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絶対隷奴の命

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若干の暴力描写あり。





 ――、、

 鎖が、連結部のあらゆる場所でぶつかり合っていた。小さな音がいくつも重なり、私の意識に入り込んできた。音の刺激に目を覚まし、その首から前足を離した。身を離した。
 空は暗く、遠くに夕の焼け残りが見える限り。真上は恐らく、もう、真っ暗。夜の様相。私は、夕暮れと月の微かな明かりを目に集め、ぼんやり、ゆっくり視界を定める。暗がりに慣らす。
 横目に映る自分の被毛に、やや違和感があった。右側、頬から首筋にかけての被毛が、不自然に沈んでいる。長い間もたれかかっていたためだろうか、恐らく、寝癖。寝癖が付いている。些細なこと。

 どうしましたか?

 疑問を抱き、期待を抱き、ただ、声無く、頭上の影へと視線を向ける。その頭後ろへと視線を向ける。
 鎖が張り詰め、それだけでは足らずに引かれ続けて、軋む。落ちる。
 私が、
 引きずり落とされる。
 海に、
 咄嗟、足元を蹴って、その方向へと、身を投げる。
 冷たい、冷たい、海の水。
 側面から半分浸かり、地面で止まる。
 浅瀬、砂浜、
 揺れることのない大地。
 私を溺れさせる意図ではない。
 海面が大きく叩かれる音、強く大きな音。
 私を振り落とした姿が、横へと倒れ、腹部を晒す。私へと。

 砂浜に四肢を立て、身体を起こした。被毛の片側だけが水気と砂を吸って、不安定な重みがあった。
 ただ立っていると、揺れる波が、足元から砂をさらい、ゆっくり、身体を沈めていく。
 そんなに長く自立しているわけではないし、問題はない。ないけれど、ただ、思いが沸き立つ。――恐らく、こんな場面を、他に知らないから。
 足の裏が少しくすぐったい、それだけのことなのだけれど、私は、そんな場面で行うことを、一つしか知らない。だから、これから行うことを、想像して、震える。

 晒されたその腹部は、暗がりの中、夕の焼けに、月明かりに、微かな艶を作って煌めくばかりだった。だけれど、私の視線は、その、下へと、吸い寄せられた。
 海面、流れる砂浜――そちらではなく。
 下へと。




   絶対隷奴(ぜったいれいど)の命



〝見えたよ!〟と、エイミーの叫び声が響いた。甲高く、風を切りながら、しっかりと私の耳にも届いた。
〝ほんとに?〟と、ケオが呼応した。翼を傾け、風を捉えて、数度羽ばたいてから、再び滑空の姿勢を取った。私は、その背にしがみついたまま――風を吸い過ぎないよう、身体を縮こまらせた。
〝ほんとほんとほんと!〟アトラも言っている。嬉々として、はしゃいでいた。エイミーから落ちてしまわないか、と数瞬思ったが、この期に及べば、最早、余計な心配だろう。
 ケオが私を乗せたまま、エイミー、アトラの隣へと、同じ高さへと辿り着く。ケオにももう見えているのであろうものへと向けて、私も、まっすぐ視線を向けた。

「おー、ほんと、ほんとだ!!」
 私は、ケオからアトラに伝染した言葉を、他意なく引継ぎ、復唱していた。
 彼方の水平線、その上に、薄らと、輪郭が乗っている。変わり映えせず、ただ広がり続ける海の光景の、その一端に現れたもの。山頂と思しきもの。陸地、島――明らかにそれだった。



 大陸便のラプラスたちに〝海の機嫌は気まぐれなんです〟と、迂回を提案されたり、あるいはもっと単純に、断られたりすることがある。――探検家や冒険者たちが持ち寄る話題に、そういうものがあった。
 あまりに漠然とした、ただの笑い話だった。話す当事者たちも、さほど本気にはしておらず、それぞれが、地図、海図に路線を指し示しながら、会話に花を咲かせていた。
 ラプラスたちに苦言を呈された路線は、少しずつ集積されていった。そして、それらは明らかに一つの海域で重なっていた。
 憶測が憶測を呼んだ。
〝その海域は、潮流が激しいだとか、天候の変化が激しいだとか、そういった理由で拒まれるのだろう〟だとかの納得に、〝そんなに危険な場所なら、見知らぬ大地が存在してもおかしくはないのではないか〟といった、未踏地への夢語りに、〝実はここには大地か何かがあるが、ラプラス達が秘匿しているのではないか〟などという陰謀論まで。
 それらは常に話半分で、しかし、カフェなどで見知ったチーム同士鉢合わせしたりすると、定番の話題となっていた。

