、アドバイス、ご要望等々ありましたらぜひぜひコメントお願いいたします~♪
(コメントの数×200=みなみの攻撃力)




*1 現代で言う硫酸のこと
*2 塩素酸ナトリウムのこと。なんでこんな物持ってるんだってばよ。危険物第1類である
*3 上記二つをまぜまぜするとどかーんする。この程度の量なら燃え出したりはしない

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Last-modified: 2015-03-31 (火) 16:08:07
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