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聖夜のキキョウジム飛行隊

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ポケモンジムは全体の奉仕者たれ 

 古都キキョウのジムリーダーは真面目一徹な警察官。
 大空を舞うひこうタイプ、特に鳥ポケモンを専門とするキキョウジムは、リーダーがリーダーだけに全体の奉仕者であるという意識を色濃く持っていた。
 君もそんな誇り高きキキョウジムのトレーナーの一員として、今日も子供たちへのバトル講座を終えて自分たちのトレーニングに向かう。今年ももうすぐ終わるので、稽古をつけるのもほどほどに、あとは流し練習みたいなものだ。再来週のジム主催のクリスマス会が終わればキッズコースは年内終了。一般コースも28日の大掃除兼バトル納めが終われば終了。専属トレーナーは来週あたりに数日休んだ後は餅つき、街の飾りつけ、公共イベントの手伝いに観光客捌きと年末以降年明けまでしばらく休みがない。
 顔見知りの他のトレーナーたちも続々やってきた。ちょうど一般的な企業が終業する時刻でもあり、練習生から専属トレーナーまでロッカールームにわらわら集まってきた。
「鳥インフルエンザですって!?」
 ジムリーダーの不穏な叫び声がジム中に響き渡ったのは、生徒たちを返してから半刻も立たない頃だった。今日のハヤトは警察業務を休んでジムの挑戦者の相手。今年最後の挑戦者たちだった。何せ年末年始は警察官としても忙しい。いつにもまして気合の入っていたリーダーは夕方までには全勝で返り討ちにしてしばらく休憩していた。
 ジムリーダー室の壁は薄い。それこそエアームドの羽根である。だから、見た目よりは頑丈な代わりに、何かあるとすぐにばれる。
 鳥インフルエンザ。鳥ポケモンを扱う身にしたらどうしても身構えるものだ。ロッカールームにかすかに響いてきたその単語に、全員が波を打ったように静まり返る。どこの、誰のどのポケモンが罹ったというのを今すぐ確認しないといけない。鳥インフルエンザはすぐに拡散する。
 すぐに静寂は破られマダツボミの塔が揺れるくらいの大騒ぎとなった。予防接種はしてあるがそれでも罹るものは罹るし感染させることにもなる。
 風雲急を告げる館内放送は何かあった時に全員集合するメインアリーナに所属者を集め、バトル衣装のままのリーダーがマイクを取った。年末年始のご挨拶と夏休み前の子供たち相手の教示以外にはほとんどこうなることはない。それだけこの状況が警戒されている。
「皆よく聞いてくれ。鳥インフルエンザが出た。ジョウト地方内だ」
 まあ、それはきいてた。それは知ってる。互いに互いの顔と、ポケモンの入ったボールを見合わせて、リーダーを見直す。これだけで話が終わるならそうですか。注意します。で済む話だが、何となく、いや、雰囲気的にそれだけで終わるとは誰も思っていなかった。まだジョウトのどこで出たとも聞かされていないわけだ。万が一キキョウジムのすぐそばにある牧場で出た可能性だってある。
「幸い外部からは隔離された施設だから我々は大丈夫だろう。野生への汚染も確認されていない」
 ところどころから安堵の声が上がる。ひとまずの危機はないということだ。
「静粛に。よく聞いてくれ。大きな問題がある」
 そして会員たちは向き直る。真面目一徹なリーダーのことだ。その分なにか厄介事を巻き込んでくるのも、まあ、仕方がないと言えば仕方のないこと。そこがリーダーのいいところでもある。
「閉鎖されたのはデリバードサンタの養成所……先ほど、鳥インフルエンザの確認と、デリバードサンタの機能代行の依頼があった」
 ……ざわ……ざわ……
 サンタクロースが実在すると考えている大人はほぼいないだろう。
 とはいえ、子供の夢を壊すのは忍びない。最初からサンタクロースなんていないんだよと諭せる一部の大人ばかりではないのだ。
 そこでジョウトのとある実業家が思いついたのが、デリバードがサンタの代わりにプレゼントを運んでくれるサービスである。サンタコスの監督者が指揮する。サービスを希望する家庭は事前にデリバードサンタ養成所に配達先住所、子供の名前、プレゼントを贈っておけば24日の夜のうちに子供の下にプレゼントが届くという仕組み。稀に社会貢献で希望しない家庭にもサプライズすることもある。
 これならパパ、ママがサンタだと感づいてる子や絶対にサンタクロースに会うんだと意気込んで夜更かしする子も白い霧に巻ける。
 ところが今年はまさかの鳥インフルエンザのクラスターが発生し養成所はしばらく閉鎖となった。
 イベント大好きなコガネの子供たちが、サンタが来なかったと知るとどう思うだろうか。
「まあ、凹むわな」
「凹むくらいですめばいいけど」
 あちこちから小声が聞こえてくる。彼らが一番恐れていること。
 君もよく知ってる。キキョウからコガネやエンジュ、さらにはアサギにまでよく遊びに行ったから。確かに歴史があり伝統行事の多い地域ではあるが、基本的にはイベントが大好きでノリとボケが普通に技術として備えている子供たちだ。
 12月24日の夜はプレゼントに期待して一刻も早く寝ろ、でなきゃサンタは来ないぞと。早く寝てもサンタが来なかったら? これは非常にまずいことだ。エレブースから晋太郎が戦力外にされるくらいまずいことだ、ことコガネに関しては。エレブースファンは確かアサギとキキョウにもいたはず。……うむ。
 君と、同僚たちは背筋を凍らせた。
 そうでなくても君はジムの専属トレーナーであり正規の職員だ。もう返事と覚悟は決まっていた。
「是非、協力させてください」
 アリーナの各所から、すぐにそういった志願者が現れた。当日はいけませんが是非サポートを!という声も。
「うむ……うむ!」
 袖の下に握りこぶしを抱え込み、直立不動で朝礼台に立つリーダーは、感無量といった様子で目に涙を湛えていた。
 ……おい、それでいいのか? とは、ジム生の手持ちポケモンである鳥たちのボールを通した会話である。
 かくいう君もパートナーのヨルノズクがこの世で最も渋い木の実を口にしたような顔をしていたのは承知していたが、やむを得ず。ミーティング終了後にサンタ代行以来の承諾をレスポンスした。
 