〝例の海域さ、ついでに見に行かない?〟とは、エイミーの言だった。エイミーとケオが、アトラと私をそれぞれ乗せて飛んでいく話だった。
 私は「いいの?」と聞き返した。結果は徒労に終わるだろう、と思いながら。しかしそれ以上に、惹かれるものがあった。
 小さな噂を確かめる、ささやかな探検。あったとして、せいぜい、探検を断念させる悪天候や、上空からはほぼ確認できない潮流だとか、くらいだろう。
 島があるなんて、誰が信じていたことか。



 アトラが、嬉々とした声を浮かべていた。〝名前、乗ったりするかな?〟なんて。地図か、海図か、あるいは歴史か、その辺りに対して。気の早い話。
〝どうする? 引き返す?〟とは、そのすぐ下、エイミー。――要するに、報告を最優先として、探検も何もせずに帰るということ。
〝いや、行く、行きたい〟アトラがすぐさま言葉を返した。急に声色を変えて言うもんだから、おかしかった。
 皆して、小さな笑みを溢れさせた。声として、くすっと。
 あの島は、どれくらい大きいのだろうか。何があるのだろうか。私も心が弾んでいた。

 風が切られて音を鳴らす。歌っているかのように伸びた、どこか遠い音。
 ――声、歌声。周囲が白く霞む。
 身体が傾く。
 ケオ?
 海面が見えた。
 寒気。
 海面から飛び出す物。
 身体が浮かぶ。
 私の身体は、その物を掠めて、
 落ちる。
 海面が動かない。固まっている。
 私は、ただ目を瞑った。

 ――さっき、氷の柱が、伸びてきた。いくつも、海面から。
 私を掠めたものは、伸びていく氷の柱。
 ケオが重心を失って、ケオ自身が、一瞬、ほんの一瞬、落ちた。そこで、私が離れて、私も落ちた。
 酷く寒かった。冷たかった。落下が止まった。海に落ちて、深く沈んでいるのかもしれない。
 いや、だからって、ケオもエイミーも、私を引き上げるくらい造作もないはずなんだけれど。

 ゆっくりと目を開けた先には、透明感のある、白っぽい床があった。その下には、海があるらしかった。
 顔を持ち上げると、大きな姿があった。目を少し煌めかせながら、黙って私を見つめていた。
 顎から喉を通る白い肌、上側を覆う青い肌、丸みを帯びた耳、額から突き出たささやかな角、氷の上に広げられた前鰭、あまり鋭利でない棘がいくつもついた背中の甲羅。
 ――知ってる種族。ラプラス。

 その目の煌めきが消えると同時に、私の身体が、落ちる。
 すぐに着地する。そんなに痛くない。
 ただ、冷たい。酷く。

 私は、何が起こったのか全く分からず、呆然と、その姿を見つめ続けていた。氷の床に倒れ伏したまま。
 その姿は、氷の上を滑り、氷の壁に――柱の一つに、頬を添えた。
 割れる音。氷が。
 それから、その柱が、降りていく。根元から海に沈んでいく。
 ある程度降りてきたところで見えたのは、エイミー、アトラ。
 ――赤い飛沫と共に凍り付いた、仲間の姿。

 ――え?

