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篝火と霧と

/篝火と霧と

アルド(♂)……街の警備に務める男性。
ディン(ガーディ♂)……アルドの手持ちのガーディ。
フレイズ(♂)……アルドと同じ職場の先輩。
クーロ(ヤミカラス♀)……フレイズの手持ちのヤミカラス。
カノッサ(♀)……警備隊の一員であり責任者でもある女性。
ウォルター(♂)……アルド達が警備を務める区域の市長。

篝火と霧と 

writer――――カゲフミ

―1―

 鳴り響くベルの音が眠りの世界から現実へと誘う。布団を被ったまま手だけ伸ばして、アルドは手加減なくばしんと目覚まし時計の頭を叩いた。
さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返り、聞こえてくるのは朝を告げる鳥ポケモンの鳴き声ぐらいだ。
毛布に守られていなかった目覚まし時計はひんやりと冷たい。アルドは小さく身震いをして右手を布団の中に引っ込めた。
もう少し寝ていたいと思うのは毎日のこと。今のように寒い季節ならば尚更。しかし、その誘惑を受け入れてしまっては間違いなく仕事に遅れてしまう。
「……起きるか」
 小さく呟いた後、アルドは緩慢な動作で布団から這い出す。途端、朝の冷気がケムッソを見つけたオオスバメの如く一気に襲い掛かってくる。
肌寒さに身を震わせながら、アルドは部屋のストーブのスイッチを入れた。
ぼうっと音がして赤い炎が灯る。もう少し時間が経てば部屋も暖まってくることだろう。
時計はちょうど六時を指していた。七時までに出勤していればいいから十分に間に合う時間。今朝は余裕を持って朝食の準備ができそうだ。
大きく伸びをしてカーテンを開ける。まだ太陽が昇っていないせいか、目映い陽光が差し込んでくるようなことはなかったものの、部屋はほんのりと明るくなった。
キッチンに向かおうとしてアルドはふと、手持ちのポケモンのガーディ、ディンが見当たらないことに気がついた。
彼は寒さに強いから別に布団がなくとも眠れるようだが。ベッドの脇やテーブルの下にも姿が見えない。どこで寝ているんだろう。
「ん?」
 よく見ると、まだベッドの上に残っていた布団がゆっくりと上下している。めくってみると案の定、すやすやと寝息を立てているディンの姿があった。
基本的にディンは目覚まし時計の音では起きない。かなりの寝つきのよさ、そして寝起きの悪さを兼ね備えている。
昨日布団に入ったときは一緒じゃなかった。となると、自分が寝た後にディンが潜り込んできたのか。
そんなに大きくないベッドだから、ディンの体に手や足が当たっていてもおかしくはなかったのだが。
さっき布団から這い出したときは全くそんな感覚がなかった。アルド自身も結構寝ぼけていたようだ。
ディンは気まぐれで、自分が寝たいと思った場所で寝る。いつも布団で寝てくれれば温かくて快適なのだが、なかなかそうもいかないのだ。
さて。仕事にはディンも連れていくわけだから、そろそろ起きてもらわないと困る。しかし、アルドが直接彼を揺すったりして起こす必要はない。
ディンは鼻が利くガーディなのだ。アルドが朝食の準備を始めれば、自然と匂いで目を覚ます。これが彼を目覚めさせる最も効率の良い方法なのだ。

 もそり、とベッドの上の毛布が動いた。毛布をかぶった塊は徐々にベッドの縁へ移動していき、やがて毛布もろとも床の上に落ちる。
落ちた毛布からディンはずるずると這い出してくる。まだ眠そうな目をしているが、視線はしっかりとテーブルの方へ向けられていた。
「おはよう、ディン」
 軽めの朝食はもう出来上がっていた。机にパンや野菜の乗った皿を並べながら、アルドはディンに朝の挨拶をする。
もちろんおはようと返事ができるわけもなく、ふるふると頭を振った後、大きな欠伸で彼は反応を示した。
テーブルの前まで歩いてくると、きちんと座った姿勢になる。そして、アルドの方へ上目づかいでじっと熱い視線を送ってくるのだ。
ポケモンであるディンは言葉を喋ることはできない。だが、目は口ほどに物を言うとはよく言ったもの。彼が何を伝えたいのかは嫌でも分かる。
「分かってるって」
 ディンの頭を優しく撫でた後、アルドは机の上に用意していた彼の食事と水を床に置く。
待ってましたと言わんばかりにディンはポケモンフーズの盛られた皿に顔を近づけていく。だが、直前のところでぴたりと動きを止め、ちらりとアルドの方を見やる。
「食べてもいいよ」
 この一言で、止まっていたディンの時間は再び動き出す。彼は遠慮なく皿に口を近づけ、もぐもぐと幸せそうに食事を頬張り始めたのだ。
トレーナーであるアルドより先に食事に口をつけることに、ディンの中ではかなり抵抗があるらしい。
よほどお腹が空いてない限りは、今朝のように合図があるまでは食べようとしない。アルドが先に食事を取っていた場合は何の躊躇いもなしに食べ始めるのだが。
これは別に彼に教え込んだわけでもない。きっと、ディンなりの気遣いなのだろうとアルドは解釈していた。
なんにしても、一緒に食事をとる相手がいるのは嬉しいことだ。たとえそれが言葉を交わすことのできないポケモンであろうと。
自分の足元で夢中で食べているディンを見ていると、なんだかほっとするのだ。彼の存在は一人暮らしの心のオアシスと言ったところか。
おっと。あんまり彼に和んでいると仕事に間に合わなくなってしまう。アルドは皿の上のパンを手に取り齧り始めた。

 朝食も食べ終え、顔も洗って歯も磨いて着替えた。今日は時間に余裕があったので、食後の片付けまで済ませてある。準備は万端だ。
玄関で靴を履くとアルドはコートを羽織り、手袋をはめる。この季節、特に朝夕は防寒対策をしていないと厳しい。
ドアの隙間から入り込んでくる風が既に冷たいのだ。外では吐く息が真っ白に染まると見て間違いなさそうだ。
「さて、それじゃ行こうか」
 アルドの呼びかけにディンはがう、と一声吠える。相槌を打ったつもりなのだろう。
勢いよくドアを開くと、冷え切った空気が一気に流れ込んでくる。まるで、自分に向かい風でも吹いているのかと思うほどに。
どんなに寝ぼけていてもこの寒さがあればあっという間に目が覚めてしまいそうなくらいだ。
早朝の冷気に肩を縮ませているアルドとは対照的にディンは何でそんなに震えているの、とでも言いたげなぐらい涼しい顔だ。
さすがは炎ポケモン。ふさふさの体毛は生半可な寒さなどものともしない。そんな余裕たっぷりの彼の表情がちょっぴり腹立たしい。
すました顔していられるのも寒い間だけだぞ、と心の中で呟いてから鍵を閉め、アルドは仕事場へと向かったのだ。

―2―

 起きた時に比べればいくらかは明るくなってはいたが、まだ外は薄暗さが残っている。道の脇に設置された街灯が仄かな明かりを放っていた。
元々、そこまで人口の多い街ではない。そして今アルドが歩いている道は道幅こそあるものの、大通りからは外れていて昼間でも人通りはまばらな場所。
石畳の道には誰もいない。確認できるのは自分と、ディンの足音だけ。まるでこの街には二人だけしか存在していないかのような静けさだった。
静寂に加えて、うっすらと漂う霧もこの道に幻想感を漂わせている。街灯や道や家々、そしてそこに暮らす人々までも。霧は静かに包み込む。
アルドにとって朝のこの道は、綺麗や美しいといった褒め言葉だけでは到底表現できそうにないくらいの良さがあった。
かつて彼が子供だった頃は、霧が立ち込める道をずっと進んで行けば自分の知らない世界に通じていると信じていたほど。
十年くらい前だったか。ひときわ濃い霧の出た冬のある日、懐中電灯を片手にこの通りをわくわくしながら突き進んでみたのだ。
そして、見えてきたのは未知の世界などではなく、いつも自分が目にしている民家の壁だったためひどく落胆したのを今でも覚えている。
もちろん今はそんなことを信じてはいない。だが、静けさと霧の二つが重なると、アルドの心の中には自然と昔の記憶が浮かび上がってくるのだ。
 この街は冬になると時折霧に包まれる。霧の発生するメカニズムについてはアルドは詳しくはしらないが、彼にとっては住み慣れたこの街である。
今の霧がどれくらいの濃さなのか判断することは容易だった。自分のすぐ隣にある街灯から数えて四本目の街灯の明かりがぼんやりと霞んで見えなくなっている。
等しく整列している街灯の間隔は、およそ十メートルと言ったところ。
明かりがなくとも柱が見えるか否かで霧の濃さが分かる。霧の度合を知るのにこの通りの街灯は役に立ってくれているのだ。
霧が酷いときには一つ先の明かりさえぼやけてしまうことがあるが、今朝のものはさほど濃いものではなさそうだ。
初めてこの街に訪れた人ならばともかく、長年住んでいる人々にとってはこの程度の霧ならば恐るるに足りない存在だろう。
霧に振り回されていてはここでの冬の生活は成り立たない。これはアルドが仕事をする上でも同じことが言える。
「ちょうどいい時間、かな」
 とある一つの建物の前で立ち止まり、アルドはふうと大きく息をつく。吐き出された息が白い塊となったが、すぐに消えていった。
その建物は何の装飾もない白い壁でできており、質素な造りだ。まるで特徴がないことが特徴だと言えそうなくらいに地味だった。
この通りの他の家々は主に煉瓦を主としていて、独特の趣がある。壁や窓枠、ドアの枠などいたるところにそういった趣向がなされており、なかなかに美しい。
だからこそ余計に、白一色で塗りたくられたここが小ぢんまりとして見えてしまうのかもしれない。
最初のうちはよくそんなことを思ったものだが、慣れてくれば大した違和感も抱かなくなってくる。
枯木も山の賑わいと言おうか。いつの間にかアルドの中ではこの建物も、通りの景観を形作る風景の一員になっていたのだ。

 扉を開き、アルドは建物の中に入る。ディンがするりと隙間から入り込んだのを確認すると、扉を閉めた。
入ってすぐにある小部屋には椅子が三つ。中央のストーブを囲むようにして並べられている。背もたれはない、回転式の簡易な作りの椅子だ。
その中の一つに腰かけていた男がアルドを見るやいなや、椅子に座ったままくるりと向きを変え、にこやかな笑みとともに話しかけてきた。
「おはよう、アルド。それからディンもな」
「おはようございます、フレイズ先輩」
 アルドも笑顔で挨拶を返す。ディンは返せないので、ちらりとフレイズの顔を見て目を合わせただけだ。挨拶という意図は伝わっているのだろう、たぶん。
素っ気ない雰囲気ではあったが、ディンは見知った相手でも喜んで尻尾を振って擦り寄っていくような性格ではない。
それを知っているので、別段フレイズも気を悪くしたりすることはないのである。
ふと、翼の羽ばたく音が聞こえた。どこからともなく現れたヤミカラスが空いていた椅子の上に乗っかり、アルドの顔を見て一声鳴く。おはよう、とでも言うかのように。
「クーロもおはよう。今日も寒いねえ」
 うんうんと頷きながら、クーロと呼ばれたヤミカラスはアルドの肩の上に止まる。これが毎朝の彼女なりの挨拶の仕方なのだ。
そしてひょいと肩から椅子の上に降りると、ストーブの前でふわりと翼を広げた。外の空気で冷えた翼を温めているのだろう。
時折、背中をぶるぶるっと震わせている。氷が苦手な飛行タイプであるクーロには、この寒さはなかなか応えるのかもしれない。
寒さに関してはアルドはディンと共感できないため、同じように寒いと感じているクーロに何となく嬉しさを覚えるのであった。
 クーロはフレイズの手持ちのヤミカラスである。アルドはフレイズとの付き合いも長いため、彼女のこともよく知っている。
合って間もないうちはアルドのことを警戒しており、そっと差し出した手をつつかれて痛い思いをしたこともあったのだが。
今ではすっかり打ち解け、彼女の主人であるフレイズと同じくらい懐かれており、今朝のようにアルドが顔を見せるとクーロは喜んで出迎えてくれるのだ。
「お前も座って温まれよ。霧も出てたし、結構寒かっただろ?」
「そうですね。少し温まるとしますか」
 手袋を脱ぎ、コートのポケットに入れるとアルドは空いていた椅子に腰かける。コートを脱ぐのはもう少し体が温まってからでいい。
暖をとる必要のないディンは、部屋の隅で蹲ってあくびをしていた。寒さに強いのは炎ポケモンの特権とも言える。
だが、あまり余裕綽々な彼を見ていると何だか悔しくなっているので、ストーブに当たっている間はあまり見ないようにしているのだ。
 アルドとフレイズ、そしてクーロの三人でストーブを囲む。二人は両手を、一人は両翼を炎の前にかざして。温もりが散らばってしまわないように。
静かに手をかざすと、仄かな温かさが手のひらを介してゆっくりと染みわたってくる。やはりただ座っているよりも、手を近づけた方が温度が伝わってきやすい。
ストーブの内部ではそれほど強くない炎がちろちろと揺れていた。あまり温かくしすぎると、外に出るときに寒くなってしまうので炎は控えめに設定されている。 
それでも、寒い外を歩いてきた後のこの暖かさは格別だった。家から外に出るときはもちろん寒いが、こうやって部屋に入った時のぬくもりを味わうことができる。
それを考えれば、寒さを感じられるのはそこまで悪いことじゃないかな、と三人でストーブを囲むたびにアルドはそう思うのだった。

―3―

 部屋に入ったときは、まだフレイズがストーブをつけて間もない頃だったらしく、ひんやりとした冷気が立ち込めていた。
設定温度が低めなこともあってか、最初のうちは手を伸ばしてもいま一つ温かさを感じにくかったりすることもある。だが、ここは大した広さではない。
ストーブの火を焚いて十分もすれば、室内はぽかぽかとした暖気に包まれる。たまに窮屈さを感じることもあるが、こういった点では便利だ。
アルドは椅子から立ち上がってコートを脱ぐと、壁のハンガーに引っかけた。
羽織りっぱなしだと外に出た時余計寒く感じてしまう。この季節は室内と室外でうまく調節していかなければ。
それにしても、やはり寒い朝のストーブは良いものだ。ぼんやりと当たっていたらうたた寝をしてしまいそうなくらい。
クーロも十分に温まったのか、翼を畳んで椅子の上でくつろいでいる。ディンは相変わらず部屋の隅で蹲ったままだ。
再び椅子に座りなおそうとして、アルドはふと壁の時計を見た。丁度午前七時を指すか指さないかと言ったところ。もうすぐかな。
「先輩、そろそろ……」
「だろうな。だけど、俺はぎりぎりまでここにいるから」
 温かさで緩んでいた表情から一転。真顔で言うフレイズ。仕事前に見られる彼の貴重な真剣な表情である。
ちゃんと仕事が始まるまでは何も考えずに、ただひたむきに温もりを味わっておきたいというフレイズのこだわりなのだ。
確かに、これと言って特に準備すべきことはなかった。ずっとストーブに当たっていても何の問題もないだろう。
アルドの場合はあんまり暖かいのに慣れてしまうと、動くのが辛くなるという理由で暖をとるのはほどほどにしているのだ。
「……噂をすればってやつか、やれやれ」
 扉の向こうに現れた人影を見て、フレイズが呟く。小さな声だったので外にいる人物には聞こえてないと思われる。
こんな朝早くからここを訪ねてくる街の人はまずいない。時間的にもアルドとフレイズの思い描く人物であると見て間違いないだろう。
きい、と扉が開いて中年の女性が部屋に入ってくる。その姿を見るなり、二人は椅子から立ち上がり軽く一礼した。
室内にいる男性二人と並ぶと、やや小柄な体格も手伝って少し味気ないような印象を受けてしまうかもしれない。
ただ、その瞳はまっすぐで凛としており聡明さを窺わせる。単なる中年女性では収まらない存在感が彼女にはあったのだ。
「ああ、二人とももう来ていたか」
「おはようございます、所長」
 声をそろえて挨拶をする二人。フレイズの声がどことなく落胆したように聞こえたのは気のせい、ということにしておく。
アルドとフレイズ、そして所長であるカノッサの三人がそろうと、彼らの一日が始まるのだ。

 彼らの仕事はこの街の区画を警備することだ。自らの足で街に出向き、異常がないか見回りを行う。
警備と言えば堅苦しい響きだが、基本的にこの街は平和そのもの。ほとんどの場合は街をぐるりと何周かして一日が終わる。
たまに何かあったとしても、住民同士の口論の仲裁、迷った人の道案内、行方不明になったポケモンの捜索などの類であった。
どこかの家に泥棒でも入ろうものなら、きっと街中がその話題で溢れかえるほどの大事件となるだろう。
小さな街での悪事は瞬く間に人から人へ知れ渡っていく。逆にそのことが犯罪に歯止めをかけてくれているのかもしれない。
こんな状況であるから、警備隊に志願する者も少ない。三年ほど前にアルドが入るまでは数年間志願がなかったという。
また、物珍しさで志願してみたものの、単調な仕事が長続きせずにやめてしまった者も何人かいたとか。
そのためアルドは先輩にあたるフレイズとそれなりに年が離れている。年の差は二桁行くか行かないかぐらいだったと記憶していた。
「今朝は霧が出ているが、あの程度のものなら問題ないだろう。特に注意することはないが、気を抜かないようにな」
 いつもの仕事に入る前のカノッサの忠告だ。注意することがない、というのがこの街の何たるかを物語っている。
取り立てて目立った所はない彼女の言葉だが、これを聞かずにいると何となく一日が始まらないような気がするのだ。
毎日毎日聞いていると、逆にそれがないと落ち着かなくなってくる。アルドの中では彼女の台詞は今日も一日頑張るぞ、という意気込みの源にもなっているのである。
「分かりました。今日は俺からでしたね」
 街の巡回は三人が交代で行っている。カノッサも所長だからと言って、ずっと詰め所で待機しているわけではない。
確かにここでは一番偉いはずの責任者ではあるが、彼女も動かないとアルドやフレイズの負担が大きくなってしまう。
人手の少ない警備隊の悲しい宿命である。この街はそこまで大きな区画ではないため、一巡りして戻ってくるのに二時間弱ぐらいだろうか。
朝の時間帯は活動している人々も少ないため、見回りだけで戻ってこれることが多い。何も問題が起こらなければもう少し時間は短縮できるだろう。
「それじゃ、行ってきますわ」
 小さくため息をついた後、フレイズは壁に掛けてあったコートを羽織ると、腰のベルトに拳銃を差す。弾丸は入っていない。
一刻を争うような緊急事態を周辺の住民に知らせるためだ。とはいえ、アルドがここに勤め始めてからそれが使われた事例は記憶になかった。
そして机の上にあった無線機をズボンのベルトに引っかける。街で何らかの問題が発生したとき、どのような事情か、応援は必要か、等の連絡に用いるものだ。
「行くぞ、クーロ」
 別段嫌がる様子も見せずに、クーロはさっと椅子の上から飛び立つとフレイズの肩に留まる。
フレイズは一応、寒いのが嫌ならここにいてもいいぞとクーロに伝えてはいるのだが。クーロがそれに応じたのを見たことがないような気がする。
どんなに外が寒くても、彼女はフレイズと一緒がいいらしい。微笑ましい限りである。
「うおっ、寒……」
 扉を開けた瞬間、室内の空気を切り裂いて冷え切った外気が流れ込んでくる。
外の冷気に肩を竦めるフレイズとクーロの動きはシンクロしていた。さすがは心の通じたトレーナーとポケモン、と言ったところ。
ほんの隙間風程度の勢いではあったが、アルドも思わず身をすくませていた。部屋に入って間もないカノッサは割と平気そうな顔をしている。
やはり外に出る瞬間が一番つらい。戻った時の温もりを期待しながら、フレイズは朝の街へと足を踏み出すのであった。