サンタクロースは空を飛ぶ [#96EVGay] 


 12月24日
 時刻は日が暮れて午後7時。クリスマスらしく、かつ飛行士たちにとって三大栄養素よりも重要なビタミン、つまり果物たっぷりのシュトーレンが全員に振舞われた。
 鳥ポケモンに憚って鳥類の肉や有精卵を口にしないトレーナーも多くいるなか、温かいミルクと豆のスープ、パンプキンパイなど少しでも”サンタクロース”を鼓舞しようと近隣住民が持ち寄ってきたものの、緊張からか飛行士の喉を通ったものは少ない。
 一方で鳥たちは暢気なものだ。寒空の下で飛ばされるのに慣れてるのかどうか、とにかくポケモンフーズはガツガツ食うし木の実ももりもり飲み込んでいる。
「飛行計画は頭に入れましたね」
 7時半。遂に点呼が掛かる。クリスマス会は昼過ぎから始め、6時までには全員帰らせた。配達員はバレないよう交代で仮眠。子供はお菓子とささやかなプレゼントを持たせて誤魔化す。そこからの1時間半はてんやわんやの大騒ぎ。ジム関係者だけでなく近隣住民やキキョウの修行僧たちも協力してくれた。トレーナーさんがた今年は大変ですなあと。
 君のパートナーはヨルノズク。全国に幅広く生息する大型の鳥ポケモンで、闇夜の帝王とまで呼ばれる夜間飛行のプロフェッショナルだ。両目の作りは特別製。ほんのわずかな光さえあれば闇夜も真昼と変わらない。おまけに夜はほとんど眠らないと来ている。安定な飛行姿勢と静かな羽ばたき音も非常に都合が良い。濃い冬毛は小さなプレゼントなら隠せてしまうほど、今年は豊満だ。
 支給されたサンタ調の飛行服はやはり分厚くてある程度の効果はありそうだ。クリスマス会で着たドン・〇ホーテのサンタ服とは違う。皮袋にプレゼントを詰めて鳥の上に乗る。サンタ帽は飛行中に飛ぶからヘルメットのような強靭な顎ひもが付いてる。
 付け髭は高度を下げてからつけ、飛ぶときは外す。
 君とヨルノズクは今夜のエースだ。聖夜一の長時間飛行を担当する。決して君も今日暇だったわけではないが、ジムで雇ってもらっている以上こういうハプニングが起こるのは承知の上、ということになっている。一般会員や練習生すら志願してきてくれているのに正規の職員が出ないというのも考え物。もっとも、どうしても外せない理由のある人は外されたが、代わりに28日の大掃除をその人たちだけで担当する。
 ヨルノズクをパートナーにしている君がこうなるのも仕方のないことだろう。寒さに弱いオオスバメやドデカバシは使えないし、血の気の多いウォーグルとバルジーナも万一を考えると不適切。
 速度と持久力のあるオニドリルやピジョット、ケンホロウはこの辺では馴染み深いのもあって今回のパートナーに選んだトレーナーも多い。
 なお、ドンカラスはヤミカラスからプレゼントを奪われないように起用する。コンビ歴の長いベテランがヤミカラスから襲われそうなルートの担当だった。
 地上もだいぶ冷え込んでいるが上空はそれよりも大幅な冷え込みが予想される。というか実際に冷える。それこそ、ヒゲが凍ったり電子機器が使い物にならなくなったりという経験をこのジムのトレーナーたちはしてきている。だから、この時期は空を飛んで移動するトレーナーが少ない。そして、この場にいる者たちもその桁違いの寒さを思い出して飛ぶ前から凍えていた。
 サンタ衣装は飛行用に防寒対策はバッチリこそすれ、それでも寒いもんは寒い。ゴーグルにもう一度凍結防止剤を塗るよう促された。
 天気予報が言うには、山間部を中心に深夜から未明にかけてホワイトクリスマスになる可能性があります、と。余計なことしやがると焚火の周りが笑った。そりゃサンタクロース側からすればその通りだ。
 君はもう一度飛行計画書に目を通す。
 コガネの北側地域を担当した後、そのまま西へ向かいアサギの集荷場でプレゼントの補充、そのままアサギシティじゅうに配荷したあと夜明けとともにキキョウへ帰還するというハードなスケジュールだ。日付変更はアサギでプレゼント補充した当たりで迎える。
 ヨルノズクをパートナーにしているばっかりに。冗談で憐れがる同僚が肩に手を置き、天を仰いだ。そんな天も今なら雲もなく穏やかだが、夜半には雪雲を伴って牙をむくのだろう。
 西の山の端に残るほのかなオレンジ色を見送る当たりで、鳥ポケモンたちの目つきが変わった。ちょうどトレーナーたちが食事と着替えを終えて、出発しようというところ。
 最初に出ていったのはリーダーのハヤトだった。エースのエアームドに跨り、なんと一番遠くから以来のあったナナシマまで配送に行くらしい。滅私の鑑である。それがいいことかどうかは別として。
 初陣をリーダーが飾った後は長距離飛行組の番だ。この組は身一つで出発し、配達先の近くで荷物を受け取る。カントー側まで行くのはこの組だ。君は最初はごく近いコガネ担当だからこの場でプレゼントを受け取る。ただ、配送が間に合わないとかで現地で受け取るものもある。デバイスと紙の地図の両方に配達先を記され、ヨルノズクを呼んだ。いくか、と。ヨルノズクが紙の地図を見て、頭を180°曲げた。俺にはわからんと言うことだ。任せておけと喉を掻いた。