 そのラプラスが、エイミーのバッグを氷の中から取り出した。エイミーの探検隊バッジを放り出して、数瞬、宙を漂わせてから首に掛けた。
 直感が閃いた。
 私は、ひどく寒い感覚を拭い捨てて、氷の床に立ち、電撃を一つ放った。できる限り強く、そのラプラスに向けて。
 思うより遥かに早く、鋭く、その姿を貫いて、
 貫いた、
 はずだった。

 その姿が、私へと視線を向ける。
 感情の見えない表情と目。
 その口元から、白いもやが溢れ出している。冷気。
 口を開いて、声が響いた。
 何か喋るのかと意識を向けた。それは言葉として聞き取れない歌声だった。
 ただ、綺麗で、

 寒く、冷たく、

 急に、力が抜けていく。

 なんとなく、脳裏によぎった。
 聞いた者を凍り付かせる声。ぜったいれいどを強いて、ほろびをうたう、命令。



 ちょうど背中が寂しかったんだ。

 声が聞こえた、そんな、気が、、






 水気に満ちた音が、絶えず聞こえる。水面が歪んでは元に戻る、あの音に似ている。小さい波同士がぶつかって、大きなほうが小さなほうを飲み込み、沈んでいく、あの音。
 地面が、緩やかに、細やかに揺れ続けている。倒れ伏した身体の脇には、地面から突き出たものがある。
 身体を起こす。首周りに何か重い感覚が纏わり付いている。目を開けると、視界に映ったのは、大きな後ろ首の輪郭。その先にあるのは、月明かりが揺れだけの黒い海。夜。
 ラプラスの背中の上。先の丸まった棘がいくつも付いている、硬い甲羅の、その上。

「――あの」

 周りには、他の誰もいる様子がない。状況が飲み込めない。
 夢? いや、そんな、まさか。
 私ひとりでラプラスに乘る――大陸便を利用する機会なんてそうそうない。
 つまり、このラプラスは、さっきの、
 そう思った瞬間、金属同士がぶつかるような音が弾けた。幾つも。
 首が引っ張られる、強く。
 私の重心を持って行く。
 丸い棘に身体が落ちて、打ち付けられて、
 被毛が一瞬だけ引っかかって、痛くて、
 それでもなお引っ張られる。
 海に、
 落ちる?
 一瞬、水面を叩く音が広がった。
 入り込んできた水が、冷たい。
 頭も背中も尻尾も、全身が水に包まれて、
 足は何も捉えられない。
 くぐもった音が、耳を撫でる、
 しょっぱい、味、
 鼻にも口にも入ってくる、
 待って、
 私は、
 首が締まる、
 海から引き上げられて、
 身体が重い、
 足が硬い地について、首の締まる感覚が薄まって、
 咳込んで、口から、鼻から、水を出した。

「泳げないのかぁ」

 ラプラスの声。私を問う声色ではなかった。ただ自分だけで納得するかのような、独り言。
「――はい、泳げ、ません」
 私が答えても、それ以上、何の言葉も返ってこない。
 静かな夜の海、全身の被毛が濡れそぼって、寒い。
 分からない。
 状況が――飲み込めない。

「――あの」

 私は、再び声をかける。
 他に誰もいない、話を聞けるのはこのラプラス以外に居ない。
 だけれど、また、首が引っ張られる。強く。
 甲羅の上に倒され、引きずられ、頭から海に落ちる。
 目を瞑り、尻尾の先まで沈んで、
 首を引っ張られて頭を海面の上まで持ち上げられた。

 そのラプラスは、横目に、私を見下ろしている。
 目を煌めかせていて、何かの力――ねんりきか、それに近いものを張り巡らせているかのよう。
 その首元からは、黒い輪郭が巻かれ、宙に浮かんだまま、一つの線として、私へと伸びている。その目と同じ煌めきを纏っている。

 私の首周りに絡みついているもの。鎖。私と、繋がれていて、そこをねんりきか何かで持ち上げている。

 ラプラスは、何の言葉もなく、私を再び引き上げる。
 ――私の身体には触れず、鎖だけを高く浮かべて。
 噛み合って弾ける鎖の音。
 水を吸った身体が重い。
 首が締め上げられて、苦しくて、
 言葉なのか声なのかもわからない音が、私の中から漏れる。
 足がついて、首の締まる感覚が緩まって、
 その姿は、何もなかったかのように私に頭後ろを見せていた。
 大した関心などないと言わんばかりに。

 ――あの……、、

 三度、声をかけようとした。話を、どうにかして聞きたかった。
 声がでなかった。まるで凍り付いたかのように、口が動かなかった。
 実際に凍り付いてなんてはいない、ただ、気力がない。
 身体が重くて、冷たくて、
 私の被毛が吸った水は、ラプラスの――甲羅の上に溢れて、潮風が熱を奪っていく。
 話は聞いてもらえない?

