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紅い硝子玉は輝かない 2

/紅い硝子玉は輝かない 2

writer:朱烏

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注意:この作品は人×ポケモンを扱っています。また、妊娠、及び産卵行為、更には暴力描写死の描写、若しくはそれに準じた描写が含まれる可能性があります。ご了承ください。


い硝子玉は輝かない 2


黒い渦潮 



 ユーリに外を出歩いたことを知られたのは誤算ではなかった。むしろ一年も秘密を守ることができたのは奇跡に近い。
 ユーリに叱られてから一か月経つが、トラ君との関係に気づかれることはなかった。ユーリの認識は私が外へ散歩しに出ているだけというものであるから、まさか第三者と接触しているなんて思ってもいないだろう。
 つくづく自分が嫌になる。外出の頻度を控えたつもりだったが、結局あれから二度もトラ君に会いにいっているのだ。その度に愛を交わして、束の間の幸福を味わった。
 その瞬間は、ユーリを裏切っているという背徳感さえほとんど消えてしまっていた。宙を彷徨う満たされない想いは、こうすることでしか沈めることができない。
「ルビー、もう食べないのか」
 既にスーツ姿になっている(はずの)ユーリが話しかけてきた。おにぎりに齧りついたまま口が動かない。食事中に物思いに耽るのは我ながら行儀が悪いと思った。
 一月前から、ユーリと一緒に過ごす時間を少しでも増やそうと思い、朝食をユーリと一緒に食べることにしてみた。そうすれば多少はトラ君に会いたいという衝動も抑えられるかもしれないと思った。
 結果は無意味だった。こんな小細工で、平日朝八時から夕方六時までの空白を埋められるだけの愛が感じられるわけがない。だからトラ君に頼っているんだろうけれども。
「ごめん、食欲ない」
 一口だけ齧ったおにぎりを手放した。
「美味しくなかったか?」
 ユーリが私を気遣って声を掛ける。痛くて、苦しかった。
「ううん、本当に食欲がないの。残したのはお昼に食べるよ」
 私はそう言って寝室に戻った。
 もしユーリが後追いしてくることがなければ、自分の頸を台所にある包丁で掻き切ってやるのに。
 ベッドにばさりと倒れ込んだ。シーツに染み込んだユーリの匂いが、私の気持ちを幾分か楽にさせてくれた。こうしていると、馬鹿なことを考えるのはよそうと自然に思えてくるのだから不思議だ。
 もっとも、そんなものはすぐに忘れて思慕と思慕の間に悩み、堂々巡りになるのだけれど。一瞬だけでも解放されたいと願うのは我儘なのだろうか。
「行ってくるよ」
 玄関からの平坦な声を聞き、私は行ってらっしゃいと声をかけた。顔をベッドに伏せていたから、多分聞こえていない。
 また、拷問のような時間が始まるのか。何もない拷問。空白という名の拷問。
 このベッドは私を縛りつけてくれはしない。体も、心も。なんて残酷なんだろう。
 ドアの閉まる音と共に、私の目から涙が零れた。溢れて溢れて、止まることはない。ユーリが見たら間違いなく私を心配するはずだ。
 情緒不安定に陥ることは珍しくないし、それで何度もユーリに迷惑をかけているが、最近はその波がさらに激しくなっていた。極端な体の緊張で何度もえずいた。
 ユーリの匂いを感じなくなる。感情が昂っているせいで感覚が鈍くなり、それが私を余計に不安にさせる。
「トラ君……」
 そして気づけば、私は無意識のうちにトラ君の名を呟いていた。前回の外出から今日で二週間が経過しようとしている。ああ、きっとそのせいで私の心は不安定なんだ、と可笑しな納得の仕方をした。
 ふらふらと寝室を出る。テーブルの上にあるおにぎりをもう一齧りして、私はアパートを後にした。