氷点下の夜、コガネにて 


 コガネに向かう何人かとともに飛び立ったが、各々荷物の重い軽いやポケモンの性能、性格、好みのルートなど様々なのですぐに分かれた。彼らとてジムリーダーとまでは行かずともベテランの鳥使いだ。まさか遭難はするまい。モミの木よろしくイルミネーションで彩られたちょっと憐れな、というかそれでいいのか、という感じのマダツボミの塔が見え無くなれば、いよいよ任務は本格化する。  
 眼下に広がるのは遺跡を湛える山岳地帯。山道を通るまばらな自動車のライトくらいしか見えない。逆に上空にはまだ雲が進出してきていないので冬の星座が良く見える。北極星さえ見つければ迷うことはない。最初はほらあれがツンベアー座だぞ~、なんてやってる余裕もあったが、すぐに刺すような寒さと気分にのしかかるようなプレゼント袋に抑え込まれてしまった。
 それでもヨルノズクは大したものだ。コガネまで、と言えば暗闇でもお安い御用とばかりに一直線に羽ばたいている。
 コガネシティは夜の街。それもまだ夜がやっと深くなってきた時間だ。子供はともあれ、大人たちは平気で町を歩いている。
 どうする、ヨルノズク。高度を下げ、ヨルノズクが向かうのはイベントで爆竹がバンバン鳴るコガネジム。
「おい、平気なのか!?」
 君でさえ思わずパートナーに問いかけてしまう。爆竹バンバンなんて普段のバトルですらまずありえない事態だ。ヨルノズクは静寂での行動に慣れているからここに飛び込むのを心配知るのは当然のこと。
 しかしヨルノズクは君の心配を一瞥すると、何も反応することなく、音源向けて急加速した。主人よりも配下の方がよっぽど強気で役に立つとはこのことだと思いながら、君はヨルノズクの手羽元を掴んだ。寒風が肌を突き刺し、そこにあるだけの空気の暴風が君を襲ったが、一匹と一人はなんとか乗り越えた。
 ここはコガネジムの裏口。
「木ぃ隠すなら森の中、人隠すなら森の中、サンタ隠すならコスプレの中ゆうてね」
 コガネジムリーダーのアカネが、まさにドン〇で買いましたというようなコスプレをして、ジムの裏口に強行着陸した君のヨルノズクの顎を撫でた。うるるる、と、鳥類にあるまじき猫なで声を発する。ふと周りを見渡せば同じようなうさんくさいリースを首に、ツノの根元にベルを括りつけられたオドシシが何頭も死んでいた。死んでいた、とは人聞きが悪い。死んではいない。死んだ表情をして虚空を見つめながら突っ立っていた。ああ、今日のイベントで引きずり回されたんだろうな、と……よく見たら人間もその辺に転がっていた。南無三。そういえばキキョウシティは若草山の鹿系ポケモンたちはどうだっただろう。オドシシでは無かったはずだ。
 それはそれとして、入って入ってと手招きされる。ジムの裏口からすぐのところに調理室があり、サンタ色調のエプロンと帽子をしたおばちゃんたちが大量にいた。
「おっ、お帰り!」
「おうどん食べ、おうどん」
 コガネ名物、コガネのおばちゃん。君に出身地で括る偏見はないが、ここは肯定的な感想として、コガネのおばちゃん。
 差し出されたのはプラスチックのカップに入ったおうどんさん。かまぼことねぎの豪華仕立て。いいんですか、と聞いたら、クリスマスとは全然関係ないけどなガハハと嗤っていた。
 ありがたくすすり、ヨルノズクにもおばちゃんのすすめるままに団子をやる。上空で冷えた体に温かいうどんが最高に心地よい。