 何となく気だるそうな、お世辞にもやる気があるとは言えない態度のフレイズ。これが毎日というわけではないが、本人の気分次第でたまにそういうときがあるのだ。
アルドも勤め始めた頃はこんな人物が自分の先輩なのか、と閉口していた面もあったのだが。今ではそういった彼の性格も含め、一人の先輩として信頼を置いている。
詰め所での振る舞いとは裏腹に、見回り中の彼は至って真面目に仕事をこなしているようなのだ。
巡回は交代制なので、実際フレイズが警備しているところを見たことがあるわけではない。だが、街の人々のフレイズに対する評判の高さがその事実を裏付けている。
この街の区画に来るのが初めてで迷っていた時、丁寧に目的地まで案内してくれた。
財布を落として困っていた時、暗くなるまで一緒になって探してくれた、等、彼の評価は良いものばかり。
だから所長であるカノッサも、彼の勤務態度に関しては極力口出しはしないようにしているらしい。
多少熱意は感じられなくとも、ちゃんと仕事の成果を残してくれるフレイズを彼女も部下として頼りにしているのだろう。
ここでの挙動だけを見ていればいい加減な人物として映ってしまうかもしれない。だが、いざ街に出て行けばやるべきことはしっかりとやる。フレイズはそういう男なのだ。

―4―

「異状なしです」
 口元の空気を白く染めながら、アルドは詰め所の扉を開く。少し開いた隙間から、我先にと言わんばかりにディンがするりと中へ入り込む。
アルドも中に入り扉を閉めると、今回の見回りにおける報告をした。異状なし、とここに告げるのはこれで何度目になるだろうか。
カノッサやフレイズの報告も合わせると、片手の指の数では収まらないくらいだ。今日もいつもと同じように、この街は平穏に包まれていた。
時計は午後九時を回ったところ。辺りはすっかり夜の闇が立ち込めていた。つけっぱなしだった懐中電灯のスイッチを切ると、アルドは自分の机の上に置く。
昼間はある程度日も照っていたので、それなりに過ごしやすい気候ではあった。だが、夜になると朝と同じくらい、あるいはそれ以上に冷え込んでいる。
コートと手袋でしっかりと防寒対策はしているとは言え、長い間外を歩いているとやはりここのストーブの炎が恋しくなってくるのだ。
「ただ、やたらと霧が濃くなってきたようなので気をつけた方がいいかもしれません」
 アルドが外の街灯で確認した限りでは、一つ先の明かりが灯っている様子は分かった。しかし、街灯の形も柱もはっきりと見ることができない。
淡い球状の光がぼんやりと空中に佇んでいるという表現が近い。その街灯の光が幾重にも連なって淡く輝いている光景はなかなかに幻想的であった。
霧が出るのは別に珍しいことではない。朝、昼、夕とうっすらとした霧は漂ってはいたが、今外に立ち込めているものとは比べ物にならないくらい微々たるもの。
それが何の前触れもなく、夜が訪れ暗くなるにつれて急激に濃くなってきたのだ。これは、この冬に観測された霧でもかなり深い部類に入るだろう。
「こんな天候の変化は珍しいな」
 机の上の書類を整頓しながらカノッサが呟く。日々の経緯を記録したものだ。こまめに整頓をしているので彼女の机はいつも整っている。
対照的なのがフレイズの机、アルドは二人の中間と言ったところか。カノッサが見かねて整頓するように彼を注意した後は一応綺麗にはなるのだが、一週間と持たない。
「俺も驚きましたよ。どっかの家の加湿器でも壊れたんじゃないですかね?」
 もちろん、フレイズも本気で言っているはずはない。何気ない冗談のつもりなのだ。
ここで話を振られたのがアルドならば。笑いながらやんわりと否定していたか、あるいはそれはすごい加湿器ですねと話を合わせていたかのどちらかだ。
それが無難な受け応えのように思える。ただ、カノッサの場合はなかなかそううまく回らなかったりする。
「……まあ、住民ならば霧には慣れているだろうし、こんな時間帯に外出する人も少ないだろう。とは言え、視界が悪いのは確かだろうからそこには気を配るようにな、フレイズ」
 次の巡回はフレイズの番だ。何事もなかったかのように淡々と事務的な口調で言ってのけるカノッサ。顔色一つ変えていないところがまた彼女らしい。
「了解です。それじゃ、行ってきますね……」
 フレイズは立ち上がりコートを羽織ると、机の上に置いてあった巡回に必要な道具を一通り身に付けた。無線と拳銃に加えて夜間は懐中電灯も追加される。
詰め所を出てすぐの通りのように街灯がしっかりと設置されている場所はともかく、光源がないと足もとが見えなくて危ないような細い路地もあるのだ。
「行くぞ、クーロ」
 ストーブの前の椅子でうとうとしていたクーロの首筋を指先でとんとんと叩くフレイズ。
クーロははっと目を覚ますと、どこか覚束ない様子で彼の肩にとまった。きっと外の冷気で眠気は一気に吹き飛ぶはずだ。
せっかくの冗談もカノッサに反応してもらえなかったためか、外に出ていくフレイズの背中はどこか寂しげだった。
生真面目な彼女が冗談を嫌うのを知っておきながら、今日のように何度も振ってみせる彼はなかなかのチャレンジャーと言えるだろう。

「ディン、おいで」
 アルドの呼び声に、ディンはささっと彼の前まで来てお座りの姿勢になる。
早く早く、と催促を促す眼差しを受け止めながら、アルドはポケットからハンカチを取り出すと、ディンの体を軽く拭いてやる。
さっき彼が詰め所の中に素早く入ろうとしていたのは寒かったからではなく、湿気の多い外にいるのが嫌だったからなのだ。
ディンの全身はふさふさした柔らかい体毛で覆われている。暖かくて手触りも良いのだが、空気に触れる面積が多い分水気も吸い取りやすいというわけだ。
アルドが一通り体を拭き終えると、ディンは彼の元を離れて再び部屋の隅まで行くと蹲った。彼のいつものポジション、お気に入りの場所だ。
「寒さに強いディンも、濃い霧にはお手上げというわけか」
「そのようです」
 微笑しながらアルドは答える。やはり炎タイプ。多少の冷気ならばびくともしないが、僅かな量でも水気は大の苦手なのだ。
霧の濃い日は戻ってきた後にディンの体を拭くハンカチも、アルドにとっては必須の道具だ。
別に湿気を拭きとらなくても、ディンの健康上に問題はないのだが。放っておくと渋い顔をしたままじっと見つめてくる彼の視線に耐えきれなかったのだ。
「……ふう」
 ストーブの前に腰を下ろすと、息をつくアルド。一仕事終えて再びここで落ち着いて暖を取ろう、というこの瞬間が一番ほっとするのだ。
冷えた手を温めながらアルドはちらりと外を見やる。室内との温度差でうっすらと曇った扉のガラスを通しても、外に漂っている霧を確認できた。
まるで空の雲が地面まで降りてきて、ゆっくりと地を這っているかのよう。それほどまでに、今夜の霧は濃いものだった。
「所長、今夜くらい霧が濃い日、これまでにもありました?」
「あまり記憶にないな。だが、朝や昼間ではないから、そこまで人々に影響はないと思うが……」
 カノッサは扉の前まで行き、ガラスを軽く指でこすった。曇ったガラスに彼女の指の跡が残る。その隙間から見える外の景色はただただ白い。
確かにこれが朝や昼ならば、少なからず人々の生活に支障をきたしていただろう。霧が原因で起こる事故などの可能性も否定できない。
霧が濃くなってきたのが夜間にかけてだったのは、街の平穏を守るアルド達からしても幸いと言えることだ。
「ん、ディン……どうした?」
 蹲っていたディンがふと立ち上がり、扉の前まで行くと腰を下ろす。そして、一声鳴いた。アルドの呼びかけに相槌を打つ時のような声ではない。
どことなく寂しげで、不安を煽るような声。基本的に静かな夜の街だ。だからこそ余計に、不気味とも思えるほど彼の声は良く響いた。
一度部屋の隅に落ち着いたら滅多に自分からは動こうとしないディンが動き、しかも声を上げたのだ。何かを伝えたいのかもしれない。
「何か言いたそうな感じだが……分かるか?」
「いくらトレーナーの僕でも、さすがに言葉までは」
 ある程度ならば、ディンが何を思っているのか理解できるつもりだ。ただ、今回のようなケースは初めてで鳴き声だけで判断するのは難しい。
アルドがディンの顔を良く見ようと椅子から立ち上がったのと、外から悲鳴と思われる声が聞こえてきたのがほぼ同時だった。
ディンの鳴き声ですら、耳に残るほど響く静けさだ。静寂を切り裂く声がどこから聞こえてきたのか、判断することも容易だった。
あれは間違いなく広場の方角だ。広場は街の中心部に位置する開けた場所で、夜間とはいえ多少の人通りはある。
きっとそこで何かが起こったのだ。悲鳴を誘発させるような何かが。アルドとカノッサの間に緊張が走る。
「所長、所長! 聞こえますか?」
 ぷつんという無線機のスイッチが入った音。それとともに興奮気味なフレイズの声が飛び込んできた。
片方が電源を入れていなくても、もう片方から通信があれば自動的に声を拾えるようになっている。良いとは言えない音質だが、何を言っているのか聞きとるには十分だ。
「どうした、何があった?」
 机の上に置いてあった無線を手に取ると、カノッサはフレイズに返答を求める。普段は落ち着いて勤務をこなすフレイズの慌てた声。一体何があったというのだろうか。
「大変です所長……広場にどう見ても尋常じゃない雰囲気のやばい奴がいきなり! 俺一人の手に負えそうにありません、来てくれると助かります!」
 まだフレイズの気が動転しているらしく、具体性に欠けている。これでは何が起こったのか不明瞭だ。
とはいえ、広場で何かが起こったのは事実だろうし、フレイズのちゃんとした説明を待っていて現場に到着するのが遅れるのもあまり良い事態とは言えない。
彼の言うように緊急事態ならば、まずは現場に駆けつけ広場で何があったのかを確認しておくのが賢明だろう。
こうして無線で応援を求めてきたということは、一人ではどうしようもないとフレイズが判断したのだから。
「すぐに向かおう。怪我人はいるのか?」
「いえ、そいつが来たときにみんな逃げましたから大丈夫です!」
 冷静さを失ってはいても、住民の無事を確認している辺りはさすがだ。カノッサは小さく頷く。
「分かった。すぐに向かおう」
「お願いします!」
 フレイズの声を最後に、無線機は切れた。カノッサは手早くコートを羽織ると、無線機をポケットに入れる。
懐中電灯を手に取り、外に向かう準備を整えると扉に手をかける。扉の前ではまだディンが不安げに、外とカノッサの顔を交互に見つめていた。
「アルドは待機していてくれ。緊急事態とはいえ、ここを無人にするのは好ましくない。もし何かあれば、無線で連絡する」
「……了解です。お気をつけて、所長」
 カノッサは頷くと、さっと踵を返し広場へ向かって走って行った。外に出て彼女の背中を見送っていたアルドだが、相変わらずの深い霧で見えなくなるのはあっという間だった。
フレイズの言っていた緊急事態が何なのか、やばい奴とは何なのか少し興味があったが、ここは無理に同行を申し出る場面ではないだろう。
もし誰かがここに訪れた時に、詰め所が空っぽでは困る。夜とはいえ、誰かがここに来る可能性はあるのだから。
まだどことなく落ち着かずそわそわしているディンの頭をそっと撫でながら、アルドは部屋の中に戻り扉を閉めたのであった。

―5―

 カノッサが広場に向かってから数分。留守を任されたアルドは、ストーブの前に腰を落ち着けていた。
本来ならばありがたいはずの温もりも、全くと言っていいほど伝わってこない。
ストーブから送られてくる暖気がすべて自分には当たらずに、横を素通りしてしまっているかのよう。
先輩二人が事件に立ち向かっている中、自分だけこうして温かい部屋に。今頃二人はどうしているのだろう。大丈夫だろうか。
確かに、留守を預かるのも重要な役割ではある。だが、何もしないでいるこの空白の時間がアルドにはもどかしくて堪らなかった。
正直、自分も現場に駆け付けたい気持ちはあったが、さすがにカノッサ直々の指示に逆らってまで行こうという気にはなれなかったのだ。
「……気になるのかい?」
 カノッサが出て行った後も、ディンは入口の扉の前で座ったまま動こうとはしなかった。
アルドに声を掛けられ一瞬彼の方に瞳を向けたが、すぐにまた視線を戻す。ディンの目線は扉のガラスの部分に届いていない。
外の様子など全く見えていないはず。それでも、ディンはただじっと身動きせずにいる。まるで、カノッサとフレイズの無事を祈っているようにも見えた。
「大丈夫さ。二人とも頼れる僕の先輩だ。きっと何とか……」
 アルドが言いかけた時、机の上に置いてあった無線機のスイッチの入る音が響く。広場の事件で、何か進展があったらしい。
「あー、アルド……聞こえるか?」
「所長、どうしました?」
 予想していたよりも何だかやけに間延びしたカノッサの声だ。緊急事態を前にしている割には張りつめたような雰囲気がない。
物事に動じない長年の経験がなせる落ち着きぶりか、とも思ったがやはりそれを考えてもやはり妙な感じだ。
どちらかと言えば、何かに呆れているという表現の方が近いかもしれない。
「どうやら……私とフレイズだけでは収拾がつきそうにない。アルドも来てくれ」
「分かりました。そんなにまずい状況なんでしょうか?」
「いや、切羽詰まったような状況ではないんだ。無線では上手く説明しきれないが……とにかく広場に来てくれれば分かるだろう」
 何が起こっているのかいまいち掴めないが、怪我人が出て一刻を争うような事態ではないようだ。
腑に落ちないものが残ったものの、無線を通じて聞こえてくるカノッサの声は確かにいつもと様子が違う。
普段は付け入る隙がないような、はっきりとした口調で語る彼女。だが、今の声は何となく切れがなく覇気が感じられなかった。
無線を通しての会話で表情も見えないが、所長のカノッサが困惑してしまうような何らかの大きな出来事が起こったことを予測するには十分だ。
「了解です。詰め所はどうしましょうか?」
「留守の間の責任は私が受け持とう。出るときは鍵を忘れずにな」
「はい、すぐに向かいます」
「頼んだぞ」
 無線が切れたのを確認すると、アルドは外へ出る準備をする。見周りの時に必要な道具はもちろんだが、ストーブのスイッチや消灯も確認しなければならない。
最後に部屋を出る人の忘れてはいけない役目だ。一通りチェックし終えると、アルドは鍵を手に扉の前へ。
今から現場へ行くということが雰囲気で伝わったのだろう。ディンはアルドの顔を見ると、一声鳴いた。
先ほどのような不安を煽るようなものではなく、意気込みの入った元気な声。彼もやる気は十分だ。アルドは黙って頷く。
「行こう、ディン」
 電気のスイッチを切ってから、アルドは扉を開きディンと一緒に外に出る。真っ暗になった詰め所にしっかりと鍵をかけると、足早に広場へと向かっていった。

 広場が近づいてくると、霧の先にうっすらと人影が見え始める。だが、どうやら現場にいるのはカノッサとフレイズだけではないらしい。
何人かの住民と思しき人だかりができている。二人が避難させた人たち、なのだろうか。だが、その割にはやけにざわついた感じだ。
怪我人はいないと聞いていたものの、あまり良くない状況を想像していたアルドは肩透かしを食らった気分になる。
まあとりあえずは、住民に傷ついたり疲弊したりといった心配はなさそうで何よりだった。
「お、来たか」
 聞き覚えのある声に振り返ると、よく見知った顔がそこに。フレイズだった。肩に留まったクーロも何やら落ち着かない様子ではあったが、無事なようだ。
「あ……先輩。何があったんです?」
「直接現場を見た方が早いな。こっちだ」
 そう言ってフレイズは歩き始める。アルドとディンもそれに続く。ここはもう少しで広場に通じる道路で、広場がどうなっているのかぎりぎり見えない位置になる。
ぽつぽつとまばらな人だかりを避けつつ、アルドはフレイズの後を追いかけた。後から駆け付けたアルドに丁寧に挨拶をしてくれる住民に、笑顔で返事をしながら。

