『ベテルギウス』 三作目。
別にこだわっていた訳ではなかった。
ただ単に自分が勝つということしか頭の中に無くて、負けるなんて単語は持ち合わせていなかった。
それなのに今日という今日は負けてしまった。 何に負けたかって?
それは「試験の点数が平均以上であり、尚且つ三人で一番になること」という幼稚な遊びだった。
初めは余裕だった僕も、試験が返されてしまってからは友達にいい顔が出来なくなった。
もうちょっとで勝てる所だったのに、一個だけ点数が低かったのが結果に大きく響いてしまったのだ。
それが悔しくて悔しくて――たまらなかった。 もう自分が憎くてたまらない。
俗に言う「罰ゲーム」の内容というのが、クラスの嫌われている女子に告白しろという内容だった。
それを聞いた途端、自分はもう死んでやろうとかふざけ半分で思っているほど悲しかった。
だめだなぁなんて帰り道。 小石にその苛立たしさをぶつけてしまう。
頭の良さにはちょっと自信があったのに、あんなに悲しい思いをするとは思っていなかったのだ。
なので、明日は「あいつ」のいる朝早くから学校に赴き、いわゆる「罰告白」をするのだ。
そして、時間が経った時にあいつに「嘘なんだ」と言えば、それで問題ない。
「……とは考えたものの」
一匹のブースターがベッドによっかかりつつ、どうやって言えばいいかなと悩む。
そのまま直接言うか、それとも靴にラブレターをいれるという無難な技もありか。
勉強以外に頭を使った事があまり無かったから、そういう知識には無頓着すぎる。
机に書いた紙もくしゃくしゃに丸められ、もう手を打つ手段なんて使い果たしてしまった。
こういうのを机上の空論というのかは分らないが、自分だけの知識だけでは無理な話だ。
僕が告白という罰を受け、相手がそれを見て頷くか断るかの二択。 意外とぞくぞくする気持ち。
時計が深夜二時を刺す時、自分はふと毛布をかけては明日が来ないことを痛いほど祈った。
明日がきませんように。
しかし、朝は残酷に平等に訪れてしまうモノだった。
****
「おはよー」
「うん」
「元気ないじゃん」
サンダースとブラッキーの二人が待ってくれていた。
そう 何を隠そうこの二匹と点数を争っていたわけなのだが、結局惨敗に終わってしまった。
原因は物理学のテストだったのだが、これを思い出しただけで唇を噛み締めてしまう。
にやにやするサンダースは本当に機嫌が良過ぎる。 いつも僕に合計点を負けていたお前だから勝つと嬉しいのだな。
それを宥めるブラッキーも少しだけ安堵の表情を浮かべたりと、自分じゃないとこんなに嬉しそうな素振りを見せるもの。
それはきっと自分もそうなのだろう。 自分の立場じゃないとこんなにも悲しい事は無い。
学校までの道のりがこんなにも短く感じた事は無い――というより、なるべく遠回りをして行きたいほど、学校には行きたくなかった。
***
「おっ、いるじゃんw」
サンダースは笑いつつ、僕の背中を押した。
ふと鞄を落とした瞬間、「罰告白の犠牲者」である彼女がこちらを見た。
ブラッキーも「ほらほら」と背中を押し、僕は彼女の前に立つ。
僕は彼女をよく見た事は無かったのだが、とりあえず昨日考えた事だけを言おう。
ちなみにその犠牲者となるのがモノズの女の子である。 僕もよく話したことは無い。
それなのに……。
「ぼ、僕と付き合って下さい!」
ああ。 サンダースが必死に笑いを堪えているのが分るよ。 ブラッキーでさえ若干退いている。
教室にいるのが僕とこの二匹とそしてこのモノズと四匹だけで良かったかもしれない。
こんなに人生で一番恥ずかしい思いをしなくてはいけないだなんて。 もうこの場から出て行きたい。
「え、わ、私ですか?」
ぎこちない彼女は僕の顔を見るたびに、少々頬を紅潮させる。
僕はどうしてこんな事。なんて思いつつ、嫌々彼女の顔を見た。
そしたらどうだろうか、彼女は「いいですよ」と小さいながらも優しく言ったんだ。
その時から、僕とモノズの奇妙な学校生活が始まったんだと思う。
ふと思い出したとき、そこはもう学校の帰り道だった。
モノズに一緒に帰ろうと誘ったものの「忙しいので」と言われて別れてきた。
告白をしたのはいいけれど、正直言ってあまり近くにも行きたくなかったので話はしなかった。
何せ、周りの奴らが笑いを堪えてるのが見え見えでストレスだけが溜まるからだ。
いくら嫌われ者だからって言っても、僕はそこまで嫌う理由なんて僕には無かった。
むしろ、言葉も交わさないで嫌う理由だなんて この世界の奴にそんな資格なんて無いはずだ。
ついさっきブラッキーとサンダースと別れたわけで、帰路の間ずっと悩みに悩んでいた所だ。
そういえばメアドをモノズと交換したんだっけと思いつつ、暇だからメールでもしようかな。
とりあえず家に帰るだけ帰って、勉強も後回しだ。 それぐらい彼女に探究心を抱く。
***
「よし」
と僕は自分自身を確認すると、「今日、突然でごめんね」と短い文章を打った。
どうも携帯というものは扱いづらい。 ボタンが小さいだとか、文章を考えるのだとか。
そんな事はどうでもよくて、メールを送るのに抵抗があった僕には一体何があったのだろう。