「サンタさん今日大変やろ~」
「キキョウから来たって? さっきの子もそうやったわ。次はエンジュ? アサギ?」
 ……うどんはありがたいがおばちゃんだちはありがたくない。君はすぐにこれからすぐ配達に行かないといけないんで、と断りを入れる。あからさまにおばちゃんたちの口が尖った。でもすぐに出ないと、というのは事実でしかないので。おばちゃんが集積場に案内してくれる。
「一応ここがプレゼント置き場や……しっかりな!」
 おばちゃんは積みあがるプレゼントを前に、一緒に付き合うことを放棄した。案の定であった。後ろでヨルノズクがべふぅーーーーっ、と、今まで聞いたこともない溜息を噴出していた。
 そら、いこう。
 君はヨルノズクをなだめて中身の入った袋を背負う。何が入ってるのか知らないが、想像よりは重い。それを察して支えてくれる程度にヨルノズクは良い奴だが、それ以上のことはしない。
 ヒラカタ、タカツキ、ネヤガワ、イバラキを通り、コガネ市街で数件回れば、コガネ地区は終わり。
 市街地ならまだしもそのあたりはベッドタウンだ。活発に動き回る大人はおらず、むしろサンタクロースに協力してくれるはず。
 プレゼントを取って、街行く人にも見られるほど低空、といっても誰もが誰かが空飛んでるわとしか思わないから全く話題にもならなかったが、そこを通って郊外に戻る。
「おやあサンタさん、お仕事ご苦労様ですぅ」
 誰かに声をかけられたのは、閑静な住宅街のマンション高層をいくつか回った後だった。サンタデリバードを頼んだ家は基本的に一か所の窓だけ施錠しない。泥棒もそこだけは狙わないのが看板だとか何とか。
 今はそれは関係ない。声をかけられたのはコガネを脱出する直前の、コガネ市街地の三軒目に寄ろうとしたところ。二軒目とごく近かったから油断してしまった。これは匿ってくれる拠点こそあれど、あくまで極秘任務だった。
 見られても大人なら大丈夫、子供でも誤魔化せれば大丈夫。ただし酔っ払った大人なら何が起こるやら。声をかけられた大人には、明らかに酒気が見て取れた。
 君は人差し指を唇に当て、逃げるようにヨルノズクの背に飛び乗った。とりあえず空に逃げる。とは言えホバリングのような飛行だと背中は安定しない。それでも音をほとんど出さないのはヨルノズクの特殊能力か。一瞬で目の前の光景を消された酔っ払いはきっと何事もなかったと解釈してくれる。
 あのビルの屋上に行くぞ、と指示。地図が読めないんじゃあ仕方がない。ビルに飛び上る直前、高階層のレストランの客と目があった。どの客もカップルだ。ちょっと悲しい気分になったが、手を振って誤魔化す。ヨルノズクはそのままビルを走りあがるようにして屋上へ行き、着陸。これでも自分たちの腕前には自信はある。キッチリプレゼントは届けてきた。
 あぶなかったね、と、君がへたる。さすがはホワイトクリスマス予想されただけはある、空を見上げても一等星の一つも見えない。
 ここでプレゼント袋はちょうど空っぽになる予定。実際、今自分が抱えてるのは中身を吐き出し終えてぺったんこになっている袋。
 お互いに見合わせて、ヨルノズクはため息を、君は大笑いをした。いいじゃん、やることやったんだから、と、もうちょっと自己管理をしてくださいのハーモニー。
 ま、次に行こうか。
 君はヨルノズクの翼を取った。やれやれ、と、一息入れ、ヨルノズクが翼を開いた。
 次の行程が始まる。