 円形をした広場の外枠を囲うように街灯が等間隔で配置されているため、夜とはいえ広場は結構な明るさがある。
懐中電灯がなくとも、お互いの表情が分かるくらいに。ただ、今夜は明らかに異彩を放つ明かりが中央に佇んでいたのだ。 
最初は、広場の中央にある噴水の前で火事が起こっているのかと思った。霧を通しても分かる、揺らめく赤と橙色は燃え盛る炎そのもの。
だが、目を凝らしてみるとそれが鳥のような姿をしていることが見て取れる。
霧のせいで輪郭がぼやけてはっきりとは見えなかったが、どんな姿をしているかぐらいは判別できた。胴体と思われる部分からは炎を纏った翼のようなものがある。
そこから伸びた細長い首の先に、尖った嘴を宿した顔の部分も確認できる。その頭の上でも真っ赤な炎がちろちろと揺れ続けていた。
「あれは……いったい」
 噴水からはかなりの距離があるというのに、そこから伝わってくる異様な雰囲気に圧倒され、アルドはそれ以上言葉を続けられなかった。
フレイズの言っていたどう見ても尋常じゃないやばい奴、というのもあながち間違いではない。確かにこれは無線を通したカノッサの声の調子が違ったのも納得がいく。
「俺がこの広場を見回ってた時だ。あいつがいきなり空から降りてきて、噴水の前に留まったんだ」
「あれは、ポケモン……なんでしょうか?」
「さあ。たぶんそうだとは思うが、あんなポケモンは見たことがないな」
 空を飛ぶことができる翼もある。となると飛行タイプは入ってそうだ。そしてその体を纏う目映い炎から、炎タイプであることも想像に容易い。
だが、それ以上は何も分からない。あのポケモンがどんな能力を持っているのか、何が目的でここに降りてきたのか、何一つ。
「見るからに得体の知れないポケモンだ。こちらに向かってくる様子はなさそうだが、近づけば攻撃される可能性がないとも言えん。対抗できるようなポケモンが手持ちにいればいいが……荷が重そうだな」
 カノッサはちらりとクーロ、そしてディンの方に視線を送る。クーロは目があった途端、ぶんぶんと激しく首を横に振った。
その必死な表情からは無茶言わないでよ、という彼女の切実な想いがしひしと伝わってくる。
もちろんカノッサも、本気であのポケモンの相手をしろと言っているわけではないだろう。
一方、ディンはあのポケモンが気になるのか、ずっと噴水の方を見たままだ。どちらにしても、自分たちのポケモンで立ち向かおうなどとは考えない方が良い。
基本的にこの街でポケモンを持つ理由と言えば愛玩用だ。アルドもフレイズも、その目的でディンとクーロを連れている。バトルの経験は皆無に等しい。
アルドの知る限りではあのポケモンに対抗できるであろう、腕が立ちそうなトレーナーはこの街にはいなかった。トレーナーとして強さを求める者は、皆外へと旅立ってしまうのだから。
「で、どうしたものかと考えあぐねてるってわけだ」
 フレイズはやれやれと言った感じで肩をすくめる。確かに広場がこの様子では彼一人で手に負える状況ではない。
かといって二人でも、ましてや三人でもどうにかできるような問題ではなさそうな気がする。相手が人間ならともかく、言葉の通じないポケモンだ。
離れたところから意思疎通を図る、というのも難しい。とはいえ、このまま放っておいたのでは住民が安心して寝付けないだろう。
中には野次馬根性で顔を出している者もいそうだったが、大半の人々の表情には不安が入り混じっている。
アルドもこの街を守る警備隊の一員だ。何とかしたい気持ちはもちろんある。だが、今回の件は先輩二人でも手に余しているくらいだ。
何か画期的な案でも告げられればよいものだが、今のところはこれと言ってよい方法は思い浮かびそうになかった。
「ん……ディン?」
 ふと見ると、ディンがアルドの足元を離れ広場の中央に向かって数歩、足を踏み出していた。同じ炎ポケモンだから、やっぱり何か気になるところがあるのか。
とは言えいくらなんでも近づくのは危ないから、とアルドが引き留めようとしたその時だった。ディンがだっと地面を蹴りあのポケモンの元へ走り出したのだ。
「なっ……よせ、ディン!」
 アルドが止めるのも聞かず、ディンはあっという間に噴水のところまでたどり着く。
一緒に巡回しているときに走る機会は少ないが、本気を出せば人間よりずっと早いのだ。走って追いかけたとしても追いつけなかっただろう。
ディンが近寄って来たのに気付いた炎ポケモンが、ゆっくりと頭をもたげ彼に顔を近づけていく。あのままではディンが危ない。
「やめとけって!」
 思わず駆け出そうとしていたところを、アルドはフレイズに肩を掴まれる。冷静に考えれば、これ以上あのポケモンを刺激するのは良くない。
突然自分の元に見慣れないポケモンが近づいてきたのだ。そこにアルドまで加わってしまえば、身の危険を感じて攻撃してくる可能性だってある。
フレイズの判断は正しい。それは分かっていた。分かってはいたが。炎ポケモンに近づいていったディンの姿は、霧で霞んでうっすらとしか見えない。
もしここで彼を追いかけるのを躊躇ったら。もう二度とディンの姿が見えなくなってしまいそうで、二度と会えなくなってしまいそうで。
今までに感じたことのないような不安、そして恐怖がアルドの頭を過ぎる。だめだ。じっとしてなんかいられない。すみません先輩。
「アルド!」
 ディンにもしものことがあったら。そう思うといてもたってもいられなかった。アルドはフレイズの制止を振り切り、炎ポケモンの元へ駆け出していたのだ。

―6―

 思い切って飛び出したのは良いが、中央に近づいて炎ポケモンの姿が大きくなってくるにつれ、だんだんとアルドの足は重くなってきた。
ざわついていた人々も彼の動向を見守っているのか、しんと静まり返る。背後でフレイズとカノッサが何かを言い合っていた声も、もう聞こえなくなった。
距離が縮まった分だけ、炎ポケモンの様子がより鮮明に。揺らめく炎を宿した翼や頭、そして尖った嘴。遠くから見るよりもずっと迫力がある。
脚をたたんで地面に腰を下ろしているようだから、立ち上がればさらに圧倒されてしまいそうだ。
アルドが今まで見た中で一番大きな鳥ポケモンとして記憶に残っているのはピジョットだ。だが、目の前にいる炎ポケモンはその一回りはゆうに越えている。
そんな炎ポケモンの前にぽつんと静かに佇んでいるディン、そして自分も。とてもちっぽけな存在に感じられて仕方がない。
ディンまであと五メートルくらいの地点で、アルドの足は前に進まなくなってしまった。外の冷たい気温に反して、背中を嫌な汗が伝っていく。
もちろんディンは気がかりだ。すぐにでも駆け付けたい気持ちはあったが。やはり見たことのないポケモンに対する警戒や畏怖が彼の足を踏みとどまらせていたのだ。
しかし、よくよく見てみると。炎ポケモンは嘴をディンに近づけてはいたが、攻撃態勢を取っているようには見えなかった。
時折頷くように頭を上下させている。もしかすると、これはお互いに何かの意思疎通を図っているのだろうか。
当のディンは嬉しげに尻尾まで振っている。どうやら彼はこのポケモンを危険な存在だとは認識していないようだった。
「ディン!」
 このまま立ち止まっていたのでは埒が明かない。緊迫状態と言うわけでもなさそうだったし、アルドは思い切って彼の名を呼んでみる。
ディン、そして炎ポケモンの視線が自分の方に向けられる。思わず足が竦んでしまいそうになったが、アルドはゆっくりと炎ポケモンの元へ足を踏み出していく。
アルドが近くまで来たことを察したのか、ディンはポケモンの元を離れ彼の足もとに寄ってきた。まるで、何事もなかったかのようにしれっとしている。
自分がトレーナーに心配をかけていたなんて微塵も思っていなさそうな彼の態度に少し苛立ちを覚えもしたが、とにかく無事で何よりだ。
アルドはしゃがみ込み、そっとディンの背中を抱きしめた。毛皮の手触りと、ぬくもりがすぐ傍に。よかった、ちゃんとディンはここにいる。
「あんまり、心配させないでくれ……」
 いつもはこうして体を密着させると、暑苦しいのか嫌がってディンは抜け出そうとする。
だが、今は黙ったままアルドの抱擁を受け入れていた。ぎゅっと抱きしめてくる彼の横顔を怪訝そうに見つめている。
ディンも今回ばかりはアルドに悪いことをしたという自覚があったのかもしれない。そのお詫びのつもりなのか、彼の頬をぺろりと舐めたのだ。
「貴方は……このポケモンのトレーナーですか?」
 ふと、声が響く。なんだか不思議な声だった。耳から入ってくるのではなく、頭の中に直接飛び込んでくるような。
きょろきょろと辺りを見回してみても、近くには誰も見当たらない。自分と、ディンと、そしてこの炎ポケモンの姿だけ。
まさか、と思いつつもディンは立ち上がり、炎ポケモンと視線を合わせる。いざ直視するとなると、その存在感に圧倒されてしまうのではと不安もあったのだが。
思っていたよりも、そういった恐れのような感情は湧き上がってこない。
まっすぐこちらを見据える炎ポケモンの眼も、どこか見るものをほっとさせるような優しげな眼差しだった。
「今の声は……君が?」
「ええ、そうですよ」
「……!」
 もし自分の勘違いだったらちょっと恥ずかしい。躊躇いがちに訪ねたアルドの声に、はっきりとした返事が返ってきた。
間違いない。このポケモンは人間と言葉を交わすことができる。ただ、嘴を動かして喋っているわけではなかった。
話には聞いたことがある。高い知能を持ったポケモンの中にはテレパシーで人間と意志の疎通ができるものがいると。
今のが実際にそうなのかどうかは分からなかったが、ただならぬ雰囲気を纏わせたこのポケモンならばそういった類のことができてもおかしくなさそうな気はした。
「驚かせてしまってごめんなさい。ですが、わたしはこの街の人々に危害を加えたりするつもりはないのです」
「それなら……ありがたいな」
 アルドも完全に信じたわけではなかったが、翼を畳んで静かに噴水の前に落ち着いているこのポケモンが突然襲い掛かってくるようには思えなかったのだ。
まだ少し警戒心や緊張感は残ってはいる。それでも、最初よりはずっと自然な感じでこのポケモンとやり取りができそうな感じがした。
さっきのはほとんど無意識のうちに口から出た言葉だったにせよ、声が震えたり裏返ったりと、そういった心配はしなくてよさそうだ。
「わたしは自分の住処に戻る途中でした。ですが、この街の上空に差し掛かったところ、突然酷い霧に襲われて……飛ぶことができなくなってしまったのです」
 そう言って炎ポケモンは天を仰ぐ。アルドもそれにつられて空を見上げた。発達した都会とは違い明かりの少ないこの街だ。
晴れた日にはこの広場からも輝く星を見ることができるのだが。生憎今日は視界を遮る濃い霧に阻まれてしまっていた。
アルドが詰め所に戻った時よりは幾分か薄くなっているように思えたが、依然として周辺にはもやもやとした霧が広がっている。
「やむなく高度を下げて行ったところに、偶然この広場を見つけました。一休みするには十分な広さだったので、こうして舞い降りたというわけなのです」
「なるほど。そんな事情が」
 霧が深ければ深いほど周囲の状況を把握することは困難になってくる。空を飛ぶとなると、ある程度の視界が確保できなければ危険を伴ってしまうだろう。
野生のポケモンがわけもなく人間の住む街に足を踏み入れてくることは少ない。基本的に彼らの中で人間のいるところは危ないという認識がある。
それを踏まえたうえで、人間の元に姿を現したポケモンには何かやむ負えない経緯がある場合が多い。今回のこともまずはそれを疑ってかかるべきだった。
炎ポケモンの放つ異質な雰囲気と、ディンの予想外の行動も重なってしまい、アルドは冷静な判断が下せなくなっていたのだ。
「そこで、貴方にお願いがあります。どうかこの霧が晴れるまで、わたしをここで休ませてはいただけないでしょうか?」
「うーん。すまないけど、さすがにそこまでは僕の判断だけじゃ決められないよ」
 この街にいるのがアルドだけだったならば。迷うことなくこのポケモンの頼みを受け入れていたことだろう。
初見での迫力にはしり込みしてしまうかも知れないが、このポケモンは危険な存在ではない。ディンの様子や実際の会話を通して、アルドはそう判断したのだ。
しかし、この街には他の住民たちもいる。警備隊の一員として、彼らの不安を無視して勝手にことを進めるわけにはいかなかった。
「そう……ですか」
 炎ポケモンは残念そうに項垂れる。もしかしたら、とアルドに期待していたのか。頭の上や翼でちろちろと揺らめいている炎も、若干勢いを失ったように思えた。
体に纏った炎の勢いは、このポケモンの感情に左右されるのか。となると、嬉しかったり喜んだりすれば大きく燃え上がったりするのだろうか。
少し興味がわいたアルドだったが、今はそんなことに関心を傾けている場合ではない。
「少し、時間をもらえないかな。君のことについて他の皆と相談がしたいんだ」
「……分かりました。わたしはここで待っていますので、どうかよろしくお願いします」
 深々と頭を下げる炎ポケモン。その体に纏った風格とは裏腹に、随分と丁寧で腰が低い。他者の領域に勝手に足を踏み入れている、という自覚があるからなのか。
やはり悪いポケモンではない。ここは何とかして頼みを聞いてやりたいところだが。
先輩や所長はどこまで自分の話を信じてくれるだろうか。とにかく、彼らに事情を説明しなければ始まらない。
一旦戻ろう。きっと心配をかけてしまっただろうから、ちゃんと謝っておかなければ。これでは自分もディンと大して変わらないな。
「ディン、行くぞ」
 まだ少し、炎ポケモンが気になるらしく何度かちらちらと振り返っていたディンだが、アルドの声を聞くと慌てて駆け寄り、彼の後に続いたのだ。

―7―

 噴水の前から離れるにつれて、霧でぼんやりしていた人々の影が次第に露わになってくる。
もう振り返っても炎ポケモンの姿をはっきりと見ることはできないだろう。今のところ、霧が晴れるような気配は感じられない。
アルドの姿を確認した住民は驚いたように顔を見合わせたが、やがてほっとしたような表情になり、再び広場にざわめきが戻る。
毎日街を見回っているアルドだ。面識があり、それなりに交流のある顔ぶれも何人かこの広場に訪れていた。
ある程度は自分が見知った人物が、突然目の前で見たこともない大きなポケモンの元へ近づいていったならば。
身を呈して助けに入るまではいかなくとも、少なからず大丈夫なのかどうか不安な気持ちになるだろう。
霧で噴水の前の状況が判別し辛いのだから尚更だ。カノッサやフレイズだけでなく、彼らにも心配を掛けてしまったのかもしれない。
「アルド!」
 姿を見るなり、慌てて駆け寄ってくるフレイズ。彼がいきなり走り出したせいか、肩に乗っていたクーロは引き離されてしまったらしい。
フレイズの後からぱたぱたと飛んできて、肩の上に留まった。一緒に急ぐ時は肩に留まったままより、飛んで移動した方が安定するのだ。
何だか今にも泣き出してしまいそうな顔をしていたクーロだが、アルドとディンの姿を交互に確認すると、ほっとしたらしく落ち付いた表情に戻った。
クーロも自分のことを心配していたのだろうか。人間だけでなくポケモンにまで不安を抱かせていたのかと思うと、何だか申し訳なくなってくる。
「ディンも……。無事だったのか」
「はい、僕もディンも大丈夫です。さっきは、すみませんでした。ディンのことが心配で……」
「軽はずみな行動は感心しないな」
 ぴしゃりとアルドの声を叩き切るような鋭い声。いつの間に近づいてきたのか、フレイズの後ろからカノッサがすっと彼の元へ歩み寄る。
驚いているわけでもなく、安堵しているわけでもない。この上ない無表情なままカノッサは、アルドの顔をまっすぐに見据えた。
カノッサが感情を乱すことは少なかった。ぱっと見ただけでは普段と見分けがつかないかもしれない。だが、アルドは自分に向けられる視線に、冷やかなものを感じたのだ。
「手持ちのポケモンが気がかりだったアルドの気持ちは分からないでもない。だが、あのポケモンに近づこうとする前に、もう少し冷静に考え直すべきではなかったか?」
「……それは」
 何か言おうとして、アルドは黙りこむ。返す言葉が見つからない。反射的に走りだそうとした時、一度はフレイズが止めてくれたのだ。
それでもアルドはディンの身を案じるあまり、止めるのを振り切ってまで進んでしまった。冷静な判断ができていたとは言えるはずもない。
「君の行動に触発されてあのポケモンが攻撃を仕掛けてきたらどうするつもりだった? きっと私たちの手には負えない。住民を、この街を、危険に曝していただろう」
 あの時はディンのことで頭がいっぱいで、そんなことを考えもしなかった。だが、気が動転していたからという理由では何の情状酌量にもならない。
住民に危害が及ぶ可能性がゼロではなかったのだから、どれだけ慎重に動いても行きすぎということはないだろう。
非常時には常に最悪の事態を想定して行動するつもりでいろ、とは昔自分が彼女から教わったことだ。
「確かに君にとってディンは大事なパートナーだろう。だが、君はトレーナーである前に警備隊の一員なのだ。……自覚を持ってくれ」
 自分のポケモンのことが心配だったから危険を顧みずに駆け寄った。トレーナーとしては間違ってはいなかったかもしれない。
だが、住民の安全を守るべき警備隊としてはとても褒められたものではなかった。あの場合はディンよりも先に、住民の安全を考えるべきだったのだ。
住民か、ディンか。今回、咄嗟の判断で天秤がディンの方に傾いてしまったアルドにしてみればなかなか難しいところではある。
ただ、ディンを気に掛けつつ、街の人々の安全を優先できるような方法が何かないか、考えてみるだけでも少しは違ったのではなかろうか。
何にしても、さっきの自分の行動は配慮に欠けた軽率ものだったことは間違いない。
「すみません、所長……。もっと、落ち着いて行動すべきでした」
 唇を噛みしめ、アルドは頭を下げる。この仕事について間もない頃は、至らない点も多くたびたびカノッサから指摘を受けたこともあった。
だが、警備に慣れ、最近はこれと言って問題も起こらなかったため、彼女の叱咤から遠ざかっていた。だからこそ余計に、今のカノッサの言葉はアルドの心に響いたのだ。
「……常に冷静さを失わないようにな」
「はい」
 アルドが頷いたのを見ると、カノッサの表情は穏やかなものになる。間違い探しをしているわけではないが、僅かに目つきが優しくなっているのが分かった。
感情の起伏がなだらかな彼女。会ってすぐのうちは、なぜ所長はいつも無表情なのだろうと疑問を抱いたくらいに。
この微妙な変化に気づけるようになったのも、毎日顔を合わせ続けてきたからこそ。
カノッサが終わったことをいつまでもねちねちと言い続けるような人物でないことは、アルドもよく知っている。
「さて、話は変わるが。アルド、あのポケモンのことが何か分かったのか?」
「俺もそれが聞きたかったところだ。お前がこっちに戻ってきたのも何か理由があるからだろ?」
 カノッサの問いかけに続いて、久しぶりに口を開いたフレイズ。言葉を連ねていたカノッサの後ろで、何度か彼女に声を掛けようとしていたようだが。
ここは口を挟むべきではないと判断したのだろう。もし、カノッサを宥めようとしてくれていたのなら、その気持ちだけありがたく受け取っておくことにする。
「はい、あのポケモンが降りてきたのは事情があるようで……」
 気を取り直し、アルドは噴水前でのやり取りをカノッサとフレイズに伝えていく。炎ポケモンがテレパシーで人間と言葉を交わせること。
この街や住民に危害を加えるつもりはないということ。霧のせいで飛ぶことができなくなったので、晴れるまでここで休ませて欲しいということ。
テレパシーで話が通じる、という話に最初は信じられないとでも言いそうな顔をしていた二人。
だが、アルドの詳しい会話の内容を聞くうちに腑に落ちない物を抱えつつも納得してくれたようだ。
やはり彼らも、ただならぬオーラを放っているあのポケモンなら、そういったことが出来ても不思議ではないという意識がどこかにあったのかもしれない。
「正直、眉唾な話だが……確かにさっき噴水の前から声みたいなのが聞こえてたしな。ずっとアルドが独りごと言ってたわけじゃないだろうし」
 ここから噴水までは結構な距離がある。炎ポケモンとは大きな声でやり取りをしていたわけでもないため、会話の内容を聞き取るのは無理だろう。
そもそも、テレパシーなのだから普通の会話とは勝手が違っていてもおかしくはない。
もしかすると、あの声は炎ポケモンが伝えたいと言う意識を送った相手にしか聞こえていない可能性もある。
「私も鵜呑みにするつもりはない。しかし、アルドの言う通りなら、あのポケモンの行動に納得がいく」
 霧の中、飛ぶのが危険だと判断したため降りてきた。不自然なことではない。これがポッポやムックルだったならば、何の騒ぎにもならなかったはずだ。
「僕としては、休ませてあげるくらいなら構わないと思ってますが……そういうわけにもいきませんか」
 アルドは広場に集まった住民の方へ視線を向けてみる。警備隊の方々がそう言うなら、と頷いてくれそうな人も何人かはいた。
だが、半分以上の人々は不安げに顔を見合わせたり、訝しげな顔をして黙ったまま。賛成してくれそうな雰囲気と取るには無理がある。
確かに、伝聞だけですべてを信じてもらうのも難しい話だ。アルドやディンに危害を加えなかったとは言え、炎ポケモンが絶対に安全だという保証はどこにもない。
とは言え、ずっとあのポケモンのことを疑っていたのでは前に進めないような気がする。
信じられないから、という理由であのポケモンを追い出すような強制力は誰も持っていなかったのだから。
「私達の判断だけで決められるものでもなさそうだな」
「ですね。どうしたもんか……」
 警備隊三人がどうかお願いします、と頭を下げればあのポケモンを休ませることにしぶしぶ賛成してくれそうな気配は無きにしも非ずだったのだが。
彼らが不安がっている所に無理を押し通すのも何だか気が引ける。出来ることなら皆に納得してもらえる方法を探したい。カノッサもフレイズも、きっとアルドと同じ気持ちのはずだ。
「……少し、待っていてくれ。市長を呼んでくる。この街の最高責任者は彼だ。判断を仰ぎたい」
「市長さんを、ですか」
 警備隊のまとめ役であるカノッサ。彼女自身もこの街ではかなりの地位なのだが。それよりもさらに上の権力者が市長だった。
確かにカノッサの言うとおり、この街で最も重要な役職についているのは彼で間違いはない。
しかし、市長という言葉が出て来たとき、住民の間に微妙な空気が流れたのは気のせいではなさそうだった。フレイズも何ともいえない表情で、アルドと顔を見合わせている。
「夜分遅くに申し訳ないが、私が直接頼みこめば彼も来ないわけにはいかないだろう」
「所長……さすがですよ」
 自信ありげに微笑むカノッサに、フレイズは褒めているのか呆れているのかどちらともとれそうな苦笑いで応じる。
市長自身も街のことを警備隊にほとんど任せっぱなしにしているという負い目はあるようなのだ。
アルドやフレイズはともかく、特に責任者であるカノッサには頭が上がらないと言う噂もちらほらと聞く。
不敵な彼女の様子を見ると、その噂もあながち間違いではないのかもしれない。警備隊の所長、という権力を振りかざしている気がしないでもなかった。
だが、自分たちが毎日警備に身を費やしていることを考えると、これくらいならばばちは当たらないか。
「では、行ってくる」
「お気をつけて、所長」
「うむ。ああ……アルド」
 市長の元へ向かおうと踏み出した足を止め、ふとカノッサは忘れていたことを思い出したかのようにアルドの名を呼ぶ。
「君も、ディンも。無事で良かった」
 何でしょうかとアルドが訪ねようとするのと、カノッサが言葉を続けたのがほとんど同時だった。
背を向けたままで彼女の表情は見えない。けれども、とても穏やかな声だったような気がする。
突然の切り出しにアルドが面食らっている間に、カノッサの背中は霧の向こうへと消えてしまった。きっと最初から返事を待つつもりはなかったのだろう。
「所長さ、あれで結構お前のこと、心配してたんだぜ?」
「先輩……」
 さっきカノッサから咎められたのは、てっきり自分が周囲の状況を顧みずに突き進んでしまったからだとばかり思っていたのだが。
あの叱りの中にはアルドが彼女に心配を掛けてしまった分もちゃんと含まれていたらしい。
しかし、所長という立場上、それを表に出すわけにもいかなかった。厳しい言葉の裏側にはしっかりと優しさが含まれていたのだ。
「もちろん俺もな。お前らしからぬ行動だったが、あんまり無茶はするなよ?」
「はい……」
 良い上司二人に恵まれて、自分は幸せ者だなと痛感しつつ。立ちこめる霧を吹き飛ばしそうな清々しい笑顔で、アルドは答えたのだ。