 (いきどお)り。言葉のない声が口から零れた。

 後のことを思うより、尻尾の球と、顔を、空へと向ける。月明かりに隙間を作る雲の塊に意識を寄せて、かみなりを一つ呼び寄せる。
 私へと、ラプラスへと、
 落として、
 焼けつく痛み、
 身体がふらつく、
 鎖に引っ張られて、
 海に落ちて、

 冷たく、

 また引き上げられて、

 その背中に戻された。

 平然としていた。

 まるで、何もなかった。



 沈んだ気のままに消えてしまいたい。
 無力。
 何かあれば私を海に落として、それで、一体何だというのか。
 どうしようもなく、居心地が悪くて、
 それでも、身体の重みのまま、疲労感のままに瞼が落ちていく。
 独り。
 この海賊は、私を、見ていない。
 何故?
 何が目的?



 ちょうど背中が寂しかったんだ。



 ――そんなまさか、、






 甲羅の上に伏したまま動かず、ぼんやりしていた。

 水平線の彼方遠く、日が現れる。

 真上まで昇るのはすぐ。

 日差しがひどく熱い。

 ただ、漂流しているだけ。

 ――、、

 ラプラスは、その種族は、誰かを背に乗せて泳ぐのが好き、だとか、聞いた覚えがある。
 これも、そうなのだろうか。



 リンゴ一つが寄せられ、顔の前に置かれた。
 アトラが選んでいたものに見えた。



 皆は無事だろうか?
 血飛沫ごと凍り付いたかのような二つの姿が、脳裏によぎる。

 実感がなかった。

 逃げ伸びて、どこかにいるような気がする。

 ――、、



 水平線の彼方遠くへと、日が落ちていく。



 耳に入ってくるのは、ラプラスの声。
 言葉のない歌。
 あるいは、私の知らない言葉。
 綺麗で、ひどく冷たい。

 その歌声は、周囲を冷やす命令。

 周囲が白く霞む、空気が重い。
 身体が震える。寒い。

 歌声が止まる。

 その変化を目で追った。ラプラスの頭後ろを見上げた。
 私のほうを振り返り、横目に見つめてくる。

 感情の読めない目が、煌めいている。

「寒い?」

 言葉と共に、その口から冷気が白く零れ出る。
 私の言葉は求めていない。

 鎖が引っ張られ、海に落ちる。

 引き上げられて、

 震える気力もない、

 私を背に、ラプラスが、再び、流れる声を宙へと浮かべる。



 海の機嫌は気まぐれ。



 日が昇っていく。



 日が真上を通り過ぎて、





 海の向こうに沈んでいく。





 ――、、

 あなたは、飽きないの?