 空気は乾いていて、五月の空の明るさを容易に想像させた。人工的なにおいしかしないはずの路地にも、ちょっとだけ花の匂いがした。去年の秋に飛んできた種がうまくアスファルトのひび割れに引っかかったのだろうか。
 トラ君は以前ほどこちらに出向かなくなっていた。野生のポケモンが人間の居住区に現れるのはいいことじゃないからと、私が釘を刺しておいたのだ。
 里山までの道を体で覚えたので、わざわざトラ君がにおいをつけに来る必要がなくなったというのもある。慣れというのは恐ろしい。もしかしたらユーリへの罪悪感も同じように『慣れ』から鈍麻してしまうのではないかと憂う。
 幸いにも、一年以上トラ君との逢瀬が続いてもそのようなことはなかった。むしろそれは深まって、重ねるほど首を絞められるような苦しみを伴った。
 もし罪悪感を持たずにこんなことを繰りかえしているなら、私は今すぐに舌を噛み切って死ぬべきだ。
「随分と暗い顔してるな」
 トラ君の声。まだ路地を出ていないはずなのに。いつ外に出るか分からない私を迎えに来ることはしなくていいとさんざん言ってあったのに。
「駄目だよ、ここに来ちゃ」
「十日以上会わずにいたことなんてほとんどなかったから……心配になってな」
 ユーリも一途だったが、トラ君もまたユーリと同等に一途だった。嬉しいけれども、同時に私は鎖で柱に縛り付けられているような心地になった。
「行こうか」
 ここで時間を食うのはよくないとばかりに、トラ君は歩き出した。私もトラ君のにおいや発せられる音を頼りに続いた。足取りがどうにも重く感じて仕方なかった。
 それでもトラ君の歩くスピードは変わらないから、私は無理やり足を前に運んだ。意識して歩を進めるようにしないと、すぐにでも立ち止まってしまいそうだ。
 草木と土の匂いが濃くなってきた。ここのところ気温が上がって、里山から風に乗ってくる空気がより色づいている。足について回るつまらないアスファルトの感触も砂利のそれに変わった。里山に近づいているという合図だ。
「秋の山は赤かったり黄色かったり、それはそれで綺麗だけど、俺はやっぱり緑色をしている今の季節の山が好きだな。ここからなら里山全体を眺められる。ルビーの目、見えてりゃいいのにな……」
 トラ君が私に横に並んだ。私の前を歩いてくれないとうまくついていけないと言おうとしたが、黙ってトラ君の体にくっつくことにした。身長差があってやりにくいことこの上ない。
「目のことはもう諦めてる。神経が傷ついてるからどうやっても治らないよ」
「シンケイ?」
「あ……私達生き物の体の中には細い紐みたいなのが張り巡らされていて、それが体の色んなところに繋がっていて、自由に体を動かせる……ってユーリが言ってた気がする」
「へえ、人間ってよくわからんな。なんでそんなこと知ってんだ?」
「人間にとってそれを知ることが必要だからじゃないかな……。私にもよくわからないよ」
「……そうか」
 会話はそこで途切れた。私が人間の下で暮らしているから、話題に人間のことが混じるのは決して珍しくはなかったが、なぜか気まずさを感じた。もちろん、トラ君はそんなこと思ってもいないだろうけれど。
 前足を通して伝わる触感が、柔らかく乾いた土に変わった。里山に入り込んだのだ。トラ君曰く、ここはポケモンが良く通る、いわゆる獣道なのだそうだ。もう何度も行き来を繰りかえしていたので、この道がどんな風になっているのかもトラ君から呆れるほど聞かせてもらった。
 ここは里山といっても、もうほとんど人の手が入っていないそうだ。だから人がしっかりと管理している里山よりも雑多で、それがトラ君がこの山を気に入っている理由らしい。
 空を木の葉が覆って、木漏れ日が帯状に薄暗い森を照らす。トラ君はそれを私に嬉々として話したことがある。それを思い出すと鮮やかな心象風景が映し出されて、片隅にあったユーリの像が朧になる。
 私は像にかかった(もや)を振り払うように頭を振った。
「何難しい顔してんだ?」
「え? ……やぁ」
 トラ君が私の頬を舐める。一瞬腰が抜けそうになった。
「こっち行こうぜ」
 トラ君が頭で私の体を無理やり押した。獣道から外れて、私たちは繁茂する草と木の中へ身を放り込んだ。
 トラ君が私を転がして、彼もまた同じように転がる。トラ君は私を抱き寄せて、私の頭や背中やおなかを撫で始めた。甘ったるい戯れだが、それでも私は蕩けそうになる。
「今日は気が早いね……」
 トラ君の胸に顔をうずめるような格好で言う。声が僅かながら甘える調子になって、恥ずかしさに顔を背けたい気持ちになった。
「だってルビー、辛そうな顔してるから。ユーリのこと考えてるんだろ」
 それはトラ君も前々から承知しているところだ。今更そんなことを言っても仕方がないと彼自身もわかっているはずだ。
「今くらいは忘れてくれ……っていうのは俺の勝手だよな。ごめんな、いろいろと苦しい思いをさせて……。ユーリの元から引き剥がすような真似はしちゃ駄目だって本当はわかってるけど」
 引き剥がす……か。ある意味正しいのかもしれない。トラ君の魔性は私を否応なく吸い寄せる。
「自分の気持ちに嘘はつけないからな……。もしそれでルビーとユーリの関係が壊れるんなら潔く諦める。でもせめてその直前までは……ずっと……」
 トラ君の四肢が私の体に絡む。とても官能的なそれは、私の体をいとも簡単に火照らす。
 私はまだ、外出することをユーリに知られてしまったことをトラ君に教えていなかった。教えてしまえば、トラ君を必要以上に委縮させてしまう。
 なによりも、こうしてトラ君と会える時間が消えてなくなってしまう。それだけは何としても避けたかった。
「体、熱くなってるな」
「トラ君のせいだよ……」
 トラ君の体を舐める。雌の本能を刺激する煽情的なにおい。意識がぼんやりとして、のぼせてしまう。トラ君の心臓の鼓動が速くなってくるのが、うずめた顔から伝わってきた。
「もう我慢できねえ……」
 トラ君が私に覆い被さった。この瞬間、いつもユーリの顔が浮かぶ。身をよじるような快感の波に像が塗り潰されないうちに、ユーリを思い出そうと体が反応しているのかもしれない。
「いくぞ……」
 野生であるトラ君は、所謂前戯という余計なことはほとんどしなかった。真っ直ぐに思いをぶつけようとするトラ君らしい。
 ゆっくりと、しかし確かな勢いを持ってトラ君の熱いものが私の秘所を貫く。言いようもない幸福感が私を包み込んだ。
「動いて……」
 トラ君のものが根元までしっかりとうずまるのを感じて、私は彼にせがんだ。
 トラ君は無言で私の顔を舐める。体格に差があるから、トラ君には少し窮屈な体勢かもしれない。私はトラ君の口に舌を入れて、口内の愛撫もせがむ。
「ルビー……?」
 ユーリとの行為中にしかやらないことを、私は無意識のうちにトラ君にもしていた。トラ君は戸惑ったようだったが、嫌がらずに私に応えようと舌を絡ませた。
 不器用ながらも、トラ君は上も下も私を蕩かすように責め立てた。私の奥に熱いものが突き立てられるたび、声にならない声が舌(すさ)びの間から漏れた。
「ルビー、可愛いぜ」
「ふあぁ……トラ君」
 淫猥な音が激しく脳を揺さぶる。快感に体をくねらせてなお、もっとお互いに快楽に溺れたいと思った。
 トラ君に私の体の味を刻みつけたい。そんなおよそ純情とは程遠い想いが、トラ君の動きを加速させる。
「し、締めつけが……」
 私の秘所の締め付けに呼応するように、トラ君はより強い力で私を突く。トラ君はどんな表情でこの行為に励んでいるのだろう。想像するだけで蜜が溢れ出て、よりぬめるような水音をさせる。
 我を忘れるように淫らに喘いだ。この山に棲む他のポケモンにも聞かれているのかもしれない。でも構わなかった。今はこの行為に夢中になること以外考えられない。
 前足をトラ君の頭に回し、強く寄せる。そして舌を更に深くトラ君の口の中に絡ませた。多分トラ君は驚いたような顔をしている。トラ君の舌の動きが一瞬止まったから、積極性を見せた私にたじろいだのだと思った。
 しかし、トラ君は私を突き上げることを止めなかった。快感に叩きつけられ、私は真っ逆さまに絶頂へ墜ちていく。
「トラ君! 私……!」
 ぎゅっとトラ君の(たてがみ)を握りしめる。この世で最上の快感が、脳天を突き抜けた。
「お、俺も……」
 トラ君も何か言い、一瞬体を震わせた後、私の中で果てた。子宮口を抉じ開けようと勢いよく出された精が、蜜壺を満たす。ものがどくどくと脈打ち、全てを吐き出し終えるまで、トラ君は私に腰を押しつけていた。
 ばさりと、トラ君が私のそばに倒れ込む。お互いに息を荒げ、行為後の小休止が終わるまで一言も喋らなかった。
 しばらくして、トラ君が私を抱き込んだ。吐息がかかる距離まで顔を近づけられる。私はさっきまで淫らに乱れていたことを思い出して、気恥ずかしく思った。トラ君にじっと見つめられているような気がして、私は思わず目を瞑る。
「恥ずかしがるなよ。何度もやってきたことなんだから……」
 そうだけれども、慣れないものは慣れない。行為中は我を忘れるように没頭できるけれども。
「……交尾してる時も可愛いけれど、こうやって恥ずかしがってるふり(・・)をしてるのも可愛いな」
「ふ、ふりなんかじゃ……!」
 ああ、また体が熱くなってくる。愛されていると感じられることが嬉しくて、上がった熱をうまく発散できない。体中が喜んでいる。
「でも……なんで俺の口に舌入れたんだ? いや、すごく興奮したからいいけど……」
 ディープキスはユーリから教わったもので、当然トラ君が知るはずもない。
「その方が……交尾してる最中にもっと興奮できるかなって……」
 曖昧な言い方だったけれど、トラ君は納得したようだった。興奮できるというのは間違いじゃなかった。現に、余韻どころか、もっと激しく愛し合いたいという思いで、再び股ぐらがじっとりと濡れてきている。恥ずかしさは上がりすぎた体温で蒸発してしまったようだ。
 私はトラ君にディープキスを仕掛けた。トラ君は怯んだが、すぐに舌を絡み合わせてきた。まだどちらも、し足りなかったみたいだ。
「トラ君……もう一回しよ……」
 ただの硝子玉を、紅く綺麗な硝子玉に。精一杯の色目を使ってトラ君を誘う。
「いいぜ……。今度はもっと激しくするからな……」
 お互いがお互いに魔法をかける。ねっとりと絡まり合い、体を貪り尽くす。至上の幸福が、もう一度やってくる。
 ユーリのことを一瞬たりとも忘れたことはない。でも、この時の私はユーリの像を隅の隅まで追いやっていた。