―8―

 カノッサが市長を呼びに行ってどれくらい経っただろうか。残されたアルドやフレイズにはこれと言ってできることもなく手持無沙汰だった。
ディンも状況に動きがなくて退屈したのか、アルドの足元に伏せって大きな欠伸をしていた。
クーロの方はフレイズの肩の上で時折こっくりこっくりと船を漕いでいる。はっと目を覚ましては、再びうとうとし始める繰り返し。
元々は夜行性のポケモンだが、警備隊の仕事が朝早いので、フレイズに合わせるうちに自然と彼女も朝型になっていったようだ。
夜も遅くなってきたためか、集まった住民の中には自分の家に戻っていく者も出始める。彼らの中では炎ポケモンは大して危険な存在でないと判断されたのだろう。
それでもまだ、十人程度の人々はカノッサが市長を連れてくるのを待っている。やはりあのポケモンに対する不安が拭いきれないのか。
「ねえ。市長さんってさ、なんて名前だったっけ」
「えーと、何だったっけ。確か、ウォ……いけない、度忘れしちゃったわ」
 噂好きそうな二人の中年女性のやりとりだ。声のボリュームも大きめ。少し離れた所にいたアルドにも会話の内容が伝わってくる。
大抵の街の人はカノッサやフレイズ、アルドの顔や名前を覚えていてくれている。一日に何度も、それも毎日街中を見回っていれば自然と記憶に残るもの。
あまり外を出歩かず、住民と顔を合わせることも少ない市長の知名度はこの程度なのかもしれない。
「ウォルターさん、ですね」
「あー、そうそう、そうだったわ。ありがとね」
 まるで奥歯に挟まっていたものが取れたかのように、すっきりした顔つきになる二人。
だが名前が出てきたというのに、それっきり市長についての話題はなく、歳をとると記憶力がどうのこうのと言った他愛のない話に落ち着いてしまっていた。
黙っておくのもなんだったので一応アルドは二人に知らせておいたのだが、この調子だと家に戻った時には忘れられてしまいそうな気がする。
「今の、ウォルターさんが聞いてたら、泣くんじゃないか?」
「……かもしれませんね」
 さすがに泣いたりはしないだろうが、結構落ち込んだりする可能性は十分に考えられる。
警備隊の知名度が高すぎて、本来街の中心となるべき自分の影が薄いことをウォルターが気にしているという話を聞いたことがあった。
アルドも正式に警備隊に入ることになった時に挨拶に行ったくらいで、ウォルターについて詳しくは知らない。
ただ、こういった人々の反応を見ていると、本人が憂いていたとしてもそれほどおかしくはないように感じられたのだ。
「お、来たみたいだな」
 白い霧の向こうから二つの人影が近づいてくる。一つはカノッサ、もう一つはウォルターだ。カノッサよりも一回り年上で、白髪混じりの初老の男性だ。
背筋をぴんとのばし、堂々と住民の間を歩いていくカノッサとは対照的に、ウォルターはどことなくそわそわした様子で彼女の後を付いていく。
やはり、人々の視線や声が気になるのだろうか。評判がどうあれ、市長という立場にある人物なのだ。もう少し堂々としていても問題はなさそうなのだが。
温和な人柄なのだが、何かと腰が低い性分ときた。それが表面に出てしまっているせいか、威厳や貫禄と言ったものとは無縁になってしまっている。
市長と言うよりも近所にいそうな人のいいおじさんというのが、アルドがウォルターと会った時の第一印象だった。
「こちらです、市長」
「なっ……あれは」
 噴水の前に佇む炎ポケモンを見て、唖然とするウォルター。初めて目の当たりにしたとき、はっと息を呑んでしまうくらいの迫力があのポケモンにはある。
「俺がここを見回っていた時、突然あのポケモンが降りてきたんですよ」
「霧が酷くて飛べなくなったのでしばらく休ませてほしい、とのことです」
 カノッサが既に事情は説明している可能性はあったが、念のためにこれまでのいきさつをかいつまんで話しておく。
ウォルターはアルドとフレイズの顔を交互に見つめなるほどと頷いた後、再び炎ポケモンの方を向いた。
顎に手を当てて何かを考えているらしいその瞳には落ち着きが戻っている。
「カノッサ君から話は聞いています。あれは……確かファイヤーと言ったはず。伝説とされているポケモンですね」
「……知っているんですか?」
「ええ。以前書物で読んだことがあります。そのポケモンは燃え盛る炎を纏った鳥のような姿をしている、と。あそこにいるのはファイヤーと見て間違いないでしょう」
 滅多に人々の前に姿を現すことのない伝説のポケモン。今目の前にいるのがそうだとウォルターは言う。
アルドもそういったポケモンが存在することくらいは知っていたが、どれくらいの種類がいるのか、どんな名前なのかは見当もつかない。
そもそも伝説は謎が多いから伝説なのであって、詳細な情報が知れ渡ってしまったらそれはもう伝説ではないような気がする。
「伝説ポケモンについての事例は滅多に報告がないようなので、私も詳しくは知りません。ですが、伝説のポケモンがこうやって人前に出てくるのは非常に珍しいケースですねえ」
 ウォルターは感慨深げに一人で頷く。詳しく知らないと言いつつも、あの炎ポケモンが何なのか自信を持って判断できていたのだ。
少なくとも、この街の中では最も伝説のポケモンに精通した人物であると見て間違いはなさそうだった。
彼が身を置く市庁舎には先代や先々代市長から引き継がれてきた多くの書物があるという。
伝説ポケモンの知識も、そこにあった本から得たものなのか。何にしても、広い分野に知識があるというのは尊敬できる。
それは住民も同じだったらしく、少々驚いたように顔を見合わせている。伝説のポケモンについて彼がすらすらと言ってのけたのが意外だったらしい。
何にしても、ほとんど交流のなかった市長に対して、アルド達や住民達の好感度がちょっぴり上がった瞬間であった。
「それで、ウォルターさんはどう判断します?」
「そうですね……こうやって見る限りはファイヤーに悪意があるようには感じられません。霧が晴れるまで休むくらいなら問題ないと思いますよ」
 この区画の最高責任者、市長のウォルターの言葉だ。何人かの住民は、完全に納得したわけではないにしても彼の判断に賛成してくれたらしい。
初めて見るポケモン、初めて遭遇する事態。絶対に安全だと言い切れないため、なぜそう至ったのか具体的な根拠がないのは仕方のないことなのだが。
「ですが、不安な方もいるようですね……」
 直接口に出したりはしていないが、ばつが悪そうに渋い表情をしている者がまだ半分ぐらいいる。彼らは皆、この広場に面した家に住んでいる顔ぶれだ。
いくら市長が決めたこととは言っても、家のすぐ前に得体の知れないポケモンがじっとしていては落ち着いて眠ることができないかもしれない。
どうしても首を縦に振れなかった気持ちは十分理解できる。アルド達もウォルターも、きっと大丈夫という意見を彼らに押し通すことはできなかった。
「警備隊の方々があのポケモンを見張っていてくれれば、少しは安心できるかもしれないねえ……」
「ああ、そうだなあ。それなら私らも安心して寝られる」
 どうしたものかと皆が黙りこくっていた所に、ふと声が響く。ウォルターよりもたくさんの白髪を湛え、杖をついた老夫婦の呟きだった。
それに触発されたのか、残っていた人々もその意見に賛同するかのようにざわめきだす。
数分も経たないうちに、完全に警備隊が見張りをする流れが彼らの中で形成されつつあった。
「カノッサさん……私からもお願いします。霧が晴れるまで、ファイヤーの見張りをしてもらえないでしょうか?」
「分かりました。お引受けしましょう」
 それほど間を置いたりせずに、カノッサは快く引き受けた。別に市長直々の頼みだからというわけではない。
ウォルターの後押しがなかったとしても、彼女は見張り役を買って出ていたことだろう。住民の不安を聞き流してしまうことはできない。
アルドも同じ気持ちだった。自分の隣でフレイズが小さく肩を落としてため息をついていたようにも思えたが、たぶん気のせいだ。
「では皆さん、後は私たちに任せて家に戻ってゆっくり休んでください」
 残っていた人々もカノッサの言葉に安心したのか、それぞれの家に帰っていく。感謝の気持ちを告げ、去っていく住民を見送る彼女の表情は晴れやかだ。
やがて、広場にはウォルターとアルド達だけが残される。一時は騒然としていた広場も、四人になると途端に水を打ったように静かになった。
「こんな時まであなた方に頼りっぱなしで申し訳ない」
「お気になさらずに」
 結局、警備隊に丸投げするような形になってしまったことが気掛かりらしく、ウォルターの表情は優れない。
だが、あの状況で最も住民達を納得させられる方法は何か。それを考えた結果、彼らを代表してファイヤーの見張りを頼んだのだ。
普段から警備隊に街のことを任せているという自覚があった中での決断だ。きっとウォルターの中では苦肉の策だったに違いない。
「ファイヤーのこと、よろしくお願いします……」
「お任せください、ウォルターさん」
 カノッサに小さく頭を下げると、ウォルターは市庁舎の方へ戻っていく。もともと大きく映らない彼の背中が今はさらに小さく見えた。
「気苦労が多いよな。あの人も」
「確かに、もっと思い切ってくれてもいいような気はしますね」
 彼の姿が見えなくなった後、フレイズとアルドは口々に呟く。どこか警備隊に遠慮しているというか、後ろめたいものを感じてしまっているらしい。
別に自分たちは警備を任されていることを不満に思ってはいない。承知の上でこの仕事を選んだのだから。
むしろ、頼っている自覚があるのなら、今回のような緊急事態には躊躇いなく頼りにしてくれてもいいくらいに思っている。
とはいえ、それを伝えてしまえば消え入りそうなくらいに恐縮しきってしまうウォルターの姿が容易に想像できるのだ。なかなか難しいところ。
「彼はそういう性分だからな。それが長所でもある」
「そうですね……」
 市長という立場にしてはその性格もあって、何かと頼りない印象が付きまとってしまう。
だが、権力にしがみついたりせず、今もなお謙虚な態度を保っているのは好感が持てる所。
アルドもウォルターを市長として支持するかしないかと聞かれれば、支持する方を選ぶだろう。
住民との何気ない会話の中で時々彼の名前が出ることがあるが、評判はそこまで悪くなかったりするのだ。少なくとも、ウォルターが想像しているよりはずっと。

―9―

「それじゃ、行こうか、ディン」
 アルドの呼びかけに、ディンは小さく鳴いて相槌を打つ。
彼は話し合いに参加できないので、アルド達が見張りをどうするか相談していた間、ずっと暇そうにうつ伏せになっていた。
ようやく動けるようになったこと、そして再びファイヤーの近くに行けるのが嬉しいのか、さっきまでふにゃりとしていた尻尾にも力が戻る。
詰め所でアルドが待機している間、ちょくちょく睡眠をとっていたのだ。夜が更けてきてもまだまだディンは元気だった。
軽快に歩みを進めていくディンの後ろを、アルドはゆっくりとついていく。もう、ファイヤーに近づいたからといって心配する必要もない。
やがて、霧の向こうから赤と橙に揺らめく姿があらわになる。翼を畳み、噴水の前に静かに佇んでいる。
じっとしているだけでもひしひしと伝わってくる圧倒的な存在感は、やはりファイヤーが伝説のポケモンだからなのだろうか。
一足先にたどり着いたディンは、ファイヤーの前でちょこんとお座りしていた。よっぽどファイヤーのことが気に入ったらしい。
そんな彼の姿を見て、ファイヤーも目を細めそっと頭を近付けていった。まるで、再会できたことを喜び合っているかのように。
「待たせちゃったかな」
「いえいえ、そんなことは」
 ファイヤーは小さく首を横に振る。時間的に見ると待つ側が、どうしたんだろうと心配になるくらいは経過しているように思えたのだが。
本当は待たされたと感じていたが、アルドを気遣ってのことなのか。そうだとすればどこまでの腰の低いポケモンだ。
あるいは、伝説のポケモンにしてみれば、この程度の時間の流れは大したことではないのかもしれない。
「条件はあるけど、霧が晴れるまでならここで休んでもらっても構わないそうだ」
「ありがとうございます。……それで、その条件とは?」
 ファイヤーの炎が一瞬大きく揺れた後、また元の小さな揺らぎに戻る。やはり体の炎は、本人の感情の動きを表しているのだろう。
最初の揺れは許可を得られたことによる安堵。そして揺らぎが収束したのは、条件とあっては手放しで喜べなくなったからと言ったところか。
「そんなに大層なものじゃないよ。君がここにいる間、見張りを置くことだ」
「見張り……では、あなたが?」
「ああ、最初は僕が見張らせてもらうからね。しばらくしたら先輩と交代すると思うけど」
 見張りをどうするか、カノッサやフレイズと相談した結果、まずはアルドがファイヤーを見張ることになった。
一番最初に接触したのが彼だということから、これまでの事情を説明しやすい、一度見知った顔ならばファイヤーも話しやすいだろうということを考えた結果だ。
神経を研ぎ澄ませなければならないような張りつめた見張りでもないし、三人もいたのでは効率が悪い。
仮にファイヤーが街に危害を及ぼす危険な存在だったならば、警備隊全員で力を合わせたとしても大した抑制力にはならないだろう。
もちろん、アルドはファイヤーの言葉を信じていたため、そんな心配は微塵もしていなかったのだが。
二時間程度で交代の予定だ。アルドの次はフレイズ、その次がカノッサ。広場に向かうときは無線で連絡を届けてくれることになっている。
「なるほど。分かりました、よろしくお願いしますね。ええと……」
「あ、僕の名前はアルド。こっちのガーディはディン」
 そういえば、まだ自分の名前すら教えていなかった。ディンも含め、アルドは手短に自己紹介を済ませた。
「君のことは……ファイヤー、と呼べばいいのかな?」
 市長はそう呼んでいたが、何しろさっき初めて聞いたばかりの言葉だ。完全に定着しきっていない。
ウォルターの解説を思い出しながら、アルドはたどたどしい口調で尋ねる。
彼がちゃんと名前を言い当てたことが意外だったのか、ファイヤーは微かに目を見開く。そして、ゆっくりと頷いた。
「ええ、それで構いません。……どなたか、わたしのことを知っていた方が?」
「市長さんが……ああ、街で一番偉い人のことなんだけど、その人が君のことを知っていたみたいだね」
 聞きなれない言葉だったのか、ファイヤーが少しだけ首を傾げたのでアルドは説明を入れておいた。野生で生活しているポケモンなのだ。
自分たちが日常生活では当たり前のように使う単語も、ファイヤーからすれば初めて聞く言葉かもしれない。
ファイヤーがテレパシーで意思疎通を行える能力を持っているとはいえ、アルドとは物事に対する感じ方や考え方も違ってくるだろう。
「やはり、ちゃんとした名前で呼んでもらえるのは嬉しいものですね。あらためてお願いします、アルド。それから、ディンも」
「こちらこそ。よろしく、ファイヤー」
 さっきはファイヤーという名を知らなかったため、君という代名詞しか使えなかった。しかし、今はウォルターのおかげでしっかり名前を呼ぶことができる。
お互いに名前で呼び合うと、何となく距離が縮まったような気がして。嬉しいのはこちらも同じこと。にこやかな表情でアルドは答えた。
テレパシーはアルドだけでなくディンにも伝わっているようだ。よろしくの意味合いを込めてなのか、ディンも小さく吠える。 
見張りの時間はまだ始まったばかり。だが、この調子ならファイヤーと穏やかなひとときが過ごせそうな気がする。
暗闇をそっと照らしだす小さな炎のように、温かく微笑むファイヤーの目を見つめながら、アルドはそう思ったのだ。