 日が昇って、







 落ちていく、







 広がる海は、何も変わり映えしない。



 何もない。







 日が昇った、







 ――、、



 退屈、







 話し相手に、
 遊び相手に、
 なんでもいい、なんでもいい、

 道具でいい、だけれど、ただの荷物でなく、



 ――、、







 ラプラスという種族の血が、

 誰かを乗せて泳ぐことを無意識に求めてるだけかもしれないけれどきっとあなたも、退屈だったんだ私に求める他のものは無さそうだし死は望んでない感じだけれど私はどうすればいいかな意に沿えれば気に入ってもらえるかなそれとも単に私を嫌って何度も暴力の限りを尽くしてもらえればそのうちに私も大切なものになれるかなあなたの、関心事でありたい私以外の誰かを捕まえたことが過去にあるならそのことも知りたいあるのかなありそうそもそもあなたはどうして独りなのかあれだけ力があるなら名高い冒険者にだってなれるだろうラプラス達が避けていたのがあなたなら無名ではないのだろうけれど私の電撃をあまりにも平然と流してたしみずのオーブだったかのお宝を持ってたりするのだったら腑に落ちるけれど何も無しで超常的な身体能力で耐えていたほうがかっこよくて魅力的だしそうあって欲しくも感じるどうだろうあなたのことを知りたい私のことも知ってほしい寂しいよもっと私を見て私は群れる、種族なんだよあなたはひとりで平気だというのかラプラスは群れないのか何となく群れるイメージはあったけれど詳しくないし教えてよねえ何なら問い掛けていいのかそれとも勝手に問い掛けてもいいのか私が泳げればもう少し楽になるのかなそれともつまらなくなるかな反応してもらえなくなるのはそれはそれで嫌だしもっと面白く海に落ちれればいいかな私に見出している価値を教えてくれればそれに喜んで従うよ繋いだ鎖は命綱ではないだろうし逃がさないためだとは思うけれどそうだというなら何か私に価値があるんだよねそれは怪獣じみた野望かあるいは海の気まぐれなのか私の理解できるものかも分からないけれど聞かせてよお願いだから私を信用なんかできるわけないだろうにしてもまだ抵抗するように見えるだろうか少なくともあなたにはもう敵わないちからずくに私を従わせることはいくらだってできるはずだしもっと利用してもいいのにどうしてここまで私に関心を向けてくれないのかあなたは分かってない私はひれ伏して慈悲を願っているわけではなくもっとあなたを特別視しようとしているだけ強い姿に憧れるのはおかしいことではないはずだしそうでなければ私の感情は何なのか疑わしいあなたの冷たく綺麗な歌声に電撃を乗せられるならきっともっと破滅的なことができるだろうし興味もあるよ冷えた空気の中では電撃がずっとよく通った気がしたんだお尋ね者かどうかも知らないけれど誰かが咎めにくるならば私はそれを追い返してもいいし協力したい気が変わって私の死を望むのならそれでもいいし受け入れるけれどその前にお互いのことを知り合えたらどれほど素敵だろうか、







 ――、、

 退屈を、
 孤独を、
 紛らわせられる何かを、私に――もっと、もっと、もっと――、、ください、、、。。






 何も、ない。

 日が落ちていく。










 ねぇ、メリープ。



 声が聞こえた、気がした。

 私に向けて、

 私の姿を、種族を知っている声、

 意識を引き戻して、目を開けた。

 それは私への関心、
 たぶん、もっと適当に呼ばれても、分かる、だけれど、明確に私を示している。
 身体じゅうが痛んだ。
 大きな鼓動が一つ、私の中を駆け巡る。

「あ、喋っていいよ。ちょっと聞きたいんだ」

 振り返り、横目に私の目を見てくれている。
 口元からは冷気を溢れさせつつも、目を煌めかせず、何を考えているのか分からない――優しく微笑むかのような表情。

「きみは、もう、ぼくの奴隷(どれい)。――そうだよね?」

 私は口を開いて、
 声が、
 出ない。

「難しいかな?」

 違う、難しいわけじゃない、ただ、凝り固まった感覚が拭えないだけ。
 恐らく、
 伏したままじっとしていたから。
 鎖が緩やかにぶつかり合って、音を鳴らす、
 私はその顔を見つめ続ける。