 いつもよりも濃密な行為が終わって、私とトラ君は里山を下りた。時折足から崩れ落ちそうになるのをトラ君に支えられた。
「ごめん……結構乱暴にしちゃったな……」
 下半身がじんじんと疼いて熱いせいで、足に力が入らないのだ。
「ううん、その分楽しかったよ」
 来た道を戻り、草木の匂いがそっと離れていく。私たちを包む風が(うら)寂しいのだけれど、ユーリが埋められない穴をトラ君が埋めてくれたのだと思って、しっかりと心に区切りをつける。
 地面がアスファルトの質感に変わったところで、私はトラ君に別れを告げた。これ以上トラ君が人間の居住区に足を踏み込んでしまえば何があるかわからない。
 トラ君は私を最後まで送っていきたがっていたが、何とか説得して止めた。
 未だ残る下半身の痺れにトラ君の味を反芻しながら、私は家路を急いだ。
 丁度真上から太陽を熱を感じる。時刻は正午前後だ。これならユーリに見つかる心配もない。私が外出したことをユーリに報告したとかいう人に見つからなければいい、などと思いながらアパートの敷地に入った。
 踏み外してしまわないように、ゆっくりと階段を上る。いくら慣れたとはいえ、やはり目は見えていないのだから気を付けなければいけない。
 階段を上りきり、部屋の前まで行こうとして何かにぶつかった。人……?
「な……うぐぅ!」
 いきなり誰かに首を掴まれ、そのまま部屋に引きずり込まれた。
(ゆ、ユーリ……!?)
 混乱する暇もなく、私は床に叩きつけられた。馬乗りにされ、もう一度首を絞められた。恐ろしく力の籠った両手が、床に私の首を押し付ける。
 苦しい。
 息ができない。
「……どこに行ってた?」
 紛れもなくユーリの声だった。相変わらず首は絞まっている。
「あ……が……」
 声を発そうとしてもできない。このままだと殺される。
 そう思った矢先に、首にかかった力が消えた。
「げほっ……ぐふっ……」
 咳き込みつつも、何とか呼吸を整えようとして、腹を殴られた。思わず嘔吐してしまいそうになる鈍痛、そしてこれまで一度もされたことがなかった暴力を振るわれたことに、私は耐え切れず泣いてしまった。
「どこに行ってたァ!! 答えろ!!!」
「うぅ……えぐっ……」
「泣いてちゃわかんねえだろうが! くそっ!」
 ユーリは立ち上がって、私の体を蹴った。私は後ずさって逃げようとしたが、無理だった。
 そして、事態はさらに悪化した。ユーリが私の体の一部分を見て怒鳴った。
「おい……ルビー! なんだよこれ!!」
 ユーリが私の片方の後ろ足を引っ張り上げ、私の体を持ち上げる。宙にぶら下がっている私はひどく不恰好だった。そして……ユーリは私の秘所を指でなぞった。
 しまったと思った。行為からさほど時間も経っていない。トラ君の残滓が、私の中にまだたっぷりと残っていた。白濁した粘り気のある液体の正体が何なのか、ユーリに判らないわけがなかった。
 いつもならユーリが帰ってくる前にタオルで拭いたり掻き出したりして、あとは洗濯機に汚れた物を入れてしまえば証拠の隠滅は難しくなかった。
 でも、もう言い逃れはできなかった。
 私は浴槽に放り込まれた。無造作にシャワーを浴びせかけられる。ユーリも服が濡れることなど気にせずに浴槽に入った。そして、私の秘所に無理やり指を突っ込み、トラ君の精液を掻き出そうとした。
 私は泣き叫んだ。ただただ痛くて、身をよじらせるしかなかった。ユーリも何かを喚いて、私が逃げようとするのを押さえつけた。
 全て私が招いたことであって、全て私が悪いのだ。だから、必死に謝った。ユーリに届くはずがないけれど、何度もごめんなさいと言うのを繰り返した。
 ユーリが私の膣内の洗浄を一通りやったことに満足して、私は浴槽から引き上げられた。体も拭くこともなく、ユーリはぐったりしている私を寝室のベッドの上に投げ出した。
 かちゃかちゃとベルトを外す音が聞こえる。何をされるのか頭ではわかっていたが、逃げるだけの体力はもうなかった。
 私は日が暮れるまでユーリに犯され続けた。痛くて、苦しくて、私はずっと泣いていた。愛のない行為はこれほどまでに痛いのかと思い知った。しかしそれはユーリも同じだった。びしょ濡れの私の体に、新しい雫が落ちてきた。
 犯される痛みよりも、ユーリを傷つけてしまったことに対する痛みの方が何十倍も大きかった。今更気づいても遅いことは承知している。しかし思い返しても、私はどこで引き返せばよかったのか皆目見当がつかなかった。
 ユーリは私の中にまだ残っているかもしれないトラ君を、必死で消そうと私を突き立てているのだと思った。
 しかし、全てが遅かった。
 ユーリの努力は全部無駄になった。






 私は既に妊娠していた。


海淵に潜む魔物 



 不運だった。あの日、ユーリは仕事に使う資料をアパートに置き忘れたらしく、昼休みにわざわざ取りに戻ってきたのだという。そして私が部屋から姿を消していることに気づき、外へ探しに出ようとしたところで私と出くわした。
 もしかしたら、私を監視するためにわざわざ理由をつけて帰宅したのかもしれないが、ユーリが直接そのようなことを私に言ったわけではないので定かではない。
 遅かれ早かれ、こうなる運命は避けられなかった。妊娠してしまっていたのだから、どう足掻いても隠し通すことはできなかったのだ。
 事件から数か月が過ぎ、私のお腹は誰の目にも分かるくらいに膨らんでいた。今、私という命の器の中には、もう一つの命が入っている。ときどき、幻覚でお腹が膨らんでいるように見えているだけなんじゃないかと思ってしまう。
 だが、ベッドの上で仰向けになり、お腹を両前足でさすり続けていると、産むときの痛みだとか、卵から孵った嬰児(みどりご)の産声だとか、そんなことにばかり考えがいく。
 現実に対しては、否応なくひれ伏すしかないのだ。いいことであっても、悪いことであっても、逆らうことはできない。
 ユーリとの生活は、どういうわけか全く破綻の兆しを見せなかった。きっと死ぬまで罵倒され続け、乱暴される日々が訪れるのだろうと思っていたが、実際は違った。怯える私を弄ぶかのように、ユーリは私を丁寧に扱った。
 私は咎人なのだ。ユーリは私をどう罰するか考えあぐねているだけで、腹積もりを決めたら、それこそ私は殺されるに違いない。ユーリの表情が見えないということを、これほどまでに恐ろしいと感じたことはなかった。
 つわりのような症状が出始めたとき、私はまだ妊娠したという事実に気づいていなかった。それでもユーリはいち早く察したらしい。彼が買ってきたポケモン用妊娠検査薬が陽性を示したときは、頭が真っ白になり、いっそ殺してほしいとさえ願った。
「このお腹の中に……」
 ユーリにそう言われながらお腹に手をかけられたときは、恐怖で声が出なかった。私のお腹を思い切り押し潰して、子供を殺す気なのだと思った。あわよくば、私もまとめて。
 だが、ユーリは私のお腹を優しく撫でるだけで、なんらの危害も加えなかった。
「……赤ちゃんがいるんだな」
 感慨深げに彼はそう言った。
 ユーリの態度は全く変わっていなかったのだ。他人との子供を身籠った私を、邪険にすることはなかった。むしろ、しきりに私を求めるようになった。
 ユーリの普段の愛情表現は決して淡泊ではなかったが、妊娠を境にそれは狂的なほど濃密になった。彼は仕事から帰ってきて部屋に飛びこむなり、すぐに私を抱いて愛撫し始める。料理や洗濯などの家事をしていないとき、つまり手が空いているときも必ずそうした。まるで、私を常に腕の中に収めていなければ呼吸困難に陥る病気にでもかかったかのようだった。
 夜伽も当たり前のように毎晩繰り返された。ユーリの優しい、だが力強い責めに、本能を抉じ開けられ、乱れ、喘ぐ。このまま死んでしまっても何の悔いも残らないだろう、と思えるほど充足した時間だった。
 きっとユーリの行動には何かしらの裏があるのだと、暗い部屋でひとり泣いていた私は、いつの間にかいなくなっていた。全てが杞憂だったのだ。
 赦されるはずのない罪が、ユーリの起こした気紛れで赦されたのだ。
 私が犯した過ちの代償といえば、ユーリの歯車を微妙に狂わせたことだけだった。事件以降、彼が一人で外出する際には、玄関のドアをガムテープで目張りをするのが習慣になっていた。
 私がまたふらふらと出歩くのを防ぐためだろう。当然私への疑心でもある。しかしそれ以上に、もう私を誰にも渡さないという、一種の捻じ曲がった独占欲のようなものを、私は彼から感じ取っていた。 
 もちろんそのことについて私は一言も意見しない。何がユーリの逆鱗に触れてしまうのかという予測は困難だったし、私が意見する権利はない。しようとも思わない。
 嬉しかったのだ。ユーリを突き動かす原動力が嫉妬や猜疑(さいぎ)であるとしても、それは彼が好きでいてくれることにちゃんと繋がっている。
 ただ、ユーリが周りの住人にどんな目で見られているのか気になっていた。変人だとか奇人だとかいう噂が立っているのは間違いない。今の彼にそれを気にするだけの正常な感覚が備わっているとは思えないので、取るに足りない問題かもしれないが。
 ふと、トラ君のことを思いだす。
 監禁生活は、私にトラ君の存在を遠くに押しやらせた。私の体はトラ君にしっかりとしるしを残されたのにもかかわらず、私の脳はトラ君などもともと関係ないという風に言う。
 二度と会えなくなるのならば、せめて別れを言いたかった。
 それとも……私をついに妊娠させたと知ったら、急に疎遠にするのだろうか。
 でも、もう会えないのだから――。
「どうでもいいな……」
 どうでもいい。ユーリの愛の供給が急激に増えたおかげで、トラ君の役割は必要なくなった。トラ君には申し訳ないが、それがきっと正解なのだ。
 初めて彼の体を触った感触だって、とうの昔に消えてしまっている。彼の声も、微かにしか覚えていない。
 所詮その程度だったのだろう。結局は埋め合わせにしか過ぎなかったのだ。私の体を貪って、あげく妊娠までさせたのだから、彼はもう雄としての使命を果たし、十分満足しているはずだ。
 もう、きっぱりと忘れよう。
 暗く、時間が止まったように静かな部屋の中で、静かに目を閉じ、微睡(まどろ)む。
 まるで、海淵でゆっくりと揺蕩(たゆた)う心地。お腹の中の、はっきりと生き物のかたちをしているかどうかさえわからない赤ちゃんも、こんな風に揺られているのだろうか。