翼よ、あれがアサギの灯だ 


 コガネ南側からアサギに行くにはちょうど内海を飛ぶことになる。北側から陸上を飛んでもいいが、その辺は山岳地帯なので雪雲に突っ込む可能性があり、却下。この時期のこの時間帯では釣り人もいないのか、眼下天上どちらかわからぬ漆黒の世界に包まれている。ただ、空と海の境目に100万円とも100万ドルともいわれるアサギの夜景が煌々と輝いている。
 一人なら孤独に押しつぶされそうだ。
 君は凍えつつも、厚い皮手袋越しでも感じられるヨルノズクの体温を頼りに飛び続ける。黙々と仕事をし続ける相方に、自然と涙があふれてきた。
 バカなことするなよ。この気温、この上空で涙何て流したら凍ってえらいこっちゃやで。
 ヨルノズクのそんな叱咤が聞こえてきそうなほど、一匹と一人は一体化していた。
 ゴーグルの端が少しずつ曇り始めた。ああ、さすがに氷が付くか。この寒い中を飛んでくれる相棒にも感謝。しがみつくと見せかけて、何となく抱きしめる。
 ケッ、と、嗤われてしまった。そんなに冷たいのは気候だけで十分だ。
 さて。100万ドルの宝石たちが大きくなるにつれて、君はひときわ高いところにある大きな宝石を探す。アサギのシンボル、大灯台だ。そこがプレゼントの集積場になっている。
 君が見つけるより先に、ヨルノズクが一点を目指して速度を上げる。静かすぎる飛行の割には速度が出ていて、最初は獲物でも見つけて野生が目覚めたのかと思った。すぐに違うと気づいた。凍える主人のために灯台を見つけて全速力を出したのだ。ありがとう、という言葉は風に吹き飛ばされた。
「お疲れ様です。アサギシティジムリーダーのミカンです」
 灯台の窓から入ると、漆黒の夜を懸命に照らすデンリュウと、付き添っている少女に迎えられた。この少女のことはよく知ってる。ジョウト地方で有数の人気を誇るトレーナーで、てっぺきのはがね少女と呼ばれるこの街のジムリーダー。
 こんなに幼い子供が駆り出されていいのか。君は思わず言ってしまった。ミカンは普段の薄着はどこへやら、今日はもこもこのモリモリに厚着している。そりゃそうか。
「皆様やアカリちゃんが頑張ってらっしゃるのに私だけ何もしないのでは悪いですからね」
 よく聞けば、灯台の下の部屋から騒音が聞こえる。私の親衛隊?です、というミカンの言に、すべてを悟った。どうも親衛隊だけで勝手にクリスマスパーティーをしているらしい。彼女も大変だったらしい。来ると聞かされていたサンタクロースにも、目こそ合わせるが近寄りはせず、距離を保ってアカリちゃんの横にいる。ヨルノズクは暇そうにあくびをしていた。なんでそんなに余裕なのか、君でもまだわからないことはあるらしい。
「飲酒飛行はダメなので、シャンメリーです。よろしければどうぞ」
 お接待は君にとってもありがたいが、シャンメリーは冷たい。非常に冷たい。12月下旬、深夜、雪予想では凍っていてもおかしくないような飲み物だったので、一口飲んで満足した。ヨルノズクは断固拒否した。
 ジムリーダーにまで上り詰めた人は、やっぱりいろいろと頑丈なんだな、と君は思った。こんなことで思い知らされるのはジムリーダーにとって本位なのか不本意なのか。深夜なのに眠気の一つも見せずきょとんとしている少女はタフすぎる。
「えーと……プレゼントはこちらですね。アサギの子供たちのため、よろしくお願いします!」
 君もまだ子供だよ、とは口が裂けても言えないもの悲しさがあった。ヨルノズクも呆れているように見えた。ついでに、アカリちゃんは天を照らしつつ嘆いていたのは間違いない。
 袋にプレゼントを入れ、地図をもう一度確認する。時間的には予定とほとんど変わらない。スムーズに配れば朝までに帰れる。ヨルノズクが翼を広げて自分たちを鼓舞した。
 さあ、ともあれ、もうひと頑張りだ。