「じゃ、(めい)じよう」



「きみは死ぬまでぼくのものだ。いいね?」

 その要求を呑めなければ、私はこの場で殺されるか、もっと単純に海原に捨て置かれるか――つまり溺れて死ぬのか。
 きっと、そういうことだろう。

 呑めないわけがないよね、
 ねぇ。
 鼓動が何度となく打ち続けていた。
 私を、見てくれる、
 私からの関心を、
 この瞬間だけでも受け入れてくれる。

「はい、私は」



「あなたのものです」

 あなたにとって、私は、それほどに大切ですか?
 喜んで。



「よろしい」



 そのねんりきが、私の鎖を軽く引いた。
 海のほうではなく、その後ろ首へと、私の顔を寄せ、添わせてくれた。







 歌声。
 何を歌っているのかは分からないけれど、機嫌のよさそうな声色。
 涼しく、心地よく、
 私は、目を瞑って、
 意識を沈めていった。



 ――、、

 大好き。





















 ――、、

 視線が吸い寄せられた先に見えるのは、彼の、雄性から成る生殖器。私にないもの。
 愉悦と後悔。
 もう見慣れたはずなのだけれど、それでも感情を揺るがすものがある。気恥ずかしく、興味が寄せられるのに、直視できない。
 受け入れるには、私はおよそ不適任な大きさであると、否が応でも感じさせられるもの。――体格差からして、そうでないほうがおかしいくらいだけれど。
 それでも、私へと向けてくれている。私を用いて、満たしてくれる。私を求めてくれている。私が求めることも許してくれる。

 私は、四肢で波を蹴飛ばし、彼の、その下腹へと駆け寄った。
 弛んだ鎖が、後ろへと流れていく。
 目を瞑り、それへと顔を寄せる。
 私の肢節よりも大きく、私の顔幅よりも長く、瑞々しく、愛おしく。
 催促する思いのまま、ゆっくり、頬を擦り付ける。
 鎖のように首を絞める感覚。
 心臓が内側から貫かれ、即座に元に戻るかのような感覚。
 沸き立つもの。
 私は、流れていく足元を踏み直し、硬度を増していくそれへと、擦り付ける力を強める。
 誇らしい。
 彼が、私が。
 立派で、それを刺激できて。
 私は、一つ、息を吸った。一つ、息を吐いた。
 恍惚として。

 数瞬して、その大きな身体が、傾き、こちらへと降ってくる。
 私は、重心を捨て、仰向けに寝転ぶように受け流す。
 月明かりが消え、
 瞼の裏はより暗く、
 覆い被さられて、大きな身体の下敷きに。
 身体が砂浜へとめり込む。流れる砂が被毛の隙間から背中に触れて、顎の下まで波が迫る。
 重く、苦しい。
 瑞々しい尖端が、下がって、私の四肢の間に置かれる。被毛の上から、私の胸を押し潰す。
 鼓動。
 彼の腹部のその内から、私の喉のその奥から。

 ささやかな刺激だけでは、足りない、物足りない。お互い。

 ゆっくり、だけれど、力強く、胸へと擦り付けてくる。
 圧迫感に満ち、痛みが走り、心地いい、とても。
 何より、彼が、私へと授けてくれるもの。

 下腹から溢れ出る感覚。内臓を刺され、隙間から捻り出されるかのような冷たい感覚。
 どうせ、波が攫っていって、殆ど残らない。
 潤滑剤にはならない、意味はない。
 ない、けれど。
 身体は、
 この後の蛮行を思って、期待に震えている。

 顔が強く抑え付けられた。
 彼が前に重心を寄せて、下腹を少しだけ浮かせる。瑞々しい感覚が胸から離れる。
 波間で空気の潰れる音。
 隙間と空気を求めて顔を傾ける。波が頬まで迫って、口を紡ぐ。歯を食いしばる。

 ――両後ろ足を、骨格ごと押し広げられるような。

 食いしばったはずの歯がすぐに解ける。言葉にならない声が、いくつも、いくつも、いくつも、私の口から零れ出る。
 私の思考にない、私ではないかのような――自ら艶めかしく感じる声、彼によって引き出される声。

 その下腹を、少し浮かせては、私へと落としてくる。乱暴に叩き付けるかのよう。
 波が荒立つ。瞼を覆い、鼻へと飛び込んでくる。声が歪む。
 ぼんやりと、意識が遠のくかのよう。
 痛くて、心地いい。
 ちっぽけな私を、優しく、包んでくれている。