 この日もユーリが帰ってきた後、いつもと変わらない営みが行われた。大きなお腹を揺らしながら、声が漏れないように両前足を口に当てる。
 だが、それは徒労だった。ユーリは私が気持ちのよくなるポイントを熟知している。大して防音機能のないこのアパートの特質上、大声で喘ぐのは憚られるが、
「ほら、もっと、いい声で鳴いてくれよ」
 ユーリはそんなことはお構いなしといった感じで、責めることをを楽しんでいる。
「あぅ、あふっ、そんなに、あっ」
 駄目だった。妊娠してもしなくても、感じやすい体質というのはそう変わらない。
 前足で口を押さえることを止めて、かわりにシーツをぎゅっと握りこんだ。こうでもしなければ耐えられない。けれども、ユーリの責めが止むはずもなく。
「ユーリっ……」
 果てそうになる。しかし、それと同時に覚える、下腹部の違和感。朦朧とした頭では、何が何だかわからない。本能に近いところで私の体が、時期が来た、と告げているようだった。
「ああっ!!」
 稲妻のような快感が押し寄せた。そして、股ぐらから溢れ出る大量の水。
 破水だった。
 部屋の中で、双方の荒げた息が反響する。濡れたベッドがひどく不快だった。
「は、破水しちゃった……」
 わかりきっていることを口にしてみる。しかし、ユーリは何も答えなかった。
「ユーリ……?」
 私がもうすぐ産卵すると知って、緊張しているのだろうか。私は続ける。
「ユーリ……ポケモンセンターに行こう」
 以前、人のもとで暮らしているポケモンは、産卵するときにポケモンセンターでその時を迎えることがあるのだと聞いたことがあった。
 だから私は、陣痛が始まってしまう前にユーリにそこへ連れて行ってもらおうとした。
「いや、ここで産んでもらう」
 自分のものを私から引き抜いて、ユーリは決然として言った。
「そんな……何で?」
 何を思ってユーリはそんなことを言うのか、私にはまったく見当がつかなかった。ユーリが癇癪を起こさないように、できるだけ丁寧に頼んだつもりだった。
 しかし、何度頼んでも願いが聞き入れられることはなく。
 私は困惑の淵に立たされたまま、ついに陣痛を迎えてしまった。

 
 ユーリがそばにいる瞬間こそ幸せの絶頂であると、私は信じて疑わなかった。過ちを犯しても、ユーリは赦してくれた。それに報いようと、私は生涯ユーリを愛し続けることを心の中で密かに誓っていた。
 だが、それは一方通行の想いだったようだ。
 彼は私を祝福してなどいなかった。それに気づかない私も、また愚かで。
 せめて、視力さえ壊れていなければ。私が罪を犯してから、たった一度でも彼は笑っていなかったということに気づけたのに。


 ユーリの立会いの下、私は想像を絶する産みの苦しみに耐える。
 流れる時間の遅さを呪った。近隣住民に叫び声が聞こえないようにと、ユーリが無理やり私の口の中に詰め込んだ丸めたタオルを思い切り噛み、時が来るのを待った。
 そして、私の体から生命の種が現れ出た。
 感動的な瞬間であることは間違いないのに、私以外に喜ぶものは誰もいない。その私でさえ、激痛から解放されたことによる安堵で、すぐさま気を失ってしまった。
 眠ったように動かない私の隣に、血だらけの卵を抱えたユーリが立ち尽くす。
 悲恋の序曲は、既に終わりを迎えていた。

海底噴火 



 目の前にいる彼女は今、元気に野山を駆け回っている。
 燦々と降り注ぐ陽の光を浴び、仲間のポケモン達とじゃれ合い、ときどき背中から炎を噴いている。
 とても楽しそうだ。
 同じ私であるとは思えなかった。彼女の朗らかな笑みを見ると、彼女はこの世の辛苦を何一つ知らないで育っているのではないかと思う。無垢で純粋な表情は、眩し過ぎて、直視に耐えないものだった。
 私の視点が、鳥にでもなったかのように、急に空へと浮いた。鳥瞰した野山は、健康的な土の色と夏の光る緑に輝いていた。

 過去を回想する夢は幾度か見たことがあるが、今回の夢はかなり鮮明で、まるで遡行した時間と空間に迷い込んでしまったかのようだ。
 二人の人間が現れる。けらけらと笑いながら草木を弄っている彼女の後ろ側に歩み寄る。一人が何か声を上げ、彼女はそちらの方に振り向いた。彼女のそばにいたポケモンたちはどこかへ行ってしまった。
 声を上げた人間はユーリだった。当面の間、私のトレーナーになる人間だ。私の視点は彼らから離れていて、かなり高い位置にあるはずなのに、不思議とユーリの顔はよく見えた。
 失明する直前に見たユーリの顔を思い出しながら、何となく面影は残っているなあと、妙に感慨深い気持ちになる。
 ユーリはカイロスを連れていた。負けん気が強い彼女は、その老練さ漂う、いかにも強そうというポケモンに対して興奮し、背中から激しく炎を噴き上げていた。
 我ながら単純だ。戦いを愛している、という刻まれた遺伝情報を決して隠すことはせず、闘争心を剥き出しにしている。
 彼女とカイロスは緊張した戦闘を繰り広げた。野生のポケモンは人間に育てられたポケモンに歯が立たないことが多いが、当時の私は善戦していたようである。タイプ相性が良かったせいかもしれない。
 だがそんな彼女も、野生ポケモンの例に漏れず負けてしまった。ユーリがバッグか何かから取り出したモンスターボールに、抵抗虚しく収められる。
 こうして自分が人間に捕えられる様を客観的に見ていると、あまりいい気分はしなかった。
 しかし、改めてボールの外に出された私は、ユーリから頭を撫でられて、少なくとも表面上は嬉しそうにしていた。
 これから待ち受けている予想し難い何かに心を躍らせているのか、不安を見せないように強がっているのか、今の私にはわからない。
 当時の私の性格から考えるに、どちらも、という方が正しいのかもしれなかった。

 視界が急に乱れ、場面が変わった。
 ユーリが友達とポケモンバトルしている光景だ。勿論ユーリの指示を受けているのは彼女である。
 平日、学校の昼休みに校庭へと繰り出しているようである。多数の野次馬が環視する中で、彼女を連れたユーリと相手は睨み合っていた。
 先程と打って変わって私の視点は地面に降り立っていたが、野次馬たちが囲んで作り出すバトルフィールドの外側にいるために、彼女の戦いぶりがよく見えない。
 野次馬たちの邪魔な足を掻き分けながら、私は何とか敵と自分とが見える位置を陣取った。
 相手はアイアントだった。炎タイプの私に、相手は無謀にも鋼タイプのポケモンで彼女に戦いを挑んでいた。
 アイアントと戦ったのはいつのことだったかな、と記憶の引き出しを開け閉めしているうちに、状況が変わる。
 意外にも苦戦を強いられ、彼女は劣勢を認めざるを得ない状況に陥っていた。ユーリが何か叫んでいるが、今一つ連携がとれていない様子である。
 どういうわけか、彼女の調子はいつも通りではないらしい。動きが落ち着かず、浮足立っているようだった。
 ……そうだ。確かこの場面は。
 そう思った矢先に、事態は急変した。
 彼女はふらふらとした動きを突然止めると、体を眩く光らせ始めた。ユーリは驚いて声を失い、対戦者を含む周囲の取り巻きはざわめき始める。
 自分の進化を外側から見られるというのは、宝石よりも価値のある貴重な体験だ。そして、彼女が体の組成を大々的に組み替えている様子を、輝きに満ち溢れた瞳でじっと見つめるユーリの姿を見られることもだ。
 結果的に、バトルは中断されてしまった。ユーリが姿形の変わった彼女を見た途端に感極まって号泣してしまい、バトルを続けることがままならなくなってしまったからだ。