おかえりキキョウ 


 アサギからキキョウに帰るには、自然公園の上空を通って日が昇る方角へと向かわなければならない。未明という時間ももうすぐ終わり、いよいよ夜明けだ。ちょど地平線からだんだんと黒色が白く染まっていく。世が白むとはこのことだとぼんやり君は思った。
 寒さと眠さと疲労でかなり消耗しているのは分かったが、ヨルノズクは変わらず飛び続けているのだ。君が先に墜ちてしまうわけにはいかない。皮手袋で顔をたたいたらぼこぼこと間抜けな音がした。
 イルミネーションで飾られたマダツボミの塔は朝になり照明の役割がなくなったとさっそく撤去されている。これから正月向けの飾りに模様替えされるのだろう。もののあわれを感じる。ああ、完全に明るくなったんだな、と。
 そして、明るくなったいまでもサンタの格好してるのは恥ずかしいなと。ヨルノズクに最後の指示を出す。一刻も早くジムに着陸してくれ。
 こうして君のサンタ任務は終わった。
 着くなり急いでロッカールームに向かう。
「まあ幸い明日は休みですし」
「休まなきゃあトレーナーもポケモンも潰れちまうよ」
 早朝だというのにまだみんないた。フライング・ハイや非日常感で気分が高揚して眠れなかったのだろう。一晩徹夜した翌日の朝とは思えない熱気だった。見ればおにぎりや卵焼きなど返ってきた人向けの軽食が用意されている。きっとポケモンの分もあるはず。
「おお、お疲れー!」
 と、その前に飛行服、もといサンタ服を脱がなくてはならない。同僚はまだ着てるのか、よっぽど気に入ったんだなと冷やかして来る。
「飛行日誌書いたら各自解散な」 
 その日の飛行で何があったかを書くだけで大したことではないのだが、これが意外と眺めるだけで面白い。
―タンバシティ手前であられに降られて遭難しかけた
―フスベシティでドラゴンに撃墜されかけた
―エンジュだと振舞いは甘酒だった
―海側で巨大な鳥を見た。たぶんホウオウだと思う。
 どれも興味深い内容だ。ついじっくり見ていると。ヨルノズクに頭を突かれた。早く帰って休みたいんだろう。君も疲れを思い出した。つらつらとペンを走らせ飛行日誌を書いてしまうと、欠伸をしながらジムを出た。さすがに限界がきて帰っていく同僚たち、様子を見に来てくれた近所の人たちが入り混じる中、それでは、と、ヨルノズクをボールに返そうとした。その時だ。ヨルノズクが暴れ始めた!
 君はヨルノズクにひたすら突かれる、何か悪いことをしたかと思ったが、心当たりがない、痛い、どうして、なんでさ!と、抗議するも聞き入れてくれない。
 しばらく突かれたら、ヨルノズクが離れた。そして、嘴を自分の胸の中に突っ込む。困惑する君をよそに、胸を張って何かを取り出した。
 いつの間に集めたのか。いや、誰かに作ってもらったのをずっと持っていたのか。数は少ないながらも鮮やかない色をした花がまとめられていて、規模は小さいながらも花束と呼べるものだった。
 それを、咥えてぐいぐい押し付けて来る。バラのとげがちくちくして痛いのも構わず、君はこの行為を解釈した。が、疲労と寝不足ではたから見れば何をされてるか一目瞭然なこの行為も難しいものとなる。
 花束をきちんと受け取り、君がヨルノズクがやるように首を回すと、呆れられ、翼で何かを指された。
 撤去を待つばかりとなったリース。サンタクロース。モミの木。他。ついさっきまでふたりで駆け回ったイベントの残渣だ。今日が本番だというのに何とも悲しい話である。いや、それよりも。君の頭もようやく一つの答えを出せた。
 ひょっとして、クリスマスプレゼント……?
 口が滑った。バシバシ叩かれた。他に何がある、と言わんばかりの勢いだ。
 すれ違うトレーナーやポケモンたちがほほ笑むような冷ややかなような目をしながら通り過ぎていく。
 やっとわかったか。と言っているようだった。じゃあ、次は? ヨルノズクが両翼を大きく開く。何かを待っている、と言うことがすぐにわかり、直後に何を待っているかもわかった。
 あっ
 君は気づく。プレゼントを用意していない。ヨルノズクはこうして花束を用意していたというのに。
 今日はもう動けないから、明日、一日たっぷりと欲しいものを選ぶことで和解するのは、この後ふたりが家に戻って喧嘩もできなくなるほど疲弊したころであった。