 身体の中へと、注がれる。彼らしくない、ひどく温かいもの。
 私だけへの寵愛。






 重い感覚が、私の上から離れていく。
 ゆるやかに目を開いて、開かれた空をぼんやりと見上げた。

 私は、一つ、大きく息を吸って、吐いて、重い身体を波間から起こす。顔を持ち上げ、彼へと視線を向ける。その先で、彼は、口を小さく開き、私から横を向くように海の彼方を見つめていた。
 小さく開いた口から、白い息を零しながら。――降りていく冷気ではなく、昇っていく熱気を零しながら。
 彼は、私を横目に見つめ返してくれて、

 その目が、煌めいた。

 波間から鎖を宙へと浮かび上がらせ、引っ張る。
 広がる海のほうへと、
 私を、
 海面に浸し、何度となく振り回す。
 息を止めて、目を瞑って、
 されるがまま。
 数瞬を経て、
 彼の背中まで引っ張り上げられた。

 私の被毛についた砂を、落としてくれた。



 私は目を瞑ったまま、彼の後ろ首へと身を委ねる。

 身体が、甲羅が、揺れた。
 重心をずらし、波間を泳ぎ出す彼の動き。海の只中へと戻る動き。
 歌声が響き、すぐさま寒気に満ちる。
 何を歌っているのかは分からないけれど、そこは、きっと、私のいない世界。

 ――、、

 あなたのその世界で、
 私は、
 海の底に沈んでいますか?
 氷の中に閉ざされていますか?
 それとも、誰も知らない島に立って、
 ――、、
 あなたの子を育めていますか?

 聞いたとして、答えは返してもらえないだろう。
 でも、それ以上に、聞けば、機嫌を損ねる気がする。
 命令だとかは関係ない。そんなことは望んでない。私が。

 私は、あなたから授かりたいだけ。



 噛み合い弾ける小さな音。愛おしい音。
 鎖を、前足で、軽く、軽く、つついた。








・後書きとして

 お題を見て5分で決まったタイトルでした。
 ぜったいれいどという技が大好きです。真っ先にそう思います。それを自在に操れるほど強い個体ならきっと暴力に任せた命令ができます。声にするならそれはほろびのうたでしょうか、これも大好きです。隷属させうる力があるでしょう。きっとラプラスです。ジュゴンかもしれませんが今回はラプラスとします。ええ、それはきっと、命を命令により隷属させるのです、と。
 都市伝説の如く、ラプラスさんに死ぬまで海の上で鎖されたいですよね、という感じから即座にエントリーしたものですが、結果として搾取を示唆するかのような過激なタイトルにして、ちょっと普遍的な内容に収まってしまった感があります。というかタイトルが過激すぎて字面を言及するのが恥ずかしいです。このタイトルを考えたのは誰ですか。私です。しかし書くのはとてもとても楽しかったです。
 ラプラスさんに、暴力の限りを以て命を支配されたいし、何なら伸し掛かられて潰されたいです、皆さんはそう思いませんか?
 この度は大会に参加させていただきましてありがとうございました!



以下1件のコメント返しになります。

むっちゃスキです……! 奴隷の「れい」に零度の「れい」。後色んな意味で冷も入っていましたね。
テーマに忠実でありながら、メリープさんがラプラスくんの奴隷へと堕ちるまでの描写がすっごくイイ……
最初は抵抗するのに、徹底的に無を突き付けて依存させるの良いですね。あの長文とか本当ゾクゾクしました。
本当に楽しく読ませていただきました。ありがとうございました! (2019/06/15(土) 23:57)


ありがとうございまーす! お楽しみいただけましたようで幸いです、幸せです!!

冷やかな態度に思い馳せるようになったら、"ああ、私恋に落ちたんだな"みたいな自覚と恍惚感があって素敵だと思っております。どうでしょう。
あの長文は、ただ空気を感じてもらいたいもので、読んでもらうつもりはなく、しかしとても難産した部分であった割に、読ませる気のない文章となると報われないだろうなぁ……とぼんやり思っていたので、ぞくりと感じて頂けましたなら大変冥利に尽きます、ありがとうございます。ありがとうございます。
無を突き付けられる形は、監禁調教だとかの定番とは思いますけれど、やはり王道的な良さがありますよね、げへへへへへ!!



お読みくださりありがとうございました!!


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Last-modified: 2019-06-17 (月) 22:57:31
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