 再び視界が乱れる。
 今度は、ユーリの実家だ。
 ユーリは自分の部屋の中で、机に向かって勉強していた。私はそれを後ろでつまらなそうに眺めている。
 暫くして、ユーリのお母さんが「風呂が沸いた」と知らせに来た。ユーリは律儀に返事をして、私を脱衣所へと連れて行く。
 ユーリはすぐさま裸になって、私を抱えて風呂場へと入っていった。
 正直な所、マグマラシに進化してからというもの、私はユーリと一緒に風呂に入ることに抵抗を覚えていた。
 ユーリの局部は当然目に入るし、彼は当たり前に私の体を隅々まで洗う。もちろん、秘所もだ。そのせいで私は毎回体を火照らせる羽目になっていた。
 人間に恥ずかしいなどという感情を向けるのは可笑しいとわかってはいたが、心も体も素直に反応した。
 私は――この時には既に、ユーリに恋していたのだ。
 初めは、ユーリに対してただ畏怖に近い憧れの念を抱いていただけだった。ユーリは――少なくとも私にとっては――優秀なトレーナーだった。
 ユーリとの相性は抜群で、いつも私の能力を限界まで引き出してくれる。野生時代には味わえなかった興奮と喜びを与えてくれる。
 私のことを常に考えている彼に、なんとかして報いたいと思っていた。そんな私の姿を、学校で知り合ったポケモンの友達は不思議に思っていたようだった。人間は頼れるパートナーだが、決して崇敬の態度をとるべき対象にはなり得ない。そのようなことを度々言われた。
 しかし私はその態度を、人間への恋という、現代社会の禁忌である感情を抱くようになるまで、頑なに変えようとしなかった。
 私が危なっかしい恋心に目覚めても、ユーリは鈍感だった。彼に全てを打ち明けてしまったら良好な関係が壊れかねないので、彼の性向に依存していた方が遥かに楽なのではあるが、何とも複雑な気分だった。

 私の視点はいつしか、彼女の体そのものに乗り移ってた。

 景色がぐにゃりと歪み、また異なる世界を作り出す。
 ユーリの部屋だ。しかし、レースカーテンの向こうは漆黒に包まれていて、ユーリと私はベッドに潜り込んでいた。就寝の時間なのだ。
 幾度も一緒に過ごした夜だけれども、この夜は多分特別な夜だ。……つまり、私の目にユーリの顔が映る、最後の夜だ。
「ユーリの体ってひんやりしてるね」
 そんなどうでもいいことを言うよりも、必死でユーリの顔を目に焼き付けろと自分に言いたかった。
 ただ、私の意識が少しだけ乗り移っているだけでは、彼女の支配する体を動かすことはできない。彼女はユーリの体にひしと抱きついて、胸に顔を埋めている。決してユーリの顔を見ようとはしない。
 ユーリの手が私の頭の上に置かれる。安らぎを得た私は、睡魔に体を明け渡そうとする。
 お願い、目を瞑らないで。最後に、ユーリの顔を網膜に焼き付けなさい。そのまま眠ったら、一生闇の中へ放り出されたままになってしまうから――。
 ――願いが虚しく散り、冷めた気持ちになる。夢の中で、何を躍起になっているのだろう。

 私は、再び闇の中へと潜っていった。



 ゆっくりと、目を覚ます。まだ微睡みの中に居る。
 体が重い。酷い倦怠感と疲労感。眠りが浅かったようだ。
「ユーリ……」
 愛しい人の名が、ふいに口を衝いて出た。
 一瞬、夢の中でユーリが見せてくれた顔が暗幕に浮かび、溶けるように消えた。一度、深呼吸をした。海の底に沈んだ体に、少しでも浮力を持たせるために。
 そして。
「卵……」
 思い出す。私の産んだ卵。その中にいる子ども。
 急に脳が覚醒する。
 卵がそばにある様子はない。ユーリが取り上げてくれたのか。いったいどこにあるのだろう。
「ユーリ」
 寝室、そして居間に呼びかけるように、彼の名を呼んだ。しかし返事はない。仕事か、ただ出掛けているだけなのか。
 今が平日なのか休日なのか、昼なのか夜なのか、まるで分からない。言い知れぬ不安が連続する細波のように襲ってくる。
 体を起こす。なんとなく辺りを手探りで触ってみる。
 羊水や血で汚れていたはずのベッドシーツや毛布は取り換えられていてまっさらだった。そして、それに伴っていた下半身のべったりとした不快感もない。ユーリが全部綺麗にしてくれたのだ。
 そういえば、口に詰められていた布きれも外されている。
 ……なぜ手元に卵がないのか、なおさら不安になる。
 ユーリ、早く帰ってきて。早くこの両腕で卵を抱きたいの。
 不安に押しつぶされそうになって、胸が苦しくなる。しかし、待てども待てどもユーリの帰ってくる気配はない。
 玄関のドアにはいつもと同じように目張りがされているんだろう。ここを出ることはできないし、出ても私にできることはない。
 自分の無力感に打ちひしがれる。産後間もないこの母体は、体調も芳しくない。体の至るところが軋んでいるような気がして、それだけで舌を噛み切る理由になるのではないかと思った。それでも懸命に孤独と戦った。
 長い長い時間だった。永遠に終わりが来ないように思えた。しかし、ついに待ちわびた音がやって来た。目張りを剥がし、ドアノブを回すその音が。
 そのとき私は吐き気で再びベッドに倒れ込んでいた。卵、ユーリ、孤独、全ての心配事が体を蝕んでいたのだ。
「ユーリ……」
 足音がダイニングを通り、寝室の前まで来て、一度止まった。なぜか彼は寝室に入ることを躊躇しているように感じた。
「おかえり」
 私はドアの向こうにいるユーリに声をかける。弱々しい声だった。
 蝶番の擦れる音に、寝室のフローリングを踏み込む音が混じる。ユーリは無言で部屋に入ってきた。
 私はもう一度おかえりと言ってみた。数秒の静寂の後、ユーリはただいまと返事をした。しかし、投げ遣りで、私の言葉を受けて返したものとは思えなかった。疲れているのだろうか。
 こういうことは時々ある。だから気に留めなかった。
「ユーリ……私の卵は?」
 言葉を詰まらせないように、ゆっくりと丁寧に言った。
「卵? ……ああ」
「取り上げてくれたんでしょ? ありがとう」
 ユーリの返事にはいささかの間があった。肯定も否定もしないようなあやふやな返事だった。しかし、今の私にはそんな些細なことはどうでもよかった。
「私の卵……頂戴。抱かせて」
 ユーリが帰ってきて不安感はほとんど掃けたのだから、私の頭には子供のことしか残っていなかった。早く卵の温かみを感じたかったのだ。
 しかしユーリはいつまで経っても私に卵を渡そうとはしない。私の言葉に答えようとはせず、それどころかよそ行きの服を着替え始める始末だった。
 少しだけ腹立たしかった。返事をするのが煩わしかったらそれで構わないから、とにかく卵を渡してほしかった。まるで私の不安を煽るかのように無視を繰り返すユーリに、わずかに不信感が募る。
「ユーリ、卵」
「卵……ね」
 空気が張りつめた――そんな気がした。まるでユーリの心の中にある、触れてはいけない糸に触れてしまったような。
「……頂戴」
 絞り出すように言った。焦燥と、渇望、そして爪の先ほどの不信が絡み合った塊をユーリにぶつける。
 その瞬間、ベルトを外す音が止まった。漸く私の言うことに耳を傾けてくれるようだ。ユーリは、ベッドに横たわる私にそっと近づき……耳元で囁いた。
「そんなに欲しいのか」
「うん」
 試されているようだった。今更何を――。