 もう、日付が明日へと切り替わっているくらいの時間の経過は感じられた。霧の方は相も変わらず、夜の街を静かに覆い尽くしている。
これでは見張りの順番がカノッサまで一巡りしてまた戻ってくるのではないだろうか。だが、それはそれで悪くないかもしれない。
この街のこと、警備隊のこと、自分のこと。アルドの方から話題を振ってばかりだったような気がするが、ファイヤーはどの話も興味深げに聞き入ってくれた。
山に住んでいる、と言っていたからきっと人里離れた場所なのだろう。人間や人間の街に触れるのも全てが新鮮な感覚なのではないか。
「……と、まあこんなところかな」
 丁度、アルドは自分のパートナーであるディンについてファイヤーに話し終えたところだった。
アルドがディンと出会ったのは五年くらい前。アルドの両親が親戚からガーディの兄弟を引き取ったのだ。
この街の警備に志願することになり、通うのに便利な下宿先にアルドが移り住むことになった時、一人だと不安だったので実家から連れてきたのだ。
ちなみにディンはガーディの兄弟で弟の方である。トレーナーである両親の指示もよく聞く兄と比べると、気まぐれでマイペースな所が目立つディン。
真面目な兄よりも弟のディンの方が一緒にいて楽しいだろうという理由で、アルドは連れてくるときに彼を選んだのだった。
ディンはともかく、兄の方は弟と離れて少し寂しそうにしていたので、実家に戻るときはちゃんと会わせてやることにしている。
「だけど、ディンがいきなりファイヤーのところへ走りだしたときは肝が冷えたよ……。何考えてたんだ?」
 ずっと立ちっぱなしというのも疲れるので、アルドは広場の噴水の縁に腰かけている。
自分が話題にされていることが分かっているらしく、ちらちらと視線を投げかけてくるディン。少し身を乗り出して、彼の顔を覗き込みながらアルドは尋ねてみる。
もちろんこれこれという理由があったから、なんて返事が返ってくるわけはない。ディンは小さく、くるると喉を鳴らしただけだった。
「……炎がとてもきれいだったから、つい走り出してしまった。だそうですよ」
「えっ……」
 本当に何考えてるんだろうな、とアルドがため息をつきかけたところにファイヤーの声が飛び込んでくる。
テレパシーを送ってきたのは当然ファイヤーなのだが、その内容がファイヤーの意志だとすると違和感が残る台詞だった。
だそうです、とは誰かから聞いたことを意味する言葉。と、言うことは。半信半疑になりつつも、アルドはディンの方を見る。
「人間ともテレパシーで意思疎通できますが、わたしもポケモン。ディンの気持ちをこうやって通訳したりもできるのです」
「じゃ、じゃあ……今の言葉はディンの?」
 ファイヤーはゆっくりと頷く。信じられない気持ちだったが、テレパシーで人間とやり取りができるのに、同じ種族であるポケモンの言葉が分からないというのもおかしな話だ。
先ほどのは正真正銘の、ディンがアルドに伝えようとしたこと。
パートナーを持つトレーナーならば誰もが一度は思ったことがあるだろう。ポケモンの言葉が理解できればいいのに、と。
アルドも例外ではなかった。ただ、エスパータイプでもないディンとは無理だろうな、とどこかで完全に諦めてしまっていたのだ。
それがこんな形で何の苦労もなくあっさりと実現してしまうとは。何だか拍子抜け過ぎてアルドにはまだ実感が湧かなかった。
呆然としている彼を尻目に、ディンは一声、二声、と言葉を続けていく。もちろん、アルドの耳には彼の鳴き声としてしか聞こえない。
「今のは、さっきは心配掛けて悪かった、って言ってますね」
「……そうか」
 僅かだが、ディンの瞳が揺れているような気がする。我が道を行く気風の彼も、アルドに悪いことをしたという自覚があったのか。
正直、違和感は残っていたものの、ファイヤーが嘘を言っているようにも思えない。ディンにしては珍しくしおらしい表情をしている。
ファイヤーが言葉を通訳してくれると分かったから、思い切ってアルドに気持ちを伝えてくれたのか。
「大丈夫、もう気にしてないよ」
 アルドは彼の頭の上にそっと手を置くと、優しく撫でる。ディンは安心したかのように目を細め、ぱたぱたと嬉しそうに尻尾を振った。
そして再び、がうがうと鳴く。それを聞いたファイヤーがくすくすと笑っていたように見えたのは気のせいだろうか。
「でもまさか追いかけてきてくれるとは思ってなかった。意外と勇気あるんだな、見直した、とのことです」
「意外と、は余計だ。こいつ」
 なかなか言ってくれるじゃないか。アルドは苦笑いを含めながら、ディンの頭の毛をわしゃわしゃと乱雑にかき回した。
あの時ディンは、心配してファイヤーのもとに駆け寄った自分を見てこんなことを思っていたのだろうか。
ポケモンの言葉が分かるのは素晴らしいと思っていたが、それは今まで聞こえなくてよかった本音まで伝わってしまうということ。
こういった生意気な口調で文句や不満などを言われると、腹が立ってしまうことも大いにあり得る。
それを考えれば、はっきりとした言葉のやり取りは出来なくとも、今のままが丁度よいのかもしれない。
「差し出がましかったでしょうか。貴方が彼の気持ちを知りたそうにしていたので、つい」
「いや、ディンの気持ちがちゃんと分かることなんて一生ないと思ってたくらいだ。ちょっとびっくりしたけど、嬉しかったよ」
 想像していた口調と若干違っていたところもあった。本当ならもう少し無邪気な感じの方が、というのはアルドの希望。
ガーディとしての愛嬌がある外見だけで判断したのならともかく、彼の性格も考えると妥当なところではあるか。
確かに、ディンの気持ちがはっきり分かるというのは新鮮だった。分かるようにならないだろうか、と何度か望んだときもある。
だが当のディンが意外と可愛げのない喋り方で、ほんの少し残念に感じられたことはファイヤーに言わないでおくことにした。
黙ってさえいれば可愛いやつ、というのがディンには大いに当てはまりそうな気がする。
それならば、言葉が分かるのはこの機会だけで十分かなとアルドには思えたのだ。

―10―

「そろそろ時間だが、そっちの様子はどうだ?」
「異常なしです。特に問題はありません」
 無線を通して聞こえてきたアルドの声は普段と同じ。時折雑音が混じっているのはこの無線機の性能上仕方のないこと。
およそ二時間。眠気を我慢して所長と待機していたが、これといって何も起こらなかった。
アルドの言ったとおりあのファイヤーとかいうポケモンはこの街に危害を加えるつもりはないのだろう。
とは言え、伝説のポケモンを見張るだなんて初めての事態。いつもの見回りをこなす感じで務められればいいのだが。
「そうか。じゃ、そろそろ交代だから、そっちに向かうな」
「了解です、先輩」
 アルドの返事を確認すると、フレイズは無線のスイッチを切った。通常ならもう寝ている時間。どうも頭がすっきりしない。
仕事上、何か事件が起これば時間外の勤務もあることは知っていたが、そんな大がかりなことは今までになかったような気がする。
今回が初めてではないだろうか。何にしてもこんな調子で広場に向かうのは非常によろしくない。立ち上がって首や肩を軽く回してみる。
少しはましになったかな。でもまあ、時間は深夜十二時を回ったところ。一番気温が下がる時間帯だ。外に出ればいやでも寒さで目が覚めるんだろうけど。
「アルドは何か言っていたか?」
「いえ、特に問題はなかったみたいですよ」
「ふむ。それならいいんだが」
 夜も遅いというのにカノッサはまだまだ元気そうだった。眠そうな気配は微塵も感じられない。どちらかといえば華奢な外見に似合わない体力の持ち主である。
このまま徹夜しても、今と同じきりっとした表情で朝を迎えそうな気さえしてくる。やっぱりこの人には敵わないな、とフレイズはふと思ったのだ。
「クーロ」
 コートを羽織りながら、フレイズはストーブの前の椅子の上で完全に眠っていたクーロに声を掛ける。クーロはびくっと目を覚まし、慌てて彼の顔を見る。
「今から広場にあのポケモンを見張りに行く。お前はどうする? 無理はしなくていいぞ」
 あのポケモンを最初に見たとき、クーロが肩の上でそわそわしていたことをフレイズは知っていた。
ファイヤーに自分から近づいて行ったディンならともかく、そんなクーロを問答無用で連れていくのは抵抗があったのだ。
いつも通りの見回りなら、迷うことなく肩に乗ってくるクーロ。だが今回は、さすがに若干の躊躇いが生まれたようだ。
椅子を蹴って飛び立とうとしてはいるが、なかなか踏ん切りがつかずにいる。やはりさっきのファイヤーの元に行くことが不安なのか。
「なあに、俺一人でも大丈夫さ。お前はここで休んでいてくれ」
 そう言ってフレイズがクーロに背を向けた途端、彼女はさっと飛び立ち彼の肩の上にとまる。
どうするかをずっと必死で考えていたのか、心なしか呼吸が荒い。これはクーロの中でも腹を決めての行動だったのだろう。
「クーロはフレイズと一緒がいいみたいだな」
「やれやれ。後で泣き出したりするなよ?」
 苦笑いしながら、フレイズはクーロの喉元を指先でそっと撫でる。そうすることで少しは気持ちが落ち着いたのか、彼女の息遣いは大人しくなった。
フレイズからすればあまり気が進まなかったのだが、本人が行きたいと意思表示しているのならそれを優先させてやることにする。
「アルドに何事もなかったなら大丈夫だとは思うが……気をつけてな、フレイズ」
 真剣な表情で所長にそう言われると、次は何か起こるんじゃないかと不安になってくる。いや、考えすぎるのは良くない。
「大丈夫ですって。それじゃ、行ってきますね、所長」
 いつも見せている軽めの笑みを湛えながら、フレイズは片手を挙げていってきますの合図を送った。
カノッサは黙って頷くと、フレイズを見送る。背中に彼女の視線を感じながらも、フレイズは扉に手を掛けて外へと足を踏み出した。

 予想に反せず深夜の外は寒かった。眠気や欠伸は、肌を突き刺す冷たい空気に全て吹き飛ばされてしまったかのよう。
手荒い歓迎だが、警備のために睡魔を追い払ってくれたと考えれば、この寒さも少しは許せるような気がした。
冷気に肩を竦めながら歩いて行くうちに、フレイズは広場へと到着する。霧はどんな感じかというと、自分がここへ訪れていた時と大差ない。
さらに濃くなったわけではないのがせめてもの救いか。噴水の前にはファイヤーと、その傍らにはアルドとディンと思われる姿を確認できた。
もちろん、この霧のおかげで輪郭はぼやけていてはっきりとは見えなかったが、ファイヤーの炎が揺らめいている様子くらいは分かる。
「覚悟はいいな?」
 フレイズの言葉にわずかに戸惑ったように見えたクーロも、頷きととれる仕草をする。
大半はクーロに向けて言ったことだが、二割くらいは自分自身への言葉でもあったのかもしれない。
危険な存在ではないと分かっているとはいえ、フレイズがファイヤーに近づくのは初めて。恐れや緊張を全く感じてないわけではないのだ。
小さく息を吸い込んだ後、フレイズはゆっくりと足を進めていく。一歩、また一歩と踏み出すたび、ファイヤーの姿がより鮮明に、より迫力あるものと変わっていく。
フレイズの足音に気がついたファイヤーがそっと頭をもたげ、こちらに視線を送ってくる。そこから伝わってくる無言の圧力に、フレイズは思わず足を止めてしまっていた。
恐怖ではない。その不思議な存在感に、自然と近付くのを躊躇ってしまうような。今回ばかりは肩の上のクーロを気遣う余裕がなかった。
「先輩!」
 立ち止っていたフレイズの元に、アルドがディンを連れて駆け寄ってくる。彼の呼びかけで、硬直していたフレイズははっと我に返ったのだ。
さすがは伝説のポケモンと言われるだけのことはある。遠くから眺めるのと、実際に近寄って見るのとではまるで迫力が違っていた。
「ごくろうさん、アルド」
 想像以上のファイヤーの威圧感に出鼻を挫かれた気がしないでもなかったが、先輩としてのメンツもある。
平常通りの態度と言葉づかいを繕いながら、フレイズはアルドに交代の旨を伝えた。彼が何だか残念そうに見えたのは気のせいだろうか。
「先輩も、頑張ってくださいね」
「おう」
 やたらと爽やかな口調のアルド。簡単に言ってくれるぜ、と一瞬思ったが、考えてみればこれはアルドが既にやり遂げた警備。
後輩が先に頑張っていたのだから、ここはしっかりと彼の上司として、そして警備隊としての任務を果たすべきところだ。
そうやって自分に言い聞かせておけば、少しは見張りに対するやる気も向上しそうに思える。今から二時間、頑張るとしますかね。
「それじゃ……僕は行くからね」
「ええ。貴方とお話しできて、楽しかったですよ」
「僕の方こそ。なあ、ディン?」
 ディンもそれに答えるかのように一声鳴く。それを聞いたファイヤーは朗らかに笑う。
まるで親しい間柄のような彼らのやり取りに、フレイズが唖然としているうちに、アルドとディンは広場を去っていく。
自分の横を通り過ぎたアルドの表情は、どこか寂しさを湛えていたような気がする。アルドの奴、いつの間にファイヤーとこんなフレンドリーになったんだ。
そういや、アルドとの会話が自然な流れだったから気付かなかったけど、さっき聞こえてきたのがテレパシーというやつなのか。
耳ではなく直接心に響くような。体感するのは初めてだが、奇妙な感覚だった。確かに、声の雰囲気は随分と穏やかで優しげだ。
その威光溢れるような姿に反して、威圧感を漂わせない響き。どちらかと言えば聞いていてほっとするような気配さえある。
これはあれか。近寄り難い外見をしていたが、話してみると意外といいやつでした、とかいう展開なんだろうか。
「貴方も警備隊の方ですよね。どうか、よろしくお願いします」
「あ、ああ……」
 いきなり深々と頭を下げられ、フレイズは面食らう。言葉づかいや態度で丁寧に示すのは、誰かにものを頼む時のあるべき姿。
だが、人間ならともかくポケモンがそんな行動に出るとはフレイズからしてみれば予想外だったのだ。
伝説と言われているだけあって、もっと尊大で上から目線なのかと思いきや。何の躊躇いもなく頭を垂れてくれた。
ファイヤーの動きや口調にわざとらしさは感じられなかった。表向きとかそういったものではなく、本心から敬意を払ってくれているのだろう。
そういえば、さっきアルドはファイヤーに敬語を使っていなかった。どんな時でも目上の者には敬語を欠かさないアルドだが、伝説のポケモンに関してはその範囲外だったのか。
彼が自然体で接することが出来るくらいなのだから、そこまで掴みどころのないポケモンというわけでもなさそうだ。
「俺はフレイズ。こっちのヤミカラスはクーロだ。……よろしく頼む」
 丁重に挨拶された後、何も答えずに黙っているのも失礼だ。フレイズは手短に自己紹介をしてみる。少し、声が震えてしまったかもしれない。
肩の上のクーロは微動だにせず、じっとファイヤーを見つめたまま。鳴き声一つすら上げなかった。
肩を掴む彼女の足に何時にもまして力が入っているのが分かる。きっと、ファイヤーを前にして緊張しきっているのだろう。
「……大丈夫か、クーロ。厳しいんなら詰め所に戻ってもいいんだぞ?」
 フレイズの声に反応するまで少々時間が掛かったが、内容は聞き取れていたようだ。クーロは彼の方を向くと、何度も首を横に振った。
どうやら、戻るつもりはないらしい。ファイヤーが怖くてもここに留まって、フレイズと一緒に警備を続けたいという決意が見て取れる。
「分かった。だけど、気絶したりするなよ」
 からかい半分、本気半分のクーロへの言葉。クーロは少し怒ったように声を上げた。それくらいの余裕があるならまだ大丈夫そうだ。
まったく。ぎこちない挨拶に加え、何だかとても見苦しいやり取りを見せてしまったような気がする。
それでもファイヤーは何も言わずに優しげな笑みを浮かべたまま、静かに頷くような仕草を見せてくれた。
伝説のポケモンを前に、まだ緊張がほぐれずにいるフレイズやクーロの態度などまるで気にしている素振りがない。
あらかじめ、これくらいのことは予測していたともとれる落ち着きぶり。これも、伝説ポケモンならではの器の大きさなのだろうか。
仮にそうだとすれば、伝説ポケモンの見張りをするからと変に身構えていたことがとてもちっぽけに感じられてくる。
ひとまずこの様子ならば、自分が想像していたよりも遥かに気楽な感じで警備を務められそうだとフレイズは思ったのだ。