そして事件は二度起こる 

12月26日……は一日中ヨルノズクとデート。文字通りのデートそれ以外の何物でもないデート。
12月27日……はそもそも日曜日だから休み。二日、いや、三日分の蓄積した疲労が君を襲い、一日中寝床から出られなかったという。
今日は12月28日。クリスマスで夜中に出なかったジム員が総出で大掃除をしているころだろう。君は休みだからと昼前まで、いや、いっそ日付が変わるまでたっぷり寝て翌日以降からの新しい年末年始に備えておこうと思っていた。寝てても腹は減るが食欲より睡眠欲が数倍勝る。ヨルノズクは当然日が出た後はまるで動く気もなく一緒になってぐうぐう言っている。部下は主人に似るという格言はまさにこれを示しているのだろう。鳥はそんな声出すのか、とかなんとか思い、君が再び布団に入った時だった。
 携帯が鳴った。嫌な予感がした。寝ていたヨルノズクが飛び起きて棒になるくらい。……表情で伝えんとするところは君でもわかる。”絶対出るな”だと。
 とはいえ、そうはいかない。ヨルノズクに片手で謝りつつ、携帯を取る。
 うげ、と思わず声を出してしまった。ヨルノズクが天を仰ぐ。君は申し訳なさげに通話ボタンを押した。ああ、これで年末年始がつぶれた。
「む。よく出てくれた。今度は宅配サービスで有名な和食庵のおせち配達隊にクラスターが……」
 31日深夜、1日早朝に何か予定はあったかな……と考える。ヨルノズクが手帳を咥えてきた。やれやれ、と言わんばかりに頭を180°もたげた。
 初詣(行けれたら) と書いてある。ジョウトの行けれたらは行けない可能性が極めて高いということが前提条件にあるのは、もはや全国的に知られている事実だ。
「おお! 来てくれるか! いやありがたい」
 君はヨルノズクに手を合わせた。まあ、もうお互いにわかり切ってはいたことだが

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Last-modified: 2021-01-23 (土) 22:58:18
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