「――」


 刹那、私は猛烈な吐き気に襲われた。苦味と酸味が混ざったような味の液体が体から込み上げる。私はうつ伏せになり、それをベッドの上に吐き出した。
 だが、嘔吐感は一向に治まらない。それどころか、より一層苦しくなった。胃酸と唾液が歯と歯の隙間から垂れる。とても無様な姿だった。
 先程の物凄く耳障りな声は、私の脳に認識されないうちに、体が拒絶したのだ。


『もう卵はここにはない。ポケモンセンターにやった』


「な……何でそんなことするの」
 私は、ユーリがいるであろう方向を向く。私の背中をさすることさえしなかったユーリに。
「私の子供なのにどう……ああ!」
 ユーリの手が私の頭を強くベッドに押し付ける。ベッドに垂れていた吐瀉物が顔についた。
「ルビー……君、何か大事なこと忘れてないか?」
 さらに強い力で私は抑えつけられた。
「あれはルビーが勝手に浮気して作った卵だぞ? 何で僕の子供でもないのにここに置いとかなきゃならないんだ?」
 ユーリの言ったことは至極正論だった。ユーリは手の力を緩めないまま続ける。
「はっきり言って、妊娠したときはどうやって堕ろさせようかずっと考えてたよ。お腹が大きくなってきたら一発殴って卵を壊してやろうとも思ったけど、それをやったら流石にルビーが死ぬかもしれないからな、やめといた」
 正気の沙汰とは思えないユーリの発言に私は戦慄した。明らかに、今の私はとてつもなく悪い状況にある。悲惨な暴力を受けたあの時以上に。
「だから、産ませてやっただけありがたいと思え。先に裏切ったのはルビーの方なんだからな」
 頭にかかっていた圧力が急に消える。けれど、私は顔を上げることができなかった。吐瀉物と涙、そして悔しさに塗れた顔をユーリに見せたくなかった。それ以上に、自分の愚かしさが悲しかった。
「ごめんなさい……」
 ユーリを責めることはできなかった。どんなに酷いことをされても、その元凶は私なのだ。ただ、謝ることしかできない。許されることはないとしても。
 だが、愚劣にも私の口答えは続く。
「でも……お願い、卵だけは返して」
 今度は殴られた。お腹や胸を、馬乗りにされて。
「痛い痛い痛い、止めて! いやあ!」
 無言で殴られ続け、とにかく自分を守ることに必死だった。体は勿論、それを庇おうとした腕もぼろぼろだった。何度も何度も謝り、それでも涙を流しながら訴えた。
 意識を失いかけている間に、人間の力って意外と強いのだなとか、このまま死ぬのかもしれないとか、どうでもいいようなことも考えた。
 それほどに熾烈な暴力だった。ユーリが殴るのを止めたとき、私は息絶え絶えだった。
「お願いユーリ……何でも……何でもするから」
 この言葉が再びユーリの逆鱗に触れたのなら、今度こそ死ぬだろうなと思った。しかし、ユーリは私を殴ることに疲れたのか、再びその両腕をふるってくることはなかった。
「何でも?」
「うん……」
「もうしてるじゃないか」
 逡巡して、私は訊き返す。
「もう……?」
「何もしなくても、もう十分役に立ってるよ。……僕の性処理用具として」
 愕然とした。憤りも悲しみも通り越して、ただ茫然とすることしかできなかった。
「……僕がもうルビーを愛していないことがそんなに意外か? どこの馬の骨ともわからない奴に簡単に体を売るような奴を、僕が愛せると思ってるのか?」
 偏執的なまでに私に愛を注いだユーリが、私の裏切りを前にどう変わってしまうかは分かり切っていたことだった。でも、やはり理解したくはなかった。妊娠期間中に私を三日に上げず抱いたのは、愛しさや恋しさからではなく、単に私を穴の開いた喘ぐぬいぐるみとしか見ていなかったからなのか。
 一周して悲しみが込み上がってくる。呻き声を上げながら泣いた。私はどれだけ惨めな姿を曝せば気が済むのだろう。
「本来ならルビーをここに置いとく理由はないけど……肉便器としてならいくらでも使ってあげるよ」
 精神的にほとんど死んでしまったような私に、言い返せるだけの力は残っていなかった。
 それでも……それでも一筋の希望はまだ潰えていなかったから、辛うじて生きていられる。私は胃酸で嗄れてしまった喉で、小さく唸った。
「お願い……。卵……」
 枯れるほど流したはずの涙が、再び両目から溢れる。肉便器でも奴隷でもいいから、せめて一度だけでも卵をこの腕に抱かせてほしかった。
「そんなに卵が恋しいか?」
 そうに決まっている。私の子供なのだから……。私はゆっくりと頷いた。
「そうか……なら」
 ユーリは意を決したようだった。私はついに願いが通じたのだと心の中で小さく喜んだ。



「未練が残らないように教えてやる。お前の子供はもうこの世にはいない」



 彼の透き通った声が、耳の中で反響する。ささやかな喜びはたちまち崩れ去った。
「ポケモンセンターにやったというのは嘘だよ。ちょっと情けをかけたとでも言うのかな」
 視界に張ってある黒々しい煙幕が急に消失したような気がした。目の前にいる彼は、私の過去を克明に映し出してくれたあの夢に出てきたユーリとひどく似ていた。
「思いっ切りアスファルトに叩きつけて、踏み潰してやったよ。あの憎々しい、気味の悪い物体を」
 だが、顔に張り付いている表情はまるで違った。いや、どちらも変わらないはずなのに、意味不明なことを喋り続けている人間の方は、まるで悪魔のように見えた。
「殻も中身も全部飛び散った。僕の服にも少しついたよ。ちゃんとこすって洗わないと汚れがとれなさそうだ」
 まるで、じゃない。悪魔なのだ。夢の中のユーリと恐ろしいくらいにそっくりだけど、肌色の仮面を剥ぎ取れば、ただの化け物なのだ。
「凄くグロテスクだったよ……。あんなものが何日かした後にちゃんと生物の形になるっていうのが信じられないくらいだ」
 だってそうでなきゃ――私をあんなにも愛してくれたユーリが――そんなことするはずない。だから、私に馬乗りになっている彼は、ユーリに化けた偽物だ。
 鮮明なビジョンは急に霞んで、再び暗幕を張った。視界が真っ暗になる直前に、うっすらと、歯をむいてせせら笑う彼の顔が見えた。狂人の顔だった。
「……なんだその目は」
 その目? 私はどんな目をしてるんだろう。ユーリが綺麗と言ってくれた私の紅い瞳は、彼をどんな風に見ているんだろう。全然わからない。でも、やはり美しいのだろうなと思う。ユーリがそう言ってくれたのだから、私の紅く透き通った硝子玉は綺麗に輝いているに決まっている。
 彼の両手が、私の細い喉を絞めた。強く、強く、ぎりぎりと絞まる。
 呼吸が止まり苦しいはずなのに、頭の中は妙に冷えていた。彼の行動がただの冗談なのか、それとも本気なのか、見極めようとしていたのかもしれない。
 そして、彼は私を本気で殺すつもりなのだと悟った。
 このまま死んでしまったら、ユーリは喜ぶのだろうか。――いや、私の首を絞めている彼は喜ぶのかもしれないけど、ユーリは悲しむだろう。私が光を失ったとき、気が狂うほどに泣いたユーリが、私の死を知って正常でいられるわけがない。きっと窓から飛び降りて、首を折って死んでしまう。
 ならば。