―11―

 最初のファイヤーとの接触は、悪くない感じで行えたのではないかと思う。お互いによろしくと交わす、ごく一般的な挨拶だ。
そこまでは良かったのだが、それから後が続かなかった。見張りという任務上、ファイヤーの傍らにじっと立っているだけでも遂行していることにはなる。
ただ、二時間もの間ずっとその状態でいるのはさすがに無理があった。見張りは我慢大会ではない。
ファイヤーの周りを歩き回ってみたり、噴水の縁に腰かけてみたりしたのだが、どうしても手持無沙汰になってしまうのだ。
肩の上のクーロは相変わらず緊張している様子。おそるおそるファイヤーの方に視線を向けてみて、視界に入ってくるとすぐまた目を反らしてしまう。
これは怖いもの見たさというやつなのだろうか。とりあえず、がちがちに緊張してひっくり返ったりすることはなさそうなので一安心だ。
さて。見張りの時間はまだ半分も経過していないように思える。どうしたものやら。
もう何度目かも分からない。噴水の縁に腰を下ろし、小さなため息とともにファイヤーの方を見るフレイズ。
そのとき偶然こちらを見ていたのか、ファイヤーと目が合った。すぐに視線を動かすこともできたが、それでは相手に失礼なのではないだろうか。
お互いにそれを意識していたらしく、なかなか目線を移動させられずにいた。見つめあったまま、気まずい沈黙が流れていく。
「どうかしたか?」
「いえ、何でもありません……」
 そう言ってばつが悪そうにファイヤーは別の方を向いてしまった。せっかくの話しかけるチャンスだったのに、自らそれを潰してしまったような気がする。
本当は、アルドのように会話を楽しみながら見張りを続けられるのが一番なのだ。分かってはいたのだが、フレイズはなかなかきっかけを掴めずにいた。
何か話題はないだろうかと考えを巡らせてみても、結局何を話せばいいのか分からずに言葉が出てこないといった次第である。
交代で来た見張り役は随分と無口な奴だと、ファイヤーに思われていてもおかしくはないくらいの静寂具合だった。
やはり、ずっとこのまま黙りこくっているというのもお互いに息苦しい。実際のところファイヤーがどう感じているのかは量りかねるが、フレイズにはこの沈黙が重々しかった。
「なあ、ファイヤー……でよかったか」
「はい、その呼び方で構いませんよ」
 いきなりの切り出しだったが、ファイヤーは笑顔で頷いてくれた。
その顔つきをよくよく見てみれば、尖った嘴や揺らめく炎を思わせる頭の飾り毛など、クーロと同じような部分を持っていることが見受けられる。
体が大きくても、伝説と言われていても、空を飛べる翼を持った鳥ポケモンが持つ共通の特徴なのだろうか。
さすがに、いつもクーロと接するような軽い口調で話しかける度胸はフレイズにはなかったのだが。
「こうやって見張られていい気分はしないだろうけど。気を悪くしないでくれな」
「その事でしたら、気にしないでください。無理を承知で休ませてもらっているのはわたしの方なのですから」
「……そうか」
 人間が生活している領域に勝手に使わせてもらっていることを引け目に感じているからなのか。ファイヤーは何かと下手に出てくる。
何となく、所長に頭を下げてばかりな市長のウォルターを思い浮かべてしまったと言ったら、伝説のポケモンに失礼だろうか。
「本当は、街のみんなも薄々気がついてるはと思うんだ。あんたが危険な存在じゃないってことくらい……」
 ファイヤーがあらかじめ誰かに危害を加えるつもりでいたのなら、最初に不用意に近づいたディンやアルドはただではすまなかったはずだ。
自らアルドに語りかけ事情を分かってもらおうとしている時点で、相応の配慮が出来るポケモンだということは判断がつく。
ただ、その目立ちすぎる外見からくるインパクトが強すぎて。本当に大丈夫なのだろうかという不安の種を、人々の心に落としてしまっていたのだろう。
「初めて目にするポケモンで、それが強そうだったら。やっぱり誰しも少なからず恐怖心を抱いてしまう。……俺も例外じゃない」
「わたしが、怖いですか?」
「……怖かった、って言うのが正しいか。交代のときにあんたに近づいたときはどうしようかと本気で思ったくらいだ。でも、アルドはやけに楽しそうに話してたし、あいつに穏やかに語りかけるあんたを見て、それは第一印象からくる誤解だったかなって」
 フレイズは思いつくまま、胸の内を淡々と話していく。これと言って話題を考えていたわけではなかった。
一方的に喋るだけでは会話が成り立っているとは言いづらいものがあるが、それでも口を噤んだままでいるよりはずっといい。
きっとアルドは物怖じせずに、様々なことをファイヤーに話したのだろう。だからこそ交代するのが残念だと感じられるくらい、親密になれたのだ。
見た感じ、ファイヤーは積極的に話しかけてくるようなお喋りというわけでもなさそうだった。アルドとの会話のときも、ほとんどは聞き手側でいたことが想像できる。
何の話題なのかまでは憶測しかねるが、楽しそうに話すアルドに、笑顔で答えるファイヤー。そんな光景がフレイズの頭に浮かんだ。
「もう全然怖くないかと言えば嘘になるが……最初に来た時よりは随分肩の力が抜けたよ」
 ふうと小さく息をついて、フレイズはファイヤーの顔を見る。初見で感じた見えない圧迫感のようなものはもう感じない。ちゃんと目を見て話すことが出来た。
アルドの領域までファイヤーと親密になれる自信はフレイズにはなかった。ならばせめて、一緒にいることが気まずくないくらいには歩み寄りたかったのだ。
この一連の流れで、その目的はある程度達成できたように感じられた。これで少しは、自分のことをファイヤーに伝えられたのではないだろうか。
「そう言ってもらえると、わたしとしても気が楽になります。やはりずっと警戒されたままというのは、落ち着きませんしね」
 フレイズから僅かに視線を動かすファイヤー。途端、肩に止まっていたクーロの足にぎゅっと力が入る。自分が見つめられていることが分かったのだろう。
警戒されていては落ち着かない。これはフレイズではなく、ずっと緊張しっぱなしのクーロに向けて、ファイヤーが遠まわしに言った言葉なのかもしれない。
「そこの貴女も、そんなに身構えなくてもわたしは何もしませんよ?」
 ファイヤーが危険なポケモンでないということはクーロもきっと理解している。
クーロの何倍もの大きさで、炎を纏った鳥ポケモン。その上、ただならぬ気配を漂わせているファイヤーのことが単純に怖いだけなのだろう。
確かに、彼女の目には自分が見ているよりも、ファイヤーの姿がずっと大きく映っていそうだ。クーロの高さはフレイズの半分にも満たないのだから。
「だとさ。しつこく言うようだが、本当に無理はしなくても……」
 ファイヤーに語りかけられても、何の反応もできずにクーロは肩の上でじっとしていただけだ。震えていたような気さえしてくる。
さすがに心配になってきたフレイズが言いかけると、クーロはまたもや激しく首を横に振る。
ここにいるだけで一杯一杯だというのに、なおも拘り続けるのは何か理由でもあるのだろうか。
「貴女がここまで来たのは、フレイズのことが心配だったから、ですよね?」
 クーロの瞳が大きく揺れる。何度か瞬きして、ファイヤーとフレイズの顔を交互に見ていたが、やがてゆっくりと首を縦に振った。
一瞬、ファイヤーが何の事を言っているのかフレイズは分からなかった。だが、クーロの反応を見てすぐに理解に至る。
なるほど。テレパシーで人間と話せるなら、ポケモンの気持ちをこうやって通訳することもできるわけか。便利な能力だ。
「ふふ、彼女は貴方の傍にいたいそうですよ」
 フレイズは思わず肩の上のクーロを見やる。何となく頬が赤くなっているように見えるのは気のせいだろうか。
じっと見つめられているのが恥ずかしかったのか、彼女はぷいとそっぽを向いてしまった。照れ隠しとも考えられなくもない。
これはクーロが自分に惚れているのではないか、そう受け取ってもおかしくないくらいの行動だ。
種族を越えた愛。響きは悪くない。だが、あいにくフレイズはクーロにそんな感情を抱いてはいなかった。
彼女がもし本気だとしたら、叶わぬ恋ということになる。罪作りな男だな、自分も。……自惚れるのはこのくらいにしておくか。
「……ありがとな、クーロ」
 フレイズは喉元にそっと手を伸ばし、彼女の柔らかな羽毛をそっと撫でた。ディンと違って頭を撫でられるのはそこまで好きではないらしい。
喉から胸にかけての部分がクーロの一番好きな場所。このポイントは彼女のトレーナーであるフレイズしか知らない。
まだ目を合わせてくれずにいたが、触れられたことによる心地よさはしっかりと伝わっているようだ。クーロの瞳が僅かに細められる。
ファイヤーが怖いのに無理してまで一緒にいようとしてくれるなんて、なかなか可愛いところがある。
気遣ったつもりで戻った方がいいのではと聞いてしまったが、クーロにしてみればそう告げられることの方が辛かったのではないだろうか。
ファイヤーの通訳なしでクーロの気持ちをちゃんと理解するのは難しいが、これからはもう少し彼女の意志を優先させてあげてもいいかもしれない。
自分の肩をぎゅっと掴んでくれているクーロ。もともと体重の少ないヤミカラスだ。
肩にかかる負担も軽かった。確かに軽かったのだが、フレイズは彼女の両足から伝わってくる揺るぎない温もりを感じたのである。

―12―

「そろそろ交代の時間だが。フレイズ、そちらはどんな状況だ?」
「ん、そうですね。若干霧が薄くなってきた感じはします。まだファイヤーが飛ぶのは無理みたいですが……」
 無線を通して聞こえてきたフレイズの声は、普段と変わりない。僅かにぎこちなさが残っているのが彼の敬語の特徴だ。
先輩であるフレイズや自分には欠かさずに丁寧な言葉で接してくるアルドがいると、こういったときにどうしても比較してしまう。
だが、別に彼の言葉遣いにけちをつけているわけではないのだ。極端に乱暴でなければ、カノッサは気にしていないつもりだった。
ともかく、霧が薄くなったというのは良い知らせ。街の人々が起き始めるまでには晴れてくれればいいのだが。
「分かった。準備でき次第そちらに向かう」
「了解しました」
 フレイズの返事を確認するとカノッサは無線を切り、羽織ったコートのポケットに入れる。
彼が見張りに向かってから今で丁度二時間になる。準備でき次第、と無線では伝えたが既に支度は出来ていたのだ。
やはり順番が回ってきてしまったか。アルドかフレイズの見張りの間でファイヤーが飛べるようになれば、とも思っていたが。なかなかうまくは行かないらしい。
カノッサは詰め所の奥の引き戸に手を掛ける。冬場は木製の戸が乾燥するせいか、スムーズに動かない。
両手に力を込め、出来るだけ外枠と平行な方向に引っ張るとようやく開くのだ。その先は、六畳ほどの広さの畳張りの部屋だった。
簡素なものではあるが、そこにはガスコンロや洗い場など台所としての設備が一通り揃っている。
部屋の冷蔵庫には食料も入っており、皆の昼食や夕食はここで準備するのだ。ちなみに料理の順番は交代制である。
そこの床で毛布を被り、アルドは眠りについていた。そんな彼に寄り添うようにして、ディンもすやすやと眠っている。
時計の針が指すのは夜中の三時半。普段ならばとっくに仕事を終え、家で休んでいる時間だ。
もともと泊まりがけで行うような警備もなかったため、この詰め所は宿泊できるようには作られていない。
布団や枕は揃っておらず、寒い時に膝にかける程度の薄手の毛布があるくらいだ。
ただ、今のところはストーブを強めに設定してあるので部屋の中は快適だった。コートを羽織っていると汗ばんでしまいそうなくらい。
それに、炎タイプのディンと一緒ならば、寒さで眠れなかったり風邪をひいたりといった心配はしなくてもよさそうだ。
幸いカノッサは、一日くらいなら睡眠をとらなくても頑張れるタイプの人間だ。今のところ眠気は感じていなかった。
見張りから戻ってきてから、アルドが椅子の上でうたた寝しそうになっていたため、先に休んでもらうことにしたのだ。
真面目なアルドのことだ。自分の勧めがなければ、所長より先に休むわけには、と気を遣って無理してでも起きていたことだろう。
堅い畳の上で寝心地もあまり良くなさそうだが、慣れない時間の勤務による疲れもあったらしい。アルドが戻ってきてから眠るまで、そんなに時間はかからなかった気がする。
「アルド」
「……ん、所長」
 カノッサの呼びかけにアルドはのそりと起き上がり、手で口を隠しながら大きな欠伸をした。
すぐ隣にいたアルドが体を起こしたにも関わらず、ディンは相変わらず気持ちよさそうな寝息を立てている。
毛布が顔に被さっても、アルドが動いて自分の体勢が変わっても全く目覚める気配がない。寝つきがいいと聞いてはいたが、これほどとは。
「交代の時間だから、そろそろ起きてくれ。戻ってきたフレイズも疲れているだろうからな」
「了解です……」
 アルドは目を擦りながらストーブの前まで来ると椅子に腰かけた。眠いのは分かるが、それはきっとフレイズも同じこと。
カノッサがファイヤーの見張りをしている間、もし無線を使うようなことがあった場合、二人とも寝ていて繋がらないのでは困るからだ。
仮眠をとるなら順番に。誰か一人は必ず起きている状態が望ましい。
「では行ってくる」
「分かりました。……先輩が戻ってくる前に、顔でも洗って目を覚ましておきますね」
 まだ眠気が抜けきらないのかどこかぼんやりした声で、苦笑しながらアルドは言う。
何の前触れもなく夜通しの勤務になってしまい、肉体的にも厳しいかもしれないが。霧が晴れるまで頑張ってくれ。
台所へ向かったアルドに心の中でエールを送ると、カノッサは扉を開いて外に出る。
やはり、外気を浴びた瞬間は身を縮めてしまうような寒さ。だが、あれほど深く立ち込めていた霧は確かに薄くなっているように思えた。
街灯の明かりも昨夜よりははっきりと輪郭を捉えることができる。この調子で薄くなってくれればありがたいのだが、どうなることやら。

 実際広場に向かってみて、カノッサは霧が薄くなっていることを実感した。昨日は霞んで見えなかった噴水前のファイヤーの姿も、今はしっかりと確認することが出来たのだ。
ただ、見えてきたことで分かる新たな事実もあった。ファイヤーの隣にはフレイズが立っているのだが、彼との身長差が結構あるのだ。
もともと平均的な女性の身長よりやや小柄なカノッサからすれば、フレイズもそこそこ大柄な男性として映る。
そのフレイズよりもファイヤーは大きい。カノッサの中では、自分より少し大きいくらいのピジョット辺りのサイズをイメージしていたのだが。
一抹の不安を抱えつつも、カノッサは噴水前へと近づいていく。足を踏み出していくうちに、それは水面に石を投げ込んだ時の波紋のように彼女の胸の中でじわじわと広がっていった。
大きい。想像していたよりも遥かに。そして、ただ大きいだけではない。ゆらゆらと揺らめいている体に纏った炎、凛と真っ直ぐにこちらを見据える瞳。
伝説と言う名に恥じない、只者ではない雰囲気と風格を兼ね備えている。自分はこんな、こんなにも恐ろしそうなポケモンと二時間も一緒に過ごさなければならないのか。
完全にその気迫に呑まれてしまったカノッサの足は、ファイヤーの数メートル手前で重い石と化してしまった。
警備隊として任務を果たすという使命感よりも、初めてのポケモンに対する恐れの方が遥かに大きかったのだ。
「所長……。所長、大丈夫ですか?」
 自分を呼ぶフレイズの声で、カノッサはようやく自分を取り戻した。ぽかんとファイヤーを見上げていて、近づいてきたフレイズに全く気付かなかったのだ。
カノッサは慌ててフレイズと視線を合わせる。もう手遅れかもしれないが、部下である彼の手前、ファイヤーに気圧されていることは悟られたくない。
これはフレイズも、そしてアルドもやってのけた任務。彼らを率いる立場にある自分がファイヤーに怯えていたのでは話にならないだろう。
何度か瞬きをしてフレイズの顔を見、小さく息を吸い込んで心を落ち着けながらカノッサは口を開いた。
「ああ……大丈夫だ。フレイズ、ご苦労だったな」
「それなら、いいんですけど……」
 少し、声が震えていたかもしれない。フレイズはどことなく怪訝そうな顔つきだったが、本人がそう言うなら大丈夫なのだと判断したようだ。
彼はファイヤーの方を向くと、随分と気さくな様子で別れの挨拶を告げたのだ。まるで、後輩であるアルドに語りかけるような調子で。
「それじゃあ、俺はこれで」
「ええ。お疲れ様でした」
「なかなか新鮮な体験だったよ。早く霧が晴れるといいな」
 片手を上げてさよならの合図を送るフレイズ。肩の上のクーロは翼を上げこそしなかったものの、挨拶らしき鳴き声がカノッサの耳にも届いていた。
早く空を飛べるようになったらいいなという、フレイズなりの気遣いに感謝してのことなのか。ファイヤーは温かみの溢れる笑顔で頷いている。
一体いつの間にここまで打ち解けたというのだろう。フレイズはともかくとして、あんなに怯えていたクーロまでもが。別れの言葉を交わせるまでになっている。
アルドもディンも、こんな調子だったのか。自分ときたら、見張りを始める前から足を竦ませてしまっているというのに。
「……所長。思っていたよりも大丈夫だったりしますよ。意外とね」
 詰め所に戻ろうとしたフレイズが、すれ違いざまにカノッサの耳元で囁く。何が大丈夫なのか、何が意外なのか。
尋ねようと振り返ってみても既に遅し。彼の背中はあっという間に小さくなり、霧の向こうに消えてしまった。
フレイズの前では気丈に振舞っていたつもりだったが、その彼が戻ってしまった今。広場に残されたのは自分と、そして目の前のファイヤー。
隣にいたフレイズがいなくなったせいか、より一層ファイヤーの姿が大きく見えてしまう。無尽蔵に湧きあがってくる不安は、どんどん大きくなるばかり。
だが、逃げ出すわけにはいかない。自分は警備隊の所長を務める責任者。部下たちがやり遂げた任務を放棄するようなことなど、あってはならない。
「……私はカノッサ。ファイヤーとやら、よ、よろしく頼む」
 身動きもせず、何も言わずに立ちすくんでいるだけではファイヤーに不審がられてしまう。お腹の底から声を振り絞って、カノッサは自己紹介をする。
震える声を繕おうという考えは頭から消え去ってしまっている。裏返らないようにするので精一杯だった。
「ええ……よろしくお願いしますね。カノッサ」
 フレイズに見せたような優しげなものとは若干異なるものだったが、笑顔と呼べる表情でファイヤーは頷いてくれた。
明らかに強張っていることが分かる口調だったにも関わらず、ファイヤーの応答は普通だ。緊張されるのは承知で、あえて目を瞑ってくれているのだろうか。
それならそれでありがたいこと。とにかく今はこの状況を切り抜けなければならない。
とりあえず、自分の立ち位置ではファイヤーとまだ距離がある。このまま見張りを続行するのはあまりにも不自然だ。
フレイズが立っていたのはファイヤーの隣。正直、これ以上接近したくない。今の場所でももっと離れてもいいくらいに感じている。
しかし、二人の部下が見張りを達成したという事実。そして所長としてのプライドが、カノッサを前に進ませていたのだ。
右手と右足が同時に前に出ているのではないかと思えるほどぎこちない動きで、カノッサはどうにかファイヤーの隣までたどり着く。
ほんの数メートルだったが、街を一周見回るよりもずっと労力を消耗している気がする。まだ始まったばかりだというのに、こんな調子で大丈夫なのだろうか。
いや、ひとまずファイヤーの隣までは来られたのだ。後は出来るだけ目を合わさないようにしつつ、時間が過ぎるのを待てばいい。
どこまでも逃げ腰な態度でファイヤーには少し申し訳ない気持ちもあったのだが、直視してしまうと背筋に湧きあがる畏れのようなものはどうしようもなかったのだ。
無表情のまま、まるで広場を照らす街灯のように真っ直ぐ背筋を伸ばして噴水を背にカノッサは立ちつくす。
自分の心が折れてしまう前に二時間経過するか、あるいは霧が晴れてくれることを切実に願いながら。