それどころかメールが返ってくる事をひたすら楽しみにしていた僕はなんなんだろう。
しばらく布団でごろごろしていると、携帯が無機質な音で鳴ったのでとった。
僕は携帯をあけるのが非常に恐ろしかったが、見たいという欲求には勝てなくて。
「いいえ。 いきなりでびっくりしました」と彼女も中々可愛い所がある。
あまり表情を見せてくれないものだから。 それに話している所なんか見られたくも無いからね。
メールだけが唯一の会話かなと自分で思うと、それはすごい切ない事だと一瞬思った。
「そういえば、家ってどこにあるの?」なんて、聞いてみたりする。
そんなような会話が何回か続いて、最後は彼女から「おやすみ」と一言でメールは終わった。
今日だけでもたくさん会話をしたのだが、異性と話をするのなんか初めての経験でもあった。
彼女と彼氏の関係なんて僕には無縁なお話だと思っていたけれども、まさかこんな時期にしかも罰ゲームでこんな事になるなんて思っても見なかった。
彼女が「これが罰ゲーム」なんて聞いたら、絶対に彼女は酷く傷ついてしまうだろう。
あまり深く考えていなかった僕が情けない。 もし心に深い傷でも負ってしまったら、責任なんか到底とれるものじゃなかった。
彼女はいつもクラスで一人だった気がする。
気の会う親友がいるわけでもなく、ただただ平凡に学校生活を送っている子だった。
周りは周りで唆す悪い奴らもいたけれど、自分はそこまで友好的ってわけでもなかった。
そんな時に僕は「とある悪友」の罰ゲームで何故かこの子の彼氏になってしまった。
彼女が物凄い戸惑っているのがよく分ったし、メールの文中でも本当に緊張をしている感じだった。
そんな僕は彼女が不安がっているのをどうしても見ていられなくて、放っておけなかった。
よし、僕もちょっとは頑張ってみようかなと布団の上でちょっとだけ堅く誓った。
自分は決して強いというわけではない。
ただ、強くなれればそれで良かった。
守る存在が出来れば、それだけで良いかなと僕は一人で納得した。
あれから数週間と経ち、不思議と僕とモノズも一緒に行動をする仲になった。
時には一緒に弁当も食べたし、僕と付き合う前の彼女とは正反対の彼女となったかもしれない。
そんな僕は嬉しい気持ちにもなったし、一方でこれが本当の告白じゃないと知ったら傷ついてしまう気持ちにもなった。
そもそも、本来は付き合う事なんか考えていなかった相手に接するなんて、僕にしたら考えられない事だろう。
ときたまサンダースやブラッキーとも話をするが、僕を心配しているのか笑っているのか分らない質問ばかりをしてくる。
仕方が無いから彼女の事を悪く言ってしまうが、本当はあまり言いたくない。
そんな『言いたくても言えない気持ち』が日に日に積もっていった。
僕はあの試験にさえ負けなければこんな出会いなんて無かったし、彼女の事や存在自体を知る事も無かっただろう。
誰にでも見せている顔というものは、知らず知らずの内に誰かを傷つける事がある。
それは僕の事でもあり、それは誰にでもありえることだと僕は思う。
本当は言いたくないのに、他人にこう言えばまた笑われるだろうから、僕は無理にでも繕った。
無理をしているなんて思われたくなかったから、無意識にこの事をするように意識した。
無意識なことを意識するのは矛盾が生じるが、僕はそれでも意識する事に専念した。
でもこれが本当はとても辛いこと。 僕は彼女と接しているだけでそれに気が付いたのだから。
僕の周り全ての考えが変われば、この子ももうちょっと生き生きと出来るのではないかと僕は考えた。
そんな考えに耽る僕の隣で携帯が鳴った。
この携帯にメールがスムーズに来るようになって一ヶ月目。
最初はぎこちなかった僕とモノズも、今では普通に話せるようになった。
最も彼女は人見知りをするから、他人とメールをする事は苦手としているのに、自分からメールをしてくるのは初めてのことだ。
内容が気になるものだから、僕は携帯を器用に開いてその内容を目に焼き付けた。
「良かったら明後日、遊びに行きませんか?」と彼女は僕を誘ったのだ。
自分から話しかけるのを苦手とする彼女は、そうやって誘うのはいつも僕のはずだった。
そんな彼女が僕を誘うだなんて信じられなくて、同時にすごく嬉しい気持ちにもなった。
しかし明後日だなんて思うと悲しくなる。 明日ならば都合がとても良い。
本当は都合が悪いとか良いとかの問題じゃない。 自分が彼女に逢いたがっている証拠である。
気軽に「いいよ」と僕は文を打つと、そのまま彼女に許可のメールを発信した。
ああ、明後日が楽しみ。
なんて時計の針が明日と今日の境界線を指す頃、僕は彼女の事が急に恋しくなった。
話す前はあんなに嫌っていた存在が今ではこんなに恋しくなるなんて不思議な話。
もう病気にでもなってしまったのかと勘違いしてしまうぐらい、僕はそう考えていた。
おやすみ。 僕は彼女自身に言うように呟き瞼を閉じた。
幼い頃の罰ゲームの定番といえばこれ(?)
皆さんも経験ある方や、親友を陥れたとかそんな苦い思い出もあるかもしれません。
そういう時は重ね合わせてごらんくださいませ^^
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