 私は、私の息の根を止めようとしているその禍々しい腕を思いっ切り殴った。喉を絞める力が一瞬緩む。
 私はその隙に、躊躇なく炎を放った。悪魔の悲鳴が部屋に轟く。私に馬乗りになっていた彼の体は、ベッドから転げ落ちた。
 けれども悪魔がこの程度で死ぬはずがないので、私はそれに向かって立て続けに火炎放射を打つ。焼ける全身の痛みに耐えられないのか、それは恐ろしい叫び声を上げてのた打ち回った。
 あまりにも醜い声を出すので、私はそれに攻撃するのを止めた。もう手を掛けなくたって、じき死ぬだろう。私は考えを変えて、部屋にある全てのものを燃やし尽くすことにした。ベッド、カーテン、机、燃え得るものは全て。
 火の粉を辺りに撒き散らすと、瞬く間に部屋は燃え上がる。黒い視界に、少しだけ赤い光が点った。カーテンやベッドが勢いよく燃えるのを、皮膚で感じる熱で確認した後、私は居間に移った。
 そこでも、ありとあらゆるものを燃やした。時折聞こえる断末魔の叫びを遮るように、一心不乱に炎を吐き続けた。そして、部屋中に煙が回ってしまう前に、私は玄関のドアを破って外に出た。
 空っぽの頭で階段を降りる。半分ほど降りたところで足を引っ掛け、転げ落ちた。頭を強かに打ったが、そんなことを気にする余裕はなく、私は逃げるようにアパートを去った。



 外の空気は澄んでいた。排気ガスの臭いも、アスファルトの臭いも、まるで嗅覚は感知しなかった。
 多分、今は夜だろうと思った。太陽の気配はどこにもない。遠くに消防車のサイレンが木霊している。それで、漸く頭が冷えて、自分のしたことを顧みた。
 部屋に残っているであろう黒焦げの死体は、ユーリに似た何かではなく、間違いなくユーリそのものだ。私は幻惑的な世界の中にふわふわと浮かんでいた心地だったが、紛れもない事実を前に、現実に引き戻された。
 私はユーリを殺してしまった。
 ねえ、ユーリ。私はどこで間違えてしまったのだろう。どこからおかしくなってしまったのだろう。
 私のあまり良くない頭では、考えても考えてもわからない。
 ユーリに捕まえられたこと。バトル三昧の日々に耽ったこと。進化したこと。恋したこと。失明したこと。ユーリと一緒にふたり暮らしを始めたこと。浮気してしまったこと。
 浮気がただの引き金だとしたら、どれも原因のように思えた。
 しかし、この期に及んで言い訳するのも馬鹿らしいとも思った。醜い自己正当化は、何の役にも立たない。悪いのは全部私なんだ。私がちゃんとしていなかったから、ユーリの歯車が狂ってしまったんだ。
 よろめきながら、前に進む。何かにぶつかったり、躓いたりしながら、あてどなく歩いた。あれほど愛しかった卵のことも、頭からすっぽりと抜け落ちていた。
 涙の滴が、沢山零れ落ちて止まらない。生まれて初めて、純粋な悲しみで声を上げて泣いた。
 私の成長と共に、声を上げて泣いたユーリのように。






















泡に還る 



 ルビーの住むアパートが燃え盛っていたのを見てから、もう三日も経ってしまった。
 未だにあのときのことは忘れられない。夜の闇に微睡む中、山から見下ろした景色の中に赤々と燃える何かとたなびく大量の煙を発見したときは、何かの間違いだろうと思った。炎の上がっている場所が、ルビーの住む場所に近いことはすぐに分かった。
 無我夢中で走った。ルビーに立ち入らない方がいいと言われた、人間の住み家が織り成す迷路を駆け抜けながら、彼女の無事を祈った。
 しかし、現実は無情だった。あんな巨大な炎の塊は一度も見たことなかった。狭い路地には人だかりができ、その奥で停まっている赤く大きな車は水ポケモンのように火事現場に放水していた。ルビーを助けに行きたかったが、そこに入り込む余地など微塵もなかった。
 俺は無力で、ただただルビーの名を叫び続けることしかできなかった。
 ルビーの死は到底信じられるものではなかった。しかし、なんとかアパートから逃げ出した者や、負傷者として運び出された人間やポケモンの中に、ルビーの姿は見えなかった。
 いくらルビーが炎ポケモンであるといえど、あの業火の中で生き延びることができるはずがない。文字通り、彼女が死んでしまったことは火を見るより明らかだったのだ。
 食べ物は全く喉を通らなかった。ルビーが会いに来なくなり、ただでさえ彼女に対する不安と心配で痩せ細ってしまっていた体は、より不自然に筋張っていた。
 彼女の後を追おうかとすら思った。


 里山をふらふらと歩く。ルビーとの思い出を反芻しながら、彼女と歩いた道をなぞった。彼女の像は、今でも鮮明に蘇る。
 赤く色づいた、春とは違う趣を見せるこの景色を、ルビーにも見せてあげたかった。もう叶うことはないとわかっているけれど、願わずにはいられなかった。
 行くあてもなく歩いていると、いつの間にか道を外れていた。まるで何かに誘われているようだった。
 ゆっくりと記憶を引きずり出していく。ああ、確かこの辺りは、ルビーと初めて出会った場所だ。目の見えないルビーは、人間の子供達が悪戯で掘ったであろう落とし穴に落ちてしまっていた。俺がルビーの姿を発見したとき、彼女は丁度自力で穴から這い出たところだった。
 紅葉で飾られた空を仰ぐ。緩やかな木漏れ日に目を細めた。
 そして、ふと目を落とした。そのとき、起こらないはずの奇跡は起こった。
 一本の木の陰に、見覚えのあるポケモンの姿があった。濃紺に覆われた背中に、赤い陽が反射している。淡い黄檗(きはだ)色の四肢は、無造作に投げ出されている。
 目の前に突如現れた彼女の姿を信じられず、幽霊か亡霊かが出たのだと思った。それでも、空腹でよろめく足を動かして、彼女のもとへと向かった。幽霊でも何でも、ルビーに会えるのならそれでよかった。
 倒れているルビーを、優しく揺り動かす。彼女の体に触れ、どうやら幽霊にも実体はあるみたいだと、不思議な気持ちになった。
 やがて、ルビーは目を開けた。ゆっくりと、陽光を吸収するように。
 俺は小さく、ルビーの名前を呼んだ。彼女の頬に、俺の涙が落ちる。
 ルビーが頭をゆっくりと持ち上げる。
「……トラ君?」
 相変わらずこちらの顔を向かないその目は、紅く、きらきらと輝いていた。





 了








感想等ありましたらどうぞ↓

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • まさか、ルビーがユーリを殺してしまうとは思ってもみませんでした…ユーリがあそこまで凶変していたとは…本当に驚きました。ユーリを愛していたルビーには、大切な我が子を殺された事もあり刺激が強すぎたのでしょうね…一度亀裂が入ってしまったら、少しの刺激でも壊れてしまうもの、心は脆いんだという事が身にしみて解りました…
    そして、ラストのルビーとトラ君の巡り合わせ。トラ君に取っては非常に嬉しかったことでしょうが、ルビーは何を感じたのでしょうね…。喜びなのか、哀しみなのか…兎にも角にもこれから2人が幸せになっていく事を願いたいです。

    一人一人の思いがひしひしと伝わってくるかのような繊細な描写で、初めから終わりまで全く展開がよめませんでした。アカガラス様の表現力には驚かされるばかりです。参考にさせていただいております(全く書けませんけどねorz

    長らくの筆記お疲れ様でした。そしてこのような素晴らしい作品を読ませていただき有り難う御座いました。今後のご活躍も期待しております。頑張ってください。
    ――トランス ? 2012-03-27 (火) 09:49:59
  • >opoji様
    まず、ここまで幾度もコメントを下さり、ありがとうございます。
    涙が出るほど感情移入していただけて、作者冥利に尽きます。
    ルビーには、強く生きていってほしいものです。

    >1人目の名無し様
    割と先の展開は読まれているのかもなあと思いながら書いていたのですが、そうではなかったようでほっとしています。
    9話のクライマックスで、この小説に現れた要素を全て詰め込んだつもりです。それがうまく伝わったようで、とてもうれしく思います。
    これからももっと、読者の方が話に入り込めるような作品を作っていきたいと思います。