―13―

 石像のように身動きせずに直立したまま、カノッサはじっと前を見据えていた。どれくらいの時が流れたのかは分からない。
極力ファイヤーの方は見ないようにしている。視界の端に映ってしまっているのは仕方がないと割り切ることにした。
直接見たりしなければ、背筋に震えが広がったりはしないらしい。この調子で時間が過ぎ去ってくれれば、形式上は任務を果たしたことにはなる。
しかし、ずっと突っ立っているうちに本当にこのままでいいのだろうか、という疑問がカノッサの中に浮かんできた。
一番最初にファイヤーと意思疎通したであろうアルド。会話するところを見たわけではないが、詰め所に戻ってきた彼は普段通りだった。
きっと動揺したり震えたりすることもなく、和やかな形で任務を終えたのだろう。思えば、見張りが一番目に決まった時もどこか嬉しそうだったような。
そして、立ち去るときに言葉を取り繕うことなく、自然な形でファイヤーに話しかけていたフレイズ。振り返った彼の表情はにこやかな笑みまで浮かんでいた。
それに比べて、自分は。確かに怖いからと言ってファイヤーから逃げたりはしていない。任務遂行の義務感、所長としてのプライドがそうさせていた。
けれども、アルドやフレイズのようにちゃんとファイヤーと向かい合うこともできていない。逃げはしないが、歩み寄ろうともしない。ただその場にいるだけ。
こんな消極的な態度を取り続けるのは良くないことだと理解はしていたものの、どう足掻いても自分からファイヤーの方へ動ける気はしなかった。どうしたものか。
「……あの」
 いきなり声を掛けられ、咄嗟にカノッサが振り向いた先にあったのはファイヤーの顔。黒い瞳と尖った嘴が、真っ直ぐに自分を捉えていた。
その思いがけない迫力に、今まで張りつめていた緊張の糸がぷつんと切れてしまった。カノッサはぎょっとして、反射的に身を退こうとする。
だが、ずっと同じ姿勢で立ちっぱなしだったため、足が思うように動かない。
ファイヤーから遠ざかりたいという気持ちだけが先走ってしまった結果、カノッサは派手に尻もちをついてしまった。
噴水前の石畳は結構な堅さ。お尻を打ちつけた衝撃によるじんとした痛みが広がっていく。
「す、すみません。驚かせるつもりはなかったのですが……。大丈夫ですか?」
 まさかカノッサが声を掛けただけで転んでしまうとは夢にも思っていなかったのだろう。少し慌てた様子のファイヤーが心配そうにこちらを見つめている。
あんまり大丈夫ではなかった。腰まで響いた痛みには思わず顔をしかめてしまったほど。しかし、悪いことばかりではなかったようだ。
身に突き刺さった痛みは、カノッサに冷静さを取り戻させてくれたらしい。さっきよりはかなりまともに、ファイヤーの顔を見ることが出来た。
視線を反らしひたすら前ばかり向いて、自分はファイヤーのことをちゃんと見ようとしていなかった。
そうしている間にも不安はどんどん膨れ上がり、彼女の中で恐ろしいファイヤーというイメージを勝手に作り出していたのかもしれない。
今、自分を気遣ってくれているであろうファイヤーの表情からは、最初に見たときのような威圧感はさほど感じなかったのだ。
それにしても、情けない限りだ。普通に話しかけられただけだというのに、ファイヤーを恐れるあまり過敏に反応してしまい、無様な姿を見せてしまった。
いくら頑張って虚勢を張ろうとしても、どこかに綻びは出来てしまう。そろそろ限界、か。正直に今の自分のことを伝えれば、少しは気が楽になるかもしれない。
「あ、ああ……。私は大丈夫だ」
 打ちつけた個所を手でさすりながら、カノッサは立ち上がる。コートに着いた土をはらい、ゆっくりと視線を上げファイヤーと目を合わせた。
大分軽減されたとはいえ、やはりまだ畏れのようなものはしっかりと残っている。カノッサはそっと胸に手を当てると、小さく息を吸い込んだ。
「あなたが危険なポケモンでないことは分かっているつもりなんだがな……。どうも、体が強張ってしまって」
 アルドもフレイズも、何事もなかったかのようにちゃんと任務を果たして戻ってきてくれた。ファイヤーに敵意も悪意もないことを示すには十分な事実。
だが、それだけではどうしようもないこともあったのだ。ファイヤーの纏う風格、見えないオーラのようなものにカノッサは圧倒されてしまった。
危害を及ぼす心配はないから大丈夫、と頭で理解できるものではない。本能的な反射。見た瞬間に体が動く、感覚に近いものだ。
いくらファイヤーが安全だと分かっても、畏れを完全にぬぐい去ってしまうことは難しい。
「もし、貴女が辛いようでしたら、他の誰かと代わっていただいても構いませんよ?」
 怪訝な顔つきで尋ねてくるファイヤー。相当無理をしているように見えていたらしい。実際そうだったのだから、辛くなどないとは言い返せなかった。
もし出来ることならそうしたい気持ちもあったが。ファイヤーの優しさや、任務を終えて疲れているアルドやフレイズに甘えるわけにはいかなかった。
「それは、できない。私は警備隊をまとめている立場。これは部下二人がやり遂げた任務でもある。放棄はしたくないんだ」
「そうですか……」
「見張っている相手から気を遣われるようでは面目ないな……。どうやら私は部下たちよりも、想定外の出来事に対応しきれていないようだ」
 苦笑しながらカノッサは言う。これまでに見たこともないポケモンが街に降りてきて騒ぎになったことなどなかった。
自分でさえ経験がなかったことなのだから、それはアルドやフレイズも同じこと。そんな中で、二人ともこれといった問題もなくにファイヤーに対応していた。
この違いはひょっとすると彼らの若さゆえの柔軟さ、なのだろうか。やれやれ、年はとりたくないものだ。
まあ、アルドはともかくとして、フレイズはそんなに若いと言える年齢でもないのだけれども。
「お気になさらずに。貴女が緊張していたからと言って、気を悪くしたりはしませんよ。
わたしも自分がどんなポケモンなのかはある程度把握しているつもりです。むしろ、アルドとフレイズがわたしに普通に接してくれたので内心驚いていたぐらいですから」
 普通のポケモンからは一線を画しているという自覚がファイヤーにもあるらしい。多少、驚かれたり怖がられたりするのは覚悟の上、だったのだろうか。
己の持っているであろう力を前に出して尊厳な態度を取るようなこともなく、常に穏やかな物腰で落ち着いている。配慮ある大人な対応だな、とカノッサは思った。
ファイヤーの一挙一動にびくびくしていた自分が、何だか馬鹿らしくなってくる。フレイズが去り際に残した、思っていたよりも大丈夫というのはこういうことなのだろうか。
「そういってもらえると、ありがたいよ」
 カノッサはふうと大きく息をついた。どうやら、第一印象からくるインパクトが強かったせいで余計な心配をしていたようだ。
ファイヤーがすぐ傍にいることで体に走る一種の緊張感はやはり消えそうにはないが、自分が思い描いていたものよりも遥かに話の分かる相手だった。
もしかすると、アルドやフレイズも最初は緊張して会話がぎくしゃくしたりしなかったのだろうか。
話すことで段々とファイヤーのことを分かっていくうちに、打ち解けていった可能性も無きにしも非ずだ。
もしそうだとすれば、ぎこちなさの度合いを考慮しなければ自分も彼らと似たようなもの、と無理やりひとくくりに出来ないこともない。
所長としてのメンツが、こんなところまで顔を出してしまっている。自分がファイヤーに恐れを抱いてしまったという事実を認めてしまうのが悔しいのだ。
カノッサが警備隊をまとめるようになってから、そういった出来事は起こったことはなかったので尚更のこと。
だが、事実は事実。どちらにしてもカノッサは、フレイズのような気さくな態度で別れを告げられるほど、親密になれる自信はなかった。
「貴女は貴女なりのやり方で、見張りを続ければいいと思いますよ。あのお二人を意識しすぎずに、ね」
 そっと諭すような柔らかい口調だった。カノッサははっとしてファイヤーの方を見る。
にっこりとほほ笑むその表情は、貴女が何を感じているかは分かっていますよ、とでも言いたげだった。
これは伝説のポケモンだからこそなせる技なのだろうか。テレパシーだけでなく読心術まで会得しているのではないかと疑いたくなってくる。
 アルドもフレイズもやり遂げた任務だから。警備隊をまとめる所長だから。その意識のもとにいたのは所長だ。カノッサではない。
所長という肩書きが、任務を遂行するために動いていたのだ。ファイヤーを畏れていたカノッサを、所長は無理やりどこかへ追いやろうとしていた。
だが、ファイヤーはカノッサに所長のままで見張りをしてほしくはなかったようだ。きっと、ありのままに接することをファイヤーは望んでいる。
また震えてしまうかもしれないが、そんなことを気にするファイヤーでないことは承知済みだ。ならば、ここはカノッサにひと頑張りしてもらうことにしようか。
「ありがとう……何だか肩の荷が下りた気分だ」
 少し、肩の力を抜くことにした。ぴんと伸ばした背筋も、凛とした眼差しも、今は休憩中。柔らかくなったカノッサの表情を見て、ファイヤーは優しく頷いた。
この街を警備し続けて二十年。慣れた仕事だからという慢心がどこかにあったのかもしれない。もう警備隊の一員として成長の余地などないと思っていたが。
自分はまだまだ学ぶことがありそうだな。部下であるアルドやフレイズから。そして、隣にいるファイヤーからも。

―14―

「アルド、起きているか?」
 机の上に置かれた無線機から響いてきた所長の声。ストーブの前でうとうとしていたアルドは慌てて目を覚まし、無線機を手に取る。
「あ、所長……大丈夫ですよ。どうかされましたか?」
 若干声が寝ぼけていたかもしれないが、無線に応答したことでアルドが起きていることは証明された。
壁の時計を見ても、カノッサが広場に向かってから一時間半しか経過していない。交代には早い時間だ。何かあったのだろうか。
「大分霧が晴れてきた。どうやら、ファイヤーが飛べるようになったらしい」
 それを聞いたアルドは無線を片手に持ったまま、入り口のドアを開いて外に出てみた。
この季節、明け方と呼ぶにはもう少し時間が経たなければならない。相変わらずの寒さと静寂と暗闇が石畳の通りに立ち込めている。
だが昨日の夜見た、空の雲が地に降りてきたのかと勘違いしてしまいそうな霧はどこにも見当たらない。試しに街灯をチェックしてみる。
詰め所のすぐ前にある街灯から数えて三本目の明かりがぼんやりと霞んで見えなくなっていた。昨日の朝漂っていた霧より、僅かに濃い程度。
空を飛ぶことのできるポケモンの感覚がどんなものかは分からないが、当のファイヤーが言っているなら大丈夫なのだろう。
「それでだ。ファイヤーが世話になった二人にもちゃんとお礼が言いたいらしい。だから、フレイズと一緒に広場まで来てくれないか?」 
 お礼、か。アルドにしてみれば、最初に頭を下げられた分で感謝の気持ちは十分伝わっていたのだが。腰が低くて律義なファイヤーらしいと言えばそうだった。
とはいえ、再びファイヤーに会う機会が出来たのは嬉しいこと。もう一度見張りの順番が回ってこないかと思っていたくらいなのだ。二つ返事で決まりだった。
「分かりました。先輩と一緒にそちらに向かいますね」
「ああ、頼んだぞ」
 無線のスイッチが切れたのを確認すると、アルドは詰め所の中に戻る。物音で目を覚ましたのか、椅子の上で眠っていたクーロが眠そうな目をこちらに向けてきた。
気持ちよさそうに寝ていたところを起こしてしまって少し悪い気がしたが、広場に向かうのだからどのみち起きてもらわなければならない。
最初はファイヤーを随分怖がっていたクーロも、フレイズの話によればそれなりに打ち解けられたらしい。ファイヤーがお礼を言いたがっていることを告げれば、きっと一緒に来てくれるだろう。
そんなことを思いつつ、アルドは詰め所の奥の扉を開ける。毛布を被ったフレイズが、丸くなって寝ているディンに背中を寄せるようにして眠っていた。
体温の高いディンに体をくっつけているとぽかぽかと温かい。一度寝てしまえばなかなか起きないディンはこうした場面で暖を取るのに結構役立つようだ。
「先輩……フレイズ先輩」
「ああ、アルド……どうかしたか」
「さっき、所長からファイヤーが飛べるようになったと連絡がありました。それで、ファイヤーが僕らにもお礼が言いたそうだから広場まで来てほしいそうです」
 フレイズは体を起こすと、大きく伸びをして眠そうに目を擦る。予定よりも三十分ほど早く起こされ、まだまだ眠り足りなそうだった。
「お礼、ねえ。そうだな、時間外勤務させられたわけだし、ちゃんとした感謝くらいはしてもらわないとな」
 肩をすくめ、どことなく皮肉めいた言い方をするフレイズ。もちろん、夜遅くまで勤務することになって面倒だったという気持ちもあるのだろうが。
彼が本気でファイヤーのことを非難しているわけでないことは、アルドは十分理解していた。見張りを終えて戻ってきたフレイズの表情を見れば分かること。
フレイズはいつも詰め所で見るようなため息混じりの顔つきではなく、ちゃんと任務をこなせて満足している仕事の時の表情をしていたのだから。
「あれ、起こさない方が良かったですか?」
「分かってるくせにわざわざ聞くなよ。もしお前とディンだけでファイヤーの所に行ってたら、勤務時間になっても俺は不貞寝してたところだ」
 フレイズには失礼かもしれないが、彼がそんな繊細な心を持っていそうには思えない。寝ているからといって、置いていかれたらさすがに気を悪くするという例えの話だろう。
何だかんだ言いつつ、フレイズもファイヤーと楽しい時間を過ごせたらしい。もう一度会うことに対する躊躇は皆目感じられなかった。
むしろアルドと同じく、再び会っておきたいという気持ちが強いようにさえ感じてくる。ファイヤーには接した人間を引きつける、不思議な魅力があるのかもしれない。
「しかし、良く寝る奴だな。暖かくて丁度よかったが」
 今もなお、隣ですやすやと寝息を立てているディンを見て、少し呆れたようにフレイズは言う。
橙色と黒の入り混じった背中が小さく上下している。すぐ近くで、それなりの声量で会話していたというのに、全く反応する気配がなかった。
「ディンを布団みたいに言わないで下さいよ。いつもこうなんです」
 苦笑しながらアルドはディンの背中に手を当てて軽く揺さぶった。体に触れながら、何度も名前を呼ぶことでようやく重い瞼が開く。
ご飯の匂いで誘わなければ、起こすのも一苦労。寝起きの良さは後ろにいるクーロを少し見習ってほしいくらいだった。

 深夜の一番寒い時間帯は通り過ぎたとは言え、外はかなりの冷気。
夜に霧が出て天候が良くなかった分、快晴だった日よりも冷え込みは大人しいはずだが。それでも寒いものは寒い。
アルドもフレイズもクーロも、背中を竦ませながら歩いている。詰め所の中でふわふわと漂っていた眠気も一瞬で吹き飛んでしまった。約一匹を除いて。
寒さが大して応えていないディンは歩く速度がいつもより鈍かったり、大きな欠伸をしたりとすっきりしない様子。
それでも何かにつまずいたり、外灯にぶつかったりはしないようなので、それほど気にせずにアルドは広場へ足を進めた。
「……ファイヤーって、あんなに大きかったんだな」
 広場に足を踏み入れたフレイズが、感慨深げにぼそりと呟く。遠くから見るのと、近くで見るのとでは印象が変わる。
霧が薄くなったせいで、円形をした広場の外周からでもファイヤーの輪郭をはっきりと捉えることが出来ていた。
見張っていたときはファイヤーの大きさも霧で霞んでしまい、アルド達の目にはあやふやに映っていたのかもしれない。
今ファイヤーの隣にいるのが小柄なカノッサであるため、対比によって大きさが誇張されている可能性もあったのだが。
「先輩、行きましょう」
 立ち止っていたフレイズにアルドは声を掛け、カノッサとファイヤーの待つ中央へ足を踏み出していく。
「ああ」
 フレイズも短く答えるとアルドの少し後、ディンと並んで彼の後ろに続いた。
フレイズの歩みにもう抵抗は感じられない。肩の上のクーロも、最初に来た時が信じられないくらい落ち着いている。
噴水の前にいるのは、見張りをしていたアルドとディン、そしてフレイズとクーロに優しく語りかけてくれたファイヤーに間違いないのだから。
霧が晴れて大きさと迫力が微増したくらい、彼らにとっては取るに足らないことだったのだ。
「所長」
 ファイヤーまであと数メートルの所で、フレイズがカノッサに呼び掛ける。カノッサは黙ったままアルド達の方を向くと、こちらに近づいてきた。
何だろう。今の所長はどことなく普段と雰囲気が違うような気がする。詰め所で見る時よりも、顔つきが優しげというか、穏やかというか。
それを聞くと、普段は穏やかでなく、優しくないように思われてしまうかもしれないがもちろんそんなことはない。
ただ、いつもと比べると表情が柔らかくなっているように思えたのだ。それはアルドの気のせいだ、と言われればもちろんそれまでなのだが。
「……お前の言ったとおりだったな」
「ですか。それなら、よかった」
 フレイズとカノッサが、何やら小声でやり取りをしているのがアルドの耳にも入ってきた。この会話を拾っただけでは何の話をしているのかさっぱりだ。
カノッサが交代に向かったときに、フレイズと何らかのやり取りがあったらしい。きっとそれに関わる内容なのだろう。
清々しげな笑みと共にカノッサは小さく頷くと、ファイヤーの方に向き直る。ファイヤーの前二メートルほどの距離に、警備隊三人が並ぶ形になった。
「わざわざ来ていただいてすみません。さすがにわたしの方からそちらへ向かうわけにもいかなかったので」
 アルドとフレイズに交互に視線を送りながら、ファイヤーは僅かに頭を下げる。
いくら夜中とは言え、ファイヤーの炎は目立つ。もし、詰め所に向かっているところを目撃されでもしたら騒ぎになってしまうことは間違いないだろう。
ファイヤーが二人にちゃんとお礼を言うためには、こうやって広場まで来てもらうしかなかったのだ。
こんな風に目立つ姿をしていると、気苦労が多そうだ。だからこそ、ファイヤーは周囲への気遣いを大切にしているのかもしれない。

―15―

「そんなこと僕たちは気にしてないよ、ファイヤー」
 アルドの声に続くかのように、ディンも元気よく鳴いた。広場に向かうまでの眠そうな表情はどこへやら。再びファイヤーに会えたのがよっぽど嬉しかったようだ。
フレイズとクーロは何も言わなかったものの、黙って頷くことでアルドに同意を示した。きっとファイヤーの方も、彼らがそこまで気分を害しているとは思っていないだろう。
さりとて、やたら周りに気を遣うファイヤーのことだ。心のどこかで呼び出して来てもらったという負い目を感じていた可能性はある。
そんなことはないよ、と言葉にして告げたことでファイヤーの顔つきはほっとしたものになった。
「では、あらためて言わせていただきますね。アルド、フレイズ、カノッサ。このたびは……お世話になりました」
 嘴が石畳に触れてしまうのではないかと思えるくらいに、深々とお辞儀をするファイヤー。
ファイヤーが少々行きすぎているくらい律義で腰が低いのは、フレイズもカノッサも周知していたことのようだ。
もしかすると、見張りの交代の度にお願いしますと一礼していたのかもしれない。二人がファイヤーの行動に驚いたり、戸惑ったりと言った様子は見受けられなかった。
「本当に、助かりました。ありがとうございます」
 頭を上げ、微笑みを浮かべながらファイヤーはアルド達に感謝の言葉を告げる。広場に、少しの間沈黙が流れた。
アルドはどうしたのかなと、黙ったままのフレイズとカノッサの方をちらりと見やる。すると、二人とも同じようにそれぞれの表情を窺っているのだ。
ファイヤーへの返答をどうやって、そして誰が最初に切り出したものか判断しかねているといった様子。
「……ま、今度から飛ぶときは、霧に気をつけてくれよな」
 最初に発言したのはフレイズだった。ファイヤーに対する心添え、と呼ぶにはあまり真心が籠もっていなさそうな軽い口調。
だが、彼がファイヤーへの不満を抱いているようには見えない。どちらかと言えば、満足げで笑顔と呼べる表情をしていた。
結局のところ、フレイズもファイヤーと一緒の時間を楽しめたのだろう。彼の忠告はファイヤーも承知していたことのようで、もちろんですとも、とにこやかに頷く。
「ほれ、お前も挨拶したいんだろ」
 フレイズは肩をくいくいと動かし、上に止まっているクーロを促す。何と言えばいいのか分からなかったのか、あるいは恥ずかしかったのか。
何やら下を向いてもじもじしていたクーロだったが、やがてファイヤーに向かって二、三度鳴き声を上げた。
どんなことを告げたのか、アルド達にはやはり分からない。ファイヤーも通訳するような素振りは見せなかった。
「その気持ちを、大事にしてくださいね」
 何に対する返答なのかをちゃんと理解できるのはクーロだけ。ただ、ファイヤーの言葉を聞いたクーロは嬉しそうに頷いたのだ。
フレイズとしては、その内容が気になるところだったのかもしれない。だが、ここはわざわざ問いただすような場面ではないと感じたのか。
彼はクーロの喉元をそっと撫でただけでファイヤーに尋ねたりはしなかったのだ。ある程度予想はついているが、あえて聞き出さない。フレイズはそんな雰囲気だった。
 さて、フレイズとクーロの挨拶は終わった感じだ。次は所長が先に言うかなと思い、アルドは横目でカノッサの方を見る。
しかし彼女は何やら考え中と言った様子だったので、ここは自分が先に言っても大丈夫そうだ。アルドはファイヤーの方を向く。
「君と色々話せて、楽しかったよ。……元気でね」
 正直、名残惜しい気持ちもあった。見張りの間は自分のことを話してばかりだったのだ。
ファイヤーの住んでいる場所やどんなポケモンと知り合いなのかなど、まだまだ話してみたいことはある。
とはいえ、飛ぶならば霧の晴れた今がチャンスだ。またいつ濃くなるか分からない。自分の我儘でファイヤーを引きとめることは出来なかった。
他にも告げておきたい言葉はあったが、あまり長々と話してしまうと余計に別れるのが惜しくなるように思えて。アルドは手短に済ませることにしたのだ。
「わたしも、貴方と楽しい時間が過ごせました」
 ファイヤーが言い終えた途端、アルドの足元でディンの声が上がる。忘れないで、とでも言うかのように。去ってしまうことを察しているのか、彼の声はどこか寂しげだ。
「ディン、貴方ともお話しできて楽しかったですよ」
 そう言ってファイヤーは顔をゆっくりとディンの方へ近付けていく。ディンは数歩前に踏み出すと、ファイヤーの頬にそっと頭を擦りよせた。
同じ炎ポケモンということもあったのか、随分とファイヤーのことを気に入っていたディンだ。もしかするとアルドよりもずっと、心残りに思っているかもしれない。
少しの間ファイヤーに身を寄せた後、ディンはアルドの隣に戻ってくる。もういいのかい、というアルドの問いかけに彼は黙ったまま首を縦に振った。
一声も鳴かなかったディン。言葉でなく、行動だけでも伝わるものもきっとあるはず。ファイヤーへの別れの挨拶はちゃんと済ますことができたようだ。
これで、アルドもディンもやるべきことは終えた。最後はカノッサの番。その流れを察していたようで、彼女はゆっくりと口を開く。
「その、何だ……」
 何かを言いかけたカノッサだが、まるで奥歯に物が挟まったみたいに口ごもってしまった。いつもはきはきと喋る所長が言い淀んでしまうなんて珍しい。
彼女が緊張する姿なんてあまり想像が出来なかったが。こんな事態は所長も初めてだろうし、考えられなくもない。
カノッサが今どんな顔をしているのか少し興味が湧いたアルドだが、さすがに覗き込むわけにもいかない。挨拶の途中なのだから。
「私があなたから学んだこともあった。私の方こそ……ありがとう」
「ふふ。わたしが受けた恩に比べれば、些細なことですよ」
「やれやれ……あなたには、かなわないな」
 穏やかに笑ってみせるファイヤーに、カノッサは感服しきったように小さく息をついた。彼女の背中が何だか小さく見えてしまう。
所長のこんなしおらしい姿を見るのは初めてかもしれない。アルドとフレイズは驚いたように顔を見合わせる。
目を見れば分かる。何も言わずとも、考えていることは二人とも同じだ。所長はファイヤーと何があったんだろう、と。
真実は見張りのときに一緒にいた当人同士しか知らないこと。いくら考えてみても憶測の域は出ない。気になるところではあったが、今はその気持ちはしまっておこう。
「それでは、さようなら、皆さん」
 ここでお別れ、か。ファイヤーとは二時間とちょっとの付き合いだ。短いようだが、一緒にいた時間はとても濃厚だったように思える。
普段は何気なく過ごしている二時間と言う間も、ファイヤーの存在だけで随分変わるもの。それはフレイズもカノッサも同じだったらしい。
皆、口々にファイヤーに向かってさよならと告げる。別れの挨拶という概念を理解しているのかどうか怪しかったが、ディンもクーロも鳴き声でそれに加わった。
「本当に、ありがとう……」
 そう言ってファイヤーは立ち上がり両翼を大きく広げた。目の前に、紅蓮の炎が揺らめき始める。まるで、噴水が激しく燃え上がっているかのよう。
今まではずっと翼を畳んでいたファイヤー。それだけでも十分な存在感だったというのに。やはり鳥ポケモンとしての本質も兼ね備えていたらしい。
身近なクーロを見ていても、翼を広げると何だか大きく見えたり、羽の質感が綺麗だと思うことがある。
紅の炎を纏った翼を広げたファイヤーは、さっきとは比べ物にならないくらい美しく、そして神々しかった。
何度か翼を羽ばたかせ、飛翔の準備に取り掛かるファイヤー。巻き起こった風が羽織っていたコートを揺らし、ばさばさと音を立てる。
思いがけない強風にディンは姿勢を低くし、クーロは首を縮めて振り落とされないようしっかりとフレイズの肩につかまる。
荒れた天気を思わせる強い風だったが、アルドの頬を撫でていくそれは微かに熱気を含んでいて、温もりさえ感じるような気がした。
やがて、さっと素早く地面を蹴るとファイヤーは夜空にふわりと舞い上がった。翼を羽ばたかせて高度を上げ、ファイヤーの姿は見る見るうちに小さくなっていく。
ついさっきまで噴水の前に佇んでいた炎は、揺らめきながら夜空を真っ二つに切り裂いて、アルド達の前から去っていったのだ。
まだ僅かながらの霧が残っているせいなのか、あるいはファイヤーの飛ぶ速度が速かったのか。見えなくなるのはあっという間だった。
三人ともしばらくの間、ぽかんと口を開けたまま呆然と空を見上げていた。傍から見れば何とも間抜けな姿として映っていたことだろう。
「伝説のポケモン……か」
 楽しかった会話ばかりが印象に残ってしまっていて、ファイヤーがポケモンの中でも特別な存在だということを忘れかけていたのかもしれない。
去り際にファイヤーが見せた、伝説の名に恥じない荘厳たる迫力。さすが、と言うべきなのか。
美しく揺らめく翼を広げ、優雅に空を舞うファイヤーの姿はアルドの脳裏にしっかりと焼き付いていた。
「あんなの滅多に見れるもんじゃない。それを考えれば俺達、運が良かったのかもな」
「そうですね……。僕もファイヤーに出会えてよかったって思います」
 アルドはフレイズと顔を見合わせ、ふっと微笑んだ。お互いに、良いものが見れたという満足げな顔つきだ。
もちろん意図したわけではないと思うが、あんな厳かな姿を最後の最後に持ってくるとはファイヤーもなかなかやってくれる。
見ていたこちらがお礼を言いたくなるような美しい姿だった。夜中に見張りをしていた疲れなんて一気に吹き飛んでしまいそうなほど。
「何だか……夢でも見ていた気がするな」
 ぼんやりと空を仰いだまま、カノッサはぽつりと呟いた。早朝の広場は何事もなかったかのようにしんと静まり返っている。
この街の夜がいつも抱えている静寂さ。ファイヤーが去ったことでそれが再び戻ってきたようだ。
先ほどまでここの噴水の前にファイヤーがいただなんて、誰が想像できるだろうか。カノッサが夢に例えてしまうのも分かる。
けれども、夢ではない。現実に起こったこと。ほんの短い間だったかもしれないが、自分たちはファイヤーと同じ時間を過ごしたのだから。
「夢なんかじゃないですよ。少なくとも僕は、ファイヤーがここに来たことはずっと覚えています」
 眠っている間に見た夢は、起きているうちにいずれ忘れてしまうかもしれない。アルドはファイヤーとの出会いを、夢だったことにしたくはなかった。
ずっと心に刻み込んでおくことで、ここに確かにファイヤーがいた証になるのではないか。そう信じていた。
アルドに続くかのように、ディン、そしてクーロの鳴き声が加わった。フレイズも肩の上のクーロをちらりと見やった後、ゆっくりと首を縦に振る。
ディンやクーロ、そしてフレイズも同じ気持ちだったのだろう。彼らの瞳に迷いは感じられない。
「ああ。覚えていよう……ずっと」
 納得したように頷くと、カノッサは再び空を見上げた。アルドもフレイズそれに続く。
もうそこにファイヤーがいるはずはないのだが。この空に背を向けて詰め所に戻ってしまうのは何だか勿体ないような気がして。
紅蓮の炎の目映さや、羽ばたく姿の神々しさを思い浮かべながら感動の余韻に浸るのも悪くないかもしれない。
夜の街を騒がせた焔は去り、また警備隊としての日常が始まる。だが、ファイヤーとの邂逅は、彼らの心の中に忘れられない記憶として生き続けるのであった。

  END



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最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 同じ警備隊でもファイヤーをどう捉えているかは違うでしょうからね。
    その違いをうまく表現して行けたらなあと思っています。
    せっかくテレパシーが使えるという設定なので、パートナーと意思疎通してもらいました。
    レスありがとうございます。続きも頑張りますね。
    ――カゲフミ 2009-12-28 (月) 09:17:16
  • こんにちは。お久しぶりです。前に読んだところから続きを読みました
    ファイヤーと警備隊のやり取りがなんとも自然でいいですね^^
    自然というのも、ファイヤーと親しくなるアルドとディン、やや怖れて後親しくなるフレイズとクーロ、そして一段とファイヤーを怖れたカノッサ
    実際に自分がファイヤーにあったらどう感じるのだろうと考えながら読むことができました

    私はポケモン大好きですし、アルドと同じかなぁと思いつつも、実際はビビりそうでフレイズぐらい、はたまたビビる自分が嫌でカノッサの気持ちも理解できたり・・・
    とまあ、このようにそれぞれのファイヤーの感じ方が魅力的に鮮明に心にしみてきますよ^^

    カノッサの怖れの気持ちを表現する際には、水に石を投げて出る波紋をたとえとして出していたりしましたね
    相変わらずそういう細かい描写には感心するよりないですね。さすがはカゲフミさん^^
    笑い方など1つ取っても超単純な話『笑った』と『笑顔になった』でさえもちょっとニュアンスが違いますもんね
    同じ小説を書く者としては、感心するばかりでなく見習わないとなぁと思います(笑)

    最後に個人的としては、アルドとディンのコンビもいいのですが、フレイズとクーロのコンビが好きです
    異性というのもあるのかもしれませんが、人間とポケモンが愛し合っているのが全面的に出てくるコンビは見ていてとても惹かれます
    カゲフミさんの小説で『交叉する夜』が一番好きなのもその影響だったりするのかな・・・とか思ったり
    これからも応援してます。頑張ってくださいね^^
    ――クロス 2010-01-24 (日) 14:49:00
  • 警備隊の皆が同じような反応では面白みがないかなと思い、それぞれファイヤーを前にした時の差異を考えてみました。
    私としては、アルドのように話せたらなあと希望しつつも、いざファイヤーを前にしたらフレイズみたいな反応になってしまいそうですw
    笑ったり、驚いたりといった感情の動きは使うことが多いので、出来るだけ同じ表現にならないように気を遣っておりますね。
    クーロの行動を考えると、愛と考えられなくもないでしょうか。フレイズはクーロを異性としては見てないでしょうけどね。
    それでも、フレイズがポケモンとして自分を好きであってくれれば、きっと彼女は幸せなんだと思います。
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2010-01-27 (水) 18:42:14
  • こんばんは。『篝火と霧と』ついに終わってしまいましたね
    非エロにおいて長編を書いたのは『無垢な牙』以来だったとか?
    エロにおいてはドキドキワクワクさせてもらっていますが、カゲフミさんは地味と言っていますがこちらもよかったですよ

    相変わらずの言葉の言い回しや表情の表現がもうハンパない!
    私の場合はポケモンは人語を話す設定で書いていて、喋らせないでこうまでポケモンの気持ちを伝えるカゲフミさんには本当に驚きます
    ラストのシーンで印象に残ったのは、クーロの言葉をファイヤーが訳さなかったところですね
    読者に想像をゆだねるような、そういう含みを持たせるやり方はストーリーを書く上ですごく大事だと思うんですが、実際は難しいんですよね
    それをカゲフミさんはとても上手に含みと言いますか、読者の想像にゆだねるのを書いていましたね。ホントすごすぎです!

    ファイヤーの神々しさと伝説のポケモンとは思えないほどの腰の低さも非常に特徴的でよかったです
    伝説のポケモンと言いますと『閉ざされた想い』のルキノというルギアが登場していましたが、あのルギアとは正反対とも言える設定でしたね
    敬われる伝説と、自ら下に回る伝説。結局は2人とも伝説のポケモンらしい神々しさはあるのですが、どちらも魅力的だなぁと思います
    あれだけ多くのお話を書いている中で、キャラ設定を考える上で被らないようにするのは大変だと思います
    それを考慮しても、カゲフミさんの様々な性格のポケモンの描写は見ていてとても楽しいです^^

    だいぶ長すぎましたね(苦笑)
    全作それぞれ違う背景があれど、今作含め共通して『カゲフミさんらしさ』があってとても魅力的です
    読み終わって清々しい気持ちになれる、気持ちを前向きにさせてくれるといいますか、心を温めてくれる点が全作共通ですね
    エロも非エロもです。私はそれこそが『カゲフミさんらしさ』ではないかと思います
    何はともあれ、執筆お疲れ様でした!次回作も期待しています。頑張ってくださいね^^
    ――クロス 2010-02-05 (金) 22:00:40
  • 日常の些細な事って書くとなると一番難しいと思うんですよね。それを5万字越え出来るって言うのは相当の実力がある証なんじゃないかな、と思いますよ。

    通しての感想ですが、ファイヤーってなかなか出てこないので珍しいなあ、という印象でした。前にも書いたとおりの素晴らしい品格。それだけでも美しいと思えたり。

    日常の中の些細な非日常。あっという間の時間の中でしたけれど、皆それぞれ思うことはあったんでしょうね。
    ポケモンと人との温かさがしみじみ伝わってくる一作でした。クロスさんの言う通り、「らしさ」が存分に味わえたような。
    長めのお話お疲れ様でした。また次回も楽しみにしております。
    ――&fervor 2010-02-05 (金) 22:32:18
  • ファイヤーなのか、ファイアーなのか。感想書こうとしてまずそこでつっかかりましたw
    ファイヤーでいいみたいですね。ウ「イ」ンディといい、一部のポケモンは名前を入力する時困りますw
    ごほん。では感想をば。

    更新される度に、警備隊一人一人のファイヤーとの邂逅がどんなものになるのか期待して読んでいました。
    アルドに関してはさすが主人公と思うところもありましたが、ディンが突っ走っていかなければ流石に腰が引けたでしょうね。フレイズはクーロの方を心配して、自分がファイヤーに対して抱く恐怖が薄れて。と、思うとポケモンを連れて行った二人に関してはそのおかげでファイヤーを目の前にしてもあまり恐れを表に出なかったのでしょうけど。
    その点カノッサはポケモンを連れていなかったから、余計にファイヤーの恐怖が大きくなったのでしょうね。言葉が伝わるにしても、姿形が大きいのですから。それに、一人で、というのもありますし。

    それでも最後は全員ファイヤーと打ち解けていくというのが、この作品の印象に残った部分です。長いのに凄く中身が詰まっています。
    ……ウォルターさんはきっと大田胃散を飲んでいるんでしょうね。
    執筆お疲れ様でした。次いでフレイズとクーロのシーンご馳走様でしたw
    ――イノシア ? 2010-02-05 (金) 23:22:41
  • 確かに警備隊の方々とファイヤーとのやり取りが長くなったと思いますが、
    人が変わるたびあれだけ状況を書き分けられ、毎回楽しませてもらいました。

    ファイヤーに対する周りの態度がちょっとやり過ぎじゃないの、と最初は思ったりしましたが、ファイヤーは“伝説”のポケモンでしたねw
    ゲームでは当たり前のようにボックス内にいるもんで、どうもその感覚が欠落してしまいます…。

    では、執筆お疲れさまでした。
    ――beita 2010-02-06 (土) 20:41:16
  • クロスさん>
    今回はポケモンが喋らない設定だったので、事細かな仕草まで表現するように意識してみました。
    喋らないからこそのポケモンの魅力もあると思うんですよね。ディンは実際の犬をあてはめてたので描写がしやすかった気がします。
    ラストのシーンはファイヤーの台詞からクーロが何を伝えたのか、想像してもらうという形にしましたが。そう言っていただけると嬉しいですね。
    伝説と言っても他のポケモンと同じように性格はあるでしょうから、それぞれ性格は違ってくると思います。
    ファイヤーは炎のように温かく包みこむような雰囲気、をイメージしていたら穏やかで腰の低い伝説ポケモンになっていました。
    レスありがとうございました。次回作も頑張りますね。

    &fervorさん>
    ずーっと日常を書いていると読者だけでなく作者も飽きてくるので、出来事を起こすタイミングがなかなか難しいですね。
    そうですねえ。伝説ポケモンが登場する作品自体あまり見かけないような気がします。
    非エロならともかく、エロだとなかなか登場させづらいんですけどね。ルギアは別でしたがw
    ファイヤーと関わった三人は、去ってしまった後も何か得たものがあったと思います。
    レスありがとうございました。

    イノシアさん>
    ファイヤー、ですね。私も作品投稿前は間違って入力してないか「ファイアー」で単語検索してましたw
    ウインディも良く間違われますよね。後はエーフィーとかカイリュウとか。
    最初はアルドは伝説ポケモンに詳しくてファイヤーとも気兼ねなく接する、みたいな設定があったんですけど。
    ちょっと無理があるかなあと思い、あとがきで書いたようにディンにきっかけを作ってもらうことにしました。
    確かに、近くにポケモンがいるのといないのでは心強さが違うような気がしますね。あいにくカノッサは最初からポケモンを持たせる予定はなかったのですが。
    そういえばクーロを描写していて、ヤミカラスもなかなか可愛いなと思えるようになりましたねえ。
    レスありがとうございました。

    beitaさん>
    せっかく三人メインの登場人物として出したわけですから。
    いくつかの見張りバリエーションを考えねば、と思ってました。
    出来るだけファイヤーに対する感じ方、等の表現が被らないように気を配ったつもりです。
    ゲーム内だと主人公が伝説ポケモン使っていても誰も突っ込んだりしないので、存在が当たり前になってますよね。
    実際目の前に現れればこんな感じで騒動になるんじゃないかなあと思ってます。
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2010-02-08 (月) 20:10:42
  • 凄く今更なんですが、この『篝火と霧と』、数あるカゲフミさんの小説の中でも一、二を争うくらい好きです。

    カゲフミさんはこのwikiの中でも特に「人間とポケモンの関わり合い」に焦点を置いている方だと私は認識してしまして、この小説はその結実のように私には思われます。
    人間・ポケモン間の感情の機微が本当に上手に描かれていて、まるで本屋に並んでいる短編集を読んでいるようです(誇張でなく)。
    そういう意味で、少し宮本輝という作家を彷彿とさせました(お気を悪くされたのなら申し訳有りません)。

    となんだか感想のような批評のような訳の分からないことを書いてしまいましたが、とにかく私が伝えたいのは、カゲフミさんの書く文章が好きだということです。
    これからも密やかに応援しています。
    ―― 2012-08-07 (火) 22:20:01
  • この物語はポケモンがいる日常、そんな中に訪れた非日常。そういったコンセプトで書いていたのでそういっていただけると嬉しいことこの上ないです。
    自分の文章が書店に並ぶというのは一つのロマンではありますが、こんなこと言うと市販の本を書いてる小説家に失礼かもしれませんねw
    あなたの応援に答えられるようにこれからもがんばりますね。レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2012-08-14 (火) 15:32:19
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Last-modified: 2010-02-05 (金) 00:00:00
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