    >2人目の名無し様
    私自身、最後をこのような形で締め括ったことに驚いているので、名無し様が受けた衝撃は計り知れないものであると思います。
    ユーリは大分病んでましたが、それはルビーへの愛情の裏返しなので、そこまで愛されたルビーは幸せ者なんじゃないかと思います。それだけに、この物語も救いようのないものになってしまいましたが。
    決して神作品ではありませんけれど、そのような言葉を貰えたことを励みにして、これからも精進していきたいと思います。

    >3人目の名無し様
    確かに俯瞰的な視点では明確にユーリの死は表現されていませんね(笑) でも多分死んでいるでしょう。
    トラにとってはベターかもしれませんが、ある意味この惨劇の元凶ですからね。それこそルビーがアパートを燃やした理由を知ってしまったら……考えただけでも恐ろしいです。

    >トランス様
    ルビーはユーリを殺してしまったことをすぐに後悔していますから、心の底から本気で憎んでいたわけではないのかもしれません。首を絞めてきたユーリを『ユーリの偽物』と都合のいい思い込みをしてから凶行に及んでいますからね。ユーリがルビーのことを少しでも赦すことが出来たのなら、もっと違う終わり方を迎えたでしょう。
    最後のシーンは物語全体を中和するために書きました。ユーリの異常な狂気ばかりが目立っていましたから、物語の起伏を少しだけなだらかにする必要がありました。9話の最後でルビーはユーリを殺したことを悔いて泣いていますが、なんだかんだと言いながら結局トラ君のもとへと舞い戻っていますからね。ユーリの影響もあるでしょうが、ルビーも相当狂ってしまっています。
    心理描写はいつも力を入れていますが、今回はかなり苦戦しました。私が書くキャラにしては皆少し狂っているので、読む人が不自然に感じすぎないようにしなければなりませんでした。それがうまくできたかどうかはかなり不安ではありますが……。参考にしていただけて恐縮です(汗

    お互いにwikiを盛り上げられるように、執筆頑張っていきましょう。長らくお付き合いくださり、ありがとうございました。


    五名の方、コメントありがとうございました。これからの執筆の励みにしていきたいと思います。
    ――アカガラス ? 2012-03-28 (水) 13:17:04
  • 執筆、お疲れ様です。
    ルビーの複雑な心境がうまく表現されていて、とても素晴らしいと思います。
    アカガラス様の心理描写にはいつも驚かされます。
    本当に複雑ですよね。
    心なんて物は、一見とても力強く、中々崩れそうでなくても、本当はすごく脆い物なんだと思いました。
    ユーリだって初めはルビーをなにより大事にしていたのに、たった一度の裏切りで、ここまで豹変してしまうんですものね。
    自分的には、ユーリがとてもかわいそうに思えるのですが、ルビーの方も絶対悪とは言い切れないです・・・。
    何はともあれ、素晴らしい作品をありがとうございます。
    ―― 2012-03-29 (木) 00:13:41
  • コメントありがとうございます。
    心理描写はいつも力を入れているところですが、今回はかなり苦戦しました。状況がかなり振りきれちゃってますし、自分では絶対に感じ得ないところ、想像の遥か向こう側と言っても過言ではない部分ですからね。作者としての力量が試された部分でしたし、うまくできたかどうか分かりませんけれども、納得できる形で書けたんじゃないかなと思います。
    心は本当に脆いです。心の強さというものは、崩れた心をどうやって直すか、なのだと思います。ルビーもユーリのそれができなかったんでしょうね。依存し合った分だけ傷も大きかったのだと思います。
    だから、私もあなたと同じように、一概にどちらが悪いとは言い切れないです。たまたま入り込んだ道を間違えた、とでも言うべきでしょうか。
    最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
    ――アカガラス ? 2012-03-30 (金) 23:27:17
  • 『紅い硝子玉は輝かない』、一息に読んでしまいました。有無を言わさず引き込む文章力、私も見習いたいものです。
    相手の気持ちを推し量ることは容易ではありません。目の見えないルビーは自分がいなければ生きていけないと確信し、何時しかそれが自分の存在意義になってしまったユーリ。ユーリからの愛を一心に受け止めるも、未来に対する不安と寂しさと、自分を理解しようとしないユーリに対する不満から少しずつトラ君に依存するルビー。ルビーの要求に素直に答えていくトラ君。それぞれの思惑のぶつかる先にあんな結末が待っていたとは、想像もできませんでした。きっと、誰も悪くないんでしょう。ほんの少し歯車がずれてしまったがために、そこから糸がほつれるように三人は波にのまれてしまった。各パートはラストシーン以外をユーリとルビーの視点で描かれていて、それぞれが類推した相手の心情描写が読者をニヤつかせます。二人がすれ違ってゆくさまがありありと書かれていて、次の展開がとても気になりました。
    最後の一行。「相変わらずこちらの顔を向かないその目は、紅く、キラキラと輝いていた。」。怖いですね。だってタイトルが『紅い硝子玉は輝かない』ですよ。ユーリもトラ君も、ルビーの目を褒めていました。魔法の解けたユーリが最後に見たルビーの目は、ただの硝子玉だったのかもしれません。トラ君がルビーの魔法から解かれるときは、どのような物語が待っているのでしょうか。
    心に重くのしかかってくるようなお話でした。日常に潜む刺激的で、覗いてはいけない何かに魅せられました。読後感のふわふわした感じが心地良いです。
    ――水のミドリ 2014-06-03 (火) 17:14:22
  • 二年以上前に書いたものですので、文章に多少瑕疵があると思いますが、長い物語を読んでいただきありがとうございます。
    ひどい三角関係でしたが、誰も非らしき非は犯していないという描写に終始したのは、最後の陰惨さを強調するためだったかもしれません。傍から見れば浮気とか暴力とかで片づけられますが、あくまでも本人たちはそう考えていると思います。
    ルビーとユーリの視点を入れ替えながら書いていたのは、本人たちの考えていることの一部分だけを提示して、大事なところを読者に隠したいという意識だったと思います。その方がこの終わり方により衝撃を受けると考えました。
    最後の一文は自分でも好きです。読んでいただいた方にその意味を色々と考えていただければ作者冥利に尽きます。
    コメントありがとうございました。
    ――朱烏 2014-06-08 (日) 18:13:45
  • 結局NTRみたいになったね…
    人とポケモンが結ばれるのは
    許されることではないのか… --
  • コメントありがとうございます。
    決してそんなことはないと思いますよ。たまたまこの物語がそういう終結を迎えたというだけです。 -- 朱烏
  • 互いが傷つかないように慎重に関係を作るせいで互いに本音をぶつけられず、段々と関係や愛情が曇ってゆき、最後には相手を気遣う余裕も無くなって自分自身しか見えなってしまう。(自分すらも見えていなかったかもしれない)
    ズレてるかもしれませんがハリネズミ(ヤマアラシ)のジレンマを彷彿としました。マグマラシだし。
    読み終えて衝撃が心にずっしり響いて眠れません。素晴らしい作品をありがとうございました --
  • クリスマスに読むにはなかなか重い小説だったと思いますが、読んでいただきありがとうございます。ハリネズミのジレンマは言い得て妙だと思います。
    こんな終わり方を迎えないためにはきっといろいろなうまいやり方があったのだと思うのですが……しっかりお互いを見据えて向き合った別の世界線では、きっと仲良くしていると思います。
    今日こそはゆっくりおやすみなさいませ。コメントありがとうございました。 -- 朱烏
お名前:



あとがき↓
まず、最後までこんな暗鬱で救いようのない物語をお読みいただき、ありがとうございます。ハッピーエンドという一縷の望みにかけていた人には心よりお詫び申し上げます。初めにこの物語に手を付け始めたときは、バッドエンドというものをそこまで意識していませんでしたが、書き進めるにしたがって如何にどろどろとしたものを書けるかということばかり考えるようになりました。結果的に、随分と下品な言葉や卵のグロ描写等、とんでもないものも出来あがってしまいましたが……。勿論、その他のこともちゃんと考えながら書きましたけれど、うまく伝えらているかどうか怪しいところです。
人によっては最後の話は蛇足のように思えるかもしれませんが、トラ目線で描写した理由もちゃんとありますし、そこからこの物語、というか、登場キャラの、本当の凄絶さが伝わればいいなって思ってます。
最後に繰り返しになりますが、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。


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Last-modified: 2012-03-26 (月) 00:00:00
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